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2次創作小説「ガンダム レコンギスタの囹圄」目次 [Gのレコンギスタ ファンジン]

[前半][後半]部分にリンクしてあるのでクリックして読んでください。

season1

第01話「法王の亡命」        前半 後半
第02話「クンタラの矜持」      前半 後半
第03話「アメリア包囲網」      前半 後半
第04話「ケルベスの教え子たち」   前半 後半
第05話「ザンクト・ポルトの混乱」  前半 後半
第06話「恋文」           前半 後半
第07話「ムーンレイス」       前半 後半
第08話「フルムーンシップを奪え!」 前半 後半
第09話「全体主義の胎動」      前半 後半
第10話「ビーナスの秘密」      前半 後半
第11話「ヘルメス財団」       前半 後半
第12話「全権大使ベルリ」      前半 後半
第13話「失われた設計図」      前半 後半

season2

第14話「宇宙世紀の再来」      前半 後半
第15話「月の同盟」         前半 後半
第16話「死の商人」         前半 後半
第17話「レイハントンの子供」    前半 後半
第18話「信仰の根源」        前半 後半
第19話「トワサンガ大乱」      前半 後半
第20話「残留思念」         前半 後半
第21話「法王庁の影」        前半 後半
第22話「主導権争い」        前半 後半
第23話「王政の理屈」        前半 後半
第24話「砂塵に帰す」        前半 後半
第25話「ニュータイプの導き」    前半 後半
第26話「千年の夢」         前半 後半

season3

第27話「ハッパの解析」       前半 後半
第28話「王家の歴史編纂」      前半 後半
第29話「分派」           前半 後半
第30話「エネルギー欠乏」      前半 後半
第31話「美しき場所へ」       前半 後半
第32話「聖地カーバ」        前半 後半
第33話「ベルリ失踪」        前半 後半
第34話「岐路に立つヘルメス財団」  前半 後半
第35話「どのような理由をつけても」 前半 後半
第36話「永遠の命」         前半 後半
第37話「ラライヤの秘密」      前半 後半
第38話「神々の侵略」        前半 後半
第39話「命の船」          前半 後半

season4

第40話「自由貿易主義」 前半 後半
第41話「共産革命主義」 前半 後半
第42話「計画経済主義」 前半 後半
第43話「自由民主主義」 前半 後半
第44話「立憲君主主義」 前半 後半
第45話「国際協調主義」 前半 後半
第46話「民族自決主義」 前半 後半
第47話「個人尊重主義」 前半 後半
第48話「全体繁栄主義」 前半 後半
第49話「自然回帰主義」 前半 後半
第50話「科学万能主義」 前半 後半
第51話「死」      前半 後半
第52話「理想」最終回  前半 後半



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」後半



1、


「ジオンの抵抗激しく、味方の被害甚大です」

「敵戦艦の補充はどうなっている?」

「それはどうやら止まったようです。しかし、敵の数は多く、現有の戦力だけでも突破は無理です。モビルスーツ隊とメガファウナの応援には行けそうもありません」

自らの旗艦のブリッジに佇み、ラ・ハイデンは苦々しい顔つきで戦況を見つめていた。

ビーナス・グロゥブ艦隊はジオンの残存兵力相手に苦戦していた。もとより戦争を忌避してきたスコード教信者たちが、宇宙世紀の暴力的な思念体と戦えているだけでも奇跡ではあったが、いくら撃沈してもラビアンローズから新造艦が補充されてくるようではもとより勝ち目はなかった。

しかし、ベルリのガンダムとメガファウナ、それにスモー隊の突入で潮目が変わりつつあった。

「このまま敵の陣形を突き崩す。しばし持ちこたえよ」ラ・ハイデンはそう指示した。

ジオンのシルヴァー・シップことスティクスは、中央管制室のアンドロイド型サイコミュ一体で操縦され、すべての艦隊が同期されて連携を取る。対して、戦争経験に乏しいビーナス・グロゥブ艦隊には連携で人為的なミスが目立っていた。小さなミスが多大な被害をもたらし、多くの人間が死んでいった。

ジオンの弱点はラビアンローズであった。ラビアンローズに蓄積された科学力を失えば、思念体であるジオンは現実世界に関与できなくなる。通常であればもっとも防備を厚くしなければいけないラビアンローズを放り出し、カール・レイハントンはコロニー落としを敢行した。そこにあった妄執は、スコード教の人類への不信感と同根ではないのかとラ・ハイデンは考えた。

人類への根深い不信感は、自己嫌悪と同義である。ビーナス・グロゥブが人類の発展を阻害するのは、人類に強い不信感を持っているからであった。人類は人類である限り必ずその行動は過剰に傾き、やがて大きな失敗に至る。そうと分かっているから、ビーナス・グロゥブは人類に禁忌を課してきた。

このやり方は、結局ジオンと同じ絶望へと至るだけではないのか。ラ・ハイデンの確信は揺らいでいた。ヘルメス財団1000年の夢とは、本当に絶望を払拭することができるのだろうかと。

ラ・ハイデンがジオンの艦隊に苦戦していたころ、ラビアンローズに乗り込んで白兵戦を戦っていたドニエルの元に生体アバター製造施設発見の連絡が入った。

「なに、見つかったって!」ドニエルは銃弾を避けながら途切れがちな通信にすがった。

場所を聞き出したドニエルは、通路へと飛び出すと、ジオン兵に向けて乱射した。要所に配置されたジオン兵はひとり。息がある限り襲い掛かってくるために、ドニエルらは兵士のヘルメットを破壊して酸素を放出させた。ジオン兵は命乞いさえしない。命の在処がドニエルたちとは違っているのだった。

「施設の破壊はできそうか?」

「いえ」発見したのはデッキメカニックのチームであった。「ジオン兵がたくさんいます。どんどん集まってきてます。C-1044ブロックです。至急応援を」

「わかった。集まってるってことはそこに違いない。お前たちはいったん下がって安全なところまで避難しろ。みんな聞いたか。C-1044ブロックだ。急げ!」

戦闘はますます激しくなった。メガファウナの乗員たちは、うすうす地球がただごとではない事態に巻き込まれて、最悪な状況に陥ったことを知っていた。それも戦争は終わらない。帰る場所があるのかないのかわからないドニエルたちが、ジオン兵を永久に抹殺しようとしていた。

シラノ-5にあれだけ激しい攻撃を加えながら、結局は半分に破壊されただけで軌道は大きく変えられなかった。サウスリングであった部分はムーンレイスの縮退炉を積んだ戦艦を波状的にぶつけて粉砕したものの、それでも軌道は変わっていない。ノースリングに至っては無傷で地球に向けて直進していた。

あれが地球に落下すれば、陸上生物は恐竜のように絶滅してしまっているはずだ。アメリアもキャピタル・テリトリィもなくなってしまっている。もしかしたら生き残っている人間はひとりもいないかもしれない。勝利したのはジオンだ。それなのに自分たちはまだジオンと戦い、彼ら思念体がこの世に関与できないよう生体アバターの製造設備を破壊しようとしている。

もし自分たちがここでジオンの設備を破壊したら、どちらも敗者となって人類の歴史は終わってしまうのだろうか。これが戦争を遂行した報いなのだろうか。何のために自分たちは、こうして絶滅戦を必死に戦っているのか。ドニエルはそんなことを考えながらついにC-1044ブロックに到着した。

勝利しても戻る場所はない。もし軌道を逸らせることに成功していたのなら、ベルリは必ずそう報告しただろう。彼には報告すべきことがなかったのだ。隕石とともに地球圏にいたはずの彼が、トワサンガ宙域に不意に出現した意味もわからない。自分たちは何もわからないまま戦い、すべてを失おうとしている。それでも作戦は遂行されなくてはならない。

C-1044ブロックにはメガファウナの乗組員たちが集結して、ジオン兵たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。おびただしい数の死体が宙を漂っていた。ジオン兵は次々に補充されてくる。各地に配置された兵士が戻ってくるばかりでなく、設備から完成したばかりの生体アバターを戦場に投入しているはずだった。あれを破壊しない限り、メガファウナのメンバーは全員戦死してしまう。

「戦況はどうなってる?」ドニエルはギゼラの肩に手を置いて接触回線を開いた。

「突入準備をさせているところですが、ジオンは自爆攻撃も辞さないので突っ込めばこちらも何人生き残れるやらってとこです」

「ここだけの話だが、おそらくシラノ-5は地球に落ちてしまっている。地球にいた人間は生き残っていないだろう。ラ・ハイデン閣下はアースノイドの生き残りをムーンレイスに預けて、このラビアンローズを金星圏に持ち帰ろうとしている」

「ムーンレイスがすべての艦艇を自爆攻撃に提供したのでその見返りに自分たちの船を置いていこうというのでしょう? 幸い月には人類を生存させる設備は整っていますし」

「それはジオンのシルヴァー・シップ相手にビーナス・グロゥブ艦隊が生き残ったときの話だろう? あいつらが全滅したらどうする? 月に生産設備があるといっても、資源があるわけじゃないんだぞ」

「そのときはあたしらもラビンアローズでビーナス・グロゥブに連れて行ってもらうしかないんじゃ? それともほかに手段があります?」

「なんでオレたちゃこんな戦いをやってるんだ?」

「いまさらですか?」ギセラは呆れた。「戦ってる理由なんてわたしにもわかりませんよ」

「オレたちは何を守るために誰と戦っているんだ?」

「そりゃ、理想のためでしょ。アメリアの理想、姫さまの理想、新しい地球を作り上げるための理想。理想のために戦っているからこうしてみんな死んでるんじゃありませんか。ジオンだって同じでしょ? みんな自分たちが考える理想を叶えようと必死で戦っている。それが正しいかどうかなんてわたしに訊かないでくださいよ。それを疑ったら、人は生きていけませんよ」

「・・・、そうだな。いや、忘れてくれ」

ドニエルはギセラの肩から手を離すと、回線を通じて生き残ったメガファウナクルーに突撃を命じようとした。ところが彼が息を吸い込んだところでジオン側の銃撃が止んだ。ジオンの兵士たちは構えた銃を降ろすと壁にもたれるように腰かけてそのままがっくりとうなだれた。

ひとりまたひとりと銃を置いた。メガファウナの兵士が製造工場らしき部屋から出てくるジオン兵を狙撃しようと発砲するのを、ドニエルは静止した。

「何が起こったんでしょうね?」

と、ギセラが尋ねたときだった。メガファウナのクルーたちの頭の中に若い女性の声が鳴り響いた。

「ジオンのすべての兵は、わたくしの命令ですべて活動を停止させました。彼らの魂はこれより地球に還っていきます。メガファウナの勇敢な戦士たちも銃を置きなさい」

ドニエルとギセラは思わず顔を見合わせた。ドニエルは発砲を禁じ、メガファウナを代表してギセラとふたりで警戒しながらジオンのアバター製造工場に脚を踏み入れた。

エアロックを抜けた先にたったひとりで立っていたのは、抜けるような白い肌の、金髪の髪を肩の上で切り揃えた碧い瞳の若い女性だった。彼女はいった。

「姿が変わってしまってわからないでしょうが、わたしはアイーダ・スルガンです。この肉体は、カール・レイハントンの妹に当たる人物の身体のようですね」


2、


「敵戦艦、ラビアンローズに向けて落ちていきます。引き寄せられているのか、原因は不明」

何百ものスティクスが突然コントロールを失ったかのように陣形を乱した。細長い銀色の船体はクルクルと回転しながらラビアンローズに引き寄せられ、外壁にぶつかって次々に大爆発を起こした。

巨大なラビアンローズがそれで航行不能になるほどの損害を受けることはなさそうであったが、ビーナス・グロゥブ艦隊は艦艇を地球圏の生き残りに託してトワサンガのラビアンローズを接収するつもりでいたので、予想外の展開に慌て始めた。

そのころラビアンローズ内では、ドニエルとギセラがアイーダを名乗る美しい少女と対面していた。

「ドニエルやギセラの懸念はよくわかります」彼女がいった。「わたしの話が信用できないのはわかります。顔も違えば声も違うわけですから。しかし、いまは信用を求めているわけではないのです。地球はシラノ-5の落下によってキャピタル・タワーさえ破壊され、文明の痕跡は消滅しました。かつてあったという暗黒時代より酷い、完全な破壊です。これは大きなカルマの崩壊によってもたらされるもので、ジオンや裏のヘルメス財団に大執行と名付けられていた運命的な現象で、避けることのできないものでした」

「姫さまは」ギセラがおっかなびっくり尋ねた。「地球で亡くなった?」

「そうなりますね」金髪の少女は頷いた。「もうわたくしの肉体は滅びました。ですがそれは重要なことではないのです。人間の魂は肉体の有無に拘わらず存在しているもので、それが死んでみて初めて理解できたのです。わたくしの残留思念は間もなくもっと大きな地球の意志といったものに吸収されてしまいますが、ジオンのアバターというものを使って、あなた方に話しておきたいことがあります」

「話したいこととは?」

「間もなく人類の歴史は大きく変わります。地球の生命は生存可能域を拡大するために作られたもので、競争原理はより強く賢い個体を生み出すための仕組みだったのです。生命と生命の間に存在した断絶は、個体や種族をより強化して広く高く生命が拡散していくためにあらかじめそう作られていたのです。そして生命は人間という種族を得て、外宇宙まで広がり観測することができた。もうこれ以上遠くへはいけない。深く潜ることもできない。限界まで拡がり、観測の時代は終わったのです」

「観測の時代が終わるとどうなるのですか?」

「競争の必要がなくなり、古い生命体は順次滅ぼされていきます。大執行とは、クンタラのカルマの法則に基づくように、大絶滅時代を予見したものだったのです。観察の時代は終わり、すべての記録は生命の根に吸収されていきます」

「わたしたちも死んじゃうわけですか?」

「死はいずれ誰にもやってきます。そこは肝心なことではないのです」

「では、肝心なこととは?」ドニエルが訊いた。

「新しく生まれてくるすべての生命がニュータイプになるということなのです」

「ニュータイプってのは勘のいい人間のことなんでしょ?」

「まったく違います」少女は否定した。「生命は生きているものには見えない根の世界があって、すべての生命はその根に繋がっていました。ところが、競争することで個体や種族の生命力を強化することが目的であったために、生命には根の世界のことは見えず、意識もしてこなかった。知りえないことなのだから当然です。新しく生まれてくるすべての生命体は、生命の根の集合意識とアクセスできるのです。どんな生物も植物もすべての意識を知ることができます」

「生命の根と繋がる生命が生まれてくるということですか? 突拍子もない話に聞こえますが」

「いままでだって生命の根と生物は繋がっていたのです。しかし、意識としてアクセスする手段はなかった。ニュータイプ現象は、宇宙に進出した人間がその存在に気づいた端緒であったのです。新しく生まれてくる生命は、その世界と繋がり、すべての生物が観測してきた世界の隅々の記憶を持ちます」

「理想的な話のような気も致します」ギセラは困惑しながらも肯定した。

「全宇宙に散らばっていった人類と彼らが運んだ生命体は、これから順次レコンギスタして地球に戻ってきます。なかには人類の形態を失った種族もいるかもしれません。しかし彼らは地球に戻ってくるなりオールドタイプと認識され、自分と同じ生命を産めなくなる。生まれてくる新しい命はすべてニュータイプになるのです」

「生命の根ってのは」ドニエルはあまり話についていけていなかった。「地球の意志ってことですか? それが全宇宙に散らばったすべての人類の意識に働きかけてレコンギスタを促していると?」

「よくわかっているじゃありませんか、その通りです。もうすでに地球圏には多くのニュータイプが生まれてきていて、すぐに彼らが主流派になります。オールドタイプに出来ることは、ニュータイプを産み、育てることだけ。オールドタイプの理想論はもういらなくなったのです」

「わたしはもう年ですけど、もしわたしが子供を産んだら、その子もニュータイプになる?」

「その通りです」

「姫さまは、残留思念がジオンのアバターに入った状態だっておっしゃいましたが、ニュータイプの子たちは姫さまと話ができるのですか」

「わたくしだけでなく、過去の人類、北極の氷の下のサメ、深海のエビ、宇宙の果ての戦争の記憶、すべてとアクセスできます。おわかりでしょう? もう断絶の時代は終わったのです。それを終わらせるものが大執行だった。だから死を恐れることはありません。死は受け入れるものです」

「たくさん死んじまって、そう聞くと少し慰めにはなりますが、だったらあのジオンの思念体ってのはいったい何だったので?」

「彼らはニュータイプ現象を研究するうちに残留思念の存在に気づいて、それを科学的に固定化する装置を開発したのです。進化型サイコミュがそれです。生命の根に吸収されなければいけない生命の思念という情報を、科学の力で貯め込んで生命の根とのアクセスを自ら断ってしまった。ですが、それももう終わりました。生命の根は、彼らジオンの魂を昇華させるために、彼らと因縁深い人格をこの世界に送り込んで死の先へと導きました。いまジオンの残留思念はサイコミュの縛りから解放されて、地球そのものと同化しています。彼らとの戦いは終わったのです」

「ビーナス・グロゥブはどうなるのですか?」

「彼らもまた同じです。彼らは遺伝子形質の変化に悩まされてきましたが、それも子供たちがニュータイプになることで修正されます」

「でも地球は酷い有様なのでしょう? 戻る場所がなくなってしまっては・・・」

「すべての魂が還ってくる場所を、新しい人類が作り出すのです。さぁもう時間です。ラビアンローズは自爆させます。この悪しき人類の記憶はもう必要ないのです。ドニエルたちは、ラ・ハイデンやディアナ・ソレルとともに月に行くのです。そして、破壊から急速に自然状態を回復していく地球を観測なさい。やがて、ビーナス・グロゥブからも新しい時代の生命たちが戻ってきます」


3、


ベルリとディアナはともにラビアンローズの深部から長い廊下を伝って出口を探していた。

おびただしい数の遺体が重力を失った空間に漂っていた。ジオン兵もいれば、メガファウナでよく知る顔もあった。救えた命ではないのか、ベルリには後悔しかなかった。しかも自分たちには還る場所もなくなってしまったのだ。そこまで戦い続けた意味とは何だったのか。人間が追い求めてきた理想とは何だったのか。

あちこちで爆発が起き始めた。ラビアンローズは明らかに崩壊が始まっていた。ふたりは廊下の途中で、ドニエルに率いられたメガファウナの一行と再会した。ドニエルはノーマルスーツ姿のふたりに先を急ぐよう促す。彼はアイーダと名乗る少女の言葉が胸に堪えていた。

「ドニエル艦長、ぼくは結局・・・」ベルリはドニエルに話しかけた。

「いいんだ」ドニエルはベルリに走るよう背中を押した。「オレたちは月へ行かなきゃいけない。ラ・ハイデン閣下もだ。オレたちはそこで地球の環境の回復を待って、何にもなくなっちまった地球にニュータイプの文明を作り出さなきゃいけない。ずっと働き続けるんだよ。働いて、働いて、子供たちに未来を託すんだ」

一行はメガファウナに辿り着き、すぐに出港の準備を開始した。かなりの数が白兵戦で死んでしまっていたため、メガファウナの機能回復には時間が掛かった。そうこうしているうちにもラビアンローズの崩壊は進んでいった。断続的に爆発が起きて、さらにスティクスが外壁を壊していった。

ベルリもメガファウナの出航の手伝いをしていたが、どうやら発進できそうだとわかるとディアナと接触回線を開いた。

「ディアナさまは行ってください。ぼくはノレドとリリンちゃんを探します」

「そんなの、メガファウナから呼びかければ」

「ジオンが撒いたおかしな粒子のせいで通信が途切れています。それに、ノレドはガンダムの操縦に慣れていないから、もしかしたらどこかを彷徨っているかもしれない。探してきます。早くみんなで逃げてください」

そういうと、ベルリは壁を蹴ってメガファウナを飛び出すと、真っ暗なラビアンローズの製造施設の奥へと消えていった。宇宙にぽっかりと口を開けた巨大な正方形の宇宙ドックは、闇に包まれつつあった。施設へのモビルスーツの攻撃も終わり、あとはメガファウナが避難するだけになっていた。

ベルリが出ていったとの報告を受けたドニエルはしばし迷ってから、意を決してメガファウナの出航を命じた。メガファウナは静かに後退して、宇宙ドックを離れた。赤い船体がゆっくりと暗闇を抜けると、内部で大爆発が起こった。

「ベルリが!」

「あいつは大丈夫だ」ドニエルは強い口調でいった。「それより、姫さまの最後の話をラ・ハイデン閣下に伝えなきゃならん。あちらの旗艦にすぐに寄せてくれ」

メガファウナはベルリを残したままラビアンローズを離れた。攻撃を終えて避難していたモビルスーツ隊がメガファウナに合流した。その中にはハリー・オードもいた。エアロックを抜けた彼はヘルメットを外し、ディアナ・ソレルの姿を探した。

ディアナはモニターの前に佇み、遠ざかっていくラビアンローズの巨躯をボンヤリと見つめていた。その横顔は、いつも彼女が気を張り詰めて演じているディアナ・ソレルのものではなく、彼女の本来の姿であるキエル・ハイムのものだった。彼女の横顔を見て、ハリーは何もかもが終わったことを知った。もう彼女は、ディアナ・ソレルを演じる必要はなくなったのだ。

ハリーは彼女に何か言いかけたが言葉を飲み込み、そっと彼女の傍に寄り添った。

そのころ、メガファウナを離れてラビアンローズに残ったベルリは、闇の中を奥へ奥へと進んでいった。途中何度も爆発に遭遇したが、不思議と恐怖は感じなかった。

闇は深かった。小さくノレドとリリンの名を呼ぶが、返事はなかった。

結局人間の理想とはいったい何だったのか。新人類が生まれてくるのなら、人類は理想など持たなくても良かったのではないか。旧人類の役割が、生存可能地域を拡大するための知識の蓄積に特化されていたのなら、好きなだけ戦争をして、科学力を高め、どこまでも侵略していき、生命の根に呼ばれたら戻ってくればよかった。果たしてそこに理想が必要だったのか。

「理想は必要だったのさ」そう語りかけてきた男がいた。「人間は他の動植物のように、生存戦略だけで生きていたわけじゃなかった。生命の根にとって、人間は究極的な観測道具だった。これ以上ないほどの高度なモビルスーツだったんだ。人間という知的生命体を得て、生命の根の観測域は一気に拡大した。特に宇宙という場所は、深海などと違って他の動植物では到達不可能な領域だった。しかし、その傑出した能力が、生命の根を枯らし始めた。ジオンは地球の表層的な環境破壊をもって人類の罪だと断じたが、人間の歪んだ思念を吸収した生命の源、根っこの部分はもっと悲惨なことになっていたんだ」

「そうか」ベルリは姿の見えない男に向けて返事をした。「歪んだ心は、歪んで醜いままの思念が吸収されていたのか」

「歪んだ醜い思念は、死後の世界では矯正できない。その醜い思念は根に吸収されて、新しい生命となって地上に生まれ、毒となって地球を汚していたんだ。歪んだ思念が、人間に転生するとは限らない。人間の歪んだ心は、自然界にイレギュラーを生んで自然にダメージを与え続けていた。人間の文明レベルが落ちて、人間が観測できなかっただけなんだ」

「人間の歪んだ心が、生命全体に影響を及ぼしていたなんて」ベルリは絶句した。

「生命の根に毒をもたらしていたのは、生物の中では人間だけだった。醜く歪んだ人間の心は、現実世界で浄化するしかなかったんだ。過ちは大きな問題じゃない。失敗も取るに足らないものだ。生きていて上手くいかないことなんて誰にだってあるし、むしろそれが当たり前だ。完璧である必要なんてない。理想を持たない人間の魂こそが問題だったんだ」

「理想を持たない人間の魂・・・」

「スコード教は神の概念を使って人間に理想を与えようとした。クンタラの神は、修行や修練の概念を使って人間の魂を理想に導こうとした。日本には神所に鏡を置くことで神の視線を再現して心身を律するクンタラに近い土着の宗教があった。宗教は人間に理想を持たせて歪んだ心を矯正するひとつの仕掛けだった」

「ぼくは世界を旅して、宗教とは違う人間の理想も見てきました」

「何ひとつ上手くいっていなかっただろう?」

「はい」

「理想世界を作ろうとすることが、必ずしも人間の心を浄化しないってことなのさ。理想世界に至れば、人間が理想的になると考えるのは大きな過ちだ。君はそれを見て知ったわけだ。それが肝心なんだよ。君の死後、君の思念は生命の根に吸収される。そこでは情報が共有されるんだ。現実世界では無力だった君だけど、現実を変えることに意味はないんだ。理想が何のためにあるのか考え理解した君の思念が、初めて生命の根に浄化をもたらす。君は希望を見つけた。さあ、待ってる人のところへ行きなさい。そこが君の還るべき場所なのだから」


4、


暗闇の中に、小さな明かりが灯っていた。ベルリはその明かりに引き寄せられていった。

無重力の空間を漂っていたベルリは、かすかな燈火を目指して手を伸ばした。彼を待っていたのは、ガンダムに乗るノレドとリリンであった。ふたりはコクピットを解放して、飛んでくるベルリを受け止めた。ハッチが閉められ、コクピットに空気が充満されていった。ノレドはヘルメットを後ろへ跳ね除けてベルリに抱きついた。

「心配してたんだよ、ベルリ!」

「ふたりとも、心配かけたね。やっぱり待っていてくれたんだ」

ノレドと操縦席を代わったベルリは、すぐにコアファイターを分離させた。

「この機体は置いていこう。ガンダムは理想を抱いて生きなきゃいけない人間を現した人型の概念だ。もうぼくら人間には、これは必要ない」

ふいに、リリンがベルリとノレドに抱きついてきた。

「わたしはもう行くね」リリンはいった。「わたしは導く者だから。あの娘を地球に連れて帰ってこなきゃいけないから。だからもう行く」

「行くって、どこへ?」

ノレドが話し終わらないうちに、ゆっくりとリリンの姿は透明になって消えていった。慌てふためくノレドの身体を抑え込んだベルリは、何も言わずにコアファイターをラビアンローズから脱出させた。リリンは、自らの役割を果たすために何処へと姿を消した。

コアファイターは静かに宇宙を飛んでいった。ふたりを乗せた機影を発見したメガファウナの乗員たちが、ライトを灯してメガファウナの位置を知らせてくれた。

ハッチを開いたベルリは、ノレドをしっかりと抱きよせてコアファイターを捨てた。ふたりが機体を離れると、コアファイターは光の粒子になって消えた。そして砂粒ほどの大きさのサイコミュだけが宇宙に残った。その小さな物質だけが、思念体であるジオンが作ったガンダムの実体だった。

メガファウナの乗員たちが、ふたりを温かく迎え入れた。誰しもが抱き合い、生存を喜び合った。生きることは、肉体を有する存在にとってそれ自体が喜びであったのだ。だがそれだけではいけない。生きる喜びを目的化したことが、地球を窒息させていったのだから。

人間が理想を抱いて生きることは、生命の輪廻の根を浄化することだった。神との対面に畏まること、神に近づこうと心身を律すること、大きくふたつに分かれた理想に至る手段は、神になろうとした者の出現によって前者が敗北し、後者が選ばれた。

死後に糾合される生命の根は、神として人と対話することを諦め、神に至ろうと身を清める人間を選び、ニュータイプを作り出した。

ドニエルとギセラから、アイーダの言葉がラ・ハイデンに伝えられた。

「すべての生命の記憶にアクセスできる新人類だと」

ラ・ハイデンは絶句した。スコード教の神の前で畏まり、欲望を律してきたラ・ハイデンは、ついに神に至った人類が誕生したことで、スコード教の教義を捨てる決心をした。自分たちがやるべきことは、神と交信できる新時代の子供たちに、地球を受け継がせることだけだった。

「そうか。人の役割は終わったか」

彼は大きく息をつき、すべての生命の歴史と触れ合えることはどんな気持ちがするのだろうかとボンヤリと想いを馳せた。

続いて、ベルリとディアナから、ビーナス・グロゥブ公安警察元次官ジムカーオの言葉が伝えられた。ジムカーオの最後の言葉を聞いたラ・ハイデンは、苦虫を噛み潰したような顔で笑い、杖を鳴らした。

それから半年ほどが経過した。生き残った人々は、人類が長い年月をかけて開発してきた月基地の施設を使って生き延びた。彼らは地球を観測し、思いのほか自然回復が早いことに驚くと、数度の話し合いののちに全艦隊を使って地表へと降り立った。

以後、オールドタイプを観測した記録はない。

それから20年が経過した。

静かさを取り戻した地球に、大船団が迫っていた。

巨大隕石の衝突と軌道エレベーターの落下によって地球は度重なる地殻変動に見舞われ、ユーラシア大陸の大部分は陥没してプレートは太平洋側へ1000キロメートル移動していた。

古い大陸を記した地図は使い物にならなかった。

「地球は元々歪な形をしていて、海の存在によって丸く見えていただけなのでしょう?」

旗艦イデアの艦長席にいるラ・コニィは、傍らに立つリリン・ゼナムに向けて尋ねた。

「地球にどのようなことが起きたのか、それは地球自身がわたしたちに教えてくれますよ」

大船団は、ビーナス・グロゥブからやってきていた。ラ・ハイデンの帰還を待ち望んでいたビーナス・グロゥブの住人たちは、スコード教大聖堂に光に包まれて舞い降りた地球の少女リリンに驚き、彼女の口から未来に起こる出来事を聞いて愕然とした。

少女の神託は本物なのかと議論が巻き起こった。しかし、新たに生まれてきた子供たちが明らかに自分たちとは違うことを徐々に理解し、自分たちがやるべきことは子供たちのために地球に戻る船を作ることだと思い定めて、計画的に働き始めた。

若者たちは、自分たちの寿命がそうは長くないのだと知ると、絶望するよりかえって溌剌としはじめ、夜となれば愛を語り、次々に子をなした。

ビーナス・グロゥブは子で溢れ、必要な宇宙船の数は計画を上回り続け、彼らはますます闊達に働くことになった。

長らく空席だった総裁の地位に、地球生まれのコニィ・リーが15歳で就任した。コニィは補佐役にリリン・ゼナムを指名し、ビーナス・グロゥブ全住民の地球へのレコンギスタを発表した。

コニィ・リーがラ・コニィになってから6年。ビーナス・グロゥブ住民は移民船に乗り込み、大船団を組んで地球に戻ってきたのだった。

船団は次々に真っ赤に燃えながら大気圏へと突入した。すっかり地形が変わった地球は、海の面積が増えて、幼き日のリリンが目にしていた地球よりいっそう青く輝いていた。

船団はかつて太平洋があった場所にできた新大陸に着陸した。

宇宙船から次々に少年少女たちが降り立った。コニィとリリンも船を降りた。黒い土に鮮やかな緑色の草が生い茂り、色とりどりの花が咲いていた。海辺まで歩くと、遠浅がかなり広く続いているのがわかった。浅瀬の海にいくつもの魚影が映っていた。

「聴こえる」コニィがいった。「母さんの声が聴こえる。父さんの声も聴こえる」

「わたしにも聴こえてきます」リリンが応えた。「母さんの声、ベルリの声、ノレドの声。みんなの声。でもまだ遠慮しているみたい。いえ、そうじゃない?」

リリンはふと自分の視界が変化していくことに気づいた。彼女の眼には、ベルリやノレド、ウィルミットの姿がハッキリと映った。コニィの眼にもルインとマニィの姿が映った。それは幻影などではなく、幽世にある魂であった。それがビーナス・グロゥブの子供たちには見えるのだった。

「そうですか」コニィは畏まった。「ラ・ハイデン。あなたたちは、わたしたちのために地球環境の回復に尽力してくださったのですね。その苦労は必ずわたしたちが労いましょう。わたしたちはこの地に満ち、拡がり、根付いてみせましょう。美しい魂のまま生き、やがてみなさまと一緒になる日を楽しみにしております」

「この星は美しく生まれ変わりました」リリンは感嘆した。

「ええ」ラ・コニィも同意して、青く広がる空と海と草木に覆われた大地を見回した。「最後のオールドタイプたちが理想を抱き死んでいったからです。いずれ、この星で彼らが遺した、最後に生まれたスターチルドレンたちとも出会うでしょう」


「レコンギスタの囹圄」完

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:124(Gレコ2次創作 第52話・最終回 後半)


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」前半



1、


ジオンの衛星落としが発覚してからというもの、ザンクト・ポルトは上へ下への大騒ぎになっていた。ひっきりなしに鳴り響く警戒警報に人々は右往左往していた。ザンクト・ポルトに残っているのはカリル・カシスが連れてきたクンタラの女性、キャピタル・テリトリィ運行庁の職員とウィルミット・ゼナム、法王庁の職員とゲル法王。それに急ぎ宇宙へ上がってきたアイーダ・スルガンなどであった。

アイーダはスコード教大聖堂にいた。彼女は思念体分離装置の中の様子を確認したかったが、残念なことにG-メタルをノレドに預けてしまっていたために中には入れないでいた。そこにウィルミットがやってきた。彼女は、スコードに祈りを捧げるために大聖堂へとやってきたのだった。

ゲル法王もまたスコード教大聖堂の中にいた。法王はシラノ-5という資源衛星を改造した巨大物体が地球に近づくことを、アクシズの奇蹟の再来だと信じて、再び地球人がひとつとなって危機を乗り切ることを夢見ていた。一方で、スコード教に長く虐げられていたクンタラの女たちは、誰ひとりとして大聖堂には近づこうともしなかった。月からやってきたカル・フサイたちエンジニアも、クンタラの女性たちと一緒だった。

ウィルミットは跪いて祈りを捧げていたが、運行庁の人間に奥の祭壇の地下通路の奥にアイーダがいると耳打ちされると静かに席を立ってそちらへ向かった。

「本当に大丈夫なのでしょうか?」ウィルミットは、ベルリもリリンもいない状況を不安がっていた。「自然の衛星より速度が遅いといっても、あれだけ巨大な隕石がもし地球に落ちたら、地球は核の冬と同じことになってしまうはずです。ただでさえ全球凍結が迫っているというのに」

「やれることは全部やりました」アイーダは応えた。「あとはベルリたちに任せるしかありません」

ふたりは、思念分離装置と名付けた部屋の前で、ずっとそのときを待った。運行庁の人間は逐一ウィルミットに報告を入れた。一方でアイーダのところに入ってくる連絡は、議会に関するものばかりであった。ズッキーニ・ニッキーニが、勝手な行動ばかり取るアイーダの、アメリア軍総監のポストを解任する動議を出したという。報告を聞いたアイーダは、バツが悪そうに肩をすくめた。

「知らせていないとはいえ、地球の人間は呑気で愚かだと恥じ入るばかりです」

「いえ」ウィルミットはアイーダの肩に手を乗せた。「どこも同じです。地球にいる人間は、魂が地球に縛り付けられてでもいるかのように感じることがあります。わたしたちのそんな姿を、カール・レイハントンという人物は絶望したまなざしでずっと眺めていたのでしょう」

アイーダとウィルミットは、しばらくベルリのことでにこやかに談笑して過ごした。ふたりが真っ暗な通路から動かないので、紅茶のセットが運ばれた。

そうこうしている間にも、隕石破断ビームが通用しなかったこと、クレッセント・シップの特攻によって隕石がふたつに割れてしまったこと、ムーンレイス艦隊の縮退炉を使った攻撃によって一方の欠片が粉砕されたこと、壊れなかった片方の隕石が光を反射しないことなどが伝えられた。

話を聞いても、ふたりは聞き置くだけでずっとベルリの昔話に花を咲かせていた。モビルスーツ隊が暗黒の隕石に突入して連絡を絶ったことも伝えられたが、その話を聞いて驚くこともなかった。隕石は数度にわたる攻撃で計算にずれが生じ、南米大陸に落下することが分かった。

そして、その瞬間はやってきた。

G-メタルの挿入口が突然輝き出した。差込口には、アイーダがノレドに託したG-メタルが挿入され、眩いばかりに輝いていた。固く閉ざされていた扉が開いた。アイーダとウィルミットは気後れしながらもその中に足を踏み入れた。部屋の中は、無数の小さな光が集まって波を打っていた。まるで光の流砂のようだった。ふたりはそれが命の瞬きであることを理解した。

次の瞬間、3人の人間が部屋の中に飛び込んできた。それは実体がある存在ではなく、人であったものの残像に過ぎなかった。アイーダは翻然と悟り、合わせた両手を鼻に押し付けた。

「たったいま、カール・レイハントンの思念が消滅しました。数千年に及ぶ絶望は昇華されて消え去りました。導いた者がふたりいます。いずれも遠いとおい昔の人物です。とっくにこの世から消え去った者たちが、同じ時代を生きた盟友を迎えに来たのです。ああ、そうか。ここは思念体分離装置などではない。涅槃の入口だったのです。そうですね、お母さま」

「そのようです」

ウィルミットが頷いたとき、巨大地震が堅牢なキャピタル・タワーを強く揺さぶった。タワーは大きく揺れ、ふたりはその場に座り込んだ。ふたりは真っ暗な部屋の中を漂う光の流砂が、渦を巻くように宙で固まっていくのを目にした。それを眺めながら、アイーダが大声で叫んだ。

「絶望と同じだけ希望を持っているのが人間です。自分には絶望しかないなどと考えるから、残留思念となってこの世に留まるのです。自分の希望を見つけたのなら、涅槃に旅立っていきなさい!」

キャピタル・タワーは崩壊した。崩れゆく建物にしがみつきながら、ウィルミットは心の中で「ベルリ、ありがとう」と繰り返し念じた。何度も何度もそう繰り返し、ウィルミットは闇の中で強く肉体を殴打して死んでいった。肉体を失ったウィルミットは、自分の意識が少女のころから母親になったころまで途切れなく続いている存在なのだと初めて理解した。彼女は少女であり、母であり、赤子であった。これが魂なんだと、彼女の思念は肉体を離れてその形を理解した。

時間の概念も距離の概念もなく、彼女の魂はどこにでも存在した。ゲル法王の魂もあった。アイーダの魂もあった。魂は流れている。ウィルミットは自分という存在が、ウィルミット・ゼナムの記憶だけで成り立っていないことに驚いた。記憶はずっと途切れることなく続いていた。誰の記憶か定かではないが、遠いとおい昔の時代の記憶も彼女にはあった。これは何だろうと彼女は自分の中にある自分のものではない記憶を見つめた。どうやらそれは、彼女の先祖の記憶のようだった。

命は途切れることなくずっと続いていたのだ。不思議な気分もしたが、当然のような気もした。それはそうだ。すべての生命は、生命発生から途切れることなく続いてきた命だけが存在するからだ。命あるものに終わりはない。命の連続が途切れたときにだけ、終わりはやってくるのだ。

キャリアを重視して仕事に邁進してきたウィルミットには、実子がなかった。彼女の命は、彼女の死をもって終わったのだ。永遠に続いてきた彼女の命の歴史を終わらせたのは、彼女自身であった。ファミリーラインの断絶は、家系の断絶ではなく生命誕生から続いてきた永遠の命の断絶であった。ウィルミットは死んで初めてそのことを理解した。なぜもっと早く気付かなかったのだろうと彼女は後悔した。

命は、永遠が本質であった。命は暗い地中に埋もれた根のようなもので、肉体は根から延びる草や木のようなものだった。人間が怖れていた死とは、古い草が枯れ、新しい草に取って代わっただけで、本当の意味での死など存在しなかったのである。肉体の滅却は、永遠の命にとって重要なものではなかった。根はひとつ。土を押しのけて顔を出す草は、無数に存在したのだ。それが人間であった。

肉体の死をもって、ウィルミットは根に戻ったのだ。根には過去に生きた生命の記憶が蓄積されていた。言語化された記憶は人間のものだ。おそらくは人間に進化する前の記憶も存在するだろう。しかしまだウィルミットにはそれにアクセスすることが出来なかった。宇宙世紀以前の人間の記憶もそうだ。死んで間もない彼女にはまだ強い自我が残っていた。それが邪魔をしているのである。

残留思念の正体とはこういうものなのだと彼女の思念は思考してみた。彼女にはまだ思い残しがあり、完全に根と一体化できないのだ。根と同一になることは、自我を捨て去ることだった。なぜ自分にはそれが出来ないのか・・・。

「ベルリ、ベルリ坊や・・・。リリン・・・」

彼女の思い残しとは、彼女が引き取ったふたりの養子のことだった。


2、


どす黒い噴煙がガンダムを飲み込んだ。

間に合わなかった。自分はまったく無力だった。ベルリはガンダムのコクピットの中で虚脱した。自分には何にもできず、人類は滅びてしまった。ガンダムを与えてもらいながら、彼は英雄になれず、目の前でみすみす全人類を破滅させてしまったのだ。ベルリはヘルメットを外し、頭を掻きむしった。

キャピタル・タワーは破壊された。そこには母と姉がいるはずだった。ザンクト・ポルトは地球を覆った塵と噴煙の中に落ちていき、激しく地表に激突して原型をとどめないほど完全に破壊されていた。なかにいた人間の生存は絶望的だった。彼は、大事な母と姉を同時に死なせてしまった。地球の全球凍結は加速され、わずかに生き残った人間も数か月もたずに死んでしまうだろう。

キャピタル・タワーの残骸は、やがて舞い上がった噴煙に埋もれて地層と一体化していく。それはもう過去の遺物になってしまったのだ。生命が絶滅したいま、それが遠い未来に発掘される保証すらない。この半年間の旅は何だったのか。なぜ自分は、あの人のように奇跡を起こせなかったのか。

ガンダムはゆっくりと落下していた。ベルリが気力を喪失したことで、ガンダムもぴたりと動くのをやめていた。ノレドはショックで気を失っていた。後部座席にいるリリンはぐったりとうなだれて動かなくなっていた。ベルリはリリンがなぜあのとき止めたのか、恨みをぶつけたい気持ちに駆られた。でもそんな小さな怒りを、少女にぶつけたところでどうにもならないのだった。

ベルリは、このまま静かに地上に降りていき、多くの死んでいった人間たちと運命を共にしようと思い、ノレドの手を取ってシートに身を沈めた。

ベルリは少し眠った。夢の中に母が姿を現した。母はベルリをそっと抱き寄せると、しばらく優しく彼を包み込んだ。ベルリもまた母に身を預けた。しばらく息子を抱きしめていたウィルミットはやおら身体を離して両手を息子の肩に乗せると、思いっ切りベルリの横面を張り飛ばした。

「男の子は最後まで諦めてはいけません!」

「うわッ」

ベルリは吃驚して思わず飛び起きた。彼は何度か顔をパンパンと叩くと、ノレドの身体をゆすって起こした。ノレドは目を覚まし、ベルリの姿を見て微笑んだ。

続いて後部座席にいるリリンも起こした。

「リリンちゃん、ここを脱出してビーナス・グロゥブ艦隊に合流したい。彼らはいま月の裏側にいるはずだ。遠いけど、ジャンプできるかい?」

リリンは目をこすりながらも、小さく頷いた。そして振り返っていった。

「お母さん、さようなら」

次の瞬間、ガンダムはトワサンガ宙域に出現していた。トワサンガでは、ラビアンローズから出撃した銀色の細長い戦艦とビーナス・グロゥブ艦隊が交戦中であった。見る限り、ソレイユなどムーンレイス艦隊は消滅しており、戦力的には圧倒的に不利な状況だった。

「切り拓くッ!」

ベルリはガンダムを駆ってジオンのスティクス艦隊の真ん中に突っ込んでいった。敵戦艦の爆発を知らせる光球が漆黒の宇宙に瞬いていく。銀色の戦艦は側方の砲門を開いてガンダムを撃墜しようとするが、そこをハリー・オード率いるスモー隊が攻撃してさらに多くの戦艦を撃沈していった。戦場は突然出現した白いモビルスーツによって一気に形勢が逆転した。

「ガンダムは攻撃されないのか?」ハリーが通信を送ってきた。

ベルリが応えた。

「これはカール・レイハントンから貰った機体なんです。スティクスはアンドロイド型サイコミュが操縦していますから、こちらのサイコミュを味方だと識別しているのかもしれません」

不利な戦況に乗員すべてが死を覚悟していたメガファウナは、援軍の正体をすぐに察した。艦長席のドニエルは艦長席から立ち上がると背を逸らし、歓喜の声で叫んだ。

「ベルリ、ベルリなのか!」

ドニエルの通信はオープンチャンネルで誰もが聞くことになった。ベルリの名前を聞いた乗員たちはその名前を希望の光として捉え、歯を食いしばって再び激しく身体を動かし始めた。ベルリの応答が、ブリッジのモニターに映し出された。メガファウナに収容されていたディアナ・ソレルは瞳を輝かして身を乗り出した。

「ドニエル艦長、ラビアンローズがある限りスティクスは生産され続けます。いったん後方に回って中央部分から侵入するしかありません。ぼくが道を切り拓くのでついてきてください」

「わかった。メガファウナ乗員の命はお前に賭けるッ」

ベルリとハリーが膠着した戦場に変化を巻き起こした。モビルスーツ隊の行く手を阻もうと陣形を変えると、手薄になった場所にビーナス・グロゥブ艦隊の集中攻撃が浴びせられた。ガンダムはスモー隊とメガファウナを従え、敵の陣形を突破してラビアンローズに辿り着いた。ラビアンローズは巨大なエンジンと中央部の宇宙ドック、それに上部の居住地域から成り立っており、立方体の形をしたドック部分の後方はむき出しになっているのだ。そこは修理工場であり、生産工場でもあった。

「見て、あそこ」ノレドが指を差した。「あたしが空けた穴が修理されないまま放置されてる」

ドック部分の壁面に空いた大きな穴は、かつてノレドがG-ルシファーを使って破壊した痕であった。彼女はビーナス・グロゥブで、ジット・ラボの跡地から裏の世界に侵入したことがあるのだ。それはジット・ラボがエンフォーサーと呼んでいた裏のヘルメス財団と繋がっていた証拠でもあった。

ノレドはその際に生産設備の破壊も行ったが、そこはすでに修理が終わっていた。

「事件が起きてすぐにパージされてしまったから、ビーナス・グロゥブの資源衛星から資材を調達できなかったんだ。だとすると、スティクスを生産するための資材もそろそろ尽きてくるのかもしれない」

「ジオンは戦争に負けるはずがないと思っていたから、修理は後回しにしてたんだ」

「どうするんだ、ベルリ」ドニエルが通信を寄こしてきた。

「ラビアンローズのどこかにジオンのアバターを作るための施設があるはずなんです。それさえ破壊してしまえば、肉体を持たない思念体のジオン兵たちは現実に関与できなくなります。それに彼らの導き手であったカール・レイハントンはもうこの世にいません」

「白兵戦か」ドニエルは息を飲んでから大声で艦内に通達した。「乗員すべて白兵戦の準備だ。人間を作りだしそうな怪しい設備を片っ端から破壊していけ。永遠の命たって、身体がなきゃ姿の見えない幽霊と同じだ。そんなもん、何にも怖くありゃしねぇ。それからス・・・」

ドニエルはステアの名を呼ぼうとして思いとどまった。そして静かに続けた。

「オレも行く。死んでいった人間たちすべての仇討ちだ。ジオンの奴らさえいなくなりゃ、あとはビーナス・グロゥブのお偉いさんたちが何とかしてくれる。オレたち軍人は任務を遂行するだけだ」

メガファウナは臨戦態勢に入り、収納されていた携帯火器がひとりひとりに手渡されていった。スモー隊は機動性を生かしてスティクスの生産ラインを破壊することになった。誰ひとりとして、シラノ-5の地球落下を食い止められたのかどうかベルリに尋ねる者はいなかった。その結果がどうであろうと、ラビアンローズを破壊しなければジオンの脅威は去らないのであった。

「誰かがぼくを呼んでいる」ベルリが呟いた。「ノレド、操縦を頼む」

「ベルリ!」

「大丈夫だよ。必ず戻ってくるから」


3、


銃を手にしノーマルスーツに身を包んだドニエルがマイクを通じて檄を飛ばした。

「ジオンの連中は人間であって人間じゃないらしいから、遠慮すんじゃねーぞ」

銃を携帯したメガファウナの乗員は、ジオンのアバター製造装置を破壊すべくラビアンローズに乗り込んだ。激しい銃撃戦が巻き起こった。

「本当に人を殺すの?」

銃の安全装置が外せないままギゼラは戦闘に巻き込まれた。襲い来る銃弾に首をすくめる彼女を、マキが援護しながら励ました。

「ビーナス・グロゥブもムーンレイスも大きな犠牲を払って地球のために戦ってくれた。ラビアンローズはわたしたちで奪還してあの人たちを金星に還してあげなきゃ」

はじめこそまとまって艦を飛び出していった彼らだったが、ラビアンローズはあまりに巨大で、まとまって行動していては埒が明かなかった。集団は徐々にばらけ始め、3人程度の小集団に分かれていった。

戦闘を繰り返すうちに、メガファウナの乗員たちは敵がそれほど多くないことに気づいた。ジオンの兵士は死を恐れることなく立ち向かってきたが、シラノ-5とラビアンローズを運用するための最低人数しかアバターを生産しなかったために、数が圧倒的に足らなかったのだ。カール・レイハントンの肉体嫌悪が戦争には不利に働いていた。

「人体製造工場みたいなもんがどこにあるってんだ」アダム・スミスは早くも息が切れてきた。

「ジオンの秘密だったわけだから、かなり奥まったところじゃないすか?」一緒に行動しているオリバーが手榴弾を投げつけた。「さあ、走った走った」

闇雲に突っ込んでくるメガファウナの乗員たちに対し、ジオンの兵士は多くの場合要所にひとりだけを配置して応戦していた。

彼らは肉体を使い捨てにして、メガファウナ側の戦力を確実に削っていった。彼らが利用している肉体は基礎代謝など生体維持以外に脳を活用していなかったために、通常の人間のような恐怖心を持っていなかった。彼らは銃で撃たれ、それ以上肉体に使い道がなくなるとわかるや、手榴弾を抱えて敵の中に突っ込んできた。この攻撃により多くが死傷した。いざとなると自爆してくる敵に対し、白兵戦の経験がないメガファウナの乗員たちは言いようのない恐怖を覚えた。

「シルヴァー・シップと同じだ」ルアンがいった。「やっぱ、製造工場を破壊しないと人間もすぐに作って補充してくるんじゃねーのかな」

メガファウナの乗員は軍人といっても宇宙世紀時代のように戦争のスキルを身に着けているわけだはなかった。しかもドニエル以下白兵戦の経験があるものがおらず、指揮官もいない。ただ前へ進んではワンブロックずつ制圧して、怪しい設備がなければマーカーで大きくバツをつけて次へと移動していった。

白兵戦には男女を問わず全員が参加していた。ジオン兵の自爆攻撃を怖れた彼らは、迂闊に前に進めなくなり、兵士を見つけると脚止めされて銃撃戦を繰り返した。

「ここでもなさそうですね」銃声が止むとディアナ・ソレルが立ち上がった。「もっと奥なのでしょうか?」

彼女の傍にハリー・オードはいない。彼のスモー隊は戦艦製造施設の破壊に向かっているのだ。ディアナの護衛には10名ほどがついていた。行き止まりに突き当り、通路を引き返してきた彼女らは、追ってやってきたベルリと鉢合わせをした。

「ディアナ閣下?」ベルリは驚いて目を丸くした。「ディアナさまは・・・」

「いいのです」ディアナはベルリの言葉を遮った。「500年前に失っていたはずの命を惜しんで月の女王が務まるものですか。それよりあなたはモビルスーツ隊と一緒でなくてもよいのですか?」

「呼ばれているような気がするのです。それが何かはわかりませんが」

「ではわたしたちもベルリ・ゼナムに従いましょう。声はどちらから聞こえますか?」

「あちらの方角です」

ディアナと合流したベルリは、急ぎ先を進んだが、突然壁が爆発して吹き飛ばされた。死角になった場所に爆薬が仕掛けられていたのだ。ジオンの兵士がひとりゆっくりと近づいてきて死体を脚で蹴って検分した。兵士がディアナを蹴ろうとしたとき、彼女はやおら上体を起こして兵士の頭を撃ち抜いた。

「ベルリ、ベルリ・ゼナムは無事ですか」

ディアナは周囲を見渡してベルリの姿を探した。彼は飛んできた壁の下敷きになっていたが、ディアナの声に反応してゆっくりと身体を起こした。

「あなたもこれを取って」ディアナは死んだ兵士が持っていた武器をベルリに手渡した。「これは戦争なんですよ。人類が最も激しく戦っていた時代の人間と戦っているのですから」

ベルリは仕方なしに武器を受け取り、おぼつかない足取りで先を急いだ。10名いたムーンレイスは、ディアナの盾となって命を落としていた。

ふたりは先を急いだ。ラビアンローズのそこかしこから銃撃の音が聞こえてきたが、声に導かれて進むうちにふたりは徐々に喧騒から離れていった。そして長い通路の突き当りにある扉の前に立った。扉は自動で開いた。ベルリが頷き、中へ入っていった。

「ぼくを呼んでいたのはやはりあなただったのか」

そこにいたのは、1体のアンドロイドだった。ナノマシンで構成された表層は、ジムカーオの姿をしていた。アンドロイド型のアバターは、ジムカーオの思念をサイコミュの中に宿していた。アンドロイドには脚がなく、状態から下は未完成のままで補助具に乗せられていた。

「ビーナス・グロゥブの公安警察の人間として、カール・レイハントンとメメス博士の顛末は最後まで観察させてもらったよ。やはり人間というのは理想通りには事が運ばないらしい。人類を思念体に進化させて環境負荷をゼロにするジオンのミッションは、復活したいにしえの魂によって頓挫した。その計画に乗って、クンタラを繁栄させようとしたメメス博士のミッションは、娘の余計な関与によって失敗した」

「メメス博士にはサラという娘がいたでしょう?」ディアナがいった。彼女はビクローバーの調査でそれを知ったのだった。「彼女はいったい何がしたかったのですか?」

ジムカーオの姿をしたアンドロイドが応えた。

「彼女は欲をかいた。サラはジオンのアバターの医療を担当する傍らで、途中放棄された強化人間の技術を発見して、遺伝子に人間の記憶を書き込むことで、アバターではなくクローンによる永遠の命を目指した。彼女にはカール・レイハントンのような地球環境に対する理想も、メメス博士のようなクンタラを導く理想もなかった。あったのは永遠に生きたいとの欲だけ。ひとりの女性の欲望が、スコード教の理想もクンタラの理想も木っ端微塵にしてしまったのだよ」

「たったそれだけ」ベルリは怒りが込み上げてきた。「永遠に生きたいなんてひとりの女性のそんな欲望のために、母さんも、姉さんも死んだのか?」

「生命はいつか死ぬさ」ジムカーオはそっけなかった。「そんなことは問題じゃない」


4、


ベルリがジムカーオに掴みかかろうとした。ディアナは彼を手で制した。ディアナが尋ねた。

「サラは、ビーナス・グロゥブでスコード教の男性を愛して、クンタラの教義を捨てたのですね。肉体をカーバに運ぶ道具として考えるクンタラの教義を」

「肉欲の前では理想など滑稽な代物だからね」ジムカーオは冷笑した。「理想は語る人を選ぶのだ。だがね、言っておくが、結局はクンタラが勝利した。理性に働きかけて、行動制限により人類を正しく導こうとするスコード教の理念は失敗した。科学を使い肉体を捨てて環境負荷をゼロにしようとするジオンの理念も失敗した。メメス博士の計画こそ頓挫したが、結局残ったのはクンタラなんだ」

「いや、違うはずだ」ベルリが怒鳴った。「ザンクト・ポルトにいたカリル・カシスと仲間のクンタラもみんな死んでしまったじゃないか。グールド翁や、アメリアのクンタラも。共産主義者も民主主義者も、個人主義者も全体主義者だって、みんなみんな死んでしまったじゃないか。どんなに愚かだって、人間は一生懸命理想に辿り着こうと必死に生きていたじゃないか。なぜ人類を絶滅させてすべてを奪わなくちゃいけなかった? なぜぼくのガンダムは、救世主になれなかった?」

「救世主になったのさ。そのことを教えるために君をここへ呼んだんだ。このポンコツアンドロイドは見ての通り、脚がないからね」

「救世主にはなれなかったんだ」ベルリは俯いてドンと壁を叩いた。「みんな死んでしまった」

「自分も最初はそう考えた。だが違ったんだ。自分はラ・ハイデンに報告を行い、公安警察としての自分の役割は終わったものと考えた。だからそこでジオンの技術を拝借した思念体という形を捨て、文字通りに死んだ。無に還ろうとしたんだ。だが、死んだ先にあったのは、無とは程遠い世界だった」

「死後の世界へ行かれたというのですか」ディアナは驚いた表情で尋ねた。

「そうなるね。ところがどうだ、死後の世界は自分が想像していたものとはまるで違った。あそこは生命のプールだ。言語化するのはとても難しいが、黄泉の世界が地中に張った根の世界とすれば、現世は地表の世界だ。表裏一体だったのだよ。死後の世界はあまりに身近にあり、死後の世界が望んだものがこの世に現出しているに過ぎなかった。ジオンは人類を世界の観測者にしようと考えていたようだが、そんなものは必要なかった。我々の存在自体が世界を観測するための道具に過ぎなかった」

「突拍子もないお話ですね」

「自分はビーナス・グロゥブの公安警察として、数百年の時間をカール・レイハントンらジオンの内偵に当てた。レイハントン家とともにずっとトワサンガで過ごし、何度も姿形を変え、人を欺いてきた。だがそんなものは必要なかった。何も警戒する必要などなかったのだ」

「いや、違う。警戒しなきゃいけなかったじゃないか。地球は・・・、生命は、絶滅してしまった。ぼくの目の前で。なぜあなたはもっと確かな形で警告してくれなかったんですか。ぼくじゃ、世界は救えないと」

「世界を救ったのだよ」ジムカーオはあやすような声で話した。「もしあのまま地球がジオンの囹圄膜の中で保護されるべき存在になり果てていたら、それこそ黄泉の国の生命のプールは腐り果てて地球文明圏の未来は閉ざされてしまっただろう。ジオンという過去の遺物は完全に葬り去られなくてはならず、また地球の生命体もいったんリセットする必要があったのだ」

「なぜですか?」ディアナが睨みつけるように語気を強めた。

「開拓の時代が終わったからさ」ジムカーオは当たり前だと言わんばかりだった。「生命体が侵略的で、根から生じたものでありながら根だったころの記憶を持って生まれなかったのは、生命の源が惑星を開拓するためだったのだ。生命体が互いに争い、滅ぼし合い、激烈な競争を繰り返してきたのは、適者生存に勝ち残るためではなく、開拓をしながら生存可能地域を拡げ、観測区域を拡大するためだったのだ。人間はその最も有能な道具として進化を遂げた。我々は惑星の多くの場所を観測対象とし、宇宙に目を向け、やがて宇宙世紀がやってきた。戦争のための資源を求め太陽系へと進出し、やがて外宇宙へと出ていった。これは、地球圏にある生命の源の意志だったのだ。戦争は人間が愚かだから行われてきたのではなく、より強く、より遠くへ行くための知識の蓄積に必要だったからだ」

「それが開拓の時代?」

「生存可能地域の拡大を主目的とした時代のことだ。だがそれはどうやら終わったらしい。外宇宙へ進出していた人類がレコンギスタしてきたのはまさにそのためだ。地球圏の生命の源は、生存可能地域の拡大と観測という目的を終えて、新しい時代を迎えようとしている。開拓時代のために生み出された我々、そして君たちオールドタイプの時代は終わるのだ。人類はニュータイプに進化する」

「新しかろうと古かろうと、同じ人間じゃないですか」ベルリは納得しなかった。

「それが違うのだよ、ベルリくん。言ったろう? 開拓を目的とした我々は、より環境に適応して環境を克服する知能が必要だった。進化を促すために作られた生命体だ。だが、これから生まれてくる新しい人類はそうじゃない。彼らは、生命の源、わたしが死後の世界で糾合された生命のプールと直接繋がっているのだ。生命全体と意志疎通できるまったく新しい生物だと思えばいい。これから生まれてくる子供たちはすべて旧来の人類とはまるで違う目的を持った新種だ。遺伝子は人類と同じなのに、生まれてくる目的が違うと言えばいいのか」

「そんなことは信じられない」

「生命と生命の間にある断絶は、競争を促すために最初からプログラムされたものだった。君がわたしを信じられないのは、まさにこの断絶を利用して君の意志が競争に向かうよう設計されているからだ」

「生命の源がぼくらを設計した?」

「それ以外誰がそんなことをする? 最初からこの断絶がない人間が生まれてくる、旧来ニュータイプと呼ばれたものは、思念が生命の源に近づいた特殊な存在だった。だが彼らは、現象発現の端緒にいた存在に過ぎない」

「あの、ガンダムを操縦したアムロという人のことか?」

「君と一緒にいたあの少女などもそうだ。彼女は、亡くなった彼女の父親と、アンドロイド型のサイコミュを使って会話をしているだろう? あれがきっかけとなって、彼女の思念は死後の世界に存在する膨大な情報とコンタクトを取るようになった。なぁ、ベルリくん、そして月の女王ディアナ。すべての生命の実体はあちらの世界にあるのだ。あちらにある情報のプールこそが生命の本質だったのだよ。地球上で誕生した全生命体の記憶とコンタクトできる新人類などに、我々オールドタイプが太刀打ちできると思うか? それは最初から無理な話なのだ。地球圏に存在する巨大な生命の源は、観測された知識を回収しようとしている。だから外宇宙に進出した人類はレコンギスタしてくる。レコンギスタは、魂が地球に呼び寄せられて行われているものだ。もう人類の宇宙での活動は限界に達していて、呼び戻されているのだ。彼らが外宇宙で体験したすべての情報は、死によって回収される。そして次の宇宙への進出はやってこない。延々と、回収だけが行われるのだ。これからも続々と人類は地球に舞い戻ってくる。その情報を回収するために、ジオンの囹圄膜は邪魔だった。だから歴史は改変され、ジオンのシャアのサイコミュに固定化された残留思念は、君たちが思念体分離装置と呼ばれた場所に移され、消魂したのだ」

「ではなぜあなたは、わたしたちを呼び寄せたのですか?」

「それはわたしの因果というもの。自分は公安警察の人間だ。内偵をして報告をする。それがわたしの仕事である。死後の世界で自分が目にしたものを、誰かに伝えなければいけないと思った。ラ・ハイデンに会ったら伝えてほしい。ビーナス・グロゥブは破棄して、地球に戻って来いと。新しく生まれてくる子は、人類であって人類ではない。彼らは争いごとを起こさない。彼らは生命を無駄にしない。もう生命は毒を生み出さない。スコード教の時代は終わり、人は神と繋がるのだと」


次回、最終回第52話「理想」後半は、2022年2月15日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:124(Gレコ2次創作 第52話・最終回 前半)


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第51話「死」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第51話「死」後半



1、


ラ・ハイデンは自らの旗艦のモニターに映し出される白く発光する巨大な隕石の破片と、それと対を成す漆黒の隕石の破片を唖然と眺めながら、次々にもたらされる報告に耳を傾けていた。

クレッセント・シップ爆破の衝撃でシラノ-5の軌道を逸らせる試みは、資源衛星を覆い包んでいた虹色の膜の影響で計算通りにはいかずに失敗した。爆発はシラノ-5で居住区域となっていたリング部分を破壊するにとどまり、リングが作られていた部分が壊れてふたつの巨大な隕石になってしまったのだった。

どちらかひとつが地球に落下するだけでごく一部の地域を除き陸上生物の生存はほぼ不可能になると予測された。どちらもまっすぐ地球に向かっており、速度もまるで落ちていなかった。

「未知のエネルギーによりレーザー兵器が拡散されて当たらないようです。あの速度と質量ではミサイル兵器は効果がありません」

そこにムーンレイス艦隊より通信が入った。

「縮退炉を積んだムーンレイスの全艦隊を衛星にぶつけて破壊を試みます。乗員はランチ等で全員脱出させるのでビーナス・グロゥブ艦隊で救出していただけますか」

「無論だ」ラ・ハイデンが承知した。「衛星が破壊されると数百から数キロメートルの破片が散乱して全艦隊はひとたまりもなくなる。すぐに脱出して全艦隊で宙域を離脱する」

ラ・ハイデンは艦隊に指示を出しながらふたつの衛星を凝視していた。岩石が白く発光したり漆黒の中に消えたりするのは通常の物理現象ではなかった。ふたつの巨大な岩石が引かれるように地球に向かっていく姿はまるで希望と絶望が同時に地球へと落ちていくかのようだった。

「レコンギスタ・・・魂が地球を欲しているというのか」ラ・ハイデンはそう呟き、首を横に振った。「ムーンレイスの全艦隊から退避してくる人員を残らず回収。我々は現宙域を離脱して、トワサンガ宙域のラビアンローズへと向かい、ジオンからラビアンローズを奪還する」

「破壊された隕石群の処置は?」

「もとより地球人を救出することが今回の派遣の目的ではない。我々はジオンのラビアンローズを奪い、ラビアンローズでビーナス・グロゥブに帰還する。ビーナス・グロゥブの全艦艇は地球の生存者に供与するつもりだ。ラビアンローズが奪えなければ全員ここで死ぬと思え!」

ラ・ハイデンの指示に驚いたのはメガファウナのクルーたちであった。ブリッジは上へ下への大騒ぎになり、ドニエルの怒鳴り声さえもかき消された。

「聴こえんのかッ!」ドニエルが怒鳴った。「ムーンレイスの回収を急げ。次の目標はラビアンローズだ!」

「でも艦長、ザンクト・ポルトには姫さまが・・・。それにベルリたちだって」

「なるようにしかならんッ! いいから回収を急げッ!」

隕石は艦隊に迫ってきており、メガファウナの速度ではいまからザンクト・ポルトに引き返しても隕石に追いつくことはできないのだった。

混乱するメガファウナにソレイユから連絡が入った。通信の相手はハリー・オードであった。

「モビルスーツ隊はメガファウナに収容させていただきたい。それにディアナ閣下も」

「ソレイユもぶつけるつもりで?」

「少しでも質量を削らねば地球は破滅だ。仕方がない。どこまで効くものかはわからんが、縮退炉を爆発させれば無傷ということはないだろう。ディアナ閣下はすぐにランチでそちらへ送る。モビルスーツ隊はギリギリまで遠隔操作を行うつもりだ」

ビーナス・グロゥブ艦隊の回避行動はすでに始まっていた。彼らは宙域から離脱して一路月の裏側を目指して加速していった。

メガファウナはハリー・オードのスモー隊を収容しようと最後まで残った。ソレイユと同型艦のオルカは、遠隔操作で押し寄せるふたつの巨大衛星に向けて航路を定め、一気に加速させた。スモー隊はギリギリのところでメガファウナに乗り込み、宙域を離脱して月の裏側を目指した。彼らの背後で、巨大な爆発が起こった。メガファウナのクルーはモニターに釘付けになった。

白く発光していた衛星はいくつかの塊に分裂したようだった。破片のいくつかは大きく軌道を変えていったが、分裂した光の多くは地球に落ちる軌道を変えてはいなかった。光を吸収するかのように漆黒の塊になっていたもうひとつの衛星はどうなったのか観測もできなかった。誰もがアイーダの身を案じていた。

「ザンクト・ポルトは大丈夫なのか?」

「軌道計算じゃキャピタルタワーは地球の裏側にあるっていうから、隕石の直撃は免れるはずだ」

「でも、あんなのが地球に落ちたら、全人類が死に絶えちゃうんでしょ?」

「ちくしょう!」ドニエルが怒鳴った。「オレたちの何がそんなに憎いってんだよ!」

縮退炉が爆発した瞬間のこと・・・。

カール・レイハントンのカイザルを追いかけていたベルリたちは、無数の小さな光の粒がどこかへ飛び去って周囲がどんどん暗くなっていくのを感じていた。

ノレドは全天周囲モニターでその様子を唖然と眺めていた。

「あの光のひとつひとつが人間なんだよ」ノレドが叫んだ。「ザンクト・ポルトの大聖堂で見たことがある。あれは全部、人間の霊魂なの」

小さな光は流砂のようにひとつの方向へ流れていった。それは流れる帯のようになり、ベルリたちの周囲から光を奪い去っていった。そのとき、リリンが叫んだ。

「あの人が来るッ!」

リリンは後方を振り返っていた。ベルリは必死に何かを追いかけてノレドの声も聞こえないように集中している。少し前に大きな衝撃があり、強い振動がシラノ-5を襲ったばかりだったが、ガンダムの周辺には何も起こらず、視界がぼやけただけだったのだ。

「何かおかしいよ」ノレドがいった。「どんどん真っ暗になっていく。光がどこにもない。ベルリ、一体どこに向かっているの?」

そこに再び爆発が起こった。ノレドは身体を縮こまらせて衝撃に備えたが、真っ暗になっただけでガンダムのコクピットには何も起こらなかった。ノレドはリリンが見つめている先を目で追いかけてみた。そこには闇の中で小さく光る飛行体があった。その光の粒は、ガンダムに寄り添うように同じ方向を目指していた。

そして突然視界が拓けた。いつの間にか地球は間近に迫っていた。巨大隕石が地球に落下しようとしている。地球の周辺では、多くのモビルスーツが激しい戦いの渦中にあった。巨大なモビルスーツ同士があちこちで激烈な戦闘を繰り広げ、爆発の閃光が絶え間なく起こり、漆黒の宇宙に瞬いていた。

「宇宙全体が白く輝くほどの戦い?」

ベルリは見たこともない光景に唖然とした。G-セルフに搭乗するようになってから多くの戦闘に参加してきたベルリであるが、眼前で繰り広げられている戦闘は規模がまるで違っていた。モビルスーツだけで何百いるのかわからない。戦闘に参加している人間たちは、互いに殺し合うことを厭わず、自らも死を恐れていないかのように敵に向かっていった。

「見て、あれッ!」ノレドが叫んだ。「シラノ-5じゃない。あれはアクシズだよ。冬の宮殿で見たジオンの隕石落としだ」

巨大な資源衛星がいままさに地球に落下しようとしていた。

「じゃあ、この戦いは隕石を落とそうとするジオンと、阻止しようとする人間の戦いなのか」

それは狂気の沙汰であった。アクシズが地表のどこかに落ちれば衝撃によって陸上生物の多くが死滅し、海に落ちれば巨大な津波が起こる。地球環境に与える影響は甚大で、舞い上がった粉塵は数年間地球の上空を覆い尽くして地球は光の届かない世界になってしまう。

「じゃあここは宇宙世紀だっていうのか?」

ベルリやノレド、そしてリリンがモニター越しに見つめる世界は、宇宙世紀の光景だったのである。


2、


ベルリは全天周囲モニターがなぜ開発されたのか初めて理解した。

それがなければ、この戦場で生き残ることができないからだ。当たり前のように使っていた機能のひとつひとつに、生命を賭けた意味があったのだ。戦場にはミノフスキー粒子が散布され、レーダーは使い物にならない。すべてのものを目視して戦わねばならない。敵はどこからでも襲い掛かってくる。誰もこの場所が宇宙であることを気にしていない。地球の大地を離れた恐怖を克服した人間たちが、目まぐるしく移動しながら殺し合っていた。

ベルリの機体もすぐに彼らに発見された。識別信号を出していないガンダムは、どちらの陣営からも攻撃された。ベルリは必死に逃げ回り、ビームライフルを撃ったが敵は一瞬のうちに視界から消えた。

ガンダムは何発も何発も被弾した。そのたびにコクピットの中は激しく揺さぶられた。ノレドは座席から身を乗り出してリリンが座席から飛んでしまわないように必死で押さえつけた。その姿を横目で確認したベルリは、自分は彼らと戦うためにここに来たのではないと自分に言い聞かせた。

「カール・レイハントン!」

ベルリはカイザルの姿を探した。なおもモビルスーツは彼に襲い掛かってきたが、ベルリは相手にしなかった。戦いの中で、ベルリは気づいたことがあった。宇宙世紀から未来に作られたガンダムの速度は、宇宙世紀時代のモビルスーツより遥かに速かったのだ。

ベルリは思った。ここで何機撃墜しても世界は変わらない。世界を粛正して変えようとしている男を殺さない限り、このふざけた殺し合いは終わることはなく、遥はるか未来に至ってもまだ同じことが繰り返されるのだ。

だがもう時間はなかった。アクシズは地球の引力に捉えられた。

アクシズの落下は、決して人間の悪意ではなかった。それは絶望だったのだ。変えることのできない絶望が、より大きな変化を求めて起こした出来事だった。

ベルリは、時間を飛び越えて世界を旅しながら学んだ数々のことを思い出していた。人間は理想を抱く。理想は叶うことがなく、理想に燃えれば燃えるほど命を賭してでもそれを叶えようと激烈な行動へと先鋭化していく。ベルリたちが生きている時代は、まだ牧歌的な世界だった。しかし、彼ら地球に生きる人間たちの振る舞いが、いずれはこうした未来に発展していくのだ。

なぜラ・ハイデンがヘルメスの薔薇の設計図の回収にこだわったのか。それがなされない限り地球への支援を打ち切ると宣言したのか。なぜ彼が大艦隊を率いて地球に攻め込んできたのか。どうして地球人から文明を奪おうとしたのか。その答えは、ベルリは理解したつもりでいた。だが、彼の理解は甘かったのだ。宇宙世紀の果てに地球が生存可能な惑星ではなくなってしまい、外宇宙へ進出せざるを得なかった人々には、こうした人間が行き着く先の未来の記憶が鮮明に残っていたのだ。

人間の身体に適応しない惑星への移住を余儀なくされた人々の、念願であるのがレコンギスタであった。地球を捨てて銀河の果てまで移住する困難があったならば、戻ってくる困難もまた大きい。それを乗り越えてでも人類は再びこの地球という星に戻ってきた。彼らの不屈の精神を支えたものは、激しい理想の炎だったのだ。地球に求めるものが大きかったからこそ、地球を目前にしながら金星地域に留まり、地球人の正しい文明化を陰で支え続けた。

どれほど大きな労働力の犠牲を払おうとも、地球に帰還してくる者たちの理想の大きさは、どんな困難も厭わない確固とした確信に支えられていた。

それを、ヘルメスの薔薇の設計図が、何もかも台無しにしようとしているのだ。

ベルリが身を置くこの戦争ばかりの世界のどこかに、ラビアンローズがあることは間違いなかった。ラビアンローズには戦争に利用されるあらゆる知識が詰め込まれていく。戦争を戦い抜く自信が、外宇宙へ進出する行動原理となった。どこへ行き、誰と接触しようとも戦い抜ける強い自信こそが、地球人の外宇宙への侵略を可能にさせた。ラビアンローズは、未知の世界を生き抜く希望そのものだった。

そして彼らは、ラビアンローズとともに地球に戻ってきた。高い理想を抱く一方で、武器を手放す覚悟は持つことが出来なかった。裏で武力による支配を担保しながら、表では武力の放棄をアグテックのタブーとして押し付けた。その因果の破綻が、ピアニ・カルータによって顕在化したのだ。

カール・レイハントンはその破綻を見抜いていた。やがてスコード教の嘘が暴かれ、人類が再び宇宙世紀と同じ進歩の道筋に戻ることを知っていたのだ。彼らは宇宙世紀には提示できなかった新たな正答を携え、理論武装したのちに目の前にあるこの恐ろしい行為を繰り返すつもりであったのだ。

アクシズは真っ赤に燃え、絶望の炎は地球めがけて落ちていく。

そのときだった。真っ白な希望の光が、絶望に飲み込まれた男を阻もうとアクシズの落下に抗った。その力は小さなものだったはずだが、抵抗の意志は人間と人間の間にある断絶の壁を取り払った。ひとりの人間の意識の解放が、戦いの渦中にあった我を忘れた人々に正気を取り戻した。

ベルリとノレド、それにリリンの3人は、絶望に抗う人間の意志の集約を感じ取った。他人の意識が彼らの中に流れ込んできた。絶望と希望がせめぎ合い、対話の中で互いを理解し合った。人間の思念の拡張が、死の先にある世界を垣間見せた。死の先には、個の融解と思念の糾合があった。肉体を失った思念は、同じような思念と結びつき、ひとつの流れになる。個々が完全に失われることはなかったが、大きな流れの中で個の意志などないに等しかった。

アクシズの軌道は逸れた。思念が糾合していく虹色の膜を、世界中の人々が目にした。

「ベルリ、スコードが生まれた瞬間だ」ノレドが感動して呟いた。

「いや、違う」ベルリは首を横に振って否定した。「生まれたのはクンタラなんだ。いや、クンタラでもない。肉体という乗り物を理想に至るための船として使っていこうという意識が生まれたんだ。それを持ち続けて忘れなかったのが、クンタラだけだったんだ。彼らを少数派に貶めたのが、スコードという人工宗教だった。希望と絶望が拮抗して、絶望の強い意志を希望が跳ね除けたこの瞬間を体現しようと強く願ったのは、スペースノイドではなく、アースノイドだったんだ。ほら、ごらん。絶望を抱えた男のカプセルが回収される。ジオンはこの瞬間に起きた奇跡を、科学として研究し続け、宇宙の果てで死の壁を超えた」

「思念体のことだね」

「うん。でもわかったことがある。肉体を捨てた彼らは、死後の世界へは到達していない。あそこで希望を失わず抗った人々のように、死を受け入れ、死後の世界で多くの思念に糾合されていくことを拒んだままだ。だから彼らジオンには、見えていないものがたくさんある」

「本当の希望が見えていなかったんだ!」

ガンダムは再び時間を跳躍した。この能力をもたらしているのがリリンであることを、いまはベルリもノレドも気がついていた。

「カール・レイハントンッ! お前の絶望はここで断つッ!」


3、


再び舞い戻った世界は、破滅が近づいていた。ムーンレイス艦隊の縮退炉を爆発させたことで、シラノ-5のサウスリング部分であった真っ白に発光する巨大な岩石はバラバラに破壊されて、小さな流星となって光の帯を引きながら地球へと向かっていた。

光の中心には漆黒の怨念にも似た巨大な岩石があり、激しく回転しながら無傷のまままっすぐ地球に向けて落下していた。かつてのノースリングの部分である。太陽光を反射する光さえ失ったこの絶望の塊は、宇宙世紀時代に起きたアクシズ落としの繰り返しであった。絶望の周囲を、粉々になった真っ白に輝く岩石の欠片が取り囲んでいた。おびただしい数の光の流星であった。それらはまるで何者かの意志でコントロールされたかのようだった。

「あの真っ黒で巨大なシラノ-5の残骸は、カール・レイハントンの絶望そのものなんだ」

「うん」ノレドも頷いた。「カール・レイハントンという人物そのものが、大きな絶望の実態だったんだよ。こちらの世界ではあの人は人間みたいな姿をしているけど、本当はこの黒い大きな塊があの人の本質だったんだ」

「あの中に人がいるよ」リリンがいった。「わたしと一緒にいた人と、ラライヤがいる」

「ラライヤが?」ノレドが驚いて聞き返した。「なんであの子が・・・」

「それはわからない・・・。わからないけど、ラライヤを助けないと。行くしかないんだ!」

ガンダムを操るベルリは、漆黒の闇の中へと飛び込んでいった。

驚くほど静かな場所だった。暗闇の中で、戦いの閃光が瞬いていた。だがそれは、破壊の閃光ではない。そこは死の世界であり、物質は存在しない。シラノ-5のノースリングでさえ、巨大な質量であるにすぎず、カール・レイハントンの暗黒の一部になってしまっていた。

希望と絶望の戦い。クンタラとスコードの戦い。アースノイドとスペースノイドの戦い。自由主義と共産主義の戦い。民族主義と国際主義の戦い。個人主義と全体主義の戦い。自然主義と科学主義の戦い。そして、アムロとシャアの戦い。

戦いの火種は尽きず、ふたつの意志は反発し合い、ぶつかるたびに激しく火花を散らしていた。

思念の世界にありながら、どうしても糾合することのないふたりの対立は、何をもって終わりになるのかさえ道筋が見えない。

「わたしを道連れにすれば、ジオンが滅び、人類が救われると思ったのだろう? だがわたしは生き残った。アムロはアクシズ落としの先にある理想が見えていなかっただけなのだ。許されるとか許されないなどという問題ではない。理想に向かって踏み出すか踏み出さないかの違いなのだ。いま地球は氷に閉ざされようとしている。わずかな生存可能地域を巡って人々は争い、少ない収穫物を奪い合う。それが何千年も続き、激烈な生存競争の記憶が再び地球が温暖となった瞬間から怖ろしいまでの破滅的な拡大をもってやがて宇宙世紀は繰り返されるだろう。肉体という囹圄そのものが、破滅を内包しているのだ。いまこそ肉体を捨て、新たな人類の歴史を踏み出すべき時なのだ」

カール・レイハントンの声は、人類に絶望した者たちの怨嗟の集合体であった。人類に対する強い絶望が残留思念となってこの世に残り、賛同者を糾合して巨大化していったのだ。彼と戦うアムロ・レイの周囲だけ白く輝いていた。彼の周囲にある光景は、彼が体験した戦いの記憶の映像で構成されている。その戦いの姿を見たノレドが叫んだ。

「見てッ! あれはG-セルフだよ。形は変わってるけど、G-セルフに間違いない」

ベルリがハッと顔を上げた。彼もまた戦いの光景から一瞬で自分の因果を悟った。

「そうか。父さんはあの人にカール・レイハントンと戦ってもらうためにG-セルフを用意していたんだ。因果律を読み解いたのは、メメス博士だけじゃなかった。父さんがあの設計図を遺したのは、ぼくに操縦させるためじゃない。サイコミュはあの人に最適化されていたんだ」

ベルリはサウスリングにあったレイハントンの屋敷のことを思い出した。写真にあった優しげな父の面影の裏には、悲壮な決意が秘められていたのだ。

敵意を向けてくる者に対してG-セルフが激烈な反応を示したのは、G-セルフがただの道具ではなく、巨大な絶望の対立者であったためだった。ベルリは、そんなものに自分が乗って、カーヒルやデレンセンと戦い、死なせてしまったことをいまさらながらに悔やんだ。G-セルフは、まるで自分の所有物であるかのように錯覚して、得意になって操っていい代物ではなかったのである。

アムロとシャアの戦いは続いていた。アムロがいった。

「そんなものはスペースノイドの戯言に過ぎない。ジオンが生み出した科学主義は、人間の本当の可能性を搾取して道具にしただけだ。ニュータイプ研究がどれほど醜悪な結果を生み出したというのか」

「科学は最初期にあって多くの失敗を犯すものだ。それはお前にも責任があると分かっているはずだ。初期のニュータイプ研究は戦争の道具に過ぎなかった。その過ちに気がついたからこそ、いまのジオンがあるのではないか。ジオンは完全無欠な生命体へと進化した。もはやジオンを拒む理由はない。それに貴様は大きな思い違いをしている」

「思い違い?」

「いったい外宇宙にどれほど多くの人類が進出したと思っているのだ。そのすべてが、ビーナス・グロゥブや我々ジオンのように地球環境のことを考えて行動している保証がどこにある。より先鋭的な戦闘集団が地球に戻ってきたとき、戦いを忘れた人類がそれを食い止めることが出来ると思っているのか。地球で生まれた魂はいつか必ず故郷を求めて地球に戻ってくる。文字通りレコンギスタが実行されたとき、人類はもっと恐ろしい経験をしなければならなくなる。人間という種は、すべからく新しい人類となって生まれ変わり、地球という生命のゆりかごを守っていかねばならないのだ。そうだとわかっていたから我々はこうして準備を進めてきた。地球を外敵から守り、豊かな自然の観察者となって人類は生きていけばいいのだ」

「そのために人間を絶滅させるのか」

「そうだ。それの何がいけないというのだ。人間は欲望で環境を破壊していくのではない。肉体を失う恐怖とそれを緩和する福祉によって環境を破壊するのだ。人間ひとりが生きるに必要な物資などたかが知れている。欲望が増大させる量もたかが知れている。肉体に備蓄できるエネルギーなど大したことはない。だが、生存の延命を求めて福祉を追求していくと人間は動物の範疇を超えてしまう。地球環境に最も強い悪影響を与えるのは福祉なのだ。そもそも戦争すら福祉の拡大の欲求が招き起こすのだから」

人間は豊かさを身にまとって肥え太っていく。蓄えられていく数字はその価値の安定のために生産の裏付けを求められ、流動性確保のために人間は行動させられる。消費は福祉のために身にまとった数字の価値を維持するために義務付けられる。

「すべては肉体の延命を至上価値にするからではないか。人間の行動をどのように規制したところで死の恐怖に裏付けられた福祉の拡大は止まらない。人間はいかような文明を持とうと永遠の命を求める。スコード教のように戦わないことを是として宇宙世紀の繰り返しを避けようとしても、外宇宙から強大な軍隊を持つ存在がレコンギスタしてくれば、人間はたちどころに狂暴な相貌を取り戻すだろう。永遠の命とは、肉体の永続性を希求するものなのか。思い違いとはこのことだ。スコード教による支配体制では、人類の救済はない。個人の肉体を200年生かすことにどんな意味があるというのだ?」


4、


絶望の象徴となった男の独白は続いた。

「人間が最も理想とする姿を実現し、劣った人類がどれほどの戦力で地球に戻って来ようとも敗北することのない世界を作り上げることの何が不満だというのだ。地球に人類が存在する限り、人類の理想は実現しないのだ。環境の激変によって人類が数を減らし、下手をすれば絶滅する世界が氷河期だ。それは間近に迫っている。この好機をみすみす逃して、腹を減らした人類が共食いする光景をまた見たいのか? 貴様はずっと地球にいて、暗黒時代を経験したはずだ。肉体という悪魔を捨て、精神を解放した世界をわたしより知っているはずの貴様が、何千年も前と同じようにわたしの邪魔をする。理想と理想を競わせるというならば話も聞こう。ビーナス・グロゥブの人間は不完全ながらそれをやり遂げた。だが、貴様はどうだ。やみくもに命を守ろうとする。命の本質を考えもせずに」

「理想が科学によって手に入ると思い込んでいるのが過ちだというのだ」アムロは反論した。「お前が思念体と呼んでいるものがどれほど多くのバックアップを必要としているのか。ラビアンローズがなければ、この世界に関与することすらできないじゃないか」

「我々がこの世界に大きく関与するのは人類を絶滅させて外敵撃退用の防衛システムを構築するところまでだ。我々はかつてサイド3があった場所で時折アバターを再生させてラビアンローズを保守しながら地球を見守り続ける。肉体から解放された人間がどれほど自由か、それは貴様にもわかっているはずだ。生きたいという欲望は、肉体を維持したいという欲望そのものだ。肉体がなくとも生き続けられると知ってしまえば、それがいかに無駄な努力であり、無駄なエネルギーを必要とするかわかるはずだ」

「もし人間が、まったく違った人類に生まれ変わる可能性があるとしてもか?」

「ニュータイプ論は終わったのだ。それはすでに完成されている」

「さあ、それはどうかな。科学によって達成された成果と、自然な進化が果たして同じものだと言えるのか? シャア、お前は自分こそが最悪のオールドタイプだと知って本当の意味で絶望することになるだろう。時間が来た。ベルリくん、君たちは最後の人間として何が起こっても諦めないことだ」

どす黒い闇の中からどこかG-セルフの面影がある機体が姿を現した。ベルリはその人物に向かって話しかけた。

「何が起こってもってどういう意味ですか?」

「悪いが、人類を新たなステージへ送り出すために、あの男は我々が連れていく。地球を救ってやることはできないが、なぜそうしたのかはいずれ君たちも理解するだろう」

「助けないって一体どういうこと!」

ノレドが絶叫したそのときだった。闇の中に小さな光球が灯った。リリンが身を乗り出してそれを指さした。ベルリにもノレドにも、それがかつてラライヤだったものだと感じられた。しかしラライヤではない。その小さな鳥のようなものは、導く者であった。その小さな光は、巨大な絶望と並行して飛びながら、やがて闇に飲まれて一瞬だけ姿が見えなくなった。

小さな光を飲み込んだ場所に大きな穴が空いた。闇は小さな明かりを取り込むことはできなかった。小さな光の周囲から、まるでそれを嫌がって避けるかのように闇が離れて輪のような空間が出現した。そしてその空間に接した部分の闇がほどけ始めた。闇はいくつかの小さな尾を引く球体となった。小さな鳥のようなものは、同じほどの大きさになった無数の闇の球を挑発するようにひらひらと舞った。

そしてついに闇がバラバラに弾け飛んだ。闇の球の群れは雲散霧消して消えた。その場所に出現したのは、シラノ-5の残骸だった。その速度は衰えておらず、地球は間近に迫っていた。

「いまさらララアなどを呼び出して阻止で出来ると思ったかッ!」

「お前は何もわかっちゃいないんだ」アムロは応えた。「人類の進化は間もなく起こる。旧人類の科学の進歩など太刀打ちできないほどの大きな進化が起こるんだ。お前が夢想しているものは、しょせんはオールドタイプの理想に過ぎない。この地球で新しく起こることを、我々が邪魔してはいけないんだ。生命は大きな危機に対して自己変革を起こす。人類にはまだ進化の余地が残されている。お前は永遠の命などというものにこだわり、絶望を後生大事に抱えてきたが、その絶望は地球のカルマの一部となって昇華されていく。お前の魂は、オレとララアが連れていく」

白く発光する巨大な光球と赤く発光する巨大な光球がぶつかり合った。そこに小さな白く光る輝きが飛び込んだ。するとふたつの輝きが相殺されて宇宙空間にふつりと消えた。

シラノ-5は大気圏に突入して真っ赤に染まっていた。

「ダメだよ、ベルリ。もう間に合わないッ!」ノレドが身を縮こまらせた。

「いや、やってみるッ!」ベルリはノレドに向かって叫んだ。「あの人は押し返したじゃないか。ぼくだってガンダムさえあればッ!」

ベルリはガンダムのバーニアを吹かしてシラノ-5を追いかけた。アクシズの奇蹟を自分も起こせるのだとの確信が彼にはあった。機体が重力に強く引かれそうになったとき、突然リリンが胸を押さえて大声を出した。その瞬間、ノレドの首に掛けられていたG-メタルの鎖が切れて飛び散った。

「ダメッ!」

ベルリの視界が小さく狭まり、一瞬で弾けたように元に戻った。そのとき、青い地球もシラノ-5も眼前から消えていた。ガンダムは空間を移動したのだ。次にガンダムが出現したのは南米上空であった。西にキャピタル・タワーが見えた。真っ赤な巨大な光球となったシラノ-5は、計算より遥かに進入角度が悪く南米大陸に近づいていた。ベルリはなすすべなくそれが地球に落下するのを目にした。

地球に重爆撃が起きた。爆発の衝撃は上空にいたガンダムすら吹き飛ばした。シラノ-5が地殻に与えた衝撃はすさまじかった。地上では空中爆発したフルムーン・シップの爆発より激しい地震が大陸の地盤をゆすった。その衝撃が断層を刺激して各地で連鎖的にプレート地震が起きた。地球は揺れ続け、海が盛り上がり津波となって山脈すら飲み込んでいった。海岸線が次々に陥没していった。人類の都市文明は、押し寄せる巨大な津波に飲み込まれて跡形もなく消え去った。

さらに無数の白く輝く飛行体が地球に落下した。これも地球上のあらゆる大陸に時間差をつけて落下した。無傷の地域は存在しなかった。ユーラシア大陸の大部分は陥没して、その巨大プレートは太平洋側に押し出された。数百キロメートルに及ぶ地盤の移動がさらに巨大な地震を引き起こして地球にある文明の痕跡を砂塵にしてしまった。

火山活動と火災が同時に起きて、砂塵と煙で地球は真っ黒に染まっていった。

さらに、キャピタル・タワーの地上部分が想定以上の地震と地殻の破壊によって千切れるように吹き飛んだ。キャピタル・タワーは、糸の切れた凧のように空中に舞い上がったのち、真っ黒な雲の中に吸い込まれていき、引力によって地上に巻きつくように落下した。これが更なる衝撃を地球に加えた。

ものの数時間で、地球の様相はまるで変ってしまった。砂塵と噴煙は徐々に上空に達し、ベルリたちの乗るガンダムを静かに飲み込んでいった。

地球は闇に閉ざされた。


次回、第52話「理想」前半は、2022年2月1日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:123(Gレコ2次創作 第51話 後半)











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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第51話「死」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第51話「死」前半


1、

巨大な3機のモビルスーツが月の裏側から一瞬で資源衛星コロニー・シラノ-5に接触した。シラノ-5は虹色の膜が幾重にも重なり、通常の兵器ではその内部に潜入できない状態で地球に向けて移動していた。虹色の膜は電気的なバリヤーのものであったが、外部からは目視することはできても物理現象を観測することはできないのだった。

3機はそのままランデブーしつつアムロ・レイの姿を探したがどこにもいなかった。七色の光が彼らの機体に反射してキラキラと輝いていた。

「囹圄膜の中に入ったようだな。しかしあいつはガンダムに乗っていないようだ」

「こちらで作ったYG-111の複製でしょう」タノが含みのある声でいった。「ヘイロがラライヤに与えた機体だと思われます」

YG-111をラライヤに与えたとき、ヘイロはサラに意識を乗っ取られていたために記憶が曖昧であった。タノはヘイロが何も返事をしないので少し不服そうだった。

「まあ、いいさ。どこへ逃げようと同じだッ!」

レイハントンはカイザルで囹圄膜の中に突入した。するとカイザルとレイハントンの姿は重なるように一致した。タノとヘイロも続いて突入した。彼女たちも同様であった。彼らの精神は機体と同じものになった。囹圄膜の中は、思念体となった彼らの世界なのだ。そこは生と死の境目にある彼らが到達した死後の世界であった。ジオンは、この世の存在ではなくなっていたのだ。

「YG-111を発見」ヘイロが叫んだ。「撃墜してよろしいので?」

「かまわん」レイハントンが応えた。「今度こそ人類絶滅の邪魔はさせんよ」

3機はそれぞれ閃光のように輝き、小さな白いモビルスーツに接近した。YG-111も、本来の性能とはまったく違う動きをみせて一瞬の光線を躱した。宇宙世紀時代を否定してフォトン・バッテリー技術に置き換えられたYG-111は、本来パワーにおいて劣っていたが、思念の能力がそのまま機体性能になるこの世界では関係ないようであった。

彼らが使うレーザーもミサイルも質量兵器も、この世界では通常の物理現象ではなく、それぞれの記憶が持つ共通概念の可視化であった。シラノ-5ですら、物体ではなく情報だった。だが膜を出ると、それは巨大質量をもつ隕石なのだ。物質によって構成されている世界と、情報によって構成されている世界が重なっていた。それは同じ場所に存在しながらまるで別のものであった。

虹色の膜に閉ざされたシラノ-5の周囲を、4機のモビルスーツが争いながら飛び回っていた。彼らがパイロットだったころの記憶が時間の中に情景を生み出していた。

5つのリングをバックに逃げ回っていたアムロ・レイであったが、レイハントンの中にあるシャア・アズナブルの思念を掴むと一瞬で間合いを詰めて真正面から向き合った。2機はもつれるように寄り添ったまま高速で空間を移動した。

その空間に果てはない。ただ時間だけがあった。共感が情景を作り上げた。虹色の膜の中が、彼らがかつて戦った世界そのものであった。

アムロの声が聞こえた。

「人類のニュータイプへの進化は間もなく始まる。我々にそれを邪魔する資格などないんだ。余計な手出しをして人間の未来を歪ませるなッ」

シャアが応えた。

「黒歴史を経て、また同じ道を歩んだ人類に進化など起きる保証がどこにあるのか」

アムロが導いた。

「科学の進歩で人が神になるわけじゃない。お前は何千年も昔の進歩主義に心が囚われたままなんだ」

シャアは拒絶した。

「そういう貴様はどうだというのだ? 死がお前を神にしたとでもいうのかッ! うぬぼれるな!」

2機は同時に撃ち合い、互いを傷つけ、あっという間に距離を作り、互いに相手の意志を考察する時間を持った。アムロとシャアの間に共感現象が起き、再現される舞台が変わろうとした。異変を感じたタノとヘイロは慌ててアムロに対して攻撃を行った。だが、ふたりの攻撃はアムロにはまったく通じなかった。YG-111のサイコミュは、高速で駆動して機体の姿を変えようとしていた。

YG-111、G-セルフと呼ばれたバッテリー駆動の小さなモビルスーツは姿と概念を変化させ、ジオンの3人がそれぞれに思い描くガンダムという敵対者と変化していった。

「大佐から離れなさいッ!」

タノがレーザーライフルを使った。アムロ・レイはそれらを苦も無く躱した。

逸れた銃弾がリングの壁面を破壊して、内部の空気とともに砂塵を噴き出した。空間に居住区のデブリが散乱して視界を遮った。アムロ・レイは破壊された箇所からリングの内部に潜入して身を隠した。ヘイロが慌てて飛び込んでしまい、アムロが撃った銃弾が頭部に当たった。爆発が起き、メインモニタが故障した。しかしタノは首を横に振った。

彼女はいま一度意識を集中させた。するとモニターの視界が自分自身の視界となった。彼女は舞うようにモビルスーツを、そして自分自身を操りガンダムと距離を置いた。

「タノ、ヘイロ」レイハントンが呼び掛けた。「君たちには優秀なパイロットの思念が糾合されている。アムロにも十分対抗できるだけの能力があると保証しよう。集中して肉体の限界を超えてみせろ」

それだけ告げると、レイハントンもガンダムの後を追いかけ、サウスリング内部に潜入した。かつて農業区画であったサウスリングは、生物の死骸が浮遊する地獄のような景色が広がっていた。苦しみもがいて死んだ牛の死骸がタノの機体にぶつかった。タノはそれを肌感覚で感じた。敷き詰められた地表は剥がれ、シートのようにゆらゆらと揺れていた。

人間が生活するのに必要な品々が、おびただしい量のデブリとなって浮遊していた。人間はこんなにも多くの道具を使わねば生きていけないのかと驚かされる光景だった。かつてリングの回転によって生み出された重力に引かれて地表に張り付いていたものが、すべて宙に舞い上がっていた。

ガンダムのビームがそれらを溶かしながら光の筋を描いた。舞い上がったデブリがゆらりと拡散した。

「スペースノイドはこんな世界に生きて、人を超えたつもりになっていたんだ」アムロの声が響いた。「資源衛星から地球のおもちゃのようなものを生み出し、自分たちは神のように創造主になったと勘違いした。神の真似事をして、思念体などといって霊魂さえ作り出した気でいた。だから、人間の力でコントロールできないものを怖れたんだ」

「それは誤解というものだ。地球で生まれた生命が地球環境を作り出して生存を図るのは当たり前ではないか。だが、宇宙に出たことで人類の意識は大きく変化した。生存と労働の密接した関係と意識付けは人間の義務意識に変革をもたらした。さらにニュータイプへの進化が起こり、地球で漫然と生きるオールドタイプとの差は決定的になった。お前があのとき下らぬ感傷で邪魔さえしなければ、人類を新たなステージへ導くことができたのだ」

「人類のニュータイプへの進化など起こっていなかった」アムロはシャアを否定した。「ジオンは優生論を肯定するためにニュータイプと呼ばれる単に直感力に優れた人間を集め、小さな現象をさもスペースノイド全体で起こっているかのように宣伝しただけだ。必死になってそれっぽい人間を搔き集め、あまつさえ人道的に許されない科学的な人体改造を行っていただけじゃないか」

「お前がそれを口にするのか!」

アムロとシャアは徐々にタノとヘイロを引き離していった。焦ったタノが必死に追いかけようとするが差は広がるばかりで一向に縮まらない。

「ダメだ!」タノが叫んだ。「やはり大佐の記憶の分離を認めるべきではなかった。ふたりしか知らない世界に大佐が飲み込まれてしまう!」

「個人の思念と個人の肉体は密接不可分なんです」ヘイロが応えた。「アバターはオリジナルの機能に近いものを選ばないと、上手く機能しない。それにジオンの科学技術の中には強化人間という人間の肉体を改造するものもあった。ジオンは魂と肉体双方から研究を行っていたんです」

「じゃあ、サラの身体に入っていたヘイロは、なぜあんなにハッキリと自己を主張できたの?」

「わたしが自己を主張?」

「あれは誰だったの?」

ふたりのモビルスーツの後方から急速接近するものがあった。タノとヘイロは会話を打ち切り、レイハントンのモビルスーツが遠ざかっていくことに気を取られながらも振り返るしかなかった。

「見つけたぞ、ジオン!」

それはもう1機のガンダム、ベルリとノレドたちが乗り込んだガンダムであった。


2、


ベルリ、ノレド、リリンが搭乗するガンダムと、ルインのカバカーリがシラノ-5に接触した。シラノ-5は、資源衛星をくりぬいて作られたコロニーで、闇に覆われた月の裏側でひときわ美しく輝いていた人工物であった。それがいまや小さな燈火ほどの明るさもなく、漆黒の流星となって地球に激突しようとしていた。

その巨大な岩石を、虹色の膜が覆っていた。虹色の膜は近くで見るとそれ自体に光沢があるわけではなく、あくまで太陽光を歪に反射しているだけであった。光の当たらぬ場所では激しく揺れる水面のように表面がさざなみ立っていた。

「オレが行く」そうルインがいった。

彼は自身で名付けた2機目となるカバカーリを旋回させ、虹色の膜の中に突っ込んでいった。そのあとをベルリたちのガンダムも続いたのだが、虹色の膜の中に入っていったとき、彼らは膜を押すような抵抗感を感じ、やがてそれが弾けるような破裂の感触を自分の肌で感じた。モビルスーツの装甲が自分の肌になったような奇妙な感覚だった。

さらにおかしなことに、ルインは南極上空で爆死したマニィが自分の身体の中に入ってきたのを感じた。マニィの記憶がルインになだれ込んできて、ルインはマニィが決してテロリストになることを望んでいなかったことを初めて理解した。そして、彼女が愛娘のコニィをビーナス・グロゥブに置いてきたことも彼はここで初めて知った。

ルインは、自分の考えのすべてをマニィが受け入れてくれているのだと思い込んでいた。それを彼の心の中に流れ込んできたマニィは否定した。マニィにはマニィの意志があったのに、ルインはそれを顧みることはなかったのだ。

マニィは娘のコニィが差別なく生きられる世界を望んでいた。ルインは自分もそれは同じだと心の中で抗弁した。それもマニィは否定した。彼女はもっと現実的だった。理想のために破壊を繰り返すルインの振る舞いが、コニィの未来に悪影響を及ぼすことを怖れていた。

それでも彼女はルインを愛していたので、自分が死ぬことでコニィを守ろうとした。彼女はルインも道連れにするつもりでいたが、結果としてルインが生き残ったことを喜んでいた。立派な父であってほしいと彼女はルインに希望を託していた。

「コニィがいつか戻ってくるというのか」ルインは自分の心の中にいるマニィに問うた。「もしオレが恥ずべき父親の汚名を雪いだのなら、コニィは地球に戻ってくるのか? それは本当なのか? マニィにはそれが見えるのか? 死んだ人間には、未来が見えるのか?」

マニィは応えなくなった。彼女の思念はルインとともにあったが、答えは教えてくれなかった。ルインは絶望の淵で精神を削りながら、眼前にシラノ-5が迫ってきたのを目にした。

ルインの後をベルリたちの乗るガンダムも続いた。ガンダムの中にいる3人は、モビルスーツに自分を同化されることはなかった。3人はほんの一瞬、ガンダムのサイコミュが独立した人格であるかのような錯覚をした。それは記憶に残ることなく忘却されてしまったが、操縦するベルリだけはずっと感じてきた違和感の正体がわかったような気がした。彼はいった。

「このガンダムは人なんだ」

「人?」リリンが尋ねた。

「そう、人間だ。虹色の膜の外側の世界ではサイコミュだったものが、この中では人間にずっと近く感じる。サイコミュが思念を増幅する箱であるのは物理的な世界のことで、この虹色の膜の中ではこれは別のものになる。いや、サイコミュ自体がこちら側の存在、ガンダム自体がこちら側の存在なんだ」

「こちら側って、どういうこと?」と、ノレドが訊いた。

「わからない。わからないけど、もしかしたらここは死者の世界なのかもしれない」

「ジオンの世界?」

「そう、思念体の世界だ。ガンダムやカイザルというのは、物理的には存在しないものだったんだ」

「思念体の作ったサイコミュ・・・」ノレドは理解が追い付かなかった。「それってサイコミュの概念ってことなのかな」

「サイコミュという彼らにとって必要不可欠だった道具の概念か。そうかもしれないな。モビルスーツもまた彼らにとっては肉体の一部というか、アバターみたいなものだったんだ。彼らは地球環境の破壊を嫌っていたから、無機物の道具を作りたがらなかったのかもしれない」

「概念・・・、道具・・・、もしかして、ジオンの思念体たちって、ずっとこの世界にいたんじゃないの?」

「死後の世界に?」

「死後の世界なのかな」ノレドははっきりと認めることを躊躇った。「死後の世界かどうかなんて、死んだことないからわからないよ」

「確かにね」ベルリは苦笑いを隠せなかった。「でも、ここがどこであれ、リリンちゃんは元の世界に返さなきゃいけない。その前に、シラノ-5を止めなきゃ」

カバカーリとガンダムは、リングの外壁に空いた穴に突入してサウスリングへと入った。すでに空気はすべて抜けており、おびただしいデブリが空中に浮遊していた。レーダーは使い物にならなくなり、有視界での戦闘を意義なくされた。ルインとベルリは、前方に濃緑の2機の機体を捕捉した。

「見つけたぞ、ジオン!」

タノとヘイロの機体はすぐさま振り返り攻撃してきた。2機に一瞬で間合いを詰められたカバカーリは迎撃され撃墜させられた。ボロボロになった機体はコントロールを失い、リングの内壁に激突して破壊された。タノとヘイロは続いてガンダムに襲い掛かる。あっという間に勝敗が決したルインは、コクピットの中でうなだれるしかなかった。

「宇宙世紀時代とは、これほどまでに違うというのか」

そこにノレドからの通信が入った。視界はデブリによって奪われ、通信も途切れがちであった。

「この世界は物理世界じゃない」

ほとんどまともに聞こえなかったが、ルインにはなぜか彼女が言わんとすることが分かった。

「つまりは・・・、機体ではないということだ!」

ルインのカバカーリはそのまま爆発を起こしたが、カバカーリはその様相を大きく変化させ、巨大化して生まれ変わった。ルインは自分の肉体がモビルスーツと一体化していくのを感じた。彼はコクピットにいながら、この肉体はもう存在しないのだと理解した。

その頸に、懐かしいマニィの腕が静かに回された。生まれ変わったカバカーリは複座で、後部座席にはマニィが座っていた。ルインは後ろを振り向かず、マニィの腕をさすりながら何度も謝った。

「怒ってなんかいないよ、ルイン」マニィはいった。「新しい世界はきっとくる。わたしにはもうわかってる」


3、


「地球から人類というファクターを取り除いた世界こそが新世界なのだ。ニュータイプという考え方は研究の初期にあった誤謬にすぎない。我々ジオンが外宇宙でどのような体験をしてきたのか、アクシズとともに爆死した貴様にはわからないのだッ!」

「シャア・アズナブルという結論を振り回す人間が象徴となったせいで、ジオンの科学研究が大きく歪められたのだろう? それを指摘されるのが怖いのだ」

「アムロ、貴様は大きな思い違いをしている。地球のような惑星を都合よく見つけられる奇跡など、そうそう起きるものではないのだ。よしんば見つけられたとしても、肉体を有している限り、人間はその惑星の環境に大きなダメージを与える。肉体という存在の維持は、自然の改造なくしてあり得ない。繁栄となるとなおさらだ。人間が肉体を生命そのものだと認識する限り、生命そのものが反自然的になる。それが人間というものだ。生命の存在規定そのものを変化させない限り、人間は宇宙に不要なものとなる。外宇宙で何度も何度も同じ過ちを繰り返した我々の忸怩たる思いを知りもしないで、貴様は何千年も前の価値観を押し付けてわたしの邪魔をしようとする。なぜその愚かしさを理解しないのか」

「人間の生命そのものを毒だとしながら、最も生命に執着しているのはジオンではないか。人間は生と死を繰り返すものだ。死は忘却とともにある。歓喜も後悔も時の中に塗りこめられてやがて消えていく。だが人間の生命は途切れることなく続いている。これも永遠なのだ」

「永遠とは途切れることなく観察することだ。忘却される観察に何の意味があるのか」

「ジオンに従ったすべての人間の記憶を維持して永遠に宇宙を目撃させるだけなら、地球に還ってこなければいい。どこへ行けども一切の環境負荷なくそれが出来るのだろう?」

「あらゆるものを見たからこそ最後に辿り着いたのが地球なのだ」

「それがウソだとわかっていながらッ!」

ガンダムは何度も何度もカイザルの機体に放火を浴びせかけた。機体は小爆発を起こすが、それによってカイザルが傷つけられることはなかった。カイザルもガンダムも、死を隔てた先にある別世界の存在であったからだ。存在の中心を形象するのはサイコミュと呼ばれる宇宙世紀時代の技術であったが、それも記憶が具象化されたものに過ぎない。

「どれほど激しい戦争が起きようとも、進化したジオンという存在ならば如何なる毒も撒き散らすことはない。数千年も前に袂を分かった人間同士でさえこうして会話を交わすことが出来る。これが正当なる進化というものなのだ、アムロくん。いい加減気づいたらどうなのか」

「思念体という存在になりまるで自分が永遠そのものになったつもりでいるかもしれないが、ジオンには未来が見えているわけではないとなぜ気がつかないのか。肉体を失っただけで、ジオンの時間の進み方は肉体を所持しているときと同じだ。観察の道具を捨て、観察位置を変えたに過ぎない」

「それこそが文明の大いなる飛躍というものだ。肉体という観察道具を維持するために人間の遺伝子に組み込まれた生存本能の醜さは、貴様にはよくわかっているはずではないのか?」

「生存本能から解放されるのは死だけだ」

「なぜそう言い切れる? 肉体の機能停止を死と規定して、そこから解放されるとララアと同じ場所へ行けるというのか。時間からも解放されて、人間は神になると? そうして現実世界との接点を失った人間は、未来の人間が、人類の黒歴史の過去と同じように生存本能の赴くまま地球を破滅に導く道に進めてしまったらどうするのだ。それは食い止めなくていいのか? 食い止める手段はあるのか? ジオンは貴様の敵対者になるために地球圏へ戻ってきたわけではない。地球を人間から救うために戻ってきたのだ。地球はジオンが考え出した囹圄の中で永遠に繁栄する。人間さえいなくなれば、地球は天寿を全うできるのだ」

そのころビーナス・グロゥブ艦隊、ムーンレイス艦隊、アメリア艦隊の連合軍は、シラノ-5迎撃のための作戦を練っていた。アメリア艦隊にアイーダはいない。彼女はザンクト・ポルトに残っていた。

「計算上では」ラ・ハイデンがモニター会議の席で説明した。「残りのフォトン・バッテリーを積んだままクレッセント・シップをシラノ-5にぶつければ、ほんのわずかだが軌道が逸れて、地球への落下を防ぐ可能性が出てきた。その場合、ビーナス・グロゥブは惑星間航行が可能な輸送船を失い、新造艦が完成するまでフォトン・バッテリーの再供給が出来ないことになってしまう」

「どのくらいの期間でしょうか」ディアナ・ソレルが尋ねた。

「地球に亡命したジット・ラボのメンバーの身柄を引き渡してもらえれば、フルムーン・シップのデータを使って10年もすれば完成するだろう。しかし、古い時代に建造されたクレッセント・シップほどの性能は見込めないことから、かつてと同じペースでフォトン・バッテリーの供給を行うことは不可能になる。もとよりわたしは地球へのフォトン・バッテリーの再供給を決めかねている。ベルリくんの言う通り、氷河期に突入したアースノイドが、スペースノイドと同じ条件で心を改めるというのならば別だが、いまのところその保証はないわけだから」

「まずは生き抜くことが先決でありましょう」ハリーが応じた。

「クレッセント・シップを失った後のビーナス・グロゥブ艦隊は、残存エネルギーを考えればすぐさまビーナス・グロゥブに撤退するしかない。先ほど決を採ったが、フォトン・バッテリーが供給される保証がない地球へレコンギスタしたい者は、フラミニア・カッレただひとりであった。彼女は服役中の身ではあるが、恩赦を与え、特例としてレコンギスタを認めることにした。ひとまずはアメリアに預けようと思う」

「了解した」ドニエルが応えた。「フラミニア先生の身柄はわたしが責任をもって預かる。だがしかし、あのデカブツの軌道が変わらない限り、我々は死ぬしかないぞ」

そこに、先発したラライヤとクリムから通信が入った。クリムがモニター越しに情報を伝えた。

「やはりシラノ-5を覆っているものは、地球を覆っていた虹色の膜と同じものだ。だとしたら、爆発エネルギーで霧散するはずだが、その分だけシラノ-5にぶつけるエネルギー量は減ってしまう。ミックジャックで計算する限り、かなり難しそうだ」

「そのときは我がムーンレイスの戦艦もシラノ-5の軌道変更に利用させていただく」ハリーが大声で請け負った。「縮退炉を爆発させればかなりのエネルギー量になるはずだ」

「シラノ-5の地球激突さえ防げば、ラビアンローズへの攻撃はアメリアとムーンレイスで行います」ディアナが付け足した。「ビーナス・グロゥブ艦隊はすぐに離脱を」

「話は決まった」ラ・ハイデンは杖で床を叩いて鳴らした。「クレッセント・シップ発進。目標シラノ-5。カール・レイハントンの絶望が勝つか、我々の希望が勝つか・・・」

通信を切ったクリムは、ラライヤのG-アルケインと接触回線を開いた。

「クレッセント・シップはすぐにこちらに来るぞ。本当にいいんだな、ラライヤ」

ラライヤはそれには応えず、ミックジャックをしがみつかせたまま変形したG-アルケインを虹色の膜の中に突入させた。膜を突き抜けるとき、クリムは自分の肉体が何か別のものに変わる気がした。そして、死んだはずのミック・ジャックが自分に寄り添っているのを見た。

クリムに驚きはなかった。彼は、大気圏に突入して自分が死んだあと、ミック・ジャックとこうして再会したのを思い出した。

「そうか、これが死後の世界」彼はいった。「これが肉体を失った後の、残留思念の世界なのか」


4、


「大佐を見失った!」タノがパニックに陥った。「あの男、大佐をどこに連れ去った!」

そこに生まれ変わったカバカーリが襲い掛かった。その機体はもはやフォトン・バッテリーで動くおもちゃではなく、ジオンの機体と同等の性能を持つ何かに生まれ変わっていた。タノはルインに圧倒され、やがて背中を預けていたヘイロの姿も見失った。

タノには高エネルギー密度を持った巨大物体の接近が見えていた。彼女は恐怖に叫んだ。

「そうか、クレッセント・シップを自爆させて地球のときと同じように囹圄膜を吹き飛ばし、シラノ-5の軌道を変えようというのか。シラノ-5相手にそれをやれば、リング部分で割れて、無軌道な巨大隕石がふたつできるだけと計算できなかったか」

そこに、ベルリを追いかけていたヘイロが戻ってきた。

「ごめんなさい」彼女は謝った。「ベルリのガンダムは大佐たちを追いかけて消えてしまった」

「ヘイロ、ついてきて。残りのエネルギーでシラノ-5を加速させる。あいつら、クレッセント・シップをぶつけるつもりだ」

ふたりはルインを挟み撃ちにして動きを止めると、囹圄膜から外に出ようと戦闘区域を離れた。ところがそこにG-アルケインとミックジャックの青い機体が膜を突き破って姿を現した。ヘイロは咄嗟にG-アルケインを攻撃したが、赤い機体は白く発光してまるで鳥のような姿に変わると、一切の攻撃を受け付けずタノとヘイロの機体をすり抜けるように後方へ飛び去って行った。

「あれはなんだッ?」

タノとヘイロは白いエネルギー体がすり抜けていったのを眼で追って振り返った。しかし、確認する間もなく、タノとヘイロはルインとクリムに挟まれて戦闘を余儀なくされた。カバカーリとミックジャックの攻撃力は増し続け、タノとヘイロは圧倒され始めた。思念だけの存在に進化してから初めての経験であった。

タノは苦し紛れに叫んだ。

「お前たち、ここにいたら死ぬぞ。すぐに退避しろッ!」

ルインもクリムも彼女の声に応じようとはしなかった。ふたりの傍には愛する女性が寄り添い、ともに戦っていた。

ふたりが死ぬ気なのだと知ったヘイロは、肉体と思念を分離しないまま死を受け入れようとしている姿に、過去の記憶を想起させられた。人と愛し合ったときの記憶だった。信頼と嫉妬の感情が彼女の身体に戻ってきた。それが自分の記憶なのか、糾合した誰かの記憶なのか判然としなかった。

ヘイロの記憶の中に、馴染みある記憶が蘇ってきた。それはサラの記憶だった。クンタラだった彼女は、父とともにビーナス・グロゥブで孤立していたが、そんな彼女にスコード教信者の恋人ができた。サラはその男性に夢中になって何もかも忘れ、父に反抗的になった。彼女は父に内緒でスコード教の洗礼を受けてしまった。父は後でそのことを知ったが、そのとき彼女は死の淵にあって何もかも許すしかなくなっていた。

「なぜ・・・、これはサラの記憶なのか・・・」

ヘイロは戸惑った。彼女はサラの肉体の中に閉じ込められていたとの自覚がなかった。それなのに、アバターとして入り込んだサラの記憶はヘイロのアバターの脳に強く焼き付いていた。

「そうか、サラは父にスコード教会を作らせるために、死に際に改宗を告白してわざと死んでみせたのだ。ところが彼女は、ジオンで封印されていた強化人間の技術を蘇らせ、永遠の命を得ようとした。アバターも元はといえば、身体改造技術の産物だった・・・」

ヘイロのモビルスーツが白く発光し始めた。憎しみが繋ぎ止めていた多くの思念が彼女のところから離れていった。この現象は、タノのモビルスーツでも起こっていた。

タノの糾合された思念からいくつかの人格が分離した。絶望の怨念として糾合されていた魂が、ルインとクリムの満たされた感情に触発されて憎しみとは違う友愛の記憶を取り戻し、元の人格に戻っていこうとしていたのだ。

タノとヘイロは、自分という存在が崩れていくのを感じた。彼女たちふたりは、宇宙世紀時代のジオンのリーダーを象徴とした絶望の感情に寄り添うために糾合された人格だったのだ。個人と個人が結びついたときの、優しさと信頼に満ちた記憶が、魂の結びつきの在り方を変えていった。

「ジオンの大義を捨てて一瞬の思い出を懐かしもうというのかッ!」

タノは最後まで抵抗した。

いくつもの糾合された人格が、彼女たちから離れていった。バラバラな個人へと戻っていった思念たちは、霊魂のように白い光の玉となって空中に浮遊した。濃緑のジオンのモビルスーツは形をとどめられなくなり、白い光に包まれていった。その塊からさらにいくつもの小さな玉が離れていった。

「ヘイロ、わたしは囹圄となってクレッセント・シップを食い止める盾となる」

「わたしも行きます」

ふたりはモビルスーツの形態を捨てて、輝く光の帯となると、虹色の膜にぶつかって一体となってしまった。離れそこなった魂が虹色の膜を教化する情報の器となった。

そルインとクリムはレーザーで攻撃したが、囹圄膜は内側から攻撃してもびくともしなかった。やがて彼らにも変化は起きた。ルインはマニィと、クリムはミックと、静かに溶け合っていった。

「クレッセント・シップが来る」

マニィがそう呟いたとき、2機の元に光の粒が集まってきてひとつの形を作った。ルインとクリムは、徐々に個人であったときの記憶を失っていった。ルイン、マニィ、クリム、ミックの4人もやがてひとつの光の塊になった。その光の塊は、愛情という残留思念の繭になった。

その数分後、クレッセント・シップがシラノ-5と衝突して爆発した。

「やったか!」

攻撃を見守っていた誰もが身を乗り出してモニターに釘付けになった。巨大エネルギー同士の衝突は眩いばかりの光球となった。シラノ-5がどうなったのか。連合艦隊の中では誰もが固唾を飲んで成り行きを見守っていた。やがて光球は静かに消え去り、その中から白く輝く巨大な塊と、漆黒の巨大な塊が姿を現した。

「虹色の膜、消失! シラノ-5はリングが作られていた中央部分で破壊されふたつに分裂した模様! 軌道は変わっていません! ふたつともまっすぐ地球に向けて直進中!」

メガファウナのブリッジに悲鳴にも似た絶望の声が響き渡ったとき、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂で祈っていたウィルミットとアイーダは、大聖堂の天井付近におびただしい数の光の玉が渦巻くのを目にした。明らかに霊魂のような意思のあるものだった。

それは一斉に大聖堂の奥へ奥へと移動していく。

「やはり思念体分離装置のところへ、あの隠し部屋へ行くんです!」アイーダが叫んだ。

「でも」ウィルミットが光の玉に怯えながらいった。「ノレドさんにG-メタルを渡してしまって扉が開かないって・・・」

アイーダは光の玉を追いかけて走り出そうとしたが、ウィルミットの言葉でG-メタルのことを思い出して思いとどまった。

そのとき、ノレドの頸に掛けられていたG-メタルが輝き始めた。

「ベルリッ!」ノレドが恐怖に叫んだ。

「見ろッ!」ベルリも同時にモニターを指さした。「シラノ-5じゃないぞ。いったいここはどこなんだ?」


「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:122(Gレコ2次創作 第51話 前半)

次回、第51話「死」後半は、2022年1月15日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第50話「科学万能主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第50話「科学万能主義」後半



1、


ザンクト・ポルトのレーダーが巨大な物体の地球接近をキャッチした。すでにザンクト・ポルトの住民の多くはアメリアへ亡命した後だったため、指揮を任されたウィルミット・ゼナムは、ナット全域にラライヤ・アクパールを招集するためのアナウンスを流した。

ところがやってきたのはクリム・ニックであった。

「あなたは・・・」

ウィルミットは自分の混乱する記憶に戸惑った。彼女にはうっすらとごく最近にクリム・ニックと面会したような記憶があり、彼が大気圏突入で死んだような記憶もあり、またアメリアの格納庫から忽然と姿を消したような記憶もあったからだ。彼女はどれが本当の記憶なのか自信を持てずに口ごもった。

そんなウィルミットに委細構わずクリムは管制センターに入ってくるや、レーダーにかじりついた。

「これはまたかなり大きい代物のようだ。大きさと質量は割り出せるのか」

「やってみます」

オペレーターはキャピタル・テリトリィ運行庁の新人が担当しており、ザンクト・ポルトの仕様には不慣れであったが、何とか計算をやり遂げてモニターに表示した。気を取り直したウィルミットも横に並んでそれを凝視した。彼女は地球に接近してくる物体の大きさに眩暈が起きそうであった。

「これは巨大隕石?」

「トワサンガのシラノ-5だ」クリムが断言した。「自然の隕石にしては速度が遅すぎる。カール・レイハントンがシラノ-5を移動させたのだろう。シラノ-5は資源衛星を改造してコロニー化したものだから、移動させてきたときの推進装置がそのまま残っているはずだ。500年前の技術だが、あいつは500年前に生きていた人間だからな」

「あ、そうだ」ウィルミットは重要なことを思い出した。「すぐにラライヤさんに管制センターに来るよう伝えてください。アナウンスを繰り返し流して」

「いや」クリムはウィルミットに向き直って首を横に振った。「あの娘はおそらくこちらには来ないだろう。ラライヤはもう我々の知っているラライヤではないのだ。どういう理屈かはわからないが、かなり古い時代の人格に乗っ取られてしまっている」

「ラライヤが?」と、ウィルミットは驚いて見せたが、心の隅ではそれはあり得ることだと納得していた。「彼女が持ってきたG-アルケインはユニバーサルスタンダードです。誰か他にモビルスーツの操縦が出来る人を探して!」

「あの地球に向けて飛んできている資源衛星を観測するのか?」とクリムが尋ねた。

「誰かに頼めないかしら」

「オレが行こう」クリムがモニターを凝視したままいった。「まだかなりの距離がある。望遠カメラで撮影すればいいのだろう? アメリア製のG-アルケインの望遠より、ビーナス・グロゥブ製のミックジャックの方がカメラ性能は上だ」

「ミック・ジャック・・・」ウィルミットはまたしても眩暈のように記憶の混濁を感じて、頭を左右に振った。「いえ・・・、なんでもありません。では、クリム・ニックに偵察を依頼します」

「すぐに出る」

クリムは管制センターを出ると、歓迎式典のために飾り付けがなされている式典会場へ急ぎ、そこで巨大なウェルカムボードを持った姿勢で停止しているミックジャックに乗り込んだ。

「よし、ミック、出撃だ」

ウェルカムボードを投げ捨てたミックジャックは、フォトンフライトで浮き上がるとすぐさま宇宙空間へ飛び出した。彼の青い機体はすぐさま巨大物体を捕捉してモニターに映し出した。データを管制センターに転送した彼は覚悟の定まった声で断定した。

「あれはシラノ-5だ。カール・レイハントンはあれを地球に落とすつもりなのだ」

ボンヤリと捉えられたシラノ-5をモニターで確認したウィルミットは、この情報を地球にもたらすべくあらゆる手段でビーナス・グロゥブ艦隊と連絡を取ろうと試みたが、なかなか上手く通信回路を開くことが出来なかった。

そこに、カリル・カシスが大きな荷物を持ってやってきた。立ち入り禁止だと制止する職員を押しのけた彼女は、大きな箱の上にポンと手を置いた。

「これを使うといいよ」彼女はいった。「これはジムカーオという人物に貰った通信機器で、少々の磁気の乱れがあっても連絡が取れる。アメリアのアイーダもこれを持っているから、これで話を伝えるといい。情報さえ伝えてしまえば、ビーナス・グロゥブの技術ならあれを捕捉できるだろう」

わずが10分後のこと。

アイーダの執務室の隠し部屋に置かれていた通信機が暗号通信をキャッチした。ビーナス・グロゥブ艦隊からの通信を受けてアメリア軍の編成を指示したばかりのアイーダが自らその連絡を受け、トワサンガの中核コロニーであるシラノ-5が地球に向けて移動しつつあることを知った。

ベルリの説得に応じたビーナス・グロゥブ艦隊は、ムーンレイス艦隊やメガファウナと合流して補給のためにアメリアへ向かっていた。ベルリからそのことを知らされたアイーダは、フォトン・バッテリーの供給を受けられると知って慌ててアメリア軍を再編成して連合艦隊に参加させる決断を下した。いったん組織を解体する準備までしていたアメリア軍は、上へ下への大騒ぎとなって、連合艦隊への補給物資の調達も含めて大変な騒ぎになってしまった。

議会はこの期に及んでもアイーダの勝手な決定を指摘して、すべてに議会の承認を得るよう求めてきていたが、アイーダは議員辞職も覚悟で連合艦隊への参加を決断した。

そこへ飛び込んできたのが、シラノ-5が地球に向けて動き出したとの知らせだったのだ。

アイーダは慌ててベルリに連絡を取り、事実をありのまま伝えた。

「トワサンガのシラノ-5って、小惑星でしょう?」ベルリの声は驚きに満ちていた。「レイハントンは隕石落としをやるほど人類を憎んでいるんですか!」

「もしあのままマニィ・リーがアメリア上空でフルムーン・シップを爆発させていたら、もっと酷いことになったのです。でもそれは、ラ・ハイデンの方針だった。それは何とか避けられましたが、今度はレイハントンが地球を破滅させようとする。一体我々がどれほど悪いことをしたというのですか!」

「そうか、姉さんには歴史が書き替えられた記憶がないんだ」

「何のことですか? わたしは・・・、いえ、たしかにここ数日おかしいのですけど」

「わかりました。すぐにラ・ハイデンに伝えます。姉さんは補給の準備を」そういってベルリは通信を切断した。

「わかったぞ」ベルリは独り言を呟いた。「歴史を書き換えた記憶はぼくとノレドにしかないんだ。そしておそらくラライヤとリリン。時間を飛び越えた人間だけがフルムーン・シップの爆発で人類が滅びたことを知っている。後の人間は記憶の隅に別の情報が入り込んだような状態なんだ。すべての元凶は、カール・レイハントンにある! やはりあの男を倒さない限り、人類はここでお終いになってしまうんだ」

ベルリからの報告を聞いたラ・ハイデンは、深い溜息をついてうろたえるブリッジの人間を手で制した。

「了解した。だが、シラノ-5ほどの大きさの質量爆弾となると・・・。いや、おそらくは10日前後は時間の猶予があるはずだ。それまでに連合艦隊の再編成を済ませて、全軍でシラノ-5の破壊に全力を尽くそう」

そう指示したラ・ハイデンであったが、彼はシラノ-5を破壊するまでにかかる時間や、消費される兵力を考慮して暗澹たる気持ちになるしかなかった。

たとえシラノ-5の破壊に成功しても、壊れた破片の軌道を変えることが出来ず、そのひとつでも地球に降り注げば地球が破滅することは確実であったからだ。

ラ・ハイデンは、ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類を、そのまま放置するつもりはなかった。最悪の場合、アースノイドを見捨てる覚悟も決めていたはずだった。事実、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが無断で搬出された場合に自爆させるよう命じたのは彼だった。

「宇宙世紀の黒歴史を繰り返させるわけにはいかない。だが、カール・レイハントンという男の妄執はいったい何なのだ。あいつはいったい人類をどうしようというのか」


2、


ビーナス・グロゥブ艦隊とムーンレイス艦隊は、アメリアで急ぎ補給を済ませた。大慌てでコンテナを運び入れただけで、彼らはUターンするように宇宙へ向けて発進した。メガファウナの艦内も慌ただしく人が往来していた。やるべきことは多く、人員は足らなかった。

「なんだって!」ドニエル艦長が叫んだ。「ムーンレイス艦隊にはディアナさまもハリー・オードもいないというのか?」

ムーンレイス艦隊の代表代行はすまなそうに肩をすくめた。彼女は目まぐるしく変わる状況に混乱している様子がうかがえた。

「おふたりは、メメス博士の痕跡を探るために、キャピタル・テリトリィのビクローバーという施設に赴かれました。わたくしどもも、せめてどちらかおひとりでも合流していただかないと」

「通信だ。ベルリー!」ドニエルのだみ声が放送を通じて艦内に響き渡った。

その声を聞いたベルリがブリッジに急ごうと廊下を移動していると、背の高い男が彼の前に立ちふさがった。包帯だらけの男は、手で身体を支えなければ立っていられないほどの怪我を負っていた。

「ルイン・・・、さん」

「マニィが死んだよ。全部オレのせいだ」ルインがいった。「隕石落としのことは聞いた。あんなものが落ちれば地球は破滅する。だから、オレを出撃させてほしい」

「カバカーリは回収されてます」ベルリが応えた。「本当は休んで身体を治してくれと言いたいところですが、ぼくも死ぬ気でいます。ルインさんも戦ってください」

全身に大怪我を負っていたルインは、それ以上軽口を叩く元気もなく、ベルリの肩をポンと叩くと、パイロットの更衣室へ急いだ。ベルリはその姿を振り返ることもせず、ブリッジへ上がった。するとドニエルが手招きをして事情を話してから艦長席の通信機を渡した。

「オレはキャピタルの事情に詳しくない。お前から頼むよ」

通信器を受け取ったベルリは、キャピタルの名ばかりの独裁者になっているケルベス・ヨーに連絡した。話を聞いたケルベスは、ディアナ・ソレルとハリー・オードを見つけ出してすぐにでもクラウンでザンクト・ポルトに搬送すると約束してくれた。

「艦隊を割く余裕はないですから、ソレイユだけはザンクト・ポルトに立ち寄ってから再度合流する形でいいと思います」

ムーンレイス艦隊の代表代行の女性がモニターに映し出された。

「我々の艦隊全部がザンクト・ポルトに立ち寄っていいのでしょうか?」

ベルリとドニエルは顔を見合わせたが、すぐにベルリが首を横に振った。

「大変な質量のものを破壊しなければならないので、ソレイユだけでお願いします。モビルスーツはオルカに移動させていただけるとありがたいです」

「全軍の指揮はどなたが?」

「それは、ラ・ハイデン閣下でいいと思います」

そんなことも決まっていないままの出撃だったのだ。さらにラトルパイソンからも通信が入ってきた。モニターに映ったのはアイーダであった。アイーダは矢も楯もたまらず宇宙へ上がってきてしまったのだ。

「姉さんは」

と怒った顔で何か話そうとしたベルリの言葉をアイーダが遮った。

「シラノ-5が地球に落ちるということは、人類がかつての恐竜のように滅びるということです。どこにいたって同じですよ。そうではありませんか」

ベルリは何か言おうとしたが、思いとどまった。ベルリとアイーダはそれ以上会話を交わさず、アイーダはドニエルと作戦について打ち合わせ、ベルリはブリッジを後にした。

ノレドはブリッジの外で待っていた。

「あたしだって何かできるんだよ」

「残念だけど、あのラライヤが持ってきたG-セルフはひとり乗りだし、連れて行くわけにはいかないよ。それに・・・」

「せっかくガンダムを複座に改造してもらったのに、ゴンドワンのあの男が」

「あの人が誰なのかぼくは知らないけど、ガンダムを操縦できる人なんだし、きっと大きな役割を持っている人物じゃないかな。リリンちゃんもこうなってしまうと・・・、あの男の人が特別な人だって信じなきゃ、何もかも救われない」

「ベルリ・・・」ノレドは心配そうにベルリの手をそっと両手で包んだ。

「半年前にぼくらが時間を遡ったとき、フルムーン・シップの爆発さえ阻止すれば、ラ・ハイデンも説得できて、何もかも良くなると思っていた。ぼくは自分が正しい答えを見つければ、すべてが上手くいくと思い上がっていた。でも事実はまるで違ってしまった。ぼくらは何を間違っていたのだろう?」

「何も間違ってなんかないよ」ノレドが慰めた。「ひとつの大きな危機は回避させたんだもん。でも何かもっと大きなことがわたしたちが知らないところで起こっていて、それはわたしたちではどうしようもないことだったんじゃないの?」

「すべての人類の思念を分離させて特異空間を作り出した人物がいないと、ぼくらの身に起こった出来事は説明できない。そんなすごいことが出来る人がいるのに、世界はもっと破滅的な出来事に直面しようとしている。なぜこんなことになってしまったのだろう?」

運命は偶発的な出来事の積み重ねであったが、世界の理不尽を解釈して提示する役割は宗教家が担っていた。

示し合わせたわけでもないのに、キャピタル・タワーの最下階と最上階で同時に演説が始まろうとしていた。最下階ビクローバーのスコード教大聖堂に登壇したのは、ディアナ・ソレルであった。

南極上空で起こった爆風を避けるため、多くの避難民が押し掛けたビクローバーの中では、クンタラに対する差別が横行してあちこちで揉め事が起きていた。内部の調査を行っていたディアナ・ソレルとハリー・オードは、アメリアのクンタラ研究家だと誰かが知らせたらしく、事態を収拾させるために呼び戻されたのだった。

ディアナは黙って登壇し、人類を破滅させようとしている人物について語り出した。その人物は遠い遠い昔にも同じことを試み、アクシズを地球に落下させようとして失敗した。その恐ろしい行為を阻んだ人物を偶像化したものがカバカーリであり、カーバは科学によって歪められなかった人間が、魂を運んでいく場所であると彼女は語った。アクシズに奇蹟とは、クンタラとスコードを同時に発生させたのだと。

人間は、その科学力で生命の在り方を変えようとした。ニュータイプへの進化さえも科学の俎上に乗せて研究されたが、それを拒否したものがクンタラで、制御しようとしたものがスコードであると。

ディアナの話は、争いごとに疲れていた多くの人々に受け入れられ、喝采を浴びた。そのあとすぐに彼女はケルベスによって連れ去られ、クラウンに乗せられてしまったが、ゲル法王によって示されたクンタラとスコードが同じ源を持つものだとの教義は、ディアナによってはじめてキャピタルに紹介されたのだった。

群衆の中にはグールド翁もいた。彼はアメリアで同じ話を聞いたとき、ずいぶんと憤慨してその考えを否定したが、キャピタルで本物の差別を初めて目の当たりにした経験から、自分たちがやってきた威圧的方針では物事は解決しないのだと思い知らされ、敬虔な気持ちで耳を澄ませていた。

グールド翁は、被差別者としてのクンタラの立場を大いに利用してきた人間であったが、アメリアにおいて本当の意味で差別を受けたことはなかった。彼は豊かな家に生まれ、一族は成功者ばかりだった。彼にとって、差別はただの情報に過ぎなかった。それが違うと、彼は理解したのだ。

まったく同じ話は、キャピタル・タワー最上階であるザンクト・ポルトのスコード教大聖堂でもなされた。登壇者はゲル法王で、彼は改めてスコードとクンタラの和解を解き、人間の一生を科学力によって極端に歪めることが反スコードであるばかりでなく反クンタラでもあるのだと力説した。

ザンクト・ポルトでそれを聞いたのは、主にゲル法王が起こした新宗教の関係者と法王庁の人間であったが、彼らはシラノ-5が地球に向けて動き出したことを知らされていたので、アクシズの奇蹟の再来を願って法王の説法に熱心に耳を傾けた。

人工宗教であるスコード教に参加しなかったクンタラとスコードの違いを再確認した彼らは、キャピタル・テリトリィで自分たちがクンタラへの差別行為を黙認してきたことを激しく悔やんだ。同根でありながら決して交わることのなかったふたつの宗教は、いまその発生のきっかけになった出来事の再来を前に、歩み寄るきっかけを掴みつつあった。


3、


シラノ-5の地球への落下を阻止できなければ地球は滅亡する。その事実を前に人類は激しく動揺していた。メガファウナにおいても乗員たちの口数は減り、大気圏を離れて宇宙に出るとさらに会話は少なくなった。彼らには多くのやらねばならない仕事があり、それに集中することで恐怖を克服しようと必死だった。

メガファウナのデッキに、サイズが一回り大きい謎のモビルスーツが着艦した。ブリッジのメインモニターにその姿は映らず、出現は唐突であった。唖然としてそれを見上げるアダム・スミスは、開いたコクピットからノーマルスーツを身に着けた小さな少女が飛び出してくるのを見た。

もうひとりの男はアダム・スミスの傍に降り立つと、接触回線でベルリを呼び出すように告げた。本来であれば彼は不審者として扱われなければならないところであったが、軍規などいまとなっては意味のないことのように思われ、アダム・スミスは大人しくベルリを呼び出した。

ベルリがガンダムの姿を発見するのと、ノレドがリリンを見つけたのは同時であった。ノレドは抱きついてくるリリンをしっかりと抱きしめ、ベルリは壁を蹴って男の傍に急いだ。

「ベルリくん」男が接触回線で告げた。「ガンダムは返す。今度出撃するときは必ず恋人とあの娘を乗せて出撃してくれ。勝手にいじって悪いが、バックパックは外させてもらったよ」

「バックパックは荷物入れみたいなものだったからいいですけど・・・、あなたは一体誰なんですか。何をしようというのですか。なぜガンダムを操縦できるのですか?」

「シャアは、ぼくが連れて行かねばならない男だった。何千年前の失敗をいま取り戻そうというのさ」

「シャア?」

「カール・レイハントンのオリジナルの人格のことさ。いまの彼はぼくといっしょで随分と糾合が進んで別人格になってはいるけどね。大体察しはついていると思うけど、ぼくはこの世に生きているわけじゃない。もうとっくに死んだ人間さ。それより、少し話せるかな」

ベルリは空気が抜かれたモビルスーツデッキから、ヘルメットを外せる場所まで男を案内した。ふたりは同時にヘルメットを脱ぎ、真正面から向き合った。

「君には随分いろんなことをさせてしまった」アムロはいった。「君を試したわけじゃない。必要なことだったんだ。わかってほしい」

「ぼくは・・・、結局何が正しいのか見つけられませんでした」

「いや、そんなことはないさ。君はずっと正しいことを成したんだ。それは誇っていい。でもこれで終わりじゃない。君にはまだやらねばならないことがたくさんある。生きてるんだからね」

「あなたはガンダムに乗らなくていいのですか?」

「悪いがガンダムを置いていく代わりに、君のG-セルフは使わせてもらう。あれはジオンが組み立てたものだが、設計図を作ったのは君の父親になる。あれに乗るのは、最初から僕の役目だった。君は巻き込まれてしまっただけだ」

「リリンちゃんはメガファウナに残していきたいのですが」

「それはダメだ」アムロは首を横に振った。「彼女を守りたいのなら、彼女もガンダムに乗せなさい。ぼくは君に多くのことを教えてあげられないけど、信じてくれると助かる」

「わかりました」ベルリは頷いた。「ずっとあなたと一緒だった気がします」

「遥か未来の人間は、人間の因果律を計算式で求めることまでできるようになった。でもそれは、大きな出来事を予測する手段であっても、何もかも見通せるわけじゃない。未来は小さな出来事ひとつで大きく変わる。結局未来は、不確実なままなんだよ」

「あなたはG-セルフで何を成そうというのですか?」

「ぼくは、過去にやり残したことをやるだけさ。君が人類に絶望しなかったおかげで、未来は少しだけ拓けたんだ。それがたとえ君が望む最良の未来でなかったとしても、君は自身が考え続けてきたことを財産にして、その世界を生きなきゃいけない」

そう告げると、男はベルリの目の前から姿を消した。同時にモビルスーツデッキからG-セルフの機影が虚空に消えるようになくなった。

「なんだったの? ベルリ」ノレドが心配そうにやってきた。

「ぼくら3人は、あのガンダムで出撃する。本当は、ノレドやリリンちゃんを巻き込みたくはないのだけれど」

「一緒だよ」ノレドはリリンの頭を撫でた。「このままシラノ-5が地球に落ちちゃったら、どこにいようが結果はおんなじだもん」

ベルリはリリンのあどけない顔を見て、なぜこの少女まで戦闘に連れ出さなければいけないのかと暗澹たる気持ちになったが、リリンは一向に平気な様子で、少し眠たそうにしているだけだった。

ノレドらはいったん部屋に下がり、休むことになった。雑用に駆り出されていたパイロットにも休息命令が出され、出撃に備えて食事と睡眠の時間が与えられた。

ベルリはベッドに横になり、リリンがかつて言ったことを思い出していた。リリンは、彼女にしか見えない未来に、カバカーリであるガンダムがスコードを倒すと明言したのだ。スコードを倒すとはどういうことなのか。そもそもスコードとは何を表しているのか。

そんなことを考えながら、ベルリはいつしか眠りに就いていた。


4、


惑星間航行を日常的に行っているビーナス・グロゥブは、シラノ-5破壊任務を侮っていたところがある。彼らは隕石粉砕用の強力なビーム兵器を有しており、それらを集中すればコロニーに改造され中央部が空洞になっているシラノ-5ならば容易く破壊できると思い込んでいたのだ。彼らの心配はむしろ、破壊された破片がバラバラになって地球に降り注ぐことだった。それでも各都市に甚大な被害が出ると予想されていた。

なるべく地球から離れた場所で初弾の粉砕を行い、破片の軌道計算をして被害が大きいと判断されたものから順次対応するとの作戦が了承され、隕石用のビーム兵器を積んだ船が先行してシラノ-5に接触した。周囲にはカール・レイハントンを警戒してモビルスーツが出撃して護衛任務に就いた。

いまにもシラノ-5への攻撃は開始されようとしていた。メガファウナはかなり離れて見守っていた。衛星が破壊されたのちは、彼らも破片の軌道を逸らせるために出撃しなければならない。

「推進装置はそのままみたいだ。クルっとひっくり返して逆噴射かけられないのかな」

ブリッジでは口々にいろんなことを言い合っていた。緊張感はあるが、まだそれほど切羽詰まった雰囲気ではなかった。

「そんなことしたら、今度は回転を止められなくなるよ」

ノレドとリリンをガンダムに乗せて出撃させろとの忠告を受け、ベルリはふたりにピッタリのパイロットスーツを用意してもらっていた。メガファウナ専属の仕立屋であるアネッテ・ソラは、予備の宇宙服の丈を直してすぐにリリンの身体に合わせたものを仕立ててくれた。ノレドはまるで母親のようにリリンにつきっきりで世話をしていた。その方が気が休まるとの話であったので、ベルリは口を出さなかった。

艦内にアナウンスが流れ、クレッセント・シップが最初の隕石破砕レーダーを撃ち込んだ。乗員たちは近くにあるモニターに釘付けになった。

「命中したんだろ?」

「いや、おかしいな。何か変だ」

先行した戦艦が撮影したシラノ-5の映像が映し出された。距離があるためそれほど鮮明ではなかったが、すでに加速と軌道修正は終わり、この資源衛星コロニーは慣性で地球めがけて進んでいた。その全体に、虹色の膜のようなものが張っているのが見て取れた。

それは、地球をすっぽりと覆っていたものと同じ、ジオンの兵器だった。ベルリははたと気がついて、ラ・ハイデンに回線を繋いでもらい、回避された歴史でビーナス・グロゥブ艦隊があの膜を突破できずに地球降下を断念したことを話した。ジムカーオと邂逅したラ・ハイデンはすぐに納得した。

「あれは物理的なものは通さない膜です」

「そのようだな」ラ・ハイデンは頷いた。「見たところ、エネルギーを遮断しているのではない気もする。あの膜が我々の世界とジオンの思念体の世界を隔てる境界になっているのではないか」

「詳しく説明している時間はありませんが、内部からの攻撃で膜を吹き飛ばすことはできます。ぼくが乗っているガンダムという機体はあの膜を越えたことがあります。ジオンの作ったモビルスーツならばあの膜を越えて内部に潜入できると思います」

「こちらにモビルスーツ用の高速のシャトルがある。それを使うか?」

「いえ、ガンダムは時間も空間も超えられますから、大丈夫です」

そこにルインの通信が割って入った。

「ラ・ハイデン閣下にお願いしたい。その高速シャトルを自分に使わせてください」

「シャトルの数は揃っている。使うがいい。ただ、危険な任務だということはわかっているだろうな」

「無論です。自分はクンタラの汚名を雪がねばなりません」

「ガンダムは先に出ます」

それだけ告げるとベルリは通信モニターから離れた。そしてできればノレドとリリンは置いていきたいとしばらく逡巡したが、ふたりは準備を済ませ、ベルリのヘルメットを持って待っていた。

「行くんでしょ?」ノレドがいった。「もうこうなったらしょうがないもん」

3人はすぐさまガンダムに乗り込み、メガファウナのモビルスーツデッキから機体を飛び立たせた。

「ガンダム、行きます!」

すると、3人を乗せた白いモビルスーツはその場から忽然と姿を消したのだった。

そのころザンクト・ポルトにはディアナ・ソレルの旗艦ソレイユが慌ただしく出航しようとしていた。ビクローバーでメメス博士の痕跡の調査を行っていたディアナとハリーは、クラウンを使い最高速で宇宙へ駆けあがると、準備万端整えて到着を待っていたウィルミットに送り出されるようにすぐさま船に乗り込んで連合艦隊の後を追いかけたのだった。

ソレイユにはクリム・ニックのミックジャックと、ラライヤのG-アルケインも積み込まれた。代わりにザンクト・ポルトに残ったのはアイーダであった。

彼女は慌ただしい時間の中で、ディアナからメメス博士のことを聞くと、気になることがあってザンクト・ポルトに残ったのだった。ウィルミットはアイーダの行動を不思議に思ったが、彼女はアメリア軍の総監である自分が同行すると指揮命令系統が狂うのではないかと心配していた。

「それに、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂も、もっとしっかり調べてみたいのです」

「なるほど」ウィルミットは頷いた。「それにはわたくしも同行させてもらいますよ。月で冬の宮殿というものを目の当たりにして、いろいろ思うところがあるのです。お邪魔かしら」

「いえ」アイーダは首を振った。「心強い限りです」

アイーダとウィルミットを残し、ソレイユは最大戦速で連合艦隊との合流を目指した。ソレイユのブリッジには、ラ・ハイデンの旗艦から逐次情報が届けられていた。しばらく進んだところで、第一射の攻撃が不発に終わったとの報がもたらされた。

「まだシラノ-5の地球到達までは時間がありますけど、攻撃を受け付けないというのは軌道を逸らせることもできないということですね」

「あの虹色の膜がシラノ-5を覆っているとなると厄介ですね」

ブリッジでこのような会話が交わされていたとき、モビルスーツデッキではラライヤが手を振ってクリムを招き寄せていた。クリムは彼女が何か別の人格に支配されていることを知っていたので警戒したが、ラライヤの身体に入ったその人物はすぐに出撃するとクリムに告げた。

「G-アルケインを変形させれば、ソレイユよりはるかに早くシラノ-5に到達できます」

「そうだろうが、何かまた虹色の膜が覆っているって話だったぞ」

「あれは囹圄膜といって、残留思念が保存されるエネルギー体です。あなたとわたしは、あれを突破できます」

「そうなのか?」

「ついていらっしゃい」

こうしてラライヤとクリムは、ディアナの許可も取らずに勝手に出撃した。事後報告を受けたハリーは激怒したが、ディアナはそれを手で制した。

「彼らは自由にさせてあげましょう。わたしたちには別にやることがあります」

カール・レイハントンが宙域に気配を察したのは、間もなくのことだった。月の裏側のラビアンローズ内で待機して事態を観察していた彼だったが、シラノ-5付近にアムロ・レイが出現したのを感知したのだ。

「あいつはやはり向こうへ行ってしまったか。何千年経ってもわからんとみえる。タノ、ヘイロ、出撃だ。何とかあいつを捕まえて仲間にするつもりだったが、もうこうなったら委細構わん。アムロ・レイやベルリ・ゼナムの思念でもう一度地球に囹圄膜を張る。そしてシラノ-5で人類を絶滅させてくれよう」

カール・レイハントンはカイザルに乗り込み、タノとヘイロを従えてラビアンローズを後にした。ラビアンローズは無数のスティクスに取り囲まれていた。それはまるで銀色の魚影のように月の裏で怪しく輝いていた。


「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:121(Gレコ2次創作 第50話 後半)

次回、第51話「死」前半は、2022年1月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第50話「科学万能主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第50話「科学万能主義」前半


1、


ベルリはビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデンに対し、ジオンと戦えと指を突き付けた。虚を突かれたラ・ハイデンは含みのある顔でもうしばらくベルリの本心を聞き出そうとした。

「我々に対して、ジオンを制せと。だがあの者らは思念体という特異な存在だ。幽霊のようなもので、あれは倒せぬ」

「人間の残留思念がどうなるのか、死んだことのないぼくにはわからないことが多くあります。しかし、ぼくは彼らから供与されたガンダムという機体に乗って何度か彼らと接触していますし、彼らと情報を同期した経験もあります。彼らはアバターと呼ばれる生体がなければ、現実世界で活動できません。そのアバターを作り出しているのはラビアンローズです。あれを破壊すれば、彼らは目的を果たせないと考えます」

「わたしはジムカーオというビーナス・グロゥブの公安警察にいた者と少し前にまみえたことがあるのだが、彼の目的は君と同じラビアンローズの破壊であった。彼はレイハントンの仕掛けをよく見抜いていて、彼が活動している間はカール・レイハントンはこの世に出てこなかった。そうか、だからビーナス・グロゥブに姿を現したわけか・・・」

「ぼくは月に封印されていたムーンレイスを覚醒させてしまったとき、なぜレイハントンが彼らを滅ぼさずに眠らせていたのかわからなかった。でもいまとなってはわかります。ムーンレイスの技術は、ジオンが地球圏を脱出して外宇宙に逃れた後に生まれた文明の産物なのです。あの縮退炉の技術は、ジオンは持っていない。ジオンは思念体という特異さに気が向かいがちですが、あれは科学万能主義です。ニュータイプ研究を突き詰めすぎて肉体を捨てて永遠に生きる手段を獲得しているので惑わされがちですが、やっていることは宇宙世紀時代と変わっていない。大昔にビーナス・グロゥブの集団と接触したのも、フォトン・バッテリーの技術や胚状態での遺伝子保存などの技術が欲しかっただけだと思われます。ムーンレイスを生かしたのも、技術の保存が主な目的で、そうやって彼らはあらゆる技術をラビアンローズに詰め込んでいく。モビルスーツで戦っていた時代そのままに」

「その意見に反論はない」

「対してビーナス・グロゥブは自然回帰主義です。地球環境の正常化を、アースノイドの支援を続けながらずっと待っていた。ビーナス・グロゥブの人々はあまりに我慢強く待ち続けたために、ムタチオンに苦しめられている。あの人たちには、地球の重力が必要なはずです。レコンギスタは遠からず必ず果たさねばならない。地球は間もなく凍りつきます。地球の自然は、ビーナス・グロゥブの人々が望むような実り豊かな自然ではなくなります。人類はしばらく争い、奪い合い、科学技術を駆使するでしょうが、その努力は実ることなく尽き、心配事は今日食べるものだけとなるでしょう。もしその状態を放置すれば、地球は暗黒期を迎え、ビーナス・グロゥブは再び最初からやり直すことになるかもしれない。言語だってバラバラになるでしょう。だからぼくの言いたいことはこうです。共に戦い、宇宙世紀時代の遺産である科学万能主義の象徴ラビアンローズを破壊して、最低限の文化の維持のためにフォトン・バッテリーを供給してこの地球にやってきてほしいと。そして、文明を失う人類に、ビーナス・グロゥブを見せてほしいと。人間が文明の輝きを見失わないよう見守ってほしいと」

ラ・ハイデンに対して堂々と意見具申するベルリの姿を見ていたウィルミットは、本然と悟ったのだった。自分が求めていた真の男とは、よそからやってくる誰かではなく、こんなに身近にいたのだと。

「まぁあの子が・・・、ベルリ坊やが・・・」

ラ・ハイデンの決断は早かった。

「ベルリ・ゼナムの申し出を受け入れよう。ラビアンローズ破壊までの期間、ヘルメスの薔薇の設計図に基づくモビルスーツの使用を許可し、フォトン・バッテリーの供給を認める」

ベルリはパッと顔を輝かせて、さらに申し入れを行った。

「地球で最も戦力が温存されているのはアメリアです。いったんアメリアにいる姉、アイーダ・スルガンのところへ。そしてムーンレイス艦隊とともに、ラビアンローズの破壊を」

ベルリの進言をすべて受け入れたラ・ハイデンとビーナス・グロゥブ艦隊は、一路アメリアを目指した。その途中でムーンレイス艦隊も彼らの合流した。ベルリはディアナ・ソレルにクンタラのことについて相談するつもりでいたが、艦隊にはディアナもハリー・オードもいなかった。

クレッセント・シップからメガファウナに対してフォトン・バッテリーの供給がなされた。クレッセント・シップには全人類が半年以上暮らしていけるだけのフォトン・バッテリーが満載されている。そのエネルギーが一度に爆発した衝撃はすさまじい。フルムーン・シップは大気圏のかなり上層で爆発したために爆発エネルギーの大半は宇宙に放出された。おそらくはオゾン層に深刻なダメージを与えているだろう。

こうして人類は地球を汚染していくんだとベルリは悔しい気持ちになった。人間が地球を汚染し続ける限り、ジオンの正当性は強化されていくのだ。

だが、彼らの文明に内在し根幹をなす科学万能主義は、果たして自然の対立概念たり得るのだろうか。科学とは人間が知り得た明文化された自然に過ぎないのではないか。何百年も肉体を保たせる技術、人間の思念の身を分離して生体人形を作りその中に入る技術、ムタチオンによる肉体の劣化を補う技術、それらは一見反自然的なものに見えるが、自然を否定するほどの大きさを伴ったものなのであろうか。

科学は、ともすれば反自然的なものとして概念上整理される。そして科学は自然主義によって否定されたり、忌避されたり、あるいは自然との親和性がある科学が模索されたりしてきた。クンタラはまさに科学万能主義を否定する立ち位置にいる。ベルリにはそれも疑問に思えるのだった。自然と科学を対立概念として扱うこと自体が間違っているのではないかと。

そのとき、せわしなく人が行きかうデッキからアダム・スミスの声が響いてきた。

「ベルリ! ボーッとしてないで動作テスト!」

「ああ、はい。すみません!」

G-セルフはフォトン・バッテリーの交換が終わり、戦う準備が整った。この機体にはサイコミュが搭載されているが、ジオンが製造したもので、使われている素材などは不明なままで、レイハントン・コードの確認も行われない。

ベルリは座席に背中を押しつけて、天を仰ぎ見た。そこにノレドがやってきてベルリに身体を寄せた。ベルリはわざとノレドに聞こえるように独り言を呟いた。

「G-セルフはドレッド家のクーデター後に建造された機体で、死んだロルッカさんとミラジさんがレイハントン・コードだけ慌てて取り付けた、もとはといえば軍の採用を目指した機体だった。でも、この機体の設計図を遺したのは父さんだ。父さんはなぜサイコミュが搭載されたこんなものを遺したのだろう?」

「気になるの?」ノレドが尋ねた。

「すごく引っ掛かるんだ。父さんはニュータイプのことを知っていたのだろうか? それとも、トワサンガにも裏のヘルメス財団があることを知っていたのだろうか? カール・レイハントンのことをどれだけ知っていたのだろう? それとも何も知らなかったのだろうか?」

「サイコミュのことを知っていたかどうかも怪しい」

「うん。ぼくと姉さんは、メメス博士の娘サラの遺伝子をそのまま受け継いだ子供の子孫だという。メメスとサラはクンタラで、クンタラだけのために行動している。トワサンガは、ビーナス・グロゥブを追放されたクンタラだけで大きく発展していった」

「タワーの建造もシラノ-5の建造も全部クンタラの偉業なんでしょ?」

「そうだ。科学万能主義のジオンは大執行の日まで姿を隠した。クンタラは自分たちがクンタラであることを忘れながらトワサンガで栄えた・・・。なぜトワサンガの住人は自分たちがクンタラの子孫だということを忘れてしまったのだ? ヘルメス財団の仕事をするためにスコード教に改宗したのか? ノレドの家と同じなんだろうか? メメス博士の子孫を王に抱く王政国家が、クンタラであることを忘れるはずがないじゃないか」

「そっか。スコード教じゃなければ、フォトン・バッテリーの中継地の仕事はしていられない。だって宗教儀式ばっかりだもん」

「そもそもクンタラ国にしたっていいはずじゃないか。でもそれはしなかった。むしろレイハントンの名前を使っている。これってどう解釈すればいいと思う?」

「んー」ノレドは顔をしかめた。「もしかして、全員ジオンのアバターだったんじゃないの? ウィルミットさんがジムカーオさんにスカウトされて裏のヘルメス財団の仕事をしたとき、エンフォーサー・・・というか、アンドロイドも一緒に働いていたと言っていたよ。ジオンもさ、もしかしたら一枚岩じゃなくて、派閥があったとか。メメス博士とサラの目指しているものが違っていたとか?」


2、


クリム・ニックがザンクト・ポルトにやって来てからかなりの時間が経っていた。

彼は目立たぬよう宿で大人しくしていたが、そんな彼の耳にも地球を覆っていた虹色の膜がフルムーン・シップの爆発の影響で吹き飛んだことや、ザンクト・ポルトに立ち寄ると思われていたビーナス・グロゥブ艦隊が直進して大気圏突入を果たしたことなどはニュースとして入ってきていた。

準備されていた式典は取りやめになったが、準備されていた横断幕などはそのままにされると知り、ウェルカムボードを持たされたミックジャックはしばらくそのままにしておけそうだった。

クリム・ニックは、虹色の膜について複雑な感情を抱えていた。虹色の膜は彼が捨てたカプセルが爆発すると同時にその場所から大きく拡がっていったのだ。この数日部屋に籠って独りで考えることの多かった彼は、シラノ-5に潜入したとき、カール・レイハントンに会おうとしてミックジャックを離れたときのことを思い出していた。

モビルスーツデッキに潜り込んだ彼は、機体を離れてカール・レイハントンの愛機だというカイザルのコクピットを開けようとした。すべてに要した時間は2時間を超えることはなかった。その間にジオンがミックジャックに何かの細工をしたのではないかと彼は考えた。

なぜなら、ビーナス・グロゥブ艦隊にしろ彼にアイーダ暗殺を命じたスコード教幹部にしろ、地球全体を覆うほどの大掛かりな細工をする理由がないからだ。あの膜がどのような性質を持つにしろ、地球攻撃の邪魔になるようなことはしないはずであった。

「やはりジオンか」

そう考えると納得いくところが多かった。

それだけでなく、クリムにはあの虹色の膜に特別惹かれる気持ちもあった。なぜだかはわからないが、あの膜が自分を守ってくれているような気がした。膜が消えたときの大きな喪失感の理由を彼は考えた。そして、カール・レイハントンに会おうとした理由を思い出した。クリムは、スコード教幹部に、アイーダを暗殺すればミック・ジャックを生き返らせると約束を持ち掛けられたのだ。

そんなことが本当に可能なのかどうか、クリムはカール・レイハントンに尋ねようとした。結局彼に会うことはできなかったが、応対したジオンの女は、ミック・ジャックは機体のサイコミュの中にいると教えてくれた。サイコミュとどう対話していいのかわからないまま彼は大気圏突入を試み、そして・・・。

「途中で離脱したんだ。そのはずだ」

しかし、クリムには別の記憶もあった。ミック・ジャックと再会して、凍り付いた海を上を互いに温め合いながら飛行した記憶だ。あれは夢だったのか・・・。それはどんな夢だったか・・・。もしかしたら、自分はあの大気圏突入のときに死んでいたのではないか・・・。

「くさくさしてても仕方がない!」

気を取り直した彼は、新たな自分がやるべきことを探すべく、外へ繰り出した。すると、人混みの中にラライヤの姿を見つけた。彼女は夢遊病患者のようにぼうっとしており、足元もおぼつかないほどだった。話しかける前に、彼女がひとりかどうか跡をつけて確かめた。

ラライヤには小柄な女性が接近して何事かを話していた。ラライヤは体調が悪いのかボーっとしており、スコード教大聖堂の中にフラフラと入っていった。

後をつけたクリムもなかに忍び込み、カーテンの陰にそっと隠れてふたりの会話を聞いた。小柄な女がラライヤに対してこういった。

「カール・レイハントンをカーバに引きずり込む計画は中断します。彼がシラノ-5を地球に落とすのを待たねばなりません」

ラライヤは、とても彼女とは思えない別人のような声でこう応えた。

「ひとまず人類の滅亡は回避しました。あなたが何もかも教えてくださったからですね。感謝します」

ラライヤの言葉を聞き、サラは驚愕の表情へと変わった。ラライヤは、あるいはその肉体を支配した存在は続けた。

「人間の思念は器の形に大きく左右されるというのは本当のようです。この肉体を作ってくれたおかげで何千年も前の自分の記憶まで蘇ってくるような気がします」

「それはあなたにジオンの亡霊を亡きものにする役割を与えたからでしょう」

「あなたの計画のおかげでわたしはジオンがどのようなことを計画して何を成そうとしているのかつぶさに見ることが出来ました。あなたには計画が成功した未来の記憶はないでしょう。地球が虹色の膜に覆われて、その下で大爆発が起き、人類が絶滅してしまった悲しい記憶はあなたにはない。でもこの子にはあります。ラライヤは地球の悲しい未来を見て深く傷ついてしまった。でもその記憶により、あなたより優位に立った」

それを聞いた小柄な女は、ベルトから銃を取り出してラライヤを撃とうとした。驚いたクリムはラライヤを助けるために女に飛び掛かって組み敷いた。

「怪しい女め!」クリムが叫んだ。「お前らの計画とは何だ。全部聞かせてもらうぞ!」

小柄な女とは、メメス博士の娘サラ・チョップだった。彼女は、クリムの顔を見るなり不敵に笑って、脚でその顔を蹴り上げるとすくっと立ち上がった。

「そうか、お前が生きていたから囹圄があんなに脆かったのだな」

「なんのことだ?」

「囹圄膜は人の思念を使ったジオンの兵器だ。ジオンの兵器はこの世界の物理法則に当てはまらない。お前とサイコミュの中の女の思念は、ジオンの囹圄膜にされるところだったんだよ。女の弱い残留思念だけだけで膜を張ったからあんなに弱かったんだ」

「ミックジャックに変な仕掛けをしたのはお前か」

「ビーナス・グロゥブであの機体が作られたときから仕掛けはされていたんだよ」

チムチャップ・タノがクリムにサイコミュの中のミック・ジャックの話をしていたとき、ヘイロ・マカカとして活動していたサラは、彼の青い機体が大気圏で間違いなく爆発するかチェックしていたのだ。

「ミック・ジャックの残留思念・・・」

「女の残留思念はもうこの世界にはないよ。あんたを庇って死んだのだろう」

サラはクリムを銃で撃った。クリムはラライヤの頭を押さえつけて礼拝堂の長椅子の下に隠した。サラは徐々に距離を取り、礼拝堂の出口ににじり寄った。彼女は叫んだ。

「囹圄の膜の下で何も知らないまま一瞬で滅びていれば幸せだったのさ。残留思念だけになって、自分が死んだことも知らず、永遠の命を得ればよかったんだ!」

サラが踵を返して逃げようとしたそのとき、彼女の身体はピンと反り返って動かなくなった。そしてその肉体から黒い靄のようなものが分離すると、サラの身体は力を失ってどさりと倒れた。黒い靄のようなものは、クリムの頭上を飛び回っていたが、やがて天井部分に張り付いて見えなくなった。

ラライヤは、サラの遺骸から銃を奪い取り、躊躇うことなくサラの頭を撃ち抜いた。

「待て、ラライヤ、お前、人を殺したのか」

「この身体は忌まわしい強化人間のもの。それはアグテックのタブーに触れるものだから、あなたは知らなくていい」


3、


そのころトワサンガでは、ジオンによるシラノ-5の改造が進められていた。

「もともとこの資源衛星を運んできた推進装置が使えそうです」新しい肉体にすっかりなじんだヘイロ・マカカがいった。「地球に落とすには10日ほどかかる予定です。フォトン・バッテリーの技術体系は古い時代のと比べて圧倒的に火力不足ですから、この質量の物質を止めることは不可能でしょう」

そんなヘイロの言葉を聞いたカール・レイハントンは、何かを思い出して一瞬顔を曇らせた。しかしすぐに気を取り直すと、アバターのメンテナンスのためにヘイロとともに歩き出した。

「まさか囹圄膜があんなに簡単に破裂するとは思っていなかったからな」彼はいった。「こちら側の技術のことは生きている人間には観察することもできないだろうから、アースノイドやビーナス・グロゥブの人間がやったとは考えにくい。おそらくはアムロとララアなのだろうが、あいつらのいる場所は我々のところとどうやら違っているようだから、これもまた観測できない」

「思念体にも2種類あるということなのでしょうか」

「いや、そうとも思えないのだが・・・、アムロやララアというのは思念というより魂魄に近いとでもいおうか、彼らは紛れもなく死者だ。我々は生の新しい形で、その中間にいるとでも言えばいいのか」

そこへシラノ-5の改造の指揮を執っていたチムチャップ・タノが合流した。

「すぐにでも隕石落としを開始できます」

「ではこのままシラノ-5を地球に向けて発進させてくれ。御大層な演説などいらぬであろう」

踵を返しかけたタノを、ヘイロが引き留めた。

「タノはアバターを酷使しすぎている。大佐と一緒にメンテナンスしてください。わたしのアバターはできたばかりですから、慣らしがてらモビルスーツを出して警護します。いつあのアムロの乗ったガンダムがやってくるかわかりませんから」

「そうだな」タノは頷いた。「メンテナンスといっても少し休ませるだけだ。アムロ相手に無理はせず、すぐに大佐とわたしを起こして」

「了解。しかし、囹圄膜がないと、キャピタル・タワーにも損傷が出ますが、それでよろしいので?」

「かまわんさ」レイハントンが応えた。「メメス博士との約束でクンタラだけは助けるつもりであったが、全面的に責任を負っているわけではない。いったんは助けようとしたが上手くいかなかった。それで彼らがアースノイドとともに絶滅することになっても、致し方ないということだ」

こうしてジオンは、トワサンガ宙域にある最大資源衛星シラノ-5の推進装置に点火した。シラノ-5はゆっくりと移動を開始して、徐々に加速した。ヘイロは加速が軌道に乗るまでモビルスーツを使い、作戦の妨害行為を監視していたが、ついにガンダムは姿を見せなかった。

トワサンガ宙域には他の小さな資源衛星とコロニー群、それにラビアンローズが残された。

カール・レイハントンは古い記憶の中に沈み込む前に、アムロは果たしてどちらに姿を現すだろうかと想像してみた。

「シラノ-5の起動を逸らしアースノイドを救うか、ラビアンローズを攻めてわたしを滅ぼすか。アムロよ、お前はどちらを選択するのか?」

加速により、シラノ-5は酷い有様になっていた。居住区域の回転は止まり、重力を失ったことで内部は地面が音を立てて剥がれ始めていた。立ち並んでいた樹木も住宅も地表ごと剥がれてあらぬ方向へ飛んでいく。重力を前提にして存在していたあらゆるものが凶器となって壁に突き刺さっていく。

サウスリングにあるレイハントン家の住居も同様であった。アイーダが幼いころの記憶を微かに持つ両親との思い出の住居はめりめりと音を立てて壊れ、やがてバラバラになって飛んでいった。居住区には大量の空気が存在しているために、物が破壊される轟音は留まることなく響き続けた。

5つあるリングそのものも軋み、互いにぶつかってめり込むように重なり合った。500年間トワサンガの中核を成してきた資源衛星コロニーは使い物にならなくなった。その巨大な質量は地球に向かって真っすぐ突き進み、レコンギスタしたかつてのトワサンガの住民すらも皆殺しにしようとしていた。

地球を破壊したのちにクンタラを導くはずだったサラは、ラライヤに頭を撃ち抜かれて死んでしまった。彼女は父であるメメス博士とは違い、クンタラの宗教に関してそれほど熱心ではなかった。彼女はクンタラの自然主義的な生き方を前時代的で進歩から顔を背けているものだと捉えていたために、ジオンの研究の一環であった強化人間の科学技術に傾倒していた。

ごく初期においてそれは、ニュータイプを人工的に作り上げるものであったが、肉体と思念を分離することに成功したジオンは、強化人間の基礎研究を思念の器であるアバター作りに活用した。その研究の中に、遺伝子情報の中に記憶を書き込む技術があったのだ。サラはそのことを父に告げ、病気装って死んだことにすると、研究生活に入り、数百年後に起こると予想されたカルマの崩壊に合わせて自分自身を蘇らせる技術を作り上げた。

彼女は男子を産み、子をトワサンガの王位に就けたが、彼女が子供にかまけることは一切なかった。彼女は自分が蘇ることばかりに夢中になり、自分と同じ遺伝子を引き継ぐ男子に興味を示さなかった。メメス博士がカール・レイハントンの表の事業を着実に遂行していく一方で、娘である彼女はヘルメス財団の中で確固とした地位を作り上げて裏のヘルメス財団の基礎を作り上げた。

ジムカーオがトワサンガにやってきたとき、彼女は老齢で死んでいたが、その痕跡である裏のヘルメス財団のことを知ったのである。そして彼もまた、ジオンのニュータイプ研究の調査にのめり込んでいった。

「人間の思念は、より自分に近いものを求めるように出来ているのです」ラライヤはクリムに話した。「背格好が似ている者、同じ民族、同じ国民、同じ肌の色、そして血族。人間は弱いものなので、どの魂も蘇りたがっている。それは持って生まれた性質なので変えられませんが、そうした性質を利用して科学に応用するのは間違った行為です」

「ラライヤ・・・、いや、いまの君は別の人間なのだな」

「そう。わたしもアムロもこの世にはいない。でも、大佐は違う。あの人は、ジオンのおかしな研究の犠牲になって、その魂も肉体もジオンの象徴として利用され続けている。わたしはそれを終わらせます。しかし、強化人間のためにやるのではない。ジオンは自然の一部を極大化することを科学だと勘違いしている。証明のための手段が、目的達成のための手段にすり替わってしまっている。あなたに警告しておきます。カール・レイハントンは彼の因果の命じるままに、隕石落しをやるでしょう。シラノ-5が地球に落ちてきます」


4,


ムーンレイス艦隊を副長に任せて聖堂内の調査を行っていたディアナ・ソレルとハリー・オードは、キャピタル・タワーの起点で複合施設でもあるビクローバーの中でフルムーン・シップの大爆発による爆風を体験した。

南極上空で起こった大爆発の影響はすさまじく、キャピタル・タワーも激しく揺さぶられた。それでも破壊を免れたのは、タワーの構造と堅牢さがまるでこの爆発を予測していたかのように設計されていたからであった。

ふたりはザンクト・ポルトのスコード教大聖堂とビクローバーの大聖堂が対になっていると考え、思念体分離装置の存在を予想して調査を進めていた。大聖堂の床下には複雑に入り組んだ通路があり、それらしき施設もあったが、ザンクト・ポルトの思念体分離装置のようなものは存在しなかった。

代わりに発見されたのが、様々な場所に書かれた落書きであった。

「古代文字のようですね。我々の文字とも違う」ハリー・オードはひとつひとつの落書きを写真に収めた。「これは専門家でもなければ時代の特定は困難でしょう」

「メメス博士が使っていた文字のことはわかっているのです」ディアナが応えた。「彼はビーナス・グロゥブからカール・レイハントンの技術補佐として派遣されているので、公式文書はユニバーサルスタンダードを使っていました。しかし、どうも暗号のようにビーナス・グロゥブのクンタラの文字も使っているのです。これを」

と言って彼女が差しだしたのは、キエル・ハイムの代わりに地球に降りて定住した本物のディアナ・ソレルの著書「クンタラの証言 今来と古来」であった。ハリー・オードはかつて本物のディアナの墓を訪ねた際に墓守からその本を受け取り、何度か目を通していた。彼はこみ上げるものを抑えて強く頷いて見せた。ディアナが続けた。

「この書物によると、ハッキリとは書かれていませんが今来は外宇宙の現地人の文字を暗号として利用していたようなのです。それはクンタラの文字とされていて、ユニバーサルスタンダードに従わない彼らの象徴のようにされていましたが、そうではなくて秘密文書にだけこの文字を使っていたようなのです」

「なるほど」ハリーは差し出された書物にあるアルファベットを頭に叩き込んだ。「ここにはいくつかの文字が混在しているけれども、この文字を探せばメメス博士の文書も見つかると」

「おそらく。ディアナさまは地球に定住したのち、多くのスペースノイドが地球に降ろされたことや、キャピタル・タワーの建設を不思議に思い、クンタラの研究と称してメメス博士の動向を探っていた可能性があります」

「ここと、ここと」ハリーはひとつひとつにマーキングを施した。「アルファベットと単語の意味が分かれば解読も容易ですね」

「この部分に関してはね。他のことは考古学者にでも任せましょう」

「自分にはひとつ疑問があるのです」

「なんですか」

「メメス博士というのはクンタラを代表する人物なのに、なぜスコード教の大聖堂など作ったのでしょう?」

「いえ、これは時代が違います。大聖堂の建設はフォトン・バッテリーの供給と同時に始まっていて、そのときメメス博士はもうこの世にはいなかった。それよりここを見てごらんなさい。これはどういう意味でしょう?」

ディアナが差した先にはクンタラが使っていた文字で何かが書かれていた。ハリーは書物を片手にそれを読み解いた。

「娘が言うことを聞かないとかなんとか。愚痴でしょうか。『肉体をもてあそぶは魂をもてあそぶのと同じ。娘の過ちは死者を復活させ、わたしの行動を阻む』どういう意味でしょうね? 自分はジオンというのは魂をもてあそんでいるだけに思えてならないので、こちらはジオンかなという気がしますが、肉体をもてあそぶとは?」

「アバターのことでしょうか?」ディアナが首を捻った。「ジオンの研究はあくまで肉体と魂である思念体を分離しただけのこと。思念体のことばかり注目されますが、彼らが技術として使っているアバターは、あれは人形などではなく脳の記憶機能を遺伝的に制限した人工的な奇形です。娘がそれを使っていたということでしょうか。作られた人、とか、強化人間みたいな言葉もあるようです」

「ラライヤが話していた、サラとかいう娘のことでしょうか」

「メメス博士の娘サラ。そうかもしれません。もしこれがメメス博士の直筆の落書きだとしたら、同じ筆跡のものを探せば」

ハリーは暗い室内にライトを照らして文字らしくものが残っていないか探していった。特殊なインクを使っているのか、ライトを当てると光るように文字が浮き出る落書きが多かった。

「この浮き出るような文字の主がメメス博士のようだな・・・。その周辺にある文字はただの落書きか、それとも訳したものなのか・・・。探してみると結構あちこちに乱雑に書いてある。『レイハントンの子だと言っているが、父にはそれがウソだと分かっている。娘はビーナス・グロゥブの男のことを黙っている』『ウソをついてヘルメス財団の裏の仕事を手伝っている』『娘はクンタラの教えを信じず、永遠の命に興味を持っている』これは全部愚痴ですね」

「随分と仲の悪い親子だこと」ディアナは呆れて溜息をついた。「メメス博士のメッセージというのは、娘の勝手な行動によって計画がおじゃんになることを示唆しているのでしょうか?」

「因果律と訳せそうな言葉が何度も出てくるようですが」

「その言葉は本にも出てきます。驚いたことに、古代のクンタラは因果律というのを数学のように扱って計算していたと記されているところです」

「それは自分も不思議に思っていました。どうせクンタラという集団が古代に使っていた呪術的なものだろうと高を括っていたのですが、どうやら違っていたようだ」

「ディアナさまはメメス博士とクンタラたちがキャピタル・タワーを建設する場面を目の当たりにしていたわけですから、彼らの科学力には舌を巻いていたはず。そうなのです。わたしたちは目覚めて以降この世界に慣れてしまって忘れていた。古代の方が科学は発達していて、そうした先進的科学を有する集団が地球に降りてきたということを。かつてのわたしたちもそうだったわけですから」

「これなどはどうでしょう」ハリーが廊下の隅に書いてあった文字を発見した。「『レイハントンは遥か古代のコロニー落としの男だから、下手に因果をもつれさせると同じことをやりかねない。父はそれを心配しているのに、娘は顧みない』うむ・・・」

ディアナとハリーは真っ暗な地下の廊下で思案に暮れた。ディアナがいった。

「メメス博士は、因果律を独特の計算方法で割り出し、かなり正確な未来を予測した。あるいは未来を設計した。彼の計画では、地球人はすべて滅びて、クンタラだけがどこかで生き残る予定だった。娘のサラはその仕事を手伝うはずが、誰の子かもわからない子を産み、強化人間とかいうものを使って永遠に生きることを考えて、メメス博士の計画の邪魔をしたと」

「フルムーン・シップの大爆発によって人類が滅びるはずのものがこうして我々は生き延び、ソレイユに入った連絡ではメガファウナなども無事だったようですし、もうすでに計画は狂ってしまっているのではないでしょうか? メメス博士が入念に計画したものを、娘のサラが台無しにした。そのように読み取れますが」

「計画が狂ったということは・・・、レイハントンはもっと激烈なやり方で人類の滅亡を考えると? 例えば、そうですね、トワサンガのシラノ-5を地球に落そうとするとか」

ディアナはハッと頭を持ち上げた。ハリーは考え込むように文字列を見つめた。

「まさか、そんなことは・・・」

そんなふたりの元に、地球に向けて巨大隕石が落下しつつあるとの知らせが届くまで、それほど時間はかからなかった。


次回、第50話「科学万能主義」後半は、12月15日投稿予定です。

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第49話「自然回帰主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第49話「自然回帰主義」後半



1、


「囹圄が破られている?」チムチャップ・タノは観測された地球の姿に驚いた。「クリムという男の思念と奴の守護霊の思念、それにフォトン・バッテリー3個のエネルギーで十分な強度があるはずだが。まさかフルムーン・シップの爆発エネルギーに耐えられなかったのか?」

タノは地球を覆っていた虹色の囹圄膜が消失していることが信じられなかった。ほんの1週間前には予定通り虹色の膜は発生して地球を覆い尽くしていたはずだからだ。宇宙にいた彼女たちは、まだフルムーン・シップ爆発の状況を知らない。

驚く彼女に、新しく大柄な白人女性の肉体を得たヘイロ・マカカが応えた。

「爆発に耐えられなかったということは、思念がひとりだけで、なおかつエネルギーが足らなかったということでしょう。考えられるのは、クリムに憑いていたあの守護霊が彼を逃がして、フォトン・バッテリーのエネルギーが予定より少なかったのでは? そのためにフルムーン・シップが爆発したエネルギーで破裂したのだと予想されます」

「守護霊がそんなことをすれば、自分の思念が四散してしまうではないか。そこまで奴に思い入れがあったということか」

「それだけではなく、フルムーン・シップの爆発場所も予定より軌道上に近かったのかもしれません」

「そんなに想定外のことが重なるものなのか。人間の因果など変わりようがないのに・・・」

そのころカール・レイハントンはアムロの痕跡を追いかけて地球の反対側にいた。どこにいようとサイコミュで同期してしまえば情報はすぐに届いたが、タノはその選択をしなかった。

「フルムーン・シップの爆発エネルギーを吸収できなかったのならば、地球を囹圄で覆い尽くす作戦は新たにやり直す必要がある。クレッセント・シップが大気圏に突入しそうだから、あれを使うしかない。後ろから攻撃すればあいつらは地上に逃げるだろう。ヘイロ、ふたりだけでまずは軽く攻撃してあいつらを大気圏内に留め置く必要がある」

「了解です」

言うなりふたりの機体は大気圏内にジャンプして、クレッセント・シップの真後ろについた。

濃緑のモビルスーツ2機に突如攻撃されたビーナス・グロゥブ艦隊は巡洋艦2隻を旋回させて本体はまっすぐキャピタル・テリトリィに向かった。

「なぜ射程圏に入るまで気づかなかったのか」

ラ・ハイデンは珍しく苛立ちを露わにした。しかしブリッジクルーによるとモビルスーツは突如出現したのだという。降下に慣れていない艦隊は戦える状態ではなく、姿勢を制御して逃げるのがやっとだった。彼らの後ろで迎撃のために残してきた巡洋艦が大爆発を起こした。

「こんなにも早く・・・」

「うろたえるな」ラ・ハイデンは叱責した。「まずは地球圏の代表と話しをせねばならない。ジオンにはかまうな」

対するタノとヘイロは巡洋艦を一瞬で撃破したことを喜びもしなかった。彼らはムーンレイスとの交戦においてもたった3機のモビルスーツで圧勝しているのだ。

「物理的な存在を破壊するのはわけない」タノは忌々しそうにいった。「奴らが後生大事にしているあの肉体だってメンテナンスをしなければすぐに朽ちていく。そんな存在がジオンに楯突くなど想像力の欠如以外何物でもない。わたしたちが欲しいのは何億年も朽ちることない地球だけなんだよ!」

「追撃しますか?」

「いや、大佐の意見を待とう」タノは機体を後退させた。「大佐も気づかれた」

一瞬で姿を消した2機のモビルスーツは、トワサンガにてレイハントンの赤い機体と合流した。

「まんまとアムロにしてやられたようだ」カール・レイハントンは苦々しげに顔をしかめた。「コクピットに座っているリリンという少女の心の中を覗いてみてわかったのだが、奴らは時間に関与して歴史を書き換えたらしい」

「そのようなことが可能なのですか?」

「リリンという少女がちょっと変わったニュータイプなのだ。彼女はまだ幼いから思念が言語化されていないのだが、断片的なイメージから類推するに、アムロとララアが囹圄膜が拡がったときにどうやら全人類の思念を分離させて記憶情報だけで再構成された特異空間を作り出したようだ」

「記憶情報だけの・・・」

「おそらくな。彼らはそこに逃げ込んで人間の記憶を書き換えてフルムーン・シップの爆発に合わせて状況を変えてしまったのだ」

「しかし、人間の因果律がそれほど簡単に変えられるとは思いませんが」

「因果律は変わらずとも、人間の気持ちは容易に変わるのさ。タノが機体に工作してくれたクリムという男も、生きる気力をなくしていたから利用したが、守護霊と再会して再び生きようと思い直したみたいだ。ひとり分の思念では囹圄は維持できない」

ここでタノはレイハントンと記憶情報を同期した。

「だろうな」レイハントンは頷いた。「サイコミュの中にいたあの女の思念だけではエネルギーを吸収しきれなかっただろう。子供だと思ってあの少女を見逃していたこちらのミスだ」

「クレッセント・シップを利用いたしますか? 地球に釘づけにしておきましたが」

「ああ、とりあえずはそれでいい。だが、記憶情報を書き換えた過程を覚えている人間がいれば、クレッセント・シップのフォトン・バッテリーを降ろして分配させてしまう可能性がある」

「ではいますぐ?」

「いや、地球を滅亡させるのならば、シラノ-5を落としてやろう。あの質量があれば地球はもたんよ」

「一瞬で人類を絶滅させ、囹圄を完璧な形に作り上げることができますね」

「囹圄を安定させるために、出来るだけ穏便に殺してやろうと仏心を出したのが間違いだった。アクシズの絶望をもう一度味わうがいい」

「ではトワサンガの改造を優先させますか」

「アムロに人間の愚かしさを教えてやろうとガンダムを与えたが、あの機体にベルリくんは乗っていない。どうも念入りにたばかられたようだ。時間改編の記憶は我々にはないが、リリンという少女の記憶の中には人類が絶滅して氷河期に突入したイメージもあった。囹圄を完成させてビーナス・グロゥブの関与を排除すれば、ジオンは勝つ」

「しかし大佐」ヘイロが口を挟んだ。「トワサンガがなくてはラビアンローズをもう1機作る計画に支障が出ます。もし彼らが、我々の弱点がラビアンローズだと気づいたら・・・」

「なに、アムロさえ始末すれば人類など怖れるに足らんさ」

そのころ、ビーナス・グロゥブの大艦隊をレーダーでキャッチしたメガファウナは、南極を飛び立ち艦隊に接触しようと試みていた。何度か呼び掛けたのち、ラ・ハイデンの旗艦より通信に応じる旨の連絡を得たが、メガファウナはそれどころではなくなっていた。

「エネルギー切れだって!」

ドニエルは艦長席から飛び上がった。しかし、よくよく思い出してみれば、メガファウナのフォトン・バッテリーはアメリアに帰還した際にほとんど尽きかけていたのだ。なぜ南極まで持ったのか、なぜエネルギーは尽きないと思い込んでいたのか、ドニエルには何も思い出せなかった。


2、


「高度が高すぎます。この艦では墜落しますよ!」

ドニエルは一瞬迷ったが、クレッセント・シップに狙いをつけた。

「ラ・ハイデン閣下!」ドニエルは大きな声を出した。「当艦はフォトン・バッテリーが尽きかけている。どうかクレッセント・シップに着艦させていただきたい」

意外にあっさりと許可は下りた。ドニエルは、やはりビーナス・グロゥブ人は人道的だとホッと胸を撫で下ろしていたが、実はラ・ハイデンの旗艦内にはもうひとつの問題が起こっていたのだ。

「大気圏グライダーが1機近づいてきます」

ラ・ハイデンは、カール・レイハントンの攻撃を警戒したが、それにしては相手が無防備すぎた。油断させようとわざとやっているのか、ブリッジにいる誰もわからなかった。そのとき彼の横にいたフラミニア・カッレが背伸びをしてそっと顔を寄せた。

「グライダーから通信を送っているのは、キャピタル・テリトリィの実質的な統治者のウィルミット・ゼナムです」

「そのような重要な立場にある者が、一体何をやっているのだ?」

呆れながらもラ・ハイデンはモビルスーツを発進させて近づいてくるグライダーを受け止めさせた。

クレッセント・シップに着艦したメガファウナのモビルスーツデッキでは、フォトン・バッテリーの残量切れで動かなくなる機体で溢れていた。ベルリもチェックに参加していたが、どの機体もバッテリーの残量はゼロになっていた。ノレドは横で飴を舐めていた。

「ダメだ」ベルリは深い溜息をついてからアダム・スミスに呼びかけた。「G-セルフのバッテリーはもうありません。動かないですよ、これ」

「もともとなかっただろ?」アダム・スミスが応えた。「それにG-セルフは破壊されたんじゃないのか?」

「そうなんですけど、ラライヤが持ってきたらしいんですよ。G-シルヴァーなんて同型の機体もありましたし。似たようなもんじゃないですか?」

「いや、違うんだよな」アダム・スミスは首を捻った。「これは同型機なんかじゃないぞ。まるっきり構造が違う。構造どころが材質だって違う。だからこれだけは動くと思ったんだがなぁ。それにサイコミュについちゃオレは素人同然だし。ラライヤに話を聞きたいのだが」

「ラライヤは母さんの護衛でザンクト・ポルトに上がってますよ」

「おかしいじゃないか」

「何がです?」

「お前の母さんはグライダーで降りてきていまはラ・ハイデン閣下の旗艦にいるって話だぞ」

「母さんが???」

ベルリはノレドを伴って急ぎブリッジに上がった。

「いいところに来た、ベルリ」ドニエルはベルリを招き寄せた。「おまえんとこの母ちゃんがラ・ハイデンと直接交渉しているらしいんだけど、作戦はこのままでいいのか」

「母さんはラ・ハイデンと交渉するのが役割ですけど、またグライダー? 危ないことはしないって約束したのに」

「あっちへ行くか?」

「飛べるものがないですよ」

「じゃ、ここにしばらくいてくれ。向こうから通信が来てもオレではわからんことが多すぎる」

ウィルミットが地上に降りてしまったザンクト・ポルトに、トワサンガを抜け出したサラ・チョップがやってきた。

「ジオンの囹圄が破られた? どうしてそんなことに?」

彼女は混乱する人ごみに紛れて情報を収集した。それによると、ザンクト・ポルトに立ち寄ると思われたビーナス・グロゥブ艦隊は、ジオンの囹圄膜が破壊されたのを確認するとそのまま地球に直進してしまったのだという。これは彼女にとって想定外の出来事だった。

ジオンに地球を封鎖させて、ビーナス・グロゥブの地球圏への関与をやめさせてからカール・レイハントンの思念体を消失させることがメメス博士とサラの計画だった。それは因果律から計算された避けることのできないもののはずであったが、状況はまるで違ってしまっていた。

彼女は、ザンクト・ポルトにクンタラの女たちが集結しているのを確認した。これは計画通りであった。あとは、クンタラ以外の人間をビーナス・グロゥブ艦隊に同行させ地球圏から追い払えば計画は完遂している。それが阻まれた原因は、ジオンの囹圄が完成せず、地球人が生き延びてしまっていることであった。

「どうしてこんなことに?」

サラはジオンの計画については詳しくない。ヘイロ・マカカの思念を眠らせて身体の中に留め置き、ジオンと接触することもいまとなってはできない。

「それに、カール・レイハントンの因果ならば、シラノ-5を地球に落とすくらいのことは考えるはずだ。あの質量ならば地上生物は絶滅する。それを待てばいいはずだが・・・。囹圄が完成していない状態でシラノ-5を地球に落とせば、地殻に大きな影響が出てしまう。キャピタル・タワーが崩壊すれば、ザンクト・ポルトをクンタラの避難地にする計画も水泡に帰してしまうだろう。スコード教の人間が多すぎるのも問題だ。クンタラが女ばかりなのも戦闘になると不利になる。まったく、一体誰が因果律を書き換えたというのか!」

しばらく周囲を彷徨ったサラは、スコード教大聖堂の傍に佇むラライヤを発見した。ラライヤが大聖堂の中に入っていくのでサラもそのあとを追いかけた。

「あの子はいったいこんなところで何を」サラはラライヤに近づき、放心状態にあるラライヤの肩をゆすった。「いったい何をやっているの? いえ、それどころじゃない。カール・レイハントンを消失させる計画はいったん中断ですよ。聴こええています?」

ラライヤは肩を揺さぶられてもしばらく反応しなかった。ようやくサラの姿を認めた彼女は、まるで話を聞いていなかったことを告白するように笑顔を浮かべた。

「カール・レイハントンをカーバに引きずり込む計画は中断します。彼がシラノ-5を地球に落とすのを待たねばなりません」

「ええ」ラライヤは応えた。しかしその声色は別人のようであった。「ひとまず人類の滅亡は回避したみたいです。あなたが何もかも教えてくださったからですね。感謝します」

「わたしが教えた?」サラもラライヤの異変に気がついた。「もしかしてあなた・・・」

「人間の思念は器の形に大きく左右されるというのは本当のようです。この肉体を作ってくれたおかげで何千年も前の自分の記憶まで蘇ってくるような気がします」

サラはベルトからさっと銃を引き抜くとラライヤに対して構えた。ラライヤはそれに臆することなく、サラを冷たい目で見つめ返した。

「もうラライヤじゃないというの?」

「あなたの計画のおかげでわたしはジオンがどのようなことを計画して何を成そうとしているのかつぶさに見ることが出来ました。あなたには計画が成功した未来の記憶はないでしょう。地球が虹色の膜に覆われて、その下で大爆発が起き、人類が絶滅してしまった悲しい記憶はあなたにはない。でもこの子にはあります。ラライヤは地球の悲しい未来を見て深く傷ついてしまった。でもその記憶により、あなたより優位に立った」

ラライヤであったものが話し終わらないうちに、隠れていたクリムがサラに飛び掛かった。クリムはサラからあっという間に銃を奪い取り、地面に押し付けると腕をねじり上げた。

「怪しい女め!」クリムが叫んだ。「お前らの計画とは何だ。全部聞かせてもらうぞ!」


3、


ラ・ハイデンの大艦隊を大気圏突入グライダーで追いかけたウィルミット・ゼナムは、危うく撃墜されるところを救われ、ラ・ハイデンの旗艦のブリッジに案内された。彼女はラ・ハイデンを目にしたとき、不思議な既視感に襲われた。またしても記憶が混濁しているのを感じたのだ。

「以前、お会いいたしましたか?」ウィルミットは実直に質問した。

「初見であろう。わたしはビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデン」

「わたくしはキャピタル・テリトリィの代表代理、ウィルミット・ゼナムです」

始めて会ったはずなのに、ウィルミットはラ・ハイデンに失望に近いものを感じた。金髪碧眼のラ・ハイデンは壮健な人物で、頭も切れ、決断力がありそうな人物なのは間違いなかった。それなのになぜ失望するのか。このような人物がキャピタル・テリトリィにひとりでもいれば自分が何もかも背負うことはなかったと人々に絶大な安心感を与える真の男の何が不満なのか、彼女には上手く思い出せなかった。これと同じ思いを以前にしたような記憶が残っていた。

一通りの挨拶を済ませた後、ウィルミットは本題を切り出した。

「様々な人より伝え聞くところによりますと、閣下は地球人にヘルメスの薔薇の設計図が渡ってしまったことを深く憂慮しておられ、その問題が解決しない限りフォトン・バッテリーの再供給は見送る方針であられるとか」

「この問題についてベルリ・ゼナムより書簡が届き、よく考えられた提案を貰ったのであるが、彼のアースノイドを宇宙で訓練するとの方針には無理があり、却下させてもらった。あなたはベルリ・ゼナムの母であるとのことだが、良い息子を持ったものだと感服しました」

「それはもったいないお言葉。もうひとつお聞きするところでは、閣下はビーナス・グロゥブからトワサンガ、地球と、人類が生存する宙域の一括支配をお考えだとか」

「それを誰に聞いたのかは問わないが、ヘルメス財団の方針ゆえに、それも事実だと申し上げておこう。地球はヘルメスの薔薇の設計図を手にしてすぐさま戦争行為を始め、アメリアのようにエネルギーの自立も考えるようになってしまった。戦争行為は経済活動と結びついて人道の観念を著しく破壊する愚劣な行為だ。侵略行為がなくならない以上それが必要なことは認めるが、おのずと限度というものがある。ヘルメスの薔薇の設計図は宇宙世紀時代の負の遺産ゆえ、その力を使い始めると歯止めが効かなくなる。またエネルギーの自活問題も、ヘルメスの薔薇の設計図の問題と結びついて、地球環境への大きな負荷となって悪影響を及ぼすであろう。ヘルメス財団はこのような地球にダメージを与えるいかなる行為も許容できない。現状の暴走を阻止するための手段が、フォトン・バッテリー供給の停止と、ビーナス・グロゥブによる宙域の一括支配である」

「人類は提供されてきたフォトン・バッテリーにより生産性を向上させ、数を増やしてきました。フォトン・バッテリーの供給停止が行われた場合、人類は飢餓に見舞われ、より醜い行為に走る危険性があると予想されます」

「ウィルミットの懸念はもっともだ。それが地球人の知性の限界ならば致し方がないのだ」

「わたくしどもは一体何をいたせばよいのでしょう。隷属でしょうか」

「そうだ。不満であろうか」

「もちろん不満です。しかし、不満かと問う気持ちもわからぬではありません。地球人はいま一度スコードの前に膝を折り、敬虔さを取り戻すべきではないかとはわたくしも常々思っておりました」

「それは良い心がけだ。わたしはあなた方に対して心苦しいと言うつもりはない。ヘルメス財団総裁には守らねばならない道理がある」

ウィルミットが、ビーナス・グロゥブによる支配体制の概要を聞き出して、条件闘争に持ち込もうとしたときだった。ブリッジのメインモニターに突然ベルリの顔が大写しになった。それを見てウィルミットは肩をすくめ、息子をたしなめようとしたが、ラ・ハイデンは彼女を手で制した。

「君と合うのはビーナス・グロゥブ以来だね」

ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブで起きたエンフォーサーの反乱に巻き込まれぬため、フルムーン・シップとクレッセント・シップをメガファウナに預けたときの話をした。そのときベルリは原因不明の体調不良に見舞われまともに対応できず、ノレドが代わりに2隻の巨大艦を確実に送り返す約束をしたのだった。

そのノレドもベルリの後ろから顔を覗かせ、ラ・ハイデンの頬を緩ませた。ところがベルリがカール・レイハントンの名を出したことで表情が一変した。ベルリは彼に対して、自分がカール・レイハントンの愛機カイザルに乗り込んでしまい、500年前の記憶の一部とビーナス・グロゥブのラビアンローズが分離してからの記憶を持っていることを話した。

「それは・・・」ラ・ハイデンは状況を頭に思い描きながら尋ねた。「レイハントンの記憶が君にあるということかな」

「はい」ベルリは応えた。「レイハントンがあなた方を恫喝して、閣下が地球侵略を決断するまで」

「ベルリ! 口を慎みなさい」ウィルミットが慌てて言いつくろった。

「大丈夫ですよ、母さん。ビーナス・グロゥブの地球侵略は、レイハントンによる地球支配のカウンターとして出されたもので、どちらも言ってみれば神治主義に近いものです。レイハントンの支配は、アースノイドの絶滅と思念体への進化、そしてジオンによる地球の警護と観察がセットになっている。一方でビーナス・グロゥブの地球支配は、人間の自由な進化を制限することが目的です。フォトン・バッテリーの供給停止は、地球文明の退化による科学技術の忘却を目的としている。ヘルメスの薔薇の設計図が回収不能である以上、それも仕方がない。ラ・ハイデン閣下は、いまジオンと戦っている」

「ふむ。どうも君はかなり特異な経験をしたようだね。それをどこまで信じたらいいものか・・・」

「ぼくの身に何が起こったのかは自分にもわからないことが多くある。でも、どうやらレイハントンと敵対する人間がいるようなのです」

「それはジムカーオのことかな」

「彼もそうかもしれませんけど、もっと深い因果にまみれた人物で、ジオンの敵対者だったのではないかと想像しています」

「ジオンの敵対者・・・」

「それもかなり有力な人物のようです」

「君はその人物に導かれでもしているといいたいのかな」

「そうとしか思えないことがぼくの身にたくさん起きたのです」

ベルリは、ジオンの囹圄が完成する前に時間を遡る経験をしたことを話した。彼はレイハントンとの戦闘中に空間を飛び越え、ビーナス・グロゥブへの帰路にあった艦隊にいたリリンをガンダムという機体に乗せ、半年間も時間を遡ったのだ。

「ぼくは日本に向かう船に降り立ち、それから半年間、地球の様子を見て回りました。これはジオンの敵対者がぼくに学習の機会を与えてくれたのだと思っています」

「時間を遡るなど考えられんことだ」


4、


ラ・ハイデンはベルリの話を信じられないと首を振りながらも、ベルリの話を遮ろうとはしなかった。

「なぜそのようなことが起こったのだろう?」ラ・ハイデンが尋ねた。

「歴史の改変が必要だったのだと思われます」ベルリが応えた。「何人かの人物の話を総合してわかったことですが、クリム・ニックという人物がビーナス・グロゥブ製のモビルスーツで大気圏突入をした際、設計上のミスで大気圏突入カプセルが爆発した。同時に虹色の膜が地球を覆って、地球は宇宙から干渉できない隔絶された空間になった」

「その膜ならば我々も観測した」

「虹色の膜はジオンの兵器だったようで、どのような仕組みなのか、それがある限り大気圏突入も不可能になり、地球と宇宙の往還はキャピタル・タワーでしか行えなくなりました」

「・・・、いま君が話しているのは、改変される前の歴史ということか」

「そうです。そして、虹色の膜で覆われて間もなく、地球ではおかしなことが起こりました。時間はそのまま流れているのですが、世界を観測している人、つまり流れている時間の記憶のある人がいなくなるのです。そして1週間後、フルムーン・シップから何らかの事情でフォトン・バッテリーが運び出され、閣下が決めたとおりに自爆いたします。その爆発エネルギーは膨大で、宇宙から虹色の膜を透かして観測した限り、地表を剥ぎ取り、爆風が地球を何周もして、数か月間粉塵が大気中に漂ったといいます。爆風の影響が収まったとき、地球は人類が滅び、氷河期に突入していたといいます」

「地球が虹色の膜を覆い、1週間後にフルムーン・シップは爆発した。我々の観測では、その爆風で虹色の膜が吹き飛んだとされているが」

「それは、ぼくらが爆発地点の変更に成功したからです。当初はアメリア上空で爆発したと推測されていました。それが南極上空に変更されたのです」

「ウィルミットはそのときどこで何をしていたのか」ラ・ハイデンが尋ねた。

「わたくしは・・・、実は記憶が曖昧なのです。いまのベルリの話にあったように、爆発をザンクト・ポルトから眺めて絶望した記憶もあります。その曖昧な記憶の中では、わたくしは閣下とザンクト・ポルトで会見しているはずなのです」

「その場にはラライヤという女性がいたんです」ベルリが補足した。「彼女の話では、閣下は虹色の膜に阻まれて地球に降下できず、母の招きでザンクト・ポルトに艦隊を係留させました。ジオンの計画通りにすべてが進んでしまい、閣下は落胆していたといいます。そして、ザンクト・ポルトに残っていた人類をビーナス・グロゥブに引き取り、戻っていった。母はキャピタル・タワーと運命を共にすると決めたようで残りました。リリンという少女はビーナス・グロゥブ艦隊に預けられ、金星に向かう航路についていた。ぼくらは虹色の膜が覆い始めた時間からジオンが与えてくれたガンダムという機体でリリンに追いつき、彼女を乗せてガンダムのコクピットを改造してくれる人物のところへ向かいたいと願いました。すると時間跳躍が起こり、半年前の時間に戻ってしまったのです」

「君の話をどこまで信じていいものか、判断に迷うが・・・」

「そうかもしれません。ぼくらも最初何が起こったのかわかりませんでした。でも、東アジアからアメリアへ旅する途中で、先ほど申し上げた世界を観測している人間がいなくなったという話に辿り着いたのです。正確には、ぼくらは時間を遡ったのではなく、人間が観測した世界の記憶の中に入ったようなのです。そんなことをするためには、全人類を一斉に思念体にでもせねばそのような特異な空間は作られなかったでしょう。でもそれが起こったというのが事実なのです。半年前の人々の中に未来の記憶を持って飛び込んだのは、ぼくと、ノレドと、リリン、それにラライヤです。ぼくらは世界に何が起きたのか考えながら旅を続け、姉のアイーダ・スルガンや、母、ディアナ・ソレルなどに働きかけて、フルムーン・シップを遠ざけ何とか説得しようと試みましたが、艦を支配していたクンタラ解放戦線のマニィ・リーという人物が、夫を道連れに自殺するようにわざとフルムーン・シップを爆発させてしまいました。夫のルイン・リーは幸いなことに生き残り、メガファウナで救助しました」

「その話は整合性が取れているのだろうか? つまり君は、虹色の膜が覆われた際に怒った特異な空間の半年前に戻ったと。それは人間の記憶の集合体によって再現されたいわば夢の空間なのだろう。そこに未来の記憶を持って他人の夢に働きかけた。そして未来を書き換えた」

「おそらくそうです」

「仮説に仮説を積み重ねているだけだ。本来ならば聞き置くだけで済ませる内容ではあるが・・・、そうやって最悪の歴史を改変したとする君は、それを誇るためにこうして通信を寄こしたのかね?」

「いえ、違います。ぼくが言いたいのは、最悪を避けた後のことです。ラ・ハイデン閣下に申し上げたい。閣下は地球がいままでと同じ歴史を繰り返す前提で人類の科学力の退化を目的にフォトン・バッテリーの供給を停止しました。ぼくはこの半年間、ずっとそのことを考えて来ました。そしてある結論に達したのです。閣下は間違っていると」

「ほう。それはぜひ続きを聞きたいものだ」

「はい。アースノイドとスペースノイドの差異は、自然から得られるものが過大か過小かの違いが最も大きな違いのはずです。アースノイドは自然環境から多くのものを得ることを前提に文明が成り立っている。だからいつも労働より多くの分配を求める。何もしなくても自然が与えてくれると思い込んでいる。でも宇宙での生活は違います。何もかも人間の手で生み出さねばならず、分配されるものも限られています。スペースノイドがイメージする環境破壊は、生存の失敗、つまり死を意味します。一方アースノイドの環境破壊は深刻に受け止められません。だからぼくは、アースノイドを宇宙で訓練することで人間の意識を変えることが出来ると考えた。でもそれは、閣下に否定されました」

「うむ」

「しかし旅をしていて気づいたのです。地球は現在寒冷化が進み、全球凍結になるだろうと予測されています。大地が凍れば、人類は自然から多くの恵みを得ることが出来なくなるんです。間もなくアースノイドは過小の状態に陥り、スペースノイドと同じ条件下で生きることを余儀なくされるのです」

ラ・ハイデンは何かを口にしようとして思いとどまった。彼は地球の南北の極点付近が凍り始めているのを目の当たりにしていたからだ。彼は話を続けようとするベルリを制し、月で降伏してきたカル・フサイに助言を求めた。ベルリはカルに頷きかけ、カルもそれに応えた。

「地球が全球凍結に向かっているのは本当です」カル・フサイはラ・ハイデンに語りかけた。「しかも氷河期は1万2千年間続くと予測されています。ベルリ王子の話は確かに盲点になっていたと思われます。地球はもう、恵みの惑星ではなくなりつつある」

ベルリが続けた。「赤道直下は凍結を免れるとしても、そのほとんどは海です。生息できる環境はごくわずかしかありません。人類は少ない収穫物を分け合って生き延びるしかない。対してビーナス・グロゥブの方々はどうでしょう? あなた方がレコンギスタを通じて欲する自然からの恵み、その自然に回帰しようという希求は、自然の過剰なる恵みを当てにしているのではありませんか? その期待は、地球からは失われるのです」

「我々の自然回帰主義、レコンギスタ願望こそが、ないものねだりになるというのか。なるほど。これは面白い。では尋ねるが、地球人はわずかな生存区域まで分け合うことはできるのだろうか?」

「できないはずです。現在東アジアでは砂漠化が進んだ大国が、共産革命主義を掲げて勢力を拡大しようとしています。自由民主主義がそれに対抗してすでに大きな戦争が起こっています。ヘルメスの薔薇の設計図もきっとどこかにあるでしょうし、発掘技術の知識も蓄積されつつあります。だからこそそれが終わるまで、ジオンを制していただきたい!」


次回、第50話「科学万能主義」前半は、12月1日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:119(Gレコ2次創作 第49話 後半)


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第49話「自然回帰主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第49話「自然回帰主義」前半



1、


それは白日夢だったのか・・・。

アイーダは自分の執務室で観察者としての役割を取り戻した。彼女の記憶は酷く混乱しており、自分がどこで何をしていたのか一瞬思い出せなかった。彼女は窓の外に身を乗り出して空を見上げた。空は虹色の膜で覆い尽くされていた。その色は・・・。

「セルビィ、レイビオッ! 爆風が来ます。すぐに市民の避難を開始してください」

呼び出された秘書のふたりは互いに顔を見合わせてキョトンとしていたが、すぐに自分の役割を思い出して役割分担を開始した。

父グシオン時代からスルガン家を支えるレイビオは、すぐに軍と連絡を取ってワシントン住民の避難を開始させた。議会の根回しを得意とするセルビィは、メディアを使った全国規模の警戒避難命令を出すよう動き始めた。彼女は電話を使い、様々な媒体を駆使して住民の地下への避難を呼びかけるよう依頼して回った。受話器を手で押さえたセルビィは、念のためにとアイーダに確認を取った。

「避難は地下でよろしいのですね」

「そうです。爆風は南からやってきます。かなりの規模になるので、出来る限り深く、地下のない家庭は近隣の家で地下のある家へ急ぐよう伝えてください。地下のない地域に住んでいる方々は、山の北側に逃げるように。それから、ラジオの放送をされている方へ、放送を聞いた方に情報を拡散するよう呼びかけさせてください。情報の確認のために一切時間を使わないように。レイビオッ!」

「わかっていますよ。例の長距離通信機ですね」

「ええ」アイーダは頷いた。「あれで各国政府に連絡が取れないか試してみてください。使える電力は全部この通信に回してください。そう・・・、ザンクト・ポルト。ザンクト・ポルトにウィルミット長官がいらっしゃいます。彼女にも連絡を」

「なんと申し上げればよいですかな」

「カール・レイハントンと戦います。クリムが・・・、クリム・ニックがそちらに行っているはずです。彼と・・・、いえ、地球はラ・ハイデンとともにジオン打倒のために戦うと。そう伝えるようにおっしゃってください。ザンクト・ポルトは、キャピタル・テリトリィと連絡がつけば通信は可能です。もうすぐあの空を覆っている邪悪な膜が壊れていきますから。とにかく爆風から身を守るようにと」

「大体わかりました。それで十分」

そういうと老レイビオは長い脚を存分に使って退室した。

「市民の地下への避難を急いでッ! 宇宙世紀時代の地下鉄の空洞が使えます。数日分の水と食料を持って避難をするように伝えて。早くッ!」

時を経ずして、キャピタル・テリトリィの独裁者という体裁で慣れない政治を引き受けていたケルベス・ヨーのところに電話が掛かってきた。

「猛烈な爆風が来ると?」

アメリアからの外交通信で意外な警告を受けた彼は、やはり刹那戸惑いを見せたが、急速に頭の回転が戻ってきて状況を理解した。彼は受話器を耳に当てたまま、整理するように確認した。

「南極方面から間もなく強い爆風が襲ってくると。規模は不明。数日間続く可能性あり。避難は地下、もしくは山の北側。了解しました。こちらからもできるだけ多くの国にそう伝えさせていただきます」

受話器を置いたケルベスは、スタッフを招集してテキパキと指示を出しながら、ゴンドワン移民とクンタラ移民らをどのように同じ場所に避難させたものかと頭を巡らせた。しかしすぐさま自分の考え方を否定して首を横に強く振った。

「どいつもこいつも教室はひとつなのだ。ずっとそうしてきたじゃないか。とにかく急げ。文句を言う奴も全部同じところに放り込んじまえ。文句を言う奴はぶん殴れッ! 急げ、急げッ!」

同じ知らせは、国交を回復したゴンドワンにももたらされた。ところがゴンドワンの王になったエルンマンはアメリアからの通信を一方的に切り、自らの権力基盤を固めるための政治活動に戻った。アメリアからの警告は、ゴンドワン支配地域には拡がらなかった。

自由気ままにきたアメリア大陸を移動していた流民たちの間にも、アイーダの警告は届いていた。きっかけは、ベルリが残してきたラジオだった。通常放送を打ち切って流れてきた臨時ニュースに、小さな村は色めき立った。彼らがやったことは、村人たちを山の北側に逃がすことと、知り合いの村々に馬を飛ばしてニュースを知らせることだった。この試みは意外に早く伝播した。比較的規模の大きな町にあったラジオ局は、アメリアの警告をオウム返しのように伝え、近隣に流民の集団があった場合は遣いを送ってすぐに地下か山の北側に移動するように警告した。

ベルリからラジオを貰った小さな漁村の人々は、元来流民であるゆえにすぐさま荷をまとめて移動を開始した。彼らは山脈の北部に移動して、山の中腹部に登っていった。強風を避けるにはそこが一番だと彼らは知っていたのだ。

知らせは、巡り巡ってアジア各国にも届いた。

「ハッパさんはアメリアの人なんでしょ?」

分解したディーゼルエンジンを再び組み直したばかりのハッパのところにも人がやってきた。ホーチミンの人々はアメリアの警告の真意を測りかねていたが、警告の内容を聞いたハッパはベルリたちに聞いたフルムーン・シップの大爆発のことを思い出して地下に潜るよう叫んで回った。

「止められなかったのか!」ハッパは歯噛みした。「地表が剥がれていくなら地下に潜っても無駄かもしれない。でも・・・、いや、ベルリたちは必ず何かを成してくれたはずだ」

ハッパは呟くと、どこかに地下道はないかと尋ねて歩いた。人々が逃げ惑うなか、仲間のひとりは空洞はそこかしこにあると教えてくれた。ホーチミンには、いつ作られたのかわからない古い地下道がそこかしこにあるというのだ。

「とりあえずみんなそこに逃げ込むように触れ回ってくれ。大丈夫だ。絶対に助かるから!」

記憶の一時的な混濁は、ザンクト・ポルトにやってきたカリル・カシスにも起こった。彼女は自分が何のためにこの地にやってきたのかなかなか思い出せなかった。運行庁の人間を騙してチケットを不正に手に入れたのか、それともウィルミットに請われる形でやってきたのか。

だが、目的はハッキリと思い出せた。スコード教信者が絶滅して、地球はクンタラのものになるのだ。その割には・・・。

「なぁ」カリルは横にいた馴染みの女に尋ねた。「メメス博士の名を聞いたらザンクト・ポルトに逃げ込むんだよな」

「ええ、そういう話でしたね」

「なんでウィルミットやらゲル法王やらがいるんだ?」

「それは・・・」彼女にも記憶の混濁があるようだった。「一緒に来た気もするけど・・・、違いますね」

「そうだっけ?」カリルは首を傾げた。「まぁいいさ。とにかくここはクンタラじゃない連中が多すぎる。生き延びるのはクンタラだけでいいのさ」

「ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンって男が大艦隊を率いてこっちに来るって話ですけど」

「歓迎式典をやらなくていいのかね?」

「やらなきゃいけない気もしますけど・・・、頼まれてましたっけ?」

「頼まれてないなら別に働くこともないか・・・」

混乱する彼女の元に、地球を覆っていた虹色の膜が破れて縮んでいっているとの知らせがもたらされた。

「姐さんも見ておいた方がいいですよ。向こうで大騒ぎになってます」


2,


カリル・カシスは、虹色の膜が地球を包んでいくのを2度目撃した気がしていた。同じような光景を同じ場所で彼女とクンタラの女たちは目撃したのだ。ともにクラウンの窓から眺めていた。

「最初にクラウンの中からあの膜が地球を覆い尽くしていくのを見たとき、あたしたちはザンクト・ポルトに到着するなりウィルミットに捕まってひどい仕打ちを受けそうになった。すぐにラ・ハイデンというのがやってきて、地球はもうダメだからとビーナス・グロゥブに移住したい人間を全員引き連れて金星へ帰っていった。あたしとウィルミットは残って、あたしたちはザンクト・ポルトの支配権を手に入れて、そう、子供たちを地球に降ろした記憶がある。もう何十年も先の話だ。あたしはもうおばあちゃんになっていて・・・。あのとき何が起きたんだっけ」

カリルは虹色の膜が消滅していくのを窓から眺めながら、自分に遠い先の未来が見えていることに驚いた。それはかなり明確な記憶だった。夢の記憶がこんなに明確に残っているはずがないと否定したいが、それが出来ないほど彼女の頭に残っている映像は鮮明だった。

地球を見下ろすことが出来る展望台には、クンタラの女たちだけではなく、法王庁や運行庁の人間も混ざっていた。カリルはそれが気に食わなかった。なぜこいつらがいるのか。肝心な記憶が曖昧になっていることが腹立たしかった。彼女は傍にいた女に尋ねた。

「あのビーナス・グロゥブのでっかい船って、爆発したんじゃなかったか?」

「さっき聞いた話じゃ、あのでっかい船の爆発で膜が割れたみたいですよ」

「そうなのかい? 膜の中で船が爆発して、地球に残っていた人間がみんな吹き飛んで、地球はあたしたちクンタラのものになったんじゃなかったかい?」

「え? ・・・あ、なんかそのイメージは知ってる気もしますけど・・・。でもどうなんだろう?」

人々が地球を見下ろす展望台に集まっていたころ、ウィルミットは管制室でラ・ハイデンにコンタクトを取ろうと必死のアプローチを続けていた。彼女もまた記憶の混濁に悩まされていたが、自分の頭の中にある情報を明確にふたつに分けつつあった。彼女は自分の脳内にふたつの異なった記憶があるのを意識していた。

ひとつはベルリを心配してザンクト・ポルトに上がり、そこで地球の異変を察知した記憶。そのあと彼女は地球が破滅するのを呆然と眺めることになった。虹色の膜に覆われた地球は、その下で異常な大爆発を起こし、人類は滅亡したのだった。多くの人間はビーナス・グロゥブに引き取られ、自分はタワーの異常を検査しながらザンクト・ポルトをカリル・カシスに明け渡し、運行庁の人間とともにひとつずつナットを降りて異常がないか確認したのち、ビクローバーに降り立った。

一歩外へ出てみるとそこには荒廃した景色が広がっていた。備え付けのシャンクで北へ北へ移動してみると、以前アメリカがあった場所はすっかり氷に覆われていた。ベルリの死を確信した彼女は、そこでシャンクを乗り捨てて意識を失うまで歩き続けた。その先の記憶はない。おそらくは行き倒れにでもなったのだろう。

もうひとつの記憶は、ザンクト・ポルトに上がらなかった記憶である。その中で彼女はアイーダらに世界が破滅する未来を聞き、また自身の執務室でもうひとつの未来の記憶を見た。アイーダは、ふたつ目の世界は実際には起こっていない夢のようなものだと告げ、それを信じた彼女はアメリアへ旅立ち、そこでクンタラが何かを知っていることを突き止めた。ベルリは見たこともないモビルスーツに乗り、いったんアメリアに姿を見せたのちに消え、再びゴンドワンからやってきた。リリンも途中までは一緒だったという。このふたつの記憶が指し示すものは、未来が改変されつつある可能性だった。

実際に、地球を完全に封鎖していたはずの虹色の膜は、フルムーン・シップの大爆発で吹き飛ばされて消えてしまった。アメリアの海上で大爆発を起こした影響よりかなり被害は軽微になっているはずだった。

「フルムーン・シップは南極上空で爆発したのですね」彼女は再度確認した。

「ええ」管制官が応えた。「それも相当な高高度だったようで、爆風がオゾン層に大穴を空けました。しばらく南アメリアは強烈な紫外線に悩まされるはずです」

「爆風の地上への影響は?」

「それは避けられないと思います」

「地表が剥ぎ取られるほどのものでしょうか?」

「エネルギーの多くは宇宙空間に放出されてしまいましたからそこまでは、ただかなりの爆風ですから地上にも深刻な影響はあったでしょうが、赤道付近から南半球に被害は限定されそうです」

ウィルミットは記憶を必死に整理した。本来虹色の膜の下で爆発するだったフルムーン・シップは、おそらくはベルリたちの活躍によって南極上空で爆発したのだ。

「ということは・・・」彼女は応答のないビーナス・グロゥブ艦隊の動きに焦りを強めた。「地球はこのままラ・ハイデンに侵略されるかもしれない!」

「ラ・ハイデン、このまま地球に降下しますか?」

ビーナス・グロゥブ艦隊の中で純白の旗艦に乗り込んでいるラ・ハイデン総裁は、無言のまま地球直進を命じた。艦にはオープンチャンネルでザンクト・ポルトからの通信が届いていたが、ラ・ハイデンは地球人が大艦隊を前にどのような行動に出るのか試そうとしていた。

ピアニ・カルータによって地球圏にばら撒かれてしまったヘルメスの薔薇の設計図はもはや回収不可能で、ビーナス・グロゥブがエネルギーの無償供給を続ける限り、人類のアグテックのタブー破りは止められそうにない。地球資源の回復と科学の進歩が合わさったとき、アースノイドは再び宇宙に進出してより大きな資源を求めることになる。そして大量の資源の確保と消費が経済活動に組み込まれ、効率の良い資源の消費に戦争行為が選ばれる。アースノイドは常に過大を求め、分配の要求に上限はない。

「ザンクト・ポルトには立ち寄らず、全艦隊このままキャピタル・テリトリィに降下する。ジオンの地球を封鎖した覆いはフルムーン・シップの爆風によって破壊されたようだ。その影響も確かめたい。背後のカール・レイハントンに注意しつつ、大気圏に突入するように」

宇宙にいたラ・ハイデンは、地球圏で起こった残留思念空間が干渉した記憶の混濁の影響は受けていなかった。彼にはウィルミットやゲル法王と面談した記憶も、ジオンに戦わずして破れビーナス・グロゥブへの帰路に就いた記憶も存在しなかった。

いまの彼にあるのは、アースノイドが警告を無視してフォトン・バッテリーの搬出を行おうとした事実への失望だけだった。

「残念ながら、地球は我々ヘルメス財団が一括管理せねばならなくなったようだ。平和裏にレコンギスタを行う道は閉ざされた。全アースノイドは被差別者となって、我々に屈せねばならない」

ビーナス・グロゥブの大艦隊は、ザンクト・ポルトからの通信を無視したまま大気圏突入を開始した。その様子はザンクト・ポルトからも観測され、慌てたウィルミットはタワーでの帰還を考えたが、それでは時間が掛かりすぎると再びグライダーに乗り込んだ。

「戻られるのですか?」ゲル法王はひとり宇宙に取り残されることが不安なようだった。

「法王猊下はスコード教大聖堂で人類の未来の安寧を祈ってください。わたくしは参ります」

それだけ告げると、ウィルミットは大気圏突入グライダーを発進させたのだった。彼女は、グライダーに水を持ち込むことを忘れなかった。


3,


マニィとステアを乗せたフルムーン・シップが大爆発を起こし、地球を覆っていた膜を吹き飛ばしたとき、それを追うルインの高速巡洋艦は地上付近から反転して追いかける態勢に入ろうとしているところだった。爆風は船を容赦なく吹き飛ばした。フォトン・バッテリー・フライトの状態だったために地面に直接激突することはなかったものの、激しくバウンドして最後は氷に閉ざされた南極の地表に叩きつけられた。

ルインが目覚めたのは、メガファウナの艦内だった。身体にかなりの損傷を負っているらしく、意識しても身体を動かすことはできなかった。かろうじて首を曲げたルインは、窓の外の景色が動かないことから、艦が停止状態にあるのだと理解した。続いて耳に聞こえてくる乗員の声から、クンタラ解放戦線の生き残りのメンバーがメガファウナに回収されているところなのだと察した。

マニィは死に、自分は生き残った。助けたのはベルリであった。

しばらく脳が痺れたようになって何も考えられない時間が続き、やがて情けなさに涙がこぼれてきた。ルインはフルムーン・シップにコニーも乗っていると思っていた。これで何もかも失ってしまったかと彼は自分の物語の終わりを感じた。そして、女々しいと罵っていたクリム・ニックの心情を理解した。

もう彼には、守るべき家族も、頼るべき組織もない。南極の空は青く晴れ渡っていた。あの虹色の膜は消えてなくなったのだなと彼はマニィ以外のことも脳裏に思い浮かべた。彼は高速巡洋艦を奪ったとき、フルムーン・シップ内のフォトン・バッテリーを運び出すと船が自爆するとの親書を預かっていたことを思い出した。どうせウソだろうと高を括り、相手にしないばかりかマニィにも知らせなかったツケがこれである。

息をするのも億劫になるような憂鬱な気分が彼を襲い、すべてのやる気を奪っていった。

フルムーン・シップの大爆発を察知したアイーダからの連絡により、キャピタル・テリトリィには緊急避難警報が鳴り響いて住民の地下への避難が進められていた。その中には、同地を訪れていたムーンレイスのディアナ・ソレル、ハリー・オード、そしてアメリアからクンタラ代表としてメメス博士の調査に同行していたグールド翁の姿もあった。キャピタル・テリトリィ中心部に広がる地下施設は、すべての住民を避難させるほどの広さはなく、ギュウギュウ詰めにされた住民たちはあちこちで諍いを起こしながら、口々に不安と不満を訴えていた。

明かりの消えた構内に押し込められたグールド翁は、アメリアから派遣されたシークレットサービスの護衛を受けていたが、すぐ近くで小さな子供が殴られているのを見咎めた。護衛のひとりに注意するように伝えたが、護衛の男は一言二言話をしただけで肩をすくめて戻ってきた。

「クンタラの子が同じ場所にいることに耐えられないと彼らは言ってます」

「そんなバカな」グールド翁は驚いた。「いまどきそんなことが起こるのか?」

屈強な男に注意されたことで子供を殴っていた少年らは別の場所へ移動していったが、涙をこらえてしゃくりあげる子供が独りになってようやく親が姿を現した。

「なぜ彼らは身を挺して子供を守らないのだ?」翁の怒りは収まらなかった。「キャピタルはクンタラ差別が酷いとは聞いていたが、まさかいまだにこんなレベルにあるとは驚いた」

グールド翁は、メディアを支配する権力者であり、投資家でもあったため、アメリアでは絶大な権力を持ちできないことはないと言われているほどの富豪であった。しかし、基本的に他国からの投資を受け入れてこなかったキャピタル・テリトリィでは彼の威光はないに等しい。この国はずっと宗教国家であり、宗教権力こそが唯一の権力であったのだ。

宗教権力とはすなわちスコード教のことである。

「忌まわしいスコードがッ!」彼は吐き捨て、何か子供が喜びそうな甘いものはないかと秘書に探させて、虐められていた子に分け与えた。「世界を統一する方針とはなんと愚かしいことか。世界が大きくなればなるほど、作り物の世界を維持するために労力が必要になる。世界に参加しないものらが虐げられる。世界に必要なものは自由だけだ。そうじゃないかね?」

そう言葉にしながら、彼自身は自分が矛盾していることに気づいていた。統一的な世界のルール作りこそ経済活動には必要不可欠であったからだ。またそれがなくては、彼自身の世界ビジネスも上手くいかない。フォトン・バッテリーの配給がなくなり、地球がエネルギーを自給してビーナス・グロゥブから独立するグシオン・スルガンの方針に賛同したのも、ビジネスのためだった。

「何かおかしいのだ」彼は疲れたように呟いた。「自分の言葉に確信が持てない。誰かにいつも否定されているような気がする。いったい誰に何を言われたのかさっぱり思い出せないが、何であろうなこの気分は。わしは間違ったことは言っていないはずだが・・・」

ディアナ・ソレルは、ハリー・オードを従えてビクローバーのスコード教大聖堂に避難していた。ここには多くの人間が避難してきていた。人々は大聖堂の長椅子に座り、必死になって祈りを捧げていた。その紙がどんな存在なのかも知らないまま。ディアナとハリーは、彼らから離れて壇上の床を探索していた。

「ありました。地下への入口のようです」

複雑な造形で登壇者に後光が差しているように見せかける仕掛けの隅に、人間ひとりが潜り込める隠し通路を発見したディアナたちは、入口の先にあった鍵付きの鉄の扉を銃で破壊することにした。

「いいんですか?」ハリー・オードは撃ち終わってから念のためにディアナに確認を取った。「スコードは我々の知らない宗教ですが、一応責任者に話しておいた方がいいのでは」

「いいから早く入りましょう」ディアナに戻ったキエル・ハイムがいった。「ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂には、奥に思念体分離装置があったのです。対になっているビクローバーの大聖堂にも同じものがあるのではといったのはあなたですよ。重要な手掛かりです」

ディアナ・ソレルらは、アメリアのアイーダからメメス博士の手掛かりを掴むようにと依頼されていた。ただここ数日の記憶は混濁しており、前日まで意識に登っていなかったメメス博士なる人物のことをなぜ気に掛けるようになったのか記憶は曖昧なままだった。

「とにかく奥へ」

先に通路に入ろうとするディアナを制し、ハリーは銃を構えたまま先に真っ暗な通路の中に入っていった。その他のムーンレイスは、誰も近寄らないように入口の護衛のために残った。

ハリーが懐中電灯を灯したとき、ビクローバーに大きな揺れが襲った。ハリーは咄嗟にディアナに覆いかぶさるように態勢を整え、揺れが収まるのを待っていたが、待てども待てども揺れは小さくならなかった。ハリーの懐に抱かれていたディアナは、何かに気づいて彼の腕を振りほどき、ハリーの持っていた懐中電灯を取り上げた。

「文字が書いてあるようですね」

「ユニバーサルスタンダードではないようです」ハリーもその文字に目をやった。「いつの時代の文字だろうか? いや、いくつもの文字で書かれているのかな?」

揺れのためにしっかりと確認できなかったふたりは、暗闇の中で静かに佇んでいた。やがて揺れは収まった。頑強な部クローバーに損傷はないように思われた。

ハリーが文字について話をしようとしたとき、ディアナは遠くを見る眼で呟いた。

「誰かが亡くなったようです。何と無念に満ちた残留思念か・・・」


4、


ラ・ハイデンは、全艦隊を地球に降下させながら、ジムカーオとの会談を思い出していた。

「ラ・ピネレは500年前のビーナス・グロゥブ総裁でした。彼はどの権力にも属さないカール・レイハントンなる人物が地球圏に派遣されることを怪しみ、ビーナス・グロゥブ公安警察を監視につけようとしたのですが、公安関係者や総裁の側近が次々に殺される事件が勃発して、ヘルメス財団内部に裏切り者がいるのではないかと考えたわけです」

ジムカーオはラ・ハイデンに対して話し始めた。突然姿を現した彼は、どんな手段を使ったのかラ・ハイデンの側近を抱き込み、話し合いの機会を無理矢理作ったのだった。

ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブで彼がどのような人物であるのかすでに概要を掴んでいたので、遥か昔に任務を与えられ、それを完遂したひとりの官僚の話として彼の言葉に耳を傾けることにした。

ジムカーオは話した。

「そこでわかったことは、かつてヘルメス財団と接触して提携した別系統の文明の存在でした。それは我々の文明圏とはまったく異なる文明を形成した同種族、つまり地球人で、かつてジオンと呼ばれた者らの残党でした」

「宇宙世紀初期に月の裏側にコロニーをつくり、独立戦争を仕掛けた人々だね」

「左様。彼らはヘルメス財団が地球圏に戻ってくる過程で接触してきたものとみられ、その際に何らかの関与がありともに行動することになった。彼らジオンはラビアンローズを1隻保有しており、ヘルメス財団のものと合わせて2隻。ふたつのラビアンローズはランデブー航行で地球圏に戻ってきた」

「ラビアンローズと資源衛星がビーナス・グロゥブとトワサンガの母体となったと」

「そうです。ジオンのビーナス・グロゥブは金星の近くにありましたが、カール・レイハントンが地球圏の開発担当として派遣されると決まったおり、月の裏側の現在トワサンガと呼ばれる空域に移動させております」

「つまり、ラビアンローズを所有していたことが、カール・レイハントンをトワサンガに派する名目になったわけだね。何らかの合意があったかもしれないが、それについて何か知っているか?」

「いえ、まったく」ジムカーオは首を横に振った。「合意の内容についてはハッキリとしたことはわからない。ただ、イデオロギーのすり合わせがあったみたいですな」

「ほう」

「ビーナス・グロゥブにコロニーを形成したヘルメス財団は、地球圏に飛来する前にすでに大方針を定めていた。それはヘルメス財団の表向きの方針のこと。人間同士の対立をなくすためにユニバーサルスタンダードの制定やアグテックのタブーをはじめとした統一的な方針のことです。それは、胚の状態で眠ったまま星間航行を行っていた彼らが、肉体を取り戻すに際して宇宙世紀時代の失敗を繰り返さないように自らに課した枷といっていいでしょう」

「肉体の限界と欲が地球を汚すからだね」

「その通り。だから彼らはヘルメス財団1000年の夢ともいうべきものを作り上げた。一方で彼らは、カール・レイハントンとの接触で、肉体を捨てて思念だけの存在になれば永遠に個性を保てるのだとも知ってしまった。これが裏のヘルメス財団というものを形成した。胚から肉体を得る前段階において、ジオンの方針は巧に隠されてしまった」

「アグテックのタブーに触れる長寿の技術が一部解禁されてしまったのは、ジオンの影響と考えていいね。いずれ滅びる肉体の囹圄の中にあって、永遠に関する方針を立てることは無理があったのか」

「囹圄とはしょせん檻。檻から解放された永遠の存在を知り、また自分も永遠の存在になれると知ってしまえば、人間など弱いものです」

「それには同意しておこう。人は永遠を観測したい。しかし、肉体は永遠ではない。この限界性を思想によって乗り越えるのは容易ではないのだ。当たり前の事実であるのに」

「これらのことに関してラ・ピネレには一切の決定権がなく、それで怪しんだわけです。ところが公安を使って調査したところ、調査の打ち切りを促すかのように側近が殺された。どうやらヘルメス財団の中に裏切り者がいるらしいと彼は更なる調査を命じたのですが、クンタラの女を愛人にしていたことを逆に突き付けられ窮地に陥りました」

「愚か者が」ラ・ハイデンは舌打ちした。

「彼が身の潔白を証明するために取った行動は、ビーナス・グロゥブにいたすべてのクンタラをトワサンガに送りつけるというものでした。もちろん愛人はビーナス・グロゥブに残したままです。トワサンガに送りつけたクンタラの中にいなかったことをもって彼女が非クンタラであると証明、もちろんこれはウソなのですが、周囲を騙そうとした」

「ラ・ピネレの良からぬ噂は数々聞いておる。実に恥ずべきことだ」

「それでも彼はよほど自分があずかり知らない裏切り者の存在が怖かったのでしょう。カール・レイハントンの心の裡を探ろうとニュータイプの人員を育成しようとした。それがわたしです。わたしも本当はクンタラなのですが、両親を人質に取られ、従わなければ殺すと脅されて仕方なくスコード教に改宗して公安の仕事を手伝うようになったのです。わたしの教育が始まったとき、カール・レイハントンは強力なニュータイプではないかとの噂はすでに立っておりました。ニュータイプ同士は互いの意識を覗くことが出来ると思われておりましたので、それでレイハントンを調べろというのです」

「そうか。それを受け入れることはあなたにとってつらいことだったわけだね。ラ・ピネレに成り代わり、わたしが正式に謝罪しよう」

「謝罪を受け入れます」ジムカーオはそっと頭を下げた。「わたしにはそれで十分。総裁直々の謝罪以上のものを望もうとは思っておりません」

「それであなたの行動がよくわかった。表のヘルメス財団の意向として、トワサンガのラビアンローズを破壊した。クンタラだったものとして、彼らの支援をした。裏のヘルメス財団の意向として、ニュータイプとアースノイドの最終決戦を演出した。どれも成功したのかな」

「おおよそ」ジムカーオは頷いた。「自分はそのどの立場にも所属すると同時に排斥されていた。自分にとって勝ち負けなどどうでも良かった。自分の思念というものが残っている以上、世界の観察を続けるだけのことです」

ジムカーオはここまで話すと、忽然と目の前から姿を消した。ラ・ハイデンにはまだ彼に尋ねたいことが残されていたが、ジムカーにはその話をする気はなかったようであった。

「彼もまた、カール・レイハントンと同じような存在になっていたわけだ」

回想から醒めた彼は、初めて目の当たりにした地球の姿に驚いた。彼の知る地球は、海が青々と輝く惑星であった。しかし目の前に出現した巨大な母なる星は、南極点と北極点を中心に、上下が白く染まった凍りかけた球体であった。

ブリッジには、月を攻撃した際に降伏してきたトワサンガのカル・フサイとビーナス・グロゥブ出立以来傍に置いているフラミニア・カッレの姿があった。彼らの情報通り、地球は全球凍結に向かっていたのである。

「支配体制確立には好都合というわけか・・・」

その背後を、突然出現した2機のモビルスーツが襲撃した。


次回、第49話「自然回帰主義」後半は、11月15日投稿予定です。

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第48話「全体繁栄主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第48話「全体繁栄主義」後半



1、


技術革新の禁忌、宗教の統一、独自規格の禁止、エネルギー枯渇の回避を掲げたビーナス・グロゥブの地球支配体制は、基本的にフォトン・バッテリーを中心に組み立て直されていたが、それらの方針が確立する前に設計されたキャピタル・タワーは、独立電源で運用されていた。

それゆえにフォトン・バッテリーの枯渇とは無縁で、ウィルミットはその電力を市中に開放してしばらくタワーの運用を停止していたが、地球圏が危機に陥っているとの認識を得て再び稼働されることを決定した。長官が動かすといえばすぐに運用を再開できるように準備されていたので、タワーの稼働は何の問題もなく再開された。

1000人のクンタラの女性を搔き集めたカリル・カシスは、世界にどのような変化が起こると知らないままクラウンに乗り込んだ。法王庁もいったん追放した形になっていたゲル法王を再び受け入れ、ラ・ハイデンの歓迎式典に参加することになった。ウィルミットはキャピタル・テリトリィの代表として参加することになっていた。

護衛はキャピタル・ガードから20名程度、モビルスーツはラライヤ・アクパールが登場するG-アルケイン1機だけである。人員と物資を詰め込んだクラウンは慌ただしくザンクト・ポルトまでの数日間の旅に出港した。

最初に異変に気づいたのは、窓から外を眺めていたクンタラの女性たちであった。彼女たちの大騒ぎが伝播する形で、乗員のほとんどが窓側に張り付くことになった。彼らは上空で起こった異変とクラウンの安全に対する不安を口々に言い立てた。青い空はみるみるうちに油膜のような色に変わっていき、クラウンはそれめがけて高速で移動していたからだ。

「姐さん、本当にあたしら大丈夫なんでしょうね?」

カリル・カシスはそんな声と安全性を訴える運行庁からのアナウンスを同時に聞きながら別のことを考えていた。それは、クラウンにクンタラ以外の人間が乗りすぎている問題についてだった。メメス博士の予言を知る彼女たちは、恐怖の皇帝降臨後の世界はクンタラだけが生き延びる世界になると信じていたので、大勢のクンタラでない者がクラウンに乗り込んでいることを不思議がっていたのだ。

「あたしらは助かるんでしょ?」

空を見上げながら、彼女がずっと養ってきた女たちが不安そうに呟いた。

「そりゃ助かるさ」カリルが振り向きざまにいった。「問題なのは、助かるのがあたしらクンタラだけじゃないってこと。運行庁の奴らやゲル法王やウィルミットなんか生きてちゃ困る」

「そうでもないですよ」ひとりが口ごたえをした。「だって、タワーもあたしたちクンタラのものになるんでしょ? だったら、運用方法を教わらなきゃ。死ぬのはそれからでも遅くない」

「あんたも言うねぇ」カリルはそういって皆を笑わせた。

しかし何かがおかしい。アメリアで行われた移民団の歓迎レセプションのときから彼女はずっといいようのない違和感にさいなまれていた。現実が突然夢になったかのような違和感だった。アメリア政府の自分たちクンタラに対する突然の逮捕や、手のひらを返すように媚びてきたウィルミットにもおかしなものを感じ取っていたが、それとは違う生理的な違和感があったのだ。

ふと閃いたカリルは、小柄な女性を呼び寄せてそっと耳打ちをした。

「あんた、あのラライヤとかいうボンヤリしたトワサンガの女を監視しな。モビルスーツのパイロットらしいけど、どうも様子が変だ。ザンクト・ポルトで誰かと接触しないか、あんたはずっと見張ってるんだよ。何かあったらすぐに連絡して」

こうしてカリルは、ラライヤに監視をつけた。

「メメス博士って人物がどんな人間なのかは知らないけど、いまがクンタラにとって千載一遇のチャンスなのは間違いない。どうもウィルミットの奴はそれを知ってる気がしてならない。リリンってガキのことを頼まれたけど、どこにも居やしないガキのことを頼むなんてどうかしてるからね」

カリル・カシスの違和感はずっと晴れることがなく、やがてクラウンは虹色の膜を通り抜けた。彼女の胸の動悸は収まらなかった。彼女の頭の中には、クラウンを降りるなり銃口を突き付けられたあるはずのない記憶があった。自分に銃口を突き付けたのは、ウィルミットであったはずだ。カリルはどうしてもそのイメージから逃れることが出来なかった。

「クラウンを降りたあたしを捕まえるには、ウィルミットは先に到着している必要がある。それにアメリアであいつに会ったときの何とも言えない居心地の悪さ。あいつは本当にアメリアにいたのか? 先にクラウンで宇宙に出ていたんじゃないのか。いや、なんでこんな変な、記憶がごっちゃに混ざった感じがするのだろう。夢を見たまま現実を生きているようなおかしな気分だよ、まったく!」

クラウンがザンクト・ポルトに到着するまであと半日となったころ、トワサンガ宙域ではガンダムとカイザルの終わりなき攻防が続いていた。

カイザルに搭乗するカール・レイハントンは、アムロ・レイを中心とした思念の塊がガンダムの中にあるのを強く感じ、半ば遊ぶように、しかし真の目的は接触を求め、互いの能力をぶつけ合っていた。この戦いにはチムチャップ・タノとラライヤ・アクパールも参戦していたが、タノは早々に被弾を繰り返し、操縦席にいたアバターの心肺は停止した。ラライヤのYG-111がそれを回収した。

サポート役としてトワサンガに残っていたヘイロ・マカカは、両の肺が潰れてしまったタノのアバターをコクピットから放り出し、モビルスーツの改修を急ぐようジオン兵士に命令した。トワサンガに再ドッキングしたラビアンローズは慌ただしく機体を運搬していった。

メメス博士の娘サラ・チョップの姿で再生し、ヘイロ・マカカの思念を封じていたサラは、タノの戦線離脱と肉体再生が必要となったいまがチャンスと見て、タノの新しい肉体の再生に取り掛かった。彼女は自分の近くにタノの思念を感じ取っていたが、共感力を持たないサラにはそれほど関係がなかった。肉体がなければ、タノはサラの意識を読み取ることはできない。

ヘイロの新しい生体アバターはすでに完成間近であった。脳細胞は四肢が組み上がる前に活動を始めており、ヘイロの思念はより本来の姿に近い新しいアバターへと移っていった。その記録が取れ始めたころ、サラはひっそりと姿を消した。彼女はヘイロが目覚めぬうちに、ラライヤを伴ってザンクト・ポルトへ移動するつもりであったが、YG-111の中にラライヤの姿はなかった。

「パイロットはどうした」サラはヘイロの口真似で尋ねた。

「誰かの思念で操縦されていたのだと思っていました」ジオンの兵士が応えた。「最初からパイロットなどおりませんよ」

サラはYG-111に乗り込んでザンクト・ポルトへ急いだ。ヘイロは新たな肉体を得ても、自分の思念がサラ・チョップに操られていたことは思い出さないであろう。しかし、アバターであるはずの彼女が独立して動いているのを見られては、すぐに気づかれてしまう。

サラが操縦するYG-111は、目立たぬようひっそりとモビルスーツデッキを発進してそのまま帰ってはこなかった。

彼女を支援するかのように、ガンダムは姿を消した。カール・レイハントンはたびたびジャンプを繰り返すガンダムの動きに手を焼き、時間を操る何者かがガンダムのサイコミュに関与しているのではないかと疑い始めていた。

「妙な違和感があるのだ」レイハントンはそう呟いてから、話しかけたタノが近くにいないことを思い出し苦笑いを浮かべた。「仕方がない。いったん引き上げて態勢を立て直そう。どちらにしても、地球は予定通り閉じられたようだ。もうこれでラ・ハイデンは地球に関与できまい。ヘルメス財団との戦いはこれで勝負がついた。あとはあの男を味方につけて、永劫の安寧を地球にもたらすだけだ」


2,


カール・レイハントンがトワサンガに戻ったとき、すでにYG-111に乗ったサラの姿は消え、再生されたばかりのヘイロ・マカカが彼を出迎えた。彼女と思念を同期させたカール・レイハントンは、ヘイロの近々の記憶がまるでないことに驚いた。

「いったいどうしたのだ?」

「どうも調子が悪いのです」ヘイロは応えた。「サラの肉体がわたしと相性が悪かったとしか」

「思念と肉体の結びつきは切り離せないということか。まぁいい。ガンダムのパイロットのベルリは、ようやくアムロの思念を肉体に受け入れたようだ。どこへ逃げたのかわからないが、一緒にいたノレドという女性がニュータイプなのだろう。時間を移動するようだから、こちらも追いかける準備をせねばならない」

「それはおそらく不可能だと思われます」

「それを突き止めるのが君の仕事だ。どちらにせよ、あいつらは姿を消してしまった。タノの肉体が再生されるまで2週間はこちらも大きな動きはできない。たとえ数百年かかっても良いから、ガンダムを探し出せ。ジオンには優秀なニュータイプが必要だ」

「ラ・ハイデンはいかがいたしましょう?」

ヘイロはラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊が地球圏を目指して移動していることを伝えた。彼らは月を激しく攻撃し、月面基地に残っていた人類すべてを降伏させて艦隊内部に吸収していた。

「ラ・ハイデンはああやってジオン以外の人類を助けていたのだ。あわよくば我らの背後を突くつもりだったのかもしれないが、戦争を忌避した文明体系が我々ジオンに敵うはずがない。それに、もう地球は閉じられた。勝負はついている。あいつらはあのまま金星に送り返せばよい。賢い男だから、言わずともわかるだろう」

それだけ告げると、カール・レイハントンは再びカイザルのコクピットに籠り、アバターを休息させるとの名目で思念の純化作業に入った。ヘイロはその姿について何も言わなかったが、タノがその危険性を警告していたようなボンヤリした記憶を思い出していた。

「ダメなんだ!」ヘイロは頭を叩いた。「なんだってあたしはサラの身体なんかに入っちゃったんだろう? そのせいで記憶に断絶が出来てしまった」

ヘイロはようやく取り戻した自分の身体を使い、サラの生体アバターの元データを調査した。そこで彼女が発見したのは、自分が入っていたサラの生体アバターが、アバターなどではなく、サラの肉体そのものであることと、サラの遺伝子情報の中に500年前の彼女の記憶が書きこまれていた事実だった。

「これは・・・」彼女は絶句した。「ジオンで研究されていた強化人間じゃないか。思念を分離する研究が進んでとっくに放棄されたはずの肉体改造技術を一体誰が・・・」

同刻。

虹色の膜が完全に地球を覆ってしまうのを見届けたクリム・ニックは、地球に刺さるように膜から突き出したキャピタル・タワーの最終ナット、ザンクト・ポルトに入港した。すっかりかつての機能を失ったザンクト・ポルトは入港手続きなどもおざなりで、彼はビーナス・グロゥブ製のモビルスーツであるミックジャックに搭乗したまま居住区へと侵入した。

ザンクト・ポルトでは呑気なことに、パーティーの準備が進められていた。

働いているのはキャピタルの役人やスコード教の関係者たちだった。その他にやたらと女性の姿が目立っていた。モビルスーツのコクピットからその様子を眺めていた彼は、地上から大声で呼び止められた。会場近くに侵入したことで叱られるのかと思ったがそうではなく、手伝えというのである。

「なんだというのだ!」

怒った彼はミックジャックに歓迎ボードを持たせたままコクピットから降りた。

「だが好都合かもしれない。これだけ混雑していれば目立たぬというものだ。しばらくここで潜伏させていただこう。式典のボードを持たせてあれば、ミックジャックを誰も動かそうとはしないだろう」

そういうとミックは、人でごった返すザンクト・ポルトに身を紛れ込ませた。

式典準備のためにザンクト・ポルトはかつてないほど人で溢れていた。訪れるのがビーナス・グロゥブ総裁だと知らされた住民たちは、地球の異変より神々の国から神が舞い降りてくるかのような事態に興奮状態になってしまっていた。そんな気分には到底なれないゲル法王とウィルミットは深く溜息をつき、その姿をカリル・カシスが遠くから窺っていた。

「上手くできるでしょうか」

ゲル法王は新教義を発見したときの勢いを失いつつあった。スコード教とクンタラの教えがアクシズの奇蹟を同根とする同じ宗教だとの彼の考えは、アメリアでこそ画期的と評されたが、同根であるからといって両者が歩み寄れる可能性は見い出されていないのだ。

ウィルミットは不安げなゲル法王を慰めた。

「法王猊下は、ビーナス・グロゥブのラ・グー前総裁から宗教改革の必要性を指摘されたとおっしゃいましたね。世界の大混乱で、宗教改革を考えておいでなのはおそらく宇宙でもゲル法王ただひとりなのです。それがすべてを魔法のように解決することにならないにせよ、必ず必要とされる時が来ますから。それを真摯に訴えればよろしいじゃありませんか」

ゲル法王は自分を奮い立たせるように何度も頷き、会場の設営を見守っていた。

ウィルミットやゲル法王の警護を担当するはずのラライヤ・アクパールは、警護の仕事などまったくできないほど様子がおかしく、式典準備で慌ただしくしていたことから誰にも気にも留められず、ザンクト・ポルトの中を彷徨っていた。その後ろをカリル・カシスの手下が尾行していた。

ラライヤは人の居住区域をあてどなくさまよっているように見えた。彼女を尾行するクンタラの女は、なぜこんな人物が警備担当など任されたのだと首を傾げるしかなかった。ラライヤの姿はまるで夢遊病患者のようだった。

夜になって、ラライヤはスコード教大聖堂の前でしばらく佇み、中へ入っていった。尾行者も後をつけて中に入った。ラライヤは礼拝堂の中央付近で立ち止まり、ぼうっとガラス造りの天井を眺めた。ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂は全面ステンドグラスになっており、全方位から光が差し込み影が出来ないように工夫されているのだ。

そのときだった。ふとラライヤは尾行者に顔を向けた。驚いた女は偶然礼拝に来たように装った。ラライヤは少し離れたところから女に声を掛けた。

「クンタラの女」その声はラライヤのものではなかった。「命が惜しくば早々に立ち去れ。お前たちにここは必要のない場所だ」


3,


宇宙は自然から与えられるものが過小であるがゆえに全体繁栄主義となり、地球では自然から与えられるものが過大になるがゆえに個人尊重主義となる。自然から与えられるものの大きさが、人々の考え方の枠組みを違えるのである。

しかし、個人の尊厳や欲望には限界がある。満たされ尽くした個人はやがてその欲望の限界域を他者へと拡大していく。資源やエネルギーを個人に投入し続けると、個人は己が欲望を拡大させた似非全体主義者となる。彼らが唱える世界主義は、過大や過剰を前提としているために、分与が過小な地域において受け入れられず、過大な地域においても分与は重荷となるがゆえに破綻速度が速い。

すぐに使い物にならなくなる理想を唱えるアースノイドの権利拡充は、凝りもせず数年おきに新しい理想を考え出し、それが以前唱えた理想と矛盾していようが反省することがない。過大な分与のツケは、考え方を異にする極過小地域であるスペースノイドに負わされてきた。

そのような日替わりで内容が変わる理想を唯一絶対の価値観として押し付けられてきたスペースノイドは、やがて反乱という行動を起こすことになった。過小であるがゆえに全体繁栄主義を唱えざるを得なかった宇宙で暮らす人類は、地球から過大なものを得て肥大化していく一方の個人尊重主義者に対し、独立戦争を挑んでいくことになる・・・。

それが宇宙世紀初期に起こったことであった。

シラノ-5にドッキングしたラビアンローズ内に、警戒警報が鳴り響いた。ハッチが破壊されて、モビルスーツが1機侵入してきたとの報告が観測者との意識の共有で明らかになった。

そのとき、カール・レイハントンはカイザルのコクピット内にいた。カイザルのサイコミュはジオンのあらゆる観測媒体と情報を共有化していく。肉体が持つ脳機能によって自我の外殻を形成しているレイハントンは、半ばサイコミュと同期して情報を得ながら、感情のほとばしりは巧みに自我の中に封じ込めた。

レイハントンは侵入者の魂が追い求めてきた男だと見抜いた。

「ガンダムが来た。出る」

カール・レイハントンは短く交信しただけですぐさまカイザルを出動させた。ガンダムはラビアンローズのエンジン部分を攻撃したのちに、自動製造ラインまで進んでさらに破壊活動を行っていた。

「戦争は怖ろしいだろうけど、君はこの経緯を見ておかなくちゃいけないんだ。少し振り回されるけど、我慢してて」

ガンダムのパイロットはそうリリンに話しかけて落ち着かせた。リリンは本格的な戦闘に参加して動悸が速くなっていた。彼はしばらく攻撃を続け、ラビアンローズに小さな被害を与えたのち、リリンの体調を考えてラビアンローズの中心部を離れた。宇宙空間に出たガンダムは、虚空に消えた。

「間に合わなかったか」レイハントンはカイザルのコクピット内でガンダムが消えるさまを観測した。もうひとり少女が乗っていたようだ。どうやらあの娘が時間跳躍の鍵になっているようだな」

レイハントンはかつてサイド3があった宙域に漂いながらガンダムの足跡を追いかけたが、まるで検知できなかった。時間を飛び越えているのはわかるが、どの時間に隠れているのかまるで分らない。遅れてやってきたヘイロにもそれは感知できなかった。

「この程度のすぐに修理できる損傷を与えるためにわざわざ攻撃を仕掛けてきたのでしょうか?」

「アムロの狙いはおそらくラ・ハイデンと地球を共闘させてジオンを孤立化させることだろう。我々もラビアンローズを1隻失って不利な状況であることは変わりない」

「地球はすでにあのように閉じられてしまい、ビーナス・グロゥブ艦隊と共闘することはできそうにありませんが」

「そこなのだ。すべては計画通り事が運んでいるはずなのだが、小さなほころびがあるような気がする。ジムカーオとかいう男にまんまとラビアンローズを破壊されてしまった失態を繰り返さないとも限らないからな。だが、ああやってベルリの肉体にアムロの思念が憑りついてくれたことは良い兆候だ。ベルリはこの世界の絶望にいつか気づいてくれるだろう。それがアムロの翻意の手助けになってくれるはずだ。ザビ家はたしかに独裁であったが、ジオンとザビ家は違う。スペースノイドとアースノイドの意識の差というものを、ずっとこの地球圏にいて黒歴史すら観察する立場にあったアムロが気づかないのはおかしなことだ。アムロはいつか必ず気づき、わたしの同志となる」

「ノレドという女の気配はいたしましたか?」

「いや、それは感じなかったな。ベルリは彼女を大切にしていたから、どこかで降ろしたのか」

「でも、あのニュータイプの少女は乗っていたのでしょう?」

「あの子がいなければ時間跳躍が出来ないからか・・・。これもまたほころびのひとつかもしれぬな。ヘイロ、タノの生体アバターの再生を急ぎ、血迷ったラ・ハイデンがシラノ-5を攻撃してきた場合に備えておけ。スティクスを全艦配備。念のためにラビアンローズも切り離しておこう」

「そうですね。了解しました。あのフルムーン・シップとかいう船が大爆発でも起こしてくれれば手間が省けるのですけど」

「自滅するにせよ、氷河期で滅びるにせよ、未来の地球に人類という生体は必要ない。人類には未来まで生き延びる資格はないのだ」

「メメス博士のクンタラを除いてですね」

「それも害が顕著になれば滅ぼすまでだ」

そのとき、ラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊は地球へ向かって進軍を開始したところだった。彼らは地球を観測不能な物質が覆い包んでいく様子を驚愕しながら監視し、同時に背後のトワサンガで起きた小さな爆発をもキャッチしていた。

「誰かがトワサンガに攻撃を仕掛けた模様です」

その報告を受けたラ・ハイデンは、直立の姿勢を崩さないまま目的地は地球だと杖を指して示した。内心で彼は、地球圏でレイハントンに逆らう人間がいることだけを記憶にとどめた。だがその力はまだ小さく、ジオンと戦うために必要な巨大な力にはなり得ていない。

彼は振り向くことなく地球圏の様子を探るために進軍を指示した。

無言を貫く彼の元に、伝令がやってきた。彼はラ・ハイデンの耳元で何事かを呟いた。ラ・ハイデンは小さく頷き、艦長席から立ちあがると床を蹴ってブリッジを後にした。

豪華な装飾が施された自身のための艦長室に入った彼は、そこに地球圏でアジア系と称される中肉中背の人物が脚を組んでソファに腰かけているのを見た。男はラ・ハイデンが室内に入っても立ち上がることも敬礼することもなく、静かにただ座っていた。

「ジムカーオという人物については、こちらでおおよそ調べはついているが、君で間違いないのだな」

「ビーナス・グロゥブ公安警察の、ジオ・ジムカーオと申します。といっても、公安にいたのはずいぶん昔のことですが」

「この方とわたしに何か飲み物を」そう侍従に命じた後、ラ・ハイデンは男の前に腰かけた「ピアニ・カルータがビーナス・グロゥブの警察官僚、ジオ・ジムカーオが公安警察。ずいぶん勝手なことばかりしてくれるものだね」

「ピアニ・カルータは前任者のラ・グーの方針に絶望してあのようなことをしたのでしょう。わたしはラ・ピネレに『カール・レイハントンとメメス博士を監視せよ』と命じられたから粛々と任務を果たしただけですよ」

「ラ・ピネレ! 500年前か・・・」

「ようやく報告の機会を得たということでよろしいか」

「そうだな」ラ・ハイデンは頷いた。「では聞かせてもらおうか」


4,


ムーンレイス艦隊に追われたルイン・リーは、厚い氷に覆われた南極大陸上空を逃げ回っていた。ムーンレイスの強力なジャミングにより、彼らの高速巡洋艦はいまだフルムーン・シップの船体を捉えてはいなかった。戦力差は歴然で、交戦となれば巡洋艦1隻の彼らクンタラ解放戦線に勝ち目はない。

ジムカーオに真実を告げられてから、ルインの表情は沈みがちであった。ジムカーオは彼に、オールドタイプは遅かれ早かれいずれ絶滅すると教えたのだ。しかしクンタラは生き残る。ジムカーオは「カルマの崩壊」という言葉を使い、スコード教の自滅を説いた。

それ自体は歓迎すべきことだった。ルインがよりクンタラ的であったとしたら、歓迎し、喜ばねばならない。だが、ジムカーオは、ルインの生き方がクンタラ的だとは認めてくれなかった。より正しく生き、清らかなまま魂をカーバに運ぶことがクンタラの本懐だと諭されたとき、ルインの心は絶望に満ちてしまった。だとしたら、なぜあなたは戦う手段を自分に与えたのか・・・。その抗議も、いまとなっては虚しい。

ルインは、クンタラがいずれ安息の地カーバに辿り着くとの信念から、この世界のどこかにカーバを作り出そうともがいていた。それはつまるところ、クンタラの教えを信じていなかったのだ。ルインは、信じていないがゆえに、自らの力を使ってこの世のどこかにカーバと名の付く土地を作り出そうとしていただけなのだ。どうやらそれは間違っていたようだ。

しかも、キャピタル・テリトリィ運航長官の養子でトワサンガの王子だと思っていた男が、血筋から言えばクンタラなのだという。それは、カール・レイハントンのアバターは子孫に遺伝子情報を受け継がず、クンタラであった母サラ・チョップの遺伝子形質で子供が作られるからだ。クンタラは血縁ではなく、クンタラの教えを守ることがクンタラである条件であるのだから、ベルリはクンタラではない。そう思ってみてもなお、ルインには虚しさだけが残った。

憎んでいた男には憎まれる理由はなく、むしろ彼はクンタラのために戦っている可能性すらある。

「ルインの旦那、このままじゃあいつらどこまでも追ってきやすぜ。何とかしないと」

「わかってる」

もうひとつの心配点は、空に起こった異変であった。南極の晴れ渡った青空は、いまや不気味な油膜のような虹色の何かに覆われていた。オーロラとは違う、もっと禍々しいものであった。強い圧迫感がクンタラ解放戦線の荒くれ者たちの心にも強い影響をもたらしつつあった。

戦うか、降伏するか、逃げ続けるか・・・。ルインはいまだ決めかねていた。

ベルリの説得を受け入れてフォトン・バッテリーの海洋投棄を諦めたフルムーン・シップのマニィは、メガファウナを受け入れ艦に引き入れるところまでは決断できずにいた。彼女は一縷の望みをかけてルインとの約束の場所、旧アルゼンチンの永久凍土地帯までやってきたが、やはりそこにルインの高速巡洋艦の姿はなかった。

「マニィ」ベルリの呼びかけは続いていた。「もう回線は開いてあるんだろ? 聞こえているなら返事をしてほしい。フルムーン・シップはビーナス・グロゥブ艦隊に返すしかないんだ。フォトン・バッテリーは、強奪という手段で奪っていいものではない。そんなものを抱えていたって、キャピタル・テリトリィは奪えない。暴力の時間は終わったんだよ、マニィ。わかってくれ」

ルインの船がムーンレイス艦隊に追尾されていると知ったマニィは、半ば諦めつつあった。このままベルリに降伏したらいいのか、ルインと合流するまで逃げ続ければいいのか、マニィには答えが出せないでいた。

フォトン・バッテリーを奪ってしまった事実は変えられない。大人しく降伏をして、裁きを受け命を失うのはまだいい。もし自分が虜囚の身になった場合、ビーナス・グロゥブに残してきた娘のコニーはどんな扱いを受けるだろう。マニィはそんな心配をしていた。

ステアはじっとマニィの決断を待った。メガファウナはジャミングを掛けていなかった。フルムーン・シップは行く当てがないまま南極方面へ少しずつ移動していった。そのレーダーが、ようやくルインの乗る高速巡洋艦の影を遠くに捉えた。

マニィはレーダーを睨みながら合流ポイントを探し、ルインに対して必死に呼びかけた。応答はなかった。レーダーに映る船影が徐々に近づいてきたとき、ルインからの応答がない理由が分かった。ルインはムーンレイスの大艦隊に追われていたのだ。クンタラであるがゆえに受けてきた屈辱がマニィの心を支配した。いつだってクンタラは少数で、石をぶつけられて生きてきたのだ。そんな自分たちの理想の世界を作るために立ち上がったルインが、なぜこのような扱いを受けねばならないのか。

現実の世界を守ることは、マニィたちにとっては差別主義者を助け、自らを鞭打つのと同じであった。殴られ続け、虐げられるだけの世界を守るために、決して英雄になることのできない自分たちが手を貸す必要があるのか。英雄になる人間はスコード教の人間であると最初から決まっている。それにムーンレイスも加わり、クンタラはルインとマニィの名において更なる差別を受けることになるのか。ふたりの子であるコニーはいったいどれほど酷い扱いを受けるのか。

マニィは決断した。

「全速でルインと合流。急いで!」

ステアはマニィの鬼気迫る表情から、これはもう助からないなと覚悟を決めて舵を切った。快晴の南極大陸の上空に、フルムーン・シップは上昇していった。ルインの高速巡洋艦も、肉眼でフルムーン・シップを確認して近づいてきた。マニィはチラリとステアの顔を見て、乗組員を逃がすべきかどうか迷った。フルムーン・シップにはぴったりとメガファウナが追いかけてきている。もし乗員を逃がそうと慌てたそぶりを見せれば、彼らは迷うことなく艦に乗り込んでくるだろう。

「みんな、すまないね」マニィは諦観した声で小さく呟いた。

フルムーン・シップはマニィの指示でどんどん高度を上げていった。その動きに危険を察知したメガファウナとムーンレイス艦隊は距離を置いて船影を反転させた。追いかけてくるのはルインの船だけだった。マニィにはルインが自分を呼んでいるような気がした。ルインはマニィに、やめろと呼びかけていた。そうか、ルインは何かを知ったんだとマニィは思った。ルインの話を聞くためにもう一度顔を合わすべきだろうかと彼女は迷った。

その迷いは、きっと彼女の覚悟を萎れさせてしまうだろう。そして再びルインとマニィは捕らえられ、再び人類の敵として裁かれ、クンタラの評判は地に堕ちる。

この世界さえ消えてなくなれば・・・。

「この世界さえ消えてなくなれば、人類が消えていなくなれば、差別の歴史は終わる! 苦しみの時代は終わる! 悲しみは忘却される! フォトン・バッテリーを海に捨てて! 醜いこの世界を破壊し尽くせ、フルムーン・シップ!」

フォトン・バッテリー保管庫で準備していたクンタラ解放戦線のメンバーは、マニィの言葉が何をもたらすのか検証することなく、嬉々として指示に従った。彼らはマニィの苦しみの決断が、苦しみからの解放を意味するのだと咄嗟に悟っていた。

ビーナス・グロゥブの船員たちが恐怖のあまり口々に叫び声をあげるなか、フォトン・バッテリーは海に投下された。

「さよなら、ルイン、コニー。もしこの世にカーバがあるのなら・・・」

マニィの言葉が終わらぬうちに、フルムーン・シップは大爆発を起こした。

高高度で引き起こされた巨大な爆発は、オゾン層に巨大な穴を空け、さらに地球を覆っていた虹色の膜さえも吹き飛ばした。

同じころ、ザンクト・ポルトの大聖堂では、ジオンの地球隔離システムが破れたことを、ラライヤだった少女が感知した。

「さあ、人々よ。カーバに導かれなさい」


次回、第49話「自然回帰主義」前半は、11月1日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:117(Gレコ2次創作 第48話 後半)


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