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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:84(Gレコ2次創作 第32話 前半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第32話「聖地カーバ」前半




1、



どこからか聞こえてきた女の悲鳴に、ベルリは壁に耳をつけて音の先を探した。すると彼が胸に下げていたG-メタルが反応して壁が上へと持ち上がった。ベルリは勢い余って開いた扉の中に転がり込んだ。そこは更衣室のような場所で、左右の壁がロッカーになっており、胸にレイハントンの紋章が刺繍されたパイロットスーツとヘルメットが用意してあった。

さらに室内の色が青に変化すると、ベルリのレイハントンコードとアイリスサインが認証されて、部屋の奥にあった盾の形のオブジェに見えたものが跳ね上がった。ベルリとエンジニアたちは恐るおそるその中を覗き込むと、そこにはコクピットがあった。機能は停止しているものの、航空機かモビルスーツのものだとわかった。

そこからシラノ-5にいるはずのないノレドの叫び声が聞こえてきた。先に進んで後ろを振り返る形でコクピットに潜り込んだベルリは、ノレドの声が機内のスピーカーから聞こえてきていると知った。

「この機体は何でしょうね?」

無駄だと知りつつベルリは念のためにエンジニアたちに尋ねてみた。だがみんな首を横に振るばかりであった。コクピットの中を見ただけで判別することはできなかった。この場所がノースリングの機能停止に関わっているかもしれないと発見した若手エンジニアがコクピットを覗き込みながら言った。

「もしリングを動かすために必要なパージ忘れがあるとしたら、この機体のことじゃないですか」

「動くんですか?」

ベルリは操縦桿を動かしてみた。動作に問題はないが、計器類は古く、見たこともない仕様であった。ガチャガチャと計器類を触っていたところ、光が点滅した。大きな音で催促されるような警報が鳴るので、機能を理解しないまま彼はG-メタルを挿入した。すると彼のアイリスサインが登録された。

「なんでこんなものを隠してあったんだろう」ベルリはエンジニアたちに顔を向けて叫んだ。「パージするってことはこれを動かせばいいんですか?」

「ちょっと待ってください。その向こうは何もないですから、とりあえずこのパイロットスーツを」

配電の責任者の男がベルリにパイロットスーツとヘルメットを渡した。彼らもまた念のためにバイザーを降ろして不測の事態に備えた。ベルリは大人しくそれを身に着けたが、また機体のスピーカーからノレドの声が聞こえてきた。気密対策を終え、安全帯のフックを掛けたエンジニアたちは狭いコクピットに殺到して機体の分析を始めた。

「わかりますか?」

いくつかの計器に手を伸ばしたユウ・ハナマサが応えた。

「これは初期のユニバーサルスタンダードと思われます」

「ですね」他のメンバーも相槌を打った。「計器が一部独立しててモニターが小さいだけでこれはユニバーサルスタンダードと同じだ。それに・・・」

コクピットの構造を眺めまわしていた男が割って入った。

「航空機じゃない。G-セルフと同じコアファイターですよ。ハッチとの間の隙間が少ない。これじゃ事故が起こりやすいなぁ・・・。このハッチ部分だけ密着させてあるようですね。パージはおそらく部屋の方でやるんでしょう。どうしましょうか?」

「これをパージしてリングが動くならやってみましょう。他に手掛かりはないわけですし。

エンジニアたちは更衣室の方へと引き上げ、しばらく室内を物色してパージスイッチらしきものを発見した。彼らは通路の隔壁を降ろしてエアーの流出を止めると、回線を開いて20秒前からカウントダウンを開始した。ベルリはシートベルトを締め、衝撃に備えた。するとまたノレドの声が聞こえてきた。

「うるさいなぁ。こっちはそれどころじゃないのに。どこから電波飛ばしてんだ?」

ゼロの合図とともに小爆発が起きた。ベルリは身体がふわりと浮く感覚と、外壁ハッチとコクピットハッチが同時に自動で閉まっていくのを目にした。彼の乗る謎の機体は確かに宇宙空間へと切り離された。G-メタルを差し込んだままのその機体は、突如起動して操縦席を明るく照らしていった。

パージの瞬間を室内から見つめていたエンジニアたちは、ハッチが閉まるのと、ベルリが乗っている機体がかなり古い大きなものであることに気がついた。その真紅に金色の縁取りのある機体は、彼らのように技術系の人間ならば必ず知っているものだった。

それは初代レイハントンことカール・レイハントンの愛機カイザルだったのである。興奮したハナマサがベルリにそのことを伝えようとしたところ、カイザルは彼らの目の前で忽然と姿を消した。彼らの眼前には宇宙空間が静かに広がっていた。そしてベルリとの通信は途絶えた。



2、



ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の奥の院では、ノレドが意識を乗っ取られたラライヤに追い詰められていた。

ノレドは思念体分離装置の入口を背にラライヤと揉み合い、必死にベルリの名を呼び続けていた。すると不意に後ろの壁が左右に分かれて開いた。ノレドとラライヤはもんどりうって倒れ込んだ。ノレドは首を絞めてくるラライヤの手を握って抵抗していたが、その力が急に弱まったので強く手を払った。ラライヤは気を失ったらしく、ノレドのもたれかかったままぐったりと倒れた。

仰向けになったノレドの瞳の先に、ラライヤから光の帯が抜けていく光景が拡がっていた。光の帯は何かを探すように上空へと舞い上がっていったが、徐々に形を失い胡散霧消した。ノレドはぐったりしたままのラライヤと体を入れ替え、彼女を床に寝かせると扉の先に眼をやった。

するとそこからはいくつもの黒い影が流れ込んできて、部屋に入った瞬間に光の帯へと転じる不思議な光景が展開されていた。部屋の中は明るく、瞬く光が草原のように広がり、波のように打ち寄せてきていた。黒い影たちは我先にとその部屋めがけて飛んできて、光の帯のようなものに変化するが、どれも帯のままの姿ではいられず粉になって舞い散るのである。ノレドのいる空間は、その光の流砂が降り積もり、記憶の形を再現されるのを待っているかのようだった。

ラライヤと同じように意識を思念体に乗っ取られていた6人の調査隊メンバーも同じように光の帯をすり抜けていき通路の端でぐったりと倒れた。

ノレドは光の砂浜のような場所をぐるりと見渡した。光の流砂は土であり海であり空気であった。あらゆるものに形を変える意思を持った平穏であった。

「ここが・・・聖地カーバ。クンタラの心のふるさと・・・」

ノレドは感激して涙が流れ落ちるのを止めることができなかった。

その静寂を破り捨てるように、バタンと大きな音が聞こえてきた。顔をしかめたノレドが音のする方向に顔を向けると、輝く空間の中に別の空間が組み合わされたように穴が空いているのが見えた。中から顔を出したのはベルリだった。ノレドは驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。

「ベルリ??」

「その声はノレドか?」空間の中から返事が聞こえた。「なんだここ? どこに来ちまったんだ?」

「ザンクト・ポルトだよ」ノレドは立ち上がって歩み寄った。「ベルリなの?」

突如出現した異空間のようなものは、モビルスーツのハッチであった。ちょうどベルリがコクピットから出てきて、口をあんぐりと開けて周囲を見渡した。

「ザンクト・ポルト?」

「そう、ここはザンクト・ポルトの大聖堂。例の思念体分離装置の中だよ」

「こんな感じだった? いやそんなはずはないけど」キョロキョロと辺りを見回して、ベルリはラライヤを発見した。「オレのことを呼んだだろ?」

彼女は照れて身体をくねらせた。「いやぁ、愛ってやつ?」

「いまにも殺されそうな声で泣き叫んでいるようだったけど」

ノレドはふざけるのをやめて、ベルリに事情を説明した。ベルリは何かを言いかけたが、思い直して腕を組んだまま考え込んだ。やがてラライヤが目を覚ました。

「ここは?」

彼女にはノレドを襲撃した記憶がなかったので、ノレドは同じ話をラライヤにもしなければならなかった。事情を呑み込んだラライヤは、部屋の中に飛び込んでくる黒い影に言及した。

「おそらくあの影たちは、先の会戦で死んだ人たちの霊なんです。それどころじゃない。もっと多くの残留思念がこの大聖堂には溜まっていたのかもしれない。それがいま一斉にカーバめがけて飛び込んできているんです」

「カーバって」ベルリはハッと目を瞠った。「クンタラの聖地カーバ???」

「あくまであたしの仮説なんだけど」ノレドが話を引き継いだ。「聖地って、ルインやマニィが探していたような、地球にある場所じゃないと思うんだよ。どこに逃げたって、クンタラだけで集まって暮らしたって、人間である以上争いごとから逃れられるわけじゃない。そんなの聖地って呼べないじゃん。それにさ、冬の宮殿でリリンちゃんから聞いた話もあって」

「なんです?」とラライヤ。「リリンちゃんがカーバの話なんてしてましたっけ」

「リリンちゃんはカーバのことは知らなかったんだ。そうじゃなくて、このザンクト・ポルトのある場所は、かつてアクシズの奇蹟が起こった場所じゃないかって話から連想したのだけど」

「アクシズの奇蹟・・・」

ベルリはその言葉を聞くなり胸騒ぎを感じたのだが、なぜこんなにモヤモヤするのか理由まではわからなかった。ノレドは話を続けた。

「モビルスーツで巨大な隕石を押し返した映像、あれをベルリはあまり見てないはずだけど、あたしたちは何度も見ていて、地球めがけて落ちていた巨大隕石が奇跡的な力で方向を変えた一瞬、あの一瞬が起こった場所がザンクト・ポルトほどの高さじゃないかっていうから、そんな奇跡が起こった場所ならいろんな宗教の聖地になりそうだなって」

「スコード教とクンタラの宗教が同根で聖地を共有している・・・」

その話は熱心なスコード教信者のベルリには少しショックだったようだ。彼は真顔でノレドの肩を掴んだ。

「それは確かなのか」

「痛い」ノレドは顔をしかめてベルリの手を払った。「確かかどうかは調べてみないとわからないけどさ、宗教の発端は何か大きな奇蹟があるでしょ。戦争はどっちが勝ったって奇蹟じゃない。でも、敵と味方が地球を救うために自己犠牲を厭わず起こるはずのないことを起こしたとなれば、人類はそれを記憶して言い伝えた可能性はあるでしょ?」

難しい顔で腕組みをしていたラライヤが口を挟んだ。

「それは証明できれば大発見ですよ、ノレドさん!」

ベルリは呆然としていた。

「2000年前の宇宙世紀初期の奇蹟がスコードとクンタラの宗教の発端・・・」

「あたし調べたんだけどさ、そもそも宇宙世紀初期には宗教は死に絶えていたらしいよ。科学が宗教の代わりになっていて、信仰を持つことは非科学的で遅れた考えだと思われていた。それにもうひとつあるんだよ」

「なんですか?」

俄然ラライヤが乗り気になって目を輝かせていた。ノレドは得意げに話した。

「白いモビルスーツと赤いモビルスーツの戦いのことだよ。あれは赤いモビルスーツがスペースノイド、白いモビルスーツがアースノイドなんだ。アクシズを落としたのは赤いモビルスーツの人。止めたのは白いモビルスーツの人。スペースノイドはアースノイドを隕石で絶滅させようとした。つまり」

「ノレドはスコード教がスペースノイドの宗教で地球を破壊しようとしているなんて言い出すんじゃないだろうな」

「そんなこと言ってないよ。でも白い方の人はニュータイプとして大きく覚醒した人だったって。アースノイド・・・、詳しいことはまだわからないけどさ、アースノイドの代表がニュータイプだった。そして、これもベルリには話してないことだけど、クンタラはニュータイプだったから食料になった可能性がある。赤い人と白い人は相互理解して最後はわかり合った。でも、それは受け継がれず宇宙世紀は戦いの歴史になってしまった。誰かが意図的に相互理解の奇蹟を隠蔽した。そして、紅白の戦いの歴史だけを宣伝して戦争の継続に繋げた。こう考えればさ、いろんなことが見えてこないかなって」

「じゃ、ザンクト・ポルトをスコード教の聖地にしていたことはどう考える?」

ベルリの剣幕はノレドとラライヤ驚かすに十分なものだった。ふたりはなぜベルリが怒ったような様子なのか理解できなかった。ベルリが話した。

「クンタラの人たちはずっとカーバを探していた。ルイン先輩があんなことになったのだってカーバが原因だ。それをスコード教団が自分たちの聖地にして隠していたなんて、いまさら言えるわけないじゃないか」

「隠していたとは限らないじゃん」ノレドは口を尖らせた。「知らなかっただけかもよ。それにこれはあたしの仮説で、まだ何も証拠はないんだよ」

「ノレドは証拠がないって言ってますけど」ラライヤが話を引き継いだ。「ノレドさんはあたしと同じで誰かの思念体がときどき身体とか脳を支配しているんじゃないかって思うときがありますよ。それにスコード教団とヘルメス財団は一体で、エンフォーサーという集団があることもわかっている」

「ラライヤもノレドの言うことに賛成なのか・・・」ベルリは急にガクッと力が抜けてしまったようだった。「ラライヤの言うことはわかる。もうスコード教もヘルメス財団も本当の目的は宇宙世紀と同じように戦争を続けたがっていたのだとほぼ判明している。それはいいんだ。でもこれからはどうする? ザンクト・ポルトがカーバだったら、クンタラはここを取りに来る。戦争が継続されてしまうじゃないか。もう身分差別は終わりにしないといけない。でも、カーバがここにあって、それをスコード教が隠していたとなると」

「それはベルリの負う責任じゃないよ」

ノレドは慰めるように手を伸ばした。ラライヤも相槌を打った。

「そうですよ。宇宙世紀初期に奇跡が起こったこと、残留思念の世界、この美しい場所があること、それらを隠さなきゃ宇宙世紀に戦争が継続できなかったこと、すべて明らかにする時がきたんですよ」

ふたりの気持ちはよくわかるだけに、ベルリは感情をぐっと抑え込んだ。ベルリが心配していることは彼女たちの話とは別のところにあったのだ。

(キャピタル・タワーを作らせたのは初代のカール・レイハントンだ。彼はクンタラを奴隷として使役してあの巨大構造物を完成させた。そしてザンクト・ポルト大聖堂はレイハントン家の紋章の形をしている。スコード教を作ったのも、カーバをクンタラたちから遠ざけたのも、カールがやったことだ。民政を否定して王になったのも彼だ。彼は一体何をしようとしていたのか・・・)

ベルリが神妙な面持ちで黙り込んでしまったのを心配したノレドは、話題を変えるように明るい口調で話題を変えた。

「なんだかよくわからないけど、せっかくこっちへ来たんだからみんなに挨拶しなよ」

「いや」ベルリは首を横に振った。「まだこの装置のことはわからないことが多すぎる。君たちもすぐにこの部屋を出るんだ。ぼくはあのモビルスーツのことを調べなければならない」

ベルリは後ろを振り向かなかった。彼が空間に穴が空いたように出現したモビルスーツハッチの中に姿を消すと、その空間ごと消失してしまった。ラライヤは部屋の様子が少し変わったことを察知してノレドの袖を引っ張った。

「あたしたちもいったんここを出ましょう」

ベルリはハッチを閉じて、深く考え込んだ。

「ザンクト・ポルトがアクシズの奇蹟が起こった場所で、この七色の光に包まれた場所がクンタラの聖地カーバ・・・。クンタラの聖地は、人間が死後に辿り着く思念体の世界だったのか。だとすると彼らがニュータイプじゃないか。それを虐げてきたのって・・・」

ノレドの仮説はベルリの脳裏に深く突き刺さった。もしそうだとしたら、少なくともカール・レイハントンはクンタラたちを聖地に導くつもりは毛頭なかったことになる。その考えはベルリを憂鬱にさせた。謎多き初代レイハントン。ベルリにとってそれは、遥か先祖であるのか、忌むべき存在なのか。

「とにかくノースリングが動いたかどうかだけ確かめなきゃいけない」

ベルリは左の指先で操縦桿を引いた。機体はザンクト・ポルトへやってきたときと同じように動いた感覚があった。だが全球モニターは何も映し出さない。コクピットの中には美しい七色の光の流砂も映し出されはしなかった。

ただ機体は後ろへ後ろへと引き戻されていった。


3、


「何だったのだいまのは」

カール・レイハントンは背筋にじっとりと汗が流れるのを感じていた。彼の眼前には青い地球が大きく映し出されていた。

「大佐、聞こえますか? それ以上降下すると引力に捕まります」

誰かが共有回線を開いた。カールは機体を上昇させて地球の引力圏を脱した。

「ああ、聞こえている。確かにあの場所は何かあるな。あそこに近づくと地球に引きずり降ろされそうになる。何かがいるようだ。メメス博士の仮説もまんざらじゃないということか」

カール・レイハントンは愛機カイザルの体勢を立て直してステュクスの格納庫に戻った。ステュクスは銀色の細長い棒状の戦艦で、アバターの指揮下にある。デザイン性を廃して機能と量産性に特化した銀色の機体は、決して彼の好むところのものではない。

彼はカイザル内に留まったままステュクス機体中央に位置する中央管制室にトリップした。アバター内の情報とリンク。撃墜4、逸機8。逃したムーンレイスの敵機は地上に降下、65%の確率で東アジア地域へ着陸したとの情報だった。

カール大佐は東アジアという言葉を知らなかった。アバターはすぐさま検索して、カールと情報を共有する。

「土地によって人間の種類が違うというのか?」彼はプッと息を吹き出した。「気候によって姿形が変わる。なるほど。では異なる重力で拡がる格差はどの程度であろう。ああ、それはタブーになるのか」

アバターとのリンクを切断した彼は、カイザルの中で再び孤独になった。最近の彼はムーンレイスとの激しい戦いで消耗しており、肉体の疲労から孤独を好むようになってしまっていた。静寂の中で、土地によって姿形が変わってしまう人間というものを想像しようと試みた。

「クンタラのようなものか」

彼に思いつくのはそれくらいだった。クンタラは肉体を好む。その非効率さ故に間引かれ食用にされるのに、頑なにアバターの使用を拒む。彼らのために水や食料を調達して糞の始末をせねばならない。そうしてでも飼育するのは、彼らが有機生命体アバターとして優れているからだ。

カイザルのコクピットの中で、カール・レイハントンは しばしの眠りについた。生理的リンク解除によってステュクスは自動航行に切り替わり、月への裏側へと戻っていった。

90分後、リンクが回復したカール・レイハントンは、肉体をコクピット内に残したままラビアンローズのアバターへと思念を移した。ラビアンローズの中は眩しすぎた。カメラの感度を下げて、彼は立ち上がった。現在ラビアンローズは、クンタラからヘルメス財団の一員に昇格したメメス博士の生理的要求に合わせて運用されていた。それで煌々と明かりを灯し、眩しすぎるのである。

真っ黒な肌に筋の通った高い鼻梁をもつこの人物は、ヘルメス財団に加わった際に去勢され、徐々に肉体が女性化しつつあった。本人もそれを嫌ってはおらず、女性ホルモンの投与も行っていた。カール・レイハントンはどうもこの人物が苦手であるが、それはメメス博士という人物が苦手なのか、容姿が苦手なのか判然としない。アバターを使ってくれればそうしたこともハッキリするのに、メメス博士は他のクンタラ同様アバターの使用を頑なに拒否している。

「ああ、カールかい?」男なのか女なのかわからない顔でメメスが振り返った。「ムーンレイスのことなんだけどねぇ、ぼくの話、聞きたい?」

「聞くしかないんだろ」カールは銀色のアンドロイドのメインカメラを彼に向けた。「聞くよ」

「ムーンレイスはアバターを使ってないんだ。あのゴチャグチャした戦艦に乗っていたのはみんな生身の人間なんだよ。カール、たくさん殺しちゃったねぇ~」

「生身の人間? 生体アバターのことか?」

「あ~、そう考えちゃうんだねぇ~。違うんだ。全員オリジナルなんだよ。まぁ、ぼくらクンタラみたいなものだね。どうもそれが数百万人規模でいるらしんだ。それでね、ぼくの権限で有機生命体維持設備は月に移管して保存しておくことにしたよ。ダメだったかな?」

「オリジナルというのは、思念体を生む存在のことか。そんなものが数百万もいるのか?」

「もともとそういうものだから。でも、みんな食ってクソして寝るからこのまま追い詰めると絶滅しちゃうんじゃないかな」

「博士の指示に従おう。ムーンレイスをどうしたらいい?」

「彼らね」メメスはニヤニヤと嬉しそうに身体を捩った。「縮退炉を使ってるみたいなんだ。これは無限にエネルギーを生み出すよ。フォトン・バッテリーを使い続ける限り、ラ・ピネレ総裁には逆らえない。あなたの皇帝になるという夢はビーナス・グロゥブがある限り果たされないよぉ~。だからね、こういうのはどうだろうか。彼らを来たるべきとき、大執行のときまで戦力として温存しておいたら。オリジナルが数百万も仲間になるなんてラッキーじゃないかなぁ」

「数百万の意思共有できない人間が一体何の役に立つ? ビーナス・グロゥブの戦力など自分ひとりで防いでみせるさ」

メメス博士はじっと考え込んで、彼がいつもするようにモニターを使って説明した。

「ビーナス・グロゥブもこれからオリジナルを復活させて組織改編していくらしいよ」

メメスが示したデータを眺めていたカールは、思念をビーナス・グロゥブへ移動させた。そこで執行者の情報を共有した彼は、アクセス記録を抹消してすぐさま月のラビアンローズへと戻った。

「博士の話は本当だった」

「あら、あっちへ行っちゃったんだ」メメスは残念そうにモニターを消した。「まったく、幽霊さんたちにはかなわないねぇ」

「君らクンタラがおかしいだけだ。エネルギーを使いすぎる。しかし確かにラ・ピネレ総裁はオリジナルを増やすつもりのようだな。なぜだか博士の意見を聞きたい」

「地球へ還るためよ」メメスは断言した。「便宜上『オリジナル』というけど、本来生命はそれが当たり前。我々が先に進みすぎているだけなのね。執行者のみなさんは、共有し一体化する者とそれを拒む者との戦いだけが戦いだと思っている。でも、オリジナルは共有なんかできないから、個人と個人は常に対立関係にあって、あらゆる集団が生まれては対立する。でもそれを乗り越えなきゃいけない。オリジナル同士が互いに争いを起こさない方策を見つけていかないと、地球はまた同じ戦争の歴史を続けてしまうことになる」

「だから、ビーナス・グロゥブは支配体制の確立を急いでいるのだろう?」

「そう。ユニバーサル・スタンダードだの、スコード教だの、アグテックのタブーだの。愚かな地球人を教導していかないと、ほら、オリジナルはすぐに資源を食いつぶすから」

「非効率極まりない」カールは吐き捨てたい欲求に駆られたが、もとよりアンドロイドにそんなことはできない。「すべてのオリジナルが肉体を捨てて思念体となり、対立をなくしてしまえばいいだけだ。あとはそれができない者と雌雄を決すれば簡単なことではないか」

「大執行でしょ? ラ・ピネレ総裁は大執行はさせないつもりのようで」

「偽りの平和などすぐに壊れる。オリジナルというのは、いわば卵だ。死を経て人は真実の生を得る。それを乗り越えられない者は」

「地球を死者の星にしたくないのですよ。誰もそんなことは望んでいない」

クンタラにとってオレは死者なのか。カール・レイハントンはメメス博士と自分との間に横たわる絶対領域を感じずにはいられなかった。彼は銀色のボディの中で、こう思っていた。

「卵の殻など割ってしまえばいい」


4、


ムーンレイスは降伏してきた。その条件について話し合いたいというので、カール・レイハントンは月の女王ディアナ・ソレルと面会した。たしかに彼女はオリジナルで、生体アバターとしての機能も芳しくなかった。彼は面倒な交渉事を言葉で交わしていくしかなかった。

メメス博士はムーンレイスの縮退炉に執心しており、宇宙世紀中期の彼らの技術体系は何もかも月の内部に移管してしまうことになった。幸いなことに、月という天体は内部を幾世代にも渡り改造しており、使用できる設備は多い。特に人類の地球脱出時に月に作られたコールドスリープという装置は、ライビアンローズにあるものと同じだったために活用されることとなり、足らない分は新たに生産した。

ディアナ・ソレルはカール・レイハントンの要求をことごとく拒否した。眠りにつくことには同意しながら、ヘルメス財団の方針、彼らが夢と話すビーナス・グロゥブの方針には一切従わないという。彼らには意思があることから、降伏して無抵抗になった彼らを殺して処分することはできない。

「スコード教というのは」

カール大佐はその趣旨を説明したが、やはり答えは拒否であった。なぜここまで頑ななのかと疑問に思った彼は、問いを共有した結果、宗教によって洗脳されることを恐れているのだとの回答を得た。ムーンレイスのような肉体と意思が一体となったオリジナルは、他者が嘘をついているのか真実を語っているのか判断できない。疑わしきものは拒否して回答を保留するしかないのだ。

ビーナス・グロゥブで整理されたスコード教は、思念体となった人間がひとつの肉体と一体となり、オリジナルに戻ったときに生じる人と人との断絶に備えたもので、あらゆる宗教の要素が糾合してある。宗教による対立を防ぐための多くの装置を内包してはいるが、実際に機能するかどうかはオリジナルが増えて、世代を経てみないとなんともいえない。

カールはそれが支配に利用されるであろうと考えていた。オリジナルに戻って思念体としての生を捨てたとき、人は真実から遠ざかっていく。卵の中の世界が本当の世界だと思い込み、やがて相互不信から卵の中で殺し合いを始めるだろう。そして資源を食い尽くし、ビーナス・グロゥブの計画は破綻する。

そうとわかっていてなぜ人間という有機生命体の中に閉じこもってしまおうとするのか。なぜ自分を開放しないのか。

「今度はいつお会いできるのかしら」

最後にディアナ・ソレルは半分厭味のように握手を求めてカールに手を伸ばした。カールは彼女の華奢な手を握り返しながら、あなたの人生が終わったときですと返答した。ディアナは、次に目覚めるときは自分は死んでいないでしょうと答えてほしかったらしい。しかしそれは真実ではない。

いずれ人はみな光の流砂になって混じり合うのだ。肉体を捨てたとき、正しさは明らかになる。


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