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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第49話「自然回帰主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第49話「自然回帰主義」後半



1、


「囹圄が破られている?」チムチャップ・タノは観測された地球の姿に驚いた。「クリムという男の思念と奴の守護霊の思念、それにフォトン・バッテリー3個のエネルギーで十分な強度があるはずだが。まさかフルムーン・シップの爆発エネルギーに耐えられなかったのか?」

タノは地球を覆っていた虹色の囹圄膜が消失していることが信じられなかった。ほんの1週間前には予定通り虹色の膜は発生して地球を覆い尽くしていたはずだからだ。宇宙にいた彼女たちは、まだフルムーン・シップ爆発の状況を知らない。

驚く彼女に、新しく大柄な白人女性の肉体を得たヘイロ・マカカが応えた。

「爆発に耐えられなかったということは、思念がひとりだけで、なおかつエネルギーが足らなかったということでしょう。考えられるのは、クリムに憑いていたあの守護霊が彼を逃がして、フォトン・バッテリーのエネルギーが予定より少なかったのでは? そのためにフルムーン・シップが爆発したエネルギーで破裂したのだと予想されます」

「守護霊がそんなことをすれば、自分の思念が四散してしまうではないか。そこまで奴に思い入れがあったということか」

「それだけではなく、フルムーン・シップの爆発場所も予定より軌道上に近かったのかもしれません」

「そんなに想定外のことが重なるものなのか。人間の因果など変わりようがないのに・・・」

そのころカール・レイハントンはアムロの痕跡を追いかけて地球の反対側にいた。どこにいようとサイコミュで同期してしまえば情報はすぐに届いたが、タノはその選択をしなかった。

「フルムーン・シップの爆発エネルギーを吸収できなかったのならば、地球を囹圄で覆い尽くす作戦は新たにやり直す必要がある。クレッセント・シップが大気圏に突入しそうだから、あれを使うしかない。後ろから攻撃すればあいつらは地上に逃げるだろう。ヘイロ、ふたりだけでまずは軽く攻撃してあいつらを大気圏内に留め置く必要がある」

「了解です」

言うなりふたりの機体は大気圏内にジャンプして、クレッセント・シップの真後ろについた。

濃緑のモビルスーツ2機に突如攻撃されたビーナス・グロゥブ艦隊は巡洋艦2隻を旋回させて本体はまっすぐキャピタル・テリトリィに向かった。

「なぜ射程圏に入るまで気づかなかったのか」

ラ・ハイデンは珍しく苛立ちを露わにした。しかしブリッジクルーによるとモビルスーツは突如出現したのだという。降下に慣れていない艦隊は戦える状態ではなく、姿勢を制御して逃げるのがやっとだった。彼らの後ろで迎撃のために残してきた巡洋艦が大爆発を起こした。

「こんなにも早く・・・」

「うろたえるな」ラ・ハイデンは叱責した。「まずは地球圏の代表と話しをせねばならない。ジオンにはかまうな」

対するタノとヘイロは巡洋艦を一瞬で撃破したことを喜びもしなかった。彼らはムーンレイスとの交戦においてもたった3機のモビルスーツで圧勝しているのだ。

「物理的な存在を破壊するのはわけない」タノは忌々しそうにいった。「奴らが後生大事にしているあの肉体だってメンテナンスをしなければすぐに朽ちていく。そんな存在がジオンに楯突くなど想像力の欠如以外何物でもない。わたしたちが欲しいのは何億年も朽ちることない地球だけなんだよ!」

「追撃しますか?」

「いや、大佐の意見を待とう」タノは機体を後退させた。「大佐も気づかれた」

一瞬で姿を消した2機のモビルスーツは、トワサンガにてレイハントンの赤い機体と合流した。

「まんまとアムロにしてやられたようだ」カール・レイハントンは苦々しげに顔をしかめた。「コクピットに座っているリリンという少女の心の中を覗いてみてわかったのだが、奴らは時間に関与して歴史を書き換えたらしい」

「そのようなことが可能なのですか?」

「リリンという少女がちょっと変わったニュータイプなのだ。彼女はまだ幼いから思念が言語化されていないのだが、断片的なイメージから類推するに、アムロとララアが囹圄膜が拡がったときにどうやら全人類の思念を分離させて記憶情報だけで再構成された特異空間を作り出したようだ」

「記憶情報だけの・・・」

「おそらくな。彼らはそこに逃げ込んで人間の記憶を書き換えてフルムーン・シップの爆発に合わせて状況を変えてしまったのだ」

「しかし、人間の因果律がそれほど簡単に変えられるとは思いませんが」

「因果律は変わらずとも、人間の気持ちは容易に変わるのさ。タノが機体に工作してくれたクリムという男も、生きる気力をなくしていたから利用したが、守護霊と再会して再び生きようと思い直したみたいだ。ひとり分の思念では囹圄は維持できない」

ここでタノはレイハントンと記憶情報を同期した。

「だろうな」レイハントンは頷いた。「サイコミュの中にいたあの女の思念だけではエネルギーを吸収しきれなかっただろう。子供だと思ってあの少女を見逃していたこちらのミスだ」

「クレッセント・シップを利用いたしますか? 地球に釘づけにしておきましたが」

「ああ、とりあえずはそれでいい。だが、記憶情報を書き換えた過程を覚えている人間がいれば、クレッセント・シップのフォトン・バッテリーを降ろして分配させてしまう可能性がある」

「ではいますぐ?」

「いや、地球を滅亡させるのならば、シラノ-5を落としてやろう。あの質量があれば地球はもたんよ」

「一瞬で人類を絶滅させ、囹圄を完璧な形に作り上げることができますね」

「囹圄を安定させるために、出来るだけ穏便に殺してやろうと仏心を出したのが間違いだった。アクシズの絶望をもう一度味わうがいい」

「ではトワサンガの改造を優先させますか」

「アムロに人間の愚かしさを教えてやろうとガンダムを与えたが、あの機体にベルリくんは乗っていない。どうも念入りにたばかられたようだ。時間改編の記憶は我々にはないが、リリンという少女の記憶の中には人類が絶滅して氷河期に突入したイメージもあった。囹圄を完成させてビーナス・グロゥブの関与を排除すれば、ジオンは勝つ」

「しかし大佐」ヘイロが口を挟んだ。「トワサンガがなくてはラビアンローズをもう1機作る計画に支障が出ます。もし彼らが、我々の弱点がラビアンローズだと気づいたら・・・」

「なに、アムロさえ始末すれば人類など怖れるに足らんさ」

そのころ、ビーナス・グロゥブの大艦隊をレーダーでキャッチしたメガファウナは、南極を飛び立ち艦隊に接触しようと試みていた。何度か呼び掛けたのち、ラ・ハイデンの旗艦より通信に応じる旨の連絡を得たが、メガファウナはそれどころではなくなっていた。

「エネルギー切れだって!」

ドニエルは艦長席から飛び上がった。しかし、よくよく思い出してみれば、メガファウナのフォトン・バッテリーはアメリアに帰還した際にほとんど尽きかけていたのだ。なぜ南極まで持ったのか、なぜエネルギーは尽きないと思い込んでいたのか、ドニエルには何も思い出せなかった。


2、


「高度が高すぎます。この艦では墜落しますよ!」

ドニエルは一瞬迷ったが、クレッセント・シップに狙いをつけた。

「ラ・ハイデン閣下!」ドニエルは大きな声を出した。「当艦はフォトン・バッテリーが尽きかけている。どうかクレッセント・シップに着艦させていただきたい」

意外にあっさりと許可は下りた。ドニエルは、やはりビーナス・グロゥブ人は人道的だとホッと胸を撫で下ろしていたが、実はラ・ハイデンの旗艦内にはもうひとつの問題が起こっていたのだ。

「大気圏グライダーが1機近づいてきます」

ラ・ハイデンは、カール・レイハントンの攻撃を警戒したが、それにしては相手が無防備すぎた。油断させようとわざとやっているのか、ブリッジにいる誰もわからなかった。そのとき彼の横にいたフラミニア・カッレが背伸びをしてそっと顔を寄せた。

「グライダーから通信を送っているのは、キャピタル・テリトリィの実質的な統治者のウィルミット・ゼナムです」

「そのような重要な立場にある者が、一体何をやっているのだ?」

呆れながらもラ・ハイデンはモビルスーツを発進させて近づいてくるグライダーを受け止めさせた。

クレッセント・シップに着艦したメガファウナのモビルスーツデッキでは、フォトン・バッテリーの残量切れで動かなくなる機体で溢れていた。ベルリもチェックに参加していたが、どの機体もバッテリーの残量はゼロになっていた。ノレドは横で飴を舐めていた。

「ダメだ」ベルリは深い溜息をついてからアダム・スミスに呼びかけた。「G-セルフのバッテリーはもうありません。動かないですよ、これ」

「もともとなかっただろ?」アダム・スミスが応えた。「それにG-セルフは破壊されたんじゃないのか?」

「そうなんですけど、ラライヤが持ってきたらしいんですよ。G-シルヴァーなんて同型の機体もありましたし。似たようなもんじゃないですか?」

「いや、違うんだよな」アダム・スミスは首を捻った。「これは同型機なんかじゃないぞ。まるっきり構造が違う。構造どころが材質だって違う。だからこれだけは動くと思ったんだがなぁ。それにサイコミュについちゃオレは素人同然だし。ラライヤに話を聞きたいのだが」

「ラライヤは母さんの護衛でザンクト・ポルトに上がってますよ」

「おかしいじゃないか」

「何がです?」

「お前の母さんはグライダーで降りてきていまはラ・ハイデン閣下の旗艦にいるって話だぞ」

「母さんが???」

ベルリはノレドを伴って急ぎブリッジに上がった。

「いいところに来た、ベルリ」ドニエルはベルリを招き寄せた。「おまえんとこの母ちゃんがラ・ハイデンと直接交渉しているらしいんだけど、作戦はこのままでいいのか」

「母さんはラ・ハイデンと交渉するのが役割ですけど、またグライダー? 危ないことはしないって約束したのに」

「あっちへ行くか?」

「飛べるものがないですよ」

「じゃ、ここにしばらくいてくれ。向こうから通信が来てもオレではわからんことが多すぎる」

ウィルミットが地上に降りてしまったザンクト・ポルトに、トワサンガを抜け出したサラ・チョップがやってきた。

「ジオンの囹圄が破られた? どうしてそんなことに?」

彼女は混乱する人ごみに紛れて情報を収集した。それによると、ザンクト・ポルトに立ち寄ると思われたビーナス・グロゥブ艦隊は、ジオンの囹圄膜が破壊されたのを確認するとそのまま地球に直進してしまったのだという。これは彼女にとって想定外の出来事だった。

ジオンに地球を封鎖させて、ビーナス・グロゥブの地球圏への関与をやめさせてからカール・レイハントンの思念体を消失させることがメメス博士とサラの計画だった。それは因果律から計算された避けることのできないもののはずであったが、状況はまるで違ってしまっていた。

彼女は、ザンクト・ポルトにクンタラの女たちが集結しているのを確認した。これは計画通りであった。あとは、クンタラ以外の人間をビーナス・グロゥブ艦隊に同行させ地球圏から追い払えば計画は完遂している。それが阻まれた原因は、ジオンの囹圄が完成せず、地球人が生き延びてしまっていることであった。

「どうしてこんなことに?」

サラはジオンの計画については詳しくない。ヘイロ・マカカの思念を眠らせて身体の中に留め置き、ジオンと接触することもいまとなってはできない。

「それに、カール・レイハントンの因果ならば、シラノ-5を地球に落とすくらいのことは考えるはずだ。あの質量ならば地上生物は絶滅する。それを待てばいいはずだが・・・。囹圄が完成していない状態でシラノ-5を地球に落とせば、地殻に大きな影響が出てしまう。キャピタル・タワーが崩壊すれば、ザンクト・ポルトをクンタラの避難地にする計画も水泡に帰してしまうだろう。スコード教の人間が多すぎるのも問題だ。クンタラが女ばかりなのも戦闘になると不利になる。まったく、一体誰が因果律を書き換えたというのか!」

しばらく周囲を彷徨ったサラは、スコード教大聖堂の傍に佇むラライヤを発見した。ラライヤが大聖堂の中に入っていくのでサラもそのあとを追いかけた。

「あの子はいったいこんなところで何を」サラはラライヤに近づき、放心状態にあるラライヤの肩をゆすった。「いったい何をやっているの? いえ、それどころじゃない。カール・レイハントンを消失させる計画はいったん中断ですよ。聴こええています?」

ラライヤは肩を揺さぶられてもしばらく反応しなかった。ようやくサラの姿を認めた彼女は、まるで話を聞いていなかったことを告白するように笑顔を浮かべた。

「カール・レイハントンをカーバに引きずり込む計画は中断します。彼がシラノ-5を地球に落とすのを待たねばなりません」

「ええ」ラライヤは応えた。しかしその声色は別人のようであった。「ひとまず人類の滅亡は回避したみたいです。あなたが何もかも教えてくださったからですね。感謝します」

「わたしが教えた?」サラもラライヤの異変に気がついた。「もしかしてあなた・・・」

「人間の思念は器の形に大きく左右されるというのは本当のようです。この肉体を作ってくれたおかげで何千年も前の自分の記憶まで蘇ってくるような気がします」

サラはベルトからさっと銃を引き抜くとラライヤに対して構えた。ラライヤはそれに臆することなく、サラを冷たい目で見つめ返した。

「もうラライヤじゃないというの?」

「あなたの計画のおかげでわたしはジオンがどのようなことを計画して何を成そうとしているのかつぶさに見ることが出来ました。あなたには計画が成功した未来の記憶はないでしょう。地球が虹色の膜に覆われて、その下で大爆発が起き、人類が絶滅してしまった悲しい記憶はあなたにはない。でもこの子にはあります。ラライヤは地球の悲しい未来を見て深く傷ついてしまった。でもその記憶により、あなたより優位に立った」

ラライヤであったものが話し終わらないうちに、隠れていたクリムがサラに飛び掛かった。クリムはサラからあっという間に銃を奪い取り、地面に押し付けると腕をねじり上げた。

「怪しい女め!」クリムが叫んだ。「お前らの計画とは何だ。全部聞かせてもらうぞ!」


3、


ラ・ハイデンの大艦隊を大気圏突入グライダーで追いかけたウィルミット・ゼナムは、危うく撃墜されるところを救われ、ラ・ハイデンの旗艦のブリッジに案内された。彼女はラ・ハイデンを目にしたとき、不思議な既視感に襲われた。またしても記憶が混濁しているのを感じたのだ。

「以前、お会いいたしましたか?」ウィルミットは実直に質問した。

「初見であろう。わたしはビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデン」

「わたくしはキャピタル・テリトリィの代表代理、ウィルミット・ゼナムです」

始めて会ったはずなのに、ウィルミットはラ・ハイデンに失望に近いものを感じた。金髪碧眼のラ・ハイデンは壮健な人物で、頭も切れ、決断力がありそうな人物なのは間違いなかった。それなのになぜ失望するのか。このような人物がキャピタル・テリトリィにひとりでもいれば自分が何もかも背負うことはなかったと人々に絶大な安心感を与える真の男の何が不満なのか、彼女には上手く思い出せなかった。これと同じ思いを以前にしたような記憶が残っていた。

一通りの挨拶を済ませた後、ウィルミットは本題を切り出した。

「様々な人より伝え聞くところによりますと、閣下は地球人にヘルメスの薔薇の設計図が渡ってしまったことを深く憂慮しておられ、その問題が解決しない限りフォトン・バッテリーの再供給は見送る方針であられるとか」

「この問題についてベルリ・ゼナムより書簡が届き、よく考えられた提案を貰ったのであるが、彼のアースノイドを宇宙で訓練するとの方針には無理があり、却下させてもらった。あなたはベルリ・ゼナムの母であるとのことだが、良い息子を持ったものだと感服しました」

「それはもったいないお言葉。もうひとつお聞きするところでは、閣下はビーナス・グロゥブからトワサンガ、地球と、人類が生存する宙域の一括支配をお考えだとか」

「それを誰に聞いたのかは問わないが、ヘルメス財団の方針ゆえに、それも事実だと申し上げておこう。地球はヘルメスの薔薇の設計図を手にしてすぐさま戦争行為を始め、アメリアのようにエネルギーの自立も考えるようになってしまった。戦争行為は経済活動と結びついて人道の観念を著しく破壊する愚劣な行為だ。侵略行為がなくならない以上それが必要なことは認めるが、おのずと限度というものがある。ヘルメスの薔薇の設計図は宇宙世紀時代の負の遺産ゆえ、その力を使い始めると歯止めが効かなくなる。またエネルギーの自活問題も、ヘルメスの薔薇の設計図の問題と結びついて、地球環境への大きな負荷となって悪影響を及ぼすであろう。ヘルメス財団はこのような地球にダメージを与えるいかなる行為も許容できない。現状の暴走を阻止するための手段が、フォトン・バッテリー供給の停止と、ビーナス・グロゥブによる宙域の一括支配である」

「人類は提供されてきたフォトン・バッテリーにより生産性を向上させ、数を増やしてきました。フォトン・バッテリーの供給停止が行われた場合、人類は飢餓に見舞われ、より醜い行為に走る危険性があると予想されます」

「ウィルミットの懸念はもっともだ。それが地球人の知性の限界ならば致し方がないのだ」

「わたくしどもは一体何をいたせばよいのでしょう。隷属でしょうか」

「そうだ。不満であろうか」

「もちろん不満です。しかし、不満かと問う気持ちもわからぬではありません。地球人はいま一度スコードの前に膝を折り、敬虔さを取り戻すべきではないかとはわたくしも常々思っておりました」

「それは良い心がけだ。わたしはあなた方に対して心苦しいと言うつもりはない。ヘルメス財団総裁には守らねばならない道理がある」

ウィルミットが、ビーナス・グロゥブによる支配体制の概要を聞き出して、条件闘争に持ち込もうとしたときだった。ブリッジのメインモニターに突然ベルリの顔が大写しになった。それを見てウィルミットは肩をすくめ、息子をたしなめようとしたが、ラ・ハイデンは彼女を手で制した。

「君と合うのはビーナス・グロゥブ以来だね」

ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブで起きたエンフォーサーの反乱に巻き込まれぬため、フルムーン・シップとクレッセント・シップをメガファウナに預けたときの話をした。そのときベルリは原因不明の体調不良に見舞われまともに対応できず、ノレドが代わりに2隻の巨大艦を確実に送り返す約束をしたのだった。

そのノレドもベルリの後ろから顔を覗かせ、ラ・ハイデンの頬を緩ませた。ところがベルリがカール・レイハントンの名を出したことで表情が一変した。ベルリは彼に対して、自分がカール・レイハントンの愛機カイザルに乗り込んでしまい、500年前の記憶の一部とビーナス・グロゥブのラビアンローズが分離してからの記憶を持っていることを話した。

「それは・・・」ラ・ハイデンは状況を頭に思い描きながら尋ねた。「レイハントンの記憶が君にあるということかな」

「はい」ベルリは応えた。「レイハントンがあなた方を恫喝して、閣下が地球侵略を決断するまで」

「ベルリ! 口を慎みなさい」ウィルミットが慌てて言いつくろった。

「大丈夫ですよ、母さん。ビーナス・グロゥブの地球侵略は、レイハントンによる地球支配のカウンターとして出されたもので、どちらも言ってみれば神治主義に近いものです。レイハントンの支配は、アースノイドの絶滅と思念体への進化、そしてジオンによる地球の警護と観察がセットになっている。一方でビーナス・グロゥブの地球支配は、人間の自由な進化を制限することが目的です。フォトン・バッテリーの供給停止は、地球文明の退化による科学技術の忘却を目的としている。ヘルメスの薔薇の設計図が回収不能である以上、それも仕方がない。ラ・ハイデン閣下は、いまジオンと戦っている」

「ふむ。どうも君はかなり特異な経験をしたようだね。それをどこまで信じたらいいものか・・・」

「ぼくの身に何が起こったのかは自分にもわからないことが多くある。でも、どうやらレイハントンと敵対する人間がいるようなのです」

「それはジムカーオのことかな」

「彼もそうかもしれませんけど、もっと深い因果にまみれた人物で、ジオンの敵対者だったのではないかと想像しています」

「ジオンの敵対者・・・」

「それもかなり有力な人物のようです」

「君はその人物に導かれでもしているといいたいのかな」

「そうとしか思えないことがぼくの身にたくさん起きたのです」

ベルリは、ジオンの囹圄が完成する前に時間を遡る経験をしたことを話した。彼はレイハントンとの戦闘中に空間を飛び越え、ビーナス・グロゥブへの帰路にあった艦隊にいたリリンをガンダムという機体に乗せ、半年間も時間を遡ったのだ。

「ぼくは日本に向かう船に降り立ち、それから半年間、地球の様子を見て回りました。これはジオンの敵対者がぼくに学習の機会を与えてくれたのだと思っています」

「時間を遡るなど考えられんことだ」


4、


ラ・ハイデンはベルリの話を信じられないと首を振りながらも、ベルリの話を遮ろうとはしなかった。

「なぜそのようなことが起こったのだろう?」ラ・ハイデンが尋ねた。

「歴史の改変が必要だったのだと思われます」ベルリが応えた。「何人かの人物の話を総合してわかったことですが、クリム・ニックという人物がビーナス・グロゥブ製のモビルスーツで大気圏突入をした際、設計上のミスで大気圏突入カプセルが爆発した。同時に虹色の膜が地球を覆って、地球は宇宙から干渉できない隔絶された空間になった」

「その膜ならば我々も観測した」

「虹色の膜はジオンの兵器だったようで、どのような仕組みなのか、それがある限り大気圏突入も不可能になり、地球と宇宙の往還はキャピタル・タワーでしか行えなくなりました」

「・・・、いま君が話しているのは、改変される前の歴史ということか」

「そうです。そして、虹色の膜で覆われて間もなく、地球ではおかしなことが起こりました。時間はそのまま流れているのですが、世界を観測している人、つまり流れている時間の記憶のある人がいなくなるのです。そして1週間後、フルムーン・シップから何らかの事情でフォトン・バッテリーが運び出され、閣下が決めたとおりに自爆いたします。その爆発エネルギーは膨大で、宇宙から虹色の膜を透かして観測した限り、地表を剥ぎ取り、爆風が地球を何周もして、数か月間粉塵が大気中に漂ったといいます。爆風の影響が収まったとき、地球は人類が滅び、氷河期に突入していたといいます」

「地球が虹色の膜を覆い、1週間後にフルムーン・シップは爆発した。我々の観測では、その爆風で虹色の膜が吹き飛んだとされているが」

「それは、ぼくらが爆発地点の変更に成功したからです。当初はアメリア上空で爆発したと推測されていました。それが南極上空に変更されたのです」

「ウィルミットはそのときどこで何をしていたのか」ラ・ハイデンが尋ねた。

「わたくしは・・・、実は記憶が曖昧なのです。いまのベルリの話にあったように、爆発をザンクト・ポルトから眺めて絶望した記憶もあります。その曖昧な記憶の中では、わたくしは閣下とザンクト・ポルトで会見しているはずなのです」

「その場にはラライヤという女性がいたんです」ベルリが補足した。「彼女の話では、閣下は虹色の膜に阻まれて地球に降下できず、母の招きでザンクト・ポルトに艦隊を係留させました。ジオンの計画通りにすべてが進んでしまい、閣下は落胆していたといいます。そして、ザンクト・ポルトに残っていた人類をビーナス・グロゥブに引き取り、戻っていった。母はキャピタル・タワーと運命を共にすると決めたようで残りました。リリンという少女はビーナス・グロゥブ艦隊に預けられ、金星に向かう航路についていた。ぼくらは虹色の膜が覆い始めた時間からジオンが与えてくれたガンダムという機体でリリンに追いつき、彼女を乗せてガンダムのコクピットを改造してくれる人物のところへ向かいたいと願いました。すると時間跳躍が起こり、半年前の時間に戻ってしまったのです」

「君の話をどこまで信じていいものか、判断に迷うが・・・」

「そうかもしれません。ぼくらも最初何が起こったのかわかりませんでした。でも、東アジアからアメリアへ旅する途中で、先ほど申し上げた世界を観測している人間がいなくなったという話に辿り着いたのです。正確には、ぼくらは時間を遡ったのではなく、人間が観測した世界の記憶の中に入ったようなのです。そんなことをするためには、全人類を一斉に思念体にでもせねばそのような特異な空間は作られなかったでしょう。でもそれが起こったというのが事実なのです。半年前の人々の中に未来の記憶を持って飛び込んだのは、ぼくと、ノレドと、リリン、それにラライヤです。ぼくらは世界に何が起きたのか考えながら旅を続け、姉のアイーダ・スルガンや、母、ディアナ・ソレルなどに働きかけて、フルムーン・シップを遠ざけ何とか説得しようと試みましたが、艦を支配していたクンタラ解放戦線のマニィ・リーという人物が、夫を道連れに自殺するようにわざとフルムーン・シップを爆発させてしまいました。夫のルイン・リーは幸いなことに生き残り、メガファウナで救助しました」

「その話は整合性が取れているのだろうか? つまり君は、虹色の膜が覆われた際に怒った特異な空間の半年前に戻ったと。それは人間の記憶の集合体によって再現されたいわば夢の空間なのだろう。そこに未来の記憶を持って他人の夢に働きかけた。そして未来を書き換えた」

「おそらくそうです」

「仮説に仮説を積み重ねているだけだ。本来ならば聞き置くだけで済ませる内容ではあるが・・・、そうやって最悪の歴史を改変したとする君は、それを誇るためにこうして通信を寄こしたのかね?」

「いえ、違います。ぼくが言いたいのは、最悪を避けた後のことです。ラ・ハイデン閣下に申し上げたい。閣下は地球がいままでと同じ歴史を繰り返す前提で人類の科学力の退化を目的にフォトン・バッテリーの供給を停止しました。ぼくはこの半年間、ずっとそのことを考えて来ました。そしてある結論に達したのです。閣下は間違っていると」

「ほう。それはぜひ続きを聞きたいものだ」

「はい。アースノイドとスペースノイドの差異は、自然から得られるものが過大か過小かの違いが最も大きな違いのはずです。アースノイドは自然環境から多くのものを得ることを前提に文明が成り立っている。だからいつも労働より多くの分配を求める。何もしなくても自然が与えてくれると思い込んでいる。でも宇宙での生活は違います。何もかも人間の手で生み出さねばならず、分配されるものも限られています。スペースノイドがイメージする環境破壊は、生存の失敗、つまり死を意味します。一方アースノイドの環境破壊は深刻に受け止められません。だからぼくは、アースノイドを宇宙で訓練することで人間の意識を変えることが出来ると考えた。でもそれは、閣下に否定されました」

「うむ」

「しかし旅をしていて気づいたのです。地球は現在寒冷化が進み、全球凍結になるだろうと予測されています。大地が凍れば、人類は自然から多くの恵みを得ることが出来なくなるんです。間もなくアースノイドは過小の状態に陥り、スペースノイドと同じ条件下で生きることを余儀なくされるのです」

ラ・ハイデンは何かを口にしようとして思いとどまった。彼は地球の南北の極点付近が凍り始めているのを目の当たりにしていたからだ。彼は話を続けようとするベルリを制し、月で降伏してきたカル・フサイに助言を求めた。ベルリはカルに頷きかけ、カルもそれに応えた。

「地球が全球凍結に向かっているのは本当です」カル・フサイはラ・ハイデンに語りかけた。「しかも氷河期は1万2千年間続くと予測されています。ベルリ王子の話は確かに盲点になっていたと思われます。地球はもう、恵みの惑星ではなくなりつつある」

ベルリが続けた。「赤道直下は凍結を免れるとしても、そのほとんどは海です。生息できる環境はごくわずかしかありません。人類は少ない収穫物を分け合って生き延びるしかない。対してビーナス・グロゥブの方々はどうでしょう? あなた方がレコンギスタを通じて欲する自然からの恵み、その自然に回帰しようという希求は、自然の過剰なる恵みを当てにしているのではありませんか? その期待は、地球からは失われるのです」

「我々の自然回帰主義、レコンギスタ願望こそが、ないものねだりになるというのか。なるほど。これは面白い。では尋ねるが、地球人はわずかな生存区域まで分け合うことはできるのだろうか?」

「できないはずです。現在東アジアでは砂漠化が進んだ大国が、共産革命主義を掲げて勢力を拡大しようとしています。自由民主主義がそれに対抗してすでに大きな戦争が起こっています。ヘルメスの薔薇の設計図もきっとどこかにあるでしょうし、発掘技術の知識も蓄積されつつあります。だからこそそれが終わるまで、ジオンを制していただきたい!」


次回、第50話「科学万能主義」前半は、12月1日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:119(Gレコ2次創作 第49話 後半)


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