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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:104(Gレコ2次創作 第42話 前半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


Laraya.jpg


第42話「計画経済主義」前半



1、


クリム・ニックの死をきっかけに地球が虹色の膜に覆われてから半年が経過していた。

ザンクト・ポルトはカリル・カシスを中心に少数の男と女たちのコロニーが形成され、食糧増産について連日討議がなされていた。その中にはサラ・チョップの姿もある。ヘイロ・マカカのアバターの中に潜んでいた彼女は、ヘイロの新しい肉体が完成すると同時にサラ・チョップの古い肉体を奪ってザンクト・ポルトのクンタラ集団に合流したのだった。

サラの肉体がパイロット適正を満たさなかったため一時的にパイロットを務めていたラライヤも、その際に解放された。カール・レイハントンはラライヤについて関心を寄せず、肉体関係にあったサラにも執着しなかった。レイハントンの関心は、時間を遡ったベルリに向けられていた。

スティクスの銀色の船体が魚影のように覆う地球を、カール・レイハントンはじっと見つめることが多くなった。肉体を保ったまま地球を観察し続けることは、苦痛以外の何物でもなかった。肉体を捨てて時間から解放されてはじめて観察は観察めいてくるのだった。肉体を持つことは長時間観察には向いていなかった。それゆえか、彼は些末な事象に無関心であろうと努めた。

カール・レイハントンが肉体のメンテナンスに入ると、ラライヤはYG-111で出撃した。この機体も本来ヘイロが使用するものではないので、ラライヤに預けられたまま放置されていた。サラはやがて来るカール・レイハントンとの対決を忘れてはいなかったものの、いまは地球に降りることに夢中であった。500年前、目前に辿り着きながら踏みしめることのなかった大地に。

ラライヤは自分の身に何が起こっていたのか、曖昧な記憶しか持っていなかった。彼女はカール・レイハントンを調査するためにノレドと別れてトワサンガに残った。そして彼に近づこうとしたとき、サラと出会ってそれからの記憶が断片的にしか残っていない。彼女は時折、スティクスの魚影をかいくぐるようにYG-111で地球を一周する。ベルリとラライヤがどこに消えたのか、現在の地球がどうなってしまったのか、彼女は気が気ではなかった。YG-111のフォトン・バッテリーも尽きつつあった。

いつものように虹色の膜すれすれのところをYG-111で飛んでいるときだった。有視界にキャピタル・タワーとザンクト・ポルトが見え、一息ついて虹色の海を泳ぐ銀色の魚影のようなスティクスを眺めていたとき、YG-111は突然コントロールを失ってザンクト・ポルトに引き寄せられるように速度を上げた。慌てて操縦桿を握ったものの機体はいうことをきかず、暴走したYG-111は加速を続けて限界速度を突破した。警報音が鳴り響く中、ラライヤは叫び声をあげ、気がついたときには見たこともない大陸の上空を飛んでいた。YG-111は自動で重力下の操縦に切り替わっていた。

「ここは・・・、地球?」

自分はまた地球に落下したのかと驚いて機体下方に目をやると、小さな粒が蠢いているのが目に入った。それは黒い小さな粒であった。カメラを望遠に切り替えて初めて、ラライヤはそれが人間の集団であることを理解した。無数の人間が、殺し合いをしているのである。

バッテリーの表示を見ると、いつしかフォトン・バッテリーは回復していた。ビーナス・グロゥブ以外では決して充電されないはずのフォトン・バッテリーに何が起きたのか、ラライヤには考える時間は与えられなかった。YG-111は、交信を求めてくる音声をキャッチした。雑音交じりの音声は、聞き覚えのある声でG-セルフの救援を求めていた。

不意にラライヤの頭が正常に作動するようになり、その声の主がハッパであると理解した。

「ハッパさん?」

「その声は誰だ!」相手は興奮していた。「G-セルフならこっちの味方なんだろう?」

ハッパは見慣れない小さなモビルスーツのようなものに搭乗して、棒切れを振り回しながら敵と交戦していた。敵は粗末な身なりで、手作りの盾と槍でハッパたちと戦っていた。

ラライヤは戦闘のただなかにYG-111を降下させた。突然のモビルスーツの出現に敵は恐れをなして、撤退命令なのか、大きな銅鑼の音が辺りに響き渡った。すると敵は蜘蛛の子を散らすように引き上げていった。吹きすさぶ風が通り過ぎたとき、辺り一面に転がるおびただしい数の死体が目に入った。大地は血で染まり、死に損なった人々のうめき声が陰鬱に聞こえてくるのだった。

ハッチを開いたラライヤは、その凄惨な光景に顔をしかめた。現代戦ではありえない血みどろの戦いが地球の上で繰り広げられていたのだ。そこに駆け寄ってきたのはやはりハッパであった。

「なんだ、ラライヤじゃないか」

彼の声はどことなく明るかった。彼の乗る小さな機体もまたおびただしい血で赤く染まっていた。

戦闘を終えた集団は、しんがりを残して南へと撤退していった。ハッパは自分の乗り物ごとYG-111に抱きかかえられた。ハッパは興奮した口調で事情を説明した。

事の発端は、ベルリとノレドがリリンを連れ、おそらくは時間跳躍をして約半年前の世界へ戻ってきたことだった。それから一緒にアメリアを目指して旅を続けていたところ、共産主義革命の現場と出くわして、ハッパとノレドはその調査のためにホーチミンからハノイに潜入していた。ところが、彼らはひそかに憲兵に監視されており逮捕されてしまった。ノレドはどこかへ連れ去られたが、ハッパは処刑される寸前でホーチミンから駆けつけた民兵に助けられて、そのまま野戦になったのだという。

「ノレドが?」ラライヤの顔が蒼ざめた。

「ぼくも責任を感じているんだ」ハッパはうなだれた。「ぼくは立場的にノレドの安全を確保しなきゃいけなかったのに、役割が果たせなかった。ノレドにもしものことがあったら、ベルリに合わせる顔がない。何としてでも取り返さなきゃいけなんだけど、どこに連行させたのかわからないんだ。ぼくもようやく解放されたばかりだから」

ハッパは、世話になっている農家の老人がホーチミンの民兵に協力して情報を提供してくれたおかげで助かった。ノレドの行方は分からず、探す手段もないのだという。

「現地の人間に成りすますために、レーダーも無線機も何も持たせてなかった。ぼくの失態だよ」

「ノレドが・・・」

ラライヤは、夕焼けの空に白く浮かんだ月に、もうひとりの自分がいることに思いを寄せる暇もなく、ノレド奪還を考えねばならなかった。空に白く浮かんだ小さな月には、もうひとりのベルリ、ノレド、ラライヤがいるはずだった。彼女もまた何者かに引き寄せられて、時間を遡ったのだった。

「ベルリはどこにいるんですか?」

「共産主義勢力に奪われた水源地帯奪還の作戦に参加したんだ。見ての通り、相手の装備は古代の戦争そのものだから、すぐに片が付くと見越してぼくらはハノイに潜入したんだが、まさかこんなに早く正体がバレるとは思わなかった」

「わたしはすぐに」

「いや、待つんだ。やみくもに探してもおそらく無理だ。ベルリがいま乗っている機体は不思議な代物で、あれならひょっとしてノレドの居所を見つけられるかもしれない。それに、リリンちゃんには不思議な能力があるようだし。だから、あのふたりに合流するために、ホーチミンに戻ろう」

「でも・・・」

「本当にすまない。でも、G-セルフであんな粗末な装備の人たちを殺してノレドを助けるのかい?」

そう言われてようやくラライヤも納得した。

「ハッパさんのその乗り物は?」

「これはね」

ハッパは日本で起きたことから順にラライヤに話していった。ラライヤの心は、ハッパの言葉を聞きながら、どこか焦燥感に駆られていた。銀色のスティクスが虹色の膜の上を泳ぎ回る姿が脳裏から離れなかった。地球が滅びるというのに、なぜこの人たちは争い続けているのだろうと。


2、


そのころノレドは、他の虜囚とともに竹を編んだ籠に入れらえて、夜を明かしていた。昼前まで食事も与えられず放置されていた彼女たちは、突然引っ立てられて大勢の人の前に立たされた。裁判のようだった。正面に数人の判事らしき人物が並び、左右と後方の座席には同じ服に身を包んだ男女100名ほどが椅子に座っていた。

検事役らしき人物が、反乱分子の罪状をとうとうと述べたのち、いきなり採決が取られた。椅子に座った人々が赤い手帳を右手に掲げ、裁判は終わった。

「被告人らを死刑に処する」

それが人民裁判というものだった。ノレドは訳が分からずに昨夜乗せられた荷馬車に放り込まれると、そのまま刑場に護送されてしまった。

何もしなければ殺される、そう考えたノレドは、護送官にあれこれと話しかけて、状況を打開する方策を探った。共産党の護送官は、はじめこそ迷惑そうにしていたが、若い女性に話しかけられて悪い気がしなかったのか、少しだけ返事をしてくれるようになった。ノレドは相手が食いつきそうな言葉を並べたが、トワサンガの名を出したときに、相手は急に引き締まった顔になって、しばし考えたのちに、列を離れて憲兵の上官らしき男に耳打ちをした。するとその上官が護送車の近くに馬で歩み寄ってきた。

「君はトワサンガに行ったことがあるのか?」

「行ったも何も、わたしはトワサンガのベルリ・レイハントンの婚約者ですから」

それを聞いた憲兵は、さらに上官らしき人物と話をするために列を離れていった。一時的に監視の目が緩くなったので、ノレドは他の繋がれている人々に話を聞いた。

「みなさんはどうして逮捕されちゃったの?」

「わたしたちはハノイの教師だったのです。そこで、古い教科書で授業をしていたところ、反共産主義者として捕らえられて、この有様です。共産主義のことなどわたしたちは勉強していませんので、子供たちに教えられるはずがない。古い知識人は、みんな逮捕されてしまいました」

先ほどの憲兵が戻ってきて、馬で引かれた護送車はいったん休憩を取ることになった。ノレドだけが馬車の外に出されて、用意された椅子に座らされて、水を飲ませてもらえることになった。

遠くからやせ細り目の吊り上がった男がやってきて、彼女の前に座った。

「トワサンガの方だとか? 本当ですか?」

「本当ですよ」ノレドは胸を張った。「ベルリ・レイハントンの婚儀のことはアジアでも報道されていると思いますが」

「そんな方がなぜこちらへ?」

「それは・・・」ノレドは必死に聞きかじった言葉を思い浮かべた。「共産主義の経済体制は、トワサンガの経済運営と似通う部分があるので、視察していたのです」

「ほう、トワサンガは計画経済をやっていると」

「トワサンガは労働本位制です」ベルリたちの話を聞きかじった知識しかなかったノレドだが、死刑になる寸前である恐怖が彼女の頭をより速く回転させていた。「労働工数によって支給される給与が決まっているのです。どんなものをどれだけ生産するかもあらかじめ決まっているんですよ」

「もっと詳しくお話をお聞きしたい」

男は興味持ったようだった。ノレドはこの機を逃さず交換条件を出した。

「護送車にいる他の人々は、ハノイの優秀な教師です。彼らは計画経済について詳しくはありませんが、それは教育を受けていないだけで、トワサンガのことを教えればより良い共産主義者となって国のために働くでしょう。なぜ彼らの処刑を急ぐのですか?」

「人民裁判の決定ですから。しかし、刑の執行をしばらく延期することは自分の権限でできます」

「では、あの人たちに食事を」

食事をと聞いて渋い顔をした男であったが、しばらくして焼いたパンと水が与えられた。

「トワサンガには計画経済の専門家はたくさんいるのですか?」

「もちろん」

「労働工数とは何ですか?」

「簡単に言えば作業量のことで、細かい手順を洗い出して数値化したものです。砂をAからBに運ぶのに、運搬回数で測ると誰もたくさん、重いものを運ばなくなるでしょ。ノルマは重さで決めないと。管理手段として工数を出すんです。ノルマを1回の運搬で達成する力持ちもいれば、10回かかる人もいる」

「回数で管理すれば、力持ちがたくさん運んだ分だけ弱者が楽をできるのでは?」

「それでは力持ちは働かなくなります。だから運ぶ重さでノルマを作っておいて、能力に左右されず誰もが同じ労力で仕事ができるように改善していくわけです。例えば砂を運ぶのにネコ車を使えば1回で運ぶ重さは同じになって、力の差も縮まります」

そう話しながら、ノレドの背中には冷や汗が流れていた。彼女の話は聞きかじったものばかりで、勉強したことはなかったからだ。そこで彼女は、自分はまだ学生であることを付け加えた。

「王の妃が学校へ行くのですか?」男が尋ねた。

「もちろん。それに宇宙では誰もが労働に参加するので、王だからって遊んでいるわけじゃない」

「王さまも工場で働く?」

「王さまは王宮で働きます。王さまの仕事は決済です」

「楽でいいですね・・・。いえ、あなたに嫌味を言っているのではないのですよ。それより、トワサンガの共産主義は上手くいっているのですか? それが聞きたいのです」

「もちろん上手くいってますよ。北の大陸の共産主義はいかがですか?」

「もちろん上手くいってます。でもまだ革命から日が浅いので、上手くいっていないところもあるかもしれません。そこでトワサンガのお話を聞かせていただいているわけです。共産主義を成功させるためにはどうすればよいのでしょう?」

「物資を・・・」ノレドは必死にハッパから聞いた話を思い出した。「物資の供給を豊富に行えばいいのです。誰もが物資に見向きもしなくなるまで、たくさん作るんです」

「たくさん生産するには、たくさん働かねばなりません。トワサンガの人々は、そんなに働いているのですか? 休みもなく。でも、おかしいですね。トワサンガは革命も起きず、王政のままなのに、共産主義体制なのだという。共産主義に王さまがいるなんて聞いたことがありません」

ノレドは相手の話が大筋で理解できるようになった。彼ら北の大陸の革命者たちは、支配者層について幻想を持ちすぎているのだ。

自分たちが労働で苦しい思いをして、貧しい生活に甘んじているのは、支配者層に搾取されているからだと思い込んでいる。平等に分配すれば、それだけで生活は豊かになるのだとの思い込みがある。だが、モノは湧いて出てこない。分配するための物資は、労働によって作られる。豊かになるためには、たくさん作らねばならない。そのためにはたくさん働かねばならないことを、サムフォー司祭を処刑して初めて理解したのだ。


3、


共産主義に支配されたハノイの物資供給は逼迫していた。北の大陸の支配層は、自国で発行する紙幣を大量に送り付けてきてハノイ地域から物資を吸い上げようとしていた。

共産主義革命に酔いしれたハノイの若者たちは豊かになるものと信じてその命令を嬉々として受け止め、見たこともないような大金を手に満面の笑みを浮かべていたが、その紙幣が紙切れのように価値がないとわかると、途端に苦しい立場に追い込まれた。彼らに協力した人々は、生活が以前より貧しくなったと連日訴え、離反者も相次いだ。

分配を前提とした生産は、労働生産性の向上にまるで結びつかなかった。過剰に生産しても、それらが自分たちの富にならない以上、人は働くのをやめる。労働意欲の減衰はそのまま生産能力の低下になって分配能力の低下に直結する。それでもコメなど日持ちのする農産物の生産意欲は衰えなかったが、それは収穫量を誤魔化して隠しておくためであった。

生産量の過少申告は分配能力の低下につながるために、農地には多くの監視官が付けられた。これはさらに農民の労働意欲を削ぐ結果になった。なぜ自分たちは見張られて仕事をしなければならないのか。なぜ見張っているだけの人間が多くの配給を受けるのか。農民たちは共産主義の官吏に嫌気がさして、反体制運動にこぞって参加するようになった。

それらを弾圧するために、密告が奨励された。弾圧は日に日に激しさを増し、誰もまともに働くのをやめてしまった。農地は荒れ放題となって、夜逃げが相次いだ。それでも、農地の監視をする役人は、田を耕さそうとはしなかった。田に手を出せば、官吏の仕事を失って農民にさせられるからだ。彼らは荒れ果てた農地のそばに立ち続けた。これらがハノイの共産主義革命がもたらした結果だった。

誰も積極的に働こうとしないために、生産計画が必要になっていた。生産計画と分配公約があれば、労働意欲は元に戻ると考えられていた。トワサンガの名を出したノレドの処刑が延期されたのは、計画経済のノウハウを得ようとしたためだった。ノレドはそんな彼らの気持ちを利用して、同日死刑判決を受けた教師たちをスタッフとして使うからと交渉して彼らの処刑をやめさせた。

ノレドと教師たちには土壁の粗末な一部屋が与えられた。

「とにかく、いくら生産しても大陸に飲み込まれるんじゃ誰も働かない。ハノイで作ったものはハノイで消費するようにしないと」

ノレドは年上の教師たちと、必死に生産計画を立て始めた。分配から逆算して必要量のコメを割り出し、総生産量と照らし合わせてみた。すると、ハノイで生産されるコメだけでは足らないと分かった。ハノイの人口は、農業用シャンクの労働を前提に増えており、シャンクが動かなくなるだけで生産性は大幅に低下するのだ。しかも、農地の多くは放棄され、夜逃げした人々は苗を持ち去っている。秋の収穫で状況を落ち着かせることは不可能だったのだ。教師のひとりはいった。

「農業にこんなに多くのエネルギーが必要なんて知りませんでした。お恥ずかしながら、わたしはサムフォー司祭のシャンク利用に反対していたんです。それはアグテックのタブーに反していて、人間はもっと自然主義的に生きるべきだと。でも、シャンクを農業に使っていたから、子供を食べさせることができたんですね。自然の恵みを最大限に受けるために、司祭は働いていた」

「それだけじゃない」別の教師が口を開いた。「土壌改良材はホーチミンで作っていたんだ。ハノイはそれを買って、農地を拡げて収穫量を上げていた。ウチも実家が農家なので、深く土を掘って朽ちた大木を埋めたりしていたものです。ああいうのはみんなで協力しないとできない。ところがいまは、たくさん作っても全部盗られて、交換できない紙幣だけが渡される。あの紙幣ではホーチミンと取引すらできない。こんな状況でどうやって生産計画を立てればいいのやら」

「計画も何も、苗すらないというのに」

「でもさでもさ」ノレドは必死であった。「モノの価格は共産党が決めていて、一定なんでしょ? だったら紙幣は余ってるんだから、それで籾を買い戻せばいいんじゃない?」

「籾といっても、コメになるものは配給品ですからね。売買の対象じゃない。農家がコメを隠しておけるのは、来年用の籾だとウソをつけるからでしょうし。もちろんそれは買えません」

「買えないの?」

「おそらく」

「そしたらさ、今年の生産分は全部来年作付け用の籾にするしかないじゃん。1年間どうやって暮らしていけばいいの? 1年間食料もなしで暮らすの? 大陸から配給はされないの? こんなの奴隷以下じゃん。共産主義ってみんなで作ってみんなで分け合うものなんでしょ?」

「それが約束されているのは共産党員だけってことなんでしょうかね。わたしにもわかりません」

「でも」ノレドはぐいと頭を突き出して声をひそめた。「計画経済への移行に失敗したら、あたしたちは即死刑になるんだよ。何とかしないと。何か、売れるものは、売れるものはないの?」

「おそらく、水資源だけだと思います。水源地を人民解放軍が押さえていると聞いたので、上流でダムを作って、ホーチミンなどの下流域の住民に売るんです。それで来年用の籾と、不足分の食料と、できればキャピタル通貨を調達して、外国と密貿易するしか来年生き延びる手段はないかと」

「水資源か・・・、ん、待てよ」

その水源地を奪い返すために、ベルリはホーチミンの民兵とともに現地に向かっているはずだった。

「なんてこったい!」ノレドは頭を抱えてしまった。



そのころベルリは、ジャングルの中を行軍する民兵たちを上空から眺めていた。ガンダムの全天周囲モニターは遠くに水源地を捉えていた。後部座席に座るリリンは、操縦系統の不明な部分をベルリより早く把握して、後ろの席から指をさして使い方を教えていた。

望遠レンズで目的地である水源地を確認したところ、多くの人間が近くの木材を切り倒して川を堰き止めようとしているのが確認された。ベルリはさっそくスピーカーでジャングルの中を歩く民兵たちにそのことを知らせた。目的地まであと1日はかかるというので、今晩はその場で野営が決まった。

ガンダムを降りたベルリとリリンは、民兵と食事を共にした。野生動物の丸焼きと石の上で焼いたパンが振舞われた。イヌビエが多く混ざった粗末なパンだった。

「ダムを作っているのでしょう」民兵のリーダーが忌々し気に言った。「水がなければコメが作れない。おそらく、水を堰き止めて河を細らせ、我々を干上がらせるか、恫喝に使ってホーチミンも共産主義にするつもりに違いない」

「みなさんは共産主義には批判的なんですね」ベルリは素朴な疑問を口にした。

「そりゃそうよ」男たちは口を揃えた。「将来どうなるかなんて誰にもわからない。だからみんな蓄える。慎ましく生きて蓄えた人間が子々孫々楽をして生きていく。それのどこが悪いっていうんだ」

「そうそう。オレなんかハノイの出身だからわかるが、そもそもハノイってのは前文明のときの荒廃して、人はほとんど住んでいなかったんだ。サムフォー司祭がやってきて開墾して豊かになった土地さ。他のどこにも地主と小作人がいる。だけど、ハノイはサムフォー司祭が開墾した土地を全部くれたから、みんな頑張って働いた。司祭は地主にならなかったからな」

「あそこにいるノクタンなんか、プノンペンからやってきて、段々畑を作った奴さ。あんなところに田んぼを作るなんて誰も考えもしなかった。あいつひとりで作ったのに、共産主義者の連中はそれを全部奪おうっていうんだ。北の大陸の連中はろくなもんじゃない」

ベルリはチラリとノクタンの顔を見た。確かに肌の色が少しだけ違う。彼があの見事な段々畑を作ったのかと思うと、ベルリは自然と笑みが浮かんでくるのを抑えられなかった。

「ノクタンは方言があるからあまり喋らないが、いい奴さ」

「小作人がいないなんて、意外でした」

「農地を拡げて、キャピタル中央銀行の支店を作らせて、ほとんど物々交換だった田舎に貨幣経済を根付かせて、交易ルートを作って、フォトン・バッテリーの代替手段まで考えてくれてたんだぜ。それをさ、地主がいないからという理由で、司祭が狙い撃ちされた。他に首を取る人間がいないからさ。おかしな話だろう? 司祭の嫁は、ホーチミンの大地主の娘なんだ。オレはあいつを信用してないね」

ベルリはハッとしてリリンの顔を見た。彼女はちょっと得意げにすましながら、パンを頬張っていた。


4、


翌日のこと、ベルリたちは再び進軍を続けることになったが、ガンダムは極力低空を飛んで、ダム建設中の人民解放軍を監視した。昼にまたいったん休憩となって、民兵組織はベルリも交えて作戦会議となった。人民解放軍と接触すれば必ず戦争になる。有利な陣地を確保する必要があった。

「そろそろ敵の斥候にも気をつけなきゃいけない。出来ればあのモビルスーツで脅かして、人民解放軍の奴らを蹴散らしてくれるのが一番被害が少ないのだが、ベルリさんは戦争がお嫌いなようで」

「戦争が好きな人なんていませんよ」

「そうかもしれないが、戦争をしなきゃ土地を奪われるだけじゃないか。サムフォー司祭は、スコード教の禁忌に縛られて、戦おうとしなかった。だから縛り首にされてしまった。オレたちは司祭ほど人間が出来ていないから、戦って生き残って、そして奪い返すんだ」

奪い返すという表現は、北の大陸による革命の波がただの侵略行為であったことを物語っていた。共産革命主義は、分配の約束を使って無償の兵士を数多く動員するために、戦争が終わるとあっという間に分配資源が底を尽く。分配のための労働を奨励すると以前と同じ不満が燻ってくる。より簡単なのは、分配資源を奪い続けることなのだ。

「農民兵が多いうちは計画経済へ移行できないんです」ハノイから逃げてきた男が言った。「だから革命が終わるとすぐに農民たちは土地に縛り付けられて監視を付けられる。逆らう人間は粛清される。分配を約束しているということは、分配資源を豊富に確保するか、分配を受け取る人間を減らすしかない。だから共産主義は、必ず粛清を開始して口減らしをする。口減らしの肯定が、共産主義賛美の洗脳教育の肯定になっていく。共産主義を理解する進歩的人間が増えれば粛清せずに済むといってね。しかし、粛清や少数民族の弾圧はずっと続く。なぜなら分配を約束しているから」

ホーチミンの民兵の中には共産主義を肯定する人間はひとりもいなかった。共産主義は革命時の約束を果たすために暴力の波を世界中に拡げていく。彼らが計画経済へ移行するには、自由民主主義の防波堤によって暴力の波が止められる必要がある。分配資源を奪えなくなってはじめて計画経済は開始されるのだ。なぜなら、計画経済は、革命を指向した人間が最も嫌う労働の義務に人生を縛られてしまうからである。

みんなで作ったものをみんなで分け合う。資本家に独占をさせない。生産物はすべて労働者のものである。彼ら共産主義者の理想を実現させるには、まずは革命の興奮を鎮静化させる必要があった。

ベルリは決断した。

「戦争になってしまえば、多くの犠牲者が出ます。ぼくがガンダムで先頭に立って、できるだけ相手の戦闘員を傷つけないで水源地から追い払えるよう努力してみます。もし相手が徹底抗戦するようでしたら・・・、そのときもぼくがガンダムで・・・」

「いや、ベルリさん」民兵のひとりが口を開いた。「あなたはトワサンガの王子さまで、スコード教の法王になる資格もある方なのでしょう? そう聞いていますよ。スコード教は反スコードと戦うための宗教ではないはずです。古い多くの宗教を糾合した宇宙宗教だとサムフォー司祭が話していました。そんな人に人殺しをさせるわけにはいかない。先頭に立って戦ってくれるのはもちろん助かりますが、我々の目的は水源地の奪還、ハノイの奪還、それだけです。敵がどんな行動に出るかによって対応は変わりますけど、我々だって憎いのは北の大陸、砂漠の人間だけです。ハノイの若者は彼らに騙されただけだ」

作戦は、ベルリがガンダムで相手を威圧して時間を稼いでいる間に、より高い位置にホーチミン民兵の砦を作って水源地を恒久的に防衛できる体制を作るということでまとまった。

その翌日のこと、作戦は決行された。

人民解放軍による木製の手作りダムの工事は難航を極めていた。人民解放軍の工兵たちは突然上空から飛来した白いモビルスーツに怯え、火薬で鉛玉を撃ち出す旧式の銃で応戦した。ガンダムのコクピットには、カンカンという鉛玉が当たって跳ね返る音が響いた。

ベルリは彼らに向かって叫んだ。

「トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。水資源の独占はどのような理由があろうと認められない。あなた方がそれを強行しようとするなら、スコードの名においてわたしはあなた方と戦う。もしあなた方が宇宙の理を受け入れず、独断で物事を処断するというのなら、あなた方は地球のすべての地域のみならず、宇宙全体をも敵に回して最後のひとりが額から血を流して地に伏すまで追い詰められ、希望の欠片も眼にすることなく意識を失うことになるだろう。いま一度トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。ただちにこの地を立ち去るがよい」



「ノレドさんがベルリ王子の婚約者だって話、本当だったんですね」

「まあね」ノレドは浮かない顔だった。「でも、いまもしベルリがトワサンガの名前を使って水源地で戦争していたらって考えると気が気じゃない。共産党の官吏には、トワサンガが共産主義ってウソをついて視察していたことにしてるからさぁ、ウソだってバレるとマズイのよね」

「トワサンガは共産主義ではないのでしょう?」

「宇宙は計画経済なのよ。スペースコロニーには神さまが作ったものはひとつもない。全部人間たちが作ったものばかり。空気も水も大地も重力も、全部人間が労働によって生み出したものばかり。空気も水も汚れるからキレイにしなきゃいけないし、閉鎖空間だから新しい病原菌やウイルスの発生には細心の注意を払わなきゃいけない。光を取り込む調整も、木々の成長も、麦の成長も、キャベツの収穫も、デブリの回収も、全部決められたとおりに働いて、働いた分の賃金で交換する仕組み。労働を拒否するという発想自体がない。宇宙では働くことが生きること。働かないという選択はない。だから労働力資本が通貨の裏付けになる。労働は常になされるから、必ず生産物が出来上がって、分配資源が尽きない。それが通貨の価値になっている。ずっとそうやってきたから、計画経済であることが当たり前になっている。資本があるからといって、無計画に投資をして開発に繋げることはできない。そもそも資材がないんだから。新しいコロニーを作るには、どこからかコロニーの資材になるものを運んでこなきゃいけない。それは資源衛星といって、資源用に宇宙のどこかから運んできたものなんだ。それは資本家が勝手にやれるような事業じゃない。コロニーの英知を集めて資源衛星として使えるものを選別して、運動エネルギーの方向を変えて、減速させて、事故なくシラノ-5まで運ばなきゃいけない。そういうことは全部計画によってなされる。宇宙は計画経済が当たり前なのよ」

「北の大陸の人たちはその方法を学びたいのでしょう?」

「でもさ、話していると何か違うのよね。共産主義の理想は、みんなで働いてみんなで分け合うってことのはずなのに、資本家や権力者から奪うことばかりに夢中で、ただで働かずに何かが得られると思い込んでいるみたいなんだ。分配資本をたくさん作るには、たくさん労働することと、労働生産性を上げることを考えなきゃいけないはずなんだけど、手っ取り早く何かを欲しがってる。水資源を奪いに行ったのもそういうことでしょ? まぁ、その水資源がこちらの頼みの綱なんだけど」

そこに、ノレドの死刑執行を取りやめた責任者の男がやってきた。

「来年度の計画は完成しましたか?」

「ええ、一応」

ノレドは男に計画書を手渡した。男はそれを一読して、溜息をついた。

「あなたはわたしを騙しましたね。トワサンガのベルリ・レイハントンは、あなたの計画の中心にある水資源をたったいま奪い取ったそうです。残念ですが、あなた方には死んでもらいます」


第42話「計画経済主義」後半は4月15日ごろ投稿予定です。





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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:103(Gレコ2次創作 第41話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第41話「共産革命主義」後半



1、


ハノイからホーチミンに、大量の難民が押し掛けてきた。ベルリたちにその話がもたらされたのは、翌朝になってからであった。宿は人でごった返し、ベルリたちの部屋にはスコード教徒有志による護衛がつけられた。物々しい様子にリリンが怯えて、ノレドのそばを離れなくなった。

一行の宿泊先に、ホーチミンの市政関係者とスコード教関係者が押し掛けてきた。彼らとともに大勢の野次馬も押しかけ、宿の主人はこれを好機と箱に入った朝食を安価で売り付けて金儲けをしていた。どうやらベルリ一行はただの旅人ではないようだと知った主人は、彼らのところには若干多く盛った朝食を届けてきた。会見が持たれたのは、ベルリたちの食事が終わってからであった。

「ハノイに総督と呼ばれる人物が大陸から派遣されてきたそうなんですが、彼が初日に発表した新しい配給に関する話と、ノルマに関する話を聞いたハノイ市民の一部が、夜逃げしてきたようなのです」

「配給が少なすぎたのですか?」ベルリが尋ねた。

「配給を大陸通貨で行うと発表があったようなのです。銀行はキャピタル通貨と大陸通貨を交換する人で溢れたのですが、キャピタル通貨がすぐに底を尽いてしまい・・・」

「エッ、待って! 逆じゃないの?」ノレドが驚いて叫んだ。「大陸通貨に切り替わるのに、みんなキャピタル通貨に交換しようとしたの? キャピタル通貨は、フォトン・バッテリーの配給が止まって不安定になったんじゃないの?」

「相対的な信用度の問題です」スコード教の司祭が応えた。「大陸が砂漠化で食料が不足気味なのは有名な話なので、そんな国が発行する通貨を毎月ただで配られて、生産した食料はすべて供出させられて、本当に食べていくことができるのか不安になったようですね。まだしも米を配った方が良かった」

「それに」ホーチミンの役所の人間が横から口を挟んだ。「共産党から逃れようとすれば、当然キャピタル通貨が使用されている地域に逃げるでしょう? ハノイで革命が達成されて、それから逃れるのに革命の総本山である大陸に逃げる人間はいない」

「自分たちでサムフォー司祭を殺したんでしょう!」

「そうなんです。だから彼らは、サムフォー司祭の寡婦のところに救いを求めに行けない。革命は取り返しがつかないですから、彼らが元の生活に戻るには別の何かにすがらなくてはならない」

「それがぼくってわけですか」ベルリは仏頂面で呆れていた。「ハノイの皆さんは、サムフォー司祭は王さまのように傲慢だったと憤っていたはずです。それなのにまた王さまを求めるんですか? 自分たちが王さまになるために革命を起こしたはずじゃありませんかッ」

「そんな覚悟、誰にもなかったんですよ。もっといい王さまが来るはずだって、勝手に思い込んでいたんです。そしてやってきた共産党の王さまは、自分たちから米を取り上げて、見慣れない通貨を配ると言い出した。通貨は地域を表します。キャピタルの通貨は、広く世界を覆っていますが、大陸の通貨は砂漠の大陸だけです。香港と台湾がそれに飲み込まれようとしていますが、日本は彼らと対立している。まだしもキャピタル通貨の方が安心感がある。大陸の共産党は、これから世界侵略を開始するでしょう。それは通貨戦争でもあるんですから」

話を聞くと、ハノイからの難民は、国境地帯に設けられた強制収容所に入れられ、わずかに懐に締まってきたキャピタル通貨で食料を買って飢えを凌いでいるのだという。ホーチミン市は彼らに施しをする予定はないようだった。ベルリはこの対応にも怒りを露わにした。

「それって人道的にどうなんですか?」

「人道とおっしゃるが」役人が応えた。「スコード教の司祭に守られて発展した土地をわざわざ共産主義者に献上してすっからかんになった彼らが、働きもせずにホーチミン市民から搾取することが人道的なのですか? ホーチミン市民は、無職たちの奴隷ではありません」

「土地はあるんでしょう! 彼らは貴重な労働力じゃないですか。土地を与えて、開墾をさせれば」

「土地はあります。でも水が足りません。北部の水源地を共産党に取られてしまっているので。こっちだって死活問題なんですよ。有り余るほど米があれば、そりゃ何とかしてあげたいですよ。でも、キャピタル銀行の支店の職員だってもうハノイから逃げてきているんです。もうあの土地の評価をするのは我々の陣営の人間ではない。共産党員なのです。共産主義革命を起こせば、共産主義世界の評価に身を委ねるしかないんです。自由民主陣営の価値観や評価基準は通用しなくなる。文字通り世界が変わるんです。革命を起こす人間は、新しい世界のことを何も知らずに新しい世界へ飛び込む。そして絶望するんです。未知の希望が既知の絶望になったとき、革命の愚かさを知ることになる。人間がやることなんて変わりゃしないのに、何かが変わると思い込んでしまうんです」

スコード教の司祭が話を継いだ。「人の絶望の根源は、果てしない労働です。命ある限りずっと働かなきゃいけない。生きるためには労働がついて回る。だから人間はいつも絶望の淵にいる」

「それをスコード教の司祭が口にするんですかッ!」

ベルリが激高して席を立ったのを危うんだハッパは、彼に抱き着いて無理矢理席に座らせた。ベルリの怒りが理解できなかった司祭は、彼をスコード教の仮の法王にする話を切り出せないままいったん席を外すことになった。

部屋に取り残されたベルリたちは、頭を抱え込んだベルリを静かに見守るしかなかった。

「ぼくは考え違いをしていたのか?」ベルリは独り言のように呟いた。「スペースノイドの規範をアースノイドに植え付ければ、アースノイドも必ず変われるって思っていた。だから、地球の若者をトワサンガやビーナス・グロゥブに送って一定期間訓練すれば、スペースノイドとアースノイドの間の溝は解消されていくと思っていた。でも、労働が絶望の源なんて。宇宙でそんなことを言えば、すぐに空気も水も供給されなくなって死んでしまうのに」

「まぁ、そうなんだけどさ。まだそれは実現していないわけだから。変化のきっかけをつかんでいない人に絶望したって始まらない。それより、ぼくに考えがあるんだ。ベルリは自由民主主義や共産主義に肩入れするのは嫌かもしれないけど、水源の話があっただろう? あそこだけでも取り返して、ホーチミンの人間を安心させてあげないか」

「水?」

「土地はあるけど、水が足らなくなるかもしれないって言ってたじゃないか。水源を抑えれば、事態が好転するきっかけになるかもよ。それを君らでやってくれないか。ぼくは、もう一度ハノイに潜入して、共産主義の実態を調べてみようと思うんだ」

「わたしは反対」ノレドが言った。横でリリンも睨んでいた。「ハッパさんは危ないことをすべきじゃないよ。ただでさえディーゼルエンジンが狙われる立場にあるのに」

「大丈夫さ、こう見えても逃げ足は速いんだ。無理はしないよ。通信機の性能を上げて、ガンダムに助けを呼べるようにしたら問題ないだろう?」

「だったらあたしも行くよ。王さまを殺してしまうことの意味を知りたいから」

ノレドの提案は、ベルリ、ハッパ、リリンいずれも反対だったが、反対されるとノレドは意固地になってハノイに潜入することにこだわった。

「こう見えてもわたしはトワサンガ大学の学生だからね。スコード教の司祭がいなくなった世界を見ておきたい。フィールドワークの自由を妨げることは、ベルリにだってできないはずだよ。それに、世界を見ておかなくちゃ答えは出ない。答えが出なくちゃ、カール・レイハントンには勝てっこないんだから」


2、


反対するベルリを押し切ったノレドは、ハッパとともに再びハノイに潜入することになった。ベルリとリリンは不本意ながらもホーチミンの民兵と北部の水源地域を奪還する作戦に参加することになった。次期法王に推挙されているベルリの作戦参加に、民兵たちは沸き返った。

「宇宙世紀時代には人類はかなり長距離の交信も可能になっていたというけどね。どんな技術を使っていたのかわからないんだ。でもこのガンダムなら、きっとノレドの声を拾ってくれるさ」

ハッパは心配するベルリにそう言い聞かせて、ノレドを連れて山岳地帯からハノイを目指してモビルワーカーを走らせた。ノレドは後ろの荷車に乗車していたが、やがて飽きてハッパにモビルワーカーの操縦やディーゼルエンジンの話などをしてくれとせがんだ。

「内燃機関は一時期地球で盛んに使われた技術だったんだけど、排ガスの影響とエネルギーの枯渇によって電気に取って代わられたんだ。人類が100億人もいる時代に、多くの人が火で走る車に乗っていたというんだけどね。そのあとは電気が主流になったそうだけど」

「その電気自動車のバッテリーは何だったの?」

「全固体電池やその前は電解液って言われている。この技術が失われていて、フォトン・バッテリーに依存することになっているんだ。それに容量がフォトン・バッテリーよりはるかに少なかったらしい」

「アメリアってそんなに発掘品の解析が進んでいたんだ」

「キャピタルへの対抗意識だよ。それに、ヘルメスの薔薇の設計図からの情報もあったからね」

「エネルギーがなくっちゃ人は森を破壊していくし、多くありすぎたら戦争しちゃうし、どうしてこう上手くいかないんだろう。もっと計画的にやれないものなのかな?」

「共産主義というのは、計画経済だと言われているけど・・・。トワサンガに限らず、宇宙は共産主義体制に近くなるというか、労働なしに生存環境が維持できないから、否応なしに人は労働のための知識を身に着けて、当たり前のように労働に従事する。労働が絶望なんて言っていたら、宇宙では生きていけない。でも地球はそうじゃないからね。地球でトワサンガのような労働本位制って成り立つのかな?」

ハッパとノレドは、荷車を譲ってくれた農家に身を寄せることになった。粗末な農家には老人が夫婦で済んでおり、子供はハノイに働きに出たきり戻らないという。

「もう見ての通りの年寄夫婦だで、動くシャンクで手伝ってくれるならこんなありがたいことはない」

老夫婦はふたりを若夫婦だと勘違いしたようで、宿泊用に小さな小屋をあてがってくれて、その晩は飼っていた鶏を潰してもてなしてくれた。老夫妻は共産主義や自由主義のことはまるで分らず、前任者のサムフォー司祭のことも領主だと勘違いしていた。聞くと、集落の人間はいつも身綺麗にしていたサムフォー司祭が何をやっている人なのか知らないまま彼に従っていたのだという。

「新しい領主さまは、スコードがなんとかいう話はせんようになったな。ここらには地の神さまがおるでな。ああいった話はよくわからんかった。でも、新しい領主さまは、植えるもんを変えろとか、収量を上げろとかうるさくてな。もうわしらは老人だから、自分が食える分だけ採れればよかったのに、どうすりゃいいのか困っていたんじゃ。あんたが手伝ってくれると助かる」

ノレドが尋ねた。

「地の神さまがいると聞いたサムフォー司祭は何と答えたのですか?」

「地の神さまもスコードだからいうとったわ。あの人は細かいことはうるさく言わん人やったからわしら年寄は信頼しとったけどな。若いもんはスコードも地の神さまも信じないでな。信心なんか遅れた人間がやるもんじゃ言うて。毎晩集会に出かけてな、何事か話し合って、挙句あんなことになってしもうた。シャンクがこのまま動かせなんだら、どうやって収穫すればよいやら」

ハッパが質問した。

「サムフォー司祭はフォトン・バッテリーを使ってシャンクを貸し出してくれたわけでしょう。新しい領主さまというのは何かくれたんですか?」

老夫婦は顔を見合わせて、奥から紙の束を持ってきてくれた。

「これがカネじゃ言うてな。前の領主の持ち物をみんなに配るからといってくれたのがこれ。わしらは動くシャンクを貸してくれりゃよかったんじゃが」

「これで物は買えるんですか?」

「買えるとは言うけれど、持っていっても嫌な顔をされるな。だけどわしらが使っていた前のカネはもうないんじゃって。だからこれで何とかせにゃならんのだが、これでは米も買えんし、せめて配給してくれんもんかと」

腕組みをして考え事をしていたハッパは、ある提案をした。

「使い道がないなら、明日からぼくらが働く報酬としてそれをいただけませんか?」

「やるよ」

「そうはいかないので、とりあえず働かせてください。その報酬でそれをいただいて、ぼくらは市街地へ行ってそれで何が交換できるか調べてみます」

翌日朝から老夫妻の畑仕事を手伝ったハッパとノレドは、分配された大陸の紙幣を貰い、モビルワーカーを老夫妻に預けると、歩いてハノイ市内へと向かった。

まずは宿を探すことになったが、支払いを大陸の紙幣で済ませたいと申し出ると、露骨に嫌な顔をされた。ところが宿の看板には新紙幣での料金が書かれていたので、ハッパにそれを指摘された支配人はしぶしぶふたりを泊めることを了承した。

「どういうことなの?」ノレドが尋ねた。

「インフレさ。おそらくはこうだ。サムフォー司祭の私有財産は、共産主義者に没収された。しかし、物のままでは配分できない。そこで新紙幣で住民に支払った。まぁ、配分しただけマシとはいえるが、たとえサムフォー司祭が金銀財宝を隠し持っていたとしても、全員に平等に分配すればそれはわずかなものだ。革命に参加した人らはそれでは納得しないから、紙幣を多く支払った。それでみんな紙幣は持っているけれども、新紙幣の信用がないから、物と交換はできないんだ」

「それじゃおカネの意味がないじゃん」

「そこで、共産主義者がモノやサービスの値段を決めて、それで交換するように命令を出したのさ。それに従わなければおそらく罰則があるのだろう。一方でキャピタル通貨は信用があるから、銀行に交換の人が殺到してあっという間にキャピタル通貨は底を尽いた。いま、キャピタル通貨はここでは大変な価値があるはずだ。ノレドはいくら持ってる?」

「あまりないけど、1週間分くらいは」

「それがどんな価値になっているか調べれば、大陸通貨のインフレ率がわかる」


3、


法定交換レートと実際のレートの差は、100倍以上で、その差はますます開いていた。

「どういうこと?」ノレドは首を傾げた。

「ノレドは1週間分くらいならお金を持っていると言っただろう? それが少なくとも100週間分になったってことさ。」

「おカネが増えてもいないのに?」

「こういうことがあるから通貨をユニバーサルスタンダードにしたんだけど、北の大陸は物資が枯渇しているんだろうよ。ハノイから物資を徴収して、自分たちが決めたレートで自分たちが発行する通貨をばら撒いているんだ。それでおカネとモノのバランスが崩れてお金の価値がどんどん落ちているんだ」

「解決方法はあるの?」

「物資を大量に供給していくしかない。ひたすら。もう誰もモノに見向きもしなくなるまで。とりあえず秋に収穫されるコメが出回れば落ち着くかもしれないが、それを大陸に持っていってしまうと大変なことになるね。新紙幣は紙切れになる。そして住民は紙切れのために収穫物を全部差し出さなきゃいけない。ところがそのコメはシャンクが動かないのと労働者不足で減収になるのは間違いない。このままでは餓死者さえ出そうだ」

「なんでユニバーサルスタンダードをやめちゃうんだろう?」

「キャピタル通貨は中央銀行がかなり厳格に価値を決めて通貨供給量を絞っていたからね。通貨は安定しているものだって固定観念が強くなりすぎていた。でもなかなか思うようには稼げない。だったら自分たちで通貨を発行すれば、みんなにもっと多くの通貨が行き渡って、みんなが豊かになると安易に思い込んだのだろう」

「上手くいかないものなんだね」

「日本なども、企業の財務が痛んでいるのに、通貨発行の権利がないからバランスシート改善のために多くの努力をしなきゃならなかった。ディーゼルエンジン技術に賭けたのも、新技術で通貨供給量を増やしてもらいたかったこともあるんじゃないかな。企業の財務が痛んでいるときは、通貨供給量を増やすべきなんだけど、キャピタルがあんなことになっていたし、中央銀行が機能しなかったんだ。クリム・ニックは余計なことをしてくれたよ。彼には彼の考えがあったにしてもだよ」

ノレドの郷里キャピタル・テリトリィは、クリム・ニックのゴンドワンとルイン・リーのクンタラ解放戦線の攻撃で一時的に大量の投資が行われ、ふたつの政権が相次いで倒れたことで投資されたほとんどの債権が焦げ付いてしまっていた。キャピタル・テリトリィ中央銀行は自国内の経済立て直しに躍起で、地球の裏側にある東アジアまで目が回らなくなっていたのだ。

キャピタル・テリトリィは通貨の安定を第一に考え、金融の引き締めと不良債権処理を同時に行った。通貨供給量の減少とフォトン・バッテリーの配給停止により不満が高まり、共産革命主義に火をつけてしまったといえた。資本へのアクセスが細り、エネルギーが枯渇して、食料の買い溜めが起こった。追い打ちをかけるように、穀物をエネルギーにするとの噂がバイオエタノールエンジンで起こって、民衆は不安のうちに理想的な社会体制は何かと考え始めたのだった。

北の大陸は、地球連邦成立以前に共産革命が起こったことがあり、アメリアより多くの共産主義に関する資料が残っていた。それらは発掘品であったが、学者によって欠損部分が都合よく解釈されて、誰もが平等で公平な理想社会だと宣伝された。宇宙世紀の地球連邦政府は、相次ぐ戦争によって地球を人間が生存できなくなるほど崩壊させた社会体制だと考えられていたので、地球連邦政府を悪だと教え込まれた人々は、それに敗れた共産主義体制を理想郷だと簡単に信じることになった。

「アメリアはそうじゃないんだね」

「ちがうね」ハッパは首を横に振った。「アメリアではもっと共産主義は否定的に捉えられている。もともと移民国家で、物質的な豊かさしか共通の利益にならなかったゆえに、物質的な豊かさを追求するには共産主義は不適格だとされている。こうしたことは黒歴史以前のことだから、本当のところはよくわかってはいないんだけどね」

ふたりは大通りの両側に商店が立ち並んだ地域を散策してみた。以前来たときより明らかに物資が不足していた。新紙幣で物を買おうとするとそれは品切れだと断られるが、キャピタル通貨をちらつかせると奥から物が出てくる。物資不足は、絶対数の不足もあっただろうが、主に売り惜しみによる行為が原因に思われた。店主たちは、明日には価値が半分になるかもしれない通貨より、価値が倍になる通貨を欲したのだ。それが小売りだけでなく、流通や卸しなどでも起こり、さらに役人の横領などが相まって物資は市場に出て来なくなっていたのだ。

一方で闇市は盛んであった。闇市ではモノの価格は自由に設定され、相手が欲しがればどんなモノでもカネになる。新通貨も、紙幣ではなく棒状の金属貨幣には値が付き、額面が逆転するような現象すら起こっていた。民衆は日々の生き残りに必死であり、相手を誤魔化すことばかり考えるようになっていた。ハノイは、正直な人間が損をして、ウソつきが得をする社会になっていた。

「これが理想社会なの?」ノレドはおかんむりであった。「世の中には悪い人しかいなくなってるじゃん。スコード教の司祭を殺してまで手に入れた社会がこんなのでいいの?」

ハッパは眼鏡を直しながら、大通りの両側に立ち並ぶ商店をつぶさに観察していた。

「食糧の加工品が明らかに減っている。加工すると、日持ちがしなくなってその日に売り切らなくちゃいけないから、足元を見られて安く買い叩かれるんだ。保存のきくコメはほとんど通貨のようになっている。店頭に並んでいるのは、保存に適したコメと乾物だらけ。あとは原材料費が掛かっていない手作りの物品だけだ」

ふたりは道に茣蓙を敷いた老婆が売っていた、粗末な素焼きの壺に入ったヨーグルトを買った。量はたくさんあり、美味で、価格も驚くほど安かった。

「このヨーグルトは、老人の家で焼いた壺と、家畜の乳を加工して作られているんだろう。家畜の乳は毎日絞って売り抜けなければいけないから、価格が安くなって、安いがゆえに誰も見向きもしなくなっている。おそらく、共産政権が制定した価格表ならもっと高く売ることもできるのだろうが、それを求めてしまうと生産品として届けなければいけなくなる。共産主義では、生産品は同時に分配品だから、その分の税を徴収される。生産した分をすべて徴収されるから、売れ残りがあると途端赤字になる。だから生産品として届を出さずに闇市場で売っているんだ」

「みんなで作ってみんなに分配するってそんなに難しいことなのかな?」

「作って分配するって言ってもさ、共産主義者は絞った牛乳を毎日回収しないだろ? 全部労働者がやるんだ。労働者は必要な場所に配置されて、毎日決められた労働をこなす。でも、牛乳を現物で徴収して分配なんかできないから、結局通貨でやるんだ。信用のない通貨でね」

ときたまやってくる客は、老婆に紙幣で対価を支払った。老婆は何度も頭を下げて感謝した。そこにひとりの人相の悪い男がやってきた。彼は金属の通貨を懐から取り出して、老婆に紙幣との交換を迫った。老婆は脅かされるわけでもなく交換に応じた。なぜなら、新通貨の紙幣ではモノが買えないからであった。老婆がその日暮らしを強いられていることは明らかであった。

その姿を見てノレドは憤慨した。

「あれ見てよ! 全然額面が釣り合っていない!」

「あの男はおそらく何かの商売をしていて、たくさん税を払わなければいけないか、そんな人物に紙幣を安く売りつける業者なんだろう。たくさん税を払う人間にとって、紙幣の価値下落はありがたいことさ。指定された分を安く払えるからね」

「でもあんなの公平じゃないよ。何のための額面なの?」

「まぁ、そうとも言い切れない。あの老婆だって、やせ細っているわけじゃないだろう? 収穫を少なく申告して、家に食べ物をたくさん隠しているんだ。だから、彼女は必要な物資をここで調達できるだけの金属通貨が手に入ればいい。そういう理屈でこの闇市は成り立っているんだよ」

「共産主義ってウソばっかりじゃん!」

「ハノイは体制移行間もないから、物資が不足しているのと、体制の不備もある。物資が豊富になって通貨が安定した共産主義の世界を見てみたいけど、そんな場所がこの世界にあるのかなぁ」


4、


スコード教のサムフォー司祭は、キャピタル・テリトリィへの留学経験もあるエリート司祭で、経済にも明るかった。彼はハノイに中央銀行の支店を作り、通貨供給の仕組みを整えたばかりでなく、地域の生産性の向上に取り組んで、物々交換に頼っていた地域の経済を近代的なものに変えた。

しかし民衆の一部は、その事実を理解せずに、彼を不労所得を得る資産家、支配階層であると位置づけた。彼は労働者からの搾取によって不当に資産形成した人物と陰口を叩かれ、まるで王のようだと揶揄された。サムフォー司祭は、それらの悪口にいちいち構うことはなく、エネルギー枯渇問題に備えて新たな発電と送電について思いを巡らせていた。発電機は高く、エネルギーも買おうとすれば民衆の経済を破壊しかねない。送電のための銅もない。地球の資源は枯渇していたのである。

そこで彼は、エネルギー輸出地域になるべく、いち早くサトウキビの生産を打ち出した。資源原料の輸出実績を作り、それを担保に借金をして、バイオエタノールプラントを建設して、さらには新型ディーゼル発電機を導入しようと考えたのだ。

その試みは、彼があずかり知らぬところで研ぎ澄まされていた革命の刃によって頓挫した。革命者はキャピタル・テリトリィを中心とした世界標準を否定して新たな標準を作ろうとしたために、旧体制のものは何でも破壊されてしまった。中央銀行支店は間もなく閉鎖された。

民衆は、扇動者によってサムフォー司祭の資産を多く見積もって垂涎していた。支配層の資産家を縛り首にすれば、民衆こそが王となり、不正蓄財されたものは全部還元されると吹き込まれていたのだ。

ところが、扇動者の言葉とは裏腹にサムフォー司祭は清貧な人物であった。彼の一見豪華に見える住まいと教会は、交渉事を円滑に進めるために必要なものだった。彼の資産と目されたものは張りぼてもいいところで、資産家から投資を勝ち取るための虚飾に過ぎなかった。そして彼には、多額の借金があった。生産性向上のために司祭は農作業用のシャンクを買いつけていた。ハッパのモビルワーカーと同じように、それはアグテックのタブーぎりぎりの代物だったために、大変高価なものだったのだ。それを個人の借り入れで買い揃え、農家に貸し出して生産性を上げていたのだ。

ハッパとノレドは、潜入したハノイでの調査によって、サムフォー司祭には資産と呼べるものはなく、借財だけがあったと結論付けた。その借財は革命によって不渡りとなったために、投資家はこの地域を見限った。収穫を上げることで高値をつけた地価は評価額がゼロとなった。それどころか、何もかもが共産党の所有物となり、地域監視官が細かく決められて、彼らは住民に賄賂を要求し始めた。

分配されるのは、紙切れに等しい紙幣ばかりで、税とは別の名の負担ばかりが増えた。当然民衆の不満は高まったけれども、理想主義者を自称する者たちは、生活が苦しいのは理想が実現していないからで、理想が実現すれば何もかも良くなると民衆を諭した。それでも逆らうものは、理想を疑う思想犯として大陸の強制収容所に送られて、思想教育を受けさせられた。

「なぜなら、理想は絶対で、それに代わるものはないからです」

地域監視官に任命された北の大陸の男は胸を張った。ハッパとノレドは、彼らを刺激しないように慎重に調査を進めていたが、民衆の不満が日々高まっていく中で、突如当局の思想取り締まりが厳しくなった。すると、旅行者を装って長期滞在しているふたりは当然怪しまれ、尾行されるようになった。

「まだまだ知りたいことはあるが、そろそろ逃げなきゃいけないね」ハッパは明かりを消した部屋で声を潜めた。「ガンダムはそろそろ水源地帯を制圧しているころだ。農家に戻って、モビルワーカーで約束の場所へ行ってみよう」

「どこへ行かれるのかな?」

ハッパたちが宿を抜け出したところ、見張りらしき憲兵に呼び止められた。旅行者として内偵していた彼らは知らないうちに密告されていたのである。

ハッパとノレドは引き離されて連行された。ベルリからノレドを預かったとの意識があるハッパは、ノレドだけでも逃がそうと憲兵の腕を噛んで激しく暴れた。そのために彼は銃床で首筋を強く殴られて気絶してしまった。ぐったりとしたハッパは担がれて連れ去られていった。

「ハッパさんッ!」

ノレドも掴まれた腕を振りほどこうと必死に抵抗したが、両脇から腕を絡ませられて持ち上げられるように連れ去られてしまった。ノレドは馬車に押し込められた。馬車には他にも多くの政治犯が腕に枷を嵌められ、首に縄をかけられたまま詰め込まれていた。

ノレドも同じように枷と縄を結わえ付けられ、憲兵に連行されていったのだった。



ハッパとノレドを見送った後、ベルリはホーチミンの民兵と作戦会議を行い、水源地奪還作戦に参加することになった。とはいえ、ベルリはこの作戦には乗り気ではなかった。なぜなら、水源地を巡って戦争になれば、その奪い合いを理由とした戦争が継続的に勃発することになりかねなかったからだ。

しかしこのまま手をこまねいて、共産主義者に先手を取られたままでもいられない。何らかの打開策を提示しないで、ただ反対するだけでは誰もついてきてはくれない。

「我々にとって最も理想的なのは、ベルリさんがスコード教会の法王になって、水源地のみならず自由主義陣営の全軍を率いて共産主義者と戦ってくれることなのです」ホーチミンの枢機卿は話した。「もし、法王という身分がおいやでしたら、トワサンガの王子ということでもいい。我々に必要なのは、スコード教を中心とした価値観を体現してくれる象徴なのですから。戦争が嫌というのなら、戦わなくても、あのガンダムという機体で後方支援をしてくれるだけでもいい。共産主義革命など起こさなくても、スコード教は健在で、いずれフォトン・バッテリーも供給されるようになるのだと希望が見えれば、こんなつまらない争いなどそもそも起こらないのです。民衆が民衆の名において王を殺し、正統性なき権力簒奪を行わなければ、世界の秩序はそのまま保たれるのです」

枢機卿は自信をもってそう断言したが、ベルリは内心で首を横に振っていた。そんなものは役に立たない。いまのベルリにはわかっていた。ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンを説得するには、ヘルメスの薔薇の設計図を完全に回収しなければならない。トワサンガのカール・レイハントンを説得するには、人間は愚かな反自然的存在ではなく、ガイアの癌細胞などではないことを示して、地球の封鎖を解いてもらわなくてはならない。人間の主義主張の問題ではないのだ。

しかし、それを東アジアしか世界を知らない目の前の浅黒い肌を持つ男に話しても、理解が及ばないのだ。

民兵は続々と集まってきた。なかには、ハノイから逃げてきた亡命者も多数いた。彼らの間では、ガンダムというモビルスーツに乗るベルリがトワサンガの王子であることはすでに知れ渡っており、否応なしにベルリは軍の象徴的立場にされてしまった。何もかもベルリの思い通りにはいかないのであった。

懊悩を抱えたままガンダムに乗り込んだベルリは、コクピットの奥にリリンが隠れているのを見つけた。

「あのね」ベルリは思わず語気を強めた。「サムフォー司祭の奥さんに匿ってもらう約束だったでしょ? これから戦争に行くんだよ。子供がそんなところにいちゃいけないんだ」

「ダメだよ」リリンは口ごたえをした。「だって、あそこにいると、捕虜になるんだもん」

きつく叱ろうと息を吸い込んだベルリは、ふと思い直し、なぜ自分はサムフォー司祭の寡婦が自分の味方なのだと勝手に思い込んでいたのかと肩の力を抜いた。

「ここにいる方が安全だよ」リリンはすました顔で言った。「それに、未来の宇宙から、ラライヤがもうすぐ来るんだよ。ラライヤじゃない人を連れて」

「ラライヤがここに来る?」

ベルリは、ノレドからラライヤがカール・レイハントンについて調べるためにトワサンガに残ったと聞いていた。最後に気配を感じたのは、カール・レイハントンと交戦したときだった。その前に戦ったときには、ガンダムが勝手に発進して、ラライヤが搭乗するYG-111を破壊しようとした。それを阻止したのは、ベルリだった。ベルリは、ガンダムに搭乗したままで、ラライヤがコクピットにいるYG-111を操縦したのだった。

「リリンちゃんにはそれがわかるのかい?」

「わらないけど、見えるよ」

リリンのその言葉を、ベルリは信用するしかなかった。


次回、第42話「計画経済主義」前半は、4月1日投稿予定です。


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第41話「共産革命主義」前半



1、


マニラへ向かう船と袂を分かったガンダムとハッパは、北ベトナムのハノイを目指して海上を飛行していた。

日本の貨物船に乗客として乗り込んできたのは、テロリストたちであった。彼らは厳重な警備をかいくぐり爆発物を持ち込んで、貨物船を乗っ取ろうと企てた。目的は日本が発掘品を分析して再現したディーゼルエンジンであった。

ディーゼルエンジンは汎用性が高く、エネルギーを生産できることが魅力であった。日本の未来の基幹産業になり得るその技術を奪うために、彼らは決死の覚悟で船に乗り込み、逆に皆殺しにされてしまった。なぜ技術を独占したのか。そのために多大な犠牲を払うことに躊躇しないのか。ユニバーサルスタンダードのように広く技術を公開することはできなかったのか。ベルリは悩んだ。

死の余韻はベルリの心に暗い影を落としていた。心配したノレドやリリンが、彼の心を和ませようと流行歌を唄ってくれた。ラジオからは東アジアで人気のある歌手の歌声が流れていた。

「ハッパさん、グレートリセットってなんでしょう?」

ベルリは通信機に向けて話しかけた。この通信機はハッパが取り付けたもので、ガンダムに備わっていたものではない。ガンダムは、まるでそれ自体に意思があるかのように、ベルリに聞かせる声はどんな小さな音でも拾い、伝えなくてもいい声は拾わない。そのために通信機を別に取り付けたのだった。

「文字通りの意味だろうけど、革命のことを指しているんじゃないかな」

「何を革命したの?」リリンが尋ねた。

「自由貿易を否定して、共産主義の世界を作ろうということだと解釈しているけど・・・、ベルリはどう思ったんだい?」

「ぼくは、スコード教の否定だと捉えたんですが」

「スコード教を通じてフォトン・バッテリーが宇宙からもたらされ、それを得るためにアグテックのタブーを人間は受け入れてきた。それをやめて人間の意志で物事を決めていこうとするのなら、たしかにそれはグレートリセットと言えなくもないね」

「でもさ」ノレドが口を挟んだ。「それならアメリアも一緒じゃないの? アメリアだって、ソーラーパネルで発電したエネルギーをフォトン・バッテリーに充電できれば、スコード教に支配されているかのような世界を変えられる、アグテックのタブーは打ち破っていかなきゃいけないってメガファウナを作って、海賊船にして温存してたんでしょ?」

「ぼくらがやろうとしたことも、一種の革命だったのだろうか? でもぼくらには、革命を目指している気持ちはなかったし、キャピタルやスコード教への尊敬も失ってはいなかったよ。革命はただの急進改革主義じゃない。旧体制の完全破壊の上に新しいものを構築しようと志向することが革命だ。ぼくらは、旧体制たるキャピタルに、人類の進化についてもっと柔軟になって欲しかっただけなんだ。実際、火と水とタービンがあれば電気は作れる。ソーラーパネルでも作れる。それを大量に安全に蓄電する技術がどうしても見つからないんだ。フォトン・バッテリーに電気を貯めることができれば、たったそれだけのことで人類の歴史は漸進的に改革されるんだよ。革命はむしろ喪失でしかない」

「古いものを壊すから?」ノレドが尋ねた。

「その通り」ハッパは応えた。「だから、アメリアと彼らテロリストはちょっと違うと思うね。ただ、あのテロリストとされた人たちのことをぼくは何も知らないから、断定はしないけど」

「グレートリセットは、旧体制の破壊ってことですね」ベルリは自分に言い聞かすように呟いた。「でも何をリセットしようとしていたのかは、断定はできないと」

「そう。だってさ、スコード教を全否定して、共産主義国家を成立させることをそう呼んだとするだろう。もしフォトン・バッテリーの供給が再開されたら彼らはどうするんだい?」

「ああ、なるほど。フォトン・バッテリーの供給先から外されてしまいますね。ということはやはり、自由民主主義とか自由貿易体制を否定して、共産主義に・・・。共産主義って何なんですか? 共産主義者になったら、裁判もなしにあんな簡単に殺されてしまわなくてはいけないんですか?」

「テロリストは武装集団だから、彼らを制圧するのに裁判なんかいらないよ。ベルリ、これは世界の常識だ。しかも海上でのテロ行為は、生きるか死ぬか、ただの犯罪じゃないんだ」

「そうなんですか・・・」

そう呟くと、ベルリはまた黙り込んでしまい、ノレドとリリンを心配させた。

ガンダムは、ハノイ郊外のジャングル地帯に到着した。ハッパは周囲の偵察に出て、残りの3人は枯れ木などでガンダムを念入りにカモフラージュして隠した。

「この機体は外からはハッチを開けられないんだ。何をされても傷ひとつつかないし、こんなものでいいんじゃないかな」

「外から開けられないのに、ベルリが触ると開くの?」

「そうなんだ。生きているみたいだよ。人間みたいなんだ」

モビルワーカーで近くの農家に出向いたハッパは、半日してオンボロの荷車を調達して戻ってきた。4人は協力してその荷車に幌をつけて、車輪を直した。東アジアでは、人種的にベルリたちの風貌は目立って怪しまれてしまう。そこで荷車に幌をつけて顔を隠そうというのだ。

ハッパは現地の粗末な服も調達してきたので、3人はそれに着替えて、大きな笠を頭にかぶった。

「お金を払うと言ったら断られたよ。でもただじゃ悪いから、モビルワーカーでちょっと働いてきた。それでこれを全部くれたんだ。もういらないからって」

「親切な人たちですね」

「日本人も最初は親切な人たちだって思ったものさ。はっはっは」

日本企業に契約を一方的に破棄されたハッパは、少しだけ人間不信に陥っているようだった。

モビルワーカーが荷馬車を牽引する形で、一行は出発した。街が近いとのことだったが、行けども行けどものどかな田園風景が続いた。この地で革命が起こったと言われても誰も信じないような牧歌的光景であった。田には水牛がおり、ロバに乗った男が砂糖水を売り歩いていた。

稲作が盛んな地域のようで、段々畑が丘陵の上まで続いていた。遠くの山には炭焼きの煙が立ち上っている。乳牛が柵の向こうで啼いていた。リリンは初めて目にする広大な風景に目を瞠っていた。トワサンガ生まれの彼女には、地平線が途切れる景色さえ珍しい。巨大な山と吹き下ろす風の強さも、リリンには強い刺激そのものだった。

「すごいね。これが全部お米になるんだ」

「こんなに作ってどうするの? 余ったら売るの?」

「香港なんかは買っているだろうね」ハッパが後ろの荷馬車に顔を向けて応えた。「自由貿易が出来ていたころは、たくさん作って、食糧輸入国に売っていたはずだ。でも共産主義国になって、日本はあんな感じだし、どこに売るつもりなんだろうな?」

「ハノイのコメの供給先として、香港を侵略したんでしょうか?」

「その可能性も含めて探ってみるか!」


2、



すっかり現地人に溶け込んだハッパがすれ違う行商人に聞いた話では、ハノイにはサムフォーという名のスコード教の司祭がいて、その人物が王のように振舞い、富を独占してきたのだという。

人民は永くその圧政に苦しみ、大陸で共産主義体制が復活すると多くの国民が革命にこぞって参加したという。王のように振舞っていたサムフォーは押し寄せた民衆に捕まると木に吊るされた。家族は南へ逃れたが、ハノイ人民解放軍はそれを追撃しているということだった。

「スコード教の司祭が富を独占するなんて・・・」ベルリは絶句した。

「いや、実際フォトン・バッテリーの利権は絶大だよ。我々アメリア人は自分の国の豊かさを誇っているけど、キャピタル・タワーがあって、フォトン・バッテリーの配給権を独占しているキャピタルの国民は不当に豊かだなと羨んでいた」

ハッパの言葉を、ベルリとノレドは納得いかない顔で聞いていた。

モビルワーカーを馬のように使い、一行を乗せた荷馬車はハノイの中心地へとやってきた。中心地といっても何かがあるわけではなく、ひときわきらびやかな教会と集合住宅が立ち並ぶだけの寂れた街並みであった。粗末な衣服を着た子供たちが走り回って遊んでいた。

一行は荷馬車に乗ったまま教会の中へ入ってみた。よく手入れされた美しい庭園があり、そこだけ別世界のようだった。ただ、かつては美しい装飾が施されていたであろう礼拝堂は焼け落ちていた。そこから焦げた柱などを運び出し、修復作業が続いていた。

ハッパは現地人と似た顔立ちを生かして、作業を指揮していた男に話しかけた。

「ここにサムフォーは住んでいたのですか?」

「おたくら旅行者かい?」太った現場監督の男が愛想良く応えた。「ここはそう、サムフォーが住んでいた教会だ。あいつが富を独占していたおかげでハノイの人民は長らく苦しんでいたからね。いまではあいつが貯め込んでいた財産は人民解放軍に接収されて、ここには何も残ってないよ」

「教会を直しているところですか?」

「そうじゃないよ。教会を壊して、人民解放軍の総督の屋敷にするために改装してるんだ。総督さまはそれはもう慈悲深い方だから、わしらの暮らしもじきに良くなるだろう」

ベルリとノレドは荷馬車の中で顔を見合わせ、いやな予感にうんざりした表情になった。

「サムフォーがいなくなって何か変わりましたか」

「税がなくなったよ。以前はフォトン・バッテリーの配給と引き換えに徴税していたのに、この1年、サムフォーは電気も配らず税はそのままにしていたんだ。あいつのところのシャンクも今年は貸し出しがない。それなのに税だけ取るって、そんな話はおかしいだろ?」

「そりゃ酷い」

「電気がなければシャンクが動かないから、稲刈りも全部人力でしなきゃいけない。くたびれるのはわかるだろ? それなのに、サムフォーはもっと耕作地を増やして、サトウキビを作りたいと言い出したんだ。強欲な男さ。稲刈りですら大変なのに、開墾までさせて、それでサトウキビを作るというんだ。砂糖は足りている、もっと民衆が豊かになるものを作りたいといっても、サトウキビは儲かるようになるからの一点張り。ほとほと困っていたら、青年会が北の大国が手助けしてくれるからサムフォーを縛り首にしようと言い出して、最初はみんなそこまでしなくてもと反対していたけど、税がなくなると教えてもらって、サムフォーを木に吊るすことに同意したのさ。さすがに家族は逃がしたけどね」

ハッパは荷馬車に乗り込んできてそっと話し始めた。

「サムフォーはサトウキビでバイオエタノールを作って、ハノイの人たちを食べさせていくつもりだったようだ。グールド翁が台湾南部の土地を買い占めて作ろうとしていたのもおそらくサトウキビ。甜菜が作れないところでは、サトウキビは戦略物資になりかけていたんだ」

「どうもそのようですね」ベルリが頷いた。「ぼくは、サムフォー司祭が、フォトン・バッテリーの配給と引き換えに徴税していたことがショックですけど」

「フォトン・バッテリーと引き換えに税を徴収していたのは、住民の勘違いじゃなかろうか? みんなここに来るまでの光景を見ただろう? かなり手入れされた田園風景だった。あれだけの田を管理するだけの農作業用のシャンクがあるということは、この地域は相当豊かだよ。バッテリーの配給もたくさん貰っていたはずだ。税でシャンクを買っていたんじゃないか。サムフォーという人物は、ハノイを上手く経営していた可能性がある。もちろん不正に蓄財していた可能性も同じくらいはあるだろう。だけど、もし彼が良い領主であったのなら、人民解放軍とやらは彼と同じくらい民衆のことを想って政治をやってくれるだろうか?」

「グレートかどうかはわからないけど、この地域はリセットされちゃったみたいね」ノレドは急に不安になってきた。「王さまを殺して何を奪ったの? 権力?」

「豊かな土地の利権だろうね」

と、返答したハッパの予感は当たっていた。

税がなくなるというのは住民たちの勘違いで、収穫物はすべて供出させられることになったのだ。それを毎月必要な分だけ公平に分配するという。丘をまるごとひとつ開墾した働き者の男は、労力に見合う分配がないと知ると新妻を連れて夜逃げしてしまった。行商たちは、売り上げに関わらず毎月配給が受けられるとはじめこそ喜んだが、ノルマが課せられると分かって途方に暮れていた。配給は決まったものが同じだけ与えられると知った女たちは、交換のために闇市を巡るのが日課になった。

たった数日で、豊かな田園風景からのどかさが消えた。

人間同士がギスギスし始め、ベルリたちを見る眼が厳しくなってきた。さらに、遅れてやってきた領主の男がハッパのシャンクに目をつけた。旅行者だからと言い逃れして逃げたものの、いつ寝首をかかれないとも限らないので、ベルリたちは夜中にガンダムを起動させてハノイを離れることにした。

「何が起きたのか全然わからない」ノレドは腕組みをして難しそうな顔をした。

「所有が禁じられたのさ」ハッパは風に吹かれながら月に照らされた美しい田園地帯を見下ろしていた。「この広大な農地はみんなのものになった。みんなで働き、みんなで分け合うようになった」

「それって、いいことなんじゃないの?」

「集落で一番の働き者が逃げてしまって、シャンクもなくて、この田園地帯は維持できないよ」

「だったら、日本はケチケチしないでディーゼルエンジンの技術をユニバーサルスタンダードにしちゃえばいいんじゃないの?」

「つまり、そういうことだ」ベルリは爪を噛んだ。「奪い尽くさなきゃ平等にならない。豊かさを追い求められない。地平線の先の先まで戦争を仕掛けて何もかも奪わないとユニバーサルスタンダードを作ることはできない」

「みんなで努力すればみんなが豊かになるんじゃないの?」

「人間の能力には大きな差があるんだよ、ノレド」ハッパが言った。「それは自分の子供や、地域の人など、仲間たちを豊かにして自分も豊かになれるって実感できなきゃいけない。でもその範囲があまりに巨大になりすぎると、自分の努力がザルに水を灌ぐように消えてなくなるのではと不安になる。実際、この地域は以前より貧しくなるだろうよ。シャンクが動いても、以前のように誰も働かない」

「サムフォー司祭は、スコード教の人で、自分で田を耕すわけじゃなかった。不正蓄財してたって話もあった。その財産は分配されないの?」

「分配の権利を持った人間が、少しずつ富を奪うのさ。それで民衆に届くころには、分配されるものが少なくなって、必要なものが偏る。平等を管理するといっても、人間ひとりに何が必要かなんて、その人しかわからない。わからないからみんなと同じものを配る。各家庭で必要なものは違うから、余ったものを持ち寄って闇市で交換する。そしてノルマだけがある」

「でもトワサンガもそうなんでしょ?」

「科学力がまるで違うし、管理された状況で物を作るのと地球の自然の中で物を作るのでは、結果が大きく変わってくる。労働工数なんて、自然環境の中では計れないよ」

王さまを殺したハノイの人々は、王さまが負っていた役割を自らが背負うことになり、途方に暮れてしまっていた。しかもその王は、スコード教の司祭で、決して強欲ではなかったのだ。


3、


スコード教のサムフォー司祭には、強い義務意識があった。教会から派遣された彼は、自分が任された土地の人々を豊かにしようと努力を怠らず、フォトン・バッテリーの配給が止まってからは世界で何が起きているのかよく学び、観察し、バイオエタノールのことも知っていた。

ハノイからホーチミンへと下ったベルリ一行は、亡命したサムフォー司祭の家族の家に招かれた。

「主人が王のように振舞っていたことなどありません」

司祭の妻はホーチミン政府に保護されて、郊外に屋敷を与えられていた。サムフォーはもともとホーチミンの出身で、キャピタル・テリトリィに留学後にハノイに派遣されて、美しい女性を娶り、美しい娘を授かっていた。娘はリリンと同じ年齢だった。

「夫が派遣された当時のハノイは、荒れた土地とジャングルがあるばかりで、キャピタル中央銀行の支店の統計にも入っていないようなところだったんです。支配層がいなかったために、夫がスコード教の布教の傍らでハノイの経営をやっていました。いまではハノイの農産物は石高がはっきりと計算され、共通通貨の供給も十分になされるようになり、貨幣経済への移行によって人々の勤労意識も高まりました。グレートリセット? それは大陸の政府による独自通貨の発行を指すのではないでしょうか?」

振舞われた紅茶を飲みながら、ベルリが驚きの声を上げた。

「通貨の発行? キャピタル以外がそんなことをするのですか?」

「北の大陸は、ずっと二重通貨だったのです。スコード教への帰依と中央銀行支店の受け入れをしなければフォトン・バッテリーの配給が受けられないので、キャピタルの通貨も使用していたのですが、地球の裏側の経済のことなどキャピタルが完全に把握できるわけがないので、大陸は足らない分を独自通貨として発行していました。キャピタルの通貨の信用は、フォトン・バッテリーによって保障されていましたから、その配給が止まったときに、通貨の信用力が落ちた。独自通貨の信用力は生産力の裏付けがなければいけないので、大陸はフォトン・バッテリーに頼らない強固な通貨、安定的な通貨の確立を呼びかけた。そのためには国境を廃止してアジア全域、最終的には地球全体でキャピタルを凌駕する経済体制を構築せねばならないと訴えていました。それを日本などが反スコード的覇権主義だと批判して対立しました。大陸ではスコード教の司祭は殺され、民衆の通貨への関心が生産力の拡大と所有の概念を揺さぶり、いつしか共産主義の復活へと結びついたのです。わたくしは共産主義がどんなものなのかよく理解していませんが、東アジアで戦争が起こったのは、エネルギーの争奪、大陸の砂漠化、通貨の信用力の低下、これらが混然一体となった結果です」

ベルリは、フォトン・バッテリーの配給停止が地球の裏側でこんな問題を起こしているとは想像もしていなかった。

キャピタル・テリトリィによる緩やかな連合体制は、行政区分としての国家の維持と、国家間対立の回避を見据えた経済運営体制が柱であったのだ。ところがそのキャピタルが戦争による疲弊とクリム・ニックとルイン・リーによる2度の体制崩壊に見舞われ、さらにフォトン・バッテリーを配給できなくなって、地球の裏側では脱キャピタルとも呼べるイデオロギー対立を誘発してしまっていた。

サムフォーの美しく知的な妻は、激動に見舞われたハノイで、スコード教が目指す文明対立の回避を維持するため、夫とともに厳しい状況を耐え続けてきたのだった。

「夫はいずれフォトン・バッテリーは再供給されると信じていました。それまでの期間、日本のバイオエタノールによるエネルギー供給体制を繋ぎとして利用しようと、新たな開墾を農民たちに提案していたのです。いったん共産主義体制に飲み込まれてしまうと、キャピタルの体制に戻ることは難しくなります。日本は自由貿易で互いに足らないところを補完しながら現状を維持しようとしていたので、言葉は悪いですが利用できると思っていました。でも、農民たちはそう思ってはくれなったようです」

サムフォーの家族の家を辞したベルリ一行は、北からの侵攻に備えて軍備拡張を進めるホーチミンの人々を悲しい顔で見つめながら、今後のことを話し合った。

「ハッキリ言って、ガンダム1機あれば、大陸の侵攻を食い止めることはできる」ハッパは断言した。「香港で見ただろう? 大陸の戦力は人力と火薬だけだ。おそらく、火薬を大量に生産して、爆発物と人海戦術、それにハノイみたいにスパイ活動で敵を寝返らせる作戦だけといえる。戦争には勝てる。でも勝とうとすれば、大勢の人間を殺さなきゃいけない」

ベルリは意気消沈して返事をすることもできなかった。代わりにノレドが口を開いた。

「原因が砂漠化と通貨不安とエネルギー枯渇なんでしょ? 人を殺しても何の解決にもならない」

「いや」ハッパは首を振った。「これはスコードと反スコードの戦いでもあるんだよ。もし世界が反スコードの共産主義体制になったら、スコード教が目指してきた人類の融和はどうなる? ビーナス・グロゥブの理想はどうなる? 共産主義体制がそれを引き継いでくれるだろうか?」

「日本がディーゼルエンジン技術をユニバーサルスタンダードにしないのがいけないんじゃないの?」

「違うんだよ、ノレド」ハッパは優しく諭した。「ユニバーサルがふたつ出来ちゃったんだ。フォトン・バッテリーが宇宙からやってきたうちは、本来の意味でのユニバーサルだったけど、その信用が落ちて、地球だけのユニバーサルが生まれようとしている。宇宙との関係が途切れれば、自分が住んでいる目の前の世界が宇宙のすべてになる。まさに革命が起きようとしているんだ。ぼくはアメリア人としてスコード教やヘルメス財団のやり方には不満も持っている。でもその理想を捨てようとは思っていない。ここは日本に与して、反スコード主義である共産主義と戦うのもひとつの手段だ」

「ハッパさんは間違ってるよ」ノレドはベルリを見ながら悲しそうに呟いた。「戦争をしたら、フォトン・バッテリーの再供給はなくなるし、ビーナス・グロゥブとの関係も切れちゃうんだよ。それに、もう時間がない」

リリンがハッパの袖を引っ張った。

「地球は虹色の膜に覆われて、大きな爆発が起きて、宇宙からやってきた銀色の魚みたいな細長い船に取り囲まれるんだよ」

「その話、何度も聞いたんだけどさ、誰か見たのかい?」

「リリンちゃんは見たの?」ノレドはリリンの頭を撫でた。

「見てないけど、見たよ。地球は真っ白になって、人が住めなくなって、みんな死んじゃうの」

「リリンちゃんはずっとこう言ってるのよ。でも、あたしたちは地球が膜に覆われたところまでは知ってるけど、フルムーン・シップが爆発を起こすとか、地表が剥がれて人類が絶滅するとか、地球が氷に閉ざされるとか、そこまでは知らないのよ」

「未来を見たってことなのかな」ハッパは首を捻った。

「ウィルミットのおばちゃんは、タワーで地上に戻って、悲しくなって泣くの。ずっとベルリさんの名前を呼んで、ずっと謝ってるの」

リリンは結論まで話さなかったが、ウィルミットは絶望のあまり地球で自殺してしまうらしかった。ノレドはヒヤヒヤしながらベルリの顔を窺った。蒼ざめたその顔には、絶望の影が浮かんできていた。


4、


統一通貨の脆さは、香港の金融を崩壊させ、日本の企業を危機に陥れただけでなく、スコード教による人類融和の理念さえも揺さぶり始めていた。

そうした危機感は自由貿易主義陣営に共通したもので、ホーチミンのスコード教会は正式にベルリに臨時の法王就任を依頼してきた。

「我々には象徴が必要なのです。失礼な話ですが、現在のゲル法王はアジアでは人気がない。アジア歴訪も中止になるとのもっぱらの噂です。ゲル法王がこちらに来てくだされば、フォトン・バッテリーの供給がなくともスコード教の権威を保つ役に立ったのですが、何やらよくわからない理屈をこねて、スコード教会と対立しているのだとか。しかし、トワサンガの王であるあなたなら、その役割を果たすのに十分だと思うのです」

浅黒い肌に白い法衣をまとった数人の男たちは、すがるようにベルリに頭を下げた。ベルリは心底困った顔で手のひらを横に振った。

「そんなこと、できるはずないじゃありませんか。ぼくは何の訓練も受けていないただのスコード教徒です。みなさんの方がよほどふさわしい」

「そうじゃないのです」ホーチミンのスコード教を束ねる年配の男が首を振った。「象徴になる方がいないと、北から押し寄せてくる共産主義者勢力に抗することができない」

「なぜですか?」

「彼らが唯物論者だからです。彼らは神を信じていない。神はこの世に存在せず、それを知っている自分たちは神を信じている人間より先進的で優れた人間だと思い込んでいる。フォトン・バッテリーは、神の恵みそのものだった。フォトン・バッテリーがあったから、誰も神の実在を疑わなかった。それをあなたは・・・いえ、トワサンガから直接情報が提供されるようになったことで、フォトン・バッテリーが神の恵みではないとみんなが知ってしまった。わたしたちは、欺かれていただけだったと。それでも、フォトン・バッテリーさえ配給されれば、まだ違った。でも、もうダメなんでしょう?」

「ダメと決まったわけではないですけど」

そこから先は、ベルリには確信が持てなくて口にすることはできなかった。この地の司祭は、ベルリの開明的な施策に批判的だったのだ。ベルリは、トワサンガの王子として直接事実を語りかけることで、宇宙と地球の間にあったベールを剥ぎ取ってしまった。司祭は続けた。

「みんなあなたがトワサンガの王子だと知っている。トワサンガは宇宙にあるスペースコロニーで、ビーナス・グロゥブと交渉できる立場であることを知っている。だからこそ、あなたがスコード教と自由民主主義陣営の象徴となって存在してくれないと困るのです。もしあなたが逃げてしまった場合、スコード教の権威は地に堕ち、人々はこぞって神を捨てて唯物論者となることでしょう。神の存在を失った人間は、道徳の規範を失います。共産党の指示書や内規がすべてになるのです。そこに、人間らしい道徳心は存在しません。まさに、グレートリセットです。神を殺し、王を殺した人間が、民衆の代表を名乗ってその場に君臨する。それは選挙で選ばれたわけでも、代々王として君臨して人間でもない。共産党員になって、権力争いに勝利した人間とその取り巻きだけです。そこにスコード教の居場所はないのです。ベルリ王子はスコード教の熱心な信者であるとか。特別な力も発揮したと聞いております。どうかあなたの力で、たとえ一時なりとも、せめて法王庁が機能を回復するまででも、我々の象徴となって戦ってほしいのです」

「戦う? スコード教が、共産主義者と戦うのですか?」

「ではどうすればいいのです? 戦わずに、神を信じない唯物論者にフォトン・バッテリーの配給権を渡すのですか? アグテックのタブーはどうなりますか? 神を信じない唯物論者は、アグテックのタブーなど気にしませんよ。日本はまだしもスコード教会と折り合いをつけて、あくまで一時的なものとして過去の技術を再生させようとしています。でも、共産主義者はそうではありませんよ。神の存在を信じないのにタブーだけ信じるわけがないでしょう。むしろ、タブーは積極的に冒すことになる。なぜなら、彼らの価値観ではその方が先進的で正しいとされているからです」

ベルリの脳裏に、マカオに向かう船で起きた惨劇が蘇った。ガンダムで、火薬と刃物で侵略してくる数百万の敵を虐殺せよというのだろうか。ベルリには、その戦いに与することなど考えられなかった。かといって、司祭の言う通り、スコード教の教えを失って、人間が無神論に陥った場合、ビーナス・グロゥブは2度と地球に関与せず、カール・レイハントンの望む世界を招きかねない。

ベルリはいったん相手に引き取ってもらい、考える時間を貰うことになった。その夜のこと、ノレドとリリンが寝静まった後、ベルリはハッパに相談した。

「やはりハッパさんの言う通り、戦うしかないのでしょうか?」

「ぼくは戦うこともひとつの手段だと提示しただけさ。ぼくはリリンちゃんの話が気になって仕方がないんだよ。彼女は、君らも知らない大爆発による人類の絶滅であるとか、全球凍結の未来を見たって言っている。子供の話だから話半分だとはじめは思っていたけど、ベルリ、怒るなよ、ウィルミットさんが絶望して君の名前を呼んで謝り続けるとかさ、本当に見てなかったらあんな子供が話すものかね?」

「ぼくはいったい何をすればいいんだ」ベルリは天を仰いだ。「戦っても解決しない。戦っても死なない。そんな相手にどうすればいいんだ」

するとハッパはしばらく考えた後で、意を決したように話し始めた。

「もしかすると、これが観察者になるということじゃないのかな? 君らの話じゃ、カール・レイハントンという人物は、ビーナス・グロゥブの意向に沿ってトワサンガとキャピタル・タワーをメメス博士という人物に作らせたのだという。それは、ビーナス・グロゥブの理想、スコード教の理想というものを完全に否定してはいなかったということだ。しかし彼には、深い絶望があった。人間はスコード教なんてものでは御しきれず、いずれ破綻するだろうと見込んで、準備していたんじゃないのかい?」

「そうかもしれません」

「観察者たらんとした彼の眼中に、人間などはなから存在しないのかもしれない。それを君に見せているんじゃないか。君に人間の本当の姿を見せて、同じように絶望させようとしているのかもしれない。だとしたら、ベルリがやることは決まったようなものさ。君は絶望しちゃいけない。君は希望を見つけなきゃいけない。ガンダムに乗って、みんなで希望を見つけることが大切じゃないのかい?」

「法王の話をどうしましょう」

「それは方便さ。いまこの地は、北から侵攻してくる共産主義の恐怖に怯えている。それを一時的に食い止めるための仮の手段であって、誰も君に正式な法王になってくれなんて思っちゃいないさ」

ハッパとの話し合いが終わり、与えられた自分の部屋に戻ったベルリは、その夜も眠れなかった。

共産革命主義の本質は簒奪である。彼らは人々の不満を利用して、イデオロギーを組み替えることにより、すべてを奪っていく。奪うことすら、分配を目的としているからと肯定する。

ハノイで1番の働き者は、せっかく開墾した段々畑を捨て去ってまでも逃げた。それは、平地より手入れに労力がかかる丘陵地帯の田を耕しても、平地で楽をしている人間と同じだけしか配給を受けられないのなら、労力に見合わないからだ。収穫したものが自分のものになるから、彼は働いた。逃げて、別の土地でやり直した方が彼は豊かになる。そう信じて逃げたのだ。

「ぼくは観察者だ」ベルリは自分に言い聞かせた。「共産主義と自由主義の争いに関与してはいけない。それは観察者としての道に反する。何が正しいのかは誰にもわからない。ぼくは革命を見なきゃいけない。ぼくが戦うべき相手は、カール・レイハントンだけなんだから」

ハノイから大量の難民がホーチミンに押し寄せたのは、翌日のことだった。


第41話「共産革命主義」後半は3月15日に投稿する予定です。














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第40話「自由貿易主義」後半



1、


日本がバイオエタノールディーゼルエンジンに舵を切ったことで、台湾の穀物価格が高騰していた。フォトン・バッテリーが枯渇した世界で、日本が発掘技術復元にいち早く成功したことは明るいニュースとなり、貨物輸送はフォトン・バッテリー時代より増えたくらいであったが、一方でバイオエタノールの原料となる穀物価格が高騰して食料品の価格がインフレを起こしていたのだ。

ベルリたちを乗せ貨物船が港に着くなり、バイオエタノール反対運動のデモ隊と警官隊の衝突が起こった。人々は口々にバイオエタノールの禁止を求め、食料価格を安定させるように訴えた。母親が「この子に食事を!」と書かれたプラカードを天に突き上げるのが見えた。

船会社はデモ隊を威圧するかのようにガンダムの存在をアピールした。警官隊の放水も相まってデモ隊は散り散りになって逃げていった。暴れた者らは容赦なく逮捕された。

「こういうことだったのか」

船会社がなぜ自分たちを雇ったのか、ベルリは理解してウンザリした。ノレドはリリンの身に危険が及ばないように強く抱き寄せてデモ隊がいなくなるのを船の上でじっと待った。

「バイオエタノールは人間の食べ物から作るからねぇ。台湾は甜菜を作るには暖かすぎるんだな」

諦観したハッパの物言いにカチンときたノレドが口を尖らせた。

「でもさ、船を動かすより食べ物のほうが重要じゃないの?」

「まぁ、そんな怒んなさいな」ハッパが両手を押さえつける仕草をした。「まだエネルギー転換の過渡期なんだよ。この技術が定着することになれば、バイオエタノール専用の耕作地も増えるだろうし、そうすれば農家の人も儲かり、貿易関係の人も儲かる。いまより暮らしは良くなるはずだよ。いまはディーゼル技術が始まったばかりで、食料になるものからエネルギーを取り出しているんだ」

「ぼくは人間の食べ物からエネルギーを作ることには反対ですけどね」ベルリはデモ隊に対して撒かれた放水の後を溜息交じりに見つめていた。「これは、フォトン・バッテリーの再供給に失敗したぼくの責任でもあるんだ。ぼくがラ・ハイデンを説得できていれば少しは・・・」

「それはどうかな」ハッパも事態を認めているわけではなかった。「ラ・ハイデン総裁という人物が気にしているのは、ヘルメスの薔薇の設計図なんだろう? あれが回収されない限り、以前のようにエネルギーはもたらされない。それはベルリの責任じゃない。まだ子供なのにそんなものまで背負い込む必要はないよ」

「食べ物以外からは作れないの」とリリンが尋ねた。

「いろんな物から作れるよ」ハッパがリリンに応えた。「いま起こっているのはそういうことじゃないんだ。船が出来たからエネルギーが必要になった。燃料用に穀物価格が高騰したから農家はそちらに売った。だから食べ物が足らなくなった。足らないから価格がさらに上がった。値上がりを期待して投機資金が流れ込んで、価格の変動が激しくなった。需要が、食料とエネルギーのふたつになったのに、供給はひとつのままだったんだ。バイオエタノール専用の農地が出来れば、食料供給とエネルギー供給は安定するはずだよ。需要はますます大きくなるから、農地の価格も上がっているだろうね」

「船ができるってわかっているなら、最初に燃料を作ればよかったのに」ノレドは不服そうだった。「だってさ、子供の食べ物がないなんて可哀想じゃん」

「ディーゼルの貨物船が実用されることを当て込んで、専用の農地をあらかじめ作ったとするだろ。もし船が実用化されなかったら、その分だけ穀物が余ってしまって価格が暴落する。すると今度は小規模な農家がたくさん廃業して、農産物の価格を安定させてくれとデモを起こすだろう。フォトン・バッテリーの代替技術が確立しなければ、貿易が減少してさらに多くの失業者が発生してしまう。こういうのは難しいんだな。経済のかじ取りというのは本当に難しいものなんだ」

「助かるのは大資本だけで、苦しむのは小規模な農家や消費者だけなんてずるいよ!」

「そうなんだけどさ」ハッパも溜息をついた。「でもね、このやり方が1番ダメージが少ないんだ。自由貿易体制が維持される限り、税収は大幅には減らない。ということは、再分配する余力が生まれる。自由貿易がストップして税収が大幅に減ってしまうと、政府は再分配に消極的になってしまう。経済が動いていることが大事なんだね」

ハッパの考えは正しかった。台湾政府は基礎的穀物を一括で買い上げ、フードスタンプで再分配すると発表したばかりだった。だがそれでは、一般市民の不満を和らげることはできなかった。デモ隊も、発表された再分配の量では到底足らないと抗議するためであった。

「自由貿易体制は、大資本が有利なのはノレドが言ったとおりだけど、創意工夫次第で大きなチャンスがある。バイオエタノール用の農地の確保や、効率よくエネルギー転換できる作物の開発、これらはビックビジネスになり得る。消費者は一方で生産者でもある。生産者として頑張るしかない」

次の目的地である香港への出港は2日後の予定であった。食料生産を行っていない香港へは米や小麦などを輸出することになっていたが、契約された量の確保はできていないという。ベルリたちは船が出るまで台湾中を歩いてみることにした。

「台湾というのは、伝統的に揚げ物料理が多いようだ」ハッパは屋台でくつろぎながら、ベルリたちに講釈した。「つまり廃油がたくさんあるというわけさ。こんな土地柄にぼくのどんな油でも動くディーゼルエンジンを持ち込んだらどうなると思う? バカ売れ間違いなしだよ。捨てるものが電気になるんだ。ぼくにはもうセレブになった未来の自分の姿が見える」

「そんな貴重なものをよくハッパさんにくれたね」ノレドが肉に食いつきながら話した。「自分たちで作れば儲かるだろうに」

「設計図は当然あるんだと思う。これはあくまで試作品だから。発掘技術だから特許もないしね。売れそうなら作るだろうさ。でもほら、銀行の貸しはがしに遭っていると言っていただろう? こんな小さな商品より、経営資源を造船に集中させたんだろう。運転資金に余裕があれば、量産したかも」

食事を終えたハッパは、海に流して捨てる予定だという揚げ物の油を譲ってもらい、丁寧に濾した後で自分のモビルワーカーに給油した。その姿に現地の人々は興味津々だった。そしてハッパがエンジンをかけると、集まった男たちは一斉に歓声を上げた。

「ここではぼくのマシンの方がガンダムより人気があるようだ」ハッパは得意げだった。「海も綺麗になる。労働もできるし、電気も作れる。アメリアに戻るまでにこいつを徹底的に調べ上げて、もっと高性能なマシンを作り出してやるさ。待ってろよ、未来のぼく! 大富豪になったこの姿を!」

そう叫んだハッパの額に石が投げつけられた。もんどりうって倒れたその額から血が流れていた。ノレドはリリンを抱き寄せて、周囲をキッと睨んだ。ベルリはハッパに駆け寄って群衆に向かって叫んだ。

「なんでこんな酷いことをするんだ!」

4人に浴びせられたのは罵声であった。

「アメリア人は台湾から出ていけ!」

「クンタラは台湾から出ていけ!」

よろめきながら立ち上がったハッパは、モビルワーカーに飛び乗ると、背中に収納してある両腕を起動させてノレドとリリンを抱きかかえた。

「いったん逃げよう。ベルリはガンダムで、頼む」

「わかりました!」

何が起こったのかわからなかった。アメリア人とクンタラに対する反発の意味も。

ガンダムに搭乗したベルリは、自分たちを取り囲んでいる群衆が数万人規模であることをコクピットのモニターで知った。夜の屋台でのんびり食事をしていた彼らには、突然何が起こったのか、あずかり知らないことであった。

人々は投石によって4人に抗議をしていた。スローガンは、アメリアへの反発、クンタラへの嫌悪であった。ノレドがかなり怯えているのを目にしたベルリは、ガンダムの手のひらで群衆を押しのけ、モビルワーカーとの距離を作った。

「こっちへ!」

ノレドとリリンは、ガンダムのコクピットに移った。

「いったい何が起こったっていうんだ!」ハッパは力任せに投げつけられる石を避けるのに精いっぱいだった。「操縦席にカバーをつけないとたまったものじゃない!」

コクピットに納まったリリンが、ごそごそと荷物を探って、小さな箱をノレドに手渡した。それは、ベルリの小型ラジオであった。パッと目を輝かせたノレドがスイッチを入れて、ニュースチャンネルにダイヤルを合わせた。ノイズ交じりの音声が聞こえてきた。


2、


しばらくラジオのニュース解説に耳を澄ませていた3人は、ようやく事情を呑み込んだ。

アメリアの投資会社が、台湾南部の広大な土地を高額で買い上げ、バイオエタノール専用農地にすると発表したことへの反発だったのだ。現地の人間にとっては、穀物価格高騰に端を発する食料品の値上げに辟易しているところへ、追い打ちをかけるようなニュースだった。生産を請け負う農業法人は、現地で人々を雇用すると発表したが、これもまた台湾人を小作人に戻すつもりかと大きな怒りを産んだだけで火消しにはならなかった。

「経済活動として何も間違っていないじゃないか!」ベルリからことの次第を無線で聞いたハッパは怒り心頭であった。「バイオエタノール専用農地ができれば、食料用の穀物をエネルギー生産に回さずに済む。エタノールは高価な輸出品にもなる。保存も効く。日持ちのしないバナナなんかより、よほど儲かるじゃないか。それのどこが間違っているというんだ?」

人間は正しさを競い合って生きているわけではない。感情のやり取りは、ときに合理的精神を吹き飛ばしてしまうものなのだ。

「だから食べ物は大事なんだって!」と、口にしたノレドの考えは、間違っていなかった。「アメリアの投資会社が嫌われているのは分かったけど、クンタラはなんで巻き添えになってるわけ?」

「それはたぶんグールド翁のことじゃないかな」アメリア人であるハッパが応えた。「グールド翁っていう有名なクンタラの投資家がいるんだ。アイーダさんのスポンサーだよ。彼の投資会社が土地を買い占めたんだ」

ノレドは頭をかきむしった。

「投資家がクンタラだったら、クンタラ全員が差別されなきゃいけないの!」

「とにかく逃げます!」ベルリが話を遮った。「港に戻りますよ。ガンダムで運ぶので、ハッパさん、振り落とされないでください!」

ベルリはモビルワーカーを両手で掴むと、そのまま宙に舞いあがって港を目指した。

台湾には夜景がなかった。星の瞬きは美しいが、地上には明かりがない。フォトン・バッテリーが枯渇してから、日本も台湾も夜間は街灯ひとつない真っ暗な原始の世界へと逆戻りしていた。フォトン・バッテリーの供給地点であるキャピタル・テリトリィでは考えられないことであったが、配給を受けているどの世界でも状況は同じなのだった。

「ぼくが知らないだけか・・・」

ベルリが旅をしていたときは、まだアジアのエネルギーには余裕があった。戦争がなかったアジアでは、バッテリーの備蓄はかなりあったのだ。だが、エネルギーの枯渇は人々から余裕を奪い去っていた。暗闇は海の向こうにもずっと広がっていた。海を越えた大陸にも。

港に到着すると、船会社の人間がガンダムを発見して手招きしてくれた。

「ダメだ! 積み荷が暴徒に襲撃されて奪われてしまった。船はこのまま出向させる」

「香港の人たちは食料を当てにしてるんじゃないんですか?」

「トラック6台分は確保した。まるで足らないけど、デモ隊は大陸が黒幕じゃないかって情報もあるし、とにかくいまは出港しないと」

船にはハッパとモビルワーカーだけを乗せて、ノレドとリリンはガンダムに残った。離岸する船にデモ隊の花火が打ち込まれた。ラジオは日本の貨物船と謎のモビルスーツが台湾から追い払われたと誇らしげに伝えていた。ディーゼルエンジンに舵を切った日本の政策が、人々の生活を窮地に追い込んでいるとの世論が形成され、誰しもそれを疑うことなく受け入れていた。

「どうして人はこうなんだろう?」頭の中に巡ってきた考えを、ベルリは首を振って追い払った。「こんなこと、考えちゃダメなんだ」

ノレドもまた苦しみの中にいた。「クンタラのグールド翁って人がどんな人か知らないけど、別に間違ったことをしてるんじゃないんでしょう? なんでクンタラだからって」

「気にしないことだ」船の上からハッパが無線で応えた。「グールド翁はクンタラの地位向上のために戦ってきた人で、あくどい人じゃない。今回のバイオエタノール用農地の確保だって間違ってない」

「デモ隊の主張は、食料が不足しているのだからその土地で食料生産をしろということなの?」

「そうだよ。でも台湾は農産物の輸出国だから、食料を増産なんかしたら市場価格が下がってしまう。農民は自分で自分の首を絞めることになる」

「食べ物がないの?」リリンが尋ねた。

「ないわけじゃない」ハッパは市場の仕組みを話した。「農産物は市場で取引される。市場参加者は高値で売りたいから、小売り・流通業者が落札できていないだけで、総量は確保してあるはず。売却は次の収穫が豊作になるか凶作になるかで時期と価格が変わるんだ。豊作の情報が出るとすぐに価格は下がるよ。市場というのはそういうものなんだ。ぼくはそれより、エネルギーのことが気になる」

「というと?」

「農産物を作るにはエネルギーが必要になる。農作業用のシャンクは全部フォトン・バッテリー仕様で、次の収穫時には動かせなくなっているはずなんだ。だから次世代のエネルギーへの変換はやり遂げなきゃいけない。ここは地球の裏側、東アジアなんだから。自由貿易はふんだんにエネルギーが使えることが前提になってるからね。自由貿易がなければ農産物の輸出もできない。そうなったらかなりの人口減を見込まなきゃいけないほど食料は枯渇するよ。自由貿易体制の維持が1番被害が少なくて済む。代替エネルギーに何がいいのかは様々な考え方があるだろうけど、近視眼的に悪者を作り上げて攻撃を誘発するかのようなマスコミ報道には疑問を感じるよ」

アジアでフォトン・バッテリーが尽きてきたのはごく最近のことだった。そのせいで、まだどれほど大きな影響が出てしまうのか誰も理解していないのだった。マスコミは大衆の怒りの捌け口として、穀物価格を高騰させたアメリアや日本やクンタラに責任を押しつけた。

「フォトン・バッテリーに充電できれば、状況は一変しそうなのに」ベルリは呟いた。「ああ、でもそうやってエネルギーを自活させると、人間は戦争を始めてしまう。そう考えたからこそ、ビーナス・グロゥブはエネルギーの配給態勢でアースノイドの道徳心を教化しようとした」

「ディーゼルエンジンだって、そのラ・ハイデンって人物がどう思うのやら。いやその前に、4か月もしたらぼくらは滅びてしまうんだっけ・・・」

ハッパはふうと溜息をついて、通信を切った。

「ねえ、ベルリ」ノレドが身体を寄せてきた。「何か月か前にアジアで戦争が始まったってニュースがあったのを知らない? ずっと宇宙にいたから知らないかもしれないけど」

「ああ、姉さんに聞いたことがある・・・。東アジアで大規模な戦争が始まったって。でもまさか、こうやって時間を遡って自分が関わるとは思っていなかったから・・・」

日本の貨物船とベルリたちのガンダムは、その戦争の発端となった香港に向けて海を進んでいた。


3、


貨物船が港に到着したとき、香港からは多くの人々が逃げ出していく最中であった。

フォトン・バッテリーの枯渇は香港の金融市場を大混乱に陥らせ、さらに大陸から多くの人間が入り込んで各地でテロ活動が起こっていたのである。治安の悪化を受けて当局は大規模な不法移民の取り締まりを表明していたが、警察がすでに大陸に買収されたとの噂が飛び交い、市民を不安に陥れて、それが香港からの大脱出を引き起こしていたのだ。

日本の貨物船が持ち込んだ台湾からの輸出穀物や農産物は、想定の10倍の価格ですぐさま引き取られていった。さらに話として持ち込まれたのが、荷物の代わりに人間を運んでくれないかとの申し出であった。船長は武器の持ち込みを厳しく取り締まることと、通常の数倍の船賃を要求したが、チケットは一瞬で買い取られ、さらに数倍の価格で転売された。

「なんでこんなことになっているんです?」

そう尋ねたベルリを呆れた顔で見つめ返した男は、寒冷化によって大陸の砂漠化が進行して居住可能地域が狭まってきたことと、大陸における共産主義の復活を教えてくれた。

「共産主義だって!」ハッパは驚きのあまり眼鏡がずり落ちそうになった。「超古代文明の思想じゃないのか? リギルドセンチュリーの前の宇宙世紀のさらに前の西暦時代末期、世界中に破壊と混乱を巻き起こした計画経済の思想だ。まさかそんなものが復活するなんて!」

「それって古いの?」とノレドが小声で尋ねた。

「古いも何も」ベルリが応えた。「ハッパさんのモビルワーカーより遥かに昔の、人間が羊を飼って暮らしていた時代のものじゃないかな。ぼくもよくは知らないけど」

「共産主義なんて断片的資料しか残っていない。地球連邦が作られるもっと前の話だ」

ベルリたちには壮大すぎて理解できないものだったが、ハッパは大学で学んだことがあるらしく、興奮は収まらなかった。

「悪魔が復活したのかッ!」

貨物船の船員は、治安の悪化を理由に香港への上陸を禁じられた。船は夜には港を離れ、沖合に停泊してさらにガンダムで哨戒活動をすることになった。それというのも、大陸の人間は香港を乗っ取ることが目的ではなく、自由貿易の中継地を奪うことが目的のようだったからだ。

香港の金融市場が機能しなくなり、台湾海峡が大陸勢力に奪われてしまうと、日本と東南アジアとの自由貿易体制は瓦解してしまう。自由貿易の終焉を招く恐れがあるのだった。

これに対して各国は防衛体制の強化を急いでいたが、そもそもエネルギーが不足しているのに広域での各国間の連携は望むべくもなく、香港が陥落するのは時間の問題だった。突然夜間哨戒を命じられたベルリは、眠気を堪えながら夜の海を監視していたが、彼が目撃した大陸からの侵略軍というのは、巨大な木造船に乗り込み、帆と人力で海を渡る古代船の群れであった。それが数千という数で大陸から狭い香港へ押し寄せてきているのだ。難民なのか、正規軍なのか、海賊なのかの見分けもつかない暴徒たちは、数の力で自由貿易の拠点のひとつ香港を飲み込もうとしていた。

自由貿易体制は共通の価値観と合意したルールと商習慣のすり合わせによってかろうじて成立している脆いものだった。フォトン・バッテリーの枯渇と代替エネルギーへの置換を原因とした一時的な混乱、その間隙を縫って、自由貿易体制を揺さぶる価値観が暴力と一緒に大陸からやってきたのだ。

幸いなことに、敵はガンダムを警戒して貨物船を襲撃することはなかった。翌日には船は港に近づくこともできなくなり、沖合に停泊した船までチケットを手にした人々が小舟に便乗して乗り付ける有様であった。なかには一か月分の給与を差し出して、家族と小舟に乗り込んだ人物もいた。

船会社は、彼ら香港を脱出する人間たちに船を乗っ取られないように、船員の居住区と乗客の間に鉄板で間仕切りを作った。もともと貨物船なので、コンテナが乗るはずの場所に人が次々に詰め込まれていった。それだけの人間を養えるだけの食料は積んでいない。トイレも水もない。船の中の生活環境は一気に悪化した。悪臭を放つ彼らは、数日前まで金融機関で働く高給取りたちであった。

貨物船は、チケット販売分の乗船を確認しないまま出港した。次の目的地はマニラであった。マニラではバイオエタノールの給油が予定されていた。船会社の現地法人が用意しているはずであったが、もし給油に失敗した場合、船は予定を変更して日本へ戻ると決めていた。

「あの人たちはどうなるんだろう?」ノレドは心配げに尋ねた。

「マニラまでの契約らしいけど、マニラも食料が不足しているだろうに、あんな大勢の人を受け入れるだろうか? ぼくがマニラをシャンクで走ったときは、ジャングルだらけで農地の拡充もままならない有様だったのに。それに、あの共産主義というもの。あの黒い影は一体・・・」

戦争に発展しなかったことで、とりあえずベルリはホッと一息ついていた。いくら大型とはいえ、木造船相手にモビルスーツで戦うつもりはなかった。それは赦されないことだった。しかし、南へ南へと押し寄せてくる不気味な影は、ベルリの脳裏を離れなかった。

戦争を忌避することで、香港は戦うことなくあの不気味な黒い影になすすべなく飲み込まれた。ガンダムがあれば、あの不気味な影を追い払うこともできただろう。ガンダムにとって、木造船が千あろうと万あろうと関係ない。1機ですべての大陸勢力を追い払うことができたはずだ。だがそれをやってしまうことは、虐殺であった。自由貿易の維持と大虐殺は釣り合う価値なのだろうか。

船は夜の海を南へ進んでいた。ノレドとリリンはガンダムのコクピットの中でシートベルトをしたまま静かに眠っている。ベルリは疲れ果てていたが、船はいつ何時誰に襲撃されるかもわからない状況であったので、眠るわけにもいかない。睡魔と戦いながらベルリは飛び続けた。

そのときだった。回線が開いたままのハッパのモビルワーカーから「グレートリセット!」と叫ぶ声が聞こえてきた。同時に船内で爆発が起こり、船体から火の手が上がった。

ガンダムのメインモニターは、突然船の中の音を拾い始め、騒音のような嬌声がけたたましくスピーカーを振動させた。

メインモニターは、はるか遠くに遠ざかっていた香港の様子も望遠カメラで捕らえていた。夜の香港が真っ赤に燃えていた。「グレートリセット!」と叫ぶ声がベルリの鼓膜を叩くように響いてきた。香港で誰かが叫んだ声なのだ。何故そんな遠くの声が聞こえるのか理由はわからなかった。

「グレートリセット!」

「ハッパさん!」

ベルリはもくもくと黒煙を上げる貨物船に向けて叫んだ。


4、


幸いなことに、ハッパは無事であった。

「船で爆発があった」通信機からハッパの声が聞こえた。「ガンダムで外から消火してくれないか。海水で構わない」

「了解です!」

ホッと胸をなでおろしたベルリは、急いで消火活動を開始した、すぐに火は消し止められたが、穴の開いた船体から人の顔が覗き、ガンダムの方向をキッと睨んでいるのがわかった。ベルリはどうしていいのかわからずにモニターに映ったその顔を見つめ返した。

「グレートリセット!」

その男は、ガンダムを睨みつけたままそう叫んで、持っていた火薬を爆発させた。またしても船は爆発に見舞われた。ベルリは海水を手で救ってすぐさま消火をした。火は消えたが、船の側面に空いた穴はさらに広がってしまった。ノレドが眠そうに頭を起こした。

船の中では、乗客と船員との戦いが始まっていた。船員は船の備品で武器になりそうなものを手にして、客を装って乗り込んでいたテロリストたちと戦った。乗船時に身体検査を受けていたテロリストたちは、それほど多くの武器を持っていないのか、次の爆発が起こることはなかった。武器を手にした船員たちは、制圧したテロリストを、爆発で穴の開いたところから海に叩き落した。ベルリが思わず助けると、船員らしき日本人が、そいつをどうするつもりだとガンダムに向かって叫んだ。

海風がその声をかき消しているはずなのに、男の声はガンダムに届いていた。

「どうするもこうするも・・・、助けるしかないでしょ!」

船の中の戦いは激しくなった。チケットを買って乗り込んだはずの乗客たちは、いまや船員たちから敵として扱われ、殴り合いの末に体力に勝る船員によって次々に海に突き落とされていった。ベルリは海面に落下して水しぶきを上げた人間を、ガンダムを使ってすべて助けていた。船内の喧嘩は収まらず、やがてガンダムの手のひらは人で一杯になって溢れて、誰かが暴れるたびに海に落ちるようになった。

「やめてください」ベルリは震える声で懇願した。「こんなことはやめてください」

殴られた男たちは海に落とされていった。ガンダムではもう助けることができなくなっていた。ベルリは海面でもがく男たちを助けるために、ガンダムの手のひらの上にすくった乗客を甲板に降ろした。ベルリに助けられた男たちは、勢い込んで船内に戻り、再び船員との戦いに加わった。

船会社の人間がガンダムめがけて拳銃を撃った。金属を叩く音がコクピットに響いた。

「こいつらは共産主義者だ」そう叫んだのは船長だった。「最初から連中の狙いはこの船だったんだ。ディーゼルエンジンの技術を大陸の共産主義者に渡すわけにはいかない。いまから船内は非常事態を宣言して、乗客の掃討を行う。ガンダムにもそれを手伝ってもらいたい。君が助けなきゃいけないのは、自由民主主義陣営の人間だけだ。共産主義者を助けるならば・・・」

船長はぐいと腕を引き寄せた。その腕にはハッパが捕らえられていた。

「この男を殺させてもらう。君が共産主義者の掃討に協力するならば、この男も助けよう」

「そんな脅しにッ!」

「船は共産主義者には渡せない。ガンダムが敵に与するのであれば、この船は自爆して海底に沈める。どういうつもりか知らないが、これは戦争なんだぞ。敵味方の区別くらいつけるんだなッ!」

船長はハッパを抱え込んだまま、船員に非常事態を宣言して、重火器に使用を許可した。スコップや斧で戦っていた船員たちはすぐさま手に手に銃を持ち、貨物室へとなだれ込んだ。ガンダムのコクピットには、貨物室で繰り広げられている虐殺の音声だけが聞こえてきた。激しい銃声は、1時間も続いた。目を覚ましたノレドは何も言わず、リリンが起きないようにだけ気をつけていた。

ベルリには何も出来なかった。銃声が止むと、赤く染まった死体が船体に空けられた穴の場所まで運ばれ、死体は海に捨てられた。海が赤く染まっていった。

「むごい・・・」

ベルリの呟きは船の人間には聞こえていないはずだった。しかし、船長はベルリの心を見透かしたようにガンダムに向かってこう叫んだ。

「君はモビルスーツのパイロットなのだろう? 君がやってきた人殺しは綺麗で、自由民主主義のために戦った我々の行いは醜くむごいのか? 国家が砂漠化して南下してくる敵や、自由な交易体制を奪って我が物にしようとする勢力と戦うことも悪なのか? 共産主義は独裁体制だ。共産主義に飲み込まれたならば、我が国のみならず、東アジア諸国は大陸勢力の奴隷になってしまう。自由民主主義は、人間が人間であるために必要な水と空気と同じものだ。水や空気を奪われそうになって、簒奪者を叩きのめした人間を、君は罵るのか?」

「罵ったりはしていませんッ!」

「同じことだ。人は足りないものは分かち合って生きる。我々自由陣営は上手くそれをやってのけている。分かち合うことに失敗した人間たちが、徒党を組んで富を奪いに来ているんだ。この船は絶対に渡せない。なぜならば、共産主義者がこの船を手に入れたならば、新造艦を量産してさらに南下し、戦争のエネルギーを作り出すために台湾や香港の人間、あるいは日本人が奴隷になって働かされるからだ。君が共産主義者の手伝いをするというのなら、貨物船にすぎない我々にモビルスーツへの対抗手段はないから、船を自爆させる。君はどうする?」

「ベルリ!」ハッパは船長に抱きかかえられながら叫んだ。「いいんだ、ベルリ。すぐに答えを出さなくていい。ぼくと一緒に、そしてみんなで世界を見に行こう! 答えを出すのはそれからでいい。船長、どうかぼくを解放してください。この船を攻撃する気も、共産主義者に与するつもりもありません。それに、あのガンダムという機体は、何をどうやっても機体の分析はできないんです。動力源すらわからない。分解することもできない。傷つけることさえできない。ベルリ以外操縦もできない。ハッチも開かない。あれが共産主義勢力の手に渡る心配はありません。だからもう、争いはやめましょう」

船長は、しばし思案したのち、ハッパを解放した。ハッパは自分のモビルワーカーに乗り込み、ガンダムの腕の中に納まった。ガンダムは静かに貨物船から遠ざかった。どこへ向かって何をすればいいのか、ベルリにもノレドにもわからなかった。通信機からハッパの声が響いた。

「このまま西に飛んで、北ベトナムのハノイに行ってみよう」

「ハッパさん、ぼくは・・・」

「ベルリとノレドからカール・レイハントンの話を聞いたとき、地球の観察者になるだの、観察する地球に人類は必要ないだの、正直なんのことか理解しかねた。だけど、こういうことなんだ。人間は観察対象にするにはあまりにむごたらしい存在だ。動植物の世界で起こる生存競争とは違う理屈が人類にはある。これを観察対象から外すことは、もしかしたら正しいことなのかもしれない。ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンは、自分がカール・レイハントンと並びうる神聖を持てるかどうか確信がなかったんだ。ジオンの亡霊さんたちには迷いがなかった。彼らジオンは、より人類に絶望していたのさ。そしてベルリにも同じ絶望を味合わせようとしている」

「ハッパさん」ノレドが身を乗り出した。「ハノイに何かあるの?」

「日本にいたとき聞いたんだ。ハノイはすでに共産主義勢力が政権を握って、政情は安定しているらしい。内乱はもう収まって、テロもなくなっているらしいから、あそこなら共産主義なるものがどんなものなのか少しは安全に観察できるんじゃないか?」

「どうする、ベルリ?」

「行ってみよう。世界をこの目で見てみなくちゃ。人間の未来に絶望しかないのなら、ぼくらにはカール・レイハントンが作った未来を変える資格なんかない。もし人類の未来に希望がないのなら、そのときはノレドはリリンちゃんを連れてザンクト・ポルトに逃げてくれ。ぼくが絶対に助けるから」

ベルリはそう話すと、進路を西に取った。

結局リリンは目を覚ますことはなく、すやすやと眠り続けていた。



次回第41話「共産革命主義」前半は、3月1日までに投稿する予定です。




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「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第40話「自由貿易主義」前半



1、


「複座に改造してみたけどさ、ガンダムのデータはまったく取れなくて、どんな材質なのかもまるでお手上げ。ノレドとリリンちゃんの座席にモニターを取り付けておいたけど、正常に作動するかどうかあまり自信がないんだ」

日本に到着したハッパは、就職先である重機メーカーにガンダムを持ち込んだ。するとメーカーの担当者はすぐに整備工場を貸し与えてくれて、コクピットを複座にしたいとのベルリの要求にも無償で応えてくれたのだった。そこでガンダムのコクピットから詰め込んでいた食料品などが運び出され、座席が取り付けられたのだった。

東アジアでは数が少ない戦闘用モビルスーツはエンジニアたちの興味を引いた。その解析にベルリも同意して、彼の立ち合いの下で様々な調査がなされたが、ガンダムのことを何一つ調べることができなかった。どの計測機器も反応しないのである。

ノレドはリリンとともに、新しい自分たちの座席の座り心地を確かめ、申し訳程度に取り付けられたモニターを操作してみた。その様子を見ていたハッパがふたりに声を掛けた。

「ガンダムのメインモニターのデータは、ユニバーサルスタンダードの計器に情報が送れないんだ。だからノレドとリリンちゃんの席についているモニターは、別途取り付けたカメラの情報しか反映されていない。全天周囲モニターを目視した方がよく見えるんじゃないかな」

ノレドがコクピットの中から顔を出してハッパに尋ねた。

「情報なんてみんな同じじゃないの?」

「それが違うから困ってるんだ。ビーナス・グロゥブのアンドロイドだってユニバーサルスタンダードのデータだったのに、その機体のものは違うんだ。いや、その機体のものは何もかもが違う。ベルリはこれを初代レイハントンに貰ったんだって? 突拍子もない話ばかりでついていけないよ」

ハッパは、日本行きの船の甲板に突如出現したベルリたちの話を一通り聞いていた。

初代レイハントンが姿を現したこと、彼のモビルスーツであるカイザルに乗ったときに彼らと意識を同期させて、いまのベルリには500年前の断片的な記憶や、ラ・グーが暗殺されてベルリたちがビーナス・グロゥブを離れてからの記憶、そして未来の記憶があることなど。ハッパは眼鏡を拭いた。

「君らの話がすべて本当なら、ぼくがアメリアを離れてから5か月近く経っていることになる。その間にビーナス・グロゥブ艦隊が地球にやってきて、初代レイハントンが思念体という存在で、かつての独裁国家ジオンの復活を目論み、さらに彼らは肉体を捨てた思念体というニュータイプ研究の極北を体現した存在で、信じたくないことだがあのクリム坊ちゃんが死ぬと同時に地球に異変が起こり、リリンちゃんがビーナス・グロゥブに引き取られることになった。それを君らが誰かの導きで奪い返して、そのあとすぐにぼくのところに来た。機体の改造をぼくに頼もうとしたら、時間を遡ったと。君らは5か月後の未来から4か月半時間を遡ったんだ。合ってるよね?」

「おそらく」

「推測は禁物なのかもしれないけど、ぼくは君らがやってきた4か月半後の未来で、あるいはもうちょっと先に、なにか取り返しのつかない大事件が起こったんじゃないかと思うんだ。もちろんまったく違うかもしれないよ。話半分で聞いて欲しいけど、君らを導く何者かがそこまでしたのなら、何かを回避させるために時間を遡らせたんじゃないかな。とにかくアジアなんかにいちゃだめだ。政治の中心であるアメリアに戻って、アイーダさんと話をつけなくちゃ」

ハッパはガンダムに簡易バックパックを取り付けてくれた。これも就職先の日本企業が無償で提供してくれたものだった。

「このバックパックは、ノレドが持ち込んだ食糧を詰め込んだだけで、何の機能もない本当のバックパックみたいなものだから、サポートは期待しないでくれよな。なにせ一切解析不能な機体なんだからさ。空気の玉と水の玉の予備も入れてあるから」

「バッテリーは持ちますかね?」

「それも何ともいえない」ハッパは溜息をついた。「まさかこれほど何もわからないとは思わなかったよ。動力源が一切不明。どれくらい持つかも正直答えられない。ぼくがベルリの突拍子もない話を信じる気になったのは、まさにこの機体のためだ。空気と水の供給も仕組みはわかっていないけど、バックパックに入れた空気の玉と水の玉は、複座に付けたモニターと一緒で、独立して供給されるようになっているから、万が一のときでも空気と水は大丈夫だ。バッテリーは・・・、祈るしかないね」

ふたりが機体性能のことで話し込んでいるところに、就職先の総務の男が近づいてきて、話があるからと別室に連れていかれることになった。

至れり尽くせりの待遇を受けていたハッパは、ガンダムのパイロットであるベルリたちも会社の人間に紹介したいと、ベルリ、ノレド、リリンの3人の同席を求めて認められた。4人が案内された天井の低い狭い部屋には、簡易なテーブルとパイプ椅子が並べられ、会社の人間と対峙して座らされた。

ベルリはそっとハッパに耳打ちをした。

「あまり友好的な雰囲気じゃありませんね」

「そんなことないだろ。日本人ってこんな感じじゃないのか」

気にも留めず笑顔を浮かべるハッパに告げられたのは、契約の一方的な破棄であった。


2、


「そんなバカな! ヘッドハンティングされたからアジアくんだりまでやってきたのに、雇用できないってどういうことなんだ! 何のための契約書なんだ! おかしいじゃないか!」

会社の代表は5人。灰色のスーツを身に着けて眼鏡をかけた、個性のない冷たい顔が並んでいた。

「もちろんこれは当方に責任があります。そこでハッパさんには提示させていただいた契約金の半分と、帰りの船のチケットを違約金としてお支払いいたしたい」

「いやちょっと待ってくれ。ぼくには理由を聞く権利があるはずだ。ちゃんと説明しろ!」

「経済状況が大きく変化したのです。つい先ほど、キャピタル・テリトリィより発表がありまして、クリムトン・テリトリィ時代の投資案件についてすべての契約を不履行にするとの通達が来ました。事実上のデフォルトです。クリムトン政権からクンタラ解放戦線に権力が移った際は、投資案件について引き継ぐとしていたのでそれで当社も安心していたのですが、裏切られた格好になりまして。キャピタルのウィルミットさまは、ベルリさんのお母さまとか」

「ええ、そうです」

「当社は重機メーカーで、不動産などに投資はしていなかったのですが、すでに納入した重機の代金も未払いになりまして、いえそれくらいはまだいいのですが、銀行が不動産でかなりの損失を出しまして、企業に対して貸し剥がしを始めているのです。クリムトン・テリトリィは大型案件でしたので、日本といたしましては地球の反対側、いままで投資などさせてもらえなかったキャピタルとコネクションを持つ機会だとされていましたので、かなりの金額を投資していたわけです。これらがすべて損失となった場合、銀行のバランスシートが大きく崩れることになります。そこで、貸出先の企業の運転資金にまで手を付けて、自行の経営基盤の立て直しを迫られているわけです。さらに悪いことに、アメリアの問題もございまして。アメリアの上院議員のアイーダ・スルガンさまは、ベルリさんの実のお姉さまだとか」

「ええ、あ、はい、そうです。そうですけど!」

「アメリアはニューヨーク州が破壊されたのちに本拠地をワシントンに移された。その際にクンタラから多くの借財をされたようなのですが、アメリアのクンタラの方々は世界でかなりの力をお持ちのようで、以降アメリアへの輸出は軒並み激減してしまったのです。アイーダさまの『連帯のための新秩序』『クンタラ亡命者のための緊急動議』が可決してからずっとその傾向があったのですが、アジアからの輸出は事実上できないような状態になっていて、売りたいのならアメリアへ投資しろと強く要求されているのです。どういう力か定かではないのですが、政府とは別の、かなり強い圧力が掛かっている状態です。つまり、現在当社は資金繰りに苦しめられ、なおかつあてにしていた輸出も大打撃を受けている。ハッパさんとお話させていただいたころとは状況がかなり変化しておりまして」

「いや、そうかもしれないけどさ」ハッパは食い下がった。「こっちは軍の安定した仕事を投げ打ってこちらに来させていただいたわけですよ。それを一方的に状況が変わったからといって雇用できないというのは道義的にどうなんですか」

「当社としては、もっと道義的な問題に直面しているのだとご理解いただきたいのです。会社の運転資金が危機的な状況になったおかげで、長年働いてこられた従業員の多くも希望退職を募ってリストラしている有様です。そんなときに、まだ働いてもいない人を優遇することは道義的にできないのです」

「アメリアが産業の国内回帰を目指す方向に舵を切ったのはぼくも知ってる。それはニッキーニ大統領が自由貿易を推進しすぎて中間階級が瓦解してしまったことも原因としてあって、クンタラなどの移民が増えたアメリアとしては当然の政策だと思うけどね」

「大昔のように国家に通貨発行の権利があれば、為替の変動でショックはいくらか吸収されたのですが、いまは通貨もユニバーサルスタンダードでしょう? 金融がおかしなことになったら通貨供給量を大幅に増やしてまずは金融の立て直しを図らなければいけないわけですが、その機能が各国の政府にないのです。金融政策がままならないなかで、銀行も企業も自力でバランスシートを改善しなければならない。そのことをご理解いただきたいのです。当社としては、契約金の半分をお支払いすることがギリギリできることです。本当はその資金さえ惜しいところなのです」

「やけに親切にしてくれると思ったらこういうことだったのか。まったく失望したよ!」

相手の男は話題を変えた。

「聞くところによれば、ベルリさんは新しい法王さまになられるお方だとか」

「えーーーー」と、ベルリは驚きの声を上げた。「法王さまは特別な訓練を受けた方々がなるものですよ。徳の高い人じゃなきゃなれないものです。ぼくなんか・・・、いったいどこでそんな噂を?」

「いやそれは、スコード教の方々ですよ。トワサンガの王子であるベルリ・レイハントンさまがスコード教の新法王になることで、よりスムーズにフォトン・バッテリーの再供給への道が拓けるのだとか」

「ああ、それ」ノレドが口を挟んだ。「その噂ならちらっと小耳に挟んだことがある」

「そんなことは起こりませんよ」

むくれたベルリの顔を困った顔で眺めていた男が話を続けた。

「当社としては、ユニバーサルスタンダードの復権が果たされたのちは、フォトン・バッテリー仕様の工作機械をより賃金の安い地域で生産して輸出するつもりでいたのです。もしそれがダメなら、ディーゼルエンジンを国内で生産して輸出するつもりでいた。ところが輸出先は、買ってほしければアメリアに工場を建てろと無茶をいう。アメリアの中間階級のお話はハッパさんのおっしゃることがもっともなのでしょうが、日本の中産階級はどうなるのですか?」

「どうしてこうなったんだ?」

「本来ユニバーサルスタンダードは、各国の平等な発展を保証するためのものだった。ところがそれを、グローバリズムの一環として利用している勢力がいるのです。どこで作っても同じならば、より賃金の安い地域で作る。あるいは、アメリアのように軍事力を背景とした政治力で、自分の国で作らせる。こうしたことを画策している勢力があるのです。アメリア政府とは別の力が働いている。何年も研究して新幹線もディーゼルエンジンも技術を復活させたのに、それを無償で提供しろとは虫が良すぎませんか。日本がディーゼルエンジンを研究したのは、キャピタル・タワーというものが地球の反対側にあって、フォトン・バッテリーの配給に頼ることに不安があったからです。これからの時代の我が国の生命線になる技術なのです」

「アメリアにもディーゼルエンジンくらいはある」

「あるでしょうが、アメリアは乾燥地帯でしょう? 日本は亜熱帯から寒冷地まで気象条件が様々なので、信頼性において条件が良すぎる乾燥地帯の製品とは品質の面で比較にならない。その技術は渡せませんよ」

「つまり」ハッパは唇を噛んだ。「ぼくを産業スパイのように見ているんだな」

「そこまでいうつもりはありません」

「わかった。雇用できないというのなら仕方がない。会社の運転資金が危ないというのなら、契約金の半分もいらない。その代わり、一番小型のディーゼルエンジンを積んだシャンクをくれないか。それで手を打とう」

ハッパの申し出に対して、会社の男たちはすぐに返答はせず、別室で協議をするからと部屋を出ていった。それを待っていたかのように、ベルリが小声でハッパをたしなめた。

「ハッパさん、ヤケを起こしちゃまずいですよ。もっと上手くやりましょうよ」

「いや」ハッパは首を横に振った。「もうこんな国はこりごりだ。相手の事情も分からなくはない。納得してもいいのかもしれないが、それにしたって不誠実すぎる」

「アメリアだって同じようなものですよ」

「ぼくはね、ベルリ」ハッパはふうと息をついた。「ベルリが羨ましかったんだ。もうこうなったら仕方がない。しばらくは貯金で食いつなぐさ。それくらいの蓄えはあるし、それにぼくは技術者だ。仕事なんていくらでもある。ベルリのようにシャンクで大陸を歩いて渡ってアメリアへ帰るんだ」

男たちが戻ってきた。

「ハッパさんの申し出が上に了承されました。ディーゼルエンジンのついたシャンクは、バイオエタノール仕様の最新鋭のものは提供できないのですが、古い発掘品を復元した未発売のモデルがあります。それを無償で提供いたします。それに、もし帰りの船賃を放棄なさるのであれば、提示させていただいた契約金をキャンセル料として全額お支払いいたします。これは受け取っていただかないと逆に困ります」

こうしてハッパは、廃油でも走るという西暦時代のディーゼルエンジンの復元モデルを手に入れたのだった。バイオエタノールの供給はいまだ不完全であったため、大陸横断を目指すハッパはこのモデルを気に入った。それは小型のモビルスーツの出来損ないのような、大型のシャンクであった。

しばらくそのシャンクを乗り回していたハッパは、目に涙を浮かべながら大笑いをするとこう叫んだのだった。

「まるでモビルスーツのパイロットになったみたいじゃないか、はっはっは」

ノレドはそんなハッパの姿を憐れみ、ベルリにそっと耳打ちをした。

「なんだか、可哀想」

「仕方がない。しばらくはハッパさんにつき合ってぼくらもアメリアを目指そう。このまま放っておいたらヤケになって何をしでかすかわからない」


3、


こうしてベルリ、ノレド、リリン、ハッパの4人は、一路西を目指して旅立つことになった。ガンダムは何の機能も付いていないバックパックに食料や旅の荷物を満載して、ハッパの大型シャンクの歩みに合わせて日本の大地を西へ西へと進んだ。

ハッパのシャンクは背部にディーゼルエンジンを積み、頭部には左右に突き出た目玉のようなレーダーがついたもので、工作用の長い両腕を動かすことができる。作業を行わないときは、両腕は短く畳んでエンジンの上部に収容することができた。

ガンダムでの輸送を拒み、あくまでシャンクで旅をすることに決めたハッパを見守りながら、ベルリは素朴な疑問を口にした。

「それ、もうモビルスーツじゃないんですか? 詳しい定義は知らないけど、腕があって脚があって、作業ができる機械なんでしょ?」

「腕はあくまで付属のもので、自立歩行用機械だから一応シャンクってことになるのかな。モビルスーツはもともとこういうものだったのだろうね。兵器に転用したことが革新的だったのだろうよ。モビルスーツに転用可能な技術はアグテックのタブーになるから、シャンクに補助用の腕がついていることにしたかったのだろう。つまり、ヘルメスの薔薇の設計図なんかなくたって、モビルスーツ発明前夜まで技術は発達しているってことさ。技術は必要に応じて開発されていくものだ」

ノレドとリリンは、ハッパが取り付けてくれたモニターの調整に余念がなかった。ガンダムとシャンクには中古の無線が取り付けられて、会話も交わせるように改造された。ハッパは嫌なことを忘れるように、行く先々で機械修理や調整などの短期の仕事を引き受け、黙々と働いた。

4人は西へ西へと進み、横浜から神戸へと辿り着いた。

瀬戸内海の青い海を眺めながら屋台で買い求めた食事を頬張っているとき、ハッパがようやく今回のことを話し始めた。

「エネルギーが枯渇して、資源もとっくに使い果たした世界で、自由貿易って成り立つのかなって思っていたけど、こうして旅をして社会を眺めてみると、意外になんとかなるものだね。ぼくはね、ベルリ、アジアはもっと貧しい世界だと信じて育ったんだ。だからベルリがユーラシア大陸を旅してアジアの産業はかなりのレベルだと教えてくれたとき、ずっとこっちへ来てみたかったんだよ。自分の目で見てみないとわからないことってあるからね」

ベルリは一人旅していたころを思い出しながら遠くを眺めていた。

神戸の港には大型の輸送船が多数入港して、コンテナをクレーンで降ろしていた。大型船も、港で働く工作機械も、いまはバイオエタノールで動いている。地球の裏側ではフォトン・バッテリーの代替への置換はすでに始まっていた。ベルリは懐かしそうに口を開いた。

「あのときは行く先々でいろんな人に話を聞いて、やっぱりキャピタル・タワーが地球の裏側にあることで、アジアの人たちはフォトン・バッテリーが宇宙からもたらされていることを実感しにくくて、それが地下に埋まっている知識の発掘への情熱に繋がったんだって教えてもらったんです」

ハッパが応えた。

「ヘルメスの薔薇の設計図は、宇宙ドッグであったラビアンローズに残っていた軍事技術だったから、その流出は大変な問題を引き起こしてしまったわけだが、よく考えれば民生技術は地下に埋まっているんだ。ぼくが手に入れたこのシャンク、というか、モビルワーカーも、西暦時代のものだっていっていたな。錆びた機械を発掘してその技術を解析するなんて、やりがいのある仕事だったんだけどなぁ」

そういうと、ハッパはまたしても沈み込んで黙ってしまった。

ノレドはベルリの袖を引いて、そっと耳打ちした。

「ベルリ、こんなにのんびりしてていいの? カール・レイハントンとどうやって戦うのか考えた?」

「まだ何も考えていないけどさ、でも、いまのハッパさんを残してアメリアへ戻れないだろう? それに、あいつはこういったんだ。『わたしと同じように絶望しろ』って」

「絶望?」

「ガンダムに乗って絶望しろって。もちろん、どういう意味かは分からないよ。その意味も知りたいんだ。それに、ぼくも旅の途中でケルベスさんに連れられてメガファウナに戻っちゃったから・・・」

そう告げると、今度はベルリが黙り込んでしまった。困った男たちだと組んだノレドの腕を、リリンが引っ張った。

「どうしたの?」

リリンはしばらく会わない間に少しだけ背が伸びて、少女っぽくなっていた。彼女はキラキラと輝く海に浮かぶ船から降ろされる荷物に興味を持ったようだった。

「あのコンテナの中には荷物が入ってるの?」

「そうね」

「物が余ってるから運んできたの?」

「余ってる? いや、そうじゃないよ。あれは『交易』というもの。お金と交換で買ってきた品物なんだ。物と物を交換しようとすると、物の価値は運んでいる間にも変動してしまうから、価値が一定した通貨というものを使って安定的に物が交換できるようにしたんだね」

「でも、作りすぎたから交換してるんでしょ?」

「ああ、そうか」

ノレドはリリンがトワサンガ生まれであることを思い出した。スペースコロニーであるトワサンガは、通貨も使われているが、地球よりもっと計画経済的なのだった。宇宙では、空気も水も計画的に生産される。貨幣制度は、物資を交換するためではなく、個人の消費志向に自由度を持たせるための手段に過ぎない。

ノレドとリリンの話に聞き耳を立てていたハッパが、遠くからふたりに声を掛けた。

「リリンちゃんは小さいからわからないと思うけど、いや、ぼくもトワサンガの経済には詳しくないんだけどさ、きっと宇宙では個人で消費しきれないほどの物資の独占が禁止されているはずだよ。買占めを認めてしまったら、宇宙での経済活動は成り立たないはずだ」

「トワサンガは労働本位制なんですよ」ベルリがハッパに応えた。「買占めはもちろん禁止されているんですけど、労働に細かく工数が決められていて、獲得した労働ポイントに応じて月収が与えられる。だから、出産や子育てにも労働ポイントが付くので、働いたり子育てしている人は何不自由なく欲しいものは手に入る。でも、物資は常に不足気味でしたね。これは、空気と水に制限があるからで、何か新しい物資を生産しようとすると、生産の材料になる空気と水の調整をしなきゃいけない」

「お、さすが、トワサンガの王子さまだね」

「ベルリは王子さまなの?」リリンが尋ねた。「そうなの?」

「違うよ」ベルリは慌てて否定した。「便宜上のものなんだ。行政を動かすには権力というものが必要で、権力に空白ができてしまっていたから、それで・・・」

リリンの父は、トワサンガ警備隊に所属していた。彼らがザンクト・ポルトにやってきたとき、ベルリとメガファウナは彼らと敵対関係になって、リリンの父が乗った戦艦を地球の大気圏に押し込んで死なせてしまったのはベルリ自身なのだった。ベルリは、リリンに対して大きな負い目があった。

「興味深い話だね」空気を察したハッパが助けに入った。「金本位制ならぬ労働本位制か。労働ポイントに連動した通貨は相続できるのかい?」

「労働ポイントの相続はできませんね。贈与もできないんですよ。富が蓄積されても、交換する物資が増えるわけじゃないので。不動産も賃貸ばかりで、住むところを得るためにも働かなきゃいけない。宇宙はとにかく労働が基本なんです。あれを貨幣経済と呼んでいいのかどうか・・・。少なくとも、神戸の港に陸揚げされる物資のように、自由に買える物なんてない。購買の概念が地球と少し違っているかも。宇宙での購買は、あくまでAかBかの選択です」

「それだとさ、付加価値が生まれにくいんじゃないのか?」

「そうかもしれません。芸術も政府や行政が認定した『芸術』にしかポイントがつかないので、新しいものが生まれない。食べ物も、より美味しいものに加工してより高く販売しようという創意工夫に乏しいので、どこへ行っても同じようなものばかりになる。トワサンガのセントラルリングは商業地帯で物が溢れているところなんですが、付加価値の競い合いとしての商業施設じゃなかったなぁ」

「高い義務意識と低い欲望。地球と真逆になってしまうんだな。スペースノイドとアースノイドが分かり合えないはずだよ」


4、


神戸の港で運搬の仕事を得たハッパは、2日ほどそこで働くことになった。

ノレドは時間が気掛かりで仕方がなかったが、ベルリは何を考えているのか、ハッパのペースに合わせてのんびりと構えているのだった。

神戸の港は、物で溢れかえっていた。空気と水をほとんど無尽蔵に得られる地球では、資本を投入して大量生産することで大きな利潤を生むことができる。種さえあればどんな植物でも育つし、所有者のいない野生動物の肉も取り放題だ。野生動物は毎年いくらでも増えてしまうために、むしろ駆除が追い付いていない。宇宙とはまるで違う環境がそこにはある。

成長したリリンは、ウィルミットの温かくも厳しい教育の甲斐もあって、好奇心旺盛な子供に成長していた。彼女はノレドやラライヤとビーナス・グロゥブを訪れたときのこともよく記憶しており、あるときノレドに向かってこう話した。

「ビーナス・グロゥブにはなんであんなに美味しいものがたくさんあったの?」

リリンは、ビーナス・グロゥブで食べ歩きしたときのことを話しているのだ。あのとき、ノレドとラライヤは、ビーナス・グロゥブとトワサンガの違いを見つけようとした。ところが、ふたりは行く先々で美味しいものを見つけて食べてばかりで、重要なことは何一つ発見できなかったのだ。

しかし、それは彼女たちに知識がなかっただけのことだった。美味しい屋台がたくさんあること、それはつまり、付加価値をつけることでより高い利潤を目指している行為だったのだ。トワサンガとは違う経済運営だったからこそ、ビーナス・グロゥブには美味しいものが溢れていた。

ラ・ハイデンは、スコード教と芸術を深く愛する人間だった。それもまた、より大きな付加価値をつけて大きな利潤や承認欲求を満たす行為の表れである。大きな称賛を浴び、大きな利益があるから、芸術は研磨されていくのだ。では、トワサンガとビーナス・グロゥブでは何が違うのか。

「成長余地じゃないかな」ベルリは応えた。「ビーナス・グロゥブは資源衛星を獲得して、成長するコロニー群だった。それに比べて、トワサンガは成長を意識した設計になっていない。トワサンガを作ったメメス博士は、ザンクト・ポルトもトワサンガも、クンタラの避難地域くらいにしか思っていなかったはずだ。そこで人間を繁栄させるつもりがそもそもないんだ」

「興味深い話がたくさん聞けるねぇ」ハッパは楽しそうだった。「つまり、ビーナス・グロゥブはトワサンガと同じスペースノイドの高い義務意識が根底にありながらも、より自由経済に近くて、人々の創意工夫と経済成長余地があったと。それは、海の存在も大きいね」

「海の存在がそれを可能にしていることはあると思います。シー・デスクですね。あれがビーナス・グロゥブの環境をより地球に近づけている。それに、人間そのものの目指しているものが違う。ビーナス・グロゥブの人間は、肉体を繁栄させることを前提に胚を成長させて肉体化した人たちの末裔です。いったん眠らせていた生命を、死の覚悟を持って肉体にした。滅びるつもりなんかないんです。繁栄させるための決断があった。でも、トワサンガはそうじゃない。カール・レイハントンという思念体は、人間を排斥した地球環境の観察者たらんとしているので、肉体を増やそうとしていない。メメス博士はそれに同調していた。でも彼はクンタラの繁栄は望んでいた・・・」

ノレドが尋ねた。

「それって、クンタラを地球の支配者にするつもりだったんじゃないの? レイハントンに人類を絶滅させて、そのあとでクンタラが地球を乗っ取るみたいな」

「うーん」ベルリは考え込んだ。「それがしっくりするのは確かなんだよ。レイハントンに協力して、クンタラの安全だけを保障させる。その考え方は、思念体全体に共有されてしまうので、滅多なことで変更はできない。カール・レイハントンは人類を滅ぼし、その間だけクンタラはザンクト・ポルトとトワサンガで生き残る。やがてレイハントンたちジオンの残党は、思念体に戻って眠りに就く。地球は彼らによって防衛され続ける。その間に、地球に戻って・・・」

ハッパが首を傾げた。

「ジオンは地球を観察しているんだろう? だったらさ、地球でクンタラが繁栄して、またアースノイドとしての傲慢な振る舞いを始めたら、やっぱり滅ぼされちゃうじゃないか。相手は永遠の命を持っているわけだろう? 数千年後、地に満ちたクンタラが宇宙世紀と同じことを考えてしまうかもしれない。永遠に人類を観察している生命体。死ぬこともない。そんなの、ぼくらじゃ勝てっこないじゃないか。ぼくは、ビーナス・グロゥブ方式を支持するけどね」

「ですよね」ベルリも同意した。「メメス博士は何を考えていたんだろうって」

ノレドはしばし考えて、かねてから思っていたことを口にした。

「メメス博士って人は、クンタラだけの繁栄を考えていたわけでしょう? だから、カール・レイハントンが人類を滅ぼすことに抵抗がなかった。それはクンタラ以外の人類って意味だから。もしかして、カール・レイハントンを殺しちゃう方法を知っていたのかもよ。だって、彼がいなくなれば、地球は全部クンタラのものになるわけでしょう? クンタラの子孫だけが生き残るわけだから」

「ベルリの話を聞く限り」ハッパはノレドに質問した。「思念体というのは幽霊みたいなもののようだ。もともと死んでいる人間を殺せるのかい? どんな方法がある?」

「それを言われると困っちゃうけどさ・・・」

顔をしかめたノレドを見て笑いながら、ハッパは話題を変えた。

「実はね、ぼくは新しい夢を見つけたんだ」

「夢?」

「そう、夢だ。ぼくは世界を見分しながらアメリアへ戻って、このディーゼルエンジンを量産する会社を作ろうと思うんだよ。発掘品のレプリカだから、この製品に特許は存在しない。フォトン・バッテリーが供給されるようになったとしても、今回の経緯を見る限り、ビーナス・グロゥブは供給過剰状態は作らないと思うんだな。それは戦争に発展してしまうから。でも、人間の繁栄には経済成長が必要だ。だったら、フォトン・バッテリーで足らない分を何かで補わなきゃいけない。ぼくはディーゼルエンジンに夢を託すよ。つまりさ、ぼくには未来が必要なんだ。あと4か月半で地球が滅びてしまうとか、変な膜に覆われてしまうとか、幽霊みたいなやつに滅ぼされてしまうとかさ、そういうのは勘弁願いたい。メメス博士のこととかもそうだ。ぼくには『今』から続く未来へ行きたい。誰かがコントロールした未来じゃなくてね」

港で働くうちに、船員たちと親しくなった4人は、沖縄、台湾、香港へと寄港する船に同乗させてもらえることになった。船会社の担当はこう話した。

「フォトン・バッテリーが供給されなくなってから、海域に海賊が出るようになりましてね。あなたのその戦闘用モビルスーツに護衛してもらえると助かるんだよ」

その人物は、陽光に光り輝くガンダムを指さして言った。

こうしてモビルワーカーのハッパとノレド、リリンは貿易船に乗り込み、ベルリはガンダムで船を護衛することになった。

神戸を発した彼らは、沖縄を経て一路台湾へと向かった。


次回、第40話「自由貿易主義」後半は、2月15日投稿予定です。



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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:99(Gレコ2次創作 第39話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第39話「命の船」後半



1、


「肉体が持つ機能で、人と人との断絶を乗り越えようとするから、人は同じ過ちを繰り返すのだ。目や口や耳が、手や脚や頭が、それ自体が断絶の崖になっているとなぜ気づかないのか」

カール・レイハントンはカイザルを操り、ベルリとノレドが搭乗するガンダムと呼ばれる機体に襲い掛かっていた。

放たれる弾丸や、ビームの閃光は、カイザルとガンダムの争いには意味をなさないように思われた。思念体であるカール・レイハントンのカイザルを破壊しても、彼の命が絶たれることはない。そして、彼とチムチャップは、ベルリを殺すことが目的ではない。

ふたりの狩りは、何かをおびき出すための行為であった。ガンダムはそのためのデコイなのだ。そこに搭載されているサイコミュに、何かをおびき出そうとしていた。

ガンダムの狭いコクピットの中では、大量に詰め込んだ食糧を座席の後部に押し込んだノレドがそれを背中で押さえ込み、ベルリは浮遊した食い散らかしに悩まされながら必死にカイザルに応戦している状態だった。ベルリとノレドも、薄々レイハントンの目的が自分たちではないと気づき始めていた。

「あいつは肉体を嫌悪しているッ! でも、なぜだ?」

ベルリは状況からの脱出を必死に模索していた。ノレドはその姿を後ろから見つめながら、自分の頭の中が変化し始めていることに気づいた。何かのイメージが脳裏に浮かんでいた。ノレドにはそれが何かわからない。しかし、空間の気配を感じるようになっていた。

「ラライヤがいる」ノレドは思わず口にした。「ラライヤともうひとり、何かが彼女と一緒にいる」

ノレドはそれを確信していたが、ラライヤが搭乗するYG-111が戦場にいるわけではなかった。戦場にいるのは、レイハントン、タノ、ベルリたちだけである。

「どうしてあいつ、ラライヤと一緒にいるんだ? 離れろッ!」

「その前にゴミを何とかしてくれッ!」ベルリは悲鳴を上げた。「前が見えやしない」

カール・レイハントンの、誰に語り掛けているのかわからない言葉は、ずっとふたりの頭の中に響いてきていた。

「ニュータイプの可能性に気づき、その能力を身をもって体現しながら、なぜニュータイプの可能性を信じて状況を改善しようとしないのか。戦いで何度も核兵器を使い、地球を荒廃させておきながら、ゴンドワンで起きたことはいったいなんだ? 過剰なエネルギーを求めてその制御さえ危うい人間が、掘り出したものを当たり前のように使用して便利だ便利だと喝采する。挙句起こったことが事故ではないか。ゴンドワン北部には死の灰が降り注ぎ、また人の住めない土地になってしまった。なぜエネルギーを求めるのか。それは肉体があるからではないか。肉体を捨てれば、お前の理想はすぐにでも叶うというのに」

漆黒の世界に瞬く閃光をかいくぐり、ベルリは叫んだ。

「親からもらったものをそんなに簡単に捨てられますかッ!」

「親も子も、命はひとつしかない。それは一本の線なのだ。君はその線すら繋がっていないじゃないか。君は意識を持たない人工生命体の複製機能で生まれた母親のクローンの末裔だ」

「だから・・・、だからどうしたっていうんだッ!」

「帰るべき場所とはいったいどこだったのだ? モラトリアムはお前に何をもたらした? お前はどこへ帰っていった?」

「そんなこと」

ベルリははたと我に返り、自分が帰るべき場所はどこなのかと考えた。キャピタル・テリトリィの、母のところだろうか? ベルリの母のウィルミットは、男性と家庭を持つことはなく、養子としてベルリを引き取った。自分が帰るべき場所というのは、あそこのことなのだろうか?

それとも、トワサンガのサウスリングの屋敷で見た、顔も知らない両親のところなのだろうか。それとも、キャピタル・ガード養成学校なのだろうか。唯一の肉親である、アイーダのところなのだろうか。

「それは、肉体の欲求で還る場所を探し求めているから迷うのだ」カール・レイハントンは冷たく言い放った。「肉体の移動で、精神は満足を得ない。魂が還る場所は、わたしがいるところだ。なぜそれを拒むのか。肉体の囹圄を捨て、ガンダムに身を委ねろ」

逃げても逃げても、カイザルの射程から離れることはできなかった。ノレドは、カール・レイハントンがベルリともうひとり誰かに話しかけているのだと気づいた。レイハントンが望んでいるのは、この宙域のどこかにいるはずの、誰かなのだ。

カイザルが近づき、ガンダムは機体をよじって遠く離れた。

「このモビルスーツはジャンプできるじゃない。もっと遠くへ移動できないの?」

「違うんだ」ベルリがノレドに向かって叫んだ。「何度もジャンプしているんだよ。戦場はどんどん変わっているのに、あいつとの位置関係が変わらないんだ」

全天周囲モニター・リニアシートに映る星々はあまりに遠くにあり、何千キロも離れたところで見える景色に変化はない。それでノレドには機体がジャンプしていることに気がつかなかったのだ。集中すると、たしかに気配を感じるラライヤの視線が大きく移動していた。

「ニュータイプが地球の守護者とならんと欲したとき、ニュータイプ自身が肉体を持っていれば、ニュータイプが破滅の要因となる。宇宙でいかほど暮らそうとも、いったん重力に身を委ねれば、その魂は徐々に重力のゆりかごの中で腐っていく。進化を体験したスペースノイドによる地球の変革は、肉体を捨てることによって達成される。幸いなことに、地球も太陽系もまだ若い。時間はある。たとえ全球凍結で地上の生物の大部分が滅びようとも、やがて環境は改善して、温かい太陽の下で地上は生命の楽園となるだろう。そのときに、人間は本当に必要なのか? 人類が猿のように愚かであったのなら、それもやむを得ないだろう。だが、人類は宇宙に出て、進化の可能性を知ってしまった。そこから目を背けることはできない。人類は地球に対して役割を果たさなければならない」

「全人類に命を捨てさせることが役割なのか」

「永遠の命に死などないのだよ、ベルリくん」

ベルリにもノレドにも、正しい答えなどわかるはずもなかった。

「どうする、ベルリ?」

焦燥に駆られたノレドは、相変わらずラライヤの視線が気になっていたが、もしかしたらラライヤだと感じている存在が別の誰かで、彼女が見ているものも別の存在かもしれないと感じ始めていた。

「誰かのところへ」ノレドは自分が何を話しているのか意識しないまま口を開いた。「誰かのところへ行こうとしないと、ずっとここに捕まってしまう」

「誰って」ベルリは汗だくだった。「どこの誰のところへ行けって?」

「誰か・・・、誰かこの辺りに・・・」

ノレドは意識を集中させて、カール・レイハントンから離れられる場所がないか探し求めた。するとガンダムは一瞬で姿を消した。

「しぶといな」

カール・レイハントンは呟いた。

「どこへ行ったのでしょう?」

「キルメジット・ハイデンのところだ。まぁ、焦ることなどない。もう時は定まったのだから」


2、


クレッセント・シップは、月を経由して金星へ向けて加速の準備にかかっていた。輸送艦で脚の遅いクレッセント・シップは、準備が整い次第出立することになっていた。彼らは月の裏側で謎の技術体系を持つモビルスーツ同士の戦いがあったことを知らない。

それよりも、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されたことで、自爆装置が働いたことが、艦内では大きなニュースになっていた。ムタチオンに苦しむビーナス・グロゥブの住民にとって、それは希望が潰えたことを意味していた。

遺伝子の変化による奇形の恐怖は、彼らの心を重くしていた。そのために、クレッセント・シップの艦内ではカール・レイハントンの考えに賛同する人間が何人か出現していた。肉体を捨てれば、ムタチオンの恐怖に怯えることなく、しかも何億年でも地球のそばにいられるのだ。

「それだけじゃない」男は力説していた。「生体アバターというものを使えば、好きなときに現実世界に戻って、生の悦びを満喫することだってできるんだ。自分の子供が持てないなんて、そんなに嫌がることか? いま生きてる人間が永遠に生きても同じじゃないか」

「本当に同じなのかなぁ」同僚は疑心暗鬼であった。「新しい命って本当に要らないのだろうか?」

「そんなことはさ、オレたちが考えなきゃいけないことか?」

艦内ではあちこちで今後のことを話し合う声が聞こえていた。そのためか、彼らは少々注意力が散漫になっていた。彼らの脇を小さな影が通り過ぎていくのを見過ごしたのだ。

その影は、リリンであった。

ゲル法王とともにビーナス・グロゥブへ向かう船に同乗した彼女であったが、それは聞き分けのない子供と思われないために取った行動であって、本当は彼女は、ウィルミットと一緒にいたかったのだ。それでどんなことになろうとも、たとえ死ぬことがあっても、彼女は悔やんだりしなかっただろう。

リリンは声に導かれて、小さなノーマルスーツで艦内を走っていた。その声が誰のものなのか、彼女は疑おうとはしなかった。導きの声は、トワサンガで死んだ生みの母のものかもしれず、ウィルミットが遠くから呼んでいる声かもしれなかった。

声の主のことなどどうでも良かった。導かれたのなら、従うまでだ。

彼女が向かったのは、モビルスーツデッキだった。そこで彼女は待った。やがてデッキの中が騒がしくなり、ハッチが開くと1機の見慣れないモビルスーツが潜り込んできた。いつのどんな規格のものなのか、クレッセントシップのハッチからでは身をかがめなければ入れないような、大きな、白いモビルスーツであった。

リリンは壁を大きく蹴って、そのモビルスーツへと飛んだ。銃を構えた兵士たちが自分に照準を合わせているのはわかったけれど、それを恐怖だとは感じなかった。

モビルスーツのハッチが開いた。出迎えたのは、ベルリとノレドだった。

「やっぱり、リリンちゃんだ」

ノレドは彼女を迎え入れて狭いコクピットに引き込んだ。リリンも手足をばたつかせながら、ノレドの胸に飛び込んだ。

「次はどこへ行けばいいんだ?」

「ラ・ハイデンには会わなくていいの?」

「おそらく、彼は違う。そんな気がする」

ベルリはさらに窮屈になったコクピットで身体を傾けていた。

「モビルスーツの改造なら、やっぱりハッパさんでしょ!」

「ハッパさんは地球じゃないか、こんな状態で大気圏突入なんかできるはずが・・・」



ベルリの声は、カール・レイハントンやチムチャップ・タノにも聞こえていた。

「歴史に干渉するというのか?」

カール・レイハントンは眉をひそめた。

「さすがに聞いたことのない能力ですが、あの方はかなり力を持ったままずっと地球圏にとどまっていたようなので、不可能ではないかと。それにあの子供、そろそろ才能が開花しつつありますね」

「では、戻ろうとしよう。我々は粛々と時間とともに歩むだけだ。地球は閉じられた。運命も閉じられた。永遠に終わらない黄昏の時間が始まったのだ。やがてあいつも気づくだろう。生きていたころから悪あがきが過ぎる男だったからな」

カール・レイハントンがトワサンガへの帰投を決めた瞬間、空間にあったラライヤの気配が消えた。ノレドはそれを一瞬感じたのだが、彼女がしっかりと抱いたリリンが自分に顔を向けてきて、すぐに忘れてしまった。さらに突然強烈な重力が身体にのしかかってきて、ふたりは悲鳴を上げた。

「地球? どうして?」

ガンダムは突然巨大な重力に引かれた。雲ひとつない青空と凪いだ海。ベルリは海面すれすれで機体のコントロールを取り戻した。宙に浮いていた食べカスが床に落ちてようやくコクピットの視界は拓けた。モニターを確認すると、そこは太平洋であった。遠くに一隻の海に浮かぶ船が見えた。

それはハッパがアジアへ向かうために乗り込んだ船であった。ベルリは船の甲板に着陸した。

突然のモビルスーツの出現に甲板の上は大騒ぎになった。船にはアメリアで仕事にあぶれた人々が多く乗り込んでおり、物珍しさからすぐに人だかりができてしまった。その中をかいくぐってハッパが姿を現した。眼鏡を直しながら、彼は機体の分析に余念がなかった。

「G系統のモビルスーツか? それにしては」

彼は眼鏡を直してまじまじと機体を観察していたが、コクピットからベルリとノレドが顔を出すと心底驚いたように駆け寄ってきた。

「パイロットスーツじゃないか。大気圏突入でもしてきたのか?」

ノレドとリリンは人だかりに照れるようにおずおずとガンダムを降りた。ベルリはヘルメットを脱いで空を仰いだ。

「何事もない?」

「あるわけないだろう」ハッパは呆れたように手を腰に置いた。「ベルリはトワサンガの王子さまをやってるんじゃないのかい? それにノレドは大学に進学するって。資料は読んだかい?」

「ありがとうございました。すごく勉強になって、シラノ大学のアナ・グリーン教授も、すごい資料だって。それからアメリア調査団のジャー・ジャミング教授も。でもハッパさんはなぜ船に?」

「なぜって」ハッパは肩をすくませた。「もうすぐ日本だ。2週間も船の上でもう飽きたよ。早く陸に上がりたい。君らはまさかトワサンガから来たのかい?」

ベルリとノレドは思わず顔を見合わせた。

「アメリアを出発して2週間なんですか?」ノレドはリリンを抱えながら尋ねた。「もう何か月も経ってるはずじゃ・・・」

「何か月も経つもんか。この船は日本のディーゼルエンジンの船なんだ。日本まできっかり2週間。最新鋭だよ。アジアはキャピタル・タワーの裏側でフォトン・バッテリーの配給を受けるのは大変だし、そもそも受けられるのかどうかわからないわけだから、バイオエネルギーに切り替えが進んでいて」

「ハッパさん!」ベルリは彼にしがみついた。「もう何か月も経ってるんですよ」

「何をバカな」そう呟きながら、ハッパはベルリとノレドとリリンの様子を見て思い直した。「確かに、ノーマルスーツで太平洋に降りてくるなんてただ事じゃないのだろう。もしぼくで役に立つなら協力はする。日本の就職先もこの機体には興味を持つと思うね。何せアジアには戦闘用のモビルスーツなんて多くはないそうだから」


3、


ベルリとの戦闘を終えてシラノ-5に戻ったカール・レイハントンとチムチャップ・タノは、ヘイロ・マカカとラライヤ・アクパールの出迎えを受けた。ヘイロはまだサラ・チョップの姿のままである。彼女の肉体は何度も再生を試みているが、上手くいっていなかった。

シラノ-5は、ジオン公国に接収されてその姿を変えつつあった。ラライヤの軍服も、カーキ色のジオンのものに変わっていた。階級章は少尉。パイロットの腕を見込まれ、彼女はしばらく肉体を保持することを許されたのだった。

エアロックを通り、灰色の静かな回廊を抜けてモノレールに乗った4人は、かつての居住区の視察のためにサウスリングへと出向いた。ちょうどキャベツの収穫が終わったばかりで、辺りには堆肥の臭いが充満している。ラライヤにとってこれは命の臭いであった。

赤い軍服に黒の肩掛け、白のバックルと白のブーツといういで立ちになったカール・レイハントンは、背の低いヘイロに尋ねた。

「何人ほど肉体を再生させたのか」

「おおよそ2千人でしょうか」ヘイロが応えた、「農業区画を再稼働させようとすれば、最低1万人は必要でしょうが、コロニーを整備するだけとのことでしたので」

「それでいい。アムロと邂逅を果たしたら、またすぐに眠るのだから」

シラノ-5に残っていた住民は、カール・レイハントンの指示で思念体への転換作業を終えたばかりだった。つまり、遺体は火葬されて飼料にされたのである。彼らがカール・レイハントンを支持した理由は様々であっただろうが、彼らは強制的に死の概念を変化させられただけであった。

「うるさいのがいなくなれば、こんなにも広々とするのだな」

カール・レイハントンは、500年ぶりに降り立ったサウスリングを感慨深そうに眺めた。脳が感じる「感慨」という概念も久しぶりに感じたものだった。

肉体でいる時間が長くなった彼らは、逆に「同期」の感覚を忘れつつある。タノにはそれがもどかしかった。しかし、レイハントンはかつての人格を取り戻し、誰かと再び相まみえようとしている。そのためには、彼自身も糾合された多くの人格を分離して「個人」に戻らねばならない。

「人間という観察装置は、感動や感慨によって情報を増幅して脳に強く定着させようとする。思念体でいるときは何もかも見渡せてしまうためにこの感覚だけは再現できない。美しいもの、愛するもの、それらは脳に強く情報を定着させるための過剰の産物であって、それがあるから肉体が必要とはならないのだ」

「例の方にそうおっしゃりたいので?」

「さあ、それはどうかな。あいつがわたしの敵対者になっていることが、ずっと腑に落ちないでいる。最大の理解者になってくれると信じたいが」

カール・レイハントンは、人工的に作られた微風に枯葉が巻かれて落ちるのを眺めたのち、3人の女に指示を出した。

「ヘイロは間もなくもっと大きな肉体が組みあがるそうだから、その前に引き続き肉体化したジオン兵たちのメンテナンスをお願いしたい。彼らに生の楽しみを。しかし、アバターはむやみに増やさず、肉体維持のために過剰な生産は慎むように。タノとわたしは思念体に戻って、地球が予定より早く閉じられた理由を探す。ラライヤくんは、時間跳躍したガンダムの痕跡を探ってもらいたい」

ヘイロとラライヤは頷いて任務に戻っていった。タノはレイハントンに付き従いながら、かねてからの疑問を口に出した。

「ヘイロの肉体情報が破損しているのは、もしやメメス博士の仕業なのでは?」

「彼女はサモア系の大柄の女性だったな。だがそれも糾合した思念のひとつであろう。他にパイロット敵性のあるものがあればそれに移せばいいし、女性にする必要もない」

「ヘイロの新しい肉体は前のものに近く設定してありますが・・・」タノは言いにくそうだった。「どうもあの子を見ていると、サラとしての思念が残っているんじゃないかって気がするんです」

「サラが? 彼女は確か、アバターとの混血を産んで、思念体に変換する時間もないまますぐに死んだだろう。それに彼女の気配を感じたこともない。思念が空間に存在していれば、我々が感じるはずだ」

「それはわたしもないんです。思念体になっていれば、必ずどこかに気配を感じる。それは、あの子が死んでから1度も感じたことはない。彼女は、残留思念も残さないまま消え去っているはず。あの人たちのいう、カーバという場所へ行ったのだと思います。でも、彼女を見ていて、ときどきヘイロじゃないという気もするんです」

「ううむ・・・。完全な思念体でなければ、500年前のサラくんの記憶を保てるはずがないのだが・・・。弱い残留思念はすぐに強い思念に糾合されてしまう。魂は肉体という枠組みに引きずられて変化するものだ。大柄の女性があのような華奢な娘の中に入って、前と同じようには振舞えないだろう」

「そうなんでしょうか・・・」タノは、アーリア系の整った黒い顔を曇らせた。「それに、あのラライヤという子。あの子も何かがおかしい。大佐はあの子の気配に心当たりが?」

「あれは・・・あれはずっとずっとむかし、わたしはこの姿であったころに関係のあった女性がそばについている。だが、いまの彼女はもうむかしの彼女ではない。わたしを慕ってくれた、あの頃の彼女ではない。何を目的にしているのかも・・・」

「彼女もまた、おびき出すのに必要だと?」

「そういうことだ」

それだけ告げると、レイハントンはまたカイザルのコクピットに籠ってしまった。アバターはそれで回復を図れるが、カイザルに籠ったレイハントンは、気配をどこかに消してしまう。コクピット内でメンテナンスを受けるアバターの脳には、サイコミュの中で純化された宇宙世紀時代初期の記憶が刻まれ、時間が経つごとにレイハントンは「ある時代のある個性」然と変化していく。タノにはそれが何か恐ろしいことのように感じていた。

「肉体を捨てるといいながら、ずっとひとつのことにこだわりを持っている。そのこだわりがわたしたちジオンを外宇宙で大きく変化される力になったのは確かだけれど、ひとりの人間の後悔や雪辱に、地球を巻き込んでしまっていいのだろうか・・・」

少し前までは、彼女はこのようなことを頭に思うこともなかった。なぜならその思念は共有化されてしまうからだ。思念体の間で情報の「共有」がなされていたとき、彼女の個性は多くのことは考えず、モヤモヤすることもイライラすることもなかった。「共有」しないから考えるのだろうか?

いまの彼女たちは、それぞれの肉体の中に囚われ、大きな断絶を感じるようになってきていた。まるで、旧人類のアースノイドであるかのように。



それから数か月、トワサンガは大きな変化のない時間を過ごした。アバターを再起動させたレイハントンとタノは、ベルリのガンダムを探して出撃しては、成果なく帰ってくることを繰り返していた。ガンダムは時間を超えたようで、次にどこに出現するかわからないのだ。

そしてまたふたりは、アバターのメンテナンスのために休息を取った。メンテナンスは半年間隔で実施された。レイハントンとタノの警戒心は、徐々に緩んできた。地球は虹色の膜に覆われ、時間が隔絶した状態になって、ジオンの機体すら寄せ付けない。これには再生されたジオンの兵士たちもガッカリしていた。スペースノイドである彼らだが、それでも地球は彼らが還るべき場所である。

ザンクト・ポルトには人間が残っていたが、クンタラの集団だとわかって、カール・レイハントン自ら一切手出ししないように厳命した。あのような姿の地球の傍に、たかだか数十年の生命で何を得ようというのか、トワサンガの人間はクンタラ特有の行為に首を傾げるばかりだった。

地球は1万2千年間、凍ったままなのである。その姿の前に、肉体はまったくの無力であるはずであった。



「あの人たちは、思念体が完成された魂だと勘違いしている」

ヘイロ・マカカの思念を完全に抑え込んだサラは、ふたりの意識が肉体から遠ざかり、生体人形のように動かなくなったのを見計らって、ラライヤのYG-111とともにトワサンガを出立した。

ラビアン・ローズは蘇ったジオン兵によって生産を続け、ステュクスは銀色の編隊を組んで続々と地球に向けて出立していた。いまや何が目的で蘇ったのか定かでないジオンの亡霊たちは、カール・レイハントンの意思に沿って地球を封印しようとしていた。

ステュクスは彼らの残留思念によって動かされ、地球を覆う大河のように、あるいは魚群のように、虹色の膜で覆われた地球を周回して新たな外宇宙からの帰還者を威圧した。

「外宇宙に出ていった人類は数知れず。どこでどんな進化を遂げているのかわかったもんじゃない。まさに、ジオンの連中のように、おかしな進化を遂げて悦に入ってる連中もいる。もっと突拍子もない集団もいるかもしれない。肉体に縛られたあたしたちクンタラが叶わない相手もいるはず。だから、あたしたちはあいつらジオンを番犬として使うことにした。そして、地球はわたしたちクンタラのものになる。地球は、クンタラの楽園になるんだ。わたしたちの本当のレコンギスタは、いまここに完成する」

サラは、YG-111のバックパックの操縦席に身体を預けた。

「お遊びのように死んだり生き返ったりしているから、遺伝子情報の中に記憶情報を書き込む余地があると気づかないんだ。人間の創意工夫には無限の可能性がある。ラビアン・ローズの中で、幾世代も生と死を繰り返しながら、肉体という命の船を最大限に使うことを追求してきたわたしたちクンタラが、いつまでも奴隷でいると侮ったか。隷属を強いられた屈辱は必ず晴らしてくれる」

ヘイロの肉体が組み上がったのを察知したサラは、彼女の思念を肉体に抱きかかえたままザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の上までやってきた。すると、ヘイロの思念体はサラの肉体を離れ、大聖堂の中へと消えていった。

「やはりここまでくれば残留思念はあの中に糾合されていくようだ。カール・レイハントンもいつかはあの中に突き落としてくれる」

サラはYG-111のバックパックの操縦席でひとり悦に入った。本体の操縦席にはラライヤがいる。

そしてふたりは、そのままカール・レイハントンの前から姿を消したのだった。


4、


キャピタル・タワーは独自の発電システムを持ち、エネルギーが枯渇することはなかった。

クラウン運行長官のウィルミット・ゼナムは、爆風によって荒廃しているはずの地上に向けて、意を決して降りていくことになった。

後の政治的な交渉を巧みに進めながら、ザンクト・ポルトの支配権を実質的に握ったカリル・カシスは、エンジニア集団であるチーム・カルのメンバーと合同で生産能力の拡大に向けて話し合っていた。チーム・カルのメンバーは優秀であるばかりでなく、1000名以上のクンタラの女たちと日替わりで夜を共にできたことから、カリル・カシスのいうことは何でも聞いてくれるようになっていた。

そこにやってきたのが、YG-111に乗ったラライヤとサラであった。サラがあのメメス博士の娘だと聞いたカリルは狂喜して、彼女に望みの地位を与えると約束したのだが、サラは地位には興味を示さなかった。サラが望んでいたのは、スコード大聖堂の解体と、レイハントンの殺害、それらを達成したのちの地球への移住であった。

大聖堂の破壊は、チーム・カルのメンバーには驚愕の要求であったが、彼らはすでにクンタラに改宗したも同然であったことから強くは反対しなかった。

サラは彼らに告げた。

「大聖堂など何の意味もありませんの。あの建物の本質は、巨大な残留思念の塊。それはもはや思念などではなく、ブラックホールのようなものなんです。大聖堂は、強い思念の塊を封じるためのものに過ぎない。どうせ彼らはクンタラには手出しできない。肉体とともに存在する魂には手が出せないんです。あれを怖がるのは、思念体になってしまった人間だけ」

カリルは、これこそメメス博士の予言の成就のことだと嬉々として受け入れたが、一方で地球へ移住する話には難色を示した。

「移住は考え直すのがいいかと思いますよ。地上がどうなっているのか、さっぱりわからない。外からじゃ観測できないし、ビクローバーとの交信もできない。そりゃ、クラウンは動きますよ。長官は自分でナットのひとつひとつを確認しながら地上に降りると言ってました。クラウン以外じゃ降りられません。カール・レイハントンって人ですら大気圏突入ができないとか。なんでも、フォトン・バッテリーを満載したフルムーン・シップとかいうのが自爆して、地上の生物は絶滅しているとかしていないとか。エンジニアのおじさんたちの話では、氷河期になっているというし」

サラは華奢な首を縦に動かして肯定を示した。

「1万2千年は凍ったままでしょうね」

「1万2千年ッ!」

カリルは眩暈を起こして、取り巻きの女たちの腕の中に崩れ落ちた。だがすぐに立ち直って鼻息荒くサラの前に身を乗り出した。

「でも何か策があるんでしょ? あのメメス博士の娘さんというなら」

カリルは揉み手しながら媚びた調子でサラに擦り寄った。サラはカリルに向けていった。

「策も何も、人類が絶滅するのを待って、赤道直下に住めばいいだけよ。いまごろ地球はほとんどの人類が死滅しているはずだけど、南半球と赤道直下にいた人間がわずかに生き残っている。それも、フォトン・バッテリーが完全に尽きたらお終い。文明は完全に失われる。タワーの掌握だけぬかりなくやれば、あとはあたしたちクンタラが神として地球に降臨すればいいのよ。レイハントンだのジオンだの、あんなものは戦争好きの番犬に過ぎない。犬が神になろうなどとおこがましいのよ」

その話にチーム・カルのリーダーでエンジニアのカル・フサイが口を挟んだ。

「ビーナス・グロゥブの連中は、トワサンガにいるあのジオンとかいう連中に阻まれて地球には手出しできないというわけですか?」

「そう」サラは頷いた。「思念体である彼らジオンは、情報を共有化することができる。それは、人と人との断絶を乗り越えるという彼らの絶対命題のために彼らが獲得した能力なんだけど、いったん共有された情報は誰かの意志で変更することができない欠点がある。だから、ビーナス・グロゥブのラ・ピネレ総裁が要求したレコンギスタのための準備に手を貸すと決めれば、トワサンガを作り、キャピタル・タワーを作って準備をする。父のメメス・チョップは、そんな彼らに『わたしたちクンタラの皇帝になって、生涯わたしたちを守護してください』と頼み込んで受け入れられた。すると彼らは、わたしたちクンタラを排除することができない。皇帝として、わたしたちを守り続けるの。でも彼らは、しょせん肉体がない。地球環境の汚染を嫌っているから、人間を増やす気もない。だから、あたしたちクンタラだけが地球で子を産み、地に満ちることができる。あなた、カルさんはスコード教の信者でしょう? いいこと、スコード教なる邪悪な宗教は地球上から消えてなくなります。あれは、ヘルメス財団が支配的地位を確固たるものにするため作った人工宗教にすぎません。本当の宗教、この肉体が切実に欲した神への渇望は、わたしたちクンタラにしかない。民族が求め続けた本物の神は、クンタラの守護神カバカーリだけです。クンタラだけが本物の神を知っている。クンタラは血統ではない。だからあなたがクンタラに改宗するというのなら、わたしたちは受け入れます。でも、スコード教を捨てないというのなら、あなた方には死んでもらうしかない」

「捨てます」カルはあっさりと言ってのけた。「わたしたちはトワサンガに家族を残してきましたが、その家族はもう失われてしまった。みなさんの家族になるしか道はないのです」

といいながら、彼は昨晩夜を共にした若いクンタラの女性に心を奪われただけであった。

サラはすっかり姿を変えた地球を見下ろしながら呟いた。

「長い長い時間が経った。父はもう肉体を再生させて地上に戻ることはない。父は、トワサンガとキャピタル・タワーそのものになった。父がこのふたつを管理している。思念体なんていう幽霊のような彼らはそれに気づかない。ノースリングの動きを止めて、ラビアンローズを分離させたときから、わたしたちの復讐は開始された。スコード教に寝返ったジムカーオをラビアンローズとともに葬り、レイハントンを復活させて、あなたたちクンタラの女たちも無事にザンクト・ポルトに導いた。もうすぐすべては完成する。そしてわたしも、母なる地球に還ることができる。カーバがあるという地球に」

サラがそう口にしたとき、当のサラ・チョップだけでなく、カリル・カシスも、カル・フサイも、ある人物がまだ残っていることを思い出していた。

その名は、ベルリ・ゼナム。

彼と、彼に与えられたガンダムだけが、ジョーカーとして残されているのだった。









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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:98(Gレコ2次創作 第39話 前半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第39話「命の船」前半



1、


そのとき、アイーダ・スルガンは執務室の隠し部屋に設置された長距離通信機を使って弟のベルリ・ゼナムと連絡を取ろうとしていた。数日間行方不明で、突然謎の機体に乗って姿を現したという彼のことや、自らの始祖というべき初代レイハントンについて聞きたいことがあったからだ。

だが、ベルリからの応答はなく、諦めた彼女は椅子の背もたれに身体を預けてふうと息をついた。そのとき空に巨大な光球が出現して、オーロラの波紋のようなものが空を満たすのを見た。

異変に気づいた秘書のレイビオとセルビィが、念のために地下へ避難させようと飛び込んできた。そこまでは覚えていた。



そのアメリアへ向かって大気圏突入を果たしたフルムーン・シップの操舵士ステアは、光の波紋が大気圏突入に失敗した爆発によるものだと知っていた。死んだのが誰なのかはわからないが、船と呼べるほど大きなものではなく、モビルスーツであろうと想像した。

死んだのは誰なのか・・・、ステアは横で銃を構えるマニィに尋ねようとして思い直した。クンタラ解放戦線のルインの共謀者マニィとステアは、馴れ合う仲ではない。ステアはフルムーン・シップをアメリアへ運び、故郷にフォトン・バッテリーを届ける使命がある。出来れば全部、最悪半分。ステアはそこでどさくさに紛れて船を降り、アイーダに保護を求めるつもりでいた。マニィにつき合って南極まで飛ぶつもりなどなかった。



マニィは、ステアを降ろすつもりはなかった。彼女がいなければ、クンタラ解放戦線のメンバーだけでは船を南極近くの隠れ場所へ運ぶことはできない。クンタラ解放戦線にはフルムーン・シップを操舵できる者はおらず、ブリッジを占拠したメンバーだけではビーナス・グロゥブの船員を思い通りに動かすことはできないからである。マニィは、ステアを逃がさず利用するか、もしくは殺して恫喝に利用するつもりでいた。彼女は窓の外の光景に興味はなく、光の波紋を見ることはなかった。

彼女たちばかりでなく、光の波紋は世界中で観測された。多くの者がその輝きを目にした。光の波紋は地球をぐるりと一周したからである。昼の世界も夜の世界も、その輝きを観測した。だが、観測されたものが記録されることはなかった。輝きは、誰もが目にして、その記憶に止めながらも、どの記録にも残らなかった。

なぜなら、観測者としての人間の役割は、その瞬間に終わったからである。

ムーンレイスの汎用戦艦オルカに乗って、キャピタル・テリトリィにやってきていたキエル・ハイム、ハリー・オードらも同様であった。彼らはタワーの建設者メメス博士のことを調べるために南米にやってきていたが、ウィルミット・ゼナムが不在であった上に、独裁者役を任されたケルベス・ヨーがクンタラのことについてさほど詳しくなく、調査の端緒さえ掴めないまま無為に時間を過ごしていた。

ふたりは頼りにしていたカリル・カシス一行がなぜかクンタラの女たちばかりを引き連れてクラウンで宇宙へ向かったことなど知る由もなく、大空に美しい光の波紋が流れていく光景を額に手をかざして眺めていた。ふたりがこの世界の観察者であったのは、それが最後であった。



カリル・カシスとその支持者10名は、元首相秘書の肩書を使い、さらには得意の偽造書類を駆使してクラウンのチケットを入手していた。

彼女たちは伝手を使ってクンタラの若い女ばかりを集めると、臨時便として運行されることになったクラウンに飛び乗った。集められたクンタラの女たちは1000名に満たない。女たちを使ってもっと多くの仲間を集めるつもりでいたのだが、カリルは何となく胸騒ぎを感じて、自慢の大きな胸の魅力も駆使しながらクラウンの出港を早めたのだった。その勘が多くのクンタラの女性を救うことになった。

「なんだい、あの光の帯は?」

カリルは窓の外に広がる光景に驚いていた。光の波紋は遥か上空での出来事であったが、それは消え去ることはなく、地球全体を包み込んでいた。地球は光の膜に覆われ、繭のようになってしまったのだ。しかし、カリルたちはそのような光学現象について考察するほど賢くはなく、初めての宇宙への旅に浮かれたり、沈み込んだり、ザンクト・ポルトというスコード教の聖地であるがゆえにクンタラには無関係だった場所へ向かっている不思議に胸をざわつかせていた。

カリル・カシスとクンタラの女たち1000名は、2日間のクラウンの旅が、自分たちの命を救ったとは思っていなかった。彼女たちは、グルグルと不気味な模様で地球を覆った光の膜を突き抜け、ザンクト・ポルトにやってきた。

彼女たちを出迎えたのは、銃口であった。


2、


ザンクト・ポルトで光の波紋が観測されたのは、クラウンの臨時便が出港したとの連絡が届いて間もなくのことであった。

今回ばかりは運行については口を出すまいと心に誓って宇宙へ上がってきたウィルミットであったが、どうやら偽造書類で臨時便を出した人間がいると知り、またその人物が前首相ビルギーズ・シバのやり手政策秘書カリル・カシスと知って警戒を強めるとともに、管制センターへ頻繁に赴くようになっていた。

臨時便に搭乗したのが、クンタラの女ばかり1000名弱と聞いたウィルミットは、スコード教の聖地にクンタラがやってくることに不快感を感じ、すぐさまそのような心持になった自分を恥じた。クンタラだからではない、カリル・カシスだから警戒するのだと自分に言い聞かせ、彼女はクラウンが到着するのを待っていた。

そんなとき、地球の表面に説明できない現象が起こっているとの連絡があった。地球が七色の光に覆われる観測されたことのない現象が起こっているとの連絡だった。管制センターのモニターにもそれは映し出された。一見とても美しく神々しい光景であった。青い地球が七色の光に覆われていくさまは、地球への祝福とも呼べるものに思えた。

ウィルミットはクラウンの発着場にザンクト・ポルト自治警察を集合させてカリル・カシスを出迎えた。クラウンを降りてきたカリルは偽造書類のことなど悪びれずもせず、時代がかったスカートをつまんでウィルミットに挨拶をした。彼女はウィルミットも一目置く存在だった。

「地球を覆っているあれは」カリルは手錠を拒んだ。「あれは何ですの? ずいぶんと美しい光景でしたが」

「あれはまだ解析されておりませんの」ウィルミットは棘のある声で突き放した。「あなたは首相秘書官の任などとっくに放棄して姿をくらましていたはずでしょ? 国庫の金を横領したことも分かっているのですよ。よくもまぁいけしゃあしゃあと」

「あれはビルギーズ・シバ前首相から受け取った退職金です。書類に不備でもございまして? そんなことより、ご自身に手錠は掛けませんの? あなたが独裁者ケルベス・ヨーの黒幕だというのはキャピタルの人間ならばみんな知っていることでございますが」

「ケルベスはただの政府代行です」

やはり面倒な女だとウィルミットが顔をしかめていると、運航庁の部下が彼女のところへとやってきてそっと耳打ちをした。カリルは大人しく口を閉じていた。ウィルミットは横目でカリルを見やったが、やがて諦めて彼女の前に進み出た。

「どうやら容疑者として扱うには証拠が不足しているようです。 しかし地球で何かあったようなので、帰りのクラウンはこちらの許可なしには発車させないのでそのつもりでいてください」

それだけ告げると、ウィルミットは部下とともに足早に立ち去っていった。それを忌々しげに見送ったカリルは、連れてきた仲間たちをホテルに収容すると、古くから行動を共にしている10名の女たちを伴ってスコード教の教会へと向かった。彼女たちはメメス博士のメッセージがどこかにあるはずだと大聖堂に狙いをつけていたのである。



カリル・カシスを逮捕しそこなったウィルミットは、それどころではなかった。ザンクト・ポルトの管制センターに戻った彼女は、ビーナス・グロゥブの大艦隊が地球に接近しているとの情報をどうするか協議しなければならなかった。

代表が不在であったザンクト・ポルトは、物資が逼迫している現状をウィルミットに伝え、そのうえで彼女とゲル法王に地球側の代表として交渉するように依頼した。ウィルミットもこれを承知して、最悪の場合降伏することを確認した上で、大艦隊の動きを注意深く見守っていた。

だが6時間経っても艦隊は大気圏突入を果たさなかった。そして、ザンクト・ポルトのモニターに、威風堂々とした男の姿が映し出された。それが、ビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデンの姿であった。

ウィルミットはこれが待ち望んだ男かと胸が高鳴るのを抑えきれなかった。その場にゲル法王の姿はなかった。彼は大聖堂にはいったきりだという。仕方なく、彼女はラ・ハイデンと応対することになった。互いを紹介する口上から始まり、互いをねぎらう言葉を掛け合ったのち、ラ・ハイデンはウィルミットにこういった。

「軌道エレベーターはまだ使用できているのか」

「はい、いまのところは」

「そうか・・・。我々の歩みが遅く、地球は閉じられてしまったようだ。おそらくはその軌道エレベーター以外で地球に侵入することはできなくなるだろう。永遠に」

ウィルミットはその言葉を一瞬理解できなかった。

「と、おっしゃいますと」

「あの光の膜は物質を通さないようだ。重力に引かれて落ちても、弾かれて軌道が変わってしまう。地球の歴史は終わったのだ。人類は戦うこともできずジオンに敗北した」

ラ・ハイデンは詳しい説明をして彼女を納得させるつもりはないようだった。その眼は遠くを見ており、ウィルミットに向かって話しながら、自分に言い聞かせているような口ぶりであった。

「ともかく、いったん大聖堂にお立ち寄りくださいますよう」

「ジオンのカール・レイハントンがこうして地球圏を彼らの望む世界に変えてしまった以上、わたしはビーナス・グロゥブの総裁として住民の保護に努めなければならない。人類最後の観察者として、わたしに言い残したいことはあるか?」

ウィルミットは何を話していいのか咄嗟に思いつかなかった。それどころか、ラ・ハイデンの言葉の半分も理解できなかったのだ。

「どうか」彼女は必死に引き留めようとした。「ゲル法王猊下とお話を。法王猊下は亡きラ・グー総裁の遺言を守り、地球において宗教改革を成し遂げようとしております。彼とわたくしたち地球人が辿り着いた法の形をどうか、お聞きいただきたいのです」

「ゲル法王・・・。ああ、ビーナス・グロゥブで説法をしてくださったあの方か。よろしい。では、彼と一見まみえ、そののちわたしは絶望を携えて生まれ故郷に帰らせていただこう」

「絶望?」

「レコンギスタの希望は潰えたと。それを皆に伝え、人のありようを今一度問わねばならない」


3、


美しい七色の光の膜は、地球を覆い尽くして晴れることはなかった。地球はまるでシャボン玉に包まれたように美しく不気味な姿へと変貌を遂げた。地球はその水に浮かんだオイルのように輝く膜の中に閉ざされた惑星となり、外からは観測できなくなった。

目視できず、電波も届かない。膜の色彩の変容で大気の動きがわかるだけであった。

その膜は、一切の科学分析を寄せつけなかった。膜が物理現象なのか光学現象なのかも検討がつかない。地球は光沢のある卵膜に覆われた胎児のような姿となり、地上の観測はまったく行えなかった。唯一、軌道エレベーターであるキャピタルタワーだけが、地球から突き出るように存在している。

キャピタル・タワーだけが、宇宙と地球とを往還できる装置として残った。ラ・ハイデンの話を聞いたクラウン運航庁は、何とかしてビクローバーとの通信を回復させようとしたが無駄だった。ザンクト・ポルトからでは地上のことは一切わからなかった。

ようやく事態を理解したウィルミットは、大聖堂でのラ・ハイデンとの会談に列席すべく、慣れないシャンクを走らせた。

大聖堂には、ザンクト・ポルトの住人たちが集まっていた。彼らは情報を欲していた。もみくしゃにされながらその対応は現地の代表に任せ、ウィルミットは息を切らしながら会見に臨んだ。会見場にいたのは、ラ・ハイデンと彼の随行員、ゲル法王と新教団の枢機卿、リリン、カリル・カシスとその仲間たちであった。

すでに話は始まっていた。ウィルミットは遅刻したのだった。代わりにリリンが話を聴いていた。ウィルミットのその傍らにそっと立った。話は続いていた。

「法王の辿り着かれた境地には敬意を払いたい」ラ・ハイデンは恭しく頭を下げた。「コミュニケーションの断絶を乗り越えるニュータイプの奇蹟がスコード教、クンタラの教えの原点であること、それらを統一させようとしていること、しかと理解した」

「では」

ゲル法王が何かを期待するように身を乗り出すのを、ラ・ハイデンは手で制した。

「そのニュータイプの奇蹟こそがタブーだったのだ。冬の宮殿というもので、アクシズの軌道を逸らした奇蹟の映像を見ることができなかったこと、それは、ジオンのシャアというものの怨念がいまなお生き続け、外宇宙でニュータイプ研究を極北まで進めたことを隠すために鍵が掛けられていただけなのだ。ニュータイプという人と人との断絶を乗り越える現象を突き詰めるとどうなるか、それを達成したら人はどうなるかを見せたくないために、カール・レイハントンが自分で鍵を掛けていた」

「トワサンガの初代王のことだと」ゲル法王はなおも食い下がった。「カール・レイハントンはトワサンガの初代王で、人間の本質を思念であるとした人物と・・・」

「肉体という殻の中に入っているもの、霊魂でも魂魄でもいいのだが、外宇宙への大航海を達成する莫大な時間でニュータイプ現象を突き詰めていくと、人は死の壁を乗り越え、肉体を持たない永遠の存在になったというのだ。いや、あなたの仕事を否定したいのではない。だが法王猊下もご覧になったはずだ。あの新しい地球の姿を。もうあの惑星には肉体を持って降りられない。あれを行ったのが、カール・レイハントン、ジオンの亡霊である。やがて月よりステュクスと呼ばれる銀色の細長い戦艦がやってきて、地球を覆い尽くすであろう。無数の銀色の戦艦が、流れる冥府の河のように地球とそれ以外とを隔てることになるだろう」

「でも、あなたさまが地球にまでやってきた理由は」ウィルミットが口を挟んだ。「何か可能性があったからなのでしょう? そうでなければ」

「可能性」ラ・ハイデンはウィルミットに向き直った。「可能性とは、神による地球の統治という虚構を作り上げることだった。それによって、神のごとき存在である彼らジオンに対抗するつもりであった。地球人はもうヘルメスの薔薇の設計図という知恵の実を食べてしまった。その事実を修正するには、ビーナス・グロゥブ人を神と仮定し、我らが直接地球を統治してやり直すしかなかった。本来の計画への回帰である。キャピタルからトワサンガを経てビーナス・グロゥブに至るまで、すべて我々が一括で管理する。その計画の中に地球人を救うことは初めから含まれていない」

「しかし、それではッ!」

「多くの人命が失われる。そう言いたいのだろうが、それは重力に魂を引かれた人間の勝手な言い分に過ぎない。もしその子の命を救いたいというのであれば、いや自身の助命を嘆願するというのであれば、ザンクト・ポルトにいる地球人だけはビーナス・グロゥブに連れて行ってもいい。あちらへ行ったところで、地球と同じことになるやもしれんが」

その子とは、ウィルミットが大事に引き寄せているリリンのことであった。この聡明な少女は、話の一切を聴いても動揺することなく、母と運命を共にするつもりのようだった。そのリリンのコートの襟には、コバシとクンが作ったマイクが仕込まれていた。



彼女たちジット団のメンバーは、ゲル法王とともにオルカを降りて一休みしていたところ、急遽ドニエルが艦を発進させてしまったためにザンクト・ポルトに取り残されていたのだ。

「あちゃー、そういうことか」クンは思わず天を仰いだ。「せっかくレコンギスタしてきたのに、もう地球には降りられず、ビーナス・グロゥブに戻れば罪人。短い夢であった」

ビーナス・グロゥブからレコンギスタを果たし、キャピタルで体験した大空襲を生き延びたジット団の同志たちは、狭い部屋でスピーカーから流れてくる音声に聞き耳を立てていた。

「降りられないってたって」コバシは首を捻った。「キャピタル・タワーがあるじゃない。あれで地球とザンクト・ポルトの往還はできるんでしょ?」

「フォトン・バッテリーを供給されないのに、タワーを使う意味はないさ。地球人は地上にへばりついて、生き残る方法を考えるしかない。その地上もどうなっているか知れたものじゃないときている。地球はもう1Gの楽園じゃない」

「あたしたちは?」

「いまキルメジット・ハイデンについていかなきゃ、2度とあいつは地球圏には来ないだろう。白旗を上げて降参するか、地球に骨を埋めるかだよ。楽園に骨を埋めるのなら本望だけど、地球があの有様では・・・」

ジット団のメンバーたちは、自らの進退を決めねばならなくなった。



ウィルミットたちと同席して話を聴いていたカリル・カシスは、キャピタル・テリトリィに何の利権もなくなったことに愕然としていた。しかし、メメス博士の話は本当だったのだ。500年前の謎の人物は、たしかにクンタラたちを救った。だとしたらまだ彼の足跡には何かが隠されているかもしれない。

「絶対にメメス博士の手掛かりを見つけてやる」カリルは呟いた。「あたしはハイデンなんて男とは違う。地をはいずり回っても大きな権力を手に入れてやるんだ。学年で一番の優等生が、クンタラだってだけで官僚にさせてもらえなかった恨みは必ず晴らしてやるよ」



与えられた猶予は12時間だけであった。ザンクト・ポルトの住人たちは、神の国に住めると聞いて移住の申し込みに殺到した。家財道具は乗せられないので身体ひとつで金星へ移住することになる。それでも彼らは地球を見限り、移住を決意した。

「何もかもが慌ただしく、思い通りになりません」

ゲル法王は、自らが辿り着いた境地に自信を持って会談に臨んだが、人としての決意では事態を変えることはできなかったことを悔やんでいた。

法王のそばにはリリンがいる。ふたりは、随行員の人間とともにビーナス・グロゥブへ移住することになったのである。ウィルミットは、リリンと一緒に移住しようかと最後まで迷っていたが、刻々と変わりつつある地球の様子に不安を持ちながらも、キャピタル・タワーがまだ生きていることが彼女の責任感を掻き立ててしまった。彼女はタワーを捨てて移住することはできなかった。

「法王さま、どうかリリンと、そしてベルリの行く末を」

「できる限りのことは」

そう約束してゲル法王はクレッセント・シップに乗船し、慌ただしく旅立っていったのだった。船にはクン・スーンとコバシの姿もあった。彼らはいまだ修復が続くシー・デスクの修理に参加することを条件に恩赦を勝ち取り、レコンギスタの夢破れ、金星へと戻っていった。

ビーナス・グロゥブの船団に加わらなかったのは、ウィルミットと運航庁の職員数名、月で艦隊に加わっていたチーム・カル、カリル・カシスとクンタラの女性1000名であった。ウィルミットは機を見るに敏なカリルが、この状況で残ったことを不思議に思っていたが、カリルはさっそくザンクト・ポルトの支配権を要求してきた。

「ウィルミット閣下にはタワーがありますでしょ。ムーンレイスの方々には月がある。でしたら私たちクンタラにザンクト・ポルトを与えていただいてもいいのじゃありませんこと。チーム・カルの方々はトワサンガの人たちで、男性ばかり。こちらは女性ばかり。何をしなきゃいけないかは一目瞭然」

カリルはチーム・カルが男ばかりであることに目をつけ、女たちを使って仲間に引き入れていたのだった。

「支配とか、そういうことはいったんお互いにやめましょう」ウィルミットは怒りを堪えていった。「トワサンガのチーム・カルのみなさんには、タワーの保全をやっていただくしかないので、ザンクト・ポルトに居住していただかねばなりません。居住者の間でどなたを代表にするかは、そちらで話し合って決めていただければけっこう。とにかく、タワーで地球に降りて、現在の地球の状況を確認せねば。もしかしたら何事もなく生活しているのかも」

そんな彼女の願いも虚しく、ザンクト・ポルトは地球圏の異変をキャッチした。

七色の光の膜に覆われた地球のどこかで、巨大な爆発が起こったのだ。その爆発はフルムーン・シップの自爆によるものであった。

フォトン・バッテリーを満載したフルムーン・シップの自爆装置が作動したことで、とてつもない大爆発が起こり、輝きの後に巻き起こった爆風は、強固なキャピタル・タワーにも激しく不気味な振動を加えた。地球を覆った七色の膜は、その下で起こった大異変がどれだけすさまじいものであるか、隠してはくれなかった。光の膜の下で、地球はまるで木星のような不気味な姿へと変貌を遂げていた。

むろんタワーの運航などできるはずもなく、人類の生き残りは地球から突き出た待ち針の頭のようなザンクト・ポルトで、蓄えられた食料を分け合いながら数か月を過ごさねばならなかった。幸いなことに、チーム・カルの働きによって、ザンクト・ポルトが機能停止に陥ることはなかった。

震えて眠る日々が続くなか、人類のわずかな生き残りたちは、シルヴァー・シップ、ステュクスと呼ばれる戦艦が月から大挙して押し寄せてくるのを見ることになった。

ジムカーオ大佐がたった独りで操ったとされる細長い装飾の欠片もない戦艦たちは、地球に到着するや、光の膜のさらに上空を、海を泳ぐ魚群のように周回した。その魚影はザンクト・ポルトを時折掠めたが、決してぶつかることはなかった。

爆風は地球を何周もしたが、やがて収束した。

地球は光の膜の下で、ゆっくりと本来の姿を取り戻していった。大地を震わし、吹き荒れた暴風が鎮まると、舞い上げられた砂塵がゆっくりと地上に落ちた。爆発の影響が収まったとき。地球は真っ白に凍結していた。


4、


ベルリとノレドは、カール・レイハントンに与えられたガンダムというモビルスーツのコクピットの中で身を寄せ合っていた。

冬の神殿の中で、ふたりは戦いの本質が「アクシズの奇蹟」に遡るものであることを確認し合った。人類に絶望して急進改革を欲した敗北者たちの末裔が、宇宙を放浪するうちに、科学的な魂の解脱を発見して、その成果を携えて地球圏へと舞い戻った。

彼らが望んでいるものは、地球の支配であるが、それは人間を支配することではなく、地球環境の唯一の観測者となることであった。永遠の命を得た者たちにとって、もう人間は必要なくなった。人間は環境に一切の負荷を与えることなく思念体として実在して、地球環境の悠久の変化を観測できる立場へと進化した。

「ぼくらは、宇宙から何者かが戻ってくるイメージと戦っている」ベルリは呟いた。「クンパ大佐は、神によって定められた秩序に人間の競争原理を持ち込んだ。それは宇宙世紀時代の活力への羨望であった。ジムカーオ大佐は、神と人とが和解する機運が芽生えたところにルサンチマンを持ち込んだ。それは黒歴史時代の差別への怨嗟だった。そして、カール・レイハントンは、新たな秩序を模索しているところに、人間の理想を持ち込んだ」

「ベルリの中であれは理想なんだ」

「おそらく。ジオンが夢見た理想の実現なんだ。どんな栄えた種族も、いずれ遺伝子が劣化して絶滅してしまう。地球で永遠に栄える種族はいない。しかし人間は、人間という種族を栄えさせながら、地球環境に組み込まれることなくどんどん外れていって、地球を窒息させ始めた。それを、宇宙移民たちの合理主義で克服していこうとしたのがジオンの理想だった」

「ベルリはレイハントンと思考を同期したんだもんね」

「うん。彼らの理想主義が、宇宙の果てで極北まで突き進んで、地球にレコンギスタしてきたんだ。クンパ大佐も、ジムカーオ大佐も、カール・レイハントンも、あるいはムーンレイスも、宇宙の果てから戻ってきた人たちだ。みんな、地球人の現状とはまったく違う理屈で行動している。ぼくら、現在の地球で生まれた人間たちは、自分たちのイメージとは違う枠組みのイメージと戦っているんだよ。500年前のムーンレイスも、クンパ大佐も、ジムカーオ大佐も、地球という重力に飲み込まれる形で彼らのイメージを雲散霧消させて終わっている。でも・・・」

「カール・レイハントンは違うね。厄介だ」

「そう。彼はビーナス・グロゥブのヘルメス財団の理想を手伝う形で500年前に実体化して、彼らの夢が完全に壊れるのを待って再び出現した。そしてヘルメス財団とは違う形の、違うイメージの理想を提示した。それは彼らの存在から、より神に近いものだった」

「スコード教が作っていた秩序より神さまっぽい」

「霊魂みたいなものだからね。話を聞いたラ・ハイデンは、レイハントンに対抗する形でもう一度ヘルメス財団の理想を再構築するために地球にやってきたんだと思う。彼の厳しい人柄は、ぼくの提案した再構築の内容では満足しなかった。ヘルメスの薔薇の設計図が回収されるあてがない以上、彼は以前のフォトン・バッテリーを供給する世界には戻れないと考えていた」

「宇宙からか・・・」ノレドはふうと溜息をついた。「でも、カール・レイハントンを退けなければ、あたしたちはもう終わりなんでしょ?」

「たぶんね」ベルリはううんと唸って腕を組んだ。「カール・レイハントンは、人間という種族が地球に存在することを許されるのは、観察者としての役割を果たす場合に限られると考えている。例えば、地球のあちこちにドーム型の閉鎖空間を作って、そこにイノセントとして暮らしながら地球を観察する。閉鎖空間はスペースコロニーのように独立した環境になっていて、地球環境に負荷は与えない。そうした人間の理想的な形が、ニュータイプ研究によって思念を分離できることに気づいて、先鋭化したんだ。極端な話、太陽が終焉を迎えて膨張し始め、それに地球が飲み込まれることがあっても、思念体としての彼らなら観察できる。ずっとこの空間にとどまり続けることができるんだから」

「スペースノイドとしての自覚が、アースノイドのナチュラリズムを否定したって話だ」

「そう。人間は観察者であればよく、地球環境に関与してはならない。そのためには、肉体は必要ないんだ。肉体の欲求が、環境を破壊するのだから」

「さっきの話でさ、独立環境型のコロニーを作って、地球を観察するって話があったじゃない。彼らがイノセントとして観察する外側の世界には、人間はいるのかな? 例えば、シビリアンみたいな形で」

「それなんだよ」ベルリはノレドが差し出したクッキーに噛りついた。「人間を否定したときに、神の視点で観察する人間と、動物としての人間は共存するのかという問題なんだ。動物としての人間に知恵がなければ、ジャングルのサルと一緒なんだから観察対象になり得る。でも人間は、知恵を失うことの方が難しい。黒歴史の暗黒時代から結局はいまのような世界になっていったわけだし」

「カール・レイハントンに結論は出ているのかな? ベルリはどう思ってる?」

「もし、完全に人間を絶滅させるつもりなら、なぜメメス博士の要求を突っぱねなかったんだろうって。メメス博士はクンタラで、それは食べられる人間としてのクンタラじゃなくて、スコード教とは違う宗教を持つ人たちの総称のつもりで話しているんだけど、クンタラの自分たちは肉体を失うわけにはいかない。あなたに恭順するから、わたしたちの皇帝となって庇護してくださいと頼まれて、認めているんだ」

「皇帝というのはそういう意味だったんだ」

「そうなんだよ。メメス博士はカール・レイハントンがやりたがっていることを見抜いていた。しかし、ヘルメス財団の理想が潰えてレイハントンの計画が動き始めるのは、自分が死んだ遥かはるか先になる。そのときに、クンタラを助ける存在になってくださいと、500年も前に頼み込んで、自分の娘と彼のアバターの間に子供まで作らせて」

「それがベルリとアイーダさんの祖先なんだね」

「うん。あの人は、クンタラを地球のシビリアンにするつもりだったのかって」

そのときだった。ガンダムが通信をキャッチした。その周波数は、アイーダがベルリに秘密の通信を送ってくるときのものだった。ベルリは慌てて回線を開こうとしたが、慣れない機体に手間取っている間に強いイメージの波動が襲ってきた。

そのイメージは、絶望と安堵が入り混じった複雑なものだった。ノレドが叫んだ。

「クリム・ニック!」

「クリム・ニックが死んだ?」

それは死の波動だった。だが、何かが違う。アイーダからの通信は途絶えた。ふたりの胸は、サンドペーパーのようなザラザラした何かに包まれていくようだった。そしてまた、彼らを乗せたガンダムは、不可解なジャンプをした。ガンダムは漆黒の闇と光が照らす光沢の世界へ戻った。

目の前には深紅のモビルスーツがジッとベルリたちを窺っていた。

「さあ、大佐の狩りの時間よ」

チムチャップ・タノの機体が先に動いた。太陽光線に輝く彼女の濃緑の機体がベルリたちに襲い掛かってくる。それをわずかにいなしたベルリは、ノレドがコクピットに詰め込んだ食糧がグルグルと目の前を回転することに悲鳴を上げた。

「なんでこんなにたくさん!」

「自分だって食べたじゃん!」

これでは戦えないと距離を置いたベルリは、深紅の機体の背後に青く輝く地球を見た。地球はごくごく小さな靄のもうなものが大きく拡がっていくところであった。あれがクリムが死んだ痕跡だと、ふたりは確信した。なぜそう思ったのか、彼らにもよくわからない。地球の青い輝きは、虹色の靄のようなものに覆われ、次第に失われていった。

「地球に何をしたんだ、カール・レイハントンッ!」

カイザルとガンダムは同じ距離を保って真っ直ぐに正対したまま、クルクルと回転した。

ベルリとノレドには確かにカール・レイハントンの若々しい声が聞こえた。それは頭の中に響いてくるようだった。

「さぁ、お前もわたしと同じように死者の世界から甦れ、ガンダムッ!」



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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:97(Gレコ2次創作 第38話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第38話「神々の侵略」後半



1、


アイーダは大きな思い違いをしていた。アメリアで育った彼女は、クンタラへの差別に対し、その酷さについて徹底した教育を受けていた。情操教育の一環として刷り込まれたクンタラ差別は、心にトラウマを植え付けるほどで、クンタラ差別は絶対的な悪として彼女の心を支配していた。

アメリアのクンタラは、数こそ少数派であるものの、その差別の歴史を逆手に取って政治闘争に打ち勝ち、都市部の土地の占有や金融の支配を通じ、この国で最も力のある圧力団体になっていた。大統領派との政治闘争を余儀なくされるアイーダが、まず最初に頼ったのは、父であるグシオン・スルガンの有力な後援者であった彼らであった。

アイーダにとって彼らクンタラは永遠の弱者であった。だからこそ支援せねばならないし、差別という因習は撲滅しなければならないと思っていた。

彼女にとって、ゲル法王が悟るに至ったスコードとクンタラの教義の一致は、人類社会を大きく前進させる画期的なものであった。アイーダは、アメリアの自分の後援者は、ゲル法王の新しい教義と新しい宗教団体は喜ばれ、受け入れられるものと信じ切っていた。

しかし、実態はそうではなかった。

「スコードとクンタラが同じもので、人類がみな平等とは、少々虫が良すぎるのではありませんかな。スコード教和解派などというが、自分がスコード教を追い出されたので新しい教団を作っただけに決まっている」

「彼らは教団やら教会がないと信仰した気にならないのでしょう。彼らは形ばかり。我々クンタラのような、魂の宗教じゃない。求めるのは物質ばかりだ」

アイーダに呼び出されて、カリル・カシスに会うことになった後援会の代表4人は、いまアメリアで起きていることに苦虫を噛み潰したような表情になっていた。アメリアでは、キャピタル・テリトリィからやってきたゲル法王の唱える人類の融和が大ブームとなっていたのである。

新しい宗教によってスコード教徒とクンタラ教徒が一緒になり、差別の因習を乗り越えようと大きなうねりが生まれていた。

その煽りを受け、クンタラが行い、半ば利権化していた同和教育はやめようとの機運が生まれていたのだ。同和教育は古臭いもので、差別を固定化するだけだとの意見が出始めていた。

「何百年、何千年と我々を差別してきながら、ちょっと宇宙の誰かさんと会っただけで、明日からいままでのことがチャラになる、そんなものではないでしょう?」

「左様」白い顎髭を蓄えた老人が相槌を打った。「1000年差別してきたのなら、1000年謝り続けてもらわねば釣り合わぬというものだ。まだ同和教育が始まってたかだか500年。あと500年は地面に額をこすりつけてもらわねば」

「しかも、新しい宗教の法王はまた自分だという。クンタラ差別がなくなったというのなら、クンタラを法王にしてみればいいのだ。出来るわけがない。そんなことは考えもしないくせに、いけしゃあしゃあと明日からみな平等です、仲良くしましょうもないものだ」

「ニューヨークが壊滅しただけで大損害なのに、ワシントンまで引っ越しさせて、街を再建する費用を出せだの、いいようにこき使われてしまいにはこれだ! 小娘が、こちらの言うことを何でもハイハイと聞いていればいいものを!」

「もうそれくらいにしておけ、総監さまのお出ましだ」

アイーダはキエル・ハイムひとりを伴って現れた。一緒にキャピタル・テリトリィに赴くハリー・オードはオルカをいつでも飛ばせるように準備していた。そしてカリル・カシスは、彼らとの会見を断り、仲間とともに準備があるからとオルカに巨大な荷物を運びこんでいた。

肝心のカリルがいなくなったことで、アイーダはクンタラの支援者の誰かひとりをキャピタルに随行させようと考えていた。

「これは、姫さま」

白い顎髭の老人、グールド翁がアイーダの手を取って口づけをした。彼はキエルにも同じようにした。

「みなさんの中で、メメス博士という人物を知っていらっしゃる方はおられませんか?」

4人は顔を見合わせたが、誰もその名について知っている者はいなかった。ちょっとガッカリしたアイーダであったが、気を取り直してキエル・ハイムを紹介した。

キエル・ハイムの名は、4人のいずれも知っていた。彼らはアメリアで出版された「クンタラの証言 今来と古来」のことを知っていたからであった。詳しく説明しようとするアイーダを、キエルは手で制した。キエルは4人の表情に含むところを感じ取っていた。

アイーダは何のことかわからずにいたが、気を取り直して本題に入った。

「宇宙からさる高貴なお方が地球に来られるかもしれず、そのメメス博士のことを詳しく調査せねばならなくなったのです。アメリアのクンタラの代表として、みなさんにはその調査に参加していただきたいのです」

4人は顔を見合わせ、明らかに乗り気ではなさそうだった。彼らは義務意識の強いアイーダに付き合わされて、負担ばかり増えていくことに耐えられなかった。言葉とは裏腹に、彼らにとってクンタラという身分は、自己防衛に使える便利な衣服であり、心を支えるようなものではなかったのだ。

グールド翁が、自分は引退した身であるからと調査の協力を申し出た。アイーダは頷いて、彼をハリー・オードが待つオルカへと案内した。

西から吹き付けてくる潮風が、遅れて船に乗り込む者たちの髪を巻き上げた。

「こちらは」アイーダがキエルに老人を紹介した。「グールド翁といいます。多くのメディアで社主をされております」

「グールド翁、よろしくお願いします。キエル・ハイムと申します」

「あなたは」グールドは息を切らしながら階段を上った。「あのキエル・ハイムの子孫で、同名を名付けられたということでよろしいのかな」

「わたしはあの方で、あの方はわたしです」

そう答えたキエルの言葉に、グールド翁は首を捻るばかりであった。彼らの乗った船は、一路キャピタル・テリトリィを目指した。


2、


カリル・カシスは、孤児のころから彼女を慕って集まってきた若いクンタラの女性10人とともに、一足先にオルカに乗り込んでいた。いま彼女たちは、大きな荷物を運び入れた狭い一室に集まって聞き耳を立てていた。ひとりがヘッドセットをつけてマイクでしきりに呼び掛けている。

彼女たちの顔がパッと輝いた。応答があったのだ。スピーカー越しに聞こえてきたのは、ルイン・リーの声であった。ルインの驚いた声が室内に響いた。

「まさかこの回線をいまだに使っている人間がいるとは思わなかった」

彼がゴンドワンでクンタラ解放戦線として行動していたころ、カリルはジムカーオの命令をルインに伝達する役割を負っていたのだ。彼女たちがオルカに運び入れたのは、アグテックのタブーにされている長距離通信装置であり、アイーダが所持しているものと同じであった。

カリルは、ビーナス・グロゥブに流刑になっているはずのルインが地球圏にいることに驚いた。地球にやってきているというビーナス・グロゥブ艦隊と行動を共にしているのかと思いきや、ルインの答えはまったく意外なものだった。

「わたしは人類が半年間で使用するフォトン・バッテリーとそれを満載したフルムーン・シップという惑星間航行船、高性能モビルスーツ、それにビーナス・グロゥブ製の巡洋艦を手に入れた。ジムカーオ大佐が反乱を起こしたおり、あなたには良くしていただいた。いまはどちらにおられるのか」

カリルはキャピタルの政治体制を崩壊させたのちに自分が仲間とともにアメリアへ出奔したことと、アイーダに懇願されてムーンレイスの戦艦でキャピタル・テリトリィに向かっていることを話した。

「ムーンレイスの船とあらば、あのスモーとかいうモビルスーツがあるはずだな。これは厄介なことになった」

「キャピタルを制圧するおつもりで?」

「いずれはそうだが、流刑となって以来、我々はほとんどの時間を宇宙船の中で過ごしている。どこかで休息を取らせねば兵が参ってしまう。南極寄りのどこかで休息を取ろうと思っていたのだが」

「ではそうなさいませ。その間にわたくしがキャピタルに残っているクンタラたちに、ルイン・リーがフォトン・バッテリーを携えて帰ってくると焚きつけておきましょう。ウィルミット長官に土地の権利を剥奪されたキャピタルのクンタラは、またかつての虐げられた状態に逆戻りしています。彼らに必要なのはあなたのような英雄です。わたくしもできる限りのことをしてお待ちしております」

「かたじけない。おそらくは1週間ほど兵を休ませることになるだろう」

通信機を切ったカリルは、自分に残された時間が1週間しかないことに焦った。彼女の目的は、キャピタル・テリトリィの支配者になることだった。通信を切った彼女は、眼鏡をかけた女性にいま1度念を押すように尋ねた。

「あんたのメメス博士の話は本当なんだろうね? 『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』」

「本当かどうかはわからないけど、昔おじいちゃんに聞いたことがあって」

「空から恐怖の大王が降りてくるって?」

「大王じゃなくって、たしか皇帝だと言ってました。闇の皇帝が空から降りてくるから、『クンタラたちはメメスの名前を聞いたらすぐにタワーで星の世界へ逃げてこい』って。宇宙にはクンタラが生き延びる世界があって、闇の皇帝が地球を滅ぼした後の世界はクンタラのものだって。これ、ビグローバーが改修される前は壁に古代文字で書かれていたって話で、改修で消されてしまったとか。ウチのおじいちゃんは改修の労働者だったから古代文字を書き写して、あとで詳しい人に読んでもらったって」

「こういうのはなんでわかりやすく懇切丁寧に遺してくれないんだろうねぇ」カリルは溜息をつきながら両手を組んで大きな胸を持ち上げた。「要するにこうだろ。神様やら皇帝やらが地球に降りてくると地球は終わり。クンタラはタワーで宇宙へ逃げる。そこには楽園がある。皇帝を穴に押し込める。そして地球はあたしたちクンタラのものになる」

「たぶん・・・」眼鏡の女は首を傾げながら自信なさげに肯定した。「キャピタル・タワーは、地球に万一のことがあっても宇宙船に乗せてもらえないクンタラたちの避難装置みたいなものじゃないかと」

「どう考えたってあたしたちの勝ちじゃないか。人間はクンタラ以外は神様や闇の皇帝に滅ぼされるんだよ。地球が全部クンタラのものになる。こんな痛快な話はないね! あたしは地上のクンタラを導いて、クンタラの指導者になる。そして、地上にクンタラだけの理想の世界を作ってみせるよ。あんたたち、みんな力を貸すんだよ!」

はい、お姐さまと唱和する威勢のいい声が、部屋の外にまで響いた。


3、


フルムーン・シップを脱出してトワサンガの高速船に乗り移ったクンタラ解放戦線のメンバーたちは、その船では大気圏突入ができないことを知らなかった。

彼らの船は大気圏上空で燃え尽き、大爆発を起こした。フルムーン・シップのモニターでそれを確認したステアは、おもわず目を逸らした。

彼らが死んだことで、フルムーン・シップがビーナス・グロゥブの船員たちに奪い返されたことをルインに知らせる人間がいなくなった。ヘルメス財団の人間が死ぬことでラ・ハイデンの意思は誰にも伝わらず、ギャラ・コンテが死ぬことでトワサンガで起きた愛国運動の情報は失われた。人の死は、人と人との断絶を大きくするばかりだった。

艦隊に戻るか、アメリアへ向かうかで揉めていたフルムーン・シップは、いったんザンクト・ポルトに落ち着くことになった。

本当は誰しも船を降りて一服したいところであったのだが、船はビーナス・グロゥブの住人と地球人の混成で運用されており、意見がまとまらない有様だった。人と人は対立し合ったまま、疑心暗鬼を解消することができずに、双方睨み合う形で乗員は船内に留まっていた。

キャピタル・テリトリィのゲル法王を通じて通告されるはずだったフルムーン・シップの自爆の話は、彼らには伝わっていない。その親書はルインの手にあり、ルインはギャラ・コンテに聞いたままキャピタルにいるトワサンガ元代表ジャン・ビョン・ハザムに届ける気でいる。

しかもルインは、ラ・ハイデンの言葉は脅かしに過ぎないと高をくくり、フォトン・バッテリーを使用するつもりであった。ルインがヘルメス財団から奪った船は、いま南極にほど近い地点に身を潜めて、フルムーン・シップの到着を待っていた。

いったん落ち着いた雰囲気になったフルムーン・シップでは、船員たちが交代で食事を摂ることになった。ステアは2人分を手にしてブリッジに戻り、猿ぐつわを噛まされたままだったマニィに与えた。身体はグルグル巻きにされたままだったので、ステアがスプーンですくって彼女に食事を与えた。

「あんたさ」ステアがいった。「子供をビーナス・グロゥブに置いてきたんだろ? いったいどういうつもりなんだい?」

マニィははじめこそ無視して差し出されたスプーンに食らいつくだけだったが、子供のことは気掛かりだったらしく、ステアには自分の気持ちを話してしまうことに決めたようだった。

「ビーナス・グロゥブには、クンタラはいないんだって。だから、あそこで普通の人間として育ててもらうことにしたんだ」

「あんただって普通の人間じゃないか」ステアは呆れた表情になった。「みんな普通の人間ばかりさ。普通じゃないのは、あのカール・レイハントンだけだろ」

「アメリア人のあんたにはわからないんだ」

「なんでさ。クンタラなんて、自分がそう思い込まなければ別にどうってことはないじゃん。現にノレドはクンタラだけどスコード教徒で、普通の人間として生きている」

「キャピタルはそうじゃないんだよ」

「そんな古い風習はいつか変わるのに。アイーダだってベルリだって、そんなものはなくしてしまいたいと思っているだろう?」

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。自分の子供には『クンタラのくせに』なんていわれ方はしてほしくない。だってあの子には何の罪もないんだから」

「そんな理由でビーナス・グロゥブに置いてきたって・・・。あんた、もしかして死ぬつもりで来たのかい?」

「そうかもしれない」マニィは否定しなかった。「もうあたしもルインも、罪を重ねすぎた。あたしたちは、カーバを目指す。そのために罪を作って地獄に堕ちるならそれでもいい。でも、あの子には罪はない。だから、あたしは・・・」

ステアがスプーンを差し出しても、マニィは首を横に振るばかりになってしまった。ステアは諦めてトレイを片付けた。ステアは、ルインという男はマスクとしてしか知らない。横暴で粗野なあんな男のために、ひとりの女性が泣くのは許しがたいことだった。

マニィの処分すら決まらないうちに、ザンクト・ポルトから使節団がやってきた。彼らにはビーナス・グロゥブの船員が対応することになり、地球人は口を利いてはいけない決まりが作られた。ステアはそんな彼らの態度に、ビーナス・グロゥブに差別がないという話の信憑性を疑った。

やってきたのは、ウィルミット・ゼナムとゲル法王とその随行員であった。ウィルミットはこの船にラ・ハイデンが乗船しているものと思い込んでいたようで、いないとわかるとガッカリした様子であった。彼女は気を取り直して船をキャピタルに招聘したいと申し出た。

「お話はありがたいのですが、そうしたことは総裁がお決めになることでして」

ウィルミットとゲル法王は、キャピタル・テリトリィの代表とされている人物だったので、ビーナス・グロゥブ側は副官が対応した。

ウィルミットはこの返答にも失望した様子だった。彼女は艦長席に縛り付けられているマニィの姿を認めた。ノレドと一緒に行動することの多かったマニィが、クンタラ解放戦線のメンバーとしてテロ活動に身を投じたことはウィルミットも承知していたが、国民である彼女を放っておくことはできなかった。

「マニィ・リーはキャピタル・テリトリィの国民ですので、できれば拘束を解いて身柄を引き渡してはいただけないでしょうか?」

「いえ」副官は首を横に振った。「反乱罪は重罪ですので」

「そうですか」取り付く島もない態度にウィルミットはさらに落胆した。「ときに、キャピタル・テリトリィでは、ラ・ハイデン閣下がキャピタルからビーナス・グロゥブまでの一括支配体制を構築するのではないかとの噂があるのですが、何かお話は伺っておりませんでしょうか?」

突然のぶしつけな質問に驚きを隠せなかった副官であったが、地球人を憐れむ気持ちもあり、本当のことを少しだけ伝える決心をしたようだった。

「支配体制のようなものは、それほど重要ではないのです。大切なのは、ヘルメスの薔薇の設計図の回収です。これができない限り、そちらが望んでいるような事態には進まないでしょう」

これを聞きとがめたのはゲル法王であった。

「どうか、お願いがあるのです。ゲル・トリメデストス・ナグが重要な発見をしたと。わたしが、ラ・グー前総裁との約束を果たしたと。どうかどうか、ラ・ハイデン閣下にお伝えしていただきたい」

「それは必ずお伝えすると約束いたしましょう。しかし、ヘルメスの薔薇の設計図が回収されない限り、ビーナス・グロゥブが取り得る対応は限られてくるのだとお察しください」

副官はそれだけ告げると、ふたりを船から降ろした。

フルムーン・シップを降りエアロックを抜けたゲル法王は、焦燥の色を隠せなかった。しかもふたりが艦を降りるなり、フルムーン・シップは宙域から離脱して地球に向けて降下を始めたのだった。


4、


月に残ったカル・フサイたちエンジニアは、ビーナス・グロゥブ艦隊の攻撃が乗り込んできて間もなく降伏していた。

月を制圧したビーナス・グロゥブ艦隊のラ・ハイデンは、そこがすでに無人に近い状態であることに安堵しながら、カル・フサイらに月面基地の成り立ちについて説明を受けた。月面着陸から始まる月開発の歴史を一通り聞いたラ・ハイデンは、カル・フサイらを拘束するようなことはせず、フラミニア・カッレと同じように自分の傍にアドバイザーとして配した。

エンジニアのカルは、ラ・ハイデンに少し気後れしながらも、ベルリに託った話を伝えた。それは地球にこれから起こることであった。

「全球凍結?」ラ・ハイデンは首を捻った。「地球のような大きな惑星がひとりでに凍ってしまうというのか?」

「周期的なものなので不思議な現象でも、特別な現象でもないのです。ただこれから地球は全球凍結に向かい、赤道付近以外の人類の居住は不可能になります」

「それに対するアースノイドの行動計画はどのようなものか聞かせて欲しい」

「ありません」

「ない?」ラ・ハイデンは驚いて目を瞠った。「地球は全域に人類が散らばって暮らしているはずだ。居住可能区域が赤道付近に限定されるのならば、早急に移住計画と面積当たりの食糧増産、配給制度について行動指針がなければ対応できないはずだが」

「いや」カルは背中に汗が噴き出すのを感じていた。「世界政府というものがないので、そのような行動指針はございません」

「キャピタルは何をしているのか?」

「キャピタルはキャピタルのことで精一杯なのでございましょう。いやしかし、ビーナス・グロゥブからエネルギーの供給を受けられた場合、全球凍結になっても世界各地に居住コロニーを建設して現状の政治体制でも各民族は生き続けることが可能になるはずなのです。ぜひ閣下には、そのようなこともご配慮いただきたく・・・」

「居住不適格な地域にコロニーを建設してそこで暮らすということは、アースノイドがスペースノイドのように強い義務意識をもってそれを維持する大きな責務を背負って生きるようになるということだ。例えばそれが可能だとしよう。だが、赤道付近に暮らす者とコロニーに暮らす者との間の格差はどうなる? 赤道付近の居住地を手に入れた人間は遊んで暮らし、コロニーに住む人間は厳しい生活を自らに課すしか生きるすべはない。もしそのような世界になるのだとしたら、宇宙世紀初期にあったアースノイドとスペースノイドの対立が地球上で再現されてしまうことになる。違うか?」

「あ、いえ、その通りかと」

「ジオンと連邦の戦いと同じではないか。では伺うが、赤道付近の居住可能地域は、誰がどのように統治するのだ? 先住民か?」

カルは、これはまずいことになったと全身に大汗をかいた。

「まだ何も決まってはおりませんが・・・、先例では、良い土地は、戦争に勝った集団が支配してきました。閣下はお気に召さないかもしれませんが、それが自然の摂理というものでございまして」

「より屈強で、より弁が立ち、より科学が発達し、より狡賢く、汚く手に入れた物を神の恵みだと自分にウソをつける人間が地球の支配者になるわけか」

「そうならないように、そうであってはならないからと、スコード教のようなものがあり、ビーナス・グロゥブの方々の意向を汲む形で人類は発展していかねばならないと・・・」

「うむ。ありがとう。あなたは誠実な人間のようだ。部屋を与えるので少し休んでもらいたい」

「いえ」カルは食い下がった。「どうか、地球人を見捨てないでいただきたい」

「わかっている」ラ・ハイデンはモニターに映った地球の小さな姿に目をやった。「全球凍結の話を伺って、いまの地球に必要なのはやはり神であることがよく理解できた。地球にヘルメスの薔薇の設計図がばら撒かれてしまい、赤道上にある限られた土地は戦争によって奪い合うことになるというのならば、やはり人類はビーナス・グロゥブが計画的に支配するしかなさそうだ。ところで、全球凍結というのは一体何年ほど続くものなのだろうか?」

「はっきりと予測できないのですが、おそらくは1万2千年ほどではないかと・・・」

カルの言葉を聞いたラ・ハイデンは、杖でコツンと床を叩いた。

「カール・レイハントンがやりたいことが少しわかった。ビーナス・グロゥブの同志たちよ、月面基地の破壊は延期し、艦隊は直ちにキャピタル・テリトリィに進軍する。アースノイドから自治権を剥奪し、従わない民族はすべて絶滅させる。」


5、


フルムーン・シップの副艦長がブリッジを離れたわずかな隙に、ステアと、彼女によって縄をほどかれたマニィが協力してブリッジを再占拠した。

「こんなことをして何になるんだよ」

マニィに銃を突き付けられたブリッジクルーは、情けなさそうな声で訴えた。

「地球にはフォトン・バッテリーが必要なんだよッ!」ステアが怒鳴り返した。「みんな待ってるんだ。あたしはフォトン・バッテリーのためにこの船の操舵士になったんだから、フルムーン・シップの分だけでもアメリアに持っていく!」



フルムーン・シップの大気圏降下に驚いたのは、戦艦オルカを任されたドニエルも一緒だった。

ドニエルはウィルミットとゲル法王、それにクン・スーンらジット団のメンバーをザンクト・ポルトに残したまま慌てて出撃して、フルムーン・シップを追いかけた。オルカの中は急な出撃にてんやわんやの有様で、特にスタンバイ命令の出たモビルスーツデッキはわけがわからないままパイロットが操縦席に乗り込んだ。



ステアとマニィは、アメリアとクンタラ解放戦線でフルムーン・シップのフォトン・バッテリーを半分ずつ分け合うことで合意したのだった。巨大運搬船を動かすことのできないマニィたちは、まずアメリアで半分荷物を降ろし、その後南極まで船を移動させる条件で手を組むことになった。

地球へ向けて降下していくフルムーン・シップを、ドニエルのオルカが追いかけ、さらにずっと後方にはビーナス・グロゥブ艦隊が地球へ向けて移動していた。

大気との摩擦熱で真っ赤に燃えるフルムーン・シップとオルカ。



その地点から1万キロ離れた場所で、同じように大気圏突入を試みている機体があった。クリム・ニックが搭乗するMSミックジャックであった。

彼は一緒だったトワサンガの高速艇がクンタラ解放戦線に乗っ取られた際に船とのドッキングを解いて、単独で地球までの飛行を乗り切り、モビルスーツを覆っていた推進装置を切り離すと大気圏突入用の機体の外殻を頼りにあてどもなく地球への降下を試みたのだった。

彼はどこを目指して飛んでいるわけではない。ただ、後期型サイコミュを上手く使いこなせばミック・ジャックの思念とコンタクトできるとの言葉にすがっていたのだ。サイコミュは激しく作動していた。自分のコクピットの様子が違うことは分かったが、クリムにはサイコミュの知識がなく、なぜ大きな動作音を立てているのか理解が及ばなかった。



サイコミュを作動させているのは、トワサンガのカイザルの中で眠るカール・レイハントンであった。彼はクリム・ニックがミックジャックを離れてカイザルに近づいてきた時間を利用して、クリムの機体のサイコミュに細工を仕掛けていたのだった。

「上手くいくかな?」

レイハントンは傍にはべるサラ・チョップに尋ねた。サラは上手くいくでしょうと応えて、カイザルのコクピットから出ていった。

コクピットのひとり残されたカール・レイハントンは、誰に同期するわけでもなく、誰に伝えるわけでもなく、独り言を呟いた。

「サイコミュは、此岸と彼岸の境界を曖昧にしていく。ついに地球は閉じられるのだ」



摩擦熱と圧縮されプラズマ化した空気で真っ赤に燃えるミックジャックの中は、異常を示す警報が鳴り響いていた。コクピットの温度はみるみるうちに上昇し、フォトン・バッテリーが耐えうる限界値が近づいたことを警報音が知らせていた。彼はその音を、意識の遠くで聴いていた。

まさか自分がこんなつまらない死に方をするとは思わず、クリムは脱力したまますべてを成り行きに任せると覚悟しているようだった。

「これでお前の所へ行けるのか」クリムは呟いた。「ミックの命と引き換えに貰った命だったが、安い死に方で使ってしまったものだ」

後悔といえばそれだけだった。大統領の息子という立場に安住することを嫌い、自分の力を試した挙句がこれであった。ゴンドワンでの成功も、キャピタルでの成功も彼の脳裏には一切の満足を与えてはくれなかった。

地球には強い男が必要で、それは自分に違いないと覇権主義を掲げて戦ったところが、アイーダとの争いに敗れ、ベルリとの戦いに敗れ、挙句はルインに成果を掠め取られてしまった。おまけに自分は大切な人を失った。

これがオレの限界であったかと彼が自虐の笑みを浮かべたとき、機体は爆発し、3個積載されていたフォトン・バッテリーが連鎖的に大爆発を起こした。

爆風は丸い水蒸気の波紋となって広がった。その輝きは地上からも観測できるほど巨大なものだった。人々は何が起きたのかわからないまま、オーロラのような丸い虹を眺め続けた。

機体が冷えて通常飛行に切り替わったフルムーン・シップとオルカもまたその輝きを観測した。何かが大気圏に突入して、爆発を起こした。もしそれに人が乗っていたのならば死んだであろうと。

誰しもそう考え、すぐさま印象的な光景以外のことを忘れた。

ステアはアメリアへフォトン・バッテリーを運べることに喜びを感じていた。

マニィはステアが裏切るのではないかと疑心暗鬼になりながらも、いざというときは殺してやろうと考えていた。

フルムーン・シップを追いかけるドニエルは、攻撃命令を出すかどうか迷っていた。

誰も、爆発で死んだ人間のことを考えようとはしなかった。

静かな時間が流れた。

脈打つ音が聞こえている。耳が塞がれてしまったかのようだった。その感覚を持っていたのは、機体の爆発で死んだはずのクリムであった。クリムは、自分が自分でないような気がしながら、自分がまだ消え去っていない気がしていた。それでも、彼は目を開ける気にはならなかった。

クリムは懐かしい声で身体が揺さぶられるのを感じて、ゆっくりと目を開いた。

コクピットが急に狭くなったような不思議な感覚に襲われ、ふと見上げると、そこにはミック・ジャックの姿があった。

「いったいどこへ行こうというんです?!」

声の主は紛れもなくミック・ジャックだった。彼女は狭いコクピットの中に挟まるように身を横たえ、大きな声でクリムに何かをさせようとしているようだった。大きな声で叫びながら、手足をバタバタと動かしている。何度も何度も「どこへ行くのか」と問われたクリムは、ようやくモニターを確認した。

「ここはどこだッ!」

モニターに映し出された光景は、クリムがいままで見たことのない景色であった。分厚い雲に覆われた鉛色の空の下には果てしなく続くかのような氷の景色が広がっている。吹きつける強風と雪がみるみるうちにコクピットの室温を下げていき、時折降ってくる雹が機体に当ってバラバラと音を立てていた。

「北極? 南極か?」

「違うみたいですよ、ほら」

ミック・ジャックが座標を指さした。示された地点は、アメリアまで2千キロ北東の海上だった。

「そんなわけがあるか、これが海だとッ?」

海が凍っていた。果てしなく続く氷の大地は、アメリアにほど近い大西洋なのであった。光の射さない空と沈鬱に鈍く光る氷の大地は、とてもアメリア大陸に近いとは思われない。クリムの脳裏に「全球凍結」という言葉が浮かんだ。しかし彼は、そのことを考えるのをやめて、満面の笑顔で叫んだ。

「ミック・ジャックじゃないかッ!」

「本当にどうしちゃったんでしょうね」ミックも戸惑っているようだった。「この世界が死後の世界なのかどうかは知りませんが、あなたが温かいのはわかります」

「ああ、オレもだよ」

ふたりは真っ直ぐアメリア大陸への自動操縦に切り替えると、しばし互いの体温を感じ合った。

そんなふたりの抱擁を、異変として察知している人々がいた。

それはトワサンガに残るカール・レイハントン、そしてサラとラライヤ。また月の内部の冬の宮殿にいたベルリとノレドであった。












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「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第38話「神々の侵略」前半



1、


ヘルメス財団の僧侶たちを乗せた高速巡洋艦は、ビーナス・グロゥブ艦隊から離れ、地球へ向かう軌道に乗って足の遅いフルムーン・シップを追いかけていた。

船の中にはヘルメス財団の役人や枢機卿たちが乗艦していた。彼らは本来非戦闘員だが、ラ・ハイデンに目を付けられ、艦内で反乱が起きたフルムーン・シップに対して忠告を与えるために総裁の親書を送り届ける役を申し付けられていた。

彼らはキャピタル・テリトリティのウィルミット・ゼナムに対して、フルムーン・シップ内にあるフォトン・バッテリーを搬出しないように警告せねばならない。もし警告に背いた場合は、フルムーン・シップは自動的に自爆してしまう。

「フルムーン・シップを追い越せばいいのですかな?」

船の中ではスコード教の枢機卿たちが顔を突き合わせて今後の協議を行っていた。

「地球人に親書を渡すのなら追い越す。親書はそのままでフルムーン・シップを止めるのであれば通信する。どちらかに決めねばなりません」

ラ・ハイデンは、仮にフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出された場合は、フルムーン・シップを自爆されると彼らに告げていた。地球人が使用する半年分のエネルギーを放出した場合、とてつもない大爆発が起こり、その爆風は地球を何周もするだろうと予想されていた。おそらく陸上生物の大半がその爆風で死滅するはずだった。

「そんなことになっては、我々のレコンギスタ計画もおじゃんになってしまう。地球人は死滅してもいいが、地球は何としても無傷で手に入れたい」

「ラ・ハイデンはキャピタル・テリトリティの代表が地球の代表のつもりでいるようだが、本当にそうなのか? わたしは知っている限りでは、地球はいくつもの国に分かれ、争いごとを起こしているのだとか。ウィルミット・ゼナムに親書を渡して、もしフルムーン・シップが別の国に降りたならどうする? 例えば、アメリア」

「アメリアは地球の軍事大国だとか。彼らはカール・レイハントンと戦えましょうか?」

「それは期待しない方がいい。レイハントンは幽霊みたいなものだ。彼を殺したところで彼は思念体に戻るだけではないか」

彼らの願いは、自らが神の立場になってレコンギスタを果たすことであった。それはラ・ハイデンも同じなのだが、清廉潔白で鳴るラ・ハイデンと、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の意向は少々異なっている。ラ・ハイデンの考える神は、多大な自己犠牲を払う存在であるが、ヘルメス財団は神が犠牲を負うのはおかしく、それは他者が負うべきものだと考えていた。

彼らにとって神とは、犠牲を捧げられる存在でなければならなかった。



彼らが結論を出せずにいたころ、その背後からさらに小さなトワサンガ製の高速艇が迫ってきた。乗艦しているのはザンクト・ポルトで捕らえられた地球のスコード教団の面々である。指揮を執っているのはギャラ・コンテ枢機卿。彼は月でフィット・アバシーバを騙して反乱を起こさせたが失敗、トワサンガで拘束されていたところレイハントン支持者に発見され、叩き出されたところであった。

彼らもまた地球を目指していた。高速艇にはクリム・ニックが搭乗するMSミックジャックがドッキングしている。ミックジャックは大気圏突入カプセルをまとった姿で、外からはMSには見えなかった。

ギャラ・コンテは、月の縮退炉発電装置を地球に持ち帰って救世主たらんと欲していたが叶わず、いまはアメリア大統領の息子クリム・ニックと、手持ちの駒のひとつである元トワサンガ首相ジャン・ビョン・ハザムを使って何かできないかと思案しているところであった。地球人である彼は、カール・レイハントンなる人物のことはまるで知らない。

ギャラ・コンテは、地球にエネルギーをもたらす人間が次の利権相続者になると信じて疑わなかった。

「スコード教というのはまさにそういう宗教だったのだ。知識を与えてくれる存在が宇宙から降りてくる。それが神の存在理由である。ただ宇宙からやってくるだけで神にはなれない。それは単なる来訪者でしかない。神になるには偉大な知識が必要なのだ・・・」

「エネルギーなら前を行くフルムーン・シップに満載されているぞ」クリム・ニックから通信が入った。「知らないだろうが、ビーナス・グロゥブ艦隊は戦争をするつもりで金星からやってきている。彼らの内部には、ラ・ハイデン支持派とヘルメス財団支持派があって、同床異夢の状態にあるんだ。フルムーン・シップもクレッセント・シップもフォトン・バッテリーが満載されている」

クリム・ニックから話を聞いたギャラ・コンテは、聖職者の顔は崩さないまま、損得を吟味した。クリムがなぜ突然そのようなことを言いだしたのか慎重に探ったが、クリムは心ここにあらずといった様子で何かを要求してくるそぶりはない。

縮退炉と比べると、フォトン・バッテリーはいつか尽き、ビーナス・グロゥブへの依存に変更はない。だが、中継地であるトワサンガはカール・レイハントンなる人物が新たな支配者になったらしく、支持者は熱狂的だ。ではどこへ行けばいいのか、ギャラ・コンテは操舵士の前に身を乗り出した。

「先行する艦艇を追い越し、フルムーン・シップに近づけるだろうか?」

「あれは高速巡洋艦の戦闘艦ですよ。追い越すのは危険ですね」

「フルムーン・シップの方々をザンクト・ポルトにお招きしたいのだが」

「いま、前の船も速度を上げたようなので、このままいけば彼らはフルムーン・シップに追いつきます。このまま距離を詰めて、彼らが追い越したなら接触できるかもしれませんが」

「ではそれで行こう。宇宙みたいな寒いところで死ぬわけにはいかんからな」

こうしてフルムーン・シップの後を、ビーナス・グロゥブとトワサンガの高速艇が追いかけることになった。2隻の船は徐々にフルムーン・シップに接近しつつあった。



2、



「ふはははははははは」

フルムーン・シップの中ではルイン・リーが高笑いをしていた。妻であるマニィと手下のクンタラ建国戦線のメンバーをフルムーン・シップに潜り込ませた彼は、まんまと艦内での反乱を成功させ、念願のフォトン・バッテリーを手に入れた。

出産を経験したマニィは、一回り人間性が豊かになり、姉御肌の頼りにされる存在になっていた。彼女が産んだ子はビーナス・グロゥブに置き去りにされている。ルインは必ず迎えに行くつもりでいるが、マニィは子供のことはあまり口にはしなかった。

そんなマニィの変化に、ルインは気づいていなかった。

「有り余るほどのフォトン・バッテリー。それに最高の機体であるカバカーリ。これだけ揃っていまのキャピタル・テリトリティが落とせなかったら恥である」

荒ぶるルインを横目で見ているのは、フルムーン・シップで操舵士を任されているステアだった。彼女はフルムーン・シップを何とかアメリアへ運ぼうとしていたが、ルインが目指しているのは、キャピタル・テリトリティである。ルインはキャピタルを制圧して、フォトン・バッテリーの利権を独占することを考えていた。

ルインの荒ぶる魂は鎮まることがない。

「所詮、人間などというものは醜いものなのだ。ラ・ハイデンもカール・レイハントンもオレはよくは知らない。しかし、彼らが人間である以上、楽をしたがる。上の立場の人間というのはいつも奴隷を求めているものなのだ。彼らが奴隷を必要としている以上、地球人が滅ぼされることなどない。我々クンタラは、進んで彼らの奴隷となって、フォトン・バッテリーを受け取り、別の地球人を使役する立場になればいいのだ。これこそが正しい革命である。クンタラは、スコード教徒を使役する」

彼の乗るフルムーン・シップに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦が近づいてきた。

報告を受けたルインは、それが自分が乗せられてきた船であることを確認すると、攻撃準備だけさせて自分は身を隠した。ルインは彼らにベルリの暗殺を命じられていたからだ。マニィに指揮を任せた彼は、モビルスーツデッキのカバカーリへと急いだ。

そこに相手から通信が入った。

「フルムーン・シップに告ぐ。戦列を離れてどこへ向かわれているのか」

マニィはいかにも艦長然とした態度で応えた。

「わたしたちはキャピタル・テリトリティへと向かっているところです。地球は間もなく全球凍結という状態に入ります。地球は凍り付き、人が住めなくなるのです」

「な、なんだって!」

マニィは後先考えず適当なことを喋っただけだったのだが、ビーナス・グロゥブの面々には初耳だったらしく、驚いた様子で全球凍結とはどんなものなのか質問攻めになった。マニィはゴンドワンでテロ活動をしていたおり、全球凍結をプロパガンダとして利用していたので多少の知識があった。それを披露するとモニターの向こうの法衣姿の面々は明らかに戸惑い、狼狽した。

ビーナス・グロゥブの枢機卿は半分怒ったような口調で抗議してきた。

「地球全体が凍るのならば、温めればよろしいではないか」

「地球にあるものをすべて燃やし尽くしても氷など溶けませんよ」マニィもいささか頭に来ていた。「地球の大きさをわかっていないんです。地球が凍る理由もあなたたちはわかっていない。1万2千年間、地球は氷漬けになるんです。だからエネルギーが必要なんだ。わたしたちはキャピタル・テリトリティにエネルギーを運び入れます」

枢機卿のひとりが慌てて口を挟んだ。

「そんなことをしたら、ラ・ハイデンがフルムーン・シップを自爆させると言ってる」

「やれるもんならやってみなさい!」

「それこそわかってない!」枢機卿は見悶えした。「フルムーン・シップに満載されたフォトン・バッテリーが爆発したら、全球凍結がどんなものか知らないが、それが起こる前に陸上生物すべてが死に絶えてしまうぞ。お前はフォトン・バッテリーのエネルギー量を知らないのだ。さては地球人だな?」

ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦は、フルムーン・シップとランデブーすると、艦内に人を送り込むと通告してきた。マニィは後ろ手で合図を送り、逆に相手の船を奪う準備を始めさせた。

「敵の巡洋艦を奪ってしまおう。フルムーン・シップに巡洋艦があれば、作戦はもっと簡単になる。すぐにルインに伝言して」

ブリッジから数人が出ていった。マニィがさらに指示を出そうとしたところ、相手からの通信が突然切れてしまった。

「どうしたの?」

マニィは周りの人間の顔を見たが、誰も通信が途絶えた理由がわからなかった。疑心暗鬼になったマニィは、矢継ぎ早に指示を出して、さらに多くの人員を戦闘に振り分けた。

その機をフルムーン・シップのブリッジクルーは見逃さなかった。武器を携帯していなかった彼らは、戦うことなくブリッジの指揮権を放棄したものの、敵が残り数人となれば話は変わってくる。一斉にクンタラ解放戦線のメンバーに飛び掛かると持っていた武器を取り上げた。マニィにはステアが突進してあっという間に腕を捻り上げた。

「ビーナス・グロゥブのときのお返しだよ!」

ステアはマニィと他のメンバーを縛り上げると、ブリッジへ上がる通路を遮断して扉を厳重に塞いだ。

「放せ、この!」

マニィは暴れたが、最後は猿轡を噛まされて艦長席の後ろにぐるぐる巻きにされた。

ブリッジを出たクンタラ解放戦線のメンバーは、マニィが捕まったことを知らないままモビルスーツデッキに急ぎ、ルインに巡洋艦を拿捕する計画を話した。ルインはモニターで巡洋艦がフルムーン・シップとランデブー状態にあることを確認するとポンと膝を打ち、高笑いを響かせた。

「さすがはマニィだ。あの高速巡洋艦には非戦闘員しか乗っていない。しかも、汎用型のモビルスーツが数機積んである。あれをいただこう」

「しかしですね」ブリッジから移動してきた男がヘルメットを寄せて話した。「なんだか、フォトン・バッテリーを降ろそうとすると、フルムーン・シップが自爆させられるらしいですぜ。だとしたらこのままキャピタルに持って行ってもオレたちゃドカン・・・」

「フルムーン・シップには人類が半年間暮らせるだけのフォトン・バッテリーが積んである。あいつらに奴隷を皆殺しにして、奴隷が引き受ける労働を自分たちでやる根性などないさ。脅しにきまっている。そんなことより、モビルスーツだ。キャピタルさえ手に入れば、あいつらには何もできんよ」

「そうだといいんですがねぇ」

ルインは、2代目カバカーリに紐を結わえさせると、戦闘員をしがみつかせてモビルスーツデッキを発進していった。


3、



そのころ、通信を一方的に切った高速巡洋艦の中では、侃々諤々の議論が巻き起こっていた。

「ダメだ、あの地球の土人どもはフォトン・バッテリーの怖さを分かっていない。積載されている分だけが吹っ飛んでも、爆風は地球を何周もして陸上生物が死滅する。それに、全球凍結なんて話は聞いていないぞ。爆風で陸上生物がいなくなってすべてが凍り付いた地球など、火星と変わらぬではないか。それではこうしてレコンギスタしてきた意味がない」

「地球人はバカだとは聞いていたが、まさかあんなに科学知識に乏しいとは思わなかった。未開の土人そのものではないか。あんな野蛮人が数億人も住む地球などに、なぜ来てしまったのか。遠からず絶滅する間抜けな生命体ではないか」

「止めねばならん!」

ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の面々は、自分たちがやめろと命令すれば、地球人は大人しく従うものだと思い込んでいた。いくら野蛮人の土人であろうが、それくらいの教育はしてきたとの自負が彼らにはある。

そこで、船をランデブーさせて人員を送り込もうといたのだが、突然通信がもたらされ、メインモニターに見慣れない法衣姿の男が映し出された。

「これは、麗しきビーナス・グロゥブのお歴々よ、わたくしの名前はギャラ・コンテ。地球のスコード教団で枢機卿の役職を賜っておる者でございます」

「なんだ、いまは忙しいのだ」

「では手短に。ビーナス・グロゥブの方々は地球と戦争をして滅ぼそうというのでございましょう? そんなことをせずとも、地球と月は我々スコード教団が抑えているのです。月の正式な支配者はジャン・ビョン・ハザム、キャピタル・テリトリティの支配者は我がゲル法王猊下、アメリアの支配者はズッキーニ・ニッキーニ。すべて我々スコード教団の手の内にあります」

「それがなんだというのだ」

「つまり、レイハントンの人間に正当性などなく、トワサンガのベルリ・レイハントン、キャピタルのウィルミット・ゼナム、アメリアのアイーダ・スルガン、あの一族は代表でもなんでもないのです。殺す必要さえない。無視すればいいのです。追い出せばいい。地球はビーナス・グロゥブにいままで通り恭順の意を示し、ただ従うだけです。いったいなぜ戦争という話になっているのですか?」

「事情が変わったのだ。もう地球は地球人のものではない。いや、待て」

やせ細った男が耳打ちした。するとビーナス・グロゥブ側は態度を変えて、モニターのギャラ・コンテに向き合った。

「よかろう。お前の話が本当ならば、平和的解決に向けた話し合いもできようというものだ。君は地球人なのだな? では、フルムーン・シップで起きた地球人の反乱を鎮めてもらいたい。フルムーン・シップの中にはフォトン・バッテリーが積載されているが、我がラ・ハイデン総裁はそれが運び出されたと確認され次第フルムーン・シップを自爆させると言っている。もしそんなことになれば、爆風は地表を剥ぎ取りながら地球を何周もして、陸上生物は絶滅するであろう。我らはキャピタル・テリトリティの代表に親書を届け、フォトン・バッテリーの搬出をせぬように通告する仕事があるのだ」

「その親書、ぜひ法王庁で保護しているジャン・ビョン・ハザムに渡してはいただけないか」

「なぜだ?」

「彼はトワサンガの代表なので、フォトン・バッテリーを彼の一時預かりとして搬出許可を出さねば誰もそれに触ることはできないでしょう。トワサンガが預かっていることになるので、地球にあっても地球に降ろされたとはならない。アメリアに運ばれた際は・・・」

通話にクリム・ニックが割って入った。

「オレの名は、クリム・ニック。アメリア大統領ズッキーニ・ニッキーニの息子だ。フルムーン・シップ自爆の件、オレが父とアイーダに話をつける。事情を話せば誰も手出しはしないだろう」

ビーナス・グロゥブの代表は重々しげに命令口調になった。

「では、スコードの名によって命じる。ギャラ・コンテとクリム・ニックは直ちにフルムーン・シップに乗り込み、地球人の反乱者どもを艦隊に戻るように説得せよ。もし説得が失敗した場合、我々はキャピタル・テリトリティのジャン・ビョン・ハザムに搬出の危険を知らせる。クリム・ニックはアメリアへ向かい、父上に事情を話してフルムーン・シップを受け入れないようにしていただきたい」

こうした話し合いののちに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦ははフルムーン・シップを離れ、一路地球を目指して再加速した。

その船の中にはルインのカバカーリとクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいた。モビルスーツデッキをこじ開けてもぐりこんだ彼らは、わずかに残っていた整備兵を撃ち殺し、ビーナス・グロゥブ製の武器とモビルスーツを手に入れた。

「この船には非戦闘員のスコード教の坊主しか乗っていない。オレはブリッジの前に出てビームライフルであいつらを脅すから、お前らは白兵戦でブリッジを制圧してもらいたい。いけるか?」

「もちろんでさ」

そう返答すると、クンタラ解放戦線のメンバーは銃器を抱えて突撃していった。ルインの話は本当で、目が血走ったクンタラ解放戦線のメンバーに銃口を突き付けられたヘルメス財団の面々は、顔面蒼白になって道を譲った。彼らが難なくブリッジに到達したとき、ルインはモビルスーツの右手を艦橋の上に置いて接触回線で彼らを恫喝していた。

「お前らはオレを甘く見ていたようだな。オレとベルリを相打ちにでもできればいいと思っていたのだろう。だが、オレには地球に残るクンタラすべての命運が掛かっているんだ。お前らごときスコード教のクズどもに負けるわけがないんだよ」

「いやそれは・・・」

ガタガタと膝を震わせた枢機卿たちは、ギャラ・コンテから聞いた話を持ち出した。

「いや、なに、もうレイハントンの勢力を削がなくてもよくなったのだ。君に与えた任務は撤回しようじゃないか。聞けば、地球の代表は彼らレイハントン一族ではないとのこと。知らなかったのだ」

「知らなかったらどうだというのかッ!」

ルインの迫力のある声と、後ろからやってきたクンタラ解放戦線の男たちに恐れをなしたビーナス・グロゥブのヘルメス財団メンバーは、古式ゆかしく蝋で封がされた書面を突き出した。

「わかって欲しい。我々はラ・ハイデン閣下の親書をキャピタル・テリトリティに届ける任務がある。それを果たさねばならんのだ。ジャン・ビョン・ハザムとかいうトワサンガの代表に渡せば、とりなしてくれるとか」

「ジャン・ビョン・ハザム・・・、トワサンガのドレッド一族の傀儡だった男か。キャピタル・・・」

ルインはしばし考えたのちに、部下に命令して親書を取り上げさせた。

「話は承った。オレが責任を持ってキャピタルの代表に届けてやろう。殺れ」

ルインの命令で、枢機卿たちは銃で撃たれ倒れていった。

「生きた者がいると面倒だ。モビルスーツデッキにいる人間も動員して、艦内の人間は皆殺しにせよ。お前らだけにはやらせない。オレもそちらへ向かい、掃討に参加する」

こうしてルインたちクンタラ解放戦線のメンバーは、ビーナス・グロゥブの高速戦闘艦を奪い、キャピタル・テリトリティへの予定軌道めがけてさらに加速していった。


4、


「こんなバカげた騒ぎにつき合っていられん」

フルムーン・シップに乗り込めと命令されたクリム・ニックであったが、命令に従うつもりはなかった。彼がMSをドッキングさせたトワサンガの高速艇はフルムーン・シップとランデブーに入ってしまった。

「オレはバッテリーの節約のために同道したまでだ。悪く思うな」

そう独り言を呟いたクリムは、ドッキングを解除して高速巡洋艦の後を追いかけ加速した。地球まではまだかなりの距離があったが、もともとロケット状の外殻の推進装置だけで地球までの航行が可能とされていた機体なので、不安はなかった。

「もっとも、いまのオレは生への執着が希薄になっている。不安など感じようがないのだ」

クリムはけだるげに座席に身体を預けた。機体をコントロールしているサイコミュが激しく作動していることにも、彼が気づくことはなかった。



ギャラ・コンテはランチを降りて意気揚々とフルムーン・シップに乗り込んだ。

彼は、地球人が艦内で反乱を起こしたと聞いていた。ならばスコード教の枢機卿である自分が話をすれば戦いは収まるだろうと簡単に考えていたのだ。ところが、彼を包囲したのはクンタラ解放戦線のメンバーであった。彼らはノーマルスーツを着込んだギャラ・コンテのヘルメットの中にスコード教の法衣を認めると激怒して有無を言わさず撃ち殺してしまった。

ギャラ・コンテと随伴の男たちの遺体を次々に宇宙へ蹴りだした兵士たちは、フルムーン・シップの戦闘員たちからブリッジにいたマニィが捕まったと聞いて動揺を隠せなかった。

元々彼らは乗員の1割の数に過ぎない。戦闘に慣れているために作戦は奏功していたが、ブリッジを奪われて、指導者が捕まったとあって、形勢は一気に逆転していた。

「畜生! マニィの姐さんもルインの旦那もいないんじゃどうしていいのかわからねぇ」

「こいつらの乗ってきたあの船を奪って逃げるか?」

男はランデブー状態にあるトワサンガの高速艇を指さした。高速艇は太陽の光に照らされて鮮烈に白く輝いていた。

「あの高速艇か。よし、こっちにメンバーを集めろ。ありったけの武器を持ってこさせろよ。あんな小さな高速艇だ。大した人員もいないだろう。ブリッジの人間はもう助からねぇ」

集結した彼らは、ギャラ・コンテが乗ってきたランチを操縦して飛び立ち、乗れなかった者らは結わえたロープにしがみついてフルムーン・シップを離れた。

「姐御、すまねぇ。でも、オレたちが生きた証はきっと守護神カバカーリが見守ってくれている。姐御の魂がカーバで安らかでありますように」

そういうと彼らは、神妙な面持ちでフルムーン・シップに向かって祈った。



時にフルムーン・シップのブリッジでは、行先について意見の相違が勃発していた。

ビーナス・グロゥブ出身のクルーの多くは艦隊に戻るべきだと主張したが、ステアとごく少数のメンバーはこのまま地球に降りることを希望した。特にステアは、フォトン・バッテリーをアメリアに降ろせないかと考えていた。地球がエネルギーの枯渇状態にあることは彼女も承知していたからだ。

「本当に地球人と戦争をやる気なの?」

ステアは大げさな身振りでブリッジクルーにアピールした。船の乗員たちが戦争を望んでいないことは明らかだった。ステアは必死に地球の困窮を訴えたが、ラ・ハイデン総裁に逆らって行動する勇気のある者はほんのわずかだった。

そこへ、デッキクルーから艦橋のモニターに通信が入った。クンタラ解放戦線のメンバーがトワサンガの船に乗り込んで逃げていったのだという。通信を聞いたマニィは可笑しそうに身をよじった。

「あんた。見捨てられたってよ」

ステアは哀れに縛り上げられ、椅子にぐるぐる巻きにされたマニィを見下ろした。

「どちらにしても、もう地球に近くなりすぎているんだ。ザンクト・ポルトという場所にいったん停泊して、レコンギスタの希望者だけ降ろして我々はこのまま艦隊に戻らせていただきたい。もし月との間で通信が取れれば、ザンクト・ポルトで待機ということもある。ステアくん、それで納得してはもらえないだろうか。いま半年分のフォトン・バッテリーをアメリアに運び込めば、それこそ地球人は戦争をしたがっていると思われてしまうよ」

気の弱そうな副艦長は、ステアに向かって必死に訴えた。彼はおずおずと艦長席に座った。艦長席の後部にはマニィがぐるぐる巻きにされていたので少し落ち着かなかったが、彼は1年以上行動を共にしてきたステアに強く命令することは望んでいなかった。

「地球は、このままじゃ干上がっちゃうよ」

ステアはしぶしぶ納得して、ザンクト・ポルトへの航路へ舵を切った。



そのフルムーン・シップがザンクト・ポルトに向かっているとは知る由もなく、ムーンレイスのオルカを与えられたドニエルは、臨時の艦長として慣れない艦長席に座っていた。

オルカは縮退炉で動くムーンレイスの船で、ユニバーサルスタンダード成立以前の設計図を元に作られた新造艦であった。そのため、アメリアを飛び立ってからずっとドニエルは本当のオルカの艦長に詳しい説明を受けていた。

オルカの機関室にはビーナス・グロゥブのジット団のメンバーだったクン・スーンやローゼンタール・コバシら12名が集まって縮退炉について議論を交わしていた。ユニバーサルスタンダードの技術体系しか知らない彼らにとって、それは宝石のような輝きに見えていた。

貴賓室にはゲル法王の姿があった。彼らはスコード教とクンタラの研究で分かった、ふたつの宗教の起源が同じであることをラ・ハイデンに伝えるべく宇宙に派遣されたのだ。ラ・グーに託された宗教改革を、ゲル法王は達成したと自負している。

ただ、約束を交わしたラ・グーはすでにこの世にはなく、たった一度握手を交わしただけのラ・ハイデンを説得できるかどうか、法王には確たる自信はなかった。それでも戦争を回避するすべが見つかるのであれば、命を落とすことも厭わないと心に決めての宇宙への旅立ちであった。

オルカはキャピタル・タワーの最終ナットであるザンクト・ポルトに着艦した。手続きは簡素化され、以前のように刺々しい威圧感はない。ザンクト・ポルトは解放され、神々の世界ではなくなっていたのだ。オルカに搭乗していた主要なメンバーは、ここで数日休んでいくことになっていた。

宿泊所のロビーで休んでいると、懐かしい顔が駆け寄ってきた。ウィルミット長官であった。ゲル法王とウィルミットは固く握手を交わした。ウィルミットは養女にしたリリンを連れていた。

「大変なことになりました」ウィルミットはいった。「月で何かがあったらしく、トワサンガの方々やら、アメリアの調査団の方々やら、ムーンレイスの方々やら、続々とキャピタル・テリトリティに降りてきているのです。それで慌てて上がってきたのです。本当はタワーの電力は街に供給したのですが・・・」

ゲル法王は珍しく慌てた彼女に驚きながら、落ち着くように促した。

「少しだけお話は伺っているのです」法王はいった。「月ではカール・レイハントンという人物が姿を現し、何やらメメス博士という人物の痕跡を探さねばならないとか」

「もう、わたくしにはわからないことばかりですの。キャピタルはなかなか治まらないのですが、それでもIDの交付はあらかた終わりまして、いまは裁判所を再興させて、土地の権利を巡る調停を進めているのです。こんな大変な時期に、何ひとつ法王さまのお力添えができなくて恐縮です」

「それはこちらの科白でしょう。本当ならば、わたくしがスコード教の責任者としてキャピタルの民草を導かねばならなかった。それなのに、ジムカーオ大佐の思惑にまんまと乗ってしまい、わたくしの権威などなきに等しくなりました。しかし、今回ばかりは何としてでもビーナス・グロゥブのラ・ハイデンにお目通りして、人類の相互理解について、重要な私見を述べさせていただき、人間同士の融和を訴えたいのです。それよりも、長官はなぜザンクト・ポルトに?」

「わたしはいま」ウィルミットはいったん言葉を切り、意を決して切り出した。「キャピタルを預けられる方を探しているのです。現在キャピタルは形式上ケルベスさんが軍事クーデターを起こして独裁体制を敷いている形になっておりますが、これは強権的に物事を解決するための方便で、独裁者の真似事をいつまでのあの先生にやらせていていいものではない。自分が、と考えたこともありましたが、行政能力と政治能力は別物だとこの1年半余りで痛感いたしまして、あの混乱した土地には、ゴンドワンから支配者としてやってきたクリム・ニックや、クンタラ解放戦線のルイン・リーのような、いやあれ以上の強い男が必要なのです。女のわたしが男を頼るのはおかしいと思われるかもしれませんが、混乱を終わらせられるのは言葉ではなく力です。それがどんな力なのか、わたくしも漠然としかわかりません。でも、肌感覚で、いま求められているのは男だと感じるのです」

「それなら、ラ・ハイデンに会えばいい」クンが横から口を出した。「あれは男だよ。それにきっとあの男なら、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・テリトリティまでの一括支配体制くらいは考えているだろう」

「一括支配体制ですか?」ウィルミットが興味を持って尋ねた。

「そう」クンは子供をリリンに渡して彼女に向き合った。「ハイデンはヘルメスの薔薇の設計図のことを絶対に許さない。あれの回収が不可能ならば、地球の文明を大幅に後退させるしかない。キャピタルまで一括支配して、それ以外の地域にはバッテリーを供給せずに文明を滅ぼす。それくらいのことはやる男なんだ。もうすぐあの男がやってくる。あたしはあいつに会うと殺されるから会わないけど、どんな男なのかくらいのレクチャーはできる」

遠い金星から男がやってくる・・・。ウィルミットは文明を滅ぼすと簡単に言ってのけるクンの言葉に怯えながらも、それほどの決断ができる男というものがどんな人間なのか、強い興味を隠すことができなかった。



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