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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第48話「全体繁栄主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第48話「全体繁栄主義」前半



1、


突然のアイーダの訪問を受け、そこで自らの未来を幻視したウィルミットは、衝撃の大きさに驚きこの世界が現実ではないことを受け入れた。アイーダのG-アルケインでアメリアへ送ってもらった彼女は、フォトン・バッテリーが減らないという話を目で見て確認し、幻視が正しかったことを実感した。

それからずっと彼女は、自らの未来の記憶に悩まされていた。未来においても彼女はゲル法王とともにザンクト・ポルトに上がり、ラ・ハイデンを出迎えたのだった。自分が未来においてそのような行動に出たのは彼女にはよく理解できた。彼女は、キャピタル・テリトリィを治めてくれる真の男を求めていた。政治と行政のトップに立つ彼女だからこその願いであった。

幻視によって事のすべてを知り得たわけではない。自分の未来の記憶とアイーダ、クリム、ラライヤの記憶が同時に流れ込んできて、状況は彼らの間で共有されたのだ。既に死亡しているミック・ジャックの記憶は共有されていない。その事実もまた、幻視に信憑性を与えていた。

地球への侵略がジオンに阻まれたラ・ハイデンは、地球圏への関与を諦めてビーナス・グロゥブへと戻っていった。地球は虹色の膜に覆われて侵入不可能となり、次いでフルムーン・シップの大爆発が起こった。その威力はすさまじく、堅牢なキャピタル・タワーでさえ危うく倒壊しかけた。数か月間、彼女はザンクト・ポルトで孤独に耐え、爆風が収まったのち、氷に覆われた地表に降り、絶望の果てに自死を選んだ。

自分が取ったその行動もまたよく理解できた。なぜなら彼女は、ラ・ハイデンにリリンのことを託していたからだ。リリンを逃がし、ベルリとの再会も絶望視となると、彼女に生きている意味はなくなってしまう。それゆえの自死であった。

しかし、このやり直しの世界ではそうなっていない。ビーナス・グロゥブに引き取られたはずのリリンはベルリとともに地球圏へ戻っており、誘拐されたとはいえ地球にいることが分かっている。またベルリの健在も確認できた。そうとなると話は変わってくるのだ。ウィルミットは戦う気力を取り戻していた。

ザンクト・ポルトにおいてクンタラたちが生き延びると知ったウィルミットは、カリル・カシスを優遇することでリリンの身柄の安全を保障してもらった。リリンが戻ってきた暁には、彼女を安全圏であるザンクト・ポルトに避難させられる。そして彼女は、ベルリとともに地球の破滅を避ける戦いに身を投じる。ベルリはフルムーン・シップを止める戦いに身を投じ、自分はラ・ハイデンを歓待しながら彼の侵略意図を探り、思いとどまらせねばならない。

アメリア艦隊から脚の速い小型輸送機を譲り受けたウィルミットの一行は、ラライヤが操縦するG-アルケインの護衛を受けながらキャピタルに到着した。

ウィルミットを警戒するカリル・カシスは、リリンの安全をいわば人質のようにして行動の自由を保障されていたが、もとより気に食わない相手であり、警戒心は解いていなかった。ビクローバーの地下にメメス博士のメッセージが遺されていた問題は、本来であればタワーの運航長官であるウィルミットと情報を共有した方がより正確なことがわかったであろう。しかし、もしその際に自分たちクンタラに不利な情報が出てきた場合、身の安全すら保障されなくなってしまう。そこでカリルはウィルミットにメッセージのことは隠すことにしていた。

運航長官がタワーの再起動の準備をしている間、カリル・カシスはキャピタル・テリトリィのクンタラたちから若い女性たちを集めることにした。生命を繋いでいくことにおいて重要なのは女性の存在である。男などはそれほど多くは必要とされない。彼女にとって悩ましいのは、キャピタルはゴンドワンやアメリア、そしてクンタラ解放戦線支配後は世界中からクンタラが集まってきており、ただクンタラというだけでは選別が出来ないことだった。

クンタラといっても地域によって考え方に大きな差異があるのは、アメリアで生活したカリルにはよくわかっていた。カリルにとってクンタラとは、キャピタルで艱難辛苦を共にした仲間たちだけであった。

「キャピタルの若いクンタラの女だけだと何人くらいになりそうかい?」カリルが尋ねた。

「1000人くらいなら何とか。クラウンは何往復くらい出来るか聞いてます?」

「もうそんなに時間はないそうだ」カリルが応えた。「最悪ザンクト・ポルトを武力制圧することを考えると数はたくさん欲しいところだけど、向こうのキャパシティってものもあるから、常時1000人くらい常駐してるっていうスコード教の坊主と同じくらいの数となると、やはりその1000人で打ち止めってことになりそうだね。ラ・ハイデンの歓迎セレモニーのアルバイト名目でいいから、当日までにちゃんと数を揃えておいてくれ」

「坊主と同じ数だけ?」

「スコード教の坊主を追い出してあたしらが君臨するんだよ」

「なるほど。さすが姐さんです」

「ルイン・リーがサポートしてくれると助かるんだが、あいつはムーンレイス艦隊に追われちまってるからなぁ。じゃ、とにかく名簿を作っておいてくれるかい? ザンクト・ポルトに乗り込めさえすれば、メメス博士の予言通りあたしたちの世界がやってくるさ。スコードの時代は終わるんだよ」

カリル・カシスが人選を終えたころ、護衛として同行するラライヤ・アクパールはG-アルケインのクラウン搬入に立ち会っていた。

「ラライヤ」ケルベス・ヨーが明るい声で呼びかけた。「何が起こってこういうことになったのか知りたいところではあるが、あえて聞くのはよしておくよ。それより、オレはいまキャピタルを離れるわけにはいかない。治安が悪くてな。長官のことは頼むぞ」

「ええ、それは」ラライヤは考え事をしていたのか、気のない返事をした。

「なんだかずっと元気がないようだが、メシは食っているのか? また痩せたように見えるが」

「ええ、大丈夫です」ようやく笑顔を取り戻してラライヤが振り返った。「ケルベスさんは理想社会は実現すると思いますか?」

「理想社会? また随分難しいことを考えていたんだな。理想社会なんて実現しないさ」

「え? またなんで?」

「オレは教師をやっていたからな。働くことから逃げて楽をしたがり、犯罪に手を染めていく生徒を何人も見てきた。労働はつらいものだ。人間が労働の対価で生きていく以上、苦労ばかりが人生だ。一方で人間は理想という言葉と天国という言葉を一緒に考えてしまっている。理想社会は天国のような社会だと思い込んでいるだろう? 天国ってのは労働から解放された死の世界だ。つまり、理想社会はこの世には存在しえないのさ。もしあるとすれば、大勢の奴隷に支えられた貴族さまだけだろう」

「ああ、そうなんですね。でも、それはトワサンガの理想社会の概念とはちょっと違っているようです。宇宙では労働は当たり前で、労働があるから理想社会が実現しないとは考えない。労働することを前提に、理想社会の実現を模索している」

「個人が全体の繁栄に寄与することが前提になっているというわけか。言われてみれば、全体の計画の中に個人の労働が当たり前のように組み込まれなければ、宇宙では生きていけないもんな。地球は全体の繁栄であるとか環境維持は地球に依存できるからなのか、個人の尊重に価値観の比重が掛けられているのは確かに感じるかな。結局、いま起こっているのはそういう問題なのだろうか?」

「スペースノイドとアースノイド。これは同じ人間でありながら、根本概念を異にしている。この問題を解決しない限り・・・」

G-アルケインの搬入が終わり、ラライヤが書類にサインを求められて去っていくのを見送ったケルベスは、自分の生徒たちがあまりに重責を背負わされていることを気の毒の思った。

そういう彼自身も、無能な議会を招集させないために独裁者の体を保っているのだから同じような立場であった。


2,


クラウンは2日後に出立した。

乗り込んだ人間は、ゲル法王とスコード教関係者、ウィルミットと運行長の職員数名、あとの大部分は歓迎式典のスタッフ名目で乗り込んだカリル・カシスとクンタラの女性たちであった。

彼らがザンクト・ポルトに到着したとき、地球の表面を虹色の膜が覆っていくのが観測された。ウィルミットにとってそれは2度目の体験であった。絶望にも似た重い気分を抱えたまま、彼女は気力を奮い起こしてラ・ハイデンの歓迎式典の準備に取り掛かった。

ゲル法王は、自分の役割がラ・ハイデンの地球侵略を翻意させることであることをようやく理解し、責任の重さに1日に何度も失神するようになった。そんな法王を叱咤しながら、ウィルミットはどうしてこんな混乱の世界に真の男が現れてくれないのだろうかと嘆いていた。

ラ・ハイデンのビーナス・グロゥブ艦隊は、まだ月の遥か先にいた。歓迎式典の準備は、カリル・カシスのグループが滞りなく進めてくれていた。時間に余裕を感じたウィルミットは、スコード教の大聖堂を訪ねてみた。するとそこにはラライヤがいた。彼女は何をするわけでもなく、大聖堂の屋根の上を眺めていた。

同じころ、アメリアでも上空を虹色の膜が覆っていくのが観測された。アイーダは自分の執務室の窓からそれを眺めつつ、ああ自分の記憶はここで途絶えたのだとウィルミットの長官室で体験した幻視のことを思い出していた。なぜそこから先の記憶がないのか、彼女にはわからない。しかしいまの彼女は、世界の観察者としての自分の意識が連続して途切れることなく続いていることを実感していた。

「始まったのだ」アイーダは思った。「世界がどうなっているのかわからないことだらけだけど、やるしかない。人類を絶滅させたりしない。ラ・ハイデンや、カール・レイハントンの思い通りにもさせない。わたしは、グシオン・スルガンの子、アイーダ・スルガンなのだから」

メガファウナでも同様のことが起こっていた。青い空に広がっていく虹色の膜を見るために、ドッグを出た大勢の人間が額に手をかざして上空を眺めていた。

そこに、ローゼンタール・コバシの大声が響き渡った。

「消えた」コバシは腰を抜かさんばかりに尻もちをついていた。「目の前から消えたよ」

「何が?」クン・スーンが振り返った。

「ミックジャックとかいう青いモビルスーツ」コバシが応えた。「びっくりしたー」

クリム・ニックの姿は消えてなくなっていた。出航時間が迫っており、クリムのモビルスーツがいなくなったことは軍上層部に報告されただけで代わりのモビルスーツが補充されてきた。それがアメリア軍のクリムがいなくなったことに対する反応だった。

メガファウナは再武装を終えたところで慌ただしく出航した。まだ確認せねばならないところが多く残されていたために、飛びながら整備が進められた。この作業にはジット団のメンバーも駆り出され、慌ただしく仕事をしていたためにクリムのことはすぐに忘れられてしまった。

メガファウナのメインモニターには、大気圏突入を果たしたフルムーン・シップが映し出された。すでに空力加熱は収まり、速度も落ちていた。フルムーン・シップはアメリアを目指しており、数時間後にはメガファウナと接触する見込みであった。

ドニエル艦長は各モビルスーツパイロットに出撃準備を指示した。パイロットスーツに身を包んだベルリは心配して駆け寄ってきたノレドの肩を抱き寄せ、すぐにブリッジに上がるよう促した。

ノレドがブリッジに上がると、通信士がしきりにフルムーン・シップに対して呼びかけを行っていた。しかし相手からの応答はなかった。地球を虹色の膜が覆ってからフルムーン・シップが爆発するまでの正確な時間はわかっていない。いつ爆発するかわからず、爆発してしまえば地球は滅亡してしまう。ブリッジチーフのギゼラは辛抱強くあらゆるチャンネルで交信を試みた。

そうしている間にも、虹色の膜はどんどん大きくなって太陽の光が金属の光沢のように歪められていった。G-セルフのコクピットに収まったベルリは、ジオンの自然観に恐怖心を感じた。彼らスペースノイドは、コロニーの中で再現される自然観を超越することができないのではないか。大きな入れ物の中に土と水と光と種を入れて再生される自然と、地球の自然はまったく違うものだ。

ジオンが地球を閉じるのは、地球全体を巨大コロニーとして管理するためであった。ベルリは虹色の膜に閉じ込められながら、宇宙にいるジオンの思惑を感じ取った。

ジオンにとって必要なのは地球というコロニーであって、それぞれが繋がり合った生命の胚ではない。スペースノイドであるジオンには、生命が繋がり合った可能性の胚だとの自然観がない。地球の自然にとって、人間は絶対的に必要な存在ではなく、人類滅亡後に別の生物が地に満ち支配者となろうが、知的生命体がいようがいまいが、大型生物が跋扈しようがしまいが、大陸がなくなり海生生物ばかりになろうが、関係がないのだ。

地球という生命の胚は、あらゆる可能性を探る。どのような条件下にも生命を生み出し、その生命の行く末など考えもしない。ただ生み出すばかりである。生れ出た存在は、手段を選ばず生命の永遠性を追求し、ある存在は永続し、ある存在は短命で終わる。創造に終わりはなく、その可能性は人間という道具を使って外宇宙にまで進出した。

スペースノイドの人間中心主義、科学万能主義は、生命の胚の一端を学び、それを宇宙に持ち出した人間が、自らを創造主と位置づけ、錯覚を起こした結果ではないのか。

宇宙空間で生き延びるために金属で大地を作り上げ、資源を集めて地球環境を再現する過程で、スペースノイドは創造主と同じことが自分にもできると錯覚したのか。だとしたら、生命の胚の一部でしかないアースノイドと、それを作り上げたと錯覚したスペースノイドが相容れるはずがない。宇宙にあるものはすべてが地球の模倣に過ぎない。人類は生命の胚の連なりのごく一部にしか過ぎない。環境に適応させた実験体のひとつに過ぎないのだ。

ジオンだけではない。ビーナス・グロゥブも同様である。彼らもまた、人間を生命の胚の外側にあるものと位置付けている。だから神治主義の妄想さえ抱いてしまう。だがその実、彼らが作り出した重力さえ完全ではなく、彼らの肉体は宇宙環境に馴染まずムタチオンを起こしてしまった。

だからこそ彼らは自然を求め、レコンギスタを夢見るようになった。レコンギスタの試みは、自然回帰主義であったはずだ。そこに、ピアニ・カルータという人物が現れて、人工的な競争で人工的に進化を促そうとした。彼らスペースノイドには、生命の胚の実験体の一部として、死を受け入れる覚悟がなかった。ムタチオンに苦しむ肉体が地球環境に適応しなかったのならば、彼らは死を受け入れるしかなかったのだ。

ベルリの頭上を、虹色の膜が覆っていった。自然はジオンに管理され、ジオンに観察されようとしている。

スペースノイドは、宇宙に持ち出した生命の胚のごく一部から得たエネルギーを分け合い、生命を維持しなければならない。スペースノイドはより効率的に社会を運用し、強い義務意識で労働をこなし、生産物を平等に分け合う。その全体繁栄主義は、地球の個人尊重主義より優れた点があるのは事実であるが、全体を管理することが出来るという思い込みがアースノイドとの決定的な差であった。

地球全体を管理することなどできない。地球を膜で覆っても、地球はスペースコロニーにはならないのである。

全球凍結の危機でさえ、地球はその環境に適した新しい生命を生み出すだけなのだ。

ベルリは心の中で強く念じた。

「カール・レイハントン、そしてジオン。お前たちは間違っている」


3,


大気圏に突入したフルムーン・シップのブリッジは、ビーナス・グロゥブの乗員と彼らに雇われたステア、それにクンタラ解放戦線が睨み合っていたが、ステアとマニィの間でフォトン・バッテリーを折半する約束が交わされて船は地球を目指し、艦隊に戻ることが出来なくなっていた。

ビーナス・グロゥブの乗員は数名を残してブリッジの外へ放り出されてしまい、ハッチは厳重に封鎖された。

ステアはフォトン・バッテリーの枯渇で困窮しているであろうアメリアにバッテリーを運ぶつもりでいた。彼女はカール・レイハントンの存在のことをいまひとつ理解しておらず、ビーナス・グロゥブ艦隊と戦うためのフォトン・バッテリーが必要だと考えたのだ。

一方でマニィはルインと約束した南極近くの地点にフォトン・バッテリーを運び込み、そこを拠点に再びキャピタル・テリトリィを奪取するつもりでいた。

クンタラ解放戦線の中にフルムーン・シップのような巨大艦を操舵できる人間はおらず、ステアの存在は欠かせない。彼女は先に南極へ向かえば自分は殺されると考えた。そこで取引を持ち掛け、アメリアでフォトン・バッテリーの半分を降ろしてから南極へと向かい、残りの半分をクンタラ解放戦線が搬出してそのまま彼らは下船することとした。

「南極で残りのバッテリーを降ろした後は我々は開放してもらえるのですか?」ビーナス・グロゥブからやってきた乗員は恐るおそる尋ねた。

「こんな運搬船は持っててもしょうがない」マニィが応えた。「爆破してしまってもいいけど、ラ・ハイデンって人物と事を構えるのも得策じゃない。あんたたちは・・・」

「あんたたちはバッテリーの搬出が終わったらわたしと一緒にアメリアへ戻ってもらう」ステアがいった。「ラ・ハイデンがどんな人物なのか知らないけど、あんたたちとフルムーン・シップは人質として役に立つはずだ。ビーナス・グロゥブ艦隊には何もせずに帰ってもらわなきゃいけないからね。いくらバッテリーを供給してくれるからって、よくわからない理由で侵略されてたまるもんかい。わたしたちだって生きてるんだ」

その言葉を聞いてマニィは何度も頷いたが、実はステアは別のことを考えていた。

アメリアでバッテリーの搬出をしながら何とか軍と連絡を取り、フルムーン・シップを制圧してもらおうと目論んでいたのだ。これからビーナス・グロゥブと戦争をしなければならない(と、ステアは思っていた)アメリアには、戦力差はともかく同等のエネルギーが必要になるはずだった。ビーナス・グロゥブ艦隊にクレッセント・シップに満載されたフォトン・バッテリーがあるなら、アメリアにはフルムーン・シップのバッテリーすべてが必要になる。

そんなステアの思惑を、マニィもうすうす感じ取っていた。ただでさえフルムーン・シップの中にいるクンタラ解放戦線のメンバーは少なく、船員の1割程度である。ルインが船に乗り込んでいたときに武器を押収してあるとはいえ、敵地であるアメリアでは圧倒的に不利になる。しかも相手はアメリア正規軍。白兵戦に持ち込まれては勝ち目はない。

とはいえ、強情なステアの考え方を変えさせるのは容易ではない。彼女をブリッジから出せば、逃げられる可能性が高まる。彼女がいなければ、フォトン・バッテリーを約束の場所まで運べない。彼女をブリッジに残したまま、アメリア軍と接触せずにステアを満足させなければならないのだ。

ステアとマニィがそれぞれに思惑を秘め、腹を探り合っているときだった。モニターを監視していたビーナス・グロゥブの乗組員がこわごわとマニィに報告した。

「アメリア軍より通信回線を開くように要求が来ておりますが・・・」

「すぐに開いて」そ、ステアがいった。

「いや、ダメだよ」マニィがそれを制し、ステアの横に立って耳打ちをした。「事前連絡はなしにしてもらう。このままアメリア近海に向かって進み、東海岸の海にフォトン・バッテリーは投棄してもらう。すぐに引き渡したら追手をかけられるからね」

「海に落とす?」

「サルベージして引き上げられる。おそらくアメリアのフォトン・バッテリーは尽きているだろうから、サルベージしてバッテリー交換をしている時間があれば、南極まで逃げられるはずだ。そういう約束じゃなかったかい?」

「・・・、イエッサー」

ステアは了解するしかなかった。しかしまだステアはアメリア軍との接触を諦めてはいない。そんな彼女の気持ちを読んだマニィは、フルムーン・シップのすべての回線を閉鎖して誰も通信できないように指示を出した。銃を突き付けられたビーナス・グロゥブのブリッジクルーは、黙って従うしかなかった。

「当艦はこれよりビーナス・グロゥブ艦隊を装ってアメリア領内に侵入する。万が一アメリアからの攻撃があった場合はビーム砲で応戦する。望遠で敵艦隊をメインモニターに映して」

フルムーン・シップのメインモニターに、赤い船体のメガファウナが大写しにされた。ステアはそれを見て口笛を吹きかけたが思いとどまり、内心ほくそ笑んだ。マニィは苦虫を噛み潰したような顔になったが、一方で大艦隊でなかったことに胸を撫で下ろしもした。

「おかしいね」マニィがいった。「メガファウナは装備を外して輸送艦として宇宙で運用されていたはずだ。なんで地球にいるのか。それに、砲門も取り付けられている・・・。フォトン・バッテリーはもう尽きているはずなのに」

そのメガファウナからは通信を求める信号が絶え間なく送り続けられていた。それらは信号としてはキャッチされていたが、受信側で遮断され、映像も音声も再生されることはなかった。

そのころメガファウナはフルムーン・シップに対して必死に呼びかけていた。

「応答がありませんね」ギセラが肩をすくめた。「本当にステアが操縦してるんですか? 彼女がいればすぐに応答してきそうなものですけど」

「半分は地球の人間がいるって話だったけどな」ドニエルも首を捻った。「でもあちらさんは戦争しに来てるんだ。あらゆることを想定しておかないと」

そこにG-セルフのコクピットに座ったベルリから通信が飛び込んできた。

「月に来ている艦隊の目的は戦争ですけど、フルムーン・シップは違いますよ。クンタラ解放戦線が船を乗っ取ってフォトン・バッテリーを地球に運んで来てるんです」

「でもよ、クンタラの連中は南極に行ってて、ムーンレイス艦隊が追いかけているんだろ? じゃあなんでフルムーンはこっちに来てるんだ? 艦隊の先発隊じゃないのか?」

「輸送艦で攻撃仕掛けるはずがないでしょ。きっとブリッジで何か揉め事があったんですよ。直接出向いて確かめて来ます」

そういうとベルリは、メガファウナのモビルスーツデッキから発艦し、青い空に向かって飛び立っていった。

「メガファウナ、モビルスーツを発進させました!」

デッキクルーの緊張した声がフルムーン・シップに響き渡った。

「G-セルフ、ベルリだ! わたしに交信させなさい!」

ステアはマニィを睨みつけたが、マニィは首を横に振って大声で指示を出した。

「こちらもモビルスーツ発進。何機出られる?」

「2機なら何とか」モビルスーツデッキから帰ってきた応えは心もとないものだった。

「構わないよ、G-セルフをこっちに近づけなきゃいい。どうせベルリは攻撃できないさ」


4,


「モビルスーツを出してきた?」ベルリは心底驚いた。「しかも、ビーナス・グロゥブのモビルスーツがたった2機。ということは・・・、艦を支配しているのはクンタラ解放戦線のマニィだ。クリムさんの情報通り、ルインは南極に逃げている。接触してみる!」

G-セルフは速度を上げて右に旋回し、出撃してきた敵のモビルスーツをフルムーン・シップから引き離しながら徐々に接近していった。何度も呼び掛けたもののまったく応答がない。接触回線を開いて直接話をしてみるよりほかないが、敵はビームライフルを使用してきた。

「ベルリ!」ドニエルから通信が入った。「30分でフルムーン・シップとランデブーする。この中で事情を知っているのはお前だけだ。どうする?」

「フルムーン・シップを制圧しているのはおそらくクンタラ解放戦線です。南極に向かうはずですが」

「進路はまっすぐアメリアの東海岸に向かっている。防衛ラインに入ったら正規軍と交戦になるぞ」

「その前にぼくらで説得しなきゃ」

「ビーム砲の射程内に入ったらシールドが長くもたんぞ」

ベルリは決断するしかなかった。彼はG-セルフのビームライフルを取り出し、躊躇なく2機の敵モビルスーツを撃墜した。炎を吹き、炎上した機体が海に落下していく。たとえパイロットが生きていたとしても、彼らを救助する者はいない。ベルリは唇を噛んでフルムーン・シップに向かった。

「このG-セルフ、まったく同じように見えるけど、本当に同じなのか。ラライヤが乗ってきたってことは、ジオンが作ったものじゃないのか?」

そのとき、フルムーン・シップからビーム砲が放たれた。ベルリは咄嗟にシールドを張ったが、それは巨大な円となり、G-セルフとメガファウナを守った。

「ぼくが盾になります」ベルリがいった。「メガファウナはフルムーン・シップにフォトン・バッテリーを搬出しないように呼びかけてください」

フルムーン・シップからは何度もビーム砲が放たれたが、すべてベルリに防がれた。ベルリはメガファウナの先頭に立って突き進み、速度を上げると複雑な形状をしたフルムーン・シップの船体の中央付近に潜り込んで、ブリッジにぶら下がった。メインモニタがステアの姿を捉えた。

「接触回線で聴こえてるでしょ。すぐに停船してください。ラ・ハイデンはフォトン・バッテリーを船外に出したらフルムーン・シップを爆破すると警告してきています。すぐに停まってください」

するとマニィが奥から駆け寄ってきてマイクを掴んで怒鳴り始めた。

「なんで月に到着したばかりのラ・ハイデンの警告を地球にいるベルリが知ってるのさ。ウソも大概にしなッ。人類が半年暮らせるだけのフォトン・バッテリーの半分をアメリアにくれてやるって言ってるんだ。全部奪おうたってそうはさせないよッ!」

「マニィ・・・、マニィ・アンバサダ、これはウソじゃない」

「あたしはクンタラ解放戦線のマニィ・リーだッ。そんな名前の少女はとっくに死んだのさ」

「いまフォトン・バッテリーはどれも満タンで減らないんだ。メガファウナだってああやって飛んでるだろう。このG-セルフだってそうだ。いろいろ複雑な事情があって」

「いらないならクンタラ解放戦線が全量いただくことにする。それで文句ないね」

「いやだから、外に出したらフルムーン・シップが自爆してフォトン・バッテリーの全エネルギーが放出されてしまうんだ。ものすごい爆風が起きて地殻の表面が吹き飛んで地上の生物が絶滅してしまう。それくらいの量が積まれているんだよ。爆発させてはいけないんだ」

「信じられないね」マニィは頑なだった。「ビーナス・グロゥブの人間はムタチオンで苦しんでて、みんなレコンギスタしたがってる。それなのに地球を滅ぼすようなことをするはずがない」

「ああ、もう!」ベルリはヘルメットを脱いで頭を掻きむしった。「ルインやクリムと一緒だったならカール・レイハントンのことは知っているだろう? 彼は肉体を持たない思念体という存在で、何百年でも何千年でも関係なく生き続ける。そんな存在が地球圏を支配するから、ビーナス・グロゥブはレコンギスタ政策を放棄せざるを得なくなるんだ。地球はジオンのものになるんだよ。彼らは地球の生物が滅びたって、遥か未来に環境が再生されればそれでいいと思ってる。でも、ぼくらは困るじゃないか。クンタラ解放戦線のみんなも死んでしまう。それじゃいけないだろ?」

「どんな理屈を考えて乗り込んできたのか知らないけどさ、フォトン・バッテリーはいらないってんならとにかくメガファウナを下がらせろ。でなきゃ、ベルリの話が本当なのかどうか、いますぐフォトン・バッテリーを海に落として試してやるよッ!」

「メガファウナを下げることはできない」ベルリは首を横に振った。「マニィはルインと南極で落ち合うつもりなんだろう? それだってぼくらは知ってるんだ。そしてフォトン・バッテリーを使ってキャピタル・テリトリィを攻撃したいはずだ。でもそれじゃ必ずフォトン・バッテリーを船外に出してしまう。それをやれば地球はおしまいなんだ。試すも試さないもないんだよ」

「南極に進路を取れッ!」マニィがステアに命令した。「残念だったね。アメリアはフォトン・バッテリーはいらないってさ」

「あんた」ステアが呆れた声でいった。「ベルリの話が本当だったらどうするつもりなんだい?」

「人類が滅亡するなら上等さ」マニィは小声で応えた。「どうせあたしたちにはわずかな望みしかない。だからあたしはコニーをビーナス・グロゥブに残してきたんだ。あそこにいれば、クンタラの子だって差別もされないだろう」

ステアは言われたとおりに大人しく舵を切った。そしてベルリに目配せをしていったん離れるように促した。合図を察したベルリは、ハッチを閉じてG-セルフをメガファウナの方向へ移動させた。メガファウナは速度を落とし、しかし離れることはせずに一定の距離を保ったままフルムーン・シップを追いかけた。

「あんたさ」ステアは小さく溜息をついた。「そんなの個人的なことじゃないか。ベルリが話しているのは人類全体の行く末のことだ。キャピタル・テリトリィを奪ったところで、こうやってフルムーン・シップを強奪しちゃったからには、たとえベルリの話がウソでもビーナス・グロゥブとの縁は切れる。それどころか、ラ・ハイデンがあんたらを攻撃してくるかもしれないよ。ビーナス・グロゥブに残してきたコニーだって無事で済むかどうかわからない。クンタラの子と蔑まれるのはそりゃ嫌だろう。でもこのままだと、コニーは極悪人の子になっちまうよ」

「あんたなんかにあたしたちのことがわかるもんか」

「クンタラのことはわからない。でも、いまのあんたのことはわかるよ。ルインと離れて心細いんだろう? 会いたいならあたしがルインのところまで連れて行ってやるよ。たしかにフォトン・バッテリーもいらないみたいだしね。ただ、約束してほしい。ベルリの話は本当かウソかわからない。でも、もし本当なら大変な話だ。だから、ルインに会って相談するまでは、フォトン・バッテリーの搬出はしないって約束してほしい。これは、ここにいるみんなのためだ」

「わかったよ」マニィは頷いた。「フォトン・バッテリーの格納庫は厳重に封鎖しなッ。封鎖はビーナス・グロゥブのヤツらにやらせればいい。わたしたちはこれからアメリア大陸の南端を目指す。そこでルインと落ち合えば、何もかも上手くいくさ」

こうしてフルムーン・シップは南極にほど近いアメリア大陸南端に向けて進路を変えた。

上空では不気味な虹色の膜が地球全体を覆い尽くそうとしていた。


次回、第48話「全体繁栄主義」後半は、10月15日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:116(Gレコ2次創作 第48話 前半)





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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第47話「個人尊重主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第47話「個人尊重主義」後半



1、


ルインは奪い去った高速巡洋艦で大気圏突入を図った。燃え尽きそうなほどの高温とバラバラに壊れてしまいそうな振動に緊張したのも束の間、やがて艦は安定飛行に入った。

そのときふと、ルインは長距離通信をキャッチするような気がして通信士を見やった。しかし何も起きず、気のせいかと前を向いた。ルインは大きな声を張り上げた。

「我々はこの巡洋艦とフルムーン・シップを手に入れた。フォトン・バッテリーは人類全体が半年暮らせるほどある。数日のちにはフルムーン・シップも大気圏に突入してくるだろう。それまで諸君らの英気を養うために、南極に近い南アメリア大陸に身を隠すことにした。知っての通り、地球は我々が危惧した通り全球凍結に向かっている。英気を養うには寒いところだが、それはキャピタルを制圧するまでの我慢だと思って辛抱してくれ」

大気圏に突入してから、ルインはずっと胸騒ぎを感じていた。良からぬことが起きる前触れなのか、それとも今度こそ地球の支配者になるとの確信が武者震いを起こしているのか彼にはわからない。ただ、いいようのない苦しさを抱えたまま彼は艦を南へと進ませた。

ほどせずブリッジの近くで悶着を起こす騒音が聞こえた。怒鳴り声が聞こえた次の瞬間ハッチが開けられ人影が入ってくるのを視界の隅で捕らえた。何事かと振り向いたとき、彼はそこに東南アジア系の壮健な中年男性が立っているのを認めた。

「ジムカーオ閣下・・・」

それはクンタラ解放戦線影の支援者で、元キャピタル・テリトリィ調査部のジムカーオ大佐であった。クンパ大佐が亡くなった後、組織としての活動が途絶えていた調査部に突然アジア支部から戻り、どのような政治的画策があったのか不明のまま責任者に就いた人物であった。

クンパ大佐の死後、軍籍を離れてマニィとともに旅を続けていたルインは、身を隠していたインドで彼と知り合い、クンタラ解放戦線のアイデアを授かって彼の言う通りにゴンドワンに潜入してテロ計画を実行していた。ジムカーオからは長距離通信装置を与えられ、直接指示を受けることもあれば、カリル・カシスを通じて情報が提供されることもあった。

だが彼は、7か月前の事件で、トワサンガに隠されていたラビアンローズとともにキャピタル・タワーを破壊しようとしてベルリらに阻まれ死んだはずであった。投獄されていたルインですらそのことは耳にしており、クンタラ解放戦線の強大な支援者を失ってベルリに大人しく従うことを決めたのだ。ルインはベルリの祭壇によってクリム・ニックとともにビーナス・グロゥブに流刑となった。残りの人生はずっと金星のコロニーで奴隷として過ごすのだと心を決めていたところに持ち上がったのがカール・レイハントンの突然の出現であった。

「あなたは、死んだはずでは?」

「ああ、死んだとも」ジムカーオは応えた。「死の定義は生の定義同様曖昧でブレがある。君らの定義ではわたしは死んだ。だが、別の定義では死んでいない。君もニュータイプという言葉くらいは知っているだろう。わたしはとても強いニュータイプなのだ。ニュータイプにとって死はもっとずっと後にある。永遠の時間の遥か先だ」

ルインにはジムカーオの言葉の意味は分からなかった。しかし、これからクンタラだけの世界カーバを作り出そうとしている彼には願ってもない助っ人であった。ルインは彼を艦長室に案内して、自分が座るべき上等な椅子を差し出した。ルインは人払いをして、部屋をふたりきりにした。

「自分はあなたを赦す気にはなれない」ルインはいった。「自分はあなたが死ぬときハッキリと悟りました。あなたは心に深い闇を抱えています。親の命を救うためにあなたはスコード教に改宗させられ、クンタラの裏切り者として振舞った。自分のことも騙していたはずです。あなたはただ、大執行と呼ばれるものを遂行して、ニュータイプとオールドタイプを戦わせるためだけにあれだけのことを仕込んだ。自分はあなたに騙されたことを後悔はしていないが、赦す気にもなれない。ただ。事情をよく知るであろうあなたが来てくれて、ホッとしているのも確かです」

「君は正直者だね。何を知りたい? 話の前に答えてあげよう」

「あなたはクンタラ解放戦線を使って何がしたかったのですか?」

「目的などない。君らが生き延びる機会を与えただけだ。マスクという人物の悪名によって、クレッセント・シップが世界巡幸を行っている間、クンタラの評判は散々だった。それを承知していたから、君らは逃げていたのだね」

「それは・・・間違いありません」

「だが、クンタラは君らは思っているよりもっと根深いものなのだ。たしかにわたしは強制的にスコード教に改宗させられた過去を持つが、それはもう何百年も前のことだ」

「大執行とは結局何だったのでしょうか?」

「大執行とは宇宙世紀以降人類がずっと続けてきたこと、オールドタイプの絶滅を指す。これをわが手でやってやろうとしたのだが、この星を守護する魂魄によって阻まれてしまった」

「星を守護する魂魄?」

「星を守って死んだ者たちすべての魂魄が集まったもの。わかりやすくいえば、そんなところだ。ニュータイプは魂魄となって肉体を解脱する。その思念だけが確固として存在し続ける。だが、オールドタイプの魂魄もまた永遠だ。いや、君が尋ねたいのはそんなことではなかろうが」

「あなたは自分たちクンタラを騙していたのですか? クンタラごとこの星の人間を殺してしまおうと? あなたがラビアンローズでキャピタル・タワーを破壊しようと試みたとき、自分はあなたを殺すためにベルリと共闘して戦いました。それは正しい振る舞いだったのでしょうか。それとも自分は、あなたのやることを助けるべきだったのでしょうか?」

「どちらでもいいのだよ。君は道を選ぼうとする。だが、どの道を進もうが人は理想に到達することはない。人の歩みの継続を永遠に導くものが理想だ。理想を失ったまま歩めば、人の行き先は途絶える」

「なるほど。道程にはこだわらないと。しかしあなたは、大執行を選んだ」

「そうだ。だが、大執行という名のカルマの崩壊はいずれ起きるのだ。ビーナス・グロゥブとトワサンガには自分たちをニュータイプと信じ、エンフォーサーと名乗る集団がいた。彼らはオールドタイプを絶滅させ地球を我が物にしようとするグループであったが、わたしは彼らがニュータイプでないことを知っていた。ニュータイプでもないのに、先祖の縁故によって自分たちを優生と勘違いした連中は、滅ぼされて当然だろう? わたしがラビアンローズを暴走させたとき、彼らがニュータイプであったならラビアンローズから思念だけ機械に移し、彼らは逃げ延びることができた。そしてオールドタイプのない世界で思念体として生きていくことができたのだ」

「それはできなかったのですね。そしてみんな死んだ」

「ああ、死んだ。恐怖のあまり思念すら怨霊のようになってザンクト・ポルトに引き寄せられていたよ。だからどちらでも良かったのだ」

「大執行がそのような意味であるなら、ラ・ハイデンの戦争行為もまた・・・」

「オールドタイプの絶滅は、地球が氷河期に突入しても起こる。ビーナス・グロゥブが地球を支配しても起こる。カール・レイハントンが支配しても起こる。それらすべてが大執行だ。ただし、人類が宇宙世紀の続きを行い地球を窒息させることは大執行ではない。それはただの絶滅だ。人類が自らの無能によって滅びることを避けるために、大執行は行われる。宇宙世紀の初期、大執行はコロニー落としという手段で行われた。巨大なスペースコロニーを地球に落下させることで、ニュータイプはオールドタイプの絶滅を図ったのだ。それはより良い未来のためのひとつの手段なのだよ」

「閣下は、ヘルメスの薔薇の設計図を回収できない人類を滅ぼそうとした?」

「そのつもりだったが、成功しても失敗しても、それはどちらでもいいのだ。カルマの崩壊は必ず起こるのだから。誰が成すか、それも大きな問題ではない。オールドタイプは必ず滅びる」


2,


ルインたちクンタラ解放戦線のメンバーを乗せた高速巡洋艦は、一路アメリア大陸南部にある南極にほど近い場所を目指して飛んでいた。

その艦長室にて、ルインはジムカーオに話に耳を傾けていた。ルインは彼に尋ねた。

「自分が閣下を殺そうとしたことは咎めようとしないのですね」

「それも先ほどの話と同じだ。君の心の揺らぎがどちらに振れようと大した問題ではない。この、滅びることを赦されなかったビーナス・グロゥブの公安警察の官僚があの場面で生きようと死のうと大きな問題ではない。その前に君はクンタラすべてのために戦おうとしてくれた。その確信が一時揺らいだ。それだけのことではないかね」

「閣下がクンタラ解放戦線を支援してくださったことに偽りはなかったのでしょうか?」

「ビーナス・グロゥブの官僚だったわたしは、初代レイハントンの補佐をしていたメメス博士を調査していた。仕事を拝命したとき、すでに彼と娘のサラは亡くなっていたが、クンタラであった彼の行動が大執行後を見据えたものであったことにわたしは注目した。彼はザンクト・ポルトをオールドタイプ絶滅後の避難場所として整備していたのだ。なぜあの場所だったのか、トワサンガではなかったのかはわたしにもわからない。彼にとってあの場所が意味のあるものだったのだろう。そして娘のサラは、初代トワサンガ王カール・レイハントンの子供を産んで死ぬのだが、カール・レイハントンというのは君も知っての通り思念体と呼ばれる存在で、彼の肉体は生体アバターに過ぎない。生殖機能は娯楽のために存在するだけで、アバターの性質は生殖行為では遺伝せず、娘のサラの遺伝子がそのまま男女の子供に受け継がれている」

「まさか。では、ベルリはカール・レイハントンと血の繋がりがないのですか?」

「ない。ベルリは、サラやその父であるメメス博士の遺伝子形質しか受け継いでいない。しかも、当時のトワサンガの住人になった多くはクンタラであった。これはトワサンガとキャピタル・タワーを建造した労働者がクンタラであったことももちろんあるが、そもそも当時のビーナス・グロゥブ総裁だったラ・ピネレが大のクンタラ嫌いで、ビーナス・グロゥブから彼らを排除したことが大きい。つまり、ベルリ・ゼナムというのは、遺伝的にはクンタラの子孫だ。もちろんクンタラは遺伝ではなく信仰であるから、スコード教徒である彼はクンタラではない。しかし、クンタラの子孫だ」

「奴がクンタラ・・・」ルインはドサリと椅子に身体を預けた。「まさかそんなことが」

「君はあの男を随分と憎んでいたようだが、事実はこんなものだ。目の前にある答えなど当てにならんのだよ。だから、社会がどのような道に進もうと、社会がどんな決定を下そうと、どんな結果が起ころうと、自分の望みのいくらかは満たされ、いくらかは満たされないのだと心構えなくてはいけない。道を選ばなくては人は前に進めないが、自分の道の先にだけ理想があり、他人の道の先には破滅があるなどと考えてはいけない。どの道の先にも理想はなく、理想は道を踏み外さないために照らす明かりに過ぎないのだと知らねば。理想は暗闇の洞窟を照らす光だ。その輝きは、いつかはそこに辿り着くのだと目標となるが、肝心なことは目的地である理想に到達することではない。理想が照らす明かりを頼りに前に進み続けることだ」

「それはもしや、カーバのことをおっしゃっておられるか?」

「クンタラの安息の地カーバ。クンタラの理想郷カーバ。君はそこに辿り着こうとして、多くの罪を犯しているのではないのかね?」

「カーバがないとおっしゃるか!」

「わたしが言ったことをいま一度思い出すがいい。カーバは暗い洞窟の先にある辿り着こうと目指すべき理想であるが、その暗闇を照らす理想の明かりは、人が前に進むために存在しているのだと。クンタラがカーバを目指すことは、心を律するために絶対に必要なことだ。しかし、もし君が『ここがカーバだ』とクンタラの仲間たちに示したのなら、カーバに辿り着いたと思い込んだクンタラたちは先へ進むべき理想を見失うのではないかね?」

「そんなことは・・・」

「君の理想主義は本質的に間違っているのだ。理想とはこういうものだと答えを示し、理想に辿り着くためならと手段を選ばない。君の行動は理想からどんどんかけ離れていく。カーバという理想を目指しているはずの君の心は、どんどん理想から遠ざかって、醜悪になり果てていく。魂の安息地であるはずのカーバを、血塗られた大地に変えていく。君はキャピタル・テリトリィを実行支配して『ここがカーバだ』と仲間に宣言するつもりなのだろう? だが、カーバに辿り着いたと信じ込んだクンタラたちは、一体どうなると思う? クンタラは清らかな魂を安息地カーバに運ぼうとするからより慎重で理想的な人生を送ろうと努力する。理想から外れたクンタラがいれば嘆き悲しみ、激しい怒りを覚える。だが、カーバに辿り着いたと信じ込んだ君の仲間たちは、カーバに辿り着いたと思い込むがゆえに自分がどんな行動を取ろうと自分は清らかで正しい人間だと思い込み、身を律しなくなる。規律を忘れ、犯罪を犯す。君がカーバだと宣言した土地は、怠け者で自堕落で傲慢な人間しかいない土地になる。君の仲間は人間集団と堕落させ、堕落させた土地に育った君の子らにカーバという理想を見失わせる。それはそうだろう? 自堕落で傲慢な人間が軋轢を起こしながら窮屈に暮らす自分の故郷が理想郷だと教わった子供たちにはもはや絶望しかない。君はゴンドワンでもカーバを作ったと豪語した。そこがどうなった? 核爆発であの地は放棄された。キャピタルは君がいなくなり争いごとの絶えない土地になった。君はわたしに呼ばれて宇宙へ上がってきたが、もし君がトワサンガに到達していたのなら、君はトワサンガこそがカーバだと言い出してあの場所も醜い土地に変えただろう」

「そんなことは・・・」

「いつ気がつくかと思って黙って待っていたが、君はついぞ気づかなかった。それはつまり、君は理想など求めてはいなかったということなのだ。理想のことを本当に心から求めていたのであれば、君はもっと早くカーバという言葉を安易に使う危うさに気づいたはずだった」

打ちのめされたルインは、がっくりと椅子の上で崩れ落ちた。

「自分がやってきたことは、まったく無駄だったのですか?」

「世界には理想を追い求める人間が何人もいる。ベルリくんもそうだし、スコード教のゲル法王もそうだ。北の大陸の支配者である共産党書記長でさえ、自分のことを理想主義者であると思っている。自由民主主義のために戦う者らも理想主義者だ。自分たちの道徳を守ろうとする民族自決主義者もそうだ。ゴンドワンのいまの支配者である140センチの独裁者エルンマンもそうだ。理想主義者同士で絶滅するまで殺し合うかね? もし君に本当の勇気があるのなら、君はベルリくんと真正面から向き合ってみるといい。話したように、彼はメメス博士の子孫であり、血筋はクンタラだ。スコード教徒である彼が、いまいかように理想的なクンタラのように振舞っているか、見てみればいい。君はまだゲル法王が唱えている新教義のことを知らないだろう?」

「いいえ、知りません」

「彼は、スコード教徒クンタラは同根であると唱えている」

「そんなはずはないでしょう? スコードは人工宗教、クンタラはそれに参加しなかったはず」

「同じ時の同じ出来事から派生したふたつの考え方だと彼は思っているのだ。君は即座に否定したが、果たして君はゲル法王ほど必死に世界のことを考えただろうか。あるいは、ベルリくんほど世界のために心を砕いただろうか。ここから先は君の勇気の問題だ」


3,


キエル・ハイムは旗艦ソレイユに乗り込み、再びディアナ・ソレルの仮面を被った。

すぐさま編成を終えたムーンレイス艦隊は、アメリアとの軍事同盟に従い、ルイン・リー捕縛の任務のために出動した。再びディアナ親衛隊としてその傍らに就くことになったハリー・オードは、ディアナに詳しい説明を求めた。ディアナが応えた。

「アイーダの話ではこの世界は現実ではないそうです。それがどのようなものなのかはわたくしにもわかりません。しかし、亡くなったはずのミック・ジャックの姿はわたくしも見ました。とっくに尽きたはずのフォトン・バッテリーもフル充電になったまま減ることがない。たしかにこの世界は尋常とは言えないでしょう」

「ソレイユやオルカに乗っている限り、そうしたことは実感しにくいですね」

「ええ、縮退炉を使う我々には実感が乏しい。それで彼女らが主張するには、クリム・ニックが大気圏突入の際に死亡したことをきっかけに、地球が虹色の膜に覆われ外部から侵入できなくなったと。そのとき大気圏突入していたフルムーン・シップは、何時間後かは定かではないもののどうもアメリア近郊で大爆発を起こしたらしい。地球が閉じられた時間と、大爆発の間にタイムラグがある。これは、何者かが地球の行く末に関与したのではないかと推測しているようなのです」

「その推測が正しいという保証はないのですね」

「誰にも未来に起こることの保証などできません。アイーダがそう思う理由はふたつあって、クリム、ミック、ラライヤ、アイーダ、ウィルミットの5人がキャピタル・テリトリィにいるときに、ニュータイプの共感現象が起こって、それぞれの記憶の一部を共有したことがひとつ。もうひとつは、自分の最後の記憶、つまり共感現象中に幻視した自分の最後の記憶というものが、虹色の膜が拡がっていく光景を部屋の窓から眺めているものだったからだと」

「それは何らかの確信と関係ありますか」

「自分はそこで死んだわけではないのに、そこから先の記憶は一切なかったのは、虹色の膜の内部にいた人間は、大爆発が起こる前に思念が肉体から強制的に分離させられていたからではないかというのですね。そこから先の記憶がない、つまり未来はないというのは、もしかしたらその先に起きたことは確定した未来ではない可能性があると」

「すべて推測に過ぎず、保証されるべきものはないが・・・」

「それに賭けるしかないと。そういうことですね。そもそもフルムーン・シップの大爆発が起こるのかどうかもわからないわけですが、クリムは人類を実行支配しようと考えて艦隊を連れてやってきたラ・ハイデンは、人類がフォトン・バッテリーを強奪することは絶対に許さず、それくらいなら人類を滅亡する選択もするだろうと証言しているようです。これにはクン・スーンも同意していました。ラ・ハイデンとはそういう思い切ったことをする人間だと」

「自分はトワサンガでカール・レイハントンと500年ぶりに再会しておりますが、あいつと決着をつける前に人類は滅亡の危機にあるわけですか。何とも情けない話だ」

そこにルインらの高速巡洋艦をキャッチしたとの声が響いた。会話を打ち切ったハリーはモニターを確認してディアナに振り向くと頷いた。

「スモー隊、出撃準備」

同じころ、ルインらクンタラ解放戦線もムーンレイス艦隊をキャッチしていた。ルインはジムカーオとの対話のために艦長室にこもっていたが、ただちにブリッジに呼び出されて状況を確認した。

「まずいな」ルインがいった。「こちらはこの艦に慣れていない上にあの大艦隊。あれはシルヴァー・シップ艦隊と戦ったムーンレイスの艦隊だろう」

「いかがします?」

「まだかなり距離がある。このままアメリア大陸最南端に向かい、まだ追ってくるようなら南極へ逃げ込む。マニィが大気圏突入するまであと数日は猶予があるはずだ。ムーンレイス艦隊は地球の極致地方の戦い方は知らないはずだ。なんとかなるだろう。まずはこの艦に習熟することが先だ」

「ところでさっきの人物、ありゃ何者なんで? 閣下と呼ばれていましたが」

「あの方はクンタラ解放戦線の生みの親だ。支援者と思ってくれればいい」

「そりゃ心強い」

ルインはジムカーオに教えてもらったクンタラの真実については語らなかった。彼についてきている解放戦線の仲間たちは、カーバがこの世のどこかにあり、そこに辿り着けば差別もなく、家も与えられ、自分の好きなことをやって生きていけると信じてルインについてきていた。

ルインは、彼らに誤った理想を語り、誤った未来を夢見させてしまったのだ。後悔してももう遅い。カーバは現実世界に存在する土地ではなかった。このままウソをつきとおすべきなのか、すべてを打ち明け責任を取るべきなのか、ルインはいまだ心を決めかねていた。

ルインは追われるままに南極大陸へと逃げ込んだ。全球凍結に向かいつつある南極は激しいブリザードが吹き荒れ、ムーンレイス艦隊はルインの船を見失った。

ハリー・オードはディアナ・ソレルに呼び出された。

「巡洋艦1隻を追いかけるだけならわたくしがいなくても大丈夫ですよね?」

「何をなさるおつもりで?」ハリーが尋ねた。

「わたくしはキャピタル・テリトリィのビクローバーという場所を調べるつもりです。ソレイユはこのまま離脱させるので、あなたのオルカはこのまま追跡を」

「おひとりで? それは感心できませんな。もしや、ディアナさまの・・・、つまりあの方の?」

「そのような気がするだけです。でもいいでしょう。オルカはアミランに任せてあなたもいらっしゃい」

こうしてルイン追跡からディアナ・ソレルの旗艦ソレイユは離脱した。

そして数日が過ぎた。

宇宙では足の遅いフルムーン・シップを、クリム・ニックが搭乗するミックジャックが追い越した。クリムによってミックジャックと名付けられたモビルスーツは、もともと大気圏突入用のカプセルに内蔵されており、彼はその機体で地球圏に侵入してアイーダを暗殺する使命を与えられていた。

しかし、トワサンガでジオンとまみえ、どうやらミック・ジャックが生き返るという話が眉唾であると知ったクリムは、自暴自棄になりつつも身の振り方を考えあぐねていた。ミック・ジャックが生き返る保証がないのに、約束通りアイーダを暗殺することに何の意味があるのか。そもそもそれを頼んできたビーナス・グロゥブのスコード教の坊主たちは、高速巡洋艦を奪われ生死不明である。

「これ以上あんな連中に関わっても仕方ないということか」

そう呟いたクリムは、機体に異音と振動が発生しているのを感じ取っていた。そもそも地球圏に来たこともないビーナス・グロゥブの、しかもレコンギスタの準備をしていなかったラボが作ったモビルスーツで大気圏突入をするのは心もとなく、しばし迷った後、彼は大気圏突入カプセルを自動操縦で大気圏突入するようプログラムを作動させたまま、モビルスーツからパージした。

「悪く思うなよ、坊主ども」

推進力を失ったカプセルは速度を落とし、やがてフルムーン・シップに追いつかれ抜かれた。身軽になったクリムの青いモビルスーツは、大気圏に引き寄せられないよう気を付けながら、衛星軌道の上を周回してザンクト・ポルトを目指した。

ミックジャックのモニターは、フルムーン・シップが大気圏突入態勢に入るのを確認し、別の場所で切り離した大気圏突入カプセルがどうなるかを捉えていた。真っ赤に燃えたフルムーン・シップの映像に重なり、小さなカプセルが燃えていくのがわかった。予定ではカプセルは燃え尽きることなくやがて冷やされていくはずだったが、振動が激しく、とても持ちそうもなかった。

「あ、しまった!」クリムが叫んだ。「あのカプセルにはフォトン・バッテリーの予備が2つも積んであるぞ。取り外せばよかった!」

そのときだった。カプセルが大爆発を起こした。やはり欠陥があり、大気圏突入に耐えられなかったのだ。ホッとしたのも束の間、カプセルは2次爆発を起こした。2個の予備バッテリーが爆発したのだ。巨大な光球が大気圏上空に出現して、爆発の衝撃は雲となり丸く拡がった。続いて虹色の膜のようなものが地球を覆っていくのが見えた。それはみるみるうちに大きくなり、消えるどころかますますその色彩を強め、地球はシャボン玉に覆われるように青く美しい姿を隠していった。


4,


「これ、G-セルフじゃないですよ。G-セルフは完全に燃え尽きたじゃないですか」

メガファウナのモビルスーツデッキで整備されていたG-セルフに乗り込むなり、ベルリはアダム・スミスに向かった抗議した。

「ラライヤが乗ってきたんだ」アダム・スミスが怒鳴り返した。「ジオンにいたらしいからジオンが新造したんじゃないか」

「たしかにラビアンローズを持ってるわけだから、ヘルメスの薔薇の設計図もあるんだろうし、作れないことはないんでしょうけど」

ベルリはコクピットの隅々をチェックした。元のG-セルフと違ったところはひとつもない。コクピットはコアファイターになっており、そのほかの部分もまったく一緒だった。

それはベルリにとって愛着のある機体だった。初めてG-セルフに乗ったとき、彼は機体が認証したレイハントン・コードのことすら知らなかった。あの機体とまったく同じものなのか一抹の不安はあったが、ガンダムを奪われた以上、ベルリはこのG-セルフの2号機で戦うしかなかった。機体のことを聞こうにも、ラライヤはすでにゲル法王、ウィルミットの護衛としてキャピタル・テリトリィに向けて出発した後だった。結局ベルリは、ほとんどラライヤと顔を合わせていない。

そこにノレドが走り寄ってきた。ノレドはメガファウナに乗り込み、フルムーン・シップに搭乗しているはずのマニィの説得に当たらねばならなかった。

「ベルリにこれを返しておくよ」そう言って差し出したのは、ベルリがノレドに預けたG-メタルだった。「これにどんな意味があるのか知らないけど、これは2号機で素性のわからないものだから、おまじないがてらにG-メタルを差し込んでみたら?」

「ああ」

言われるままにベルリはレイハントンの紋章をかたどったカードを差し込んだ。すると機体に反応があった。ベルリは何が起こるのかとモニターを凝視していたが、最初の反応があったままモニターは小さな音を継続的に堕した状態で止まってしまった。

コクピットに上がってきてなかを覗き込んだノレドは、首に掛けられていたアイーダのG-メタルを外してそれも差し込んでみた。すると突然ハッチが閉まって、お尻を突き飛ばされた形のノレドが狭いコクピットの中に転がり込んできた。

「また君は」

とベルリがノレドを睨み返そうとしたところ、ガタリとコクピットが揺れて、内部が一瞬で真っ暗になったのちにオレンジ色の室内灯が点灯した。全天周囲モニターには星々が映し出されている。低下する室内温度を感知したヒーターが勝手に作動をし始めた。

「宇宙?」ノレドは突然重力を失ったことに驚きながらも身体を回転させてシートにしがみついた。「またジャンプしたの? これガンダムじゃないんでしょ?」

「しまった」ベルリが顔をしかめた。「これ、複座じゃないからこのままでは」

G-セルフは自動操縦であるかのようにベルリの意思を無視して月に向かって飛んでいた。

「ダメだよ、ベルリ! フルムーン・シップが来ちゃう! 早く地球に戻らないと!」

「わかってるけどさ」ベルリはモニターを凝視した。「ここはどこなんだ? トワサンガ宙域!」

そのときだった。突然機体に大きな衝撃があり、メインモニターが塞がれた。G-セルフの頭部がギシギシと音を立てて潰されそうになった。G-セルフは何者かの襲撃を受けて頭部を握り潰されようとしていたのだ。ベルリとノレドは同時に気がついた。これはふたりが体験した場面であった。そのとき彼らはガンダムに乗って、前触れなくガンダムが動き出してラライヤが操縦するG-セルフに襲い掛かったのだった。

接触回線が開いた。音声だけでなく映像も映し出された。画面に映ったのは、ゴンドワンでガンダムを奪った茶色の巻き毛の男とリリンであった。

「リリンちゃん!」ノレドが叫んだ。「くっそ、このロリコン誘拐野郎! ガンダムを返せ!」

「ベルリくん」男がいった。「あいつの魂はのぼくとララアで引き受ける。それまでこの子は預からせてもらう。決して傷つけないし、必ずこの子は母親の元へ返す。あいつの過ちを糾せなかったのはぼくの責任だ。今度はもう逃しはしない。しかし、あいつの過ちの本質を人類は抱えたままだ。1度は避けられたアクシズの悲劇を凌ぐより恐ろしいことが起きる。過去のことはぼくが決着をつけるが、未来のことは君たちで決着をつけなくてはいけない。どんな悲劇が襲おうとも、目を逸らさず、事実をありのまま見て冷静に解釈してほしい」

ベルリはG-セルフの頭部バルカンを発射してガンダムを引き剥がした。接触回線は途切れた。音声も映像も途絶えたが、ベルリとノレドにはガンダムのコクピットに座る男の姿が見えていた。ノレドは思い出した。その男は、冬の宮殿で目にした、赤いモビルスーツの男と戦っていた白いモビルスーツの男であった。

ベルリが叫んだ。

「何千年も繰り返してきた行為を、まだこの先も繰り返そうというのかッ!」

「理想を見失った現実主義者たちのおもちゃ生産工場がラビアンローズだ。あれを破壊しろ」

なおもガンダムを追いかけようとしたベルリであったが、操縦桿は彼の意志では動かなかった。機体の脇を濃緑の大きな機体がすり抜けてガンダムに向かっていった。

「あんたはしょせん人形と人間のあいのこなんだよ!」

その科白を最後まで聞かないうちに、コクピットのハッチが開いた。眩しい光がベルリとノレドの顔を照らした。手をかざしたままそっと目を開いたふたりの前には、アダム・スミスとクン・スーン、それにローゼンタール・コバシが顔を覗かせていた。

「あんたら、大丈夫か?」クン・スーンがいった。「お楽しみかと思ってしばらく放っておいたんだけど、あまり長く閉まったまま応答もないからさ。ま、ハッチは勝手に開いたんだけど」

「なんだ、お楽しみじゃなかったの」コバシが残念そうにいった。「面白いものが見られるかと思って仕事ほっぽり出して来たのに、残念」

いつの間にかベルリとノレドは元のメガファウナのモビルスーツデッキに戻っていたのだ。しばし言葉が出ずボンヤリしていたベルリであったが、やがて翻然と悟ってコクピットから身を乗り出した。

「カール・レイハントンを倒すのはぼくらじゃない。あいつは何千年も前の因縁のある男に・・・、ガンダムに倒されます。ぼくらは・・・、レイハントンを倒すことを目的とするんじゃなくて、レイハントンが囚われて逃げられなくなった過ちを繰り返さなきゃいいんだ。なぜ、なぜあのふたりは争い続けて決着がつかないまま放置された? なぜ人類はラビアンローズを改造した長距離宇宙船で外宇宙へ向かった?」

ノレドも身を乗り出した。「ラビアンローズを破壊しなきゃ。G-ルシファーがあればあたしだって戦える! クン・スーンさん、コバシさん、どうにかならないの?」

「どうにかって言われたって」クンとコバシは顔を見合わせた。「いまからじゃどうにもならないよ」

「ラビアンローズを破壊すれば、宇宙世紀からの戦争技術の多くが失われる。ジオンは生体アバターを作ることが出来なくなる。そして、そして、スペースノイドとアースノイドの争いの原因が見つかれば、破滅は避けられるかもしれない!」

「そうだよ、ベルリッ!」

ノレドは思わずベルリの首に抱きついた。

コクピットを覗き込んでいた3人は、キョトンとしたまま互いの顔を見合わせた。


次回、第48話「全体繁栄主義」前半は、10月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第47話「個人尊重主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第47話「個人尊重主義」前半



1、


個人の欲望が別の個人の人権を抑圧したのなら、欲望の肥大を咎め、諫め、罪があれば裁くことに誰も反対はしない。どこかに独裁者とそれを支持するグループがいたのなら、独裁に反対する人々は力を合わせ、欲望の肥大を排除するだろう。

しかし、個人やグループの欲望が、理想の実現を目指していた場合はどうだろうか。理想を目指すグループが複数あった場合はどうだろう。文明レベルが同程度で、同じ時代を生き、悩み、何か正しいことを成したいと願っているならば、それらのグループは議会に入り、それぞれの理想を語り合い、時には妥協して政策を進めればよいだろう。だが、文明レベルに圧倒的な差があり、後進的グループの理想が先進的グループから見て否定されるべき意見であった場合はどうだろう。先進的グループは後進的グループの意見を否定するべきなのだろうか。それとも、あやまてる自由を与えるべきなのだろうか。もしそのあやまちが人間の生存環境の未来に絶望的な悪影響を与えるものだとしても、あやまちを咎めることはできないのだろうか。

ビーナス・グロゥブのヘルメス財団は、産業革命の端緒についていたアメリアを赦さなかった。そのアメリアと戦争という形で交流を持ったムーンレイスも赦さなかった。ビーナス・グロゥブは、後進的グループであった当時の地球圏の意見を否定して、あやまてる自由を奪い、その代償としてフォトン・バッテリーを与えた。それはつまり、自分たちの労働の成果を無償で提供することで、後進地域支配の贖罪としたのだった。

後進的支配地域の発展をじっと待ち続けていた彼らを襲ったのは、遺伝子形質の変化であるムタチオンであった。人の形が崩れていく恐怖におののいたビーナス・グロゥブは、予定よりも早いレコンギスタの準備を余儀なくされた。だが、文明において先進的であることと、肉体的に優生であることは別であった。肉体的に優生であろう後進地域に平等な条件で乗り込み競争することに不安を抱いたビーナス・グロゥブの一部官僚グループは、戦争を利用した遺伝子強化を目論み、地球圏に対して戦争の道具となるヘルメスの薔薇の設計図を撒き散らした。ビーナス・グロゥブの理想は、ムタチオンの恐怖によって内から脆くも崩れ去ったのだ。

そして理想はもうひとつあった。宇宙世紀時代初期に独裁国家としてスペースノイドの独立を指向したジオン帝国の残党による理想であった。

彼らはニュータイプの共感現象を人工的に再現する研究を逃亡先の外宇宙で完成させ、人間の魂を肉体から分離させることに成功した。これにより、人類の発展において最大のネックであった、肉体の生命維持が地球環境に過大な負荷をかけて地球を窒息させる事態の回避に成功した。

さらに肉体が縛られる時代性からも彼らの思考は独立していき、永遠をただの観念から現実的に体験できるものへと変えた。彼らのニュータイプ研究は、ヘルメス財団の理想の中に巧みに隠され、時限的に発動するようセットされた。その動きを察知した500年前のビーナス・グロゥブ総裁ラ・ピネレは、トワサンガのカール・レイハントンと彼の賛同者たる内部の協力者を洗い出す組織を秘かに作り上げた。その組織は、肉体の限界性によって時間とともに忘れられていったが、ただひとり、たぐいまれなニュータイプ能力を持つ人物によって継承された。それがジムカーオであった。

ジムカーオはヘルメス財団の裏の組織であったジオンシンパを監視しつつ、その復活の阻止を遂行しようとした。だが、彼がその任務を負っていることを知っている者はもはや世界に存在せず、彼は誰のために自分が働いているのかわからなくなっていた。そんな彼が自分のアイデンティティを求めたのがクンタラというジオンの対極にある肉体維持派の集団であった。

クンタラは、人間が肉体を維持するために地球環境に負荷を与え、環境を汚染することに何ら注意を払っていなかった。彼らは地球の存在を忘れていた宇宙いおいてさえクンタラであり続け、いかなる人工的な観念にも与せず自然主義を貫き通した。彼ら自身、なぜそうあろうとしているのか記憶している者はいない。彼らは差別され、排除され続けてきたがゆえにクンタラであり続けた。

肉体維持派である彼らは、500年前にメメス博士によって肉体を放棄する思想を持つジオンと手を組み、ジオンの守護する地球の乗っ取りを画策した。彼らクンタラは支配者たることは望まず、肉体とともに精神を反映される土地を求めた。思念体に進化したジオンによる地球支配は彼らには関係なく、300年ののちにはクンタラは生存可能地域のすべてに満ち、ときおり姿を現すジオンのアバターともにこやかに交流している。肉体の限界を持つ彼らは高度な文明を求めず、歴史にも関心がないゆえにリギルド・センチュリーはとっくに潰え、新暦も制定されていなかった。

それが地球が歩んだ正史であった。

歴史は、ジオンの観察においてはすでに確定していた。ただ、カルマの崩壊が起こったわずかな時間の中では、のちの世界を変えてしまうかもしれない大きな揺らぎが存在していた。ジオンはその揺らぎをようやく観測するに至り、カルマの崩壊を安定させるべく調整者として時間に関与していた。

大きな時間の揺らぎの中で、アメリアには多くの人間が参集していた。

「リリンが誘拐された?」と、叫ぶなりウィルミットは気を失った。

ウィルミットはベルリとハリー・オードに身体を支えられてテントの下へ運ばれていった。アイーダはノレドに質問をした。

「わたしも一瞬ですが、そのガンダムという機体を目撃しました。フォトン・バッテリー仕様のものとは一回り大きさが違いましたね。カール・レイハントンという男が乗っていた赤いモビルスーツと同じくらいの大きさでした。いまの話では、ガンダムはベルリにしか動かせないはずなのに、どうしてその男は操縦できたのでしょう」

「それはわかんない」ノレドは頭を掻いた。「ゴンドワンの兵士ってわけじゃなさそうだったし、どこの誰なのか見当もつかない。ただ当たり前のようにガンダムを操縦してどこかに飛んで行っちゃった。ひょっとしてアメリアへ来ていないかって淡い期待があったんだけど・・・」

「どうしてこう立て続けにいろんなことが起きますかね」

「姉さんにはこの状況の打開策ってわかりますか?」ベルリが尋ねた。

「ベルリの考えている解決策には遠く及びません」アイーダは溜息をついた。「ベルリはビーナス・グロゥブやジオンの理想を越える理想を提示することが、状況の打開に繋がると考えたのでしょう? そのような志の高い解決策に、わたしの考えなど・・・。いえ、でもそうもいっていられないですね。とにかくアメリアの政治家としては、フルムーン・シップの爆発だけは阻止せねばならない。すべてはそのあとです。それには、ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンに相まみえて考えを思いとどまってもらうしかない。ラライヤとウィルミット長官の話を精査するに、カール・レイハントンのラビアンローズに遅れてビーナス・グロゥブ艦隊はやってくるようです。ということはいまからラ・ハイデンに会って、フルムーン・シップの自爆を止めてくれと頼む時間はないはずです。だとしたら、実力行使でフルムーン・シップを奪って、フォトン・バッテリーの搬出を阻止せねばならない。ここにはいませんけど、クリムの話を聞く限り・・・」

「クリム!」ベルリとノレドが同時に叫んだ。

「そうなんです。それだけじゃありませんよ、ミック・ジャックも一緒で、いまメガファウナの再武装を手伝ってもらっています。クリムの話では、フルムーン・シップには多くのクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいて、マニィという人物も一緒だったと」

「マニィ・アンバサダ・・・」

「操舵士はステアです。だからステアがもしかしたらアメリアの窮状を救うためにフルムーン・シップを運んできたかもしれないと想像しているのですが・・・。あとは、マニィが地球に来ているということは、マスクも何かの形で関与しているはずです」


2,


アイーダの話に聞き耳を立てていたカリル・カシスは、ルインとマニィが地球に戻ってきたと知って内心の興奮を抑えきれなかった。

「あのふたり、フォトン・バッテリーを盗んで、そのエネルギーを使ってキャピタルを再び制圧するつもりだったんだ。間違いない。でも、宇宙船が自爆させられるとは聞いていなくて、ドカン! バカな奴らだ。でもさ、恐怖の大王の正体はわかったってもんだよ」

「そんな早急に結論出して大丈夫ですか、姐さん」

「恐怖の大王はなんでもいいのさ。爆発のことでも、ビーナス・グロゥブ艦隊のことでもさ。要するに爆発が原因で人類は絶滅する。メメス博士が大変なことが起きるって言い遺したのは、きっとこのことだ。でも、タワーだけは無事なんだよ。地球に何が起こっても、タワーとてっぺんのザンクト・ポルトだけは無事。あたしたちはそこへ行きゃいいわけさ」

「あいつらに目をつけられてますけど、キャピタルまで戻れるでしょうか?」

「ステアって子がフルムーン・シップの操舵士をやって、フォトン・バッテリーをアメリアへ運んで来ているってアイーダは思ってる。ってことは、メガファウナを始め、艦隊はフルムーン・シップ制圧のためにアメリアへ残すはずだ。ビクローバーの消されてしまった古代文字の話を持ち出して、それをあたしたちが調査するって申し出れば、きっと先にキャピタルに送り込んでくれるはずさ。そしてあたしたちはクラウンで宇宙を目指す。クンタラの数を維持するのに男はいらない。クンタラの女だけキャピタルで搔き集めて、みんなでザンクト・ポルトに上がって、のんびり人類絶滅を待つさ」

クンタラの女たちを集めて作戦会議を開いていたカリルのところに、思わぬ来客があった。ドアの向こうに立っていたのは、ウィルミットであった。

「あら、長官自らこんなむさくるしいところへ。もしや、また逮捕ですか。しかも別件で」

「いえ」ウィルミットは背筋を伸ばしたまま首を横に振った。「実はあなたと取引しに来たのです」

「ほう」

「あなたはいま、どうやってザンクト・ポルトに上がろうがと考えていたでしょう?」

「なんでそんなことがわかるんです」

「それについては言えませんが、あなたはこの先、キャピタル・テリトリィに戻ってクンタラの女たちを集めて、そのままタワーでザンクト・ポルトに逃げるはずです。もうその算段について話し合っているはずですよ。現在タワーはその電力を市中に回すために運航を停止しているところですが、もしこちらが出す条件を呑むというのなら、あなたのためにクラウンを出してもいい。条件は、わたくしの同行を認めること。それから、この先何があってもリリンを守るということ。リリンは、わたしの娘です。いまは行方不明になっていますが、あの子は必ず戻ってくる。わたしはあの子さえ無事なら自分はどうなってもいいけれど、無事を確認するまでは何としても生きていたい」

「ってことはやっぱりこの世界は滅びるんだね」

「可能性は高いとしか申し上げられない。あなた方は、どんな理由かは知りませんが、ザンクト・ポルトが安全だと知っていた。だからそこに逃げようとしている。あなたたちの中に、ぜひリリンを加えてもらって、可能であれば彼女をビーナス・グロゥブに行かせてあげて欲しい」

そういうと、ウィルミットはリリンの写真を取り出してカリルに渡した。それを複雑な表情で受け取ったカリルは、しばし眺めてから胸の間にしまった。

「小さな子供ひとりくらいなら仲間にしてやってもいいさ。ビーナス・グロゥブのことはあたしじゃ約束できない。それでいいかい?」

「承知しました」

それだけ告げると、ウィルミットは出ていった。

「あの女、ずいぶん弱ってるね」カリルがいった。「鉄の女かと思っていたけど、案外子供に支えられている普通の女だったってことかい? 悪いことじゃないけどね」

宇宙からの入植希望者を歓迎するレセプションが終わり、夜となった。

元々アイーダはこの歓迎レセプションをゲル法王の新教義のお披露目会にするつもりだった。法王はすでにアメリア各地を説法会で回っており、スコード教とクンタラがアクシズの奇蹟に端を発する同根の宗教であることを広く世界にアピールし、自身が唱える国際協調主義による世界平和に繋げるつもりだったのだ。

それゆえにグールド翁を始め、アメリアのクンタラの重鎮もレセプションに呼びつけていた。ゲル法王とアメリアのクンタラは終始にこやかに会談を行ったが、同席したアイーダはアメリアのクンタラの中に法王への強い反発があることを感じ取った。アメリアのクンタラはスコード教との融和を望んでいなかった。彼らは被差別者である立場から、一般民衆を教化する立場にあるとの姿勢を変えず、自分たちが行う、教育という名の押し付けを止めるつもりはなかった。

「教育とは、究極的には答えへの辿り着き方を教えるもので、答えを洗脳的に押し付けるものではないはずです。教育に答えが用意されているのは、正しい解き方が正答に結びつくことを教えるための訓練だからです。大学に入れば、正答を得るための解き方から考えなければいけない。グールド翁らはなぜ自分たちの考えを完全に正しいものと決めつけて、自分たちを理解した者を正しく、理解しない者を誤っていると決めつけるのか。答えがわからないから教育があり、民主主義があり、自由がある。絶対的に正しい答えがあるなどと傲慢な姿勢を貫けば、教育も民主主義も自由も死にます。グールド翁らがやろうとしていることは危険極まりない振る舞いです」

アイーダは思うに任せない世界で政治家でいる鬱積をベルリとノレドにぶつけていた。予定通りに事が運べば、アメリアのクンタラが世界に先駆けてスコード教との融和を訴え、クンタラ解放戦線の残党の武装解除に繋げられるはずだったのに、そうはいかなかったのだ。彼女は自分が掲げた国際協調主義という理想すら本当に正しいのかどうかわからなくなってしまっていた。

ノレドがいった。

「世界には様々な理想があって、人間はそれそれの考え方で幸福を追求しようと頑張っているのに、誰も幸せになっていない。それどころか戦争ばかり。考え方が違っていて、どちらが正しいかわからないから、暴力で何かを決めようとする。勝利の興奮に幸福を感じる人すらいる。地球がこんな有様じゃ、ビーナス・グロゥブの理想の前に屈服するしかないし、ジオンの理想だって止められない」

「アースノイドであるぼくらは、スペースノイドの理想に従うしかないのだろうか」ベルリは沈鬱な面持ちで呟いた。「このままでは、地球に大勢の犠牲者が出る。まずはフォトン・バッテリーの爆発を止めるしかないけれど、それを止めたところでフォトン・バッテリーは供給されず、地球は氷河期に突入して多くの人命が潰える。ぼくらはそれを怖ろしい誤った未来だと信じて回避しようとしているけれど、ラ・ハイデン総裁はヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類の死を悼む気などない」

「地球はまた暗黒時代に戻っちゃうんだね」ノレドは泣きそうな顔で溜息をついた。「このことをクンタラの人たちが知ったら、また自分たちが食人の犠牲になると考えて、どんな手段を使ってでも自分たちを守ろうとする。この対立は終わらないよ」

「地球人には何が足らないのでしょう?」

「足らないんじゃないよ、姉さん。足らないんじゃなくて、ありすぎるんだ。地球は恵まれすぎていて、個人尊重主義がはびこりすぎている。恵まれているから、幸福追求権が個人に委ねられている。宇宙ではそうじゃないんだよ。宇宙は全体繁栄主義だ。それは、恵まれていないから、全体の繁栄を目標にして個人に義務を課す体制にならざるを得ない」

「全体主義ですか・・・。たしかに地球では全体主義は忌むべきものとされていますね。でも、全体繁栄主義といわれれば、手段のひとつだとわかる・・・。まさかアメリアの政治の根幹である個人主義、個人尊重主義が根本的な対立原因だとは思いもしませんでした。ベルリとノレドさんが来てくれて助かった。わたしひとりだったらとてもこの状況に対処できなかった・・・」

アイーダは、右手で頭を支えながら机に肘をついた。答えはまるで見えてこなかった。


3,


「時間を遡る現象は、いわゆるタイムスリップ現象ではなく、ニュータイプの共感能力の延長上にあるもののようです。過去の特定の時間に存在した人間の感情と共鳴することで、その時間に思念が留まるのです。わたしたちの単独の思念だけではそれを達成することは難しく、サイコミュによる増幅が不可欠となります」

300年後の世界に戻ったカール・レイハントンらは、ある特定の時間に思念が引き寄せられる現象についてヘイロ・マカカの調査報告を共有学習していた。

「面倒なものだ」この時代にカイザルと呼ばれる青年が呟いた。「思念体として存在するとこうした特異な現象について調査することができない。アバターを使うと共有が完全ではなくなる。結局のところ、物事の解釈というのは観測者の存在に大きく依拠する。神のように完全な観測というものは存在しないのだな。肉体という不完全な道具からは、不完全な観測しかできないということか」

チムチャップ・タノも加えた3人は、共有したサイコミュに繋がれた状態で、言葉を使って会話をしながら、共有した思念のすり合わせをしていたのだが、ひとつの事象について観測結果が大きく違うこともたびたび起こり、カイザルが望むアムロ・レイとの再会はいまだ実現していなかった。

「カイザルが求めるアムロ・レイという人物についても、情報を共有しているのにわたしやヘイロにはまるで存在を検知できない。アムロなる人物の思念を察知できるのがカイザルだけというのもおかしな話ではあります。存在を検知しているということは、彼もまた思念状態になっているはずなのに」

「あいつは宇宙世紀0093年に爆散して死んでいる。わたしのように残留思念がサイコミュに回収された記録もない。それなのに、外宇宙へ逃亡したジオンが地球圏に戻ってきたとき、あいつの存在を確かに感じた。あいつはずっとここに留まっている。わたしたちは暗黒時代の地球のことを知らないが、あいつは知っている。文明が潰え、人々が醜い共食いをしていたときさえあいつはここにいたんだ。まさかわたしの帰りを待っていたわけではないだろうが、それだけの時間、誰にも糾合されず思念体として存在できることなどあるのだろうか。いや、あいつならできると思いたいが」

「問題点はふたつあります」ヘイロが続けた。「いまお話にあったような長期的な固有思念の継続とそれが出現する問題。もうひとつは、300年前に起こった出来事です。300年前の地上生物の絶滅時になぜ多くの人間の思念が塊となって特異な世界の構築に繋がったかということです。生物の絶滅から半年ほど前まで、歴史に重なるようにもうひとつの世界が存在している。結局それは生物の絶滅に大きくは関与できず、大爆発とともに消え去ってしまうのですが、あの時間にだけ巨大な思念の塊があって、思念体のみで構成された世界が存在している。ベルリとアムロはあの場所でしか観測されなくなってしまった。特にベルリの問題は深刻で、あの子はアムロのように思念体ではない。肉体を持っているのです。いくらガンダムがあるとはいえ、あのように情報でしか存在しない場所に肉体を持ったまま入り込むなんてことがあるのかどうか」

「カイザルがお戯れにガンダムなど与えるから」

「しかし、ガンダムが与えられたことで、ベルリくんはより絶望を深くしたはずだ。わたしが大罪を犯すに至った絶望を、ベルリや、あるいは必ずいるはずのアムロが共有してくれれば、わたしたちの対立は終わる。あのとき死んだすべての人間が、この美しく生まれ変わった地球の観察者となって蘇るだろう。わたしたちジオンは、歴史に黒く塗られた汚名を雪ぎ、美しき地球の守護者として、地球へ帰還してくるあらゆる者らを排除し、地球の守護者として新たに名を刻むことが出来る。これはザビ家によって名を汚されたジオンの使命である。だが、あいつはまだそれを阻もうとしている」

「お感じになるので?」

「無論だ」カイザルは爪でサイコミュの縁をコツンと叩いた。「あれは、まだ何かをやろうとしている。思念だけで作られた仮想空間のような場所から一体何が出来るというのか。わたしはできることならあの場所を壊してしまいたい。あの時空間そのものをだ。あれがある限り、アムロとベルリはジオンの悲願の妨げとなるだろう。永久にあの場所に留まらせておくのも人道的ではない」

「いずれにせよ、実体としてのアースノイドはあの大爆発で絶滅するはずです。あの時空間も大爆発以降は存在しない。観察者がいなくなったのだから当然ですけれど。何も怖れることはないはずですが、カイザルにしか検知できないアムロという人物はジョーカーです。たしかに時空間ごと消し去れば、我々の憂いはなくなろうというもの」

「予定通りガンダムを消滅させればあの時空間を支えるものはなくなり、消え去るはずです。あの機体はカイザルと同じで実体として存在しているのはサイコミュチップだけ。あのベルリという子が乗っていてくれればいずれはアムロ・レイがあの機体と同一化して相まみえることもあるでしょう」

「300年前に1度だけアムロと一体化したガンダムを狩るチャンスがありましたね」

カイザルは顎に親指を当てて古い記憶を手繰り寄せた。

「ああ、あのときは不安定ではあったがたしかにガンダムのサイコミュの中にアムロの存在を感じた。しかし、ラライヤという者が邪魔をして挙句はジャンプされてしまった。ラライヤは使い道がなくなって捨てる形になったが、あのときなぜヘイロはラライヤを使おうとしたのか」

「肉体の再現に失敗して、なぜかサラ・チョップの身体に思念が入ってしまったのです。彼女は華奢すぎてとてもじゃないけれどモビルスーツの操縦には適さなかった。そこでモビルスーツ操縦者であった彼女をカイザルの護衛として一時的に使ったのです」

「サラの肉体はどうしたのだっけ?」とタノが尋ねた。

「有機転換したはずでは? 自分で処理した記憶はないですね」

「どちらにせよ、あれはしょせんアバターであってサラではない。サラの遺伝子で作った肉人形だ。ヘイロの思念がここにある以上、あの身体がどうなろうと気にすることなどない。とっくに滅びているだろう。それよりも、300年もかけてようやくあの思念の塊を解読したのだ。必ずガンダムを捕らえて、アムロの希望を打ち砕き、ジオンの正しさを認めさせてやる」

そうカール・レイハントンであった存在が話すように、サラ・チョップの肉体はとうの昔に滅んでいた。彼女の肉体が滅ぶのはこれで2度目であった。父親によって遺伝子情報の中に記憶情報を書き込む能力を持っていた彼女は、ラビアンローズの生体アバター生成プリンタでヘイロの肉体として再現されたが、ヘイロの思念が離れたのちは独立してザンクト・ポルトに逃れていた。

カリル・カシスを従える形でザンクト・ポルトに君臨した彼女は、表向きはひとりのクンタラとして短い生涯を繰り返しながら、永遠の命を生き続けていた。

大爆発から20年後のこと、カル・フサイの協力で生体アバター生成プリンタを完成させた彼女は急速に衰えた古い生体アバターを捨て、2度目の生を終え、すぐに3度目の生を迎えた。遺伝子情報の中に記憶情報を書き込むことが出来る彼女は、肉体を再生させることで永遠の命を得ていたのである。

サラ・チョップはいった。

「強化人間を研究していたジオンにありながら、その研究の継続に関心を払っていなかったシャアはやはり甘い男だ。それにしてもラライヤはあの男を葬るのにいつまでかかっているのか」


4,


アメリアにおいてアイーダを中心とした極秘裏の作戦会議が行われた。

参加者はアイーダをはじめとするアメリア軍の上層部、キャピタルの代表としてウィルミット・ゼナムとゲル法王。ムーンレイス代表としてハリー・オード。クンタラ代表としてグールド翁。クンタラ研究者としてキエル・ハイム。トワサンガ代表としてベルリ・ゼナムとノレド・ナグであった。各国の代表はもちろん、アメリア議会の人間も作戦会議には参加していない。

当面の目標として、6日後にやってくるはずのフルムーン・シップの爆発を阻止することが最重要課題とされた。まずはそれを阻止して、次いでビーナス・グロゥブ艦隊ラ・ハイデンの説得を成功させねばならない。もしこのふたつを阻止することができたなら、全球凍結まではまだ時間がある。その間にカール・レイハントンの野望を阻止する方策を考えることになった。

「フルムーン・シップの大爆発は、積載したフォトン・バッテリーを無許可で搬出することを原因とした自爆によって引き起こされます。フルムーン・シップ内部の様子は残念ながら不明な点が多い。乗組員はビーナス・グロゥブ半数、クンタラ解放戦線半数です。操舵士はステア。クンタラ解放戦線のマニィ・リーも乗っています。まず、万が一のことを考え、ゲル法王猊下、ウィルミット長官らをザンクト・ポルトに派遣し、ラ・ハイデン閣下の説得要員とします。これは人類の一部を避難させるわけではないので、各国要人などを宇宙へ逃がす段取りは一切行いません。あくまで地球圏へ初めていらっしゃるラ・ハイデン閣下の歓待という名目です。それには、キャピタル・テリトリィの代表団が歓迎するのが筋でしょう。長官と法王をザンクト・ポルトに上げるのはそうした理由です」

アイーダの発言を遮るように、ウィルミットが手を挙げた。

「そのことなのですが、法王猊下とスコード教団の方々だけでは歓迎式典の準備をするには心もとなく思います。やはりその道のプロに手伝っていただきたい。そこで、現在アメリア在住で元キャピタル首相の政策秘書を務めていたカリル・カシスの同行を認めていただきたい」

「カリル・カシス・・・」アイーダは訝しげな顔になった。「確かに彼女はイベント会社を経営しておりますが、彼女でいいのですか?」

「ええ、ぜひ」ウィルミットはそれだけ言うと口をつぐんだ。

「・・・わかりました。では、ラ・ハイデン閣下の歓迎式典に関する事柄は、ウィルミット長官に一任いたします。歓迎式典に必要な人選をキャピタルにて行い、万が一に備えて出来れば4日以内に出港していただきたい。では、お願いできますか?」

アイーダが頷くと、ウィルミットは押し黙ったまま立ち上がり、困惑するベルリと目を合わせようともせずに、ゲル法王を伴って部屋を出ていった。

「母さんはいったいどうしちゃったんだ?」ベルリはノレドに耳打ちをした。

「きっとリリンちゃんのことが堪えているはず。ベルリのお母さんには考えがあってやってるんだし、あたしたちは・・・」

コホンとアイーダが咳払いをして続けた。

「考えたのですが、歓迎式典目的とはいえ、まったく護衛をつけないわけにはいかない。かといって軍隊を用意してはどんな誤解を受けるかわからない。そこで、G-アルケイン1機だけタワーに乗せて宇宙へ上げようと思っています。操縦者はラライヤ・アクパール。彼女が乗っていたG-セルフはベルリ・ゼナムに搭乗していただきます。ラライヤはここにはいませんが、すでに通達はしてあります」

アイーダがラライヤを選んだのは、彼女が大爆発を宇宙から眺め、その後に何が起こったのか知っているからであった。ウィルミットは未来の自分が自死を選ぶイメージは見たが、未来に何が起きたのか正確に理解しているわけではない。いまこの場所には時間軸と一緒に生きている人間と、時間を飛び越えてきた人間が存在しているのだ。ラライヤにはウィルミットのサポートが期待されていた。

「次に軍事展開についてお話いたします。現在アメリアは以前のような強大な軍隊は保持しておりませんが、幸いなことにムーンレイスのハリー・オードがムーンレイス艦隊を無傷のまま地球に降ろしてくれました。このムーンレイス艦隊を使って、フルムーン・シップに先駆けて地球に降りてくるというルイン・リーの捕縛に充てたいと思っております。順序としては、ここ数日、もしくはすでに降下しているかもしれませんが、ルイン・リーは高速巡洋艦を奪い、フルムーン・シップより先に大気圏へ突入してくるというのです。彼の捕縛と説得があれば、フルムーン・シップにいるマニィ・リーを説得することが容易になります。そこでハリー・オードにムーンレイス艦隊を率いていただき、ルインが奪ったという高速巡洋艦を発見して捕まえていただきたい。彼はスコードとクンタラが同根であるというゲル法王の新教義のことを知りませんから、キエル・ハイム女史に協力をいただき、彼の説得に当たっていただきたい。彼はビーナス・グロゥブ製の新型モビルスーツ・カバカーリという機体を持っているらしいので、十分に注意して任務にあたってください」

話を聞いたキエル・ハイムとハリー・オードは立ち上がり、部屋を出ていった。

「そしてこれだけの人が残ったわけですが」アイーダはホッとして席に座った。

「わしがいったいなんでこんなところに呼ばれておるのかわからんね」グールド翁は不満げであった。「人類が絶滅するなどと知ったような話ばかり。全人類が死ぬなど起こり得るはずがないではないか」

ベルリとノレドは、これがグールド翁かといささかげんなりした。彼らふたりは、東アジアにおいて彼の投資会社が現地で多くのトラブルを起こしているのを目にしてきたからであった。ハッパはグールド翁の投資姿勢に正当性を見い出していたが、現地の人間の感情を無視したそのやり方に、ふたりは大きな反発を感じていた。

「順序立ててお話いたします。ベルリとノレドは、アメリア艦隊とともにフルムーン・シップとのランデブーに参加していただきます。大気圏突入を果たしたフルムーン・シップは、減速にかなりの時間を要します。この間にメガファウナとともにランデブーを行い、ブリッジの人間を説得していただきたい。乗員たちはおそらくフォトン・バッテリー搬出が艦の自爆のトリガーになっていると知らない。検討したところ、誰もフォトン・バッテリーが搬出された経緯を知らない。大気圏突入からどれほどの時間で爆発が起こるのか誰にもわからないのです。もし任務に失敗したら、真っ先に爆風によって死んでしまう危険な任務です。この仕事は、本来わたしたちアメリア艦隊が行うべきものでしょうが、艦の内部で何が起こっているのかわからない以上、マニィ・リーと面識があるノレド、ビーナス・グロゥブにトワサンガの代表だと思われているベルリの参加は不可欠だと判断しました。アメリア軍はベルリ・ゼナムの指揮下に入り、ベルリの命令で任務を執行いたします。よろしいですね」

「それはもちろん。まずは爆発を食い止めないとどうしようもない」

そういうとベルリとノレドも席を立った。部屋に残されたのは、アメリア軍の上層部の人間とグールド翁だけとなった。

「穏やかではないね」グールド翁は緊張の面持ちで軽口を叩いた。「何が聞きたい?」

「ベルリの話で、グールド翁のところにジムカーオという人物がいるとお聞きいたしましたが」

「ああ、あいつか」意外といった顔でグールド翁が応えた。「人は死んだらひとつの意識になるだの、もうすぐカルマの崩壊が起こるだのとわしを洗脳するようなことをいうので馘首にしたよ。その男がどうかしたのか?」

「ジムカーオは類まれなニュータイプで、彼の言うことは本当のことです。彼はあなたに重要なことを伝えようとしたのに、あなたは聞く耳を持たなかった。わたしたちスルガン家は、父親の代からずっとアメリアのクンタラの身分向上について便宜を図ってまいりました。しかし、そうした個人を尊重するやり方では埒が明かないのだとわかったのです。あなた方はもうクンタラではない。アメリア人です。特別な便宜はもう致しません。みなさんが行っているアメリア人の子弟に対する教育と称する特別な授業もすべて廃止いたします」

「そんなことが許されるのかな?」グールド翁は挑戦的に、まるで威嚇するように怒鳴った。

「言ったでしょう? もうあなた方のそうした態度はわたくしには通用しません。個人は全体の繁栄に尽くすのでなければ、氷河期時代は生き残れない。クンタラに与えていた特別な権限は一切合切剥奪させていただきます。たとえそれで私が議会に議席を失おうとも、いままでのやり方では人類は生き延びていけないのです」


次回、第47話「個人尊重主義」後半は、9月15日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第46話「民族自決主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第46話「民族自決主義」後半



1、


夜も更けたころ、アメリア上空にメガファウナが戻ってきたとの知らせが軍よりもたらされた。ザンクト・ポルト、ムーンベース、トワサンガの定期便として運用していたメガファウナがなぜ大気圏に突入してきたのかアイーダは不審に思ったが、オルカまで一緒だったので胸騒ぎは大きくなった。

その予感は的中した。

オルカから降りてきたハリー・オードは、トワサンガがカール・レイハントンなる初代トワサンガ王を名乗る人物に奪われたと報告した。アイーダは頷き、ディアナは腕を組んだ。ディアナはキエル・ハイムであることをしばし忘れて、ディアナ・ソレルとしてハリーに尋ねた。

「それで生き残りの移民を乗せてきたというのですね」

「はい」ハリーは面目なさげに応えた。

「移民の皆様の寝床はなんとか確保いたしますが、ホテルに収容できない分は野営で我慢してもらいましょう。それより、参加人数が増えたとなると明日の歓迎レセプションの食事が足りませんね。イベント運営会社の方とお話いたさねば」

アイーダはウィルミットに向けて頷いた。イベント運営会社の社長とはカリル・カシスのことである。ウィルミットは彼女にクンタラが何を知っているのか探りを入れることになっていた。

「その前に」アイーダは大きな声であちこちに指示を出しながら軍の司令を呼び出した。「海賊船のメガファウナの扱いが難しいのはわかりますけど、いまはそんな手続きにかまけている暇はないのですよ。メガファウナをもう一度戦える船にします。時間は1週間しかありません。いいえ、整備兵が足らないのはよくわかっています。しかしいまは黙って仕事をしてください」

そこに、ゲル法王とジット団のメンバーが揃って到着した。ジット団のメンバーを見つけたアイーダは、これ幸いと彼らにメガファウナの改造を頼んだ。キャピタルで心底地球の戦争の怖さを体験したジット団メンバーはすっかり反戦主義者になっていたのだが、アイーダ直々の申し出を断るわけもいかず、また根っからのエンジニア集団でもあったので最後には快く引き受けることになった。

手続きに戸惑っていたドニエルもアイーダのところに呼び出された。

「姫さま、実は宇宙で大変なことが」

「その話をする前に、メガファウナのフォトン・バッテリーの残量について教えてください」

「メガファウナの?」

不意を突かれたドニエルは慌ててブリッジに連絡を入れた。すると、尽きかけていたフォトン・バッテリーの残量はフル充電状態になっているのだという。

「やはりそうですか」アイーダは顎に手をやった。「わかりました。報告は後で聞きます。それより申し訳ありませんが、ドニエル艦長にはメガファウナの再武装を急遽やって欲しいのです。メガファウナの元のスタッフはいま手配していますし、ジット団の方々も手伝ってくれます。出来れば3日で完成させてもらえませんか。砲門などはあります」

「いや、え? それは承知しますが、いや、それよりベルリより伝言があって『メメス博士の痕跡を探せ』と。実は宇宙で・・・」

「ベルリのことは承知! 艦長はメガファウナの再武装に取り掛かってください。時間はありません。ラライヤ、ラライヤはいますか? メメス博士とは、キャピタル・タワーの建設責任者でしたわね。あなたの記憶では」

「ええ、そうです」ラライヤが応えた。「タワーだけじゃなくて、シラノ-5の建設責任者もメメス博士です」

「では、タワーとシラノ-5に何か痕跡があるはずですね。わかりました」

ラライヤをホテルに戻したアイーダは、その足でウィルミットとともにゲル法王に面会した。いささか疲れた様子の法王は、いまにも眠り出しそうな様子であったが、アイーダの言葉を聞いて目が覚めたように飛び上がった。

「なんとおっしゃられた?」ゲル法王は信じられないといった口調で尋ね返した。「スコードとクンタラはやはり対立関係にあると? いったい何を根拠に」

「ニュータイプに対して科学的アプローチをした人たちと、自然的なアプローチをした人がいたんです。科学的にニュータイプ研究を行ったのはジオン帝国。ゲル法王ならばご存じだと思いますが」

「宇宙世紀の話ですね」

「ええ、詳しい話はのちほど」

状況は激しく動いた。アイーダには自分がやっていることによって、本当の歴史が変わっているのかそれともそのままなのか確かめるすべはない。本当の自分はドニエルの言葉にどのように反応して何を指示したのか確かめようがないのだ。それでも彼女は自信を持たねば指揮を執れない。

ディアナが彼女の傍に寄り添った。

「メメス博士のことを思い出しました。カール・レイハントンはふたりの女とエンジニアも兼ねる博士とその娘の軍医だけのチームで、あとは必要に応じて生体アバターを作り出して対応していたのです」

「たった4人!」

「カイザルという機体は、ムーンレイスの技術はおろか、フォトン・バッテリー仕様のモビルスーツでは歯が立たないでしょう。戦って何かを得ることはできませんよ」

「それは承知しておりますが、実は1か月以上前にベルリが1度戻ってきていて、そのあとどこへ向かったのかわからないのですか、ベルリもまたレイハントンと同等の性能を持つ機体に乗って戦っていたのです。弟のサポートをしないと・・・、嫌な予感がするのです」

「そういうことでしたら・・・。幸いムーンレイスの艦隊は武装解除したものを除けば無傷のようです。ハリーは賢明な判断をしてくれました。カール・レイハントンは、争って勝てる相手ではないのです。とりあえず艦隊を無傷で地球に降ろしただけでよしとせねば」

「ディアナ閣下はあのような話を聞いていかがなさるおつもりで? わたくしはクンタラの研究者としてあなたにはアメリアのクンタラにお会いしていただこうと思っていたのですが」

「それはゲル法王の新しい宗教解釈について何か意見しろということでしたね。でもそれは、いまとなっては意味がないことではありませんか。スコード教とクンタラは対立するものであるというのがあなたの見解でしょう? ニュータイプの解釈を科学的に進めたジオンと、自然に任せるべきだとしたクンタラとの相違だと。わたくしもちょっと考えてみましたが、反論する点はないと思いました」

「問題は、わたしたちの大部分がスコード教信者で、クンタラはごく一部の人間だということです。クンタラの人たちは虐げられてきたので、自分たちさえ生き残ればいいと考えてしまいがちです。民族自決主義とでもいうのでしょうか。自分たちの生存が優先で、広く世界を捉えることをしない。それを咎める資格がわたしたちにあるのかどうかわかりませんが、スコード教信者も含めて救う方法を考えてはくれない。ゲル法王のようには発想してくれないのです」

「あなたはクンタラの独善は認めないが、クンタラと戦うつもりもないのでしょう?」

「もちろんです。同じ人間ですから」

「だったら、まずはカール・レイハントンのことを何とかして、もし上手くいったらラ・ハイデンという人物を説得して地球への攻撃を中止してもらうしかないですね。そのときは、あのゲル法王という人物も役に立つでしょう。わたくしも、ディアナ・ソレルとしてラ・ハイデンとまみえましょう」

「あの」ウィルミットがドア越しに顔を覗かせた。「早くしないとカリル・カシスが明日の準備を終えて撤収してしまいます。参加人数が増えたといって足止めしてますがこれ以上は」

「よし、行きましょう」

ディアナはいったん退いた。アイーダはウィルミットと連れ立つと、多くの警官隊を従えて歓迎レセプションの屋外会場に乗り込んだ。

「カリル・カシス以下10名。キャピタル・テリトリィのウィルミット・ゼナムの申し出により、国家財産棄損罪で逮捕いたします」


2,


ベルリ、ノレド、リリンの3人は、再びゴンドワンにやってきていた。到着したのは夜更けで、空には月が輝き、リリンは寝息を立てている。ベルリとノレドは、このままガンダムにリリンを乗せていては危険だと判断して、子供が君主として扱われているゴンドワンの地位ある人間に彼女を預かってもらおうと考えていた。

リリンは承服しなかったのだが、何を思ったのか激しくは抵抗せずにゴンドワンについてきた。リリンの顔を見ていると、何としても人類の滅亡だけは避けねばならないとふたりは決意を新たにした。

ノレドは日記とにらめっこして神妙な面持ちでベルリに告げた。

「フルムーン・シップの大気圏突入までおそらく1週間。もうそろそろアメリアへ入らないと間に合わないかもよ。アイーダにいろいろ知らせなきゃ」

「うん」ベルリは頷いた。「でも、この間の地球の歴史がどうなっているのかぼくらにはわからないし、いつカール・レイハントンに発見されるかもわからない。そろそろなのはわかっちゃいるけど」

ベルリにはリリンが言ったガンダムこそがカバカーリだという話が気に掛かっていた。クンタラの守護神カバカーリは、スコードを倒してしまう神なのだろうか? 自分はそれに乗っていていいのか。

「でも、スコードって人工宗教なんでしょ?」ノレドが意外なことを口にした。「トワサンガでいろいろ調べているときにラライヤとたくさん話したんだけど、スコードって絶対的な存在があると見せかけるためにビーナス・グロゥブに定住した外宇宙からの帰還者たちが作った宗教で、すべての神々を糾合したものだって。多神教にすると分裂の危険があるから、スコードに統一してある」

「ノレドまでそんなことを考えるようになったのか」

「クンタラはそこに入れてもらえなかったからね。ウチはスコード教に改宗したけど、クンタラだからって差別はされるし、宙ぶらりんなまま。でもいろいろ考えさせられることがあって、メメス博士はそういうすべてのことを逆手に取って、差別されるのならば、自分たちだけ生き残るように利己的な行動を取ってもいいだろうと考えたんじゃないかな。メメス博士にとって、差別はチャンスだった」

「そんな気もしなくはないよ」ベルリは同意した。「彼は人間の短い一生で、シラノ-5とキャピタル・タワーを建造した。その間に娘のサラを亡くしながら、淡々と働き続けた。それらはすべてクンタラのため。人類の滅亡を見越した上のこと。圧倒的な力を持つカール・レイハントンにすら臆することなく交渉している。差別をされるということは、パージされるということだ。仲間外れにされたとき、仲間に入れてくれと懇願する場合と、仲間だけで固まって相手に反撃する場合があるだろう。共存を模索すればずっと差別される状況と戦わなくちゃいけない。メメス博士は、反撃を選んだんだ。あの人にはニュータイプの資質はまるでなかったというから、知恵と執念だけで、非クンタラすべてと戦っていたんだろうな。すべてのクンタラは、民族自決主義に偏る傾向がある」

翌日、ふたりはリリンを連れてゴンドワンの議会を再訪した。しかし、議会はついひと月前とはまるで様相が変わってしまっていた。人々はピリピリして、口数が少なくなっていた。以前相手をしてくれた人らは退職していなくなっており、ベルリたちは何が起こったのかわからず途方に暮れた。

リリンをガンダムのコクピットに残したまま、ふたりは交渉の窓口を探してあちこち訪ね歩いた。

どこへ行っても門前払いを食って困っていると、路地裏から彼らを呼び止める声がした。警戒してのぞき込むと、呼び止めたのは以前議会に彼らを案内した女性であるとわかった。彼女はわずか一か月で見違えるようにみすぼらしくなっており、仕事を失ったのだなとすぐに分かった。

「いったいゴンドワンで何が起こったのです?」ベルリが尋ねた。

「クーデターですよ」彼女は声を潜めていった。「子供たちを君主にして、憲法で権限を制限しながら法治国家として国を治めるつもりが、あるグループの大人たちがエルンマンなる身長140センチの少女を押し立てて、彼女こそ子供たちの代表だからと憲法を無視して玉座に座らせたのです。おかげでわたしはこうして失業してしまいました。政治家も官僚もみんな馘首になって、全部子供たちで運営しています」

「子供が?」ノレドが驚いた。

「実際は彼女らの背後にいる大人です。共産主義者だと言われていますが確証がありません。彼らは絶対に表には出てこないで、全部エルンマンにやらせている。言わせている。この国では大人は子供たちの奴隷になってしまいました。情けないことです」

「お尻をひっぱたいてやればいいのに」

「それは児童虐待です。キャピタルではいまだにそんな前時代的なことをしているのですか?」

突然相手の女性に見下されたノレドは戸惑った。「そうじゃなくて、子供がクーデターを起こしたってあなたが言うから、お尻をひっぱたけばいいのにって返しただけじゃん」

「虐待です。なんて恐ろしいことを!」

ゴンドワンの人間はどうやらアメリア大陸の人間を快く思っていないようだった。ゴンドワンこそ文明の中心であるべきなのに、世界はそうなっていないことに不満があるようだった。そこに小さな子供に権力をあっさり奪われたことで、輪をかけて自信喪失に陥った裏返しなのだと思われた。

事実自分たちのミスで国の行く末がおかしくなっているのに、それを反省する気にはなれないらしく、当初彼女を助けるつもりでいたベルリとノレドは呆れて彼女を見放した。エルンマンなる人物の訴えは、カール・レイハントンと同じで、人類が地球環境に大きな負荷をかけていることを批判しており、目新しい意見ではなく解決法も示していなかった。

結局エルンマンは、ただの政争の道具に過ぎないのだった。アジアにおいて政治は人間の人生を左右する死活問題であり、政治的な主張のために命を懸けて戦っていた。現に共産主義の膨張に対して自由主義陣営は徹底抗戦の構えを見せていまもなお戦い続けている。そうしたリアリズムの世界にゴンドワンもいたはずなのに、宗教の中心地であることはとうの昔に奪われ、文化の中心地としての地位もアメリアに奪われ、大地は徐々に氷に蝕まれていく焦燥と諦めが、彼らを単純にしてしまったらしかった。

ゴンドワンにやってきたことはまったくの無駄足だった。肩をすくめたベルリとノレドがリリンを探していたときだった。リリンはガンダムのコクピットに座り、誰かに何かを教わっているのが目に入った。慌てたベルリはその男に向かって叫んだ。

「その機体は通常のものとは違う。勝手にいじってもらったら困るよ。すぐに降りてくれ」

するとその男は屈託のない笑顔でコクピットからベルリを見下ろし、こう応えた。

「君はどこかから大西洋を渡れる飛行機でも探すんだな。ガンダムとこの子はちょっと借りていく」

「借りるって、あんた誰よ!」

ノレドが怒って機体に近づいたとき、コクピットは不意に閉まり、ガンダムは静かに上昇していった。ベルリとノレドは何が起こったのかわからず混乱した。

「ベルリにしか操縦できないはずなのに!」

「ヤバイ!」ベルリも頭を抱えてしまった。「誰にも動かせないと思って油断した。まずいぞ、ノレド、飛行機? モビルスーツ? 何か探さなきゃ!」


3,


ベルリが何者かにガンダムを奪われたころ、アメリアの留置所に囚われたカリル・カシスの尋問が開始された。手錠で繋がれたカリルが取調室に姿を現すと、そこにはウィルミットとアイーダが立っていた。カリルはにやりと笑うと挑発するようにふたりに話しかけた。

「こんなことをされるいわれはありませんけどね」

「容疑はあなたが退職金と称してキャピタル・テリトリィの財産を奪ったことです」アイーダはいった。「でも、正直に告白しましょう。これは別件逮捕です。あなたには他に聞きたいことがある」

カリルは呆れてものもいえないといった表情になり、パイプ椅子の上で大きく脚を組んだ。

「これはまた、軍の総監が直々に別件逮捕だと認めて、どうするんです? 無実の納税者を拷問にでもかけますか? 一応言っておきますが、退職金に関しての書類はすべて整っていますからね」

ウィルミットが彼女の前の椅子に座った。

「あなたに尋ねたいのは、カール・レイハントンに関することと、メメス博士に関することがクンタラの間にどう伝わっているかということです」

「なんのこと?」カリルは顔をしかめた。「カール・レイハントンとかメメス博士・・・。メメス博士のことは聞いたことあるな。どこで耳にしたんだろう?」

カリルは何かを知っているようだったが、しばらく時間を与えても何も思い出せなかった。

「名前は聞いたことがあるんですか?」

「タワーを作った人でしょう? 名前くらい知ってますよ」

「長官もメメス博士のことはご存じで?」アイーダがウィルミットに尋ねた。

「いいえ」ウィルミットは首を横に振った。「そんな人物のことは聞いたこともありません」

「そりゃそうだよ」カリルが呆れた顔でいった。「あんたらキャピタル・テリトリィの人間は、あたしたちの先祖が作ったタワーを運用するために教育を受けたエリートだろう? タワーの建設に関わったクンタラの労働者は、ビーナス・グロゥブを追放された人間だっていうよ」

「そうなの?」アイーダが驚いた。

「アメリアのクンタラとは違うのさ。キャピタルのクンタラは、星の世界を追放されて地球に落とされた人間なんだ。科学力に優れていたからタワー建設の労働者として使われ、運用者の教育をやらされ、使い終わったらポイ。あんたらにとってはクンタラはいないも同然なんだ。クンタラは現地人との間の通訳もやった。あたしらは優秀なんだよ。でもスコード教じゃないから差別されてきた」

「アメリアのクンタラとキャピタルのクンタラが違う? それは今来と古来のことですか?」

「今来はあたしたち宇宙からやってきた人間のこと。古来はアースノイドのことだろ。宇宙でも地球でも、人間なんて飢餓の恐怖に駆られれば同じことをするのさ」

「なぜあなたがそんなことを知っているんです!」ウィルミットが声を荒げた。

「今来古来って言葉はアメリアへ来てから知ったんだ。そりゃ気になるだろ。同じクンタラなんだから。でもアメリアのクンタラは別にカーバのこともカバカーリのこともさほど信じちゃいない。連中は自分たちが星の世界を追放された人間だなんて知らないし、メメス博士のことも知らない。おかしいなと思っていたら、500年前のアメリアにキエル・ハイムという人間がいてそういう研究をしていたっていうじゃないか。でも本は買ったけど、忙しくて全部は読めてないんだよ」

「では、メメス博士のことをお聞かせください」

「世界の終りの日にクンタラを助けてくれる。そんだけさ。一緒に別件逮捕で捕まった他の子の中には、もっと詳しいことを親から聞いている子もいるかもしれない。でもあたしらは孤児院出身が多いからどうかな。キャピタルのクンタラの重鎮ならもっと詳しく知っているかもしれないが。でももうそんなに残っちゃいないよ。みんな苦しさに耐えかねてスコード教に改宗しちまったからね」

「メメス博士がクンタラを助ける」ウィルミットは慎重に聞き返した。「そういう言い伝えが残っているのですか? クンタラ以外の人間は助けない?」

ウィルミットは、カリル・カシスが地球の滅亡を生き延び、ザンクト・ポルトに避難したことをラライヤから聞いて知っていた。タワーを使って宇宙に避難したという彼女が、予め週末のことを知っていたのか否か、彼女に悟られないように聞き出さなくてはならない。

カリル・カシスはそういった思惑に気づいていないようだったが、勘のいい彼女はウィルミットとアイーダに何か思惑があるようだと感じ取っていた。

「どうだったかなぁ」カリルはわざと言葉を濁しているようだった。「クンタラは差別されてきたから、自分たちだけの希望ってもんをさ、欲しがったんじゃないの? かつてそんな偉大な人がいて、タワーを作った。クンタラに危機が訪れたとき、彼が助けてくれるみたいな」

「本当はもっと詳しい言い伝えが残っているんじゃなくて?」

「500年も前のことだよ。クンタラの宗教ってものは、形がないし、教義がないし、スコード教みたいに教会があるってわけじゃない。作ったってすぐに破壊されちまうわけだから。カーバという理想郷のことと、カーバの守護神にカバカーリがいるってだけさ。そんな状態で、詳しい言い伝えなんて残るわけないよ。食われるとか、そんなことばかり言われるけれども、人間なんて飢えれば仲間の死肉だって食うだろうし・・・。それに、権力者が能力を奪うために英雄の肉を食うなんてことだってあるはずさ。もしかしたら、あたしたちの祖先は、優秀だったかもしれない。決して家畜のように食われたなんてさ、みんなが言っているようなことは、そりゃ信じたくないだろ。当り前じゃないか。あたしたちだって人間なんだから」

「そうです、わたしたちはみんな同じ人間です」アイーダが引き取った。「ですからどうか思い出してほしい。メメス博士はどんな手段でクンタラの皆さんを救おうとしたのですか? もしその方法がわかれば、クンタラの皆さんだけじゃなく、この世の全員を救う方法がわかるかもしれない」

「何かあったようだね」カリルはカマをかけた。「世界が破滅するような口ぶりじゃないか。つまり、あんたたちは何か情報を掴んだわけだ。ウィルミットが知らないメメス博士のことを、あんたは知っていた。その名前をどこの誰に聞いたのか教えてほしいもんだねぇ」

「あなた、自分の立場が分かってるんでしょうね?」ウィルミットが念を押した。

「そりゃわかってるさ」カリルは悪びれもせずにいった。「終末が近いのなら、放っておけばみんな死んじまうんだろ。だったらこんな逮捕なんて意味がない。それがいまのあたしの立場さ」

ウィルミットは、ビルギーズ・シバの政策秘書だったこの女がずっと苦手だった。女であることすら平気で利用する彼女は、ウィルミットが否定してきた手段の使い手なのだ。彼女とは同じルールでは戦えない。

「メメス博士ね!」カリルは楽しげに大声を張り上げた。「スコード教にはこんな時に助けてくれる人はいないのかい? スコードの天国を守ってくれるカバカーリみたいな神さまはさ!」


4,


ゴンドワンの空軍基地に潜り込んだベルリとノレドは、いともあっさりと飛行機を奪うことに成功した。基地の倉庫に見張りはおらず、放置されたかのようにもぬけの殻であった。まだ彼らは、フォトン・バッテリーが充電されている事実に気がついておらず、航空機が使用可能になっていることを知らなかった。それゆえの油断であった。

ベルリとノレドは、アメリア大陸まで航続距離のある小型輸送機を選び出し、機体を始動させて滑走路に走り出た。慌てた警備兵らが銃を構えて外に飛び出してきたときには、ふたりは大西洋に向けて大きく飛び立っていた。

「リリンちゃんが!」ノレドが情けない声で嘆いた。

「いや、大丈夫だ」ベルリはノレドの手のひらを上から押さえた。「どうなってるかわからないこの世界であの機体を操縦できたってことは、あの人は普通の人間じゃないはずだ。ただ事情を知ってるとかそんな話じゃない。リリンちゃんはきっと大丈夫だよ」

「知らない人だよ? どうするの? 探さなくていいの?」

「心配だけど・・・、そりゃぼくだって心配だけど、リリンちゃんは何かを感じていたからゴンドワンに大人しくついてきたって気がする。どっちにしたってフルムーン・シップからフォトン・バッテリーを搬出したらみんな死ぬんだ。まずは姉さんのところへ行こう」

そういうとベルリは自分が操縦するからとノレドを寝かしつけ、夜の大西洋を小さな航空機で越えていった。彼らは東海岸伝いにワシントンへと向かった。すでに夜は明け、陽は高く昇り始めていた。

そのころワシントンでは地球に入植してきたトワサンガ住民の歓迎レセプションの準備が進んでいた。空は蒼く冴え渡り、雲ひとつない。レセプション会場にはアメリアの巨大な国旗がそこかしこで翻っている。そこに半ば連行されるように、前日逮捕されたカリル・カシスと彼女の会社の女性社員たちが運ばれてきた。イベントを取り仕切るノウハウがあるのは彼女たちだけだったので、いったん釈放されたのだった。

「逮捕はするけど仕事はやれってか」カリルは小さく毒づいた。

彼女は目立たないように周囲に目を配った。かなりの数の警官と軍人が動員されており、とてもではないが部下の女たちを連れて逃げ出せる状況ではない。諦めた彼女は続々と集まってくる参加者を捌きながら、わずかな隙にメメス博士のことを仲間の女性たちに尋ねて回った。

「メメスって、あの恐怖の大王が来るとかって話ですよね」

「そうなんだ」カリルは周囲を警戒した。「『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』空の世界で何が起こるのかこの言葉だけじゃわからないけどさ、あたしたちは何かしなくちゃいけない」

「そのことなら詳しい子がいるかもしれない。姐さん、ちょっと待っててもらっていいですか」

レセプションの段取りを滞りなくこなしながら、カリルはわずかな隙を作って内密な話をするチャンスを作った。カリルが長く面倒を見ている女性の中に、メメス博士のことを知っている者がいた。彼女は給仕のグラスを片づける傍ら、近づいてきたカリルに話をした」

「わたしがおじいちゃんに聞いた話は、『クンタラたちはメメスの名前を聞いたらすぐにタワーで星の世界へ逃げてこい』でした。空から闇の皇帝が降りてくるから、すぐに逃げろって」

「それは言い伝えなの?」

「というか・・・、タワーで改修工事が行わる前は、壁に古代文字でそう書いてあったそうなんです。ユニバーサルスタンダードになる前の話だから、おそらくメメス博士の直接の伝言だろうと。おじいちゃんは古代文字は読めなかったそうですけど、改修工事で消されてしまうというので、書き写してあとで専門家に読んでもらったそうです」

「すぐに逃げて来いって? タワーを作ったのはあたしたちクンタラなのに、クンタラはろくにタワーを使わせても貰えない。いったいどうやって・・・。ウィルミットのババアはさ、あたし苦手なんだよ」

「きっと向こうもそう思ってます」

「うるさいね! まあいい、わかった。タワーで逃げりゃいいんだね。それじゃ、何とかキャピタルに舞い戻る手段を考えるから、あんたたちのうち何人かここを抜け出して夜逃げの準備をさせておくれよ。金の心配はいらないからね。金と色気を絶やさないことが命綱だよ」

「はい、お姉さま」

カリル・カシスは、イベントを滞りなく運営しながら、メメス博士の情報を取りたがっているアイーダとウィルミットをどうやって騙すか必死に考えた。

ベルリとノレドがゴンドワンから盗んだ飛行機で会場に到着したのは、歓迎レセプションのメインであるゲル法王の説法が終わった後だった。ひときわ大きな拍手が会場に鳴り響く中、ノレドの手を引いたベルリがアイーダの席に辿り着いた。

「ベルリ!」最初にその姿を見つけたのは、母であるウィルミットであった。「ああ、ベルリ! 何ともないの? 怪我はしてないの? 少し痩せた?」

「ええッ! なんで母さんがここに?」

「アイーダさんがあなたの声を聴いたというから、いてもたってもいられなくなって」

「母さんがタワーの運航を放り出したって??」ベルリはのけぞって驚いたが、いまはそれどころではないと思いとどまった。「何から話していいのかわからないけど」

「いえ、ベルリ」アイーダが神妙な面持ちで割って入った。「話というのは、フルムーン・シップの大爆発で地球が滅亡するということではないの?」

「なんで姉さんがそれを?」と口にしたベルリは、ラライヤがいることに気づいた。「ラライヤ・・・、君は、いまの君は」

ノレドは半年以上離れていたラライヤとの再会を素直に喜び、手を取り合って笑い合っていた。ふうと息を吐いたベルリは、自分たちの身に起こったことを整理して話した。アイーダとウィルミットはその話を聞きながら、自分たちの身に起こったことをベルリに話して聞かせた。

彼らの会話に、説法を終えたゲル法王、いまはキエル・ハイムと名乗っているディアナ・ソレル、ハリー・オードも加わった。ベルリとアイーダは、互いの身に起こった不思議な出来事よく聴き、自分の知識の中に落とし込もうと必死だった。そしてフルムーン・シップが地球にやってくるまで1週間を切っていることを確認した。アイーダが口を開いた。

「確実にやらねばならないことは、フルムーン・シップの大爆発を阻止して地上生物の絶滅という恐ろしい出来事を避けること。それだけは何としても避けねばならない。でもベルリは、それだけでは不十分だと感じている。わたしたちの身に起きた同期という現象を、ベルリはカール・レイハントンとの間で経験した。カール・レイハントンは理想主義者で、理想に至る手段を持っている。いまトワサンガに向かっているビーナス・グロゥブ艦隊のラ・ハイデンは、カール・レイハントンの理想に対抗しようと自分なりの理想を対案として示したつもりが、不十分だったと。ベルリは、何者かに導かれてずっと理想を探しているというのですね」

「そうです」ベルリは頷いた。「フルムーン・シップの大爆発を阻止しても、結局地球は全球凍結で凍ってしまうし、わずかな土地を巡って大きな戦争が起こる。それは東アジア情勢を見れば明らかです。地球が凍ったときに、少しでも多くの人間を生存させようとすれば、ビーナス・グロゥブから大量のフォトン・バッテリーの供給がなければ永久凍土の世界に人は暮らしていけません。でも、ジオンの研究が発見した思念体というものに進化すれば、全人類は別の形で生き続けることになる。地球への関与において、カール・レイハントンの理想とラ・ハイデンの理想が競い合えば、カール・レイハントンのジオンが理念において勝利するのです。つまり、武力で戦う限りいまのぼくらには勝ち目はない」

「旅をしてきて、その理想は見つからなかったと。世界のどこにも理想はなかったと」

「ありませんでした。ぼくらには、天の神々に提示する紙切れ1枚なかった」

ベルリの結論に、集まった人々はみんな落胆した。とりわけゲル法王は眩暈を起こして倒れ込んでしまった。

そんな姿を、カリル・カシスはじっと立ち聞きしていた。


次回、第47話「個人尊重主義」前半は、9月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第46話「民族自決主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第46話「民族自決主義」前半



1、


ベルリ、ノレド、リリンの3人は、クンタラの小さな集団にほかにも多くのそうした集団があることを教えてもらい、ひとつひとつ訪ねることにした。数か月はあっという間に過ぎ、フルムーン・シップが地球にやってくるまで残り1週間ほどしかない。

ベルリはアイーダにフルムーン・シップの爆発のことを教えるつもりでいたが、爆発を避けた後の世界をどうしたらいいのかとなると、ヴィジョンは見えていないのだった。

それにリリンのこともあった。彼女は数日間休むと元通り体調も回復したが、ベルリとノレドは彼女を戦闘に巻き込むことに不安を感じていた。何度かどこかの孤立した集団に彼女を預けることも考えたものの、リリンが嫌がってふたりの傍を離れなかった。

小さな集団にはさまざまな考え方や生き方があり、ユニバーサルスタンダードが当たり前の世界で生きてきた3人にはとても新鮮だった。彼らは地球に依存して生きており、地球が与えてくれる以上のものは求めず、多くの集団はフォトン・バッテリーを利用しない生活を送っていた。彼らは馬車で大陸を移動し、都市の人間にモノや見世物を提供して貨幣を稼いだ。それで買える分だけが彼らの収入だった。

「アメリア大陸には小集団がたくさんあったんだね。知らなかったよ」ノレドがいった。「クンタラだけじゃなくて、いろんな宗教や民族の人がいて、血族や仲間たちで結束して生きている」

「民族自決主義とでもいうのかな」ベルリが応えた。「もちろん民族だけじゃないけれども・・・。スコード教にしろ、ユニバーサルスタンダードにしろ、人類を統一するための手段だし、フォトン・バッテリーの供給がその裏付けになっているんだけど、地球の恵みってコロニーでの生活とは違って大きいから、大地と水と種があれば小集団は自活できてしまう。国家という枠組みが戦争への動員力を高めて大戦争が起きるきっかけになっているから、その国家間の争いの元凶を断つために統一的なものをビーナス・グロゥブは人間に押し付けたんだけど、そもそも地球に住んで、高度な文明を求めなければ、フォトン・バッテリーは必要ないんだ」

3人は彼らから手に入れた肉を薪で焼いて食べた。トワサンガ生まれで火を使うことに慣れていないリリンは、ベルリに火種の作り方から薪のくべ方まで教わり、空気が炎を生むこともすぐに理解した。その空気が大量に存在して使っても使ってもなくならないのが地球なのであった。

「もしこのままフォトン・バッテリーが供給されなかったとするじゃん」ノレドがいった。「エネルギーがなくなれば人間は文明を維持できなくなって多分だけど人口も減るでしょ? そしたらさ、キャピタル・テリトリィもアメリアもなくなって、みんなが彼らみたいに小集団になって移動して暮らすようになるのかな?」

「農業をやる人たちは定住するんじゃないかな。農産物の収穫があれば、それを奪う集団が出てくる。奪われたくなければ戦うしかない。より有利に戦うためには、多くの仲間が必要になる。だとすると、警備保障の観点から結局は小集団の連合が出来て政府を作ると思うけどね」

「そして奪うために戦い合うのか・・・」ノレドは肩を落とした。「地球環境そのものの恵みが大きすぎて、アースノイドの行動様式の中に奪うことや騙すことや独占することが当たり前のように存在している。そうして戦うことが遺伝子を強くしている。生命として強者になった人間は、地球から奪い続ける。そこに宇宙から戦いに疲れた人々が帰ってくる」

「その人たちは文明によってアースノイドを教導するんだ。そうしないと、アースノイドの支配する地球に降りてこられないから」

「レコンギスタしてくる人々は、地球に高度な文明があって自分たちがそこで危険な目に遭わずに暮らしていきたいわけでしょ。文明を再興させるための労働力が必要で、かといって彼らに文明の主導権は取られたくない。アースノイドは地球がもたらしてくれる恵みを享受しているだけなのに、奪い合いは必ず起きてしまって、奪い合いの競争を前提とした文明が構築されていく。ってことはさ、アースノイドがアースノイドである限り、最後には必ず破滅するってことじゃない」

「理屈としてはそうなっちゃうね、残念だけど」

「だからベルリは、アースノイドを強制的に宇宙で職業訓練して、スペースノイドの考え方を身に着けさそうとしたわけでしょ? でもそれは、ラ・ハイデンに否定されてしまった。ベルリはそのことをカール・レイハントンと記憶を共有して知った。だから他の考えを生み出さなきゃいけない」

「そうなんだけど・・・」ベルリは苦悩していた。「もっともよい答えを出しているのは、もしかしたらカール・レイハントンのジオンかもしれないんだ。人間が思念体に進化して、物理的に地球環境に影響を与えなくなれば、たしかにすべてが解決される。人類自体が地球から完全に自立して自決できてしまえば、問題は何もかも解決する。ジオンのニュータイプ研究の行き着いた先にあったのは、地球圏にとどまりながら人間が存在しなくなることだった。ぼくが考えていたことより、遥かに完璧な答えがジオンの理想だった。地球から自立して存在しうる人類の極北が、ジオンの編み出した思念体であることは確かだ。でもそれを受け入れていいのだろうか」

「コロニー落としで人類を滅亡させようとした人たちの理想が人類の希望だなんて、あたしは認めたくない」

認めないのであれば、別の答えを用意しなければならない。しかしその答えが見つからないのだった。

ビーナス・グロゥブは遠く金星にあって、地球環境に負荷を与えずに文明を維持していた。彼らは資源が枯渇した人類にエネルギーを供給する見返りに、争いの根絶と環境負荷の低減を強制していた。それはしばらくは正しく機能していたが、ヘルメスの薔薇の設計図の流出とムタチオンの拡大によって均衡が崩れて新しいアクションが必要になった。

ベルリはそれに対して答えを出したが、それは不完全でビーナス・グロゥブに拒否された。ビーナス・グロゥブはヘルメスの薔薇の設計図の回収なくしてフォトン・バッテリーの再供給は行わない方針を固めた。ヘルメスの薔薇の設計図の回収は事実上不可能。もしやろうとすれば、科学力が進んだ地域の人類を根絶するほどの大戦争が必要で、そうであるからこそラ・ハイデンはビーナス・グロゥブ艦隊を率いて地球圏にやってきた。

あれは、流出したヘルメスの薔薇の設計図を焼き尽くすための作戦だったのだ。そして彼らは、アースノイドからさらに自由を奪い、ビーナス・グロゥブによる金星から地球圏までの一括支配を目論んだ。アースノイドに自由は与えず、すべてビーナス・グロゥブの意向に沿う形で支配すると決めたのだ。彼らは、あえて神になろうとした。なぜなら、アースノイドは恵み多き地球において奪い合いをする運命であるからだ。

それを阻んだのは、トワサンガを作り上げたカール・レイハントンだった。カール・レイハントンは、ビーナス・グロゥブよりさらに争いの根絶と環境負荷の低減を推し進めた思念体への進化という答えを持っていた。彼らはビーナス・グロゥブの方針に逆らうことなく、全球凍結という時期を見計らって、ビーナス・グロゥブが自ら方針を撤回して引き返すのを待った。完璧なタイミングで地球は閉じられ、地球圏への支配を諦め、撤退していった。こうしてトワサンガと地球は、カール・レイハントンとジオンのものとなった。彼らはかつてのように戦うことなく、正しい答えを持ち、正しさによって支配権を手に入れたのだ。

「でも、何か違う気がするのは」と口にしたのはノレドだった。「地球は膜に覆われて、キャピタル・タワー以外では出入りできなくなっちゃうわけでしょ? 思念体ならさ、よくわからないけど、キャピタル・タワーがなくても地球に出入りできそうなものじゃない。身体がないんだから。身体がないのにキャピタル・タワーっている? 幽霊があれをえっちらおっちら運用するの?」

「たしかに、タワーは肉体を持った人のものだ」ベルリは考え込んだ。「そうか、クンタラのためのものなんだ。メメス博士は、クンタラだけは肉体を捨てられないから、カール・レイハントンに皇帝になってもらって、自分らを守れと・・・。たしかに、地球を膜が覆って、ジオンの軍隊が防衛をしてレコンギスタしてくる人々を退けてくれれば、地球にいるのはクンタラだけになる、えー、これが全部メメス博士の目論見だっての?」


2,


「これは一体どういうことですか?」アイーダはわが身に起こったことが信じられなかった。

アイーダ、クリム、ミック、ウィルミットの4人は、突然それぞれの身に起きたことを体験を同期したのだった。アイーダは執務室の窓から虹色の膜が空を覆い尽くしていくのを見ていた。そこで彼女の記憶は途切れている。その瞬間に彼女は思念体へと変化したようであった。

クリムは大気圏突入に失敗して、彼がミックジャックと名付けたモビルスーツの中で爆散した。クリムの死は一瞬だったが、熱に焼かれて意識が朦朧としていた記憶を他の3人は体験して身を縮こまらせた。しかし、ミック・ジャックは彼の死を境にもう一度自我を取り戻したのだ。それは彼女がモビルスーツのミックジャックとともにあったからだ。クリムの死を境に、人と人との間の断絶が壊れ、多くの思念と糾合していたミック・ジャックはクリムの元へと引き寄せられて蘇った。

ウィルミットの死はもっと後だった。彼女は地球においてフルムーン・シップの大爆発が起こるのをザンクト・ポルトで唖然と眺めていた。地球に吹き荒れた爆風は何か月も収まらず、舞い上がった砂塵が落ち着くまでにさらに数か月を要した。その間、ウィルミットは沈鬱の中にいた。彼女はザンクト・ポルトの支配権を要求してくるカリル・カシスに悩まされながら、やがて自分の役割の終わりを悟り、生命が死滅した地球にキャピタル・タワーで降りるとそのまま自死を選んだのだった。

ウィルミットは、自分が自死をすることに戸惑うことはなかった。もし自分のそのような未来が訪れ、ベルリとの再会が絶望的とわかれば、きっと自分はそうするだろうとの確信があったからだ。彼女は、ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンに地球の混乱を収めてくれる「男」の力強さを期待したが、ラ・ハイデンの強さとはビーナス・グロゥブの人々を導く強さであって、そこには神の視点があった。そうではないのだ。彼女が求めていたのは、それぞれが勝手な振る舞いをしてひたすら混乱するだけのアースノイドを束ね導くアースノイドの「男」であったのだ。

4人はそれぞれの未来や過去を見た。ただひとり、ラライヤの記憶だけが共有されなかった。

「姫さま」ミックはいつになく真面目な顔になっていた。「これは死んだときに起きることです。あたしのときと同じ。心がとけあったんです。死ぬってこういうことなんですよ。人間の思念を囲っていた壁が壊れてすべてひとつになっていく」

「確かにそんな感じでしたけど・・・、でもいまはわたしはわたしでミックはミックでしょう? わたしたちの間には壁がある。あるはずです。ラビアン・ローズの攻防のとき、わたしはザンクト・ポルトのスコード大聖堂の中にある思念体分離装置の中に入って、たしかにこんな経験をしました。そのときもミックさんを感じたし、本物のディアナ・ソレルの意識もわたしと一緒になりました。もっと古くて大きな何かに導かれもしました。ええ、いま起こったことと同じです。でもまた元に戻っている」

「この世界は現実ではないのさ」クリムがいった。「現実ではないし、夢でもない。その証拠に、フォトン・バッテリーはまるで減らない。観察された世界の集合体というべきものなんだ。これはオレの仮説だが、オレが死んだとき、つまり虹色の膜に覆われた瞬間、誰かが強制的に地球にいた人間すべてを思念体に変化させた。膨大な量の思念が集まって、記憶で作られた仮想世界が生まれた。オレたちはその仮想世界にいるんじゃないか? だとすれば、死んだはずのミック・ジャックがこうして姿をとどめていることも頷けなくはない。ミックはモビルスーツのサイコミュの中にいたのだろう。サイコミュの中の思念とオレの記憶の壁がなくなって、彼女はこうして実体化したように見えている」

「そうかもしれない」アイーダは泣きそうな顔で口を塞いだ。「そうかもしれないけど、でも、なぜこんなことをしたというのでしょう? これもカール・レイハントンの仕業んでしょうか?」

「あいつは違うね」ミックが断言した。「あの男とかジオンというのは、もっと人工的な思念で、あたしたちの世界にはいないんだ。つまり、死後の世界にはいないということ。カール・レイハントンというのは、文字通り人工的な永遠の命の世界にいて、まだ死んではいないんだよ」

「そうなの?」

「ニュータイプは一時的に思念が肉体を離れることがある。そのときに肉体を新しいものと交換したり、サイコミュの中に入り込めば、死とは違う思念の分離状態になる。ジオンの永遠の命というのはそういうもので、彼らはまだ誰も死後の世界には到達していない」

クリムとミックの考えは、ニュータイプ的に共有されることはなかったが、ラライヤも含めて5人の理解を得た。この世界には、死んだ者の思念と人工的に思念となったふたつの存在がある。アイーダが勢い込んで話した。

「ミックさんや、ディアナ閣下は、死んだ存在。ザンクト・ポルトの思念体分離装置は、死者と通念する装置ではあるかもしれないけど、ジオンのニュータイプ研究とは違うものということですね」

「わたしはどうなるのです?」ウィルミットが心配そうに尋ねた。「わたしが死ぬのはもっと先のことなのでしょう? しかも自殺している。未来に死ぬはずのわたしといまのわたしは?」

「わたしはわかってきましたよ」ミックが応えた。「フルムーン・シップの爆発が起こる前に、人間は強制的にニュータイプ的な現象を通じて肉体を離れた。そのときに全人類の記憶というものが合わさってひとつの世界を作り出した。その世界には過去も未来もない。記憶の中だから自由に行き来できるんじゃないですか。いまの姫さまや、ウィルミットさんは、クリムも含めてですけど、誰かの記憶の中にある個性であって、本物の人格じゃないです」

「でも、わたしはわたしです」アイーダが反論した。

「そりゃそうですよ。だって本人の記憶情報なんでしょうから」

「わたしの記憶情報・・・」

「姫さまは、執務室の窓から虹色の膜を見たのでしょう? それは爆発の前です。そのときが来たら、おそらくまた違った何かが見えるはずです。でも、虹色の膜が空を覆い尽くしてからフルムーン・シップの爆発まで時間はわずかしかない。とりあえずはそれを食い止めることではないでしょうか?」

「みなさんはアメリアへ戻られるのですか?」ウィルミットが尋ねた。

「なにいってんです」ミックはウィルミットの腕を引っ張って席から立たせた。「言ったでしょう? これは現実の世界じゃない。記憶情報の世界。夢の世界みたいなものです。でも、誰かがわたしたちをこうして導いて、時間を過去に戻してくれたってことは、もしかしたら人類の滅亡を食い止める手段があるからこうしてくれてるんじゃないですか?」

「ええ、そうかもしれませんけど」

責任感が強いウィルミットは、混乱を極めるキャピタル・テリトリィを離れる気にはならなかった。一歩踏み出すことに消極的なウィルミットを見かねたアイーダは、思い出したようにアメリアで起こったことを話した。

「ここへ来る前のことですけど、ほんの一瞬ですけどベルリの声を聴いたんです」

「え、ベルリに会ったの?」

「顔は見なかったんですけど、白い大きなモビルスーツに乗っていて、声だけ聴いたんです。カール・レイハントンと初めて会話をしたときのことです」

「ベルリが・・・、ベルリもアメリアを目指しているのでしょうか?」

「あいつはきっと」クリムがいった。「何か重要な役割を持っているんだろう。オレたちがフルムーン・シップの爆発を食い止めようとしているのに、あいつに何の役割もなくウロウロしているとは思えないね」


3,


民族主義は狭量だとされ、ビーナス・グロゥブはそれを認めていない。行政区分としての国家までは許容されているが、民族主義は厳しく諫められている。だが、民族が自決主義を採った場合、ビーナス・グロゥブの影響力は及ばなくなる。ベルリたちは日本から始まった旅と、アメリア中を移動して暮らす人々と接して、地球の恩恵というものがいかに大きいか思い知らされた。小集団であれば、フォトン・バッテリーがなくとも自活できてしまうのだ。

大きすぎる地球の恩恵は、スペースノイドの理屈で成り立ったビーナス・グロゥブの方針を揺るがしてしまう。アースノイドとスペースノイドの本質的な違いが浮き彫りになり、両者の断絶を埋める手段はそう簡単に見つからないのだと思い知らされることになった。

「どうしたらいいのかわからないよ」ベルリは弱音を吐いた。「人間が考える理屈なんてどれも理想からは程遠い。ヘルメス財団1000年の夢に比べたら、アースノイドの理想なんて自分勝手なものばかりだ。その上にジオンの理想なんてものもある。ヘルメス財団1000年の夢を上回る理想主義は、ジオンのニュータイプ論だけだ。これはもう白旗を上げなきゃいけないのかもしれない」

「ベルリらしくない」ノレドはまだ諦めていなかった。「きっと何かあるはずなんだよ。希望が何もないのなら、あたしたちがこうして過去に戻された意味が分からない」

「ぼくの人生に意味なんてあるのか」

ベルリはベッドの上にバタンと倒れ込んだ。

体調を崩していたリリンは回復していた。あれ以来カール・レイハントンも出没してこなかった。アメリア大陸北端はすでに氷河に覆われてきており、南を目指して流民が始まっていた。アメリアは彼らの流入を規制していない。ゴンドワンからも、そしてクンタラもアメリアを目指していた。

そのアメリアもいずれは氷に閉ざされ、サン・ベルト地帯だけが全球凍結を免れる。居住できる人間の数はわずかであり、人類の人口激減は避けられそうになかった。わずかな土地の居住権を巡って人間同士が殺し合う。短い夏に生産される食物だけで残りの期間を生き抜かねばならない人類は、慢性的な飢餓状態に陥る。文明は崩壊して、人類は他の動物たちがそうであるように食料の確保だけを目的に人生を歩むようになる。ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類を、ビーナス・グロゥブは助けない。フルムーン・シップの爆発を避けたとして、人類の未来は決して明るくないのだ。無知蒙昧に堕した人類は、再び食人習慣を復活させるのか・・・。

フルムーン・シップの爆発を避けねば、陸上生物は絶滅する。大爆発を回避したところで、醜い戦争の果てに文明は潰える。そんな未来を自分は救うことが出来るのか。そもそも、自分に人類を救うという大きな責任はあるのか・・・。ベルリの悩みは尽きなかった。

「ジムカーオ大佐はさ」ノレドが口を開いた。「無理矢理スコード教に改宗させられたルサンチマンでヘルメス財団と戦ったわけだけど、あれはジオンのことを知っていたわけだよね」

「たぶんね」ベルリが応えた。

「カール・レイハントンがこういうことをやるってわかっていて、薔薇のキューブを破壊したわけじゃない。ラビアンローズっていうのかな、あの宇宙ドッグをさ。ビーナス・グロゥブにも仲間がいて、あたしたちが向こうを離れるときに分離したじゃない。そのときベルリは体調を崩していて、ラ・ハイデンの質問にちゃんと答えられなくて、あたしが代わりに半年間だけフルムーン・シップとクレッセント・シップを預かりますって返事をしてさ、きっちり半年後に地球での戦犯を乗せて、ベルリの親書と一緒に送り返したじゃない。あの、あたしたちがビーナス・グロゥブを離れた直後に、カール・レイハントンは向こうのラビアンローズの中で復活したわけでしょ。ジムカーオ大佐は、カール・レイハントンと直接対峙していない。あれはどちらかが逃げたってことなんだろうか?」

「あの人の目的が何なのか、ぼくはさっぱりわからないよ。ラビアンローズの破壊が目的だったのなら、カール・レイハントンと敵対していたことになる。もしふたつのラビアンローズが破壊されていれば、カール・レイハントンは復活出来なかったわけだから。でもそれは、クンタラにとっては裏切り行為になるよね。彼は、ビーナス・グロゥブの官吏としての自分と、クンタラとしての自分が混沌としている。あるときは任務に忠実だったり、あるときは反抗していたり。あの人はぼくを、サラ・チョップのクローンのようなものの子孫だといった。カール・レイハントンは、アバターという有機アンドロイドの中に入っている思念体に過ぎなくて、有機アンドロイドの遺伝形質は受け継がれないと。いや、話が逸れたな」

「ジムカーオ大佐は、カール・レイハントンをどうしたいんだぁ?」ノレドは天井を仰いだ。

「ビーナス・グロゥブの官吏としては彼を止めたい。ヘルメス財団の人間としては、彼を支援したい。でもクンタラとしては、カール・レイハントンを支持してもいい。だから彼は、ぼくとノレドを結婚させて、ビーナス・グロゥブの意向が地球に反映される体制を作ろうとした。それは官吏としての彼だ。でも、クンタラとしてスコード教と戦って勝つことでも彼の目的に叶う」

「そんなの無敵じゃん!」

「真正のニュータイプである彼は、ジオンをどう思っているのか。ノレドはなんでそんなことが気になるの?」

「カバカーリっていうクンタラの守護神のことが気になってるんだ。まさかあの人がカバカーリってことはないよね?」

「クンタラの守護神? スコード教に改宗させられて、その任務に忠実であろうともしているわけだし、それはないと思うけど」

「ジムカーオって人は、本当はカバカーリになりたかったんじゃないの?」

「え?」ベルリは不意を突かれた。

「だってさ、すごい能力者なんでしょ? だったらクンタラの守護神にすらなれる人だったかもしれない。でも、スコード教に改宗させられてなれなかった。そのことも恨んでいるのかなって」

「ジムカーオ大佐の行動で謎なのは、死に際にキャピタル・タワーを破壊しようとしたことだ。ノレドの話じゃあそこにある思念体分離装置にはいろいろ秘密があるんだろ? カバカーリになれなかった恨みと、キャピタル・タワーやザンクト・ポルトの破壊は関係しているのだろうか?」

そのときだった、元気になったリリンがふたりの間を走りぬけて窓にベタンと張り付いた。

「この人がカバカーリなんだよ!」リリンが窓の外を指さした。

「この人?」ノレドは眉を寄せて窓の外に顔を出した。

そこにあるのは、ガンダムであった。コクピットには誰も乗っていない。周囲に人影もなかった。

「この人って誰のこと?」ノレドがリリンの顔を覗き込んだ。

リリンはこの人この人と言いながら、ガンダムを指さしていた。リリンは言った。

「この人がクンタラのために戦って、スコードを倒すんだよ!」

「スコードを倒す!」驚いたのはベルリだった。「スコードを倒す? カバカーリがスコードを倒すなんて、そんなこと・・・。スコードが死んだら、神さまが死んだらこの世界はどうなっちゃう?」


4,


「この世界が夢みたいなものだって話を信じて来ちゃいましたけど、本当なんでしょうか? わたくしは仕事をほっぽり出して良かったんでしょうか?」

アメリア上空にベルリが出現したと聞いたウィルミットは、我が子可愛さにアイーダらの申し出を受け入れてG-アルケインに乗り込むと、一路アメリアを目指していた。彼女は仕事のことが気に掛かるらしく、そわそわと落ち着きがなかった。

「もしこれが夢じゃないとしたら、現実だとしたら、わたくしには現実にしか思えないのですけれど、タワーの仕事が・・・。キャピタルの行く末が・・・」

「ベルリのお母さま、諦めてください!」

アメリカへ到着してモビルスーツを降りると、アイーダの秘書のレイビオとセルビィが血相を変えて飛んできた。

「姫さま、執務を放り出して一体どこへ・・・」

父親の代からスルガン家の秘書を務めるレイビオは、目ざとくウィルミットを見つけて恭しく頭を下げた。セルビィは自分も葬式に出席したミック・ジャックの姿を見つけて目を丸くしていた。クリムは議会スタッフ全員の好奇の目に晒された。彼はゴンドワンに亡命して大陸間戦争を仕掛けてきたアメリアにとっての裏切り者なのだ。ラライヤは見慣れない軍服に身を包んでいて彼女も注目を集めた。

クリムはアイーダに耳打ちをした。

「こう人の眼があってはかなわん。どこかに匿ってくれないか」

「それは」アイーダはレイビオに耳打ちをした。「すぐに用意します」

セルビィは別の要件でアイーダに報告があるようだった。

「姫さまはトワサンガのキエル・ハイムとジル・マナクスという人物をご存じですか?」

「ジル?」反応したのはラライヤだった。「トワサンガ大学の学生のリーダーだった人物です」

「トワサンガ大学・・・」いまだに月に文明があることを受け入れられないセルビィは絶句した。「いえ、そのジルさまとアメリアでクンタラ研究をしているというキエル・ハイムさまが火急の要件だというので議員宿舎の方へいらしているのです」

「キエル・ハイムはわたくしの大事な友人です」アイーダは応えた。「すぐに会いましょう。わたくしたちからも彼女にいくつか質問がございますし」

一行が揃って議員宿舎へ向かおうとするのを、レイビオが制止した。彼はクリムに向き直った。

「議員宿舎にはお父さまの秘書の方が今回の失踪と謎のモビルスーツ出現に関して質問状を持ってきておられますが」

「親父か」クリムは顔をしかめた。「わかった。オレたちはモビルスーツを移動させておく。政治はアイーダと長官にお任せするとしよう」

不意に踵を返したクリムの背中にラライヤが激突した。クリムはラライヤの口数が少なくなっていることに気づいて何か声を掛けようとしたが、ミックがG-アルケインの操縦のことでクリムに話しかけてきたせいで、何を話そうとしていたのか彼は忘れてしまった。ミックが言った。

「G-アルケインはラライヤが操縦に慣れてますけど、G-セルフはラライヤしか動かせないでしょうから、わたしが乗ってもいいですか?」

「いいんじゃないか。G-アルケインにもサイコミュが装備されているそうだから、いまのミックにはちょうどいいかもしれん。ただもうあの機体は長く使いすぎてボロボロになっている。整備も悪そうだから、あまり無理はするな」

ミック・ジャックは久しぶりのアメリアに浮かれた様子で、好奇の視線もさほど気にせずラライヤの腕を引っ張ってモビルスーツの方へと戻っていった。クリムはミックの後姿をしげしげと眺めて、とても夢とは思えないと溜息をついた。しかし、夢以外ではありえない。この世界は、観察者であった全人類の記憶で構成された世界なのだ。

その記憶で構成された世界の中を、死んだ自分やミックや、ザンクト・ポルトにいるはずのラライヤが自在に動いている。アイーダもウィルミットも本来やっていたはずの仕事とは違うことをやり始めている。これは記憶の書き換えなのか。記憶を書き換えると事実すら変わっていくものなのか。記憶を書き換えることで、事実は変えられるのか。人類の滅亡は避けられるのか。

クリムにはどうしても納得できなかった。広場からは、何かの歓迎式典を準備する音が聞こえてきた。

議員宿舎にやってきたアイーダとウィルミットは、キエル・ハイムとジル・マナクスと面会した。ウィルミットはキエルを見るなりまぁと驚きの声を上げた。秘書らを下がらせ、アイーダはさっそく本題を持ち出した。

「カール・レイハントンのことではないのですか、ディアナ閣下」

「やはり」ウィルミットは頷くと、改めて頭を下げた。「ムーンレイスの」

「ここでは演技は不要なようですね」ディアナはいった。「明日行われるトワサンガの移民受け入れのパーティーに呼ばれておりましたが、ここにいるジルからカール・レイハントンのことを聞きまして、1日早くお伺いしました。まさかあの男が生きていようとは思わず・・・」

アイーダはディアナの話を遮り、一瞬だけ起こった同期現象でラライヤの記憶から流入したことをディアナに話した。

「ジオンというのは、冬の宮殿の映像に出てくるコロニー落としの犯人でしょう?」ディアナはいった。「そんな集団が再び地球を支配しようというのですか」

「そうなのですが」アイーダが応えた。「状況を分析するとわたしたちが不利でして、この世界も実存世界ではなく一種の仮想世界のようなのです」

「不確定な要素が多すぎますが・・・。本来であれば、明日トワサンガからレコンギスタした人々の歓迎式典が行われるはずですね」

「キャピタル・タワーで降りてきた方々はアメリアへ到着しているはずです」と、ウィルミットが応えた。彼女が移民の手続きを承認してアメリアへ送り出したのだ。

「時間を考えると、近々カリル・カシスというクンタラの女性が状況を知って、何らかの方法でキャピタルに移動したのちにタワーに乗ってザンクト・ポルトへ上がるはずです」

「わたしがその事実を知っていれば決して認めませんけどね!」ウィルミットは憤慨していた。カリル・カシスはキャピタルの金庫から金を奪って逃げた犯人なのだ。

「カリルならば」アイーダは応えた。「ワシントンでイベント会社をやっていて、ほら、外に見えるあの式典の準備を取り仕切っているのがカリルの会社のはずです」

「もし彼女が情報を知らずにザンクト・ポルトへ上がることがなければ、クンタラの女性ばかり助かって人類が滅亡することは起こらないのでしょうか?」

「クンタラだけが難を逃れることはなくなりますが、フルムーン・シップのフォトン・バッテリー搬出を食い止めないと、ラ・ハイデンが仕掛けた大爆発を回避することはできないでしょうね」

「カール・レイハントンにとってクンタラを助けることはおまけみたいなものでしょうから、クンタラも含めてみんな死んでしまうということですね」

「でもこの夢の世界が変わったからといって、現実が変わる保証はどこにもないのですけれど」アイーダは不安そうに身をよじった。

「でもそれに賭けるしかないのでしょう?」ウィルミットがいった。「明日の式典にはどんな人物が招かれているのですか?」

「ゲル法王猊下、それにキエル・ハイム、クン・スーンとビーナス・グロゥブからレコンギスタしてきた方々などですね。ゲル法王猊下がスコードとクンタラの神は同じものだとの新しい教義を発見いたしまして、アメリアのクンタラの方々にもあっていただこうというので、グールド翁などクンタラの重鎮の方々にも参列していただく手はずになっています」

「法王さまはいったいキャピタルをずっと空けてどういうおつもりなのでしょう!」

ウィルミットは怒っていた。キャピタルにはこれといっためぼしい男性が残っておらず、彼女は独りで苦労を背負い込んでいたのだ。アイーダは腕を組んで考え込んだ。

「爆発の正確な時期は不明ですが、長官の記憶と同期したときの感覚では、フルムーン・シップの爆発は1週間ほど先のようです」

「たった1週間」

ウィルミットは暗澹たる気持ちになりながらも、どこか浮かれた気分も感じていた。


次回、第46話「民族自決主義」後半は8月15日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第45話「国際協調主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第45話「国際協調主義」後半



1、


カール・レイハントンは状況をすべて把握していると思い込んでいたが、モビルスーツの操縦に長けていたころの記憶に、彼の再生した肉体がついていけなかった。

「大佐、離れて!」

タノとヘイロはカイザルの盾となって弾丸を防ぐと、2機の間に割って入って距離を作った。その隙にガンダムは遠方へ飛び去ってしまった。完全に実体のあるものであれば容易に追い付けたであろうが、ガンダムとベルリたちは特殊な状況にあって時空間に固定されていない。一度見失うとどこへ逃げたのかわからなくなるのだった。

「ええい、不甲斐ない!」カール・レイハントンはヘルメットを外して酷使に音を上げるアバターに水分を補給した。「記憶情報だけ再生してもあいつには敵わないというわけか」

「アムロという人物はあの中にいたのですか?」

「さあな」レイハントンはそっけなくいった。「ラビアンローズに残っていたデータからガンダムを蘇らせたときには感じなかった気配を、感じるようにはなってきた。もう1度話がしたいと願ってシャア・アズナブルの個性を再生してみたが、どうもあちらにその気はないようだ」

「何千年も前の個性なのでしょう? 糾合が進んで実体をなくしているのでは?」

「いや、あいつはカバカーリとなってずっと存在している。どうもわたしはクンタラという者らとよほど相性が悪いようだ」

「消えたガンダムがどこで何をやっているのか分かっただけで十分でしょう。彼らは莫大な量の思念が一気に肉体から分離されたときに起きた、記憶情報の塊の中にいる。膨大な量の記憶情報がこちらの世界へ流れ込んできて、異質な世界を作っただけですよ。すぐに消えます」

「いえ」ヘイロが否定した。「この世界にいる限り、あの人たちは永遠の存在ですよ。脳から一瞬で分離された思念が内包していた記憶情報が集まってできた世界。この世界はこの場所に永遠に存在する」

ヘイロの言葉に、タノは返す言葉がなく肩をすくめた。

「肉体の再生は共有が上手く使えないから面倒だな」カール・レイハントンは溜息をついた。「この肉体を休ませる必要があるようだし、いったん未来へ戻ろう。あの場所は美しい」


カイザルが追いかけてこないのを確認したベルリたちは、ようやく一息ついた。ベルリが振り向くと、ノレドがぐったりしたリリンを介抱していた。やはり戦闘中のモビルスーツのコクピットに子供を乗せていてはいけないと、ノレドが目で訴えていた。

ベルリたちの当面の目的は、アイーダにフルムーン・シップのことを伝えることだった。フルムーン・シップに満載されたフォトン・バッテリーを搬出すると、大爆発が起きて地球が滅亡してしまう。そのあとは爆風が地表を剥ぎ取り、陸上生物は瞬く間に全滅してしまう。分厚い砂塵が日光を遮り、地球は寒冷化して一気に全球凍結へと進む。それだけは何としても阻止せねばならないと彼らは考えていた。

北米大陸の北の端に、数千の小屋が固まる漁村を見つけたベルリは、ガンダムを降ろして休める場所を求めた。夕刻を過ぎ、空には月が出ていた。寒冷化の進展でその地域にも永久凍土が発生しており、氷が溶けるのは夏の間だけという場所であった。そんなところにも人が住む地域があった。

突然出現したモビルスーツに驚いた住人たちは恐るおそる小さな茅葺の家から顔を覗かせて様子を窺っていた。対応してくれたのは、村の長老でキャピタル・テリトリィの使者が来たときだけ村長を名乗る人物であった。彼はベルリたちを広場まで引っ張ってきて、明かりを灯して顔を確認した。

「悪い人相には見えんな」彼はしゃがれた声で言った。

「実は見ての通り子供連れでして」ベルリは説明した。「どこかに宿をお借りしたいのですが」

「あいにく宿というものはないが、この村は多くの人間がアメリアへ移住してしまってな、空き家がたくさんある。この先にある小屋なら家財道具が少し残っているし、勝手に使って構わんよ」

「すみません」ノレドが申し訳なさそうに小さく手を上げた。「どこはにレストランはありますか?」

「そういうものもないな」村長は笑いながらリリンの頭を撫でた。「食事がしたいのならワシの家の食料を分けるよ。あとは自分たちで調理して何でもこさえて食べるがいい。あの家なら薪も蓄えてある。ただ、もう前の住人が出ていって1年にもなるから、湿っているかもしれんがな」

「村長」ひとりの壮年の男が声を掛けてきた。「ウチがこれから食事だけん、一緒にしてもいいよ」

「おお、そうか。じゃぁひとつ頼むわ。ワシのところから酒を持っていくから、ちょっとこの人らの話でも聞きながら長い夜を潰すか」

案内された家は、比較的大きめの網本の家だった。奥では老婆が穴の間網の修繕をしていた。小さな子供がたくさんおり、彼らは珍しそうに都会の衣装に身を包んだベルリたちを歓迎した。

村長と網本は、酒が進むにつれて遠慮というものがなくなり、ベルリとノレドにぶしつけで卑猥な質問をするようになった。しかし、ふたりが夫婦ではないことや、リリンの父親が戦争で死んだことなどを聞かされると顔を見合わせて口を慎むようになった。若夫婦だと勘違いしていたのだ。

「じゃあ、あんたら大人ふたりがキャピタルのモンで、その子は月から来たっていうのか? こりゃ驚いたな。月なんて人が住めるのかい?」

「正確には月の裏側にあるスペースコロニーなんです。トワサンガというのですが、テレビなどでは報道があったはずですが、ご存じありませんか?」

「知らんな」網本は首を振った。「ここは電気がないからな。テレビというものもない。鉱石ラジオなら昔あったのだが、いまは壊れてしまってな」

ベルリはポケットに入れてあったラジオを取り出してふたりに渡した。

「どうかこれを宿代代わりに受け取ってください。かなり高性能な鉱石ラジオで、電源はいりません」

「こんな小さな箱がラジオだって!」網本は驚いた。「ラジオってもっと大きなもんじゃないのか!」

「日本というところで作られたものです。ここで、放送は入るかなぁ」

ベルリはラジオのスイッチを入れてみた。すると楽しげな音楽が流れてきて、網本の子供たちはいっせいに顔を輝かせてラジオに群がった。

「こんなもの、貰っちゃっていいのかい?」

「だって、お金を受け取らないというので」

「ちょっと飯を食わせて、空き家を貸して、金なんて、なあ?」網本は村長に目をやった。「金は取らんけども、もし本当にいいというのなら、貰っておくかな。なんだか申し訳ないけれども」

「遠慮なさらず。もうずいぶん前に買ったものですし。それよりお聞きしたいのですが、この集落はどこの国家に所属しているのですか? 大昔ここはカナダという人工国家だったはずですが」

「ここハカーバだよ」村長はご機嫌そうに言った。「わしらはクンタラでな、カーバを求めて大陸を移動する流民だったのだが、寒冷化が進んでこの地域一帯が放棄されてしまったおかげで、住んでるものがおらんようになったんだ。その土地を、ちゃんと許可を取って譲ってもらったんじゃな。これは本当だぞ。証書もあるし、キャピタルの許可も得て、通貨の供給も受けている。まあ、真っ先にここへは人が来なくなってしまったが。それでもう50年ほど前からここを拠点にしておるのじゃ」


2,


「ここがカーバなの?」食事をするとすぐに眠ってしまったリリンの頭を撫でながらノレドが尋ねた。「あたしもクンタラなんだ。スコード教徒だけどね。ここがカーバっていうより、勝手にカーバにしちゃったって感じ?」

「ああ、そうそう。ここがカーバである証拠なんて何ひとつない。でもな、土地は北からどんどん氷漬けになる。アメリアのクンタラは金儲けのことしか頭にない。ゴンドワンを支配したクンタラ解放戦線はわしらが考えるクンタラとは全然違う。キャピタルはクンタラ差別が激しい。大陸をグルグル回ってわしらが出した結論は、カーバは死後の世界かもしれんということだった。それなら、どこかに住み着いて、誰にも迷惑を掛けず、与えられたものをみんなで分け合って静かに暮らせばよいのではということになった。ここは貧しいがいたって平和。まあ、海が凍り始めたらどうするかという問題はあるが、そのときは海沿いをもうちょっと南へ下ればいいだろうと」

「姉さん、あ、つまりアメリアの提唱する国際協調主義の世界には参加されないのですか?」

「あれは、アメリアのクンタラの世界支配の手段のひとつだろう」村長は顔をしかめた。「金で支配し、なんやらよくわからん理屈で支配し、他人を見下して何がしたいのやらわしらにはさっぱりわからん。全員自分らの理屈に合わせろと命令しているだけに思えるがな」

「そんなことはないはずですが」

ベルリはアメリアの内実に詳しくなかったので強くは反論しなかったが、東アジアにいるときにグールド翁なる人物の話を聞いていたので、村長の話がまるで嘘だとも思えなかった。

アイーダの国際協調主義が各国あるいは各民族、部族に受け入れられなかった場合、ヘルメスの薔薇の設計図の回収問題は解決されない。これではフルムーン・シップの大爆発を食い止めたところで世界を救うことはできない。全球凍結は大爆発が起こらなくても確実に迫ってきている。


一方アイーダもまた悩みの中にいた。突然出現したG-セルフと見たことのない青い機体に乗った3人と再会を果たしたアイーダは、月夜の荒野に機体を降ろして、寒さをしのぐために火を起こして話し合いの機会を設けた。ラライヤから聞く話は驚きに見たものばかりだった。それは未来の話だった。

彼女はラライヤからフルムーン・シップの爆発事故で世界が滅ぶこと、そのあとはジオンの計画通り地球は思念体に進化したニュータイプが環境外から観察するだけの世界になることを聞いてぞっと身を震わせていた。それはクリムも一緒であった。ミックはクリムに身を寄せたまま何も言わなかった。

「ということは、クリムが大気圏突入に失敗したあとに虹色の膜が地球を覆って内部が見えなくなった。そのあと、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されて、ラ・ハイデンの方針でそれは自爆させられた。巨大なエネルギーが放出されて、陸上生物が死滅した。キャピタル・タワーは無事だった。砂塵で太陽光が閉ざされた地球は一気に寒冷化して全球凍結した。ザンクト・ポルトは無事に生き残り、そこにいたカリル・カシスたちが生き延びて支配権を奪い、地球圏にいる人類の生き残りはクンタラだけとなった。カール・レイハントンは500年前の約束に基づいて彼らを保護し、シルヴァー・シップで地球を外敵から守りながらどこかへ消えたベルリを探していた」

「大体そんなところです」ラライヤは頷いた。

「わたしは気になっているのは、虹色の膜の部分です。それが地球を覆ったとき、まだフルムーン・シップは爆発していなかった。そしてそれを誰も見ていない。でもみんなフルムーン・シップが爆発したのだろうと思い込んでいる。つまり、本当にそこは連続しているのかと」

「ジオンで確認は取っているんです」ラライヤが応えた。「観察はできていないのですが、他のそれほどの巨大エネルギーを発生させる事案はなくて、計算上もそれしかありえないと」

「そうなんでしょうけど」アイーダは食い下がった。「何かおかしい気がするんです。虹色の膜というのは、ジオンの装置のひとつで、クリムがシラノ-5に潜入したときにモビルスーツの大気圏突入装置に秘かに取り付けられた。それが原因でクリムの機体は異常発熱して爆発した。装置が作動して虹色の膜が地球を覆った・・・。でもなぜカール・レイハントンは爆発を観察しなかったのでしょう。実際に目にすれば確実であるのに」

「装置の誤作動だと聞いていましたが」

「誤作動?」

「本当はフルムーン・シップの爆発の余波で装置が作動して地球を覆うはずだったのに、ビーナス・グロゥブ製のモビルスーツの設計が悪くて大気圏突入のときにモビルスーツの爆発が起こってしまった。ジオンではそのわずかな時間差は考慮されていませんでした。結局は同じですから」

「姫さまは」ミックが訝しげに尋ねた。「何にこだわっているのですか? ラライヤが話す通り、結局同じに思えますけどね。ちなみに、あたしは何も知りませんからね。気が付いたときにはクリムと同じコクピットにいただけですから。ここが死後の世界だっていうのならそれで構いませんよ」

「オレは確かにあのとき死んだはずだ」クリムが口を開いた。「爆発で死んだんだ。でも気が付いたときは、ラライヤが話す通り、全球凍結の世界にいた。理由を聞けば、たしかにフォトン・バッテリーが連鎖爆発を起こせば文明どころか陸上生物が絶滅してもおかしくはない。そして霊魂となったオレたちは、時間を遡って過去のアイーダとこうして顔を合わせている。この時間の本当のオレは、おそらくまだビーナス・グロゥブにいるはずだ。そこでラ・ハイデンから断片的にカール・レイハントンの話を聞いている。ジオン云々はまだ知らないはずだが・・・。おかしいとすれば、アイーダだけだ」

「ラライヤさんは」アイーダがいった。「ラライヤさんは時間が連続しているから過去に戻っていると言える。クリムとミックがもし死んで霊魂になっているというのなら、それもまだ理解できる。では、わたしはどうなるのです? わたしは時間を遡ってもいないし、死んでもいないのですよ。歴史がここで変わるのですか? わたしがフォトン・バッテリーの搬出をやめさせれば、フルムーン・シップの爆発が起こらず、地球は救われるのですか?」

「そうならありがたい、としかいまは言えないですね」ラライヤは慎重に応えた。

「だったら何もここで手をこまねいていなくても、ウィルミット長官のところへ赴いてタワーでザンクト・ポルトに上がってはどうでしょう? ラ・ハイデンは戦争のために地球にやってくるというのでしょう? それを宇宙で待ち受けて、事情を話して攻撃をやめさせるのです。ザンクト・ポルトにはメガファウナも物資運搬任務に就いているはずですから、トワサンガにだって行けます」

「ザンクト・ポルトには、わたしとノレドがいますよ。わたしたち、ザンクト・ポルトで大学の研究の手伝いをしていたんです。わたしはどんな顔をして自分に会えばいい?」

「でも、だってそうするのが1番確実でしょう?」

「要するに姫さまは、執務に疲れたんでしょう?」ミックが意地悪そうに笑った。「G-アルケインで外に出たいんだ。まぁ、気持ちはお察ししますけど」

「出られるのか?」クリムが顔をしかめた。「死んだオレや、ミックや、時間を遡ったラライヤや、歴史を変えて行動しようとするアイーダが、この場所から外に出られるのか?」


3,


G-アルケイン、G-セルフ、ミックジャックの3機は、エネルギーが一向に減らないことを確認するとそのままキャピタル・テリトリィを目指して飛び立っていった。

「いいんですか、姫さま」ミック・ジャックが尋ねた。「執務を放っぽり出して」

「いまやっている政治が、未来に繋がらないと知ってしまって、それでも同じことを続けるのは怠慢というものです。とにかくいまはどうにかしてラ・ハイデン閣下に地球攻撃を思いとどまってもらわないと。カール・レイハントンという人物に関しては、わたしではお手上げです」

彼らは話し合いの中で、自分たちが通常の世界にいないのではないかと結論付けていた。フォトン・バッテリーは尽きることがなく、意図的に食事を抜いてもそれで疲労を感じることがない。唯一ラライヤだけは大きな疲労を感じることから、彼女だけは別の存在になっている可能性があった。

「カール・レイハントンによれば、姫さまも死んでいるというのでしょう?」ミックがいった。「人類は滅亡して、この世界は滅亡の入口にあるとかなんとか。あたしたちは地球が滅亡したとき地球の中にいたから死んでしまった。ラライヤはそのとき地球の外にいたから助かった。そしてラライヤは滅亡後の世界から時間を遡ってやってきた。この話、時間を遡ったと考えるからわからなくなるんで、『記憶を遡っている』と考えれば辻褄が合うんじゃ?」

「記憶を遡っている・・・」アイーダが反芻した。「でも、世界はこうしてリアルに目の前に存在している。これが、これがニュータイプの感応現象なんでしょうか?」

「人間が一斉に死んだとしたら」クリムが割って入った。「人間の記憶はこんなに平穏なんだろうか。感応現象なんてものがあるとしても、絶滅を体験した人類ならば、もっと阿鼻叫喚の記憶情報の濁流で地獄のような世界になりそうなものだが」

「そう、そこなんです!」アイーダは気になっていたことを思い出した。「虹色の膜に覆われたときと、フルムーン・シップが爆発する間には時間差があったのでしょう? つまり、虹色の膜が覆われた後の世界は、カール・レイハントンも観測できていない」

「それは確かです」ラライヤが肯定した。「カール・レイハントンはそれでベルリを見失いました」

「もし、もしもですよ」ミックが仮定の話を持ち出した。「ものすごい能力のニュータイプがいて、虹色の膜に地球が覆われたときに全人類を一斉にニュータイプに進化させたとすればどうでしょう? この世界がクリムの言うような地獄絵図になっていない説明がつく。人類が滅亡する以前に、全人類はニュータイプに進化して、すべての人間の記憶情報によってこの世界が構築されたとしたら」

「でも誰がそんなことを・・・」

「わたしはインドで宇宙世紀時代のララアという少女が世界を救済するみたいな予言を聞きました。もしかしたら、この世界の構築が世界を救済する手段に繋がっているのかも」

「フルムーン・シップが大爆発を起こすのは、数か月後のことなんですよね」アイーダが物憂げにいった。「いまこの瞬間、本当のわたしはアメリアで政治交渉の真っただ中にいる。クリムはビーナス・グロゥブにいる。ラ・ハイデンはカール・レイハントンの出現の驚いて対策を考えている。ラライヤはザンクト・ポルトでノレドと一緒に大聖堂の研究をしている。これにはアメリアからも調査団を送っておりますので確かですし、では、ベルリはトワサンガですか?」

「いえ」ラライヤが首を横に振った。「ベルリはカイザル・・・、そう、カール・レイハントンのカイザルというモビルスーツに乗って、行方不明になっているんです。いまこの瞬間にどうなのかは確信ありませんけど、大聖堂の思念体分離装置に突然出現して、そのあとすぐに消えたと思ったらしばらく・・・、たしか2か月くらいだったと思いますけど、行方不明になるんです」

「ラライヤさんはそれを現地で見て知っているのですね?」

「ええ」

ベルリは行方不明になっている間、カイザルのサイコミュの影響で、カール・レイハントンと記憶を共有している。記憶だけなのかその他の部分も共有したのか、ベルリにもわかっていない。

「だとしたら、ますます事態を動かして様子を見なきゃって気になりますわね」

決意を新たにしたアイーダたちがキャピタル・テリトリィに到着したのは翌日のことだった。

突然のモビルスーツの出現にキャピタル議事堂は大騒ぎになったが、ウィルミットは比較的冷静に彼らを出迎えてくれた。4人は長官室に招かれ、世界で起こっている出来事を伝えた。ウィルミットは静かに話を聞きながら頷き、自分なりの答えを見つけようとしていた。

「信じがたいことですね。でも、アメリア軍の総監がこうしてやってきていることや、つい先だってタワーでザンクト・ポルトに上がっていったばかりのラライヤさんがこうしていること、フォトン・バッテリーが枯渇しない話などを聞く限り、受け入れるべき事象のようです。それに、ミック・ジャックさん、あなたは先の攻防戦で亡くなったと聞いています。その方がこうしてここにいること、それは無視できない事実です。それにクリムさん。あなたもです」

ウィルミットは、キャピタルを空爆して破壊したクリムにはあまり良い感情を持っていないようであった。クリムもいささか居心地が悪いのか、視線を逸らす仕草が増えたように思えた。

「ベルリのお母さん、いえ、ウィルミット長官、わたしたちをタワーで宇宙に送り届けることは可能ですか?」突然アイーダが尋ねた。

これにはクリムとミックが反対した。

「オレたちが宇宙に出てなんになる? カール・レイハントンの方針は説得してどうにかなるものじゃない。あいつには絶対的な確信がある。ラ・ハイデンも同じだ。アイーダはカール・レイハントンに、スペースノイドがアースノイドをどう思っているのか聞いたって言っていたじゃないか」

「そりゃそうですけど」アイーダは抗議した。「でもあたしだって、ここが『記憶の世界』だと信じればこそ、アメリアでの執務を放り出してこうしてキャピタルまで来ているのですよ。これが本当の世界だったらわたしは懲罰ものです」

「うん」ラライヤが難しい顔で頷いた。「これはアリかもしれないですよ。わたしはずっと疑問に思っていたことがあったんです。世界が滅亡した後の世界に、なんで都合よくカリル・カシスというクンタラの女性がザンクト・ポルトにいたのだろうって。あの人、クンタラの女性ばかり1000人も連れて、タワーで上がってきていたんです」

「カリル・カシス・・・?」ウィルミットが思い出したように手を打った。「あの、ビルギーズ・シバの秘書だった女? なぜキャピタルの資産を奪って逃げた彼女が人類が滅亡することを知っていたのですか? アメリアで何か特殊な職業に就かれていたのですか?」

「いいえ」アイーダは否定した。「彼女はニューヨークで水商売をして財を成していたのですが、都市が壊滅してしまって、他の住人と一緒にワシントンに引っ越してきたのです。わたしが知っているのはここまで。あ、いえ、イベント関係の仕事を取り仕切っていると聞いたことがありますね」

クンタラの話になって、徐々にラライヤの表情に変化が起きたが、誰もが話に夢中でそれには気が付かなかった。


4,


ウィルミットの長官室で、話は続いていた。

「待てよ」クリムが何かを思い出したのか、首をひねって手を顎にあてた。「フルムーン・シップに乗り込んだのはクンタラ解放戦線のメンバーじゃなかったかな。オレとルインはビーナス・グロゥブのスコード教の人間に頼まれたのだが、急な出港で人手が足らないというので、地球人のメンバーを半分くらい乗せていたはずだ。メガファウナのステアもフルムーンシップに乗船している。マニィもだ。フルムーン・シップの爆発に、クンタラ解放戦線のメンバーが関わっているかもしれない」

「そういえば」アイーダにも何か心当たりがあるようだった。「アメリアで使用している長距離通信の装置がありまして、いえ、これはアグテックのタブーに抵触しているものなのですが、あれでベルリと交信していたのですけど、ときどき、そうずっと前から、混線して何か会話が聞こえることがあったのですよ。よくは聞き取れないのですけど、ときどきクンタラという用語が出ていたのは何度か耳にしました。クンタラと言えば、ジムカーオ大佐がクンタラから改宗したスコード教徒で、かなり複雑な思いを持たれていた人だったと調査報告書作成のおりにレクチャーを受けたことがあります」

「でもなぜクンタラ?」ミックが首を捻った。「まさかジムカーオがまだ生きているなんてことはないでしょうね? だったらわたしは許しませんよ」

「クンタラが問題になるのでしたら、アメリアにもクンタラの方々はおられますし、実はキエル・ハイムというクンタラの研究家もおります。話を聞いてみてもいいかと」

「そんな悠長なことを言っている時間はあるの?」ミックは否定的だった。

「ややこしい話ばかりで理解が追い付いているが不安ですが」ウィルミットが居ずまいをただした。「みなさんは未来からやってきたのでしょう? 要するに、現在の時間ではクリムさんはビーナス・グロゥブにいるはず。そこになぜかトワサンガの初代王カール・レイハントンなる人物が姿を現して、人類の思念体への強制進化を持ち掛けている。それに対してラ・ハイデン閣下は、地球の侵略による問題解決を示した。なぜなら、ヘルメスの薔薇の設計図の回収なくしてフォトン・バッテリーの再供給はあり得ないからだと。それができないのなら・・・」

「ビーナス・グロゥブ、トワサンガ、キャピタル・テリトリィを一括管理をするとか話していたな」クリムが補足した。

「なるほど」ウィルミットが頷いた。「ビーナス・グロゥブの人間がその3地域を支配して、その地域以外の人類は見捨てると。ヘルメスの薔薇の設計図の流出はそれほど大きな問題だったのですね」

「ラ・ハイデンは神治主義という言葉を使っていた。結局人間は、神に導かれなければ生物の枠組みを逸脱してしまう存在だから、ビーナス・グロゥブの人間は神ではないが、神のように振舞ってアースノイドを教導していかねばならないと。そんな感じで話していたはずだ。だから、いままで通りにはフォトン・バッテリーは配給しないし、エネルギーを失った人類がどれほど死のうともそれは自然の摂理だから受け入れなければならないと」

「そんなことになったらアメリアは破滅です。絶対に阻止しなければ」

「アメリアだけでなく、キャピタル・テリトリィの人間も破滅でしょう」ウィルミットの顔が曇った。「まさにクンタラ以外の人間が全滅する瀬戸際になってしまっている。でも、カリル・カシスだけは生き残って、子孫を作って、キャピタル・タワーで地上に降りて赤道付近の生物生息可能地域を支配する。1万2千年間はそれで凌いで、地球が温暖化してきたら彼らが地に満ちる・・・。これはつまり、3つの方針のせめぎ合いということになりますね」

「3つの方針?」

「ひとつはビーナス・グロゥブ。彼らはいままで通りスコード教とアグテックのタブーに基づいた世界の継続を望んでいる。ふたつはカール・レイハントンのジオン。彼らは人類の思念体への進化を望んでいる。みっつはクンタラ。彼らはカール・レイハントンを味方につけて、ジオンの方針とクンタラ民族の存続を両立させている。クンタラは500年前からこうなることを予測して行動していたとしか思えない。彼らは肉体を持たないジオンを利用している。何もかもあらかじめ計画通り進んでいるのではないでしょうか」

「長官のおっしゃる通りだと思います」アイーダが同意した。「ジオンとクンタラは目的が一致している。ジムカーオについてはまだ保留するしかありませんが」

「クンタラは、肉体をカーバに運ぶ道具なんです。だから、肉体を捨てて全人類をニュータイプにしようと企むジオンと目的が同じであるはずがないじゃありませんか」

「そうなの?」

クンタラのことを話し始めたのはラライヤだった。なぜ彼女がそんな話をしたのか誰もがきょとんとして彼女を見つめ返したとき、ラライヤは放心したように宙を見つめていた。

「世界を救済するための猶予の時間を無駄にしてはいけません。世界を目にした者が希望を見い出すか、絶望を見い出すかで世界の命運は決まる。それなのに世界には絶望しかない。誰もこの星を導く理想を持っていない。希望が潰えるまであとわずかしかありません。もしあなた方が希望を見い出せないのであれば、世界の命運は再びふたりの人間の争いに委ねられるでしょう。そこに勝利者は存在しない。この星は空となり、宇宙から戻ってくる者たちが支配者となるでしょう」

淡々と語られるラライヤの言葉をどう解釈していいのかわからないまま、ウィルミット、アイーダ、クリム、ミックの4人は互いに顔を見合わせていたが、ウィルミットの長官室にいたはずの彼らは、ザラザラと肌を焼く猛烈な違和感の中に放り込まれた。それはまるで周囲の世界が勝手に動き出したかのようだった。空間が肌をこすって高速で移動していった。

怖ろしくなった彼らは思わず身をこわばらせた。机にしがみつき、椅子のひじ掛けを握りしめ、脚に力を込めた。空間は砂のようにざらざらしていて、不快なことこの上なかった。髪が巻き上げられてミックは思わず顔をしかめた。アイーダは、脚の裏の空間までもが動いていることに気づいて怖気を震った。世界はこれほど濃い密度であったのかと恐怖するほどであった。

「ラライヤ、あなたはッ!」

と叫んだアイーダは、不意に頭上の空に輝きを発見した。それは爆発の輝きであった。空で起こった異変は、波紋のように虹色の膜を拡散させていった。空は次第に虹色の膜に覆われていく。アイーダにはその記憶はなかった。それでも自分が見る景色であることは彼女にもわかった。その爆発は、クリムが死んだときの輝きであったのだ。

「これがわたしが最後に見た景色?」

アイーダにとってそれは未来の自分の記憶であった。それ以後の記憶は彼女にはない。彼女は、上空で起きた爆発の瞬間に観察者として、つまり人間としての役割を終えて別の存在に進化したのだ。アイーダの頭の中には、クリムの最後の記憶も流れ込んできた。彼はミックジャックを使って大気圏突入を図ったが、異常発熱によって機体は爆発、その衝撃で肉体は四散した。だが彼も、死の瞬間に肉体の殻を捨てて思念へと進化していた。アイーダとクリムは、ほとんど同時に思念を分離したのだ。

突然死した彼女は、慌てて駆けつけたレイビオとセルビィの叫び声にも目を覚まさず、アメリアは大混乱のうちに上空より降りてきたフルムーン・シップを迎えることになった。巨大運搬船にはステアが乗っており、彼女はマニィと銃を突きつけ合っていた。フルムーン・シップの中はビーナス・グロゥブの船員とクンタラ解放戦線のメンバーが入り乱れ混乱状態にあった。そこにオルカに乗ったドニエルが追い付き、突入部隊を編成してフルムーン・シップのブリッジを急襲した。

ドニエルと合流したステアは、クンタラ解放戦線と激しい銃撃戦を繰り返しながら、ビーナス・グロゥブの船員を説得して、ありったけの艦艇を使ってフォトン・バッテリーの搬出を試みた。彼らはアイーダの名を口にするが、彼女が急死したことを知らない。姫さまにフォトン・バッテリーをと叫びながら彼らはデッキよりフォトン・バッテリーを満載した小型艇10隻ほどを発進させた。

マニィは狂ったように叫び、オルカに逃げ込もうとしたもうひとりの操舵士を取り押さえて銃で南極へ向かうように恫喝した。男は観念してマニィに従うべく両手を上げた。

その瞬間、地球を揺さぶるほどの大爆発が起きた。ウィルミットはその爆発をザンクト・ポルトで目にしていた。長官室に籠っているはずの自分がなぜ宇宙に上がっているのかさえ、いまの彼女には理解できなかった。

それらの記憶の奔流が、ラライヤも含めた5人の脳裏に同時に流れ、彼らの記憶は同期されたのだった。


次回、第46話「民族自決主義」前半は8月1日投稿予定です。











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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第45話「国際協調主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第45話「国際協調主義」前半



1、


エネルギー事情が日々逼迫する中で、アメリア軍最高司令官アイーダ・スルガンは、アメリアが保有する全モビルスーツの運用停止を決めた。バッテリー切れで動かなくなったモビルスーツは廃棄せず、軍の施設に集めた上で将来はキャピタルを習って博物館として運営する予定になっていた。そしてとうとうG-アルケインも格納庫に到着したと聞いて、彼女は立ち会うことにした。

「思えばいろいろ・・・」

眼を閉じたアイーダが回想に耽ろうとしたときだった。軍の広報の女性が慌てふためいて転がり込むように彼女の前に進み出た。

「なんですか、騒々しい」少しむくれた顔でアイーダが尋ねた。

「モビルスーツです! 所属不明のモビルスーツが東海岸の上空を通過して間もなくワシントンに到着します。G系統の大型モビルスーツの可能性があるとのこと!」

「モビルスーツ・・・」

アイーダの顔色が変わった。アメリアは技術の独占を目論んでいるとアジア各国から疑念を持たれており、目下対立関係になるとすればアジアのいずれかの国であるはずだった。アジアの国はクンパ大佐、ジムカーオ大佐の反乱には関わってこなかったが、アジアにヘルメスの薔薇の設計図が流出していない保証はなかったのだ。

しかも、文明の再建が遅れていたアジア地域は、どこの国にどれほどのフォトン・バッテリーが残っているのか把握できていなかった。キャピタル・ガード調査部が機能を停止してからはなおさらアジア、アフリカ地域の実情は闇の中にあった。その中のいずれかの国がアメリアの実効支配を目論んでもおかしくはない。

アイーダはモビルスーツの出撃を命令しようとして、慌ててその言葉を飲み込んだ。命令しようにもモビルスーツを運用するほどのフォトン・バッテリーはアメリアには残っていない。いくら様々な方法で電力を確保しつつあるといっても、それを貯蔵するバッテリー技術がないのだった。

アイーダは、通常兵器で防空体制を取るように命令を出すと、ほんのわずかな時間でもG-アルケインが動かないものだろうかとコクピットに乗り込んで操作パネルを起動させてみた。すると、エネルギーゲージはなぜか満タンを示し、G-アルケインは起動したのだった。

軍の格納庫に運び込まれたばかりのG-アルケインは、他の戦争を生き延びたモビルスーツのように鎖で固定されていなかった。アイーダはコクピットを開けたままモビルスーツを動かした。

「全然動くじゃないの。スミス! アダム・スミスはいますか? フォトン・バッテリーはいつ交換したのですか?」アイーダはコクピットから身を乗り出して声を掛けた。

「交換なんかしてませんよ。なんで動くんです? 予備バッテリーでもあったんですか?」

「予備バッテリー?」だが、計器を確認してもそのような表示はどこにもなかった。「エネルギーが満タンなんです。わたしはこのまま出撃します。ライフルは使えますか?」

アダム・スミスは手でバッテンを作ったが、ライフルを持ち上げてみるとこちらもエネルギーは充填されていた。

「なんで姫さまが出撃するんですか!」格納庫の扉にしがみついたまま、アダム・スミスが叫んだ。

「こうするしかないじゃありませんか」アイーダは誰の制止も受け付けなかった。「敵はわたくしが食い止めてみせます。地上軍の配備を急いでください」

そう叫ぶなり、G-アルケインは格納庫を飛び去った。

レーダーが所属不明の巨大なモビルスーツを捕捉した。サイズ的にモビルアーマーの可能性もあるほど、それは巨大であった。数十秒後、アイーダは所属不明機と接触した。白を基調としたトリコロールカラーの機体で、彼女が冬の宮殿で目撃したガンダムと呼ばれる機体と同系統のものだとわかった。

「前方のモビルスーツに警告します」アイーダは叫んだ。「直ちに停止して投降しなさい。さもなくば、アメリア軍は全力であなた方を排除します」

モニターから聞こえてきたのは、ベルリの声だった。「姉さん?」

「ベルリ?」アイーダは驚いて緊急停止するとホバリングに移行した。「どうしてトワサンガで王子をやっているはずのあなたがここにいるのですか? それにその機体! G-セルフではない。どこからそんなものを? フォトン・バッテリーは? もしや、ビーナス・グロゥブから?」

「いえ、違うんです。ぼくは姉さんに伝えなきゃいけない重要な・・・」

ベルリの言葉を遮るように、晴天の空に閃光のひび割れが入った。眩さの中から出現したのは、赤に金色の縁取りを施しレイハントン家の文様が描かれた大きなモビルスーツと、同型の濃紺の機体2機であった。アイーダは咄嗟にその機体を敵だと認識してライフルを連射した。すると濃紺の2機のうち1機が射撃を返してきた。何かエネルギーを当てられたらしく、G-アルケインは大きなダメージを負って墜落していった。

「姉さん!」

ベルリの声が聞こえて、アイーダは必死に機体を立て直して墜落の衝撃からは免れた。

地上で片膝をついて上空の敵めがけて射撃をするアイーダであったが、敵の動きは速く、まるで的を絞らせない。このままではベルリの機体に誤爆してしまうと、アイーダはいったんライフルを降ろした。

上空では白いモビルスーツと赤いモビルスーツが激しく戦っていた。顔は見ていないが、白いモビルスーツにはベルリが乗っているはずであった。アイーダはライフルの残弾を確認した。すると、かなりの数を撃ったはずなのに、エネルギーは満タンのままだった。機器の故障ではないかと、アイーダは不安になった。

「いったいどうなってしまったんです!」

赤と白のモビルスーツは、蒼穹を切り裂くように激しく交差して火花を散らした。アイーダはG-アルケインのコクピットから集結してきたアメリア軍を指揮して市民の避難を急がせた。敵機は地上を攻撃してくるそぶりは見せず、3機でベルリの機体を追い回していた。

その3機の肩にはレイハントン家の紋章が刻まれていた。他にも何かをかたどったシンボルも描かれているが、そちらはアイーダには見覚えがなかった。ベルリがどこで新しい機体を手に入れたのか、なぜ3機のモビルスーツに追われているのか、正体不明機の肩になぜレイハントン家の紋章がついているのか、頭を巡らせてみたが答えらしい答えが見つからなかった。

アイーダは国際協調主義を掲げて世界秩序を取り戻そうと政治活動を行っている最中であった。ベルリはキャピタルを崩壊させたふたりの青年、クリム・ニックとルイン・リーをビーナス・グロゥブに流刑にして、アースノイド全員を宇宙で教育させる新時代の教育制度の概要が書かれた親書をラ・ハイデン総裁に送っていた。ラ・ハイデンがそれを認め、フォトン・バッテリーの再供給に踏み切ってくれるかどうかは未知数であったが、ヘルメスの薔薇の設計図の回収が事実上不可能となったいま、考えられる最高の提案であるとアイーダは思っていた。

ベルリはトワサンガにあって、自分をサポートしてくれているはず。アイーダはずっとそう信じて政務に携わっていた。ところがそのベルリが地球、それもアメリアにいて、所属不明機同士で争っているのだ。なぜそのような事態になっているのか。さらにレイハントン家の紋章。アイーダは敵機に対してオープンチャンネルで停戦を呼び掛けた。

「アメリア軍総監アイーダ・スルガンの名において命じます。頭上で交戦中のモビルスーツは直ちに交戦を中止して投降しなさい。さもなくばアメリアはあなた方を敵機と見做して攻撃いたします」


2,



アイーダの停戦命令が受け入れられたのかそうではないのか、頭上での戦いは互いに距離を取った状態で一旦停止された。赤いモビルスーツは戦闘から離れ、ゆっくりとビルの隙間に降りてきた。G-アルケインの1.5倍ほども大きい、汎用型ヒト型機械だった。

対して、ベルリの白いモビルスーツと濃緑のモビルスーツ2機は互いに距離を取りながらも警戒して降りてこなかった。

「姉さん!」ベルリから通信が入った。「赤いモビルスーツに乗っているのは、カール・レイハントンだ。トワサンガの最初の王さまで、ぼくらの先祖なんだ」

「はい?」アイーダには何のことか理解できなかった。

G-アルケインのモニターに、見慣れない白人男性の顔が映し出された。輝くばかりの金髪を持つ青い瞳の青年で、アイーダといくらも年齢が変わらない。カール・レイハントンはモニター越しにアイーダを観察していた。いくら待っても話しかけてこないので、アイーダの方から話しかけた。

「あなたがトワサンガを作った初代王なのですか?」

「そういうことになっているようだな」男は初めて口を開いた。「君はあまりサラに似たところはないようだ。500年も経過すればそうなるか」

彼は少しがっかりしているようだった。濃緑のモビルスーツはベルリの機体を牽制して降りてこられないようにしていた。アイーダはなおも警戒していたが、男はハッチを開いてその姿を見せた。

アイーダはここで大きな勘違いをした。彼女はトワサンガの初代王がディアナ・ソレルらと同じようにコールドスリープで眠りに就いており、目覚めたのだと解釈したのだ。アイーダはフォトン・バッテリーの供給について、カール・レイハントンに懇願することにした。

「カール・レイハントン、お初にお目にかかります。アメリア軍総監アイーダ・スルガンと申します。率直にお伺いいたしますが、ビーナス・グロゥブからのフォトン・バッテリーの再供給はなされるのでしょうか。それともこのまま地球は独自に発展を目指していいのでしょうか。どうかご意見を窺いたく存じます」

不意を突かれたのか、男は小さく笑ったのちに、アイーダの話に返答した。

「スペースノイドが過酷な宇宙での暮らしを受け入れ、さらに多大な労働の犠牲を払い地球にエネルギーを供給するのは、アースノイドというものに本質的な不信感を持っているからだ」

「姉さん!」ベルリの叫び声が聞こえたが、その通信は妨害を受けて受信できなくなった。

「スペースノイドはアースノイドを信じていない」男は続けた。「アースノイドは生命維持に労力を割かず、常に地球から搾取し続けているからだ。生命維持を環境に依存しているくせに、人間が汚した地球環境の回復は自然に委ねられている。人類が動物に等しい生物であれば破壊より回復の方が大きく問題はないが、人類はその身体能力を科学によって拡大生産していった。人類は数を増やし、その数以上に能力を拡大させて地球環境に行使し、負荷を与えている。破壊が回復を上回ったならば、回復のために労力を割くべきだった。だが彼らはそうしなかった。宇宙から資源を投入し続け、環境破壊をやめなかった。動物であった時代は終わっているのに、動物であったときと同じように振舞う。これがオールドタイプだ。オールドタイプとしての人類の歴史は、地球環境の破壊の歴史であった」

「それがまだ続いているから、スペースノイドは我々アースノイドを信用していないのだと?」

「そうだ。だから開発を禁止して、檻の中に閉じ込めながら餌を与え続けている」

「そんな・・・」アイーダは絶句した。「それじゃまるでわたしたちが動物園の見世物のような」

「そこまで卑下することはない。人類には知能があるし、コントロールされている限り貴重な労働力として地球環境の回復に使役させることも可能だ。ビーナス・グロゥブの方針とはそういうものだ」

「それがビーナス・グロゥブの方針・・・。地球環境を回復させる労働力としてわたしたちを見ているのですか?」

「ビーナス・グロゥブは、という話だ」

「では、トワサンガの王であるあなたは違うのですか?」

「わたしの方針は違う」

「それはどのようなものなのでしょうか?」

「オールドタイプの強制的な進化を促すことだ。人類はその身体能力の拡大によって進化を続けてきたが、宇宙においてそれまで知られていなかった脳の共感現象の研究から魂だけの世界とも呼べる思念が蓄積した世界があることと確認された。ニュータイプは肉体を捨てて思念だけの存在になるまで研究が発展した。これは人類の進化の最終形態である」

「あなたは・・・」

アイーダはようやく目の前の男が冬の宮殿で目撃したコロニー落としの実行犯であることを理解した。名前を数回聞いただけの存在であった自分の祖先が人類最大の悪行を成した人物であることに彼女は恐怖した。

「そんなことはさせません!」アイーダは叫んだ。「わたしは必ず国際協調主義を成功させて、地球連邦を作ってみせます! 地球環境への負荷だって、ベルリがちゃんと考えてくれています! わたしたち新しいアースノイドは、スペースノイドの考え方を身に着けた、新しい人類になるのです!」

アイーダの叫びを聞いても、男は眉ひとつ動かさなかった。

「政治的な確執を乗り越えて作られた地球連邦は、政治対立によって戦争を繰り返してきたアースノイドにとって大きな成功体験となる。成功体験に裏付けられた連邦の傲慢さというものは、地球環境という回復力を持つものへの真摯な態度には繋がらないのだよ。だとすれば、彼らが緩やかに地球を窒息させていくのも、外部からの攻撃によって窒息を早めることも、結局は一緒なのだ」

「同じであるはずがないではありませんか! あれでどれほどの人間が死んだというのですか!」

「地球の暗黒時代は、アースノイドによってもたらされたのだ。アースノイドは地球を完全に破壊して、共食いするまで退化した。あれが早く起きるか、遅く起きるかの違いであった。我々が連邦に敗れ、地球圏から撤退していったとき、地球の暗黒化は定まったといってもいいのだ」

「あなたの話には希望がありません! それならば、わたくしたちはビーナス・グロゥブと直接交渉をして、フォトン・バッテリーの供給とスコード教への帰依、アグテックのタブーを守って生きていきたい。ああ、わかりました! あなたが弟と争っている理由が。弟はビーナス・グロゥブとの中継地であるトワサンガをあなたに渡さないために戦っているのでしょう? わたくしは弟の味方ですよ。たとえあなたがどんな強大な敵であっても、必ず弟と正しい人類の未来を切り拓いてみせます」

「もう遅い」

「遅い?」

「この世界は人間によって観測された情報によって再構築された、死後の世界の入口にある場所だ。この場所のことが掴めず、300年もベルリくんを探しあぐねていたが、ようやく彼がどんな存在となってこの世界にいるのかわかった。人類はとっくに滅亡したのだよ、アイーダ・スルガン」


3,


「人類が滅亡した?」アイーダは男の言葉の意味が分からなかった。「わたしはこうしてここにいるじゃありませんか。この心臓の鼓動が生きている証です!」

「この世界で生を持っている人間は、ガンダムに乗る3人とわたしたちだけだ。もっとも、わたしたちの身体は単なる入れ物に過ぎないがね。しかし、絶望することはない。ニュータイプへの強制的な進化が成されただけだ。君もいずれはその心臓の鼓動なるものが、記憶情報に過ぎないと理解してわたしたちと一緒になる日が来る。死があまりにも突然起こったので、君には死んだという自覚がないのだ」

男はコクピットを閉じ、ゆっくりと上空へ舞い上がっていった。アイーダにはわからないことばかりであったが、彼が赤いモビルスーツに乗って白いモビルスーツと戦っている意味は理解できた。

「妄執に囚われ続けているくせに、わかったようなことを!」

G-アルケインを飛び上がらせようとしたアイーダであったが、胸に被弾してそのまま地面に叩きつけられた。背中を強打したアイーダは顔を歪ませながら、モビルスーツの後を追おうとしたが、すでにガンダムもろとも遠くへ消え去った後だった。

「性能が違いすぎる・・・」

アイーダはG-アルケインのコクピットの中で唇を噛んだ。

そのまま地上軍の配備の指揮を執った彼女は、コクピットの中でカール・レイハントンの言葉を反芻していた。彼女は自分が考えていた国際協調主義が即座に否定されたことを気にしていた。

彼女はこう考えていたのだ。地球にばらまかれたヘルメスの薔薇の設計図がもし回収不能だというのであれば、国際協調主義に基づいて各国間の利害を調整しながら連邦政府を作れば、国家間の戦争はなくなる。それがひいては、ヘルメスの薔薇の設計図の流出を無効化するのではと考えていたのである。

国家間の戦争さえなくなれば、兵器の情報は無意味になる。そのはずだった。だが、カール・レイハントンの話では、連邦政府の樹立そのものがアースノイドの成功体験となって、その興奮がまたしても地球環境への依存という名の甘えに繋がるのだと。ことの本質は、戦争の有無ではなく、人類の進化そのものにある。五体の機能を科学で拡張していくことで人類は飛躍的に発展してきた。発展の代償は、地球そのものが持つ環境再生能力に委ねてきた。このサイクルそのものが悪なのだと。

そして人類は宇宙において、未知の感覚機能を発見するに至った。その研究を推し進めたところ、肉体は不必要となった。カール・レイハントンはそこまで語らなかったが、ジムカーオなる人物がまさにそうだった。それにカール・レイハントンは、自分の身体は入れ物だといった。アイーダはハッパが提出したアンドロイド型エンフォーサーのことを思い出していた。あれと同じものなのだろうか?

もし生体でアンドロイドと同じものが作れるのだとしたら・・・。ラ・グーは身体の欠損を機械で補っていた。あれがもし、生体であったとしたらどうだろう。人間は古くなった臓器を新しいものと取り換え、細胞を若返らせ、永遠に生きようとする。それは人間の意識が脳に宿っているからだ。だが、ジムカーオがそうであったように、意識や思念が肉体を必要とせず、別の場所に保存されているとしたらどうだろうか。肉体は、必要な時に作り、目的を達すれば使い捨てる単なる道具になるはずだ。

「コールドスリープで眠っていたのではなく、思念だけでずっと生きているということ?」

地上軍の配備があらかた終わったころ、今度は秘書のレイビオから連絡が入った。白髪の壮年である彼は、居住まいただしくモニターに映し出されたが、報告された内容は驚くべきことだった。アイーダはレイビオに対して何度も同じ質問を繰り返した。

「ゴンドワン王からの抗議? ゴンドワン王とは誰のことです?」

「ゴンドワンが立憲君主制へ移行したとは既に報告させていただきましたが、彼らが『実在しているが特定ではない存在』としていた王の座に、エルンマンなる少女が就いたというのです。エルンマンは実在する人物で、北方の出身と報告が上がっています。その身長140センチの少女が、『アメリアの技術独占と環境破壊に反対する声明』なるものを突如発表しまして、アジアの数か国が賛同の意思を示していると。そういうわけですから、いますぐそのおもちゃから降りて、執務室に戻ってください」

「カール・レイハントンはこの世界を夢のようなものだと言わんばかりでしたけど、こんなバカバカしい夢ならいっそ消えてなくなって欲しいものです」

執務室に戻ったアイーダは、調査部が送ってきたエルンマンの写真を手に取った。ゴンドワン北方に多い金髪碧眼の少女で、父親に似たのかこまっしゃくれた生意気そうな顔が不敵に笑っていた。

「結局この子は何を言いたいのですか?」アイーダは質問した。

「彼女が訴えているのは、簡潔に申せば脱フォトン・バッテリー、アンチスコードですが、それを『持続可能エネルギーによる地球の独立』という美辞麗句にくるんでおりまして、先ほどアジアの国がと申しましたが、共産主義国ばかりです。どうやらアジアで起こった共産主義運動の余波が、とうとうゴンドワンにまで辿り着いたと考えてよいと思います」

「共産主義というのは東アジアの果てで起こっていたのではないのですか?」

「共産主義というのは、歴史政治学の分野ではどこの国でも研究はされていました。しかし、成功例がないことなどをもって実現不可能とされていましたから、どこの国も採用なしなかった。一方でどこの国にも国内に支持者はいたのでしょう。地政学的にゴンドワンがその西進を食い止める役割を果たしていたのですが、フォトン・バッテリーの供給が止まって、しかもゴンドワンはあのような有様でしたから、急速に影響力が及んだと考えていいかと」

「その勢力が、ゴンドワンの採用した空想的立憲君主制を乗っ取ったと、そういう理解でよろしいかしら?」

「おそらく」

「それでその140センチの少女はアメリアに何をしろと?」

「地球を汚すなと。軍事力とエンジン技術を放棄しろと。そういうことです」

「エンジン技術というのは日本が提案していたエタノールディーゼルエンジンのことですか?」

「おそらく」レイビオは頷いた。「エルンマンは環境活動家の親を持つそうですが、要するに軍事技術とエンジン技術を奪い取って自分たちで独占しながら他国には禁ずるつもりなのでしょう」

「なんでそんな人間がゴンドワンの王になどなるのですか!」アイーダは怒りに任せて机をどんどんと平手で打った。「地球はこんなことをしている場合じゃないかもしれないのですよ。ゴンドワンのような大国がこんなことでは困ります!」

「エルンマンは無視していいかもしれませんが、ゴンドワンは君主制を利用されて一瞬で共産主義勢力に乗っ取られてしまいました。この動きがアメリア国内にないとは言い切れません。アメリア国内のどれほど共産主義勢力のシンパがいるのか調査が必要かと」

「そうかもしれませんね」アイーダは同意した。「この件はレイビオに任せます。しかしあなたも気に留めておいて欲しい。第1に考えねばならないことは、ヘルメスの薔薇の設計図の回収が不可能であるということなのです。この問題を解決しなければ、地球はトワサンガやビーナス・グロゥブと縁が切れてしまう。もしそうなれば、地球より遥かの科学力が進んだ人類が、宇宙から降りてきてしまうのです。レコンギスタはこれからもずっと続く。地球がフォトン・バッテリーの供給を受ける体制がもっとも地球人にとって安全な形なのだということ。それを忘れて、地球人の感性だけで政治をしていてはいけないのです」


4,


アメリア国内でレッド・パージが始まった。赤狩りの嵐は大学や演劇界を一瞬で吹き飛ばすほど激しいものだった。アメリアはゴンドワンとの大陸間戦争で多くの人間が死んでいたことから、ゴンドワンへの反発が強く、彼らが共産主義勢力の手先になったとの政府の宣伝は瞬く間にアメリア国内を席巻したのだ。

予想外の反響に驚いたのはアイーダだった。彼女の脳裏には、夢のように突如現れたカール・レイハントンとの会話が残っており、自分の国際協調主義への自信が揺らいでいることに加え、ゴンドワンと新たな対立関係を生み出してしまったことへの後悔も芽生えていた。

アイーダは急速に世論の支持を失いつつあり、特にリベラル層の相次ぐ離反には頭を悩ませていた。盤石だった政治基盤が、共産主義のちょっとした揺さぶりで危うくなったのだった。自信喪失気味のアイーダに対し、グシオン時代から秘書を務めるレイビオは、叱咤するように励ました。

「いつからか姫さまは、国際協調主義を掲げれば皆が賛同して平和裏にことが収まると安易に考え始めていました。国際協調主義を土台にして地球連邦政府を目指すということは、誰も逆らうことのできない巨大権力を生み出すということなのです。それが武力なしに達成されると、思い込んでおられた」

「地球連邦は民主的組織です」

「違いますな」レイビオは首を横に振った。「皇帝ですよ。誰も逆らえない、絶対的な恐怖です」

「そんなことは・・・」

「姫さまは政治の世界に飛び込んでいらして、利益を分配することの難しさを実感されたはずですよ。狭い地域、小さな団体、そんなものでもトップに立てば大きな利益がある。現在その最大のものは国家です。姫さまが目指している地球連邦政府は、国家の権限の一部をもっと大きな組織に献上してそれを国家の代表で運営しようというのでしょう? 国家を超える巨大組織の運営に利権が発生しないなどと考える方がおかしいのです。そのような巨大な権限を、国際協調などという曖昧なもので束ねるのは不可能なんです。共産主義が復活したのは、極論すれば我がアメリアが国際協調主義を打ち出したからと言っていい。巨大な権益が発生しそうだとの憶測に接したとき、もうひとつの国際協調主義をカウンターで当てられたのですよ。共産主義者は地球連邦を手に入れたい。あなたになど渡したくはないのです。なぜならそれがどんな願いも暴力で叶える装置だと思っているから」

「レイビオはそういいますけど、国家間の争いがなくならねば、ヘルメスの薔薇の設計図が回収できない問題は解決しないのですよ。ゲル法王猊下は宗教が多くの問題を解決すると考えておられるようですが、宗教の教義が、それがどんな素晴らしいものであれ、この世から利害対立を消し去ってしまうわけではないのです。世界の統一と武力の放棄、これを達成せねば人類は・・・」

「このままいけば、世界には我々アメリア中心の世界政府と、東アジアの砂漠で起こったもうひとつの世界政府が出来るでしょう。世界がひとつになるということは、トップの座もひとつになるということ。そのひとつの椅子を巡ってふたつに分かれた勢力が戦い合うのです。フォトン・バッテリーが枯渇したいま、より多くの動員を達成した陣営が勝利するでしょう。この世界支配をめぐる大戦は、いったいどれほど長引き、どれほど多くの人間を殺すか想像できませんか?」

「国家をなくした後の世界には、分裂したふたつの世界が覇を競い合う、最終戦争の未来しかないというのですか? それが人類というものですか?」

「おそらく。だからグシオンさまは常にアメリアの優位を模索なさって、キャピタルの力を削ぐことを考えていた。軍事的な優位で戦争の規模を小さく抑制して、宇宙からの脅威を訴えて地球を束ねようとしておられた。そういうものが、姫さまの大冒険で壊れてしまったのです」

「そう・・・、そうなのですね」

いっそすべてが夢であってほしい。アイーダはそう思わざるを得なかった。ベルリの声を聞き、カール・レイハントンと相まみえてから早くも1か月が経過していた。

その夜、アイーダはG-アルケインに乗って月夜に舞い上がった。名目は偵察であったが、気がむしゃくしゃして眠れなかったのだ。自動操縦に切り替え、コクピットの中で丸まって毛布にくるまりながら、彼女はずっと月を見上げていた。

自分はあの世界へ赴き、さらには輝く明星の世界へも旅をしたのだ。そこで得た知見は確かに自分を変えてくれた。なぜ人間がフォトン・バッテリーを利用して生活しているのか、その理由を知ることは大きな意義があった。頭に掛かっていた靄が吹き飛んだかのようにスッキリとしたものだった。

そのあと自分は父であるグシオンの遺志を継いで政治に専念した。何があろうともアメリアを離れることはなく、執務室と議会を何度も往復した。しかし、その努力が実ったかと問われれば自信がない。弟であるベルリ・ゼナムとともに、フォトン・バッテリーの再供給を受けるために何をすればいいのか考え続けてきただけなのだ。だがそんな努力さえ現実の前では大した意味をなさなかった。

「なんて情けない」

ベルリは自分に何を伝えようとしたのか。カール・レイハントンが話したことは本当なのか。いくら考えても答えは得られない。ゴンドワンとの新たな確執、国内で始まったレッド・パージ、押し寄せる共産主義、フォトン・バッテリーの代替を模索すべきだとの日本の提案。これらを一体どう処理すれば正解なのか、正解を導き出すことに意味はあるのか。アイーダはレイビオにやり込められて、確信が大きく揺らぎつつあった。そもそも、いまの自分は本当に生きているのか・・・。

静かなコクピットの中に、小さな音で何やらけたたましい会話が雑音のように響いた。いつしかオープンチャンネルになっていて、無線の音を拾っていたのだ。物思いに沈むアイーダは、しばらくその音声を聞き流していた。聞き覚えのある声ばかりで、仲良く罵り合っているような、友人たちの会話のようだった。しばらくしてアイーダは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ミック・ジャック!」

「あら、その声は姫さま」ミックは気楽な調子で返答を寄こした。「ああ、こちらからも確認できました。まだG-アルケインに未練があるようで。でもその機体ももうボロボロになってるんじゃ」

死んだはずのミック・ジャックだけではなかった。G-セルフもまたラライヤの操縦でやってきた。見たことのない青い機体から顔を覗かせたのは、ビーナス・グロゥブに流刑になったはずのクリム・ニックと死んだはずのミック・ジャックであった。どちらもこの世界にいるはずのない人間であった。

「いったいどうなっているんですか? 今日はおかしなことばっかり」

機体を地上に降ろした4人は、互いにコクピットを開いて顔を見せ合った。訝しむアイーダを説得するだけの材料は誰も持ち合わせていなかったが、主にラライヤが知っている情報を提供した。

「未来から来た? ああ・・・でもそうですね、カール・レイハントンもそのようなことを仄めかしておりました。でも、その話を聞く限り、クリム、あなたは大気圏突入の際にそのモビルスーツが爆発して死んでいるのではありませんか? もとより、ミック・ジャック、あなただってそうですよ。あなたはとうにこの世から消えて、それでも思念だけとなってエンフォーサーの中に入ると、彷徨えるクリムを導いたと聞いています」

「そうですよ、わたしは死にました」意外にあっけらかんとミックが応えた。「クリムももしかしたら死んだかもしれない。あたしたちは幽霊? そうかもしれませんけど、だから?」

「ずっとこの調子なんです」ラライヤが呆れた調子て割って入った。「人類は滅亡するのですよ。それを食い止めなくちゃいけないのに、このふたりときたら」

「そう言うな」クリムも意外に明るかった。「ミックはオレが死んだことを認めたくないのだ」

「カール・レイハントンがそう言ったというなら、ここは死後の世界なんでしょ。あたしは別にこれで構いませんけどね」

「よくありませんよ!」ラライヤが抗議した。「未来が変えられるからこうして過去に戻れたのではありませんか?」

クリム、ミック、ラライヤの3人は、ずっとこの調子で文句を言い合っていた。その様子を眺めながら、アイーダはようやく落ち着いた気分になってきたのだった。

「まずは話を整理しましょう。話を聞いていますと、わたしはあと2か月くらいで死ぬようですが、ラライヤは地球が滅びた後もずっと生きていたのでしょう? ここにいる中では、あなただけが違う。レイハントンは、ガンダムに乗る3人も生きているようなことを話しておりました。まずはそこの整理を」


次回第45話「国際協調主義」後半は、7月15日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第44話「立憲君主主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第44話「立憲君主主義」後半



1、


フォトン・バッテリーの配給が停止されてからというもの、中央アジアやアフリカでは皇帝や王を自称する者が相次ぎ、地域住民に君臨する動きが活発化していた。ベルリたちが土地を去ったベトナムでもサムフォー司祭の寡婦が領主を主張して自由ベトナム軍に処刑されたとのニュースがラジオを賑わせていた。

フォトン・バッテリーとスコード教はこれらの動きを抑制する効果があったことは明白であった。ビーナス・グロゥブは最初から地球に国際協調主義をもたらしたのだ。それはスコード教のように人工的で歴史から断絶したものだったために、キャピタル・テリトリィの地位低下によって世界は元の状態に戻りつつあるといっても過言ではなかった。暗黒時代を経た地球文明は、いまだ多くの地域において部族社会であり、古代国家形成過程にあったのだ。

宇宙世紀から連なる進歩的社会は、宇宙にしか存在していなかった。歴史は宇宙で紡がれ、宇宙で継続していた。様々な紀年法によって時代区分が分けられ、外宇宙へ進出した際には各文明間の断絶も経験したものの、それでも地球で誕生した文明は宇宙で継続していたのだ。地球の歴史の真の担い手はスペースノイドであった。地球文明は、暗黒時代に崩壊し失われていたのだ。

文明の崩壊は社会制度の中に蓄積されていた知識と経験を奪った。人間は個々人が持つ知識と経験によって暗黒時代を生き延び、再び部族を形成し始めた。アースノイドは、地球というゆりかごに揺られつつ赤ん坊から再スタートを切った。同じころスペースノイドは、さらに成長を続けていたというのに。

あまりに大きく開いた文明格差は、元はといえば同じ人でありながら、神と土の上で眠る存在ほどの開きが出来てしまった。その中の一部が産業革命に挑戦しようとしたときディアナ・カウンターが起き、産業革命を封じる形でビーナス・グロゥブのレコンギスタが起こった。キャピタル・タワーが完成して、宇宙から舞い降りた神は地球にエネルギーとその使い道を教授した。

各地で起こりつつあった部族社会はこの宇宙からやってきた神に傅き、その教えを守ることで再文明化にこぎつけた。これがキャピタル時代として500年間続いてきたことであった。ところがそれらは、クンパ大佐がばら撒いたヘルメスの薔薇の設計図によってあっという間に瓦解した。文明は捨てねばならないものを新たに託され、それによって何が起こるのかクンパ大佐によって観察された。彼の観察のために、キャピタル時代は終焉して人類は氷河期の到来を前にしてまたしても暗黒時代の続きに逆戻りせねばならなくなった。

トワサンガで生まれ育ち、進歩した世界しか知らずに育ったラライヤは、進歩主義に至る前のプロトカルチュア的な反応に辟易していた。アジアには拒否反応しか起こらず、一刻も早くこの地を出てわずかでも文明の存在する場所に飛んで帰りたかった。そんな彼女の気持ちに、YG-111が反応したのは、地中海を南に抜けたときだった。海上を飛んでいた彼女の下にあった海面が突然凍りついたのだ。

「なんですか、これ!」

コクピットの急激な室温低下によって警報音が鳴り響き、まるで宇宙にいるときのようにヒーターが作動し始めた。猛烈なブリザードがYG-111を激しく揺らした。ラライヤは驚いてフォトン・バッテリーの残量を確認した。ゲージはまったく下がっておらず、フル充電のままである。ベトナムからかなりの距離を飛んできたはずなのに、YG-111はエネルギーをまったく消費していなかったのである。

座標を確認したラライヤは、一目散にアメリア大陸を目指した。上も下もない真っ白な世界にラライヤは上下の感覚を失い、機体を凍った海面に叩きつけてしまった。このままではいけないと彼女はアメリア大陸への座標を固定したまま自動操縦に切り替えた。YG-111は落ち着きを取り戻した。

温まったシートに身を横たえ、ヒーターの温風に当たりながら周囲を観察していると、遥か前方にもう1機のモビルスーツが飛んでいることを確認できた。地球でまだ運用できているモビルスーツがあることに驚いたラライヤは、この機体に近づいていいものかどうか迷った。

先に行動を取ったのは先を行くモビルスーツの方だった。

「後方の機体、G-セルフ、ベルリか?」

凛と張った女の声に、ラライヤは聞き覚えがあった。だが、そんなはずはないのだ。なぜならミック・ジャックはとうに死んでしまっているからであった。

ブリザードは容赦なくYG-111を揺さぶった。ラライヤは我慢できずに応答してみることにした。

「なぜあなたが生きているのですか、ミック・ジャック!」

「なぜも何もないさ、愛する人の心の中に生きていればこういうことも起こるんだよ」

「ラライヤなのか?」

もうひとり、別の男の声がした。まぎれもなくクリム・ニックの声だった。彼もまた死んだはずであったが、時間が1年間も巻き戻っているとするならば、彼はまだ生きているはずであった。しかし、地球にいるのはおかしい・・・。ラライヤは頭が混乱して、ふうと息を継いでドリンクを飲んだ。

「いったいどうなっているのか、ラライヤにはわかっているのか?」

クリムにも状況は呑み込めていないようだった。ラライヤは彼がゴンドワンとキャピタルにやったことが許せなかったが、それを問うのは状況を理解してからでも遅くはなかった。YG-111とクリムが搭乗するミックジャックは、アメリア大陸を間近にしたところでランデブーすることになった。

ミックジャックが上腕を伸ばし、接触回線を開いた。

「ラライヤなの?」

コクピットが開けられ、ミック・ジャックが顔を覗かせた

「あなたはミック・ジャック?」

ラライヤもコクピットを開いて、死んだはずの彼女の顔を確認した。

双方が不思議なものを感じていた。ミック・ジャックはジムカーオ大佐が引き起こしたトワサンガのラビアンローズ分離の際の戦いで、クリムを庇って命を落としている。クリムは、ラライヤの時間の中では1年ほど前、地球が虹色の膜で覆われる前に大気圏突入に失敗して大爆発を起こして死んでいるはずだった。そのときの爆発をきっかけに、地球は虹色の膜に覆われ、その下でフルムーン・シップのフォトン・バッテリーが大爆発を起こして地球文明は崩壊したのだ。

互いに聞きたいことは山ほどあったものの、あまりの寒さに音を上げたミックは早々にコクピットを閉じて接触回線で話を続けた。

「ここは本当に地球なのかい?」

「おそらく」ラライヤにも自信はなかった。「地球の文明は崩壊したんですよ。フルムーン・シップが運んできたフォトン・バッテリーは、ラ・ハイデン総裁の命令で勝手に搬出したら爆発させると厳命されていたんです。それを誰かが外に出してしまって大爆発を起こしました。その爆風は地球を何周もして、地表は剥ぎ取られて陸上生物は絶滅してしまったんです。この世界は・・・、おそらくそのあとの世界だと思うんですけど・・・、でもちょっと前までは爆発の3か月半前だったんです」

「なるほど、さっぱりわからん」クリムは溜息をついた。「わからんことだらけだ。ミック・ジャックがこうして生きているだけでオレは満足だが、それにしても」

「時間を跳躍しているってこと?」ミック・ジャックは怖ろしく勘が良かった。「あなたのその服装、トワサンガのノレド親衛隊のものでもないようだけど」

「ああ、これ・・・。これはジオンのノーマルスーツです」

「ジオン?」ミック・ジャックは訝しげに応えた。

「ジオンというのは、カール・レイハントンの軍のことだろう。トワサンガで奴と接触しようとしたときに同じ服装の女に会ったことがある。あれがおそらくはジオンだろう。あいつは宇宙皇帝を気取っていたそうだからな・・・。クソ、いったいどうなっちまったんだ!」

そうクリムが嘆いたとき、2機のモビルスーツは眩い光に包まれて氷の世界から姿を消した。


2,


「クンタラの教えにそんな教義があるなどと聞いたこともない」グールド翁はジムカーオの話にウンザリしていた。「肉体をカーバに運ぶ船と考えているのがクンタラだと。そうじゃない。クンタラとは暗黒時代に人間に食われた弱者の末裔だ。我々の祖先は艱難辛苦を乗り越えてようやく平等の糸口を掴みつつある。そんなウソ話は、スコード教のたわごとだろう」

「平等ねぇ」

ジムカーオの言葉は辛辣だった。彼はグールド翁がアメリアでもきっての資産家であることを知っていたのだ。彼は室内の調度品に目をやりながら、いま一度同じ話をした。

「人の意識というのはすべて繋がっていましてね、あなたが非クンタラの贖罪意識を利用して財を成していることは、みんな知っているのです。生きている間は時間と空間のフレームの中にいるので、大きな声で怒鳴りつければ事実さえ隠蔽できてしまうものですが、死んだあとはそうもいかんのですよ。情報が共有されたとき、あなたが成してきた卑劣な行為の数々は誰もが知ることになります。いや、いまもみんな知っているのですが、意識の表層には表れてこない」

「死んだら何もかも終わりだ。わたしらクンタラはクンタラであるがゆえにカーバへ向かう。それ以上のことなど起きやせんよ。まったく失礼な男だ。ずいぶんと賢い男だと思って雇ってやったのに、自分の身分すら守れん男だったとはな。お前は馘首だ。どこへなりと行けばいい」

「そのつもりで来たんですがね」ジムカーオは飄々としたものだった。「ただ間違いは指摘させていただく。カーバというクンタラの魂の楽園は、現世で正しくあろうとした人々の魂が正当に評価されるがゆえに魂の楽園なんですよ。正しき者が苦しむことなく胸を張って生きられる世界がカーバです。さて、あなたは本当にその心の裡がすべて晒されてなおあの場所をカーバと感じられますかな」

「ふん、見てきたようなことを。おい、誰かこの男の給与を清算して放り出せ。顔も見たくない」

「カルマの崩壊が起こる前に、せいぜい金儲けに精を出すんですな」

ジル・マナクスは、ふたりのやり取りを部屋の隅で小さくなって聞いていた。ジルはジムカーオがとてつもない力を持つニュータイプだと知っていたので、いくら相手が世界的な大金持ちだとはいえこのようにあっさりと引き下がったことを意外に感じた。

「君にはムーンレイスのことを調べてもらうつもりだが」グールド翁はクルリとジルの方に向き直った。「トワサンガの学生だったのだろう? あいつの言っている意味は君にはわかるのか? ニュータイプとは何だ?」

「ニュータイプは、宇宙空間で発現する人間の共感力の拡張現象のことです。人間の脳は人間が意識していないところで繋がっていて、能力が拡張すると人間間の断絶を感じなくなって、他人の意識と自分の意識を共有するようになるのです」

「あの男が言っていたことと同じなのか?」

「そうですが・・・、ただあの人はクンタラの話をしていたでしょう? 自分が話しているのはニュータイプのことです。ニュータイプ同士は意識の断絶の壁を乗り越えてしまうのです」

「クンタラとニュータイプは違うものなのか? 同じものなのか?」

「それは自分にはちょっとわかりかねます」

グールド翁はしばし考えたのち、ナイフとフォークをカランと皿の上に置くと、ジル・マナクスに対してクンタラとニュータイプ、そしてカーバについて調査するように命令した。彼は胸ポケットから小切手を取り出すと、ジルに前金を払った。

「報告書の出来が良かったらそれと同額を後で出す。いいな」

ジルはこれでアメリアでの就学に目途が立ちそうだと喜んだ。それに彼にはアテがあったのだ。彼は、アメリア政府が極秘に保護しているキエル・ハイムというクンタラ研究家の女性が、ムーンレイスの女王ディアナ・ソレルだと知っていたのだ。

1週間後のこと、ジル・マナクスは照り付ける太陽の熱量に辟易しながらキエル・ハイム宅を来訪した。そこには彼女に寄り添ってきたハリー・オードの姿はない。ディアナ・ソレルは一切の身分を隠し、アメリア南部の小さな屋敷でクンタラの研究を行っていた。

ジルは廃墟を再利用した都市部のアメリアしか知らなかったので、川のほとりに佇み、緑に囲まれた彼女の屋敷に興味を持った。トワサンガのサウスリングのような光景であったが、植生と動物の豊かさは比較できないほど地球の方が豊かであった。寄ってくる虫に辟易するほどに。

キエルは彼を屋敷に招き入れ、使用人に茶を運ばせた。彼女は話し始めた。

「地球の暗黒時代、黒歴史の時代はわずか1000年前と推測されています。そのころの地球はこれほど緑も生物も豊富ではなかった。食料も不足していたといいます。そのころ習慣として各地で行われていたのが食人です。我が子を救うために人の肉を食べさせたことがきっかけで、飢えに襲われたとき、地球ではしばしばそのようなことが起こっていたようです」

ジルはジムカーオが姿を現したことを話した。キエルは平静を装っていたが、一瞬みせた険しい顔つきが彼女が月で大艦隊を率いて戦ったディアナであることをよく表していた。キエルは続けた。

「わたしは宇宙で起こったことはよく存じ上げませんが、アメリアが発表した事件に関する調査報告書を拝見した限り、クンパ大佐、ジムカーオ大佐は亡くなったはずですが」

「ぼくもはじめは驚きました。ですが、彼はかなり強力なニュータイプだったと報告書にもあります。どのようなことが起きても不思議ではない気もするのです」

「ニュータイプ、そう、クンタラには今来(いまき)と古来(ふるき)という言葉があって、使い方の定義が曖昧なのでよく調べてから話さなければならないのですが、暗黒時代に自由を求めてアメリアへ逃げてきた人物たちが古来、キャピタル・タワーの建設労働者として地球に派遣されてきたのが今来と解釈するのがおおよそ正しいとされています。宇宙から降りてきたクンタラは、かつてニュータイプであったことが原因で儀式として食人の餌食にされた、外宇宙に進出した者らの末裔です。食糧難で殺されて食べられた地球の古来とは扱いが違います。アメリアのクンタラの多くは暗黒時代を逃れるためにこの地に渡ってきた古来。だから、ジムカーオ大佐とは話が合わなかったのかもしれない。しかし、彼はスコード教の信者だったと聞いたこともありますが」

「スコード教の信者ですよ。ぼくは宇宙で彼と何度かまみえたことがあります。でも話を聞く限り、出自はクンタラのようで、地球のクンタラをまるで堕落した人間のように見下していました」

「大きく分けて、キャピタルのクンタラが今来、アメリアのクンタラが古来となるので、キャピタルのクンタラを調べてみれば手掛かりが掴めるかもしれないですね」

ジル・マナクスはムーンレイスの存在についてハイム女史にもっと話を聞く予定であったが、彼女は忙しい身らしく、翌日の朝には何かの調査のために屋敷を出ていった。同行を願い出たジルであったが、キエル・ハイムがディアナ・ソレルであることを匂わせてしまった彼は警戒されてしまっていた。

それでもキエルは彼に調査の役に立つであろう書籍を何冊か与えていた。とりあえずはそれでクンタラとニュータイプの研究をしようかと木漏れ陽の中を縫って歩いていたときだった。

突如彼の目の前の空間が歪んで、巨大な赤いモビルスーツが出現した、その肩に描かれていたのは、まぎれもなくレイハントン家の紋章であった。だが、別の見慣れない紋章もある。ジルはその機体のことを知っていた。いや、トワサンガの人間なら誰しも知っていたことだろう。

「カイザル・・・、これはカール・レイハントンのカイザルじゃないのか?」


3,


遡ること300年後・・・。

分析不能の物質で構成された膜によって全球が完全に覆われた地球の地表では、新しい植生が定着して地中で生き残っていた小動物が地表面に出てくるようになっていた。爆風の影響が少なかった極地方に近い場所から鳥が飛んできて、赤道を中心としたベルト地帯で大繁殖を遂げていた。

背の高い木々が生い茂り、木漏れ陽を作り出している。そんな景色の中を歩いているのは、軍服姿の3人の人物であった。真ん中を歩いているのは、金髪の青年だった。その脇をふたりの背の高い白人女性が並んで歩いていた。青年の名はカイザル。ふたりの女性の名はタノとヘイロだった。

タノとヘイロは遺伝子劣化が進んだ彼女らのオリジナルを捨てて、別のアバターに乗り換えていた。青年だけはオリジナルであるキャスバル・レム・ダイクンにより近づけるようアバターを改良し、カイザルを使った思念体の分離作業を続けていた。いまではほとんどすべての記憶情報を取り戻していた。そしてカイザルがオリジナルに近づけば近づくほど、彼のある人物への執着は強くなっていた。

人類が滅亡してから300年。現在地球にいるのは、ザンクト・ポルトで生き延びたカリル・カシスとカル・フサイらのグループの子孫であった。彼らはかつてキャピタル・タワーと呼ばれていた天空の塔を利用して、地球と宇宙との間を往来している。ビーナス・グロゥブによるエネルギーの供給は300年前を最後に途絶え、地球護衛システム・ステュクスによって地球文明との接触を阻まれていた。

人類の数はごくわずかであった。全球凍結となった地球での生存可能域は狭く、人類を繁殖させるだけの石高を上げられてはいなかった。それでも人類は幸福に暮らしていた。彼らは唯一神カバカーリを崇め、正しく生きることを胸にわずか三十数年の人生を謳歌していた。

そんな世界を観察しているのが、ジオンの末裔の思念体たちであった。彼らは時折アバターを作成して、天空の塔を使って地表面に降りてきていた。アバターはかつての強化人間研究の産物で、共感力の高い人工ニュータイプであったが、それでも思念体でいるときより人間間の断絶を感じることができたので、他人と自分の意思を共有しない安心感によって、肉体の悦びを得て遊ぶのだった。

「まだアムロとかいう人物をお探しですの、カイザル」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」カイザルは応えた。「ベルリ・ゼナムとガンダムは、あの虹色の膜を避けて、膜が発生する前の時間へ戻っていった。奴は地球に降りたはずだが、結局音沙汰なしで300年もの時間が経過してしまった。もういまとなっては・・・」

そんな会話をしていたのも束の間、カイザルの心臓が急にアラームのように速く鼓動した。カイザルは右手を心臓の上にそっとあてがい、顎を上げて息を吸い込みながらその意味を探った。カイザルの意識はタノとヘイロに共有された。強い日差しと吹き抜ける冷たい風がぶつかって、雹が降ってきそうだった。

「お前はまだ人類すべてをニュータイプに進化させる意味を考えあぐねているのか。そんなものは」

カイザルはその思念が捉えた場所へとジャンプした。そこは、300年前のアメリアであった。だが、思念体として時間感覚が通常の人間と変わってしまっている彼にとって、300年という時間は意味をなさないものだった。カイザルは懐かしいモビルスーツのコクピットの中に収まっていた。人間が機械を動かし、操縦を通じて一体化を感じる感触が瞬時に蘇った。

「タノ、ヘイロ、いるか?」

「はい」とふたつの返事があった。

「アムロは下にいるあの男を使ってわたしを呼び寄せたらしい。もうあの男の中にはアムロはいない。だが、感じる。この世界にあいつは潜んでいる。ガンダムとともに」


ジル・マナクスは、突如出現した初代トワサンガ王カール・レイハントンの機体に度肝を抜かれていた。尻もちを着いた彼は、続いて2機の巨大モビルスーツが出現してさらに驚いた。赤いモビルスーツと2機の濃緑色のモビルスーツは、上空を旋回したのち、今度は一瞬で姿を消してしまった。

トワサンガの君主として代々王を継いできたレイハントン家は、何らかの秘密によって初代カール・レイハントンを蘇らせたのだった。王政とは、初代王が転生を繰り返しているというフィクションによって成り立ち、そのフィクションこそが君主制の根幹であると考えるジルは、目の前に出現した白日夢のような光景に興奮した。だが、彼はすぐに冷静になった。そんなことは起こるはずがないのだ。

「カイザルがトワサンガを守護しているとは、あの土地で生まれた者なら誰でも知っていることだ。カイザルという機体がこの世に存在していること自体は不思議ではない。でも待て。ジムカーオの一件といい、おかしなことが起こりすぎている気がする。モビルスーツが目の前で消えてしまうこともあり得ない。この世界に起こるはずのないことが起こった場合、まずこれが夢であることを疑うはずだ。夢か、もしくは夢のようなもの・・・」

ジルは胸の鼓動が高鳴って張り裂けてしまいそうだった。走り出したい衝動に駆られた彼の眼前に、またしても巨大な物体がふたつ出現した。

YG-111と、見慣れないモビルスーツであった。もつれるように地上に落下して轟音と土煙を上げた機体は、バランスを取り戻すと片膝をついた姿勢で停止して同時にコクピットを開いた。YG-111から顔を覗かせたのはラライヤであった。彼女は見慣れない軍服を着ていた。

もう1機の青い機体から顔を出したのは、金髪の背の高い女性と綺麗な瞳をした青年であった。こちらはジルには見覚えがない。少なくともトワサンガの人間ではなさそうだった。ラライヤは周囲を見回してジルを発見した。名を呼ばれたジルは、急いで駆け寄った。ラライヤが尋ねた。

「ここはどこなんですか?」

「アメリアですよ」ジルは興奮して応えた。「アメリアなんですけど、現実じゃない。でも、夢でもない。現実でも夢でもないここは・・・、ここは・・・、ぼくが観察した世界の記憶に違いない!」

「何を言ってるんだ、貴様はッ!」クリムがすぐさま否定した。「お前の記憶の中に初対面のオレの意識があるものか。おかしなことばかり起こる世界に狂人は必要ないぞ」

「失礼な男だな!」ジルは激高した。「じゃあこの世界をどう説明するんだ? たったいま、カール・レイハントンのカイザルがここに出現してすぐに消えてしまった。物体が一瞬で消えることなんてありえない。あなたたちだって何もないところから出現した。そんなことだって起こりえない。でも、これは夢じゃない。ぼくが観察したからこの世界は存在するんだ」

「起こりえないことを観察した事実から目を背けるな。まあ、いい。ここはアメリアなんだな。じゃあそれで結構だ。お前の人生などオレには関係ないのだから」

クリムはジルの反抗的な態度を突っぱねるようにそっぽを向き、ミックにたしなめるように袖を引かれていた。溜息をついたラライヤが、改めてジルに尋ねた。

「アメリアの、いつですか? わたしは1年後の世界から戻ってきたんです」

「1年後? ぼくが生きていない未来から?」

「それみろ」クリムが毒づいた。「お前の小さな目玉が見たものが、世界を再現できるわけがないだろう。よく考えればわかることだ」

「あッ、ニュータイプ・・・。共感力の拡張・・・、集合無意識・・・」

ジルは3人を眺めて黙り込んだ。彼はニュータイプが存在する世界を初めて意識的に観察した最初の人物になった。


4,


「君主というのは実力のある存在だから、憲法でその活動を規制するのが立憲君主主義じゃない。世界中にある部族社会を近代化させて民政に移行するには、王さまや部族長を殺すか、憲法や憲章で彼らの活動に制限を掛けなきゃいけない」

「うん」ベルリは頷いた。「ぼくがトワサンガで経験したのは、支配に正統性を持たせることの大切さだった。ぼくは地球で育って、トワサンガでは何もなしえていないただの若者に過ぎなかった。でも、ジムカーオ大佐がぼくを国王にしようと画策したおかげで、ぼくがレイハントン家の人間であることが周知されてしまった。そのトワサンガが危機に陥って政体が瓦解したとき、もし民主的手続きでことを成そうとすればすごく時間が掛かってしまったと思うんだ。意見はみんな違うから、意見集約が難しい。そんなときに国王の巨大な権限は、意見を集約することに大きな力を発揮した。市民の中の誰かの意見で国王のように国民を束ねて政策を実行することはできない。それが正統性のある君主の実力というものだった。不思議なものだけど、そういうものなんだ。ぼくはそれを利用した。もちろん改革案が実行されれば、権力は議会に委ねるつもりでいたけれど。だから王にはならず、王子のままで仕事をした。王は民衆だと思っていたから。ノレドは王と部族長を同じものだと見做していたけれど、部族長の実力というのは、猿の集団のように腕力によるものが大きい。それに少しの政治力。対立する人間からいつも命を狙われている。サムフォー司祭の寡婦も、ハノイの領主になろうと画策して結局は処刑されたという。でも、王はそうじゃない。王と部族長は、正統性の大きさが違うんだ」

「実力の大きさの違いって何だろう?」

「その答えがこのゴンドワンにあったのかな? ゴンドワンの政府は、それまで存在しなかった君主を新たに作り上げた。君主は、どこの誰でもない子供だという。子供はすぐに大人になるから、今この瞬間に子供である人間の意見は政治に反映されない。あくまで『子供』という架空の存在としての子供。でも架空とは言っても、子供はいつの時代にも存在している。実在している人間でありながら自身の意見はなく、数が多いから傀儡も難しい。子供たちのために社会制度の改革を常に意識することで、実際に実力を持つ特定の誰かの権限が拡大して不正がはびこることも少なくなる。結局正統性とはフィクションの真実性の有無に過ぎない。『あいつは誰よりも強い』との共通認識に頼ることは、フィクションを共有してその中に真実性を見い出す文明とは文化の力において敗北している」

「民主国家の代表といっても、特定の思想集団の代表になってしまうから、どうしても意見は偏るもんね。議会は自由で幅広い市民の意見を集約する場所。意見を集約する過程で少数意見は淘汰されてしまう。少数意見を反映させると今度は多数意見によって議会を掌握した集団が不満を持つ。民主主義、民生の欠点はここにある。常に国民が不満を持っている。民主主義が発展すればするほど不満は大きくなっていく。民主主義の成熟は、国家の安定には繋がらない。だから、共通の目標として君主への忠義を仮定して置いてみる。『子供』という君主のために何かを成すとの共通目標を持つ」

「意見の集約の前に、意見の淘汰もあるだろうね」ベルリは炭酸の入った水を飲んだ。「老人の欲望を叶える政策をあらかじめ排除できる。それだけでも民主主義はずいぶんと運営が楽になるよ。ぼくはトワサンガでレイハントン家の残党の人たちに振り回されていたから」

「各世代のすべての意見を反映させようとせず、予め意見を淘汰して、議会での意見集約のスピードを上げているのか。ゴンドワンが導入した君主制は、見るべき点が多いね。歴史政治学の分野で、いったん失われた君主が復活するのはごく稀にしかないけど、こういうことも起こるんだね」

「余力もなかったのだと思う。氷河期の全球凍結が始まって、ゴンドワンの北部地域は居住不可能になって、流民が発生していた。そこにクンタラ解放戦線の原子炉事故や若者の移住ブームが重なって、未来志向が強くなったのだろう。未来志向を体現したのが、『子供』を君主にするというアイデアだったわけだ」

「ベルリのお母さんは、キャピタルを立て直すためにウソの独裁制を導入したでしょう?」

「うん」

「あれは議会の力の差だとわたしは思う。ゴンドワンはきっと議会の力が強すぎて、意見の集約に時間が掛かりすぎていた。国力が落ちたのに、議会はずっと揉めたままでちっとも捗らない。そこで『子供』を君主にして意見の淘汰と集約の速度を上げた。一方でキャピタルは、議会が機能していなかった。キャピタルの力はスコード教が握っていたから、フォトン・バッテリーが配給されなくなってスコード教の権威が落ちると、実力集団を求めてクリム・ニックやルイン・リーが入り込んでしまった。これは議会に実力がなかったからだよ。スコード教の代わりが侵略者であるクリムやルインだった。実力のない議会では政体を動かすことができない。だからウィルミット長官は、官僚組織を円滑に運用するために、独裁制を取らざるを得なかった。発想はベルリと同じで、独裁者が改革を実行した上で議会に権限を委譲すれば、独裁主義が暴走することもない。民政への移行過程として、どうしてもそれが必要だったんだよ」

「誰か母さんの傍に強い人物がいれば、母さんもあんなに苦労せずに済んだのに」

「キャピタルは、クンパ大佐もジュガン指令もいなくなって、強い男がいなくなっていた。強い男がいるうちは、女は男に対抗して実力を発揮していけるけど、強い男がいなくなってしまうと腕力のなさが露呈してしまう。ベルリはトワサンガのレイハントン家の王子という身分があったけど、ウィルミット長官にはそれがなかった。だから独裁者に権力を奪われた風で、キャピタル・ガードのケルベス教官に代行を頼まなきゃいけなかったんだ」

「権力というのは本当に難しいものだね」ベルリは溜息をついた。「少数部族において権力は単純なものだ。でも少数部族が合従連衡して国家を作り上げると、腕力ではどうしようもなくなる。だからといって、腕力がなければ権力は動かせない。国家は大きくなればなるほど、絶対的に正しいものや、絶対的に強いものを必要とする。しかしそれを本当の腕力に結びつけてしまうと侵略主義的になる。権力を保ちつつ、権力は奪われなければいけない。それを達成するための答えのひとつが、もしかしたらゴンドワンにあったかもしれない」

ベルリとノレド、それにリリンは、ゴンドワンを発して大西洋を越えることにした。その先にあるのはアメリアである。

「とりあえずあたしたちがしなきゃいけないのは、フルムーン・シップの大爆発を食い止めることだ」

ノレドは世界を救う気概に溢れた顔つきで前方を見据えていた。ところが、彼女の後ろの席にいるリリンはそうは考えていないようだった。

「爆発は起こるよ」リリンは顔色を変えずに呟いた。「この世界で起こったことは変えられない。変わるのは向こう側の世界」

「向こう側の世界?」ノレドが聞き返した。「え? どこの世界」

「向こう」リリンはそれを指さした。「向こうにある世界」

ノレドはリリンの話す意味が分からなかった。

3人を乗せたガンダムは、大西洋を横断して壊滅したニューヨークを過ぎた。アメリカ大陸の北方地域はすでに氷で覆われ始めていた。眼下にその光景を眺めながら、いったいこのままフルムーン・シップの爆発を食い止めたところで世界をどう導けばいいのか、ベルリは途方に暮れた。

それとも、世界のことなど考えなくてもいいのだろうか? それは自分の分を超えたことなのだろうか。いまだ自信を持てぬまま、ベルリはワシントンに到着した。彼らが乗る巨大なモビルスーツは、たちまち市民の人だかりを作った。警官たちは馬で集まってきて、銃を構えた。

そこへやってきたのはG-アルケインだった。


次回第45話「国際協調主義」前半は、7月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第44話「立憲君主主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第44話「立憲君主主義」前半



1、


山脈地帯を抜けたベルリたちは、上空から東ゴンドワンに侵入した。警戒しつつ乗り込んだ彼らであったが、拍子抜けするほど抵抗はなく、軍が出動してくることもなかった。

「ゴンドワンってアメリアと戦争するほどの国力があるって話だったのに」

ノレドは眼下に広がる美しい景色を眺めながら、あまりにも無抵抗なことに疑念を抱き始めていた。南米のキャピタル・テリトリィで育ったノレドとトワサンガ生まれのリリンは、ジャングルとは違うゴンドワンの森に興味津々で全天周囲モニターにへばりついていた。

ベルリはラジオをつけてみたが、放送はされていなかった。電力に乏しいアジアの最大の娯楽はラジオから流れてくる音楽だったのに、ゴンドワンにはそれがない。無線もほとんど使われておらず、テレビの放送もなかった。電波が利用されていないのは不可解としか思えなかった。

ミャンマーから山岳地帯沿いに北西へ向かう長旅だったので、ハッパが作ってくれた積載用バックパックの中身も心もとなくなってきていたことから、3人は小さな町の外れにガンダムを降ろして、食料調達と情報収集を行うことにした。

彼らがやってきたのは、でこぼこの石畳が敷かれた小さな町だった。人通りはほとんどなく、商店も開いていない。そこで3人は町の中心にあったスコード教の教会に脚を運んで事情を訊くことにした。そこで管理人の老婆に教えてもらったのは、スコード教が活動を辞めたという悲しい話だった。

「教義を伝えていた方々はいなくなりました」老婆はいった。「教会はすべて廃院となって、王家の方々に接収されるのですが、ここは田舎なので役人の方がなかなか来なくて」

老婆はわずかな賃金で教会の掃除や不審者の監視などを行っているのだという。ゴンドワンに王家があると聞いたことのなかったベルリとノレドは思わず顔を見合わせた。

「誰が王さまになったのですか?」

「そりゃ子供たちに決まってますよ」老婆は不思議そうな顔で教えてくれた。「大人たちは子供たちのために国家を運営することに決めたのです」

「子供ですか?」ベルリは驚いた。「子供が総裁を務めているのですか?」

「いいえ」老婆は首を横に振った。「もちろん物事を決めるのは大人たちが運営する議会ですよ。そうじゃなくて、子供たちが王さまなんです。ゴンドワンは立憲君主主義の国ですから」

「驚いたね!」ノレドはリリンの顔をまじまじと見つめた。「リリンちゃんもゴンドワンでは王さまになるんだ」

「あんたたちがどこから来なさったのか知らないけど、ゴンドワンはもうすぐ氷に閉ざされてしまうともっぱらの話でさ、北部地方は放射能汚染で立ち入り禁止区域になってしまったし、人が住めるのは南側の地域と火山のある場所だけになっちまった。この国ではもうそんなに多くの人は住めなくなるんだよ。だからあたしたち年寄は身を引いて、子供たちを王さまにしたのさ。もしあんたたちが政府に話があるなら、ローマに行かなきゃいけない。ここいらはもう足腰の悪い老人ばかりだよ」

話を聞いた3人は、町の活気のなさの理由を悟った。子供たちがみんな別の場所へ移ってしまっているのだ。そう言われて町を眺めてみれば、たしかにポツポツと見かける人影は足腰の悪そうな老人ばかりであった。彼らは大声で話すこともなく、酒を飲むことも、商品を買うこともなく、木々のように静かに暮らしていた。

町でただ一軒の食品店で食べ物を購入したベルリたちは、自分たちが食べ盛りの若者であることを改めて実感させられた。彼らが購入しようと考えていた量は、店の売り上げの数日分に相当したからだ。頼めば買うこともできたのだろうが、3人は遠慮してローマまでの分に購入をとどめた。なぜなら、多くを買っても皴だらけの店の主人が喜ぶようには思えなかったからだ。

「歳を取るとお金に執着しなくなるようね」

ノレドはガンダムのバックパックに食料を詰め込みながら、心もとない紙袋の数に不満そうであった。

「たぶんだけど、あのお店の老人もお客さんと話がしたいために店を続けているだけじゃないかな。それに義務感だろうか。あのお店がなくなるとパンすら買えなくなっちゃう」

「共産主義者は暴力を振るってでも何もかも奪おうとしていたのに、ここじゃまったく逆。なんでこんなに欲がなくなっちゃったんだろう?」

ノレドはハノイでの経験を思い出しながら溜息をついた。共産主義者も自由民主主義者も、命がけの奪い合いの中で生きていた。それだけではなく、サムフォー夫人のように戦いを利用して土地の権利を得て領主になろうとする者もいた。川を流れる水さえ利権とされ、その奪い合いで多くの人が命を落とした。しかし、彼らは命を落としてでも奪うことに価値を見い出していたのだ。

それが東アジアの生きるということだった。

中央アジアの山岳地帯では、生きることは昨日の続きを繰り返すことだった。彼らは南側の砂漠で起きていた宗教戦争には参加せず、自然から与えられたものだけで暮らしていた。食料も水も十分にあった。それは食料と水が行き渡る分しか人がいないからでもあった。

3人は、子供たちが王さまになったという新しいゴンドワンの政治の中心地であるローマへと向かった。


ローマは確かに活気に満ちていた。街には人が溢れ、たしかに多くの人間がひしめき合って暮らしていた。子供たちはガンダムが大きな広場に降り立つと大歓声を上げて寄ってきた。ベルリはまるでスターになったかのように子供たちに取り囲まれた。ノレドとリリンは子供たちの外側にいる大人たちの憎しみに満ちた顔を見逃したりはしなかった。

「大人の人たちには歓迎されていないみたいよ」

ノレドは警戒した。しかし、彼女が手を繋いでいるリリンのことが気になるのか、大人たちは決してガンダムの存在に表立って不満を表明することはなかった。しかし、通報はされたようだった。

しばらくして警官が3人のところへやってきた。

「モビルスーツとは穏やかではありませんね。もしかしてよそ者でしょうか?」

よそ者という言葉を強調された3人はウンザリしながらも、ガンダムをどこに持っていけばよいのか尋ねた。警官は子供たちが無邪気に大きなモビルスーツの存在に喜んでいる姿を横目で見て、溜息をつきながらここに置いておけばよいと3人を黙認した。どうやら子供が王さまになったとの話はまんざら嘘ではないようだった。3人はさっそく議会に案内された。

「現在ゴンドワンでは計画的な移住政策が実行されています」案内の女性が説明してくれた。「旧北欧地帯が放射能汚染で立ち入り禁止区域に指定されてしまいましたので、そこの住民の移住を主な事業といたしまして、他にもこれからやってくる寒冷化によって氷河に覆われると予想されている地域の住人にも南欧への移住を勧めています。どの地区まで農業ができるのかそのときになってみなければわかりませんが、我々は楽観はしておりません」

長い廊下を歩きながら、スーツ姿の背の高い女性は意気軒昂に話した。しかしベルリには別の思いもあった。なぜゴンドワンはクリム・ニックに騙されてしまったのか。ゴンドワンが彼を受け入れることがなければ、ジムカーオの作戦は失敗していたかもしれないのだ。

「全球凍結の噂が意図的に流されて、市民が動揺してしまったのです」彼女は溜息をついた。「それにはクンタラ解放戦線が関係していたといまでは判明しています。旧北欧地域に発掘品の原子炉を集めて街を作ろうとしていたのも彼らクンタラ解放戦線です。それに、トワサンガの人間も関係していたと分かっています」

「トワサンガ?」

「ミラジ・バルバロスという人物です」

「ミラジさんが?」

これにはベルリとノレドも驚いた。ミラジがクンタラ解放戦線と行動を共にしているとはまったく知らなかったからだ。


2、


「それでミラジさんはいまはどこへ?」

「亡くなりました」女性の言葉はあっさりしたものだった。「クンタラ解放戦線のメンバーについては各地から集まっていましたので、遺体のすべての氏名を把握しているわけではありませんが、多くの証言から、ミラジという人物は亡くなったと。スコード教会からの情報提供によれば、彼はトワサンガからレコンギスタしてきた人物で、ビーナス・グロゥブの船にも出入りできたとか。もしそれが本当なら、わたくしどもよりみなさんの方があの方については詳しいのではないですか?」

「きっと武器だ」ベルリは呟いた。「ミラジさんとロルッカさんは、レイハントン家の再興が無理と知って、地球で生きていくためにモビルスーツの手配などの仕事をしていた。きっとそれでクンタラ解放戦線と取引があったんだ。ロルッカさんはどうしたのだろう?」

「ロルッカという人物は船による往来の記録がありまして、問い合わせたところ、アメリアでの死亡が確認されました。彼もまたクンタラ解放戦線に武器を横流ししていた死の商人です」

「情報は入ってきたのですか?」

「アメリアとの戦争は終わりましたから。いまではアメリア議会の実質的な代表はアメリア軍総監の地位を継いだアイーダ・スルガンですから。彼女との関係は良好です。そうでなければ、この全球凍結を前にいまだに戦争兵器を運用しているあなた方を議会に案内することはなかったでしょう。ベルリ・ゼナム、ノレド・ナグ。おふたかたにはぜひとも疲弊したゴンドワンの現状を知っていただきたい」

ここでもトワサンガの王子として発表されていたベルリの名は政治的な色彩を帯びていた。本人がいかにそこから距離を置きたいと願っても、レイハントン家の跡継ぎでありアメリアの実質的な代表であるアイーダ・スルガンの弟であることは覆すことができない事実なのだった。

現在のゴンドワンは、スコード教と距離を取る姿勢を示していた。というよりは、無神論に傾きつつあった。議会へ案内された3人は、上院の院内総務の部屋へ通された。そこには上院議員数名も同席して、にこやかに握手を求めてきた。かつてはこの場所が政治と文化の中心地であったが、現在のゴンドワンにその面影はない。老齢の院内総務は重々しく口を開いた。

「自由民主主義は民衆本位の政治を目的とした政治体制で、数々の試練に見舞われたわたくしどもはこの基本に立ち返ろうと考えたのです。しかし、民衆本位の政治と一口に言っても、そんなものは独裁者でも口にできることです。そこで我々は君主にゴンドワン全域の子供たちを置き、君主のための立憲主義を再構築することにしました。子供たちは教育課程を終えておらず知識が不足しているので、もちろん実験は一切ないですし、親の庇護下にあります。彼らは君主ではありますが、王のように総裁を行う立場にはない。それらは議会の仕事です。その議会が子供たちの未来を第一に考え、その存続を前提に立法を行うことが、民衆本位主義の理念に適っていると考えました」

「子供達には選挙権がありませんね」

「もちろんです。そこが民主主義の盲点だったのではないでしょうか。政治に参加し、立法する人間を選択する選挙に子供たちが除外される場合、現役世代への利益誘導や供与、老齢世代への福祉などが立法の議題に偏りがちになります。国家に集積された富を現役世代の大人たちや老人に分配することはもちろん大事な政治の仕事ではありますが、現役世代の失敗は成長した子供たちが負うことになります。しかも利益供与されることに慣れた世代は、自分たちが老齢になれば当然福祉予算を多めに要求します。前の世代の失敗を押しつけられた世代は、それを先送りしていままでと同じように利益分配と福祉だけを行って次の世代が失敗と先送りのツケを払わされる。ずっとこの繰り返しになるのです。そして先送りのツケは雪だるま式に膨らみ、最後には破綻する。自由民主主義は絶対的な分配の約束はしませんが、選挙に当選するためには短期の分配の約束はします。それらは主に現状維持が目的で、漸進的な改革案は通らず、最終的には不満が蓄積して革命主義に陥ってしまいます。革命は敗北です。それは漸進改革を怠ったという証ですから」

「同意します」ベルリは頷いた。

「この問題の原因を探るうちに辿り着いたのが、民衆本位主義に未来の視点が欠けている問題です。いま生きていて、成人である人間の利益だけが民衆本位ではない。民衆とは過去にも生きて未来にも生きる者たちです。死者もいれば、これから生まれてくる者も民衆です。そこで我々は議会が最高権威である仕組みそのものに疑問を感じ、その上に君主を置くことにしました。それは権力を行使する正統性を保証するための君主制ではありません。権力が現在だけではなく過去も未来も見据えて立法していけるようにするための装置のひとつなのです。そして民衆は未来をより良くすることを目標としようと、子供たちを君主にすることを定めたのです」

「子供たちを玉座に座らせる君主制じゃないってこと?」ノレドが尋ねた。

「それは違いますね。そんなことをすれば国中が要らないおもちゃだらけになる。しかしすぐに飽きて、おもちゃは散らかり放題。そんなことを目標にしては国は滅びます。子供はあくまで教育期間中の未熟な大人です。何の権限もない。しかしいずれ彼らは大人になり、役割上前の世代の失敗を押しつけられます。人間のやることは何かしら失敗はあるものです。政策の中に潜んだ失敗は時間が経過しないと見えてこない。失敗が見えてきたとき、前の世代は老齢に達して責任を取る立場ではなくなるし、自分たちの世代の失敗は自分たちで解決するなどと息巻いてはいつまでも現役にしがみついて世代交代に失敗します。それは最悪です。わたしなどももう老齢で引退間近ですが、子供たちを君主に据えてからというもの、一刻も早く引退しなければと焦るようになりました。なぜなら、子供たちはあっという間に成長する。ほんの少し前に子供たち読んでいた小さな子が、恋人を連れて議会にやってきたりする。老人の時間間隔で物事を進めてはいけないのです。わたしたちは早く引退しなきゃいけない。いまわたしが院内総務として働いているのは、住民の速やかな移住を進めるために折衝をしなければならないからです。ゴンドワンは徐々に全球凍結の影響を受け始めており、北部地域は居住不可能です。以前から南部地域への流民は始まっていたのですが、放棄された年に住み着いたクンタラ解放戦線のメンバーが核爆発を起こす事故を起こしてしまい、市場原理で自然な移住に任せておけなくなった。政治的に調整してやらなければ、貧しい者たちは汚染地域や氷に覆われた居住不可能地域に取り残されてしまう」

「多くの人間がより平等に南部への移住ができるように努力されているわけですね」

「そうです。それらの折衝は若手政治家には難しいのです。それでまだこうして現役をさせられています。本来ならとうに引退していなければいけない年齢です」

院内総務の話は、ベルリにもノレドにもとても分かりやすく、そして納得のいくものだった。これが人間が進むべき未来なのだろうか。ガンダムはこの結論を見せるために自分をこの地に導いたのか。ベルリはよくよく考えねばいけないと身を引き締めた。彼もまた、リリンが君主であったならと考え始めていたのだった。


3、


「どうしてスコード教を廃止しちゃったの?」ノレドは院内総務にぶしつけな質問をした。

「勘違いしないでいただきたいのですが、禁止されたのはスコード教ばかりではなく、クンタラの宗教も一緒です。宗教は一切禁止されました。スコード教が持っていた財産は、君主である子供たちが接収しました。これは、現在の子供たちの財産になるという意味ではなく、未来のために使われるという意味です。そうは言っても大したものはありません。教会くらいのものです。それらは接収後は地域コミュニティセンターとして活用しようと現在議会が議論しています」

「スコード教が禁止されても、キャピタルの通貨は使用されていますね」

「独自通貨を発行する議論もなされてはいますが、慎重論が大勢です。全球凍結は、生産可能地域の減少を意味しています。そんな我々が独自通貨を発行するのは自殺行為です」

「でもスコード教を禁止していながらキャピタル通貨だけを使用すると、中央銀行支店はいい顔をしないでしょう」

「あちらもいろいろあって、現在は形式的には独裁国家となっていますから、いまのところは大丈夫です。しかし、フォトン・バッテリーが再供給されるとなると問題が生じます」

「それなのになぜスコード教を禁止したのですか?」

「君主である子供たちと、エネルギーを供給してくれる宇宙の人々との間に何の接点もないからです。地球にエネルギーをもたらす神のごとき人々あってのスコード教だったはずですね。宇宙からエネルギーをもたらす人々は高潔で地球人類の観察者で、我々を善導するものだと。しかし実際はそうではなかった。彼らも人間で、しかも長い宇宙生活でムタチオンに苦しみ、地球にレコンギスタしたいと願っている。でもその地球は現在全球凍結へと向かっています。居住可能地域は赤道付近のベルト地帯だけと予想されており、その限られた土地に水資源が十分にあるかどうかも不明です。南米大陸と東南アジアの一部だけが居住可能ではないかとの予想もされています。最大人口は地球全体で100万人程度との試算もあります。そこに宇宙から優れた文明を持つ人間がレコンギスタしてきた場合、地球人はどのように彼らを迎え入れるべきなのでしょう? 宇宙に住み続けてもらうわけにはいかないのでしょうか? 人々の不安は、神が神ではなかったこと。そして、神のごとき人々は、彼らの故郷があり、同胞を優先しそうだということです。わたしたちの子供たちは、彼ら宇宙の人々の同胞ではない。このような場合、スコード教を自由民主主義の精神的支柱に据えて、いままで通り彼らにエネルギー供給を懇願すべきなのでしょうか? むしろ、あるもので生きられるだけの人間だけ生かすことを考え始めるべきではないでしょうか。生かすべき人間とは、地位や名誉では決められません。それはいつの時代も子供たちなのです」

「子供たちはいずれ大人になりますね」

「そうです。子供を生かすこと、それは大人が率先して死ぬということです」

「そこまで思いつめねばならないのでしょうか?」

「ゴンドワンはいずれの地域も赤道からは大きく外れます。数年前であれば侵略も視野に入れて物事を考えたかもしれませんが、国力が落ちたいまとなっては東の反スコード教、あるいはインドからの侵略にも耐えられそうにない。彼らは暖かい地域に生まれているので、ゴンドワンを侵略しては来ないでしょうが、こちらからあちらの領土を奪うことはもうできない。いまの我々が出来ることは、いかに多くの子供たちを少しでも遠い未来に送るかだけです。子供たちがお賭場になればまたその子供を未来に送ることだけを考える。これを繰り返すために、ゴンドワンは立憲君主主義を採用しました」

つまり、ゴンドワンの権力の中心は、実質的に空洞になっているということであった。「子供たち」という匿名性を持った存在を君主と見做して、その存続を大前提に政治を運営していく。立憲君主主義とは、本質的にそのようなものだったのだろうか?

ベルリはトワサンガの大学生ジル・マナクスの話を思い出していた。彼はトワサンガが王政を敷いていた理由を、男系男子血統が初代王の転生と見做しやすいからだと説明していた。王政とは、統治の正統性を持った人間が生き続けている幻想の上に成り立っていると。ジル・マナクスの君主論はまさに、君主の正統性が虚構と幻想が生み出した物語であることを見抜いていたのかもしれない。

ゴンドワンの子供君主制は、正当性の中心が空洞であることを前提に、子供の中に未来を見い出し、全球凍結を自分たちがいかに生き延びるべきか模索した結果なのであった。彼らは繁栄を諦め、存続に軸足を移したのだった。院内総務は言葉を継いだ。

「もしフォトン・バッテリーの再供給が行われた場合、我々はこの土地で生き続けることができるかもしれない。エネルギーは寒さを克服して、エネルギーが生み出す輝きは食料を作り出してくれるかもしれません。ですがそれと引き換えにもしレコンギスタしてきた者らに自分たちの子供たちが隷属を強いられたらどうしますか。より繁栄するために奴隷になることを我々は選ぶべきでしょうか。大人がそれを決断したとして、決断に参加していない子供は生きるために隷属に甘んじる人生をどう思うでしょうか? そして、もし彼ら子供たちが我々の君主であったとしたら、わたしたちは君主に対してあなたは奴隷になるべきだと言えるでしょうか? わたしたちは隷属を拒否したのです。それが、スコード教を拒否した理由です。クンタラももう御免です。権力の中心に置くべき物語は、自分たちの手で書き上げます。誰かから与えられるものであってはいけないのです」

ゴンドワンは、アメリアのアイーダへの対抗心からクリム・ニックの覇権主義を受け入れ、国力を大きく下げてしまった。大陸間戦争をしながらもレコンギスタの騒動に巻き込まれなかった彼らは、エネルギーの備蓄に余裕があった。アメリアとのエネルギー残量の差が、彼らに戦争の決断をさせた。そして彼らは破れ、反省したのだ。彼らは戦う気力を失い、未来に絶望していた。

「そういえば」ベルリが尋ねた。「ゴンドワンではラジオやテレビの放送が止まっていますね。それはなぜですか?」

「放送は娯楽です。娯楽は人心の興味を政治から遠ざけるので政治にはもってこいのものですが、娯楽に興じた人間は楽しみに満ちた人生に満足して、快楽の存続を求めるようになります。生への執着が負債を子供に負わせ、利益を子供から奪う行為に走らせる。楽しみを持つのは、子供のときだけでいい。彼らは君主なのですから。そして大人はそれに奉仕するだけでいい」

「それは国民に苦しみを押しつけるだけではありませんか?」

「最大の苦しみは、自由を奪われることです。隷属こそが悪なのです」

ノレドは、ゴンドワンの若者たちがボートピープルになってでもゴンドワンを脱出してキャピタル・テリトリィを目指した理由を理解した。ゴンドワン政治家のこの沈鬱な態度に嫌気がさし、彼らはクリム・ニックに熱狂し、彼に従ったのだ。彼らは新天地キャピタルに生きる希望を見い出していた。

なぜなら、ゴンドワンの希望はすでに潰えていたからである。ゴンドワンの子供たちは、大人たちに希望を託され、大人になったときに自分の国家に希望が無くなっていることを気づかされる。大人になったばかりの若者たちはそれに耐えられず、若者らしい勇気で侵略を選択したのだ。

希望に満ちた若者たちが逃げ出したことが、ゴンドワンの沈鬱に拍車をかけていたのだ。


4、


トワサンガ大学の学生だったジル・マナクスは、地球にレコンギスタしたのちアメリアへ身を寄せて就学の道を模索していたが、ニューヨークの壊滅後に命からがら徒歩でワシントンへ引っ越し、行く先々で地球の広さに驚きながらアメリアの政治体制について見分する中で大きな疑問を持つに至っていた。

自主独立の機運の強いアメリアには、小さなコミュニティに小さな支配者が必ずおり、それが憲法や法の規制を受けずに権力を行使していたのだ。アメリアには繁栄以外の目標は存在せず、その繁栄も各個の人間の自主努力に任されている。自主努力といっても限界があるので、多くの人間は何らかのコミュニティに参加してその庇護のもとで自己実現を図る。そのコミュニティに代表という名の支配者が存在するのである。

スペースコロニーであるトワサンガには、日々達成すべき数値目標がある。これが達成されない場合、コロニーは存続の危機に見舞われる。だから誰しも働き、労働工数によって対価を得ているのだが、それらの仕組みは全体利益と各個分配が公正に行われている安心感が前提になければ存続しえない。

そのために議会がある。議会は義務や分配に隔たりがないか監視する役割を負っている。王政は議会の仕組みに正統性を与える担保となり、もし議会が不当な行いばかりした場合に議会から権力を奪うための重要な装置でもあった。それらは男系男子を受け継ぐことで、初代レイハントン家当主カール・レイハントンが存在していると見做す幻想の上に成立していた。

ジル・マナクスは、カール・レイハントンの命が男系男子による継続によって続いていると見做す幻想のシステムに興味があって、彼の直系の子孫であるベルリ・ゼナムに何度か話を振ったことがあったのだが、レイハントン家相続に興味を持たなかったベルリは彼の話をまともに聞こうとはしなかった。ベルリ・ゼナムにとって、権力を血族相続すること自体が不当との判断があるためだジルは判断していた。

だがアメリアへやってきて、旅の途中で各地のコミュニティと触れ合っていると、権力の血族相続はあながち不当とは決めつけられないのだと確証を得た。なぜならどこのコミュニティも、政治力の強い者が権力者となって法を逸脱した支配を繰り広げ、酷いときは腕力によって権力の座に就く人間が決まっていたからだ。権力という力は、本来力がある者が奪うものなのだ。

権力は暴力性を内包しているのが当たり前であった。男系男子による最高権力の相続によって、権力を得る行為から暴力性を排除する仕組みが王政ではないのかと彼は考えるようになっていたのだ。初代王カール・レイハントンの見えない威光が、小さな権力者の出現を監視しているようなものだ。

こうした権力という暴力装置から暴力性を排除していく仕組みについて、ジルはもっと研究してみたいと願っていた。そのために権力者の宝庫であるアメリアの大学で学ぶことは彼の学問にとって重要な意味を持つはずだった。だが、後ろ盾を持たない彼の就学への道は厳しかった。

アメリアは、ビーナス・グロゥブのピアニ・カルータとジムカーオというふたりの人物が巻き起こした騒動を議会への報告書という形でまとめて発表した。また、トワサンガはその歴史書の編纂を10年以内をめどに発表すると地球に向けて公表した。ジル・マナクスは、そのどちらにも自分が関与できない立場であることを悔やんだ。彼の仲間たちはトワサンガに残り、ベルリ・ゼナムのサポートという形でそれらに携わっているに違いないのだ。

キャピタル・タワーは再び運行を再開し、アメリアからは月の内部にある冬の宮殿の調査をするための調査チームが派遣されたという。就学のための道筋がなかなか見えてこない彼は、内心かなり焦っていた。そんなとき出会ったのが、アメリアの投資家で実業家のグールド翁であった。

豊かな顎ひげを蓄えたこの老人は、アメリアのクンタラを束ねる4人のうちの最高齢ながら矍鑠たる人物であった。ジルは彼に庇護を受ける形で仕事と就学への道を切り拓こうとわずかな伝手を頼って彼に接触した。はじめこそ非クンタラであるというジルは相手にされなかったが、トワサンガ大学にいたことやベルリ・ゼナムと面識があることで興味を持たれ、彼はムーンレイスを調べる仕事を得た。

報告書次第では大学への推薦状も得られると聞いた彼は、知っている限りのことを報告書に書いた。それを読んだグールド翁は大変満足して彼を1年間傍で働かせて、そののち大学への推薦状と奨学金を与えることを約束した。こうしてジルは、ようやくアメリアでの就学への目途が立った。

グールド翁のもっぱらの心配は、どうやらムーンレイスのようだった。初代レイハントンと戦い、ある者は地球に追放され、降伏した者はコールドスリープで500年間の眠りに就かされたこの謎の集団は、アメリアのクンタラ指導者たちから異様に恐れられていた。

「キャピタル・タワーというのは、宇宙世紀時代の遺物じゃないかと伝わっていたはずだが」

グールド翁は、年齢に似つかわしくない強い酒と、塩気の多い肉料理を好んで食べる人物だった。翁の屋敷には20名を超える使用人と子や孫が同居しており、何度訪問してもそのたびに初対面の家族と出くわして紹介を受けるようなところだった。

その日もグールド翁は厚切りの肉をスコッチで流し込むような食事を摂っていた。忙しい翁と学生が面会できるのはこのような時間だけであった。翁の関心はムーンレイスとキャピタル・タワーに向けられていた。翁はキャピタル・タワーが500年前の代物であることが納得いかないのだった。

「宇宙世紀からの遺物がそこに残っていた。長く放置されていたが、それを誰かが再起動して使い始めた。こうでなければ歴史は辻褄が合わんのではないかな?」

「それはまたなぜ?」ジルは尋ねた。

「あんなものは宇宙世紀時代の宇宙への憧れのようなことがなくては到底なしえない大事業ではないか。スペースコロニーだの、宇宙船だの、そんなものすべてが」

「そうとも限りません」ジルは否定した。「宇宙で暮らしていると、今度は地球に降りることが憧れになります。人類は宇宙世紀時代に遠く外宇宙にまで達し、のちに地球に帰還してきているのです。キャピタル・タワーは外に出るものではなく、地球に降りるものだったのでしょう」

「わしは宇宙のことはよく知らんが、落っこちてくれば何とかなるのじゃないのかね?」

「そうやって地球に降りてきた人々も多かったと思いますが、500年前はアメリアがまだ産業革命に突入したばかりで、掘り残していた質の悪い石炭を使って産業革命が起こり始めた頃です。そのまま産業革命が進めば宇宙世紀を繰り返していたでしょう。人類が同じ轍を踏まないようにするには、アグテックのタブーを強く意識させて、化石燃料の使用をやめさせなくてはならなかった。そうした人類の行動制限を促すようなインパクトを与えるためには、宇宙との間に道が出来て、天からエネルギーがもたらされる新しい社会を形として見せる必要があったのではないでしょうか?」

「それが君らトワサンガの住人の仕事というわけか」

「伝え聞くところでは」

ジルは、カール・レイハントンの人物像については詳しくない。それは子供にとっては御伽噺で、大人にとっては神話の話だったからだ。そして彼は、メメス博士の存在も知らない。トワサンガの住民がすべてクンタラの子孫であることも当然知らない。トワサンガでフォトン・バッテリーの中継を行ってきた彼らの先祖は、500年前にビーナス・グロゥブの総裁だったラ・ピネレにかの地を追われたクンタラたちであった。

「何度も訊いてスマンが、君はクンタラではないのだな」

「いいえ、わたしはスコード教の信者です。そうはいっても、さほど熱心な信者ではありませんが」

「ふむ。どうも気に食わんな」

「と、おっしゃいますと?」

「数が合わん。クンタラの数が少なすぎる。地球での比率も少ないし、宇宙にクンタラがおらんのもおかしい。わしらは食われる家畜のようなものだったのだろう? だったら牛や馬のようにもっと数が多いはずだ。ところがそうじゃない」

「クンタラであることを忘れているとか。あるいは隠しているとか」

「それももちろんあろうが・・・」

そのとき不意に部屋の扉がノックされ、執事が顔を覗かせ一礼した。執事はドアを手で押さえたまま、ひとりの男を部屋の中へ招き入れた。その顔を見たジルは驚きを隠せなかった。アジア系の整った浅黒い顔立ちは忘れることができない。

「クンタラについてはわたしから説明しましょう」

ジムカーオは張りのある声でグールド翁に微笑みかけると、ジルを一瞥したのだった。


次回第44話「立憲君主主義」後半は、6月15日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第43話「自由民主主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第43話「自由民主主義」後半



1、


タイは元々多民族国家であった。それが地球の暗黒期に華僑が土地を去ってしまい、残された少数部族などが王室を中心に言語や風習を整え、単一民族国家になった歴史があった。彼らは自らの力によって差異を乗り越えた自信に満ちており、単一性に誇りを持っていた。あっさり人工的な統一宗教であるスコード教を受け入れたのも、民族格差を乗り越えようとする機運が高かったためである。

単一民族は理想を共有しやすい。本来他者との違いを認め合う手段であるはずの自由民主主義は、おおよそ単一民族の国家においては、支配層の認証手段にしかならず、意見集約の手段にはならない。日本屋台において民主主義は、ごく稀に支配層の数人かを拒否するための手段になっていた。

アメリアのような移民国家や多民族社会、あるいはゴンドワンのような個人主義の国家において自由民主主義は、あらゆる立場の意思表明と、異なる理想の意見集約の手段である。だから彼らは選挙において自分の考えを多数派にしようと言論を駆使して訴える。それらに共鳴する者が多い人間が当選して、政治の役割を負う。

大して単一民族に近い国家は、あるべき理想に違いがないがゆえに、改めて自分たちの民族の理想を問うようなことはしない。なるべき人間が支配層になっていく。しかしごくたまに民衆の勘気を買う政治家が出現する。不正蓄財を働いたり、性的にだらしない人物などがやり玉に挙げられる。そんなとき、単一民族の自由民主主義は拒否という形で強く意見表明がなされる。

誰かを選んだり、自分たちの代表を議会に送り込もうと戦うのではなく、資格がないと思われた者を排除することが重要な政治活動になるのだ。これは、集団内で理想が大きく違わないことに端を発した政治行動であり、単一民族国家の特色である。東アジアのように国家が遥か昔の時代の国家体制に準拠している地域はどこもそうだった。

もし東アジアにおいてゴンドワンのような統一国家が模索されたらどうなるか、ハッパは考えてみた。その場合はかなり激しい政治対立が起こり、多数派の形成が少数派を圧迫し、ひいては迫害や弾圧、最悪の場合民族浄化に繋がる恐れがあった。ハッパはアイーダの理想主義的な政策を思い出してヒヤリと背筋を震わせた。アメリアの理想を東アジアに持ち込むことは、東アジアにおいて民族浄化を引き起こす可能性があったのだ。

幸いなことに、アイーダの政策はアジアにおいて受け入れられたといっても、それぞれの民族が承認した程度のことに過ぎず、民族を解散させてアメリアの理想に従おうとする勢力は形成されなかった。もしそうなっていたら、アメリア人はその傲慢な態度によって東アジアに大混乱をもたらしていたはずなのだ。

現在東アジアでは戦争が起こってしまっている。しかしそれは、東に共産革命主義、西に反スコード主義が発生したからにほかならず、アメリアの世界統一主義的価値観の提示を体現しているのは、自由民主主義陣営ではなく、共産革命主義や反スコード教主義の方なのだ。このふたつの勢力は、アメリアと対立する意見であるが、それはアメリア主導の世界に対するアンチテーゼでもある。

そうして世界は、アジアにおいて3つに分裂してしまっていた。東に共産革命主義、西に反スコード主義、南に自由民主主義である。いち早く自前のエネルギーを確保した日本は、船舶を動員し南方国家に働きかけて自由民主主義陣営を固めつつある。だが、タイとよく似た単一民族的国家である日本の自由民主主義は、アメリアやゴンドワンのものとは違う。イデオロギー化された自由民主主義は、国家に強いまとまりを発生させて、覇権主義的気分を熟成してしまう危険も孕んでいた。

タイがまさにそのような状態に陥りつつあった。彼らは東アジアの混乱を収拾させるという民族的理想に前のめりになり、周辺国すべてと事を構える準備を開始してしまっているのだ。自由民主主義にこのような本質的違いがあるとは考えてもいなかったハッパは、ハノイに援軍を出してくれるようにタイ政府に頼み込むつもりであったが、そうもいかなくて困ってしまった。タイ政府は旧ベトナムを侵略するつもりになっているからだ。そうなればもちろんジャングル地帯になっている旧カンボジアやラオスも一気に平定されるだろう。タイの拡張主義に与していいのかどうか、悩ましかった。

ハッパが頭を抱えたまま数日を過ごしている間に、シンガポールから政府の使者がやってきた。乗ってきたのはハッパが逃げてきた日本のディーゼル船である。南方の国家はあらかた日本とその他の国々の同盟がまとまり、タイを軍事拠点にして共産革命主義との対決に踏み切る算段がすでに付いているという。その場合、自由民主主義陣営は、タイから東進し、日本から西進し、南方国家連合は香港と台湾を奪還すべく動くのだという。

「大戦争じゃないか」

ハッパは真っ蒼になった。こんなことをやっているから、ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンはフォトン・バッテリーの供給を躊躇し、カール・レイハントンは人類絶滅後の地球の安寧を夢見るのだ。そしてわずか数か月後、地球はフォトン・バッテリーのエネルギーの大解放によって地表が剥ぎ取られ、陸上生物の大半が絶滅したのちに全球凍結に見舞われてしまうのだ。

「半年なんてすぐそこだ。戦争が端緒についたところで人類は絶滅してしまう。なんてことだ。これを止める手段なんてあるのか?」


同じころ、インド政府の内閣調査室の職員に請われる形で、ラライヤはYG-111とともにインドにやってきていた。

「話が違うじゃありませんかッ!」ラライヤは激高していた。「共産主義とかいうのが山を越えてやってきたら戦争になるから助けて欲しいのだとあなた方は言っていたのでしょう?」

東アジアの地理に詳しくないラライヤのために、内閣調査室のメンバーは地図を広げて現状を説明していた。インド政府は目下西に発生した反スコード教の動きと、東のタイ政府の拡張政策を主に恐れていた。そこで、反スコードテロリストの多い旧バングラディッシュを制圧して、さらにジャングル地帯に少数部族がひしめく旧ミャンマーも勢力下に置きたいと言い出していたのだ。

「情勢が変わったのです。ベトナムの状況を分析した結果、共産主義勢力が旧チベットを越えてインドに侵入するのはまだまだ先です。しかしベトナムを放置していたらいずれはそうなります。同時にタイも厄介な国なのです。あの国はもともとわたしたちと同じような多民族な社会だったのですが、地球の暗黒時代に華僑が土地を去ってしまい、少数部族が言語風習を統一化していったごく新しい単一民族国家なんです。彼らは覇権主義的になりやすい。なぜなら部族社会を解体して単一化させることが幸福に繋がると信じているからです。彼らがこちらに攻めてこないように、せめてミャンマーの東側は勢力下に入れておきたい」

「そんな話に協力はできません」

インド政府は、ある貧しい少女が行った「ララアという救済者がインドを救う」との予言を信じており、それがラライヤのことだと確信していた。ラライヤはアジアのことなど知らず、そのような申し出は迷惑この上なかった。

インド政府はYG-111を接収するつもりでいたようだが、ラライヤ以外ではまったく動こうともしない機体に手を焼いていた。彼らがいつ本性を現して自分に銃を突きつけてくるかとラライヤはヒヤヒヤしていたが、予言のことが意外にも彼らに自制心をもたらしているようだった。

しかも内閣調査室のメンバーにはニュータイプの資質のある人間がいるらしく、ラライヤのそばには強い力を持つ女性がいると見抜いているようだった。ラライヤには確信はないが、自分が何者かに支配されることがあるとは自覚していた。それが彼らの話すララアなのかどうかはわからない。もっと別の人物や、あるいはカール・レイハントンかもしれないのだ。ラライヤは、カール・レイハントンの近くにいたときの記憶が曖昧で、何者かに操られていたような記憶も残っていた。

「あなた方は戦争の結果ばかりを気にしていますが、そんなものは人類絶滅の前では些細な争いにすぎません。間もなく人類は滅亡する恐れがあります。これは脅しじゃありませんよ」

「小さな国ひとつを平定するのだって容易じゃないのに、人類が絶滅したりするものですか」

インド政府はまるで取りつく島なく、ラライヤの話は一笑に付されてしまったのだった。

しかし彼女の脳裏には、人類絶滅後の地球を外から眺めた光景がまざまざと刻まれていた。


2、


民主主義は民衆が王に成り代わる制度ではない。政治を担う者らが民衆本位の政治を目指す社会体制が民主主義、民本主義、デモクラシーである。

では、いったい誰が民衆本位の政治を上手くやってくれるのか。その答えはデモクラシーの中には含まれていない。民衆は選挙を通じて人を選び政治に参加するが、賢者から学習する民衆がごく一部であるのに対して、愚者に共感する民衆は常に多数であった。民政はむしろ、民衆が選挙に参加するがゆえに失敗が約束されているといってよかった。

民衆は社会の多数であるがゆえに、民衆本位主義つまりデモクラシーは、多数の幸福を希求する社会制度であるはずであった。では多数の幸福を希求する人間とはいったい誰なのか。民衆は一人一人は個人である。民衆は個人において利己的で、他者の幸福と自分の幸福が同時に達成されない場合、他者を貶めてでも自分の幸福を追求する。自分の幸福が自分の無能によって達成されない場合、他者をうらやみ憎むことさえある。なかには他人の不幸だけが生きがいの人間さえいる。

そんな人々の幸福を追求する代表者とはいかなる人間なのか。ベルリはミャンマーの部族たちとの交流の中でそんなことを考えていた。

ジャングルに暮らして地球の暗黒時代を生き抜いてきた彼らには、風習や習俗の中心に民本主義がある。少数部族は部族全体の利益を第一に考えて行動する。個人と部族が一体となっており、公平な分配によって部族の単位が大きくなることを望み、それを望まない者は容赦なく排除していた。族長は王の立場にあるが、その権威は部族の権威と同一であった。

もっとも未開とされる部族社会において、民本主義つまりデモクラシーは当たり前のものとして存在していた。物事決める際には部族全員が集会所に集まって協議する。そこでは様々な議論が噴出するが、最終的な決断は多数決でなされ、多数決が拮抗している場合は族長に判断が委ねられる。物事が決すれば、皆してそれに従う。意見の表明、意見数の確認、意見の集約、デモクラシーに必要なものは部族社会には当たり前のように備わっていた。

ベルリは周辺都市部に情報網を持つ彼らに、最新のニュースを提供してもらう代わりに、ミャンマーへの各国の進軍を阻止する役目を請け負った。最初に出撃したのは、反スコード教による東進であった。ただし長くは土地に留まれない、それはあらかじめ伝えてあった。

どのような争いも、ガンダムが出撃すればたちどころに敵は逃げ出した。長らくアグテックのタブーとされ、またその前の暗黒時代には世界に存在しなかったモビルスーツは、それを初めて目にする人間にとって神話的な巨人そのものであった。盾と槍で装備した軍勢は、白い巨人の出現によって蹴散らされた。タイの先遣隊ともベルリは戦った。タイの軍勢はモビルスーツの出現に怯えることはなかったが、戦うことなく自国領内へと戻っていった。おそらくは国王に報告されているはずだった。

ジャングルの中で、解体された野生動物と粗末な粥の食事を摂りながら、ベルリとノレド、それにリリンは、山岳地帯沿いにゴンドワンに抜けるルートを取るには、食料が足らなくなっていることを話し合った。ハノイが奪還されたことで共産主義勢力の圧力は弱まっており、反スコード主義勢力はガンダムに恐れをなして近づかなくなった。残るはタイであった。だが、タイは近代兵器も装備しつつあり、交戦になると犠牲者が出る。ベルリはそれを嫌がり、驚いたことにミャンマーの部族たちもそれは望んでいないようだった。報復を恐れたためである。

かといってタイが侵攻するのを待っていたら、残りに期日までにアメリアへ到着してフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されるのを防ぐことはできない。なるべく早くアメリアへ到達して状況を改善しなければならない。一方で、ベルリはいまのままの自分たちがアメリアへ一足飛びに戻っても状況は変えられないのではと危惧していた。何かを学んで、確信をもってカール・レイハントンやラ・ハイデンと対峙せねばならない。それにガンダムがどのようにかかわるのかも考えねばならなかった。

毎晩のようにリリンと話をして、彼女が見ていた破滅後のイメージは、複数の人間が見たイメージではないかと推測できた。ひとりはウィルミット・ゼナム、ベルリの母である。ひとりはどうやらラライヤではないかと思われた。しかもリリンは、このふたりが未来に達する前に、ふたりが見たものを自分の目で見ているのだ。時系列を整理するとそうとしか考えられなかった。

ベルリもノレドもリリンも、地球が破滅する瞬間やその後の全球凍結の世界には達しないまま過去に戻ってしまった。だが、リリンが地球にやってきたとするラライヤにはその後の記憶があるのだ。この違いが何を意味するのかも考えねばならない。

「いろんなことを知って、備えて、それであたしたちは上手くやれるんだろうか?」ノレドは不安そうだった。「ミャンマーの部族の人たちが先進国の近代的な国家より上手くやれていると思っちゃうことすら、本当に正しいのかって不安で不安で」

「心配したってしょうがないけれど」ベルリも徐々に疲労が蓄積していた。「ノレドの話で、地球で行おうとする計画経済主義と宇宙での計画経済は実体としてまったく異なるものだというのは分かった。労働に対する嫌悪から生じた計画経済主義は、物資不足に陥るか、搾取や簒奪を繰り返して他国を侵略する以外に成り立たない。だから覇権主義的になる。一方でタイを見てもわかるように、自由民主主義も覇権的になり得る。ホーチミンでは、共産主義に対抗したサムフォー夫人が今度は領主の座に納まって圧政を敷き始めたという。彼らを部族社会に戻してまで生きながらえさせることが正しいのか、ぼくにもさっぱりわからない。カール・レイハントンは論外としても、ラ・ハイデンの緩やかな文明の死までは受け入れなきゃいけないかもしれない」

するとリリンが首を横に振って話に加わった。

「ハイデンのおじさんは、負けたっていってたよ」

「誰に?」

「レイハントンに。時間切れだって」

「時間切れ・・・。地球が虹色の膜に覆われて、フォトン・バッテリーが大爆発を起こしたことを指しているのだろうか?」

「だったらさ」ノレドが務めて明るくいった。「クリムさんが大気圏突入に失敗したことが原因なんだから、あれを阻止すればよくない?」

「でもなぜクリムが死んだら地球がああいう状態になったのか原因がわからないから。あれもカール・レイハントンの仕業だったらお手上げだ」

連日彼らは話し合ってみたけれど、答えは出そうになかった。


3、


タイから使者がやってきたのはしばらくしてのことだった。ミャンマーには交渉相手になる政府がなかったが、その使者はベルリのところに直接やってきたのだ。使者とは、ハッパのことだった。

「白いモビルスーツというのは、やはりベルリだったか。それにノレドも。無事でよかった」

4人は再会を喜び合った。ハッパはさっそく話を切り出した。

「実はタイでジムカーオに会ったんだ」

「ぼくらも彼に会いました。やはり幻なんかじゃなかったんですね」

「そうさ」ハッパは言った。「幻なんかじゃない。それどころか、彼はいまアメリアのクンタラのグールド翁のところに潜り込んで、アメリアのクンタラに接触しているらしいんだ。これがなかなか面白い話で、アメリアのクンタラは、クンタラの教義のことをまるで信じていないというんだな。つまり、肉体を維持してカーバに至る云々というベルリが話してくれた内容さ。アメリアのクンタラはあんなものはまるで気にせず、現世利益のみを追求した堕落したクンタラらしい。クンタラ解放戦線もかなり変質してしまっているようだ。マスクにいたっては、カーバはこの世界のどこかに実在する場所だと思い込んでいたらしいからね。そんなわけで、ジムカーオはそんな彼らに本当のことを教えたらどうなるか興味を持っているみたいなんだ。絶滅が起こる前に彼はアメリアのクンタラとクンタラ解放戦線のマスクに接触するつもりでいる。もうひとつは自由民主主義のことなんだけど、タイの覇権主義が陣営の中で問題にされ始めて、彼らを押さえ込むためにゴンドワンを利用しようという話になった。そこで君らにゴンドワン政府に反スコード主義を叩くよう説得してほしいというんだ。インドの西で起こった反スコード主義をゴンドワンが牽制するだけで、タイは西を侵略する大義名分を失う。どうだろう?」

「いいと思いますよ」ベルリは賛同した。「タイが侵略してこなければ、ぼくがミャンマーにいる理由もなくなる。東アジアはいまより安定します」

「そうだろう。だからできる限り早めにゴンドワン政府と接触してほしい。ただあそこはクリムとマスクに好き放題されて、挙句核爆発を起こしてメチャクチャになっている。政治状態がどう変化しているのでわからないから、危険な任務になるけれども」

「それは構わないです。ぼくらは行きます。ハッパさんはどうされるんですか?」

「ぼくはハノイで世話になった老人に恩返しするために残るよ。アメリアへ戻ってセレブになる夢は諦めた。だって、世界が破綻しちゃったらセレブなんて意味ないからね。当初の目的だったこの東アジアに骨を埋めるつもりになっている。だから君らが世界の破滅を食い止める英雄的な場面を目にすることはできないけれども、ずっと君らに期待して応援しているから。あ、そうそう。ぼくはハノイでラライヤに会ったよ」

ベルリたちは目を見合わせた。「ぼくらも、遠くからG-セルフの機体は確認したんです。でも、彼女がどんな役割を負っているのか、現在のG-セルフの位置づけに確信が持てなかったので接触しませんでした。彼女はどんな感じでしたか?」

「ううん・・・」ハッパは首を捻った。「前と変わりないような気もしたけど、彼女も時間を遡ってきているわけだから、何か役割があるんだろうね。でも最初の戦闘の後に姿を消してそれっきりなんだ。いまはどこにいるのかもわからない」

ハッパとは一晩を一緒に過ごした。翌朝彼はミャンマーの部族の何人かと話し合ってタイが攻めてこないことを伝え、ベルリたちを解放してもらった。部族長たちはベルリを快く送り出してくれた。

ハッパを見送ったのち、ベルリたちは山岳地帯に沿って北西へ進路を取った。ここは共産主義勢力と反スコード勢力が入り混じった地域であったが、大きな戦争は起こっていなかった。彼らはジャングルにこそ住んではいないが、地域社会が孤立しており、部族社会のような安定的な規律があった。ベルリたちは途中で何度も補給をしながら、西へ西へと進んだ。


そのころラライヤは、インドに出現したという予言の少女の墓の前に立っていた。内閣調査室のメンバーは、ラライヤのそばにもうひとり誰かがおり、ラライヤが予言のララアだと信じて疑わない。しかし、ラライヤはそんなことを言われてもピンとこないどころか何やら不気味な気すらしていたのだ。

「インドを救えっておっしゃいますけど」ラライヤは早くベルリたちを探したくていささかうんざりしていた。「タイや他の国々と共闘して共産主義や反スコード主義と戦えばいいだけでは?」

彼らはインドの利益の追求のことしか考えず、キャピタル・テリトリィの地位が低下したこの状況でさらなる混乱をもたらそうとしているようにしかラライヤには見えなかった。

自由民主主義は、民衆本位主義のことであり、政治を担う人間が民衆本位で政治を行えばそれはおおよそ自由民主主義と見做される。担保となっているのは、部族社会から発展した旧体制の国家であり、各国の歴史や習慣、習俗の中に民衆本位に物事を考えるものがあると前提して物事が成り立っている。それは地球連邦政府が存在しない宇宙世紀以前の社会体制であって、国家がほぼ極限の大きさであった。

キャピタル・テリトリィを中心とした世界体制は、フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在を前提にした、ある意味神治主義に近いものがある。地球連邦政府は国家が近代国家を解散して参加した社会体制で、内部で揉め事が耐えなかった。それもそのはず、自由民主主義を前提に世界政府を作り上げることは民衆本位主義を担保するものがなく、困難だったのだ。

それを補って、地球連邦政府に似た組織を作り出したものが、キャピタル体制であった。フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在が、民衆本位主義を維持する担保となっていた。

それが失われた途端に神治主義の幻想は崩れてしまい、自由民主主義は国家連合として生き残りつつ共産主義のような世界主義と戦うしかなくなった。共産主義は人治主義であり、どこか他の国の誰かの思惑によって別の国家たる存在が服従させられることになる。そこに民衆本位主義の担保は存在しないのだ。労働者なるものならばどこのだれであれ単一の存在と見做すのは、労働者の生活者としての側面を見落としており、民衆本位主義の根幹である文化風習を破壊させられるだけに終わる。

いったんそれが破壊されてしまうと、枠組みとしての近代国家なるものは回復できるが、自由民主主義を成り立たせる根幹だけは失われた状態で、暴力装置としての軍や警察が失われた根幹を補おうとするので一応理想主義の一形態である共産主義よりタチが悪くなる。

どうもインドというのはそういう状態にあるらしい。ただあまりに多民族でありすぎるために、軍政が目立たないだけなのだ。

ラライヤは雰囲気でこうしたことを感じ取っており、インド政府とは距離を置くつもりであった。だが気になったのは、予言の少女の存在であった。暗黒時代の遥か前に宇宙で亡くなったララアというのはどんな存在なのか。その人物が生き返るなどとなぜ予言されたのか。それだけ知っておきたかった。

「リーナは、両親のいない孤児で、取り立てて目立たない少女でした」孤児院の女性職員が話してくれた。「病気がちな子でしたが、1か月前くらいからしきりに予言をするようになったんです」

「どのような予言だったのですか?」

お墓の前に佇む彼女たちの頭に、霧のような雨が降り注いできた。ラライヤのことを予言の女性だと聞かされていた職員たちは大慌てでラライヤを建物の中に避難させた。

「1か月前ですか・・・」

ラライヤはハッパからちょうどそのころ突然ベルリたちが日本行きの船の上空に出現したと聞いていた。つまり、ベルリとノレドが時間を遡って出現したころに、リーナという少女はビジョンを見るようになったのだ。相手の女性は、予言のことについて語り出した。


4、


「リーナが見ていたのは未来の出来事です。この地球で大爆発が原因の天変地異が起こり、地上の生物がすべて絶滅するというのです。最初はおかしな話だと誰も相手にしなかったのですが、地表が剥がれていく描写や大気が土煙で灰色に濁っていく様子、その頭上では虹色の膜が地球を覆っている不気味な姿、さらに舞い上がった砂がすべて落下した後にやってくる氷河期のことなどあまりに真に迫っているので、政府の方が調査にやって来まして、リーナにはニュータイプの素養があると。だからもしかしたらそのようなことが起こるのではないかというのです。しかしそれを、ララアの転生が悪を滅ぼして救うというので、にわかに騒ぎになりまして」

「ララアというのはそれほど有名な方なのですか?」

「古い土着信仰の中の神さまのひとりなんです。インドではスコード教の神でもあります」

ラライヤは首を捻った。

「でも、おかしくありませんか? インドを救うという話ではないような気がしますが」

「ララアはインドでしか信仰されていない神ですから、インドを救うのは当然じゃないでしょうか? だって、信仰していない人たちを救う神さまなんているのですか?」

こうした考えをなくすためのスコード教ではなかったのかと、ラライヤは憤慨した。相手はそんなラライヤを理解できない。アースノイドはどうしてこうなのかとラライヤは悲しくなるばかりだった。

ハノイが自由民主主義陣営に奪還され、タイが周辺諸国への派兵を思いとどまったことで、東アジアは一時の緊張は解かれて落ち着きを取り戻した。そんな折に、ミャンマーを白いモビルスーツが防衛していたとの情報がラライヤの耳に入った。

ガンダムはやはり時間を遡っていたとハッパの話の裏付けを得たラライヤは、YG-111でインドを出ようとした。だがそのとき、インド政府はモビルスーツを戦略に組み込んだ東進計画を策定中で、ラライヤの離脱を認めようとしなかった。

「白いモビルスーツのおかげでミャンマーへ侵攻できなかったわけです」彼らはいった。「それがいなくなっていよいよというときに、なぜララアがこの地を去ってしまわれるというのですか?」

ラライヤは、人と人との間にある断絶というものを強く意識した。宇宙世紀の時代でさえ、近代国家の壁は乗り越えられ、地球連邦政府が作られることになった。地球連邦政府がスペースノイドに対する搾取の上に成り立ち、決定的な対立を招いたことは問題であったろうが、それは果たして地球連邦政府の性質や体制が悪かったためなのか、考え方そのものが間違っていたからなのか、判然としない。

自由民主主義の根幹である民衆本位主義の限度単位は部族社会から発展した国家であるのは間違いないだろうが、それを乗り越える手段として人類共通の価値観を模索したことそのものは間違っていたとはラライヤには思えない。人と人との間にある断絶を乗り越える手段を模索する人類の歩みを否定することは、トワサンガやビーナス・グロゥブの人々の努力を否定することだ。

フォトン・バッテリーの供給は、スペースノイドによる地球支配のひとつの形であった。神治主義とまではいかなくとも、宇宙からやってくる神聖によるアースノイドの支配であり、それはクンパ大佐が根幹を揺さぶるまで上手く機能していた。アースノイドは宇宙からやってくる者の神聖を疑わなかった。それを受け入れる土壌は、遥か昔に発生したアクシズの奇蹟への信仰があったためだ。

「結局はそこに行きつくのか」

ラライヤは半ば監禁状態になったホテルの一室で断絶を乗り越えることに思いを馳せた。

自由民主主義を人類共通の価値観と仮定して地球連邦政府を作る。しかし国家を否定した地球連邦政府は、国家を維持してきた民族の文化・風習・習俗を徐々に否定して破壊していく。分配は約束されず、世界で活躍できる者と出来ない者に分かれていく。民族の中で守られた弱者はないがしろにされ、やがて弱者たちは民族的風習の中で達成されていただけの自分たちへの福祉を、個人の権利だと思い込んで団結し要求を突きつけるようになる。

上流階級に登り詰めた人間は、社会体制の維持のために彼ら弱者への福祉を権利だと認め、彼らに施しを与えるようになる。するとあらゆる立場の人間が権利を主張し始めて、結局は社会体制を揺るがしていく。増税は果てしなく続き、分配資本が足らなくなる。その皺寄せが、宇宙世紀時代にはスペースノイドからの搾取に繋がっていった。連邦政府という国家と国家の壁を乗り越える努力自体が、アースノイドとスペースノイドの間の乗り越えられない壁となって形作られた。

人と人との間にある断絶は、国家と国家、スペースノイドとアースノイドと拡大しながら一向に乗り越えることができず、やがて人類文明は破綻した。

暗黒期の人類を救ったのは、スペースノイドにおいては外宇宙への脱出計画であり、アースノイドにおいては部族社会への回帰であった。

そしてまた、レコンギスタによってこのふたつは接触した。スペースノイドは原始化した人類を観察しながら地球への帰還を待ち、フォトン・バッテリーの配給、キャピタル・テリトリィの整備、スコード教の普及を通じてアースノイドを教導しようと試みた。500年かけてようやく定着したころ、クンパ大佐がばら撒いたヘルメスの薔薇の設計図によって微妙な均衡は脆くも崩れ去った。

そこに、カール・レイハントンが戻ってきた。ニュータイプ研究を極北まで突き詰めた彼らは、もはやスペースノイドやアースノイドといった区別を乗り越え、人と人との間の断絶を克服した存在だった。彼らとの間にあるのは、断絶を超越した人間とそれを拒んだ人間との壁であった。

断絶を超越した人間は、それを拒む人間を必要となしなかった。文字通り新人類となった彼らは、旧人類との軋轢を繰り返し地球を再び壊死させることは拒まず、旧人類の滅亡を考えている。

そんな彼らの方針に目をつけたのが、メメス博士と娘のサラであった。スコード教という敵対者がいなくなり、クンタラ単一となることも、断絶の克服であることに違いない。だが本当にそれは維持できるのだろうか?

ここまで考えてみて、ラライヤは少し気分が悪くなった。サラのことを思い出すと、なぜか彼女は胸が苦しくなるのだった。

「サラ、サラ」

ラライヤはうめくように声を絞り出すと、胸を締め付けていた衣服を強く引っ張った。

何かを命令された気がする。自分には何か強い役割があった気がするのだが、どうしてもそのことを思い出せなかった。インドの土着の神になったというララアとはどんな人物だったのか。ニュータイプだというのなら、カール・レイハントンの仲間だったのだろうか。

「そんなはずはない。わたしは彼を殺すのだから」

YG-111が無人のまま動き出した。機体を警備していたインド人兵士たちは驚いて思わず発砲したが、原始的な銃で傷つくようなものではなかった。暗闇の中に発砲音が響き渡り、火薬が炸裂する光が点滅した。緊急放送用のスピーカーから警報が鳴り渡った。

夜を楽しんでいた若者たちは遠巻きにその様子を囃し立てるように眺めていたが、モビルスーツの巨躯が自分たちに迫ってくると血相を変えて逃げ惑った。YG-111はどのようなことをしても止めることはできず、警官たちはなすすべなく距離を取って見守るしかなかった。

ビルの間を抜けたYG-111は、ラライヤが監禁されていたホテルの前までやってきた。そして壁を一撃で破壊した。

ラライヤの部屋に轟音が響き渡った。壁が破壊されたことでコンクリートの破片が飛び散り、土煙が舞った。破壊された壁の穴から強い風が室内に吹き込んで舞い上がった塵を外へ押し出した。

半ば意識を失ったまま、ラライヤはYG-111の手のひらに乗り移り、外気に晒された。月夜の晩で、風は少し冷たかった。

群衆がそのさまを見守っていた。彼らにとってラライヤはララアという古の神であった。だが彼女は、群衆の叫びに何ら反応することはなく、しばらくモビルスーツの手のひらの上で風に晒された後に、ひとりでに開いたハッチの中へと消えていった。

そしてインドの地を飛び立ち、二度と戻ることはなかった。


次回第44話「立憲君主主義」前半は、6月1日投稿予定です。


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