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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第40話「自由貿易主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第40話「自由貿易主義」後半



1、


日本がバイオエタノールディーゼルエンジンに舵を切ったことで、台湾の穀物価格が高騰していた。フォトン・バッテリーが枯渇した世界で、日本が発掘技術復元にいち早く成功したことは明るいニュースとなり、貨物輸送はフォトン・バッテリー時代より増えたくらいであったが、一方でバイオエタノールの原料となる穀物価格が高騰して食料品の価格がインフレを起こしていたのだ。

ベルリたちを乗せ貨物船が港に着くなり、バイオエタノール反対運動のデモ隊と警官隊の衝突が起こった。人々は口々にバイオエタノールの禁止を求め、食料価格を安定させるように訴えた。母親が「この子に食事を!」と書かれたプラカードを天に突き上げるのが見えた。

船会社はデモ隊を威圧するかのようにガンダムの存在をアピールした。警官隊の放水も相まってデモ隊は散り散りになって逃げていった。暴れた者らは容赦なく逮捕された。

「こういうことだったのか」

船会社がなぜ自分たちを雇ったのか、ベルリは理解してウンザリした。ノレドはリリンの身に危険が及ばないように強く抱き寄せてデモ隊がいなくなるのを船の上でじっと待った。

「バイオエタノールは人間の食べ物から作るからねぇ。台湾は甜菜を作るには暖かすぎるんだな」

諦観したハッパの物言いにカチンときたノレドが口を尖らせた。

「でもさ、船を動かすより食べ物のほうが重要じゃないの?」

「まぁ、そんな怒んなさいな」ハッパが両手を押さえつける仕草をした。「まだエネルギー転換の過渡期なんだよ。この技術が定着することになれば、バイオエタノール専用の耕作地も増えるだろうし、そうすれば農家の人も儲かり、貿易関係の人も儲かる。いまより暮らしは良くなるはずだよ。いまはディーゼル技術が始まったばかりで、食料になるものからエネルギーを取り出しているんだ」

「ぼくは人間の食べ物からエネルギーを作ることには反対ですけどね」ベルリはデモ隊に対して撒かれた放水の後を溜息交じりに見つめていた。「これは、フォトン・バッテリーの再供給に失敗したぼくの責任でもあるんだ。ぼくがラ・ハイデンを説得できていれば少しは・・・」

「それはどうかな」ハッパも事態を認めているわけではなかった。「ラ・ハイデン総裁という人物が気にしているのは、ヘルメスの薔薇の設計図なんだろう? あれが回収されない限り、以前のようにエネルギーはもたらされない。それはベルリの責任じゃない。まだ子供なのにそんなものまで背負い込む必要はないよ」

「食べ物以外からは作れないの」とリリンが尋ねた。

「いろんな物から作れるよ」ハッパがリリンに応えた。「いま起こっているのはそういうことじゃないんだ。船が出来たからエネルギーが必要になった。燃料用に穀物価格が高騰したから農家はそちらに売った。だから食べ物が足らなくなった。足らないから価格がさらに上がった。値上がりを期待して投機資金が流れ込んで、価格の変動が激しくなった。需要が、食料とエネルギーのふたつになったのに、供給はひとつのままだったんだ。バイオエタノール専用の農地が出来れば、食料供給とエネルギー供給は安定するはずだよ。需要はますます大きくなるから、農地の価格も上がっているだろうね」

「船ができるってわかっているなら、最初に燃料を作ればよかったのに」ノレドは不服そうだった。「だってさ、子供の食べ物がないなんて可哀想じゃん」

「ディーゼルの貨物船が実用されることを当て込んで、専用の農地をあらかじめ作ったとするだろ。もし船が実用化されなかったら、その分だけ穀物が余ってしまって価格が暴落する。すると今度は小規模な農家がたくさん廃業して、農産物の価格を安定させてくれとデモを起こすだろう。フォトン・バッテリーの代替技術が確立しなければ、貿易が減少してさらに多くの失業者が発生してしまう。こういうのは難しいんだな。経済のかじ取りというのは本当に難しいものなんだ」

「助かるのは大資本だけで、苦しむのは小規模な農家や消費者だけなんてずるいよ!」

「そうなんだけどさ」ハッパも溜息をついた。「でもね、このやり方が1番ダメージが少ないんだ。自由貿易体制が維持される限り、税収は大幅には減らない。ということは、再分配する余力が生まれる。自由貿易がストップして税収が大幅に減ってしまうと、政府は再分配に消極的になってしまう。経済が動いていることが大事なんだね」

ハッパの考えは正しかった。台湾政府は基礎的穀物を一括で買い上げ、フードスタンプで再分配すると発表したばかりだった。だがそれでは、一般市民の不満を和らげることはできなかった。デモ隊も、発表された再分配の量では到底足らないと抗議するためであった。

「自由貿易体制は、大資本が有利なのはノレドが言ったとおりだけど、創意工夫次第で大きなチャンスがある。バイオエタノール用の農地の確保や、効率よくエネルギー転換できる作物の開発、これらはビックビジネスになり得る。消費者は一方で生産者でもある。生産者として頑張るしかない」

次の目的地である香港への出港は2日後の予定であった。食料生産を行っていない香港へは米や小麦などを輸出することになっていたが、契約された量の確保はできていないという。ベルリたちは船が出るまで台湾中を歩いてみることにした。

「台湾というのは、伝統的に揚げ物料理が多いようだ」ハッパは屋台でくつろぎながら、ベルリたちに講釈した。「つまり廃油がたくさんあるというわけさ。こんな土地柄にぼくのどんな油でも動くディーゼルエンジンを持ち込んだらどうなると思う? バカ売れ間違いなしだよ。捨てるものが電気になるんだ。ぼくにはもうセレブになった未来の自分の姿が見える」

「そんな貴重なものをよくハッパさんにくれたね」ノレドが肉に食いつきながら話した。「自分たちで作れば儲かるだろうに」

「設計図は当然あるんだと思う。これはあくまで試作品だから。発掘技術だから特許もないしね。売れそうなら作るだろうさ。でもほら、銀行の貸しはがしに遭っていると言っていただろう? こんな小さな商品より、経営資源を造船に集中させたんだろう。運転資金に余裕があれば、量産したかも」

食事を終えたハッパは、海に流して捨てる予定だという揚げ物の油を譲ってもらい、丁寧に濾した後で自分のモビルワーカーに給油した。その姿に現地の人々は興味津々だった。そしてハッパがエンジンをかけると、集まった男たちは一斉に歓声を上げた。

「ここではぼくのマシンの方がガンダムより人気があるようだ」ハッパは得意げだった。「海も綺麗になる。労働もできるし、電気も作れる。アメリアに戻るまでにこいつを徹底的に調べ上げて、もっと高性能なマシンを作り出してやるさ。待ってろよ、未来のぼく! 大富豪になったこの姿を!」

そう叫んだハッパの額に石が投げつけられた。もんどりうって倒れたその額から血が流れていた。ノレドはリリンを抱き寄せて、周囲をキッと睨んだ。ベルリはハッパに駆け寄って群衆に向かって叫んだ。

「なんでこんな酷いことをするんだ!」

4人に浴びせられたのは罵声であった。

「アメリア人は台湾から出ていけ!」

「クンタラは台湾から出ていけ!」

よろめきながら立ち上がったハッパは、モビルワーカーに飛び乗ると、背中に収納してある両腕を起動させてノレドとリリンを抱きかかえた。

「いったん逃げよう。ベルリはガンダムで、頼む」

「わかりました!」

何が起こったのかわからなかった。アメリア人とクンタラに対する反発の意味も。

ガンダムに搭乗したベルリは、自分たちを取り囲んでいる群衆が数万人規模であることをコクピットのモニターで知った。夜の屋台でのんびり食事をしていた彼らには、突然何が起こったのか、あずかり知らないことであった。

人々は投石によって4人に抗議をしていた。スローガンは、アメリアへの反発、クンタラへの嫌悪であった。ノレドがかなり怯えているのを目にしたベルリは、ガンダムの手のひらで群衆を押しのけ、モビルワーカーとの距離を作った。

「こっちへ!」

ノレドとリリンは、ガンダムのコクピットに移った。

「いったい何が起こったっていうんだ!」ハッパは力任せに投げつけられる石を避けるのに精いっぱいだった。「操縦席にカバーをつけないとたまったものじゃない!」

コクピットに納まったリリンが、ごそごそと荷物を探って、小さな箱をノレドに手渡した。それは、ベルリの小型ラジオであった。パッと目を輝かせたノレドがスイッチを入れて、ニュースチャンネルにダイヤルを合わせた。ノイズ交じりの音声が聞こえてきた。


2、


しばらくラジオのニュース解説に耳を澄ませていた3人は、ようやく事情を呑み込んだ。

アメリアの投資会社が、台湾南部の広大な土地を高額で買い上げ、バイオエタノール専用農地にすると発表したことへの反発だったのだ。現地の人間にとっては、穀物価格高騰に端を発する食料品の値上げに辟易しているところへ、追い打ちをかけるようなニュースだった。生産を請け負う農業法人は、現地で人々を雇用すると発表したが、これもまた台湾人を小作人に戻すつもりかと大きな怒りを産んだだけで火消しにはならなかった。

「経済活動として何も間違っていないじゃないか!」ベルリからことの次第を無線で聞いたハッパは怒り心頭であった。「バイオエタノール専用農地ができれば、食料用の穀物をエネルギー生産に回さずに済む。エタノールは高価な輸出品にもなる。保存も効く。日持ちのしないバナナなんかより、よほど儲かるじゃないか。それのどこが間違っているというんだ?」

人間は正しさを競い合って生きているわけではない。感情のやり取りは、ときに合理的精神を吹き飛ばしてしまうものなのだ。

「だから食べ物は大事なんだって!」と、口にしたノレドの考えは、間違っていなかった。「アメリアの投資会社が嫌われているのは分かったけど、クンタラはなんで巻き添えになってるわけ?」

「それはたぶんグールド翁のことじゃないかな」アメリア人であるハッパが応えた。「グールド翁っていう有名なクンタラの投資家がいるんだ。アイーダさんのスポンサーだよ。彼の投資会社が土地を買い占めたんだ」

ノレドは頭をかきむしった。

「投資家がクンタラだったら、クンタラ全員が差別されなきゃいけないの!」

「とにかく逃げます!」ベルリが話を遮った。「港に戻りますよ。ガンダムで運ぶので、ハッパさん、振り落とされないでください!」

ベルリはモビルワーカーを両手で掴むと、そのまま宙に舞いあがって港を目指した。

台湾には夜景がなかった。星の瞬きは美しいが、地上には明かりがない。フォトン・バッテリーが枯渇してから、日本も台湾も夜間は街灯ひとつない真っ暗な原始の世界へと逆戻りしていた。フォトン・バッテリーの供給地点であるキャピタル・テリトリィでは考えられないことであったが、配給を受けているどの世界でも状況は同じなのだった。

「ぼくが知らないだけか・・・」

ベルリが旅をしていたときは、まだアジアのエネルギーには余裕があった。戦争がなかったアジアでは、バッテリーの備蓄はかなりあったのだ。だが、エネルギーの枯渇は人々から余裕を奪い去っていた。暗闇は海の向こうにもずっと広がっていた。海を越えた大陸にも。

港に到着すると、船会社の人間がガンダムを発見して手招きしてくれた。

「ダメだ! 積み荷が暴徒に襲撃されて奪われてしまった。船はこのまま出向させる」

「香港の人たちは食料を当てにしてるんじゃないんですか?」

「トラック6台分は確保した。まるで足らないけど、デモ隊は大陸が黒幕じゃないかって情報もあるし、とにかくいまは出港しないと」

船にはハッパとモビルワーカーだけを乗せて、ノレドとリリンはガンダムに残った。離岸する船にデモ隊の花火が打ち込まれた。ラジオは日本の貨物船と謎のモビルスーツが台湾から追い払われたと誇らしげに伝えていた。ディーゼルエンジンに舵を切った日本の政策が、人々の生活を窮地に追い込んでいるとの世論が形成され、誰しもそれを疑うことなく受け入れていた。

「どうして人はこうなんだろう?」頭の中に巡ってきた考えを、ベルリは首を振って追い払った。「こんなこと、考えちゃダメなんだ」

ノレドもまた苦しみの中にいた。「クンタラのグールド翁って人がどんな人か知らないけど、別に間違ったことをしてるんじゃないんでしょう? なんでクンタラだからって」

「気にしないことだ」船の上からハッパが無線で応えた。「グールド翁はクンタラの地位向上のために戦ってきた人で、あくどい人じゃない。今回のバイオエタノール用農地の確保だって間違ってない」

「デモ隊の主張は、食料が不足しているのだからその土地で食料生産をしろということなの?」

「そうだよ。でも台湾は農産物の輸出国だから、食料を増産なんかしたら市場価格が下がってしまう。農民は自分で自分の首を絞めることになる」

「食べ物がないの?」リリンが尋ねた。

「ないわけじゃない」ハッパは市場の仕組みを話した。「農産物は市場で取引される。市場参加者は高値で売りたいから、小売り・流通業者が落札できていないだけで、総量は確保してあるはず。売却は次の収穫が豊作になるか凶作になるかで時期と価格が変わるんだ。豊作の情報が出るとすぐに価格は下がるよ。市場というのはそういうものなんだ。ぼくはそれより、エネルギーのことが気になる」

「というと?」

「農産物を作るにはエネルギーが必要になる。農作業用のシャンクは全部フォトン・バッテリー仕様で、次の収穫時には動かせなくなっているはずなんだ。だから次世代のエネルギーへの変換はやり遂げなきゃいけない。ここは地球の裏側、東アジアなんだから。自由貿易はふんだんにエネルギーが使えることが前提になってるからね。自由貿易がなければ農産物の輸出もできない。そうなったらかなりの人口減を見込まなきゃいけないほど食料は枯渇するよ。自由貿易体制の維持が1番被害が少なくて済む。代替エネルギーに何がいいのかは様々な考え方があるだろうけど、近視眼的に悪者を作り上げて攻撃を誘発するかのようなマスコミ報道には疑問を感じるよ」

アジアでフォトン・バッテリーが尽きてきたのはごく最近のことだった。そのせいで、まだどれほど大きな影響が出てしまうのか誰も理解していないのだった。マスコミは大衆の怒りの捌け口として、穀物価格を高騰させたアメリアや日本やクンタラに責任を押しつけた。

「フォトン・バッテリーに充電できれば、状況は一変しそうなのに」ベルリは呟いた。「ああ、でもそうやってエネルギーを自活させると、人間は戦争を始めてしまう。そう考えたからこそ、ビーナス・グロゥブはエネルギーの配給態勢でアースノイドの道徳心を教化しようとした」

「ディーゼルエンジンだって、そのラ・ハイデンって人物がどう思うのやら。いやその前に、4か月もしたらぼくらは滅びてしまうんだっけ・・・」

ハッパはふうと溜息をついて、通信を切った。

「ねえ、ベルリ」ノレドが身体を寄せてきた。「何か月か前にアジアで戦争が始まったってニュースがあったのを知らない? ずっと宇宙にいたから知らないかもしれないけど」

「ああ、姉さんに聞いたことがある・・・。東アジアで大規模な戦争が始まったって。でもまさか、こうやって時間を遡って自分が関わるとは思っていなかったから・・・」

日本の貨物船とベルリたちのガンダムは、その戦争の発端となった香港に向けて海を進んでいた。


3、


貨物船が港に到着したとき、香港からは多くの人々が逃げ出していく最中であった。

フォトン・バッテリーの枯渇は香港の金融市場を大混乱に陥らせ、さらに大陸から多くの人間が入り込んで各地でテロ活動が起こっていたのである。治安の悪化を受けて当局は大規模な不法移民の取り締まりを表明していたが、警察がすでに大陸に買収されたとの噂が飛び交い、市民を不安に陥れて、それが香港からの大脱出を引き起こしていたのだ。

日本の貨物船が持ち込んだ台湾からの輸出穀物や農産物は、想定の10倍の価格ですぐさま引き取られていった。さらに話として持ち込まれたのが、荷物の代わりに人間を運んでくれないかとの申し出であった。船長は武器の持ち込みを厳しく取り締まることと、通常の数倍の船賃を要求したが、チケットは一瞬で買い取られ、さらに数倍の価格で転売された。

「なんでこんなことになっているんです?」

そう尋ねたベルリを呆れた顔で見つめ返した男は、寒冷化によって大陸の砂漠化が進行して居住可能地域が狭まってきたことと、大陸における共産主義の復活を教えてくれた。

「共産主義だって!」ハッパは驚きのあまり眼鏡がずり落ちそうになった。「超古代文明の思想じゃないのか? リギルドセンチュリーの前の宇宙世紀のさらに前の西暦時代末期、世界中に破壊と混乱を巻き起こした計画経済の思想だ。まさかそんなものが復活するなんて!」

「それって古いの?」とノレドが小声で尋ねた。

「古いも何も」ベルリが応えた。「ハッパさんのモビルワーカーより遥かに昔の、人間が羊を飼って暮らしていた時代のものじゃないかな。ぼくもよくは知らないけど」

「共産主義なんて断片的資料しか残っていない。地球連邦が作られるもっと前の話だ」

ベルリたちには壮大すぎて理解できないものだったが、ハッパは大学で学んだことがあるらしく、興奮は収まらなかった。

「悪魔が復活したのかッ!」

貨物船の船員は、治安の悪化を理由に香港への上陸を禁じられた。船は夜には港を離れ、沖合に停泊してさらにガンダムで哨戒活動をすることになった。それというのも、大陸の人間は香港を乗っ取ることが目的ではなく、自由貿易の中継地を奪うことが目的のようだったからだ。

香港の金融市場が機能しなくなり、台湾海峡が大陸勢力に奪われてしまうと、日本と東南アジアとの自由貿易体制は瓦解してしまう。自由貿易の終焉を招く恐れがあるのだった。

これに対して各国は防衛体制の強化を急いでいたが、そもそもエネルギーが不足しているのに広域での各国間の連携は望むべくもなく、香港が陥落するのは時間の問題だった。突然夜間哨戒を命じられたベルリは、眠気を堪えながら夜の海を監視していたが、彼が目撃した大陸からの侵略軍というのは、巨大な木造船に乗り込み、帆と人力で海を渡る古代船の群れであった。それが数千という数で大陸から狭い香港へ押し寄せてきているのだ。難民なのか、正規軍なのか、海賊なのかの見分けもつかない暴徒たちは、数の力で自由貿易の拠点のひとつ香港を飲み込もうとしていた。

自由貿易体制は共通の価値観と合意したルールと商習慣のすり合わせによってかろうじて成立している脆いものだった。フォトン・バッテリーの枯渇と代替エネルギーへの置換を原因とした一時的な混乱、その間隙を縫って、自由貿易体制を揺さぶる価値観が暴力と一緒に大陸からやってきたのだ。

幸いなことに、敵はガンダムを警戒して貨物船を襲撃することはなかった。翌日には船は港に近づくこともできなくなり、沖合に停泊した船までチケットを手にした人々が小舟に便乗して乗り付ける有様であった。なかには一か月分の給与を差し出して、家族と小舟に乗り込んだ人物もいた。

船会社は、彼ら香港を脱出する人間たちに船を乗っ取られないように、船員の居住区と乗客の間に鉄板で間仕切りを作った。もともと貨物船なので、コンテナが乗るはずの場所に人が次々に詰め込まれていった。それだけの人間を養えるだけの食料は積んでいない。トイレも水もない。船の中の生活環境は一気に悪化した。悪臭を放つ彼らは、数日前まで金融機関で働く高給取りたちであった。

貨物船は、チケット販売分の乗船を確認しないまま出港した。次の目的地はマニラであった。マニラではバイオエタノールの給油が予定されていた。船会社の現地法人が用意しているはずであったが、もし給油に失敗した場合、船は予定を変更して日本へ戻ると決めていた。

「あの人たちはどうなるんだろう?」ノレドは心配げに尋ねた。

「マニラまでの契約らしいけど、マニラも食料が不足しているだろうに、あんな大勢の人を受け入れるだろうか? ぼくがマニラをシャンクで走ったときは、ジャングルだらけで農地の拡充もままならない有様だったのに。それに、あの共産主義というもの。あの黒い影は一体・・・」

戦争に発展しなかったことで、とりあえずベルリはホッと一息ついていた。いくら大型とはいえ、木造船相手にモビルスーツで戦うつもりはなかった。それは赦されないことだった。しかし、南へ南へと押し寄せてくる不気味な影は、ベルリの脳裏を離れなかった。

戦争を忌避することで、香港は戦うことなくあの不気味な黒い影になすすべなく飲み込まれた。ガンダムがあれば、あの不気味な影を追い払うこともできただろう。ガンダムにとって、木造船が千あろうと万あろうと関係ない。1機ですべての大陸勢力を追い払うことができたはずだ。だがそれをやってしまうことは、虐殺であった。自由貿易の維持と大虐殺は釣り合う価値なのだろうか。

船は夜の海を南へ進んでいた。ノレドとリリンはガンダムのコクピットの中でシートベルトをしたまま静かに眠っている。ベルリは疲れ果てていたが、船はいつ何時誰に襲撃されるかもわからない状況であったので、眠るわけにもいかない。睡魔と戦いながらベルリは飛び続けた。

そのときだった。回線が開いたままのハッパのモビルワーカーから「グレートリセット!」と叫ぶ声が聞こえてきた。同時に船内で爆発が起こり、船体から火の手が上がった。

ガンダムのメインモニターは、突然船の中の音を拾い始め、騒音のような嬌声がけたたましくスピーカーを振動させた。

メインモニターは、はるか遠くに遠ざかっていた香港の様子も望遠カメラで捕らえていた。夜の香港が真っ赤に燃えていた。「グレートリセット!」と叫ぶ声がベルリの鼓膜を叩くように響いてきた。香港で誰かが叫んだ声なのだ。何故そんな遠くの声が聞こえるのか理由はわからなかった。

「グレートリセット!」

「ハッパさん!」

ベルリはもくもくと黒煙を上げる貨物船に向けて叫んだ。


4、


幸いなことに、ハッパは無事であった。

「船で爆発があった」通信機からハッパの声が聞こえた。「ガンダムで外から消火してくれないか。海水で構わない」

「了解です!」

ホッと胸をなでおろしたベルリは、急いで消火活動を開始した、すぐに火は消し止められたが、穴の開いた船体から人の顔が覗き、ガンダムの方向をキッと睨んでいるのがわかった。ベルリはどうしていいのかわからずにモニターに映ったその顔を見つめ返した。

「グレートリセット!」

その男は、ガンダムを睨みつけたままそう叫んで、持っていた火薬を爆発させた。またしても船は爆発に見舞われた。ベルリは海水を手で救ってすぐさま消火をした。火は消えたが、船の側面に空いた穴はさらに広がってしまった。ノレドが眠そうに頭を起こした。

船の中では、乗客と船員との戦いが始まっていた。船員は船の備品で武器になりそうなものを手にして、客を装って乗り込んでいたテロリストたちと戦った。乗船時に身体検査を受けていたテロリストたちは、それほど多くの武器を持っていないのか、次の爆発が起こることはなかった。武器を手にした船員たちは、制圧したテロリストを、爆発で穴の開いたところから海に叩き落した。ベルリが思わず助けると、船員らしき日本人が、そいつをどうするつもりだとガンダムに向かって叫んだ。

海風がその声をかき消しているはずなのに、男の声はガンダムに届いていた。

「どうするもこうするも・・・、助けるしかないでしょ!」

船の中の戦いは激しくなった。チケットを買って乗り込んだはずの乗客たちは、いまや船員たちから敵として扱われ、殴り合いの末に体力に勝る船員によって次々に海に突き落とされていった。ベルリは海面に落下して水しぶきを上げた人間を、ガンダムを使ってすべて助けていた。船内の喧嘩は収まらず、やがてガンダムの手のひらは人で一杯になって溢れて、誰かが暴れるたびに海に落ちるようになった。

「やめてください」ベルリは震える声で懇願した。「こんなことはやめてください」

殴られた男たちは海に落とされていった。ガンダムではもう助けることができなくなっていた。ベルリは海面でもがく男たちを助けるために、ガンダムの手のひらの上にすくった乗客を甲板に降ろした。ベルリに助けられた男たちは、勢い込んで船内に戻り、再び船員との戦いに加わった。

船会社の人間がガンダムめがけて拳銃を撃った。金属を叩く音がコクピットに響いた。

「こいつらは共産主義者だ」そう叫んだのは船長だった。「最初から連中の狙いはこの船だったんだ。ディーゼルエンジンの技術を大陸の共産主義者に渡すわけにはいかない。いまから船内は非常事態を宣言して、乗客の掃討を行う。ガンダムにもそれを手伝ってもらいたい。君が助けなきゃいけないのは、自由民主主義陣営の人間だけだ。共産主義者を助けるならば・・・」

船長はぐいと腕を引き寄せた。その腕にはハッパが捕らえられていた。

「この男を殺させてもらう。君が共産主義者の掃討に協力するならば、この男も助けよう」

「そんな脅しにッ!」

「船は共産主義者には渡せない。ガンダムが敵に与するのであれば、この船は自爆して海底に沈める。どういうつもりか知らないが、これは戦争なんだぞ。敵味方の区別くらいつけるんだなッ!」

船長はハッパを抱え込んだまま、船員に非常事態を宣言して、重火器に使用を許可した。スコップや斧で戦っていた船員たちはすぐさま手に手に銃を持ち、貨物室へとなだれ込んだ。ガンダムのコクピットには、貨物室で繰り広げられている虐殺の音声だけが聞こえてきた。激しい銃声は、1時間も続いた。目を覚ましたノレドは何も言わず、リリンが起きないようにだけ気をつけていた。

ベルリには何も出来なかった。銃声が止むと、赤く染まった死体が船体に空けられた穴の場所まで運ばれ、死体は海に捨てられた。海が赤く染まっていった。

「むごい・・・」

ベルリの呟きは船の人間には聞こえていないはずだった。しかし、船長はベルリの心を見透かしたようにガンダムに向かってこう叫んだ。

「君はモビルスーツのパイロットなのだろう? 君がやってきた人殺しは綺麗で、自由民主主義のために戦った我々の行いは醜くむごいのか? 国家が砂漠化して南下してくる敵や、自由な交易体制を奪って我が物にしようとする勢力と戦うことも悪なのか? 共産主義は独裁体制だ。共産主義に飲み込まれたならば、我が国のみならず、東アジア諸国は大陸勢力の奴隷になってしまう。自由民主主義は、人間が人間であるために必要な水と空気と同じものだ。水や空気を奪われそうになって、簒奪者を叩きのめした人間を、君は罵るのか?」

「罵ったりはしていませんッ!」

「同じことだ。人は足りないものは分かち合って生きる。我々自由陣営は上手くそれをやってのけている。分かち合うことに失敗した人間たちが、徒党を組んで富を奪いに来ているんだ。この船は絶対に渡せない。なぜならば、共産主義者がこの船を手に入れたならば、新造艦を量産してさらに南下し、戦争のエネルギーを作り出すために台湾や香港の人間、あるいは日本人が奴隷になって働かされるからだ。君が共産主義者の手伝いをするというのなら、貨物船にすぎない我々にモビルスーツへの対抗手段はないから、船を自爆させる。君はどうする?」

「ベルリ!」ハッパは船長に抱きかかえられながら叫んだ。「いいんだ、ベルリ。すぐに答えを出さなくていい。ぼくと一緒に、そしてみんなで世界を見に行こう! 答えを出すのはそれからでいい。船長、どうかぼくを解放してください。この船を攻撃する気も、共産主義者に与するつもりもありません。それに、あのガンダムという機体は、何をどうやっても機体の分析はできないんです。動力源すらわからない。分解することもできない。傷つけることさえできない。ベルリ以外操縦もできない。ハッチも開かない。あれが共産主義勢力の手に渡る心配はありません。だからもう、争いはやめましょう」

船長は、しばし思案したのち、ハッパを解放した。ハッパは自分のモビルワーカーに乗り込み、ガンダムの腕の中に納まった。ガンダムは静かに貨物船から遠ざかった。どこへ向かって何をすればいいのか、ベルリにもノレドにもわからなかった。通信機からハッパの声が響いた。

「このまま西に飛んで、北ベトナムのハノイに行ってみよう」

「ハッパさん、ぼくは・・・」

「ベルリとノレドからカール・レイハントンの話を聞いたとき、地球の観察者になるだの、観察する地球に人類は必要ないだの、正直なんのことか理解しかねた。だけど、こういうことなんだ。人間は観察対象にするにはあまりにむごたらしい存在だ。動植物の世界で起こる生存競争とは違う理屈が人類にはある。これを観察対象から外すことは、もしかしたら正しいことなのかもしれない。ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンは、自分がカール・レイハントンと並びうる神聖を持てるかどうか確信がなかったんだ。ジオンの亡霊さんたちには迷いがなかった。彼らジオンは、より人類に絶望していたのさ。そしてベルリにも同じ絶望を味合わせようとしている」

「ハッパさん」ノレドが身を乗り出した。「ハノイに何かあるの?」

「日本にいたとき聞いたんだ。ハノイはすでに共産主義勢力が政権を握って、政情は安定しているらしい。内乱はもう収まって、テロもなくなっているらしいから、あそこなら共産主義なるものがどんなものなのか少しは安全に観察できるんじゃないか?」

「どうする、ベルリ?」

「行ってみよう。世界をこの目で見てみなくちゃ。人間の未来に絶望しかないのなら、ぼくらにはカール・レイハントンが作った未来を変える資格なんかない。もし人類の未来に希望がないのなら、そのときはノレドはリリンちゃんを連れてザンクト・ポルトに逃げてくれ。ぼくが絶対に助けるから」

ベルリはそう話すと、進路を西に取った。

結局リリンは目を覚ますことはなく、すやすやと眠り続けていた。



次回第41話「共産革命主義」前半は、3月1日までに投稿する予定です。




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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第40話「自由貿易主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第40話「自由貿易主義」前半



1、


「複座に改造してみたけどさ、ガンダムのデータはまったく取れなくて、どんな材質なのかもまるでお手上げ。ノレドとリリンちゃんの座席にモニターを取り付けておいたけど、正常に作動するかどうかあまり自信がないんだ」

日本に到着したハッパは、就職先である重機メーカーにガンダムを持ち込んだ。するとメーカーの担当者はすぐに整備工場を貸し与えてくれて、コクピットを複座にしたいとのベルリの要求にも無償で応えてくれたのだった。そこでガンダムのコクピットから詰め込んでいた食料品などが運び出され、座席が取り付けられたのだった。

東アジアでは数が少ない戦闘用モビルスーツはエンジニアたちの興味を引いた。その解析にベルリも同意して、彼の立ち合いの下で様々な調査がなされたが、ガンダムのことを何一つ調べることができなかった。どの計測機器も反応しないのである。

ノレドはリリンとともに、新しい自分たちの座席の座り心地を確かめ、申し訳程度に取り付けられたモニターを操作してみた。その様子を見ていたハッパがふたりに声を掛けた。

「ガンダムのメインモニターのデータは、ユニバーサルスタンダードの計器に情報が送れないんだ。だからノレドとリリンちゃんの席についているモニターは、別途取り付けたカメラの情報しか反映されていない。全天周囲モニターを目視した方がよく見えるんじゃないかな」

ノレドがコクピットの中から顔を出してハッパに尋ねた。

「情報なんてみんな同じじゃないの?」

「それが違うから困ってるんだ。ビーナス・グロゥブのアンドロイドだってユニバーサルスタンダードのデータだったのに、その機体のものは違うんだ。いや、その機体のものは何もかもが違う。ベルリはこれを初代レイハントンに貰ったんだって? 突拍子もない話ばかりでついていけないよ」

ハッパは、日本行きの船の甲板に突如出現したベルリたちの話を一通り聞いていた。

初代レイハントンが姿を現したこと、彼のモビルスーツであるカイザルに乗ったときに彼らと意識を同期させて、いまのベルリには500年前の断片的な記憶や、ラ・グーが暗殺されてベルリたちがビーナス・グロゥブを離れてからの記憶、そして未来の記憶があることなど。ハッパは眼鏡を拭いた。

「君らの話がすべて本当なら、ぼくがアメリアを離れてから5か月近く経っていることになる。その間にビーナス・グロゥブ艦隊が地球にやってきて、初代レイハントンが思念体という存在で、かつての独裁国家ジオンの復活を目論み、さらに彼らは肉体を捨てた思念体というニュータイプ研究の極北を体現した存在で、信じたくないことだがあのクリム坊ちゃんが死ぬと同時に地球に異変が起こり、リリンちゃんがビーナス・グロゥブに引き取られることになった。それを君らが誰かの導きで奪い返して、そのあとすぐにぼくのところに来た。機体の改造をぼくに頼もうとしたら、時間を遡ったと。君らは5か月後の未来から4か月半時間を遡ったんだ。合ってるよね?」

「おそらく」

「推測は禁物なのかもしれないけど、ぼくは君らがやってきた4か月半後の未来で、あるいはもうちょっと先に、なにか取り返しのつかない大事件が起こったんじゃないかと思うんだ。もちろんまったく違うかもしれないよ。話半分で聞いて欲しいけど、君らを導く何者かがそこまでしたのなら、何かを回避させるために時間を遡らせたんじゃないかな。とにかくアジアなんかにいちゃだめだ。政治の中心であるアメリアに戻って、アイーダさんと話をつけなくちゃ」

ハッパはガンダムに簡易バックパックを取り付けてくれた。これも就職先の日本企業が無償で提供してくれたものだった。

「このバックパックは、ノレドが持ち込んだ食糧を詰め込んだだけで、何の機能もない本当のバックパックみたいなものだから、サポートは期待しないでくれよな。なにせ一切解析不能な機体なんだからさ。空気の玉と水の玉の予備も入れてあるから」

「バッテリーは持ちますかね?」

「それも何ともいえない」ハッパは溜息をついた。「まさかこれほど何もわからないとは思わなかったよ。動力源が一切不明。どれくらい持つかも正直答えられない。ぼくがベルリの突拍子もない話を信じる気になったのは、まさにこの機体のためだ。空気と水の供給も仕組みはわかっていないけど、バックパックに入れた空気の玉と水の玉は、複座に付けたモニターと一緒で、独立して供給されるようになっているから、万が一のときでも空気と水は大丈夫だ。バッテリーは・・・、祈るしかないね」

ふたりが機体性能のことで話し込んでいるところに、就職先の総務の男が近づいてきて、話があるからと別室に連れていかれることになった。

至れり尽くせりの待遇を受けていたハッパは、ガンダムのパイロットであるベルリたちも会社の人間に紹介したいと、ベルリ、ノレド、リリンの3人の同席を求めて認められた。4人が案内された天井の低い狭い部屋には、簡易なテーブルとパイプ椅子が並べられ、会社の人間と対峙して座らされた。

ベルリはそっとハッパに耳打ちをした。

「あまり友好的な雰囲気じゃありませんね」

「そんなことないだろ。日本人ってこんな感じじゃないのか」

気にも留めず笑顔を浮かべるハッパに告げられたのは、契約の一方的な破棄であった。


2、


「そんなバカな! ヘッドハンティングされたからアジアくんだりまでやってきたのに、雇用できないってどういうことなんだ! 何のための契約書なんだ! おかしいじゃないか!」

会社の代表は5人。灰色のスーツを身に着けて眼鏡をかけた、個性のない冷たい顔が並んでいた。

「もちろんこれは当方に責任があります。そこでハッパさんには提示させていただいた契約金の半分と、帰りの船のチケットを違約金としてお支払いいたしたい」

「いやちょっと待ってくれ。ぼくには理由を聞く権利があるはずだ。ちゃんと説明しろ!」

「経済状況が大きく変化したのです。つい先ほど、キャピタル・テリトリィより発表がありまして、クリムトン・テリトリィ時代の投資案件についてすべての契約を不履行にするとの通達が来ました。事実上のデフォルトです。クリムトン政権からクンタラ解放戦線に権力が移った際は、投資案件について引き継ぐとしていたのでそれで当社も安心していたのですが、裏切られた格好になりまして。キャピタルのウィルミットさまは、ベルリさんのお母さまとか」

「ええ、そうです」

「当社は重機メーカーで、不動産などに投資はしていなかったのですが、すでに納入した重機の代金も未払いになりまして、いえそれくらいはまだいいのですが、銀行が不動産でかなりの損失を出しまして、企業に対して貸し剥がしを始めているのです。クリムトン・テリトリィは大型案件でしたので、日本といたしましては地球の反対側、いままで投資などさせてもらえなかったキャピタルとコネクションを持つ機会だとされていましたので、かなりの金額を投資していたわけです。これらがすべて損失となった場合、銀行のバランスシートが大きく崩れることになります。そこで、貸出先の企業の運転資金にまで手を付けて、自行の経営基盤の立て直しを迫られているわけです。さらに悪いことに、アメリアの問題もございまして。アメリアの上院議員のアイーダ・スルガンさまは、ベルリさんの実のお姉さまだとか」

「ええ、あ、はい、そうです。そうですけど!」

「アメリアはニューヨーク州が破壊されたのちに本拠地をワシントンに移された。その際にクンタラから多くの借財をされたようなのですが、アメリアのクンタラの方々は世界でかなりの力をお持ちのようで、以降アメリアへの輸出は軒並み激減してしまったのです。アイーダさまの『連帯のための新秩序』『クンタラ亡命者のための緊急動議』が可決してからずっとその傾向があったのですが、アジアからの輸出は事実上できないような状態になっていて、売りたいのならアメリアへ投資しろと強く要求されているのです。どういう力か定かではないのですが、政府とは別の、かなり強い圧力が掛かっている状態です。つまり、現在当社は資金繰りに苦しめられ、なおかつあてにしていた輸出も大打撃を受けている。ハッパさんとお話させていただいたころとは状況がかなり変化しておりまして」

「いや、そうかもしれないけどさ」ハッパは食い下がった。「こっちは軍の安定した仕事を投げ打ってこちらに来させていただいたわけですよ。それを一方的に状況が変わったからといって雇用できないというのは道義的にどうなんですか」

「当社としては、もっと道義的な問題に直面しているのだとご理解いただきたいのです。会社の運転資金が危機的な状況になったおかげで、長年働いてこられた従業員の多くも希望退職を募ってリストラしている有様です。そんなときに、まだ働いてもいない人を優遇することは道義的にできないのです」

「アメリアが産業の国内回帰を目指す方向に舵を切ったのはぼくも知ってる。それはニッキーニ大統領が自由貿易を推進しすぎて中間階級が瓦解してしまったことも原因としてあって、クンタラなどの移民が増えたアメリアとしては当然の政策だと思うけどね」

「大昔のように国家に通貨発行の権利があれば、為替の変動でショックはいくらか吸収されたのですが、いまは通貨もユニバーサルスタンダードでしょう? 金融がおかしなことになったら通貨供給量を大幅に増やしてまずは金融の立て直しを図らなければいけないわけですが、その機能が各国の政府にないのです。金融政策がままならないなかで、銀行も企業も自力でバランスシートを改善しなければならない。そのことをご理解いただきたいのです。当社としては、契約金の半分をお支払いすることがギリギリできることです。本当はその資金さえ惜しいところなのです」

「やけに親切にしてくれると思ったらこういうことだったのか。まったく失望したよ!」

相手の男は話題を変えた。

「聞くところによれば、ベルリさんは新しい法王さまになられるお方だとか」

「えーーーー」と、ベルリは驚きの声を上げた。「法王さまは特別な訓練を受けた方々がなるものですよ。徳の高い人じゃなきゃなれないものです。ぼくなんか・・・、いったいどこでそんな噂を?」

「いやそれは、スコード教の方々ですよ。トワサンガの王子であるベルリ・レイハントンさまがスコード教の新法王になることで、よりスムーズにフォトン・バッテリーの再供給への道が拓けるのだとか」

「ああ、それ」ノレドが口を挟んだ。「その噂ならちらっと小耳に挟んだことがある」

「そんなことは起こりませんよ」

むくれたベルリの顔を困った顔で眺めていた男が話を続けた。

「当社としては、ユニバーサルスタンダードの復権が果たされたのちは、フォトン・バッテリー仕様の工作機械をより賃金の安い地域で生産して輸出するつもりでいたのです。もしそれがダメなら、ディーゼルエンジンを国内で生産して輸出するつもりでいた。ところが輸出先は、買ってほしければアメリアに工場を建てろと無茶をいう。アメリアの中間階級のお話はハッパさんのおっしゃることがもっともなのでしょうが、日本の中産階級はどうなるのですか?」

「どうしてこうなったんだ?」

「本来ユニバーサルスタンダードは、各国の平等な発展を保証するためのものだった。ところがそれを、グローバリズムの一環として利用している勢力がいるのです。どこで作っても同じならば、より賃金の安い地域で作る。あるいは、アメリアのように軍事力を背景とした政治力で、自分の国で作らせる。こうしたことを画策している勢力があるのです。アメリア政府とは別の力が働いている。何年も研究して新幹線もディーゼルエンジンも技術を復活させたのに、それを無償で提供しろとは虫が良すぎませんか。日本がディーゼルエンジンを研究したのは、キャピタル・タワーというものが地球の反対側にあって、フォトン・バッテリーの配給に頼ることに不安があったからです。これからの時代の我が国の生命線になる技術なのです」

「アメリアにもディーゼルエンジンくらいはある」

「あるでしょうが、アメリアは乾燥地帯でしょう? 日本は亜熱帯から寒冷地まで気象条件が様々なので、信頼性において条件が良すぎる乾燥地帯の製品とは品質の面で比較にならない。その技術は渡せませんよ」

「つまり」ハッパは唇を噛んだ。「ぼくを産業スパイのように見ているんだな」

「そこまでいうつもりはありません」

「わかった。雇用できないというのなら仕方がない。会社の運転資金が危ないというのなら、契約金の半分もいらない。その代わり、一番小型のディーゼルエンジンを積んだシャンクをくれないか。それで手を打とう」

ハッパの申し出に対して、会社の男たちはすぐに返答はせず、別室で協議をするからと部屋を出ていった。それを待っていたかのように、ベルリが小声でハッパをたしなめた。

「ハッパさん、ヤケを起こしちゃまずいですよ。もっと上手くやりましょうよ」

「いや」ハッパは首を横に振った。「もうこんな国はこりごりだ。相手の事情も分からなくはない。納得してもいいのかもしれないが、それにしたって不誠実すぎる」

「アメリアだって同じようなものですよ」

「ぼくはね、ベルリ」ハッパはふうと息をついた。「ベルリが羨ましかったんだ。もうこうなったら仕方がない。しばらくは貯金で食いつなぐさ。それくらいの蓄えはあるし、それにぼくは技術者だ。仕事なんていくらでもある。ベルリのようにシャンクで大陸を歩いて渡ってアメリアへ帰るんだ」

男たちが戻ってきた。

「ハッパさんの申し出が上に了承されました。ディーゼルエンジンのついたシャンクは、バイオエタノール仕様の最新鋭のものは提供できないのですが、古い発掘品を復元した未発売のモデルがあります。それを無償で提供いたします。それに、もし帰りの船賃を放棄なさるのであれば、提示させていただいた契約金をキャンセル料として全額お支払いいたします。これは受け取っていただかないと逆に困ります」

こうしてハッパは、廃油でも走るという西暦時代のディーゼルエンジンの復元モデルを手に入れたのだった。バイオエタノールの供給はいまだ不完全であったため、大陸横断を目指すハッパはこのモデルを気に入った。それは小型のモビルスーツの出来損ないのような、大型のシャンクであった。

しばらくそのシャンクを乗り回していたハッパは、目に涙を浮かべながら大笑いをするとこう叫んだのだった。

「まるでモビルスーツのパイロットになったみたいじゃないか、はっはっは」

ノレドはそんなハッパの姿を憐れみ、ベルリにそっと耳打ちをした。

「なんだか、可哀想」

「仕方がない。しばらくはハッパさんにつき合ってぼくらもアメリアを目指そう。このまま放っておいたらヤケになって何をしでかすかわからない」


3、


こうしてベルリ、ノレド、リリン、ハッパの4人は、一路西を目指して旅立つことになった。ガンダムは何の機能も付いていないバックパックに食料や旅の荷物を満載して、ハッパの大型シャンクの歩みに合わせて日本の大地を西へ西へと進んだ。

ハッパのシャンクは背部にディーゼルエンジンを積み、頭部には左右に突き出た目玉のようなレーダーがついたもので、工作用の長い両腕を動かすことができる。作業を行わないときは、両腕は短く畳んでエンジンの上部に収容することができた。

ガンダムでの輸送を拒み、あくまでシャンクで旅をすることに決めたハッパを見守りながら、ベルリは素朴な疑問を口にした。

「それ、もうモビルスーツじゃないんですか? 詳しい定義は知らないけど、腕があって脚があって、作業ができる機械なんでしょ?」

「腕はあくまで付属のもので、自立歩行用機械だから一応シャンクってことになるのかな。モビルスーツはもともとこういうものだったのだろうね。兵器に転用したことが革新的だったのだろうよ。モビルスーツに転用可能な技術はアグテックのタブーになるから、シャンクに補助用の腕がついていることにしたかったのだろう。つまり、ヘルメスの薔薇の設計図なんかなくたって、モビルスーツ発明前夜まで技術は発達しているってことさ。技術は必要に応じて開発されていくものだ」

ノレドとリリンは、ハッパが取り付けてくれたモニターの調整に余念がなかった。ガンダムとシャンクには中古の無線が取り付けられて、会話も交わせるように改造された。ハッパは嫌なことを忘れるように、行く先々で機械修理や調整などの短期の仕事を引き受け、黙々と働いた。

4人は西へ西へと進み、横浜から神戸へと辿り着いた。

瀬戸内海の青い海を眺めながら屋台で買い求めた食事を頬張っているとき、ハッパがようやく今回のことを話し始めた。

「エネルギーが枯渇して、資源もとっくに使い果たした世界で、自由貿易って成り立つのかなって思っていたけど、こうして旅をして社会を眺めてみると、意外になんとかなるものだね。ぼくはね、ベルリ、アジアはもっと貧しい世界だと信じて育ったんだ。だからベルリがユーラシア大陸を旅してアジアの産業はかなりのレベルだと教えてくれたとき、ずっとこっちへ来てみたかったんだよ。自分の目で見てみないとわからないことってあるからね」

ベルリは一人旅していたころを思い出しながら遠くを眺めていた。

神戸の港には大型の輸送船が多数入港して、コンテナをクレーンで降ろしていた。大型船も、港で働く工作機械も、いまはバイオエタノールで動いている。地球の裏側ではフォトン・バッテリーの代替への置換はすでに始まっていた。ベルリは懐かしそうに口を開いた。

「あのときは行く先々でいろんな人に話を聞いて、やっぱりキャピタル・タワーが地球の裏側にあることで、アジアの人たちはフォトン・バッテリーが宇宙からもたらされていることを実感しにくくて、それが地下に埋まっている知識の発掘への情熱に繋がったんだって教えてもらったんです」

ハッパが応えた。

「ヘルメスの薔薇の設計図は、宇宙ドッグであったラビアンローズに残っていた軍事技術だったから、その流出は大変な問題を引き起こしてしまったわけだが、よく考えれば民生技術は地下に埋まっているんだ。ぼくが手に入れたこのシャンク、というか、モビルワーカーも、西暦時代のものだっていっていたな。錆びた機械を発掘してその技術を解析するなんて、やりがいのある仕事だったんだけどなぁ」

そういうと、ハッパはまたしても沈み込んで黙ってしまった。

ノレドはベルリの袖を引いて、そっと耳打ちした。

「ベルリ、こんなにのんびりしてていいの? カール・レイハントンとどうやって戦うのか考えた?」

「まだ何も考えていないけどさ、でも、いまのハッパさんを残してアメリアへ戻れないだろう? それに、あいつはこういったんだ。『わたしと同じように絶望しろ』って」

「絶望?」

「ガンダムに乗って絶望しろって。もちろん、どういう意味かは分からないよ。その意味も知りたいんだ。それに、ぼくも旅の途中でケルベスさんに連れられてメガファウナに戻っちゃったから・・・」

そう告げると、今度はベルリが黙り込んでしまった。困った男たちだと組んだノレドの腕を、リリンが引っ張った。

「どうしたの?」

リリンはしばらく会わない間に少しだけ背が伸びて、少女っぽくなっていた。彼女はキラキラと輝く海に浮かぶ船から降ろされる荷物に興味を持ったようだった。

「あのコンテナの中には荷物が入ってるの?」

「そうね」

「物が余ってるから運んできたの?」

「余ってる? いや、そうじゃないよ。あれは『交易』というもの。お金と交換で買ってきた品物なんだ。物と物を交換しようとすると、物の価値は運んでいる間にも変動してしまうから、価値が一定した通貨というものを使って安定的に物が交換できるようにしたんだね」

「でも、作りすぎたから交換してるんでしょ?」

「ああ、そうか」

ノレドはリリンがトワサンガ生まれであることを思い出した。スペースコロニーであるトワサンガは、通貨も使われているが、地球よりもっと計画経済的なのだった。宇宙では、空気も水も計画的に生産される。貨幣制度は、物資を交換するためではなく、個人の消費志向に自由度を持たせるための手段に過ぎない。

ノレドとリリンの話に聞き耳を立てていたハッパが、遠くからふたりに声を掛けた。

「リリンちゃんは小さいからわからないと思うけど、いや、ぼくもトワサンガの経済には詳しくないんだけどさ、きっと宇宙では個人で消費しきれないほどの物資の独占が禁止されているはずだよ。買占めを認めてしまったら、宇宙での経済活動は成り立たないはずだ」

「トワサンガは労働本位制なんですよ」ベルリがハッパに応えた。「買占めはもちろん禁止されているんですけど、労働に細かく工数が決められていて、獲得した労働ポイントに応じて月収が与えられる。だから、出産や子育てにも労働ポイントが付くので、働いたり子育てしている人は何不自由なく欲しいものは手に入る。でも、物資は常に不足気味でしたね。これは、空気と水に制限があるからで、何か新しい物資を生産しようとすると、生産の材料になる空気と水の調整をしなきゃいけない」

「お、さすが、トワサンガの王子さまだね」

「ベルリは王子さまなの?」リリンが尋ねた。「そうなの?」

「違うよ」ベルリは慌てて否定した。「便宜上のものなんだ。行政を動かすには権力というものが必要で、権力に空白ができてしまっていたから、それで・・・」

リリンの父は、トワサンガ警備隊に所属していた。彼らがザンクト・ポルトにやってきたとき、ベルリとメガファウナは彼らと敵対関係になって、リリンの父が乗った戦艦を地球の大気圏に押し込んで死なせてしまったのはベルリ自身なのだった。ベルリは、リリンに対して大きな負い目があった。

「興味深い話だね」空気を察したハッパが助けに入った。「金本位制ならぬ労働本位制か。労働ポイントに連動した通貨は相続できるのかい?」

「労働ポイントの相続はできませんね。贈与もできないんですよ。富が蓄積されても、交換する物資が増えるわけじゃないので。不動産も賃貸ばかりで、住むところを得るためにも働かなきゃいけない。宇宙はとにかく労働が基本なんです。あれを貨幣経済と呼んでいいのかどうか・・・。少なくとも、神戸の港に陸揚げされる物資のように、自由に買える物なんてない。購買の概念が地球と少し違っているかも。宇宙での購買は、あくまでAかBかの選択です」

「それだとさ、付加価値が生まれにくいんじゃないのか?」

「そうかもしれません。芸術も政府や行政が認定した『芸術』にしかポイントがつかないので、新しいものが生まれない。食べ物も、より美味しいものに加工してより高く販売しようという創意工夫に乏しいので、どこへ行っても同じようなものばかりになる。トワサンガのセントラルリングは商業地帯で物が溢れているところなんですが、付加価値の競い合いとしての商業施設じゃなかったなぁ」

「高い義務意識と低い欲望。地球と真逆になってしまうんだな。スペースノイドとアースノイドが分かり合えないはずだよ」


4、


神戸の港で運搬の仕事を得たハッパは、2日ほどそこで働くことになった。

ノレドは時間が気掛かりで仕方がなかったが、ベルリは何を考えているのか、ハッパのペースに合わせてのんびりと構えているのだった。

神戸の港は、物で溢れかえっていた。空気と水をほとんど無尽蔵に得られる地球では、資本を投入して大量生産することで大きな利潤を生むことができる。種さえあればどんな植物でも育つし、所有者のいない野生動物の肉も取り放題だ。野生動物は毎年いくらでも増えてしまうために、むしろ駆除が追い付いていない。宇宙とはまるで違う環境がそこにはある。

成長したリリンは、ウィルミットの温かくも厳しい教育の甲斐もあって、好奇心旺盛な子供に成長していた。彼女はノレドやラライヤとビーナス・グロゥブを訪れたときのこともよく記憶しており、あるときノレドに向かってこう話した。

「ビーナス・グロゥブにはなんであんなに美味しいものがたくさんあったの?」

リリンは、ビーナス・グロゥブで食べ歩きしたときのことを話しているのだ。あのとき、ノレドとラライヤは、ビーナス・グロゥブとトワサンガの違いを見つけようとした。ところが、ふたりは行く先々で美味しいものを見つけて食べてばかりで、重要なことは何一つ発見できなかったのだ。

しかし、それは彼女たちに知識がなかっただけのことだった。美味しい屋台がたくさんあること、それはつまり、付加価値をつけることでより高い利潤を目指している行為だったのだ。トワサンガとは違う経済運営だったからこそ、ビーナス・グロゥブには美味しいものが溢れていた。

ラ・ハイデンは、スコード教と芸術を深く愛する人間だった。それもまた、より大きな付加価値をつけて大きな利潤や承認欲求を満たす行為の表れである。大きな称賛を浴び、大きな利益があるから、芸術は研磨されていくのだ。では、トワサンガとビーナス・グロゥブでは何が違うのか。

「成長余地じゃないかな」ベルリは応えた。「ビーナス・グロゥブは資源衛星を獲得して、成長するコロニー群だった。それに比べて、トワサンガは成長を意識した設計になっていない。トワサンガを作ったメメス博士は、ザンクト・ポルトもトワサンガも、クンタラの避難地域くらいにしか思っていなかったはずだ。そこで人間を繁栄させるつもりがそもそもないんだ」

「興味深い話がたくさん聞けるねぇ」ハッパは楽しそうだった。「つまり、ビーナス・グロゥブはトワサンガと同じスペースノイドの高い義務意識が根底にありながらも、より自由経済に近くて、人々の創意工夫と経済成長余地があったと。それは、海の存在も大きいね」

「海の存在がそれを可能にしていることはあると思います。シー・デスクですね。あれがビーナス・グロゥブの環境をより地球に近づけている。それに、人間そのものの目指しているものが違う。ビーナス・グロゥブの人間は、肉体を繁栄させることを前提に胚を成長させて肉体化した人たちの末裔です。いったん眠らせていた生命を、死の覚悟を持って肉体にした。滅びるつもりなんかないんです。繁栄させるための決断があった。でも、トワサンガはそうじゃない。カール・レイハントンという思念体は、人間を排斥した地球環境の観察者たらんとしているので、肉体を増やそうとしていない。メメス博士はそれに同調していた。でも彼はクンタラの繁栄は望んでいた・・・」

ノレドが尋ねた。

「それって、クンタラを地球の支配者にするつもりだったんじゃないの? レイハントンに人類を絶滅させて、そのあとでクンタラが地球を乗っ取るみたいな」

「うーん」ベルリは考え込んだ。「それがしっくりするのは確かなんだよ。レイハントンに協力して、クンタラの安全だけを保障させる。その考え方は、思念体全体に共有されてしまうので、滅多なことで変更はできない。カール・レイハントンは人類を滅ぼし、その間だけクンタラはザンクト・ポルトとトワサンガで生き残る。やがてレイハントンたちジオンの残党は、思念体に戻って眠りに就く。地球は彼らによって防衛され続ける。その間に、地球に戻って・・・」

ハッパが首を傾げた。

「ジオンは地球を観察しているんだろう? だったらさ、地球でクンタラが繁栄して、またアースノイドとしての傲慢な振る舞いを始めたら、やっぱり滅ぼされちゃうじゃないか。相手は永遠の命を持っているわけだろう? 数千年後、地に満ちたクンタラが宇宙世紀と同じことを考えてしまうかもしれない。永遠に人類を観察している生命体。死ぬこともない。そんなの、ぼくらじゃ勝てっこないじゃないか。ぼくは、ビーナス・グロゥブ方式を支持するけどね」

「ですよね」ベルリも同意した。「メメス博士は何を考えていたんだろうって」

ノレドはしばし考えて、かねてから思っていたことを口にした。

「メメス博士って人は、クンタラだけの繁栄を考えていたわけでしょう? だから、カール・レイハントンが人類を滅ぼすことに抵抗がなかった。それはクンタラ以外の人類って意味だから。もしかして、カール・レイハントンを殺しちゃう方法を知っていたのかもよ。だって、彼がいなくなれば、地球は全部クンタラのものになるわけでしょう? クンタラの子孫だけが生き残るわけだから」

「ベルリの話を聞く限り」ハッパはノレドに質問した。「思念体というのは幽霊みたいなもののようだ。もともと死んでいる人間を殺せるのかい? どんな方法がある?」

「それを言われると困っちゃうけどさ・・・」

顔をしかめたノレドを見て笑いながら、ハッパは話題を変えた。

「実はね、ぼくは新しい夢を見つけたんだ」

「夢?」

「そう、夢だ。ぼくは世界を見分しながらアメリアへ戻って、このディーゼルエンジンを量産する会社を作ろうと思うんだよ。発掘品のレプリカだから、この製品に特許は存在しない。フォトン・バッテリーが供給されるようになったとしても、今回の経緯を見る限り、ビーナス・グロゥブは供給過剰状態は作らないと思うんだな。それは戦争に発展してしまうから。でも、人間の繁栄には経済成長が必要だ。だったら、フォトン・バッテリーで足らない分を何かで補わなきゃいけない。ぼくはディーゼルエンジンに夢を託すよ。つまりさ、ぼくには未来が必要なんだ。あと4か月半で地球が滅びてしまうとか、変な膜に覆われてしまうとか、幽霊みたいなやつに滅ぼされてしまうとかさ、そういうのは勘弁願いたい。メメス博士のこととかもそうだ。ぼくには『今』から続く未来へ行きたい。誰かがコントロールした未来じゃなくてね」

港で働くうちに、船員たちと親しくなった4人は、沖縄、台湾、香港へと寄港する船に同乗させてもらえることになった。船会社の担当はこう話した。

「フォトン・バッテリーが供給されなくなってから、海域に海賊が出るようになりましてね。あなたのその戦闘用モビルスーツに護衛してもらえると助かるんだよ」

その人物は、陽光に光り輝くガンダムを指さして言った。

こうしてモビルワーカーのハッパとノレド、リリンは貿易船に乗り込み、ベルリはガンダムで船を護衛することになった。

神戸を発した彼らは、沖縄を経て一路台湾へと向かった。


次回、第40話「自由貿易主義」後半は、2月15日投稿予定です。



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