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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第28話「王家の歴史編纂」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第28話「王家の歴史編纂」前半



1、


ドレッド家のクーデターによってお飾りの首相になったジャン・ビョン・ハザムは、トワサンガに戻ることが出来ずにその身柄はキャピタル・テリトリィの法王庁にあった。

キャピタル・テリトリィといってもいまや政治機構は存在せず、行政が一部機能しているだけで実質キャピタル・タワーの運航庁が実務のほとんどを担当していた。彼らの支配地域は以前と変わらなかったが、国内は既存住民とゴンドワンからの移民が対立して内紛状態にある。法王庁の警備はキャピタル・ガードが担っていたが、フォトンバッテリーの枯渇によってモビルスーツは運用されていなかった。

「キャピタル・テリトリィの運航長官といえばウィルミット・ゼナムでしょう?」浅黒い肌の新参枢機卿は口から泡を飛ばして猛烈に抗議していた。「ウィルミット・ゼナムの養子はあのトワサンガの王子になったとかいうベルリ・セナム。ベルリ・ゼナムの姉はアメリアの総督アイーダ・スルガン。これはすなわち、レイハントン家による地球支配じゃないですか? わたしは何か間違っていますか?」

でっぷりと太った古参の枢機卿が呆れた顔で反論した。

「支配していない支配者などというのは矛盾もいいところです。考えてもごらんなさい。アメリアの大統領はズッキーニ・ニッキーニ。キャピタル・テリトリィは議会が停止中で代表者はいない。だとすれば法王庁のゲル・トリメデストス・ナグ法王猊下が代表に決まっている。そしてトワサンガの代表者はここにいるジャン・ビョン・ハザム氏だ。あなたは焦りすぎているのだ。落ち着きなさい」

各国を代表する枢機卿たちは、連日膝詰めで世界の今後のことを話し合っていた。世界といっても彼らにとっての世界はスコード教を中心とした世界のことである。

枢機卿の数は全部で36名。彼らはジムカーオ事件に巻き込まれ、ビーナス・グロゥブとの関係を拗らせたとの理由でゲル・トリメデストス・ナグ法王の退任を話し合っていたが、世界情勢が流動的でないいま動くのは危険だとの理由で結論を先送りしたばかりであった。

「わたしは彼と同じ意見ですね」痩せ細り眼鏡を掛けた男が新規に選出された肌の黒いアジア代表の肩を持った。「レイハントン家のことを侮るのは危険です。スコード教はフォトンバッテリーを供給するトワサンガとの繋がりによって権威を保ってきた。そのトワサンガにベルリ・ゼナムような開明的な人物が現れ、いまやトワサンガの情報はテレビのニュースにすら登場するようになった。もはやトワサンガは神秘的な天の世界ではない。あれはスペースコロニーなのです。科学の産物です。我々スコード教徒は科学の否定者、時代遅れの荷馬車のような扱いだ。誰もがトワサンガの科学技術に憧れて技術提供を求めている。スコード教は過去のものになろうとしているんです」

「それはいけませんな」

「そうでしょう」最初の男が引き取った。「アジアはいまスコード教徒が激増している唯一の地域です。しかしそれはスコード教との繋がりによってトワサンガの技術が手に入ると思っているからだ。民草はトワサンガからの移住者受け入れを求めている。科学技術が欲しいからです! しかしこのような宇宙世紀時代のタブーを野放しにしていたら、スコード教の権威は失墜する一方。アジアの民草だってスコード教の理念を学ばないまま宇宙世紀時代に逆戻りしてしまう。そうやってアグテックのタブーを破っていって、本当に未来は拓けるのですか?」

「だからそれが焦りだと申し上げている。世界の代表者は誰ですか? それは政治家です。王政の国であっても行政の長を王が担っている国はない。どこも立憲君主制なのです。政治家たちが必ずしもレイハントン家になびいているわけではないのに、なにをそう慌てているのかという話です」

ジャン・ビョン・ハザムは枢機卿たちの話をボンヤリと聞き流していた。突然起きたクーデターによって捕縛され、ザンクト・ポルトに放置されていた彼は、キャピタル・ガードによって救出されたのちに法王庁に身柄を預けられた。つまり自分はトワサンガ支配の道具にされるわけだ、ハザムはウンザリしてこのままどこか遠くへ逃げてしまいたいと考えた。彼にとっては、初めて降り立った地球なのだ。オレはレコンギスタした、彼はそう考えることで現在自分が置かれた状況を忘れようとしていた。

枢機卿たちの議論は続いていた。

「いまこそ我々人類はアグテックのタブーを再認識して宇宙世紀時代を反省しなければならない。そのためには地球及びトワサンガの支配権はスコード教が担うべきなのです。レイハントン家の地球支配を許してはならない!」

「レイハントン家が何を狙っているのかは不明です。わたしはむしろアメリアを糾弾したい。あの国こそアグテックのタブーを平気で破る悪しき国家そのものだ。そもそも彼らが宇宙戦艦などというものを建造するから・・・」

「それはもう過ぎたこと、終わったこと。もはやトワサンガは天界の理想郷ではなくなった。この事実は覆らない。テレビの映像は消せても人々の記憶は消せないのです。そのトワサンガをまるで天国のように宣伝してきた我ら法王庁はこれ以上ないほど危うい立場にある。これは紛れもない事実です。我々に権威づけをしてきたキャピタル・タワーが誰のものかさえわからない現状をどうすべきなのか。早急に結論を出しませんと大変なことになる」

「誰か建設的な意見を持っている方はいないのですか? わたしはもう疲れた」

「アメリアに影響力を及ぼすのはフォトンバッテリーの配給権を抑えてからでなければ無理です。ということは、まずはトワサンガの支配権がレイハントン家ではなくこちらのハザム氏のあると彼らに認めさせなければ無理だ。そうですね?」

突然話を振られてハザムは戸惑った。彼は正直に話すことにした。

「買いかぶられていいるようですが、わたしは確かにトワサンガの首相ではありましたが、ドレッド家の傀儡に過ぎず、トワサンガの政府が立法府として機能していた事実もありません。確かに選挙は行われていました。しかしそれは、法案の賛否を問うていただけ。わたしは選挙で選ばれた民政の代表者ではなかったのです。いまさらトワサンガに帰れと命じられるのはいささか迷惑」

ハザムのこの発言に枢機卿たちは色めき立った。

「レイハントン家の支配と戦う気はないと?」

「戦うも何も」ハザムは肩をすくませた。「レイハントン家が担っていたものをドレッド家が奪った。しかし、レイハントン家は何かを隠していた。だからドレッド家があずかり知らぬ事柄が多くあり、トワサンガの支配権をすべてドレッド家が掌握していたわけではなさそうなのです。わたしはクーデターが起きたときにそれを身を持って体験した。すべての黒幕が法王庁だと信じていたのでこうしてあなた方と行動を共にしたのですが、あなた方はそうではないという。だとしたらもはやレイハントン家に対抗するすべなどないのでは? 地球においてアメリア軍という強大な戦力を味方につけ、ムーンレイスとかいう得体の知れない連中もレイハントン家の味方、トワサンガの住民もおそらくはレイハントン家につくでしょう。トワサンガを掌握すれば、フォトンバッテリーの配給権はレイハントン家のものです。あなた方はここで中間搾取をして肥え太るしかない。しかしそれもどうでしょうか。キャピタル・タワーの運航長官は大変聡明な方で、好奇心も強い。多くのことを吸収して知見として蓄えているはずです。あなた方とはレベルが違う。無論わたしなど足元にも及ばない。唯一希望があるとすれば、ベルリ・ゼナムという人物が熱心なスコード教信者で、その恋人も同様、しかもゲル法王のご落胤とか」

ずっと囚われの身であったハザムは、ノレドがゲル法王の子供であるという話をいまだに信じていた。

「それはたわごとのレベルなのだが・・・、いや待て。結局それしかないのか?」

「待て待て。君がいま思っていることは、ジムカーオとかいう我々を謀った男と同じことをせよということであろう? ノレド・ナグをゲル法王のご落胤と認め、レイハントン家をスコード教に取り込むという話だ。そんなものを信じたばかりに大変なことになったのを忘れたのか?」

「だがそれしかあるまい?」

隣に座っていた南半球の枢機卿が頷いて賛同した。

「ジムカーオ氏の作戦はそうやってスコード教の安泰を図るというものだった。それが失敗したのは、ムーンレイスという者らがどこからともなく出現したからではないのか? もしあれがなかったら、いまごろはトワサンガのレイハントン家はスコード教の熱心な支持者で、その少年を我が子として可愛がる運航長官も我々の味方、姉のアメリア軍総監も我々の味方、スコード教はこれ以上ないほど安泰だったのではないのかな? ムーンレイスの出現がなければ、ジムカーオ氏の作戦は成功したのだ」

「ちょっと待ってほしい。ジムカーオ氏はクンタラ独立戦線も支援していたのであろう? そう聞いているぞ。彼もクンタラ出身だとの話だ。彼の策謀には裏があったのではないのか?」

「そうしたことも含めてアメリアが調査委員会で徹底した調査をしているというんだ。あんなことを許していればアメリアが歴史を書いていくことを許すことになる。そんなことは絶対に阻止せねばならない。歴史はスコード教のものだ。スコード教が遺す歴史こそが真実でなければ、信仰心などというものが芽生えるはずがない」

「アメリアのことはひとまず忘れないと話が進まない。ジムカーオ氏は地球で差別を受けているクンタラをすべてトワサンガに上げると言っていたはずだ。そしてトワサンガの住民はレコンギスタさせるのだと。ルイン・リーという者がキャピタル・テリトリィで発掘された小型原子炉をゴンドワンに持ち込まなければあんなことにはならなかった。ジムカーオ氏の話には矛盾がない」

「そうとも彼の話に矛盾はないのだ。彼はベルリ・ゼナムとノレド・ナグを結婚させてレイハントン王家を復興させるつもりだった。そしてトワサンガ住民の願いを叶えてレコンギスタをさせ、代わりに世界中のクンタラを集めてトワサンガで労働させるつもりだった。これのどこに悪があるのだ? むしろクンタラの救済ではないか。悪はムーンレイスとアメリアだ。ムーンレイスの女王のディアナ・ソレルをみろ。同胞を宇宙に残したまま、アメリアに亡命しているではないか」

「だがジムカーオ氏はもういない。計画も失敗した。やはりハザム氏にトワサンガの首相に戻ってもらい、キャピタル・テリトリィは法王庁の直轄地に、そしてアメリアを牽制せねば。フォトンバッテリーの配給権なしにスコード教は体制維持など不可能ですぞ」

「ムーンレイスの女王が地球に逃げたいまこそジムカーオ氏の作戦を実行できるチャンスだと申し上げている。法王庁はノレド・ナグの篤い信仰心に頼ってベルリ・ゼナムに法王庁の人間になっていただくよう働きかけねば」

「だったらいっそ、レイハントン家の王子であるベルリ・ゼナムを法王にすればよい。よもやこの状況で自分が法王になりたいと神に祈っている御仁はおられまい。レイハントン家の王子を神の子であるように御簾の向こうに隠せば、トワサンガの神秘性も蘇ってきましょう。神秘は隠されてこそ神秘。開明的な神秘などないのですから」

「こうしてお話をしておりますと、ジムカーオ氏というのは抜きん出た知恵者であったようです。彼さえいれば世界の秩序は壊されずに済んだ。何もかも元のままだったのです。ピアニ・カルータ事件によって明らかにされた宇宙からの脅威は、ジムカーオ氏が収拾するはずだった。そう思ったからこそ、我々法王庁はゲル法王をトワサンガへ亡命させるというアイデアに乗ったのです。権威は誰にも剥ぎ取られたりしなかったはず。それをムーンレイスが」

「アメリアもでありましょう。ベルリ・ゼナムくんを横からかっさらっていったのはアメリアですぞ。法王とご落胤ノレド女史、それにベルリくん、彼らをまとめてトワサンガに送れなかったことがいけなかった。悔やまれる。ジムカーオ氏の死がこれほど悔やまれるとは!」

「ジムカーオ氏は聖人でした。彼はきっとベルリくんを次期法王と考えていたのではないかな。ゲル法王は事件以来宇宙世紀初期に起きた神秘について説法することが多くなったものですが、ゲル法王には残念ながら奇跡は起こせない。しかしベルリくんはG-セルフという機体で奇蹟が起こせるのでしょう? それは何にも代えられない資質だ」

「何とか元の計画に戻せないものでしょうか」

「G-セルフは失われたというじゃありませんか」

「ヘルメスの薔薇の設計図があればもう1度作れるのでは?」

「それはアグテックのタブーでしょう! わたしは反対です。こざかしい駆け引きをするより、信仰に基づいたスコード教の権威回復が先決」

ハザムは枢機卿たちの生臭い議論に心底ウンザリしていた。地球にレコンギスタしたときにクラウンの中から眺めた海というものを、彼はまだ間近で体験したことがなかった。

彼はまだ潮騒の音を聴いていない。


2、


レコンギスタにまつわるふたつの策謀、ピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件。続けて起きた2件の問題を総括するため、アメリア議会はアイーダ・スルガンを委員長にした調査委員会を発足させた。

この話を聞いたトワサンガでは、にわかにレイハントン王家の歴史書を編纂しようとの話が持ち上がっていた。これまでドレッド家の存在があり半ばタブーになっていたレイハントン王室の歴史だが、ドレッド家亡きいま、宮仕えだった者たちの高齢化もあって急務の課題としてにわかに浮上したのだ。

その渦中に放り込まれているのがベルリ・ゼナム・レイハントンであった。彼は機能停止したシラノ-5の復興とレコンギスタ希望者の地球再入植を手伝うためにトワサンガに残っていた。政治機構と官僚機構を同時に失ったトワサンガのダメージは大きく、さらにフォトンバッテリーの再供給が開始されるまでに受け入れ態勢を整える必要もあった。

宇宙にはしばらくハッパがとどまってベルリの仕事を手伝ってくれていた。ハッパは機能が停止したシラノ-5が、G-メタルによって再起動した仕組みを調べ上げてベルリに伝えたのちにキャピタル・タワーで地球に降り、アメリアへと戻っていった。アイーダによると調査委員会の仕事が終わったあとは、東アジアへ移住するのだという。

「ぼくも頑張らないと」

ベルリは偽装された空を眺めながらサンドイッチを頬張っていた。明日にはノレドと彼女を迎えに行ったラライヤもトワサンガに到着する。送ってくれるのはメガファウナである。メガファウナは戦艦としての装備は外し終わり、輸送艦として運用されている。艦長は引き続きドニエル・トスが務めているが、多くのクルーはアメリアに戻り、操舵手のステアはフルムーン・シップの操舵手としてビーナス・グロゥブへの旅を続けている。

現在のベルリは、トワサンガ・レイハントン王家の王子という身分であった。これは政治体制が瓦解したトワサンガに秩序を取り戻すための暫定的なもので、すぐさま選挙によって代表を選出して権限のすべてを委譲することになっていた。

トワサンガはレイハントン家による独裁体制になっており、ドレッド家はそれに反発して権力を奪い、代わりに名ばかりの首相を指名して形式上の民政移行を果たしていた。だがこれでは不十分だと感じたベルリは、王政の絶対権力で統治機構を解体してから民政移行を果たしたいと望んでいた。

ベルリのブレーンはサウスリング出身者の学生たちとムーンレイスであった。ムーンレイスを率いるハリー・オードは警察機構をいち早く再興して軍人の多い彼らを新たな職に就けていた。一時的に乱れていた治安は彼らムーンレイスによって回復していた。月にある彼らの生産設備によって物資も必要量は確保されていたので、人が飢えて死ぬようなことはなかった。

ただし、何をやるにも人々は不満を持ち、苛立ちを責任者にぶつけてくるのである。

「歴史の編纂なんて歴史学者がやればいいのでしょ? 幼いころに両親を失って養母に育てられた自分にいったい何ができるっていうんです?」

中央公園の広場の噴水で食事を摂っていたベルリは、突然集まってきた老人の集団に戸惑っていた。

彼はトワサンガの政治的な混乱を収拾するためにレイハントン家の遺児として正式にお披露目されていた。ドレッド家の暴虐に嫌気が差していたサウスリングでは、いまだにベルリとノレドが王室を再興することを願う人々が多い。サンドイッチの切れ端をコーヒーで流し込んだ彼は、老人たちが1000人を超えるほどいて噴水の水に飛び込む気がなければ逃げ場がないのだと観念するしかなかった。

老人は口々に護衛を連れていないベルリを攻め立てた。王家を再興しろと迫る一方で王にならんとする人物への説教はやめないのだった。老人たちは元レイハントン家の官吏や使用人たちであった。彼らは口々に勝手なことを話すので、何から答えていいのかもわからない。ベルリの耳にはもはやすべてがノイズであった。確かに彼らの言う通り、自分は護衛をつけて動くべきだったかもしれないと、ベルリは反省した。

老婆がベルリにしがみついてきた。

「どうかこのままトワサンガを再興しては貰えませんか。レイハントンの時代が1番良かった。ハザム政権もウンザリだし、王のいない国なんて国ではないでしょう?」

「そんなことはありませんよ」ベルリは答えた。「民主主義の国なんて地球にはいくらでもあります」

「地球とトワサンガは同じではない。宇宙では労働は義務です。崇高な義務です。宇宙では人が働いてメンテナンスしなければ、住む場所は失われてしまいます。でも、地球はそうじゃない。働かなくても住む場所はなくならない。分け与えなくても奪えばいい。そんな場所と宇宙は違うのです」

「わかっています。ですからトワサンガの人々にはレコンギスタしていただいて、地球の若者を宇宙に上げて労働意識を植え付けようと考えているのです。宇宙へ出ると人間の意識は変わります。スペースノイドの労働意識を地球の若者にも持ってもらわなければ、スペースノイドとアースノイドの間の溝は埋まらない。宇宙での生活は、強い義務感と使命感が備わる。地球に住むのは確かに甘えの元です。それを変えるための変革だと思ってください」

「地球の人間のために我々の歴史が奪われるのですか?」最早訴える側の老人たちは被害者のつもりである。「そんなのおかしい。わたしたちは必死にこの生活を守ってきた。国に歴史あり。歴史を作ってきたのは自分たちです。そしてトワサンガの歴史はレイハントン家の歴史なのです」

「若い人はそうは思っていないはずです」

「あんな者らは!」

突然の集会に驚いた警察がサイレンを鳴らしてやってきた。そうなって初めて老人たちは、自分たちは王家存続派であることとレイハントン家の正史をいち早く編纂すべきと考えているのだとまとまった要求を伝えてきた。それまではめいめいが勝手なことを口走っていたのだ。

警察が拡声器を使って集会を解散させたのち、ベンチにポツンと座るベルリの目の前に姿を現したのはハリー・オードであった。彼は地球に降りたディアナ・ソレルにはついて行かず、ムーンレイスをトワサンガに移住させるための総責任者の立場にいた。彼がディアナからどのような指示を受けているのか、ベルリには知らされていない。

ミラーシェードによって瞳を隠したハリーは、ふてくされてベンチに座ったままのベルリに立つようにと促した。

「ベルリくんはなかなか迂闊で、警備するのも大変だよ」

「それはわるうござんした」

そう言いながらもハリーはベルリを行政に縛り付けておくつもりはなく、出来るだけ自由に動けるよう配慮していた。トワサンガには少数ではあるがドレッド家支持派もまだ存在していたが、ハリーはベルリを子供のように庇護すべきではないと考えていた。

ハリーの見込み通り、ベルリは子供としての自由を求めているわけはなかった。ベルリはいずれ自分がトワサンガを離れて地球に戻ることを知っている。王政を廃止して民政へと移行させるためだけに彼はレイハントンを名乗ることにしたのだ。トワサンガ最後の王子として、彼は多くの人間に頼られるべきではないと考えていたのだ。

礼を言って立ち去ろうとするベルリを、ハリーは呼び止めた。

「老人たちの話していた歴史書の編纂は、初代レイハントンと戦った経験のある我々ムーンレイスも望んでいる。それだけは知っておいてもらいたい。だが結論は少年、君に任せるよ」

ベルリは手を振ってハリーから離れていった。ハリーは肩をすくませてそれを見送る。彼が求める歴史書の編纂とは、初代レイハントンとエンフォーサーの関係を明らかにすることが主な目的であった。エンフォーサーというのが自分たちと同じ外宇宙からの帰還者だということはわかっている。だが地球圏へ戻ってきた時期がかなり異なっており、エンフォーサーがどのような形でレイハントン率いるトワサンガに組み込まれたのか、まるで明らかになっていない。

そして自分たちムーンレイスを殺さずに月に封じ込めた理由。初代レイハントンは、元々王政ではなかったシラノ-5を王政に移行させ、行政機関をエンフォーサーに預け、自分は王として君臨していた。その体制は金星にあるというビーナス・グロゥブの政治体制とも違うという。レイハントンが何を見据えて政治体制を刷新したのか、王政にどんな意味があったのか、ハリー・オードはそれらを明らかにしてほしかったのだ。

「少年にこれ以上重荷を背負わせるのも酷というものだが」

ハリーは遠く離れていくベルリの背中をしばし眺め続けた。


3、


目の前で起きたことを誰が最初に言葉にして他人と共有するかは極めて重要なことであった。アメリアはその重要性を熟知しており、アイーダの秘書レイビオなどが手を廻していち早く調査委員会の設置にこぎつけた。アメリアが調査報告書をまとめれば、歴史はアメリアから見た視点で編纂される。もしこれをスコード教やトワサンガが行えば、事実が彼らのものになる。これまではキャピタル・テリトリィとスコード教が事実を奪い、語ってきた。アメリアは彼らから事実を奪い去ろうとしていたのだ。

歴史書の編纂とは、関係者の言葉を封じ、事実を簒奪する行為なのだ。キャピタル・テリトリィの政府がなくなったいまこそ、アメリアが世界の覇権を握るチャンスであった。その先にはフォトンバッテリーの配給に関する利権がある。スコード教は権威の一切合切を剥がされようとしていた。

調査報告書の草案に目を通したアイーダは、内容に納得しながらもどこかで不安を感じていた。アメリアはできるだけ公正に調査報告書を作成して世界に公開するつもりでいたし、世界もそれを待ち望んでいた。ゴンドワンとキャピタル・テリトリィが衰退したいま、表立ってアメリアに反対する国はない。これで自分たちが見た事実が、ユニバーサル・スタンダードになる。しかしこれでいいのだろうかと彼女は不安になったのである。

アメリアから見たふたつの事件は、客観的で科学的な分析によって文書化された。おそらくは世界中がこの内容で納得するだろうし、ウソも書いていない。少しだけ隠す事実があるだけだ。それだって世界の人々のことを思っての隠匿である。すべてを公表することだけが正しいわけではない。

そこでアイーダは、事実のひとり占めをやめようと考えるようになってきた。それにはふたつの手段があった。ひとつはゲル法王をアメリアに招待すること。これによって法王庁は説法という形で事実のある側面を人々に伝えることができる。特にゲル法王はスコード教の宗教改革を訴えており、それまでのタブー一辺倒の教義の在り方を変えようと模索していた。

もうひとつの方法は、大学で研究させることだった。調査報告書はあくまで事件当時の関係者の証言と簡単なまとめだけにしておき、解釈はのちの人間に任せようというのだ。自由な研究に門戸を開けば、アメリアが情報を独占しているという批判がかわせて、いまはまだないアジア連合との衝突が回避できる。これはとても大切なことであった。アジアの勢力は日増しに大きくなっており、もし彼らが大連合を組んだ場合、太平洋という巨大な壁を越えてアメリアの西海岸に到達する可能性もあったのだ。

ただ、大学に対して自由な研究の門戸を開いた場合、まったく違う解釈によってアメリアへ危害が及んでくる可能性も否定できなかった。ジムカーオは、少なくても外観はアジア人だった。その外観の中にどんな人物が入っていたのかは確かめようがないし、ニュータイプが思念体であることを一般人に理解させることも不可能に思えた。だとすれば、アジア人はジムカーオを同胞と見做し、彼を殺したアメリアという国を敵国に認定する可能性もある。エンフォーサーに関する情報は広く公開できない。その隠匿がアジア人にどのように解釈され、彼らがどのような行動に出るのか未知数なのだ。

もしアジア各国が同盟を結び、太平洋連合を構築してアメリアに対抗してきたら、ゴンドワンとの大陸間戦争の二の舞になるし、その情報はビーナス・グロゥブに筒抜けになるだろう。ゴンドワンとの大陸間戦争のことをビーナス・グロゥブが知らずにフォトンバッテリーの供給を続けたのは、キャピタル・ガード調査部の責任者だったクンパ大佐が偽の情報を流していたからなのだ。まさに事件を起こしたふたりの存在が、地球の醜態を隠してくれていたのである。だがもうそれは期待できない。

宗教を否定して開明的になれば、人々は物質主義に陥る。物質主義は戦争を起こす。しかし宗教による支配体制は人間の知的可能性を大きく棄損する。もしアメリアがキャピタル・テリトリィのような宗教国家になれば、科学技術においてアジアに後れを取り、彼らの侵略主義を刺激してしまう。アメリアは弱くなるわけにはいかなかった。

アイーダは自分が発表した「連帯のための新秩序」によって国際協調主義のシンボルとなっている。その自分が覇権主義的になることはあってはならない。かといってアメリアが覇権のための実力を放棄することもあってはならない。調査委員会設置によって宇宙で起きたことの事実を掌中にしたアメリアは、それを握り隠すのではなく上手く分け与えねばならなかった。

「幸いなことに、地球にいる人々は宇宙で何が起きたのか詳しくは知らない。だとしたら、研究機関としてふさわしいのは・・・トワサンガ。トワサンガでピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件がどのように研究されても、アメリアには大きな影響はないはずだ。それに、ベルリはトワサンガの住民をレコンギスタさせると言っていた。その代わりにアースノイドを宇宙で働かせるのだと。これはつまり、トワサンガが開かれた国家になるということ。王政による保守的権威主義がなくなるのだとすれば、やはりトワサンガで研究してもらうのがいいでしょう」


4、


ザンクト・ポルトに到着したノレド・ナグとラライヤ・アクパールは、キャピタル・ガードの警備でメガファウナに乗り換えた。現在メガファウナは戦艦としての機能を放棄してカシーバ・ミコシの代わりの船として運用されている。新造の輸送艦が完成したのちは廃艦処分になると決まっていた。

「もともと違法に運用していた船ですからな」

艦長のドニエル・トスはサインをした受領書をケルベス・ヨーに突き出した。ケルベスはそれを受け取ってしみじみとメガファウナの艦内を見渡した。

「たった2年で世界は様変わりしたものです」

「まったく」ドニエルは頷いた。「まさかケルベスがクラウンの運航長官代理にまで出世するとは思わなかった。差をつけられちまったよ」

「人材がいなくなったんですよ。そもそもキャピタル・テリトリィという国家も存在しているのかしていないのかわからないありさまですからね。毎日猛勉強させられているだけで」

ふたりが話しているところにノレドとラライヤが姿を現した。ドニエルはふたりを手招きして呼び寄せた。

「姫さまから預かりものがあるんだ。出港間際に渡されてな」

ドニエルが差しだしたのは、ベルリが持っているのと同じG-メタルであった。ドニエルはそれを手渡しながら、ノレドの首に同じようなものが下げられているのを見咎めた。ノレドはその視線に気づいて胸元からカードを取り出すと説明した。

「これはウィルミット長官に貰ったの。実は大変なものなんだよ。内緒だけどね」

「姫さまはその中身を見てくれと伝えてくれってさ」

「ああ、やっぱり」

ノレドとラライヤは顔を見合わせて少し笑った。ドニエルは忙しそうに去っていったケルベスに手を振ってから明後日の方向を指さした。

「何だか知らないけどな、スコード教の関係者も同乗するって話だから。坊主だから乗せたんだが、スコード教というのはキャピタルの中にも居場所がないんだろ? もしかしたら面倒が起きるかもしれないから一応話だけ、な」

ドニエルが指をさした先には、密命を帯びたスコード教の枢機卿が数名とスタッフが輪になって何か話し込んでいた。ノレドのいる場所からその姿は見えないのだった。



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