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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:102(Gレコ2次創作 第41話 前半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第41話「共産革命主義」前半



1、


マニラへ向かう船と袂を分かったガンダムとハッパは、北ベトナムのハノイを目指して海上を飛行していた。

日本の貨物船に乗客として乗り込んできたのは、テロリストたちであった。彼らは厳重な警備をかいくぐり爆発物を持ち込んで、貨物船を乗っ取ろうと企てた。目的は日本が発掘品を分析して再現したディーゼルエンジンであった。

ディーゼルエンジンは汎用性が高く、エネルギーを生産できることが魅力であった。日本の未来の基幹産業になり得るその技術を奪うために、彼らは決死の覚悟で船に乗り込み、逆に皆殺しにされてしまった。なぜ技術を独占したのか。そのために多大な犠牲を払うことに躊躇しないのか。ユニバーサルスタンダードのように広く技術を公開することはできなかったのか。ベルリは悩んだ。

死の余韻はベルリの心に暗い影を落としていた。心配したノレドやリリンが、彼の心を和ませようと流行歌を唄ってくれた。ラジオからは東アジアで人気のある歌手の歌声が流れていた。

「ハッパさん、グレートリセットってなんでしょう?」

ベルリは通信機に向けて話しかけた。この通信機はハッパが取り付けたもので、ガンダムに備わっていたものではない。ガンダムは、まるでそれ自体に意思があるかのように、ベルリに聞かせる声はどんな小さな音でも拾い、伝えなくてもいい声は拾わない。そのために通信機を別に取り付けたのだった。

「文字通りの意味だろうけど、革命のことを指しているんじゃないかな」

「何を革命したの?」リリンが尋ねた。

「自由貿易を否定して、共産主義の世界を作ろうということだと解釈しているけど・・・、ベルリはどう思ったんだい?」

「ぼくは、スコード教の否定だと捉えたんですが」

「スコード教を通じてフォトン・バッテリーが宇宙からもたらされ、それを得るためにアグテックのタブーを人間は受け入れてきた。それをやめて人間の意志で物事を決めていこうとするのなら、たしかにそれはグレートリセットと言えなくもないね」

「でもさ」ノレドが口を挟んだ。「それならアメリアも一緒じゃないの? アメリアだって、ソーラーパネルで発電したエネルギーをフォトン・バッテリーに充電できれば、スコード教に支配されているかのような世界を変えられる、アグテックのタブーは打ち破っていかなきゃいけないってメガファウナを作って、海賊船にして温存してたんでしょ?」

「ぼくらがやろうとしたことも、一種の革命だったのだろうか? でもぼくらには、革命を目指している気持ちはなかったし、キャピタルやスコード教への尊敬も失ってはいなかったよ。革命はただの急進改革主義じゃない。旧体制の完全破壊の上に新しいものを構築しようと志向することが革命だ。ぼくらは、旧体制たるキャピタルに、人類の進化についてもっと柔軟になって欲しかっただけなんだ。実際、火と水とタービンがあれば電気は作れる。ソーラーパネルでも作れる。それを大量に安全に蓄電する技術がどうしても見つからないんだ。フォトン・バッテリーに電気を貯めることができれば、たったそれだけのことで人類の歴史は漸進的に改革されるんだよ。革命はむしろ喪失でしかない」

「古いものを壊すから?」ノレドが尋ねた。

「その通り」ハッパは応えた。「だから、アメリアと彼らテロリストはちょっと違うと思うね。ただ、あのテロリストとされた人たちのことをぼくは何も知らないから、断定はしないけど」

「グレートリセットは、旧体制の破壊ってことですね」ベルリは自分に言い聞かすように呟いた。「でも何をリセットしようとしていたのかは、断定はできないと」

「そう。だってさ、スコード教を全否定して、共産主義国家を成立させることをそう呼んだとするだろう。もしフォトン・バッテリーの供給が再開されたら彼らはどうするんだい?」

「ああ、なるほど。フォトン・バッテリーの供給先から外されてしまいますね。ということはやはり、自由民主主義とか自由貿易体制を否定して、共産主義に・・・。共産主義って何なんですか? 共産主義者になったら、裁判もなしにあんな簡単に殺されてしまわなくてはいけないんですか?」

「テロリストは武装集団だから、彼らを制圧するのに裁判なんかいらないよ。ベルリ、これは世界の常識だ。しかも海上でのテロ行為は、生きるか死ぬか、ただの犯罪じゃないんだ」

「そうなんですか・・・」

そう呟くと、ベルリはまた黙り込んでしまい、ノレドとリリンを心配させた。

ガンダムは、ハノイ郊外のジャングル地帯に到着した。ハッパは周囲の偵察に出て、残りの3人は枯れ木などでガンダムを念入りにカモフラージュして隠した。

「この機体は外からはハッチを開けられないんだ。何をされても傷ひとつつかないし、こんなものでいいんじゃないかな」

「外から開けられないのに、ベルリが触ると開くの?」

「そうなんだ。生きているみたいだよ。人間みたいなんだ」

モビルワーカーで近くの農家に出向いたハッパは、半日してオンボロの荷車を調達して戻ってきた。4人は協力してその荷車に幌をつけて、車輪を直した。東アジアでは、人種的にベルリたちの風貌は目立って怪しまれてしまう。そこで荷車に幌をつけて顔を隠そうというのだ。

ハッパは現地の粗末な服も調達してきたので、3人はそれに着替えて、大きな笠を頭にかぶった。

「お金を払うと言ったら断られたよ。でもただじゃ悪いから、モビルワーカーでちょっと働いてきた。それでこれを全部くれたんだ。もういらないからって」

「親切な人たちですね」

「日本人も最初は親切な人たちだって思ったものさ。はっはっは」

日本企業に契約を一方的に破棄されたハッパは、少しだけ人間不信に陥っているようだった。

モビルワーカーが荷馬車を牽引する形で、一行は出発した。街が近いとのことだったが、行けども行けどものどかな田園風景が続いた。この地で革命が起こったと言われても誰も信じないような牧歌的光景であった。田には水牛がおり、ロバに乗った男が砂糖水を売り歩いていた。

稲作が盛んな地域のようで、段々畑が丘陵の上まで続いていた。遠くの山には炭焼きの煙が立ち上っている。乳牛が柵の向こうで啼いていた。リリンは初めて目にする広大な風景に目を瞠っていた。トワサンガ生まれの彼女には、地平線が途切れる景色さえ珍しい。巨大な山と吹き下ろす風の強さも、リリンには強い刺激そのものだった。

「すごいね。これが全部お米になるんだ」

「こんなに作ってどうするの? 余ったら売るの?」

「香港なんかは買っているだろうね」ハッパが後ろの荷馬車に顔を向けて応えた。「自由貿易が出来ていたころは、たくさん作って、食糧輸入国に売っていたはずだ。でも共産主義国になって、日本はあんな感じだし、どこに売るつもりなんだろうな?」

「ハノイのコメの供給先として、香港を侵略したんでしょうか?」

「その可能性も含めて探ってみるか!」


2、



すっかり現地人に溶け込んだハッパがすれ違う行商人に聞いた話では、ハノイにはサムフォーという名のスコード教の司祭がいて、その人物が王のように振舞い、富を独占してきたのだという。

人民は永くその圧政に苦しみ、大陸で共産主義体制が復活すると多くの国民が革命にこぞって参加したという。王のように振舞っていたサムフォーは押し寄せた民衆に捕まると木に吊るされた。家族は南へ逃れたが、ハノイ人民解放軍はそれを追撃しているということだった。

「スコード教の司祭が富を独占するなんて・・・」ベルリは絶句した。

「いや、実際フォトン・バッテリーの利権は絶大だよ。我々アメリア人は自分の国の豊かさを誇っているけど、キャピタル・タワーがあって、フォトン・バッテリーの配給権を独占しているキャピタルの国民は不当に豊かだなと羨んでいた」

ハッパの言葉を、ベルリとノレドは納得いかない顔で聞いていた。

モビルワーカーを馬のように使い、一行を乗せた荷馬車はハノイの中心地へとやってきた。中心地といっても何かがあるわけではなく、ひときわきらびやかな教会と集合住宅が立ち並ぶだけの寂れた街並みであった。粗末な衣服を着た子供たちが走り回って遊んでいた。

一行は荷馬車に乗ったまま教会の中へ入ってみた。よく手入れされた美しい庭園があり、そこだけ別世界のようだった。ただ、かつては美しい装飾が施されていたであろう礼拝堂は焼け落ちていた。そこから焦げた柱などを運び出し、修復作業が続いていた。

ハッパは現地人と似た顔立ちを生かして、作業を指揮していた男に話しかけた。

「ここにサムフォーは住んでいたのですか?」

「おたくら旅行者かい?」太った現場監督の男が愛想良く応えた。「ここはそう、サムフォーが住んでいた教会だ。あいつが富を独占していたおかげでハノイの人民は長らく苦しんでいたからね。いまではあいつが貯め込んでいた財産は人民解放軍に接収されて、ここには何も残ってないよ」

「教会を直しているところですか?」

「そうじゃないよ。教会を壊して、人民解放軍の総督の屋敷にするために改装してるんだ。総督さまはそれはもう慈悲深い方だから、わしらの暮らしもじきに良くなるだろう」

ベルリとノレドは荷馬車の中で顔を見合わせ、いやな予感にうんざりした表情になった。

「サムフォーがいなくなって何か変わりましたか」

「税がなくなったよ。以前はフォトン・バッテリーの配給と引き換えに徴税していたのに、この1年、サムフォーは電気も配らず税はそのままにしていたんだ。あいつのところのシャンクも今年は貸し出しがない。それなのに税だけ取るって、そんな話はおかしいだろ?」

「そりゃ酷い」

「電気がなければシャンクが動かないから、稲刈りも全部人力でしなきゃいけない。くたびれるのはわかるだろ? それなのに、サムフォーはもっと耕作地を増やして、サトウキビを作りたいと言い出したんだ。強欲な男さ。稲刈りですら大変なのに、開墾までさせて、それでサトウキビを作るというんだ。砂糖は足りている、もっと民衆が豊かになるものを作りたいといっても、サトウキビは儲かるようになるからの一点張り。ほとほと困っていたら、青年会が北の大国が手助けしてくれるからサムフォーを縛り首にしようと言い出して、最初はみんなそこまでしなくてもと反対していたけど、税がなくなると教えてもらって、サムフォーを木に吊るすことに同意したのさ。さすがに家族は逃がしたけどね」

ハッパは荷馬車に乗り込んできてそっと話し始めた。

「サムフォーはサトウキビでバイオエタノールを作って、ハノイの人たちを食べさせていくつもりだったようだ。グールド翁が台湾南部の土地を買い占めて作ろうとしていたのもおそらくサトウキビ。甜菜が作れないところでは、サトウキビは戦略物資になりかけていたんだ」

「どうもそのようですね」ベルリが頷いた。「ぼくは、サムフォー司祭が、フォトン・バッテリーの配給と引き換えに徴税していたことがショックですけど」

「フォトン・バッテリーと引き換えに税を徴収していたのは、住民の勘違いじゃなかろうか? みんなここに来るまでの光景を見ただろう? かなり手入れされた田園風景だった。あれだけの田を管理するだけの農作業用のシャンクがあるということは、この地域は相当豊かだよ。バッテリーの配給もたくさん貰っていたはずだ。税でシャンクを買っていたんじゃないか。サムフォーという人物は、ハノイを上手く経営していた可能性がある。もちろん不正に蓄財していた可能性も同じくらいはあるだろう。だけど、もし彼が良い領主であったのなら、人民解放軍とやらは彼と同じくらい民衆のことを想って政治をやってくれるだろうか?」

「グレートかどうかはわからないけど、この地域はリセットされちゃったみたいね」ノレドは急に不安になってきた。「王さまを殺して何を奪ったの? 権力?」

「豊かな土地の利権だろうね」

と、返答したハッパの予感は当たっていた。

税がなくなるというのは住民たちの勘違いで、収穫物はすべて供出させられることになったのだ。それを毎月必要な分だけ公平に分配するという。丘をまるごとひとつ開墾した働き者の男は、労力に見合う分配がないと知ると新妻を連れて夜逃げしてしまった。行商たちは、売り上げに関わらず毎月配給が受けられるとはじめこそ喜んだが、ノルマが課せられると分かって途方に暮れていた。配給は決まったものが同じだけ与えられると知った女たちは、交換のために闇市を巡るのが日課になった。

たった数日で、豊かな田園風景からのどかさが消えた。

人間同士がギスギスし始め、ベルリたちを見る眼が厳しくなってきた。さらに、遅れてやってきた領主の男がハッパのシャンクに目をつけた。旅行者だからと言い逃れして逃げたものの、いつ寝首をかかれないとも限らないので、ベルリたちは夜中にガンダムを起動させてハノイを離れることにした。

「何が起きたのか全然わからない」ノレドは腕組みをして難しそうな顔をした。

「所有が禁じられたのさ」ハッパは風に吹かれながら月に照らされた美しい田園地帯を見下ろしていた。「この広大な農地はみんなのものになった。みんなで働き、みんなで分け合うようになった」

「それって、いいことなんじゃないの?」

「集落で一番の働き者が逃げてしまって、シャンクもなくて、この田園地帯は維持できないよ」

「だったら、日本はケチケチしないでディーゼルエンジンの技術をユニバーサルスタンダードにしちゃえばいいんじゃないの?」

「つまり、そういうことだ」ベルリは爪を噛んだ。「奪い尽くさなきゃ平等にならない。豊かさを追い求められない。地平線の先の先まで戦争を仕掛けて何もかも奪わないとユニバーサルスタンダードを作ることはできない」

「みんなで努力すればみんなが豊かになるんじゃないの?」

「人間の能力には大きな差があるんだよ、ノレド」ハッパが言った。「それは自分の子供や、地域の人など、仲間たちを豊かにして自分も豊かになれるって実感できなきゃいけない。でもその範囲があまりに巨大になりすぎると、自分の努力がザルに水を灌ぐように消えてなくなるのではと不安になる。実際、この地域は以前より貧しくなるだろうよ。シャンクが動いても、以前のように誰も働かない」

「サムフォー司祭は、スコード教の人で、自分で田を耕すわけじゃなかった。不正蓄財してたって話もあった。その財産は分配されないの?」

「分配の権利を持った人間が、少しずつ富を奪うのさ。それで民衆に届くころには、分配されるものが少なくなって、必要なものが偏る。平等を管理するといっても、人間ひとりに何が必要かなんて、その人しかわからない。わからないからみんなと同じものを配る。各家庭で必要なものは違うから、余ったものを持ち寄って闇市で交換する。そしてノルマだけがある」

「でもトワサンガもそうなんでしょ?」

「科学力がまるで違うし、管理された状況で物を作るのと地球の自然の中で物を作るのでは、結果が大きく変わってくる。労働工数なんて、自然環境の中では計れないよ」

王さまを殺したハノイの人々は、王さまが負っていた役割を自らが背負うことになり、途方に暮れてしまっていた。しかもその王は、スコード教の司祭で、決して強欲ではなかったのだ。


3、


スコード教のサムフォー司祭には、強い義務意識があった。教会から派遣された彼は、自分が任された土地の人々を豊かにしようと努力を怠らず、フォトン・バッテリーの配給が止まってからは世界で何が起きているのかよく学び、観察し、バイオエタノールのことも知っていた。

ハノイからホーチミンへと下ったベルリ一行は、亡命したサムフォー司祭の家族の家に招かれた。

「主人が王のように振舞っていたことなどありません」

司祭の妻はホーチミン政府に保護されて、郊外に屋敷を与えられていた。サムフォーはもともとホーチミンの出身で、キャピタル・テリトリィに留学後にハノイに派遣されて、美しい女性を娶り、美しい娘を授かっていた。娘はリリンと同じ年齢だった。

「夫が派遣された当時のハノイは、荒れた土地とジャングルがあるばかりで、キャピタル中央銀行の支店の統計にも入っていないようなところだったんです。支配層がいなかったために、夫がスコード教の布教の傍らでハノイの経営をやっていました。いまではハノイの農産物は石高がはっきりと計算され、共通通貨の供給も十分になされるようになり、貨幣経済への移行によって人々の勤労意識も高まりました。グレートリセット? それは大陸の政府による独自通貨の発行を指すのではないでしょうか?」

振舞われた紅茶を飲みながら、ベルリが驚きの声を上げた。

「通貨の発行? キャピタル以外がそんなことをするのですか?」

「北の大陸は、ずっと二重通貨だったのです。スコード教への帰依と中央銀行支店の受け入れをしなければフォトン・バッテリーの配給が受けられないので、キャピタルの通貨も使用していたのですが、地球の裏側の経済のことなどキャピタルが完全に把握できるわけがないので、大陸は足らない分を独自通貨として発行していました。キャピタルの通貨の信用は、フォトン・バッテリーによって保障されていましたから、その配給が止まったときに、通貨の信用力が落ちた。独自通貨の信用力は生産力の裏付けがなければいけないので、大陸はフォトン・バッテリーに頼らない強固な通貨、安定的な通貨の確立を呼びかけた。そのためには国境を廃止してアジア全域、最終的には地球全体でキャピタルを凌駕する経済体制を構築せねばならないと訴えていました。それを日本などが反スコード的覇権主義だと批判して対立しました。大陸ではスコード教の司祭は殺され、民衆の通貨への関心が生産力の拡大と所有の概念を揺さぶり、いつしか共産主義の復活へと結びついたのです。わたくしは共産主義がどんなものなのかよく理解していませんが、東アジアで戦争が起こったのは、エネルギーの争奪、大陸の砂漠化、通貨の信用力の低下、これらが混然一体となった結果です」

ベルリは、フォトン・バッテリーの配給停止が地球の裏側でこんな問題を起こしているとは想像もしていなかった。

キャピタル・テリトリィによる緩やかな連合体制は、行政区分としての国家の維持と、国家間対立の回避を見据えた経済運営体制が柱であったのだ。ところがそのキャピタルが戦争による疲弊とクリム・ニックとルイン・リーによる2度の体制崩壊に見舞われ、さらにフォトン・バッテリーを配給できなくなって、地球の裏側では脱キャピタルとも呼べるイデオロギー対立を誘発してしまっていた。

サムフォーの美しく知的な妻は、激動に見舞われたハノイで、スコード教が目指す文明対立の回避を維持するため、夫とともに厳しい状況を耐え続けてきたのだった。

「夫はいずれフォトン・バッテリーは再供給されると信じていました。それまでの期間、日本のバイオエタノールによるエネルギー供給体制を繋ぎとして利用しようと、新たな開墾を農民たちに提案していたのです。いったん共産主義体制に飲み込まれてしまうと、キャピタルの体制に戻ることは難しくなります。日本は自由貿易で互いに足らないところを補完しながら現状を維持しようとしていたので、言葉は悪いですが利用できると思っていました。でも、農民たちはそう思ってはくれなったようです」

サムフォーの家族の家を辞したベルリ一行は、北からの侵攻に備えて軍備拡張を進めるホーチミンの人々を悲しい顔で見つめながら、今後のことを話し合った。

「ハッキリ言って、ガンダム1機あれば、大陸の侵攻を食い止めることはできる」ハッパは断言した。「香港で見ただろう? 大陸の戦力は人力と火薬だけだ。おそらく、火薬を大量に生産して、爆発物と人海戦術、それにハノイみたいにスパイ活動で敵を寝返らせる作戦だけといえる。戦争には勝てる。でも勝とうとすれば、大勢の人間を殺さなきゃいけない」

ベルリは意気消沈して返事をすることもできなかった。代わりにノレドが口を開いた。

「原因が砂漠化と通貨不安とエネルギー枯渇なんでしょ? 人を殺しても何の解決にもならない」

「いや」ハッパは首を振った。「これはスコードと反スコードの戦いでもあるんだよ。もし世界が反スコードの共産主義体制になったら、スコード教が目指してきた人類の融和はどうなる? ビーナス・グロゥブの理想はどうなる? 共産主義体制がそれを引き継いでくれるだろうか?」

「日本がディーゼルエンジン技術をユニバーサルスタンダードにしないのがいけないんじゃないの?」

「違うんだよ、ノレド」ハッパは優しく諭した。「ユニバーサルがふたつ出来ちゃったんだ。フォトン・バッテリーが宇宙からやってきたうちは、本来の意味でのユニバーサルだったけど、その信用が落ちて、地球だけのユニバーサルが生まれようとしている。宇宙との関係が途切れれば、自分が住んでいる目の前の世界が宇宙のすべてになる。まさに革命が起きようとしているんだ。ぼくはアメリア人としてスコード教やヘルメス財団のやり方には不満も持っている。でもその理想を捨てようとは思っていない。ここは日本に与して、反スコード主義である共産主義と戦うのもひとつの手段だ」

「ハッパさんは間違ってるよ」ノレドはベルリを見ながら悲しそうに呟いた。「戦争をしたら、フォトン・バッテリーの再供給はなくなるし、ビーナス・グロゥブとの関係も切れちゃうんだよ。それに、もう時間がない」

リリンがハッパの袖を引っ張った。

「地球は虹色の膜に覆われて、大きな爆発が起きて、宇宙からやってきた銀色の魚みたいな細長い船に取り囲まれるんだよ」

「その話、何度も聞いたんだけどさ、誰か見たのかい?」

「リリンちゃんは見たの?」ノレドはリリンの頭を撫でた。

「見てないけど、見たよ。地球は真っ白になって、人が住めなくなって、みんな死んじゃうの」

「リリンちゃんはずっとこう言ってるのよ。でも、あたしたちは地球が膜に覆われたところまでは知ってるけど、フルムーン・シップが爆発を起こすとか、地表が剥がれて人類が絶滅するとか、地球が氷に閉ざされるとか、そこまでは知らないのよ」

「未来を見たってことなのかな」ハッパは首を捻った。

「ウィルミットのおばちゃんは、タワーで地上に戻って、悲しくなって泣くの。ずっとベルリさんの名前を呼んで、ずっと謝ってるの」

リリンは結論まで話さなかったが、ウィルミットは絶望のあまり地球で自殺してしまうらしかった。ノレドはヒヤヒヤしながらベルリの顔を窺った。蒼ざめたその顔には、絶望の影が浮かんできていた。


4、


統一通貨の脆さは、香港の金融を崩壊させ、日本の企業を危機に陥れただけでなく、スコード教による人類融和の理念さえも揺さぶり始めていた。

そうした危機感は自由貿易主義陣営に共通したもので、ホーチミンのスコード教会は正式にベルリに臨時の法王就任を依頼してきた。

「我々には象徴が必要なのです。失礼な話ですが、現在のゲル法王はアジアでは人気がない。アジア歴訪も中止になるとのもっぱらの噂です。ゲル法王がこちらに来てくだされば、フォトン・バッテリーの供給がなくともスコード教の権威を保つ役に立ったのですが、何やらよくわからない理屈をこねて、スコード教会と対立しているのだとか。しかし、トワサンガの王であるあなたなら、その役割を果たすのに十分だと思うのです」

浅黒い肌に白い法衣をまとった数人の男たちは、すがるようにベルリに頭を下げた。ベルリは心底困った顔で手のひらを横に振った。

「そんなこと、できるはずないじゃありませんか。ぼくは何の訓練も受けていないただのスコード教徒です。みなさんの方がよほどふさわしい」

「そうじゃないのです」ホーチミンのスコード教を束ねる年配の男が首を振った。「象徴になる方がいないと、北から押し寄せてくる共産主義者勢力に抗することができない」

「なぜですか?」

「彼らが唯物論者だからです。彼らは神を信じていない。神はこの世に存在せず、それを知っている自分たちは神を信じている人間より先進的で優れた人間だと思い込んでいる。フォトン・バッテリーは、神の恵みそのものだった。フォトン・バッテリーがあったから、誰も神の実在を疑わなかった。それをあなたは・・・いえ、トワサンガから直接情報が提供されるようになったことで、フォトン・バッテリーが神の恵みではないとみんなが知ってしまった。わたしたちは、欺かれていただけだったと。それでも、フォトン・バッテリーさえ配給されれば、まだ違った。でも、もうダメなんでしょう?」

「ダメと決まったわけではないですけど」

そこから先は、ベルリには確信が持てなくて口にすることはできなかった。この地の司祭は、ベルリの開明的な施策に批判的だったのだ。ベルリは、トワサンガの王子として直接事実を語りかけることで、宇宙と地球の間にあったベールを剥ぎ取ってしまった。司祭は続けた。

「みんなあなたがトワサンガの王子だと知っている。トワサンガは宇宙にあるスペースコロニーで、ビーナス・グロゥブと交渉できる立場であることを知っている。だからこそ、あなたがスコード教と自由民主主義陣営の象徴となって存在してくれないと困るのです。もしあなたが逃げてしまった場合、スコード教の権威は地に堕ち、人々はこぞって神を捨てて唯物論者となることでしょう。神の存在を失った人間は、道徳の規範を失います。共産党の指示書や内規がすべてになるのです。そこに、人間らしい道徳心は存在しません。まさに、グレートリセットです。神を殺し、王を殺した人間が、民衆の代表を名乗ってその場に君臨する。それは選挙で選ばれたわけでも、代々王として君臨して人間でもない。共産党員になって、権力争いに勝利した人間とその取り巻きだけです。そこにスコード教の居場所はないのです。ベルリ王子はスコード教の熱心な信者であるとか。特別な力も発揮したと聞いております。どうかあなたの力で、たとえ一時なりとも、せめて法王庁が機能を回復するまででも、我々の象徴となって戦ってほしいのです」

「戦う? スコード教が、共産主義者と戦うのですか?」

「ではどうすればいいのです? 戦わずに、神を信じない唯物論者にフォトン・バッテリーの配給権を渡すのですか? アグテックのタブーはどうなりますか? 神を信じない唯物論者は、アグテックのタブーなど気にしませんよ。日本はまだしもスコード教会と折り合いをつけて、あくまで一時的なものとして過去の技術を再生させようとしています。でも、共産主義者はそうではありませんよ。神の存在を信じないのにタブーだけ信じるわけがないでしょう。むしろ、タブーは積極的に冒すことになる。なぜなら、彼らの価値観ではその方が先進的で正しいとされているからです」

ベルリの脳裏に、マカオに向かう船で起きた惨劇が蘇った。ガンダムで、火薬と刃物で侵略してくる数百万の敵を虐殺せよというのだろうか。ベルリには、その戦いに与することなど考えられなかった。かといって、司祭の言う通り、スコード教の教えを失って、人間が無神論に陥った場合、ビーナス・グロゥブは2度と地球に関与せず、カール・レイハントンの望む世界を招きかねない。

ベルリはいったん相手に引き取ってもらい、考える時間を貰うことになった。その夜のこと、ノレドとリリンが寝静まった後、ベルリはハッパに相談した。

「やはりハッパさんの言う通り、戦うしかないのでしょうか?」

「ぼくは戦うこともひとつの手段だと提示しただけさ。ぼくはリリンちゃんの話が気になって仕方がないんだよ。彼女は、君らも知らない大爆発による人類の絶滅であるとか、全球凍結の未来を見たって言っている。子供の話だから話半分だとはじめは思っていたけど、ベルリ、怒るなよ、ウィルミットさんが絶望して君の名前を呼んで謝り続けるとかさ、本当に見てなかったらあんな子供が話すものかね?」

「ぼくはいったい何をすればいいんだ」ベルリは天を仰いだ。「戦っても解決しない。戦っても死なない。そんな相手にどうすればいいんだ」

するとハッパはしばらく考えた後で、意を決したように話し始めた。

「もしかすると、これが観察者になるということじゃないのかな? 君らの話じゃ、カール・レイハントンという人物は、ビーナス・グロゥブの意向に沿ってトワサンガとキャピタル・タワーをメメス博士という人物に作らせたのだという。それは、ビーナス・グロゥブの理想、スコード教の理想というものを完全に否定してはいなかったということだ。しかし彼には、深い絶望があった。人間はスコード教なんてものでは御しきれず、いずれ破綻するだろうと見込んで、準備していたんじゃないのかい?」

「そうかもしれません」

「観察者たらんとした彼の眼中に、人間などはなから存在しないのかもしれない。それを君に見せているんじゃないか。君に人間の本当の姿を見せて、同じように絶望させようとしているのかもしれない。だとしたら、ベルリがやることは決まったようなものさ。君は絶望しちゃいけない。君は希望を見つけなきゃいけない。ガンダムに乗って、みんなで希望を見つけることが大切じゃないのかい?」

「法王の話をどうしましょう」

「それは方便さ。いまこの地は、北から侵攻してくる共産主義の恐怖に怯えている。それを一時的に食い止めるための仮の手段であって、誰も君に正式な法王になってくれなんて思っちゃいないさ」

ハッパとの話し合いが終わり、与えられた自分の部屋に戻ったベルリは、その夜も眠れなかった。

共産革命主義の本質は簒奪である。彼らは人々の不満を利用して、イデオロギーを組み替えることにより、すべてを奪っていく。奪うことすら、分配を目的としているからと肯定する。

ハノイで1番の働き者は、せっかく開墾した段々畑を捨て去ってまでも逃げた。それは、平地より手入れに労力がかかる丘陵地帯の田を耕しても、平地で楽をしている人間と同じだけしか配給を受けられないのなら、労力に見合わないからだ。収穫したものが自分のものになるから、彼は働いた。逃げて、別の土地でやり直した方が彼は豊かになる。そう信じて逃げたのだ。

「ぼくは観察者だ」ベルリは自分に言い聞かせた。「共産主義と自由主義の争いに関与してはいけない。それは観察者としての道に反する。何が正しいのかは誰にもわからない。ぼくは革命を見なきゃいけない。ぼくが戦うべき相手は、カール・レイハントンだけなんだから」

ハノイから大量の難民がホーチミンに押し寄せたのは、翌日のことだった。


第41話「共産革命主義」後半は3月15日に投稿する予定です。














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