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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第46話「民族自決主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第46話「民族自決主義」後半



1、


夜も更けたころ、アメリア上空にメガファウナが戻ってきたとの知らせが軍よりもたらされた。ザンクト・ポルト、ムーンベース、トワサンガの定期便として運用していたメガファウナがなぜ大気圏に突入してきたのかアイーダは不審に思ったが、オルカまで一緒だったので胸騒ぎは大きくなった。

その予感は的中した。

オルカから降りてきたハリー・オードは、トワサンガがカール・レイハントンなる初代トワサンガ王を名乗る人物に奪われたと報告した。アイーダは頷き、ディアナは腕を組んだ。ディアナはキエル・ハイムであることをしばし忘れて、ディアナ・ソレルとしてハリーに尋ねた。

「それで生き残りの移民を乗せてきたというのですね」

「はい」ハリーは面目なさげに応えた。

「移民の皆様の寝床はなんとか確保いたしますが、ホテルに収容できない分は野営で我慢してもらいましょう。それより、参加人数が増えたとなると明日の歓迎レセプションの食事が足りませんね。イベント運営会社の方とお話いたさねば」

アイーダはウィルミットに向けて頷いた。イベント運営会社の社長とはカリル・カシスのことである。ウィルミットは彼女にクンタラが何を知っているのか探りを入れることになっていた。

「その前に」アイーダは大きな声であちこちに指示を出しながら軍の司令を呼び出した。「海賊船のメガファウナの扱いが難しいのはわかりますけど、いまはそんな手続きにかまけている暇はないのですよ。メガファウナをもう一度戦える船にします。時間は1週間しかありません。いいえ、整備兵が足らないのはよくわかっています。しかしいまは黙って仕事をしてください」

そこに、ゲル法王とジット団のメンバーが揃って到着した。ジット団のメンバーを見つけたアイーダは、これ幸いと彼らにメガファウナの改造を頼んだ。キャピタルで心底地球の戦争の怖さを体験したジット団メンバーはすっかり反戦主義者になっていたのだが、アイーダ直々の申し出を断るわけもいかず、また根っからのエンジニア集団でもあったので最後には快く引き受けることになった。

手続きに戸惑っていたドニエルもアイーダのところに呼び出された。

「姫さま、実は宇宙で大変なことが」

「その話をする前に、メガファウナのフォトン・バッテリーの残量について教えてください」

「メガファウナの?」

不意を突かれたドニエルは慌ててブリッジに連絡を入れた。すると、尽きかけていたフォトン・バッテリーの残量はフル充電状態になっているのだという。

「やはりそうですか」アイーダは顎に手をやった。「わかりました。報告は後で聞きます。それより申し訳ありませんが、ドニエル艦長にはメガファウナの再武装を急遽やって欲しいのです。メガファウナの元のスタッフはいま手配していますし、ジット団の方々も手伝ってくれます。出来れば3日で完成させてもらえませんか。砲門などはあります」

「いや、え? それは承知しますが、いや、それよりベルリより伝言があって『メメス博士の痕跡を探せ』と。実は宇宙で・・・」

「ベルリのことは承知! 艦長はメガファウナの再武装に取り掛かってください。時間はありません。ラライヤ、ラライヤはいますか? メメス博士とは、キャピタル・タワーの建設責任者でしたわね。あなたの記憶では」

「ええ、そうです」ラライヤが応えた。「タワーだけじゃなくて、シラノ-5の建設責任者もメメス博士です」

「では、タワーとシラノ-5に何か痕跡があるはずですね。わかりました」

ラライヤをホテルに戻したアイーダは、その足でウィルミットとともにゲル法王に面会した。いささか疲れた様子の法王は、いまにも眠り出しそうな様子であったが、アイーダの言葉を聞いて目が覚めたように飛び上がった。

「なんとおっしゃられた?」ゲル法王は信じられないといった口調で尋ね返した。「スコードとクンタラはやはり対立関係にあると? いったい何を根拠に」

「ニュータイプに対して科学的アプローチをした人たちと、自然的なアプローチをした人がいたんです。科学的にニュータイプ研究を行ったのはジオン帝国。ゲル法王ならばご存じだと思いますが」

「宇宙世紀の話ですね」

「ええ、詳しい話はのちほど」

状況は激しく動いた。アイーダには自分がやっていることによって、本当の歴史が変わっているのかそれともそのままなのか確かめるすべはない。本当の自分はドニエルの言葉にどのように反応して何を指示したのか確かめようがないのだ。それでも彼女は自信を持たねば指揮を執れない。

ディアナが彼女の傍に寄り添った。

「メメス博士のことを思い出しました。カール・レイハントンはふたりの女とエンジニアも兼ねる博士とその娘の軍医だけのチームで、あとは必要に応じて生体アバターを作り出して対応していたのです」

「たった4人!」

「カイザルという機体は、ムーンレイスの技術はおろか、フォトン・バッテリー仕様のモビルスーツでは歯が立たないでしょう。戦って何かを得ることはできませんよ」

「それは承知しておりますが、実は1か月以上前にベルリが1度戻ってきていて、そのあとどこへ向かったのかわからないのですか、ベルリもまたレイハントンと同等の性能を持つ機体に乗って戦っていたのです。弟のサポートをしないと・・・、嫌な予感がするのです」

「そういうことでしたら・・・。幸いムーンレイスの艦隊は武装解除したものを除けば無傷のようです。ハリーは賢明な判断をしてくれました。カール・レイハントンは、争って勝てる相手ではないのです。とりあえず艦隊を無傷で地球に降ろしただけでよしとせねば」

「ディアナ閣下はあのような話を聞いていかがなさるおつもりで? わたくしはクンタラの研究者としてあなたにはアメリアのクンタラにお会いしていただこうと思っていたのですが」

「それはゲル法王の新しい宗教解釈について何か意見しろということでしたね。でもそれは、いまとなっては意味がないことではありませんか。スコード教とクンタラは対立するものであるというのがあなたの見解でしょう? ニュータイプの解釈を科学的に進めたジオンと、自然に任せるべきだとしたクンタラとの相違だと。わたくしもちょっと考えてみましたが、反論する点はないと思いました」

「問題は、わたしたちの大部分がスコード教信者で、クンタラはごく一部の人間だということです。クンタラの人たちは虐げられてきたので、自分たちさえ生き残ればいいと考えてしまいがちです。民族自決主義とでもいうのでしょうか。自分たちの生存が優先で、広く世界を捉えることをしない。それを咎める資格がわたしたちにあるのかどうかわかりませんが、スコード教信者も含めて救う方法を考えてはくれない。ゲル法王のようには発想してくれないのです」

「あなたはクンタラの独善は認めないが、クンタラと戦うつもりもないのでしょう?」

「もちろんです。同じ人間ですから」

「だったら、まずはカール・レイハントンのことを何とかして、もし上手くいったらラ・ハイデンという人物を説得して地球への攻撃を中止してもらうしかないですね。そのときは、あのゲル法王という人物も役に立つでしょう。わたくしも、ディアナ・ソレルとしてラ・ハイデンとまみえましょう」

「あの」ウィルミットがドア越しに顔を覗かせた。「早くしないとカリル・カシスが明日の準備を終えて撤収してしまいます。参加人数が増えたといって足止めしてますがこれ以上は」

「よし、行きましょう」

ディアナはいったん退いた。アイーダはウィルミットと連れ立つと、多くの警官隊を従えて歓迎レセプションの屋外会場に乗り込んだ。

「カリル・カシス以下10名。キャピタル・テリトリィのウィルミット・ゼナムの申し出により、国家財産棄損罪で逮捕いたします」


2,


ベルリ、ノレド、リリンの3人は、再びゴンドワンにやってきていた。到着したのは夜更けで、空には月が輝き、リリンは寝息を立てている。ベルリとノレドは、このままガンダムにリリンを乗せていては危険だと判断して、子供が君主として扱われているゴンドワンの地位ある人間に彼女を預かってもらおうと考えていた。

リリンは承服しなかったのだが、何を思ったのか激しくは抵抗せずにゴンドワンについてきた。リリンの顔を見ていると、何としても人類の滅亡だけは避けねばならないとふたりは決意を新たにした。

ノレドは日記とにらめっこして神妙な面持ちでベルリに告げた。

「フルムーン・シップの大気圏突入までおそらく1週間。もうそろそろアメリアへ入らないと間に合わないかもよ。アイーダにいろいろ知らせなきゃ」

「うん」ベルリは頷いた。「でも、この間の地球の歴史がどうなっているのかぼくらにはわからないし、いつカール・レイハントンに発見されるかもわからない。そろそろなのはわかっちゃいるけど」

ベルリにはリリンが言ったガンダムこそがカバカーリだという話が気に掛かっていた。クンタラの守護神カバカーリは、スコードを倒してしまう神なのだろうか? 自分はそれに乗っていていいのか。

「でも、スコードって人工宗教なんでしょ?」ノレドが意外なことを口にした。「トワサンガでいろいろ調べているときにラライヤとたくさん話したんだけど、スコードって絶対的な存在があると見せかけるためにビーナス・グロゥブに定住した外宇宙からの帰還者たちが作った宗教で、すべての神々を糾合したものだって。多神教にすると分裂の危険があるから、スコードに統一してある」

「ノレドまでそんなことを考えるようになったのか」

「クンタラはそこに入れてもらえなかったからね。ウチはスコード教に改宗したけど、クンタラだからって差別はされるし、宙ぶらりんなまま。でもいろいろ考えさせられることがあって、メメス博士はそういうすべてのことを逆手に取って、差別されるのならば、自分たちだけ生き残るように利己的な行動を取ってもいいだろうと考えたんじゃないかな。メメス博士にとって、差別はチャンスだった」

「そんな気もしなくはないよ」ベルリは同意した。「彼は人間の短い一生で、シラノ-5とキャピタル・タワーを建造した。その間に娘のサラを亡くしながら、淡々と働き続けた。それらはすべてクンタラのため。人類の滅亡を見越した上のこと。圧倒的な力を持つカール・レイハントンにすら臆することなく交渉している。差別をされるということは、パージされるということだ。仲間外れにされたとき、仲間に入れてくれと懇願する場合と、仲間だけで固まって相手に反撃する場合があるだろう。共存を模索すればずっと差別される状況と戦わなくちゃいけない。メメス博士は、反撃を選んだんだ。あの人にはニュータイプの資質はまるでなかったというから、知恵と執念だけで、非クンタラすべてと戦っていたんだろうな。すべてのクンタラは、民族自決主義に偏る傾向がある」

翌日、ふたりはリリンを連れてゴンドワンの議会を再訪した。しかし、議会はついひと月前とはまるで様相が変わってしまっていた。人々はピリピリして、口数が少なくなっていた。以前相手をしてくれた人らは退職していなくなっており、ベルリたちは何が起こったのかわからず途方に暮れた。

リリンをガンダムのコクピットに残したまま、ふたりは交渉の窓口を探してあちこち訪ね歩いた。

どこへ行っても門前払いを食って困っていると、路地裏から彼らを呼び止める声がした。警戒してのぞき込むと、呼び止めたのは以前議会に彼らを案内した女性であるとわかった。彼女はわずか一か月で見違えるようにみすぼらしくなっており、仕事を失ったのだなとすぐに分かった。

「いったいゴンドワンで何が起こったのです?」ベルリが尋ねた。

「クーデターですよ」彼女は声を潜めていった。「子供たちを君主にして、憲法で権限を制限しながら法治国家として国を治めるつもりが、あるグループの大人たちがエルンマンなる身長140センチの少女を押し立てて、彼女こそ子供たちの代表だからと憲法を無視して玉座に座らせたのです。おかげでわたしはこうして失業してしまいました。政治家も官僚もみんな馘首になって、全部子供たちで運営しています」

「子供が?」ノレドが驚いた。

「実際は彼女らの背後にいる大人です。共産主義者だと言われていますが確証がありません。彼らは絶対に表には出てこないで、全部エルンマンにやらせている。言わせている。この国では大人は子供たちの奴隷になってしまいました。情けないことです」

「お尻をひっぱたいてやればいいのに」

「それは児童虐待です。キャピタルではいまだにそんな前時代的なことをしているのですか?」

突然相手の女性に見下されたノレドは戸惑った。「そうじゃなくて、子供がクーデターを起こしたってあなたが言うから、お尻をひっぱたけばいいのにって返しただけじゃん」

「虐待です。なんて恐ろしいことを!」

ゴンドワンの人間はどうやらアメリア大陸の人間を快く思っていないようだった。ゴンドワンこそ文明の中心であるべきなのに、世界はそうなっていないことに不満があるようだった。そこに小さな子供に権力をあっさり奪われたことで、輪をかけて自信喪失に陥った裏返しなのだと思われた。

事実自分たちのミスで国の行く末がおかしくなっているのに、それを反省する気にはなれないらしく、当初彼女を助けるつもりでいたベルリとノレドは呆れて彼女を見放した。エルンマンなる人物の訴えは、カール・レイハントンと同じで、人類が地球環境に大きな負荷をかけていることを批判しており、目新しい意見ではなく解決法も示していなかった。

結局エルンマンは、ただの政争の道具に過ぎないのだった。アジアにおいて政治は人間の人生を左右する死活問題であり、政治的な主張のために命を懸けて戦っていた。現に共産主義の膨張に対して自由主義陣営は徹底抗戦の構えを見せていまもなお戦い続けている。そうしたリアリズムの世界にゴンドワンもいたはずなのに、宗教の中心地であることはとうの昔に奪われ、文化の中心地としての地位もアメリアに奪われ、大地は徐々に氷に蝕まれていく焦燥と諦めが、彼らを単純にしてしまったらしかった。

ゴンドワンにやってきたことはまったくの無駄足だった。肩をすくめたベルリとノレドがリリンを探していたときだった。リリンはガンダムのコクピットに座り、誰かに何かを教わっているのが目に入った。慌てたベルリはその男に向かって叫んだ。

「その機体は通常のものとは違う。勝手にいじってもらったら困るよ。すぐに降りてくれ」

するとその男は屈託のない笑顔でコクピットからベルリを見下ろし、こう応えた。

「君はどこかから大西洋を渡れる飛行機でも探すんだな。ガンダムとこの子はちょっと借りていく」

「借りるって、あんた誰よ!」

ノレドが怒って機体に近づいたとき、コクピットは不意に閉まり、ガンダムは静かに上昇していった。ベルリとノレドは何が起こったのかわからず混乱した。

「ベルリにしか操縦できないはずなのに!」

「ヤバイ!」ベルリも頭を抱えてしまった。「誰にも動かせないと思って油断した。まずいぞ、ノレド、飛行機? モビルスーツ? 何か探さなきゃ!」


3,


ベルリが何者かにガンダムを奪われたころ、アメリアの留置所に囚われたカリル・カシスの尋問が開始された。手錠で繋がれたカリルが取調室に姿を現すと、そこにはウィルミットとアイーダが立っていた。カリルはにやりと笑うと挑発するようにふたりに話しかけた。

「こんなことをされるいわれはありませんけどね」

「容疑はあなたが退職金と称してキャピタル・テリトリィの財産を奪ったことです」アイーダはいった。「でも、正直に告白しましょう。これは別件逮捕です。あなたには他に聞きたいことがある」

カリルは呆れてものもいえないといった表情になり、パイプ椅子の上で大きく脚を組んだ。

「これはまた、軍の総監が直々に別件逮捕だと認めて、どうするんです? 無実の納税者を拷問にでもかけますか? 一応言っておきますが、退職金に関しての書類はすべて整っていますからね」

ウィルミットが彼女の前の椅子に座った。

「あなたに尋ねたいのは、カール・レイハントンに関することと、メメス博士に関することがクンタラの間にどう伝わっているかということです」

「なんのこと?」カリルは顔をしかめた。「カール・レイハントンとかメメス博士・・・。メメス博士のことは聞いたことあるな。どこで耳にしたんだろう?」

カリルは何かを知っているようだったが、しばらく時間を与えても何も思い出せなかった。

「名前は聞いたことがあるんですか?」

「タワーを作った人でしょう? 名前くらい知ってますよ」

「長官もメメス博士のことはご存じで?」アイーダがウィルミットに尋ねた。

「いいえ」ウィルミットは首を横に振った。「そんな人物のことは聞いたこともありません」

「そりゃそうだよ」カリルが呆れた顔でいった。「あんたらキャピタル・テリトリィの人間は、あたしたちの先祖が作ったタワーを運用するために教育を受けたエリートだろう? タワーの建設に関わったクンタラの労働者は、ビーナス・グロゥブを追放された人間だっていうよ」

「そうなの?」アイーダが驚いた。

「アメリアのクンタラとは違うのさ。キャピタルのクンタラは、星の世界を追放されて地球に落とされた人間なんだ。科学力に優れていたからタワー建設の労働者として使われ、運用者の教育をやらされ、使い終わったらポイ。あんたらにとってはクンタラはいないも同然なんだ。クンタラは現地人との間の通訳もやった。あたしらは優秀なんだよ。でもスコード教じゃないから差別されてきた」

「アメリアのクンタラとキャピタルのクンタラが違う? それは今来と古来のことですか?」

「今来はあたしたち宇宙からやってきた人間のこと。古来はアースノイドのことだろ。宇宙でも地球でも、人間なんて飢餓の恐怖に駆られれば同じことをするのさ」

「なぜあなたがそんなことを知っているんです!」ウィルミットが声を荒げた。

「今来古来って言葉はアメリアへ来てから知ったんだ。そりゃ気になるだろ。同じクンタラなんだから。でもアメリアのクンタラは別にカーバのこともカバカーリのこともさほど信じちゃいない。連中は自分たちが星の世界を追放された人間だなんて知らないし、メメス博士のことも知らない。おかしいなと思っていたら、500年前のアメリアにキエル・ハイムという人間がいてそういう研究をしていたっていうじゃないか。でも本は買ったけど、忙しくて全部は読めてないんだよ」

「では、メメス博士のことをお聞かせください」

「世界の終りの日にクンタラを助けてくれる。そんだけさ。一緒に別件逮捕で捕まった他の子の中には、もっと詳しいことを親から聞いている子もいるかもしれない。でもあたしらは孤児院出身が多いからどうかな。キャピタルのクンタラの重鎮ならもっと詳しく知っているかもしれないが。でももうそんなに残っちゃいないよ。みんな苦しさに耐えかねてスコード教に改宗しちまったからね」

「メメス博士がクンタラを助ける」ウィルミットは慎重に聞き返した。「そういう言い伝えが残っているのですか? クンタラ以外の人間は助けない?」

ウィルミットは、カリル・カシスが地球の滅亡を生き延び、ザンクト・ポルトに避難したことをラライヤから聞いて知っていた。タワーを使って宇宙に避難したという彼女が、予め週末のことを知っていたのか否か、彼女に悟られないように聞き出さなくてはならない。

カリル・カシスはそういった思惑に気づいていないようだったが、勘のいい彼女はウィルミットとアイーダに何か思惑があるようだと感じ取っていた。

「どうだったかなぁ」カリルはわざと言葉を濁しているようだった。「クンタラは差別されてきたから、自分たちだけの希望ってもんをさ、欲しがったんじゃないの? かつてそんな偉大な人がいて、タワーを作った。クンタラに危機が訪れたとき、彼が助けてくれるみたいな」

「本当はもっと詳しい言い伝えが残っているんじゃなくて?」

「500年も前のことだよ。クンタラの宗教ってものは、形がないし、教義がないし、スコード教みたいに教会があるってわけじゃない。作ったってすぐに破壊されちまうわけだから。カーバという理想郷のことと、カーバの守護神にカバカーリがいるってだけさ。そんな状態で、詳しい言い伝えなんて残るわけないよ。食われるとか、そんなことばかり言われるけれども、人間なんて飢えれば仲間の死肉だって食うだろうし・・・。それに、権力者が能力を奪うために英雄の肉を食うなんてことだってあるはずさ。もしかしたら、あたしたちの祖先は、優秀だったかもしれない。決して家畜のように食われたなんてさ、みんなが言っているようなことは、そりゃ信じたくないだろ。当り前じゃないか。あたしたちだって人間なんだから」

「そうです、わたしたちはみんな同じ人間です」アイーダが引き取った。「ですからどうか思い出してほしい。メメス博士はどんな手段でクンタラの皆さんを救おうとしたのですか? もしその方法がわかれば、クンタラの皆さんだけじゃなく、この世の全員を救う方法がわかるかもしれない」

「何かあったようだね」カリルはカマをかけた。「世界が破滅するような口ぶりじゃないか。つまり、あんたたちは何か情報を掴んだわけだ。ウィルミットが知らないメメス博士のことを、あんたは知っていた。その名前をどこの誰に聞いたのか教えてほしいもんだねぇ」

「あなた、自分の立場が分かってるんでしょうね?」ウィルミットが念を押した。

「そりゃわかってるさ」カリルは悪びれもせずにいった。「終末が近いのなら、放っておけばみんな死んじまうんだろ。だったらこんな逮捕なんて意味がない。それがいまのあたしの立場さ」

ウィルミットは、ビルギーズ・シバの政策秘書だったこの女がずっと苦手だった。女であることすら平気で利用する彼女は、ウィルミットが否定してきた手段の使い手なのだ。彼女とは同じルールでは戦えない。

「メメス博士ね!」カリルは楽しげに大声を張り上げた。「スコード教にはこんな時に助けてくれる人はいないのかい? スコードの天国を守ってくれるカバカーリみたいな神さまはさ!」


4,


ゴンドワンの空軍基地に潜り込んだベルリとノレドは、いともあっさりと飛行機を奪うことに成功した。基地の倉庫に見張りはおらず、放置されたかのようにもぬけの殻であった。まだ彼らは、フォトン・バッテリーが充電されている事実に気がついておらず、航空機が使用可能になっていることを知らなかった。それゆえの油断であった。

ベルリとノレドは、アメリア大陸まで航続距離のある小型輸送機を選び出し、機体を始動させて滑走路に走り出た。慌てた警備兵らが銃を構えて外に飛び出してきたときには、ふたりは大西洋に向けて大きく飛び立っていた。

「リリンちゃんが!」ノレドが情けない声で嘆いた。

「いや、大丈夫だ」ベルリはノレドの手のひらを上から押さえた。「どうなってるかわからないこの世界であの機体を操縦できたってことは、あの人は普通の人間じゃないはずだ。ただ事情を知ってるとかそんな話じゃない。リリンちゃんはきっと大丈夫だよ」

「知らない人だよ? どうするの? 探さなくていいの?」

「心配だけど・・・、そりゃぼくだって心配だけど、リリンちゃんは何かを感じていたからゴンドワンに大人しくついてきたって気がする。どっちにしたってフルムーン・シップからフォトン・バッテリーを搬出したらみんな死ぬんだ。まずは姉さんのところへ行こう」

そういうとベルリは自分が操縦するからとノレドを寝かしつけ、夜の大西洋を小さな航空機で越えていった。彼らは東海岸伝いにワシントンへと向かった。すでに夜は明け、陽は高く昇り始めていた。

そのころワシントンでは地球に入植してきたトワサンガ住民の歓迎レセプションの準備が進んでいた。空は蒼く冴え渡り、雲ひとつない。レセプション会場にはアメリアの巨大な国旗がそこかしこで翻っている。そこに半ば連行されるように、前日逮捕されたカリル・カシスと彼女の会社の女性社員たちが運ばれてきた。イベントを取り仕切るノウハウがあるのは彼女たちだけだったので、いったん釈放されたのだった。

「逮捕はするけど仕事はやれってか」カリルは小さく毒づいた。

彼女は目立たないように周囲に目を配った。かなりの数の警官と軍人が動員されており、とてもではないが部下の女たちを連れて逃げ出せる状況ではない。諦めた彼女は続々と集まってくる参加者を捌きながら、わずかな隙にメメス博士のことを仲間の女性たちに尋ねて回った。

「メメスって、あの恐怖の大王が来るとかって話ですよね」

「そうなんだ」カリルは周囲を警戒した。「『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』空の世界で何が起こるのかこの言葉だけじゃわからないけどさ、あたしたちは何かしなくちゃいけない」

「そのことなら詳しい子がいるかもしれない。姐さん、ちょっと待っててもらっていいですか」

レセプションの段取りを滞りなくこなしながら、カリルはわずかな隙を作って内密な話をするチャンスを作った。カリルが長く面倒を見ている女性の中に、メメス博士のことを知っている者がいた。彼女は給仕のグラスを片づける傍ら、近づいてきたカリルに話をした」

「わたしがおじいちゃんに聞いた話は、『クンタラたちはメメスの名前を聞いたらすぐにタワーで星の世界へ逃げてこい』でした。空から闇の皇帝が降りてくるから、すぐに逃げろって」

「それは言い伝えなの?」

「というか・・・、タワーで改修工事が行わる前は、壁に古代文字でそう書いてあったそうなんです。ユニバーサルスタンダードになる前の話だから、おそらくメメス博士の直接の伝言だろうと。おじいちゃんは古代文字は読めなかったそうですけど、改修工事で消されてしまうというので、書き写してあとで専門家に読んでもらったそうです」

「すぐに逃げて来いって? タワーを作ったのはあたしたちクンタラなのに、クンタラはろくにタワーを使わせても貰えない。いったいどうやって・・・。ウィルミットのババアはさ、あたし苦手なんだよ」

「きっと向こうもそう思ってます」

「うるさいね! まあいい、わかった。タワーで逃げりゃいいんだね。それじゃ、何とかキャピタルに舞い戻る手段を考えるから、あんたたちのうち何人かここを抜け出して夜逃げの準備をさせておくれよ。金の心配はいらないからね。金と色気を絶やさないことが命綱だよ」

「はい、お姉さま」

カリル・カシスは、イベントを滞りなく運営しながら、メメス博士の情報を取りたがっているアイーダとウィルミットをどうやって騙すか必死に考えた。

ベルリとノレドがゴンドワンから盗んだ飛行機で会場に到着したのは、歓迎レセプションのメインであるゲル法王の説法が終わった後だった。ひときわ大きな拍手が会場に鳴り響く中、ノレドの手を引いたベルリがアイーダの席に辿り着いた。

「ベルリ!」最初にその姿を見つけたのは、母であるウィルミットであった。「ああ、ベルリ! 何ともないの? 怪我はしてないの? 少し痩せた?」

「ええッ! なんで母さんがここに?」

「アイーダさんがあなたの声を聴いたというから、いてもたってもいられなくなって」

「母さんがタワーの運航を放り出したって??」ベルリはのけぞって驚いたが、いまはそれどころではないと思いとどまった。「何から話していいのかわからないけど」

「いえ、ベルリ」アイーダが神妙な面持ちで割って入った。「話というのは、フルムーン・シップの大爆発で地球が滅亡するということではないの?」

「なんで姉さんがそれを?」と口にしたベルリは、ラライヤがいることに気づいた。「ラライヤ・・・、君は、いまの君は」

ノレドは半年以上離れていたラライヤとの再会を素直に喜び、手を取り合って笑い合っていた。ふうと息を吐いたベルリは、自分たちの身に起こったことを整理して話した。アイーダとウィルミットはその話を聞きながら、自分たちの身に起こったことをベルリに話して聞かせた。

彼らの会話に、説法を終えたゲル法王、いまはキエル・ハイムと名乗っているディアナ・ソレル、ハリー・オードも加わった。ベルリとアイーダは、互いの身に起こった不思議な出来事よく聴き、自分の知識の中に落とし込もうと必死だった。そしてフルムーン・シップが地球にやってくるまで1週間を切っていることを確認した。アイーダが口を開いた。

「確実にやらねばならないことは、フルムーン・シップの大爆発を阻止して地上生物の絶滅という恐ろしい出来事を避けること。それだけは何としても避けねばならない。でもベルリは、それだけでは不十分だと感じている。わたしたちの身に起きた同期という現象を、ベルリはカール・レイハントンとの間で経験した。カール・レイハントンは理想主義者で、理想に至る手段を持っている。いまトワサンガに向かっているビーナス・グロゥブ艦隊のラ・ハイデンは、カール・レイハントンの理想に対抗しようと自分なりの理想を対案として示したつもりが、不十分だったと。ベルリは、何者かに導かれてずっと理想を探しているというのですね」

「そうです」ベルリは頷いた。「フルムーン・シップの大爆発を阻止しても、結局地球は全球凍結で凍ってしまうし、わずかな土地を巡って大きな戦争が起こる。それは東アジア情勢を見れば明らかです。地球が凍ったときに、少しでも多くの人間を生存させようとすれば、ビーナス・グロゥブから大量のフォトン・バッテリーの供給がなければ永久凍土の世界に人は暮らしていけません。でも、ジオンの研究が発見した思念体というものに進化すれば、全人類は別の形で生き続けることになる。地球への関与において、カール・レイハントンの理想とラ・ハイデンの理想が競い合えば、カール・レイハントンのジオンが理念において勝利するのです。つまり、武力で戦う限りいまのぼくらには勝ち目はない」

「旅をしてきて、その理想は見つからなかったと。世界のどこにも理想はなかったと」

「ありませんでした。ぼくらには、天の神々に提示する紙切れ1枚なかった」

ベルリの結論に、集まった人々はみんな落胆した。とりわけゲル法王は眩暈を起こして倒れ込んでしまった。

そんな姿を、カリル・カシスはじっと立ち聞きしていた。


次回、第47話「個人尊重主義」前半は、9月1日投稿予定です。


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