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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第47話「個人尊重主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第47話「個人尊重主義」前半



1、


個人の欲望が別の個人の人権を抑圧したのなら、欲望の肥大を咎め、諫め、罪があれば裁くことに誰も反対はしない。どこかに独裁者とそれを支持するグループがいたのなら、独裁に反対する人々は力を合わせ、欲望の肥大を排除するだろう。

しかし、個人やグループの欲望が、理想の実現を目指していた場合はどうだろうか。理想を目指すグループが複数あった場合はどうだろう。文明レベルが同程度で、同じ時代を生き、悩み、何か正しいことを成したいと願っているならば、それらのグループは議会に入り、それぞれの理想を語り合い、時には妥協して政策を進めればよいだろう。だが、文明レベルに圧倒的な差があり、後進的グループの理想が先進的グループから見て否定されるべき意見であった場合はどうだろう。先進的グループは後進的グループの意見を否定するべきなのだろうか。それとも、あやまてる自由を与えるべきなのだろうか。もしそのあやまちが人間の生存環境の未来に絶望的な悪影響を与えるものだとしても、あやまちを咎めることはできないのだろうか。

ビーナス・グロゥブのヘルメス財団は、産業革命の端緒についていたアメリアを赦さなかった。そのアメリアと戦争という形で交流を持ったムーンレイスも赦さなかった。ビーナス・グロゥブは、後進的グループであった当時の地球圏の意見を否定して、あやまてる自由を奪い、その代償としてフォトン・バッテリーを与えた。それはつまり、自分たちの労働の成果を無償で提供することで、後進地域支配の贖罪としたのだった。

後進的支配地域の発展をじっと待ち続けていた彼らを襲ったのは、遺伝子形質の変化であるムタチオンであった。人の形が崩れていく恐怖におののいたビーナス・グロゥブは、予定よりも早いレコンギスタの準備を余儀なくされた。だが、文明において先進的であることと、肉体的に優生であることは別であった。肉体的に優生であろう後進地域に平等な条件で乗り込み競争することに不安を抱いたビーナス・グロゥブの一部官僚グループは、戦争を利用した遺伝子強化を目論み、地球圏に対して戦争の道具となるヘルメスの薔薇の設計図を撒き散らした。ビーナス・グロゥブの理想は、ムタチオンの恐怖によって内から脆くも崩れ去ったのだ。

そして理想はもうひとつあった。宇宙世紀時代初期に独裁国家としてスペースノイドの独立を指向したジオン帝国の残党による理想であった。

彼らはニュータイプの共感現象を人工的に再現する研究を逃亡先の外宇宙で完成させ、人間の魂を肉体から分離させることに成功した。これにより、人類の発展において最大のネックであった、肉体の生命維持が地球環境に過大な負荷をかけて地球を窒息させる事態の回避に成功した。

さらに肉体が縛られる時代性からも彼らの思考は独立していき、永遠をただの観念から現実的に体験できるものへと変えた。彼らのニュータイプ研究は、ヘルメス財団の理想の中に巧みに隠され、時限的に発動するようセットされた。その動きを察知した500年前のビーナス・グロゥブ総裁ラ・ピネレは、トワサンガのカール・レイハントンと彼の賛同者たる内部の協力者を洗い出す組織を秘かに作り上げた。その組織は、肉体の限界性によって時間とともに忘れられていったが、ただひとり、たぐいまれなニュータイプ能力を持つ人物によって継承された。それがジムカーオであった。

ジムカーオはヘルメス財団の裏の組織であったジオンシンパを監視しつつ、その復活の阻止を遂行しようとした。だが、彼がその任務を負っていることを知っている者はもはや世界に存在せず、彼は誰のために自分が働いているのかわからなくなっていた。そんな彼が自分のアイデンティティを求めたのがクンタラというジオンの対極にある肉体維持派の集団であった。

クンタラは、人間が肉体を維持するために地球環境に負荷を与え、環境を汚染することに何ら注意を払っていなかった。彼らは地球の存在を忘れていた宇宙いおいてさえクンタラであり続け、いかなる人工的な観念にも与せず自然主義を貫き通した。彼ら自身、なぜそうあろうとしているのか記憶している者はいない。彼らは差別され、排除され続けてきたがゆえにクンタラであり続けた。

肉体維持派である彼らは、500年前にメメス博士によって肉体を放棄する思想を持つジオンと手を組み、ジオンの守護する地球の乗っ取りを画策した。彼らクンタラは支配者たることは望まず、肉体とともに精神を反映される土地を求めた。思念体に進化したジオンによる地球支配は彼らには関係なく、300年ののちにはクンタラは生存可能地域のすべてに満ち、ときおり姿を現すジオンのアバターともにこやかに交流している。肉体の限界を持つ彼らは高度な文明を求めず、歴史にも関心がないゆえにリギルド・センチュリーはとっくに潰え、新暦も制定されていなかった。

それが地球が歩んだ正史であった。

歴史は、ジオンの観察においてはすでに確定していた。ただ、カルマの崩壊が起こったわずかな時間の中では、のちの世界を変えてしまうかもしれない大きな揺らぎが存在していた。ジオンはその揺らぎをようやく観測するに至り、カルマの崩壊を安定させるべく調整者として時間に関与していた。

大きな時間の揺らぎの中で、アメリアには多くの人間が参集していた。

「リリンが誘拐された?」と、叫ぶなりウィルミットは気を失った。

ウィルミットはベルリとハリー・オードに身体を支えられてテントの下へ運ばれていった。アイーダはノレドに質問をした。

「わたしも一瞬ですが、そのガンダムという機体を目撃しました。フォトン・バッテリー仕様のものとは一回り大きさが違いましたね。カール・レイハントンという男が乗っていた赤いモビルスーツと同じくらいの大きさでした。いまの話では、ガンダムはベルリにしか動かせないはずなのに、どうしてその男は操縦できたのでしょう」

「それはわかんない」ノレドは頭を掻いた。「ゴンドワンの兵士ってわけじゃなさそうだったし、どこの誰なのか見当もつかない。ただ当たり前のようにガンダムを操縦してどこかに飛んで行っちゃった。ひょっとしてアメリアへ来ていないかって淡い期待があったんだけど・・・」

「どうしてこう立て続けにいろんなことが起きますかね」

「姉さんにはこの状況の打開策ってわかりますか?」ベルリが尋ねた。

「ベルリの考えている解決策には遠く及びません」アイーダは溜息をついた。「ベルリはビーナス・グロゥブやジオンの理想を越える理想を提示することが、状況の打開に繋がると考えたのでしょう? そのような志の高い解決策に、わたしの考えなど・・・。いえ、でもそうもいっていられないですね。とにかくアメリアの政治家としては、フルムーン・シップの爆発だけは阻止せねばならない。すべてはそのあとです。それには、ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンに相まみえて考えを思いとどまってもらうしかない。ラライヤとウィルミット長官の話を精査するに、カール・レイハントンのラビアンローズに遅れてビーナス・グロゥブ艦隊はやってくるようです。ということはいまからラ・ハイデンに会って、フルムーン・シップの自爆を止めてくれと頼む時間はないはずです。だとしたら、実力行使でフルムーン・シップを奪って、フォトン・バッテリーの搬出を阻止せねばならない。ここにはいませんけど、クリムの話を聞く限り・・・」

「クリム!」ベルリとノレドが同時に叫んだ。

「そうなんです。それだけじゃありませんよ、ミック・ジャックも一緒で、いまメガファウナの再武装を手伝ってもらっています。クリムの話では、フルムーン・シップには多くのクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいて、マニィという人物も一緒だったと」

「マニィ・アンバサダ・・・」

「操舵士はステアです。だからステアがもしかしたらアメリアの窮状を救うためにフルムーン・シップを運んできたかもしれないと想像しているのですが・・・。あとは、マニィが地球に来ているということは、マスクも何かの形で関与しているはずです」


2,


アイーダの話に聞き耳を立てていたカリル・カシスは、ルインとマニィが地球に戻ってきたと知って内心の興奮を抑えきれなかった。

「あのふたり、フォトン・バッテリーを盗んで、そのエネルギーを使ってキャピタルを再び制圧するつもりだったんだ。間違いない。でも、宇宙船が自爆させられるとは聞いていなくて、ドカン! バカな奴らだ。でもさ、恐怖の大王の正体はわかったってもんだよ」

「そんな早急に結論出して大丈夫ですか、姐さん」

「恐怖の大王はなんでもいいのさ。爆発のことでも、ビーナス・グロゥブ艦隊のことでもさ。要するに爆発が原因で人類は絶滅する。メメス博士が大変なことが起きるって言い遺したのは、きっとこのことだ。でも、タワーだけは無事なんだよ。地球に何が起こっても、タワーとてっぺんのザンクト・ポルトだけは無事。あたしたちはそこへ行きゃいいわけさ」

「あいつらに目をつけられてますけど、キャピタルまで戻れるでしょうか?」

「ステアって子がフルムーン・シップの操舵士をやって、フォトン・バッテリーをアメリアへ運んで来ているってアイーダは思ってる。ってことは、メガファウナを始め、艦隊はフルムーン・シップ制圧のためにアメリアへ残すはずだ。ビクローバーの消されてしまった古代文字の話を持ち出して、それをあたしたちが調査するって申し出れば、きっと先にキャピタルに送り込んでくれるはずさ。そしてあたしたちはクラウンで宇宙を目指す。クンタラの数を維持するのに男はいらない。クンタラの女だけキャピタルで搔き集めて、みんなでザンクト・ポルトに上がって、のんびり人類絶滅を待つさ」

クンタラの女たちを集めて作戦会議を開いていたカリルのところに、思わぬ来客があった。ドアの向こうに立っていたのは、ウィルミットであった。

「あら、長官自らこんなむさくるしいところへ。もしや、また逮捕ですか。しかも別件で」

「いえ」ウィルミットは背筋を伸ばしたまま首を横に振った。「実はあなたと取引しに来たのです」

「ほう」

「あなたはいま、どうやってザンクト・ポルトに上がろうがと考えていたでしょう?」

「なんでそんなことがわかるんです」

「それについては言えませんが、あなたはこの先、キャピタル・テリトリィに戻ってクンタラの女たちを集めて、そのままタワーでザンクト・ポルトに逃げるはずです。もうその算段について話し合っているはずですよ。現在タワーはその電力を市中に回すために運航を停止しているところですが、もしこちらが出す条件を呑むというのなら、あなたのためにクラウンを出してもいい。条件は、わたくしの同行を認めること。それから、この先何があってもリリンを守るということ。リリンは、わたしの娘です。いまは行方不明になっていますが、あの子は必ず戻ってくる。わたしはあの子さえ無事なら自分はどうなってもいいけれど、無事を確認するまでは何としても生きていたい」

「ってことはやっぱりこの世界は滅びるんだね」

「可能性は高いとしか申し上げられない。あなた方は、どんな理由かは知りませんが、ザンクト・ポルトが安全だと知っていた。だからそこに逃げようとしている。あなたたちの中に、ぜひリリンを加えてもらって、可能であれば彼女をビーナス・グロゥブに行かせてあげて欲しい」

そういうと、ウィルミットはリリンの写真を取り出してカリルに渡した。それを複雑な表情で受け取ったカリルは、しばし眺めてから胸の間にしまった。

「小さな子供ひとりくらいなら仲間にしてやってもいいさ。ビーナス・グロゥブのことはあたしじゃ約束できない。それでいいかい?」

「承知しました」

それだけ告げると、ウィルミットは出ていった。

「あの女、ずいぶん弱ってるね」カリルがいった。「鉄の女かと思っていたけど、案外子供に支えられている普通の女だったってことかい? 悪いことじゃないけどね」

宇宙からの入植希望者を歓迎するレセプションが終わり、夜となった。

元々アイーダはこの歓迎レセプションをゲル法王の新教義のお披露目会にするつもりだった。法王はすでにアメリア各地を説法会で回っており、スコード教とクンタラがアクシズの奇蹟に端を発する同根の宗教であることを広く世界にアピールし、自身が唱える国際協調主義による世界平和に繋げるつもりだったのだ。

それゆえにグールド翁を始め、アメリアのクンタラの重鎮もレセプションに呼びつけていた。ゲル法王とアメリアのクンタラは終始にこやかに会談を行ったが、同席したアイーダはアメリアのクンタラの中に法王への強い反発があることを感じ取った。アメリアのクンタラはスコード教との融和を望んでいなかった。彼らは被差別者である立場から、一般民衆を教化する立場にあるとの姿勢を変えず、自分たちが行う、教育という名の押し付けを止めるつもりはなかった。

「教育とは、究極的には答えへの辿り着き方を教えるもので、答えを洗脳的に押し付けるものではないはずです。教育に答えが用意されているのは、正しい解き方が正答に結びつくことを教えるための訓練だからです。大学に入れば、正答を得るための解き方から考えなければいけない。グールド翁らはなぜ自分たちの考えを完全に正しいものと決めつけて、自分たちを理解した者を正しく、理解しない者を誤っていると決めつけるのか。答えがわからないから教育があり、民主主義があり、自由がある。絶対的に正しい答えがあるなどと傲慢な姿勢を貫けば、教育も民主主義も自由も死にます。グールド翁らがやろうとしていることは危険極まりない振る舞いです」

アイーダは思うに任せない世界で政治家でいる鬱積をベルリとノレドにぶつけていた。予定通りに事が運べば、アメリアのクンタラが世界に先駆けてスコード教との融和を訴え、クンタラ解放戦線の残党の武装解除に繋げられるはずだったのに、そうはいかなかったのだ。彼女は自分が掲げた国際協調主義という理想すら本当に正しいのかどうかわからなくなってしまっていた。

ノレドがいった。

「世界には様々な理想があって、人間はそれそれの考え方で幸福を追求しようと頑張っているのに、誰も幸せになっていない。それどころか戦争ばかり。考え方が違っていて、どちらが正しいかわからないから、暴力で何かを決めようとする。勝利の興奮に幸福を感じる人すらいる。地球がこんな有様じゃ、ビーナス・グロゥブの理想の前に屈服するしかないし、ジオンの理想だって止められない」

「アースノイドであるぼくらは、スペースノイドの理想に従うしかないのだろうか」ベルリは沈鬱な面持ちで呟いた。「このままでは、地球に大勢の犠牲者が出る。まずはフォトン・バッテリーの爆発を止めるしかないけれど、それを止めたところでフォトン・バッテリーは供給されず、地球は氷河期に突入して多くの人命が潰える。ぼくらはそれを怖ろしい誤った未来だと信じて回避しようとしているけれど、ラ・ハイデン総裁はヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類の死を悼む気などない」

「地球はまた暗黒時代に戻っちゃうんだね」ノレドは泣きそうな顔で溜息をついた。「このことをクンタラの人たちが知ったら、また自分たちが食人の犠牲になると考えて、どんな手段を使ってでも自分たちを守ろうとする。この対立は終わらないよ」

「地球人には何が足らないのでしょう?」

「足らないんじゃないよ、姉さん。足らないんじゃなくて、ありすぎるんだ。地球は恵まれすぎていて、個人尊重主義がはびこりすぎている。恵まれているから、幸福追求権が個人に委ねられている。宇宙ではそうじゃないんだよ。宇宙は全体繁栄主義だ。それは、恵まれていないから、全体の繁栄を目標にして個人に義務を課す体制にならざるを得ない」

「全体主義ですか・・・。たしかに地球では全体主義は忌むべきものとされていますね。でも、全体繁栄主義といわれれば、手段のひとつだとわかる・・・。まさかアメリアの政治の根幹である個人主義、個人尊重主義が根本的な対立原因だとは思いもしませんでした。ベルリとノレドさんが来てくれて助かった。わたしひとりだったらとてもこの状況に対処できなかった・・・」

アイーダは、右手で頭を支えながら机に肘をついた。答えはまるで見えてこなかった。


3,


「時間を遡る現象は、いわゆるタイムスリップ現象ではなく、ニュータイプの共感能力の延長上にあるもののようです。過去の特定の時間に存在した人間の感情と共鳴することで、その時間に思念が留まるのです。わたしたちの単独の思念だけではそれを達成することは難しく、サイコミュによる増幅が不可欠となります」

300年後の世界に戻ったカール・レイハントンらは、ある特定の時間に思念が引き寄せられる現象についてヘイロ・マカカの調査報告を共有学習していた。

「面倒なものだ」この時代にカイザルと呼ばれる青年が呟いた。「思念体として存在するとこうした特異な現象について調査することができない。アバターを使うと共有が完全ではなくなる。結局のところ、物事の解釈というのは観測者の存在に大きく依拠する。神のように完全な観測というものは存在しないのだな。肉体という不完全な道具からは、不完全な観測しかできないということか」

チムチャップ・タノも加えた3人は、共有したサイコミュに繋がれた状態で、言葉を使って会話をしながら、共有した思念のすり合わせをしていたのだが、ひとつの事象について観測結果が大きく違うこともたびたび起こり、カイザルが望むアムロ・レイとの再会はいまだ実現していなかった。

「カイザルが求めるアムロ・レイという人物についても、情報を共有しているのにわたしやヘイロにはまるで存在を検知できない。アムロなる人物の思念を察知できるのがカイザルだけというのもおかしな話ではあります。存在を検知しているということは、彼もまた思念状態になっているはずなのに」

「あいつは宇宙世紀0093年に爆散して死んでいる。わたしのように残留思念がサイコミュに回収された記録もない。それなのに、外宇宙へ逃亡したジオンが地球圏に戻ってきたとき、あいつの存在を確かに感じた。あいつはずっとここに留まっている。わたしたちは暗黒時代の地球のことを知らないが、あいつは知っている。文明が潰え、人々が醜い共食いをしていたときさえあいつはここにいたんだ。まさかわたしの帰りを待っていたわけではないだろうが、それだけの時間、誰にも糾合されず思念体として存在できることなどあるのだろうか。いや、あいつならできると思いたいが」

「問題点はふたつあります」ヘイロが続けた。「いまお話にあったような長期的な固有思念の継続とそれが出現する問題。もうひとつは、300年前に起こった出来事です。300年前の地上生物の絶滅時になぜ多くの人間の思念が塊となって特異な世界の構築に繋がったかということです。生物の絶滅から半年ほど前まで、歴史に重なるようにもうひとつの世界が存在している。結局それは生物の絶滅に大きくは関与できず、大爆発とともに消え去ってしまうのですが、あの時間にだけ巨大な思念の塊があって、思念体のみで構成された世界が存在している。ベルリとアムロはあの場所でしか観測されなくなってしまった。特にベルリの問題は深刻で、あの子はアムロのように思念体ではない。肉体を持っているのです。いくらガンダムがあるとはいえ、あのように情報でしか存在しない場所に肉体を持ったまま入り込むなんてことがあるのかどうか」

「カイザルがお戯れにガンダムなど与えるから」

「しかし、ガンダムが与えられたことで、ベルリくんはより絶望を深くしたはずだ。わたしが大罪を犯すに至った絶望を、ベルリや、あるいは必ずいるはずのアムロが共有してくれれば、わたしたちの対立は終わる。あのとき死んだすべての人間が、この美しく生まれ変わった地球の観察者となって蘇るだろう。わたしたちジオンは、歴史に黒く塗られた汚名を雪ぎ、美しき地球の守護者として、地球へ帰還してくるあらゆる者らを排除し、地球の守護者として新たに名を刻むことが出来る。これはザビ家によって名を汚されたジオンの使命である。だが、あいつはまだそれを阻もうとしている」

「お感じになるので?」

「無論だ」カイザルは爪でサイコミュの縁をコツンと叩いた。「あれは、まだ何かをやろうとしている。思念だけで作られた仮想空間のような場所から一体何が出来るというのか。わたしはできることならあの場所を壊してしまいたい。あの時空間そのものをだ。あれがある限り、アムロとベルリはジオンの悲願の妨げとなるだろう。永久にあの場所に留まらせておくのも人道的ではない」

「いずれにせよ、実体としてのアースノイドはあの大爆発で絶滅するはずです。あの時空間も大爆発以降は存在しない。観察者がいなくなったのだから当然ですけれど。何も怖れることはないはずですが、カイザルにしか検知できないアムロという人物はジョーカーです。たしかに時空間ごと消し去れば、我々の憂いはなくなろうというもの」

「予定通りガンダムを消滅させればあの時空間を支えるものはなくなり、消え去るはずです。あの機体はカイザルと同じで実体として存在しているのはサイコミュチップだけ。あのベルリという子が乗っていてくれればいずれはアムロ・レイがあの機体と同一化して相まみえることもあるでしょう」

「300年前に1度だけアムロと一体化したガンダムを狩るチャンスがありましたね」

カイザルは顎に親指を当てて古い記憶を手繰り寄せた。

「ああ、あのときは不安定ではあったがたしかにガンダムのサイコミュの中にアムロの存在を感じた。しかし、ラライヤという者が邪魔をして挙句はジャンプされてしまった。ラライヤは使い道がなくなって捨てる形になったが、あのときなぜヘイロはラライヤを使おうとしたのか」

「肉体の再現に失敗して、なぜかサラ・チョップの身体に思念が入ってしまったのです。彼女は華奢すぎてとてもじゃないけれどモビルスーツの操縦には適さなかった。そこでモビルスーツ操縦者であった彼女をカイザルの護衛として一時的に使ったのです」

「サラの肉体はどうしたのだっけ?」とタノが尋ねた。

「有機転換したはずでは? 自分で処理した記憶はないですね」

「どちらにせよ、あれはしょせんアバターであってサラではない。サラの遺伝子で作った肉人形だ。ヘイロの思念がここにある以上、あの身体がどうなろうと気にすることなどない。とっくに滅びているだろう。それよりも、300年もかけてようやくあの思念の塊を解読したのだ。必ずガンダムを捕らえて、アムロの希望を打ち砕き、ジオンの正しさを認めさせてやる」

そうカール・レイハントンであった存在が話すように、サラ・チョップの肉体はとうの昔に滅んでいた。彼女の肉体が滅ぶのはこれで2度目であった。父親によって遺伝子情報の中に記憶情報を書き込む能力を持っていた彼女は、ラビアンローズの生体アバター生成プリンタでヘイロの肉体として再現されたが、ヘイロの思念が離れたのちは独立してザンクト・ポルトに逃れていた。

カリル・カシスを従える形でザンクト・ポルトに君臨した彼女は、表向きはひとりのクンタラとして短い生涯を繰り返しながら、永遠の命を生き続けていた。

大爆発から20年後のこと、カル・フサイの協力で生体アバター生成プリンタを完成させた彼女は急速に衰えた古い生体アバターを捨て、2度目の生を終え、すぐに3度目の生を迎えた。遺伝子情報の中に記憶情報を書き込むことが出来る彼女は、肉体を再生させることで永遠の命を得ていたのである。

サラ・チョップはいった。

「強化人間を研究していたジオンにありながら、その研究の継続に関心を払っていなかったシャアはやはり甘い男だ。それにしてもラライヤはあの男を葬るのにいつまでかかっているのか」


4,


アメリアにおいてアイーダを中心とした極秘裏の作戦会議が行われた。

参加者はアイーダをはじめとするアメリア軍の上層部、キャピタルの代表としてウィルミット・ゼナムとゲル法王。ムーンレイス代表としてハリー・オード。クンタラ代表としてグールド翁。クンタラ研究者としてキエル・ハイム。トワサンガ代表としてベルリ・ゼナムとノレド・ナグであった。各国の代表はもちろん、アメリア議会の人間も作戦会議には参加していない。

当面の目標として、6日後にやってくるはずのフルムーン・シップの爆発を阻止することが最重要課題とされた。まずはそれを阻止して、次いでビーナス・グロゥブ艦隊ラ・ハイデンの説得を成功させねばならない。もしこのふたつを阻止することができたなら、全球凍結まではまだ時間がある。その間にカール・レイハントンの野望を阻止する方策を考えることになった。

「フルムーン・シップの大爆発は、積載したフォトン・バッテリーを無許可で搬出することを原因とした自爆によって引き起こされます。フルムーン・シップ内部の様子は残念ながら不明な点が多い。乗組員はビーナス・グロゥブ半数、クンタラ解放戦線半数です。操舵士はステア。クンタラ解放戦線のマニィ・リーも乗っています。まず、万が一のことを考え、ゲル法王猊下、ウィルミット長官らをザンクト・ポルトに派遣し、ラ・ハイデン閣下の説得要員とします。これは人類の一部を避難させるわけではないので、各国要人などを宇宙へ逃がす段取りは一切行いません。あくまで地球圏へ初めていらっしゃるラ・ハイデン閣下の歓待という名目です。それには、キャピタル・テリトリィの代表団が歓迎するのが筋でしょう。長官と法王をザンクト・ポルトに上げるのはそうした理由です」

アイーダの発言を遮るように、ウィルミットが手を挙げた。

「そのことなのですが、法王猊下とスコード教団の方々だけでは歓迎式典の準備をするには心もとなく思います。やはりその道のプロに手伝っていただきたい。そこで、現在アメリア在住で元キャピタル首相の政策秘書を務めていたカリル・カシスの同行を認めていただきたい」

「カリル・カシス・・・」アイーダは訝しげな顔になった。「確かに彼女はイベント会社を経営しておりますが、彼女でいいのですか?」

「ええ、ぜひ」ウィルミットはそれだけ言うと口をつぐんだ。

「・・・わかりました。では、ラ・ハイデン閣下の歓迎式典に関する事柄は、ウィルミット長官に一任いたします。歓迎式典に必要な人選をキャピタルにて行い、万が一に備えて出来れば4日以内に出港していただきたい。では、お願いできますか?」

アイーダが頷くと、ウィルミットは押し黙ったまま立ち上がり、困惑するベルリと目を合わせようともせずに、ゲル法王を伴って部屋を出ていった。

「母さんはいったいどうしちゃったんだ?」ベルリはノレドに耳打ちをした。

「きっとリリンちゃんのことが堪えているはず。ベルリのお母さんには考えがあってやってるんだし、あたしたちは・・・」

コホンとアイーダが咳払いをして続けた。

「考えたのですが、歓迎式典目的とはいえ、まったく護衛をつけないわけにはいかない。かといって軍隊を用意してはどんな誤解を受けるかわからない。そこで、G-アルケイン1機だけタワーに乗せて宇宙へ上げようと思っています。操縦者はラライヤ・アクパール。彼女が乗っていたG-セルフはベルリ・ゼナムに搭乗していただきます。ラライヤはここにはいませんが、すでに通達はしてあります」

アイーダがラライヤを選んだのは、彼女が大爆発を宇宙から眺め、その後に何が起こったのか知っているからであった。ウィルミットは未来の自分が自死を選ぶイメージは見たが、未来に何が起きたのか正確に理解しているわけではない。いまこの場所には時間軸と一緒に生きている人間と、時間を飛び越えてきた人間が存在しているのだ。ラライヤにはウィルミットのサポートが期待されていた。

「次に軍事展開についてお話いたします。現在アメリアは以前のような強大な軍隊は保持しておりませんが、幸いなことにムーンレイスのハリー・オードがムーンレイス艦隊を無傷のまま地球に降ろしてくれました。このムーンレイス艦隊を使って、フルムーン・シップに先駆けて地球に降りてくるというルイン・リーの捕縛に充てたいと思っております。順序としては、ここ数日、もしくはすでに降下しているかもしれませんが、ルイン・リーは高速巡洋艦を奪い、フルムーン・シップより先に大気圏へ突入してくるというのです。彼の捕縛と説得があれば、フルムーン・シップにいるマニィ・リーを説得することが容易になります。そこでハリー・オードにムーンレイス艦隊を率いていただき、ルインが奪ったという高速巡洋艦を発見して捕まえていただきたい。彼はスコードとクンタラが同根であるというゲル法王の新教義のことを知りませんから、キエル・ハイム女史に協力をいただき、彼の説得に当たっていただきたい。彼はビーナス・グロゥブ製の新型モビルスーツ・カバカーリという機体を持っているらしいので、十分に注意して任務にあたってください」

話を聞いたキエル・ハイムとハリー・オードは立ち上がり、部屋を出ていった。

「そしてこれだけの人が残ったわけですが」アイーダはホッとして席に座った。

「わしがいったいなんでこんなところに呼ばれておるのかわからんね」グールド翁は不満げであった。「人類が絶滅するなどと知ったような話ばかり。全人類が死ぬなど起こり得るはずがないではないか」

ベルリとノレドは、これがグールド翁かといささかげんなりした。彼らふたりは、東アジアにおいて彼の投資会社が現地で多くのトラブルを起こしているのを目にしてきたからであった。ハッパはグールド翁の投資姿勢に正当性を見い出していたが、現地の人間の感情を無視したそのやり方に、ふたりは大きな反発を感じていた。

「順序立ててお話いたします。ベルリとノレドは、アメリア艦隊とともにフルムーン・シップとのランデブーに参加していただきます。大気圏突入を果たしたフルムーン・シップは、減速にかなりの時間を要します。この間にメガファウナとともにランデブーを行い、ブリッジの人間を説得していただきたい。乗員たちはおそらくフォトン・バッテリー搬出が艦の自爆のトリガーになっていると知らない。検討したところ、誰もフォトン・バッテリーが搬出された経緯を知らない。大気圏突入からどれほどの時間で爆発が起こるのか誰にもわからないのです。もし任務に失敗したら、真っ先に爆風によって死んでしまう危険な任務です。この仕事は、本来わたしたちアメリア艦隊が行うべきものでしょうが、艦の内部で何が起こっているのかわからない以上、マニィ・リーと面識があるノレド、ビーナス・グロゥブにトワサンガの代表だと思われているベルリの参加は不可欠だと判断しました。アメリア軍はベルリ・ゼナムの指揮下に入り、ベルリの命令で任務を執行いたします。よろしいですね」

「それはもちろん。まずは爆発を食い止めないとどうしようもない」

そういうとベルリとノレドも席を立った。部屋に残されたのは、アメリア軍の上層部の人間とグールド翁だけとなった。

「穏やかではないね」グールド翁は緊張の面持ちで軽口を叩いた。「何が聞きたい?」

「ベルリの話で、グールド翁のところにジムカーオという人物がいるとお聞きいたしましたが」

「ああ、あいつか」意外といった顔でグールド翁が応えた。「人は死んだらひとつの意識になるだの、もうすぐカルマの崩壊が起こるだのとわしを洗脳するようなことをいうので馘首にしたよ。その男がどうかしたのか?」

「ジムカーオは類まれなニュータイプで、彼の言うことは本当のことです。彼はあなたに重要なことを伝えようとしたのに、あなたは聞く耳を持たなかった。わたしたちスルガン家は、父親の代からずっとアメリアのクンタラの身分向上について便宜を図ってまいりました。しかし、そうした個人を尊重するやり方では埒が明かないのだとわかったのです。あなた方はもうクンタラではない。アメリア人です。特別な便宜はもう致しません。みなさんが行っているアメリア人の子弟に対する教育と称する特別な授業もすべて廃止いたします」

「そんなことが許されるのかな?」グールド翁は挑戦的に、まるで威嚇するように怒鳴った。

「言ったでしょう? もうあなた方のそうした態度はわたくしには通用しません。個人は全体の繁栄に尽くすのでなければ、氷河期時代は生き残れない。クンタラに与えていた特別な権限は一切合切剥奪させていただきます。たとえそれで私が議会に議席を失おうとも、いままでのやり方では人類は生き延びていけないのです」


次回、第47話「個人尊重主義」後半は、9月15日投稿予定です。


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