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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」前半



1、


ジオンの衛星落としが発覚してからというもの、ザンクト・ポルトは上へ下への大騒ぎになっていた。ひっきりなしに鳴り響く警戒警報に人々は右往左往していた。ザンクト・ポルトに残っているのはカリル・カシスが連れてきたクンタラの女性、キャピタル・テリトリィ運行庁の職員とウィルミット・ゼナム、法王庁の職員とゲル法王。それに急ぎ宇宙へ上がってきたアイーダ・スルガンなどであった。

アイーダはスコード教大聖堂にいた。彼女は思念体分離装置の中の様子を確認したかったが、残念なことにG-メタルをノレドに預けてしまっていたために中には入れないでいた。そこにウィルミットがやってきた。彼女は、スコードに祈りを捧げるために大聖堂へとやってきたのだった。

ゲル法王もまたスコード教大聖堂の中にいた。法王はシラノ-5という資源衛星を改造した巨大物体が地球に近づくことを、アクシズの奇蹟の再来だと信じて、再び地球人がひとつとなって危機を乗り切ることを夢見ていた。一方で、スコード教に長く虐げられていたクンタラの女たちは、誰ひとりとして大聖堂には近づこうともしなかった。月からやってきたカル・フサイたちエンジニアも、クンタラの女性たちと一緒だった。

ウィルミットは跪いて祈りを捧げていたが、運行庁の人間に奥の祭壇の地下通路の奥にアイーダがいると耳打ちされると静かに席を立ってそちらへ向かった。

「本当に大丈夫なのでしょうか?」ウィルミットは、ベルリもリリンもいない状況を不安がっていた。「自然の衛星より速度が遅いといっても、あれだけ巨大な隕石がもし地球に落ちたら、地球は核の冬と同じことになってしまうはずです。ただでさえ全球凍結が迫っているというのに」

「やれることは全部やりました」アイーダは応えた。「あとはベルリたちに任せるしかありません」

ふたりは、思念分離装置と名付けた部屋の前で、ずっとそのときを待った。運行庁の人間は逐一ウィルミットに報告を入れた。一方でアイーダのところに入ってくる連絡は、議会に関するものばかりであった。ズッキーニ・ニッキーニが、勝手な行動ばかり取るアイーダの、アメリア軍総監のポストを解任する動議を出したという。報告を聞いたアイーダは、バツが悪そうに肩をすくめた。

「知らせていないとはいえ、地球の人間は呑気で愚かだと恥じ入るばかりです」

「いえ」ウィルミットはアイーダの肩に手を乗せた。「どこも同じです。地球にいる人間は、魂が地球に縛り付けられてでもいるかのように感じることがあります。わたしたちのそんな姿を、カール・レイハントンという人物は絶望したまなざしでずっと眺めていたのでしょう」

アイーダとウィルミットは、しばらくベルリのことでにこやかに談笑して過ごした。ふたりが真っ暗な通路から動かないので、紅茶のセットが運ばれた。

そうこうしている間にも、隕石破断ビームが通用しなかったこと、クレッセント・シップの特攻によって隕石がふたつに割れてしまったこと、ムーンレイス艦隊の縮退炉を使った攻撃によって一方の欠片が粉砕されたこと、壊れなかった片方の隕石が光を反射しないことなどが伝えられた。

話を聞いても、ふたりは聞き置くだけでずっとベルリの昔話に花を咲かせていた。モビルスーツ隊が暗黒の隕石に突入して連絡を絶ったことも伝えられたが、その話を聞いて驚くこともなかった。隕石は数度にわたる攻撃で計算にずれが生じ、南米大陸に落下することが分かった。

そして、その瞬間はやってきた。

G-メタルの挿入口が突然輝き出した。差込口には、アイーダがノレドに託したG-メタルが挿入され、眩いばかりに輝いていた。固く閉ざされていた扉が開いた。アイーダとウィルミットは気後れしながらもその中に足を踏み入れた。部屋の中は、無数の小さな光が集まって波を打っていた。まるで光の流砂のようだった。ふたりはそれが命の瞬きであることを理解した。

次の瞬間、3人の人間が部屋の中に飛び込んできた。それは実体がある存在ではなく、人であったものの残像に過ぎなかった。アイーダは翻然と悟り、合わせた両手を鼻に押し付けた。

「たったいま、カール・レイハントンの思念が消滅しました。数千年に及ぶ絶望は昇華されて消え去りました。導いた者がふたりいます。いずれも遠いとおい昔の人物です。とっくにこの世から消え去った者たちが、同じ時代を生きた盟友を迎えに来たのです。ああ、そうか。ここは思念体分離装置などではない。涅槃の入口だったのです。そうですね、お母さま」

「そのようです」

ウィルミットが頷いたとき、巨大地震が堅牢なキャピタル・タワーを強く揺さぶった。タワーは大きく揺れ、ふたりはその場に座り込んだ。ふたりは真っ暗な部屋の中を漂う光の流砂が、渦を巻くように宙で固まっていくのを目にした。それを眺めながら、アイーダが大声で叫んだ。

「絶望と同じだけ希望を持っているのが人間です。自分には絶望しかないなどと考えるから、残留思念となってこの世に留まるのです。自分の希望を見つけたのなら、涅槃に旅立っていきなさい!」

キャピタル・タワーは崩壊した。崩れゆく建物にしがみつきながら、ウィルミットは心の中で「ベルリ、ありがとう」と繰り返し念じた。何度も何度もそう繰り返し、ウィルミットは闇の中で強く肉体を殴打して死んでいった。肉体を失ったウィルミットは、自分の意識が少女のころから母親になったころまで途切れなく続いている存在なのだと初めて理解した。彼女は少女であり、母であり、赤子であった。これが魂なんだと、彼女の思念は肉体を離れてその形を理解した。

時間の概念も距離の概念もなく、彼女の魂はどこにでも存在した。ゲル法王の魂もあった。アイーダの魂もあった。魂は流れている。ウィルミットは自分という存在が、ウィルミット・ゼナムの記憶だけで成り立っていないことに驚いた。記憶はずっと途切れることなく続いていた。誰の記憶か定かではないが、遠いとおい昔の時代の記憶も彼女にはあった。これは何だろうと彼女は自分の中にある自分のものではない記憶を見つめた。どうやらそれは、彼女の先祖の記憶のようだった。

命は途切れることなくずっと続いていたのだ。不思議な気分もしたが、当然のような気もした。それはそうだ。すべての生命は、生命発生から途切れることなく続いてきた命だけが存在するからだ。命あるものに終わりはない。命の連続が途切れたときにだけ、終わりはやってくるのだ。

キャリアを重視して仕事に邁進してきたウィルミットには、実子がなかった。彼女の命は、彼女の死をもって終わったのだ。永遠に続いてきた彼女の命の歴史を終わらせたのは、彼女自身であった。ファミリーラインの断絶は、家系の断絶ではなく生命誕生から続いてきた永遠の命の断絶であった。ウィルミットは死んで初めてそのことを理解した。なぜもっと早く気付かなかったのだろうと彼女は後悔した。

命は、永遠が本質であった。命は暗い地中に埋もれた根のようなもので、肉体は根から延びる草や木のようなものだった。人間が怖れていた死とは、古い草が枯れ、新しい草に取って代わっただけで、本当の意味での死など存在しなかったのである。肉体の滅却は、永遠の命にとって重要なものではなかった。根はひとつ。土を押しのけて顔を出す草は、無数に存在したのだ。それが人間であった。

肉体の死をもって、ウィルミットは根に戻ったのだ。根には過去に生きた生命の記憶が蓄積されていた。言語化された記憶は人間のものだ。おそらくは人間に進化する前の記憶も存在するだろう。しかしまだウィルミットにはそれにアクセスすることが出来なかった。宇宙世紀以前の人間の記憶もそうだ。死んで間もない彼女にはまだ強い自我が残っていた。それが邪魔をしているのである。

残留思念の正体とはこういうものなのだと彼女の思念は思考してみた。彼女にはまだ思い残しがあり、完全に根と一体化できないのだ。根と同一になることは、自我を捨て去ることだった。なぜ自分にはそれが出来ないのか・・・。

「ベルリ、ベルリ坊や・・・。リリン・・・」

彼女の思い残しとは、彼女が引き取ったふたりの養子のことだった。


2、


どす黒い噴煙がガンダムを飲み込んだ。

間に合わなかった。自分はまったく無力だった。ベルリはガンダムのコクピットの中で虚脱した。自分には何にもできず、人類は滅びてしまった。ガンダムを与えてもらいながら、彼は英雄になれず、目の前でみすみす全人類を破滅させてしまったのだ。ベルリはヘルメットを外し、頭を掻きむしった。

キャピタル・タワーは破壊された。そこには母と姉がいるはずだった。ザンクト・ポルトは地球を覆った塵と噴煙の中に落ちていき、激しく地表に激突して原型をとどめないほど完全に破壊されていた。なかにいた人間の生存は絶望的だった。彼は、大事な母と姉を同時に死なせてしまった。地球の全球凍結は加速され、わずかに生き残った人間も数か月もたずに死んでしまうだろう。

キャピタル・タワーの残骸は、やがて舞い上がった噴煙に埋もれて地層と一体化していく。それはもう過去の遺物になってしまったのだ。生命が絶滅したいま、それが遠い未来に発掘される保証すらない。この半年間の旅は何だったのか。なぜ自分は、あの人のように奇跡を起こせなかったのか。

ガンダムはゆっくりと落下していた。ベルリが気力を喪失したことで、ガンダムもぴたりと動くのをやめていた。ノレドはショックで気を失っていた。後部座席にいるリリンはぐったりとうなだれて動かなくなっていた。ベルリはリリンがなぜあのとき止めたのか、恨みをぶつけたい気持ちに駆られた。でもそんな小さな怒りを、少女にぶつけたところでどうにもならないのだった。

ベルリは、このまま静かに地上に降りていき、多くの死んでいった人間たちと運命を共にしようと思い、ノレドの手を取ってシートに身を沈めた。

ベルリは少し眠った。夢の中に母が姿を現した。母はベルリをそっと抱き寄せると、しばらく優しく彼を包み込んだ。ベルリもまた母に身を預けた。しばらく息子を抱きしめていたウィルミットはやおら身体を離して両手を息子の肩に乗せると、思いっ切りベルリの横面を張り飛ばした。

「男の子は最後まで諦めてはいけません!」

「うわッ」

ベルリは吃驚して思わず飛び起きた。彼は何度か顔をパンパンと叩くと、ノレドの身体をゆすって起こした。ノレドは目を覚まし、ベルリの姿を見て微笑んだ。

続いて後部座席にいるリリンも起こした。

「リリンちゃん、ここを脱出してビーナス・グロゥブ艦隊に合流したい。彼らはいま月の裏側にいるはずだ。遠いけど、ジャンプできるかい?」

リリンは目をこすりながらも、小さく頷いた。そして振り返っていった。

「お母さん、さようなら」

次の瞬間、ガンダムはトワサンガ宙域に出現していた。トワサンガでは、ラビアンローズから出撃した銀色の細長い戦艦とビーナス・グロゥブ艦隊が交戦中であった。見る限り、ソレイユなどムーンレイス艦隊は消滅しており、戦力的には圧倒的に不利な状況だった。

「切り拓くッ!」

ベルリはガンダムを駆ってジオンのスティクス艦隊の真ん中に突っ込んでいった。敵戦艦の爆発を知らせる光球が漆黒の宇宙に瞬いていく。銀色の戦艦は側方の砲門を開いてガンダムを撃墜しようとするが、そこをハリー・オード率いるスモー隊が攻撃してさらに多くの戦艦を撃沈していった。戦場は突然出現した白いモビルスーツによって一気に形勢が逆転した。

「ガンダムは攻撃されないのか?」ハリーが通信を送ってきた。

ベルリが応えた。

「これはカール・レイハントンから貰った機体なんです。スティクスはアンドロイド型サイコミュが操縦していますから、こちらのサイコミュを味方だと識別しているのかもしれません」

不利な戦況に乗員すべてが死を覚悟していたメガファウナは、援軍の正体をすぐに察した。艦長席のドニエルは艦長席から立ち上がると背を逸らし、歓喜の声で叫んだ。

「ベルリ、ベルリなのか!」

ドニエルの通信はオープンチャンネルで誰もが聞くことになった。ベルリの名前を聞いた乗員たちはその名前を希望の光として捉え、歯を食いしばって再び激しく身体を動かし始めた。ベルリの応答が、ブリッジのモニターに映し出された。メガファウナに収容されていたディアナ・ソレルは瞳を輝かして身を乗り出した。

「ドニエル艦長、ラビアンローズがある限りスティクスは生産され続けます。いったん後方に回って中央部分から侵入するしかありません。ぼくが道を切り拓くのでついてきてください」

「わかった。メガファウナ乗員の命はお前に賭けるッ」

ベルリとハリーが膠着した戦場に変化を巻き起こした。モビルスーツ隊の行く手を阻もうと陣形を変えると、手薄になった場所にビーナス・グロゥブ艦隊の集中攻撃が浴びせられた。ガンダムはスモー隊とメガファウナを従え、敵の陣形を突破してラビアンローズに辿り着いた。ラビアンローズは巨大なエンジンと中央部の宇宙ドック、それに上部の居住地域から成り立っており、立方体の形をしたドック部分の後方はむき出しになっているのだ。そこは修理工場であり、生産工場でもあった。

「見て、あそこ」ノレドが指を差した。「あたしが空けた穴が修理されないまま放置されてる」

ドック部分の壁面に空いた大きな穴は、かつてノレドがG-ルシファーを使って破壊した痕であった。彼女はビーナス・グロゥブで、ジット・ラボの跡地から裏の世界に侵入したことがあるのだ。それはジット・ラボがエンフォーサーと呼んでいた裏のヘルメス財団と繋がっていた証拠でもあった。

ノレドはその際に生産設備の破壊も行ったが、そこはすでに修理が終わっていた。

「事件が起きてすぐにパージされてしまったから、ビーナス・グロゥブの資源衛星から資材を調達できなかったんだ。だとすると、スティクスを生産するための資材もそろそろ尽きてくるのかもしれない」

「ジオンは戦争に負けるはずがないと思っていたから、修理は後回しにしてたんだ」

「どうするんだ、ベルリ」ドニエルが通信を寄こしてきた。

「ラビアンローズのどこかにジオンのアバターを作るための施設があるはずなんです。それさえ破壊してしまえば、肉体を持たない思念体のジオン兵たちは現実に関与できなくなります。それに彼らの導き手であったカール・レイハントンはもうこの世にいません」

「白兵戦か」ドニエルは息を飲んでから大声で艦内に通達した。「乗員すべて白兵戦の準備だ。人間を作りだしそうな怪しい設備を片っ端から破壊していけ。永遠の命たって、身体がなきゃ姿の見えない幽霊と同じだ。そんなもん、何にも怖くありゃしねぇ。それからス・・・」

ドニエルはステアの名を呼ぼうとして思いとどまった。そして静かに続けた。

「オレも行く。死んでいった人間たちすべての仇討ちだ。ジオンの奴らさえいなくなりゃ、あとはビーナス・グロゥブのお偉いさんたちが何とかしてくれる。オレたち軍人は任務を遂行するだけだ」

メガファウナは臨戦態勢に入り、収納されていた携帯火器がひとりひとりに手渡されていった。スモー隊は機動性を生かしてスティクスの生産ラインを破壊することになった。誰ひとりとして、シラノ-5の地球落下を食い止められたのかどうかベルリに尋ねる者はいなかった。その結果がどうであろうと、ラビアンローズを破壊しなければジオンの脅威は去らないのであった。

「誰かがぼくを呼んでいる」ベルリが呟いた。「ノレド、操縦を頼む」

「ベルリ!」

「大丈夫だよ。必ず戻ってくるから」


3、


銃を手にしノーマルスーツに身を包んだドニエルがマイクを通じて檄を飛ばした。

「ジオンの連中は人間であって人間じゃないらしいから、遠慮すんじゃねーぞ」

銃を携帯したメガファウナの乗員は、ジオンのアバター製造装置を破壊すべくラビアンローズに乗り込んだ。激しい銃撃戦が巻き起こった。

「本当に人を殺すの?」

銃の安全装置が外せないままギゼラは戦闘に巻き込まれた。襲い来る銃弾に首をすくめる彼女を、マキが援護しながら励ました。

「ビーナス・グロゥブもムーンレイスも大きな犠牲を払って地球のために戦ってくれた。ラビアンローズはわたしたちで奪還してあの人たちを金星に還してあげなきゃ」

はじめこそまとまって艦を飛び出していった彼らだったが、ラビアンローズはあまりに巨大で、まとまって行動していては埒が明かなかった。集団は徐々にばらけ始め、3人程度の小集団に分かれていった。

戦闘を繰り返すうちに、メガファウナの乗員たちは敵がそれほど多くないことに気づいた。ジオンの兵士は死を恐れることなく立ち向かってきたが、シラノ-5とラビアンローズを運用するための最低人数しかアバターを生産しなかったために、数が圧倒的に足らなかったのだ。カール・レイハントンの肉体嫌悪が戦争には不利に働いていた。

「人体製造工場みたいなもんがどこにあるってんだ」アダム・スミスは早くも息が切れてきた。

「ジオンの秘密だったわけだから、かなり奥まったところじゃないすか?」一緒に行動しているオリバーが手榴弾を投げつけた。「さあ、走った走った」

闇雲に突っ込んでくるメガファウナの乗員たちに対し、ジオンの兵士は多くの場合要所にひとりだけを配置して応戦していた。

彼らは肉体を使い捨てにして、メガファウナ側の戦力を確実に削っていった。彼らが利用している肉体は基礎代謝など生体維持以外に脳を活用していなかったために、通常の人間のような恐怖心を持っていなかった。彼らは銃で撃たれ、それ以上肉体に使い道がなくなるとわかるや、手榴弾を抱えて敵の中に突っ込んできた。この攻撃により多くが死傷した。いざとなると自爆してくる敵に対し、白兵戦の経験がないメガファウナの乗員たちは言いようのない恐怖を覚えた。

「シルヴァー・シップと同じだ」ルアンがいった。「やっぱ、製造工場を破壊しないと人間もすぐに作って補充してくるんじゃねーのかな」

メガファウナの乗員は軍人といっても宇宙世紀時代のように戦争のスキルを身に着けているわけだはなかった。しかもドニエル以下白兵戦の経験があるものがおらず、指揮官もいない。ただ前へ進んではワンブロックずつ制圧して、怪しい設備がなければマーカーで大きくバツをつけて次へと移動していった。

白兵戦には男女を問わず全員が参加していた。ジオン兵の自爆攻撃を怖れた彼らは、迂闊に前に進めなくなり、兵士を見つけると脚止めされて銃撃戦を繰り返した。

「ここでもなさそうですね」銃声が止むとディアナ・ソレルが立ち上がった。「もっと奥なのでしょうか?」

彼女の傍にハリー・オードはいない。彼のスモー隊は戦艦製造施設の破壊に向かっているのだ。ディアナの護衛には10名ほどがついていた。行き止まりに突き当り、通路を引き返してきた彼女らは、追ってやってきたベルリと鉢合わせをした。

「ディアナ閣下?」ベルリは驚いて目を丸くした。「ディアナさまは・・・」

「いいのです」ディアナはベルリの言葉を遮った。「500年前に失っていたはずの命を惜しんで月の女王が務まるものですか。それよりあなたはモビルスーツ隊と一緒でなくてもよいのですか?」

「呼ばれているような気がするのです。それが何かはわかりませんが」

「ではわたしたちもベルリ・ゼナムに従いましょう。声はどちらから聞こえますか?」

「あちらの方角です」

ディアナと合流したベルリは、急ぎ先を進んだが、突然壁が爆発して吹き飛ばされた。死角になった場所に爆薬が仕掛けられていたのだ。ジオンの兵士がひとりゆっくりと近づいてきて死体を脚で蹴って検分した。兵士がディアナを蹴ろうとしたとき、彼女はやおら上体を起こして兵士の頭を撃ち抜いた。

「ベルリ、ベルリ・ゼナムは無事ですか」

ディアナは周囲を見渡してベルリの姿を探した。彼は飛んできた壁の下敷きになっていたが、ディアナの声に反応してゆっくりと身体を起こした。

「あなたもこれを取って」ディアナは死んだ兵士が持っていた武器をベルリに手渡した。「これは戦争なんですよ。人類が最も激しく戦っていた時代の人間と戦っているのですから」

ベルリは仕方なしに武器を受け取り、おぼつかない足取りで先を急いだ。10名いたムーンレイスは、ディアナの盾となって命を落としていた。

ふたりは先を急いだ。ラビアンローズのそこかしこから銃撃の音が聞こえてきたが、声に導かれて進むうちにふたりは徐々に喧騒から離れていった。そして長い通路の突き当りにある扉の前に立った。扉は自動で開いた。ベルリが頷き、中へ入っていった。

「ぼくを呼んでいたのはやはりあなただったのか」

そこにいたのは、1体のアンドロイドだった。ナノマシンで構成された表層は、ジムカーオの姿をしていた。アンドロイド型のアバターは、ジムカーオの思念をサイコミュの中に宿していた。アンドロイドには脚がなく、状態から下は未完成のままで補助具に乗せられていた。

「ビーナス・グロゥブの公安警察の人間として、カール・レイハントンとメメス博士の顛末は最後まで観察させてもらったよ。やはり人間というのは理想通りには事が運ばないらしい。人類を思念体に進化させて環境負荷をゼロにするジオンのミッションは、復活したいにしえの魂によって頓挫した。その計画に乗って、クンタラを繁栄させようとしたメメス博士のミッションは、娘の余計な関与によって失敗した」

「メメス博士にはサラという娘がいたでしょう?」ディアナがいった。彼女はビクローバーの調査でそれを知ったのだった。「彼女はいったい何がしたかったのですか?」

ジムカーオの姿をしたアンドロイドが応えた。

「彼女は欲をかいた。サラはジオンのアバターの医療を担当する傍らで、途中放棄された強化人間の技術を発見して、遺伝子に人間の記憶を書き込むことで、アバターではなくクローンによる永遠の命を目指した。彼女にはカール・レイハントンのような地球環境に対する理想も、メメス博士のようなクンタラを導く理想もなかった。あったのは永遠に生きたいとの欲だけ。ひとりの女性の欲望が、スコード教の理想もクンタラの理想も木っ端微塵にしてしまったのだよ」

「たったそれだけ」ベルリは怒りが込み上げてきた。「永遠に生きたいなんてひとりの女性のそんな欲望のために、母さんも、姉さんも死んだのか?」

「生命はいつか死ぬさ」ジムカーオはそっけなかった。「そんなことは問題じゃない」


4、


ベルリがジムカーオに掴みかかろうとした。ディアナは彼を手で制した。ディアナが尋ねた。

「サラは、ビーナス・グロゥブでスコード教の男性を愛して、クンタラの教義を捨てたのですね。肉体をカーバに運ぶ道具として考えるクンタラの教義を」

「肉欲の前では理想など滑稽な代物だからね」ジムカーオは冷笑した。「理想は語る人を選ぶのだ。だがね、言っておくが、結局はクンタラが勝利した。理性に働きかけて、行動制限により人類を正しく導こうとするスコード教の理念は失敗した。科学を使い肉体を捨てて環境負荷をゼロにしようとするジオンの理念も失敗した。メメス博士の計画こそ頓挫したが、結局残ったのはクンタラなんだ」

「いや、違うはずだ」ベルリが怒鳴った。「ザンクト・ポルトにいたカリル・カシスと仲間のクンタラもみんな死んでしまったじゃないか。グールド翁や、アメリアのクンタラも。共産主義者も民主主義者も、個人主義者も全体主義者だって、みんなみんな死んでしまったじゃないか。どんなに愚かだって、人間は一生懸命理想に辿り着こうと必死に生きていたじゃないか。なぜ人類を絶滅させてすべてを奪わなくちゃいけなかった? なぜぼくのガンダムは、救世主になれなかった?」

「救世主になったのさ。そのことを教えるために君をここへ呼んだんだ。このポンコツアンドロイドは見ての通り、脚がないからね」

「救世主にはなれなかったんだ」ベルリは俯いてドンと壁を叩いた。「みんな死んでしまった」

「自分も最初はそう考えた。だが違ったんだ。自分はラ・ハイデンに報告を行い、公安警察としての自分の役割は終わったものと考えた。だからそこでジオンの技術を拝借した思念体という形を捨て、文字通りに死んだ。無に還ろうとしたんだ。だが、死んだ先にあったのは、無とは程遠い世界だった」

「死後の世界へ行かれたというのですか」ディアナは驚いた表情で尋ねた。

「そうなるね。ところがどうだ、死後の世界は自分が想像していたものとはまるで違った。あそこは生命のプールだ。言語化するのはとても難しいが、黄泉の世界が地中に張った根の世界とすれば、現世は地表の世界だ。表裏一体だったのだよ。死後の世界はあまりに身近にあり、死後の世界が望んだものがこの世に現出しているに過ぎなかった。ジオンは人類を世界の観測者にしようと考えていたようだが、そんなものは必要なかった。我々の存在自体が世界を観測するための道具に過ぎなかった」

「突拍子もないお話ですね」

「自分はビーナス・グロゥブの公安警察として、数百年の時間をカール・レイハントンらジオンの内偵に当てた。レイハントン家とともにずっとトワサンガで過ごし、何度も姿形を変え、人を欺いてきた。だがそんなものは必要なかった。何も警戒する必要などなかったのだ」

「いや、違う。警戒しなきゃいけなかったじゃないか。地球は・・・、生命は、絶滅してしまった。ぼくの目の前で。なぜあなたはもっと確かな形で警告してくれなかったんですか。ぼくじゃ、世界は救えないと」

「世界を救ったのだよ」ジムカーオはあやすような声で話した。「もしあのまま地球がジオンの囹圄膜の中で保護されるべき存在になり果てていたら、それこそ黄泉の国の生命のプールは腐り果てて地球文明圏の未来は閉ざされてしまっただろう。ジオンという過去の遺物は完全に葬り去られなくてはならず、また地球の生命体もいったんリセットする必要があったのだ」

「なぜですか?」ディアナが睨みつけるように語気を強めた。

「開拓の時代が終わったからさ」ジムカーオは当たり前だと言わんばかりだった。「生命体が侵略的で、根から生じたものでありながら根だったころの記憶を持って生まれなかったのは、生命の源が惑星を開拓するためだったのだ。生命体が互いに争い、滅ぼし合い、激烈な競争を繰り返してきたのは、適者生存に勝ち残るためではなく、開拓をしながら生存可能地域を拡げ、観測区域を拡大するためだったのだ。人間はその最も有能な道具として進化を遂げた。我々は惑星の多くの場所を観測対象とし、宇宙に目を向け、やがて宇宙世紀がやってきた。戦争のための資源を求め太陽系へと進出し、やがて外宇宙へと出ていった。これは、地球圏にある生命の源の意志だったのだ。戦争は人間が愚かだから行われてきたのではなく、より強く、より遠くへ行くための知識の蓄積に必要だったからだ」

「それが開拓の時代?」

「生存可能地域の拡大を主目的とした時代のことだ。だがそれはどうやら終わったらしい。外宇宙へ進出していた人類がレコンギスタしてきたのはまさにそのためだ。地球圏の生命の源は、生存可能地域の拡大と観測という目的を終えて、新しい時代を迎えようとしている。開拓時代のために生み出された我々、そして君たちオールドタイプの時代は終わるのだ。人類はニュータイプに進化する」

「新しかろうと古かろうと、同じ人間じゃないですか」ベルリは納得しなかった。

「それが違うのだよ、ベルリくん。言ったろう? 開拓を目的とした我々は、より環境に適応して環境を克服する知能が必要だった。進化を促すために作られた生命体だ。だが、これから生まれてくる新しい人類はそうじゃない。彼らは、生命の源、わたしが死後の世界で糾合された生命のプールと直接繋がっているのだ。生命全体と意志疎通できるまったく新しい生物だと思えばいい。これから生まれてくる子供たちはすべて旧来の人類とはまるで違う目的を持った新種だ。遺伝子は人類と同じなのに、生まれてくる目的が違うと言えばいいのか」

「そんなことは信じられない」

「生命と生命の間にある断絶は、競争を促すために最初からプログラムされたものだった。君がわたしを信じられないのは、まさにこの断絶を利用して君の意志が競争に向かうよう設計されているからだ」

「生命の源がぼくらを設計した?」

「それ以外誰がそんなことをする? 最初からこの断絶がない人間が生まれてくる、旧来ニュータイプと呼ばれたものは、思念が生命の源に近づいた特殊な存在だった。だが彼らは、現象発現の端緒にいた存在に過ぎない」

「あの、ガンダムを操縦したアムロという人のことか?」

「君と一緒にいたあの少女などもそうだ。彼女は、亡くなった彼女の父親と、アンドロイド型のサイコミュを使って会話をしているだろう? あれがきっかけとなって、彼女の思念は死後の世界に存在する膨大な情報とコンタクトを取るようになった。なぁ、ベルリくん、そして月の女王ディアナ。すべての生命の実体はあちらの世界にあるのだ。あちらにある情報のプールこそが生命の本質だったのだよ。地球上で誕生した全生命体の記憶とコンタクトできる新人類などに、我々オールドタイプが太刀打ちできると思うか? それは最初から無理な話なのだ。地球圏に存在する巨大な生命の源は、観測された知識を回収しようとしている。だから外宇宙に進出した人類はレコンギスタしてくる。レコンギスタは、魂が地球に呼び寄せられて行われているものだ。もう人類の宇宙での活動は限界に達していて、呼び戻されているのだ。彼らが外宇宙で体験したすべての情報は、死によって回収される。そして次の宇宙への進出はやってこない。延々と、回収だけが行われるのだ。これからも続々と人類は地球に舞い戻ってくる。その情報を回収するために、ジオンの囹圄膜は邪魔だった。だから歴史は改変され、ジオンのシャアのサイコミュに固定化された残留思念は、君たちが思念体分離装置と呼ばれた場所に移され、消魂したのだ」

「ではなぜあなたは、わたしたちを呼び寄せたのですか?」

「それはわたしの因果というもの。自分は公安警察の人間だ。内偵をして報告をする。それがわたしの仕事である。死後の世界で自分が目にしたものを、誰かに伝えなければいけないと思った。ラ・ハイデンに会ったら伝えてほしい。ビーナス・グロゥブは破棄して、地球に戻って来いと。新しく生まれてくる子は、人類であって人類ではない。彼らは争いごとを起こさない。彼らは生命を無駄にしない。もう生命は毒を生み出さない。スコード教の時代は終わり、人は神と繋がるのだと」


次回、最終回第52話「理想」後半は、2022年2月15日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:124(Gレコ2次創作 第52話・最終回 前半)


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