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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第50話「科学万能主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第50話「科学万能主義」後半



1、


ザンクト・ポルトのレーダーが巨大な物体の地球接近をキャッチした。すでにザンクト・ポルトの住民の多くはアメリアへ亡命した後だったため、指揮を任されたウィルミット・ゼナムは、ナット全域にラライヤ・アクパールを招集するためのアナウンスを流した。

ところがやってきたのはクリム・ニックであった。

「あなたは・・・」

ウィルミットは自分の混乱する記憶に戸惑った。彼女にはうっすらとごく最近にクリム・ニックと面会したような記憶があり、彼が大気圏突入で死んだような記憶もあり、またアメリアの格納庫から忽然と姿を消したような記憶もあったからだ。彼女はどれが本当の記憶なのか自信を持てずに口ごもった。

そんなウィルミットに委細構わずクリムは管制センターに入ってくるや、レーダーにかじりついた。

「これはまたかなり大きい代物のようだ。大きさと質量は割り出せるのか」

「やってみます」

オペレーターはキャピタル・テリトリィ運行庁の新人が担当しており、ザンクト・ポルトの仕様には不慣れであったが、何とか計算をやり遂げてモニターに表示した。気を取り直したウィルミットも横に並んでそれを凝視した。彼女は地球に接近してくる物体の大きさに眩暈が起きそうであった。

「これは巨大隕石?」

「トワサンガのシラノ-5だ」クリムが断言した。「自然の隕石にしては速度が遅すぎる。カール・レイハントンがシラノ-5を移動させたのだろう。シラノ-5は資源衛星を改造してコロニー化したものだから、移動させてきたときの推進装置がそのまま残っているはずだ。500年前の技術だが、あいつは500年前に生きていた人間だからな」

「あ、そうだ」ウィルミットは重要なことを思い出した。「すぐにラライヤさんに管制センターに来るよう伝えてください。アナウンスを繰り返し流して」

「いや」クリムはウィルミットに向き直って首を横に振った。「あの娘はおそらくこちらには来ないだろう。ラライヤはもう我々の知っているラライヤではないのだ。どういう理屈かはわからないが、かなり古い時代の人格に乗っ取られてしまっている」

「ラライヤが?」と、ウィルミットは驚いて見せたが、心の隅ではそれはあり得ることだと納得していた。「彼女が持ってきたG-アルケインはユニバーサルスタンダードです。誰か他にモビルスーツの操縦が出来る人を探して!」

「あの地球に向けて飛んできている資源衛星を観測するのか?」とクリムが尋ねた。

「誰かに頼めないかしら」

「オレが行こう」クリムがモニターを凝視したままいった。「まだかなりの距離がある。望遠カメラで撮影すればいいのだろう? アメリア製のG-アルケインの望遠より、ビーナス・グロゥブ製のミックジャックの方がカメラ性能は上だ」

「ミック・ジャック・・・」ウィルミットはまたしても眩暈のように記憶の混濁を感じて、頭を左右に振った。「いえ・・・、なんでもありません。では、クリム・ニックに偵察を依頼します」

「すぐに出る」

クリムは管制センターを出ると、歓迎式典のために飾り付けがなされている式典会場へ急ぎ、そこで巨大なウェルカムボードを持った姿勢で停止しているミックジャックに乗り込んだ。

「よし、ミック、出撃だ」

ウェルカムボードを投げ捨てたミックジャックは、フォトンフライトで浮き上がるとすぐさま宇宙空間へ飛び出した。彼の青い機体はすぐさま巨大物体を捕捉してモニターに映し出した。データを管制センターに転送した彼は覚悟の定まった声で断定した。

「あれはシラノ-5だ。カール・レイハントンはあれを地球に落とすつもりなのだ」

ボンヤリと捉えられたシラノ-5をモニターで確認したウィルミットは、この情報を地球にもたらすべくあらゆる手段でビーナス・グロゥブ艦隊と連絡を取ろうと試みたが、なかなか上手く通信回路を開くことが出来なかった。

そこに、カリル・カシスが大きな荷物を持ってやってきた。立ち入り禁止だと制止する職員を押しのけた彼女は、大きな箱の上にポンと手を置いた。

「これを使うといいよ」彼女はいった。「これはジムカーオという人物に貰った通信機器で、少々の磁気の乱れがあっても連絡が取れる。アメリアのアイーダもこれを持っているから、これで話を伝えるといい。情報さえ伝えてしまえば、ビーナス・グロゥブの技術ならあれを捕捉できるだろう」

わずが10分後のこと。

アイーダの執務室の隠し部屋に置かれていた通信機が暗号通信をキャッチした。ビーナス・グロゥブ艦隊からの通信を受けてアメリア軍の編成を指示したばかりのアイーダが自らその連絡を受け、トワサンガの中核コロニーであるシラノ-5が地球に向けて移動しつつあることを知った。

ベルリの説得に応じたビーナス・グロゥブ艦隊は、ムーンレイス艦隊やメガファウナと合流して補給のためにアメリアへ向かっていた。ベルリからそのことを知らされたアイーダは、フォトン・バッテリーの供給を受けられると知って慌ててアメリア軍を再編成して連合艦隊に参加させる決断を下した。いったん組織を解体する準備までしていたアメリア軍は、上へ下への大騒ぎとなって、連合艦隊への補給物資の調達も含めて大変な騒ぎになってしまった。

議会はこの期に及んでもアイーダの勝手な決定を指摘して、すべてに議会の承認を得るよう求めてきていたが、アイーダは議員辞職も覚悟で連合艦隊への参加を決断した。

そこへ飛び込んできたのが、シラノ-5が地球に向けて動き出したとの知らせだったのだ。

アイーダは慌ててベルリに連絡を取り、事実をありのまま伝えた。

「トワサンガのシラノ-5って、小惑星でしょう?」ベルリの声は驚きに満ちていた。「レイハントンは隕石落としをやるほど人類を憎んでいるんですか!」

「もしあのままマニィ・リーがアメリア上空でフルムーン・シップを爆発させていたら、もっと酷いことになったのです。でもそれは、ラ・ハイデンの方針だった。それは何とか避けられましたが、今度はレイハントンが地球を破滅させようとする。一体我々がどれほど悪いことをしたというのですか!」

「そうか、姉さんには歴史が書き替えられた記憶がないんだ」

「何のことですか? わたしは・・・、いえ、たしかにここ数日おかしいのですけど」

「わかりました。すぐにラ・ハイデンに伝えます。姉さんは補給の準備を」そういってベルリは通信を切断した。

「わかったぞ」ベルリは独り言を呟いた。「歴史を書き換えた記憶はぼくとノレドにしかないんだ。そしておそらくラライヤとリリン。時間を飛び越えた人間だけがフルムーン・シップの爆発で人類が滅びたことを知っている。後の人間は記憶の隅に別の情報が入り込んだような状態なんだ。すべての元凶は、カール・レイハントンにある! やはりあの男を倒さない限り、人類はここでお終いになってしまうんだ」

ベルリからの報告を聞いたラ・ハイデンは、深い溜息をついてうろたえるブリッジの人間を手で制した。

「了解した。だが、シラノ-5ほどの大きさの質量爆弾となると・・・。いや、おそらくは10日前後は時間の猶予があるはずだ。それまでに連合艦隊の再編成を済ませて、全軍でシラノ-5の破壊に全力を尽くそう」

そう指示したラ・ハイデンであったが、彼はシラノ-5を破壊するまでにかかる時間や、消費される兵力を考慮して暗澹たる気持ちになるしかなかった。

たとえシラノ-5の破壊に成功しても、壊れた破片の軌道を変えることが出来ず、そのひとつでも地球に降り注げば地球が破滅することは確実であったからだ。

ラ・ハイデンは、ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類を、そのまま放置するつもりはなかった。最悪の場合、アースノイドを見捨てる覚悟も決めていたはずだった。事実、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが無断で搬出された場合に自爆させるよう命じたのは彼だった。

「宇宙世紀の黒歴史を繰り返させるわけにはいかない。だが、カール・レイハントンという男の妄執はいったい何なのだ。あいつはいったい人類をどうしようというのか」


2、


ビーナス・グロゥブ艦隊とムーンレイス艦隊は、アメリアで急ぎ補給を済ませた。大慌てでコンテナを運び入れただけで、彼らはUターンするように宇宙へ向けて発進した。メガファウナの艦内も慌ただしく人が往来していた。やるべきことは多く、人員は足らなかった。

「なんだって!」ドニエル艦長が叫んだ。「ムーンレイス艦隊にはディアナさまもハリー・オードもいないというのか?」

ムーンレイス艦隊の代表代行はすまなそうに肩をすくめた。彼女は目まぐるしく変わる状況に混乱している様子がうかがえた。

「おふたりは、メメス博士の痕跡を探るために、キャピタル・テリトリィのビクローバーという施設に赴かれました。わたくしどもも、せめてどちらかおひとりでも合流していただかないと」

「通信だ。ベルリー!」ドニエルのだみ声が放送を通じて艦内に響き渡った。

その声を聞いたベルリがブリッジに急ごうと廊下を移動していると、背の高い男が彼の前に立ちふさがった。包帯だらけの男は、手で身体を支えなければ立っていられないほどの怪我を負っていた。

「ルイン・・・、さん」

「マニィが死んだよ。全部オレのせいだ」ルインがいった。「隕石落としのことは聞いた。あんなものが落ちれば地球は破滅する。だから、オレを出撃させてほしい」

「カバカーリは回収されてます」ベルリが応えた。「本当は休んで身体を治してくれと言いたいところですが、ぼくも死ぬ気でいます。ルインさんも戦ってください」

全身に大怪我を負っていたルインは、それ以上軽口を叩く元気もなく、ベルリの肩をポンと叩くと、パイロットの更衣室へ急いだ。ベルリはその姿を振り返ることもせず、ブリッジへ上がった。するとドニエルが手招きをして事情を話してから艦長席の通信機を渡した。

「オレはキャピタルの事情に詳しくない。お前から頼むよ」

通信器を受け取ったベルリは、キャピタルの名ばかりの独裁者になっているケルベス・ヨーに連絡した。話を聞いたケルベスは、ディアナ・ソレルとハリー・オードを見つけ出してすぐにでもクラウンでザンクト・ポルトに搬送すると約束してくれた。

「艦隊を割く余裕はないですから、ソレイユだけはザンクト・ポルトに立ち寄ってから再度合流する形でいいと思います」

ムーンレイス艦隊の代表代行の女性がモニターに映し出された。

「我々の艦隊全部がザンクト・ポルトに立ち寄っていいのでしょうか?」

ベルリとドニエルは顔を見合わせたが、すぐにベルリが首を横に振った。

「大変な質量のものを破壊しなければならないので、ソレイユだけでお願いします。モビルスーツはオルカに移動させていただけるとありがたいです」

「全軍の指揮はどなたが?」

「それは、ラ・ハイデン閣下でいいと思います」

そんなことも決まっていないままの出撃だったのだ。さらにラトルパイソンからも通信が入ってきた。モニターに映ったのはアイーダであった。アイーダは矢も楯もたまらず宇宙へ上がってきてしまったのだ。

「姉さんは」

と怒った顔で何か話そうとしたベルリの言葉をアイーダが遮った。

「シラノ-5が地球に落ちるということは、人類がかつての恐竜のように滅びるということです。どこにいたって同じですよ。そうではありませんか」

ベルリは何か言おうとしたが、思いとどまった。ベルリとアイーダはそれ以上会話を交わさず、アイーダはドニエルと作戦について打ち合わせ、ベルリはブリッジを後にした。

ノレドはブリッジの外で待っていた。

「あたしだって何かできるんだよ」

「残念だけど、あのラライヤが持ってきたG-セルフはひとり乗りだし、連れて行くわけにはいかないよ。それに・・・」

「せっかくガンダムを複座に改造してもらったのに、ゴンドワンのあの男が」

「あの人が誰なのかぼくは知らないけど、ガンダムを操縦できる人なんだし、きっと大きな役割を持っている人物じゃないかな。リリンちゃんもこうなってしまうと・・・、あの男の人が特別な人だって信じなきゃ、何もかも救われない」

「ベルリ・・・」ノレドは心配そうにベルリの手をそっと両手で包んだ。

「半年前にぼくらが時間を遡ったとき、フルムーン・シップの爆発さえ阻止すれば、ラ・ハイデンも説得できて、何もかも良くなると思っていた。ぼくは自分が正しい答えを見つければ、すべてが上手くいくと思い上がっていた。でも事実はまるで違ってしまった。ぼくらは何を間違っていたのだろう?」

「何も間違ってなんかないよ」ノレドが慰めた。「ひとつの大きな危機は回避させたんだもん。でも何かもっと大きなことがわたしたちが知らないところで起こっていて、それはわたしたちではどうしようもないことだったんじゃないの?」

「すべての人類の思念を分離させて特異空間を作り出した人物がいないと、ぼくらの身に起こった出来事は説明できない。そんなすごいことが出来る人がいるのに、世界はもっと破滅的な出来事に直面しようとしている。なぜこんなことになってしまったのだろう?」

運命は偶発的な出来事の積み重ねであったが、世界の理不尽を解釈して提示する役割は宗教家が担っていた。

示し合わせたわけでもないのに、キャピタル・タワーの最下階と最上階で同時に演説が始まろうとしていた。最下階ビクローバーのスコード教大聖堂に登壇したのは、ディアナ・ソレルであった。

南極上空で起こった爆風を避けるため、多くの避難民が押し掛けたビクローバーの中では、クンタラに対する差別が横行してあちこちで揉め事が起きていた。内部の調査を行っていたディアナ・ソレルとハリー・オードは、アメリアのクンタラ研究家だと誰かが知らせたらしく、事態を収拾させるために呼び戻されたのだった。

ディアナは黙って登壇し、人類を破滅させようとしている人物について語り出した。その人物は遠い遠い昔にも同じことを試み、アクシズを地球に落下させようとして失敗した。その恐ろしい行為を阻んだ人物を偶像化したものがカバカーリであり、カーバは科学によって歪められなかった人間が、魂を運んでいく場所であると彼女は語った。アクシズに奇蹟とは、クンタラとスコードを同時に発生させたのだと。

人間は、その科学力で生命の在り方を変えようとした。ニュータイプへの進化さえも科学の俎上に乗せて研究されたが、それを拒否したものがクンタラで、制御しようとしたものがスコードであると。

ディアナの話は、争いごとに疲れていた多くの人々に受け入れられ、喝采を浴びた。そのあとすぐに彼女はケルベスによって連れ去られ、クラウンに乗せられてしまったが、ゲル法王によって示されたクンタラとスコードが同じ源を持つものだとの教義は、ディアナによってはじめてキャピタルに紹介されたのだった。

群衆の中にはグールド翁もいた。彼はアメリアで同じ話を聞いたとき、ずいぶんと憤慨してその考えを否定したが、キャピタルで本物の差別を初めて目の当たりにした経験から、自分たちがやってきた威圧的方針では物事は解決しないのだと思い知らされ、敬虔な気持ちで耳を澄ませていた。

グールド翁は、被差別者としてのクンタラの立場を大いに利用してきた人間であったが、アメリアにおいて本当の意味で差別を受けたことはなかった。彼は豊かな家に生まれ、一族は成功者ばかりだった。彼にとって、差別はただの情報に過ぎなかった。それが違うと、彼は理解したのだ。

まったく同じ話は、キャピタル・タワー最上階であるザンクト・ポルトのスコード教大聖堂でもなされた。登壇者はゲル法王で、彼は改めてスコードとクンタラの和解を解き、人間の一生を科学力によって極端に歪めることが反スコードであるばかりでなく反クンタラでもあるのだと力説した。

ザンクト・ポルトでそれを聞いたのは、主にゲル法王が起こした新宗教の関係者と法王庁の人間であったが、彼らはシラノ-5が地球に向けて動き出したことを知らされていたので、アクシズの奇蹟の再来を願って法王の説法に熱心に耳を傾けた。

人工宗教であるスコード教に参加しなかったクンタラとスコードの違いを再確認した彼らは、キャピタル・テリトリィで自分たちがクンタラへの差別行為を黙認してきたことを激しく悔やんだ。同根でありながら決して交わることのなかったふたつの宗教は、いまその発生のきっかけになった出来事の再来を前に、歩み寄るきっかけを掴みつつあった。


3、


シラノ-5の地球への落下を阻止できなければ地球は滅亡する。その事実を前に人類は激しく動揺していた。メガファウナにおいても乗員たちの口数は減り、大気圏を離れて宇宙に出るとさらに会話は少なくなった。彼らには多くのやらねばならない仕事があり、それに集中することで恐怖を克服しようと必死だった。

メガファウナのデッキに、サイズが一回り大きい謎のモビルスーツが着艦した。ブリッジのメインモニターにその姿は映らず、出現は唐突であった。唖然としてそれを見上げるアダム・スミスは、開いたコクピットからノーマルスーツを身に着けた小さな少女が飛び出してくるのを見た。

もうひとりの男はアダム・スミスの傍に降り立つと、接触回線でベルリを呼び出すように告げた。本来であれば彼は不審者として扱われなければならないところであったが、軍規などいまとなっては意味のないことのように思われ、アダム・スミスは大人しくベルリを呼び出した。

ベルリがガンダムの姿を発見するのと、ノレドがリリンを見つけたのは同時であった。ノレドは抱きついてくるリリンをしっかりと抱きしめ、ベルリは壁を蹴って男の傍に急いだ。

「ベルリくん」男が接触回線で告げた。「ガンダムは返す。今度出撃するときは必ず恋人とあの娘を乗せて出撃してくれ。勝手にいじって悪いが、バックパックは外させてもらったよ」

「バックパックは荷物入れみたいなものだったからいいですけど・・・、あなたは一体誰なんですか。何をしようというのですか。なぜガンダムを操縦できるのですか?」

「シャアは、ぼくが連れて行かねばならない男だった。何千年前の失敗をいま取り戻そうというのさ」

「シャア?」

「カール・レイハントンのオリジナルの人格のことさ。いまの彼はぼくといっしょで随分と糾合が進んで別人格になってはいるけどね。大体察しはついていると思うけど、ぼくはこの世に生きているわけじゃない。もうとっくに死んだ人間さ。それより、少し話せるかな」

ベルリは空気が抜かれたモビルスーツデッキから、ヘルメットを外せる場所まで男を案内した。ふたりは同時にヘルメットを脱ぎ、真正面から向き合った。

「君には随分いろんなことをさせてしまった」アムロはいった。「君を試したわけじゃない。必要なことだったんだ。わかってほしい」

「ぼくは・・・、結局何が正しいのか見つけられませんでした」

「いや、そんなことはないさ。君はずっと正しいことを成したんだ。それは誇っていい。でもこれで終わりじゃない。君にはまだやらねばならないことがたくさんある。生きてるんだからね」

「あなたはガンダムに乗らなくていいのですか?」

「悪いがガンダムを置いていく代わりに、君のG-セルフは使わせてもらう。あれはジオンが組み立てたものだが、設計図を作ったのは君の父親になる。あれに乗るのは、最初から僕の役目だった。君は巻き込まれてしまっただけだ」

「リリンちゃんはメガファウナに残していきたいのですが」

「それはダメだ」アムロは首を横に振った。「彼女を守りたいのなら、彼女もガンダムに乗せなさい。ぼくは君に多くのことを教えてあげられないけど、信じてくれると助かる」

「わかりました」ベルリは頷いた。「ずっとあなたと一緒だった気がします」

「遥か未来の人間は、人間の因果律を計算式で求めることまでできるようになった。でもそれは、大きな出来事を予測する手段であっても、何もかも見通せるわけじゃない。未来は小さな出来事ひとつで大きく変わる。結局未来は、不確実なままなんだよ」

「あなたはG-セルフで何を成そうというのですか?」

「ぼくは、過去にやり残したことをやるだけさ。君が人類に絶望しなかったおかげで、未来は少しだけ拓けたんだ。それがたとえ君が望む最良の未来でなかったとしても、君は自身が考え続けてきたことを財産にして、その世界を生きなきゃいけない」

そう告げると、男はベルリの目の前から姿を消した。同時にモビルスーツデッキからG-セルフの機影が虚空に消えるようになくなった。

「なんだったの? ベルリ」ノレドが心配そうにやってきた。

「ぼくら3人は、あのガンダムで出撃する。本当は、ノレドやリリンちゃんを巻き込みたくはないのだけれど」

「一緒だよ」ノレドはリリンの頭を撫でた。「このままシラノ-5が地球に落ちちゃったら、どこにいようが結果はおんなじだもん」

ベルリはリリンのあどけない顔を見て、なぜこの少女まで戦闘に連れ出さなければいけないのかと暗澹たる気持ちになったが、リリンは一向に平気な様子で、少し眠たそうにしているだけだった。

ノレドらはいったん部屋に下がり、休むことになった。雑用に駆り出されていたパイロットにも休息命令が出され、出撃に備えて食事と睡眠の時間が与えられた。

ベルリはベッドに横になり、リリンがかつて言ったことを思い出していた。リリンは、彼女にしか見えない未来に、カバカーリであるガンダムがスコードを倒すと明言したのだ。スコードを倒すとはどういうことなのか。そもそもスコードとは何を表しているのか。

そんなことを考えながら、ベルリはいつしか眠りに就いていた。


4、


惑星間航行を日常的に行っているビーナス・グロゥブは、シラノ-5破壊任務を侮っていたところがある。彼らは隕石粉砕用の強力なビーム兵器を有しており、それらを集中すればコロニーに改造され中央部が空洞になっているシラノ-5ならば容易く破壊できると思い込んでいたのだ。彼らの心配はむしろ、破壊された破片がバラバラになって地球に降り注ぐことだった。それでも各都市に甚大な被害が出ると予想されていた。

なるべく地球から離れた場所で初弾の粉砕を行い、破片の軌道計算をして被害が大きいと判断されたものから順次対応するとの作戦が了承され、隕石用のビーム兵器を積んだ船が先行してシラノ-5に接触した。周囲にはカール・レイハントンを警戒してモビルスーツが出撃して護衛任務に就いた。

いまにもシラノ-5への攻撃は開始されようとしていた。メガファウナはかなり離れて見守っていた。衛星が破壊されたのちは、彼らも破片の軌道を逸らせるために出撃しなければならない。

「推進装置はそのままみたいだ。クルっとひっくり返して逆噴射かけられないのかな」

ブリッジでは口々にいろんなことを言い合っていた。緊張感はあるが、まだそれほど切羽詰まった雰囲気ではなかった。

「そんなことしたら、今度は回転を止められなくなるよ」

ノレドとリリンをガンダムに乗せて出撃させろとの忠告を受け、ベルリはふたりにピッタリのパイロットスーツを用意してもらっていた。メガファウナ専属の仕立屋であるアネッテ・ソラは、予備の宇宙服の丈を直してすぐにリリンの身体に合わせたものを仕立ててくれた。ノレドはまるで母親のようにリリンにつきっきりで世話をしていた。その方が気が休まるとの話であったので、ベルリは口を出さなかった。

艦内にアナウンスが流れ、クレッセント・シップが最初の隕石破砕レーダーを撃ち込んだ。乗員たちは近くにあるモニターに釘付けになった。

「命中したんだろ?」

「いや、おかしいな。何か変だ」

先行した戦艦が撮影したシラノ-5の映像が映し出された。距離があるためそれほど鮮明ではなかったが、すでに加速と軌道修正は終わり、この資源衛星コロニーは慣性で地球めがけて進んでいた。その全体に、虹色の膜のようなものが張っているのが見て取れた。

それは、地球をすっぽりと覆っていたものと同じ、ジオンの兵器だった。ベルリははたと気がついて、ラ・ハイデンに回線を繋いでもらい、回避された歴史でビーナス・グロゥブ艦隊があの膜を突破できずに地球降下を断念したことを話した。ジムカーオと邂逅したラ・ハイデンはすぐに納得した。

「あれは物理的なものは通さない膜です」

「そのようだな」ラ・ハイデンは頷いた。「見たところ、エネルギーを遮断しているのではない気もする。あの膜が我々の世界とジオンの思念体の世界を隔てる境界になっているのではないか」

「詳しく説明している時間はありませんが、内部からの攻撃で膜を吹き飛ばすことはできます。ぼくが乗っているガンダムという機体はあの膜を越えたことがあります。ジオンの作ったモビルスーツならばあの膜を越えて内部に潜入できると思います」

「こちらにモビルスーツ用の高速のシャトルがある。それを使うか?」

「いえ、ガンダムは時間も空間も超えられますから、大丈夫です」

そこにルインの通信が割って入った。

「ラ・ハイデン閣下にお願いしたい。その高速シャトルを自分に使わせてください」

「シャトルの数は揃っている。使うがいい。ただ、危険な任務だということはわかっているだろうな」

「無論です。自分はクンタラの汚名を雪がねばなりません」

「ガンダムは先に出ます」

それだけ告げるとベルリは通信モニターから離れた。そしてできればノレドとリリンは置いていきたいとしばらく逡巡したが、ふたりは準備を済ませ、ベルリのヘルメットを持って待っていた。

「行くんでしょ?」ノレドがいった。「もうこうなったらしょうがないもん」

3人はすぐさまガンダムに乗り込み、メガファウナのモビルスーツデッキから機体を飛び立たせた。

「ガンダム、行きます!」

すると、3人を乗せた白いモビルスーツはその場から忽然と姿を消したのだった。

そのころザンクト・ポルトにはディアナ・ソレルの旗艦ソレイユが慌ただしく出航しようとしていた。ビクローバーでメメス博士の痕跡の調査を行っていたディアナとハリーは、クラウンを使い最高速で宇宙へ駆けあがると、準備万端整えて到着を待っていたウィルミットに送り出されるようにすぐさま船に乗り込んで連合艦隊の後を追いかけたのだった。

ソレイユにはクリム・ニックのミックジャックと、ラライヤのG-アルケインも積み込まれた。代わりにザンクト・ポルトに残ったのはアイーダであった。

彼女は慌ただしい時間の中で、ディアナからメメス博士のことを聞くと、気になることがあってザンクト・ポルトに残ったのだった。ウィルミットはアイーダの行動を不思議に思ったが、彼女はアメリア軍の総監である自分が同行すると指揮命令系統が狂うのではないかと心配していた。

「それに、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂も、もっとしっかり調べてみたいのです」

「なるほど」ウィルミットは頷いた。「それにはわたくしも同行させてもらいますよ。月で冬の宮殿というものを目の当たりにして、いろいろ思うところがあるのです。お邪魔かしら」

「いえ」アイーダは首を振った。「心強い限りです」

アイーダとウィルミットを残し、ソレイユは最大戦速で連合艦隊との合流を目指した。ソレイユのブリッジには、ラ・ハイデンの旗艦から逐次情報が届けられていた。しばらく進んだところで、第一射の攻撃が不発に終わったとの報がもたらされた。

「まだシラノ-5の地球到達までは時間がありますけど、攻撃を受け付けないというのは軌道を逸らせることもできないということですね」

「あの虹色の膜がシラノ-5を覆っているとなると厄介ですね」

ブリッジでこのような会話が交わされていたとき、モビルスーツデッキではラライヤが手を振ってクリムを招き寄せていた。クリムは彼女が何か別の人格に支配されていることを知っていたので警戒したが、ラライヤの身体に入ったその人物はすぐに出撃するとクリムに告げた。

「G-アルケインを変形させれば、ソレイユよりはるかに早くシラノ-5に到達できます」

「そうだろうが、何かまた虹色の膜が覆っているって話だったぞ」

「あれは囹圄膜といって、残留思念が保存されるエネルギー体です。あなたとわたしは、あれを突破できます」

「そうなのか?」

「ついていらっしゃい」

こうしてラライヤとクリムは、ディアナの許可も取らずに勝手に出撃した。事後報告を受けたハリーは激怒したが、ディアナはそれを手で制した。

「彼らは自由にさせてあげましょう。わたしたちには別にやることがあります」

カール・レイハントンが宙域に気配を察したのは、間もなくのことだった。月の裏側のラビアンローズ内で待機して事態を観察していた彼だったが、シラノ-5付近にアムロ・レイが出現したのを感知したのだ。

「あいつはやはり向こうへ行ってしまったか。何千年経ってもわからんとみえる。タノ、ヘイロ、出撃だ。何とかあいつを捕まえて仲間にするつもりだったが、もうこうなったら委細構わん。アムロ・レイやベルリ・ゼナムの思念でもう一度地球に囹圄膜を張る。そしてシラノ-5で人類を絶滅させてくれよう」

カール・レイハントンはカイザルに乗り込み、タノとヘイロを従えてラビアンローズを後にした。ラビアンローズは無数のスティクスに取り囲まれていた。それはまるで銀色の魚影のように月の裏で怪しく輝いていた。


「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:121(Gレコ2次創作 第50話 後半)

次回、第51話「死」前半は、2022年1月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第50話「科学万能主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第50話「科学万能主義」前半


1、


ベルリはビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデンに対し、ジオンと戦えと指を突き付けた。虚を突かれたラ・ハイデンは含みのある顔でもうしばらくベルリの本心を聞き出そうとした。

「我々に対して、ジオンを制せと。だがあの者らは思念体という特異な存在だ。幽霊のようなもので、あれは倒せぬ」

「人間の残留思念がどうなるのか、死んだことのないぼくにはわからないことが多くあります。しかし、ぼくは彼らから供与されたガンダムという機体に乗って何度か彼らと接触していますし、彼らと情報を同期した経験もあります。彼らはアバターと呼ばれる生体がなければ、現実世界で活動できません。そのアバターを作り出しているのはラビアンローズです。あれを破壊すれば、彼らは目的を果たせないと考えます」

「わたしはジムカーオというビーナス・グロゥブの公安警察にいた者と少し前にまみえたことがあるのだが、彼の目的は君と同じラビアンローズの破壊であった。彼はレイハントンの仕掛けをよく見抜いていて、彼が活動している間はカール・レイハントンはこの世に出てこなかった。そうか、だからビーナス・グロゥブに姿を現したわけか・・・」

「ぼくは月に封印されていたムーンレイスを覚醒させてしまったとき、なぜレイハントンが彼らを滅ぼさずに眠らせていたのかわからなかった。でもいまとなってはわかります。ムーンレイスの技術は、ジオンが地球圏を脱出して外宇宙に逃れた後に生まれた文明の産物なのです。あの縮退炉の技術は、ジオンは持っていない。ジオンは思念体という特異さに気が向かいがちですが、あれは科学万能主義です。ニュータイプ研究を突き詰めすぎて肉体を捨てて永遠に生きる手段を獲得しているので惑わされがちですが、やっていることは宇宙世紀時代と変わっていない。大昔にビーナス・グロゥブの集団と接触したのも、フォトン・バッテリーの技術や胚状態での遺伝子保存などの技術が欲しかっただけだと思われます。ムーンレイスを生かしたのも、技術の保存が主な目的で、そうやって彼らはあらゆる技術をラビアンローズに詰め込んでいく。モビルスーツで戦っていた時代そのままに」

「その意見に反論はない」

「対してビーナス・グロゥブは自然回帰主義です。地球環境の正常化を、アースノイドの支援を続けながらずっと待っていた。ビーナス・グロゥブの人々はあまりに我慢強く待ち続けたために、ムタチオンに苦しめられている。あの人たちには、地球の重力が必要なはずです。レコンギスタは遠からず必ず果たさねばならない。地球は間もなく凍りつきます。地球の自然は、ビーナス・グロゥブの人々が望むような実り豊かな自然ではなくなります。人類はしばらく争い、奪い合い、科学技術を駆使するでしょうが、その努力は実ることなく尽き、心配事は今日食べるものだけとなるでしょう。もしその状態を放置すれば、地球は暗黒期を迎え、ビーナス・グロゥブは再び最初からやり直すことになるかもしれない。言語だってバラバラになるでしょう。だからぼくの言いたいことはこうです。共に戦い、宇宙世紀時代の遺産である科学万能主義の象徴ラビアンローズを破壊して、最低限の文化の維持のためにフォトン・バッテリーを供給してこの地球にやってきてほしいと。そして、文明を失う人類に、ビーナス・グロゥブを見せてほしいと。人間が文明の輝きを見失わないよう見守ってほしいと」

ラ・ハイデンに対して堂々と意見具申するベルリの姿を見ていたウィルミットは、本然と悟ったのだった。自分が求めていた真の男とは、よそからやってくる誰かではなく、こんなに身近にいたのだと。

「まぁあの子が・・・、ベルリ坊やが・・・」

ラ・ハイデンの決断は早かった。

「ベルリ・ゼナムの申し出を受け入れよう。ラビアンローズ破壊までの期間、ヘルメスの薔薇の設計図に基づくモビルスーツの使用を許可し、フォトン・バッテリーの供給を認める」

ベルリはパッと顔を輝かせて、さらに申し入れを行った。

「地球で最も戦力が温存されているのはアメリアです。いったんアメリアにいる姉、アイーダ・スルガンのところへ。そしてムーンレイス艦隊とともに、ラビアンローズの破壊を」

ベルリの進言をすべて受け入れたラ・ハイデンとビーナス・グロゥブ艦隊は、一路アメリアを目指した。その途中でムーンレイス艦隊も彼らの合流した。ベルリはディアナ・ソレルにクンタラのことについて相談するつもりでいたが、艦隊にはディアナもハリー・オードもいなかった。

クレッセント・シップからメガファウナに対してフォトン・バッテリーの供給がなされた。クレッセント・シップには全人類が半年以上暮らしていけるだけのフォトン・バッテリーが満載されている。そのエネルギーが一度に爆発した衝撃はすさまじい。フルムーン・シップは大気圏のかなり上層で爆発したために爆発エネルギーの大半は宇宙に放出された。おそらくはオゾン層に深刻なダメージを与えているだろう。

こうして人類は地球を汚染していくんだとベルリは悔しい気持ちになった。人間が地球を汚染し続ける限り、ジオンの正当性は強化されていくのだ。

だが、彼らの文明に内在し根幹をなす科学万能主義は、果たして自然の対立概念たり得るのだろうか。科学とは人間が知り得た明文化された自然に過ぎないのではないか。何百年も肉体を保たせる技術、人間の思念の身を分離して生体人形を作りその中に入る技術、ムタチオンによる肉体の劣化を補う技術、それらは一見反自然的なものに見えるが、自然を否定するほどの大きさを伴ったものなのであろうか。

科学は、ともすれば反自然的なものとして概念上整理される。そして科学は自然主義によって否定されたり、忌避されたり、あるいは自然との親和性がある科学が模索されたりしてきた。クンタラはまさに科学万能主義を否定する立ち位置にいる。ベルリにはそれも疑問に思えるのだった。自然と科学を対立概念として扱うこと自体が間違っているのではないかと。

そのとき、せわしなく人が行きかうデッキからアダム・スミスの声が響いてきた。

「ベルリ! ボーッとしてないで動作テスト!」

「ああ、はい。すみません!」

G-セルフはフォトン・バッテリーの交換が終わり、戦う準備が整った。この機体にはサイコミュが搭載されているが、ジオンが製造したもので、使われている素材などは不明なままで、レイハントン・コードの確認も行われない。

ベルリは座席に背中を押しつけて、天を仰ぎ見た。そこにノレドがやってきてベルリに身体を寄せた。ベルリはわざとノレドに聞こえるように独り言を呟いた。

「G-セルフはドレッド家のクーデター後に建造された機体で、死んだロルッカさんとミラジさんがレイハントン・コードだけ慌てて取り付けた、もとはといえば軍の採用を目指した機体だった。でも、この機体の設計図を遺したのは父さんだ。父さんはなぜサイコミュが搭載されたこんなものを遺したのだろう?」

「気になるの?」ノレドが尋ねた。

「すごく引っ掛かるんだ。父さんはニュータイプのことを知っていたのだろうか? それとも、トワサンガにも裏のヘルメス財団があることを知っていたのだろうか? カール・レイハントンのことをどれだけ知っていたのだろう? それとも何も知らなかったのだろうか?」

「サイコミュのことを知っていたかどうかも怪しい」

「うん。ぼくと姉さんは、メメス博士の娘サラの遺伝子をそのまま受け継いだ子供の子孫だという。メメスとサラはクンタラで、クンタラだけのために行動している。トワサンガは、ビーナス・グロゥブを追放されたクンタラだけで大きく発展していった」

「タワーの建造もシラノ-5の建造も全部クンタラの偉業なんでしょ?」

「そうだ。科学万能主義のジオンは大執行の日まで姿を隠した。クンタラは自分たちがクンタラであることを忘れながらトワサンガで栄えた・・・。なぜトワサンガの住人は自分たちがクンタラの子孫だということを忘れてしまったのだ? ヘルメス財団の仕事をするためにスコード教に改宗したのか? ノレドの家と同じなんだろうか? メメス博士の子孫を王に抱く王政国家が、クンタラであることを忘れるはずがないじゃないか」

「そっか。スコード教じゃなければ、フォトン・バッテリーの中継地の仕事はしていられない。だって宗教儀式ばっかりだもん」

「そもそもクンタラ国にしたっていいはずじゃないか。でもそれはしなかった。むしろレイハントンの名前を使っている。これってどう解釈すればいいと思う?」

「んー」ノレドは顔をしかめた。「もしかして、全員ジオンのアバターだったんじゃないの? ウィルミットさんがジムカーオさんにスカウトされて裏のヘルメス財団の仕事をしたとき、エンフォーサー・・・というか、アンドロイドも一緒に働いていたと言っていたよ。ジオンもさ、もしかしたら一枚岩じゃなくて、派閥があったとか。メメス博士とサラの目指しているものが違っていたとか?」


2、


クリム・ニックがザンクト・ポルトにやって来てからかなりの時間が経っていた。

彼は目立たぬよう宿で大人しくしていたが、そんな彼の耳にも地球を覆っていた虹色の膜がフルムーン・シップの爆発の影響で吹き飛んだことや、ザンクト・ポルトに立ち寄ると思われていたビーナス・グロゥブ艦隊が直進して大気圏突入を果たしたことなどはニュースとして入ってきていた。

準備されていた式典は取りやめになったが、準備されていた横断幕などはそのままにされると知り、ウェルカムボードを持たされたミックジャックはしばらくそのままにしておけそうだった。

クリム・ニックは、虹色の膜について複雑な感情を抱えていた。虹色の膜は彼が捨てたカプセルが爆発すると同時にその場所から大きく拡がっていったのだ。この数日部屋に籠って独りで考えることの多かった彼は、シラノ-5に潜入したとき、カール・レイハントンに会おうとしてミックジャックを離れたときのことを思い出していた。

モビルスーツデッキに潜り込んだ彼は、機体を離れてカール・レイハントンの愛機だというカイザルのコクピットを開けようとした。すべてに要した時間は2時間を超えることはなかった。その間にジオンがミックジャックに何かの細工をしたのではないかと彼は考えた。

なぜなら、ビーナス・グロゥブ艦隊にしろ彼にアイーダ暗殺を命じたスコード教幹部にしろ、地球全体を覆うほどの大掛かりな細工をする理由がないからだ。あの膜がどのような性質を持つにしろ、地球攻撃の邪魔になるようなことはしないはずであった。

「やはりジオンか」

そう考えると納得いくところが多かった。

それだけでなく、クリムにはあの虹色の膜に特別惹かれる気持ちもあった。なぜだかはわからないが、あの膜が自分を守ってくれているような気がした。膜が消えたときの大きな喪失感の理由を彼は考えた。そして、カール・レイハントンに会おうとした理由を思い出した。クリムは、スコード教幹部に、アイーダを暗殺すればミック・ジャックを生き返らせると約束を持ち掛けられたのだ。

そんなことが本当に可能なのかどうか、クリムはカール・レイハントンに尋ねようとした。結局彼に会うことはできなかったが、応対したジオンの女は、ミック・ジャックは機体のサイコミュの中にいると教えてくれた。サイコミュとどう対話していいのかわからないまま彼は大気圏突入を試み、そして・・・。

「途中で離脱したんだ。そのはずだ」

しかし、クリムには別の記憶もあった。ミック・ジャックと再会して、凍り付いた海を上を互いに温め合いながら飛行した記憶だ。あれは夢だったのか・・・。それはどんな夢だったか・・・。もしかしたら、自分はあの大気圏突入のときに死んでいたのではないか・・・。

「くさくさしてても仕方がない!」

気を取り直した彼は、新たな自分がやるべきことを探すべく、外へ繰り出した。すると、人混みの中にラライヤの姿を見つけた。彼女は夢遊病患者のようにぼうっとしており、足元もおぼつかないほどだった。話しかける前に、彼女がひとりかどうか跡をつけて確かめた。

ラライヤには小柄な女性が接近して何事かを話していた。ラライヤは体調が悪いのかボーっとしており、スコード教大聖堂の中にフラフラと入っていった。

後をつけたクリムもなかに忍び込み、カーテンの陰にそっと隠れてふたりの会話を聞いた。小柄な女がラライヤに対してこういった。

「カール・レイハントンをカーバに引きずり込む計画は中断します。彼がシラノ-5を地球に落とすのを待たねばなりません」

ラライヤは、とても彼女とは思えない別人のような声でこう応えた。

「ひとまず人類の滅亡は回避しました。あなたが何もかも教えてくださったからですね。感謝します」

ラライヤの言葉を聞き、サラは驚愕の表情へと変わった。ラライヤは、あるいはその肉体を支配した存在は続けた。

「人間の思念は器の形に大きく左右されるというのは本当のようです。この肉体を作ってくれたおかげで何千年も前の自分の記憶まで蘇ってくるような気がします」

「それはあなたにジオンの亡霊を亡きものにする役割を与えたからでしょう」

「あなたの計画のおかげでわたしはジオンがどのようなことを計画して何を成そうとしているのかつぶさに見ることが出来ました。あなたには計画が成功した未来の記憶はないでしょう。地球が虹色の膜に覆われて、その下で大爆発が起き、人類が絶滅してしまった悲しい記憶はあなたにはない。でもこの子にはあります。ラライヤは地球の悲しい未来を見て深く傷ついてしまった。でもその記憶により、あなたより優位に立った」

それを聞いた小柄な女は、ベルトから銃を取り出してラライヤを撃とうとした。驚いたクリムはラライヤを助けるために女に飛び掛かって組み敷いた。

「怪しい女め!」クリムが叫んだ。「お前らの計画とは何だ。全部聞かせてもらうぞ!」

小柄な女とは、メメス博士の娘サラ・チョップだった。彼女は、クリムの顔を見るなり不敵に笑って、脚でその顔を蹴り上げるとすくっと立ち上がった。

「そうか、お前が生きていたから囹圄があんなに脆かったのだな」

「なんのことだ?」

「囹圄膜は人の思念を使ったジオンの兵器だ。ジオンの兵器はこの世界の物理法則に当てはまらない。お前とサイコミュの中の女の思念は、ジオンの囹圄膜にされるところだったんだよ。女の弱い残留思念だけだけで膜を張ったからあんなに弱かったんだ」

「ミックジャックに変な仕掛けをしたのはお前か」

「ビーナス・グロゥブであの機体が作られたときから仕掛けはされていたんだよ」

チムチャップ・タノがクリムにサイコミュの中のミック・ジャックの話をしていたとき、ヘイロ・マカカとして活動していたサラは、彼の青い機体が大気圏で間違いなく爆発するかチェックしていたのだ。

「ミック・ジャックの残留思念・・・」

「女の残留思念はもうこの世界にはないよ。あんたを庇って死んだのだろう」

サラはクリムを銃で撃った。クリムはラライヤの頭を押さえつけて礼拝堂の長椅子の下に隠した。サラは徐々に距離を取り、礼拝堂の出口ににじり寄った。彼女は叫んだ。

「囹圄の膜の下で何も知らないまま一瞬で滅びていれば幸せだったのさ。残留思念だけになって、自分が死んだことも知らず、永遠の命を得ればよかったんだ!」

サラが踵を返して逃げようとしたそのとき、彼女の身体はピンと反り返って動かなくなった。そしてその肉体から黒い靄のようなものが分離すると、サラの身体は力を失ってどさりと倒れた。黒い靄のようなものは、クリムの頭上を飛び回っていたが、やがて天井部分に張り付いて見えなくなった。

ラライヤは、サラの遺骸から銃を奪い取り、躊躇うことなくサラの頭を撃ち抜いた。

「待て、ラライヤ、お前、人を殺したのか」

「この身体は忌まわしい強化人間のもの。それはアグテックのタブーに触れるものだから、あなたは知らなくていい」


3、


そのころトワサンガでは、ジオンによるシラノ-5の改造が進められていた。

「もともとこの資源衛星を運んできた推進装置が使えそうです」新しい肉体にすっかりなじんだヘイロ・マカカがいった。「地球に落とすには10日ほどかかる予定です。フォトン・バッテリーの技術体系は古い時代のと比べて圧倒的に火力不足ですから、この質量の物質を止めることは不可能でしょう」

そんなヘイロの言葉を聞いたカール・レイハントンは、何かを思い出して一瞬顔を曇らせた。しかしすぐに気を取り直すと、アバターのメンテナンスのためにヘイロとともに歩き出した。

「まさか囹圄膜があんなに簡単に破裂するとは思っていなかったからな」彼はいった。「こちら側の技術のことは生きている人間には観察することもできないだろうから、アースノイドやビーナス・グロゥブの人間がやったとは考えにくい。おそらくはアムロとララアなのだろうが、あいつらのいる場所は我々のところとどうやら違っているようだから、これもまた観測できない」

「思念体にも2種類あるということなのでしょうか」

「いや、そうとも思えないのだが・・・、アムロやララアというのは思念というより魂魄に近いとでもいおうか、彼らは紛れもなく死者だ。我々は生の新しい形で、その中間にいるとでも言えばいいのか」

そこへシラノ-5の改造の指揮を執っていたチムチャップ・タノが合流した。

「すぐにでも隕石落としを開始できます」

「ではこのままシラノ-5を地球に向けて発進させてくれ。御大層な演説などいらぬであろう」

踵を返しかけたタノを、ヘイロが引き留めた。

「タノはアバターを酷使しすぎている。大佐と一緒にメンテナンスしてください。わたしのアバターはできたばかりですから、慣らしがてらモビルスーツを出して警護します。いつあのアムロの乗ったガンダムがやってくるかわかりませんから」

「そうだな」タノは頷いた。「メンテナンスといっても少し休ませるだけだ。アムロ相手に無理はせず、すぐに大佐とわたしを起こして」

「了解。しかし、囹圄膜がないと、キャピタル・タワーにも損傷が出ますが、それでよろしいので?」

「かまわんさ」レイハントンが応えた。「メメス博士との約束でクンタラだけは助けるつもりであったが、全面的に責任を負っているわけではない。いったんは助けようとしたが上手くいかなかった。それで彼らがアースノイドとともに絶滅することになっても、致し方ないということだ」

こうしてジオンは、トワサンガ宙域にある最大資源衛星シラノ-5の推進装置に点火した。シラノ-5はゆっくりと移動を開始して、徐々に加速した。ヘイロは加速が軌道に乗るまでモビルスーツを使い、作戦の妨害行為を監視していたが、ついにガンダムは姿を見せなかった。

トワサンガ宙域には他の小さな資源衛星とコロニー群、それにラビアンローズが残された。

カール・レイハントンは古い記憶の中に沈み込む前に、アムロは果たしてどちらに姿を現すだろうかと想像してみた。

「シラノ-5の起動を逸らしアースノイドを救うか、ラビアンローズを攻めてわたしを滅ぼすか。アムロよ、お前はどちらを選択するのか?」

加速により、シラノ-5は酷い有様になっていた。居住区域の回転は止まり、重力を失ったことで内部は地面が音を立てて剥がれ始めていた。立ち並んでいた樹木も住宅も地表ごと剥がれてあらぬ方向へ飛んでいく。重力を前提にして存在していたあらゆるものが凶器となって壁に突き刺さっていく。

サウスリングにあるレイハントン家の住居も同様であった。アイーダが幼いころの記憶を微かに持つ両親との思い出の住居はめりめりと音を立てて壊れ、やがてバラバラになって飛んでいった。居住区には大量の空気が存在しているために、物が破壊される轟音は留まることなく響き続けた。

5つあるリングそのものも軋み、互いにぶつかってめり込むように重なり合った。500年間トワサンガの中核を成してきた資源衛星コロニーは使い物にならなくなった。その巨大な質量は地球に向かって真っすぐ突き進み、レコンギスタしたかつてのトワサンガの住民すらも皆殺しにしようとしていた。

地球を破壊したのちにクンタラを導くはずだったサラは、ラライヤに頭を撃ち抜かれて死んでしまった。彼女は父であるメメス博士とは違い、クンタラの宗教に関してそれほど熱心ではなかった。彼女はクンタラの自然主義的な生き方を前時代的で進歩から顔を背けているものだと捉えていたために、ジオンの研究の一環であった強化人間の科学技術に傾倒していた。

ごく初期においてそれは、ニュータイプを人工的に作り上げるものであったが、肉体と思念を分離することに成功したジオンは、強化人間の基礎研究を思念の器であるアバター作りに活用した。その研究の中に、遺伝子情報の中に記憶を書き込む技術があったのだ。サラはそのことを父に告げ、病気装って死んだことにすると、研究生活に入り、数百年後に起こると予想されたカルマの崩壊に合わせて自分自身を蘇らせる技術を作り上げた。

彼女は男子を産み、子をトワサンガの王位に就けたが、彼女が子供にかまけることは一切なかった。彼女は自分が蘇ることばかりに夢中になり、自分と同じ遺伝子を引き継ぐ男子に興味を示さなかった。メメス博士がカール・レイハントンの表の事業を着実に遂行していく一方で、娘である彼女はヘルメス財団の中で確固とした地位を作り上げて裏のヘルメス財団の基礎を作り上げた。

ジムカーオがトワサンガにやってきたとき、彼女は老齢で死んでいたが、その痕跡である裏のヘルメス財団のことを知ったのである。そして彼もまた、ジオンのニュータイプ研究の調査にのめり込んでいった。

「人間の思念は、より自分に近いものを求めるように出来ているのです」ラライヤはクリムに話した。「背格好が似ている者、同じ民族、同じ国民、同じ肌の色、そして血族。人間は弱いものなので、どの魂も蘇りたがっている。それは持って生まれた性質なので変えられませんが、そうした性質を利用して科学に応用するのは間違った行為です」

「ラライヤ・・・、いや、いまの君は別の人間なのだな」

「そう。わたしもアムロもこの世にはいない。でも、大佐は違う。あの人は、ジオンのおかしな研究の犠牲になって、その魂も肉体もジオンの象徴として利用され続けている。わたしはそれを終わらせます。しかし、強化人間のためにやるのではない。ジオンは自然の一部を極大化することを科学だと勘違いしている。証明のための手段が、目的達成のための手段にすり替わってしまっている。あなたに警告しておきます。カール・レイハントンは彼の因果の命じるままに、隕石落しをやるでしょう。シラノ-5が地球に落ちてきます」


4,


ムーンレイス艦隊を副長に任せて聖堂内の調査を行っていたディアナ・ソレルとハリー・オードは、キャピタル・タワーの起点で複合施設でもあるビクローバーの中でフルムーン・シップの大爆発による爆風を体験した。

南極上空で起こった大爆発の影響はすさまじく、キャピタル・タワーも激しく揺さぶられた。それでも破壊を免れたのは、タワーの構造と堅牢さがまるでこの爆発を予測していたかのように設計されていたからであった。

ふたりはザンクト・ポルトのスコード教大聖堂とビクローバーの大聖堂が対になっていると考え、思念体分離装置の存在を予想して調査を進めていた。大聖堂の床下には複雑に入り組んだ通路があり、それらしき施設もあったが、ザンクト・ポルトの思念体分離装置のようなものは存在しなかった。

代わりに発見されたのが、様々な場所に書かれた落書きであった。

「古代文字のようですね。我々の文字とも違う」ハリー・オードはひとつひとつの落書きを写真に収めた。「これは専門家でもなければ時代の特定は困難でしょう」

「メメス博士が使っていた文字のことはわかっているのです」ディアナが応えた。「彼はビーナス・グロゥブからカール・レイハントンの技術補佐として派遣されているので、公式文書はユニバーサルスタンダードを使っていました。しかし、どうも暗号のようにビーナス・グロゥブのクンタラの文字も使っているのです。これを」

と言って彼女が差しだしたのは、キエル・ハイムの代わりに地球に降りて定住した本物のディアナ・ソレルの著書「クンタラの証言 今来と古来」であった。ハリー・オードはかつて本物のディアナの墓を訪ねた際に墓守からその本を受け取り、何度か目を通していた。彼はこみ上げるものを抑えて強く頷いて見せた。ディアナが続けた。

「この書物によると、ハッキリとは書かれていませんが今来は外宇宙の現地人の文字を暗号として利用していたようなのです。それはクンタラの文字とされていて、ユニバーサルスタンダードに従わない彼らの象徴のようにされていましたが、そうではなくて秘密文書にだけこの文字を使っていたようなのです」

「なるほど」ハリーは差し出された書物にあるアルファベットを頭に叩き込んだ。「ここにはいくつかの文字が混在しているけれども、この文字を探せばメメス博士の文書も見つかると」

「おそらく。ディアナさまは地球に定住したのち、多くのスペースノイドが地球に降ろされたことや、キャピタル・タワーの建設を不思議に思い、クンタラの研究と称してメメス博士の動向を探っていた可能性があります」

「ここと、ここと」ハリーはひとつひとつにマーキングを施した。「アルファベットと単語の意味が分かれば解読も容易ですね」

「この部分に関してはね。他のことは考古学者にでも任せましょう」

「自分にはひとつ疑問があるのです」

「なんですか」

「メメス博士というのはクンタラを代表する人物なのに、なぜスコード教の大聖堂など作ったのでしょう?」

「いえ、これは時代が違います。大聖堂の建設はフォトン・バッテリーの供給と同時に始まっていて、そのときメメス博士はもうこの世にはいなかった。それよりここを見てごらんなさい。これはどういう意味でしょう?」

ディアナが差した先にはクンタラが使っていた文字で何かが書かれていた。ハリーは書物を片手にそれを読み解いた。

「娘が言うことを聞かないとかなんとか。愚痴でしょうか。『肉体をもてあそぶは魂をもてあそぶのと同じ。娘の過ちは死者を復活させ、わたしの行動を阻む』どういう意味でしょうね? 自分はジオンというのは魂をもてあそんでいるだけに思えてならないので、こちらはジオンかなという気がしますが、肉体をもてあそぶとは?」

「アバターのことでしょうか?」ディアナが首を捻った。「ジオンの研究はあくまで肉体と魂である思念体を分離しただけのこと。思念体のことばかり注目されますが、彼らが技術として使っているアバターは、あれは人形などではなく脳の記憶機能を遺伝的に制限した人工的な奇形です。娘がそれを使っていたということでしょうか。作られた人、とか、強化人間みたいな言葉もあるようです」

「ラライヤが話していた、サラとかいう娘のことでしょうか」

「メメス博士の娘サラ。そうかもしれません。もしこれがメメス博士の直筆の落書きだとしたら、同じ筆跡のものを探せば」

ハリーは暗い室内にライトを照らして文字らしくものが残っていないか探していった。特殊なインクを使っているのか、ライトを当てると光るように文字が浮き出る落書きが多かった。

「この浮き出るような文字の主がメメス博士のようだな・・・。その周辺にある文字はただの落書きか、それとも訳したものなのか・・・。探してみると結構あちこちに乱雑に書いてある。『レイハントンの子だと言っているが、父にはそれがウソだと分かっている。娘はビーナス・グロゥブの男のことを黙っている』『ウソをついてヘルメス財団の裏の仕事を手伝っている』『娘はクンタラの教えを信じず、永遠の命に興味を持っている』これは全部愚痴ですね」

「随分と仲の悪い親子だこと」ディアナは呆れて溜息をついた。「メメス博士のメッセージというのは、娘の勝手な行動によって計画がおじゃんになることを示唆しているのでしょうか?」

「因果律と訳せそうな言葉が何度も出てくるようですが」

「その言葉は本にも出てきます。驚いたことに、古代のクンタラは因果律というのを数学のように扱って計算していたと記されているところです」

「それは自分も不思議に思っていました。どうせクンタラという集団が古代に使っていた呪術的なものだろうと高を括っていたのですが、どうやら違っていたようだ」

「ディアナさまはメメス博士とクンタラたちがキャピタル・タワーを建設する場面を目の当たりにしていたわけですから、彼らの科学力には舌を巻いていたはず。そうなのです。わたしたちは目覚めて以降この世界に慣れてしまって忘れていた。古代の方が科学は発達していて、そうした先進的科学を有する集団が地球に降りてきたということを。かつてのわたしたちもそうだったわけですから」

「これなどはどうでしょう」ハリーが廊下の隅に書いてあった文字を発見した。「『レイハントンは遥か古代のコロニー落としの男だから、下手に因果をもつれさせると同じことをやりかねない。父はそれを心配しているのに、娘は顧みない』うむ・・・」

ディアナとハリーは真っ暗な地下の廊下で思案に暮れた。ディアナがいった。

「メメス博士は、因果律を独特の計算方法で割り出し、かなり正確な未来を予測した。あるいは未来を設計した。彼の計画では、地球人はすべて滅びて、クンタラだけがどこかで生き残る予定だった。娘のサラはその仕事を手伝うはずが、誰の子かもわからない子を産み、強化人間とかいうものを使って永遠に生きることを考えて、メメス博士の計画の邪魔をしたと」

「フルムーン・シップの大爆発によって人類が滅びるはずのものがこうして我々は生き延び、ソレイユに入った連絡ではメガファウナなども無事だったようですし、もうすでに計画は狂ってしまっているのではないでしょうか? メメス博士が入念に計画したものを、娘のサラが台無しにした。そのように読み取れますが」

「計画が狂ったということは・・・、レイハントンはもっと激烈なやり方で人類の滅亡を考えると? 例えば、そうですね、トワサンガのシラノ-5を地球に落そうとするとか」

ディアナはハッと頭を持ち上げた。ハリーは考え込むように文字列を見つめた。

「まさか、そんなことは・・・」

そんなふたりの元に、地球に向けて巨大隕石が落下しつつあるとの知らせが届くまで、それほど時間はかからなかった。


次回、第50話「科学万能主義」後半は、12月15日投稿予定です。

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