「ガンダム レコンギスタの囹圄」第35話「どのような理由をつけても」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第35話「どのような理由をつけても」前半
1、
ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンは、ついに地球へのレコンギスタを決意した。
侵略戦争の準備が慌ただしく進められるなか、巨大質量を誇るラビアンローズが一足先にビーナス・グロゥブを離れ、地球圏へ向けて飛び立っていった。ビーナス・グロゥブの人間で、肉体を保ったままラビアンローズに乗船できた人間がいなかったために、ヘルメス財団の人間はラビアンローズにカール・レイハントンひとりが乗船していると思い込んでいた。
だが実際には、カール・レイハントンは人々の前から姿を消しているうちに、船の乗組員を必要なだけ肉体再生させて思念体に操らせていたのである。彼の仲間は、1000年より以前、遠く外宇宙にて肉体を捨てた人々であり、人類のニュータイプ化を信じて戦い続けた人々であった。その残留思念は独りの個であるわけではなく、いくつかの似た思念が糾合したものだ。それらが再び肉体を得て、カール・レイハントンの戦争に加担しようとしているのだ。
その肉体は生体アバターと呼ばれるもので、肉体に人格は存在しない。カール・レイハントンの肉体と同じように作られた彼らは、思念体によって動かされ、彼らにとってはなじみ深い古めかしい軍服を着こみ、慣れた役割分担でラビアンローズの巨躯を地球圏へと急がせていた。ラビアンローズの中でせわしなく働く人々は、ジオン最後の生き残りたちであった。
「数名だけ思念体が維持できなかった者がいるようですが、おおむね計画通り肉体化されました」
彼らは肉体同士で会話することはなく、情報は同期によって互いに共有されていた。ひとりの報告は全員に行き届き、その情報に対する反応も同じように同期される。思念体として維持できなかった者の名前が明らかにされ、推測も含めてその理由もおおよそ察しがついていた。残留思念というものは、強い思い残しがなければ胡散霧消してしまうものだ。肉体を捨てたときに、それほど強く何かを願った者ばかりではなかったというのがおおよその理由であった。
彼らのことは、すぐさま忘れ去られた。
ラ・ハイデン自身も、2週間後に出発する予定のビーナス・グロゥブ艦隊とともに、地球に向かうことになっていた。さらに2週間後にはクレッセント・シップとフルムーン・シップが出発する。地球圏への到着はほぼ同時になる計算だった。
レコンギスタ宣言がなされてより、ラ・ハイデン総裁は以前のような簡潔なる人格ではなくなり、本心を他者に明かさなくなっていた。その傾向はカール・レイハントンと出会ってより始まっていたが、ヘルメス財団の中でハイデン降ろしが始まってからはさらにその傾向が強まっていた。饒舌なる表向きの姿とは裏腹に、壮健な延命処置を拒んだ男は、側近すら置かずにこの戦争に挑んでいた。
そんな彼が、ある女性を自室に呼び寄せた。寸当たらずな身体に大きな頭を乗せた女性は、看護師の制服をまとっていた。ラ・ハイデンは執務の手を止めて振り返った。
「君がフラミニア・カッレか? ジット団のメンバーだったとか」
「はい」フラミニアは恭しく頭を下げた。「ジット団のスパイとしてトワサンガに潜入しておりまして、メガファウナの1回目の航海で彼らを監視しながらビーナス・グロゥブに帰参しております。そののち、彼らとともに地球圏へ赴き、クレッセント・シップの地球巡行に同行しました」
「いくつか質問があるが、答えてもらえるかな?」
「ええ」
「ジット団のレコンギスタのことは裁判記録ですべて明らかになっているので問うまい。訊きたいのはトワサンガと地球のことだ。まずはトワサンガだが、レイハントン一族の支配権というのはどれほど強固なものなのだろう?」
「カール・レイハントンが王家を確立したのは500年も前のこと。王がいることは当たり前になっていて、ドレッド家が反乱を起こして形ばかりの民政に移行した際は驚きをもって情報に接したものの、抵抗運動が起こったのは農業ブロックであるサウスリングのみで、レイハントン家の喪失はドレッド家によってすぐに埋め合わされ、わたくしなどは拍子抜けしたものです」
「君はサウスリングにいたのだね」
「はい。サウスリングでとある女の子の世話をしながら情報収集にあたっていました」
「情報は誰に?」
「第1にはジットラボの仲間たちにです。しかしヘルメス財団の人たちや、キャピタル・テリトリティのクンパ大佐にもトワサンガの情報は流れていたはずです」
「流れていただけで、君がクンパ大佐に流したわけではないと」
「それは誤解です」
「よろしい。トワサンガの人間は、レイハントンと一体というわけではなく、ただ支配されていただけという話で良いのかな」
「そうです。彼らはヘルメス財団との関係性だけが重要で、王家への忠誠が強いという事実はありませんでした」
ラ・ハイデンはふむと吐息をついて何かを考えこんだ。
「王というのは支配者であると同時に庇護者であるはずだが、レイハントン家はトワサンガの住人を何から守っていたと思うか。地球人か、それともビーナス・グロゥブか」
「それは」フラミニアは答えに窮した。「それはわかりかねます。フォトン・バッテリーを供給して地球文明を再興すれば、やがて地球人は大気圏を脱出して月までやってくることは明白。地球人の侵略からトワサンガを守る役割があったと言えばあったでしょうが、だからといってトワサンガの王家を作ってヘルメス財団の支配権より上位に立つ必要があったかといえばそれはなかったはずです」
「ないだろうね。技術体系がフォトン・バッテリーを中心に組み立てられている以上、地球人が大艦隊を率いてトワサンガを侵略してくる可能性は少ない。万が一あったとしても、2か月持ちこたえればビーナス・グロゥブから援軍が来る。その間、地球人はバッテリーを消費し尽くして最後には宇宙で窒息死だ。地球人を怖れてヘルメス財団に支配から脱する必要はないからね。ではやはり、彼はビーナス・グロゥブからやってくる艦隊からトワサンガを守るつもりだったのか」
「もしそうだとすれば、ビーナス・グロゥブやヘルメス財団に対して敵対的な気風が何かしら残っていると思うのです。自分が知る限りにおいてそのようなことはまったくありませんでした」
フラミニアの話を頷きながら聞いていたラ・ハイデンは、このことについては言葉を発しなかった。そのとき彼は、レイハントンが王になって守りたかったものが、ジオンに関するものだと勘づいていた。ジオン公国という古代コロニー国家の複数の強い残留思念が、レイハントンというひとつの思念体に糾合され、大きな計画を密やかに隠し通すための装置が王家だったのではないか。
だがそれも、確たるものは何もなく、トワサンガを王政にした意味も曖昧であった。いったい彼が何を目指して、何を遂行しようと動いているのか、ラ・ハイデンが見極めねばならなかったのだ。
「では次に、地球のことを聞かせてもらおうか」
「地球は美しい星です。現在氷河期に近づいているので、多くの人間が赤道付近に住んでいます。かつて栄えたのはもっと北なのですが、それらは現在居住には向いておらず、放棄されたために古いインフラが地下資源として残されていました。赤道付近の環境は回復傾向にあって、生産性も高く、多様な動植物が生存しており、人間は勝手に増える動植物を無計画に乱獲後食料にして数を増やしていました。文明の程度が高いのは、キャピタル・テリトリティを中心としたアメリア大陸ですが、人口の増加が大きいのはアジアと呼ばれる地域です。特に東アジアはキャピタルの裏側にあり、フォトン・バッテリーの配給が少ないために独立心が旺盛で、わずかなエネルギーで効率よく生産することに長けていました。人間は小柄ですが持久力があり、よく働き、好奇心も旺盛です。ダメなのはユーラシア大陸の西側の地域で、穀物の生産量が少ないために、土地の収奪に走りやすい性質を持っていました。アメリアに対して大陸間戦争を仕掛けたのも、土地の収量に乏しいからです」
「地球か」
ラ・ハイデンは地球を見たことはなかった。ヘルメス財団の人間の中には、フォトン・バッテリー運搬船に紛れて地球圏に入る人間も少なからずいたが、彼はいままで興味を示したこともなかった。そんな彼が、ラ・グーでさえ考えもしなかったレコンギスタ宣言を発したのだった。
「地球のアメリアという国にはレイハントンの子供がいるそうだな」
「アイーダ・スルガンはレイハントン家の長女で、クンパ大佐によってアメリアへ亡命させられました。彼女は軍の総監だった父の意思を継いで上院議員となり、また父の後を継いで軍の総監の立場でもあります。レイハントンの血を引いていると知ったのは、ごく最近のことです」
フラミニアはアイーダについて詳しく説明した。ラ・ハイデンはアイーダと面識はない。フラミニアはベルリについても話そうとしたが、ラ・ハイデンはそれを制した。
「あの少年に関してはいくつか話は聞いている。戦争については、まず彼と話をすることになるだろう。彼が賢明な人間であることを願うばかりだが、彼はキャピタル・テリトリティの育ちなのだね?」
「そうです。運航長官ウィルミット・ゼナムの息子で、飛び級生のエリート、わたしが知る限り、スコード教の熱心な信者でした」
「君はムーンレイスについては知らないのだね」
「逮捕命令で連行されましたので」
ラ・ハイデンは、極秘に調べさせた500年前の記録を閲覧し、ムーンレイスを月に眠らせたのがカール・レイハントンであることを突き止めていた。
(やはり、ムーンレイスが隠し玉か)
「いや、ありがとう」彼は精悍な顔を崩して頭を下げた。「出立前に話が聞けて良かった」
2、
ラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊は、予定から2日遅れでビーナス・グロゥブを出撃していった。続いて後を追うのは、今回は補給艦として任務に当たるクレッセント・シップとフルムーン・シップであった。
今回は通常のフォトン・バッテリーの運搬とは任務が違う。2隻の船は補給艦として戦争に参加するのだ。彼らは戦場の最後方に陣取り、必要量のフォトン・バッテリーを前線に供給するのが役目であった。比較的安全な任務であるが、クルーであるヘルメス財団のメンバーの中には、任務を辞退する者が続出していた。とくにフルムーン・シップの乗員はヘルメス財団の正式メンバーが少なく、地球人と元ジット団のクルーの混成だったので、ヘルメス財団の中には反乱などを怖れて彼らと行動を共にしたくないと考える者が多かった。
フルムーン・シップのクルー編成は遅れに遅れ、飛行に関しては目途が立ったものの、船内作業員は不足したまま出港の日が迫っていた。
2隻の輸送艦に戦争用のフォトン・バッテリーの詰め込みを急ぐころ、航行プランの確認を終えて休憩中だったステアがサングラスをかけた女に拳銃を突きつけられた。ステアは悲鳴を上げることなく大人しく彼女に従った。
ステアを狭い路地に連れ込むと、女はいった。
「あなた、フルムーン・シップの操舵士のステアさんですね」
「・・・イエス」
「今回は戦争になるというので、乗船拒否している人がたくさんいるとか。もしクルーが足りないのなら、あたしを乗せてくれませんか?」
言葉遣いは丁寧だが、女の声には迫力があった。しかし貧民街で育ったステアは、脅迫者のことを少しも怖れていなかった。相手は慣れていない。慣れていないがゆえの暴発的行動に出ないよう、ステアは相手を刺激しないように気遣った。
ステアはチラリと横目で相手の顔を盗み見た。彼女を脅かしているのは、ノレドの友人のマニィであった。マニィはステアのことをよくは知らないが、ステアはブリッジにいたので彼女がノレドの友人でルインの妻であることをよく知っていた。そしてルインがマスクであることも。
それに、突きつけられているのは、明らかに金属製のパイプであって、銃ではなかった。
ステアは、どうしたものかと思案した。蹴り飛ばして腕を捻り上げることもできる。だが、互いに傷つけ合うような関係にはしたくない。それに、フルムーン・シップは船内作業員が足りていない。船に乗りたいというのなら結構なことだ。
問題は彼女が、クンタラの反乱の罪を着て、現在ビーナス・グロゥブで服役中の身であるということだ。懲役刑の代わりに開放奴隷として働かされるはずだった彼女は、いまでこそ戦争のどさくさで自由に行動しているが、いずれはラ・ハイデンの改革によってもっと重い刑に服する可能性があった。
マニィは子連れだったはずだ。最悪、子供を引き離されて収監される危険もある。そこで、ステアはこのまま騙されたフリを続けることに決めた。マニィの要求は、フルムーン・シップへの搭乗、できれば子連れでということだった。マニィは、どこから手に入れたのか、ビーナス・グロゥブのIDカードを持っていたので、ステアは紹介状を書いて船に乗れるように手配した。
「恩に着ます」
マニィは紹介状を受け取ると、ステアに背中を向けることなく、警戒したまま後ずさりをして、逃げるように姿を消した。
「罪人だから仕方がないのかもしれないけど、安全な場所にいるべきなのに」
ステアが心配しているのはマニィのことではなく、子供のことだった。
3、
「ガンダムか」
カール・レイハントンはそのデータを見るなり笑い出していた。何がそんなにおかしいのか自分でもわからない。ただ、ガンダムというモデルのデータに強い因縁を感じるのだった。
「G系統のこのモデルも復元は可能か」
ラビアンローズ内では、徐々に言葉が使われ始めていた。肉体を通して得る情報は膨大で、乗員すべての肉体が得た情報を同期していては、脳という器官がエラーを引き起こして、自分がやるべきことを見失うなどの不都合が起きるためであった。それに、言葉を発しないと脳という器官は正常に作動しなくなる。
「それはカイザルと同時期のモデルで、性能は同等です」エンジニアもまた言葉を使い、アバターの脳機能も補助的に利用しつつあった。「使用されている合金が複雑ですが、地球圏に到着するまでには何とかできるでしょう」
「では、頼む」
カール・レイハントンは、アバターの脳機能を使うことは好まなかった。肉体に付属する脳という器官は、肉体の維持を最優先に物事を決定する。純粋な思考決定を、本能と呼ばれるもので歪めるからであった。脳による意思決定は、常に漠としており、それが果たして意思と呼べるのかどうかさえ疑わしいと彼は考えた。人間の意思は、脳という器官からも自由になることで、より純粋になると信じていた。
ラビアンローズ内は、かつてのジオン公国の姿を取り戻しつつあった。彼らはあくまで生体アバターであり、ヒトモドキでしかないが、ジオンの光景が蘇ることをカール・レイハントンは喜んだ。これで、スティクスなどというのっぺらぼうの合理の塊のような戦艦を使用しなくて済む。
ベルリたちがシルヴァーシップと呼んだ戦艦スティクスは、外部デザインの否定が生んだ、カール・レイハントンたちとは違う別系統の流行の産物であった。遥か外宇宙に進出した人類が互いに音信不通となり、それぞれに想像もつかないような進化を遂げて再び接触したのだった。
機能性の追求を内装に特化したスティクスを、カール・レイハントンは好まなかった。それは思念体となったジオンの仲間たちも同じであったが、自分たちをニュータイプだと勘違いしたままエンフォーサーと名乗った一群が選んだ生産の方向性が、スティクスであったのだ。
元はといえば、スティクスは地球を取り囲んで人類を封じ込めるための無人戦艦であった。文明が発達すれば、地球人はいずれ大気圏を脱出して宇宙へ進出してくる。それをスティクスで迎撃する予定で開発されたものだったのだ。ところが、500年前の人類は、発掘された宇宙船を使って自力で宇宙へとやってきた。どのようなものが地球に埋まっているのか不明だったために、スティクスの配置は見送られたのだった。
外宇宙へ進出した人類は、思いがけない進化を遂げている。彼らより早く地球圏へと戻ってきた別系統の人類が残した兵器を目の当たりにして、スティクスは温存されることになった。だが、年月が経ってエンフォーサーと呼ばれた、あるいはそう名乗った一団は、それをニュータイプが使用する特殊兵器だと勘違いをした。思念体という存在を忘却した彼らは、ニュータイプを肉体を持った人間の、特殊な能力だと思い込み、ニュータイプに進化してスティクスやG-モデルのモビルスーツを動かしさえすれば戦争に勝てると考えたのだった。そしてそれが、最後の執行だと。
「随分お若いモデルを使ったのですね」
そうからかってきたのはチムチャップ・タノ中尉であった。指揮命令系統の存在しない彼らの中で階級は無意味であったが、生前の記憶を継承することで物事が円滑に進むこともある。軍籍である彼らは、階級がついているほうが落ち着くのだった。
タノがからかったのは、カールの容姿についてであった。カール・レイハントンは、500年前よりさらに若い、20歳そこそこのモデルを使用している。
「どうせすぐに腐るものだからね、少しでも長持ちしそうな容姿にしたまでだ」
地球圏に残っていたチムチャップ・タノとヘイロ・マカカがもたらした情報はすでに同期してあった。彼女たちはベルリ・ゼナムからG-メタルを奪おうとして失敗し、最後には肉体を捨ててジムカーオの元を離れていた。
「やはり引き寄せられていったのだね」
カールは考え込むように呟いた。引き寄せられたというのは、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の地下にある思念体分離装置と呼ばれるもののことであった。その装置は、ベルリたちは人間と思念を分離する装置として考えていたが、思念体となった者らはあの大聖堂へと引き寄せられていくのだ。
「メメス・チョップ博士というのも、いまにして思えばなかなか計り知れない男だったから、何を仕込んだか知れたものではない。あの場所のことを博士に話すべきではなかったかもしれないが、いまとなってはすべてが遅い」
「ジムカーオの最後について、彼はあえてあの場所を目指したかのようなそぶりも見せたのですが、混乱が激しかったもので、最終確認が取れないまま肉体は捨てて脱出してしまいました。あとはスティクスの機械式アバターの中に入り、できる限り観察はしたつもりですが・・・」
「いや、上等であったよ。ただG-メタルを奪えなかったのは残念だったね。肉体を使った作戦行動に女性の身体は不向きだったかな」
「申し訳ありません。相手が子供だと思って油断しました」
チムチャップ・タノとヘイロ・マカカは、カール・レイハントンの愛機カイザルを確保するためにG-メタルを回収するつもりだった。G-メタルはジムカーオも手に入れたがっていたのだが、それはトワサンガのノースリングの停止を防ぐためであった。
「ジムカーオという男も複雑な人物だったようだね」
「ジムカーオ大佐は、失礼ながら大佐とメメス博士を合せたような人格でした。ヘルメス財団の理想というものが成就するのならそれでいい、もし成就しないのであれば、オールドタイプをすべて抹殺してニュータイプが地球を支配すると。彼にとってそのニュータイプというのが、クンタラのことだったというのが変わっていた点です」
またクンタラかと、カール・レイハントンは不思議な気持ちになった。
皇帝になって自分たちを守れと恫喝してきたメメス博士。それに、トワサンガを押さえてヘルメス財団をコントロールしようとしたジムカーオ。メメス博士はクンタラのために自分たちの対極にある存在であるカール・レイハントンに協力し、ジムカーオはクンタラのためにクンタラの宗教を捨てた。
食人の対象になったことで忌むべき存在となった彼らであったが、かつて食人の対象となっただけでは、クンタラという存在はとっくに消えてしまっていたはずだ。親が食われた、数世代食われ続けた、そんな記憶だけで民族性は発生しないし、維持もされない。彼らが彼らであり続けたのは、独自の宗教を持っていたからなのだ。
宇宙世紀以前、地球にも似たような歴史を歩んだ民族があったという。独自の宗教を持つというのはそういうことだったのだ。問題は、クンタラの名もなき宗教、やがて理想郷カーバに至るという漠とした教義が発生したのはいつのことなのか、誰も知らないことだ。
彼らが、永遠の命という人間の理想形態に振り向きしない強い精神性を持つに至ったのは、決して差別されたからではない。永遠の命よりも理想的なものを知っていたからなのだ。だから彼らは、胚になって恒星間を旅することも、思念体になることも拒んだ。
「まぁ、いいさ。いずれ地球はスティクスの監視の中で閉じられた空間になっていく。人類は地球の癌細胞だ。自らを切除して取り除き、自然治癒に任せるしかないのだよ。間近で彼らを観察してわかっただろう」
「そうですね。ああした知恵のある生き物は、早く絶滅させるに限ります」
「あの、ラ・ハイデンとかいう曲者も、いずれは肉体のあることに絶望して我が臣下となるだろう。フォトン・バッテリーなどというもので人間を従わせようとしたところで無駄なのだ。人間という魂の道具は、永遠に不完全でこれ以上進化することなどないのだから」
カール・レイハントンはそう呟いて、生体アバターを眠りにつかせた。
4、
トワサンガは、突然出現した大艦隊に上へ下への大騒ぎとなっていた。彼らはよもや天上の世界であるビーナス・グロゥブから大艦隊が襲撃して来るとは想像もしていなかったのだ。
残っている戦艦とモビルスーツは、ムーンレイスのものばかりだった。それらはフォトン・バッテリー仕様でもユニバーサルスタンダードでもない。トワサンガの人間にはまったくなすすべがない。しかも、王の地位にあるベルリはしばらく前から行方不明になっていた。
王の代行の職責を務めていたハリー・オードは、ビーナス・グロゥブという彼にとってまるで未知の存在にどう対処していいのかわからなかった。なるべく多くの行政経験者を集めて話を聞いても、ビーナス・グロゥブの使者は丁重に扱うべきで、決して逆らうようなことがあってはならないと口にするばかりであった。トワサンガの存在意義は、ビーナス・グロゥブと地球の中継地であることに過ぎないのか。モニターを凝視しながら、ハリーは係官に尋ねた。
「到着はいつになる」
「宙域到着は明日の深夜ごろには」
「24時間はないわけだな」
一般市民を月まで避難させるべきなのか彼が迷っていたとき、ノレドとラライヤが管制室に飛び込んできた。ふたりともすでに事情を知っているらしく慌てており、警備員と揉み合いになっているのをハリーは片手で制した。ノレドがハリーに向かって叫んだ。
「軍隊が来たの?」
「大艦隊も来てはいるが」ハリーはミラーシェードで瞳を隠したままふたりを椅子に腰かけさせた。「薔薇のキューブがある。あの大型運搬船も後方にある。ビーナス・グロゥブのことは実際に赴いた経験のあるあなた方が詳しいだろう。あれにはどのような意味があると考えるか」
映像が大型モニターに転送された。映像は望遠によるものなので不鮮明だが、レーダーの画像には薔薇のキューブと無数の戦闘艦、クレッセント・シップとフルムーン・シップが確認できる。
腕組みをして鼻を膨らませたノレドは、こう結論付けた。
「地球人がジムカーオ大佐を相手にまた戦争をしたと知って、警戒してるんじゃないかな」
「いやでも」ラライヤが勢い込んで指摘する。「事情はベルリとアイーダさんから、親書という形で届いているはずじゃ・・・。それにノレドが約束した半年間クレッセント・シップとフルムーン・シップを預かったのちに返却するという約束だって守ってるわけですし」
「約束? あたしが?」
「ノレドが約束したんですよ。それでラ・ハイデンという新しく総裁になった人が納得して・・・。クレッセント・シップとフルムーン・シップを預かってほしいという話は、薔薇のキューブのエンフォーサーと戦争するためだとか・・・、エッ?」
「薔薇のキューブが来てるじゃん! ハイデンとかいう人、もしかして負けたの?」
ハリー・オードは、腕組みをしたままふたりと同じモニターを眺めていた。輸送艦を金星宙域から引き離したということからわかる事実はいくつかあった。ラ・ハイデンというビーナス・グロゥブの総裁は、重要な任務を負っている船を預けるほどに地球人を信頼したということ。そのときはまだフォトン・バッテリーを再供給する意思があったということ。金星圏で大型輸送艦が破壊されるほどの戦闘が起こる可能性があったということ。その相手はどうやら、地球圏と同じように薔薇のキューブであったということ。
そして結果として目の前にあるのは、敵であるはずの薔薇のキューブと、大艦隊と、巨大輸送艦が揃って地球圏に向かっているという事実であった。ハリー・オードは、ディアナ・カウンターが計画通りに実行されていた場合のムーンレイスの行動を思い出した。
人間はいずれ、地球に還るのだ。そして、スペースノイドはアースノイドの在り方に我慢できない。穏便のうちに土地を確保して、スペースノイドの秩序を保ったままひとつの民族として暮らしたい。それを実行するためならば、最悪武力の行使も辞さない・・・。
ハリーは背筋をピンと伸ばすと、大きな声を張り上げた。
「ベルリ王子の代行者として命ずる。トワサンガの一般市民は直ちにオルカを使って月基地に避難させる。一般人はそのままハイパーループで輸送すること。メガファウナは直接ザンクト・ポルトに向かい、キャピタル・テリトリティのウィルミット・ゼナムと連絡を取り、クラウンの再運航を要請してもらいたい。メガファウナは、そのまま大気圏突入を行い、アメリアへ避難していただく。月の生産設備は再稼働させ、モビルスーツの生産を再開させること」
ハリーは声を小さくしてノレドとラライヤに、メガファウナで地球へ降りろと告げたが、ラライヤは軍籍であることを理由に、ノレドはベルリが見つかっていないことを理由にそれぞれ断った。
「地球人は優先してメガファウナに乗せること」
続けて指示を出そうとしたとき、管制室に優先回線で通話が入った。モニターに映し出された男を見上げ、ハリー・オードは驚愕した。モニターに映った男はハリーに気づいたようだった。
「おや、その顔はムーンレイスの隊長さんかな」
「貴様・・・、カール・レイハントン・・・」
カール・レイハントンの名前を聞いて、ラライヤは驚きのあまり大きく口を開けてそれを掌で押さえた。怯えた様子の彼女に、ノレドは小声で誰なのと質問をした。ラライヤは、身体の震えが静まるのを待ってからゆっくりと口を開いた。
「カール・レイハントンは、初代レイハントン王です。ベルリの遠い先祖で、トワサンガとキャピタル・タワーを作り上げた人物。もう500年も前の人」
ノレドは理解が追い付かず、怪訝そうに金髪の男を見上げるばかりであった。ベルリの先祖といわれても、ノレドには似たところがひとつも見出せなかった。
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