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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:87(Gレコ2次創作 第33話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第33話「ベルリ失踪」後半



1、


太陽の輝きが巨大な2隻の船が進路を変えビーナス・グロゥブから遠ざかっていくのを照らしていた。月の呼び名を冠したフォトン・バッテリーの運搬船は、反乱者たちの手を逃れるためにラ・ハイデンによって地球人に託されたのだった。

惑星間を移動できる船は、このクレッセント・シップとフルムーン・シップ、それにたったいま轟音とともにビーナス・グロゥブの資源衛星から分離したラビアンローズだけだった。

ビーナス・グロゥブのエンフォーサーは、これを機にレコンギスタを果たすため、長年影に隠れて欺いてきた仮面を太陽の下に晒した。彼らは己が優生であると信じ、地球の支配権が誰の手にあるのか、かりそめの支配者と対峙することではっきりさせようと姿を現したのだ。

資源衛星からパージされたラビアンローズは、シー・デスクのひとつに巨大な地震と津波を引き起こし、多大な人命被害を出した。破壊こそ免れたもののパージによって舞い上がった土煙は、濛々と広がって真っ黒な煙霞となると静かに、不気味に、ロザリオ・テンを包んでいった。衝撃による振動は、ビーナス・グロゥブ全体に拡がり、住民たちは聞いたことのない軋音に恐れおののいた。

ビーナス・グロゥブの住人たちは、胚の状態で保存され、遥か外宇宙から運ばれてきた者たちの子孫である。500年を経て、彼らはそのことを忘れてしまっている。彼らは、地球に供給するフォトン・バッテリーのために働き続ける。対価は、いつか果たされるであろう地球への帰還である。

対するラビアンローズのクルーたちは、肉体を捨て思念体となったのちに新たにデザインされた人間たちで、再び肉体と合一した存在だった。魂は肉体に張り付いてしまい、アバターのように抜け出ることはもうできない。その子孫である彼らは、すでに思念体というものがどんなものなのか、教育で学んでいるだけである。それでもなお、彼らは自分たちの優生を信じていた。

ラ・ハイデンの決断は早かった。彼はすぐさま艦隊を発進させて、モビルスーツを展開した。対するラビアンローズは、エンジンの出力が上がらない。ラビアンローズのクルーたちは慌て、一刻も早く地球圏へと立ち去ろうと巨大な艦内を右往左往した。そうこうしているうちに、クレッセント・シップとフルムーン・シップの姿は宇宙の闇の中に小さく消えていった。

「出力が上がらない? なぜだ?」

ラビアンローズはビーナス・グロゥブの艦隊に取り囲まれた。だがまだ攻撃は仕掛けてこない。艦内は混乱の極みである。ラビアンローズの艦長席に座る者はいない。彼らは突然やってきた大執行にまるで対応できていなかった。

それはノレド・ラグの予期せぬ攻撃から始まった。G-ルシファーに搭乗した彼女は、ジットラボから通じていたラビアンローズの生活区域に入り込み、1体のアンドロイド型アバターを奪って内部から隔壁を破壊した挙句に造船区域から外部に出てしまったのだ。攻撃目的は不明、アンドロイドには思念体らしきものが入魂した形跡があり、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーたちはノレドが高度なニュータイプではないかと推測していた。

しかし詳細な分析も済まないうちに、ラ・ハイデンが事態を察してラビアンローズ内に人員を入れようとしたために、慌てて大執行の時まで厳禁されていたパージを行ったのだ。ラビアンローズの巨躯は加速するまで時間はかかるが、金星圏を脱してしまえば、ビーナス・グロゥブに彼らを追いかける手段はない。新造艦の建設を行おうにも、ヘルメスの薔薇の設計図はラビアンローズの中にしかないのだ。ビーナス・グロゥブのラビアンローズとトワサンガのラビアンローズ、このふたつをもって軍政を復活させ、トワサンガから地球と金星を支配することが彼らの長年の指導者であるジムカーオの計画であった。

それは、ヘルメス財団の始祖とされるレイハントン家の復活をもってなされるはずだった。ベルリ・レイハントンを傀儡としてトワサンガ初代皇帝とし、太陽系全体を軍政下に置くことが当初からの目的だったのである。艦長席に座すのはジムカーオと決まっていた。そこが空席であるのは、彼のアバターを用意するいとまがなかったからである。

「ステュクスの発進はまだか」

「なぜアンドロイドを同期できないのか」

「ニュータイプ検査に合格したものを急いで集めろ」

と、めいめいが勝手に指示を出す有様であった。そこにビーナス・グロゥブからラ・ハイデン名義で通告が届いた。反乱罪及び前総裁ラ・グー暗殺容疑で全員を拘束するから投降しろとの内容だった。自分たちの練られているはずの計画があまりに上手くいかないことに失望した者らは、早々に諦め、互いの顔を見合った。

失望と落胆が艦内を支配しようとしていたとき、彼らも与り知らないラビアンローズの機能が500年ぶりに動き出していた。それは生体アバターを作り上げるユニットであった。オレンジ色の液体の中で人の形がみるみる組み上がり、完成を待たずにその人物が身に着けるべき軍服が裁断された。

生体アバターはできたばかりの筋組織をピクピクと動かし、調整が済むとすぐに目を見開いて活動を開始した。

絶望に打ちひしがれるラビアンローズを支配する者たちは、突然姿を現し、艦長席に座る金髪碧眼の人物を仰ぎ見て驚くことになった。それは1000年の昔、1機のラビアンローズを率いて彼らの祖先と合流し、地球圏の支配体制の大枠を決める会議の成立に尽力したひとりの若き軍人の姿であった。彼は500年前にトワサンガの基礎を作り、そののちのことは知られていない。だが、その容姿だけは伝説上のこととして伝わっていたのである。

彼に気づいたエンフォーサーたちが名を問おうとしたとき、彼らの前に大きくラ・ハイデンの顔が投影された。ラ・ハイデンはラビアンローズを長年にわたってヘルメス財団から隠蔽してきた彼らに強い叱責を加えるつもりでその姿を映し出したのだが、彼と対峙した古式ゆかしい軍服姿の青年に驚くことになった。

ふたりはモニター越しにしばし様子を探り合い、やがてラ・ハイデンから先に恭しく頭を下げた。

「これは、驚きですな。カール・レイハントン、お初にお目にかかります。ビーナス・グロゥブ総裁、ラ・ハイデンでございます」


2、


スコード教大聖堂の幽霊騒ぎの余韻も残るなか、ベルリ・ゼナム・レイハントンの姿が消えた思念体分離装置は厳重に封印されて、立ち入り禁止区域に指定された。

一連の初期調査でもたらされた情報は膨大で、それらを整理するだけで何年も掛かると推定されていた。アナ・グリーンとジャー・ジャミングの両教授は、話し合いの結果いったん調査隊を解散してそれぞれの大学に戻ることになった。幸いなことにトワサンガもアメリアも、エネルギー不足による悪影響は比較的少なくすんでいる。

「アジアではついに戦争が始まったって話だな。一時はあんなに勢いがあったのに。ハッパはあっちへ行ったらしいが、死んでなきゃいいけど」

メガファウナ艦長ドニエルは不謹慎な軽口を叩いてノレドに睨まれることになった。彼のメガファウナのエネルギーであるフォトン・バッテリーも尽きつつあり、大気圏突入を行ってアメリアへ戻ると再び宇宙へ出ることはできない。ジャー・ジャミングとその生徒、そしてアメリア政府から派遣された人物らは、キャピタル・テリトリティと交渉の末、定期運航を中止しているクラウンで地球へ戻れることになった。

アナ・グリーン教授と生徒たちもトワサンガへ引き上げることになっていた。トワサンガはノースリングが再び動き始め、停止によって破壊された内部の修復作業が始まっている。教授以外の生徒たちはその労働に駆り出されることになっていた。その話を聞いたドニエルは、スペースノイドの労働についてチクリと嫌味なことを口走り、今度はラライヤに睨まれてしまった。

「だってよ」ドニエルは肩をすぼめた。「地球じゃ大学生を労働に徴収するなんてないぜ。宇宙じゃそれが当たり前なのか?」

「そりゃそうですよ。地球みたいに全自動じゃないんですから」

「全自動ねぇ。確かに空から雨が降ってくるけどな」

ノレドがトワサンガの大学に進学したのは半分ベルリの傍にいるためだったのに、ベルリはいなくなり、仕事が終われると今度はキャピタル・テリトリティに戻るらしいと聞いてノレドは暗い気持ちになっていた。努めて明るく振舞おうとするが、エネルギーの枯渇は人々に暗い影を落としており、ベルリとアイーダが下したフォトン・バッテリーの再供給を待つとの方針に対しての大きな反発も起こり始めていた。そんななかでのベルリの失踪事件だったのである。

トワサンガとザンクト・ポルトは、合同で捜索隊を結成してベルリが搭乗したとされるカール・レイハントンの愛機カイザルを探し回っていた。しかし宙域のどこにも機体は存在せず、またカイザルの性能も正確なことがわかっていなかったことから捜索は難航していた。

ノレドだけはベルリの気配を感じていたが、これもはっきりしたことがわからない以上信用していいものではない。アジアでは国家同士のフォトンバッテリーを使用しない陸軍による戦争が始まったとの噂もあり、枯渇しつつある資源とともにキナ臭い空気を世界に充満させていたのである。

最後のミーティングから間もなくして、ザンクト・ポルトに久しぶりのクラウンが到着した。アメリア帰還組がそれに乗り込むのを見送ったあと、ノレドたちトワサンガ組はメガファウナに乗船した。勝手知ったる様子でブリッジに上がってきたノレドとラライヤに、ドニエルは不安を口にした。

「メガファウナもフォトン・バッテリーが厳しくなってきてなぁ。さっきクラウンに乗ってきたキャピタルの人間にも話したんだが、もしザンクト・ポルトに物資を運べなくなったらクラウンを動かして地上から物資を運び入れ貰わなきゃなんねぇんだよ」

「ザンクト・ポルトの農業ブロックでは市民の食料は賄いきれませんからねぇ」

ラライヤは相槌を打ちながら溜息をつく。ノレドは「ベルリが何とかしてくれる」と言いかけて口をつぐんだ。ベルリはいなくなってしまったのだ。

(カイザルがカール・レイハントンだとしたら、ベルリをどこに連れていっちゃったんだよぉ)


3、



ビーナス・グロゥブを再訪したメガファウナが2隻の運搬船を伴って地球圏へと離れていったすぐ後のこと・・・。

突然分離したラビアンローズの艦長席に古式ゆかしい軍服を身に着けたひとりの金髪碧眼の男が座った。彼の名はカール・レイハントン。1000年前に1隻のラビアンローズとともにビーナス・グロゥブの集団に加わった肉体を捨てた種族の事実上のトップであった。身分は大佐であったが、肉体を捨てて久しい彼らに階級は意味をなさないものだった。

彼はフォトン・バッテリーの技術を有して帰還してきた別のグループに、地球圏の新しい仕組みについて提案を行った。それは地球を種の保存のための囹圄として使おうというものだった。そこに人類は存在させず、地球人類はすべて宇宙に上げて思念体として永遠の命を授けようというのである。

あなた方も永遠の命に乗り換えませんかと告げられた時、相手はそれを受け入れるしかない状況だった。相手のラビアンローズ内では、当時深刻な食糧不足が起こっており、自らの遺伝子から人工胚を作り艦の運用は最低限の人員で行っていたもののそれでも食料は足りていなかった。飢餓は彼らから文明の失わせようとしており、そのことを自覚して恥じてもいた。特に食人習慣においてそうであった。

生き残っていた者たちは、カール・レイハントンによって殺され、思念体となった。その過程でたとえそれが失われたとしても、彼らにはまだ胚から自分自身を育てるという希望があった。こうして彼らは肉体を捨てた。そののち、カール・レイハントンの提案、すなわち地球を種の保存の囹圄とし、その妨げとなる人類を地球から排除する計画を受け入れたのである。

ところが、やはり彼らは肉体への執着が強く、地球圏へ到着するなり人類の種の保存も必要だと意見を変え、肉体化したスペースノイドの生存を平和裏に行うために、フォトン・バッテリーの供給をコントロールして人類の過度な文明発達を抑制するプランを逆提案してきた。計画はよく出来ていたので、レイハントンはそれを受け入れた。

「こうして我々はふたつのプランを同時に行うことになった。どちらを採用するかは、我々ジオニストに決定権が委ねられている」

と、カール・レイハントンが口にしたとき、ラ・ハイデンはほうと感嘆の声をあげた。

「ジオニストですか。これはまた古風な選民思想の言葉を聞いたものです」

「同格において選民思想は罪となるだろう。初期のジオニズムに瑕疵があったことは認めざるを得ない。しかしこうして1000年前の人間が目の前に現れる事態を、君はどう考えるか。わたしは選民思想を持ったただの人間なのか、それとも選民であるのか」

「あなたの年齢は1000歳だと」

「おそらくはもっと古く。宇宙世紀初期にまで遡るかもしれない」

「少しお尋ねしたいことがある」ラ・ハイデンは居住まいを糺した。「あなたの個性はある特定の人間のものなのか」

「個性は思念となったときにいくつも統合されるものだ。わたしはわたしとよく似た人間が幾人も合わさった人格だと思っていただこう」

「そうして思念は強化され、やがて怨念となるのですかな?」

ラ・ハイデンの挑戦的な口調にレイハントンは思わず笑みを浮かべた。艦長席に鎮座する彼を見上げるしかないラビアンローズの面々は、ハラハラと落ち着かない様子で事態を見守るしかなかった。そんな彼らの様子をモニター越しに察したラ・ハイデンは、レイハントンに提案をした。

「いまその艦に乗っている者らは、すべてレイハントン家のお仲間と思っていいのか? もし違うのならば、こちらに身柄を引き渡していただきたい」

「いや」レイハントンは首を横に振った。「肉体の殻を命だと思っている人間をジオニストとは呼ばない。ここにいるのはただの選民思想の愚か者らだ」

「で、あるならば」

返せとラ・ハイデンは要求したが、レイハントンは要求をはねのけた。

「すべての人間は選民となるべきなのだ。いまそれをお見せしよう」

レイハントンは艦長席に座したまま手を組み、どのような仕掛けがあるのかラビアンローズ内のすべての区画を画面に映し出した。ラ・ハイデンは初めて緊張した面持ちになり、モニターを注視した。画面に映し出されたのは、苦しみ悶えて命を落としていく人間たちの姿であった。最後のひとりが死んだとき、画面は座したまま鋭い眼光を向けてくるレイハントンに切り替わった。

ラ・ハイデンは従者に飲み物を要求して半分ほど飲み干すと、カチャリと杯を戻した。

「殺した、と思っていないから、あなたはそんな顔をしているのでしょうな」

「もちろん」レイハントンは静かに応えた。「命を奪ったのではない。わたしは彼らに永遠の命を与えたのだ」

「すべての人間に、ですか?」

「それを得る資格のある者だけに、かな」

「つまり思念体というのは、すべての人間に与えられる永遠の命ではないと」

「いや、個性が消えてなくなるだけで、命は永遠だ。すべての生物というのは、肉体の永遠性を求めて同種を増やそうとするが、それ自体が命の永遠性であり、さらに肉体の殻を捨ててもまだ命があると知ったならば、食い合い殺し合う生命の営み自体が非文明的で愚かしいものだと思えてくるものだ」

「なるほど、ご高説には感嘆いたしました。しかし、そちらにある1万を超える遺体、こちらに返していただけませんか。その代わり、こちらの兵を下げさせましょう。一時休戦とさせていただいて、弔いの時間を与えていただきたい」

「その間にわたしが船を地球へやらないと考えているのか?」

「あなたの目的は、人間から肉体を奪うことでしょう。だが、それを一方的に行うつもりはない。レイハントン、あなたはまだどのような形にすべきなのか迷っているようだ。ならば、こちらの要求を飲んでいただき、遺体を焼き弔う時間をいただきたいのだ」

「それが人間だというならば、君には失望することになる。だが、しばし考える時間をやろう」

そう告げるとやおらレイハントンは席を立ち、艦内のどちらともなく姿を消した。ラ・ハイデンは全軍にラビアンローズへの侵入を命令して、遺体の回収作業にあたらせた。


4、



「あれが本物のカール・レイハントンという確証がおありで?」

ヘルメス財団の緊急会議は紛糾していた。突然降ってわいたようなヘルメス財団の大物の出現にどう対処していいのか理解している者は、ラ・ハイデンも含めてひとりもいなかった。

「カール・レイハントンは宇宙を統べるような巨大な力を手にした偉大なニュータイプであったとの言い伝えは、あながちウソではないだろう。しかしどうも解せないのは、なぜいまになってということだが」

「それは反乱者たちが犯したことを思えば、あるいはレイハントンの子孫が再びこの地にやってきたことを思えば」

「理解できるというのか? そもそもあの巨大な構造物は何か。人工衛星のような形をしているが桁違いに大きい。あんなものをビーナス・グロゥブに隠して一体何がしたかったというのか。反乱というのならば、搭乗員を殺したのはなぜか。もうレイハントンひとりしかあの船にはいないのであろう? たったひとりでどうやってあんな巨大な船を動かすというのか」

「いまのうちにあの船を取り返せないか? あるいは暗殺も・・・」

「遺体回収以外の動きを見せるとどこからともなく攻撃を受けたそうだ」

「ではほかに乗組員がいるのではないのか?」

「思念だけといっていたであろう? 彼らは幽霊のようなものではないのか?」

肝心のラ・ハイデンは、犠牲者を弔うための葬儀に出席していた。スコード教の熱心な信者である彼は、市井の人間に混ざって犠牲者に祈りをささげるためこうべを垂れていた。

儀式が進むにつれ、ラ・ハイデンは、彼ら反乱者の多くに正式なIDがないこと、IDがなく勤め場所も不明なのになぜか家族はおり、一般人と同じように家族を持っていることなど続々と判明する事実に驚きながらも眉ひとつ動かさずじっと前方を見据えていた。彼は教会の椅子に腰かけ、間髪置かずやってくる役人の話に耳を傾けた。

火葬に向かう遺族にお悔やみを述べたラ・ハイデンは、その脚でヘルメス財団の会議に参加した。椅子に腰かけた彼はすぐに口を開いた。

「ビーナス・グロゥブよりパージされたものは、我々の祖先が地球に帰還する際に乗ってきた船だと思われる。あれはラビアンローズといって、移動式のドッグなのだ。外宇宙から戻ってくるほどの高性能であるから、我々の科学力より優れた古い時代の手強いものであろう」

「レイハントンはあれを隠して何をしたかったのか。もし我々が受け入れられる条件ならばすべて飲んで・・・」

「降伏するのか?」

「ではどうせよと?」

すぐに白熱する議論を、ラ・ハイデンは杖の音で遮った。

「ヘルメス財団1000年の夢に決着をつける時が来た。その当初の目的も忘却しつつある我らの前に、1000年前に理想を作り上げた人間が姿を現した。要はそれだけのことに過ぎない。あなたらはビーナス・グロゥブにおいて義務的労働に勤しみ、よってアグテックのタブーのいくつか解除され、本来の人間より長寿を享受している身であろう。であるなら、狼狽するのはよし給え」

ラ・ハイデンは右往左往するヘルメス財団の人間を杖の音で制した。これで少しは静かになったが、参集したヘルメス財団の高官たちの覚悟のなさには呆れる他なかった。停戦協定の猶予はすぐに過ぎ去り、ラ・ハイデンは何ひとつまとまらないまま総裁として再びレイハントンと対峙せねばならなかった。いっときどこかへ姿を消していたレイハントンは、再びラビアンローズの艦長席に座した。先に口を開いたのはラ・ハイデンであった。

「カール・レイハントンの望みを聞きたい」

「わたしの望みは君らを俗物に貶めているその肉体に価値はあるのかと問うことだ」

「問うこと。ならば応えましょう。生きることに価値がなければ、地球を生命の囹圄にするとのお考えも価値がないということになる」

「では問うが、生きるためにピアニ・カルータは何をしたか」

「彼は生きるために強くなろうとしました」

「殺し合いをすることで生物は強くなる。それは確かなことだろう。つまり、戦わせないことを選んだヘルメス財団の願いは間違っていたということでいいのか、ラ・ハイデン」

「行き詰ったのはあくまでビーナス・グロゥブの環境下においてのこと。この地で起こったムタチオンの恐怖が、ピアニ・カルータを極端な競争信奉に駆り立てた。彼の虚偽報告に騙され、地球にフォトン・バッテリーを過剰供給してしまった罪はこのラ・ハイデンのみが負いましょう」

「覚悟は良し。だが、いくら地球から遠く離れているからといって、聡明であった前総裁ラ・グーを謀り続けるのは個人の犯行では不可能。君の傍にいる多くの者が関与していたと告発したら君はどうする? レコンギスタの誘惑は彼ひとりが謀られたわけではない。もうずっとずっと前から、レコンギスタは肉体を持つ者らの願いであったのだ」

ラ・ハイデンはギュッと唇を噛んだ。

「あなたがそうおっしゃるのなら偽りはないのでございましょう。ヘルメス財団の中にピアニ・カルータの協力者はいましょう。肉体を持つ者はレコンギスタを目指すと?」

「その通りだ。人間の肉体は地球環境に適応して進化したもので、宇宙に適応したものではない。肉体は重力を求め、1Gの環境に戻りたがる」

「それを果たしてはいけないのでしょうか?」

「人の活動は地球環境に負荷をかけすぎる。だからこそアグテックのタブーを設け、フォトン・バッテリーの供給量でその活動を制限すると君らの先祖は約束したのだがな」

「それは守ります。法を犯す者はいつの時代もいるのは仕方がない。それをもって生命が無価値というのは極論に過ぎるのではありませんか、レイハントン」

「人間が法を犯すのは、肉体の維持を前提にするからだ。法を犯すことを仕方がないというから、人間は過剰を求め、過剰に安心する。そして俗物と化すのである」

「肉体を持った我々の命が、レイハントンの命、永遠の命より価値がないならば、我々は滅ぼされるべきなのだとそういわれますか?」

「それを決するために問うているのだ、ラ・ハイデン。わたしはジオニストにして、エンフォーサーである。わたしは最終決裁をせねばならない。肉体に価値があるというのなら、どうかこのわたしを説得していただこう。すべての人間が思念のみの霊体となって地球の守護者となることが、地球を生命の囹圄として半ば永遠に、その寿命が尽きるまで見守る尊い義務へと誘うことになる。人間が地球の資源を食い尽くし、多くの生命を絶滅に追いやることのどこに尊さがあるというのか。人は尊くなくともいいのだというのならば、いますぐ君らの命をその醜い肉体から剥ぎ取ってやってもいい」

殺されると感じたヘルメス財団の幹部らは一様に震え上がった。ラ・ハイデンは杖を突いて俗物たちの恐怖を抑え込んだ。壮健にして美丈夫のラ・ハイデンは、不利と分かってなお果敢に議論を挑んだ。

「カール・レイハントンに問う。ではあなたはなぜ我々が肉体を持つのを黙って見過ごし、ビーナス・グロゥブに天体ほどのフォトン・バッテリーが積み上がるのを黙って見ていたのですか? 500年、あるいは1000年前に、肉体に戻るすべを断っていたならば、何の憂いもなかった」

「それが猶予というものだ。肉体を持つ者らは、人間の過剰を戒め、地球人類を秩序正しく導くことができると考えていた。その時間を与えたまでだ。そして起こったことが、クンパ大佐事件であり、今回のジムカーオの反乱である」

「やはりジムカーオが反乱を起こしましたか」

「あれは元はクンタラであったが、ニュータイプ試験の成績が良く、従わねば身内の命を奪うと脅され、泣く泣く教義を捨ててエンフォーサーに加わった男の残留思念だ。おそらくビーナス・グロゥブに古い資料があろう。彼がラ・グーより古い人物なのは、肉体を捨てた存在であるからだ」

「ではこういうことになりましょう。ピアニ・カルータは我々の罪。ジムカーオはあなた方の罪です。肉体を持つ者の罪というならば、そうなるはずだ」

「クンタラは肉体の継続のみに生き、約束の地カーバへ魂を運ぶことが血統の義務とされている。それを捨てさせられたことがおかしくなった原因である。これも肉体があるがゆえの悲劇であろうに」

「クンタラとおっしゃった。クンタラはかつて永遠の命を与えられなかったのか、それとも拒否したのか。正直にお答えいただきたい」

「そのどちらもだ。クンタラは食人習慣の被害者の総称である。わたしの提案を彼らは拒否したが、別の場所では与えられなかったかもしれない。クンタラは永遠の命を拒否した。それは、彼らがその肉体を魂を運ぶための道具として位置付けていると知ったゆえ、こちらも無理強いはしなかった。彼らは生きるためにどんな汚いこともする。そして蔑まれる。それでも、魂をカーバに運ぶ器としての存在をやめなかった。その教義はかなり強力なのである。ジムカーオはそうした存在であることを奪われて、思念体をなった。いまも地球圏にそれはある。彼が何を望んでいるのかおおよそはわかるが、彼の目論見は失敗するであろう。ビーナス・グロゥブより援軍が来ないからだ」

そのとき、ヘルメス財団の幹部のひとりが話に割って入った。

「レイハントン閣下に是非お伺いしたい。貴殿は先ほどより永遠の命を持つ者と肉体の命を持つ者を対比させておられる。では、ベルリ・セナムとアイーダ・スルガンはどうなるのですか? あなたの血を分けた子孫なのでしょう? ご自身が子孫を残しておられるのに、我々は否定なさるのか?」


5、



トワサンガに寄港したメガファウナを降りたノレドとラライヤは、ノレドが借り受けることになっているサウスリングの小さなアパートへと荷物を運び込んだ。

ノレドはさっそく窓を開けて、新しい自分の住処の外に何が見えるのか確認した。そこはキャベツ畑であった。刈り入れ前で紐で縛られたキャベツがいくつも黒い土の上に並んでいた。堆肥の臭いが気になったノレドは、いそいそと窓を閉めた。

「ちょっと臭いでしょう?」ラライヤは笑った。「ここは以前フラミニアと一緒に暮らしていた部屋なんです。堆肥が臭ってくるので部屋代が安くて。でも交通の便はいいんですよ」

「んー、眺めはいいけどねぇ」

「収穫後にいらない葉を切り落としてそのまま次の堆肥にするんですけど、そのときが1番臭くて」

「あーーーッ」

窓の外に農家の馬車を見つけたノレドは、また窓を開けて大声で声を掛けた。元気な声に驚いた農夫はそれが一時はレイハントン家の妃になるはずだったノレド・ラグだと気づくと、馬を繋いで窓の外に駆け寄ってきた。

「王妃さま」

「よしてくださいよー」

「いや、王妃さま。聞いたかね? ついにビーナス・グロゥブから何かが来たって。でも、運搬船だけじゃないというんだ。わしら、殺されちまうのかねぇ?」

ノレドとラライヤは思わず驚きの表情を突き合せた。

それと同じころ、ベルリ失踪以降事実上のトワサンガ総裁を務めていたハリー・オードは、解散すると決めたばかりのトワサンガ防衛隊を再招集して使えそうなモビルスーツをかき集めることに奔走していた。

レーダーに映し出されたのは、彼が薔薇のキューブと呼ぶものと、無数の艦艇だったのである。


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