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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第43話「自由民主主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第43話「自由民主主義」後半



1、


タイは元々多民族国家であった。それが地球の暗黒期に華僑が土地を去ってしまい、残された少数部族などが王室を中心に言語や風習を整え、単一民族国家になった歴史があった。彼らは自らの力によって差異を乗り越えた自信に満ちており、単一性に誇りを持っていた。あっさり人工的な統一宗教であるスコード教を受け入れたのも、民族格差を乗り越えようとする機運が高かったためである。

単一民族は理想を共有しやすい。本来他者との違いを認め合う手段であるはずの自由民主主義は、おおよそ単一民族の国家においては、支配層の認証手段にしかならず、意見集約の手段にはならない。日本屋台において民主主義は、ごく稀に支配層の数人かを拒否するための手段になっていた。

アメリアのような移民国家や多民族社会、あるいはゴンドワンのような個人主義の国家において自由民主主義は、あらゆる立場の意思表明と、異なる理想の意見集約の手段である。だから彼らは選挙において自分の考えを多数派にしようと言論を駆使して訴える。それらに共鳴する者が多い人間が当選して、政治の役割を負う。

大して単一民族に近い国家は、あるべき理想に違いがないがゆえに、改めて自分たちの民族の理想を問うようなことはしない。なるべき人間が支配層になっていく。しかしごくたまに民衆の勘気を買う政治家が出現する。不正蓄財を働いたり、性的にだらしない人物などがやり玉に挙げられる。そんなとき、単一民族の自由民主主義は拒否という形で強く意見表明がなされる。

誰かを選んだり、自分たちの代表を議会に送り込もうと戦うのではなく、資格がないと思われた者を排除することが重要な政治活動になるのだ。これは、集団内で理想が大きく違わないことに端を発した政治行動であり、単一民族国家の特色である。東アジアのように国家が遥か昔の時代の国家体制に準拠している地域はどこもそうだった。

もし東アジアにおいてゴンドワンのような統一国家が模索されたらどうなるか、ハッパは考えてみた。その場合はかなり激しい政治対立が起こり、多数派の形成が少数派を圧迫し、ひいては迫害や弾圧、最悪の場合民族浄化に繋がる恐れがあった。ハッパはアイーダの理想主義的な政策を思い出してヒヤリと背筋を震わせた。アメリアの理想を東アジアに持ち込むことは、東アジアにおいて民族浄化を引き起こす可能性があったのだ。

幸いなことに、アイーダの政策はアジアにおいて受け入れられたといっても、それぞれの民族が承認した程度のことに過ぎず、民族を解散させてアメリアの理想に従おうとする勢力は形成されなかった。もしそうなっていたら、アメリア人はその傲慢な態度によって東アジアに大混乱をもたらしていたはずなのだ。

現在東アジアでは戦争が起こってしまっている。しかしそれは、東に共産革命主義、西に反スコード主義が発生したからにほかならず、アメリアの世界統一主義的価値観の提示を体現しているのは、自由民主主義陣営ではなく、共産革命主義や反スコード教主義の方なのだ。このふたつの勢力は、アメリアと対立する意見であるが、それはアメリア主導の世界に対するアンチテーゼでもある。

そうして世界は、アジアにおいて3つに分裂してしまっていた。東に共産革命主義、西に反スコード主義、南に自由民主主義である。いち早く自前のエネルギーを確保した日本は、船舶を動員し南方国家に働きかけて自由民主主義陣営を固めつつある。だが、タイとよく似た単一民族的国家である日本の自由民主主義は、アメリアやゴンドワンのものとは違う。イデオロギー化された自由民主主義は、国家に強いまとまりを発生させて、覇権主義的気分を熟成してしまう危険も孕んでいた。

タイがまさにそのような状態に陥りつつあった。彼らは東アジアの混乱を収拾させるという民族的理想に前のめりになり、周辺国すべてと事を構える準備を開始してしまっているのだ。自由民主主義にこのような本質的違いがあるとは考えてもいなかったハッパは、ハノイに援軍を出してくれるようにタイ政府に頼み込むつもりであったが、そうもいかなくて困ってしまった。タイ政府は旧ベトナムを侵略するつもりになっているからだ。そうなればもちろんジャングル地帯になっている旧カンボジアやラオスも一気に平定されるだろう。タイの拡張主義に与していいのかどうか、悩ましかった。

ハッパが頭を抱えたまま数日を過ごしている間に、シンガポールから政府の使者がやってきた。乗ってきたのはハッパが逃げてきた日本のディーゼル船である。南方の国家はあらかた日本とその他の国々の同盟がまとまり、タイを軍事拠点にして共産革命主義との対決に踏み切る算段がすでに付いているという。その場合、自由民主主義陣営は、タイから東進し、日本から西進し、南方国家連合は香港と台湾を奪還すべく動くのだという。

「大戦争じゃないか」

ハッパは真っ蒼になった。こんなことをやっているから、ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンはフォトン・バッテリーの供給を躊躇し、カール・レイハントンは人類絶滅後の地球の安寧を夢見るのだ。そしてわずか数か月後、地球はフォトン・バッテリーのエネルギーの大解放によって地表が剥ぎ取られ、陸上生物の大半が絶滅したのちに全球凍結に見舞われてしまうのだ。

「半年なんてすぐそこだ。戦争が端緒についたところで人類は絶滅してしまう。なんてことだ。これを止める手段なんてあるのか?」


同じころ、インド政府の内閣調査室の職員に請われる形で、ラライヤはYG-111とともにインドにやってきていた。

「話が違うじゃありませんかッ!」ラライヤは激高していた。「共産主義とかいうのが山を越えてやってきたら戦争になるから助けて欲しいのだとあなた方は言っていたのでしょう?」

東アジアの地理に詳しくないラライヤのために、内閣調査室のメンバーは地図を広げて現状を説明していた。インド政府は目下西に発生した反スコード教の動きと、東のタイ政府の拡張政策を主に恐れていた。そこで、反スコードテロリストの多い旧バングラディッシュを制圧して、さらにジャングル地帯に少数部族がひしめく旧ミャンマーも勢力下に置きたいと言い出していたのだ。

「情勢が変わったのです。ベトナムの状況を分析した結果、共産主義勢力が旧チベットを越えてインドに侵入するのはまだまだ先です。しかしベトナムを放置していたらいずれはそうなります。同時にタイも厄介な国なのです。あの国はもともとわたしたちと同じような多民族な社会だったのですが、地球の暗黒時代に華僑が土地を去ってしまい、少数部族が言語風習を統一化していったごく新しい単一民族国家なんです。彼らは覇権主義的になりやすい。なぜなら部族社会を解体して単一化させることが幸福に繋がると信じているからです。彼らがこちらに攻めてこないように、せめてミャンマーの東側は勢力下に入れておきたい」

「そんな話に協力はできません」

インド政府は、ある貧しい少女が行った「ララアという救済者がインドを救う」との予言を信じており、それがラライヤのことだと確信していた。ラライヤはアジアのことなど知らず、そのような申し出は迷惑この上なかった。

インド政府はYG-111を接収するつもりでいたようだが、ラライヤ以外ではまったく動こうともしない機体に手を焼いていた。彼らがいつ本性を現して自分に銃を突きつけてくるかとラライヤはヒヤヒヤしていたが、予言のことが意外にも彼らに自制心をもたらしているようだった。

しかも内閣調査室のメンバーにはニュータイプの資質のある人間がいるらしく、ラライヤのそばには強い力を持つ女性がいると見抜いているようだった。ラライヤには確信はないが、自分が何者かに支配されることがあるとは自覚していた。それが彼らの話すララアなのかどうかはわからない。もっと別の人物や、あるいはカール・レイハントンかもしれないのだ。ラライヤは、カール・レイハントンの近くにいたときの記憶が曖昧で、何者かに操られていたような記憶も残っていた。

「あなた方は戦争の結果ばかりを気にしていますが、そんなものは人類絶滅の前では些細な争いにすぎません。間もなく人類は滅亡する恐れがあります。これは脅しじゃありませんよ」

「小さな国ひとつを平定するのだって容易じゃないのに、人類が絶滅したりするものですか」

インド政府はまるで取りつく島なく、ラライヤの話は一笑に付されてしまったのだった。

しかし彼女の脳裏には、人類絶滅後の地球を外から眺めた光景がまざまざと刻まれていた。


2、


民主主義は民衆が王に成り代わる制度ではない。政治を担う者らが民衆本位の政治を目指す社会体制が民主主義、民本主義、デモクラシーである。

では、いったい誰が民衆本位の政治を上手くやってくれるのか。その答えはデモクラシーの中には含まれていない。民衆は選挙を通じて人を選び政治に参加するが、賢者から学習する民衆がごく一部であるのに対して、愚者に共感する民衆は常に多数であった。民政はむしろ、民衆が選挙に参加するがゆえに失敗が約束されているといってよかった。

民衆は社会の多数であるがゆえに、民衆本位主義つまりデモクラシーは、多数の幸福を希求する社会制度であるはずであった。では多数の幸福を希求する人間とはいったい誰なのか。民衆は一人一人は個人である。民衆は個人において利己的で、他者の幸福と自分の幸福が同時に達成されない場合、他者を貶めてでも自分の幸福を追求する。自分の幸福が自分の無能によって達成されない場合、他者をうらやみ憎むことさえある。なかには他人の不幸だけが生きがいの人間さえいる。

そんな人々の幸福を追求する代表者とはいかなる人間なのか。ベルリはミャンマーの部族たちとの交流の中でそんなことを考えていた。

ジャングルに暮らして地球の暗黒時代を生き抜いてきた彼らには、風習や習俗の中心に民本主義がある。少数部族は部族全体の利益を第一に考えて行動する。個人と部族が一体となっており、公平な分配によって部族の単位が大きくなることを望み、それを望まない者は容赦なく排除していた。族長は王の立場にあるが、その権威は部族の権威と同一であった。

もっとも未開とされる部族社会において、民本主義つまりデモクラシーは当たり前のものとして存在していた。物事決める際には部族全員が集会所に集まって協議する。そこでは様々な議論が噴出するが、最終的な決断は多数決でなされ、多数決が拮抗している場合は族長に判断が委ねられる。物事が決すれば、皆してそれに従う。意見の表明、意見数の確認、意見の集約、デモクラシーに必要なものは部族社会には当たり前のように備わっていた。

ベルリは周辺都市部に情報網を持つ彼らに、最新のニュースを提供してもらう代わりに、ミャンマーへの各国の進軍を阻止する役目を請け負った。最初に出撃したのは、反スコード教による東進であった。ただし長くは土地に留まれない、それはあらかじめ伝えてあった。

どのような争いも、ガンダムが出撃すればたちどころに敵は逃げ出した。長らくアグテックのタブーとされ、またその前の暗黒時代には世界に存在しなかったモビルスーツは、それを初めて目にする人間にとって神話的な巨人そのものであった。盾と槍で装備した軍勢は、白い巨人の出現によって蹴散らされた。タイの先遣隊ともベルリは戦った。タイの軍勢はモビルスーツの出現に怯えることはなかったが、戦うことなく自国領内へと戻っていった。おそらくは国王に報告されているはずだった。

ジャングルの中で、解体された野生動物と粗末な粥の食事を摂りながら、ベルリとノレド、それにリリンは、山岳地帯沿いにゴンドワンに抜けるルートを取るには、食料が足らなくなっていることを話し合った。ハノイが奪還されたことで共産主義勢力の圧力は弱まっており、反スコード主義勢力はガンダムに恐れをなして近づかなくなった。残るはタイであった。だが、タイは近代兵器も装備しつつあり、交戦になると犠牲者が出る。ベルリはそれを嫌がり、驚いたことにミャンマーの部族たちもそれは望んでいないようだった。報復を恐れたためである。

かといってタイが侵攻するのを待っていたら、残りに期日までにアメリアへ到着してフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されるのを防ぐことはできない。なるべく早くアメリアへ到達して状況を改善しなければならない。一方で、ベルリはいまのままの自分たちがアメリアへ一足飛びに戻っても状況は変えられないのではと危惧していた。何かを学んで、確信をもってカール・レイハントンやラ・ハイデンと対峙せねばならない。それにガンダムがどのようにかかわるのかも考えねばならなかった。

毎晩のようにリリンと話をして、彼女が見ていた破滅後のイメージは、複数の人間が見たイメージではないかと推測できた。ひとりはウィルミット・ゼナム、ベルリの母である。ひとりはどうやらラライヤではないかと思われた。しかもリリンは、このふたりが未来に達する前に、ふたりが見たものを自分の目で見ているのだ。時系列を整理するとそうとしか考えられなかった。

ベルリもノレドもリリンも、地球が破滅する瞬間やその後の全球凍結の世界には達しないまま過去に戻ってしまった。だが、リリンが地球にやってきたとするラライヤにはその後の記憶があるのだ。この違いが何を意味するのかも考えねばならない。

「いろんなことを知って、備えて、それであたしたちは上手くやれるんだろうか?」ノレドは不安そうだった。「ミャンマーの部族の人たちが先進国の近代的な国家より上手くやれていると思っちゃうことすら、本当に正しいのかって不安で不安で」

「心配したってしょうがないけれど」ベルリも徐々に疲労が蓄積していた。「ノレドの話で、地球で行おうとする計画経済主義と宇宙での計画経済は実体としてまったく異なるものだというのは分かった。労働に対する嫌悪から生じた計画経済主義は、物資不足に陥るか、搾取や簒奪を繰り返して他国を侵略する以外に成り立たない。だから覇権主義的になる。一方でタイを見てもわかるように、自由民主主義も覇権的になり得る。ホーチミンでは、共産主義に対抗したサムフォー夫人が今度は領主の座に納まって圧政を敷き始めたという。彼らを部族社会に戻してまで生きながらえさせることが正しいのか、ぼくにもさっぱりわからない。カール・レイハントンは論外としても、ラ・ハイデンの緩やかな文明の死までは受け入れなきゃいけないかもしれない」

するとリリンが首を横に振って話に加わった。

「ハイデンのおじさんは、負けたっていってたよ」

「誰に?」

「レイハントンに。時間切れだって」

「時間切れ・・・。地球が虹色の膜に覆われて、フォトン・バッテリーが大爆発を起こしたことを指しているのだろうか?」

「だったらさ」ノレドが務めて明るくいった。「クリムさんが大気圏突入に失敗したことが原因なんだから、あれを阻止すればよくない?」

「でもなぜクリムが死んだら地球がああいう状態になったのか原因がわからないから。あれもカール・レイハントンの仕業だったらお手上げだ」

連日彼らは話し合ってみたけれど、答えは出そうになかった。


3、


タイから使者がやってきたのはしばらくしてのことだった。ミャンマーには交渉相手になる政府がなかったが、その使者はベルリのところに直接やってきたのだ。使者とは、ハッパのことだった。

「白いモビルスーツというのは、やはりベルリだったか。それにノレドも。無事でよかった」

4人は再会を喜び合った。ハッパはさっそく話を切り出した。

「実はタイでジムカーオに会ったんだ」

「ぼくらも彼に会いました。やはり幻なんかじゃなかったんですね」

「そうさ」ハッパは言った。「幻なんかじゃない。それどころか、彼はいまアメリアのクンタラのグールド翁のところに潜り込んで、アメリアのクンタラに接触しているらしいんだ。これがなかなか面白い話で、アメリアのクンタラは、クンタラの教義のことをまるで信じていないというんだな。つまり、肉体を維持してカーバに至る云々というベルリが話してくれた内容さ。アメリアのクンタラはあんなものはまるで気にせず、現世利益のみを追求した堕落したクンタラらしい。クンタラ解放戦線もかなり変質してしまっているようだ。マスクにいたっては、カーバはこの世界のどこかに実在する場所だと思い込んでいたらしいからね。そんなわけで、ジムカーオはそんな彼らに本当のことを教えたらどうなるか興味を持っているみたいなんだ。絶滅が起こる前に彼はアメリアのクンタラとクンタラ解放戦線のマスクに接触するつもりでいる。もうひとつは自由民主主義のことなんだけど、タイの覇権主義が陣営の中で問題にされ始めて、彼らを押さえ込むためにゴンドワンを利用しようという話になった。そこで君らにゴンドワン政府に反スコード主義を叩くよう説得してほしいというんだ。インドの西で起こった反スコード主義をゴンドワンが牽制するだけで、タイは西を侵略する大義名分を失う。どうだろう?」

「いいと思いますよ」ベルリは賛同した。「タイが侵略してこなければ、ぼくがミャンマーにいる理由もなくなる。東アジアはいまより安定します」

「そうだろう。だからできる限り早めにゴンドワン政府と接触してほしい。ただあそこはクリムとマスクに好き放題されて、挙句核爆発を起こしてメチャクチャになっている。政治状態がどう変化しているのでわからないから、危険な任務になるけれども」

「それは構わないです。ぼくらは行きます。ハッパさんはどうされるんですか?」

「ぼくはハノイで世話になった老人に恩返しするために残るよ。アメリアへ戻ってセレブになる夢は諦めた。だって、世界が破綻しちゃったらセレブなんて意味ないからね。当初の目的だったこの東アジアに骨を埋めるつもりになっている。だから君らが世界の破滅を食い止める英雄的な場面を目にすることはできないけれども、ずっと君らに期待して応援しているから。あ、そうそう。ぼくはハノイでラライヤに会ったよ」

ベルリたちは目を見合わせた。「ぼくらも、遠くからG-セルフの機体は確認したんです。でも、彼女がどんな役割を負っているのか、現在のG-セルフの位置づけに確信が持てなかったので接触しませんでした。彼女はどんな感じでしたか?」

「ううん・・・」ハッパは首を捻った。「前と変わりないような気もしたけど、彼女も時間を遡ってきているわけだから、何か役割があるんだろうね。でも最初の戦闘の後に姿を消してそれっきりなんだ。いまはどこにいるのかもわからない」

ハッパとは一晩を一緒に過ごした。翌朝彼はミャンマーの部族の何人かと話し合ってタイが攻めてこないことを伝え、ベルリたちを解放してもらった。部族長たちはベルリを快く送り出してくれた。

ハッパを見送ったのち、ベルリたちは山岳地帯に沿って北西へ進路を取った。ここは共産主義勢力と反スコード勢力が入り混じった地域であったが、大きな戦争は起こっていなかった。彼らはジャングルにこそ住んではいないが、地域社会が孤立しており、部族社会のような安定的な規律があった。ベルリたちは途中で何度も補給をしながら、西へ西へと進んだ。


そのころラライヤは、インドに出現したという予言の少女の墓の前に立っていた。内閣調査室のメンバーは、ラライヤのそばにもうひとり誰かがおり、ラライヤが予言のララアだと信じて疑わない。しかし、ラライヤはそんなことを言われてもピンとこないどころか何やら不気味な気すらしていたのだ。

「インドを救えっておっしゃいますけど」ラライヤは早くベルリたちを探したくていささかうんざりしていた。「タイや他の国々と共闘して共産主義や反スコード主義と戦えばいいだけでは?」

彼らはインドの利益の追求のことしか考えず、キャピタル・テリトリィの地位が低下したこの状況でさらなる混乱をもたらそうとしているようにしかラライヤには見えなかった。

自由民主主義は、民衆本位主義のことであり、政治を担う人間が民衆本位で政治を行えばそれはおおよそ自由民主主義と見做される。担保となっているのは、部族社会から発展した旧体制の国家であり、各国の歴史や習慣、習俗の中に民衆本位に物事を考えるものがあると前提して物事が成り立っている。それは地球連邦政府が存在しない宇宙世紀以前の社会体制であって、国家がほぼ極限の大きさであった。

キャピタル・テリトリィを中心とした世界体制は、フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在を前提にした、ある意味神治主義に近いものがある。地球連邦政府は国家が近代国家を解散して参加した社会体制で、内部で揉め事が耐えなかった。それもそのはず、自由民主主義を前提に世界政府を作り上げることは民衆本位主義を担保するものがなく、困難だったのだ。

それを補って、地球連邦政府に似た組織を作り出したものが、キャピタル体制であった。フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在が、民衆本位主義を維持する担保となっていた。

それが失われた途端に神治主義の幻想は崩れてしまい、自由民主主義は国家連合として生き残りつつ共産主義のような世界主義と戦うしかなくなった。共産主義は人治主義であり、どこか他の国の誰かの思惑によって別の国家たる存在が服従させられることになる。そこに民衆本位主義の担保は存在しないのだ。労働者なるものならばどこのだれであれ単一の存在と見做すのは、労働者の生活者としての側面を見落としており、民衆本位主義の根幹である文化風習を破壊させられるだけに終わる。

いったんそれが破壊されてしまうと、枠組みとしての近代国家なるものは回復できるが、自由民主主義を成り立たせる根幹だけは失われた状態で、暴力装置としての軍や警察が失われた根幹を補おうとするので一応理想主義の一形態である共産主義よりタチが悪くなる。

どうもインドというのはそういう状態にあるらしい。ただあまりに多民族でありすぎるために、軍政が目立たないだけなのだ。

ラライヤは雰囲気でこうしたことを感じ取っており、インド政府とは距離を置くつもりであった。だが気になったのは、予言の少女の存在であった。暗黒時代の遥か前に宇宙で亡くなったララアというのはどんな存在なのか。その人物が生き返るなどとなぜ予言されたのか。それだけ知っておきたかった。

「リーナは、両親のいない孤児で、取り立てて目立たない少女でした」孤児院の女性職員が話してくれた。「病気がちな子でしたが、1か月前くらいからしきりに予言をするようになったんです」

「どのような予言だったのですか?」

お墓の前に佇む彼女たちの頭に、霧のような雨が降り注いできた。ラライヤのことを予言の女性だと聞かされていた職員たちは大慌てでラライヤを建物の中に避難させた。

「1か月前ですか・・・」

ラライヤはハッパからちょうどそのころ突然ベルリたちが日本行きの船の上空に出現したと聞いていた。つまり、ベルリとノレドが時間を遡って出現したころに、リーナという少女はビジョンを見るようになったのだ。相手の女性は、予言のことについて語り出した。


4、


「リーナが見ていたのは未来の出来事です。この地球で大爆発が原因の天変地異が起こり、地上の生物がすべて絶滅するというのです。最初はおかしな話だと誰も相手にしなかったのですが、地表が剥がれていく描写や大気が土煙で灰色に濁っていく様子、その頭上では虹色の膜が地球を覆っている不気味な姿、さらに舞い上がった砂がすべて落下した後にやってくる氷河期のことなどあまりに真に迫っているので、政府の方が調査にやって来まして、リーナにはニュータイプの素養があると。だからもしかしたらそのようなことが起こるのではないかというのです。しかしそれを、ララアの転生が悪を滅ぼして救うというので、にわかに騒ぎになりまして」

「ララアというのはそれほど有名な方なのですか?」

「古い土着信仰の中の神さまのひとりなんです。インドではスコード教の神でもあります」

ラライヤは首を捻った。

「でも、おかしくありませんか? インドを救うという話ではないような気がしますが」

「ララアはインドでしか信仰されていない神ですから、インドを救うのは当然じゃないでしょうか? だって、信仰していない人たちを救う神さまなんているのですか?」

こうした考えをなくすためのスコード教ではなかったのかと、ラライヤは憤慨した。相手はそんなラライヤを理解できない。アースノイドはどうしてこうなのかとラライヤは悲しくなるばかりだった。

ハノイが自由民主主義陣営に奪還され、タイが周辺諸国への派兵を思いとどまったことで、東アジアは一時の緊張は解かれて落ち着きを取り戻した。そんな折に、ミャンマーを白いモビルスーツが防衛していたとの情報がラライヤの耳に入った。

ガンダムはやはり時間を遡っていたとハッパの話の裏付けを得たラライヤは、YG-111でインドを出ようとした。だがそのとき、インド政府はモビルスーツを戦略に組み込んだ東進計画を策定中で、ラライヤの離脱を認めようとしなかった。

「白いモビルスーツのおかげでミャンマーへ侵攻できなかったわけです」彼らはいった。「それがいなくなっていよいよというときに、なぜララアがこの地を去ってしまわれるというのですか?」

ラライヤは、人と人との間にある断絶というものを強く意識した。宇宙世紀の時代でさえ、近代国家の壁は乗り越えられ、地球連邦政府が作られることになった。地球連邦政府がスペースノイドに対する搾取の上に成り立ち、決定的な対立を招いたことは問題であったろうが、それは果たして地球連邦政府の性質や体制が悪かったためなのか、考え方そのものが間違っていたからなのか、判然としない。

自由民主主義の根幹である民衆本位主義の限度単位は部族社会から発展した国家であるのは間違いないだろうが、それを乗り越える手段として人類共通の価値観を模索したことそのものは間違っていたとはラライヤには思えない。人と人との間にある断絶を乗り越える手段を模索する人類の歩みを否定することは、トワサンガやビーナス・グロゥブの人々の努力を否定することだ。

フォトン・バッテリーの供給は、スペースノイドによる地球支配のひとつの形であった。神治主義とまではいかなくとも、宇宙からやってくる神聖によるアースノイドの支配であり、それはクンパ大佐が根幹を揺さぶるまで上手く機能していた。アースノイドは宇宙からやってくる者の神聖を疑わなかった。それを受け入れる土壌は、遥か昔に発生したアクシズの奇蹟への信仰があったためだ。

「結局はそこに行きつくのか」

ラライヤは半ば監禁状態になったホテルの一室で断絶を乗り越えることに思いを馳せた。

自由民主主義を人類共通の価値観と仮定して地球連邦政府を作る。しかし国家を否定した地球連邦政府は、国家を維持してきた民族の文化・風習・習俗を徐々に否定して破壊していく。分配は約束されず、世界で活躍できる者と出来ない者に分かれていく。民族の中で守られた弱者はないがしろにされ、やがて弱者たちは民族的風習の中で達成されていただけの自分たちへの福祉を、個人の権利だと思い込んで団結し要求を突きつけるようになる。

上流階級に登り詰めた人間は、社会体制の維持のために彼ら弱者への福祉を権利だと認め、彼らに施しを与えるようになる。するとあらゆる立場の人間が権利を主張し始めて、結局は社会体制を揺るがしていく。増税は果てしなく続き、分配資本が足らなくなる。その皺寄せが、宇宙世紀時代にはスペースノイドからの搾取に繋がっていった。連邦政府という国家と国家の壁を乗り越える努力自体が、アースノイドとスペースノイドの間の乗り越えられない壁となって形作られた。

人と人との間にある断絶は、国家と国家、スペースノイドとアースノイドと拡大しながら一向に乗り越えることができず、やがて人類文明は破綻した。

暗黒期の人類を救ったのは、スペースノイドにおいては外宇宙への脱出計画であり、アースノイドにおいては部族社会への回帰であった。

そしてまた、レコンギスタによってこのふたつは接触した。スペースノイドは原始化した人類を観察しながら地球への帰還を待ち、フォトン・バッテリーの配給、キャピタル・テリトリィの整備、スコード教の普及を通じてアースノイドを教導しようと試みた。500年かけてようやく定着したころ、クンパ大佐がばら撒いたヘルメスの薔薇の設計図によって微妙な均衡は脆くも崩れ去った。

そこに、カール・レイハントンが戻ってきた。ニュータイプ研究を極北まで突き詰めた彼らは、もはやスペースノイドやアースノイドといった区別を乗り越え、人と人との間の断絶を克服した存在だった。彼らとの間にあるのは、断絶を超越した人間とそれを拒んだ人間との壁であった。

断絶を超越した人間は、それを拒む人間を必要となしなかった。文字通り新人類となった彼らは、旧人類との軋轢を繰り返し地球を再び壊死させることは拒まず、旧人類の滅亡を考えている。

そんな彼らの方針に目をつけたのが、メメス博士と娘のサラであった。スコード教という敵対者がいなくなり、クンタラ単一となることも、断絶の克服であることに違いない。だが本当にそれは維持できるのだろうか?

ここまで考えてみて、ラライヤは少し気分が悪くなった。サラのことを思い出すと、なぜか彼女は胸が苦しくなるのだった。

「サラ、サラ」

ラライヤはうめくように声を絞り出すと、胸を締め付けていた衣服を強く引っ張った。

何かを命令された気がする。自分には何か強い役割があった気がするのだが、どうしてもそのことを思い出せなかった。インドの土着の神になったというララアとはどんな人物だったのか。ニュータイプだというのなら、カール・レイハントンの仲間だったのだろうか。

「そんなはずはない。わたしは彼を殺すのだから」

YG-111が無人のまま動き出した。機体を警備していたインド人兵士たちは驚いて思わず発砲したが、原始的な銃で傷つくようなものではなかった。暗闇の中に発砲音が響き渡り、火薬が炸裂する光が点滅した。緊急放送用のスピーカーから警報が鳴り渡った。

夜を楽しんでいた若者たちは遠巻きにその様子を囃し立てるように眺めていたが、モビルスーツの巨躯が自分たちに迫ってくると血相を変えて逃げ惑った。YG-111はどのようなことをしても止めることはできず、警官たちはなすすべなく距離を取って見守るしかなかった。

ビルの間を抜けたYG-111は、ラライヤが監禁されていたホテルの前までやってきた。そして壁を一撃で破壊した。

ラライヤの部屋に轟音が響き渡った。壁が破壊されたことでコンクリートの破片が飛び散り、土煙が舞った。破壊された壁の穴から強い風が室内に吹き込んで舞い上がった塵を外へ押し出した。

半ば意識を失ったまま、ラライヤはYG-111の手のひらに乗り移り、外気に晒された。月夜の晩で、風は少し冷たかった。

群衆がそのさまを見守っていた。彼らにとってラライヤはララアという古の神であった。だが彼女は、群衆の叫びに何ら反応することはなく、しばらくモビルスーツの手のひらの上で風に晒された後に、ひとりでに開いたハッチの中へと消えていった。

そしてインドの地を飛び立ち、二度と戻ることはなかった。


次回第44話「立憲君主主義」前半は、6月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第43話「自由民主主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第43話「自由民主主義」前半



1、


革命の衣をまとった簒奪者たちは、ハノイ自由市民軍相手に総崩れとなって、北の砂漠へと逃亡した。西の水源地から馳せ参じた部隊と南のホーチミンから進軍してきた部隊はハノイの南数キロのところで合流して、無人となったハノイ市内へ凱旋した。

そこは惨憺たる有様であった。人民解放軍は奪えるものは何でも奪い、市内には箸1本残されていなかった。井戸には毒が投げ入れられ、知らずに飲んだ兵士十数名が命を落とした。挙句街には火が放たれ、井戸の毒水を汲んで消火すると今度は毒によって草木が枯れ始めた。敗走した彼らは、元の国境線付近まで下がって陣地を形成した。またいつでも奪いにくる算段なのだろう。

「これだけ奪い尽くせばしばらく襲っても来ないだろう」

兵士たちは口々に言い合った。それくらいハノイにはものがなくなってしまっていた。その中で無事だったのが、地方長官の屋敷になっていた教会の納屋にあった農作業用のシャンクであった。フォトン・バッテリーが切れたとはいえ鉄くずとして売られる可能性もあったのだが、教会には他に奪うものがたくさんあったためか、まったく手つかずの状態で放置されていた。

それを見たハッパは満足げに笑みを浮かべた。

ハノイ奪還の夜、街では兵糧として持ち込んだものを盛大に振舞い、宴会が開催された。ハッパはその席で、自分が持っているディーゼルエンジンの説明を行い、廃油さえあれば電気が起こせて、シャンクを利用できると説明した。ハッパはハノイに残るつもりのようだった。

「水源地も押さえたし、これなら難民も帰還させられる。難民が持ち出した物品も多いから、彼らが戻れば少しはましになるでしょう。井戸は潰して新しいものを掘るしかない」

「シャンクが動かせるなら秋には収穫できる。秋が来る前に奪い返せてよかった」

ハッパは少し酒を飲んで上機嫌だった。

「ハノイが共産主義の防波堤となったと聞けば、キャピタル中央銀行の支店も戻ってくるでしょうし、他の自由主義陣営からのサポートも受けられるはずです。投資も増えるかもしれない。問題は、キャピタルの通貨がどれくらい残っているかでしょうね。闇市の人間はしこたまため込んでいたようだけれど。ああいうちょっと黒いお金もあてにしないと、ハノイの再建には時間が掛かりますよ」

「そういうことは、領主さまがやってくださるはずです」

「領主?」

「サムフォー夫人のことですよ。彼女の一族が、ホーチミンからハノイにかけての一帯を守ってくださるというのです」

この話を聞いて、ハッパの酔いは一気に醒めた。サムフォー司祭の寡婦は、はじめからハノイの土地の権利を奪うために行動していたのだ。ホーチミンの地主の娘であった彼女は、宗教家でありながらハノイの地の領主のような仕事を無償で行っていた夫に従いながら、経済的な利権の網を拡げていたのだ。革命軍がハノイに殺到したあの日、夫を半ば革命軍に明け渡すように逃げたのも彼女であった。

「ちょっと酔ったようです」ハッパは席を立った。「風に当たってきます」

そういってハッパは自分のモビルワーカーに乗って、とりあえず知古の農家に身を隠した。最初にハッパのシャンクを雇ってくれた農家である。老夫婦は無事だったようで、ハッパを歓待してくれたが、その瞳は悲しそうだった。気を利かせたハッパは、箱一杯の物資を老夫婦に差し出した。

「何もかも奪われていきました」おじいさんが嘆いた。「納屋の地下に隠してあった米も塩漬けの肉もみんな見つかって取られてしまった。だからハッパさんをもてなすこともできないのです」

「気にしないでください。戦争があるというのはそういうことです」

「もう戦争は終わったのですか?」

「まだ北に人民解放軍の軍隊が残っていますが、おそらく自由主義陣営が援軍を出してくれるでしょうし、前のように簡単には占領はされないはずです。それよりお聞きしたいのは、サムフォー司祭の寡婦のことです。占領前の彼女の評判はいかがだったのでしょう」

ふたりが話し込んでいる間に、おばあさんがハッパが持ってきてくれた物資で簡単な料理作ってくれた。ふたりの困窮ぶりは酷く、ハッパはいたたまれない気持ちだった。

「サムフォー夫人は目立たない人でしたが、裕福な家の人らしく、陽の当たる仕事はやりたがらないと聞いたことがあります。しかし何か新しい仕事を始めるには、夫人の許可がないとできないのは当たり前に言われていたことで、若い子たちはそれに不満を持っていたようでした」

「この土地はサムフォー司祭が領地経営をやっていたそうですが、議会とかそういうものはあったのでしょうか?」

「議会はありました。でも選挙は長らくやっていません。司祭が来る前は何事もみんなで話し合って決めていましたし、議会が出来てからはホーチミンからやってきたサムフォー夫人の親族しか立候補しないので、無投票で毎回当選するのです」

「民主選挙が機能していなかったわけだな」ハッパは難しい顔になった。「夫が実質的な領主代わりになって、親族らが議会を牛耳る。以前はみんなで話し合って決めていたのに、何かをやるには夫人の許可がいると暗黙の了解になってしまった。それでは確かに不満も出ましょう。共産主義を招いてしまった遠因は、民主主義の機能不全にあったわけだ」

「難しいことはわかりませんが」おじいさんは言葉を継いだ。「この戦争で若い子のリーダー格はみんな大陸の人間に騙されて反発する者がいなくなった。もうこれからは、サムフォー夫人の言いつけを守って司祭が生きていたころのように生活に余裕ができるよう頑張るだけです」

「ううん・・・」ハッパは考え込んだ。「なるほど。ぼくはまたいなくなりますが、おじいさんおばあさん、お元気で。秋の稲刈りには必ずここへ戻ってきて教会にあるシャンクを動かして収穫を手伝うと約束しますよ。ぼくはエンジニアでね。こういうのは得意なんです」

老夫婦の家を辞したハッパは、海に抜けると商船に便乗できないか港を訪ねて歩いた。運よく日本の商船に便乗できることになって、バンコクへ向かうことにした。

「いったん共産主義の支配に入ると、物事が独裁的に決まっていく傾向がある。キャピタルがあてにならない以上、政治的に安定した国との相互互恵関係を通じて各国で自由民主主義を機能させる体制を模索する必要があるんだ。アジアでそれを作ることができれば、不幸な人々を救うことができる」

いまのハッパには、ノレドを助ける余裕はなかった。ハノイを奪還したのちも見つからない彼女の行方を捜すことより、自分はより多くの人々のために奔走することが大事だと思い定めていた。

「ノレドにはベルリもラライヤもいる。あのふたりとガンダムがあればきっと彼女は見つかるはずだ。それに、ノレドが見分した共産主義の実情は必ずベルリの役に立つ。きっと大丈夫だ。いや、そうであってほしい」

ハッパは、あと半年もしないうちに地球に大異変が起きて全人類が滅びてしまうとの話を忘れたわけではなかった。しかし彼は自分がその問題に深く関与する必要があるのかどうか、どうしても自信が持てなかった。もうモビルスーツで相手を圧倒すれば勝敗が決する時代ではない。モビルスーツによる暴力は、人間の自由を奪うだけの代物に過ぎないのだ。

遥か過去の、そして遥か未来の戦争技術による圧倒は、物事の本質を何ひとつ解決しないのである。

そうであるならば、そして人類にあと半年に満たない時間しかないのであれば、自分は正しいと思い定めた物事に時間を使おう。ハッパはそう考えた。


2、


そのころラライヤは、ノレドとベルリの姿を探していた。彼女はYG-111から降りることなく、戦闘の序盤に上空から相手を威圧して追い払うと作戦通り戦線を離脱した。そのあと望遠でノレドが監禁されていそうな場所を探し回っていた。しかしどこにも見つけることはできず、時間ばかりが過ぎ去ってしまった。

ハッパのモビルワーカーを探したがこちらも見つからなくなったラライヤは、見ず知らずの土地で途方に暮れてしまった。いったん落ち着こうと、モビルスーツを降りて火を焚いて休んでいたところ、突然背後で物音がした。森の暗闇の中でガサガサと何かが動いている。そして声がした。

「そのモビルスーツはどこの所属なのですか?」

森の奥から出てきたのは、男性2人、女性2人のアーリア系の男女だった。肌の色は黒い。ラライヤは彼らの肌の色や顔立ちが自分に近いことに気づいた。相手もそれを認めたようで、両手を挙げた4人は武器を手にしていないことを示しながら姿を現した。

「わたしたちはインドから共産主義の視察に来た者で、あなたに敵意はありません。少しだけお話を聞かせていただければいいのです」

ラライヤは相手に停止を命じたのちに、いつでもYG-111のコクピットに飛び乗れる態勢を取った。

「このモビルスーツは、トワサンガのものです」ラライヤは言った。「おかしな真似をすると撃ちますよ」

相手は大人しく立ち止まり、荷物を地面に置きながらYG-111を見上げた。この機体はトワサンガ製のモビルスーツで、ラライヤが地球に降下する際に使用したのちはベルリの愛機として使われていたものだ。クンパ大佐の仕掛けた戦争で1度は大破したものの、ハッパが修繕して博物館に展示する予定だったものだ。

「月に人が住んでいるというのは本当なのですね。宇宙世紀時代には誰もが人種を問わず宇宙で生活できたと聞いたことがありますが、遠い神話時代の話なので」

相手はインド政府の調査員で、北の革命勢力がどれほど西進してくるか確かめるために旧ベトナムまでやってきたのだという。旧ベトナムと聞いても宇宙育ちのラライヤにはピンとこなかった。

「トワサンガの方がどうしてここへ」女性の調査員がラライヤに尋ねた。

「トワサンガの王室の女性が誘拐されてしまい、探しているところです」ラライヤが応えた。

「王室があるのですか?」別の男が口を挟んだ。「王政だったとは知りませんでした。地球の王は、その領地の経営者である正統性を示すために神聖を帯びたものになるのですが、月にも同じようなことがあるのですね。月も地球も、だれが作ったものでもないでしょうに」

ラライヤはこれは厄介な連中に絡まれたものだとウンザリした。彼女は地球の政治体制についてそれほど詳しくない。いくつもの国家が陸地に線を引いて争い合っているくらいの印象なのだ。4人は争いの素振りこそ見せないが、ラライヤに興味があるらしく、ぶしつけな視線で彼女を観察していた。

「お名前を聞かせていただけませんか?」男が丁寧な口調で言った。

「わたしはトワサンガのラライヤ。ただの一兵士です」ラライヤは警戒を解かなかった。

「ラライヤ・・・、モビルスーツに乗るニュータイプの兵士なのですか?」

「いえ、そんなことは」

「実は我々は、我々と同じ血を引くという宇宙で神になった少女の生まれ変わりを探しているのです。もう2週間前になりましょうか、宇宙世紀の始まりのころに宇宙で神のごとき力を発揮しながら、ジオンの正統な後継者を守るために散ったニュータイプの少女、名前をララアというのですが、その生まれ変わりが宇宙からやってきて我々を救済するとの予言を得た女の子がいたのです」

「あなたは先ほど共産主義勢力の西進を調査するために来たとおっしゃったはずですが」

「それももちろん重要な仕事です。わたしたちはインド政府の内閣調査室の所属で、決して怪しい者ではありません。わたしたちには救済者が必要なのです。トワサンガのラライヤさま、どうか我々の招きを受け入れてはもらえないでしょうか?」

「そんな話は!」

「信じられないと思います。突然のことですし、信じてもらえないのは当然です。しかし、わたしたちの立場にもなっていただきたいのです。わたしたちは、共産主義の拡張主義が自国に迫った場合、現在の力ではおそらくなすすべがありません。チベットを超えて彼らがやってきたならば、彼らはたやすく我々の国を征服してしまうでしょう。そんなときに、予言を授かった少女が出現した。国中は大騒ぎになりました。少女はいくつかの予言を残して死んでしまいました。内閣調査室はこの予言について調べるしかない。そしてたった4人でこうして敵国に潜入して、あろうことか、宇宙からやってきた我々と同じ顔立ちをしたモビルスーツに乗る女性に巡り合った。しかも名前も似ている」

「偶然です」

「果たしてそうでしょうか?」短髪の男が大きな目を見開いて一歩だけ前へ出た。「わたしたちの話にウソはありませんが、わたしたちが普通のオールドタイプと思ったら大間違いです。あなたのそばには、別の誰かがいるじゃありませんか。ほら、すぐそばに」

男の瞳が怪しげに輝いた。ラライヤの心の中に男の意識が入り込んだ。ラライヤはその気味の悪さにえずいた。吐き気を堪えて後ろに下がったとき、彼女の肩が少しだけ軽くなった。胸が苦しくなったラライヤが膝をついたとき、背後にあったYG-111のメインモニターがギラリと輝き、インド政府の4人を威圧した。

「どうして?」丸いわっかの耳飾りをした女が叫んだ。「ララアはわたしたちの救世主なのでしょう? どうしてわたしたちに敵意を向けるのですか?」

「そうです!」頭髪を剃り上げた男が続けた。「ララアはアクシズの奇蹟を起こしたふたりのニュータイプの導き手だったはずです。その強大な力でどうか祖国をお救いください」

コクピットに誰も乗っていないはずのYG-111が勝手に動き出し、手のひらを差し出してラライヤの身体をすくった。ラライヤは気分が悪く眩暈がしたが、荒い呼吸に顎を上げたままコクピットの潜り込んだ。メインモニターはすでに作動しており、バルカンが4人に照準を合わせていた。

ラライヤは両手で痛む胸を押さえつけて叫んだ。

「殺してはダメですッ!」

するとYG-111は静かになり、操縦系統はラライヤの手に戻った。汗だくになったラライヤは、同じことが宇宙でも2度起こったことを思い出していた。宇宙でジムカーオの操るシルヴァーシップ・スティクスの艦隊と戦ったとき。そして、突然出現した白いモビルスーツと交戦したとき。あのときYG-111は、ラライヤの手によってではなく、敵対しているガンダムに乗っているはずのベルリの意思でガンダムに攻撃を加えた。いったい自分やベルリの身に何が起こっているのか、ラライヤは困惑するばかりだった。

「帰れないのです」短髪の男が叫んだ。「わたしたちはこのままでは帰れないのです。どうか、ララア。わたくしたちに力を。共産主義から国を守るすべをわたしたちに!」


3、


「ぼくがメメス博士の・・・、いや・・・、そうかもしれない。そうかもしれないけど」

ベルリ、ノレド、リリンの3人は、再び再開した日本のバイオエタノールディーゼル船の甲板上でジムカーオ大佐と対峙していた。クンタラとスコードの間で揺れ動くジムカーオは、自分の目的がラビアンローズの破壊とジオン復活阻止にあったことを明かした。同時に彼は、裏のヘルメス財団から命令されたメメス博士の内偵と、スコード教への復讐を心の闇として抱えていた人物であった。

「トワサンガを作り上げたのは、メメス・チョップ博士だ。トワサンガを王政として残したのは、カール・レイハントンではない。メメス博士だ。そして、君を守護しているレイハントン・コードは、チョップ・コードなのだよ。そもそも、あの思念体とかいう幽霊のような連中が、肉体の存続としての王政などというものにこだわるわけがない。王政、そしてその先にある宇宙皇帝にこだわったのはメメス博士だ。理由は君はもう知っているのだろう? カール・レイハントンにアースノイドを絶滅させたのちにクンタラを地上に降ろして、クンタラだけの世界、それはスコードの理想にも叶った理想社会を作り上げる、それが博士の計画だ。クンタラには、スペースノイドもアースノイドも関係ない。国家や民族も関係ない。血筋さえ関係ない。クンタラは教えだ。クンタラの教えを受け入れ実践する限り、誰だってクンタラである。クンタラに差別心を抱いて拒否する心の壁さえなければ、クンタラほど理想的な存在はない。クンタラは与えられたものだけで生きられるだけの人間を生かし、命を繋いでいく。肉体はカーバに至る乗り物でしかないから、ひとつの乗り物にこだわり死を忌避することはない。むしろ死は楽しみですらある。今度こそ魂がカーバに辿り着くかもしれない。クンタラの死には理想に挑んだ者への褒美のチャンスがある。自分たちがより理想主義的であるとの確固とした自信がクンタラにはある。その理想を叶えるために作られたバイオモビルスーツが君なんだよ、ベルリくん。そうと知るからこそ、公安警察のわたしも、検察局参事だったクンパ大佐も、君の本質には触れなかった」

「宇宙皇帝って言ったけど」ノレドが口を挟んだ。「ベルリを宇宙皇帝にするつもりなの?」

「いや」ジムカーオは首を横に振った。「宇宙皇帝はカール・レイハントンさ。言っただろう? メメス博士は彼を殺す手段を知っている。カール・レイハントンはおそらく地球を外敵から守り、惑星を永遠に孤立させたままで無限の時間を自然の変化の観察に充てるだろう。だが彼が殺されてしまえば、地球を防衛するシステムだけが生き残り、クンタラは地球が何者かに守られていることさえ忘れてこの星で種の絶滅が起こるまで生き続ける。皇帝は空位のままクンタラを守り続けるんだよ」

「それが、メメス博士の計画・・・」

「君の計画でもある。君はメメス博士なのだから。さて、この船はシンガポールへ向かうのだが、君らはどうするつもりだ」

「ぼくらは・・・、アメリアを目指しますよ。メメス博士の血筋はぼくひとりじゃない。姉だってそうです。本当にそうなのかどうか、ぼくはまだ疑っていますけど」

「そうか。おそらくはまた会うことになるだろう。そのときに君がもっとましな答えに辿り着いていることを願っているよ。いまのままでは、メメス博士もおかんむりだろう」

それだけ告げると、ジムカーオ大佐は船室へ入っていってしまった。

「行こう」ノレドはベルリの袖を引いた。

ガンダムの乗り込んでみると、すでにリリンが着席してしきりにモニターをいじっていた。ベルリが着席して確認してみると、どれほど離れているのかわからないほど小さく、G-セルフが飛行する姿が映っていた。リリンの話していた通り、ラライヤが時間を遡って地球へやってきたのだ。

「追いかける?」ノレドが心配そうに言った。

「いや」ベルリは首を横に振った。「月のときのように戦闘になるかもしれない。ガンダムとG-セルフがどのように、誰の意思で動いているのかハッキリしない以上、慌てて追いかけることもないよ。それに、ぼくはだんだんわかってきた気がするんだ。虹色の膜に覆われた地球の内部に入れるのは、何か役割がある人間に限られるはずだ。ジムカーオがあっさり地球にいるのも、彼に何か役割があるからなのだろう」

「リリンちゃんが話していたフルムーン・シップの大爆発に関係があるのかな?」

「虹色の膜で覆われたきっかけは、クリムさんが死んだからだ。それはこの胸が感じた。あのとき、大気圏突入に失敗したクリムさんが死んだんだ。その死がきっかけになって、地球は閉ざされた。どうしてなのかはまだわからないけど・・・。そしてすぐ後に、フルムーン・シップの爆発が起こった。そうだよね?」ベルリはリリンに尋ねた。

リリンはしっかりと頷いた。「わたしはそのとき、ビーナス・グロゥブの船に乗っていて、ビーナス・グロゥブに向かっていました。でも、お母さんの目で爆発を見た。お母さんは凄く怯えていた」

リリンはお母さんと呼んだのは、ベルリの義理の母ウィルミット長官のことであった。リリンは続けた。

「お母さんたちは、ザンクト・ポルトにいた」

「え?」ノレドは驚いた。「ベルリのお母さんはザンクト・ポルトにいたの?」

「うん。ゲル法王猊下もいたよ。クン・スーンさんもいた。みんな地球はもうダメだからって、話していた。虹色の膜の中には、ラ・ハイデン総裁も入れなかった。お母さんは地球の中で強い風が巻き起こって、地表を剥ぎ取りながら地球を何周もするのを見て、絶望してしまった。ザンクト・ポルトは、クンタラの人が治めることになって、ウィルミット長官はタワーの運航ができるかどうか、最後にそれを確かめようと、風が収まってから地上に降りていった」

「待てよ」ベルリがある事実に気がついた。「地球を何周もするほどの爆風が収まるのって何か月もかかるはずじゃないか。大気が閉ざされて、地表が氷に覆われるには何年も掛かる。でも、リリンちゃんはまだ地球から月への軌道にいた」

「リリンちゃんが見ているのって、未来なの?」ノレドが驚きの声を上げた。「ザンクト・ポルトから月までは3日。リリンちゃんが月を離れたのは、クリムさんの事故があった数日後・・・。リリンちゃんは、月へ向かう航路の途中で地球でフルムーン・シップの爆発が起こったのを・・・」

「見たよ」

「見た・・・」ノレドは胸の前で手をしっかりと組んだ。「月に到着する前にわたしたちと合流して、すぐに地球に降りてきたのだから・・・」

「フルムーン・シップの爆発はまだ起こっていない?」ベルリも考え込んだ。「そもそも、ぼくらがリリンちゃんと接触したのも場所がどこなのか確認していない。そのときすでに時間を超越していたのかもしれない。ガンダムは空間だけじゃなく時間も超えるんだ。リリンちゃんはガンダムに影響されて何かの映像を見ているんだ」

「ラライヤなら何か知っているかもよ。すぐにハッパさんを探して、ちょっと危険でもラライヤと合流するべきだよ」

「ちょっと待って、ノレド」ベルリは考え込んでいた。「ハッパさんを連れてアメリアへ戻ることはそれほど重要なんだろうか? ぼくはハッパさんが大好きだけど、コクピットを複座に改造してほしくてハッパさんのところへ来ただけじゃなかったかい? だから、そうじゃないんだ。ぼくらが見なきゃいけない現実はもっとたくさんあるはずなんだよ」

ベルリたちを乗せたガンダムの巨躯が突然揺れた。ノレドが悲鳴を上げて座席にしがみついた。全周囲立体モニタは眩い輝きを映し出し、やがてそれは濃い緑色の光景へと変化した。

ガンダムは一瞬で南シナ海の海上からミャンマーのジャングルの中へと移動したのだった。


4、


ミャンマーはジャングルの中で少数部族が離れて定住している社会だった。ガンダムで上空から観察しても、街らしい街はない。市場すら存在せずに、ロバの行商が物流を担う社会だった。

ガンダムがジャングルの中に舞い降りると、さっそく部族の男たちが警戒の威嚇音を発しながら近寄ってきた。リリンとノレドは抱き合って恐怖に震えていたが、ベルリは恐怖を感じなかった。というのも、彼はクンパ大佐の問題の後で、クレッセント・シップの世界行幸を中座して、ユーラシア大陸をシャンクで旅をしたことがあったのだ。

ノレドとリリンは、ガンダムのモニターでベルリが現地の男たちと交渉しているのをじっと見守った。しばらくしてベルリは戻ってきた。

「ミャンマーはもともとフォトン・バッテリーを使っていない文明圏だったんだ。だから大きな変化は起きていないそうだけど、反スコードの何かの運動が起きているらしくて、それに対抗するため南のタイが軍事大国化に突き進んでいるそうだ。ミャンマーは共産主義、自由主義、反スコード主義、それらがぶつかり合う地点にあるために、現地の男たちはみんな警戒をしている」

「警戒たってさ」ノレドは呆れた顔になった。「こんなこと言っちゃ悪いけど、あんな先を尖らせた棒っ切れの武器と、羽飾りのついた冠じゃ勝ち目なんてないでしょ」

「それは彼らもわかっているし、彼らの土地が狙われているわけじゃないってことも理解しているみたいだった。彼らが恐れているのは、ミャンマーが戦場になるってことだ。戦争には戦場があるものだからね。東アジアはコメの生産が盛んだから、どの国も収穫前に自国で戦争をしたくない。だから、ミャンマーに派兵して、ここで戦おうというのさ。ミャンマーには政府がないから」

「酷い!」ノレドはカンカンになって怒った。

ベルリは男たちと話して、彼らが集めた情報の提供の見返りに、ガンダムで防衛任務を負うと約束していた。ミャンマーの部族が知っている情報によると、南側の国では日本の働きかけで軍事同盟を構築する動きがあり、それに対抗するように共産主義と反スコードが存在するのだという。反スコードはクンタラのことではなく、もっと古い拝火教の一種とのことだった。それらは西にあり、彼らもまた東の砂漠を超えて共産主義勢力が侵略してくるのを恐れていた。

ミャンマー人にとって目下の脅威は東の共産主義と西の反スコードが自国内に流入して、南の自由主義勢力と戦争になり、ジャングルが切り拓かれてしまうことだった。

共産党は東から、反スコードは西からやってくる。それらふたつは北から流れ込み、南からは自由主義陣営が入ってくる。アジアは南北戦争の様相を見せていた。南のタイ国からは使者が来て、自分たちの陣営に加わるように説得がなされたのだという。ベルリはモニターに東アジアの地図を映し出して、ノレドとリリンに説明した。ベルリは山岳地帯を抜けて地中海に抜けるルートを示した。

「人間の主義主張にできるだけ関与せず、戦争を食い止めながら西へ向かうには、このルートが最適のはずだ。しばらくは共産主義に気を付けて、大きな山を越えたら反スコードの勢力に入る」

「ああ、まどろっこしい!」ノレドが頭を掻きむしった。「時間も距離も超越できるんなら、すぐにアメリアまで飛んでくれたらいいのに」

「ぼくらはミャンマーで何かを学ぶ必要があるのだと思う。それが終わるまでは、アメリアに近づくことができないのさ」



そのころハッパはタイのバンコクにいた。ホーチミンとハノイでの情報を持つ彼は、タイ政府の庇護下に入り情報提供を求められた。タイは自由主義陣営に属した王政国家で、宗教改革がなされたスコード教国家であった。ただその様式は、キャピタルのものとは違ってエキゾチックさが溢れていた。

ハッパはしばらくアジアを渡り歩いて、アメリアやゴンドワンとの違いを痛感していた。東アジアはそれぞれの国家に個性があり、政治的民族的にバラバラすぎた。フォトン・バッテリーが供給されているうちは、エネルギーの供給を受けるために争いごとは起こらなかったものの、共通の目的を失ったとたんに統一感のなさが戦争に結びついてしまっているのだ。東アジアの問題は、国家体制の古さそのものにあった。

ハッパはタイの宰相と別室で意見交換する機会を得た。太って温和そうな顔をしたタイの宰相は、ハッパに対して自由民主主義の必要性を強調した。しかしどうもハッパには納得いかない部分があった。その違和感は、民族的な単一性に端を発するもので、日本でも感じたことだった。

タイはここ500年で単一民族国家になった珍しい国であった。華僑が土地を去ったことが契機となり、彼らは王宮主導で民族統一を達成したのだ。

おおよそ単一民族で国家が形成されている場合、慣習を共有している人間同士が考える自由には共通の指向性があり、同じ理由で民主主義は意見集約というより支配層が数年に1度受ける認可のようなものになっていた。民衆の意見に幅がなく、共通の理想のようなものが存在しているのだ。

それは文化や慣習が共通した者たちの集団である証であり、移民国家であるアメリアや個人主義的なゴンドワンとは自由と民主が持つ意味合いが違っていた。違うがゆえに自由を認めるしかなく、違うがゆえに意見集約を試みるしかないアメリアとゴンドワンにとって自由民主主義はとても重要な手段であったが、小さな国家が乱立したりあるいは国家が存在せず部族社会であったりする東アジアには、自由民主主義は他者を排除する壁のようなものなのだ。

長らくその他者なるものの存在は曖昧であったが、共産主義と西の砂漠地帯で起こった反スコードの台頭によって、彼らにとっての他者は顕在化した。目の前に本物の敵が現れたことに彼らは興奮し、奔走していた。本来相互の異質性を肯定するための自由民主主義が、東アジアでは結束の題目になっていた。ところ変わればこうも変わるものなのかと、ハッパは旅を決断したことに喜んだ。

相互の異質性を肯定するシステムとしての自由民主主義が機能していなかったために、アジアではフォトン・バッテリーの供給が止まった途端に戦争が起きた。だが、これを自由民主主義の失敗と結論付けるのは浅はかすぎると思われた。異質なものを排除するシステムとして自由民主主義が機能している地域では、内部崩壊が起きない。むしろ結束感を強めるのだ。

どちらがいいとは断言できないのだった。

「ぼくはハノイで共産革命主義を観察する機会があったわけですが、結論から申し上げるとあなたがおっしゃるように、彼らの本質は簒奪にあります。共産主義者の労働に対する嫌悪は生産性の低下を招くゆえに、必要十分な分配が受けられません。分配を求めて革命を起こした彼らは、いやいやなされる最低限の労働で王さまのような生活を求めます。それをごく少数に与えようとするだけで、侵略して奪うしかなくなるのです」

「そうでしょう」宰相は満足げに頷いた。「そこで我々は旧ベトナム国を侵略しようと思うのです」

「ちょっと待ってください。それは飛躍が過ぎるのではありませんか?」

「あちらから来られたのならわかるはずです。あの地域は以前共産国家になっていたことがあるので、容易に共産化します。共産主義というのは身体から消えない毒のようなもので、1度それに汚染されてしまうと何千年経とうが同じことを繰り返します。西の砂漠の人らも同じです。どうせ国家を維持するだけの国力がないのですから、自由主義陣営の我々に支配される方が彼らも幸福になるでしょう」

「待ってください。タイはベトナムと国境を接していないでしょう。旧カンボジアとラオス、いまはジャングルになっている地域があるはずです。侵略などと」

「心配には及びません。これを機にベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラディッシュ、ブータン、チベット、ネパール、最後にはインドも含めてすべて我が国の支配下に置くつもりです。インド以外は国家がないのですから、これを機に」

「いやいやいやいや」

ハッパははたと気づいたのだった。

国家主義を肯定するために機能していた東アジアの自由民主主義は、共産革命主義、反スコード教の拡大を前にして、覇権主義的イデオロギーに変化しつつあったのだ。単一民族は理想を共有しやすい。その性質が自由民主主義の本来の役割を変質させているのだった。

自由民主主義は、互いの異質性を認め合う相互理解のための政治手法とは違う側面を持っていた。



次回第43話「自由民主主義」後半は、5月15日ごろ投稿予定です。


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