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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」後半



1、


「ジオンの抵抗激しく、味方の被害甚大です」

「敵戦艦の補充はどうなっている?」

「それはどうやら止まったようです。しかし、敵の数は多く、現有の戦力だけでも突破は無理です。モビルスーツ隊とメガファウナの応援には行けそうもありません」

自らの旗艦のブリッジに佇み、ラ・ハイデンは苦々しい顔つきで戦況を見つめていた。

ビーナス・グロゥブ艦隊はジオンの残存兵力相手に苦戦していた。もとより戦争を忌避してきたスコード教信者たちが、宇宙世紀の暴力的な思念体と戦えているだけでも奇跡ではあったが、いくら撃沈してもラビアンローズから新造艦が補充されてくるようではもとより勝ち目はなかった。

しかし、ベルリのガンダムとメガファウナ、それにスモー隊の突入で潮目が変わりつつあった。

「このまま敵の陣形を突き崩す。しばし持ちこたえよ」ラ・ハイデンはそう指示した。

ジオンのシルヴァー・シップことスティクスは、中央管制室のアンドロイド型サイコミュ一体で操縦され、すべての艦隊が同期されて連携を取る。対して、戦争経験に乏しいビーナス・グロゥブ艦隊には連携で人為的なミスが目立っていた。小さなミスが多大な被害をもたらし、多くの人間が死んでいった。

ジオンの弱点はラビアンローズであった。ラビアンローズに蓄積された科学力を失えば、思念体であるジオンは現実世界に関与できなくなる。通常であればもっとも防備を厚くしなければいけないラビアンローズを放り出し、カール・レイハントンはコロニー落としを敢行した。そこにあった妄執は、スコード教の人類への不信感と同根ではないのかとラ・ハイデンは考えた。

人類への根深い不信感は、自己嫌悪と同義である。ビーナス・グロゥブが人類の発展を阻害するのは、人類に強い不信感を持っているからであった。人類は人類である限り必ずその行動は過剰に傾き、やがて大きな失敗に至る。そうと分かっているから、ビーナス・グロゥブは人類に禁忌を課してきた。

このやり方は、結局ジオンと同じ絶望へと至るだけではないのか。ラ・ハイデンの確信は揺らいでいた。ヘルメス財団1000年の夢とは、本当に絶望を払拭することができるのだろうかと。

ラ・ハイデンがジオンの艦隊に苦戦していたころ、ラビアンローズに乗り込んで白兵戦を戦っていたドニエルの元に生体アバター製造施設発見の連絡が入った。

「なに、見つかったって!」ドニエルは銃弾を避けながら途切れがちな通信にすがった。

場所を聞き出したドニエルは、通路へと飛び出すと、ジオン兵に向けて乱射した。要所に配置されたジオン兵はひとり。息がある限り襲い掛かってくるために、ドニエルらは兵士のヘルメットを破壊して酸素を放出させた。ジオン兵は命乞いさえしない。命の在処がドニエルたちとは違っているのだった。

「施設の破壊はできそうか?」

「いえ」発見したのはデッキメカニックのチームであった。「ジオン兵がたくさんいます。どんどん集まってきてます。C-1044ブロックです。至急応援を」

「わかった。集まってるってことはそこに違いない。お前たちはいったん下がって安全なところまで避難しろ。みんな聞いたか。C-1044ブロックだ。急げ!」

戦闘はますます激しくなった。メガファウナの乗員たちは、うすうす地球がただごとではない事態に巻き込まれて、最悪な状況に陥ったことを知っていた。それも戦争は終わらない。帰る場所があるのかないのかわからないドニエルたちが、ジオン兵を永久に抹殺しようとしていた。

シラノ-5にあれだけ激しい攻撃を加えながら、結局は半分に破壊されただけで軌道は大きく変えられなかった。サウスリングであった部分はムーンレイスの縮退炉を積んだ戦艦を波状的にぶつけて粉砕したものの、それでも軌道は変わっていない。ノースリングに至っては無傷で地球に向けて直進していた。

あれが地球に落下すれば、陸上生物は恐竜のように絶滅してしまっているはずだ。アメリアもキャピタル・テリトリィもなくなってしまっている。もしかしたら生き残っている人間はひとりもいないかもしれない。勝利したのはジオンだ。それなのに自分たちはまだジオンと戦い、彼ら思念体がこの世に関与できないよう生体アバターの製造設備を破壊しようとしている。

もし自分たちがここでジオンの設備を破壊したら、どちらも敗者となって人類の歴史は終わってしまうのだろうか。これが戦争を遂行した報いなのだろうか。何のために自分たちは、こうして絶滅戦を必死に戦っているのか。ドニエルはそんなことを考えながらついにC-1044ブロックに到着した。

勝利しても戻る場所はない。もし軌道を逸らせることに成功していたのなら、ベルリは必ずそう報告しただろう。彼には報告すべきことがなかったのだ。隕石とともに地球圏にいたはずの彼が、トワサンガ宙域に不意に出現した意味もわからない。自分たちは何もわからないまま戦い、すべてを失おうとしている。それでも作戦は遂行されなくてはならない。

C-1044ブロックにはメガファウナの乗組員たちが集結して、ジオン兵たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。おびただしい数の死体が宙を漂っていた。ジオン兵は次々に補充されてくる。各地に配置された兵士が戻ってくるばかりでなく、設備から完成したばかりの生体アバターを戦場に投入しているはずだった。あれを破壊しない限り、メガファウナのメンバーは全員戦死してしまう。

「戦況はどうなってる?」ドニエルはギゼラの肩に手を置いて接触回線を開いた。

「突入準備をさせているところですが、ジオンは自爆攻撃も辞さないので突っ込めばこちらも何人生き残れるやらってとこです」

「ここだけの話だが、おそらくシラノ-5は地球に落ちてしまっている。地球にいた人間は生き残っていないだろう。ラ・ハイデン閣下はアースノイドの生き残りをムーンレイスに預けて、このラビアンローズを金星圏に持ち帰ろうとしている」

「ムーンレイスがすべての艦艇を自爆攻撃に提供したのでその見返りに自分たちの船を置いていこうというのでしょう? 幸い月には人類を生存させる設備は整っていますし」

「それはジオンのシルヴァー・シップ相手にビーナス・グロゥブ艦隊が生き残ったときの話だろう? あいつらが全滅したらどうする? 月に生産設備があるといっても、資源があるわけじゃないんだぞ」

「そのときはあたしらもラビンアローズでビーナス・グロゥブに連れて行ってもらうしかないんじゃ? それともほかに手段があります?」

「なんでオレたちゃこんな戦いをやってるんだ?」

「いまさらですか?」ギセラは呆れた。「戦ってる理由なんてわたしにもわかりませんよ」

「オレたちは何を守るために誰と戦っているんだ?」

「そりゃ、理想のためでしょ。アメリアの理想、姫さまの理想、新しい地球を作り上げるための理想。理想のために戦っているからこうしてみんな死んでるんじゃありませんか。ジオンだって同じでしょ? みんな自分たちが考える理想を叶えようと必死で戦っている。それが正しいかどうかなんてわたしに訊かないでくださいよ。それを疑ったら、人は生きていけませんよ」

「・・・、そうだな。いや、忘れてくれ」

ドニエルはギセラの肩から手を離すと、回線を通じて生き残ったメガファウナクルーに突撃を命じようとした。ところが彼が息を吸い込んだところでジオン側の銃撃が止んだ。ジオンの兵士たちは構えた銃を降ろすと壁にもたれるように腰かけてそのままがっくりとうなだれた。

ひとりまたひとりと銃を置いた。メガファウナの兵士が製造工場らしき部屋から出てくるジオン兵を狙撃しようと発砲するのを、ドニエルは静止した。

「何が起こったんでしょうね?」

と、ギセラが尋ねたときだった。メガファウナのクルーたちの頭の中に若い女性の声が鳴り響いた。

「ジオンのすべての兵は、わたくしの命令ですべて活動を停止させました。彼らの魂はこれより地球に還っていきます。メガファウナの勇敢な戦士たちも銃を置きなさい」

ドニエルとギセラは思わず顔を見合わせた。ドニエルは発砲を禁じ、メガファウナを代表してギセラとふたりで警戒しながらジオンのアバター製造工場に脚を踏み入れた。

エアロックを抜けた先にたったひとりで立っていたのは、抜けるような白い肌の、金髪の髪を肩の上で切り揃えた碧い瞳の若い女性だった。彼女はいった。

「姿が変わってしまってわからないでしょうが、わたしはアイーダ・スルガンです。この肉体は、カール・レイハントンの妹に当たる人物の身体のようですね」


2、


「敵戦艦、ラビアンローズに向けて落ちていきます。引き寄せられているのか、原因は不明」

何百ものスティクスが突然コントロールを失ったかのように陣形を乱した。細長い銀色の船体はクルクルと回転しながらラビアンローズに引き寄せられ、外壁にぶつかって次々に大爆発を起こした。

巨大なラビアンローズがそれで航行不能になるほどの損害を受けることはなさそうであったが、ビーナス・グロゥブ艦隊は艦艇を地球圏の生き残りに託してトワサンガのラビアンローズを接収するつもりでいたので、予想外の展開に慌て始めた。

そのころラビアンローズ内では、ドニエルとギセラがアイーダを名乗る美しい少女と対面していた。

「ドニエルやギセラの懸念はよくわかります」彼女がいった。「わたしの話が信用できないのはわかります。顔も違えば声も違うわけですから。しかし、いまは信用を求めているわけではないのです。地球はシラノ-5の落下によってキャピタル・タワーさえ破壊され、文明の痕跡は消滅しました。かつてあったという暗黒時代より酷い、完全な破壊です。これは大きなカルマの崩壊によってもたらされるもので、ジオンや裏のヘルメス財団に大執行と名付けられていた運命的な現象で、避けることのできないものでした」

「姫さまは」ギセラがおっかなびっくり尋ねた。「地球で亡くなった?」

「そうなりますね」金髪の少女は頷いた。「もうわたくしの肉体は滅びました。ですがそれは重要なことではないのです。人間の魂は肉体の有無に拘わらず存在しているもので、それが死んでみて初めて理解できたのです。わたくしの残留思念は間もなくもっと大きな地球の意志といったものに吸収されてしまいますが、ジオンのアバターというものを使って、あなた方に話しておきたいことがあります」

「話したいこととは?」

「間もなく人類の歴史は大きく変わります。地球の生命は生存可能域を拡大するために作られたもので、競争原理はより強く賢い個体を生み出すための仕組みだったのです。生命と生命の間に存在した断絶は、個体や種族をより強化して広く高く生命が拡散していくためにあらかじめそう作られていたのです。そして生命は人間という種族を得て、外宇宙まで広がり観測することができた。もうこれ以上遠くへはいけない。深く潜ることもできない。限界まで拡がり、観測の時代は終わったのです」

「観測の時代が終わるとどうなるのですか?」

「競争の必要がなくなり、古い生命体は順次滅ぼされていきます。大執行とは、クンタラのカルマの法則に基づくように、大絶滅時代を予見したものだったのです。観察の時代は終わり、すべての記録は生命の根に吸収されていきます」

「わたしたちも死んじゃうわけですか?」

「死はいずれ誰にもやってきます。そこは肝心なことではないのです」

「では、肝心なこととは?」ドニエルが訊いた。

「新しく生まれてくるすべての生命がニュータイプになるということなのです」

「ニュータイプってのは勘のいい人間のことなんでしょ?」

「まったく違います」少女は否定した。「生命は生きているものには見えない根の世界があって、すべての生命はその根に繋がっていました。ところが、競争することで個体や種族の生命力を強化することが目的であったために、生命には根の世界のことは見えず、意識もしてこなかった。知りえないことなのだから当然です。新しく生まれてくるすべての生命体は、生命の根の集合意識とアクセスできるのです。どんな生物も植物もすべての意識を知ることができます」

「生命の根と繋がる生命が生まれてくるということですか? 突拍子もない話に聞こえますが」

「いままでだって生命の根と生物は繋がっていたのです。しかし、意識としてアクセスする手段はなかった。ニュータイプ現象は、宇宙に進出した人間がその存在に気づいた端緒であったのです。新しく生まれてくる生命は、その世界と繋がり、すべての生物が観測してきた世界の隅々の記憶を持ちます」

「理想的な話のような気も致します」ギセラは困惑しながらも肯定した。

「全宇宙に散らばっていった人類と彼らが運んだ生命体は、これから順次レコンギスタして地球に戻ってきます。なかには人類の形態を失った種族もいるかもしれません。しかし彼らは地球に戻ってくるなりオールドタイプと認識され、自分と同じ生命を産めなくなる。生まれてくる新しい命はすべてニュータイプになるのです」

「生命の根ってのは」ドニエルはあまり話についていけていなかった。「地球の意志ってことですか? それが全宇宙に散らばったすべての人類の意識に働きかけてレコンギスタを促していると?」

「よくわかっているじゃありませんか、その通りです。もうすでに地球圏には多くのニュータイプが生まれてきていて、すぐに彼らが主流派になります。オールドタイプに出来ることは、ニュータイプを産み、育てることだけ。オールドタイプの理想論はもういらなくなったのです」

「わたしはもう年ですけど、もしわたしが子供を産んだら、その子もニュータイプになる?」

「その通りです」

「姫さまは、残留思念がジオンのアバターに入った状態だっておっしゃいましたが、ニュータイプの子たちは姫さまと話ができるのですか」

「わたくしだけでなく、過去の人類、北極の氷の下のサメ、深海のエビ、宇宙の果ての戦争の記憶、すべてとアクセスできます。おわかりでしょう? もう断絶の時代は終わったのです。それを終わらせるものが大執行だった。だから死を恐れることはありません。死は受け入れるものです」

「たくさん死んじまって、そう聞くと少し慰めにはなりますが、だったらあのジオンの思念体ってのはいったい何だったので?」

「彼らはニュータイプ現象を研究するうちに残留思念の存在に気づいて、それを科学的に固定化する装置を開発したのです。進化型サイコミュがそれです。生命の根に吸収されなければいけない生命の思念という情報を、科学の力で貯め込んで生命の根とのアクセスを自ら断ってしまった。ですが、それももう終わりました。生命の根は、彼らジオンの魂を昇華させるために、彼らと因縁深い人格をこの世界に送り込んで死の先へと導きました。いまジオンの残留思念はサイコミュの縛りから解放されて、地球そのものと同化しています。彼らとの戦いは終わったのです」

「ビーナス・グロゥブはどうなるのですか?」

「彼らもまた同じです。彼らは遺伝子形質の変化に悩まされてきましたが、それも子供たちがニュータイプになることで修正されます」

「でも地球は酷い有様なのでしょう? 戻る場所がなくなってしまっては・・・」

「すべての魂が還ってくる場所を、新しい人類が作り出すのです。さぁもう時間です。ラビアンローズは自爆させます。この悪しき人類の記憶はもう必要ないのです。ドニエルたちは、ラ・ハイデンやディアナ・ソレルとともに月に行くのです。そして、破壊から急速に自然状態を回復していく地球を観測なさい。やがて、ビーナス・グロゥブからも新しい時代の生命たちが戻ってきます」


3、


ベルリとディアナはともにラビアンローズの深部から長い廊下を伝って出口を探していた。

おびただしい数の遺体が重力を失った空間に漂っていた。ジオン兵もいれば、メガファウナでよく知る顔もあった。救えた命ではないのか、ベルリには後悔しかなかった。しかも自分たちには還る場所もなくなってしまったのだ。そこまで戦い続けた意味とは何だったのか。人間が追い求めてきた理想とは何だったのか。

あちこちで爆発が起き始めた。ラビアンローズは明らかに崩壊が始まっていた。ふたりは廊下の途中で、ドニエルに率いられたメガファウナの一行と再会した。ドニエルはノーマルスーツ姿のふたりに先を急ぐよう促す。彼はアイーダと名乗る少女の言葉が胸に堪えていた。

「ドニエル艦長、ぼくは結局・・・」ベルリはドニエルに話しかけた。

「いいんだ」ドニエルはベルリに走るよう背中を押した。「オレたちは月へ行かなきゃいけない。ラ・ハイデン閣下もだ。オレたちはそこで地球の環境の回復を待って、何にもなくなっちまった地球にニュータイプの文明を作り出さなきゃいけない。ずっと働き続けるんだよ。働いて、働いて、子供たちに未来を託すんだ」

一行はメガファウナに辿り着き、すぐに出港の準備を開始した。かなりの数が白兵戦で死んでしまっていたため、メガファウナの機能回復には時間が掛かった。そうこうしているうちにもラビアンローズの崩壊は進んでいった。断続的に爆発が起きて、さらにスティクスが外壁を壊していった。

ベルリもメガファウナの出航の手伝いをしていたが、どうやら発進できそうだとわかるとディアナと接触回線を開いた。

「ディアナさまは行ってください。ぼくはノレドとリリンちゃんを探します」

「そんなの、メガファウナから呼びかければ」

「ジオンが撒いたおかしな粒子のせいで通信が途切れています。それに、ノレドはガンダムの操縦に慣れていないから、もしかしたらどこかを彷徨っているかもしれない。探してきます。早くみんなで逃げてください」

そういうと、ベルリは壁を蹴ってメガファウナを飛び出すと、真っ暗なラビアンローズの製造施設の奥へと消えていった。宇宙にぽっかりと口を開けた巨大な正方形の宇宙ドックは、闇に包まれつつあった。施設へのモビルスーツの攻撃も終わり、あとはメガファウナが避難するだけになっていた。

ベルリが出ていったとの報告を受けたドニエルはしばし迷ってから、意を決してメガファウナの出航を命じた。メガファウナは静かに後退して、宇宙ドックを離れた。赤い船体がゆっくりと暗闇を抜けると、内部で大爆発が起こった。

「ベルリが!」

「あいつは大丈夫だ」ドニエルは強い口調でいった。「それより、姫さまの最後の話をラ・ハイデン閣下に伝えなきゃならん。あちらの旗艦にすぐに寄せてくれ」

メガファウナはベルリを残したままラビアンローズを離れた。攻撃を終えて避難していたモビルスーツ隊がメガファウナに合流した。その中にはハリー・オードもいた。エアロックを抜けた彼はヘルメットを外し、ディアナ・ソレルの姿を探した。

ディアナはモニターの前に佇み、遠ざかっていくラビアンローズの巨躯をボンヤリと見つめていた。その横顔は、いつも彼女が気を張り詰めて演じているディアナ・ソレルのものではなく、彼女の本来の姿であるキエル・ハイムのものだった。彼女の横顔を見て、ハリーは何もかもが終わったことを知った。もう彼女は、ディアナ・ソレルを演じる必要はなくなったのだ。

ハリーは彼女に何か言いかけたが言葉を飲み込み、そっと彼女の傍に寄り添った。

そのころ、メガファウナを離れてラビアンローズに残ったベルリは、闇の中を奥へ奥へと進んでいった。途中何度も爆発に遭遇したが、不思議と恐怖は感じなかった。

闇は深かった。小さくノレドとリリンの名を呼ぶが、返事はなかった。

結局人間の理想とはいったい何だったのか。新人類が生まれてくるのなら、人類は理想など持たなくても良かったのではないか。旧人類の役割が、生存可能地域を拡大するための知識の蓄積に特化されていたのなら、好きなだけ戦争をして、科学力を高め、どこまでも侵略していき、生命の根に呼ばれたら戻ってくればよかった。果たしてそこに理想が必要だったのか。

「理想は必要だったのさ」そう語りかけてきた男がいた。「人間は他の動植物のように、生存戦略だけで生きていたわけじゃなかった。生命の根にとって、人間は究極的な観測道具だった。これ以上ないほどの高度なモビルスーツだったんだ。人間という知的生命体を得て、生命の根の観測域は一気に拡大した。特に宇宙という場所は、深海などと違って他の動植物では到達不可能な領域だった。しかし、その傑出した能力が、生命の根を枯らし始めた。ジオンは地球の表層的な環境破壊をもって人類の罪だと断じたが、人間の歪んだ思念を吸収した生命の源、根っこの部分はもっと悲惨なことになっていたんだ」

「そうか」ベルリは姿の見えない男に向けて返事をした。「歪んだ心は、歪んで醜いままの思念が吸収されていたのか」

「歪んだ醜い思念は、死後の世界では矯正できない。その醜い思念は根に吸収されて、新しい生命となって地上に生まれ、毒となって地球を汚していたんだ。歪んだ思念が、人間に転生するとは限らない。人間の歪んだ心は、自然界にイレギュラーを生んで自然にダメージを与え続けていた。人間の文明レベルが落ちて、人間が観測できなかっただけなんだ」

「人間の歪んだ心が、生命全体に影響を及ぼしていたなんて」ベルリは絶句した。

「生命の根に毒をもたらしていたのは、生物の中では人間だけだった。醜く歪んだ人間の心は、現実世界で浄化するしかなかったんだ。過ちは大きな問題じゃない。失敗も取るに足らないものだ。生きていて上手くいかないことなんて誰にだってあるし、むしろそれが当たり前だ。完璧である必要なんてない。理想を持たない人間の魂こそが問題だったんだ」

「理想を持たない人間の魂・・・」

「スコード教は神の概念を使って人間に理想を与えようとした。クンタラの神は、修行や修練の概念を使って人間の魂を理想に導こうとした。日本には神所に鏡を置くことで神の視線を再現して心身を律するクンタラに近い土着の宗教があった。宗教は人間に理想を持たせて歪んだ心を矯正するひとつの仕掛けだった」

「ぼくは世界を旅して、宗教とは違う人間の理想も見てきました」

「何ひとつ上手くいっていなかっただろう?」

「はい」

「理想世界を作ろうとすることが、必ずしも人間の心を浄化しないってことなのさ。理想世界に至れば、人間が理想的になると考えるのは大きな過ちだ。君はそれを見て知ったわけだ。それが肝心なんだよ。君の死後、君の思念は生命の根に吸収される。そこでは情報が共有されるんだ。現実世界では無力だった君だけど、現実を変えることに意味はないんだ。理想が何のためにあるのか考え理解した君の思念が、初めて生命の根に浄化をもたらす。君は希望を見つけた。さあ、待ってる人のところへ行きなさい。そこが君の還るべき場所なのだから」


4、


暗闇の中に、小さな明かりが灯っていた。ベルリはその明かりに引き寄せられていった。

無重力の空間を漂っていたベルリは、かすかな燈火を目指して手を伸ばした。彼を待っていたのは、ガンダムに乗るノレドとリリンであった。ふたりはコクピットを解放して、飛んでくるベルリを受け止めた。ハッチが閉められ、コクピットに空気が充満されていった。ノレドはヘルメットを後ろへ跳ね除けてベルリに抱きついた。

「心配してたんだよ、ベルリ!」

「ふたりとも、心配かけたね。やっぱり待っていてくれたんだ」

ノレドと操縦席を代わったベルリは、すぐにコアファイターを分離させた。

「この機体は置いていこう。ガンダムは理想を抱いて生きなきゃいけない人間を現した人型の概念だ。もうぼくら人間には、これは必要ない」

ふいに、リリンがベルリとノレドに抱きついてきた。

「わたしはもう行くね」リリンはいった。「わたしは導く者だから。あの娘を地球に連れて帰ってこなきゃいけないから。だからもう行く」

「行くって、どこへ?」

ノレドが話し終わらないうちに、ゆっくりとリリンの姿は透明になって消えていった。慌てふためくノレドの身体を抑え込んだベルリは、何も言わずにコアファイターをラビアンローズから脱出させた。リリンは、自らの役割を果たすために何処へと姿を消した。

コアファイターは静かに宇宙を飛んでいった。ふたりを乗せた機影を発見したメガファウナの乗員たちが、ライトを灯してメガファウナの位置を知らせてくれた。

ハッチを開いたベルリは、ノレドをしっかりと抱きよせてコアファイターを捨てた。ふたりが機体を離れると、コアファイターは光の粒子になって消えた。そして砂粒ほどの大きさのサイコミュだけが宇宙に残った。その小さな物質だけが、思念体であるジオンが作ったガンダムの実体だった。

メガファウナの乗員たちが、ふたりを温かく迎え入れた。誰しもが抱き合い、生存を喜び合った。生きることは、肉体を有する存在にとってそれ自体が喜びであったのだ。だがそれだけではいけない。生きる喜びを目的化したことが、地球を窒息させていったのだから。

人間が理想を抱いて生きることは、生命の輪廻の根を浄化することだった。神との対面に畏まること、神に近づこうと心身を律すること、大きくふたつに分かれた理想に至る手段は、神になろうとした者の出現によって前者が敗北し、後者が選ばれた。

死後に糾合される生命の根は、神として人と対話することを諦め、神に至ろうと身を清める人間を選び、ニュータイプを作り出した。

ドニエルとギセラから、アイーダの言葉がラ・ハイデンに伝えられた。

「すべての生命の記憶にアクセスできる新人類だと」

ラ・ハイデンは絶句した。スコード教の神の前で畏まり、欲望を律してきたラ・ハイデンは、ついに神に至った人類が誕生したことで、スコード教の教義を捨てる決心をした。自分たちがやるべきことは、神と交信できる新時代の子供たちに、地球を受け継がせることだけだった。

「そうか。人の役割は終わったか」

彼は大きく息をつき、すべての生命の歴史と触れ合えることはどんな気持ちがするのだろうかとボンヤリと想いを馳せた。

続いて、ベルリとディアナから、ビーナス・グロゥブ公安警察元次官ジムカーオの言葉が伝えられた。ジムカーオの最後の言葉を聞いたラ・ハイデンは、苦虫を噛み潰したような顔で笑い、杖を鳴らした。

それから半年ほどが経過した。生き残った人々は、人類が長い年月をかけて開発してきた月基地の施設を使って生き延びた。彼らは地球を観測し、思いのほか自然回復が早いことに驚くと、数度の話し合いののちに全艦隊を使って地表へと降り立った。

以後、オールドタイプを観測した記録はない。

それから20年が経過した。

静かさを取り戻した地球に、大船団が迫っていた。

巨大隕石の衝突と軌道エレベーターの落下によって地球は度重なる地殻変動に見舞われ、ユーラシア大陸の大部分は陥没してプレートは太平洋側へ1000キロメートル移動していた。

古い大陸を記した地図は使い物にならなかった。

「地球は元々歪な形をしていて、海の存在によって丸く見えていただけなのでしょう?」

旗艦イデアの艦長席にいるラ・コニィは、傍らに立つリリン・ゼナムに向けて尋ねた。

「地球にどのようなことが起きたのか、それは地球自身がわたしたちに教えてくれますよ」

大船団は、ビーナス・グロゥブからやってきていた。ラ・ハイデンの帰還を待ち望んでいたビーナス・グロゥブの住人たちは、スコード教大聖堂に光に包まれて舞い降りた地球の少女リリンに驚き、彼女の口から未来に起こる出来事を聞いて愕然とした。

少女の神託は本物なのかと議論が巻き起こった。しかし、新たに生まれてきた子供たちが明らかに自分たちとは違うことを徐々に理解し、自分たちがやるべきことは子供たちのために地球に戻る船を作ることだと思い定めて、計画的に働き始めた。

若者たちは、自分たちの寿命がそうは長くないのだと知ると、絶望するよりかえって溌剌としはじめ、夜となれば愛を語り、次々に子をなした。

ビーナス・グロゥブは子で溢れ、必要な宇宙船の数は計画を上回り続け、彼らはますます闊達に働くことになった。

長らく空席だった総裁の地位に、地球生まれのコニィ・リーが15歳で就任した。コニィは補佐役にリリン・ゼナムを指名し、ビーナス・グロゥブ全住民の地球へのレコンギスタを発表した。

コニィ・リーがラ・コニィになってから6年。ビーナス・グロゥブ住民は移民船に乗り込み、大船団を組んで地球に戻ってきたのだった。

船団は次々に真っ赤に燃えながら大気圏へと突入した。すっかり地形が変わった地球は、海の面積が増えて、幼き日のリリンが目にしていた地球よりいっそう青く輝いていた。

船団はかつて太平洋があった場所にできた新大陸に着陸した。

宇宙船から次々に少年少女たちが降り立った。コニィとリリンも船を降りた。黒い土に鮮やかな緑色の草が生い茂り、色とりどりの花が咲いていた。海辺まで歩くと、遠浅がかなり広く続いているのがわかった。浅瀬の海にいくつもの魚影が映っていた。

「聴こえる」コニィがいった。「母さんの声が聴こえる。父さんの声も聴こえる」

「わたしにも聴こえてきます」リリンが応えた。「母さんの声、ベルリの声、ノレドの声。みんなの声。でもまだ遠慮しているみたい。いえ、そうじゃない?」

リリンはふと自分の視界が変化していくことに気づいた。彼女の眼には、ベルリやノレド、ウィルミットの姿がハッキリと映った。コニィの眼にもルインとマニィの姿が映った。それは幻影などではなく、幽世にある魂であった。それがビーナス・グロゥブの子供たちには見えるのだった。

「そうですか」コニィは畏まった。「ラ・ハイデン。あなたたちは、わたしたちのために地球環境の回復に尽力してくださったのですね。その苦労は必ずわたしたちが労いましょう。わたしたちはこの地に満ち、拡がり、根付いてみせましょう。美しい魂のまま生き、やがてみなさまと一緒になる日を楽しみにしております」

「この星は美しく生まれ変わりました」リリンは感嘆した。

「ええ」ラ・コニィも同意して、青く広がる空と海と草木に覆われた大地を見回した。「最後のオールドタイプたちが理想を抱き死んでいったからです。いずれ、この星で彼らが遺した、最後に生まれたスターチルドレンたちとも出会うでしょう」


「レコンギスタの囹圄」完

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:124(Gレコ2次創作 第52話・最終回 後半)


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