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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第42話「計画経済主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第42話「計画経済主義」後半



1、


多くの人間が細心の注意を払って生産するから労働生産性が上がっていく。出来上がったものに付加価値がついて値が上がれば、労働の対価も増える。しかし、すべての物資が分配の約束の元に政府の管理下に入る場合、付加価値の評価をつける人間はない。物資に優劣をつける人間がいないから、物資は数や重さによってのみ判断される。分配の約束は、労働価値の棄損に他ならないのだ。

だからこそ、革命に参加する人間は労働価値を向上させる能力のない人間に限られる。

ホーチミン民兵の士気は高かった。ベルリが敵を威圧したのちにすぐさま開始された戦闘で、ホーチミン民兵は人民解放軍を圧倒した。土地さえ取り戻せば自分で利益を上げていける自信に満ちた彼らと、土地など分け与えられても耕作がつらくて仕方がない人間とでは土地への執着心が違う。土づくりの苦労を厭わない働き者は、ただの労働者ではなく才能と知識に満ちた技能者だった。

人民解放軍は旧式の鉄砲やダイナマイトが最も威力のある武器だった。火薬の材料になる硝石は資源として尽きていただろうから、新たに生産されたもののはずであった。彼ら人民解放軍は、砂漠化した国土を見限り、火薬を作って南進を開始したのであった。そこにスコード教の理想はない。

北の人民解放軍には、机上で立てたハノイでの生産計画があり、それで水源地の確保が必要だと判断して作戦行動に出ていたのだが、軍上層部で計画を立てている人間と革命に参加している下層兵士との間には意識に大きな隔たりがあった。計画を立てるだけの官吏と、労働嫌いの労働者は、互いに相いれないまま同じ革命を達成しようとしていた。このふたつの目的が一致するのは、革命初期の簒奪行為までなのだった。

人民解放軍は一気に総崩れとなり、ジャングルの中へと消えていった。追撃を行うことになり、民兵たちは兵糧として作っておいたパンを腹に詰め込むと、鉈を手にジャングル深く入っていった。ジャングル地帯での戦闘も、不慣れな人民解放軍に勝ち目はないはずだった。

簡易的に流れを堰き止めつつあった木製のダムは、ベルリのガンダムによって水量を調整しながら破壊された。これでまた下流域にも農業生産に必要な水が供給されるはずであった。

「いやぁ、本当にありがとうございました。ベルリさんがいなかったらもっと大きな被害が出ていた」

「ぼくはなにもしていません」ベルリは謙遜したがそれは本心だった。「ホーチミンに押しかけた難民を元の土地に戻すことが、一番の解決方法でしょうから、手伝ったまでです」

「いったんホーチミンのサムフォー司祭の寡婦のところへ戻られますか?」

そのとき、後部座席にいたリリンがベルリの袖を引っ張って首を横に振った。リリンはサムフォー司祭の寡婦が彼女を人質にしようとしたことを知っているのだ。ベルリは司祭の妻がホーチミンの地主の娘であることを聞いていたので、彼もまた南への帰還をためらった。

「ぼくは大切な人がハノイに侵入していて、どうしても心配なんです。いったん彼女と友人の男性を救出しようと思ってます」

「ハノイに行かれるのですか」民兵のリーダーは少し残念そうであった。「ハノイには我々の別動隊が進軍して陣地を形成しているはずです。もしかしたらハノイに攻め込んでいるかもしれないから、早めにいかれた方がいいかもしれません」

「ありがとうございます。そうします」

こうしてベルリは青い空にガンダムを飛び上がらせて、東へと向かった。


そのころハッパは、突如出現したYG-111のラライヤに助けられて、ホーチミンに戻っていた。彼らを助けた民兵はハノイ近郊に陣地を形成して人民解放軍との本格的な戦闘に備えていた。ハノイの粗末な市街地から、さらに多くの難民が南に向けて押し寄せていた。

ハッパはサムフォー司祭の寡婦に事の次第を報告した。彼女はさも残念そうに首を振った。

「やはり共産主義は上手く機能していませんか」

「そもそもですね」ハッパは眼鏡を直した。「北の大陸の砂漠拡大に伴って耕作地や居住区が失われている問題が根底にあるわけです。農産物の収穫量は減るのに、人間は一気には減らない。人手が余った影響で共産党による革命軍の編成が容易になった。それだけなんです。人民解放軍というのは、あれは武装難民にすぎません。武装難民が共産主義という理論武装をして、砂漠で作った火薬を頼りに南進してきているだけ。あれはもっと北の前線で食い止めないと、どこまでも南下してきて現地民を奴隷化していきます。経済体制なんかあってないようなものですよ。彼らは供給できないのですから」

「夫も似た考えでした」夫人は溜息をついた。「やはりホーチミン軍を編成して、ハノイを奪還するよりほかなさそうです。協力していただけますか?」

「大事な知り合いが捕虜にされてしまったのです。彼女を取り返さなきゃいけない。協力します」

ふたりの会話を、ラライヤはただ黙って聞いていた。ハッパは彼女の顔から表情が消えているのを訝しんだが、ベルリらと同じように突然出現して、しかもトワサンガ出身の彼女が見たこともないようなアジアの国にやってきた緊張からそうなっているのだと勝手に解釈した。


同じころ、ハノイの再生計画作りが上手くいかなかったノレドは、処刑を待つ身に戻っていた。

彼女とハノイの元教師たちは死刑判決を受けたのちに、計画経済を教授するとの名目で刑の執行を延期されていたが、人民解放軍による略奪の傷跡は大きく、来年分の食い扶持を水資源の売却に頼る計画を立てていたところに、ベルリたちによる上流域の奪還の報がもたらされて、一気に信用を失ったのだった。彼女たちは再び竹を編んだ籠の牢屋に放り込まれて一夜を明かしていた。

そこに、大きな銅鑼の音が響き渡った。何事かと身を乗り出すと、上空に聞き慣れた飛行音がこだました。それは、ベルリが搭乗するガンダムの飛行音であった。続いて鉄砲の破裂音が何度も何度も響き渡った。周囲の喧騒は大きくなり、鉄砲の音は数分おきに数が増えていった。

ベルリが救出に来たと確信したノレドは、他の処刑メンバーを起こして、真四角の竹の牢屋をゴロンゴロンと動かしながら目立つ場所へ移動しようとした。監視に見つかると厄介であったために、人の気配がするたびに泊まって寝たふりをする。いなくなるとむくりと起き上がり、みんなで籠を移動させていくのだ。広い庭に出ると、上空にガンダムの巨大な影が飛び去るのが見えた。

月が明るく照る夜だった。ノレドは必死にベルリに助けを求めた。すると遠くへ飛び去ったガンダムが戻ってきた。ノレドの大声で籠ごと脱走したことがバレてしまい、大慌てで参集してきた兵士たちはノレドらに銃口を向けて撃ち殺そうとした。そのとき、ガンダムはゆるりと庭に降り立って、メインモニターを強く輝かせた。その迫力におじけづいた兵士たちは、転がるように逃げていった。

ガンダムのハッチが開いた。ベルリは情けない顔で竹にしがみつくノレドに向かって叫んだ。

「だから言わんこっちゃない!」

「もういいから助けて!」

ベルリはコクピットに戻って籠ごとノレドを救出した。「ハッパさんは?」

「それが離れ離れになっちゃって、どこにいるのかわからないのよ。でも捕まったことは確か」

「いったんここを離れよう」

ガンダムが再上昇したときだった。ガンダムのモニターは遠い海上から送られてくる光通信をキャッチして文字情報に変換してモニターに映し出した。それを送ってきているのは、しばらく前に袂を分かった日本のバイオエタノールディーゼル船だった。


2、


ホーチミンの民兵組織は、ハノイ自由市民軍と名を変えて5千人もの大軍を編成した。水源地奪還作戦にも2千人規模の兵を出していたことから、ハッパはサムフォー司祭の寡婦の動員力に舌を巻いた。宇宙世紀やそれ以前の人口の多かった時代ならいざ知らず、フォトン・バッテリーの供給で人口を管理されたリギルドセンチュリーでこれだけの兵力を集めるのは容易ではないはずだった。

作戦には、ハッパのモビルワーカーとラライヤのYG-111も加わることになった。ふたりは戦闘への参加を了承しながらも、ノレドの身柄確保を優先しようと話し合った。軍の話では、水源地に派遣されたハノイ自由市民軍はすでに水源地を奪還して、一部が残党狩りを行いながらハノイに向かって進撃中とのことであった。南と西から挟み撃ちにして人民解放軍を北へ押し返す作戦だった。

ハッパは、サムフォー夫人の協力を得てモビルワーカーの武装強化を図り、張り切って戦闘に参加していた。彼がやる気になったのは、ある目的を見つけたからであった。彼は人民解放軍に潜入して調査をしたときに、計画経済体制は計画を放棄することに他ならないと見抜いたのだった。

ホーチミンからハノイに進軍する途中で、ハッパはそのことを自由市民軍の兵士に話して聞かせた。

「ルールの中で自由に経済を回している限り、細かい計画は民間が勝手に考えて、成功したり失敗したりするんだ。成功したやり方は大きな富を生み、それを見た人らがやり方を真似し始めて、失敗したやり方は淘汰される。計画なんてものはほとんど民需を見据えて機動的にやらねばならないことだから、公的機関の立てる計画経済なんてものは生産から流通、分配に至るまでうまくいきっこない。そしてこれが肝心なことだが、民間が細かい需要に対応するおかげで、公的機関は大きな需要だけを計画することができる。民間需要ではない公的需要には、公的機関が対応するしかない。インフラの整備などがそうなんだけど、フォトン・バッテリーの配給停止のような大きな事態が起こった場合も、公的機関の出番となる。サムフォー司祭がバイオエタノールエンジンへのシフトを急いだのは、秋の刈り入れシーズンまでに何とか電力を確保して農業用シャンクを動かしたかったからだ。ハノイは明らかにシャンクを前提とした人口過多の状態にあったから、電力がなくなればすぐに飢える人間が出るか、果てしない重労働に喘ぐしかないと彼はよくわかっていた。そして、公共事業としてバイオエタノールの導入を考えていた。ところがキャピタル・テリトリィの混乱で、世界的に資金の供給が細っていたものだから、いつものように投資家から資金を確保することができなかった。それで彼は税を免除せず、増税も示唆していたんだろう。餓死や手作業による膨大な土地の刈り入れ作業に従事するより、少しの増税の方が負担は軽く済んだはずなんだ。ところがそれを、個人の利益のためだと政治利用されてしまったんだ」

「サムフォー司祭はやはり悪くなかったんですか?」

「悪いどころか、おそらくは最善の策を立てて行動していた。サトウキビの生産が上手くいけば、ハノイはエネルギー生産地として莫大な利益を生み出して、かなり早い段階で日本からディーゼル発電機を購入できたんじゃないかな。それで農業用シャンクを動かせば、ほとんど経済規模を落とさないまま発展する可能性もあった」

「だったらそう言ってくれればよかったんだ」男たちは少し不満そうだった。

「焦っていたんだと思う。スコード教の司祭である彼は、ビーナス・グロゥブとの関係が切れてしまうなんて考えたくはなかったろうし、ギリギリまでフォトン・バッテリーの再供給に望みを繋いでいたはずだ。でもそれがどうなるか確信が揺らいで、しかも秋がどんどん迫ってくる中で、説明不足のまま奔走していたんじゃないかな」

「そうだったんですか・・・」

サムフォー司祭は春には殺されており、そのあとすぐにハノイは人民解放軍に支配されていた。

「サムフォー夫人にこのまま従って、司祭の計画を引き継ぐことが最善ということですか?」

「ぼくは夫人がどんな人物か知らないから、そうだとは断言はしてあげられないけど、人民解放軍のハノイ統治では、おそらくは来年用の籾さえ飢えに苦しんで食べてしまうほど困窮するだろう。分配の約束に騙される人間がいるけれど、分配するには一度簒奪しなければならない。分配の約束は他人から合法的にモノを奪うウソに過ぎないんだ。騙されたと怒る人間を粛正し、一部の人間にだけ十分に分配して、彼に共産主義を賛美させれば、人民はいかようにも操れる。権力者が、奪うのも殺すのも自由にできるような社会体制にならざるを得ないのが共産主義というものだ。普段仕事が出来なくて他人からバカにされている人間や、怠け者で他人より貧しい人間が、他人から奪って逆らう人間を殺す夢を見て革命に参加する。本当に社会にためになっている人間は、あんなものに参加するわけがないんだ」

ハッパが話し終えると、期せずして拍手が巻き起こった。まさに自由市民軍とはそうした人々の集まりだったからだ。

柄にもなく演説してしまったハッパは、勧められるままに少しの酒を飲んで、焚火を囲む輪から離れてラライヤの様子を見に行った。かつてはともに旅をした仲間であるラライヤであったが、しばらく離れているうちにかなり雰囲気が変わっているように見受けられた。

「十分食べたのかい?」ハッパは言った。

「ええ」ラライヤは心ここにあらずといった雰囲気で応えた。「いただきましたよ」

彼女は空を眺めていた。星空には大きな月が浮かんでいる。ラライヤは小さな声で呟いた。

「わたしはもしかしたら、1年前の世界にやってきたのかもしれないんです」

「え? 半年じゃないのかい? ベルリとノレドはそう言っていたけど」

「ベルリとノレドが消えてから半年が経過していました。地球は虹色の膜のようなものに覆われて、外から観測が出来なくなっていたんです。薄く透けて見えるだけです。そして、地上で大爆発が起こりました。聞いたところでは、フルムーン・シップに積んであったフォトン・バッテリーを、ラ・ハイデンの許可なく降ろそうとしたために自爆装置が作動して大爆発を起こしたとのことでした。そのあと地上は、何もかも吹き飛ばす爆風が地球を何周もして、地上の生物は絶滅したそうです。風が収まると、地球は分厚い雲に覆われて、全球凍結してしまいました。これは薄く透けた膜の外側から見ただけなので、本当のところ何があったのかはわかりませんが、カール・レイハントンは人類の絶滅を確認して、眠ることが多くなりました。カール・レイハントンはビーナス・グロゥブに温存されていたラビアンローズを持っているので、そこで生産されたスティクス、シルヴァー・シップと呼んでいた細長い戦艦が再び量産されて、地球の外縁軌道を周回するようになりました。虹色の海に泳ぐ銀色の魚のようでした。わたしはそれを、ザンクト・ポルトから眺めて、眺めて・・・、何をしていたんだろう?」

「ザンクト・ポルトにいたのかい?」

「はい。いたはず・・・ですけど、サラ・・・? なんだか記憶が曖昧で」

「無理をしないことだよ」ハッパは気を使った。「戦闘になっても、G-セルフは威嚇するだけでいいんだ。ラライヤはもう殺さなくていいよ。ぼくはやりたいことが決まったから、戦うけどさ」

「ハッパさんがやりたいことって何ですか?」

「本当はアメリアへ戻ってセレブになるはずだったんだけど、もっとやりがいのあることを見つけたからね。エンジニアとしても、ひとりの人間としても、やりがいのある仕事さ」


3、


竹で編まれた牢屋を手に抱えたまま、ガンダムは海へと出た。そこには日本の船が沖合に停泊していた。ベルリは甲板にノレドたちを降ろして、かなり頑丈に編まれた牢屋を日本人乗組員に壊してもらった。ベルリとリリンは機体を降りて再び日本人と相まみえた。

「気づいてもらってよかったです」

船長は嬉しそうに再会を喜んだ。少し前に彼はガンダムに銃を向けて、自由民主主義を取るか共産革命主義を取るか二者択一を迫った人物であった。その顔はまるで銃口を向けたことなど忘れたかのように屈託がなかった。一方のベルリは、そこまで大人になり切れていなかった。

船長は苦笑いを浮かべた。子供を相手にした大人の顔であった。ベルリは息を整えて尋ねた。

「フィリピンに向かわれたのでは?」

「マニラでの用事は終わりました」船長は応えた。「マニラではアメリアのグールド翁のプロジェクトが正式に発動しまして、バイオエタノール燃料の原料になる作物がピックアップされて、試験生産が始まっています。我々日本人は、こうしてポスト・フォトン・バッテリーの世界へ向けて着々と準備をしているのですが、やはりフォトン・バッテリーの再供給は無理だと理解してよろしいのでしょうか」

フォトン・バッテリーの再供給はおろか、人類は存亡の危機に立っているのだった。だがそんな未来予知のような話をしてどうにかなるものではない。ベルリは、ハノイやホーチミンでの出来事を話した。船長はどうやらそれらのことは予想していたようで、特に驚く様子もなかった。ベルリは言った。

「ぼくは・・・、あなたが香港で取った行動がどうしても許せなかった。でも、ハノイで戦闘に参加して、結局共産主義は革命参加者の精神の本質において他人からの簒奪行為に偏る傾向があるのだと知りました。簒奪行為は敵対者と戦闘になって、それが集結するまでずっと続く。共産革命主義は、自由民主主義の防波堤にぶつかって波が砕けるまでずっと簒奪を続ける。香港でのことは、そういうことだったんですね」

「ベルリさんの年齢なら、本来は知らなくていいことかもしれません。しかし、あなたにはガンダムがある。それは無限のエネルギーで動く戦闘兵器だと日本で聞きました。そんなものを持っている人間が共産党に加担すれば、ベルリさんが言う通り、簒奪者は全地球人から奪い続ける。そしてとんでもない巨大権力に成長して、誰も歯向かえなくなる。それは避けねばならないのです」

「いまでは、理解しています」

「ベルリさんに信号を送ったのは・・・」

船長が話しかけたとき、ようやくノレドとリリンが食事を終えて甲板に戻ってきた。ノレドと解放者たちは、船長の行為で数日振りにまともな食事にありついたのだった。ノレドはリリンを伴ってすぐにでもハッパの救出に向かうつもりだった。リリンは船首まで走っていって、海風を顔に浴びていた。

船長はベルリとノレドが仲良く並んで立つ姿を見て、目を細めた。

「実はあなた方に信号を送ったのは、マニラでおふたりの仲人だという方とお会いしまして。彼がこの位置から光信号を送れば、相手はキャッチしてくれるからというので」

「仲人?」

ベルリとノレドは顔を見合わせた。

すると船尾の方から、ひとりの壮健な中年男性が歩いてやってきた。中肉中背でアジアでは目立たない顔立ちをしているが、ベルリとノレドはその顔を忘れようもなかった。

「大佐・・・、ジムカーオ大佐? 仲人って・・・」

ジムカーオは、宇宙で相まみえていたときより若干浅黒い顔つきになっていた。アジア系は住む地域の気温や湿度によって肌の色を大きく変えるのだ。船長はふたりに男を紹介した。

「こちらはアメリアのグールド投資銀行からいらしている、ジムカーオさんといいます。なんでも、キャピタル・テリトリィやトワサンガでおふたりとは知り合いで、仲人をされる予定だったとか・・・。そうお聞きしていたのですが・・・、違うんですか?」

船長は、ベルリとノレドの引き攣った顔を見て、少し心配になったようだった。そんな彼の言葉を引き継いだのは、他でもないジムカーオだった。

「いや、何も違わない」ジムカーオは爽やかな笑顔でベルリに手を差し出した。「トワサンガで仲人をするつもりだったんだが、すったもんだあって結婚は延期になってしまっているんだ。そうだね?」

ベルリは差し出された手をそっとつまむように握り返した。

「まったくベルリくんは子供のままだね」ジムカーオはあけすけに言った。「誰もが助かる一番いい方法を最初に示してあげたのに、婚約者から逃げるなんてね。でも、ずいぶん仲良くしてるじゃないか」

「ノレドとは・・・、いえ、」ベルリは強く首を横に振った。「どうして死んだはずのあなたが」

「これだよ」

ジムカーオは船長に向かっておどけたような顔をした。船長は気を利かせて船室へ戻っていった。彼がいなくなったのを見送ったノレドは、ベルリの腕を取ってガンダムに乗り込もうとした。

「行こう!」

「待って」ベルリは余裕綽々の風体でいるジムカーオから瞳を逸らすことができなかった。「いまとなっては、あなたがやろうとしていたことの意味が少しだけ分かるかもしれない」

「わたしはね、ベルリくん」ジムカーオは潮騒に負けないように声を張った。「ニュータイプの食人習慣が残っていた時代の生き残りなんだ。ビーナス・グロゥブで起こっていたことで、もう500年も前の話だ。クンタラの子供に強いニュータイプ現象が現れたとき、その力を人間に食べられることで役立てるか、スコード教に改宗して力そのものをヘルメス財団に役立てるかと迫られて、わたしの親は子供をスコード教に改宗させて生きながらえさせた。その日からわたしは、クンタラでありながら、スコードであり、ヘルメス財団の一員だった」

「あなたがやったことはッ!」ベルリは語気を強めた。

「わたしがやったことは、カール・レイハントンからラビアンローズを奪うことだった。ラ・ハイデンがビーナス・グロゥブへの攻撃であちらに残っていたラビアンローズを破壊してくれれば、それで終わっていた話だ。しかし彼はしくじった。カール・レイハントンがそれを阻止したともいえる。とにかく、ラビアンローズ、あの宇宙世紀の記憶庫は生き残って、ジオンの手に渡ってしまった」

「なんであなたがそんなことに首を突っ込んでいるの?」ノレドが警戒しながら尋ねた。

「ビーナス・グロゥブの公安警察の人間だったからさ。強いニュータイプ能力が発現した子供だって言っただろう。つまり、道具として利用されていたってわけさ。当時の総裁は、ラ・ピレネという狡猾な男だったからね。わたしが内偵していたのは、メメス・チョップだった。ラ・ピレネは彼のことを非常に疑っていたから、トワサンガがビーナス・グロゥブの地球圏への関与の妨げになることを恐れていた。クンタラをクンタラに監視させていたのさ」


4、


「でも、あなたは・・・」

「死んだって言いたいのだろう? ラビアンローズには外宇宙からの帰還者の遺伝子情報やクローン技術など、アグテックのタブーになっている技術がたくさん詰まっている。ラビアンローズとその操作方法を知っている限り、生き続ける方が容易く、死ぬ方が難しい。わたしがクンタラであり続けたならば、死をもって肉体をカーバに運ぶことを選んだだろう。だがわたしはそれを許されなかった。だからこうして生きている。なぜ生きねばならないのか理由がわからないままね」

ノレドはジムカーオから離れたがっていた。しかしベルリは、疑念の多くを彼が解消してくれることを期待していた。なぜなら、ベルリには時間が限られているからだ。半年も経たないうちに、地球は滅び去ってしまう。ベルリはそれをどうしても阻止せねばならなかった。

「あなたは・・・、いわば裏のヘルメス財団の人間で、もうビーナス・グロゥブにもトワサンガにも仲間は残っていないのでしょう? それでも数百年前の命令に縛られているんですか? 自分で、この世界のためにその力を使おうとは思わないのですか?」

「さて、それだ。自分からクンタラとしてのアイデンティティを奪った憎い連中はみんな死んでしまった。わたしの復讐はそこで終わっている。わたしに残っているのは、メメス博士を内偵する仕事だけだ。そして彼が仕掛けた何かは、こうして始まっている。同じクンタラとして彼を助けるべきなのか、それともスコードのために彼の計画を阻むべきなのか、それはまだ決めていないんだ。もっとも、自分にそれを成す力があるかどうかは自信がないのだがね」

「メメス博士の計画を教えていただけますか」

「もちろん教えるよ。彼はカール・レイハントンを利用して、クンタラ以外の人類を葬ったのちに、何かの仕掛けでカール・レイハントンを殺してしまおうと考えていた。仕掛けはわからない。だがその方法を知っていたようだ。ヘルメス財団の人間を絶滅させ、地球で生き残っている人類を絶滅させれば、残るはクンタラだけだ。クンタラが地球を支配すればいい」

「そんなことできないんだよ」ノレドが反駁した。「もうすぐみんな死んじゃうんだから」

「結構なことじゃないか。クンタラはそれでも生き残っているんだ。おそらくはザンクト・ポルトだろう。あそこにいる限り、地球がどうなろうと災難は免れる。地球の再生にいったいどれほど膨大な時間が掛かろうが、クンタラはその長い時間を観察するわけじゃない。クンタラは短い時間を生きるがゆえに、長い時間を生き残る。そういう存在なんだよ。地球が再び住めるようになるまで、クンタラは待ち続ける。そして、カール・レイハントンは思念体であるがゆえに彼らを止めることができない。彼らは思考を共有している。いったんクンタラを保護すると考えを共有してしまえば、それは容易に覆らない。それが彼らの弱点だ。それをメメス博士は突いたってわけだ」

「あなたはカール・レイハントンとは戦わないのですか?」

「なぜ? 誰のために? クンタラが世界に満ちて何が悪い?」

「そうじゃなくて」ノレドが怒った。「たくさん死んじゃうことが問題なんでしょう!」

「クンタラは延命をしない。運用は時代によって変わるが、機械や遺伝子や思念体への変化やそんなものに頼らず、その時代の医術で認められる範囲での最低限の治療しか受けずに死んでいく。これがどういうことなのか、君らはまだ気づいていないんだ。クンタラは肉体をカーバに運ぶというその教義において、理想的なスコード教信者なのだ。肉体をカーバに運ぶことを理想にしているから、クンタラ同士の争いはごく稀にしか起きない。アグテックのタブーも犯さない。スコード教信者は、科学の進歩とともに自らの教義への自信が揺らぐ。ラ・グーでさえアグテックのタブーを緩めて200年も生きていた。彼は裏のヘルメス財団の人間ではなかったが、それでも死から逃れるために技術を使った。彼の存在自身が反スコード的なのだ。わかるか?」

「ラ・グー総裁はそうだったかもしれない。でも、ラ・ハイデンはとてもクンタラ的です」

「ラ・ハイデンは、ビーナス・グロゥブの歪みを正す可能性があるだろう。だが彼はカール・レイハントンの前では無力だ。彼は何も知らされず、事態に対処せねばならなかった。カール・レイハントンと戦って勝てるのは、とっくに死んでこの世にはいないメメス博士なのさ。わたしは彼の計画を追っていた立場だからよくわかるんだ。その計画の行く末を見てやろうと欲を出して、こうして生きながらえている。ああ、それが生きている意味かもしれない。オリジナルの身体を捨てたわたしはクンタラではなくなっているから、もうカーバには行けない。だが、カーバに辿り着く人間のことには興味がある。欲を出さず、ただ生まれ、愛され、愛し、尽くし、死んでいくだけの最も弱い立場にあるクンタラが地球に満ちれば、それこそスコード教が求めていた理想社会が出来上がるじゃないか。ベルリくんはそれを否定して、いま生きている人間を生きながらえさせたとして、そのあとのことは考えているのかな? ラビアンローズのひとつは破壊されないまま生き残っているんだよ。そこには宇宙世紀の英知もあれば、ジオンが到達したニュータイプ研究の極北についての知識もある。人間はいかなる手段でも永遠に近く生きられるようになる。欲深く、科学の力に頼るスコード教信者を地球に残して、本当にそのあと地球やそこに生きる人間は幸せになれるのか? クンタラが地に満ちれば、ラビアンローズの情報になど見向きもしなくなる。ヘルメスの薔薇の設計図を回収する必要さえなくなる」

ベルリは痛いところ突かれて言葉を失った。半年後に起こる破滅を避け、カール・レイハントンの野望を阻止したとして、拡散してしまったヘルメスの薔薇の設計図を回収しない限り、ビーナス・グロゥブによる安定的な支配体制には戻れない。ラ・ハイデンは、アースノイドがヘルメスの薔薇の設計図を解読できなくなるまで文明を後退させて事態の収拾を図るだろう。彼は人類を原始時代にまで後退させ、ムタチオンに苦しむビーナス・グロゥブの住人だけをキャピタル・テリトリィに住まわせることだろう。

ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンも、ジオンのカール・レイハントンも、クンタラのメメス博士も、誰もアースノイドを救うことは考えていない。彼らに共通しているのは、アースノイドへの絶望だけなのだ。半年後に起こる、フルムーン・シップの大爆発を阻止したとして、自分はそのあとどうしたらいいのか、ベルリにはまったく答えがなかった。

「ただ目の前の可哀想な人間を救えばいいという話ではないのだよ」ジムカーオは冷たく言い放った。「君たちは、人間とは何かと考え続けてきた人類の歴史と対峙しているんだ。正義の味方になったつもりでいたかい? キャピタルタワーを破壊しようとするわたしを倒して、誰かを救ったつもりでいたかい? クンタラとしてヘルメス財団の人間を裏切ったわたしは、メメス博士が作ったキャピタルタワーを破壊してクンタラも裏切るつもりでいた。そうすれば、自分はこの世からまったく必要とされなくなって、漆黒の闇の中へ消えていけるのだと。でもそうはならなかった。メメス博士の計画は、君らの活躍によって生き延びてしまった。ビーナス・グロゥブのラビアンローズを破壊できなかったことで、カール・レイハントンも復活してしまった。遺伝的な繋がりはなくとも、ベルリくんは彼の子孫だ。さて、どうするつもりなのか、わたしに聞かせてくれないか」

「ベルリは、カール・レイハントンの子孫じゃないの?」ノレドがおそるおそる尋ねた。

「カール・レイハントンは、あれはただのアバターで、生殖行為を楽しむ機能がついているだけだ。精子はロボットのようなもので、妊娠した子は母親のクローンになる。血筋から言えばね、ベルリくんはメメス博士の子孫なんだ。メメス博士は浅黒い肌のアーリア系だったが、500年間も白色人種と結婚を繰り返しているうちに、すっかり白人のようになってしまっているね。まったく、君は白いメメス博士だよ。とても良く似ている」

「ぼくが・・・、メメス博士・・・」


第43話「自由民主主義」前半は、5月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第42話「計画経済主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第42話「計画経済主義」前半



1、


クリム・ニックの死をきっかけに地球が虹色の膜に覆われてから半年が経過していた。

ザンクト・ポルトはカリル・カシスを中心に少数の男と女たちのコロニーが形成され、食糧増産について連日討議がなされていた。その中にはサラ・チョップの姿もある。ヘイロ・マカカのアバターの中に潜んでいた彼女は、ヘイロの新しい肉体が完成すると同時にサラ・チョップの古い肉体を奪ってザンクト・ポルトのクンタラ集団に合流したのだった。

サラの肉体がパイロット適正を満たさなかったため一時的にパイロットを務めていたラライヤも、その際に解放された。カール・レイハントンはラライヤについて関心を寄せず、肉体関係にあったサラにも執着しなかった。レイハントンの関心は、時間を遡ったベルリに向けられていた。

スティクスの銀色の船体が魚影のように覆う地球を、カール・レイハントンはじっと見つめることが多くなった。肉体を保ったまま地球を観察し続けることは、苦痛以外の何物でもなかった。肉体を捨てて時間から解放されてはじめて観察は観察めいてくるのだった。肉体を持つことは長時間観察には向いていなかった。それゆえか、彼は些末な事象に無関心であろうと努めた。

カール・レイハントンが肉体のメンテナンスに入ると、ラライヤはYG-111で出撃した。この機体も本来ヘイロが使用するものではないので、ラライヤに預けられたまま放置されていた。サラはやがて来るカール・レイハントンとの対決を忘れてはいなかったものの、いまは地球に降りることに夢中であった。500年前、目前に辿り着きながら踏みしめることのなかった大地に。

ラライヤは自分の身に何が起こっていたのか、曖昧な記憶しか持っていなかった。彼女はカール・レイハントンを調査するためにノレドと別れてトワサンガに残った。そして彼に近づこうとしたとき、サラと出会ってそれからの記憶が断片的にしか残っていない。彼女は時折、スティクスの魚影をかいくぐるようにYG-111で地球を一周する。ベルリとラライヤがどこに消えたのか、現在の地球がどうなってしまったのか、彼女は気が気ではなかった。YG-111のフォトン・バッテリーも尽きつつあった。

いつものように虹色の膜すれすれのところをYG-111で飛んでいるときだった。有視界にキャピタル・タワーとザンクト・ポルトが見え、一息ついて虹色の海を泳ぐ銀色の魚影のようなスティクスを眺めていたとき、YG-111は突然コントロールを失ってザンクト・ポルトに引き寄せられるように速度を上げた。慌てて操縦桿を握ったものの機体はいうことをきかず、暴走したYG-111は加速を続けて限界速度を突破した。警報音が鳴り響く中、ラライヤは叫び声をあげ、気がついたときには見たこともない大陸の上空を飛んでいた。YG-111は自動で重力下の操縦に切り替わっていた。

「ここは・・・、地球?」

自分はまた地球に落下したのかと驚いて機体下方に目をやると、小さな粒が蠢いているのが目に入った。それは黒い小さな粒であった。カメラを望遠に切り替えて初めて、ラライヤはそれが人間の集団であることを理解した。無数の人間が、殺し合いをしているのである。

バッテリーの表示を見ると、いつしかフォトン・バッテリーは回復していた。ビーナス・グロゥブ以外では決して充電されないはずのフォトン・バッテリーに何が起きたのか、ラライヤには考える時間は与えられなかった。YG-111は、交信を求めてくる音声をキャッチした。雑音交じりの音声は、聞き覚えのある声でG-セルフの救援を求めていた。

不意にラライヤの頭が正常に作動するようになり、その声の主がハッパであると理解した。

「ハッパさん?」

「その声は誰だ!」相手は興奮していた。「G-セルフならこっちの味方なんだろう?」

ハッパは見慣れない小さなモビルスーツのようなものに搭乗して、棒切れを振り回しながら敵と交戦していた。敵は粗末な身なりで、手作りの盾と槍でハッパたちと戦っていた。

ラライヤは戦闘のただなかにYG-111を降下させた。突然のモビルスーツの出現に敵は恐れをなして、撤退命令なのか、大きな銅鑼の音が辺りに響き渡った。すると敵は蜘蛛の子を散らすように引き上げていった。吹きすさぶ風が通り過ぎたとき、辺り一面に転がるおびただしい数の死体が目に入った。大地は血で染まり、死に損なった人々のうめき声が陰鬱に聞こえてくるのだった。

ハッチを開いたラライヤは、その凄惨な光景に顔をしかめた。現代戦ではありえない血みどろの戦いが地球の上で繰り広げられていたのだ。そこに駆け寄ってきたのはやはりハッパであった。

「なんだ、ラライヤじゃないか」

彼の声はどことなく明るかった。彼の乗る小さな機体もまたおびただしい血で赤く染まっていた。

戦闘を終えた集団は、しんがりを残して南へと撤退していった。ハッパは自分の乗り物ごとYG-111に抱きかかえられた。ハッパは興奮した口調で事情を説明した。

事の発端は、ベルリとノレドがリリンを連れ、おそらくは時間跳躍をして約半年前の世界へ戻ってきたことだった。それから一緒にアメリアを目指して旅を続けていたところ、共産主義革命の現場と出くわして、ハッパとノレドはその調査のためにホーチミンからハノイに潜入していた。ところが、彼らはひそかに憲兵に監視されており逮捕されてしまった。ノレドはどこかへ連れ去られたが、ハッパは処刑される寸前でホーチミンから駆けつけた民兵に助けられて、そのまま野戦になったのだという。

「ノレドが?」ラライヤの顔が蒼ざめた。

「ぼくも責任を感じているんだ」ハッパはうなだれた。「ぼくは立場的にノレドの安全を確保しなきゃいけなかったのに、役割が果たせなかった。ノレドにもしものことがあったら、ベルリに合わせる顔がない。何としてでも取り返さなきゃいけなんだけど、どこに連行させたのかわからないんだ。ぼくもようやく解放されたばかりだから」

ハッパは、世話になっている農家の老人がホーチミンの民兵に協力して情報を提供してくれたおかげで助かった。ノレドの行方は分からず、探す手段もないのだという。

「現地の人間に成りすますために、レーダーも無線機も何も持たせてなかった。ぼくの失態だよ」

「ノレドが・・・」

ラライヤは、夕焼けの空に白く浮かんだ月に、もうひとりの自分がいることに思いを寄せる暇もなく、ノレド奪還を考えねばならなかった。空に白く浮かんだ小さな月には、もうひとりのベルリ、ノレド、ラライヤがいるはずだった。彼女もまた何者かに引き寄せられて、時間を遡ったのだった。

「ベルリはどこにいるんですか?」

「共産主義勢力に奪われた水源地帯奪還の作戦に参加したんだ。見ての通り、相手の装備は古代の戦争そのものだから、すぐに片が付くと見越してぼくらはハノイに潜入したんだが、まさかこんなに早く正体がバレるとは思わなかった」

「わたしはすぐに」

「いや、待つんだ。やみくもに探してもおそらく無理だ。ベルリがいま乗っている機体は不思議な代物で、あれならひょっとしてノレドの居所を見つけられるかもしれない。それに、リリンちゃんには不思議な能力があるようだし。だから、あのふたりに合流するために、ホーチミンに戻ろう」

「でも・・・」

「本当にすまない。でも、G-セルフであんな粗末な装備の人たちを殺してノレドを助けるのかい?」

そう言われてようやくラライヤも納得した。

「ハッパさんのその乗り物は?」

「これはね」

ハッパは日本で起きたことから順にラライヤに話していった。ラライヤの心は、ハッパの言葉を聞きながら、どこか焦燥感に駆られていた。銀色のスティクスが虹色の膜の上を泳ぎ回る姿が脳裏から離れなかった。地球が滅びるというのに、なぜこの人たちは争い続けているのだろうと。


2、


そのころノレドは、他の虜囚とともに竹を編んだ籠に入れらえて、夜を明かしていた。昼前まで食事も与えられず放置されていた彼女たちは、突然引っ立てられて大勢の人の前に立たされた。裁判のようだった。正面に数人の判事らしき人物が並び、左右と後方の座席には同じ服に身を包んだ男女100名ほどが椅子に座っていた。

検事役らしき人物が、反乱分子の罪状をとうとうと述べたのち、いきなり採決が取られた。椅子に座った人々が赤い手帳を右手に掲げ、裁判は終わった。

「被告人らを死刑に処する」

それが人民裁判というものだった。ノレドは訳が分からずに昨夜乗せられた荷馬車に放り込まれると、そのまま刑場に護送されてしまった。

何もしなければ殺される、そう考えたノレドは、護送官にあれこれと話しかけて、状況を打開する方策を探った。共産党の護送官は、はじめこそ迷惑そうにしていたが、若い女性に話しかけられて悪い気がしなかったのか、少しだけ返事をしてくれるようになった。ノレドは相手が食いつきそうな言葉を並べたが、トワサンガの名を出したときに、相手は急に引き締まった顔になって、しばし考えたのちに、列を離れて憲兵の上官らしき男に耳打ちをした。するとその上官が護送車の近くに馬で歩み寄ってきた。

「君はトワサンガに行ったことがあるのか?」

「行ったも何も、わたしはトワサンガのベルリ・レイハントンの婚約者ですから」

それを聞いた憲兵は、さらに上官らしき人物と話をするために列を離れていった。一時的に監視の目が緩くなったので、ノレドは他の繋がれている人々に話を聞いた。

「みなさんはどうして逮捕されちゃったの?」

「わたしたちはハノイの教師だったのです。そこで、古い教科書で授業をしていたところ、反共産主義者として捕らえられて、この有様です。共産主義のことなどわたしたちは勉強していませんので、子供たちに教えられるはずがない。古い知識人は、みんな逮捕されてしまいました」

先ほどの憲兵が戻ってきて、馬で引かれた護送車はいったん休憩を取ることになった。ノレドだけが馬車の外に出されて、用意された椅子に座らされて、水を飲ませてもらえることになった。

遠くからやせ細り目の吊り上がった男がやってきて、彼女の前に座った。

「トワサンガの方だとか? 本当ですか?」

「本当ですよ」ノレドは胸を張った。「ベルリ・レイハントンの婚儀のことはアジアでも報道されていると思いますが」

「そんな方がなぜこちらへ?」

「それは・・・」ノレドは必死に聞きかじった言葉を思い浮かべた。「共産主義の経済体制は、トワサンガの経済運営と似通う部分があるので、視察していたのです」

「ほう、トワサンガは計画経済をやっていると」

「トワサンガは労働本位制です」ベルリたちの話を聞きかじった知識しかなかったノレドだが、死刑になる寸前である恐怖が彼女の頭をより速く回転させていた。「労働工数によって支給される給与が決まっているのです。どんなものをどれだけ生産するかもあらかじめ決まっているんですよ」

「もっと詳しくお話をお聞きしたい」

男は興味持ったようだった。ノレドはこの機を逃さず交換条件を出した。

「護送車にいる他の人々は、ハノイの優秀な教師です。彼らは計画経済について詳しくはありませんが、それは教育を受けていないだけで、トワサンガのことを教えればより良い共産主義者となって国のために働くでしょう。なぜ彼らの処刑を急ぐのですか?」

「人民裁判の決定ですから。しかし、刑の執行をしばらく延期することは自分の権限でできます」

「では、あの人たちに食事を」

食事をと聞いて渋い顔をした男であったが、しばらくして焼いたパンと水が与えられた。

「トワサンガには計画経済の専門家はたくさんいるのですか?」

「もちろん」

「労働工数とは何ですか?」

「簡単に言えば作業量のことで、細かい手順を洗い出して数値化したものです。砂をAからBに運ぶのに、運搬回数で測ると誰もたくさん、重いものを運ばなくなるでしょ。ノルマは重さで決めないと。管理手段として工数を出すんです。ノルマを1回の運搬で達成する力持ちもいれば、10回かかる人もいる」

「回数で管理すれば、力持ちがたくさん運んだ分だけ弱者が楽をできるのでは?」

「それでは力持ちは働かなくなります。だから運ぶ重さでノルマを作っておいて、能力に左右されず誰もが同じ労力で仕事ができるように改善していくわけです。例えば砂を運ぶのにネコ車を使えば1回で運ぶ重さは同じになって、力の差も縮まります」

そう話しながら、ノレドの背中には冷や汗が流れていた。彼女の話は聞きかじったものばかりで、勉強したことはなかったからだ。そこで彼女は、自分はまだ学生であることを付け加えた。

「王の妃が学校へ行くのですか?」男が尋ねた。

「もちろん。それに宇宙では誰もが労働に参加するので、王だからって遊んでいるわけじゃない」

「王さまも工場で働く?」

「王さまは王宮で働きます。王さまの仕事は決済です」

「楽でいいですね・・・。いえ、あなたに嫌味を言っているのではないのですよ。それより、トワサンガの共産主義は上手くいっているのですか? それが聞きたいのです」

「もちろん上手くいってますよ。北の大陸の共産主義はいかがですか?」

「もちろん上手くいってます。でもまだ革命から日が浅いので、上手くいっていないところもあるかもしれません。そこでトワサンガのお話を聞かせていただいているわけです。共産主義を成功させるためにはどうすればよいのでしょう?」

「物資を・・・」ノレドは必死にハッパから聞いた話を思い出した。「物資の供給を豊富に行えばいいのです。誰もが物資に見向きもしなくなるまで、たくさん作るんです」

「たくさん生産するには、たくさん働かねばなりません。トワサンガの人々は、そんなに働いているのですか? 休みもなく。でも、おかしいですね。トワサンガは革命も起きず、王政のままなのに、共産主義体制なのだという。共産主義に王さまがいるなんて聞いたことがありません」

ノレドは相手の話が大筋で理解できるようになった。彼ら北の大陸の革命者たちは、支配者層について幻想を持ちすぎているのだ。

自分たちが労働で苦しい思いをして、貧しい生活に甘んじているのは、支配者層に搾取されているからだと思い込んでいる。平等に分配すれば、それだけで生活は豊かになるのだとの思い込みがある。だが、モノは湧いて出てこない。分配するための物資は、労働によって作られる。豊かになるためには、たくさん作らねばならない。そのためにはたくさん働かねばならないことを、サムフォー司祭を処刑して初めて理解したのだ。


3、


共産主義に支配されたハノイの物資供給は逼迫していた。北の大陸の支配層は、自国で発行する紙幣を大量に送り付けてきてハノイ地域から物資を吸い上げようとしていた。

共産主義革命に酔いしれたハノイの若者たちは豊かになるものと信じてその命令を嬉々として受け止め、見たこともないような大金を手に満面の笑みを浮かべていたが、その紙幣が紙切れのように価値がないとわかると、途端に苦しい立場に追い込まれた。彼らに協力した人々は、生活が以前より貧しくなったと連日訴え、離反者も相次いだ。

分配を前提とした生産は、労働生産性の向上にまるで結びつかなかった。過剰に生産しても、それらが自分たちの富にならない以上、人は働くのをやめる。労働意欲の減衰はそのまま生産能力の低下になって分配能力の低下に直結する。それでもコメなど日持ちのする農産物の生産意欲は衰えなかったが、それは収穫量を誤魔化して隠しておくためであった。

生産量の過少申告は分配能力の低下につながるために、農地には多くの監視官が付けられた。これはさらに農民の労働意欲を削ぐ結果になった。なぜ自分たちは見張られて仕事をしなければならないのか。なぜ見張っているだけの人間が多くの配給を受けるのか。農民たちは共産主義の官吏に嫌気がさして、反体制運動にこぞって参加するようになった。

それらを弾圧するために、密告が奨励された。弾圧は日に日に激しさを増し、誰もまともに働くのをやめてしまった。農地は荒れ放題となって、夜逃げが相次いだ。それでも、農地の監視をする役人は、田を耕さそうとはしなかった。田に手を出せば、官吏の仕事を失って農民にさせられるからだ。彼らは荒れ果てた農地のそばに立ち続けた。これらがハノイの共産主義革命がもたらした結果だった。

誰も積極的に働こうとしないために、生産計画が必要になっていた。生産計画と分配公約があれば、労働意欲は元に戻ると考えられていた。トワサンガの名を出したノレドの処刑が延期されたのは、計画経済のノウハウを得ようとしたためだった。ノレドはそんな彼らの気持ちを利用して、同日死刑判決を受けた教師たちをスタッフとして使うからと交渉して彼らの処刑をやめさせた。

ノレドと教師たちには土壁の粗末な一部屋が与えられた。

「とにかく、いくら生産しても大陸に飲み込まれるんじゃ誰も働かない。ハノイで作ったものはハノイで消費するようにしないと」

ノレドは年上の教師たちと、必死に生産計画を立て始めた。分配から逆算して必要量のコメを割り出し、総生産量と照らし合わせてみた。すると、ハノイで生産されるコメだけでは足らないと分かった。ハノイの人口は、農業用シャンクの労働を前提に増えており、シャンクが動かなくなるだけで生産性は大幅に低下するのだ。しかも、農地の多くは放棄され、夜逃げした人々は苗を持ち去っている。秋の収穫で状況を落ち着かせることは不可能だったのだ。教師のひとりはいった。

「農業にこんなに多くのエネルギーが必要なんて知りませんでした。お恥ずかしながら、わたしはサムフォー司祭のシャンク利用に反対していたんです。それはアグテックのタブーに反していて、人間はもっと自然主義的に生きるべきだと。でも、シャンクを農業に使っていたから、子供を食べさせることができたんですね。自然の恵みを最大限に受けるために、司祭は働いていた」

「それだけじゃない」別の教師が口を開いた。「土壌改良材はホーチミンで作っていたんだ。ハノイはそれを買って、農地を拡げて収穫量を上げていた。ウチも実家が農家なので、深く土を掘って朽ちた大木を埋めたりしていたものです。ああいうのはみんなで協力しないとできない。ところがいまは、たくさん作っても全部盗られて、交換できない紙幣だけが渡される。あの紙幣ではホーチミンと取引すらできない。こんな状況でどうやって生産計画を立てればいいのやら」

「計画も何も、苗すらないというのに」

「でもさでもさ」ノレドは必死であった。「モノの価格は共産党が決めていて、一定なんでしょ? だったら紙幣は余ってるんだから、それで籾を買い戻せばいいんじゃない?」

「籾といっても、コメになるものは配給品ですからね。売買の対象じゃない。農家がコメを隠しておけるのは、来年用の籾だとウソをつけるからでしょうし。もちろんそれは買えません」

「買えないの?」

「おそらく」

「そしたらさ、今年の生産分は全部来年作付け用の籾にするしかないじゃん。1年間どうやって暮らしていけばいいの? 1年間食料もなしで暮らすの? 大陸から配給はされないの? こんなの奴隷以下じゃん。共産主義ってみんなで作ってみんなで分け合うものなんでしょ?」

「それが約束されているのは共産党員だけってことなんでしょうかね。わたしにもわかりません」

「でも」ノレドはぐいと頭を突き出して声をひそめた。「計画経済への移行に失敗したら、あたしたちは即死刑になるんだよ。何とかしないと。何か、売れるものは、売れるものはないの?」

「おそらく、水資源だけだと思います。水源地を人民解放軍が押さえていると聞いたので、上流でダムを作って、ホーチミンなどの下流域の住民に売るんです。それで来年用の籾と、不足分の食料と、できればキャピタル通貨を調達して、外国と密貿易するしか来年生き延びる手段はないかと」

「水資源か・・・、ん、待てよ」

その水源地を奪い返すために、ベルリはホーチミンの民兵とともに現地に向かっているはずだった。

「なんてこったい!」ノレドは頭を抱えてしまった。



そのころベルリは、ジャングルの中を行軍する民兵たちを上空から眺めていた。ガンダムの全天周囲モニターは遠くに水源地を捉えていた。後部座席に座るリリンは、操縦系統の不明な部分をベルリより早く把握して、後ろの席から指をさして使い方を教えていた。

望遠レンズで目的地である水源地を確認したところ、多くの人間が近くの木材を切り倒して川を堰き止めようとしているのが確認された。ベルリはさっそくスピーカーでジャングルの中を歩く民兵たちにそのことを知らせた。目的地まであと1日はかかるというので、今晩はその場で野営が決まった。

ガンダムを降りたベルリとリリンは、民兵と食事を共にした。野生動物の丸焼きと石の上で焼いたパンが振舞われた。イヌビエが多く混ざった粗末なパンだった。

「ダムを作っているのでしょう」民兵のリーダーが忌々し気に言った。「水がなければコメが作れない。おそらく、水を堰き止めて河を細らせ、我々を干上がらせるか、恫喝に使ってホーチミンも共産主義にするつもりに違いない」

「みなさんは共産主義には批判的なんですね」ベルリは素朴な疑問を口にした。

「そりゃそうよ」男たちは口を揃えた。「将来どうなるかなんて誰にもわからない。だからみんな蓄える。慎ましく生きて蓄えた人間が子々孫々楽をして生きていく。それのどこが悪いっていうんだ」

「そうそう。オレなんかハノイの出身だからわかるが、そもそもハノイってのは前文明のときの荒廃して、人はほとんど住んでいなかったんだ。サムフォー司祭がやってきて開墾して豊かになった土地さ。他のどこにも地主と小作人がいる。だけど、ハノイはサムフォー司祭が開墾した土地を全部くれたから、みんな頑張って働いた。司祭は地主にならなかったからな」

「あそこにいるノクタンなんか、プノンペンからやってきて、段々畑を作った奴さ。あんなところに田んぼを作るなんて誰も考えもしなかった。あいつひとりで作ったのに、共産主義者の連中はそれを全部奪おうっていうんだ。北の大陸の連中はろくなもんじゃない」

ベルリはチラリとノクタンの顔を見た。確かに肌の色が少しだけ違う。彼があの見事な段々畑を作ったのかと思うと、ベルリは自然と笑みが浮かんでくるのを抑えられなかった。

「ノクタンは方言があるからあまり喋らないが、いい奴さ」

「小作人がいないなんて、意外でした」

「農地を拡げて、キャピタル中央銀行の支店を作らせて、ほとんど物々交換だった田舎に貨幣経済を根付かせて、交易ルートを作って、フォトン・バッテリーの代替手段まで考えてくれてたんだぜ。それをさ、地主がいないからという理由で、司祭が狙い撃ちされた。他に首を取る人間がいないからさ。おかしな話だろう? 司祭の嫁は、ホーチミンの大地主の娘なんだ。オレはあいつを信用してないね」

ベルリはハッとしてリリンの顔を見た。彼女はちょっと得意げにすましながら、パンを頬張っていた。


4、


翌日のこと、ベルリたちは再び進軍を続けることになったが、ガンダムは極力低空を飛んで、ダム建設中の人民解放軍を監視した。昼にまたいったん休憩となって、民兵組織はベルリも交えて作戦会議となった。人民解放軍と接触すれば必ず戦争になる。有利な陣地を確保する必要があった。

「そろそろ敵の斥候にも気をつけなきゃいけない。出来ればあのモビルスーツで脅かして、人民解放軍の奴らを蹴散らしてくれるのが一番被害が少ないのだが、ベルリさんは戦争がお嫌いなようで」

「戦争が好きな人なんていませんよ」

「そうかもしれないが、戦争をしなきゃ土地を奪われるだけじゃないか。サムフォー司祭は、スコード教の禁忌に縛られて、戦おうとしなかった。だから縛り首にされてしまった。オレたちは司祭ほど人間が出来ていないから、戦って生き残って、そして奪い返すんだ」

奪い返すという表現は、北の大陸による革命の波がただの侵略行為であったことを物語っていた。共産革命主義は、分配の約束を使って無償の兵士を数多く動員するために、戦争が終わるとあっという間に分配資源が底を尽く。分配のための労働を奨励すると以前と同じ不満が燻ってくる。より簡単なのは、分配資源を奪い続けることなのだ。

「農民兵が多いうちは計画経済へ移行できないんです」ハノイから逃げてきた男が言った。「だから革命が終わるとすぐに農民たちは土地に縛り付けられて監視を付けられる。逆らう人間は粛清される。分配を約束しているということは、分配資源を豊富に確保するか、分配を受け取る人間を減らすしかない。だから共産主義は、必ず粛清を開始して口減らしをする。口減らしの肯定が、共産主義賛美の洗脳教育の肯定になっていく。共産主義を理解する進歩的人間が増えれば粛清せずに済むといってね。しかし、粛清や少数民族の弾圧はずっと続く。なぜなら分配を約束しているから」

ホーチミンの民兵の中には共産主義を肯定する人間はひとりもいなかった。共産主義は革命時の約束を果たすために暴力の波を世界中に拡げていく。彼らが計画経済へ移行するには、自由民主主義の防波堤によって暴力の波が止められる必要がある。分配資源を奪えなくなってはじめて計画経済は開始されるのだ。なぜなら、計画経済は、革命を指向した人間が最も嫌う労働の義務に人生を縛られてしまうからである。

みんなで作ったものをみんなで分け合う。資本家に独占をさせない。生産物はすべて労働者のものである。彼ら共産主義者の理想を実現させるには、まずは革命の興奮を鎮静化させる必要があった。

ベルリは決断した。

「戦争になってしまえば、多くの犠牲者が出ます。ぼくがガンダムで先頭に立って、できるだけ相手の戦闘員を傷つけないで水源地から追い払えるよう努力してみます。もし相手が徹底抗戦するようでしたら・・・、そのときもぼくがガンダムで・・・」

「いや、ベルリさん」民兵のひとりが口を開いた。「あなたはトワサンガの王子さまで、スコード教の法王になる資格もある方なのでしょう? そう聞いていますよ。スコード教は反スコードと戦うための宗教ではないはずです。古い多くの宗教を糾合した宇宙宗教だとサムフォー司祭が話していました。そんな人に人殺しをさせるわけにはいかない。先頭に立って戦ってくれるのはもちろん助かりますが、我々の目的は水源地の奪還、ハノイの奪還、それだけです。敵がどんな行動に出るかによって対応は変わりますけど、我々だって憎いのは北の大陸、砂漠の人間だけです。ハノイの若者は彼らに騙されただけだ」

作戦は、ベルリがガンダムで相手を威圧して時間を稼いでいる間に、より高い位置にホーチミン民兵の砦を作って水源地を恒久的に防衛できる体制を作るということでまとまった。

その翌日のこと、作戦は決行された。

人民解放軍による木製の手作りダムの工事は難航を極めていた。人民解放軍の工兵たちは突然上空から飛来した白いモビルスーツに怯え、火薬で鉛玉を撃ち出す旧式の銃で応戦した。ガンダムのコクピットには、カンカンという鉛玉が当たって跳ね返る音が響いた。

ベルリは彼らに向かって叫んだ。

「トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。水資源の独占はどのような理由があろうと認められない。あなた方がそれを強行しようとするなら、スコードの名においてわたしはあなた方と戦う。もしあなた方が宇宙の理を受け入れず、独断で物事を処断するというのなら、あなた方は地球のすべての地域のみならず、宇宙全体をも敵に回して最後のひとりが額から血を流して地に伏すまで追い詰められ、希望の欠片も眼にすることなく意識を失うことになるだろう。いま一度トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。ただちにこの地を立ち去るがよい」



「ノレドさんがベルリ王子の婚約者だって話、本当だったんですね」

「まあね」ノレドは浮かない顔だった。「でも、いまもしベルリがトワサンガの名前を使って水源地で戦争していたらって考えると気が気じゃない。共産党の官吏には、トワサンガが共産主義ってウソをついて視察していたことにしてるからさぁ、ウソだってバレるとマズイのよね」

「トワサンガは共産主義ではないのでしょう?」

「宇宙は計画経済なのよ。スペースコロニーには神さまが作ったものはひとつもない。全部人間たちが作ったものばかり。空気も水も大地も重力も、全部人間が労働によって生み出したものばかり。空気も水も汚れるからキレイにしなきゃいけないし、閉鎖空間だから新しい病原菌やウイルスの発生には細心の注意を払わなきゃいけない。光を取り込む調整も、木々の成長も、麦の成長も、キャベツの収穫も、デブリの回収も、全部決められたとおりに働いて、働いた分の賃金で交換する仕組み。労働を拒否するという発想自体がない。宇宙では働くことが生きること。働かないという選択はない。だから労働力資本が通貨の裏付けになる。労働は常になされるから、必ず生産物が出来上がって、分配資源が尽きない。それが通貨の価値になっている。ずっとそうやってきたから、計画経済であることが当たり前になっている。資本があるからといって、無計画に投資をして開発に繋げることはできない。そもそも資材がないんだから。新しいコロニーを作るには、どこからかコロニーの資材になるものを運んでこなきゃいけない。それは資源衛星といって、資源用に宇宙のどこかから運んできたものなんだ。それは資本家が勝手にやれるような事業じゃない。コロニーの英知を集めて資源衛星として使えるものを選別して、運動エネルギーの方向を変えて、減速させて、事故なくシラノ-5まで運ばなきゃいけない。そういうことは全部計画によってなされる。宇宙は計画経済が当たり前なのよ」

「北の大陸の人たちはその方法を学びたいのでしょう?」

「でもさ、話していると何か違うのよね。共産主義の理想は、みんなで働いてみんなで分け合うってことのはずなのに、資本家や権力者から奪うことばかりに夢中で、ただで働かずに何かが得られると思い込んでいるみたいなんだ。分配資本をたくさん作るには、たくさん労働することと、労働生産性を上げることを考えなきゃいけないはずなんだけど、手っ取り早く何かを欲しがってる。水資源を奪いに行ったのもそういうことでしょ? まぁ、その水資源がこちらの頼みの綱なんだけど」

そこに、ノレドの死刑執行を取りやめた責任者の男がやってきた。

「来年度の計画は完成しましたか?」

「ええ、一応」

ノレドは男に計画書を手渡した。男はそれを一読して、溜息をついた。

「あなたはわたしを騙しましたね。トワサンガのベルリ・レイハントンは、あなたの計画の中心にある水資源をたったいま奪い取ったそうです。残念ですが、あなた方には死んでもらいます」


第42話「計画経済主義」後半は4月15日ごろ投稿予定です。





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