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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:83(Gレコ2次創作 第31話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第31話「美しき場所へ」後半




1、



スコード教ザンクト・ポルト大聖堂から若者たちが次々に転がり出てくる。その顔は恐怖に怯えて痙攣していた。脱出した者たちはノレドの姿を見つけると一目散に駆け寄ってきた。有名人である彼女とラライヤには好むと好まざるに拘わらず象徴としての意味があったのだ。

トワサンガの若者たちとアメリアから派遣された調査団メンバーが半々といったところだろうか。軍籍のラライヤはすぐに彼らを一か所に集めて中庭にしゃがませて落ち着くように声をかけた。ノレドは怪訝な顔で大聖堂を見上げていたが、やがて何かを思いついたのか険しい顔つきになってラライヤを振り返った。

「薔薇のキューブにいた人たちって、最後の爆発で死んだんだよね?」

「多分。でもそれが?」

ノレドはラライヤの言葉には応えず、怯えた調査団メンバーから何があったのか聞き取りを始めた。

それによると、全面ステンドガラスに覆われた大聖堂の測量をやっていたところ、突然差し込んでいた光が消えたのだという。ザンクト・ポルトには自然光は差し込んでいないので、誰かが明かりを消したか、電力を停めたのだと思い、測量を一時中断して大聖堂の配電を調べようとしたところ、意識が飛んで昏倒する者らが続出した。

手分けして倒れた人を救出しようとすると、大聖堂の中にぼんやりとした人の影らしきものが溢れ、その影は調査団の中を潜り抜けるようなしぐさをしたのだという。それらの影が身体の中を通っていくと、えもいわれぬ恐怖に囚われて脚がすくみ、大声で叫んだ女性の悲鳴を合図に立っていた者たちが一斉に走り出したのだという。

「何人くらい残ってる?」

ノレドが尋ねた。

「そんなには多くないです」アメリアからやってきた背の高い女性がしゃがみこんでいる人数を数えた。「取り残されているのは6人ですね。最初に昏倒した人たちです」

アメリアの調査団の女性は、ノレドのことは良く知らなかったので、なぜこんな若い子を皆が頼るのだろうと困惑の面持ちであったが、一方でトワサンガの住人への尊敬の気持ちも強くあった彼女は、まずはノレドの指示に従うことに決めたようだった。

「6人ですか」ラライヤはノレドの顔を見た。「あたしたちだけだと運び出すのは・・・」

「そうね」ノレドは腕組みをして考え込んだ。「ラライヤ、ちょっと話がある。他のみんなは資料班の方々と合流して事情を話してください。なかの6人を運び出すときには応援を呼ぶから」

逃げ出してきた者たちはノレドの指示に従うしかなかった。彼らがいなくなると、辺りを見回してからラライヤはノレドに顔を近づけた。

「話って?」

「ビーナス・グロゥブでね、人間のエンフォーサーと機械のエンフォーサーの数が同じだったって話をしたじゃん。あれのことなんだけど・・・、もしかしてあれって死んだときの受け皿だったんじゃないの? トワサンガのヘルメス教団がニュータイプ研究所由来の集団だったってことは何となくわかってきている。アンドロイド型エンフォーサーというのは、命を失ったあともこの世に存在するための道具だったのかも」

「でもあのアンドロイドはビーナス・グロゥブのものじゃ?」

「だからさ、こっちにあったのはシルヴァー・シップの中にあったんじゃないかな。ウィルミット長官の記録の中には、トワサンガのヘルメス教団の中にはアンドロイドもいたって証言がある。死んだのちに中に入れた人はアンドロイドとしてそれまで通り働いていて、ラライヤがされたように実験にも使われていた」

「あー、たしかに・・・」

ノレドとラライヤは大聖堂の入口前で立ち止まって、話を続けた。ノレドには確信があるようだった。

「ビーナス・グロゥブは機械の身体が発達していたでしょ。でもニュータイプに関する知識はあまりなくて、トワサンガから提供されたアンドロイド型エンフォーサーを自律的に動かすように改造していた。だからあたしが持ってきたあの中には残留思念は入っていなかった。でも、トワサンガは」

「ニュータイプの研究の本場だったから」

「そう。動いていたアンドロイドの中には残留思念が入っていた。つまり人間だった。それでシルヴァー・シップの中にそれを準備していたとしたら、あの戦争で」

「全数破壊されましたね」

「つまり大聖堂の中の幽霊ってのは」

「トワサンガのエンフォーサー。ヘルメス財団の人たちの残留思念? でもなんで大聖堂の中だけ?」

「それは」ノレドはごくりと唾を飲み込んだ。「入ってみなきゃわからない」


2、



ノレドとラライヤが大聖堂の中へ入ると、ピンと張りつめた空気が肌を刺すようだった。大聖堂の外は人口灯が煌々と灯っているのに、全面ステンドグラスの聖堂内は真っ暗だった。ふたりは入口付近に立ったまま、眼を慣らさなければいけなかった。

「なんで光が差し込まないんだろう?」

本来この大聖堂は、色ガラスを通して様々な色彩が床に落ちる美しい場所であるはずだった。それが真っ暗で不気味な静寂に包まれている様子は異様だった。ふたりは互いの服を引っ張り合って、1歩ずつ先へと進んでいった。

レイハントン家の紋章の形になった建物は、局面を多用した外見もさることながら内部の作りも複雑になっていた。ふたりはあっちだこっちだと指をさし合いながら内部を進んでいく。ステンドグラスに顔を近づけると、外は明るいことがわかる。その光がガラスを通過しないのだった。

「この大聖堂には多くの仕掛けがあるみたい」

ラライヤも壁面のガラスに顔を近づけてみる。そして比較するように建物内部を見回した。そして、吹き抜けになった頭上に何かを発見した。じっとそれを凝視ていた彼女は、その何かもラライヤをじっと凝視していることに気づいた。彼女は背筋に冷たいものを感じた。

「み、見られてる・・・」

ノレドの服の端を引っ張って、あれあれと指をさした。ノレドはラライヤが指さす先に顔を向けるなり、へなへなと床にへたり込んだ。それは確かに人間の顔だった。その顔は、美しい花の模様を形どった天井のステンドグラスの傍にあった。ふたりにそれは真っ黒な歪んだ顔に見えた。視界に入ってしまうと、不思議と目を逸らすことができない。ラライヤはその顔から目を逸らさないように、ノレドを引っ張って立たせた。

黒く不気味に揺らめきながらふたりを凝視するその顔は、瞳の部分がくりぬかれたようにぽっかりと空いていた。それでいながら、ふたりを見ていることだけはわかるのだ。幸いなことに、近づいてくる気配はない。だが目を離した途端に襲い掛かってくるかもしれなかった。

ノレドとラライヤは、ジムカーオ大佐との戦いで、多くの人命が失われたことは知っていた。しかし、敵はほとんど薔薇のキューブの中にいて、ラライヤが敵に捕らえられたときに顔を合わせただけだった。ノレドはラライヤ救出のためにハッパとともに薔薇のキューブの中に潜入したのだ。

そこにはごく普通の研究員のような姿の、ごく普通の人間しかいなかった。ニュータイプだの、残留思念だの、ノレドとラライヤにわかるはずはなかった。ノレドは、天井の顔に向かって叫んだ。

「悪かったとは思ってるけどさ、仕方ないでしょ!」

薔薇のキューブに立てこもって、ジムカーオ大佐とともに戦争を仕掛けてきたのはヘルメス財団の方なのだ。

「何かわたしたちにできることはありますか?」

そうラライヤは言葉を掛けた。その顔はゆらゆらと揺らぎながら、言葉を喋っているようにも見えた。

「あんたたち、トワサンガのヘルメス財団の人たちなんでしょ? ビーナス・グロゥブのヘルメス財団ではアンドロイドのエンフォーサーを作って、死んだら機械の身体に入ることになっていた。トワサンガだって一緒でしょ。なんであなたたちは機械の身体に入らなかったの?」

そうノレドは叫ぶように訴えたが、もしノレドの想像が正しいのならば、その機械の身体が備わったシルヴァー・シップを破壊したのも自分たちなのだ。ノレドは天井の顔から眼を逸らすことなく、ラライヤの袖を引っ張った。

「と、とりあえず、6人がどうなっただけ調べて、いったん外に出よう」

「はい・・・」

ふたりは互いに身体を寄せ合い、天井の顔を見上げたままの姿勢で先を急いだ。天井の顔はふたりを追いかけてきた。やはり何かを訴えようとしている。

少し行った先に、6人は倒れていた。ラライヤは意を決してノレドの服から手を放し、彼らに駆け寄った。6人はぐったりとしたまま意識を失っていた。ノレドもラライヤを追いかけ、助け起こそうとした。幸いなことに死んではいないようだった。

ラライヤは助けた男性の頬を軽く叩いて目を覚まさせようとした。男性はなかなか目を覚まさないが、時折ううと唸り声を発した。彼女は何度も声をかけ、そのたびに頬を叩いた。ノレドは天井の顔が気になって仕方がなく、何とか説得しようとあれこれ考えた末に、自分の仮説を訴えてみることにした。

「クンタラの言い伝えに聖地カーバというのがあるんだ。そこはクンタラたちが最後に辿り着く場所で、争いごともなく、差別されることもなく、みんなが幸せに暮らせる場所だというの。あたしは残留思念は聖地カーバに行くのだと思う。ニュータイプもオールドタイプもなく、みんなみんな一緒になるんじゃないかな。きっとこの大聖堂のどこかに、聖地カーバに辿り着く入口があるんだよ。だから待ってて。きっと探すから。先にこの人たちの手当てだけさせて。お願い!」

ノレドの訴えは、天井で燻り続ける黒い影に通じたような気がした。影は相変わらず彼女たちを見下ろしていたが、少し大人しくなったように感じた。

「そのまま静かにしてて・・・。あたしたち、仲間だから。怖がらなくていいのよ」

そのとき、ラライヤが介抱して男性の眼が開いた。ラライヤの顔はほんの一瞬だけ明るく輝き、すぐに恐怖に引き攣った顔になってしまった。瞳があるはずの場所は何もないかのように真っ黒で、天井の顔と同じものだったからだ。

怯えたラライヤは膝にのせていた男の頭を振り払うように床に落として、自分は飛びずさるように立ち上がった。そのとき、金切り声のような叫びが聞こえたかと思うと、天井の顔が動き出し、恐るべき速さでラライヤの身体に突進した。ドンという衝撃がラライヤの身体を痙攣させた。

「ラライヤ! ラライヤ!」

ノレドの叫びに、ラライヤは振り返った。その瞳のある場所には何もなく、真っ暗な空虚がノレドを見つめ返していた。恐怖のあまりノレドが後ずさると、気を失っていた6人も次々に起き上った。誰も彼も同じ眼をしていた。その眼孔の部分はモヤモヤと境目がなく、眼球があるはずの場所は穴が空いているかのような漆黒が埋まっている。ラライヤも含めて7人の男女は、ノレドの顔を凝視していた。

「みんな、カーバに・・・。仲間だから・・・」ノレドはカラカラになった口を動かして訴えようとしたが、やがて諦めて叫んだ。「そんなわけなかった!」

ノレドは一目散に走り出した。この何者かわからない魂魄は、大聖堂の外までは追ってこないはずだった。それも確信があるわけではないが、いまはとにかく逃げるしかない。

ノレドは脚が速い。セントフラワー学園のチアリーディング部の中でも1番だ。対して7人は、思うように身体を動かせないのか、ノロノロ、ヨタヨタとノレドの走った後をついてくるだけだった。大聖堂入口に辿り着いたノレドは、ステンドグラスの扉の向こうにに資料班のアナ・グリーンとジャー・ジャミングが立っているのを見つけた。アナとジャーもノレドの姿を認め、扉を開こうとした。

しかし、扉は開かなかった。アナとジャーは外から鍵を開けてと叫んでいる。ノレドは中から鍵をガチャガチャといじるが、どちらに動かしても扉は開かなかった。ノレドは閉じ込められてしまったのだ。ステンドグラスの扉を背に、ノレドは恐怖の叫び声をあげた。7人は徐々に迫ってくる。

ノレドは必死に頭を回転させた。

大聖堂の入口は吹き抜けの大きな空間になっていて、左右の壁沿いに走れば捕まることなく逃げられそうだった。幸いなことに、相手の動きは鈍い。すぐに追いつかれることはないだろう。そうはいっても逃げ続けるわけにはいかない。疲れて脚が動かなくなったらお終いだ。その前に何か手を打たねばならない。

彼女は胸に温かみを感じた。彼女の胸には、ウィルミット長官から貰ったキャピタル・テリトリィのIDメタルとアイーダから貰った本物のG-メタルがある。アイーダから大聖堂の壇上に床に隠し通路の入口があって、地下通路を抜けた先に思念体の分離装置らしきものがあると聞かされていた。

(動きが鈍いってことは、前にラライヤに憑りついていた残留思念のように慣れていなくて、完全に相手の意識を乗っ取ってしまっているんだ。ラライヤは、自分が意識を失っているなんて気づかないくらいに自然に行動できていた。あの人物は、残留思念体として長く存在していて、この人たちは死んだばかり。だから相手の身体を上手く操れない。ということは・・・)

考えろ考えろとノレドは自分に言い聞かせた。そして出した結論は、彼らがまだカーバに行ったことがなくて、この世への執着が強すぎるというものだった。彼らをカーバに導けば、彼らの意識も変わって襲撃をやめるのではないか、そう考えたノレドは、敵をできるだけ引き付けて、すうっと深呼吸すると右手の壁に沿って走り出した。

目指すは奥にあるはずの礼拝堂である。その壇上の床に隠し通路の入口があるはずだった。

彼女の考え通り、残留思念に身体を乗っ取られた7人はすぐには追いかけてこられなかった。7人は困惑したように立ち止まり、やがて散り散りになってノレドを追いかけた。その動きは遅く、時間は稼げそうだった。ノレドは子供のころに聞いたゾンビの話を思い出していた。

大聖堂の中に不案内なノレドは、めくら滅法に走り続け、時折道に迷いながらも大礼拝堂に辿り着いた。アーチ状の天井を見上げると、光が差さないどころか、先ほどの残留思念と同じような黒い靄のような顔が天井を覆い尽くすようにあって、そのすべての顔がノレドの顔を見つめ、その姿を追いかけていた。ノレドはもはや恐怖すら感じず、一目散に壇上に飛び乗ると、目を凝らして床に何か細工がないか探した。ところが、床の板材のどこにも隠し通路のようなものはない。

ノレドはこぶしでコンコンと床を叩き、音が変わるような場所がないか探し続けた。だがそれも無駄だった。壇上の床には何もなかった。

(何か違う。ここじゃない? 落ち着いて思い出すんだ、ノレド。なんだっけ、何と言っていたっけ? 壇上の床・・・、壇上の床・・・)

そうこうしている間に、バラバラに追いかけてくる7人の姿が見えるまでに迫ってきた。とくにラライヤの動きが早い。ラライヤには霊媒体質のようなものがあるのではないかとノレドは考えた。でもそれなら自分にもあるはずだ。ノレドは確信していた。いざというときに強い。自分はそうなんだと彼女は言い聞かせた。

ラライヤはとうとう壇上まで上がってきた。漆黒の不気味な目が、ノレドを冷たく見下ろしていた。ノレドは恐怖のあまり身動きが取れなくなった。空虚な目をしたラライヤだったものがノレドにのしかかってきた。ノレドはラライヤの漆黒の眼を見た。やはりそれは眼などではなかった。思念の渦が凝固したもので、その周囲に身体だったころの記憶がまとわりついているだけなのだ。

ラライヤと思念体は、必ずしも一体化していないのだ。ふたりは揉み合いになった。ノレドが揺さぶるたびにラライヤと思念体は少しのズレを生じさせた。ノレドはラライヤの手を振りほどくと、パッと身を翻した。

「あんたたち、思念体になってもまるで形が保ててないじゃないか。わかった! ザンクト・ポルト大聖堂は思念体が実体化する場所なんだな。あんたたちは闇の中でしか動けない。だからこの建物は全面ガラス張りで出来てるんだ。影ができないように。あんたたちの姿が見えないように。ここはカーバじゃない! カーバへ行けない魂は消えてしまえ!」

そしてノレドは思い出した。大礼拝堂ではなく、小さな礼拝堂の壇上の床と聞いていたのだった。

「ここじゃない」

ノレドは周囲を見渡した。大礼拝堂の奥に通路があった。そこで正しいのかどうか確信はなかったが、軍籍のラライヤの身体能力をフルに使われるとノレドは抑え込まれてしまう。その前に行動を起こすしかなかった。彼女踵を返して通路の中に飛び込んだ。そこは真っ暗で、壁もガラス張りではなかった。おそらく司祭が出入りする通路のようだった。

ラライヤと他の6人が追いかけてきた。もし行き止まりだったらとの不安もあったが、通路の先には小礼拝堂があった。壇上に飛び移った彼女は、演壇の後ろに指を引っ掻ける窪みを見つけた。思いっきり力を込めてそれを引き上げると、下に続く階段が見えた。だが、光が差し込まなくなった大聖堂の中でもひときわ暗く、3段目以降の階段はまるで見えなかった。

徐々に7人が迫ってくるので、ままよとばかりに暗闇の中に身を投じたノレドは、壁の感触を手掛かりに1段ずつ慎重に降りていった。階段が終わったところは完全な漆黒の闇の中だった。どちらに向かえばいいのか、空間がどれほど広いのかすらわからない。ノレドの脚はすくみ、頭上から何者かが入口を探り当てた気配に怯えた。彼女は思わず胸元のG-メタルを握りしめた。すると闇の中に、消え入りそうなほど小さな、弱い発光を見つけた。手を前に出して、足元を気にしながら彼女はその青い小さな光めがけて進んだ。

そばに近づくとそれは、G-メタルの挿入口だった。ノレドは焦りを隠せず震える手で何とか2枚のカードを首から外すと、アイーダから託されたカードを差し込んだ。すると通路に明かりが戻った。突然の眩さに眼がくらみそうになった。閉じた目を開けると、すぐ近くにまで7人が迫っていた。彼らは普通の人間だった。明かりの中では思念体の黒い靄は見えないのだ。それでも彼らが操られていることは、生気のない動きによって明らかだった。

「なにか、何か起きないの? ここの扉が開くんじゃないの? なんで何も起きないんだ?」

ノレドはラライヤたちから目を逸らして、カードレコーダーに目を向けた。するとレコーダーは、「レイハントンコードを認証しません」と機械的に告げたのだった。

ノレドは叫んだ。

「ベルリーーーーーッ。助けて、ベルリーーーーーーーッ!」


3、



そのころベルリは、シラノ-5第1リングの再起動テストに立ち会っていた。5つあるリングのうち、第2から第5リングはすでに完全復旧していた。残すは通称ノースリングと呼ばれる第1リングだけとなっていた。

かつてここはトワサンガの行政区画であり、出入りの業者以外一般人が立ち入ることはほとんどなかった。秘匿された立ち入り禁止区画には、ヘルメス財団の人間が働き、トワサンガを事実上実効支配していたのである。この区画にはいたるところにレイハントン家の紋章がある。

先の戦争で彼らヘルメス財団の人間をすべて死なせてしまったことで、トワサンガの行政は一時的に滞ってしまっていた。それを短期間で一応の形を整えたベルリは、このノースリングの再起動が終わったのちに、民主選挙の実施と王政の廃止をもってレイハントンとしての仕事を終えていったん実家に戻るつもりであった。彼はまだその先のことは考えていない。

「ダメだなぁ」

初老の男が情けなさそうな声で首を捻った。

ベルリがリング起動の総責任者に任命したのは、リングの保守点検業務に詳しい老人だった。彼はトワサンガ総務省の技術技官として副長官まで出世したのちに引退した人物だった。サウスリングの田園地帯に引っ越して余生を過ごしていたところ、難を逃れたのだった。

リングの停止によって、多くの人命が失われていた。それは月で眠っていたムーンレイスをすべて移住させても到底足らないほどの数であった。戦争終結後、脱出艇で月に逃れた1千人余りの人間で捜索を行い、セントラルリングより南で発見された人間は4万人。上部リングで救助された人間は2500名、死者行方不明者は10万に近い。トワサンガはじまって以来の大惨事だったのだ。しかも、ノースリングの停止はG-セルフの機能が関わっている。ベルリが責任を感じるのも無理はなかった。

「さっき少しだけ動いたような気がしたんだけどなぁ」

ベルリは運ばれてきた食事に手を伸ばして、エンジニアたちを集めて輪になった。ベルリは総責任者のユウ・ハナマサに尋ねた。

「ラビアンローズの分離による影響はもうないんでしょ」

ハナマサは若い技師からノーズリングの見取り図を受け取った。

「調査の結果はご報告申し上げた通り。元々ラビアンローズというものはノースリングの機構には干渉してないと判明しています。軸も曲がっていないし、最初から分離することを前提に作られていたとしか考えられない」

「だったらなんで動かないんだろう」

ベルリはハアと大きく溜息をついた。ノースリングの起動テストは、もう10回以上試みられているのだ。いずれも失敗。だが何度か動きかけてもいるのだった。考えられることはすべて調べたつもりであった。

ハナマサは東アジア系の無口な老人で、ベルリが信頼を置いている人物のひとりであった。責任感の強い彼はもう何日も休みを取っていない。もし今日のテストでダメだった場合、ベルリはこの作業をいったん打ち切って選挙を先に行うことも考えていた。ハナマサは良く通る声でベルリにいった。

「機構的に問題があるとは思えないのですな。物理的に何かが邪魔をして回らないわけではない。だとすればもっと軋む音なりなんなり兆候があるはず。実際にテストで半周くらいは回っておるのです。でもすぐに停まってしまう。全停止して重力を失ったときと同じように、プログラム上の何かで動かないとしか思えない。そのプログラムも調べたのですが、ユニバーサルスタンダードによるプログラム言語ではなく、しかも部分的に暗号化されていて解析ができない。やらせてはおりますが」

ベルリは観念したように俯いた。

「1時間ほど休憩して、もう1回トライしてダメだったら、みなさんには1週間ほど休暇を取ってもらおうと思っているんです。みなさん、家庭もあるのに本当に申し訳ない限りです」

ベルリは深々と頭を下げた。

そのときだった。まだ入省して2年の若手エンジニアが遠慮がちに小さく挙手をした。ハナマサはその態度が気に入らなかったらしく声を出せと大声で怒鳴りつけた。ベルリは間に割って入ると手のひらを差し出して発言を促せた。

「実は気になっていることがあって」

「何でしょうか」

「この部分なんですけど」

彼はハナマサが手にしていた見取り図を借り受けて、ある1点を指して丸を描いた。

「ラビアンローズというものがパージされて質量バランスが崩れているんじゃないかって話になったときに計算したんですけど、ここに空間があるかもしれないです」

ハナマサがきつい口調で言い返した。

「そんな報告は受けていないな」

「自信がなくて」男はしどろもどろに応えた。「ここに空間がなくてもバランスは取れているので回転に支障はないんです。そんなに大きな空間じゃない、というか、もしかするとここもパージできるのかもしれない。プログラムのことはよくわからないんですけど、停まったときの経緯を聞く限り、大執行でしたっけ、それを行うためにリングを停めてラビアンローズというものをパージしたように思えるんですね。もしすべてパージしきれていなかったら、それがネックになって動かないのかもって」

「すぐに案内してください」

ベルリは藁にもすがる思いで若手エンジニアにその場所まで案内させることにした。

彼が業務のメンバーを連れていったのは、狭い通路の入口であった。白い壁にレイハントンの紋章が描かれている。見取り図を手にした青年はまだこの先だといった。ベルリはG-メタルをレコーダーに差し込んで扉を開いた。その先には細い通路があった。案内されるままについていくと中央辺りの側面にまた大きなレイハントン家の紋章が描かれていた。

「このマーク、しつこいくらいにあるんだな」

ベルリは呆れてそれを横目に通り過ぎようとしたのだが、青年はおそらくこの辺りですと立ち止まった。だがそこにはG-メタルのレコーダーはなかった。白い壁に赤く文様が描かれているだけだ。鳥の形の文様を手でなぞると、赤く塗られてはいるがその部分は金属のようだった。

「でもここは壁でしょ?」

「何か声が聞こえませんか?」

エンジニアのひとりが周囲を見回しながら呟いた。確かにたしかに女の悲鳴のようなものが聞こえなくもなかった。怪訝な顔のベルリが壁に耳をつけてみると、どこからかピピピと機械音が鳴って、壁がするりと開いた。ベルリは勢い余って中に転がり込んでしまった。

「ひとりでに開いたぁ?」

「いや、おそらくタッチセンサーでしょう。身体を壁につけたときに、G-メタルに反応したんです。開いたことに問題はない。それより、なんですか、そこは?」

エンジニアたちは恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。そこにはパイロットスーツとヘルメットが準備してあった。ベルリが手に取ると、胸にレイハントンの紋章が刺繍されていた。訳が分からず顔をあげると今度は部屋全体が青白く光り、「アイリスサインOK、レイハントンコード認証」と機械音が告げ、狭い部屋の向こうにあった縦長の六角形のようなものが跳ね上がった。

その先にあったのはコクピットだった。そして、ハッチが開いた途端、ノレドの叫び声が聞こえてきた。



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