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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第44話「立憲君主主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第44話「立憲君主主義」後半



1、


フォトン・バッテリーの配給が停止されてからというもの、中央アジアやアフリカでは皇帝や王を自称する者が相次ぎ、地域住民に君臨する動きが活発化していた。ベルリたちが土地を去ったベトナムでもサムフォー司祭の寡婦が領主を主張して自由ベトナム軍に処刑されたとのニュースがラジオを賑わせていた。

フォトン・バッテリーとスコード教はこれらの動きを抑制する効果があったことは明白であった。ビーナス・グロゥブは最初から地球に国際協調主義をもたらしたのだ。それはスコード教のように人工的で歴史から断絶したものだったために、キャピタル・テリトリィの地位低下によって世界は元の状態に戻りつつあるといっても過言ではなかった。暗黒時代を経た地球文明は、いまだ多くの地域において部族社会であり、古代国家形成過程にあったのだ。

宇宙世紀から連なる進歩的社会は、宇宙にしか存在していなかった。歴史は宇宙で紡がれ、宇宙で継続していた。様々な紀年法によって時代区分が分けられ、外宇宙へ進出した際には各文明間の断絶も経験したものの、それでも地球で誕生した文明は宇宙で継続していたのだ。地球の歴史の真の担い手はスペースノイドであった。地球文明は、暗黒時代に崩壊し失われていたのだ。

文明の崩壊は社会制度の中に蓄積されていた知識と経験を奪った。人間は個々人が持つ知識と経験によって暗黒時代を生き延び、再び部族を形成し始めた。アースノイドは、地球というゆりかごに揺られつつ赤ん坊から再スタートを切った。同じころスペースノイドは、さらに成長を続けていたというのに。

あまりに大きく開いた文明格差は、元はといえば同じ人でありながら、神と土の上で眠る存在ほどの開きが出来てしまった。その中の一部が産業革命に挑戦しようとしたときディアナ・カウンターが起き、産業革命を封じる形でビーナス・グロゥブのレコンギスタが起こった。キャピタル・タワーが完成して、宇宙から舞い降りた神は地球にエネルギーとその使い道を教授した。

各地で起こりつつあった部族社会はこの宇宙からやってきた神に傅き、その教えを守ることで再文明化にこぎつけた。これがキャピタル時代として500年間続いてきたことであった。ところがそれらは、クンパ大佐がばら撒いたヘルメスの薔薇の設計図によってあっという間に瓦解した。文明は捨てねばならないものを新たに託され、それによって何が起こるのかクンパ大佐によって観察された。彼の観察のために、キャピタル時代は終焉して人類は氷河期の到来を前にしてまたしても暗黒時代の続きに逆戻りせねばならなくなった。

トワサンガで生まれ育ち、進歩した世界しか知らずに育ったラライヤは、進歩主義に至る前のプロトカルチュア的な反応に辟易していた。アジアには拒否反応しか起こらず、一刻も早くこの地を出てわずかでも文明の存在する場所に飛んで帰りたかった。そんな彼女の気持ちに、YG-111が反応したのは、地中海を南に抜けたときだった。海上を飛んでいた彼女の下にあった海面が突然凍りついたのだ。

「なんですか、これ!」

コクピットの急激な室温低下によって警報音が鳴り響き、まるで宇宙にいるときのようにヒーターが作動し始めた。猛烈なブリザードがYG-111を激しく揺らした。ラライヤは驚いてフォトン・バッテリーの残量を確認した。ゲージはまったく下がっておらず、フル充電のままである。ベトナムからかなりの距離を飛んできたはずなのに、YG-111はエネルギーをまったく消費していなかったのである。

座標を確認したラライヤは、一目散にアメリア大陸を目指した。上も下もない真っ白な世界にラライヤは上下の感覚を失い、機体を凍った海面に叩きつけてしまった。このままではいけないと彼女はアメリア大陸への座標を固定したまま自動操縦に切り替えた。YG-111は落ち着きを取り戻した。

温まったシートに身を横たえ、ヒーターの温風に当たりながら周囲を観察していると、遥か前方にもう1機のモビルスーツが飛んでいることを確認できた。地球でまだ運用できているモビルスーツがあることに驚いたラライヤは、この機体に近づいていいものかどうか迷った。

先に行動を取ったのは先を行くモビルスーツの方だった。

「後方の機体、G-セルフ、ベルリか?」

凛と張った女の声に、ラライヤは聞き覚えがあった。だが、そんなはずはないのだ。なぜならミック・ジャックはとうに死んでしまっているからであった。

ブリザードは容赦なくYG-111を揺さぶった。ラライヤは我慢できずに応答してみることにした。

「なぜあなたが生きているのですか、ミック・ジャック!」

「なぜも何もないさ、愛する人の心の中に生きていればこういうことも起こるんだよ」

「ラライヤなのか?」

もうひとり、別の男の声がした。まぎれもなくクリム・ニックの声だった。彼もまた死んだはずであったが、時間が1年間も巻き戻っているとするならば、彼はまだ生きているはずであった。しかし、地球にいるのはおかしい・・・。ラライヤは頭が混乱して、ふうと息を継いでドリンクを飲んだ。

「いったいどうなっているのか、ラライヤにはわかっているのか?」

クリムにも状況は呑み込めていないようだった。ラライヤは彼がゴンドワンとキャピタルにやったことが許せなかったが、それを問うのは状況を理解してからでも遅くはなかった。YG-111とクリムが搭乗するミックジャックは、アメリア大陸を間近にしたところでランデブーすることになった。

ミックジャックが上腕を伸ばし、接触回線を開いた。

「ラライヤなの?」

コクピットが開けられ、ミック・ジャックが顔を覗かせた

「あなたはミック・ジャック?」

ラライヤもコクピットを開いて、死んだはずの彼女の顔を確認した。

双方が不思議なものを感じていた。ミック・ジャックはジムカーオ大佐が引き起こしたトワサンガのラビアンローズ分離の際の戦いで、クリムを庇って命を落としている。クリムは、ラライヤの時間の中では1年ほど前、地球が虹色の膜で覆われる前に大気圏突入に失敗して大爆発を起こして死んでいるはずだった。そのときの爆発をきっかけに、地球は虹色の膜に覆われ、その下でフルムーン・シップのフォトン・バッテリーが大爆発を起こして地球文明は崩壊したのだ。

互いに聞きたいことは山ほどあったものの、あまりの寒さに音を上げたミックは早々にコクピットを閉じて接触回線で話を続けた。

「ここは本当に地球なのかい?」

「おそらく」ラライヤにも自信はなかった。「地球の文明は崩壊したんですよ。フルムーン・シップが運んできたフォトン・バッテリーは、ラ・ハイデン総裁の命令で勝手に搬出したら爆発させると厳命されていたんです。それを誰かが外に出してしまって大爆発を起こしました。その爆風は地球を何周もして、地表は剥ぎ取られて陸上生物は絶滅してしまったんです。この世界は・・・、おそらくそのあとの世界だと思うんですけど・・・、でもちょっと前までは爆発の3か月半前だったんです」

「なるほど、さっぱりわからん」クリムは溜息をついた。「わからんことだらけだ。ミック・ジャックがこうして生きているだけでオレは満足だが、それにしても」

「時間を跳躍しているってこと?」ミック・ジャックは怖ろしく勘が良かった。「あなたのその服装、トワサンガのノレド親衛隊のものでもないようだけど」

「ああ、これ・・・。これはジオンのノーマルスーツです」

「ジオン?」ミック・ジャックは訝しげに応えた。

「ジオンというのは、カール・レイハントンの軍のことだろう。トワサンガで奴と接触しようとしたときに同じ服装の女に会ったことがある。あれがおそらくはジオンだろう。あいつは宇宙皇帝を気取っていたそうだからな・・・。クソ、いったいどうなっちまったんだ!」

そうクリムが嘆いたとき、2機のモビルスーツは眩い光に包まれて氷の世界から姿を消した。


2,


「クンタラの教えにそんな教義があるなどと聞いたこともない」グールド翁はジムカーオの話にウンザリしていた。「肉体をカーバに運ぶ船と考えているのがクンタラだと。そうじゃない。クンタラとは暗黒時代に人間に食われた弱者の末裔だ。我々の祖先は艱難辛苦を乗り越えてようやく平等の糸口を掴みつつある。そんなウソ話は、スコード教のたわごとだろう」

「平等ねぇ」

ジムカーオの言葉は辛辣だった。彼はグールド翁がアメリアでもきっての資産家であることを知っていたのだ。彼は室内の調度品に目をやりながら、いま一度同じ話をした。

「人の意識というのはすべて繋がっていましてね、あなたが非クンタラの贖罪意識を利用して財を成していることは、みんな知っているのです。生きている間は時間と空間のフレームの中にいるので、大きな声で怒鳴りつければ事実さえ隠蔽できてしまうものですが、死んだあとはそうもいかんのですよ。情報が共有されたとき、あなたが成してきた卑劣な行為の数々は誰もが知ることになります。いや、いまもみんな知っているのですが、意識の表層には表れてこない」

「死んだら何もかも終わりだ。わたしらクンタラはクンタラであるがゆえにカーバへ向かう。それ以上のことなど起きやせんよ。まったく失礼な男だ。ずいぶんと賢い男だと思って雇ってやったのに、自分の身分すら守れん男だったとはな。お前は馘首だ。どこへなりと行けばいい」

「そのつもりで来たんですがね」ジムカーオは飄々としたものだった。「ただ間違いは指摘させていただく。カーバというクンタラの魂の楽園は、現世で正しくあろうとした人々の魂が正当に評価されるがゆえに魂の楽園なんですよ。正しき者が苦しむことなく胸を張って生きられる世界がカーバです。さて、あなたは本当にその心の裡がすべて晒されてなおあの場所をカーバと感じられますかな」

「ふん、見てきたようなことを。おい、誰かこの男の給与を清算して放り出せ。顔も見たくない」

「カルマの崩壊が起こる前に、せいぜい金儲けに精を出すんですな」

ジル・マナクスは、ふたりのやり取りを部屋の隅で小さくなって聞いていた。ジルはジムカーオがとてつもない力を持つニュータイプだと知っていたので、いくら相手が世界的な大金持ちだとはいえこのようにあっさりと引き下がったことを意外に感じた。

「君にはムーンレイスのことを調べてもらうつもりだが」グールド翁はクルリとジルの方に向き直った。「トワサンガの学生だったのだろう? あいつの言っている意味は君にはわかるのか? ニュータイプとは何だ?」

「ニュータイプは、宇宙空間で発現する人間の共感力の拡張現象のことです。人間の脳は人間が意識していないところで繋がっていて、能力が拡張すると人間間の断絶を感じなくなって、他人の意識と自分の意識を共有するようになるのです」

「あの男が言っていたことと同じなのか?」

「そうですが・・・、ただあの人はクンタラの話をしていたでしょう? 自分が話しているのはニュータイプのことです。ニュータイプ同士は意識の断絶の壁を乗り越えてしまうのです」

「クンタラとニュータイプは違うものなのか? 同じものなのか?」

「それは自分にはちょっとわかりかねます」

グールド翁はしばし考えたのち、ナイフとフォークをカランと皿の上に置くと、ジル・マナクスに対してクンタラとニュータイプ、そしてカーバについて調査するように命令した。彼は胸ポケットから小切手を取り出すと、ジルに前金を払った。

「報告書の出来が良かったらそれと同額を後で出す。いいな」

ジルはこれでアメリアでの就学に目途が立ちそうだと喜んだ。それに彼にはアテがあったのだ。彼は、アメリア政府が極秘に保護しているキエル・ハイムというクンタラ研究家の女性が、ムーンレイスの女王ディアナ・ソレルだと知っていたのだ。

1週間後のこと、ジル・マナクスは照り付ける太陽の熱量に辟易しながらキエル・ハイム宅を来訪した。そこには彼女に寄り添ってきたハリー・オードの姿はない。ディアナ・ソレルは一切の身分を隠し、アメリア南部の小さな屋敷でクンタラの研究を行っていた。

ジルは廃墟を再利用した都市部のアメリアしか知らなかったので、川のほとりに佇み、緑に囲まれた彼女の屋敷に興味を持った。トワサンガのサウスリングのような光景であったが、植生と動物の豊かさは比較できないほど地球の方が豊かであった。寄ってくる虫に辟易するほどに。

キエルは彼を屋敷に招き入れ、使用人に茶を運ばせた。彼女は話し始めた。

「地球の暗黒時代、黒歴史の時代はわずか1000年前と推測されています。そのころの地球はこれほど緑も生物も豊富ではなかった。食料も不足していたといいます。そのころ習慣として各地で行われていたのが食人です。我が子を救うために人の肉を食べさせたことがきっかけで、飢えに襲われたとき、地球ではしばしばそのようなことが起こっていたようです」

ジルはジムカーオが姿を現したことを話した。キエルは平静を装っていたが、一瞬みせた険しい顔つきが彼女が月で大艦隊を率いて戦ったディアナであることをよく表していた。キエルは続けた。

「わたしは宇宙で起こったことはよく存じ上げませんが、アメリアが発表した事件に関する調査報告書を拝見した限り、クンパ大佐、ジムカーオ大佐は亡くなったはずですが」

「ぼくもはじめは驚きました。ですが、彼はかなり強力なニュータイプだったと報告書にもあります。どのようなことが起きても不思議ではない気もするのです」

「ニュータイプ、そう、クンタラには今来(いまき)と古来(ふるき)という言葉があって、使い方の定義が曖昧なのでよく調べてから話さなければならないのですが、暗黒時代に自由を求めてアメリアへ逃げてきた人物たちが古来、キャピタル・タワーの建設労働者として地球に派遣されてきたのが今来と解釈するのがおおよそ正しいとされています。宇宙から降りてきたクンタラは、かつてニュータイプであったことが原因で儀式として食人の餌食にされた、外宇宙に進出した者らの末裔です。食糧難で殺されて食べられた地球の古来とは扱いが違います。アメリアのクンタラの多くは暗黒時代を逃れるためにこの地に渡ってきた古来。だから、ジムカーオ大佐とは話が合わなかったのかもしれない。しかし、彼はスコード教の信者だったと聞いたこともありますが」

「スコード教の信者ですよ。ぼくは宇宙で彼と何度かまみえたことがあります。でも話を聞く限り、出自はクンタラのようで、地球のクンタラをまるで堕落した人間のように見下していました」

「大きく分けて、キャピタルのクンタラが今来、アメリアのクンタラが古来となるので、キャピタルのクンタラを調べてみれば手掛かりが掴めるかもしれないですね」

ジル・マナクスはムーンレイスの存在についてハイム女史にもっと話を聞く予定であったが、彼女は忙しい身らしく、翌日の朝には何かの調査のために屋敷を出ていった。同行を願い出たジルであったが、キエル・ハイムがディアナ・ソレルであることを匂わせてしまった彼は警戒されてしまっていた。

それでもキエルは彼に調査の役に立つであろう書籍を何冊か与えていた。とりあえずはそれでクンタラとニュータイプの研究をしようかと木漏れ陽の中を縫って歩いていたときだった。

突如彼の目の前の空間が歪んで、巨大な赤いモビルスーツが出現した、その肩に描かれていたのは、まぎれもなくレイハントン家の紋章であった。だが、別の見慣れない紋章もある。ジルはその機体のことを知っていた。いや、トワサンガの人間なら誰しも知っていたことだろう。

「カイザル・・・、これはカール・レイハントンのカイザルじゃないのか?」


3,


遡ること300年後・・・。

分析不能の物質で構成された膜によって全球が完全に覆われた地球の地表では、新しい植生が定着して地中で生き残っていた小動物が地表面に出てくるようになっていた。爆風の影響が少なかった極地方に近い場所から鳥が飛んできて、赤道を中心としたベルト地帯で大繁殖を遂げていた。

背の高い木々が生い茂り、木漏れ陽を作り出している。そんな景色の中を歩いているのは、軍服姿の3人の人物であった。真ん中を歩いているのは、金髪の青年だった。その脇をふたりの背の高い白人女性が並んで歩いていた。青年の名はカイザル。ふたりの女性の名はタノとヘイロだった。

タノとヘイロは遺伝子劣化が進んだ彼女らのオリジナルを捨てて、別のアバターに乗り換えていた。青年だけはオリジナルであるキャスバル・レム・ダイクンにより近づけるようアバターを改良し、カイザルを使った思念体の分離作業を続けていた。いまではほとんどすべての記憶情報を取り戻していた。そしてカイザルがオリジナルに近づけば近づくほど、彼のある人物への執着は強くなっていた。

人類が滅亡してから300年。現在地球にいるのは、ザンクト・ポルトで生き延びたカリル・カシスとカル・フサイらのグループの子孫であった。彼らはかつてキャピタル・タワーと呼ばれていた天空の塔を利用して、地球と宇宙との間を往来している。ビーナス・グロゥブによるエネルギーの供給は300年前を最後に途絶え、地球護衛システム・ステュクスによって地球文明との接触を阻まれていた。

人類の数はごくわずかであった。全球凍結となった地球での生存可能域は狭く、人類を繁殖させるだけの石高を上げられてはいなかった。それでも人類は幸福に暮らしていた。彼らは唯一神カバカーリを崇め、正しく生きることを胸にわずか三十数年の人生を謳歌していた。

そんな世界を観察しているのが、ジオンの末裔の思念体たちであった。彼らは時折アバターを作成して、天空の塔を使って地表面に降りてきていた。アバターはかつての強化人間研究の産物で、共感力の高い人工ニュータイプであったが、それでも思念体でいるときより人間間の断絶を感じることができたので、他人と自分の意思を共有しない安心感によって、肉体の悦びを得て遊ぶのだった。

「まだアムロとかいう人物をお探しですの、カイザル」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」カイザルは応えた。「ベルリ・ゼナムとガンダムは、あの虹色の膜を避けて、膜が発生する前の時間へ戻っていった。奴は地球に降りたはずだが、結局音沙汰なしで300年もの時間が経過してしまった。もういまとなっては・・・」

そんな会話をしていたのも束の間、カイザルの心臓が急にアラームのように速く鼓動した。カイザルは右手を心臓の上にそっとあてがい、顎を上げて息を吸い込みながらその意味を探った。カイザルの意識はタノとヘイロに共有された。強い日差しと吹き抜ける冷たい風がぶつかって、雹が降ってきそうだった。

「お前はまだ人類すべてをニュータイプに進化させる意味を考えあぐねているのか。そんなものは」

カイザルはその思念が捉えた場所へとジャンプした。そこは、300年前のアメリアであった。だが、思念体として時間感覚が通常の人間と変わってしまっている彼にとって、300年という時間は意味をなさないものだった。カイザルは懐かしいモビルスーツのコクピットの中に収まっていた。人間が機械を動かし、操縦を通じて一体化を感じる感触が瞬時に蘇った。

「タノ、ヘイロ、いるか?」

「はい」とふたつの返事があった。

「アムロは下にいるあの男を使ってわたしを呼び寄せたらしい。もうあの男の中にはアムロはいない。だが、感じる。この世界にあいつは潜んでいる。ガンダムとともに」


ジル・マナクスは、突如出現した初代トワサンガ王カール・レイハントンの機体に度肝を抜かれていた。尻もちを着いた彼は、続いて2機の巨大モビルスーツが出現してさらに驚いた。赤いモビルスーツと2機の濃緑色のモビルスーツは、上空を旋回したのち、今度は一瞬で姿を消してしまった。

トワサンガの君主として代々王を継いできたレイハントン家は、何らかの秘密によって初代カール・レイハントンを蘇らせたのだった。王政とは、初代王が転生を繰り返しているというフィクションによって成り立ち、そのフィクションこそが君主制の根幹であると考えるジルは、目の前に出現した白日夢のような光景に興奮した。だが、彼はすぐに冷静になった。そんなことは起こるはずがないのだ。

「カイザルがトワサンガを守護しているとは、あの土地で生まれた者なら誰でも知っていることだ。カイザルという機体がこの世に存在していること自体は不思議ではない。でも待て。ジムカーオの一件といい、おかしなことが起こりすぎている気がする。モビルスーツが目の前で消えてしまうこともあり得ない。この世界に起こるはずのないことが起こった場合、まずこれが夢であることを疑うはずだ。夢か、もしくは夢のようなもの・・・」

ジルは胸の鼓動が高鳴って張り裂けてしまいそうだった。走り出したい衝動に駆られた彼の眼前に、またしても巨大な物体がふたつ出現した。

YG-111と、見慣れないモビルスーツであった。もつれるように地上に落下して轟音と土煙を上げた機体は、バランスを取り戻すと片膝をついた姿勢で停止して同時にコクピットを開いた。YG-111から顔を覗かせたのはラライヤであった。彼女は見慣れない軍服を着ていた。

もう1機の青い機体から顔を出したのは、金髪の背の高い女性と綺麗な瞳をした青年であった。こちらはジルには見覚えがない。少なくともトワサンガの人間ではなさそうだった。ラライヤは周囲を見回してジルを発見した。名を呼ばれたジルは、急いで駆け寄った。ラライヤが尋ねた。

「ここはどこなんですか?」

「アメリアですよ」ジルは興奮して応えた。「アメリアなんですけど、現実じゃない。でも、夢でもない。現実でも夢でもないここは・・・、ここは・・・、ぼくが観察した世界の記憶に違いない!」

「何を言ってるんだ、貴様はッ!」クリムがすぐさま否定した。「お前の記憶の中に初対面のオレの意識があるものか。おかしなことばかり起こる世界に狂人は必要ないぞ」

「失礼な男だな!」ジルは激高した。「じゃあこの世界をどう説明するんだ? たったいま、カール・レイハントンのカイザルがここに出現してすぐに消えてしまった。物体が一瞬で消えることなんてありえない。あなたたちだって何もないところから出現した。そんなことだって起こりえない。でも、これは夢じゃない。ぼくが観察したからこの世界は存在するんだ」

「起こりえないことを観察した事実から目を背けるな。まあ、いい。ここはアメリアなんだな。じゃあそれで結構だ。お前の人生などオレには関係ないのだから」

クリムはジルの反抗的な態度を突っぱねるようにそっぽを向き、ミックにたしなめるように袖を引かれていた。溜息をついたラライヤが、改めてジルに尋ねた。

「アメリアの、いつですか? わたしは1年後の世界から戻ってきたんです」

「1年後? ぼくが生きていない未来から?」

「それみろ」クリムが毒づいた。「お前の小さな目玉が見たものが、世界を再現できるわけがないだろう。よく考えればわかることだ」

「あッ、ニュータイプ・・・。共感力の拡張・・・、集合無意識・・・」

ジルは3人を眺めて黙り込んだ。彼はニュータイプが存在する世界を初めて意識的に観察した最初の人物になった。


4,


「君主というのは実力のある存在だから、憲法でその活動を規制するのが立憲君主主義じゃない。世界中にある部族社会を近代化させて民政に移行するには、王さまや部族長を殺すか、憲法や憲章で彼らの活動に制限を掛けなきゃいけない」

「うん」ベルリは頷いた。「ぼくがトワサンガで経験したのは、支配に正統性を持たせることの大切さだった。ぼくは地球で育って、トワサンガでは何もなしえていないただの若者に過ぎなかった。でも、ジムカーオ大佐がぼくを国王にしようと画策したおかげで、ぼくがレイハントン家の人間であることが周知されてしまった。そのトワサンガが危機に陥って政体が瓦解したとき、もし民主的手続きでことを成そうとすればすごく時間が掛かってしまったと思うんだ。意見はみんな違うから、意見集約が難しい。そんなときに国王の巨大な権限は、意見を集約することに大きな力を発揮した。市民の中の誰かの意見で国王のように国民を束ねて政策を実行することはできない。それが正統性のある君主の実力というものだった。不思議なものだけど、そういうものなんだ。ぼくはそれを利用した。もちろん改革案が実行されれば、権力は議会に委ねるつもりでいたけれど。だから王にはならず、王子のままで仕事をした。王は民衆だと思っていたから。ノレドは王と部族長を同じものだと見做していたけれど、部族長の実力というのは、猿の集団のように腕力によるものが大きい。それに少しの政治力。対立する人間からいつも命を狙われている。サムフォー司祭の寡婦も、ハノイの領主になろうと画策して結局は処刑されたという。でも、王はそうじゃない。王と部族長は、正統性の大きさが違うんだ」

「実力の大きさの違いって何だろう?」

「その答えがこのゴンドワンにあったのかな? ゴンドワンの政府は、それまで存在しなかった君主を新たに作り上げた。君主は、どこの誰でもない子供だという。子供はすぐに大人になるから、今この瞬間に子供である人間の意見は政治に反映されない。あくまで『子供』という架空の存在としての子供。でも架空とは言っても、子供はいつの時代にも存在している。実在している人間でありながら自身の意見はなく、数が多いから傀儡も難しい。子供たちのために社会制度の改革を常に意識することで、実際に実力を持つ特定の誰かの権限が拡大して不正がはびこることも少なくなる。結局正統性とはフィクションの真実性の有無に過ぎない。『あいつは誰よりも強い』との共通認識に頼ることは、フィクションを共有してその中に真実性を見い出す文明とは文化の力において敗北している」

「民主国家の代表といっても、特定の思想集団の代表になってしまうから、どうしても意見は偏るもんね。議会は自由で幅広い市民の意見を集約する場所。意見を集約する過程で少数意見は淘汰されてしまう。少数意見を反映させると今度は多数意見によって議会を掌握した集団が不満を持つ。民主主義、民生の欠点はここにある。常に国民が不満を持っている。民主主義が発展すればするほど不満は大きくなっていく。民主主義の成熟は、国家の安定には繋がらない。だから、共通の目標として君主への忠義を仮定して置いてみる。『子供』という君主のために何かを成すとの共通目標を持つ」

「意見の集約の前に、意見の淘汰もあるだろうね」ベルリは炭酸の入った水を飲んだ。「老人の欲望を叶える政策をあらかじめ排除できる。それだけでも民主主義はずいぶんと運営が楽になるよ。ぼくはトワサンガでレイハントン家の残党の人たちに振り回されていたから」

「各世代のすべての意見を反映させようとせず、予め意見を淘汰して、議会での意見集約のスピードを上げているのか。ゴンドワンが導入した君主制は、見るべき点が多いね。歴史政治学の分野で、いったん失われた君主が復活するのはごく稀にしかないけど、こういうことも起こるんだね」

「余力もなかったのだと思う。氷河期の全球凍結が始まって、ゴンドワンの北部地域は居住不可能になって、流民が発生していた。そこにクンタラ解放戦線の原子炉事故や若者の移住ブームが重なって、未来志向が強くなったのだろう。未来志向を体現したのが、『子供』を君主にするというアイデアだったわけだ」

「ベルリのお母さんは、キャピタルを立て直すためにウソの独裁制を導入したでしょう?」

「うん」

「あれは議会の力の差だとわたしは思う。ゴンドワンはきっと議会の力が強すぎて、意見の集約に時間が掛かりすぎていた。国力が落ちたのに、議会はずっと揉めたままでちっとも捗らない。そこで『子供』を君主にして意見の淘汰と集約の速度を上げた。一方でキャピタルは、議会が機能していなかった。キャピタルの力はスコード教が握っていたから、フォトン・バッテリーが配給されなくなってスコード教の権威が落ちると、実力集団を求めてクリム・ニックやルイン・リーが入り込んでしまった。これは議会に実力がなかったからだよ。スコード教の代わりが侵略者であるクリムやルインだった。実力のない議会では政体を動かすことができない。だからウィルミット長官は、官僚組織を円滑に運用するために、独裁制を取らざるを得なかった。発想はベルリと同じで、独裁者が改革を実行した上で議会に権限を委譲すれば、独裁主義が暴走することもない。民政への移行過程として、どうしてもそれが必要だったんだよ」

「誰か母さんの傍に強い人物がいれば、母さんもあんなに苦労せずに済んだのに」

「キャピタルは、クンパ大佐もジュガン指令もいなくなって、強い男がいなくなっていた。強い男がいるうちは、女は男に対抗して実力を発揮していけるけど、強い男がいなくなってしまうと腕力のなさが露呈してしまう。ベルリはトワサンガのレイハントン家の王子という身分があったけど、ウィルミット長官にはそれがなかった。だから独裁者に権力を奪われた風で、キャピタル・ガードのケルベス教官に代行を頼まなきゃいけなかったんだ」

「権力というのは本当に難しいものだね」ベルリは溜息をついた。「少数部族において権力は単純なものだ。でも少数部族が合従連衡して国家を作り上げると、腕力ではどうしようもなくなる。だからといって、腕力がなければ権力は動かせない。国家は大きくなればなるほど、絶対的に正しいものや、絶対的に強いものを必要とする。しかしそれを本当の腕力に結びつけてしまうと侵略主義的になる。権力を保ちつつ、権力は奪われなければいけない。それを達成するための答えのひとつが、もしかしたらゴンドワンにあったかもしれない」

ベルリとノレド、それにリリンは、ゴンドワンを発して大西洋を越えることにした。その先にあるのはアメリアである。

「とりあえずあたしたちがしなきゃいけないのは、フルムーン・シップの大爆発を食い止めることだ」

ノレドは世界を救う気概に溢れた顔つきで前方を見据えていた。ところが、彼女の後ろの席にいるリリンはそうは考えていないようだった。

「爆発は起こるよ」リリンは顔色を変えずに呟いた。「この世界で起こったことは変えられない。変わるのは向こう側の世界」

「向こう側の世界?」ノレドが聞き返した。「え? どこの世界」

「向こう」リリンはそれを指さした。「向こうにある世界」

ノレドはリリンの話す意味が分からなかった。

3人を乗せたガンダムは、大西洋を横断して壊滅したニューヨークを過ぎた。アメリカ大陸の北方地域はすでに氷で覆われ始めていた。眼下にその光景を眺めながら、いったいこのままフルムーン・シップの爆発を食い止めたところで世界をどう導けばいいのか、ベルリは途方に暮れた。

それとも、世界のことなど考えなくてもいいのだろうか? それは自分の分を超えたことなのだろうか。いまだ自信を持てぬまま、ベルリはワシントンに到着した。彼らが乗る巨大なモビルスーツは、たちまち市民の人だかりを作った。警官たちは馬で集まってきて、銃を構えた。

そこへやってきたのはG-アルケインだった。


次回第45話「国際協調主義」前半は、7月1日投稿予定です。


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