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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第36話「永遠の命」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第36話「永遠の命」後半



1、


「同期? 同期ってあの、情報を同一にするあれのこと?」

ノレドはガンダムのコクピットに挟み込まれるように乗り込んでベルリの頭を押していた。ベルリは何とか頭を真っ直ぐに保とうとするが、ノレドの身体が邪魔になってどういう態勢にすればいいのかもがきながら探った。

メガファウナを飛び出したガンダムは、ふたりを乗せて月面基地へと向かっていた。白いガンダムの黒い影が、真っ白な月へ向かって飛んでいく。

「それでベルリはカール・レイハントンと情報を同期したってわけだ」

「でも記憶の一部にしか過ぎない。全部じゃないし、カール・レイハントン自身、多くの残留思念の集合体なんだよ。いまは古代コロニー国家ジオンの創立者の子供の記憶が強く反映されているけど、それがすべてを決めているわけでもない。上手く説明できないけど、わかるんだ。わかるようになっちゃったんだよ」

「ラライヤと、カール・レイハントンはカイザルのサイコミュの中にいるんじゃないかって話をしていたんだけど、もしかして本当だったのかも」

「カール・レイハントンにはいくつもの思念体が糾合してるけど、なかにはジオン的なものに同意できない思念も含まれていたんだ。それでカール・レイハントンは、ジオンの創立者の息子の思念により近づけるために、情報を選別してカイザルのサイコミュに貯め込んでいた。そして、カイザルのサイコミュの中でより望ましい人格を再現しながら、その情報を自分自身の情報に上書きしていたんだ。その情報がなぜかぼくの中に入っちゃったってことさ」

「誰がそんなことを・・・」

「メメス博士。キャピタル・タワーとトワサンガを建設したカール・レイハントンの右腕だった人で、宗教上の理由で生体アバターを使わないクンタラだった人だ」

「キャピタル・タワーの・・・?」ノレドは虚空に目をやり、急に驚いて大きな声を出した。「そんなのいつの時代の人なのよ! それも同期?」

「そう。メメス博士は、カール・レイハントンの協力者であり、敵対者だった。思念体の糾合人格を上手く利用して、ヘルメス財団の方針を支持する人たちや、ジオンの悲願を支持する人格などに働きかけながら、どれかひとつの方針に偏らないように操ってたんだよ。カイザルをノースリングの再起動の鍵にしてしまったのも彼だ。彼にはサラという娘がいて、その人がぼくや姉さんの祖先を生んだ」

「それであたしは何をすればいいの?」

「ぼくが同期したのはカール・レイハントンで、メメス博士じゃない。メメス博士はクンタラの宗教について何か・・・、ぼくにはわからないけど、何かを隠して、何かを成そうとして、そして何かを仕掛けているはずなんだよ。ノレドにはそれを一緒に探してもらいたいんだ」

「・・・、わかった」

ノレドはラライヤとリリンとつるんでビーナス・グロゥブを散策して歩いたときのことを思い出した。あのとき、トワサンガとビーナス・グロゥブの違いを見つけようとして、彼女たちは何も手掛かりを掴めなかった。それは学習の不足によるものであった。でもいまは違う、ノレドはキッと宙を睨んだ。

そんな彼女にベルリはカイザルとの同期で手に入れた情報を伝えた。

「クンタラは、魂をカーバに運ぶ道具として肉体は存在すると考えているから、思念体にもならないし、ビーナス・グロゥブの先祖がやったように自分の胚を保存することもしなかった。彼らはラビアンローズでの永いながい航海を耐え抜き、どんな状況にあってもひたすら約束の地カーバを目指した。そんな彼らを、生体アバターに入ったビーナス・グロゥブの先祖が犯したり、食人したり、メチャクチャなことをした。挙句に、金星圏に居住態勢が整うと邪魔になってトワサンガに押し付けて、地球に降ろした。このとき解放されたクンタラは、ほぼ全員生体アバターとの混血なんだ。だから、思念体に意識が同化しやすくなっている。地球で自然発生したクンタラやもっと前に地球に帰還した船団の中のクンタラにはこの特徴はない」

「あたしとラライヤの違いみたいなものか? 確かにトワサンガ生まれのラライヤは凄く何かにとり憑かれやすいんだ。ラライヤはあたしにもときどき何かが入っているとか言ってるけど」

「ぼくは考えているんだ」ベルリは素直に話した。「永遠の命といったとき、人はひとつの精神が永遠に存在することをイメージする。それに最も近いのが、ビーナス・グロゥブの延命技術。肉体と一緒になった精神を、できるだけ長く生かそうとする。でもこれはすぐに失われるものだ。永遠とは程遠い。そして普通の人たちの永遠性というものがある。結婚して子供を作って、自分と愛する人の遺伝子を次世代に残していく。これも永遠だ。生命誕生以降一度も死んだことがないからぼくらはここに存在する。子孫を残せなかった人たちの永遠はそこで終わる。カール・レイハントンたちジオンの永遠は、ニュータイプ研究の極北、行き着いた先さ。精神の解放を目指したところ、精神だけで存在する世界があるとわかって、肉体を捨てた。そして精神だけでいくつも糾合しながら生き続ける。死後の世界といってもいい。ジオンは死後の世界から帰ってくる方法を見つけたのさ。クンタラもまた永遠だ。クンタラは民族と宗教の中に目的を定め、その目的を果たすことの意義に永遠を求めたんだ。どんな乗り物で永遠という道程に乗っかっているかの違いに過ぎない。乗っているのは精神か、遺伝子か。遺伝子もまた乗り物だとするのなら、生命自体に永遠性を求める何かがあるとしか思えない」

「あたしね、クンタラはニュータイプだったんじゃないかって思ってるんだ」

「ニュータイプ?」

「そう。だってさ、食料がなくなって人を食べなきゃ飢えて死ぬほど追い詰められたとき、恐ろしい話だけど、まずは先に死んだ人を食べるでしょ」

「うん」

「先に死んだ人が食べられちゃう。美味しそうな人が食べられちゃう。劣った人が食べられちゃう。でもそれって、ひとつの民族を形成するものではないでしょ。あくまで個人の資質に過ぎない。でも、追い詰められた人類が、より進化して強くなるために強い人を食べたとしたらどうなる? 強い者を掛け合わせてたくさん作って、儀式として食べていく。食べられているグループも、自分たちが優生だと信じて誇りに思い、いつしか民族として形作られていくと思わない? クンタラが劣った者や弱い者なら、それは個人の資質として片づけられてしまうはず。でも、それを食べれば自分も強くなれる、ニュータイプになれると考えられる集団があったとしたら? その人たちはきっと、食べられることを誇りにする。それが優生の証だから。そうじゃなきゃ、クンタラが民族のように現在に存在している意味がない。もちろん、劣っていたり弱かったりした人の身内がクンタラという差別階級に落とされたケースもあると思う。でもそれだと、戦争をして食べ返してやれば立場は変わるでしょ?」

「なるほど・・・、クンタラ優生説か」

「もしかしたら、ビーナス・グロゥブを追放されたクンタラの人たちが、そういう思想を地球にもたらしたのかもしれない。クンタラは優れている、ニュータイプである、そう地球にいた被差別階級の人たちに訴えたとしたら、地球の被差別階級の食人被害者はこぞってその人たちの考えに賛同して仲間になっていくはず。クンタラには明確な宗教はないけど、魂の安息の地としてカーバが約束されているとか、カーバには守護神カバカーリがいるとか、あるじゃない。あたしはザンクト・ポルトのスコード大聖堂の奥の院がカーバで、白いモビルスーツに乗ったパイロットがカバカーリだと考えていたんだ」

「それってもしかして?」

「そう、ゲル法王が辿り着いたスコード教の境地と同じ。あのとき隕石を押し返したとき、白いモビルスーツの人は死んだ。思念体になったんだよ。その場所に、人の思念を分離する装置がある。あれは装置じゃなくて、そういうことが起こる場所じゃないのかな。メメス博士はそこを、タワーの最終ナットにした。メメス博士はそこがカーバだって知ってたんだよ」

「ノレドのおかげでいろんなことが見えてきた気がする。とにかく、全球凍結する地球には、フォトン・バッテリーの供給が不可欠なんだ。フォトン・バッテリーさえ供給してもらえば、寒冷地にも人は住むことができるはずだ。ラ・ハイデンにそのことをわかってもらわないと」

ベルリとノレドは月基地までの短い時間をほとんど会話しっぱなしで過ごした。ノレドには話したいことがたくさんあった。


2、


ハリー・オードはなぜ出迎えが揃っているのか訝しみながら、アイーダ・スルガンの歓待を受けた。握手をしたのちディアナ・ソレルであった女性に話を持ち掛けようとしたが、キエル・ハイムを名乗るアメリアのクンタラ研究者は月でのことなどおくびにも出さず、にこやかに微笑むだけだった。

肩をすくめたハリーはアイーダの話に相槌を打ちながら、どうやらキャピタル・タワーで先に降りてきた新規入植者たちが、近いうちにハリー・オードもトワサンガでの職を辞して地球に降りてくるはずだと伝えていたのだと知った。つまり、歓待に集まった人々はカール・レイハントンのことを知らない。

アメリアは破壊されたニューヨークや以前の戦争で荒廃した都市の再生を入植者にさせる腹積もりらしく、ニュートワサンガなる都市構想まで用意していた。トワサンガからのレコンギスタ組は思っていたより扱いがよさそうだと安心するとともに、自分たちに義務がないことに戸惑っていた。

宇宙ではすべての人間が何らかの役割を負わされ、誰かが義務を果たさなければちょっとしたことで重大事故に繋がる。寝ている間に酸素供給の調整を怠れば、コロニーの住民全員が死んでしまう。そんな緊張感をもって生きてきた人間には、自分の財産のことだけ考えればいい地球での生活は酷く原始的に感じてしまう。いずれは地球人全員が愚鈍な存在に見えてくるだろう。

難民受け入れ先のアメリアは、数が多いことに戸惑いながらも手続きを行う準備は整えてあり、地球で暮らすうえで絶対に必要となる野生生物や細菌・ウイルスの講義などを行う用意までできていた。難民がやってくることの多いアメリアならではの受け入れ態勢であった。

何となく話をする機会を失ったハリーは、一通りのセレモニーを終えると、出迎えに参集した人々との内々の懇談会に招かれた。そこには、アイーダ・スルガン、ゲル・トリメデストス・ナグ、キエル・ハイム、それに、小さな子供を連れた小柄な女性がひとりいた。彼女の名は、クン・スーン。ビーナス・グロゥブのジット団にいた女性だという。

ひとりひとり紹介され、最後に民間人との説明でアイーダが紹介したのがキエル・ハイムだった。アイーダは彼女がディアナ・ソレルであることを知りながら、それを隠し通すつもりのようだった。

「こちらのキエル・ハイム嬢は、永らくアメリアでクンタラ研究をされてきた一族の末裔で、500年も前から大変鋭い観察をされております」

微笑みながら頷いた女性は、ジムカーオの反乱においてムーンレイスアメリア連合の大艦隊を指揮したディアナ・ソレルその人だった。ディアナは500年前のディアナカウンターに際して月の女王と入れ替わったキエル・ハイムであり、彼女は月の女王の役割を捨てて本来の自分に戻ったのだった。

キエルは目の前のハリー・オードに恭しく頭を下げ、ディアナであったことなどおくびにも出さない。これだから女というものはとハリーはすっかり感心して、自分も初対面のような顔をして頭を下げた。

ハリーはふと地球の青い空を見上げた。500年前、カール・レイハントンに追い立てられたムーンレイスの敗残兵や、ビーナス・グロゥブから送り込まれたクンタラたちは、この青い空から降りてきたのだ。当時のアメリアの人間は、宇宙で起こった事情など知る由もない。だから、ディアナ・ソレルは追い立てられ逃げてきたクンタラたちを気に留め、ムーンレイス以外の帰還者たちについて書き留めていたのだろう。

キエル・ハイムは簡単にクンタラの説明を始めた。

「わたくしの先祖は、今来(いまき)古来(ふるき)という言葉を使っております。食人行為は、食糧難に陥ったときの人間の浅はかな振る舞いや、誤った身分制度によって我々の文化において悲しいながら起こってしまうものですが、宇宙からの帰還者、外宇宙から戻ってきた者たちは皆口を揃えて魂の安息の地カーバや、守護者カバカーリのことを伝えようとしました。それは、アクシズの奇蹟が起こったときに、ごく一時的に人々が記憶した神とのふれあいの確かな証拠だったのです。それがクンタラの中で宗教化したものがカーバだったのです」

ゲル法王がキエルの話を引き取った。

「そしてそれは、スコード教の発生と同じものだとわたくしは確信したのです。アクシズの奇蹟、あのとき人間は、人間自身を超えることと触れ合った。神の奇蹟と触れ合った。体感したのです。それを見た人々の中に、魂を正しく導くことでカーバに至ると考えた集団がいた。彼らは魂を浄化することで、人と人との断絶を乗り越えるニュータイプに進化すると確信した。彼らクンタラにとって肉体は、魂を研磨する道具にすぎません。煩悩にまみれた肉体というものの中で魂を研鑽してこそ、アクシズの奇蹟で起きた神の領域に迫れると考えたのです。スコード教は世界宗教を標榜しておりますが、実際に起きた奇蹟を念頭に置きながらも、世界中の宗教のいいところ取りをして表面的に統一すれば、宗教が争いの源になることはなくなるのではないかと、目的のための宗教に堕することが大いにあったわけです」

ハリーの目の前を、移民を満載したバスが真っ黒な煙を吐いて走っていった。それはディーゼルエンジンの自動車だった。

ああそうかと、ハリーは納得した。

「つまり、支配者であるヘルメス財団も、被差別者であるクンタラも、同じ奇蹟を信じる兄弟のような存在であったということですかな」

「そうなのです」ゲル法王は興奮していた。「差別するものもされる者も、元を辿れば同じだったのです。ニュータイプと呼ばれる超越者に近い存在を自負していたヘルメス財団、ニュータイプに至ろうと己を厳しく律してきたクンタラ。どちらも同じものだったのです」

そのとき、子供をあやしていた背の低い女性、クン・スーンが口を挟んだ。

「それでこの人たちはその発見に喜んじゃって、この事実を伝えれば世界は変わる。アースノイドが変われると知ればビーナス・グロゥブのラ・ハイデンも心を変えて、フォトンバッテリーを供給してくれるんじゃないかっていうのさ。ゲル法王は、ビーナス・グロゥブでラ・グーに『宗教改革をやれ』と言われたらしい。その真の意味をついに発見したと。ま、発見したのはアイーダさんなんだけど」

話がここまで進んで、ようやくハリーは彼らが自分を出迎えた意味を悟った。彼らは、アースノイドが辿り着いて発見した宗教上の重大な事実を、宇宙と往還できるハリー・オードに託そうとしているのだった。彼らの顔は、すましているキエルと斜に構えたクン以外、万事解決したかのような晴れやかさに輝いていた。ハリーは軽く咳払いをした後で、仕方ないとばかりに事実を伝えた。

「大変な発見であり、人類にとって大きな進歩になり得るお話でございますが、実を申しますと宇宙では少々厄介なことになっております。まず、期待されているフォトン・バッテリーですが、すでにトワサンガ付近まで到着しております」

アイーダの顔がパッと輝いた。ハリーは心苦しいばかりであった。

「ところがそれは、おそらく簡単には地球に届かないでしょう。それは、トワサンガをカール・レイハントンという人物が現れ、乗っ取ってしまったからでございます」

話を聞いたアイーダとゲル法王は、キョトンとした顔になり、互いの顔を見合わせた。カール・レイハントンと聞いても、アイーダにはそれがどんな人物かわからないのだ。

その名前に反応したのは、キエル・ハイムとクン・スーンだった。キエルはみるみるうちに顔つきがディアナ・ソレルのそれに変わろうとしたが、何度も静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。もうひとりのクンは、カール・レイハントンの名前に心当たりがあるようだった。

クンは、むずがる子供を膝をついてなだめながら、アイーダに視線をやって口を開いた。

「カール・レイハントンは、トワサンガの初代王、アイーダさんの祖先だよ。しかし何だって500年も前に死んだ人間が化けて出てきたものかね」

「カール・レイハントンは、思念体だったのです」ハリーが応えた。「彼自身は、もっと古い時代の、宇宙世紀初期の人物だと聞いております。その男が、なぜかビーナス・グロゥブの大艦隊とともにトワサンガにやってきたのです。ビーナス・グロゥブの艦隊には、例のフォトン・バッテリーの運搬船も随行している。これに喜んだトワサンガの人々は、我々に石を投げつけてきまして、ムーンレイス一同、恥ずかしながらこうして逃げて参ったわけです」

「ちょっと待ってください」アイーダが身を乗り出した。「弟は、ベルリはどうしたのですか?」

「ベルリ王子は、不可解なことにここ数日行方がわからなくなっておりまして、それが突然見慣れないモビルスーツに乗ってメガファウナの方に帰還し、ノレド・ナグという女性を連れて、現在は月基地にいるか、はたまたトワサンガに行ったか・・・」

「ハッキリおっしゃい!」

キエルはついディアナのような口調でハリーを叱った。

「きついお言葉を投げかけられるお気持ちはわかります。しかし、我々ムーンレイスは、トワサンガに移住したのちに守備隊を拝命しておりましたが、王子の指示で武装解除を進めていたところであり、その王子が不在の間にトワサンガのカリスマである男がやってきて、邪魔だから出ていけと罵られ、住民に石までぶつけられては、発砲せずに地球に降りてくるだけで一苦労だったのです。月に残ることもできましたが、兵力は比較にならず、また抵抗して戦うことが最善ではないだろうと判断せざるを得ない事情もあったのです」

「ということは、結局どういうことなのです?」

アイーダはまるで事情が呑み込めないようだった。ハリーは彼女にわかるように説明した。

「現在宇宙では、カール・レイハントンがトワサンガを支配し、その後ろにビーナス・グロゥブの大艦隊が控えています。艦隊を率いてやってきたということは、地球と戦争するつもりだと考えられます。決して友好的な状態とはいえません」

「まさか・・・」

「即決のハイデンは、ヘルメスの薔薇の設計図を撒かれた地球が戦争に突っ走った時点で地球を許すつもりはないさ」クン・スーンはなぜか笑顔を見せながら話した。「アースノイドは、ラ・グーを失ったときに、フォトン・バッテリーの再供給は諦めるしかなかった。ラ・ハイデンというのは、ビーナス・グロゥブ住民の特権である延命処置を否定する人物だ。ハイデンは、それこそクンタラのような自分に厳しい人間なんだよ。肉体はひとつ、妻はひとり、寿命が来たら死ぬ。キッパリした男だ。ラ・グーのような、清濁併せ呑む性格ではない。でも、ひとつ可能性がある」

「それは何でしょう」

すがるようにアイーダが身を乗り出し、それに呼応するかのようにクンは背伸びをして顔を突き合せた。

「即決のハイデンは熱心なスコード教信者だ。あんたたちが発見したというスコード教とクンタラの宗教の根が同じという話は喜んで聞くだろう。ラ・グーとハイデンは、性格は真逆だが、結論はいつも同じだった。宗教改革を促したラ・グーの意思にかなった話なら、彼は考え直すかもしれない」

キエルはムズムズしたような仕草で言葉を選びながら、ハリーに向けて話した。

「地球にはもうフォトン・バッテリーは残っておりません。ここは縮退炉を乗せているオルカを使うしかない。アイーダ総監とゲル法王を乗せて宇宙へ向かい、なんとかラ・ハイデンと謁見させられませんか?」

「ではわたくしが・・・」

そう言いかけたハリーを、アイーダが制した。

「ハリーさんには地球でやってもらいたいことがあるのです。実は、ここにいらっしゃるキエルさんに、キャピタル・テリトティのクンタラ国建国戦線の支援者だった人たちとゴンドワンからの移民を、スコード教和解派に改宗させて仲直りする仲介者になってもらおうと考えているのです。ハリーさんたちならば、彼女の警護が出来るでしょう。人員を貸していただければ」

「あたしも行くよ」クンが言った。「縮退炉に興味がある。コバシも連れていこう。ビーナス・グロゥブの人間がいればいろいろ都合がいいはずだ。ただあたしたちは、ハイデンには会えない。あの男にあったら殺されるからな。でも、役には立つだろう」


3、


クリム・ニックが操縦する青いミックジャックと名付けた機体は、静かにトワサンガに到着した。

メインゲートを抜けたところでデッキに着陸した彼は、人がいるべき場所に誰もおらず、無防備な姿を晒していることに驚いた。バイザーを上げたクリムは、デッキの奥にルインのカバカーリを発見した。ルインもまた、カール・レイハントンと面会するつもりだったのだ。先を越されたことを悔しがるクリムは、エナジードリンクをすすり上げて悔しさをにじませた。

「クソ、同じことを考えていたか」

ルインとはいつも考えていることが重なる。天才たる自分の先を越すことも多く、クリムにとってルインは目の上のタンコブのようなものだった。

遅れを取ったとはいえ、自分も目的を果たさないわけにはいかない。モビルスーツのハッチを開けようとしたとき、エアロックから誰かが押し返されてくるのを見つけたクリムは、その様子をメインモニターで写してモビルスーツのコクピットの中で息を潜ませた。

「いや、だから自分は」

通話は一般回線で聞こえてきた。何人もの一般市民に押し戻されながらも必死に先に進もうとしているのはルイン・リーであった。パイロットスーツの彼は、ノーマルスーツの男たち行く手を阻まれ、帰れと罵られているのだった。クリムはそっとマイクのボリュームを上げた。

「カール・レイハントン殿に話があるだけなのです。本当にクンタラの名誉を回復する手段があるのかないのか。わたしは暗殺者ではない。クンタラの名誉のためならば喜んで汚れ仕事もするが、もしそれがウソだった場合は・・・」

「そういうよくわからない話を神聖なる初代王にお伝えするわけにはいかない。帰っていただこう」

「いや、しかし」

クリムは口元を歪めてなんてバカな男だとひとりごちた。カール・レイハントンとベルリ・ゼナムの関係が現在のトワサンガでどうなっているかわからないが、仮にも王子と呼ばれていた人物を殺す役目を与えられた人間が、どの面下げて押し通ろうというのか。

だが待てと、クリムは考え直した。あのルインという男はそこまでバカだったろうか。クリムはルインがやりそうなことを想像してみた。そしてある可能性に思い至った。

「あいつの狙いは、もしやフォトン・バッテリーか。配給利権でクンタラの地位向上でも狙っているか。あいつならそれくらいの企みはもっていそうだ。ふむ」

覇権主義の母体となる国家を失ったクリムには、ルインのような野望は残っていなかった。彼の心の中にあるのは、志半ばで失ったミック・ジャックのことだけであった。彼女への恋慕というより、それは何よりも深い後悔であった。意を決したクリムは、モニターにカイザルと表示されたモビルスーツを探すことにした。それはこのデッキにはない。

「ミック・ジャックが生き返る可能性があるのなら、この命と引き換えてでもなさねばならない。永遠の命とやら、どんなものか何としても情報を得ねば」


4、


カール・レイハントンは、カイザルのサイコミュの中で意識的に個人の人格を再生させていた。彼にはトワサンガ宙域で生きた遠い記憶がある。その人格だけの再生を目指していたのだ。カイザルのコクピットの中で、彼はより純粋な個人の人格のみを同期させて余計な情報を遮断しようと集中していた。

遥か昔に肉体が滅んだ彼は、強い残留思念をもったままこの世に永く留まった。それが原因で多くの似た残留思念が集まってしまい、ひとつの怨念のようになったまま外宇宙へと脱出していった。彼の強い思念は志半ばで死んでいった者らの強い思念を吸収しすぎて、個人の記憶が曖昧になっていた。

チムチャップ・タノはそんな彼を心配していた。負の感情にまみれた彼は、放っておくと地球を覆い尽くすほどの巨大な暗雲のような存在になりかねない。彼は理想主義者であるのに、あまりに多くの汚濁にまみれ、叶わぬ願いに胸を焦がしすぎたのだ。

チム自身も、いつから自分が彼の傍にいるのか記憶が曖昧であった。ただずっと近くにいた気がする。遠い時代、自分がどんな人間であったのか彼女も思い出したいと願っていたが、それは他の糾合した人格を分離して捨て去ることを意味しており、決心がつかないのであった。

眼前のモニターでカイザルを監視しながら、チムは別の仕事もしていた。それは、復元に失敗したヘイロの肉体の再生作業であった。しかし、そもそもデータが存在しておらず、いつ消されたのかも痕跡が残っていなかった。

そこへ当のヘイロが姿を現した。ヘイロといっても彼女が長く使ってきた大柄な身体とは全く違う小柄な少女の身体、サラ・チョップの肉体である。そのあまりに華奢な身体を見て、チムチャップは改めて溜息をついた。

「その身体じゃやはりダメね。もっと別のサンプルから選び直しましょう」

「そのことなんですが」ヘイロはもうひとりの女性を紹介した。「こちらはトワサンガ軍の女性兵士でラライヤ・アクパールという方なのですが、新しい身体が完成するまでぜひこの女性を大佐の補佐役にしていただけませんか」

チムはサラの身体をしたヘイロの後ろにいる少女を一瞥した。たしかに小柄なサラよりは頼りになりそうではあったが、いざとなったら自分の肉体を放棄してでもカール・レイハントンを守り抜くことが役目の彼女たちの役割をこなすには少し心もとなかった。

チムはふたりに向けて諭すように言った。

「大佐はいまの身体をできるだけ長く使いたいご意向なので、いくら不死の魂を持つからといっても軽々しく失うわけにはいかないんです。それに、トワサンガの人間がいくら・・・、いえ、トワサンガの人間ならば、わたしたちのような思念体と違い肉体を失うことに抵抗があるでしょう。そもそもなぜこの子を連れてきたの?」

ヘイロが応えた。

「現在トワサンガには多くの住民が残ってしまっており、彼らは熱狂的にカール・レイハントンを支持しております。大佐のご意向がどうあれ、トワサンガの者らと対話をする人材が必要だと判断しました」

「大佐は」チムチャップは人間を絶滅させることを話していいのか迷った。「大佐のご意向が肝心なのです。いずれトワサンガの住民には、レコンギスタをしていただきます。トワサンガは空にしなくてはいけない。それが大佐のご意向です」

「ならば」ラライヤが口を開いた。「その役目をわたしにやらせてください。ヘイロ少尉に聞きましたが、トワサンガと月に残る住民はすべて地球に降ろすとか。しかしそれには反発もあるでしょうから、説得する人間が必要です。ぜひわたしをレイハントン王のためにお使いくださりますよう」

ラライヤのものの言いようがあまりにハッキリしているので、チムは仕方ないとばかりに頷いた。

「では、ヘイロの新しい身体が組みあがるまでは、あなたに近くにいていただきましょう。ですが、カール・レイハントンの近くにずっといられるとは思わないでください。あなたも肉体と思念が分離されていないひとりの人間です。いずれは地球に降りていただきます」

「我らが初代王に栄光あれ!」

ラライヤは大袈裟な敬礼をしてみせた。真面目そうな女性のようだったが、ふざけているような感じもする変わった少女だった。チムチャップはヘイロを手荒く招き寄せ、耳元で恫喝するように言った。

「あなた、本当にヘイロなんでしょうね。その子はベルリやノレドと一緒にいた子じゃないの。正気なの。あなた本当はサラじゃないの?」

「もちろん」ヘイロは肩をすくませた。「同期もしてるでしょ?」

「まぁそうだけど・・・。あなたを見ていると、サラさんのことばかり思い出してね。一番近い記憶だから、鮮明に残っているのよ。でも、その子をどうするつもりなの?」

「この身体じゃモビルスーツに乗って大佐を援護できないでしょ? この子なら、ユニバーサルスタンダードのコクピットなら使えるし、かなり戦闘力も高かった」

「そうだけど・・・」

そのときだった。カイザルに人が近づいていることを示す警報でモニターが赤く染まった。カイザル専用のデッキ内部に潜入してきたのは、長い髪を後ろで三つ編みにした男、クリム・ニックだった。クリムはカイザルに取りついてハッチを開けようとしていた。

「ヘイロにはあとで話があるから」

そう叫ぶと、警報が鳴り響く中をチムチャップは走り去っていった。彼女は頭の中である疑念がもたげていることを自覚した。

(残留思念が糾合していくわたしたちは、本当に永遠の命を持った存在なのだろうか?)



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