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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第51話「死」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第51話「死」後半



1、


ラ・ハイデンは自らの旗艦のモニターに映し出される白く発光する巨大な隕石の破片と、それと対を成す漆黒の隕石の破片を唖然と眺めながら、次々にもたらされる報告に耳を傾けていた。

クレッセント・シップ爆破の衝撃でシラノ-5の軌道を逸らせる試みは、資源衛星を覆い包んでいた虹色の膜の影響で計算通りにはいかずに失敗した。爆発はシラノ-5で居住区域となっていたリング部分を破壊するにとどまり、リングが作られていた部分が壊れてふたつの巨大な隕石になってしまったのだった。

どちらかひとつが地球に落下するだけでごく一部の地域を除き陸上生物の生存はほぼ不可能になると予測された。どちらもまっすぐ地球に向かっており、速度もまるで落ちていなかった。

「未知のエネルギーによりレーザー兵器が拡散されて当たらないようです。あの速度と質量ではミサイル兵器は効果がありません」

そこにムーンレイス艦隊より通信が入った。

「縮退炉を積んだムーンレイスの全艦隊を衛星にぶつけて破壊を試みます。乗員はランチ等で全員脱出させるのでビーナス・グロゥブ艦隊で救出していただけますか」

「無論だ」ラ・ハイデンが承知した。「衛星が破壊されると数百から数キロメートルの破片が散乱して全艦隊はひとたまりもなくなる。すぐに脱出して全艦隊で宙域を離脱する」

ラ・ハイデンは艦隊に指示を出しながらふたつの衛星を凝視していた。岩石が白く発光したり漆黒の中に消えたりするのは通常の物理現象ではなかった。ふたつの巨大な岩石が引かれるように地球に向かっていく姿はまるで希望と絶望が同時に地球へと落ちていくかのようだった。

「レコンギスタ・・・魂が地球を欲しているというのか」ラ・ハイデンはそう呟き、首を横に振った。「ムーンレイスの全艦隊から退避してくる人員を残らず回収。我々は現宙域を離脱して、トワサンガ宙域のラビアンローズへと向かい、ジオンからラビアンローズを奪還する」

「破壊された隕石群の処置は?」

「もとより地球人を救出することが今回の派遣の目的ではない。我々はジオンのラビアンローズを奪い、ラビアンローズでビーナス・グロゥブに帰還する。ビーナス・グロゥブの全艦艇は地球の生存者に供与するつもりだ。ラビアンローズが奪えなければ全員ここで死ぬと思え!」

ラ・ハイデンの指示に驚いたのはメガファウナのクルーたちであった。ブリッジは上へ下への大騒ぎになり、ドニエルの怒鳴り声さえもかき消された。

「聴こえんのかッ!」ドニエルが怒鳴った。「ムーンレイスの回収を急げ。次の目標はラビアンローズだ!」

「でも艦長、ザンクト・ポルトには姫さまが・・・。それにベルリたちだって」

「なるようにしかならんッ! いいから回収を急げッ!」

隕石は艦隊に迫ってきており、メガファウナの速度ではいまからザンクト・ポルトに引き返しても隕石に追いつくことはできないのだった。

混乱するメガファウナにソレイユから連絡が入った。通信の相手はハリー・オードであった。

「モビルスーツ隊はメガファウナに収容させていただきたい。それにディアナ閣下も」

「ソレイユもぶつけるつもりで?」

「少しでも質量を削らねば地球は破滅だ。仕方がない。どこまで効くものかはわからんが、縮退炉を爆発させれば無傷ということはないだろう。ディアナ閣下はすぐにランチでそちらへ送る。モビルスーツ隊はギリギリまで遠隔操作を行うつもりだ」

ビーナス・グロゥブ艦隊の回避行動はすでに始まっていた。彼らは宙域から離脱して一路月の裏側を目指して加速していった。

メガファウナはハリー・オードのスモー隊を収容しようと最後まで残った。ソレイユと同型艦のオルカは、遠隔操作で押し寄せるふたつの巨大衛星に向けて航路を定め、一気に加速させた。スモー隊はギリギリのところでメガファウナに乗り込み、宙域を離脱して月の裏側を目指した。彼らの背後で、巨大な爆発が起こった。メガファウナのクルーはモニターに釘付けになった。

白く発光していた衛星はいくつかの塊に分裂したようだった。破片のいくつかは大きく軌道を変えていったが、分裂した光の多くは地球に落ちる軌道を変えてはいなかった。光を吸収するかのように漆黒の塊になっていたもうひとつの衛星はどうなったのか観測もできなかった。誰もがアイーダの身を案じていた。

「ザンクト・ポルトは大丈夫なのか?」

「軌道計算じゃキャピタルタワーは地球の裏側にあるっていうから、隕石の直撃は免れるはずだ」

「でも、あんなのが地球に落ちたら、全人類が死に絶えちゃうんでしょ?」

「ちくしょう!」ドニエルが怒鳴った。「オレたちの何がそんなに憎いってんだよ!」

縮退炉が爆発した瞬間のこと・・・。

カール・レイハントンのカイザルを追いかけていたベルリたちは、無数の小さな光の粒がどこかへ飛び去って周囲がどんどん暗くなっていくのを感じていた。

ノレドは全天周囲モニターでその様子を唖然と眺めていた。

「あの光のひとつひとつが人間なんだよ」ノレドが叫んだ。「ザンクト・ポルトの大聖堂で見たことがある。あれは全部、人間の霊魂なの」

小さな光は流砂のようにひとつの方向へ流れていった。それは流れる帯のようになり、ベルリたちの周囲から光を奪い去っていった。そのとき、リリンが叫んだ。

「あの人が来るッ!」

リリンは後方を振り返っていた。ベルリは必死に何かを追いかけてノレドの声も聞こえないように集中している。少し前に大きな衝撃があり、強い振動がシラノ-5を襲ったばかりだったが、ガンダムの周辺には何も起こらず、視界がぼやけただけだったのだ。

「何かおかしいよ」ノレドがいった。「どんどん真っ暗になっていく。光がどこにもない。ベルリ、一体どこに向かっているの?」

そこに再び爆発が起こった。ノレドは身体を縮こまらせて衝撃に備えたが、真っ暗になっただけでガンダムのコクピットには何も起こらなかった。ノレドはリリンが見つめている先を目で追いかけてみた。そこには闇の中で小さく光る飛行体があった。その光の粒は、ガンダムに寄り添うように同じ方向を目指していた。

そして突然視界が拓けた。いつの間にか地球は間近に迫っていた。巨大隕石が地球に落下しようとしている。地球の周辺では、多くのモビルスーツが激しい戦いの渦中にあった。巨大なモビルスーツ同士があちこちで激烈な戦闘を繰り広げ、爆発の閃光が絶え間なく起こり、漆黒の宇宙に瞬いていた。

「宇宙全体が白く輝くほどの戦い?」

ベルリは見たこともない光景に唖然とした。G-セルフに搭乗するようになってから多くの戦闘に参加してきたベルリであるが、眼前で繰り広げられている戦闘は規模がまるで違っていた。モビルスーツだけで何百いるのかわからない。戦闘に参加している人間たちは、互いに殺し合うことを厭わず、自らも死を恐れていないかのように敵に向かっていった。

「見て、あれッ!」ノレドが叫んだ。「シラノ-5じゃない。あれはアクシズだよ。冬の宮殿で見たジオンの隕石落としだ」

巨大な資源衛星がいままさに地球に落下しようとしていた。

「じゃあ、この戦いは隕石を落とそうとするジオンと、阻止しようとする人間の戦いなのか」

それは狂気の沙汰であった。アクシズが地表のどこかに落ちれば衝撃によって陸上生物の多くが死滅し、海に落ちれば巨大な津波が起こる。地球環境に与える影響は甚大で、舞い上がった粉塵は数年間地球の上空を覆い尽くして地球は光の届かない世界になってしまう。

「じゃあここは宇宙世紀だっていうのか?」

ベルリやノレド、そしてリリンがモニター越しに見つめる世界は、宇宙世紀の光景だったのである。


2、


ベルリは全天周囲モニターがなぜ開発されたのか初めて理解した。

それがなければ、この戦場で生き残ることができないからだ。当たり前のように使っていた機能のひとつひとつに、生命を賭けた意味があったのだ。戦場にはミノフスキー粒子が散布され、レーダーは使い物にならない。すべてのものを目視して戦わねばならない。敵はどこからでも襲い掛かってくる。誰もこの場所が宇宙であることを気にしていない。地球の大地を離れた恐怖を克服した人間たちが、目まぐるしく移動しながら殺し合っていた。

ベルリの機体もすぐに彼らに発見された。識別信号を出していないガンダムは、どちらの陣営からも攻撃された。ベルリは必死に逃げ回り、ビームライフルを撃ったが敵は一瞬のうちに視界から消えた。

ガンダムは何発も何発も被弾した。そのたびにコクピットの中は激しく揺さぶられた。ノレドは座席から身を乗り出してリリンが座席から飛んでしまわないように必死で押さえつけた。その姿を横目で確認したベルリは、自分は彼らと戦うためにここに来たのではないと自分に言い聞かせた。

「カール・レイハントン!」

ベルリはカイザルの姿を探した。なおもモビルスーツは彼に襲い掛かってきたが、ベルリは相手にしなかった。戦いの中で、ベルリは気づいたことがあった。宇宙世紀から未来に作られたガンダムの速度は、宇宙世紀時代のモビルスーツより遥かに速かったのだ。

ベルリは思った。ここで何機撃墜しても世界は変わらない。世界を粛正して変えようとしている男を殺さない限り、このふざけた殺し合いは終わることはなく、遥はるか未来に至ってもまだ同じことが繰り返されるのだ。

だがもう時間はなかった。アクシズは地球の引力に捉えられた。

アクシズの落下は、決して人間の悪意ではなかった。それは絶望だったのだ。変えることのできない絶望が、より大きな変化を求めて起こした出来事だった。

ベルリは、時間を飛び越えて世界を旅しながら学んだ数々のことを思い出していた。人間は理想を抱く。理想は叶うことがなく、理想に燃えれば燃えるほど命を賭してでもそれを叶えようと激烈な行動へと先鋭化していく。ベルリたちが生きている時代は、まだ牧歌的な世界だった。しかし、彼ら地球に生きる人間たちの振る舞いが、いずれはこうした未来に発展していくのだ。

なぜラ・ハイデンがヘルメスの薔薇の設計図の回収にこだわったのか。それがなされない限り地球への支援を打ち切ると宣言したのか。なぜ彼が大艦隊を率いて地球に攻め込んできたのか。どうして地球人から文明を奪おうとしたのか。その答えは、ベルリは理解したつもりでいた。だが、彼の理解は甘かったのだ。宇宙世紀の果てに地球が生存可能な惑星ではなくなってしまい、外宇宙へ進出せざるを得なかった人々には、こうした人間が行き着く先の未来の記憶が鮮明に残っていたのだ。

人間の身体に適応しない惑星への移住を余儀なくされた人々の、念願であるのがレコンギスタであった。地球を捨てて銀河の果てまで移住する困難があったならば、戻ってくる困難もまた大きい。それを乗り越えてでも人類は再びこの地球という星に戻ってきた。彼らの不屈の精神を支えたものは、激しい理想の炎だったのだ。地球に求めるものが大きかったからこそ、地球を目前にしながら金星地域に留まり、地球人の正しい文明化を陰で支え続けた。

どれほど大きな労働力の犠牲を払おうとも、地球に帰還してくる者たちの理想の大きさは、どんな困難も厭わない確固とした確信に支えられていた。

それを、ヘルメスの薔薇の設計図が、何もかも台無しにしようとしているのだ。

ベルリが身を置くこの戦争ばかりの世界のどこかに、ラビアンローズがあることは間違いなかった。ラビアンローズには戦争に利用されるあらゆる知識が詰め込まれていく。戦争を戦い抜く自信が、外宇宙へ進出する行動原理となった。どこへ行き、誰と接触しようとも戦い抜ける強い自信こそが、地球人の外宇宙への侵略を可能にさせた。ラビアンローズは、未知の世界を生き抜く希望そのものだった。

そして彼らは、ラビアンローズとともに地球に戻ってきた。高い理想を抱く一方で、武器を手放す覚悟は持つことが出来なかった。裏で武力による支配を担保しながら、表では武力の放棄をアグテックのタブーとして押し付けた。その因果の破綻が、ピアニ・カルータによって顕在化したのだ。

カール・レイハントンはその破綻を見抜いていた。やがてスコード教の嘘が暴かれ、人類が再び宇宙世紀と同じ進歩の道筋に戻ることを知っていたのだ。彼らは宇宙世紀には提示できなかった新たな正答を携え、理論武装したのちに目の前にあるこの恐ろしい行為を繰り返すつもりであったのだ。

アクシズは真っ赤に燃え、絶望の炎は地球めがけて落ちていく。

そのときだった。真っ白な希望の光が、絶望に飲み込まれた男を阻もうとアクシズの落下に抗った。その力は小さなものだったはずだが、抵抗の意志は人間と人間の間にある断絶の壁を取り払った。ひとりの人間の意識の解放が、戦いの渦中にあった我を忘れた人々に正気を取り戻した。

ベルリとノレド、それにリリンの3人は、絶望に抗う人間の意志の集約を感じ取った。他人の意識が彼らの中に流れ込んできた。絶望と希望がせめぎ合い、対話の中で互いを理解し合った。人間の思念の拡張が、死の先にある世界を垣間見せた。死の先には、個の融解と思念の糾合があった。肉体を失った思念は、同じような思念と結びつき、ひとつの流れになる。個々が完全に失われることはなかったが、大きな流れの中で個の意志などないに等しかった。

アクシズの軌道は逸れた。思念が糾合していく虹色の膜を、世界中の人々が目にした。

「ベルリ、スコードが生まれた瞬間だ」ノレドが感動して呟いた。

「いや、違う」ベルリは首を横に振って否定した。「生まれたのはクンタラなんだ。いや、クンタラでもない。肉体という乗り物を理想に至るための船として使っていこうという意識が生まれたんだ。それを持ち続けて忘れなかったのが、クンタラだけだったんだ。彼らを少数派に貶めたのが、スコードという人工宗教だった。希望と絶望が拮抗して、絶望の強い意志を希望が跳ね除けたこの瞬間を体現しようと強く願ったのは、スペースノイドではなく、アースノイドだったんだ。ほら、ごらん。絶望を抱えた男のカプセルが回収される。ジオンはこの瞬間に起きた奇跡を、科学として研究し続け、宇宙の果てで死の壁を超えた」

「思念体のことだね」

「うん。でもわかったことがある。肉体を捨てた彼らは、死後の世界へは到達していない。あそこで希望を失わず抗った人々のように、死を受け入れ、死後の世界で多くの思念に糾合されていくことを拒んだままだ。だから彼らジオンには、見えていないものがたくさんある」

「本当の希望が見えていなかったんだ!」

ガンダムは再び時間を跳躍した。この能力をもたらしているのがリリンであることを、いまはベルリもノレドも気がついていた。

「カール・レイハントンッ! お前の絶望はここで断つッ!」


3、


再び舞い戻った世界は、破滅が近づいていた。ムーンレイス艦隊の縮退炉を爆発させたことで、シラノ-5のサウスリング部分であった真っ白に発光する巨大な岩石はバラバラに破壊されて、小さな流星となって光の帯を引きながら地球へと向かっていた。

光の中心には漆黒の怨念にも似た巨大な岩石があり、激しく回転しながら無傷のまままっすぐ地球に向けて落下していた。かつてのノースリングの部分である。太陽光を反射する光さえ失ったこの絶望の塊は、宇宙世紀時代に起きたアクシズ落としの繰り返しであった。絶望の周囲を、粉々になった真っ白に輝く岩石の欠片が取り囲んでいた。おびただしい数の光の流星であった。それらはまるで何者かの意志でコントロールされたかのようだった。

「あの真っ黒で巨大なシラノ-5の残骸は、カール・レイハントンの絶望そのものなんだ」

「うん」ノレドも頷いた。「カール・レイハントンという人物そのものが、大きな絶望の実態だったんだよ。こちらの世界ではあの人は人間みたいな姿をしているけど、本当はこの黒い大きな塊があの人の本質だったんだ」

「あの中に人がいるよ」リリンがいった。「わたしと一緒にいた人と、ラライヤがいる」

「ラライヤが?」ノレドが驚いて聞き返した。「なんであの子が・・・」

「それはわからない・・・。わからないけど、ラライヤを助けないと。行くしかないんだ!」

ガンダムを操るベルリは、漆黒の闇の中へと飛び込んでいった。

驚くほど静かな場所だった。暗闇の中で、戦いの閃光が瞬いていた。だがそれは、破壊の閃光ではない。そこは死の世界であり、物質は存在しない。シラノ-5のノースリングでさえ、巨大な質量であるにすぎず、カール・レイハントンの暗黒の一部になってしまっていた。

希望と絶望の戦い。クンタラとスコードの戦い。アースノイドとスペースノイドの戦い。自由主義と共産主義の戦い。民族主義と国際主義の戦い。個人主義と全体主義の戦い。自然主義と科学主義の戦い。そして、アムロとシャアの戦い。

戦いの火種は尽きず、ふたつの意志は反発し合い、ぶつかるたびに激しく火花を散らしていた。

思念の世界にありながら、どうしても糾合することのないふたりの対立は、何をもって終わりになるのかさえ道筋が見えない。

「わたしを道連れにすれば、ジオンが滅び、人類が救われると思ったのだろう? だがわたしは生き残った。アムロはアクシズ落としの先にある理想が見えていなかっただけなのだ。許されるとか許されないなどという問題ではない。理想に向かって踏み出すか踏み出さないかの違いなのだ。いま地球は氷に閉ざされようとしている。わずかな生存可能地域を巡って人々は争い、少ない収穫物を奪い合う。それが何千年も続き、激烈な生存競争の記憶が再び地球が温暖となった瞬間から怖ろしいまでの破滅的な拡大をもってやがて宇宙世紀は繰り返されるだろう。肉体という囹圄そのものが、破滅を内包しているのだ。いまこそ肉体を捨て、新たな人類の歴史を踏み出すべき時なのだ」

カール・レイハントンの声は、人類に絶望した者たちの怨嗟の集合体であった。人類に対する強い絶望が残留思念となってこの世に残り、賛同者を糾合して巨大化していったのだ。彼と戦うアムロ・レイの周囲だけ白く輝いていた。彼の周囲にある光景は、彼が体験した戦いの記憶の映像で構成されている。その戦いの姿を見たノレドが叫んだ。

「見てッ! あれはG-セルフだよ。形は変わってるけど、G-セルフに間違いない」

ベルリがハッと顔を上げた。彼もまた戦いの光景から一瞬で自分の因果を悟った。

「そうか。父さんはあの人にカール・レイハントンと戦ってもらうためにG-セルフを用意していたんだ。因果律を読み解いたのは、メメス博士だけじゃなかった。父さんがあの設計図を遺したのは、ぼくに操縦させるためじゃない。サイコミュはあの人に最適化されていたんだ」

ベルリはサウスリングにあったレイハントンの屋敷のことを思い出した。写真にあった優しげな父の面影の裏には、悲壮な決意が秘められていたのだ。

敵意を向けてくる者に対してG-セルフが激烈な反応を示したのは、G-セルフがただの道具ではなく、巨大な絶望の対立者であったためだった。ベルリは、そんなものに自分が乗って、カーヒルやデレンセンと戦い、死なせてしまったことをいまさらながらに悔やんだ。G-セルフは、まるで自分の所有物であるかのように錯覚して、得意になって操っていい代物ではなかったのである。

アムロとシャアの戦いは続いていた。アムロがいった。

「そんなものはスペースノイドの戯言に過ぎない。ジオンが生み出した科学主義は、人間の本当の可能性を搾取して道具にしただけだ。ニュータイプ研究がどれほど醜悪な結果を生み出したというのか」

「科学は最初期にあって多くの失敗を犯すものだ。それはお前にも責任があると分かっているはずだ。初期のニュータイプ研究は戦争の道具に過ぎなかった。その過ちに気がついたからこそ、いまのジオンがあるのではないか。ジオンは完全無欠な生命体へと進化した。もはやジオンを拒む理由はない。それに貴様は大きな思い違いをしている」

「思い違い?」

「いったい外宇宙にどれほど多くの人類が進出したと思っているのだ。そのすべてが、ビーナス・グロゥブや我々ジオンのように地球環境のことを考えて行動している保証がどこにある。より先鋭的な戦闘集団が地球に戻ってきたとき、戦いを忘れた人類がそれを食い止めることが出来ると思っているのか。地球で生まれた魂はいつか必ず故郷を求めて地球に戻ってくる。文字通りレコンギスタが実行されたとき、人類はもっと恐ろしい経験をしなければならなくなる。人間という種は、すべからく新しい人類となって生まれ変わり、地球という生命のゆりかごを守っていかねばならないのだ。そうだとわかっていたから我々はこうして準備を進めてきた。地球を外敵から守り、豊かな自然の観察者となって人類は生きていけばいいのだ」

「そのために人間を絶滅させるのか」

「そうだ。それの何がいけないというのだ。人間は欲望で環境を破壊していくのではない。肉体を失う恐怖とそれを緩和する福祉によって環境を破壊するのだ。人間ひとりが生きるに必要な物資などたかが知れている。欲望が増大させる量もたかが知れている。肉体に備蓄できるエネルギーなど大したことはない。だが、生存の延命を求めて福祉を追求していくと人間は動物の範疇を超えてしまう。地球環境に最も強い悪影響を与えるのは福祉なのだ。そもそも戦争すら福祉の拡大の欲求が招き起こすのだから」

人間は豊かさを身にまとって肥え太っていく。蓄えられていく数字はその価値の安定のために生産の裏付けを求められ、流動性確保のために人間は行動させられる。消費は福祉のために身にまとった数字の価値を維持するために義務付けられる。

「すべては肉体の延命を至上価値にするからではないか。人間の行動をどのように規制したところで死の恐怖に裏付けられた福祉の拡大は止まらない。人間はいかような文明を持とうと永遠の命を求める。スコード教のように戦わないことを是として宇宙世紀の繰り返しを避けようとしても、外宇宙から強大な軍隊を持つ存在がレコンギスタしてくれば、人間はたちどころに狂暴な相貌を取り戻すだろう。永遠の命とは、肉体の永続性を希求するものなのか。思い違いとはこのことだ。スコード教による支配体制では、人類の救済はない。個人の肉体を200年生かすことにどんな意味があるというのだ?」


4、


絶望の象徴となった男の独白は続いた。

「人間が最も理想とする姿を実現し、劣った人類がどれほどの戦力で地球に戻って来ようとも敗北することのない世界を作り上げることの何が不満だというのだ。地球に人類が存在する限り、人類の理想は実現しないのだ。環境の激変によって人類が数を減らし、下手をすれば絶滅する世界が氷河期だ。それは間近に迫っている。この好機をみすみす逃して、腹を減らした人類が共食いする光景をまた見たいのか? 貴様はずっと地球にいて、暗黒時代を経験したはずだ。肉体という悪魔を捨て、精神を解放した世界をわたしより知っているはずの貴様が、何千年も前と同じようにわたしの邪魔をする。理想と理想を競わせるというならば話も聞こう。ビーナス・グロゥブの人間は不完全ながらそれをやり遂げた。だが、貴様はどうだ。やみくもに命を守ろうとする。命の本質を考えもせずに」

「理想が科学によって手に入ると思い込んでいるのが過ちだというのだ」アムロは反論した。「お前が思念体と呼んでいるものがどれほど多くのバックアップを必要としているのか。ラビアンローズがなければ、この世界に関与することすらできないじゃないか」

「我々がこの世界に大きく関与するのは人類を絶滅させて外敵撃退用の防衛システムを構築するところまでだ。我々はかつてサイド3があった場所で時折アバターを再生させてラビアンローズを保守しながら地球を見守り続ける。肉体から解放された人間がどれほど自由か、それは貴様にもわかっているはずだ。生きたいという欲望は、肉体を維持したいという欲望そのものだ。肉体がなくとも生き続けられると知ってしまえば、それがいかに無駄な努力であり、無駄なエネルギーを必要とするかわかるはずだ」

「もし人間が、まったく違った人類に生まれ変わる可能性があるとしてもか?」

「ニュータイプ論は終わったのだ。それはすでに完成されている」

「さあ、それはどうかな。科学によって達成された成果と、自然な進化が果たして同じものだと言えるのか? シャア、お前は自分こそが最悪のオールドタイプだと知って本当の意味で絶望することになるだろう。時間が来た。ベルリくん、君たちは最後の人間として何が起こっても諦めないことだ」

どす黒い闇の中からどこかG-セルフの面影がある機体が姿を現した。ベルリはその人物に向かって話しかけた。

「何が起こってもってどういう意味ですか?」

「悪いが、人類を新たなステージへ送り出すために、あの男は我々が連れていく。地球を救ってやることはできないが、なぜそうしたのかはいずれ君たちも理解するだろう」

「助けないって一体どういうこと!」

ノレドが絶叫したそのときだった。闇の中に小さな光球が灯った。リリンが身を乗り出してそれを指さした。ベルリにもノレドにも、それがかつてラライヤだったものだと感じられた。しかしラライヤではない。その小さな鳥のようなものは、導く者であった。その小さな光は、巨大な絶望と並行して飛びながら、やがて闇に飲まれて一瞬だけ姿が見えなくなった。

小さな光を飲み込んだ場所に大きな穴が空いた。闇は小さな明かりを取り込むことはできなかった。小さな光の周囲から、まるでそれを嫌がって避けるかのように闇が離れて輪のような空間が出現した。そしてその空間に接した部分の闇がほどけ始めた。闇はいくつかの小さな尾を引く球体となった。小さな鳥のようなものは、同じほどの大きさになった無数の闇の球を挑発するようにひらひらと舞った。

そしてついに闇がバラバラに弾け飛んだ。闇の球の群れは雲散霧消して消えた。その場所に出現したのは、シラノ-5の残骸だった。その速度は衰えておらず、地球は間近に迫っていた。

「いまさらララアなどを呼び出して阻止で出来ると思ったかッ!」

「お前は何もわかっちゃいないんだ」アムロは応えた。「人類の進化は間もなく起こる。旧人類の科学の進歩など太刀打ちできないほどの大きな進化が起こるんだ。お前が夢想しているものは、しょせんはオールドタイプの理想に過ぎない。この地球で新しく起こることを、我々が邪魔してはいけないんだ。生命は大きな危機に対して自己変革を起こす。人類にはまだ進化の余地が残されている。お前は永遠の命などというものにこだわり、絶望を後生大事に抱えてきたが、その絶望は地球のカルマの一部となって昇華されていく。お前の魂は、オレとララアが連れていく」

白く発光する巨大な光球と赤く発光する巨大な光球がぶつかり合った。そこに小さな白く光る輝きが飛び込んだ。するとふたつの輝きが相殺されて宇宙空間にふつりと消えた。

シラノ-5は大気圏に突入して真っ赤に染まっていた。

「ダメだよ、ベルリ。もう間に合わないッ!」ノレドが身を縮こまらせた。

「いや、やってみるッ!」ベルリはノレドに向かって叫んだ。「あの人は押し返したじゃないか。ぼくだってガンダムさえあればッ!」

ベルリはガンダムのバーニアを吹かしてシラノ-5を追いかけた。アクシズの奇蹟を自分も起こせるのだとの確信が彼にはあった。機体が重力に強く引かれそうになったとき、突然リリンが胸を押さえて大声を出した。その瞬間、ノレドの首に掛けられていたG-メタルの鎖が切れて飛び散った。

「ダメッ!」

ベルリの視界が小さく狭まり、一瞬で弾けたように元に戻った。そのとき、青い地球もシラノ-5も眼前から消えていた。ガンダムは空間を移動したのだ。次にガンダムが出現したのは南米上空であった。西にキャピタル・タワーが見えた。真っ赤な巨大な光球となったシラノ-5は、計算より遥かに進入角度が悪く南米大陸に近づいていた。ベルリはなすすべなくそれが地球に落下するのを目にした。

地球に重爆撃が起きた。爆発の衝撃は上空にいたガンダムすら吹き飛ばした。シラノ-5が地殻に与えた衝撃はすさまじかった。地上では空中爆発したフルムーン・シップの爆発より激しい地震が大陸の地盤をゆすった。その衝撃が断層を刺激して各地で連鎖的にプレート地震が起きた。地球は揺れ続け、海が盛り上がり津波となって山脈すら飲み込んでいった。海岸線が次々に陥没していった。人類の都市文明は、押し寄せる巨大な津波に飲み込まれて跡形もなく消え去った。

さらに無数の白く輝く飛行体が地球に落下した。これも地球上のあらゆる大陸に時間差をつけて落下した。無傷の地域は存在しなかった。ユーラシア大陸の大部分は陥没して、その巨大プレートは太平洋側に押し出された。数百キロメートルに及ぶ地盤の移動がさらに巨大な地震を引き起こして地球にある文明の痕跡を砂塵にしてしまった。

火山活動と火災が同時に起きて、砂塵と煙で地球は真っ黒に染まっていった。

さらに、キャピタル・タワーの地上部分が想定以上の地震と地殻の破壊によって千切れるように吹き飛んだ。キャピタル・タワーは、糸の切れた凧のように空中に舞い上がったのち、真っ黒な雲の中に吸い込まれていき、引力によって地上に巻きつくように落下した。これが更なる衝撃を地球に加えた。

ものの数時間で、地球の様相はまるで変ってしまった。砂塵と噴煙は徐々に上空に達し、ベルリたちの乗るガンダムを静かに飲み込んでいった。

地球は闇に閉ざされた。


次回、第52話「理想」前半は、2022年2月1日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:123(Gレコ2次創作 第51話 後半)











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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第51話「死」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第51話「死」前半


1、

巨大な3機のモビルスーツが月の裏側から一瞬で資源衛星コロニー・シラノ-5に接触した。シラノ-5は虹色の膜が幾重にも重なり、通常の兵器ではその内部に潜入できない状態で地球に向けて移動していた。虹色の膜は電気的なバリヤーのものであったが、外部からは目視することはできても物理現象を観測することはできないのだった。

3機はそのままランデブーしつつアムロ・レイの姿を探したがどこにもいなかった。七色の光が彼らの機体に反射してキラキラと輝いていた。

「囹圄膜の中に入ったようだな。しかしあいつはガンダムに乗っていないようだ」

「こちらで作ったYG-111の複製でしょう」タノが含みのある声でいった。「ヘイロがラライヤに与えた機体だと思われます」

YG-111をラライヤに与えたとき、ヘイロはサラに意識を乗っ取られていたために記憶が曖昧であった。タノはヘイロが何も返事をしないので少し不服そうだった。

「まあ、いいさ。どこへ逃げようと同じだッ!」

レイハントンはカイザルで囹圄膜の中に突入した。するとカイザルとレイハントンの姿は重なるように一致した。タノとヘイロも続いて突入した。彼女たちも同様であった。彼らの精神は機体と同じものになった。囹圄膜の中は、思念体となった彼らの世界なのだ。そこは生と死の境目にある彼らが到達した死後の世界であった。ジオンは、この世の存在ではなくなっていたのだ。

「YG-111を発見」ヘイロが叫んだ。「撃墜してよろしいので?」

「かまわん」レイハントンが応えた。「今度こそ人類絶滅の邪魔はさせんよ」

3機はそれぞれ閃光のように輝き、小さな白いモビルスーツに接近した。YG-111も、本来の性能とはまったく違う動きをみせて一瞬の光線を躱した。宇宙世紀時代を否定してフォトン・バッテリー技術に置き換えられたYG-111は、本来パワーにおいて劣っていたが、思念の能力がそのまま機体性能になるこの世界では関係ないようであった。

彼らが使うレーザーもミサイルも質量兵器も、この世界では通常の物理現象ではなく、それぞれの記憶が持つ共通概念の可視化であった。シラノ-5ですら、物体ではなく情報だった。だが膜を出ると、それは巨大質量をもつ隕石なのだ。物質によって構成されている世界と、情報によって構成されている世界が重なっていた。それは同じ場所に存在しながらまるで別のものであった。

虹色の膜に閉ざされたシラノ-5の周囲を、4機のモビルスーツが争いながら飛び回っていた。彼らがパイロットだったころの記憶が時間の中に情景を生み出していた。

5つのリングをバックに逃げ回っていたアムロ・レイであったが、レイハントンの中にあるシャア・アズナブルの思念を掴むと一瞬で間合いを詰めて真正面から向き合った。2機はもつれるように寄り添ったまま高速で空間を移動した。

その空間に果てはない。ただ時間だけがあった。共感が情景を作り上げた。虹色の膜の中が、彼らがかつて戦った世界そのものであった。

アムロの声が聞こえた。

「人類のニュータイプへの進化は間もなく始まる。我々にそれを邪魔する資格などないんだ。余計な手出しをして人間の未来を歪ませるなッ」

シャアが応えた。

「黒歴史を経て、また同じ道を歩んだ人類に進化など起きる保証がどこにあるのか」

アムロが導いた。

「科学の進歩で人が神になるわけじゃない。お前は何千年も昔の進歩主義に心が囚われたままなんだ」

シャアは拒絶した。

「そういう貴様はどうだというのだ? 死がお前を神にしたとでもいうのかッ! うぬぼれるな!」

2機は同時に撃ち合い、互いを傷つけ、あっという間に距離を作り、互いに相手の意志を考察する時間を持った。アムロとシャアの間に共感現象が起き、再現される舞台が変わろうとした。異変を感じたタノとヘイロは慌ててアムロに対して攻撃を行った。だが、ふたりの攻撃はアムロにはまったく通じなかった。YG-111のサイコミュは、高速で駆動して機体の姿を変えようとしていた。

YG-111、G-セルフと呼ばれたバッテリー駆動の小さなモビルスーツは姿と概念を変化させ、ジオンの3人がそれぞれに思い描くガンダムという敵対者と変化していった。

「大佐から離れなさいッ!」

タノがレーザーライフルを使った。アムロ・レイはそれらを苦も無く躱した。

逸れた銃弾がリングの壁面を破壊して、内部の空気とともに砂塵を噴き出した。空間に居住区のデブリが散乱して視界を遮った。アムロ・レイは破壊された箇所からリングの内部に潜入して身を隠した。ヘイロが慌てて飛び込んでしまい、アムロが撃った銃弾が頭部に当たった。爆発が起き、メインモニタが故障した。しかしタノは首を横に振った。

彼女はいま一度意識を集中させた。するとモニターの視界が自分自身の視界となった。彼女は舞うようにモビルスーツを、そして自分自身を操りガンダムと距離を置いた。

「タノ、ヘイロ」レイハントンが呼び掛けた。「君たちには優秀なパイロットの思念が糾合されている。アムロにも十分対抗できるだけの能力があると保証しよう。集中して肉体の限界を超えてみせろ」

それだけ告げると、レイハントンもガンダムの後を追いかけ、サウスリング内部に潜入した。かつて農業区画であったサウスリングは、生物の死骸が浮遊する地獄のような景色が広がっていた。苦しみもがいて死んだ牛の死骸がタノの機体にぶつかった。タノはそれを肌感覚で感じた。敷き詰められた地表は剥がれ、シートのようにゆらゆらと揺れていた。

人間が生活するのに必要な品々が、おびただしい量のデブリとなって浮遊していた。人間はこんなにも多くの道具を使わねば生きていけないのかと驚かされる光景だった。かつてリングの回転によって生み出された重力に引かれて地表に張り付いていたものが、すべて宙に舞い上がっていた。

ガンダムのビームがそれらを溶かしながら光の筋を描いた。舞い上がったデブリがゆらりと拡散した。

「スペースノイドはこんな世界に生きて、人を超えたつもりになっていたんだ」アムロの声が響いた。「資源衛星から地球のおもちゃのようなものを生み出し、自分たちは神のように創造主になったと勘違いした。神の真似事をして、思念体などといって霊魂さえ作り出した気でいた。だから、人間の力でコントロールできないものを怖れたんだ」

「それは誤解というものだ。地球で生まれた生命が地球環境を作り出して生存を図るのは当たり前ではないか。だが、宇宙に出たことで人類の意識は大きく変化した。生存と労働の密接した関係と意識付けは人間の義務意識に変革をもたらした。さらにニュータイプへの進化が起こり、地球で漫然と生きるオールドタイプとの差は決定的になった。お前があのとき下らぬ感傷で邪魔さえしなければ、人類を新たなステージへ導くことができたのだ」

「人類のニュータイプへの進化など起こっていなかった」アムロはシャアを否定した。「ジオンは優生論を肯定するためにニュータイプと呼ばれる単に直感力に優れた人間を集め、小さな現象をさもスペースノイド全体で起こっているかのように宣伝しただけだ。必死になってそれっぽい人間を搔き集め、あまつさえ人道的に許されない科学的な人体改造を行っていただけじゃないか」

「お前がそれを口にするのか!」

アムロとシャアは徐々にタノとヘイロを引き離していった。焦ったタノが必死に追いかけようとするが差は広がるばかりで一向に縮まらない。

「ダメだ!」タノが叫んだ。「やはり大佐の記憶の分離を認めるべきではなかった。ふたりしか知らない世界に大佐が飲み込まれてしまう!」

「個人の思念と個人の肉体は密接不可分なんです」ヘイロが応えた。「アバターはオリジナルの機能に近いものを選ばないと、上手く機能しない。それにジオンの科学技術の中には強化人間という人間の肉体を改造するものもあった。ジオンは魂と肉体双方から研究を行っていたんです」

「じゃあ、サラの身体に入っていたヘイロは、なぜあんなにハッキリと自己を主張できたの?」

「わたしが自己を主張?」

「あれは誰だったの?」

ふたりのモビルスーツの後方から急速接近するものがあった。タノとヘイロは会話を打ち切り、レイハントンのモビルスーツが遠ざかっていくことに気を取られながらも振り返るしかなかった。

「見つけたぞ、ジオン!」

それはもう1機のガンダム、ベルリとノレドたちが乗り込んだガンダムであった。


2、


ベルリ、ノレド、リリンが搭乗するガンダムと、ルインのカバカーリがシラノ-5に接触した。シラノ-5は、資源衛星をくりぬいて作られたコロニーで、闇に覆われた月の裏側でひときわ美しく輝いていた人工物であった。それがいまや小さな燈火ほどの明るさもなく、漆黒の流星となって地球に激突しようとしていた。

その巨大な岩石を、虹色の膜が覆っていた。虹色の膜は近くで見るとそれ自体に光沢があるわけではなく、あくまで太陽光を歪に反射しているだけであった。光の当たらぬ場所では激しく揺れる水面のように表面がさざなみ立っていた。

「オレが行く」そうルインがいった。

彼は自身で名付けた2機目となるカバカーリを旋回させ、虹色の膜の中に突っ込んでいった。そのあとをベルリたちのガンダムも続いたのだが、虹色の膜の中に入っていったとき、彼らは膜を押すような抵抗感を感じ、やがてそれが弾けるような破裂の感触を自分の肌で感じた。モビルスーツの装甲が自分の肌になったような奇妙な感覚だった。

さらにおかしなことに、ルインは南極上空で爆死したマニィが自分の身体の中に入ってきたのを感じた。マニィの記憶がルインになだれ込んできて、ルインはマニィが決してテロリストになることを望んでいなかったことを初めて理解した。そして、彼女が愛娘のコニィをビーナス・グロゥブに置いてきたことも彼はここで初めて知った。

ルインは、自分の考えのすべてをマニィが受け入れてくれているのだと思い込んでいた。それを彼の心の中に流れ込んできたマニィは否定した。マニィにはマニィの意志があったのに、ルインはそれを顧みることはなかったのだ。

マニィは娘のコニィが差別なく生きられる世界を望んでいた。ルインは自分もそれは同じだと心の中で抗弁した。それもマニィは否定した。彼女はもっと現実的だった。理想のために破壊を繰り返すルインの振る舞いが、コニィの未来に悪影響を及ぼすことを怖れていた。

それでも彼女はルインを愛していたので、自分が死ぬことでコニィを守ろうとした。彼女はルインも道連れにするつもりでいたが、結果としてルインが生き残ったことを喜んでいた。立派な父であってほしいと彼女はルインに希望を託していた。

「コニィがいつか戻ってくるというのか」ルインは自分の心の中にいるマニィに問うた。「もしオレが恥ずべき父親の汚名を雪いだのなら、コニィは地球に戻ってくるのか? それは本当なのか? マニィにはそれが見えるのか? 死んだ人間には、未来が見えるのか?」

マニィは応えなくなった。彼女の思念はルインとともにあったが、答えは教えてくれなかった。ルインは絶望の淵で精神を削りながら、眼前にシラノ-5が迫ってきたのを目にした。

ルインの後をベルリたちの乗るガンダムも続いた。ガンダムの中にいる3人は、モビルスーツに自分を同化されることはなかった。3人はほんの一瞬、ガンダムのサイコミュが独立した人格であるかのような錯覚をした。それは記憶に残ることなく忘却されてしまったが、操縦するベルリだけはずっと感じてきた違和感の正体がわかったような気がした。彼はいった。

「このガンダムは人なんだ」

「人?」リリンが尋ねた。

「そう、人間だ。虹色の膜の外側の世界ではサイコミュだったものが、この中では人間にずっと近く感じる。サイコミュが思念を増幅する箱であるのは物理的な世界のことで、この虹色の膜の中ではこれは別のものになる。いや、サイコミュ自体がこちら側の存在、ガンダム自体がこちら側の存在なんだ」

「こちら側って、どういうこと?」と、ノレドが訊いた。

「わからない。わからないけど、もしかしたらここは死者の世界なのかもしれない」

「ジオンの世界?」

「そう、思念体の世界だ。ガンダムやカイザルというのは、物理的には存在しないものだったんだ」

「思念体の作ったサイコミュ・・・」ノレドは理解が追い付かなかった。「それってサイコミュの概念ってことなのかな」

「サイコミュという彼らにとって必要不可欠だった道具の概念か。そうかもしれないな。モビルスーツもまた彼らにとっては肉体の一部というか、アバターみたいなものだったんだ。彼らは地球環境の破壊を嫌っていたから、無機物の道具を作りたがらなかったのかもしれない」

「概念・・・、道具・・・、もしかして、ジオンの思念体たちって、ずっとこの世界にいたんじゃないの?」

「死後の世界に?」

「死後の世界なのかな」ノレドははっきりと認めることを躊躇った。「死後の世界かどうかなんて、死んだことないからわからないよ」

「確かにね」ベルリは苦笑いを隠せなかった。「でも、ここがどこであれ、リリンちゃんは元の世界に返さなきゃいけない。その前に、シラノ-5を止めなきゃ」

カバカーリとガンダムは、リングの外壁に空いた穴に突入してサウスリングへと入った。すでに空気はすべて抜けており、おびただしいデブリが空中に浮遊していた。レーダーは使い物にならなくなり、有視界での戦闘を意義なくされた。ルインとベルリは、前方に濃緑の2機の機体を捕捉した。

「見つけたぞ、ジオン!」

タノとヘイロの機体はすぐさま振り返り攻撃してきた。2機に一瞬で間合いを詰められたカバカーリは迎撃され撃墜させられた。ボロボロになった機体はコントロールを失い、リングの内壁に激突して破壊された。タノとヘイロは続いてガンダムに襲い掛かる。あっという間に勝敗が決したルインは、コクピットの中でうなだれるしかなかった。

「宇宙世紀時代とは、これほどまでに違うというのか」

そこにノレドからの通信が入った。視界はデブリによって奪われ、通信も途切れがちであった。

「この世界は物理世界じゃない」

ほとんどまともに聞こえなかったが、ルインにはなぜか彼女が言わんとすることが分かった。

「つまりは・・・、機体ではないということだ!」

ルインのカバカーリはそのまま爆発を起こしたが、カバカーリはその様相を大きく変化させ、巨大化して生まれ変わった。ルインは自分の肉体がモビルスーツと一体化していくのを感じた。彼はコクピットにいながら、この肉体はもう存在しないのだと理解した。

その頸に、懐かしいマニィの腕が静かに回された。生まれ変わったカバカーリは複座で、後部座席にはマニィが座っていた。ルインは後ろを振り向かず、マニィの腕をさすりながら何度も謝った。

「怒ってなんかいないよ、ルイン」マニィはいった。「新しい世界はきっとくる。わたしにはもうわかってる」


3、


「地球から人類というファクターを取り除いた世界こそが新世界なのだ。ニュータイプという考え方は研究の初期にあった誤謬にすぎない。我々ジオンが外宇宙でどのような体験をしてきたのか、アクシズとともに爆死した貴様にはわからないのだッ!」

「シャア・アズナブルという結論を振り回す人間が象徴となったせいで、ジオンの科学研究が大きく歪められたのだろう? それを指摘されるのが怖いのだ」

「アムロ、貴様は大きな思い違いをしている。地球のような惑星を都合よく見つけられる奇跡など、そうそう起きるものではないのだ。よしんば見つけられたとしても、肉体を有している限り、人間はその惑星の環境に大きなダメージを与える。肉体という存在の維持は、自然の改造なくしてあり得ない。繁栄となるとなおさらだ。人間が肉体を生命そのものだと認識する限り、生命そのものが反自然的になる。それが人間というものだ。生命の存在規定そのものを変化させない限り、人間は宇宙に不要なものとなる。外宇宙で何度も何度も同じ過ちを繰り返した我々の忸怩たる思いを知りもしないで、貴様は何千年も前の価値観を押し付けてわたしの邪魔をしようとする。なぜその愚かしさを理解しないのか」

「人間の生命そのものを毒だとしながら、最も生命に執着しているのはジオンではないか。人間は生と死を繰り返すものだ。死は忘却とともにある。歓喜も後悔も時の中に塗りこめられてやがて消えていく。だが人間の生命は途切れることなく続いている。これも永遠なのだ」

「永遠とは途切れることなく観察することだ。忘却される観察に何の意味があるのか」

「ジオンに従ったすべての人間の記憶を維持して永遠に宇宙を目撃させるだけなら、地球に還ってこなければいい。どこへ行けども一切の環境負荷なくそれが出来るのだろう?」

「あらゆるものを見たからこそ最後に辿り着いたのが地球なのだ」

「それがウソだとわかっていながらッ!」

ガンダムは何度も何度もカイザルの機体に放火を浴びせかけた。機体は小爆発を起こすが、それによってカイザルが傷つけられることはなかった。カイザルもガンダムも、死を隔てた先にある別世界の存在であったからだ。存在の中心を形象するのはサイコミュと呼ばれる宇宙世紀時代の技術であったが、それも記憶が具象化されたものに過ぎない。

「どれほど激しい戦争が起きようとも、進化したジオンという存在ならば如何なる毒も撒き散らすことはない。数千年も前に袂を分かった人間同士でさえこうして会話を交わすことが出来る。これが正当なる進化というものなのだ、アムロくん。いい加減気づいたらどうなのか」

「思念体という存在になりまるで自分が永遠そのものになったつもりでいるかもしれないが、ジオンには未来が見えているわけではないとなぜ気がつかないのか。肉体を失っただけで、ジオンの時間の進み方は肉体を所持しているときと同じだ。観察の道具を捨て、観察位置を変えたに過ぎない」

「それこそが文明の大いなる飛躍というものだ。肉体という観察道具を維持するために人間の遺伝子に組み込まれた生存本能の醜さは、貴様にはよくわかっているはずではないのか?」

「生存本能から解放されるのは死だけだ」

「なぜそう言い切れる? 肉体の機能停止を死と規定して、そこから解放されるとララアと同じ場所へ行けるというのか。時間からも解放されて、人間は神になると? そうして現実世界との接点を失った人間は、未来の人間が、人類の黒歴史の過去と同じように生存本能の赴くまま地球を破滅に導く道に進めてしまったらどうするのだ。それは食い止めなくていいのか? 食い止める手段はあるのか? ジオンは貴様の敵対者になるために地球圏へ戻ってきたわけではない。地球を人間から救うために戻ってきたのだ。地球はジオンが考え出した囹圄の中で永遠に繁栄する。人間さえいなくなれば、地球は天寿を全うできるのだ」

そのころビーナス・グロゥブ艦隊、ムーンレイス艦隊、アメリア艦隊の連合軍は、シラノ-5迎撃のための作戦を練っていた。アメリア艦隊にアイーダはいない。彼女はザンクト・ポルトに残っていた。

「計算上では」ラ・ハイデンがモニター会議の席で説明した。「残りのフォトン・バッテリーを積んだままクレッセント・シップをシラノ-5にぶつければ、ほんのわずかだが軌道が逸れて、地球への落下を防ぐ可能性が出てきた。その場合、ビーナス・グロゥブは惑星間航行が可能な輸送船を失い、新造艦が完成するまでフォトン・バッテリーの再供給が出来ないことになってしまう」

「どのくらいの期間でしょうか」ディアナ・ソレルが尋ねた。

「地球に亡命したジット・ラボのメンバーの身柄を引き渡してもらえれば、フルムーン・シップのデータを使って10年もすれば完成するだろう。しかし、古い時代に建造されたクレッセント・シップほどの性能は見込めないことから、かつてと同じペースでフォトン・バッテリーの供給を行うことは不可能になる。もとよりわたしは地球へのフォトン・バッテリーの再供給を決めかねている。ベルリくんの言う通り、氷河期に突入したアースノイドが、スペースノイドと同じ条件で心を改めるというのならば別だが、いまのところその保証はないわけだから」

「まずは生き抜くことが先決でありましょう」ハリーが応じた。

「クレッセント・シップを失った後のビーナス・グロゥブ艦隊は、残存エネルギーを考えればすぐさまビーナス・グロゥブに撤退するしかない。先ほど決を採ったが、フォトン・バッテリーが供給される保証がない地球へレコンギスタしたい者は、フラミニア・カッレただひとりであった。彼女は服役中の身ではあるが、恩赦を与え、特例としてレコンギスタを認めることにした。ひとまずはアメリアに預けようと思う」

「了解した」ドニエルが応えた。「フラミニア先生の身柄はわたしが責任をもって預かる。だがしかし、あのデカブツの軌道が変わらない限り、我々は死ぬしかないぞ」

そこに、先発したラライヤとクリムから通信が入った。クリムがモニター越しに情報を伝えた。

「やはりシラノ-5を覆っているものは、地球を覆っていた虹色の膜と同じものだ。だとしたら、爆発エネルギーで霧散するはずだが、その分だけシラノ-5にぶつけるエネルギー量は減ってしまう。ミックジャックで計算する限り、かなり難しそうだ」

「そのときは我がムーンレイスの戦艦もシラノ-5の軌道変更に利用させていただく」ハリーが大声で請け負った。「縮退炉を爆発させればかなりのエネルギー量になるはずだ」

「シラノ-5の地球激突さえ防げば、ラビアンローズへの攻撃はアメリアとムーンレイスで行います」ディアナが付け足した。「ビーナス・グロゥブ艦隊はすぐに離脱を」

「話は決まった」ラ・ハイデンは杖で床を叩いて鳴らした。「クレッセント・シップ発進。目標シラノ-5。カール・レイハントンの絶望が勝つか、我々の希望が勝つか・・・」

通信を切ったクリムは、ラライヤのG-アルケインと接触回線を開いた。

「クレッセント・シップはすぐにこちらに来るぞ。本当にいいんだな、ラライヤ」

ラライヤはそれには応えず、ミックジャックをしがみつかせたまま変形したG-アルケインを虹色の膜の中に突入させた。膜を突き抜けるとき、クリムは自分の肉体が何か別のものに変わる気がした。そして、死んだはずのミック・ジャックが自分に寄り添っているのを見た。

クリムに驚きはなかった。彼は、大気圏に突入して自分が死んだあと、ミック・ジャックとこうして再会したのを思い出した。

「そうか、これが死後の世界」彼はいった。「これが肉体を失った後の、残留思念の世界なのか」


4、


「大佐を見失った!」タノがパニックに陥った。「あの男、大佐をどこに連れ去った!」

そこに生まれ変わったカバカーリが襲い掛かった。その機体はもはやフォトン・バッテリーで動くおもちゃではなく、ジオンの機体と同等の性能を持つ何かに生まれ変わっていた。タノはルインに圧倒され、やがて背中を預けていたヘイロの姿も見失った。

タノには高エネルギー密度を持った巨大物体の接近が見えていた。彼女は恐怖に叫んだ。

「そうか、クレッセント・シップを自爆させて地球のときと同じように囹圄膜を吹き飛ばし、シラノ-5の軌道を変えようというのか。シラノ-5相手にそれをやれば、リング部分で割れて、無軌道な巨大隕石がふたつできるだけと計算できなかったか」

そこに、ベルリを追いかけていたヘイロが戻ってきた。

「ごめんなさい」彼女は謝った。「ベルリのガンダムは大佐たちを追いかけて消えてしまった」

「ヘイロ、ついてきて。残りのエネルギーでシラノ-5を加速させる。あいつら、クレッセント・シップをぶつけるつもりだ」

ふたりはルインを挟み撃ちにして動きを止めると、囹圄膜から外に出ようと戦闘区域を離れた。ところがそこにG-アルケインとミックジャックの青い機体が膜を突き破って姿を現した。ヘイロは咄嗟にG-アルケインを攻撃したが、赤い機体は白く発光してまるで鳥のような姿に変わると、一切の攻撃を受け付けずタノとヘイロの機体をすり抜けるように後方へ飛び去って行った。

「あれはなんだッ?」

タノとヘイロは白いエネルギー体がすり抜けていったのを眼で追って振り返った。しかし、確認する間もなく、タノとヘイロはルインとクリムに挟まれて戦闘を余儀なくされた。カバカーリとミックジャックの攻撃力は増し続け、タノとヘイロは圧倒され始めた。思念だけの存在に進化してから初めての経験であった。

タノは苦し紛れに叫んだ。

「お前たち、ここにいたら死ぬぞ。すぐに退避しろッ!」

ルインもクリムも彼女の声に応じようとはしなかった。ふたりの傍には愛する女性が寄り添い、ともに戦っていた。

ふたりが死ぬ気なのだと知ったヘイロは、肉体と思念を分離しないまま死を受け入れようとしている姿に、過去の記憶を想起させられた。人と愛し合ったときの記憶だった。信頼と嫉妬の感情が彼女の身体に戻ってきた。それが自分の記憶なのか、糾合した誰かの記憶なのか判然としなかった。

ヘイロの記憶の中に、馴染みある記憶が蘇ってきた。それはサラの記憶だった。クンタラだった彼女は、父とともにビーナス・グロゥブで孤立していたが、そんな彼女にスコード教信者の恋人ができた。サラはその男性に夢中になって何もかも忘れ、父に反抗的になった。彼女は父に内緒でスコード教の洗礼を受けてしまった。父は後でそのことを知ったが、そのとき彼女は死の淵にあって何もかも許すしかなくなっていた。

「なぜ・・・、これはサラの記憶なのか・・・」

ヘイロは戸惑った。彼女はサラの肉体の中に閉じ込められていたとの自覚がなかった。それなのに、アバターとして入り込んだサラの記憶はヘイロのアバターの脳に強く焼き付いていた。

「そうか、サラは父にスコード教会を作らせるために、死に際に改宗を告白してわざと死んでみせたのだ。ところが彼女は、ジオンで封印されていた強化人間の技術を蘇らせ、永遠の命を得ようとした。アバターも元はといえば、身体改造技術の産物だった・・・」

ヘイロのモビルスーツが白く発光し始めた。憎しみが繋ぎ止めていた多くの思念が彼女のところから離れていった。この現象は、タノのモビルスーツでも起こっていた。

タノの糾合された思念からいくつかの人格が分離した。絶望の怨念として糾合されていた魂が、ルインとクリムの満たされた感情に触発されて憎しみとは違う友愛の記憶を取り戻し、元の人格に戻っていこうとしていたのだ。

タノとヘイロは、自分という存在が崩れていくのを感じた。彼女たちふたりは、宇宙世紀時代のジオンのリーダーを象徴とした絶望の感情に寄り添うために糾合された人格だったのだ。個人と個人が結びついたときの、優しさと信頼に満ちた記憶が、魂の結びつきの在り方を変えていった。

「ジオンの大義を捨てて一瞬の思い出を懐かしもうというのかッ!」

タノは最後まで抵抗した。

いくつもの糾合された人格が、彼女たちから離れていった。バラバラな個人へと戻っていった思念たちは、霊魂のように白い光の玉となって空中に浮遊した。濃緑のジオンのモビルスーツは形をとどめられなくなり、白い光に包まれていった。その塊からさらにいくつもの小さな玉が離れていった。

「ヘイロ、わたしは囹圄となってクレッセント・シップを食い止める盾となる」

「わたしも行きます」

ふたりはモビルスーツの形態を捨てて、輝く光の帯となると、虹色の膜にぶつかって一体となってしまった。離れそこなった魂が虹色の膜を教化する情報の器となった。

そルインとクリムはレーザーで攻撃したが、囹圄膜は内側から攻撃してもびくともしなかった。やがて彼らにも変化は起きた。ルインはマニィと、クリムはミックと、静かに溶け合っていった。

「クレッセント・シップが来る」

マニィがそう呟いたとき、2機の元に光の粒が集まってきてひとつの形を作った。ルインとクリムは、徐々に個人であったときの記憶を失っていった。ルイン、マニィ、クリム、ミックの4人もやがてひとつの光の塊になった。その光の塊は、愛情という残留思念の繭になった。

その数分後、クレッセント・シップがシラノ-5と衝突して爆発した。

「やったか!」

攻撃を見守っていた誰もが身を乗り出してモニターに釘付けになった。巨大エネルギー同士の衝突は眩いばかりの光球となった。シラノ-5がどうなったのか。連合艦隊の中では誰もが固唾を飲んで成り行きを見守っていた。やがて光球は静かに消え去り、その中から白く輝く巨大な塊と、漆黒の巨大な塊が姿を現した。

「虹色の膜、消失! シラノ-5はリングが作られていた中央部分で破壊されふたつに分裂した模様! 軌道は変わっていません! ふたつともまっすぐ地球に向けて直進中!」

メガファウナのブリッジに悲鳴にも似た絶望の声が響き渡ったとき、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂で祈っていたウィルミットとアイーダは、大聖堂の天井付近におびただしい数の光の玉が渦巻くのを目にした。明らかに霊魂のような意思のあるものだった。

それは一斉に大聖堂の奥へ奥へと移動していく。

「やはり思念体分離装置のところへ、あの隠し部屋へ行くんです!」アイーダが叫んだ。

「でも」ウィルミットが光の玉に怯えながらいった。「ノレドさんにG-メタルを渡してしまって扉が開かないって・・・」

アイーダは光の玉を追いかけて走り出そうとしたが、ウィルミットの言葉でG-メタルのことを思い出して思いとどまった。

そのとき、ノレドの頸に掛けられていたG-メタルが輝き始めた。

「ベルリッ!」ノレドが恐怖に叫んだ。

「見ろッ!」ベルリも同時にモニターを指さした。「シラノ-5じゃないぞ。いったいここはどこなんだ?」


「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:122(Gレコ2次創作 第51話 前半)

次回、第51話「死」後半は、2022年1月15日投稿予定です。


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