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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第39話「命の船」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第39話「命の船」前半
1、
そのとき、アイーダ・スルガンは執務室の隠し部屋に設置された長距離通信機を使って弟のベルリ・ゼナムと連絡を取ろうとしていた。数日間行方不明で、突然謎の機体に乗って姿を現したという彼のことや、自らの始祖というべき初代レイハントンについて聞きたいことがあったからだ。
だが、ベルリからの応答はなく、諦めた彼女は椅子の背もたれに身体を預けてふうと息をついた。そのとき空に巨大な光球が出現して、オーロラの波紋のようなものが空を満たすのを見た。
異変に気づいた秘書のレイビオとセルビィが、念のために地下へ避難させようと飛び込んできた。そこまでは覚えていた。
そのアメリアへ向かって大気圏突入を果たしたフルムーン・シップの操舵士ステアは、光の波紋が大気圏突入に失敗した爆発によるものだと知っていた。死んだのが誰なのかはわからないが、船と呼べるほど大きなものではなく、モビルスーツであろうと想像した。
死んだのは誰なのか・・・、ステアは横で銃を構えるマニィに尋ねようとして思い直した。クンタラ解放戦線のルインの共謀者マニィとステアは、馴れ合う仲ではない。ステアはフルムーン・シップをアメリアへ運び、故郷にフォトン・バッテリーを届ける使命がある。出来れば全部、最悪半分。ステアはそこでどさくさに紛れて船を降り、アイーダに保護を求めるつもりでいた。マニィにつき合って南極まで飛ぶつもりなどなかった。
マニィは、ステアを降ろすつもりはなかった。彼女がいなければ、クンタラ解放戦線のメンバーだけでは船を南極近くの隠れ場所へ運ぶことはできない。クンタラ解放戦線にはフルムーン・シップを操舵できる者はおらず、ブリッジを占拠したメンバーだけではビーナス・グロゥブの船員を思い通りに動かすことはできないからである。マニィは、ステアを逃がさず利用するか、もしくは殺して恫喝に利用するつもりでいた。彼女は窓の外の光景に興味はなく、光の波紋を見ることはなかった。
彼女たちばかりでなく、光の波紋は世界中で観測された。多くの者がその輝きを目にした。光の波紋は地球をぐるりと一周したからである。昼の世界も夜の世界も、その輝きを観測した。だが、観測されたものが記録されることはなかった。輝きは、誰もが目にして、その記憶に止めながらも、どの記録にも残らなかった。
なぜなら、観測者としての人間の役割は、その瞬間に終わったからである。
ムーンレイスの汎用戦艦オルカに乗って、キャピタル・テリトリィにやってきていたキエル・ハイム、ハリー・オードらも同様であった。彼らはタワーの建設者メメス博士のことを調べるために南米にやってきていたが、ウィルミット・ゼナムが不在であった上に、独裁者役を任されたケルベス・ヨーがクンタラのことについてさほど詳しくなく、調査の端緒さえ掴めないまま無為に時間を過ごしていた。
ふたりは頼りにしていたカリル・カシス一行がなぜかクンタラの女たちばかりを引き連れてクラウンで宇宙へ向かったことなど知る由もなく、大空に美しい光の波紋が流れていく光景を額に手をかざして眺めていた。ふたりがこの世界の観察者であったのは、それが最後であった。
カリル・カシスとその支持者10名は、元首相秘書の肩書を使い、さらには得意の偽造書類を駆使してクラウンのチケットを入手していた。
彼女たちは伝手を使ってクンタラの若い女ばかりを集めると、臨時便として運行されることになったクラウンに飛び乗った。集められたクンタラの女たちは1000名に満たない。女たちを使ってもっと多くの仲間を集めるつもりでいたのだが、カリルは何となく胸騒ぎを感じて、自慢の大きな胸の魅力も駆使しながらクラウンの出港を早めたのだった。その勘が多くのクンタラの女性を救うことになった。
「なんだい、あの光の帯は?」
カリルは窓の外に広がる光景に驚いていた。光の波紋は遥か上空での出来事であったが、それは消え去ることはなく、地球全体を包み込んでいた。地球は光の膜に覆われ、繭のようになってしまったのだ。しかし、カリルたちはそのような光学現象について考察するほど賢くはなく、初めての宇宙への旅に浮かれたり、沈み込んだり、ザンクト・ポルトというスコード教の聖地であるがゆえにクンタラには無関係だった場所へ向かっている不思議に胸をざわつかせていた。
カリル・カシスとクンタラの女たち1000名は、2日間のクラウンの旅が、自分たちの命を救ったとは思っていなかった。彼女たちは、グルグルと不気味な模様で地球を覆った光の膜を突き抜け、ザンクト・ポルトにやってきた。
彼女たちを出迎えたのは、銃口であった。
2、
ザンクト・ポルトで光の波紋が観測されたのは、クラウンの臨時便が出港したとの連絡が届いて間もなくのことであった。
今回ばかりは運行については口を出すまいと心に誓って宇宙へ上がってきたウィルミットであったが、どうやら偽造書類で臨時便を出した人間がいると知り、またその人物が前首相ビルギーズ・シバのやり手政策秘書カリル・カシスと知って警戒を強めるとともに、管制センターへ頻繁に赴くようになっていた。
臨時便に搭乗したのが、クンタラの女ばかり1000名弱と聞いたウィルミットは、スコード教の聖地にクンタラがやってくることに不快感を感じ、すぐさまそのような心持になった自分を恥じた。クンタラだからではない、カリル・カシスだから警戒するのだと自分に言い聞かせ、彼女はクラウンが到着するのを待っていた。
そんなとき、地球の表面に説明できない現象が起こっているとの連絡があった。地球が七色の光に覆われる観測されたことのない現象が起こっているとの連絡だった。管制センターのモニターにもそれは映し出された。一見とても美しく神々しい光景であった。青い地球が七色の光に覆われていくさまは、地球への祝福とも呼べるものに思えた。
ウィルミットはクラウンの発着場にザンクト・ポルト自治警察を集合させてカリル・カシスを出迎えた。クラウンを降りてきたカリルは偽造書類のことなど悪びれずもせず、時代がかったスカートをつまんでウィルミットに挨拶をした。彼女はウィルミットも一目置く存在だった。
「地球を覆っているあれは」カリルは手錠を拒んだ。「あれは何ですの? ずいぶんと美しい光景でしたが」
「あれはまだ解析されておりませんの」ウィルミットは棘のある声で突き放した。「あなたは首相秘書官の任などとっくに放棄して姿をくらましていたはずでしょ? 国庫の金を横領したことも分かっているのですよ。よくもまぁいけしゃあしゃあと」
「あれはビルギーズ・シバ前首相から受け取った退職金です。書類に不備でもございまして? そんなことより、ご自身に手錠は掛けませんの? あなたが独裁者ケルベス・ヨーの黒幕だというのはキャピタルの人間ならばみんな知っていることでございますが」
「ケルベスはただの政府代行です」
やはり面倒な女だとウィルミットが顔をしかめていると、運航庁の部下が彼女のところへとやってきてそっと耳打ちをした。カリルは大人しく口を閉じていた。ウィルミットは横目でカリルを見やったが、やがて諦めて彼女の前に進み出た。
「どうやら容疑者として扱うには証拠が不足しているようです。 しかし地球で何かあったようなので、帰りのクラウンはこちらの許可なしには発車させないのでそのつもりでいてください」
それだけ告げると、ウィルミットは部下とともに足早に立ち去っていった。それを忌々しげに見送ったカリルは、連れてきた仲間たちをホテルに収容すると、古くから行動を共にしている10名の女たちを伴ってスコード教の教会へと向かった。彼女たちはメメス博士のメッセージがどこかにあるはずだと大聖堂に狙いをつけていたのである。
カリル・カシスを逮捕しそこなったウィルミットは、それどころではなかった。ザンクト・ポルトの管制センターに戻った彼女は、ビーナス・グロゥブの大艦隊が地球に接近しているとの情報をどうするか協議しなければならなかった。
代表が不在であったザンクト・ポルトは、物資が逼迫している現状をウィルミットに伝え、そのうえで彼女とゲル法王に地球側の代表として交渉するように依頼した。ウィルミットもこれを承知して、最悪の場合降伏することを確認した上で、大艦隊の動きを注意深く見守っていた。
だが6時間経っても艦隊は大気圏突入を果たさなかった。そして、ザンクト・ポルトのモニターに、威風堂々とした男の姿が映し出された。それが、ビーナス・グロゥブ総裁ラ・ハイデンの姿であった。
ウィルミットはこれが待ち望んだ男かと胸が高鳴るのを抑えきれなかった。その場にゲル法王の姿はなかった。彼は大聖堂にはいったきりだという。仕方なく、彼女はラ・ハイデンと応対することになった。互いを紹介する口上から始まり、互いをねぎらう言葉を掛け合ったのち、ラ・ハイデンはウィルミットにこういった。
「軌道エレベーターはまだ使用できているのか」
「はい、いまのところは」
「そうか・・・。我々の歩みが遅く、地球は閉じられてしまったようだ。おそらくはその軌道エレベーター以外で地球に侵入することはできなくなるだろう。永遠に」
ウィルミットはその言葉を一瞬理解できなかった。
「と、おっしゃいますと」
「あの光の膜は物質を通さないようだ。重力に引かれて落ちても、弾かれて軌道が変わってしまう。地球の歴史は終わったのだ。人類は戦うこともできずジオンに敗北した」
ラ・ハイデンは詳しい説明をして彼女を納得させるつもりはないようだった。その眼は遠くを見ており、ウィルミットに向かって話しながら、自分に言い聞かせているような口ぶりであった。
「ともかく、いったん大聖堂にお立ち寄りくださいますよう」
「ジオンのカール・レイハントンがこうして地球圏を彼らの望む世界に変えてしまった以上、わたしはビーナス・グロゥブの総裁として住民の保護に努めなければならない。人類最後の観察者として、わたしに言い残したいことはあるか?」
ウィルミットは何を話していいのか咄嗟に思いつかなかった。それどころか、ラ・ハイデンの言葉の半分も理解できなかったのだ。
「どうか」彼女は必死に引き留めようとした。「ゲル法王猊下とお話を。法王猊下は亡きラ・グー総裁の遺言を守り、地球において宗教改革を成し遂げようとしております。彼とわたくしたち地球人が辿り着いた法の形をどうか、お聞きいただきたいのです」
「ゲル法王・・・。ああ、ビーナス・グロゥブで説法をしてくださったあの方か。よろしい。では、彼と一見まみえ、そののちわたしは絶望を携えて生まれ故郷に帰らせていただこう」
「絶望?」
「レコンギスタの希望は潰えたと。それを皆に伝え、人のありようを今一度問わねばならない」
3、
美しい七色の光の膜は、地球を覆い尽くして晴れることはなかった。地球はまるでシャボン玉に包まれたように美しく不気味な姿へと変貌を遂げた。地球はその水に浮かんだオイルのように輝く膜の中に閉ざされた惑星となり、外からは観測できなくなった。
目視できず、電波も届かない。膜の色彩の変容で大気の動きがわかるだけであった。
その膜は、一切の科学分析を寄せつけなかった。膜が物理現象なのか光学現象なのかも検討がつかない。地球は光沢のある卵膜に覆われた胎児のような姿となり、地上の観測はまったく行えなかった。唯一、軌道エレベーターであるキャピタルタワーだけが、地球から突き出るように存在している。
キャピタル・タワーだけが、宇宙と地球とを往還できる装置として残った。ラ・ハイデンの話を聞いたクラウン運航庁は、何とかしてビクローバーとの通信を回復させようとしたが無駄だった。ザンクト・ポルトからでは地上のことは一切わからなかった。
ようやく事態を理解したウィルミットは、大聖堂でのラ・ハイデンとの会談に列席すべく、慣れないシャンクを走らせた。
大聖堂には、ザンクト・ポルトの住人たちが集まっていた。彼らは情報を欲していた。もみくしゃにされながらその対応は現地の代表に任せ、ウィルミットは息を切らしながら会見に臨んだ。会見場にいたのは、ラ・ハイデンと彼の随行員、ゲル法王と新教団の枢機卿、リリン、カリル・カシスとその仲間たちであった。
すでに話は始まっていた。ウィルミットは遅刻したのだった。代わりにリリンが話を聴いていた。ウィルミットのその傍らにそっと立った。話は続いていた。
「法王の辿り着かれた境地には敬意を払いたい」ラ・ハイデンは恭しく頭を下げた。「コミュニケーションの断絶を乗り越えるニュータイプの奇蹟がスコード教、クンタラの教えの原点であること、それらを統一させようとしていること、しかと理解した」
「では」
ゲル法王が何かを期待するように身を乗り出すのを、ラ・ハイデンは手で制した。
「そのニュータイプの奇蹟こそがタブーだったのだ。冬の宮殿というもので、アクシズの軌道を逸らした奇蹟の映像を見ることができなかったこと、それは、ジオンのシャアというものの怨念がいまなお生き続け、外宇宙でニュータイプ研究を極北まで進めたことを隠すために鍵が掛けられていただけなのだ。ニュータイプという人と人との断絶を乗り越える現象を突き詰めるとどうなるか、それを達成したら人はどうなるかを見せたくないために、カール・レイハントンが自分で鍵を掛けていた」
「トワサンガの初代王のことだと」ゲル法王はなおも食い下がった。「カール・レイハントンはトワサンガの初代王で、人間の本質を思念であるとした人物と・・・」
「肉体という殻の中に入っているもの、霊魂でも魂魄でもいいのだが、外宇宙への大航海を達成する莫大な時間でニュータイプ現象を突き詰めていくと、人は死の壁を乗り越え、肉体を持たない永遠の存在になったというのだ。いや、あなたの仕事を否定したいのではない。だが法王猊下もご覧になったはずだ。あの新しい地球の姿を。もうあの惑星には肉体を持って降りられない。あれを行ったのが、カール・レイハントン、ジオンの亡霊である。やがて月よりステュクスと呼ばれる銀色の細長い戦艦がやってきて、地球を覆い尽くすであろう。無数の銀色の戦艦が、流れる冥府の河のように地球とそれ以外とを隔てることになるだろう」
「でも、あなたさまが地球にまでやってきた理由は」ウィルミットが口を挟んだ。「何か可能性があったからなのでしょう? そうでなければ」
「可能性」ラ・ハイデンはウィルミットに向き直った。「可能性とは、神による地球の統治という虚構を作り上げることだった。それによって、神のごとき存在である彼らジオンに対抗するつもりであった。地球人はもうヘルメスの薔薇の設計図という知恵の実を食べてしまった。その事実を修正するには、ビーナス・グロゥブ人を神と仮定し、我らが直接地球を統治してやり直すしかなかった。本来の計画への回帰である。キャピタルからトワサンガを経てビーナス・グロゥブに至るまで、すべて我々が一括で管理する。その計画の中に地球人を救うことは初めから含まれていない」
「しかし、それではッ!」
「多くの人命が失われる。そう言いたいのだろうが、それは重力に魂を引かれた人間の勝手な言い分に過ぎない。もしその子の命を救いたいというのであれば、いや自身の助命を嘆願するというのであれば、ザンクト・ポルトにいる地球人だけはビーナス・グロゥブに連れて行ってもいい。あちらへ行ったところで、地球と同じことになるやもしれんが」
その子とは、ウィルミットが大事に引き寄せているリリンのことであった。この聡明な少女は、話の一切を聴いても動揺することなく、母と運命を共にするつもりのようだった。そのリリンのコートの襟には、コバシとクンが作ったマイクが仕込まれていた。
彼女たちジット団のメンバーは、ゲル法王とともにオルカを降りて一休みしていたところ、急遽ドニエルが艦を発進させてしまったためにザンクト・ポルトに取り残されていたのだ。
「あちゃー、そういうことか」クンは思わず天を仰いだ。「せっかくレコンギスタしてきたのに、もう地球には降りられず、ビーナス・グロゥブに戻れば罪人。短い夢であった」
ビーナス・グロゥブからレコンギスタを果たし、キャピタルで体験した大空襲を生き延びたジット団の同志たちは、狭い部屋でスピーカーから流れてくる音声に聞き耳を立てていた。
「降りられないってたって」コバシは首を捻った。「キャピタル・タワーがあるじゃない。あれで地球とザンクト・ポルトの往還はできるんでしょ?」
「フォトン・バッテリーを供給されないのに、タワーを使う意味はないさ。地球人は地上にへばりついて、生き残る方法を考えるしかない。その地上もどうなっているか知れたものじゃないときている。地球はもう1Gの楽園じゃない」
「あたしたちは?」
「いまキルメジット・ハイデンについていかなきゃ、2度とあいつは地球圏には来ないだろう。白旗を上げて降参するか、地球に骨を埋めるかだよ。楽園に骨を埋めるのなら本望だけど、地球があの有様では・・・」
ジット団のメンバーたちは、自らの進退を決めねばならなくなった。
ウィルミットたちと同席して話を聴いていたカリル・カシスは、キャピタル・テリトリィに何の利権もなくなったことに愕然としていた。しかし、メメス博士の話は本当だったのだ。500年前の謎の人物は、たしかにクンタラたちを救った。だとしたらまだ彼の足跡には何かが隠されているかもしれない。
「絶対にメメス博士の手掛かりを見つけてやる」カリルは呟いた。「あたしはハイデンなんて男とは違う。地をはいずり回っても大きな権力を手に入れてやるんだ。学年で一番の優等生が、クンタラだってだけで官僚にさせてもらえなかった恨みは必ず晴らしてやるよ」
与えられた猶予は12時間だけであった。ザンクト・ポルトの住人たちは、神の国に住めると聞いて移住の申し込みに殺到した。家財道具は乗せられないので身体ひとつで金星へ移住することになる。それでも彼らは地球を見限り、移住を決意した。
「何もかもが慌ただしく、思い通りになりません」
ゲル法王は、自らが辿り着いた境地に自信を持って会談に臨んだが、人としての決意では事態を変えることはできなかったことを悔やんでいた。
法王のそばにはリリンがいる。ふたりは、随行員の人間とともにビーナス・グロゥブへ移住することになったのである。ウィルミットは、リリンと一緒に移住しようかと最後まで迷っていたが、刻々と変わりつつある地球の様子に不安を持ちながらも、キャピタル・タワーがまだ生きていることが彼女の責任感を掻き立ててしまった。彼女はタワーを捨てて移住することはできなかった。
「法王さま、どうかリリンと、そしてベルリの行く末を」
「できる限りのことは」
そう約束してゲル法王はクレッセント・シップに乗船し、慌ただしく旅立っていったのだった。船にはクン・スーンとコバシの姿もあった。彼らはいまだ修復が続くシー・デスクの修理に参加することを条件に恩赦を勝ち取り、レコンギスタの夢破れ、金星へと戻っていった。
ビーナス・グロゥブの船団に加わらなかったのは、ウィルミットと運航庁の職員数名、月で艦隊に加わっていたチーム・カル、カリル・カシスとクンタラの女性1000名であった。ウィルミットは機を見るに敏なカリルが、この状況で残ったことを不思議に思っていたが、カリルはさっそくザンクト・ポルトの支配権を要求してきた。
「ウィルミット閣下にはタワーがありますでしょ。ムーンレイスの方々には月がある。でしたら私たちクンタラにザンクト・ポルトを与えていただいてもいいのじゃありませんこと。チーム・カルの方々はトワサンガの人たちで、男性ばかり。こちらは女性ばかり。何をしなきゃいけないかは一目瞭然」
カリルはチーム・カルが男ばかりであることに目をつけ、女たちを使って仲間に引き入れていたのだった。
「支配とか、そういうことはいったんお互いにやめましょう」ウィルミットは怒りを堪えていった。「トワサンガのチーム・カルのみなさんには、タワーの保全をやっていただくしかないので、ザンクト・ポルトに居住していただかねばなりません。居住者の間でどなたを代表にするかは、そちらで話し合って決めていただければけっこう。とにかく、タワーで地球に降りて、現在の地球の状況を確認せねば。もしかしたら何事もなく生活しているのかも」
そんな彼女の願いも虚しく、ザンクト・ポルトは地球圏の異変をキャッチした。
七色の光の膜に覆われた地球のどこかで、巨大な爆発が起こったのだ。その爆発はフルムーン・シップの自爆によるものであった。
フォトン・バッテリーを満載したフルムーン・シップの自爆装置が作動したことで、とてつもない大爆発が起こり、輝きの後に巻き起こった爆風は、強固なキャピタル・タワーにも激しく不気味な振動を加えた。地球を覆った七色の膜は、その下で起こった大異変がどれだけすさまじいものであるか、隠してはくれなかった。光の膜の下で、地球はまるで木星のような不気味な姿へと変貌を遂げていた。
むろんタワーの運航などできるはずもなく、人類の生き残りは地球から突き出た待ち針の頭のようなザンクト・ポルトで、蓄えられた食料を分け合いながら数か月を過ごさねばならなかった。幸いなことに、チーム・カルの働きによって、ザンクト・ポルトが機能停止に陥ることはなかった。
震えて眠る日々が続くなか、人類のわずかな生き残りたちは、シルヴァー・シップ、ステュクスと呼ばれる戦艦が月から大挙して押し寄せてくるのを見ることになった。
ジムカーオ大佐がたった独りで操ったとされる細長い装飾の欠片もない戦艦たちは、地球に到着するや、光の膜のさらに上空を、海を泳ぐ魚群のように周回した。その魚影はザンクト・ポルトを時折掠めたが、決してぶつかることはなかった。
爆風は地球を何周もしたが、やがて収束した。
地球は光の膜の下で、ゆっくりと本来の姿を取り戻していった。大地を震わし、吹き荒れた暴風が鎮まると、舞い上げられた砂塵がゆっくりと地上に落ちた。爆発の影響が収まったとき。地球は真っ白に凍結していた。
4、
ベルリとノレドは、カール・レイハントンに与えられたガンダムというモビルスーツのコクピットの中で身を寄せ合っていた。
冬の神殿の中で、ふたりは戦いの本質が「アクシズの奇蹟」に遡るものであることを確認し合った。人類に絶望して急進改革を欲した敗北者たちの末裔が、宇宙を放浪するうちに、科学的な魂の解脱を発見して、その成果を携えて地球圏へと舞い戻った。
彼らが望んでいるものは、地球の支配であるが、それは人間を支配することではなく、地球環境の唯一の観測者となることであった。永遠の命を得た者たちにとって、もう人間は必要なくなった。人間は環境に一切の負荷を与えることなく思念体として実在して、地球環境の悠久の変化を観測できる立場へと進化した。
「ぼくらは、宇宙から何者かが戻ってくるイメージと戦っている」ベルリは呟いた。「クンパ大佐は、神によって定められた秩序に人間の競争原理を持ち込んだ。それは宇宙世紀時代の活力への羨望であった。ジムカーオ大佐は、神と人とが和解する機運が芽生えたところにルサンチマンを持ち込んだ。それは黒歴史時代の差別への怨嗟だった。そして、カール・レイハントンは、新たな秩序を模索しているところに、人間の理想を持ち込んだ」
「ベルリの中であれは理想なんだ」
「おそらく。ジオンが夢見た理想の実現なんだ。どんな栄えた種族も、いずれ遺伝子が劣化して絶滅してしまう。地球で永遠に栄える種族はいない。しかし人間は、人間という種族を栄えさせながら、地球環境に組み込まれることなくどんどん外れていって、地球を窒息させ始めた。それを、宇宙移民たちの合理主義で克服していこうとしたのがジオンの理想だった」
「ベルリはレイハントンと思考を同期したんだもんね」
「うん。彼らの理想主義が、宇宙の果てで極北まで突き進んで、地球にレコンギスタしてきたんだ。クンパ大佐も、ジムカーオ大佐も、カール・レイハントンも、あるいはムーンレイスも、宇宙の果てから戻ってきた人たちだ。みんな、地球人の現状とはまったく違う理屈で行動している。ぼくら、現在の地球で生まれた人間たちは、自分たちのイメージとは違う枠組みのイメージと戦っているんだよ。500年前のムーンレイスも、クンパ大佐も、ジムカーオ大佐も、地球という重力に飲み込まれる形で彼らのイメージを雲散霧消させて終わっている。でも・・・」
「カール・レイハントンは違うね。厄介だ」
「そう。彼はビーナス・グロゥブのヘルメス財団の理想を手伝う形で500年前に実体化して、彼らの夢が完全に壊れるのを待って再び出現した。そしてヘルメス財団とは違う形の、違うイメージの理想を提示した。それは彼らの存在から、より神に近いものだった」
「スコード教が作っていた秩序より神さまっぽい」
「霊魂みたいなものだからね。話を聞いたラ・ハイデンは、レイハントンに対抗する形でもう一度ヘルメス財団の理想を再構築するために地球にやってきたんだと思う。彼の厳しい人柄は、ぼくの提案した再構築の内容では満足しなかった。ヘルメスの薔薇の設計図が回収されるあてがない以上、彼は以前のフォトン・バッテリーを供給する世界には戻れないと考えていた」
「宇宙からか・・・」ノレドはふうと溜息をついた。「でも、カール・レイハントンを退けなければ、あたしたちはもう終わりなんでしょ?」
「たぶんね」ベルリはううんと唸って腕を組んだ。「カール・レイハントンは、人間という種族が地球に存在することを許されるのは、観察者としての役割を果たす場合に限られると考えている。例えば、地球のあちこちにドーム型の閉鎖空間を作って、そこにイノセントとして暮らしながら地球を観察する。閉鎖空間はスペースコロニーのように独立した環境になっていて、地球環境に負荷は与えない。そうした人間の理想的な形が、ニュータイプ研究によって思念を分離できることに気づいて、先鋭化したんだ。極端な話、太陽が終焉を迎えて膨張し始め、それに地球が飲み込まれることがあっても、思念体としての彼らなら観察できる。ずっとこの空間にとどまり続けることができるんだから」
「スペースノイドとしての自覚が、アースノイドのナチュラリズムを否定したって話だ」
「そう。人間は観察者であればよく、地球環境に関与してはならない。そのためには、肉体は必要ないんだ。肉体の欲求が、環境を破壊するのだから」
「さっきの話でさ、独立環境型のコロニーを作って、地球を観察するって話があったじゃない。彼らがイノセントとして観察する外側の世界には、人間はいるのかな? 例えば、シビリアンみたいな形で」
「それなんだよ」ベルリはノレドが差し出したクッキーに噛りついた。「人間を否定したときに、神の視点で観察する人間と、動物としての人間は共存するのかという問題なんだ。動物としての人間に知恵がなければ、ジャングルのサルと一緒なんだから観察対象になり得る。でも人間は、知恵を失うことの方が難しい。黒歴史の暗黒時代から結局はいまのような世界になっていったわけだし」
「カール・レイハントンに結論は出ているのかな? ベルリはどう思ってる?」
「もし、完全に人間を絶滅させるつもりなら、なぜメメス博士の要求を突っぱねなかったんだろうって。メメス博士はクンタラで、それは食べられる人間としてのクンタラじゃなくて、スコード教とは違う宗教を持つ人たちの総称のつもりで話しているんだけど、クンタラの自分たちは肉体を失うわけにはいかない。あなたに恭順するから、わたしたちの皇帝となって庇護してくださいと頼まれて、認めているんだ」
「皇帝というのはそういう意味だったんだ」
「そうなんだよ。メメス博士はカール・レイハントンがやりたがっていることを見抜いていた。しかし、ヘルメス財団の理想が潰えてレイハントンの計画が動き始めるのは、自分が死んだ遥かはるか先になる。そのときに、クンタラを助ける存在になってくださいと、500年も前に頼み込んで、自分の娘と彼のアバターの間に子供まで作らせて」
「それがベルリとアイーダさんの祖先なんだね」
「うん。あの人は、クンタラを地球のシビリアンにするつもりだったのかって」
そのときだった。ガンダムが通信をキャッチした。その周波数は、アイーダがベルリに秘密の通信を送ってくるときのものだった。ベルリは慌てて回線を開こうとしたが、慣れない機体に手間取っている間に強いイメージの波動が襲ってきた。
そのイメージは、絶望と安堵が入り混じった複雑なものだった。ノレドが叫んだ。
「クリム・ニック!」
「クリム・ニックが死んだ?」
それは死の波動だった。だが、何かが違う。アイーダからの通信は途絶えた。ふたりの胸は、サンドペーパーのようなザラザラした何かに包まれていくようだった。そしてまた、彼らを乗せたガンダムは、不可解なジャンプをした。ガンダムは漆黒の闇と光が照らす光沢の世界へ戻った。
目の前には深紅のモビルスーツがジッとベルリたちを窺っていた。
「さあ、大佐の狩りの時間よ」
チムチャップ・タノの機体が先に動いた。太陽光線に輝く彼女の濃緑の機体がベルリたちに襲い掛かってくる。それをわずかにいなしたベルリは、ノレドがコクピットに詰め込んだ食糧がグルグルと目の前を回転することに悲鳴を上げた。
「なんでこんなにたくさん!」
「自分だって食べたじゃん!」
これでは戦えないと距離を置いたベルリは、深紅の機体の背後に青く輝く地球を見た。地球はごくごく小さな靄のもうなものが大きく拡がっていくところであった。あれがクリムが死んだ痕跡だと、ふたりは確信した。なぜそう思ったのか、彼らにもよくわからない。地球の青い輝きは、虹色の靄のようなものに覆われ、次第に失われていった。
「地球に何をしたんだ、カール・レイハントンッ!」
カイザルとガンダムは同じ距離を保って真っ直ぐに正対したまま、クルクルと回転した。
ベルリとノレドには確かにカール・レイハントンの若々しい声が聞こえた。それは頭の中に響いてくるようだった。
「さぁ、お前もわたしと同じように死者の世界から甦れ、ガンダムッ!」

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第38話「神々の侵略」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第38話「神々の侵略」後半
1、
アイーダは大きな思い違いをしていた。アメリアで育った彼女は、クンタラへの差別に対し、その酷さについて徹底した教育を受けていた。情操教育の一環として刷り込まれたクンタラ差別は、心にトラウマを植え付けるほどで、クンタラ差別は絶対的な悪として彼女の心を支配していた。
アメリアのクンタラは、数こそ少数派であるものの、その差別の歴史を逆手に取って政治闘争に打ち勝ち、都市部の土地の占有や金融の支配を通じ、この国で最も力のある圧力団体になっていた。大統領派との政治闘争を余儀なくされるアイーダが、まず最初に頼ったのは、父であるグシオン・スルガンの有力な後援者であった彼らであった。
アイーダにとって彼らクンタラは永遠の弱者であった。だからこそ支援せねばならないし、差別という因習は撲滅しなければならないと思っていた。
彼女にとって、ゲル法王が悟るに至ったスコードとクンタラの教義の一致は、人類社会を大きく前進させる画期的なものであった。アイーダは、アメリアの自分の後援者は、ゲル法王の新しい教義と新しい宗教団体は喜ばれ、受け入れられるものと信じ切っていた。
しかし、実態はそうではなかった。
「スコードとクンタラが同じもので、人類がみな平等とは、少々虫が良すぎるのではありませんかな。スコード教和解派などというが、自分がスコード教を追い出されたので新しい教団を作っただけに決まっている」
「彼らは教団やら教会がないと信仰した気にならないのでしょう。彼らは形ばかり。我々クンタラのような、魂の宗教じゃない。求めるのは物質ばかりだ」
アイーダに呼び出されて、カリル・カシスに会うことになった後援会の代表4人は、いまアメリアで起きていることに苦虫を噛み潰したような表情になっていた。アメリアでは、キャピタル・テリトリィからやってきたゲル法王の唱える人類の融和が大ブームとなっていたのである。
新しい宗教によってスコード教徒とクンタラ教徒が一緒になり、差別の因習を乗り越えようと大きなうねりが生まれていた。
その煽りを受け、クンタラが行い、半ば利権化していた同和教育はやめようとの機運が生まれていたのだ。同和教育は古臭いもので、差別を固定化するだけだとの意見が出始めていた。
「何百年、何千年と我々を差別してきながら、ちょっと宇宙の誰かさんと会っただけで、明日からいままでのことがチャラになる、そんなものではないでしょう?」
「左様」白い顎髭を蓄えた老人が相槌を打った。「1000年差別してきたのなら、1000年謝り続けてもらわねば釣り合わぬというものだ。まだ同和教育が始まってたかだか500年。あと500年は地面に額をこすりつけてもらわねば」
「しかも、新しい宗教の法王はまた自分だという。クンタラ差別がなくなったというのなら、クンタラを法王にしてみればいいのだ。出来るわけがない。そんなことは考えもしないくせに、いけしゃあしゃあと明日からみな平等です、仲良くしましょうもないものだ」
「ニューヨークが壊滅しただけで大損害なのに、ワシントンまで引っ越しさせて、街を再建する費用を出せだの、いいようにこき使われてしまいにはこれだ! 小娘が、こちらの言うことを何でもハイハイと聞いていればいいものを!」
「もうそれくらいにしておけ、総監さまのお出ましだ」
アイーダはキエル・ハイムひとりを伴って現れた。一緒にキャピタル・テリトリィに赴くハリー・オードはオルカをいつでも飛ばせるように準備していた。そしてカリル・カシスは、彼らとの会見を断り、仲間とともに準備があるからとオルカに巨大な荷物を運びこんでいた。
肝心のカリルがいなくなったことで、アイーダはクンタラの支援者の誰かひとりをキャピタルに随行させようと考えていた。
「これは、姫さま」
白い顎髭の老人、グールド翁がアイーダの手を取って口づけをした。彼はキエルにも同じようにした。
「みなさんの中で、メメス博士という人物を知っていらっしゃる方はおられませんか?」
4人は顔を見合わせたが、誰もその名について知っている者はいなかった。ちょっとガッカリしたアイーダであったが、気を取り直してキエル・ハイムを紹介した。
キエル・ハイムの名は、4人のいずれも知っていた。彼らはアメリアで出版された「クンタラの証言 今来と古来」のことを知っていたからであった。詳しく説明しようとするアイーダを、キエルは手で制した。キエルは4人の表情に含むところを感じ取っていた。
アイーダは何のことかわからずにいたが、気を取り直して本題に入った。
「宇宙からさる高貴なお方が地球に来られるかもしれず、そのメメス博士のことを詳しく調査せねばならなくなったのです。アメリアのクンタラの代表として、みなさんにはその調査に参加していただきたいのです」
4人は顔を見合わせ、明らかに乗り気ではなさそうだった。彼らは義務意識の強いアイーダに付き合わされて、負担ばかり増えていくことに耐えられなかった。言葉とは裏腹に、彼らにとってクンタラという身分は、自己防衛に使える便利な衣服であり、心を支えるようなものではなかったのだ。
グールド翁が、自分は引退した身であるからと調査の協力を申し出た。アイーダは頷いて、彼をハリー・オードが待つオルカへと案内した。
西から吹き付けてくる潮風が、遅れて船に乗り込む者たちの髪を巻き上げた。
「こちらは」アイーダがキエルに老人を紹介した。「グールド翁といいます。多くのメディアで社主をされております」
「グールド翁、よろしくお願いします。キエル・ハイムと申します」
「あなたは」グールドは息を切らしながら階段を上った。「あのキエル・ハイムの子孫で、同名を名付けられたということでよろしいのかな」
「わたしはあの方で、あの方はわたしです」
そう答えたキエルの言葉に、グールド翁は首を捻るばかりであった。彼らの乗った船は、一路キャピタル・テリトリィを目指した。
2、
カリル・カシスは、孤児のころから彼女を慕って集まってきた若いクンタラの女性10人とともに、一足先にオルカに乗り込んでいた。いま彼女たちは、大きな荷物を運び入れた狭い一室に集まって聞き耳を立てていた。ひとりがヘッドセットをつけてマイクでしきりに呼び掛けている。
彼女たちの顔がパッと輝いた。応答があったのだ。スピーカー越しに聞こえてきたのは、ルイン・リーの声であった。ルインの驚いた声が室内に響いた。
「まさかこの回線をいまだに使っている人間がいるとは思わなかった」
彼がゴンドワンでクンタラ解放戦線として行動していたころ、カリルはジムカーオの命令をルインに伝達する役割を負っていたのだ。彼女たちがオルカに運び入れたのは、アグテックのタブーにされている長距離通信装置であり、アイーダが所持しているものと同じであった。
カリルは、ビーナス・グロゥブに流刑になっているはずのルインが地球圏にいることに驚いた。地球にやってきているというビーナス・グロゥブ艦隊と行動を共にしているのかと思いきや、ルインの答えはまったく意外なものだった。
「わたしは人類が半年間で使用するフォトン・バッテリーとそれを満載したフルムーン・シップという惑星間航行船、高性能モビルスーツ、それにビーナス・グロゥブ製の巡洋艦を手に入れた。ジムカーオ大佐が反乱を起こしたおり、あなたには良くしていただいた。いまはどちらにおられるのか」
カリルはキャピタルの政治体制を崩壊させたのちに自分が仲間とともにアメリアへ出奔したことと、アイーダに懇願されてムーンレイスの戦艦でキャピタル・テリトリィに向かっていることを話した。
「ムーンレイスの船とあらば、あのスモーとかいうモビルスーツがあるはずだな。これは厄介なことになった」
「キャピタルを制圧するおつもりで?」
「いずれはそうだが、流刑となって以来、我々はほとんどの時間を宇宙船の中で過ごしている。どこかで休息を取らせねば兵が参ってしまう。南極寄りのどこかで休息を取ろうと思っていたのだが」
「ではそうなさいませ。その間にわたくしがキャピタルに残っているクンタラたちに、ルイン・リーがフォトン・バッテリーを携えて帰ってくると焚きつけておきましょう。ウィルミット長官に土地の権利を剥奪されたキャピタルのクンタラは、またかつての虐げられた状態に逆戻りしています。彼らに必要なのはあなたのような英雄です。わたくしもできる限りのことをしてお待ちしております」
「かたじけない。おそらくは1週間ほど兵を休ませることになるだろう」
通信機を切ったカリルは、自分に残された時間が1週間しかないことに焦った。彼女の目的は、キャピタル・テリトリィの支配者になることだった。通信を切った彼女は、眼鏡をかけた女性にいま1度念を押すように尋ねた。
「あんたのメメス博士の話は本当なんだろうね? 『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』」
「本当かどうかはわからないけど、昔おじいちゃんに聞いたことがあって」
「空から恐怖の大王が降りてくるって?」
「大王じゃなくって、たしか皇帝だと言ってました。闇の皇帝が空から降りてくるから、『クンタラたちはメメスの名前を聞いたらすぐにタワーで星の世界へ逃げてこい』って。宇宙にはクンタラが生き延びる世界があって、闇の皇帝が地球を滅ぼした後の世界はクンタラのものだって。これ、ビグローバーが改修される前は壁に古代文字で書かれていたって話で、改修で消されてしまったとか。ウチのおじいちゃんは改修の労働者だったから古代文字を書き写して、あとで詳しい人に読んでもらったって」
「こういうのはなんでわかりやすく懇切丁寧に遺してくれないんだろうねぇ」カリルは溜息をつきながら両手を組んで大きな胸を持ち上げた。「要するにこうだろ。神様やら皇帝やらが地球に降りてくると地球は終わり。クンタラはタワーで宇宙へ逃げる。そこには楽園がある。皇帝を穴に押し込める。そして地球はあたしたちクンタラのものになる」
「たぶん・・・」眼鏡の女は首を傾げながら自信なさげに肯定した。「キャピタル・タワーは、地球に万一のことがあっても宇宙船に乗せてもらえないクンタラたちの避難装置みたいなものじゃないかと」
「どう考えたってあたしたちの勝ちじゃないか。人間はクンタラ以外は神様や闇の皇帝に滅ぼされるんだよ。地球が全部クンタラのものになる。こんな痛快な話はないね! あたしは地上のクンタラを導いて、クンタラの指導者になる。そして、地上にクンタラだけの理想の世界を作ってみせるよ。あんたたち、みんな力を貸すんだよ!」
はい、お姐さまと唱和する威勢のいい声が、部屋の外にまで響いた。
3、
フルムーン・シップを脱出してトワサンガの高速船に乗り移ったクンタラ解放戦線のメンバーたちは、その船では大気圏突入ができないことを知らなかった。
彼らの船は大気圏上空で燃え尽き、大爆発を起こした。フルムーン・シップのモニターでそれを確認したステアは、おもわず目を逸らした。
彼らが死んだことで、フルムーン・シップがビーナス・グロゥブの船員たちに奪い返されたことをルインに知らせる人間がいなくなった。ヘルメス財団の人間が死ぬことでラ・ハイデンの意思は誰にも伝わらず、ギャラ・コンテが死ぬことでトワサンガで起きた愛国運動の情報は失われた。人の死は、人と人との断絶を大きくするばかりだった。
艦隊に戻るか、アメリアへ向かうかで揉めていたフルムーン・シップは、いったんザンクト・ポルトに落ち着くことになった。
本当は誰しも船を降りて一服したいところであったのだが、船はビーナス・グロゥブの住人と地球人の混成で運用されており、意見がまとまらない有様だった。人と人は対立し合ったまま、疑心暗鬼を解消することができずに、双方睨み合う形で乗員は船内に留まっていた。
キャピタル・テリトリィのゲル法王を通じて通告されるはずだったフルムーン・シップの自爆の話は、彼らには伝わっていない。その親書はルインの手にあり、ルインはギャラ・コンテに聞いたままキャピタルにいるトワサンガ元代表ジャン・ビョン・ハザムに届ける気でいる。
しかもルインは、ラ・ハイデンの言葉は脅かしに過ぎないと高をくくり、フォトン・バッテリーを使用するつもりであった。ルインがヘルメス財団から奪った船は、いま南極にほど近い地点に身を潜めて、フルムーン・シップの到着を待っていた。
いったん落ち着いた雰囲気になったフルムーン・シップでは、船員たちが交代で食事を摂ることになった。ステアは2人分を手にしてブリッジに戻り、猿ぐつわを噛まされたままだったマニィに与えた。身体はグルグル巻きにされたままだったので、ステアがスプーンですくって彼女に食事を与えた。
「あんたさ」ステアがいった。「子供をビーナス・グロゥブに置いてきたんだろ? いったいどういうつもりなんだい?」
マニィははじめこそ無視して差し出されたスプーンに食らいつくだけだったが、子供のことは気掛かりだったらしく、ステアには自分の気持ちを話してしまうことに決めたようだった。
「ビーナス・グロゥブには、クンタラはいないんだって。だから、あそこで普通の人間として育ててもらうことにしたんだ」
「あんただって普通の人間じゃないか」ステアは呆れた表情になった。「みんな普通の人間ばかりさ。普通じゃないのは、あのカール・レイハントンだけだろ」
「アメリア人のあんたにはわからないんだ」
「なんでさ。クンタラなんて、自分がそう思い込まなければ別にどうってことはないじゃん。現にノレドはクンタラだけどスコード教徒で、普通の人間として生きている」
「キャピタルはそうじゃないんだよ」
「そんな古い風習はいつか変わるのに。アイーダだってベルリだって、そんなものはなくしてしまいたいと思っているだろう?」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。自分の子供には『クンタラのくせに』なんていわれ方はしてほしくない。だってあの子には何の罪もないんだから」
「そんな理由でビーナス・グロゥブに置いてきたって・・・。あんた、もしかして死ぬつもりで来たのかい?」
「そうかもしれない」マニィは否定しなかった。「もうあたしもルインも、罪を重ねすぎた。あたしたちは、カーバを目指す。そのために罪を作って地獄に堕ちるならそれでもいい。でも、あの子には罪はない。だから、あたしは・・・」
ステアがスプーンを差し出しても、マニィは首を横に振るばかりになってしまった。ステアは諦めてトレイを片付けた。ステアは、ルインという男はマスクとしてしか知らない。横暴で粗野なあんな男のために、ひとりの女性が泣くのは許しがたいことだった。
マニィの処分すら決まらないうちに、ザンクト・ポルトから使節団がやってきた。彼らにはビーナス・グロゥブの船員が対応することになり、地球人は口を利いてはいけない決まりが作られた。ステアはそんな彼らの態度に、ビーナス・グロゥブに差別がないという話の信憑性を疑った。
やってきたのは、ウィルミット・ゼナムとゲル法王とその随行員であった。ウィルミットはこの船にラ・ハイデンが乗船しているものと思い込んでいたようで、いないとわかるとガッカリした様子であった。彼女は気を取り直して船をキャピタルに招聘したいと申し出た。
「お話はありがたいのですが、そうしたことは総裁がお決めになることでして」
ウィルミットとゲル法王は、キャピタル・テリトリィの代表とされている人物だったので、ビーナス・グロゥブ側は副官が対応した。
ウィルミットはこの返答にも失望した様子だった。彼女は艦長席に縛り付けられているマニィの姿を認めた。ノレドと一緒に行動することの多かったマニィが、クンタラ解放戦線のメンバーとしてテロ活動に身を投じたことはウィルミットも承知していたが、国民である彼女を放っておくことはできなかった。
「マニィ・リーはキャピタル・テリトリィの国民ですので、できれば拘束を解いて身柄を引き渡してはいただけないでしょうか?」
「いえ」副官は首を横に振った。「反乱罪は重罪ですので」
「そうですか」取り付く島もない態度にウィルミットはさらに落胆した。「ときに、キャピタル・テリトリィでは、ラ・ハイデン閣下がキャピタルからビーナス・グロゥブまでの一括支配体制を構築するのではないかとの噂があるのですが、何かお話は伺っておりませんでしょうか?」
突然のぶしつけな質問に驚きを隠せなかった副官であったが、地球人を憐れむ気持ちもあり、本当のことを少しだけ伝える決心をしたようだった。
「支配体制のようなものは、それほど重要ではないのです。大切なのは、ヘルメスの薔薇の設計図の回収です。これができない限り、そちらが望んでいるような事態には進まないでしょう」
これを聞きとがめたのはゲル法王であった。
「どうか、お願いがあるのです。ゲル・トリメデストス・ナグが重要な発見をしたと。わたしが、ラ・グー前総裁との約束を果たしたと。どうかどうか、ラ・ハイデン閣下にお伝えしていただきたい」
「それは必ずお伝えすると約束いたしましょう。しかし、ヘルメスの薔薇の設計図が回収されない限り、ビーナス・グロゥブが取り得る対応は限られてくるのだとお察しください」
副官はそれだけ告げると、ふたりを船から降ろした。
フルムーン・シップを降りエアロックを抜けたゲル法王は、焦燥の色を隠せなかった。しかもふたりが艦を降りるなり、フルムーン・シップは宙域から離脱して地球に向けて降下を始めたのだった。
4、
月に残ったカル・フサイたちエンジニアは、ビーナス・グロゥブ艦隊の攻撃が乗り込んできて間もなく降伏していた。
月を制圧したビーナス・グロゥブ艦隊のラ・ハイデンは、そこがすでに無人に近い状態であることに安堵しながら、カル・フサイらに月面基地の成り立ちについて説明を受けた。月面着陸から始まる月開発の歴史を一通り聞いたラ・ハイデンは、カル・フサイらを拘束するようなことはせず、フラミニア・カッレと同じように自分の傍にアドバイザーとして配した。
エンジニアのカルは、ラ・ハイデンに少し気後れしながらも、ベルリに託った話を伝えた。それは地球にこれから起こることであった。
「全球凍結?」ラ・ハイデンは首を捻った。「地球のような大きな惑星がひとりでに凍ってしまうというのか?」
「周期的なものなので不思議な現象でも、特別な現象でもないのです。ただこれから地球は全球凍結に向かい、赤道付近以外の人類の居住は不可能になります」
「それに対するアースノイドの行動計画はどのようなものか聞かせて欲しい」
「ありません」
「ない?」ラ・ハイデンは驚いて目を瞠った。「地球は全域に人類が散らばって暮らしているはずだ。居住可能区域が赤道付近に限定されるのならば、早急に移住計画と面積当たりの食糧増産、配給制度について行動指針がなければ対応できないはずだが」
「いや」カルは背中に汗が噴き出すのを感じていた。「世界政府というものがないので、そのような行動指針はございません」
「キャピタルは何をしているのか?」
「キャピタルはキャピタルのことで精一杯なのでございましょう。いやしかし、ビーナス・グロゥブからエネルギーの供給を受けられた場合、全球凍結になっても世界各地に居住コロニーを建設して現状の政治体制でも各民族は生き続けることが可能になるはずなのです。ぜひ閣下には、そのようなこともご配慮いただきたく・・・」
「居住不適格な地域にコロニーを建設してそこで暮らすということは、アースノイドがスペースノイドのように強い義務意識をもってそれを維持する大きな責務を背負って生きるようになるということだ。例えばそれが可能だとしよう。だが、赤道付近に暮らす者とコロニーに暮らす者との間の格差はどうなる? 赤道付近の居住地を手に入れた人間は遊んで暮らし、コロニーに住む人間は厳しい生活を自らに課すしか生きるすべはない。もしそのような世界になるのだとしたら、宇宙世紀初期にあったアースノイドとスペースノイドの対立が地球上で再現されてしまうことになる。違うか?」
「あ、いえ、その通りかと」
「ジオンと連邦の戦いと同じではないか。では伺うが、赤道付近の居住可能地域は、誰がどのように統治するのだ? 先住民か?」
カルは、これはまずいことになったと全身に大汗をかいた。
「まだ何も決まってはおりませんが・・・、先例では、良い土地は、戦争に勝った集団が支配してきました。閣下はお気に召さないかもしれませんが、それが自然の摂理というものでございまして」
「より屈強で、より弁が立ち、より科学が発達し、より狡賢く、汚く手に入れた物を神の恵みだと自分にウソをつける人間が地球の支配者になるわけか」
「そうならないように、そうであってはならないからと、スコード教のようなものがあり、ビーナス・グロゥブの方々の意向を汲む形で人類は発展していかねばならないと・・・」
「うむ。ありがとう。あなたは誠実な人間のようだ。部屋を与えるので少し休んでもらいたい」
「いえ」カルは食い下がった。「どうか、地球人を見捨てないでいただきたい」
「わかっている」ラ・ハイデンはモニターに映った地球の小さな姿に目をやった。「全球凍結の話を伺って、いまの地球に必要なのはやはり神であることがよく理解できた。地球にヘルメスの薔薇の設計図がばら撒かれてしまい、赤道上にある限られた土地は戦争によって奪い合うことになるというのならば、やはり人類はビーナス・グロゥブが計画的に支配するしかなさそうだ。ところで、全球凍結というのは一体何年ほど続くものなのだろうか?」
「はっきりと予測できないのですが、おそらくは1万2千年ほどではないかと・・・」
カルの言葉を聞いたラ・ハイデンは、杖でコツンと床を叩いた。
「カール・レイハントンがやりたいことが少しわかった。ビーナス・グロゥブの同志たちよ、月面基地の破壊は延期し、艦隊は直ちにキャピタル・テリトリィに進軍する。アースノイドから自治権を剥奪し、従わない民族はすべて絶滅させる。」
5、
フルムーン・シップの副艦長がブリッジを離れたわずかな隙に、ステアと、彼女によって縄をほどかれたマニィが協力してブリッジを再占拠した。
「こんなことをして何になるんだよ」
マニィに銃を突き付けられたブリッジクルーは、情けなさそうな声で訴えた。
「地球にはフォトン・バッテリーが必要なんだよッ!」ステアが怒鳴り返した。「みんな待ってるんだ。あたしはフォトン・バッテリーのためにこの船の操舵士になったんだから、フルムーン・シップの分だけでもアメリアに持っていく!」
フルムーン・シップの大気圏降下に驚いたのは、戦艦オルカを任されたドニエルも一緒だった。
ドニエルはウィルミットとゲル法王、それにクン・スーンらジット団のメンバーをザンクト・ポルトに残したまま慌てて出撃して、フルムーン・シップを追いかけた。オルカの中は急な出撃にてんやわんやの有様で、特にスタンバイ命令の出たモビルスーツデッキはわけがわからないままパイロットが操縦席に乗り込んだ。
ステアとマニィは、アメリアとクンタラ解放戦線でフルムーン・シップのフォトン・バッテリーを半分ずつ分け合うことで合意したのだった。巨大運搬船を動かすことのできないマニィたちは、まずアメリアで半分荷物を降ろし、その後南極まで船を移動させる条件で手を組むことになった。
地球へ向けて降下していくフルムーン・シップを、ドニエルのオルカが追いかけ、さらにずっと後方にはビーナス・グロゥブ艦隊が地球へ向けて移動していた。
大気との摩擦熱で真っ赤に燃えるフルムーン・シップとオルカ。
その地点から1万キロ離れた場所で、同じように大気圏突入を試みている機体があった。クリム・ニックが搭乗するMSミックジャックであった。
彼は一緒だったトワサンガの高速艇がクンタラ解放戦線に乗っ取られた際に船とのドッキングを解いて、単独で地球までの飛行を乗り切り、モビルスーツを覆っていた推進装置を切り離すと大気圏突入用の機体の外殻を頼りにあてどもなく地球への降下を試みたのだった。
彼はどこを目指して飛んでいるわけではない。ただ、後期型サイコミュを上手く使いこなせばミック・ジャックの思念とコンタクトできるとの言葉にすがっていたのだ。サイコミュは激しく作動していた。自分のコクピットの様子が違うことは分かったが、クリムにはサイコミュの知識がなく、なぜ大きな動作音を立てているのか理解が及ばなかった。
サイコミュを作動させているのは、トワサンガのカイザルの中で眠るカール・レイハントンであった。彼はクリム・ニックがミックジャックを離れてカイザルに近づいてきた時間を利用して、クリムの機体のサイコミュに細工を仕掛けていたのだった。
「上手くいくかな?」
レイハントンは傍にはべるサラ・チョップに尋ねた。サラは上手くいくでしょうと応えて、カイザルのコクピットから出ていった。
コクピットのひとり残されたカール・レイハントンは、誰に同期するわけでもなく、誰に伝えるわけでもなく、独り言を呟いた。
「サイコミュは、此岸と彼岸の境界を曖昧にしていく。ついに地球は閉じられるのだ」
摩擦熱と圧縮されプラズマ化した空気で真っ赤に燃えるミックジャックの中は、異常を示す警報が鳴り響いていた。コクピットの温度はみるみるうちに上昇し、フォトン・バッテリーが耐えうる限界値が近づいたことを警報音が知らせていた。彼はその音を、意識の遠くで聴いていた。
まさか自分がこんなつまらない死に方をするとは思わず、クリムは脱力したまますべてを成り行きに任せると覚悟しているようだった。
「これでお前の所へ行けるのか」クリムは呟いた。「ミックの命と引き換えに貰った命だったが、安い死に方で使ってしまったものだ」
後悔といえばそれだけだった。大統領の息子という立場に安住することを嫌い、自分の力を試した挙句がこれであった。ゴンドワンでの成功も、キャピタルでの成功も彼の脳裏には一切の満足を与えてはくれなかった。
地球には強い男が必要で、それは自分に違いないと覇権主義を掲げて戦ったところが、アイーダとの争いに敗れ、ベルリとの戦いに敗れ、挙句はルインに成果を掠め取られてしまった。おまけに自分は大切な人を失った。
これがオレの限界であったかと彼が自虐の笑みを浮かべたとき、機体は爆発し、3個積載されていたフォトン・バッテリーが連鎖的に大爆発を起こした。
爆風は丸い水蒸気の波紋となって広がった。その輝きは地上からも観測できるほど巨大なものだった。人々は何が起きたのかわからないまま、オーロラのような丸い虹を眺め続けた。
機体が冷えて通常飛行に切り替わったフルムーン・シップとオルカもまたその輝きを観測した。何かが大気圏に突入して、爆発を起こした。もしそれに人が乗っていたのならば死んだであろうと。
誰しもそう考え、すぐさま印象的な光景以外のことを忘れた。
ステアはアメリアへフォトン・バッテリーを運べることに喜びを感じていた。
マニィはステアが裏切るのではないかと疑心暗鬼になりながらも、いざというときは殺してやろうと考えていた。
フルムーン・シップを追いかけるドニエルは、攻撃命令を出すかどうか迷っていた。
誰も、爆発で死んだ人間のことを考えようとはしなかった。
静かな時間が流れた。
脈打つ音が聞こえている。耳が塞がれてしまったかのようだった。その感覚を持っていたのは、機体の爆発で死んだはずのクリムであった。クリムは、自分が自分でないような気がしながら、自分がまだ消え去っていない気がしていた。それでも、彼は目を開ける気にはならなかった。
クリムは懐かしい声で身体が揺さぶられるのを感じて、ゆっくりと目を開いた。
コクピットが急に狭くなったような不思議な感覚に襲われ、ふと見上げると、そこにはミック・ジャックの姿があった。
「いったいどこへ行こうというんです?!」
声の主は紛れもなくミック・ジャックだった。彼女は狭いコクピットの中に挟まるように身を横たえ、大きな声でクリムに何かをさせようとしているようだった。大きな声で叫びながら、手足をバタバタと動かしている。何度も何度も「どこへ行くのか」と問われたクリムは、ようやくモニターを確認した。
「ここはどこだッ!」
モニターに映し出された光景は、クリムがいままで見たことのない景色であった。分厚い雲に覆われた鉛色の空の下には果てしなく続くかのような氷の景色が広がっている。吹きつける強風と雪がみるみるうちにコクピットの室温を下げていき、時折降ってくる雹が機体に当ってバラバラと音を立てていた。
「北極? 南極か?」
「違うみたいですよ、ほら」
ミック・ジャックが座標を指さした。示された地点は、アメリアまで2千キロ北東の海上だった。
「そんなわけがあるか、これが海だとッ?」
海が凍っていた。果てしなく続く氷の大地は、アメリアにほど近い大西洋なのであった。光の射さない空と沈鬱に鈍く光る氷の大地は、とてもアメリア大陸に近いとは思われない。クリムの脳裏に「全球凍結」という言葉が浮かんだ。しかし彼は、そのことを考えるのをやめて、満面の笑顔で叫んだ。
「ミック・ジャックじゃないかッ!」
「本当にどうしちゃったんでしょうね」ミックも戸惑っているようだった。「この世界が死後の世界なのかどうかは知りませんが、あなたが温かいのはわかります」
「ああ、オレもだよ」
ふたりは真っ直ぐアメリア大陸への自動操縦に切り替えると、しばし互いの体温を感じ合った。
そんなふたりの抱擁を、異変として察知している人々がいた。
それはトワサンガに残るカール・レイハントン、そしてサラとラライヤ。また月の内部の冬の宮殿にいたベルリとノレドであった。

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