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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」後半



1、


「ジオンの抵抗激しく、味方の被害甚大です」

「敵戦艦の補充はどうなっている?」

「それはどうやら止まったようです。しかし、敵の数は多く、現有の戦力だけでも突破は無理です。モビルスーツ隊とメガファウナの応援には行けそうもありません」

自らの旗艦のブリッジに佇み、ラ・ハイデンは苦々しい顔つきで戦況を見つめていた。

ビーナス・グロゥブ艦隊はジオンの残存兵力相手に苦戦していた。もとより戦争を忌避してきたスコード教信者たちが、宇宙世紀の暴力的な思念体と戦えているだけでも奇跡ではあったが、いくら撃沈してもラビアンローズから新造艦が補充されてくるようではもとより勝ち目はなかった。

しかし、ベルリのガンダムとメガファウナ、それにスモー隊の突入で潮目が変わりつつあった。

「このまま敵の陣形を突き崩す。しばし持ちこたえよ」ラ・ハイデンはそう指示した。

ジオンのシルヴァー・シップことスティクスは、中央管制室のアンドロイド型サイコミュ一体で操縦され、すべての艦隊が同期されて連携を取る。対して、戦争経験に乏しいビーナス・グロゥブ艦隊には連携で人為的なミスが目立っていた。小さなミスが多大な被害をもたらし、多くの人間が死んでいった。

ジオンの弱点はラビアンローズであった。ラビアンローズに蓄積された科学力を失えば、思念体であるジオンは現実世界に関与できなくなる。通常であればもっとも防備を厚くしなければいけないラビアンローズを放り出し、カール・レイハントンはコロニー落としを敢行した。そこにあった妄執は、スコード教の人類への不信感と同根ではないのかとラ・ハイデンは考えた。

人類への根深い不信感は、自己嫌悪と同義である。ビーナス・グロゥブが人類の発展を阻害するのは、人類に強い不信感を持っているからであった。人類は人類である限り必ずその行動は過剰に傾き、やがて大きな失敗に至る。そうと分かっているから、ビーナス・グロゥブは人類に禁忌を課してきた。

このやり方は、結局ジオンと同じ絶望へと至るだけではないのか。ラ・ハイデンの確信は揺らいでいた。ヘルメス財団1000年の夢とは、本当に絶望を払拭することができるのだろうかと。

ラ・ハイデンがジオンの艦隊に苦戦していたころ、ラビアンローズに乗り込んで白兵戦を戦っていたドニエルの元に生体アバター製造施設発見の連絡が入った。

「なに、見つかったって!」ドニエルは銃弾を避けながら途切れがちな通信にすがった。

場所を聞き出したドニエルは、通路へと飛び出すと、ジオン兵に向けて乱射した。要所に配置されたジオン兵はひとり。息がある限り襲い掛かってくるために、ドニエルらは兵士のヘルメットを破壊して酸素を放出させた。ジオン兵は命乞いさえしない。命の在処がドニエルたちとは違っているのだった。

「施設の破壊はできそうか?」

「いえ」発見したのはデッキメカニックのチームであった。「ジオン兵がたくさんいます。どんどん集まってきてます。C-1044ブロックです。至急応援を」

「わかった。集まってるってことはそこに違いない。お前たちはいったん下がって安全なところまで避難しろ。みんな聞いたか。C-1044ブロックだ。急げ!」

戦闘はますます激しくなった。メガファウナの乗員たちは、うすうす地球がただごとではない事態に巻き込まれて、最悪な状況に陥ったことを知っていた。それも戦争は終わらない。帰る場所があるのかないのかわからないドニエルたちが、ジオン兵を永久に抹殺しようとしていた。

シラノ-5にあれだけ激しい攻撃を加えながら、結局は半分に破壊されただけで軌道は大きく変えられなかった。サウスリングであった部分はムーンレイスの縮退炉を積んだ戦艦を波状的にぶつけて粉砕したものの、それでも軌道は変わっていない。ノースリングに至っては無傷で地球に向けて直進していた。

あれが地球に落下すれば、陸上生物は恐竜のように絶滅してしまっているはずだ。アメリアもキャピタル・テリトリィもなくなってしまっている。もしかしたら生き残っている人間はひとりもいないかもしれない。勝利したのはジオンだ。それなのに自分たちはまだジオンと戦い、彼ら思念体がこの世に関与できないよう生体アバターの製造設備を破壊しようとしている。

もし自分たちがここでジオンの設備を破壊したら、どちらも敗者となって人類の歴史は終わってしまうのだろうか。これが戦争を遂行した報いなのだろうか。何のために自分たちは、こうして絶滅戦を必死に戦っているのか。ドニエルはそんなことを考えながらついにC-1044ブロックに到着した。

勝利しても戻る場所はない。もし軌道を逸らせることに成功していたのなら、ベルリは必ずそう報告しただろう。彼には報告すべきことがなかったのだ。隕石とともに地球圏にいたはずの彼が、トワサンガ宙域に不意に出現した意味もわからない。自分たちは何もわからないまま戦い、すべてを失おうとしている。それでも作戦は遂行されなくてはならない。

C-1044ブロックにはメガファウナの乗組員たちが集結して、ジオン兵たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。おびただしい数の死体が宙を漂っていた。ジオン兵は次々に補充されてくる。各地に配置された兵士が戻ってくるばかりでなく、設備から完成したばかりの生体アバターを戦場に投入しているはずだった。あれを破壊しない限り、メガファウナのメンバーは全員戦死してしまう。

「戦況はどうなってる?」ドニエルはギゼラの肩に手を置いて接触回線を開いた。

「突入準備をさせているところですが、ジオンは自爆攻撃も辞さないので突っ込めばこちらも何人生き残れるやらってとこです」

「ここだけの話だが、おそらくシラノ-5は地球に落ちてしまっている。地球にいた人間は生き残っていないだろう。ラ・ハイデン閣下はアースノイドの生き残りをムーンレイスに預けて、このラビアンローズを金星圏に持ち帰ろうとしている」

「ムーンレイスがすべての艦艇を自爆攻撃に提供したのでその見返りに自分たちの船を置いていこうというのでしょう? 幸い月には人類を生存させる設備は整っていますし」

「それはジオンのシルヴァー・シップ相手にビーナス・グロゥブ艦隊が生き残ったときの話だろう? あいつらが全滅したらどうする? 月に生産設備があるといっても、資源があるわけじゃないんだぞ」

「そのときはあたしらもラビンアローズでビーナス・グロゥブに連れて行ってもらうしかないんじゃ? それともほかに手段があります?」

「なんでオレたちゃこんな戦いをやってるんだ?」

「いまさらですか?」ギセラは呆れた。「戦ってる理由なんてわたしにもわかりませんよ」

「オレたちは何を守るために誰と戦っているんだ?」

「そりゃ、理想のためでしょ。アメリアの理想、姫さまの理想、新しい地球を作り上げるための理想。理想のために戦っているからこうしてみんな死んでるんじゃありませんか。ジオンだって同じでしょ? みんな自分たちが考える理想を叶えようと必死で戦っている。それが正しいかどうかなんてわたしに訊かないでくださいよ。それを疑ったら、人は生きていけませんよ」

「・・・、そうだな。いや、忘れてくれ」

ドニエルはギセラの肩から手を離すと、回線を通じて生き残ったメガファウナクルーに突撃を命じようとした。ところが彼が息を吸い込んだところでジオン側の銃撃が止んだ。ジオンの兵士たちは構えた銃を降ろすと壁にもたれるように腰かけてそのままがっくりとうなだれた。

ひとりまたひとりと銃を置いた。メガファウナの兵士が製造工場らしき部屋から出てくるジオン兵を狙撃しようと発砲するのを、ドニエルは静止した。

「何が起こったんでしょうね?」

と、ギセラが尋ねたときだった。メガファウナのクルーたちの頭の中に若い女性の声が鳴り響いた。

「ジオンのすべての兵は、わたくしの命令ですべて活動を停止させました。彼らの魂はこれより地球に還っていきます。メガファウナの勇敢な戦士たちも銃を置きなさい」

ドニエルとギセラは思わず顔を見合わせた。ドニエルは発砲を禁じ、メガファウナを代表してギセラとふたりで警戒しながらジオンのアバター製造工場に脚を踏み入れた。

エアロックを抜けた先にたったひとりで立っていたのは、抜けるような白い肌の、金髪の髪を肩の上で切り揃えた碧い瞳の若い女性だった。彼女はいった。

「姿が変わってしまってわからないでしょうが、わたしはアイーダ・スルガンです。この肉体は、カール・レイハントンの妹に当たる人物の身体のようですね」


2、


「敵戦艦、ラビアンローズに向けて落ちていきます。引き寄せられているのか、原因は不明」

何百ものスティクスが突然コントロールを失ったかのように陣形を乱した。細長い銀色の船体はクルクルと回転しながらラビアンローズに引き寄せられ、外壁にぶつかって次々に大爆発を起こした。

巨大なラビアンローズがそれで航行不能になるほどの損害を受けることはなさそうであったが、ビーナス・グロゥブ艦隊は艦艇を地球圏の生き残りに託してトワサンガのラビアンローズを接収するつもりでいたので、予想外の展開に慌て始めた。

そのころラビアンローズ内では、ドニエルとギセラがアイーダを名乗る美しい少女と対面していた。

「ドニエルやギセラの懸念はよくわかります」彼女がいった。「わたしの話が信用できないのはわかります。顔も違えば声も違うわけですから。しかし、いまは信用を求めているわけではないのです。地球はシラノ-5の落下によってキャピタル・タワーさえ破壊され、文明の痕跡は消滅しました。かつてあったという暗黒時代より酷い、完全な破壊です。これは大きなカルマの崩壊によってもたらされるもので、ジオンや裏のヘルメス財団に大執行と名付けられていた運命的な現象で、避けることのできないものでした」

「姫さまは」ギセラがおっかなびっくり尋ねた。「地球で亡くなった?」

「そうなりますね」金髪の少女は頷いた。「もうわたくしの肉体は滅びました。ですがそれは重要なことではないのです。人間の魂は肉体の有無に拘わらず存在しているもので、それが死んでみて初めて理解できたのです。わたくしの残留思念は間もなくもっと大きな地球の意志といったものに吸収されてしまいますが、ジオンのアバターというものを使って、あなた方に話しておきたいことがあります」

「話したいこととは?」

「間もなく人類の歴史は大きく変わります。地球の生命は生存可能域を拡大するために作られたもので、競争原理はより強く賢い個体を生み出すための仕組みだったのです。生命と生命の間に存在した断絶は、個体や種族をより強化して広く高く生命が拡散していくためにあらかじめそう作られていたのです。そして生命は人間という種族を得て、外宇宙まで広がり観測することができた。もうこれ以上遠くへはいけない。深く潜ることもできない。限界まで拡がり、観測の時代は終わったのです」

「観測の時代が終わるとどうなるのですか?」

「競争の必要がなくなり、古い生命体は順次滅ぼされていきます。大執行とは、クンタラのカルマの法則に基づくように、大絶滅時代を予見したものだったのです。観察の時代は終わり、すべての記録は生命の根に吸収されていきます」

「わたしたちも死んじゃうわけですか?」

「死はいずれ誰にもやってきます。そこは肝心なことではないのです」

「では、肝心なこととは?」ドニエルが訊いた。

「新しく生まれてくるすべての生命がニュータイプになるということなのです」

「ニュータイプってのは勘のいい人間のことなんでしょ?」

「まったく違います」少女は否定した。「生命は生きているものには見えない根の世界があって、すべての生命はその根に繋がっていました。ところが、競争することで個体や種族の生命力を強化することが目的であったために、生命には根の世界のことは見えず、意識もしてこなかった。知りえないことなのだから当然です。新しく生まれてくるすべての生命体は、生命の根の集合意識とアクセスできるのです。どんな生物も植物もすべての意識を知ることができます」

「生命の根と繋がる生命が生まれてくるということですか? 突拍子もない話に聞こえますが」

「いままでだって生命の根と生物は繋がっていたのです。しかし、意識としてアクセスする手段はなかった。ニュータイプ現象は、宇宙に進出した人間がその存在に気づいた端緒であったのです。新しく生まれてくる生命は、その世界と繋がり、すべての生物が観測してきた世界の隅々の記憶を持ちます」

「理想的な話のような気も致します」ギセラは困惑しながらも肯定した。

「全宇宙に散らばっていった人類と彼らが運んだ生命体は、これから順次レコンギスタして地球に戻ってきます。なかには人類の形態を失った種族もいるかもしれません。しかし彼らは地球に戻ってくるなりオールドタイプと認識され、自分と同じ生命を産めなくなる。生まれてくる新しい命はすべてニュータイプになるのです」

「生命の根ってのは」ドニエルはあまり話についていけていなかった。「地球の意志ってことですか? それが全宇宙に散らばったすべての人類の意識に働きかけてレコンギスタを促していると?」

「よくわかっているじゃありませんか、その通りです。もうすでに地球圏には多くのニュータイプが生まれてきていて、すぐに彼らが主流派になります。オールドタイプに出来ることは、ニュータイプを産み、育てることだけ。オールドタイプの理想論はもういらなくなったのです」

「わたしはもう年ですけど、もしわたしが子供を産んだら、その子もニュータイプになる?」

「その通りです」

「姫さまは、残留思念がジオンのアバターに入った状態だっておっしゃいましたが、ニュータイプの子たちは姫さまと話ができるのですか」

「わたくしだけでなく、過去の人類、北極の氷の下のサメ、深海のエビ、宇宙の果ての戦争の記憶、すべてとアクセスできます。おわかりでしょう? もう断絶の時代は終わったのです。それを終わらせるものが大執行だった。だから死を恐れることはありません。死は受け入れるものです」

「たくさん死んじまって、そう聞くと少し慰めにはなりますが、だったらあのジオンの思念体ってのはいったい何だったので?」

「彼らはニュータイプ現象を研究するうちに残留思念の存在に気づいて、それを科学的に固定化する装置を開発したのです。進化型サイコミュがそれです。生命の根に吸収されなければいけない生命の思念という情報を、科学の力で貯め込んで生命の根とのアクセスを自ら断ってしまった。ですが、それももう終わりました。生命の根は、彼らジオンの魂を昇華させるために、彼らと因縁深い人格をこの世界に送り込んで死の先へと導きました。いまジオンの残留思念はサイコミュの縛りから解放されて、地球そのものと同化しています。彼らとの戦いは終わったのです」

「ビーナス・グロゥブはどうなるのですか?」

「彼らもまた同じです。彼らは遺伝子形質の変化に悩まされてきましたが、それも子供たちがニュータイプになることで修正されます」

「でも地球は酷い有様なのでしょう? 戻る場所がなくなってしまっては・・・」

「すべての魂が還ってくる場所を、新しい人類が作り出すのです。さぁもう時間です。ラビアンローズは自爆させます。この悪しき人類の記憶はもう必要ないのです。ドニエルたちは、ラ・ハイデンやディアナ・ソレルとともに月に行くのです。そして、破壊から急速に自然状態を回復していく地球を観測なさい。やがて、ビーナス・グロゥブからも新しい時代の生命たちが戻ってきます」


3、


ベルリとディアナはともにラビアンローズの深部から長い廊下を伝って出口を探していた。

おびただしい数の遺体が重力を失った空間に漂っていた。ジオン兵もいれば、メガファウナでよく知る顔もあった。救えた命ではないのか、ベルリには後悔しかなかった。しかも自分たちには還る場所もなくなってしまったのだ。そこまで戦い続けた意味とは何だったのか。人間が追い求めてきた理想とは何だったのか。

あちこちで爆発が起き始めた。ラビアンローズは明らかに崩壊が始まっていた。ふたりは廊下の途中で、ドニエルに率いられたメガファウナの一行と再会した。ドニエルはノーマルスーツ姿のふたりに先を急ぐよう促す。彼はアイーダと名乗る少女の言葉が胸に堪えていた。

「ドニエル艦長、ぼくは結局・・・」ベルリはドニエルに話しかけた。

「いいんだ」ドニエルはベルリに走るよう背中を押した。「オレたちは月へ行かなきゃいけない。ラ・ハイデン閣下もだ。オレたちはそこで地球の環境の回復を待って、何にもなくなっちまった地球にニュータイプの文明を作り出さなきゃいけない。ずっと働き続けるんだよ。働いて、働いて、子供たちに未来を託すんだ」

一行はメガファウナに辿り着き、すぐに出港の準備を開始した。かなりの数が白兵戦で死んでしまっていたため、メガファウナの機能回復には時間が掛かった。そうこうしているうちにもラビアンローズの崩壊は進んでいった。断続的に爆発が起きて、さらにスティクスが外壁を壊していった。

ベルリもメガファウナの出航の手伝いをしていたが、どうやら発進できそうだとわかるとディアナと接触回線を開いた。

「ディアナさまは行ってください。ぼくはノレドとリリンちゃんを探します」

「そんなの、メガファウナから呼びかければ」

「ジオンが撒いたおかしな粒子のせいで通信が途切れています。それに、ノレドはガンダムの操縦に慣れていないから、もしかしたらどこかを彷徨っているかもしれない。探してきます。早くみんなで逃げてください」

そういうと、ベルリは壁を蹴ってメガファウナを飛び出すと、真っ暗なラビアンローズの製造施設の奥へと消えていった。宇宙にぽっかりと口を開けた巨大な正方形の宇宙ドックは、闇に包まれつつあった。施設へのモビルスーツの攻撃も終わり、あとはメガファウナが避難するだけになっていた。

ベルリが出ていったとの報告を受けたドニエルはしばし迷ってから、意を決してメガファウナの出航を命じた。メガファウナは静かに後退して、宇宙ドックを離れた。赤い船体がゆっくりと暗闇を抜けると、内部で大爆発が起こった。

「ベルリが!」

「あいつは大丈夫だ」ドニエルは強い口調でいった。「それより、姫さまの最後の話をラ・ハイデン閣下に伝えなきゃならん。あちらの旗艦にすぐに寄せてくれ」

メガファウナはベルリを残したままラビアンローズを離れた。攻撃を終えて避難していたモビルスーツ隊がメガファウナに合流した。その中にはハリー・オードもいた。エアロックを抜けた彼はヘルメットを外し、ディアナ・ソレルの姿を探した。

ディアナはモニターの前に佇み、遠ざかっていくラビアンローズの巨躯をボンヤリと見つめていた。その横顔は、いつも彼女が気を張り詰めて演じているディアナ・ソレルのものではなく、彼女の本来の姿であるキエル・ハイムのものだった。彼女の横顔を見て、ハリーは何もかもが終わったことを知った。もう彼女は、ディアナ・ソレルを演じる必要はなくなったのだ。

ハリーは彼女に何か言いかけたが言葉を飲み込み、そっと彼女の傍に寄り添った。

そのころ、メガファウナを離れてラビアンローズに残ったベルリは、闇の中を奥へ奥へと進んでいった。途中何度も爆発に遭遇したが、不思議と恐怖は感じなかった。

闇は深かった。小さくノレドとリリンの名を呼ぶが、返事はなかった。

結局人間の理想とはいったい何だったのか。新人類が生まれてくるのなら、人類は理想など持たなくても良かったのではないか。旧人類の役割が、生存可能地域を拡大するための知識の蓄積に特化されていたのなら、好きなだけ戦争をして、科学力を高め、どこまでも侵略していき、生命の根に呼ばれたら戻ってくればよかった。果たしてそこに理想が必要だったのか。

「理想は必要だったのさ」そう語りかけてきた男がいた。「人間は他の動植物のように、生存戦略だけで生きていたわけじゃなかった。生命の根にとって、人間は究極的な観測道具だった。これ以上ないほどの高度なモビルスーツだったんだ。人間という知的生命体を得て、生命の根の観測域は一気に拡大した。特に宇宙という場所は、深海などと違って他の動植物では到達不可能な領域だった。しかし、その傑出した能力が、生命の根を枯らし始めた。ジオンは地球の表層的な環境破壊をもって人類の罪だと断じたが、人間の歪んだ思念を吸収した生命の源、根っこの部分はもっと悲惨なことになっていたんだ」

「そうか」ベルリは姿の見えない男に向けて返事をした。「歪んだ心は、歪んで醜いままの思念が吸収されていたのか」

「歪んだ醜い思念は、死後の世界では矯正できない。その醜い思念は根に吸収されて、新しい生命となって地上に生まれ、毒となって地球を汚していたんだ。歪んだ思念が、人間に転生するとは限らない。人間の歪んだ心は、自然界にイレギュラーを生んで自然にダメージを与え続けていた。人間の文明レベルが落ちて、人間が観測できなかっただけなんだ」

「人間の歪んだ心が、生命全体に影響を及ぼしていたなんて」ベルリは絶句した。

「生命の根に毒をもたらしていたのは、生物の中では人間だけだった。醜く歪んだ人間の心は、現実世界で浄化するしかなかったんだ。過ちは大きな問題じゃない。失敗も取るに足らないものだ。生きていて上手くいかないことなんて誰にだってあるし、むしろそれが当たり前だ。完璧である必要なんてない。理想を持たない人間の魂こそが問題だったんだ」

「理想を持たない人間の魂・・・」

「スコード教は神の概念を使って人間に理想を与えようとした。クンタラの神は、修行や修練の概念を使って人間の魂を理想に導こうとした。日本には神所に鏡を置くことで神の視線を再現して心身を律するクンタラに近い土着の宗教があった。宗教は人間に理想を持たせて歪んだ心を矯正するひとつの仕掛けだった」

「ぼくは世界を旅して、宗教とは違う人間の理想も見てきました」

「何ひとつ上手くいっていなかっただろう?」

「はい」

「理想世界を作ろうとすることが、必ずしも人間の心を浄化しないってことなのさ。理想世界に至れば、人間が理想的になると考えるのは大きな過ちだ。君はそれを見て知ったわけだ。それが肝心なんだよ。君の死後、君の思念は生命の根に吸収される。そこでは情報が共有されるんだ。現実世界では無力だった君だけど、現実を変えることに意味はないんだ。理想が何のためにあるのか考え理解した君の思念が、初めて生命の根に浄化をもたらす。君は希望を見つけた。さあ、待ってる人のところへ行きなさい。そこが君の還るべき場所なのだから」


4、


暗闇の中に、小さな明かりが灯っていた。ベルリはその明かりに引き寄せられていった。

無重力の空間を漂っていたベルリは、かすかな燈火を目指して手を伸ばした。彼を待っていたのは、ガンダムに乗るノレドとリリンであった。ふたりはコクピットを解放して、飛んでくるベルリを受け止めた。ハッチが閉められ、コクピットに空気が充満されていった。ノレドはヘルメットを後ろへ跳ね除けてベルリに抱きついた。

「心配してたんだよ、ベルリ!」

「ふたりとも、心配かけたね。やっぱり待っていてくれたんだ」

ノレドと操縦席を代わったベルリは、すぐにコアファイターを分離させた。

「この機体は置いていこう。ガンダムは理想を抱いて生きなきゃいけない人間を現した人型の概念だ。もうぼくら人間には、これは必要ない」

ふいに、リリンがベルリとノレドに抱きついてきた。

「わたしはもう行くね」リリンはいった。「わたしは導く者だから。あの娘を地球に連れて帰ってこなきゃいけないから。だからもう行く」

「行くって、どこへ?」

ノレドが話し終わらないうちに、ゆっくりとリリンの姿は透明になって消えていった。慌てふためくノレドの身体を抑え込んだベルリは、何も言わずにコアファイターをラビアンローズから脱出させた。リリンは、自らの役割を果たすために何処へと姿を消した。

コアファイターは静かに宇宙を飛んでいった。ふたりを乗せた機影を発見したメガファウナの乗員たちが、ライトを灯してメガファウナの位置を知らせてくれた。

ハッチを開いたベルリは、ノレドをしっかりと抱きよせてコアファイターを捨てた。ふたりが機体を離れると、コアファイターは光の粒子になって消えた。そして砂粒ほどの大きさのサイコミュだけが宇宙に残った。その小さな物質だけが、思念体であるジオンが作ったガンダムの実体だった。

メガファウナの乗員たちが、ふたりを温かく迎え入れた。誰しもが抱き合い、生存を喜び合った。生きることは、肉体を有する存在にとってそれ自体が喜びであったのだ。だがそれだけではいけない。生きる喜びを目的化したことが、地球を窒息させていったのだから。

人間が理想を抱いて生きることは、生命の輪廻の根を浄化することだった。神との対面に畏まること、神に近づこうと心身を律すること、大きくふたつに分かれた理想に至る手段は、神になろうとした者の出現によって前者が敗北し、後者が選ばれた。

死後に糾合される生命の根は、神として人と対話することを諦め、神に至ろうと身を清める人間を選び、ニュータイプを作り出した。

ドニエルとギセラから、アイーダの言葉がラ・ハイデンに伝えられた。

「すべての生命の記憶にアクセスできる新人類だと」

ラ・ハイデンは絶句した。スコード教の神の前で畏まり、欲望を律してきたラ・ハイデンは、ついに神に至った人類が誕生したことで、スコード教の教義を捨てる決心をした。自分たちがやるべきことは、神と交信できる新時代の子供たちに、地球を受け継がせることだけだった。

「そうか。人の役割は終わったか」

彼は大きく息をつき、すべての生命の歴史と触れ合えることはどんな気持ちがするのだろうかとボンヤリと想いを馳せた。

続いて、ベルリとディアナから、ビーナス・グロゥブ公安警察元次官ジムカーオの言葉が伝えられた。ジムカーオの最後の言葉を聞いたラ・ハイデンは、苦虫を噛み潰したような顔で笑い、杖を鳴らした。

それから半年ほどが経過した。生き残った人々は、人類が長い年月をかけて開発してきた月基地の施設を使って生き延びた。彼らは地球を観測し、思いのほか自然回復が早いことに驚くと、数度の話し合いののちに全艦隊を使って地表へと降り立った。

以後、オールドタイプを観測した記録はない。

それから20年が経過した。

静かさを取り戻した地球に、大船団が迫っていた。

巨大隕石の衝突と軌道エレベーターの落下によって地球は度重なる地殻変動に見舞われ、ユーラシア大陸の大部分は陥没してプレートは太平洋側へ1000キロメートル移動していた。

古い大陸を記した地図は使い物にならなかった。

「地球は元々歪な形をしていて、海の存在によって丸く見えていただけなのでしょう?」

旗艦イデアの艦長席にいるラ・コニィは、傍らに立つリリン・ゼナムに向けて尋ねた。

「地球にどのようなことが起きたのか、それは地球自身がわたしたちに教えてくれますよ」

大船団は、ビーナス・グロゥブからやってきていた。ラ・ハイデンの帰還を待ち望んでいたビーナス・グロゥブの住人たちは、スコード教大聖堂に光に包まれて舞い降りた地球の少女リリンに驚き、彼女の口から未来に起こる出来事を聞いて愕然とした。

少女の神託は本物なのかと議論が巻き起こった。しかし、新たに生まれてきた子供たちが明らかに自分たちとは違うことを徐々に理解し、自分たちがやるべきことは子供たちのために地球に戻る船を作ることだと思い定めて、計画的に働き始めた。

若者たちは、自分たちの寿命がそうは長くないのだと知ると、絶望するよりかえって溌剌としはじめ、夜となれば愛を語り、次々に子をなした。

ビーナス・グロゥブは子で溢れ、必要な宇宙船の数は計画を上回り続け、彼らはますます闊達に働くことになった。

長らく空席だった総裁の地位に、地球生まれのコニィ・リーが15歳で就任した。コニィは補佐役にリリン・ゼナムを指名し、ビーナス・グロゥブ全住民の地球へのレコンギスタを発表した。

コニィ・リーがラ・コニィになってから6年。ビーナス・グロゥブ住民は移民船に乗り込み、大船団を組んで地球に戻ってきたのだった。

船団は次々に真っ赤に燃えながら大気圏へと突入した。すっかり地形が変わった地球は、海の面積が増えて、幼き日のリリンが目にしていた地球よりいっそう青く輝いていた。

船団はかつて太平洋があった場所にできた新大陸に着陸した。

宇宙船から次々に少年少女たちが降り立った。コニィとリリンも船を降りた。黒い土に鮮やかな緑色の草が生い茂り、色とりどりの花が咲いていた。海辺まで歩くと、遠浅がかなり広く続いているのがわかった。浅瀬の海にいくつもの魚影が映っていた。

「聴こえる」コニィがいった。「母さんの声が聴こえる。父さんの声も聴こえる」

「わたしにも聴こえてきます」リリンが応えた。「母さんの声、ベルリの声、ノレドの声。みんなの声。でもまだ遠慮しているみたい。いえ、そうじゃない?」

リリンはふと自分の視界が変化していくことに気づいた。彼女の眼には、ベルリやノレド、ウィルミットの姿がハッキリと映った。コニィの眼にもルインとマニィの姿が映った。それは幻影などではなく、幽世にある魂であった。それがビーナス・グロゥブの子供たちには見えるのだった。

「そうですか」コニィは畏まった。「ラ・ハイデン。あなたたちは、わたしたちのために地球環境の回復に尽力してくださったのですね。その苦労は必ずわたしたちが労いましょう。わたしたちはこの地に満ち、拡がり、根付いてみせましょう。美しい魂のまま生き、やがてみなさまと一緒になる日を楽しみにしております」

「この星は美しく生まれ変わりました」リリンは感嘆した。

「ええ」ラ・コニィも同意して、青く広がる空と海と草木に覆われた大地を見回した。「最後のオールドタイプたちが理想を抱き死んでいったからです。いずれ、この星で彼らが遺した、最後に生まれたスターチルドレンたちとも出会うでしょう」


「レコンギスタの囹圄」完

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:124(Gレコ2次創作 第52話・最終回 後半)


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第52話・最終回「理想」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第52話「理想」前半



1、


ジオンの衛星落としが発覚してからというもの、ザンクト・ポルトは上へ下への大騒ぎになっていた。ひっきりなしに鳴り響く警戒警報に人々は右往左往していた。ザンクト・ポルトに残っているのはカリル・カシスが連れてきたクンタラの女性、キャピタル・テリトリィ運行庁の職員とウィルミット・ゼナム、法王庁の職員とゲル法王。それに急ぎ宇宙へ上がってきたアイーダ・スルガンなどであった。

アイーダはスコード教大聖堂にいた。彼女は思念体分離装置の中の様子を確認したかったが、残念なことにG-メタルをノレドに預けてしまっていたために中には入れないでいた。そこにウィルミットがやってきた。彼女は、スコードに祈りを捧げるために大聖堂へとやってきたのだった。

ゲル法王もまたスコード教大聖堂の中にいた。法王はシラノ-5という資源衛星を改造した巨大物体が地球に近づくことを、アクシズの奇蹟の再来だと信じて、再び地球人がひとつとなって危機を乗り切ることを夢見ていた。一方で、スコード教に長く虐げられていたクンタラの女たちは、誰ひとりとして大聖堂には近づこうともしなかった。月からやってきたカル・フサイたちエンジニアも、クンタラの女性たちと一緒だった。

ウィルミットは跪いて祈りを捧げていたが、運行庁の人間に奥の祭壇の地下通路の奥にアイーダがいると耳打ちされると静かに席を立ってそちらへ向かった。

「本当に大丈夫なのでしょうか?」ウィルミットは、ベルリもリリンもいない状況を不安がっていた。「自然の衛星より速度が遅いといっても、あれだけ巨大な隕石がもし地球に落ちたら、地球は核の冬と同じことになってしまうはずです。ただでさえ全球凍結が迫っているというのに」

「やれることは全部やりました」アイーダは応えた。「あとはベルリたちに任せるしかありません」

ふたりは、思念分離装置と名付けた部屋の前で、ずっとそのときを待った。運行庁の人間は逐一ウィルミットに報告を入れた。一方でアイーダのところに入ってくる連絡は、議会に関するものばかりであった。ズッキーニ・ニッキーニが、勝手な行動ばかり取るアイーダの、アメリア軍総監のポストを解任する動議を出したという。報告を聞いたアイーダは、バツが悪そうに肩をすくめた。

「知らせていないとはいえ、地球の人間は呑気で愚かだと恥じ入るばかりです」

「いえ」ウィルミットはアイーダの肩に手を乗せた。「どこも同じです。地球にいる人間は、魂が地球に縛り付けられてでもいるかのように感じることがあります。わたしたちのそんな姿を、カール・レイハントンという人物は絶望したまなざしでずっと眺めていたのでしょう」

アイーダとウィルミットは、しばらくベルリのことでにこやかに談笑して過ごした。ふたりが真っ暗な通路から動かないので、紅茶のセットが運ばれた。

そうこうしている間にも、隕石破断ビームが通用しなかったこと、クレッセント・シップの特攻によって隕石がふたつに割れてしまったこと、ムーンレイス艦隊の縮退炉を使った攻撃によって一方の欠片が粉砕されたこと、壊れなかった片方の隕石が光を反射しないことなどが伝えられた。

話を聞いても、ふたりは聞き置くだけでずっとベルリの昔話に花を咲かせていた。モビルスーツ隊が暗黒の隕石に突入して連絡を絶ったことも伝えられたが、その話を聞いて驚くこともなかった。隕石は数度にわたる攻撃で計算にずれが生じ、南米大陸に落下することが分かった。

そして、その瞬間はやってきた。

G-メタルの挿入口が突然輝き出した。差込口には、アイーダがノレドに託したG-メタルが挿入され、眩いばかりに輝いていた。固く閉ざされていた扉が開いた。アイーダとウィルミットは気後れしながらもその中に足を踏み入れた。部屋の中は、無数の小さな光が集まって波を打っていた。まるで光の流砂のようだった。ふたりはそれが命の瞬きであることを理解した。

次の瞬間、3人の人間が部屋の中に飛び込んできた。それは実体がある存在ではなく、人であったものの残像に過ぎなかった。アイーダは翻然と悟り、合わせた両手を鼻に押し付けた。

「たったいま、カール・レイハントンの思念が消滅しました。数千年に及ぶ絶望は昇華されて消え去りました。導いた者がふたりいます。いずれも遠いとおい昔の人物です。とっくにこの世から消え去った者たちが、同じ時代を生きた盟友を迎えに来たのです。ああ、そうか。ここは思念体分離装置などではない。涅槃の入口だったのです。そうですね、お母さま」

「そのようです」

ウィルミットが頷いたとき、巨大地震が堅牢なキャピタル・タワーを強く揺さぶった。タワーは大きく揺れ、ふたりはその場に座り込んだ。ふたりは真っ暗な部屋の中を漂う光の流砂が、渦を巻くように宙で固まっていくのを目にした。それを眺めながら、アイーダが大声で叫んだ。

「絶望と同じだけ希望を持っているのが人間です。自分には絶望しかないなどと考えるから、残留思念となってこの世に留まるのです。自分の希望を見つけたのなら、涅槃に旅立っていきなさい!」

キャピタル・タワーは崩壊した。崩れゆく建物にしがみつきながら、ウィルミットは心の中で「ベルリ、ありがとう」と繰り返し念じた。何度も何度もそう繰り返し、ウィルミットは闇の中で強く肉体を殴打して死んでいった。肉体を失ったウィルミットは、自分の意識が少女のころから母親になったころまで途切れなく続いている存在なのだと初めて理解した。彼女は少女であり、母であり、赤子であった。これが魂なんだと、彼女の思念は肉体を離れてその形を理解した。

時間の概念も距離の概念もなく、彼女の魂はどこにでも存在した。ゲル法王の魂もあった。アイーダの魂もあった。魂は流れている。ウィルミットは自分という存在が、ウィルミット・ゼナムの記憶だけで成り立っていないことに驚いた。記憶はずっと途切れることなく続いていた。誰の記憶か定かではないが、遠いとおい昔の時代の記憶も彼女にはあった。これは何だろうと彼女は自分の中にある自分のものではない記憶を見つめた。どうやらそれは、彼女の先祖の記憶のようだった。

命は途切れることなくずっと続いていたのだ。不思議な気分もしたが、当然のような気もした。それはそうだ。すべての生命は、生命発生から途切れることなく続いてきた命だけが存在するからだ。命あるものに終わりはない。命の連続が途切れたときにだけ、終わりはやってくるのだ。

キャリアを重視して仕事に邁進してきたウィルミットには、実子がなかった。彼女の命は、彼女の死をもって終わったのだ。永遠に続いてきた彼女の命の歴史を終わらせたのは、彼女自身であった。ファミリーラインの断絶は、家系の断絶ではなく生命誕生から続いてきた永遠の命の断絶であった。ウィルミットは死んで初めてそのことを理解した。なぜもっと早く気付かなかったのだろうと彼女は後悔した。

命は、永遠が本質であった。命は暗い地中に埋もれた根のようなもので、肉体は根から延びる草や木のようなものだった。人間が怖れていた死とは、古い草が枯れ、新しい草に取って代わっただけで、本当の意味での死など存在しなかったのである。肉体の滅却は、永遠の命にとって重要なものではなかった。根はひとつ。土を押しのけて顔を出す草は、無数に存在したのだ。それが人間であった。

肉体の死をもって、ウィルミットは根に戻ったのだ。根には過去に生きた生命の記憶が蓄積されていた。言語化された記憶は人間のものだ。おそらくは人間に進化する前の記憶も存在するだろう。しかしまだウィルミットにはそれにアクセスすることが出来なかった。宇宙世紀以前の人間の記憶もそうだ。死んで間もない彼女にはまだ強い自我が残っていた。それが邪魔をしているのである。

残留思念の正体とはこういうものなのだと彼女の思念は思考してみた。彼女にはまだ思い残しがあり、完全に根と一体化できないのだ。根と同一になることは、自我を捨て去ることだった。なぜ自分にはそれが出来ないのか・・・。

「ベルリ、ベルリ坊や・・・。リリン・・・」

彼女の思い残しとは、彼女が引き取ったふたりの養子のことだった。


2、


どす黒い噴煙がガンダムを飲み込んだ。

間に合わなかった。自分はまったく無力だった。ベルリはガンダムのコクピットの中で虚脱した。自分には何にもできず、人類は滅びてしまった。ガンダムを与えてもらいながら、彼は英雄になれず、目の前でみすみす全人類を破滅させてしまったのだ。ベルリはヘルメットを外し、頭を掻きむしった。

キャピタル・タワーは破壊された。そこには母と姉がいるはずだった。ザンクト・ポルトは地球を覆った塵と噴煙の中に落ちていき、激しく地表に激突して原型をとどめないほど完全に破壊されていた。なかにいた人間の生存は絶望的だった。彼は、大事な母と姉を同時に死なせてしまった。地球の全球凍結は加速され、わずかに生き残った人間も数か月もたずに死んでしまうだろう。

キャピタル・タワーの残骸は、やがて舞い上がった噴煙に埋もれて地層と一体化していく。それはもう過去の遺物になってしまったのだ。生命が絶滅したいま、それが遠い未来に発掘される保証すらない。この半年間の旅は何だったのか。なぜ自分は、あの人のように奇跡を起こせなかったのか。

ガンダムはゆっくりと落下していた。ベルリが気力を喪失したことで、ガンダムもぴたりと動くのをやめていた。ノレドはショックで気を失っていた。後部座席にいるリリンはぐったりとうなだれて動かなくなっていた。ベルリはリリンがなぜあのとき止めたのか、恨みをぶつけたい気持ちに駆られた。でもそんな小さな怒りを、少女にぶつけたところでどうにもならないのだった。

ベルリは、このまま静かに地上に降りていき、多くの死んでいった人間たちと運命を共にしようと思い、ノレドの手を取ってシートに身を沈めた。

ベルリは少し眠った。夢の中に母が姿を現した。母はベルリをそっと抱き寄せると、しばらく優しく彼を包み込んだ。ベルリもまた母に身を預けた。しばらく息子を抱きしめていたウィルミットはやおら身体を離して両手を息子の肩に乗せると、思いっ切りベルリの横面を張り飛ばした。

「男の子は最後まで諦めてはいけません!」

「うわッ」

ベルリは吃驚して思わず飛び起きた。彼は何度か顔をパンパンと叩くと、ノレドの身体をゆすって起こした。ノレドは目を覚まし、ベルリの姿を見て微笑んだ。

続いて後部座席にいるリリンも起こした。

「リリンちゃん、ここを脱出してビーナス・グロゥブ艦隊に合流したい。彼らはいま月の裏側にいるはずだ。遠いけど、ジャンプできるかい?」

リリンは目をこすりながらも、小さく頷いた。そして振り返っていった。

「お母さん、さようなら」

次の瞬間、ガンダムはトワサンガ宙域に出現していた。トワサンガでは、ラビアンローズから出撃した銀色の細長い戦艦とビーナス・グロゥブ艦隊が交戦中であった。見る限り、ソレイユなどムーンレイス艦隊は消滅しており、戦力的には圧倒的に不利な状況だった。

「切り拓くッ!」

ベルリはガンダムを駆ってジオンのスティクス艦隊の真ん中に突っ込んでいった。敵戦艦の爆発を知らせる光球が漆黒の宇宙に瞬いていく。銀色の戦艦は側方の砲門を開いてガンダムを撃墜しようとするが、そこをハリー・オード率いるスモー隊が攻撃してさらに多くの戦艦を撃沈していった。戦場は突然出現した白いモビルスーツによって一気に形勢が逆転した。

「ガンダムは攻撃されないのか?」ハリーが通信を送ってきた。

ベルリが応えた。

「これはカール・レイハントンから貰った機体なんです。スティクスはアンドロイド型サイコミュが操縦していますから、こちらのサイコミュを味方だと識別しているのかもしれません」

不利な戦況に乗員すべてが死を覚悟していたメガファウナは、援軍の正体をすぐに察した。艦長席のドニエルは艦長席から立ち上がると背を逸らし、歓喜の声で叫んだ。

「ベルリ、ベルリなのか!」

ドニエルの通信はオープンチャンネルで誰もが聞くことになった。ベルリの名前を聞いた乗員たちはその名前を希望の光として捉え、歯を食いしばって再び激しく身体を動かし始めた。ベルリの応答が、ブリッジのモニターに映し出された。メガファウナに収容されていたディアナ・ソレルは瞳を輝かして身を乗り出した。

「ドニエル艦長、ラビアンローズがある限りスティクスは生産され続けます。いったん後方に回って中央部分から侵入するしかありません。ぼくが道を切り拓くのでついてきてください」

「わかった。メガファウナ乗員の命はお前に賭けるッ」

ベルリとハリーが膠着した戦場に変化を巻き起こした。モビルスーツ隊の行く手を阻もうと陣形を変えると、手薄になった場所にビーナス・グロゥブ艦隊の集中攻撃が浴びせられた。ガンダムはスモー隊とメガファウナを従え、敵の陣形を突破してラビアンローズに辿り着いた。ラビアンローズは巨大なエンジンと中央部の宇宙ドック、それに上部の居住地域から成り立っており、立方体の形をしたドック部分の後方はむき出しになっているのだ。そこは修理工場であり、生産工場でもあった。

「見て、あそこ」ノレドが指を差した。「あたしが空けた穴が修理されないまま放置されてる」

ドック部分の壁面に空いた大きな穴は、かつてノレドがG-ルシファーを使って破壊した痕であった。彼女はビーナス・グロゥブで、ジット・ラボの跡地から裏の世界に侵入したことがあるのだ。それはジット・ラボがエンフォーサーと呼んでいた裏のヘルメス財団と繋がっていた証拠でもあった。

ノレドはその際に生産設備の破壊も行ったが、そこはすでに修理が終わっていた。

「事件が起きてすぐにパージされてしまったから、ビーナス・グロゥブの資源衛星から資材を調達できなかったんだ。だとすると、スティクスを生産するための資材もそろそろ尽きてくるのかもしれない」

「ジオンは戦争に負けるはずがないと思っていたから、修理は後回しにしてたんだ」

「どうするんだ、ベルリ」ドニエルが通信を寄こしてきた。

「ラビアンローズのどこかにジオンのアバターを作るための施設があるはずなんです。それさえ破壊してしまえば、肉体を持たない思念体のジオン兵たちは現実に関与できなくなります。それに彼らの導き手であったカール・レイハントンはもうこの世にいません」

「白兵戦か」ドニエルは息を飲んでから大声で艦内に通達した。「乗員すべて白兵戦の準備だ。人間を作りだしそうな怪しい設備を片っ端から破壊していけ。永遠の命たって、身体がなきゃ姿の見えない幽霊と同じだ。そんなもん、何にも怖くありゃしねぇ。それからス・・・」

ドニエルはステアの名を呼ぼうとして思いとどまった。そして静かに続けた。

「オレも行く。死んでいった人間たちすべての仇討ちだ。ジオンの奴らさえいなくなりゃ、あとはビーナス・グロゥブのお偉いさんたちが何とかしてくれる。オレたち軍人は任務を遂行するだけだ」

メガファウナは臨戦態勢に入り、収納されていた携帯火器がひとりひとりに手渡されていった。スモー隊は機動性を生かしてスティクスの生産ラインを破壊することになった。誰ひとりとして、シラノ-5の地球落下を食い止められたのかどうかベルリに尋ねる者はいなかった。その結果がどうであろうと、ラビアンローズを破壊しなければジオンの脅威は去らないのであった。

「誰かがぼくを呼んでいる」ベルリが呟いた。「ノレド、操縦を頼む」

「ベルリ!」

「大丈夫だよ。必ず戻ってくるから」


3、


銃を手にしノーマルスーツに身を包んだドニエルがマイクを通じて檄を飛ばした。

「ジオンの連中は人間であって人間じゃないらしいから、遠慮すんじゃねーぞ」

銃を携帯したメガファウナの乗員は、ジオンのアバター製造装置を破壊すべくラビアンローズに乗り込んだ。激しい銃撃戦が巻き起こった。

「本当に人を殺すの?」

銃の安全装置が外せないままギゼラは戦闘に巻き込まれた。襲い来る銃弾に首をすくめる彼女を、マキが援護しながら励ました。

「ビーナス・グロゥブもムーンレイスも大きな犠牲を払って地球のために戦ってくれた。ラビアンローズはわたしたちで奪還してあの人たちを金星に還してあげなきゃ」

はじめこそまとまって艦を飛び出していった彼らだったが、ラビアンローズはあまりに巨大で、まとまって行動していては埒が明かなかった。集団は徐々にばらけ始め、3人程度の小集団に分かれていった。

戦闘を繰り返すうちに、メガファウナの乗員たちは敵がそれほど多くないことに気づいた。ジオンの兵士は死を恐れることなく立ち向かってきたが、シラノ-5とラビアンローズを運用するための最低人数しかアバターを生産しなかったために、数が圧倒的に足らなかったのだ。カール・レイハントンの肉体嫌悪が戦争には不利に働いていた。

「人体製造工場みたいなもんがどこにあるってんだ」アダム・スミスは早くも息が切れてきた。

「ジオンの秘密だったわけだから、かなり奥まったところじゃないすか?」一緒に行動しているオリバーが手榴弾を投げつけた。「さあ、走った走った」

闇雲に突っ込んでくるメガファウナの乗員たちに対し、ジオンの兵士は多くの場合要所にひとりだけを配置して応戦していた。

彼らは肉体を使い捨てにして、メガファウナ側の戦力を確実に削っていった。彼らが利用している肉体は基礎代謝など生体維持以外に脳を活用していなかったために、通常の人間のような恐怖心を持っていなかった。彼らは銃で撃たれ、それ以上肉体に使い道がなくなるとわかるや、手榴弾を抱えて敵の中に突っ込んできた。この攻撃により多くが死傷した。いざとなると自爆してくる敵に対し、白兵戦の経験がないメガファウナの乗員たちは言いようのない恐怖を覚えた。

「シルヴァー・シップと同じだ」ルアンがいった。「やっぱ、製造工場を破壊しないと人間もすぐに作って補充してくるんじゃねーのかな」

メガファウナの乗員は軍人といっても宇宙世紀時代のように戦争のスキルを身に着けているわけだはなかった。しかもドニエル以下白兵戦の経験があるものがおらず、指揮官もいない。ただ前へ進んではワンブロックずつ制圧して、怪しい設備がなければマーカーで大きくバツをつけて次へと移動していった。

白兵戦には男女を問わず全員が参加していた。ジオン兵の自爆攻撃を怖れた彼らは、迂闊に前に進めなくなり、兵士を見つけると脚止めされて銃撃戦を繰り返した。

「ここでもなさそうですね」銃声が止むとディアナ・ソレルが立ち上がった。「もっと奥なのでしょうか?」

彼女の傍にハリー・オードはいない。彼のスモー隊は戦艦製造施設の破壊に向かっているのだ。ディアナの護衛には10名ほどがついていた。行き止まりに突き当り、通路を引き返してきた彼女らは、追ってやってきたベルリと鉢合わせをした。

「ディアナ閣下?」ベルリは驚いて目を丸くした。「ディアナさまは・・・」

「いいのです」ディアナはベルリの言葉を遮った。「500年前に失っていたはずの命を惜しんで月の女王が務まるものですか。それよりあなたはモビルスーツ隊と一緒でなくてもよいのですか?」

「呼ばれているような気がするのです。それが何かはわかりませんが」

「ではわたしたちもベルリ・ゼナムに従いましょう。声はどちらから聞こえますか?」

「あちらの方角です」

ディアナと合流したベルリは、急ぎ先を進んだが、突然壁が爆発して吹き飛ばされた。死角になった場所に爆薬が仕掛けられていたのだ。ジオンの兵士がひとりゆっくりと近づいてきて死体を脚で蹴って検分した。兵士がディアナを蹴ろうとしたとき、彼女はやおら上体を起こして兵士の頭を撃ち抜いた。

「ベルリ、ベルリ・ゼナムは無事ですか」

ディアナは周囲を見渡してベルリの姿を探した。彼は飛んできた壁の下敷きになっていたが、ディアナの声に反応してゆっくりと身体を起こした。

「あなたもこれを取って」ディアナは死んだ兵士が持っていた武器をベルリに手渡した。「これは戦争なんですよ。人類が最も激しく戦っていた時代の人間と戦っているのですから」

ベルリは仕方なしに武器を受け取り、おぼつかない足取りで先を急いだ。10名いたムーンレイスは、ディアナの盾となって命を落としていた。

ふたりは先を急いだ。ラビアンローズのそこかしこから銃撃の音が聞こえてきたが、声に導かれて進むうちにふたりは徐々に喧騒から離れていった。そして長い通路の突き当りにある扉の前に立った。扉は自動で開いた。ベルリが頷き、中へ入っていった。

「ぼくを呼んでいたのはやはりあなただったのか」

そこにいたのは、1体のアンドロイドだった。ナノマシンで構成された表層は、ジムカーオの姿をしていた。アンドロイド型のアバターは、ジムカーオの思念をサイコミュの中に宿していた。アンドロイドには脚がなく、状態から下は未完成のままで補助具に乗せられていた。

「ビーナス・グロゥブの公安警察の人間として、カール・レイハントンとメメス博士の顛末は最後まで観察させてもらったよ。やはり人間というのは理想通りには事が運ばないらしい。人類を思念体に進化させて環境負荷をゼロにするジオンのミッションは、復活したいにしえの魂によって頓挫した。その計画に乗って、クンタラを繁栄させようとしたメメス博士のミッションは、娘の余計な関与によって失敗した」

「メメス博士にはサラという娘がいたでしょう?」ディアナがいった。彼女はビクローバーの調査でそれを知ったのだった。「彼女はいったい何がしたかったのですか?」

ジムカーオの姿をしたアンドロイドが応えた。

「彼女は欲をかいた。サラはジオンのアバターの医療を担当する傍らで、途中放棄された強化人間の技術を発見して、遺伝子に人間の記憶を書き込むことで、アバターではなくクローンによる永遠の命を目指した。彼女にはカール・レイハントンのような地球環境に対する理想も、メメス博士のようなクンタラを導く理想もなかった。あったのは永遠に生きたいとの欲だけ。ひとりの女性の欲望が、スコード教の理想もクンタラの理想も木っ端微塵にしてしまったのだよ」

「たったそれだけ」ベルリは怒りが込み上げてきた。「永遠に生きたいなんてひとりの女性のそんな欲望のために、母さんも、姉さんも死んだのか?」

「生命はいつか死ぬさ」ジムカーオはそっけなかった。「そんなことは問題じゃない」


4、


ベルリがジムカーオに掴みかかろうとした。ディアナは彼を手で制した。ディアナが尋ねた。

「サラは、ビーナス・グロゥブでスコード教の男性を愛して、クンタラの教義を捨てたのですね。肉体をカーバに運ぶ道具として考えるクンタラの教義を」

「肉欲の前では理想など滑稽な代物だからね」ジムカーオは冷笑した。「理想は語る人を選ぶのだ。だがね、言っておくが、結局はクンタラが勝利した。理性に働きかけて、行動制限により人類を正しく導こうとするスコード教の理念は失敗した。科学を使い肉体を捨てて環境負荷をゼロにしようとするジオンの理念も失敗した。メメス博士の計画こそ頓挫したが、結局残ったのはクンタラなんだ」

「いや、違うはずだ」ベルリが怒鳴った。「ザンクト・ポルトにいたカリル・カシスと仲間のクンタラもみんな死んでしまったじゃないか。グールド翁や、アメリアのクンタラも。共産主義者も民主主義者も、個人主義者も全体主義者だって、みんなみんな死んでしまったじゃないか。どんなに愚かだって、人間は一生懸命理想に辿り着こうと必死に生きていたじゃないか。なぜ人類を絶滅させてすべてを奪わなくちゃいけなかった? なぜぼくのガンダムは、救世主になれなかった?」

「救世主になったのさ。そのことを教えるために君をここへ呼んだんだ。このポンコツアンドロイドは見ての通り、脚がないからね」

「救世主にはなれなかったんだ」ベルリは俯いてドンと壁を叩いた。「みんな死んでしまった」

「自分も最初はそう考えた。だが違ったんだ。自分はラ・ハイデンに報告を行い、公安警察としての自分の役割は終わったものと考えた。だからそこでジオンの技術を拝借した思念体という形を捨て、文字通りに死んだ。無に還ろうとしたんだ。だが、死んだ先にあったのは、無とは程遠い世界だった」

「死後の世界へ行かれたというのですか」ディアナは驚いた表情で尋ねた。

「そうなるね。ところがどうだ、死後の世界は自分が想像していたものとはまるで違った。あそこは生命のプールだ。言語化するのはとても難しいが、黄泉の世界が地中に張った根の世界とすれば、現世は地表の世界だ。表裏一体だったのだよ。死後の世界はあまりに身近にあり、死後の世界が望んだものがこの世に現出しているに過ぎなかった。ジオンは人類を世界の観測者にしようと考えていたようだが、そんなものは必要なかった。我々の存在自体が世界を観測するための道具に過ぎなかった」

「突拍子もないお話ですね」

「自分はビーナス・グロゥブの公安警察として、数百年の時間をカール・レイハントンらジオンの内偵に当てた。レイハントン家とともにずっとトワサンガで過ごし、何度も姿形を変え、人を欺いてきた。だがそんなものは必要なかった。何も警戒する必要などなかったのだ」

「いや、違う。警戒しなきゃいけなかったじゃないか。地球は・・・、生命は、絶滅してしまった。ぼくの目の前で。なぜあなたはもっと確かな形で警告してくれなかったんですか。ぼくじゃ、世界は救えないと」

「世界を救ったのだよ」ジムカーオはあやすような声で話した。「もしあのまま地球がジオンの囹圄膜の中で保護されるべき存在になり果てていたら、それこそ黄泉の国の生命のプールは腐り果てて地球文明圏の未来は閉ざされてしまっただろう。ジオンという過去の遺物は完全に葬り去られなくてはならず、また地球の生命体もいったんリセットする必要があったのだ」

「なぜですか?」ディアナが睨みつけるように語気を強めた。

「開拓の時代が終わったからさ」ジムカーオは当たり前だと言わんばかりだった。「生命体が侵略的で、根から生じたものでありながら根だったころの記憶を持って生まれなかったのは、生命の源が惑星を開拓するためだったのだ。生命体が互いに争い、滅ぼし合い、激烈な競争を繰り返してきたのは、適者生存に勝ち残るためではなく、開拓をしながら生存可能地域を拡げ、観測区域を拡大するためだったのだ。人間はその最も有能な道具として進化を遂げた。我々は惑星の多くの場所を観測対象とし、宇宙に目を向け、やがて宇宙世紀がやってきた。戦争のための資源を求め太陽系へと進出し、やがて外宇宙へと出ていった。これは、地球圏にある生命の源の意志だったのだ。戦争は人間が愚かだから行われてきたのではなく、より強く、より遠くへ行くための知識の蓄積に必要だったからだ」

「それが開拓の時代?」

「生存可能地域の拡大を主目的とした時代のことだ。だがそれはどうやら終わったらしい。外宇宙へ進出していた人類がレコンギスタしてきたのはまさにそのためだ。地球圏の生命の源は、生存可能地域の拡大と観測という目的を終えて、新しい時代を迎えようとしている。開拓時代のために生み出された我々、そして君たちオールドタイプの時代は終わるのだ。人類はニュータイプに進化する」

「新しかろうと古かろうと、同じ人間じゃないですか」ベルリは納得しなかった。

「それが違うのだよ、ベルリくん。言ったろう? 開拓を目的とした我々は、より環境に適応して環境を克服する知能が必要だった。進化を促すために作られた生命体だ。だが、これから生まれてくる新しい人類はそうじゃない。彼らは、生命の源、わたしが死後の世界で糾合された生命のプールと直接繋がっているのだ。生命全体と意志疎通できるまったく新しい生物だと思えばいい。これから生まれてくる子供たちはすべて旧来の人類とはまるで違う目的を持った新種だ。遺伝子は人類と同じなのに、生まれてくる目的が違うと言えばいいのか」

「そんなことは信じられない」

「生命と生命の間にある断絶は、競争を促すために最初からプログラムされたものだった。君がわたしを信じられないのは、まさにこの断絶を利用して君の意志が競争に向かうよう設計されているからだ」

「生命の源がぼくらを設計した?」

「それ以外誰がそんなことをする? 最初からこの断絶がない人間が生まれてくる、旧来ニュータイプと呼ばれたものは、思念が生命の源に近づいた特殊な存在だった。だが彼らは、現象発現の端緒にいた存在に過ぎない」

「あの、ガンダムを操縦したアムロという人のことか?」

「君と一緒にいたあの少女などもそうだ。彼女は、亡くなった彼女の父親と、アンドロイド型のサイコミュを使って会話をしているだろう? あれがきっかけとなって、彼女の思念は死後の世界に存在する膨大な情報とコンタクトを取るようになった。なぁ、ベルリくん、そして月の女王ディアナ。すべての生命の実体はあちらの世界にあるのだ。あちらにある情報のプールこそが生命の本質だったのだよ。地球上で誕生した全生命体の記憶とコンタクトできる新人類などに、我々オールドタイプが太刀打ちできると思うか? それは最初から無理な話なのだ。地球圏に存在する巨大な生命の源は、観測された知識を回収しようとしている。だから外宇宙に進出した人類はレコンギスタしてくる。レコンギスタは、魂が地球に呼び寄せられて行われているものだ。もう人類の宇宙での活動は限界に達していて、呼び戻されているのだ。彼らが外宇宙で体験したすべての情報は、死によって回収される。そして次の宇宙への進出はやってこない。延々と、回収だけが行われるのだ。これからも続々と人類は地球に舞い戻ってくる。その情報を回収するために、ジオンの囹圄膜は邪魔だった。だから歴史は改変され、ジオンのシャアのサイコミュに固定化された残留思念は、君たちが思念体分離装置と呼ばれた場所に移され、消魂したのだ」

「ではなぜあなたは、わたしたちを呼び寄せたのですか?」

「それはわたしの因果というもの。自分は公安警察の人間だ。内偵をして報告をする。それがわたしの仕事である。死後の世界で自分が目にしたものを、誰かに伝えなければいけないと思った。ラ・ハイデンに会ったら伝えてほしい。ビーナス・グロゥブは破棄して、地球に戻って来いと。新しく生まれてくる子は、人類であって人類ではない。彼らは争いごとを起こさない。彼らは生命を無駄にしない。もう生命は毒を生み出さない。スコード教の時代は終わり、人は神と繋がるのだと」


次回、最終回第52話「理想」後半は、2022年2月15日投稿予定です。

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