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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第42話「計画経済主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第42話「計画経済主義」前半



1、


クリム・ニックの死をきっかけに地球が虹色の膜に覆われてから半年が経過していた。

ザンクト・ポルトはカリル・カシスを中心に少数の男と女たちのコロニーが形成され、食糧増産について連日討議がなされていた。その中にはサラ・チョップの姿もある。ヘイロ・マカカのアバターの中に潜んでいた彼女は、ヘイロの新しい肉体が完成すると同時にサラ・チョップの古い肉体を奪ってザンクト・ポルトのクンタラ集団に合流したのだった。

サラの肉体がパイロット適正を満たさなかったため一時的にパイロットを務めていたラライヤも、その際に解放された。カール・レイハントンはラライヤについて関心を寄せず、肉体関係にあったサラにも執着しなかった。レイハントンの関心は、時間を遡ったベルリに向けられていた。

スティクスの銀色の船体が魚影のように覆う地球を、カール・レイハントンはじっと見つめることが多くなった。肉体を保ったまま地球を観察し続けることは、苦痛以外の何物でもなかった。肉体を捨てて時間から解放されてはじめて観察は観察めいてくるのだった。肉体を持つことは長時間観察には向いていなかった。それゆえか、彼は些末な事象に無関心であろうと努めた。

カール・レイハントンが肉体のメンテナンスに入ると、ラライヤはYG-111で出撃した。この機体も本来ヘイロが使用するものではないので、ラライヤに預けられたまま放置されていた。サラはやがて来るカール・レイハントンとの対決を忘れてはいなかったものの、いまは地球に降りることに夢中であった。500年前、目前に辿り着きながら踏みしめることのなかった大地に。

ラライヤは自分の身に何が起こっていたのか、曖昧な記憶しか持っていなかった。彼女はカール・レイハントンを調査するためにノレドと別れてトワサンガに残った。そして彼に近づこうとしたとき、サラと出会ってそれからの記憶が断片的にしか残っていない。彼女は時折、スティクスの魚影をかいくぐるようにYG-111で地球を一周する。ベルリとラライヤがどこに消えたのか、現在の地球がどうなってしまったのか、彼女は気が気ではなかった。YG-111のフォトン・バッテリーも尽きつつあった。

いつものように虹色の膜すれすれのところをYG-111で飛んでいるときだった。有視界にキャピタル・タワーとザンクト・ポルトが見え、一息ついて虹色の海を泳ぐ銀色の魚影のようなスティクスを眺めていたとき、YG-111は突然コントロールを失ってザンクト・ポルトに引き寄せられるように速度を上げた。慌てて操縦桿を握ったものの機体はいうことをきかず、暴走したYG-111は加速を続けて限界速度を突破した。警報音が鳴り響く中、ラライヤは叫び声をあげ、気がついたときには見たこともない大陸の上空を飛んでいた。YG-111は自動で重力下の操縦に切り替わっていた。

「ここは・・・、地球?」

自分はまた地球に落下したのかと驚いて機体下方に目をやると、小さな粒が蠢いているのが目に入った。それは黒い小さな粒であった。カメラを望遠に切り替えて初めて、ラライヤはそれが人間の集団であることを理解した。無数の人間が、殺し合いをしているのである。

バッテリーの表示を見ると、いつしかフォトン・バッテリーは回復していた。ビーナス・グロゥブ以外では決して充電されないはずのフォトン・バッテリーに何が起きたのか、ラライヤには考える時間は与えられなかった。YG-111は、交信を求めてくる音声をキャッチした。雑音交じりの音声は、聞き覚えのある声でG-セルフの救援を求めていた。

不意にラライヤの頭が正常に作動するようになり、その声の主がハッパであると理解した。

「ハッパさん?」

「その声は誰だ!」相手は興奮していた。「G-セルフならこっちの味方なんだろう?」

ハッパは見慣れない小さなモビルスーツのようなものに搭乗して、棒切れを振り回しながら敵と交戦していた。敵は粗末な身なりで、手作りの盾と槍でハッパたちと戦っていた。

ラライヤは戦闘のただなかにYG-111を降下させた。突然のモビルスーツの出現に敵は恐れをなして、撤退命令なのか、大きな銅鑼の音が辺りに響き渡った。すると敵は蜘蛛の子を散らすように引き上げていった。吹きすさぶ風が通り過ぎたとき、辺り一面に転がるおびただしい数の死体が目に入った。大地は血で染まり、死に損なった人々のうめき声が陰鬱に聞こえてくるのだった。

ハッチを開いたラライヤは、その凄惨な光景に顔をしかめた。現代戦ではありえない血みどろの戦いが地球の上で繰り広げられていたのだ。そこに駆け寄ってきたのはやはりハッパであった。

「なんだ、ラライヤじゃないか」

彼の声はどことなく明るかった。彼の乗る小さな機体もまたおびただしい血で赤く染まっていた。

戦闘を終えた集団は、しんがりを残して南へと撤退していった。ハッパは自分の乗り物ごとYG-111に抱きかかえられた。ハッパは興奮した口調で事情を説明した。

事の発端は、ベルリとノレドがリリンを連れ、おそらくは時間跳躍をして約半年前の世界へ戻ってきたことだった。それから一緒にアメリアを目指して旅を続けていたところ、共産主義革命の現場と出くわして、ハッパとノレドはその調査のためにホーチミンからハノイに潜入していた。ところが、彼らはひそかに憲兵に監視されており逮捕されてしまった。ノレドはどこかへ連れ去られたが、ハッパは処刑される寸前でホーチミンから駆けつけた民兵に助けられて、そのまま野戦になったのだという。

「ノレドが?」ラライヤの顔が蒼ざめた。

「ぼくも責任を感じているんだ」ハッパはうなだれた。「ぼくは立場的にノレドの安全を確保しなきゃいけなかったのに、役割が果たせなかった。ノレドにもしものことがあったら、ベルリに合わせる顔がない。何としてでも取り返さなきゃいけなんだけど、どこに連行させたのかわからないんだ。ぼくもようやく解放されたばかりだから」

ハッパは、世話になっている農家の老人がホーチミンの民兵に協力して情報を提供してくれたおかげで助かった。ノレドの行方は分からず、探す手段もないのだという。

「現地の人間に成りすますために、レーダーも無線機も何も持たせてなかった。ぼくの失態だよ」

「ノレドが・・・」

ラライヤは、夕焼けの空に白く浮かんだ月に、もうひとりの自分がいることに思いを寄せる暇もなく、ノレド奪還を考えねばならなかった。空に白く浮かんだ小さな月には、もうひとりのベルリ、ノレド、ラライヤがいるはずだった。彼女もまた何者かに引き寄せられて、時間を遡ったのだった。

「ベルリはどこにいるんですか?」

「共産主義勢力に奪われた水源地帯奪還の作戦に参加したんだ。見ての通り、相手の装備は古代の戦争そのものだから、すぐに片が付くと見越してぼくらはハノイに潜入したんだが、まさかこんなに早く正体がバレるとは思わなかった」

「わたしはすぐに」

「いや、待つんだ。やみくもに探してもおそらく無理だ。ベルリがいま乗っている機体は不思議な代物で、あれならひょっとしてノレドの居所を見つけられるかもしれない。それに、リリンちゃんには不思議な能力があるようだし。だから、あのふたりに合流するために、ホーチミンに戻ろう」

「でも・・・」

「本当にすまない。でも、G-セルフであんな粗末な装備の人たちを殺してノレドを助けるのかい?」

そう言われてようやくラライヤも納得した。

「ハッパさんのその乗り物は?」

「これはね」

ハッパは日本で起きたことから順にラライヤに話していった。ラライヤの心は、ハッパの言葉を聞きながら、どこか焦燥感に駆られていた。銀色のスティクスが虹色の膜の上を泳ぎ回る姿が脳裏から離れなかった。地球が滅びるというのに、なぜこの人たちは争い続けているのだろうと。


2、


そのころノレドは、他の虜囚とともに竹を編んだ籠に入れらえて、夜を明かしていた。昼前まで食事も与えられず放置されていた彼女たちは、突然引っ立てられて大勢の人の前に立たされた。裁判のようだった。正面に数人の判事らしき人物が並び、左右と後方の座席には同じ服に身を包んだ男女100名ほどが椅子に座っていた。

検事役らしき人物が、反乱分子の罪状をとうとうと述べたのち、いきなり採決が取られた。椅子に座った人々が赤い手帳を右手に掲げ、裁判は終わった。

「被告人らを死刑に処する」

それが人民裁判というものだった。ノレドは訳が分からずに昨夜乗せられた荷馬車に放り込まれると、そのまま刑場に護送されてしまった。

何もしなければ殺される、そう考えたノレドは、護送官にあれこれと話しかけて、状況を打開する方策を探った。共産党の護送官は、はじめこそ迷惑そうにしていたが、若い女性に話しかけられて悪い気がしなかったのか、少しだけ返事をしてくれるようになった。ノレドは相手が食いつきそうな言葉を並べたが、トワサンガの名を出したときに、相手は急に引き締まった顔になって、しばし考えたのちに、列を離れて憲兵の上官らしき男に耳打ちをした。するとその上官が護送車の近くに馬で歩み寄ってきた。

「君はトワサンガに行ったことがあるのか?」

「行ったも何も、わたしはトワサンガのベルリ・レイハントンの婚約者ですから」

それを聞いた憲兵は、さらに上官らしき人物と話をするために列を離れていった。一時的に監視の目が緩くなったので、ノレドは他の繋がれている人々に話を聞いた。

「みなさんはどうして逮捕されちゃったの?」

「わたしたちはハノイの教師だったのです。そこで、古い教科書で授業をしていたところ、反共産主義者として捕らえられて、この有様です。共産主義のことなどわたしたちは勉強していませんので、子供たちに教えられるはずがない。古い知識人は、みんな逮捕されてしまいました」

先ほどの憲兵が戻ってきて、馬で引かれた護送車はいったん休憩を取ることになった。ノレドだけが馬車の外に出されて、用意された椅子に座らされて、水を飲ませてもらえることになった。

遠くからやせ細り目の吊り上がった男がやってきて、彼女の前に座った。

「トワサンガの方だとか? 本当ですか?」

「本当ですよ」ノレドは胸を張った。「ベルリ・レイハントンの婚儀のことはアジアでも報道されていると思いますが」

「そんな方がなぜこちらへ?」

「それは・・・」ノレドは必死に聞きかじった言葉を思い浮かべた。「共産主義の経済体制は、トワサンガの経済運営と似通う部分があるので、視察していたのです」

「ほう、トワサンガは計画経済をやっていると」

「トワサンガは労働本位制です」ベルリたちの話を聞きかじった知識しかなかったノレドだが、死刑になる寸前である恐怖が彼女の頭をより速く回転させていた。「労働工数によって支給される給与が決まっているのです。どんなものをどれだけ生産するかもあらかじめ決まっているんですよ」

「もっと詳しくお話をお聞きしたい」

男は興味持ったようだった。ノレドはこの機を逃さず交換条件を出した。

「護送車にいる他の人々は、ハノイの優秀な教師です。彼らは計画経済について詳しくはありませんが、それは教育を受けていないだけで、トワサンガのことを教えればより良い共産主義者となって国のために働くでしょう。なぜ彼らの処刑を急ぐのですか?」

「人民裁判の決定ですから。しかし、刑の執行をしばらく延期することは自分の権限でできます」

「では、あの人たちに食事を」

食事をと聞いて渋い顔をした男であったが、しばらくして焼いたパンと水が与えられた。

「トワサンガには計画経済の専門家はたくさんいるのですか?」

「もちろん」

「労働工数とは何ですか?」

「簡単に言えば作業量のことで、細かい手順を洗い出して数値化したものです。砂をAからBに運ぶのに、運搬回数で測ると誰もたくさん、重いものを運ばなくなるでしょ。ノルマは重さで決めないと。管理手段として工数を出すんです。ノルマを1回の運搬で達成する力持ちもいれば、10回かかる人もいる」

「回数で管理すれば、力持ちがたくさん運んだ分だけ弱者が楽をできるのでは?」

「それでは力持ちは働かなくなります。だから運ぶ重さでノルマを作っておいて、能力に左右されず誰もが同じ労力で仕事ができるように改善していくわけです。例えば砂を運ぶのにネコ車を使えば1回で運ぶ重さは同じになって、力の差も縮まります」

そう話しながら、ノレドの背中には冷や汗が流れていた。彼女の話は聞きかじったものばかりで、勉強したことはなかったからだ。そこで彼女は、自分はまだ学生であることを付け加えた。

「王の妃が学校へ行くのですか?」男が尋ねた。

「もちろん。それに宇宙では誰もが労働に参加するので、王だからって遊んでいるわけじゃない」

「王さまも工場で働く?」

「王さまは王宮で働きます。王さまの仕事は決済です」

「楽でいいですね・・・。いえ、あなたに嫌味を言っているのではないのですよ。それより、トワサンガの共産主義は上手くいっているのですか? それが聞きたいのです」

「もちろん上手くいってますよ。北の大陸の共産主義はいかがですか?」

「もちろん上手くいってます。でもまだ革命から日が浅いので、上手くいっていないところもあるかもしれません。そこでトワサンガのお話を聞かせていただいているわけです。共産主義を成功させるためにはどうすればよいのでしょう?」

「物資を・・・」ノレドは必死にハッパから聞いた話を思い出した。「物資の供給を豊富に行えばいいのです。誰もが物資に見向きもしなくなるまで、たくさん作るんです」

「たくさん生産するには、たくさん働かねばなりません。トワサンガの人々は、そんなに働いているのですか? 休みもなく。でも、おかしいですね。トワサンガは革命も起きず、王政のままなのに、共産主義体制なのだという。共産主義に王さまがいるなんて聞いたことがありません」

ノレドは相手の話が大筋で理解できるようになった。彼ら北の大陸の革命者たちは、支配者層について幻想を持ちすぎているのだ。

自分たちが労働で苦しい思いをして、貧しい生活に甘んじているのは、支配者層に搾取されているからだと思い込んでいる。平等に分配すれば、それだけで生活は豊かになるのだとの思い込みがある。だが、モノは湧いて出てこない。分配するための物資は、労働によって作られる。豊かになるためには、たくさん作らねばならない。そのためにはたくさん働かねばならないことを、サムフォー司祭を処刑して初めて理解したのだ。


3、


共産主義に支配されたハノイの物資供給は逼迫していた。北の大陸の支配層は、自国で発行する紙幣を大量に送り付けてきてハノイ地域から物資を吸い上げようとしていた。

共産主義革命に酔いしれたハノイの若者たちは豊かになるものと信じてその命令を嬉々として受け止め、見たこともないような大金を手に満面の笑みを浮かべていたが、その紙幣が紙切れのように価値がないとわかると、途端に苦しい立場に追い込まれた。彼らに協力した人々は、生活が以前より貧しくなったと連日訴え、離反者も相次いだ。

分配を前提とした生産は、労働生産性の向上にまるで結びつかなかった。過剰に生産しても、それらが自分たちの富にならない以上、人は働くのをやめる。労働意欲の減衰はそのまま生産能力の低下になって分配能力の低下に直結する。それでもコメなど日持ちのする農産物の生産意欲は衰えなかったが、それは収穫量を誤魔化して隠しておくためであった。

生産量の過少申告は分配能力の低下につながるために、農地には多くの監視官が付けられた。これはさらに農民の労働意欲を削ぐ結果になった。なぜ自分たちは見張られて仕事をしなければならないのか。なぜ見張っているだけの人間が多くの配給を受けるのか。農民たちは共産主義の官吏に嫌気がさして、反体制運動にこぞって参加するようになった。

それらを弾圧するために、密告が奨励された。弾圧は日に日に激しさを増し、誰もまともに働くのをやめてしまった。農地は荒れ放題となって、夜逃げが相次いだ。それでも、農地の監視をする役人は、田を耕さそうとはしなかった。田に手を出せば、官吏の仕事を失って農民にさせられるからだ。彼らは荒れ果てた農地のそばに立ち続けた。これらがハノイの共産主義革命がもたらした結果だった。

誰も積極的に働こうとしないために、生産計画が必要になっていた。生産計画と分配公約があれば、労働意欲は元に戻ると考えられていた。トワサンガの名を出したノレドの処刑が延期されたのは、計画経済のノウハウを得ようとしたためだった。ノレドはそんな彼らの気持ちを利用して、同日死刑判決を受けた教師たちをスタッフとして使うからと交渉して彼らの処刑をやめさせた。

ノレドと教師たちには土壁の粗末な一部屋が与えられた。

「とにかく、いくら生産しても大陸に飲み込まれるんじゃ誰も働かない。ハノイで作ったものはハノイで消費するようにしないと」

ノレドは年上の教師たちと、必死に生産計画を立て始めた。分配から逆算して必要量のコメを割り出し、総生産量と照らし合わせてみた。すると、ハノイで生産されるコメだけでは足らないと分かった。ハノイの人口は、農業用シャンクの労働を前提に増えており、シャンクが動かなくなるだけで生産性は大幅に低下するのだ。しかも、農地の多くは放棄され、夜逃げした人々は苗を持ち去っている。秋の収穫で状況を落ち着かせることは不可能だったのだ。教師のひとりはいった。

「農業にこんなに多くのエネルギーが必要なんて知りませんでした。お恥ずかしながら、わたしはサムフォー司祭のシャンク利用に反対していたんです。それはアグテックのタブーに反していて、人間はもっと自然主義的に生きるべきだと。でも、シャンクを農業に使っていたから、子供を食べさせることができたんですね。自然の恵みを最大限に受けるために、司祭は働いていた」

「それだけじゃない」別の教師が口を開いた。「土壌改良材はホーチミンで作っていたんだ。ハノイはそれを買って、農地を拡げて収穫量を上げていた。ウチも実家が農家なので、深く土を掘って朽ちた大木を埋めたりしていたものです。ああいうのはみんなで協力しないとできない。ところがいまは、たくさん作っても全部盗られて、交換できない紙幣だけが渡される。あの紙幣ではホーチミンと取引すらできない。こんな状況でどうやって生産計画を立てればいいのやら」

「計画も何も、苗すらないというのに」

「でもさでもさ」ノレドは必死であった。「モノの価格は共産党が決めていて、一定なんでしょ? だったら紙幣は余ってるんだから、それで籾を買い戻せばいいんじゃない?」

「籾といっても、コメになるものは配給品ですからね。売買の対象じゃない。農家がコメを隠しておけるのは、来年用の籾だとウソをつけるからでしょうし。もちろんそれは買えません」

「買えないの?」

「おそらく」

「そしたらさ、今年の生産分は全部来年作付け用の籾にするしかないじゃん。1年間どうやって暮らしていけばいいの? 1年間食料もなしで暮らすの? 大陸から配給はされないの? こんなの奴隷以下じゃん。共産主義ってみんなで作ってみんなで分け合うものなんでしょ?」

「それが約束されているのは共産党員だけってことなんでしょうかね。わたしにもわかりません」

「でも」ノレドはぐいと頭を突き出して声をひそめた。「計画経済への移行に失敗したら、あたしたちは即死刑になるんだよ。何とかしないと。何か、売れるものは、売れるものはないの?」

「おそらく、水資源だけだと思います。水源地を人民解放軍が押さえていると聞いたので、上流でダムを作って、ホーチミンなどの下流域の住民に売るんです。それで来年用の籾と、不足分の食料と、できればキャピタル通貨を調達して、外国と密貿易するしか来年生き延びる手段はないかと」

「水資源か・・・、ん、待てよ」

その水源地を奪い返すために、ベルリはホーチミンの民兵とともに現地に向かっているはずだった。

「なんてこったい!」ノレドは頭を抱えてしまった。



そのころベルリは、ジャングルの中を行軍する民兵たちを上空から眺めていた。ガンダムの全天周囲モニターは遠くに水源地を捉えていた。後部座席に座るリリンは、操縦系統の不明な部分をベルリより早く把握して、後ろの席から指をさして使い方を教えていた。

望遠レンズで目的地である水源地を確認したところ、多くの人間が近くの木材を切り倒して川を堰き止めようとしているのが確認された。ベルリはさっそくスピーカーでジャングルの中を歩く民兵たちにそのことを知らせた。目的地まであと1日はかかるというので、今晩はその場で野営が決まった。

ガンダムを降りたベルリとリリンは、民兵と食事を共にした。野生動物の丸焼きと石の上で焼いたパンが振舞われた。イヌビエが多く混ざった粗末なパンだった。

「ダムを作っているのでしょう」民兵のリーダーが忌々し気に言った。「水がなければコメが作れない。おそらく、水を堰き止めて河を細らせ、我々を干上がらせるか、恫喝に使ってホーチミンも共産主義にするつもりに違いない」

「みなさんは共産主義には批判的なんですね」ベルリは素朴な疑問を口にした。

「そりゃそうよ」男たちは口を揃えた。「将来どうなるかなんて誰にもわからない。だからみんな蓄える。慎ましく生きて蓄えた人間が子々孫々楽をして生きていく。それのどこが悪いっていうんだ」

「そうそう。オレなんかハノイの出身だからわかるが、そもそもハノイってのは前文明のときの荒廃して、人はほとんど住んでいなかったんだ。サムフォー司祭がやってきて開墾して豊かになった土地さ。他のどこにも地主と小作人がいる。だけど、ハノイはサムフォー司祭が開墾した土地を全部くれたから、みんな頑張って働いた。司祭は地主にならなかったからな」

「あそこにいるノクタンなんか、プノンペンからやってきて、段々畑を作った奴さ。あんなところに田んぼを作るなんて誰も考えもしなかった。あいつひとりで作ったのに、共産主義者の連中はそれを全部奪おうっていうんだ。北の大陸の連中はろくなもんじゃない」

ベルリはチラリとノクタンの顔を見た。確かに肌の色が少しだけ違う。彼があの見事な段々畑を作ったのかと思うと、ベルリは自然と笑みが浮かんでくるのを抑えられなかった。

「ノクタンは方言があるからあまり喋らないが、いい奴さ」

「小作人がいないなんて、意外でした」

「農地を拡げて、キャピタル中央銀行の支店を作らせて、ほとんど物々交換だった田舎に貨幣経済を根付かせて、交易ルートを作って、フォトン・バッテリーの代替手段まで考えてくれてたんだぜ。それをさ、地主がいないからという理由で、司祭が狙い撃ちされた。他に首を取る人間がいないからさ。おかしな話だろう? 司祭の嫁は、ホーチミンの大地主の娘なんだ。オレはあいつを信用してないね」

ベルリはハッとしてリリンの顔を見た。彼女はちょっと得意げにすましながら、パンを頬張っていた。


4、


翌日のこと、ベルリたちは再び進軍を続けることになったが、ガンダムは極力低空を飛んで、ダム建設中の人民解放軍を監視した。昼にまたいったん休憩となって、民兵組織はベルリも交えて作戦会議となった。人民解放軍と接触すれば必ず戦争になる。有利な陣地を確保する必要があった。

「そろそろ敵の斥候にも気をつけなきゃいけない。出来ればあのモビルスーツで脅かして、人民解放軍の奴らを蹴散らしてくれるのが一番被害が少ないのだが、ベルリさんは戦争がお嫌いなようで」

「戦争が好きな人なんていませんよ」

「そうかもしれないが、戦争をしなきゃ土地を奪われるだけじゃないか。サムフォー司祭は、スコード教の禁忌に縛られて、戦おうとしなかった。だから縛り首にされてしまった。オレたちは司祭ほど人間が出来ていないから、戦って生き残って、そして奪い返すんだ」

奪い返すという表現は、北の大陸による革命の波がただの侵略行為であったことを物語っていた。共産革命主義は、分配の約束を使って無償の兵士を数多く動員するために、戦争が終わるとあっという間に分配資源が底を尽く。分配のための労働を奨励すると以前と同じ不満が燻ってくる。より簡単なのは、分配資源を奪い続けることなのだ。

「農民兵が多いうちは計画経済へ移行できないんです」ハノイから逃げてきた男が言った。「だから革命が終わるとすぐに農民たちは土地に縛り付けられて監視を付けられる。逆らう人間は粛清される。分配を約束しているということは、分配資源を豊富に確保するか、分配を受け取る人間を減らすしかない。だから共産主義は、必ず粛清を開始して口減らしをする。口減らしの肯定が、共産主義賛美の洗脳教育の肯定になっていく。共産主義を理解する進歩的人間が増えれば粛清せずに済むといってね。しかし、粛清や少数民族の弾圧はずっと続く。なぜなら分配を約束しているから」

ホーチミンの民兵の中には共産主義を肯定する人間はひとりもいなかった。共産主義は革命時の約束を果たすために暴力の波を世界中に拡げていく。彼らが計画経済へ移行するには、自由民主主義の防波堤によって暴力の波が止められる必要がある。分配資源を奪えなくなってはじめて計画経済は開始されるのだ。なぜなら、計画経済は、革命を指向した人間が最も嫌う労働の義務に人生を縛られてしまうからである。

みんなで作ったものをみんなで分け合う。資本家に独占をさせない。生産物はすべて労働者のものである。彼ら共産主義者の理想を実現させるには、まずは革命の興奮を鎮静化させる必要があった。

ベルリは決断した。

「戦争になってしまえば、多くの犠牲者が出ます。ぼくがガンダムで先頭に立って、できるだけ相手の戦闘員を傷つけないで水源地から追い払えるよう努力してみます。もし相手が徹底抗戦するようでしたら・・・、そのときもぼくがガンダムで・・・」

「いや、ベルリさん」民兵のひとりが口を開いた。「あなたはトワサンガの王子さまで、スコード教の法王になる資格もある方なのでしょう? そう聞いていますよ。スコード教は反スコードと戦うための宗教ではないはずです。古い多くの宗教を糾合した宇宙宗教だとサムフォー司祭が話していました。そんな人に人殺しをさせるわけにはいかない。先頭に立って戦ってくれるのはもちろん助かりますが、我々の目的は水源地の奪還、ハノイの奪還、それだけです。敵がどんな行動に出るかによって対応は変わりますけど、我々だって憎いのは北の大陸、砂漠の人間だけです。ハノイの若者は彼らに騙されただけだ」

作戦は、ベルリがガンダムで相手を威圧して時間を稼いでいる間に、より高い位置にホーチミン民兵の砦を作って水源地を恒久的に防衛できる体制を作るということでまとまった。

その翌日のこと、作戦は決行された。

人民解放軍による木製の手作りダムの工事は難航を極めていた。人民解放軍の工兵たちは突然上空から飛来した白いモビルスーツに怯え、火薬で鉛玉を撃ち出す旧式の銃で応戦した。ガンダムのコクピットには、カンカンという鉛玉が当たって跳ね返る音が響いた。

ベルリは彼らに向かって叫んだ。

「トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。水資源の独占はどのような理由があろうと認められない。あなた方がそれを強行しようとするなら、スコードの名においてわたしはあなた方と戦う。もしあなた方が宇宙の理を受け入れず、独断で物事を処断するというのなら、あなた方は地球のすべての地域のみならず、宇宙全体をも敵に回して最後のひとりが額から血を流して地に伏すまで追い詰められ、希望の欠片も眼にすることなく意識を失うことになるだろう。いま一度トワサンガ王子、ベルリ・ゼナム・レイハントンの名において命じる。ただちにこの地を立ち去るがよい」



「ノレドさんがベルリ王子の婚約者だって話、本当だったんですね」

「まあね」ノレドは浮かない顔だった。「でも、いまもしベルリがトワサンガの名前を使って水源地で戦争していたらって考えると気が気じゃない。共産党の官吏には、トワサンガが共産主義ってウソをついて視察していたことにしてるからさぁ、ウソだってバレるとマズイのよね」

「トワサンガは共産主義ではないのでしょう?」

「宇宙は計画経済なのよ。スペースコロニーには神さまが作ったものはひとつもない。全部人間たちが作ったものばかり。空気も水も大地も重力も、全部人間が労働によって生み出したものばかり。空気も水も汚れるからキレイにしなきゃいけないし、閉鎖空間だから新しい病原菌やウイルスの発生には細心の注意を払わなきゃいけない。光を取り込む調整も、木々の成長も、麦の成長も、キャベツの収穫も、デブリの回収も、全部決められたとおりに働いて、働いた分の賃金で交換する仕組み。労働を拒否するという発想自体がない。宇宙では働くことが生きること。働かないという選択はない。だから労働力資本が通貨の裏付けになる。労働は常になされるから、必ず生産物が出来上がって、分配資源が尽きない。それが通貨の価値になっている。ずっとそうやってきたから、計画経済であることが当たり前になっている。資本があるからといって、無計画に投資をして開発に繋げることはできない。そもそも資材がないんだから。新しいコロニーを作るには、どこからかコロニーの資材になるものを運んでこなきゃいけない。それは資源衛星といって、資源用に宇宙のどこかから運んできたものなんだ。それは資本家が勝手にやれるような事業じゃない。コロニーの英知を集めて資源衛星として使えるものを選別して、運動エネルギーの方向を変えて、減速させて、事故なくシラノ-5まで運ばなきゃいけない。そういうことは全部計画によってなされる。宇宙は計画経済が当たり前なのよ」

「北の大陸の人たちはその方法を学びたいのでしょう?」

「でもさ、話していると何か違うのよね。共産主義の理想は、みんなで働いてみんなで分け合うってことのはずなのに、資本家や権力者から奪うことばかりに夢中で、ただで働かずに何かが得られると思い込んでいるみたいなんだ。分配資本をたくさん作るには、たくさん労働することと、労働生産性を上げることを考えなきゃいけないはずなんだけど、手っ取り早く何かを欲しがってる。水資源を奪いに行ったのもそういうことでしょ? まぁ、その水資源がこちらの頼みの綱なんだけど」

そこに、ノレドの死刑執行を取りやめた責任者の男がやってきた。

「来年度の計画は完成しましたか?」

「ええ、一応」

ノレドは男に計画書を手渡した。男はそれを一読して、溜息をついた。

「あなたはわたしを騙しましたね。トワサンガのベルリ・レイハントンは、あなたの計画の中心にある水資源をたったいま奪い取ったそうです。残念ですが、あなた方には死んでもらいます」


第42話「計画経済主義」後半は4月15日ごろ投稿予定です。





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