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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第47話「個人尊重主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第47話「個人尊重主義」後半



1、


ルインは奪い去った高速巡洋艦で大気圏突入を図った。燃え尽きそうなほどの高温とバラバラに壊れてしまいそうな振動に緊張したのも束の間、やがて艦は安定飛行に入った。

そのときふと、ルインは長距離通信をキャッチするような気がして通信士を見やった。しかし何も起きず、気のせいかと前を向いた。ルインは大きな声を張り上げた。

「我々はこの巡洋艦とフルムーン・シップを手に入れた。フォトン・バッテリーは人類全体が半年暮らせるほどある。数日のちにはフルムーン・シップも大気圏に突入してくるだろう。それまで諸君らの英気を養うために、南極に近い南アメリア大陸に身を隠すことにした。知っての通り、地球は我々が危惧した通り全球凍結に向かっている。英気を養うには寒いところだが、それはキャピタルを制圧するまでの我慢だと思って辛抱してくれ」

大気圏に突入してから、ルインはずっと胸騒ぎを感じていた。良からぬことが起きる前触れなのか、それとも今度こそ地球の支配者になるとの確信が武者震いを起こしているのか彼にはわからない。ただ、いいようのない苦しさを抱えたまま彼は艦を南へと進ませた。

ほどせずブリッジの近くで悶着を起こす騒音が聞こえた。怒鳴り声が聞こえた次の瞬間ハッチが開けられ人影が入ってくるのを視界の隅で捕らえた。何事かと振り向いたとき、彼はそこに東南アジア系の壮健な中年男性が立っているのを認めた。

「ジムカーオ閣下・・・」

それはクンタラ解放戦線影の支援者で、元キャピタル・テリトリィ調査部のジムカーオ大佐であった。クンパ大佐が亡くなった後、組織としての活動が途絶えていた調査部に突然アジア支部から戻り、どのような政治的画策があったのか不明のまま責任者に就いた人物であった。

クンパ大佐の死後、軍籍を離れてマニィとともに旅を続けていたルインは、身を隠していたインドで彼と知り合い、クンタラ解放戦線のアイデアを授かって彼の言う通りにゴンドワンに潜入してテロ計画を実行していた。ジムカーオからは長距離通信装置を与えられ、直接指示を受けることもあれば、カリル・カシスを通じて情報が提供されることもあった。

だが彼は、7か月前の事件で、トワサンガに隠されていたラビアンローズとともにキャピタル・タワーを破壊しようとしてベルリらに阻まれ死んだはずであった。投獄されていたルインですらそのことは耳にしており、クンタラ解放戦線の強大な支援者を失ってベルリに大人しく従うことを決めたのだ。ルインはベルリの祭壇によってクリム・ニックとともにビーナス・グロゥブに流刑となった。残りの人生はずっと金星のコロニーで奴隷として過ごすのだと心を決めていたところに持ち上がったのがカール・レイハントンの突然の出現であった。

「あなたは、死んだはずでは?」

「ああ、死んだとも」ジムカーオは応えた。「死の定義は生の定義同様曖昧でブレがある。君らの定義ではわたしは死んだ。だが、別の定義では死んでいない。君もニュータイプという言葉くらいは知っているだろう。わたしはとても強いニュータイプなのだ。ニュータイプにとって死はもっとずっと後にある。永遠の時間の遥か先だ」

ルインにはジムカーオの言葉の意味は分からなかった。しかし、これからクンタラだけの世界カーバを作り出そうとしている彼には願ってもない助っ人であった。ルインは彼を艦長室に案内して、自分が座るべき上等な椅子を差し出した。ルインは人払いをして、部屋をふたりきりにした。

「自分はあなたを赦す気にはなれない」ルインはいった。「自分はあなたが死ぬときハッキリと悟りました。あなたは心に深い闇を抱えています。親の命を救うためにあなたはスコード教に改宗させられ、クンタラの裏切り者として振舞った。自分のことも騙していたはずです。あなたはただ、大執行と呼ばれるものを遂行して、ニュータイプとオールドタイプを戦わせるためだけにあれだけのことを仕込んだ。自分はあなたに騙されたことを後悔はしていないが、赦す気にもなれない。ただ。事情をよく知るであろうあなたが来てくれて、ホッとしているのも確かです」

「君は正直者だね。何を知りたい? 話の前に答えてあげよう」

「あなたはクンタラ解放戦線を使って何がしたかったのですか?」

「目的などない。君らが生き延びる機会を与えただけだ。マスクという人物の悪名によって、クレッセント・シップが世界巡幸を行っている間、クンタラの評判は散々だった。それを承知していたから、君らは逃げていたのだね」

「それは・・・間違いありません」

「だが、クンタラは君らは思っているよりもっと根深いものなのだ。たしかにわたしは強制的にスコード教に改宗させられた過去を持つが、それはもう何百年も前のことだ」

「大執行とは結局何だったのでしょうか?」

「大執行とは宇宙世紀以降人類がずっと続けてきたこと、オールドタイプの絶滅を指す。これをわが手でやってやろうとしたのだが、この星を守護する魂魄によって阻まれてしまった」

「星を守護する魂魄?」

「星を守って死んだ者たちすべての魂魄が集まったもの。わかりやすくいえば、そんなところだ。ニュータイプは魂魄となって肉体を解脱する。その思念だけが確固として存在し続ける。だが、オールドタイプの魂魄もまた永遠だ。いや、君が尋ねたいのはそんなことではなかろうが」

「あなたは自分たちクンタラを騙していたのですか? クンタラごとこの星の人間を殺してしまおうと? あなたがラビアンローズでキャピタル・タワーを破壊しようと試みたとき、自分はあなたを殺すためにベルリと共闘して戦いました。それは正しい振る舞いだったのでしょうか。それとも自分は、あなたのやることを助けるべきだったのでしょうか?」

「どちらでもいいのだよ。君は道を選ぼうとする。だが、どの道を進もうが人は理想に到達することはない。人の歩みの継続を永遠に導くものが理想だ。理想を失ったまま歩めば、人の行き先は途絶える」

「なるほど。道程にはこだわらないと。しかしあなたは、大執行を選んだ」

「そうだ。だが、大執行という名のカルマの崩壊はいずれ起きるのだ。ビーナス・グロゥブとトワサンガには自分たちをニュータイプと信じ、エンフォーサーと名乗る集団がいた。彼らはオールドタイプを絶滅させ地球を我が物にしようとするグループであったが、わたしは彼らがニュータイプでないことを知っていた。ニュータイプでもないのに、先祖の縁故によって自分たちを優生と勘違いした連中は、滅ぼされて当然だろう? わたしがラビアンローズを暴走させたとき、彼らがニュータイプであったならラビアンローズから思念だけ機械に移し、彼らは逃げ延びることができた。そしてオールドタイプのない世界で思念体として生きていくことができたのだ」

「それはできなかったのですね。そしてみんな死んだ」

「ああ、死んだ。恐怖のあまり思念すら怨霊のようになってザンクト・ポルトに引き寄せられていたよ。だからどちらでも良かったのだ」

「大執行がそのような意味であるなら、ラ・ハイデンの戦争行為もまた・・・」

「オールドタイプの絶滅は、地球が氷河期に突入しても起こる。ビーナス・グロゥブが地球を支配しても起こる。カール・レイハントンが支配しても起こる。それらすべてが大執行だ。ただし、人類が宇宙世紀の続きを行い地球を窒息させることは大執行ではない。それはただの絶滅だ。人類が自らの無能によって滅びることを避けるために、大執行は行われる。宇宙世紀の初期、大執行はコロニー落としという手段で行われた。巨大なスペースコロニーを地球に落下させることで、ニュータイプはオールドタイプの絶滅を図ったのだ。それはより良い未来のためのひとつの手段なのだよ」

「閣下は、ヘルメスの薔薇の設計図を回収できない人類を滅ぼそうとした?」

「そのつもりだったが、成功しても失敗しても、それはどちらでもいいのだ。カルマの崩壊は必ず起こるのだから。誰が成すか、それも大きな問題ではない。オールドタイプは必ず滅びる」


2,


ルインたちクンタラ解放戦線のメンバーを乗せた高速巡洋艦は、一路アメリア大陸南部にある南極にほど近い場所を目指して飛んでいた。

その艦長室にて、ルインはジムカーオに話に耳を傾けていた。ルインは彼に尋ねた。

「自分が閣下を殺そうとしたことは咎めようとしないのですね」

「それも先ほどの話と同じだ。君の心の揺らぎがどちらに振れようと大した問題ではない。この、滅びることを赦されなかったビーナス・グロゥブの公安警察の官僚があの場面で生きようと死のうと大きな問題ではない。その前に君はクンタラすべてのために戦おうとしてくれた。その確信が一時揺らいだ。それだけのことではないかね」

「閣下がクンタラ解放戦線を支援してくださったことに偽りはなかったのでしょうか?」

「ビーナス・グロゥブの官僚だったわたしは、初代レイハントンの補佐をしていたメメス博士を調査していた。仕事を拝命したとき、すでに彼と娘のサラは亡くなっていたが、クンタラであった彼の行動が大執行後を見据えたものであったことにわたしは注目した。彼はザンクト・ポルトをオールドタイプ絶滅後の避難場所として整備していたのだ。なぜあの場所だったのか、トワサンガではなかったのかはわたしにもわからない。彼にとってあの場所が意味のあるものだったのだろう。そして娘のサラは、初代トワサンガ王カール・レイハントンの子供を産んで死ぬのだが、カール・レイハントンというのは君も知っての通り思念体と呼ばれる存在で、彼の肉体は生体アバターに過ぎない。生殖機能は娯楽のために存在するだけで、アバターの性質は生殖行為では遺伝せず、娘のサラの遺伝子がそのまま男女の子供に受け継がれている」

「まさか。では、ベルリはカール・レイハントンと血の繋がりがないのですか?」

「ない。ベルリは、サラやその父であるメメス博士の遺伝子形質しか受け継いでいない。しかも、当時のトワサンガの住人になった多くはクンタラであった。これはトワサンガとキャピタル・タワーを建造した労働者がクンタラであったことももちろんあるが、そもそも当時のビーナス・グロゥブ総裁だったラ・ピネレが大のクンタラ嫌いで、ビーナス・グロゥブから彼らを排除したことが大きい。つまり、ベルリ・ゼナムというのは、遺伝的にはクンタラの子孫だ。もちろんクンタラは遺伝ではなく信仰であるから、スコード教徒である彼はクンタラではない。しかし、クンタラの子孫だ」

「奴がクンタラ・・・」ルインはドサリと椅子に身体を預けた。「まさかそんなことが」

「君はあの男を随分と憎んでいたようだが、事実はこんなものだ。目の前にある答えなど当てにならんのだよ。だから、社会がどのような道に進もうと、社会がどんな決定を下そうと、どんな結果が起ころうと、自分の望みのいくらかは満たされ、いくらかは満たされないのだと心構えなくてはいけない。道を選ばなくては人は前に進めないが、自分の道の先にだけ理想があり、他人の道の先には破滅があるなどと考えてはいけない。どの道の先にも理想はなく、理想は道を踏み外さないために照らす明かりに過ぎないのだと知らねば。理想は暗闇の洞窟を照らす光だ。その輝きは、いつかはそこに辿り着くのだと目標となるが、肝心なことは目的地である理想に到達することではない。理想が照らす明かりを頼りに前に進み続けることだ」

「それはもしや、カーバのことをおっしゃっておられるか?」

「クンタラの安息の地カーバ。クンタラの理想郷カーバ。君はそこに辿り着こうとして、多くの罪を犯しているのではないのかね?」

「カーバがないとおっしゃるか!」

「わたしが言ったことをいま一度思い出すがいい。カーバは暗い洞窟の先にある辿り着こうと目指すべき理想であるが、その暗闇を照らす理想の明かりは、人が前に進むために存在しているのだと。クンタラがカーバを目指すことは、心を律するために絶対に必要なことだ。しかし、もし君が『ここがカーバだ』とクンタラの仲間たちに示したのなら、カーバに辿り着いたと思い込んだクンタラたちは先へ進むべき理想を見失うのではないかね?」

「そんなことは・・・」

「君の理想主義は本質的に間違っているのだ。理想とはこういうものだと答えを示し、理想に辿り着くためならと手段を選ばない。君の行動は理想からどんどんかけ離れていく。カーバという理想を目指しているはずの君の心は、どんどん理想から遠ざかって、醜悪になり果てていく。魂の安息地であるはずのカーバを、血塗られた大地に変えていく。君はキャピタル・テリトリィを実行支配して『ここがカーバだ』と仲間に宣言するつもりなのだろう? だが、カーバに辿り着いたと信じ込んだクンタラたちは、一体どうなると思う? クンタラは清らかな魂を安息地カーバに運ぼうとするからより慎重で理想的な人生を送ろうと努力する。理想から外れたクンタラがいれば嘆き悲しみ、激しい怒りを覚える。だが、カーバに辿り着いたと信じ込んだ君の仲間たちは、カーバに辿り着いたと思い込むがゆえに自分がどんな行動を取ろうと自分は清らかで正しい人間だと思い込み、身を律しなくなる。規律を忘れ、犯罪を犯す。君がカーバだと宣言した土地は、怠け者で自堕落で傲慢な人間しかいない土地になる。君の仲間は人間集団と堕落させ、堕落させた土地に育った君の子らにカーバという理想を見失わせる。それはそうだろう? 自堕落で傲慢な人間が軋轢を起こしながら窮屈に暮らす自分の故郷が理想郷だと教わった子供たちにはもはや絶望しかない。君はゴンドワンでもカーバを作ったと豪語した。そこがどうなった? 核爆発であの地は放棄された。キャピタルは君がいなくなり争いごとの絶えない土地になった。君はわたしに呼ばれて宇宙へ上がってきたが、もし君がトワサンガに到達していたのなら、君はトワサンガこそがカーバだと言い出してあの場所も醜い土地に変えただろう」

「そんなことは・・・」

「いつ気がつくかと思って黙って待っていたが、君はついぞ気づかなかった。それはつまり、君は理想など求めてはいなかったということなのだ。理想のことを本当に心から求めていたのであれば、君はもっと早くカーバという言葉を安易に使う危うさに気づいたはずだった」

打ちのめされたルインは、がっくりと椅子の上で崩れ落ちた。

「自分がやってきたことは、まったく無駄だったのですか?」

「世界には理想を追い求める人間が何人もいる。ベルリくんもそうだし、スコード教のゲル法王もそうだ。北の大陸の支配者である共産党書記長でさえ、自分のことを理想主義者であると思っている。自由民主主義のために戦う者らも理想主義者だ。自分たちの道徳を守ろうとする民族自決主義者もそうだ。ゴンドワンのいまの支配者である140センチの独裁者エルンマンもそうだ。理想主義者同士で絶滅するまで殺し合うかね? もし君に本当の勇気があるのなら、君はベルリくんと真正面から向き合ってみるといい。話したように、彼はメメス博士の子孫であり、血筋はクンタラだ。スコード教徒である彼が、いまいかように理想的なクンタラのように振舞っているか、見てみればいい。君はまだゲル法王が唱えている新教義のことを知らないだろう?」

「いいえ、知りません」

「彼は、スコード教徒クンタラは同根であると唱えている」

「そんなはずはないでしょう? スコードは人工宗教、クンタラはそれに参加しなかったはず」

「同じ時の同じ出来事から派生したふたつの考え方だと彼は思っているのだ。君は即座に否定したが、果たして君はゲル法王ほど必死に世界のことを考えただろうか。あるいは、ベルリくんほど世界のために心を砕いただろうか。ここから先は君の勇気の問題だ」


3,


キエル・ハイムは旗艦ソレイユに乗り込み、再びディアナ・ソレルの仮面を被った。

すぐさま編成を終えたムーンレイス艦隊は、アメリアとの軍事同盟に従い、ルイン・リー捕縛の任務のために出動した。再びディアナ親衛隊としてその傍らに就くことになったハリー・オードは、ディアナに詳しい説明を求めた。ディアナが応えた。

「アイーダの話ではこの世界は現実ではないそうです。それがどのようなものなのかはわたくしにもわかりません。しかし、亡くなったはずのミック・ジャックの姿はわたくしも見ました。とっくに尽きたはずのフォトン・バッテリーもフル充電になったまま減ることがない。たしかにこの世界は尋常とは言えないでしょう」

「ソレイユやオルカに乗っている限り、そうしたことは実感しにくいですね」

「ええ、縮退炉を使う我々には実感が乏しい。それで彼女らが主張するには、クリム・ニックが大気圏突入の際に死亡したことをきっかけに、地球が虹色の膜に覆われ外部から侵入できなくなったと。そのとき大気圏突入していたフルムーン・シップは、何時間後かは定かではないもののどうもアメリア近郊で大爆発を起こしたらしい。地球が閉じられた時間と、大爆発の間にタイムラグがある。これは、何者かが地球の行く末に関与したのではないかと推測しているようなのです」

「その推測が正しいという保証はないのですね」

「誰にも未来に起こることの保証などできません。アイーダがそう思う理由はふたつあって、クリム、ミック、ラライヤ、アイーダ、ウィルミットの5人がキャピタル・テリトリィにいるときに、ニュータイプの共感現象が起こって、それぞれの記憶の一部を共有したことがひとつ。もうひとつは、自分の最後の記憶、つまり共感現象中に幻視した自分の最後の記憶というものが、虹色の膜が拡がっていく光景を部屋の窓から眺めているものだったからだと」

「それは何らかの確信と関係ありますか」

「自分はそこで死んだわけではないのに、そこから先の記憶は一切なかったのは、虹色の膜の内部にいた人間は、大爆発が起こる前に思念が肉体から強制的に分離させられていたからではないかというのですね。そこから先の記憶がない、つまり未来はないというのは、もしかしたらその先に起きたことは確定した未来ではない可能性があると」

「すべて推測に過ぎず、保証されるべきものはないが・・・」

「それに賭けるしかないと。そういうことですね。そもそもフルムーン・シップの大爆発が起こるのかどうかもわからないわけですが、クリムは人類を実行支配しようと考えて艦隊を連れてやってきたラ・ハイデンは、人類がフォトン・バッテリーを強奪することは絶対に許さず、それくらいなら人類を滅亡する選択もするだろうと証言しているようです。これにはクン・スーンも同意していました。ラ・ハイデンとはそういう思い切ったことをする人間だと」

「自分はトワサンガでカール・レイハントンと500年ぶりに再会しておりますが、あいつと決着をつける前に人類は滅亡の危機にあるわけですか。何とも情けない話だ」

そこにルインらの高速巡洋艦をキャッチしたとの声が響いた。会話を打ち切ったハリーはモニターを確認してディアナに振り向くと頷いた。

「スモー隊、出撃準備」

同じころ、ルインらクンタラ解放戦線もムーンレイス艦隊をキャッチしていた。ルインはジムカーオとの対話のために艦長室にこもっていたが、ただちにブリッジに呼び出されて状況を確認した。

「まずいな」ルインがいった。「こちらはこの艦に慣れていない上にあの大艦隊。あれはシルヴァー・シップ艦隊と戦ったムーンレイスの艦隊だろう」

「いかがします?」

「まだかなり距離がある。このままアメリア大陸最南端に向かい、まだ追ってくるようなら南極へ逃げ込む。マニィが大気圏突入するまであと数日は猶予があるはずだ。ムーンレイス艦隊は地球の極致地方の戦い方は知らないはずだ。なんとかなるだろう。まずはこの艦に習熟することが先だ」

「ところでさっきの人物、ありゃ何者なんで? 閣下と呼ばれていましたが」

「あの方はクンタラ解放戦線の生みの親だ。支援者と思ってくれればいい」

「そりゃ心強い」

ルインはジムカーオに教えてもらったクンタラの真実については語らなかった。彼についてきている解放戦線の仲間たちは、カーバがこの世のどこかにあり、そこに辿り着けば差別もなく、家も与えられ、自分の好きなことをやって生きていけると信じてルインについてきていた。

ルインは、彼らに誤った理想を語り、誤った未来を夢見させてしまったのだ。後悔してももう遅い。カーバは現実世界に存在する土地ではなかった。このままウソをつきとおすべきなのか、すべてを打ち明け責任を取るべきなのか、ルインはいまだ心を決めかねていた。

ルインは追われるままに南極大陸へと逃げ込んだ。全球凍結に向かいつつある南極は激しいブリザードが吹き荒れ、ムーンレイス艦隊はルインの船を見失った。

ハリー・オードはディアナ・ソレルに呼び出された。

「巡洋艦1隻を追いかけるだけならわたくしがいなくても大丈夫ですよね?」

「何をなさるおつもりで?」ハリーが尋ねた。

「わたくしはキャピタル・テリトリィのビクローバーという場所を調べるつもりです。ソレイユはこのまま離脱させるので、あなたのオルカはこのまま追跡を」

「おひとりで? それは感心できませんな。もしや、ディアナさまの・・・、つまりあの方の?」

「そのような気がするだけです。でもいいでしょう。オルカはアミランに任せてあなたもいらっしゃい」

こうしてルイン追跡からディアナ・ソレルの旗艦ソレイユは離脱した。

そして数日が過ぎた。

宇宙では足の遅いフルムーン・シップを、クリム・ニックが搭乗するミックジャックが追い越した。クリムによってミックジャックと名付けられたモビルスーツは、もともと大気圏突入用のカプセルに内蔵されており、彼はその機体で地球圏に侵入してアイーダを暗殺する使命を与えられていた。

しかし、トワサンガでジオンとまみえ、どうやらミック・ジャックが生き返るという話が眉唾であると知ったクリムは、自暴自棄になりつつも身の振り方を考えあぐねていた。ミック・ジャックが生き返る保証がないのに、約束通りアイーダを暗殺することに何の意味があるのか。そもそもそれを頼んできたビーナス・グロゥブのスコード教の坊主たちは、高速巡洋艦を奪われ生死不明である。

「これ以上あんな連中に関わっても仕方ないということか」

そう呟いたクリムは、機体に異音と振動が発生しているのを感じ取っていた。そもそも地球圏に来たこともないビーナス・グロゥブの、しかもレコンギスタの準備をしていなかったラボが作ったモビルスーツで大気圏突入をするのは心もとなく、しばし迷った後、彼は大気圏突入カプセルを自動操縦で大気圏突入するようプログラムを作動させたまま、モビルスーツからパージした。

「悪く思うなよ、坊主ども」

推進力を失ったカプセルは速度を落とし、やがてフルムーン・シップに追いつかれ抜かれた。身軽になったクリムの青いモビルスーツは、大気圏に引き寄せられないよう気を付けながら、衛星軌道の上を周回してザンクト・ポルトを目指した。

ミックジャックのモニターは、フルムーン・シップが大気圏突入態勢に入るのを確認し、別の場所で切り離した大気圏突入カプセルがどうなるかを捉えていた。真っ赤に燃えたフルムーン・シップの映像に重なり、小さなカプセルが燃えていくのがわかった。予定ではカプセルは燃え尽きることなくやがて冷やされていくはずだったが、振動が激しく、とても持ちそうもなかった。

「あ、しまった!」クリムが叫んだ。「あのカプセルにはフォトン・バッテリーの予備が2つも積んであるぞ。取り外せばよかった!」

そのときだった。カプセルが大爆発を起こした。やはり欠陥があり、大気圏突入に耐えられなかったのだ。ホッとしたのも束の間、カプセルは2次爆発を起こした。2個の予備バッテリーが爆発したのだ。巨大な光球が大気圏上空に出現して、爆発の衝撃は雲となり丸く拡がった。続いて虹色の膜のようなものが地球を覆っていくのが見えた。それはみるみるうちに大きくなり、消えるどころかますますその色彩を強め、地球はシャボン玉に覆われるように青く美しい姿を隠していった。


4,


「これ、G-セルフじゃないですよ。G-セルフは完全に燃え尽きたじゃないですか」

メガファウナのモビルスーツデッキで整備されていたG-セルフに乗り込むなり、ベルリはアダム・スミスに向かった抗議した。

「ラライヤが乗ってきたんだ」アダム・スミスが怒鳴り返した。「ジオンにいたらしいからジオンが新造したんじゃないか」

「たしかにラビアンローズを持ってるわけだから、ヘルメスの薔薇の設計図もあるんだろうし、作れないことはないんでしょうけど」

ベルリはコクピットの隅々をチェックした。元のG-セルフと違ったところはひとつもない。コクピットはコアファイターになっており、そのほかの部分もまったく一緒だった。

それはベルリにとって愛着のある機体だった。初めてG-セルフに乗ったとき、彼は機体が認証したレイハントン・コードのことすら知らなかった。あの機体とまったく同じものなのか一抹の不安はあったが、ガンダムを奪われた以上、ベルリはこのG-セルフの2号機で戦うしかなかった。機体のことを聞こうにも、ラライヤはすでにゲル法王、ウィルミットの護衛としてキャピタル・テリトリィに向けて出発した後だった。結局ベルリは、ほとんどラライヤと顔を合わせていない。

そこにノレドが走り寄ってきた。ノレドはメガファウナに乗り込み、フルムーン・シップに搭乗しているはずのマニィの説得に当たらねばならなかった。

「ベルリにこれを返しておくよ」そう言って差し出したのは、ベルリがノレドに預けたG-メタルだった。「これにどんな意味があるのか知らないけど、これは2号機で素性のわからないものだから、おまじないがてらにG-メタルを差し込んでみたら?」

「ああ」

言われるままにベルリはレイハントンの紋章をかたどったカードを差し込んだ。すると機体に反応があった。ベルリは何が起こるのかとモニターを凝視していたが、最初の反応があったままモニターは小さな音を継続的に堕した状態で止まってしまった。

コクピットに上がってきてなかを覗き込んだノレドは、首に掛けられていたアイーダのG-メタルを外してそれも差し込んでみた。すると突然ハッチが閉まって、お尻を突き飛ばされた形のノレドが狭いコクピットの中に転がり込んできた。

「また君は」

とベルリがノレドを睨み返そうとしたところ、ガタリとコクピットが揺れて、内部が一瞬で真っ暗になったのちにオレンジ色の室内灯が点灯した。全天周囲モニターには星々が映し出されている。低下する室内温度を感知したヒーターが勝手に作動をし始めた。

「宇宙?」ノレドは突然重力を失ったことに驚きながらも身体を回転させてシートにしがみついた。「またジャンプしたの? これガンダムじゃないんでしょ?」

「しまった」ベルリが顔をしかめた。「これ、複座じゃないからこのままでは」

G-セルフは自動操縦であるかのようにベルリの意思を無視して月に向かって飛んでいた。

「ダメだよ、ベルリ! フルムーン・シップが来ちゃう! 早く地球に戻らないと!」

「わかってるけどさ」ベルリはモニターを凝視した。「ここはどこなんだ? トワサンガ宙域!」

そのときだった。突然機体に大きな衝撃があり、メインモニターが塞がれた。G-セルフの頭部がギシギシと音を立てて潰されそうになった。G-セルフは何者かの襲撃を受けて頭部を握り潰されようとしていたのだ。ベルリとノレドは同時に気がついた。これはふたりが体験した場面であった。そのとき彼らはガンダムに乗って、前触れなくガンダムが動き出してラライヤが操縦するG-セルフに襲い掛かったのだった。

接触回線が開いた。音声だけでなく映像も映し出された。画面に映ったのは、ゴンドワンでガンダムを奪った茶色の巻き毛の男とリリンであった。

「リリンちゃん!」ノレドが叫んだ。「くっそ、このロリコン誘拐野郎! ガンダムを返せ!」

「ベルリくん」男がいった。「あいつの魂はのぼくとララアで引き受ける。それまでこの子は預からせてもらう。決して傷つけないし、必ずこの子は母親の元へ返す。あいつの過ちを糾せなかったのはぼくの責任だ。今度はもう逃しはしない。しかし、あいつの過ちの本質を人類は抱えたままだ。1度は避けられたアクシズの悲劇を凌ぐより恐ろしいことが起きる。過去のことはぼくが決着をつけるが、未来のことは君たちで決着をつけなくてはいけない。どんな悲劇が襲おうとも、目を逸らさず、事実をありのまま見て冷静に解釈してほしい」

ベルリはG-セルフの頭部バルカンを発射してガンダムを引き剥がした。接触回線は途切れた。音声も映像も途絶えたが、ベルリとノレドにはガンダムのコクピットに座る男の姿が見えていた。ノレドは思い出した。その男は、冬の宮殿で目にした、赤いモビルスーツの男と戦っていた白いモビルスーツの男であった。

ベルリが叫んだ。

「何千年も繰り返してきた行為を、まだこの先も繰り返そうというのかッ!」

「理想を見失った現実主義者たちのおもちゃ生産工場がラビアンローズだ。あれを破壊しろ」

なおもガンダムを追いかけようとしたベルリであったが、操縦桿は彼の意志では動かなかった。機体の脇を濃緑の大きな機体がすり抜けてガンダムに向かっていった。

「あんたはしょせん人形と人間のあいのこなんだよ!」

その科白を最後まで聞かないうちに、コクピットのハッチが開いた。眩しい光がベルリとノレドの顔を照らした。手をかざしたままそっと目を開いたふたりの前には、アダム・スミスとクン・スーン、それにローゼンタール・コバシが顔を覗かせていた。

「あんたら、大丈夫か?」クン・スーンがいった。「お楽しみかと思ってしばらく放っておいたんだけど、あまり長く閉まったまま応答もないからさ。ま、ハッチは勝手に開いたんだけど」

「なんだ、お楽しみじゃなかったの」コバシが残念そうにいった。「面白いものが見られるかと思って仕事ほっぽり出して来たのに、残念」

いつの間にかベルリとノレドは元のメガファウナのモビルスーツデッキに戻っていたのだ。しばし言葉が出ずボンヤリしていたベルリであったが、やがて翻然と悟ってコクピットから身を乗り出した。

「カール・レイハントンを倒すのはぼくらじゃない。あいつは何千年も前の因縁のある男に・・・、ガンダムに倒されます。ぼくらは・・・、レイハントンを倒すことを目的とするんじゃなくて、レイハントンが囚われて逃げられなくなった過ちを繰り返さなきゃいいんだ。なぜ、なぜあのふたりは争い続けて決着がつかないまま放置された? なぜ人類はラビアンローズを改造した長距離宇宙船で外宇宙へ向かった?」

ノレドも身を乗り出した。「ラビアンローズを破壊しなきゃ。G-ルシファーがあればあたしだって戦える! クン・スーンさん、コバシさん、どうにかならないの?」

「どうにかって言われたって」クンとコバシは顔を見合わせた。「いまからじゃどうにもならないよ」

「ラビアンローズを破壊すれば、宇宙世紀からの戦争技術の多くが失われる。ジオンは生体アバターを作ることが出来なくなる。そして、そして、スペースノイドとアースノイドの争いの原因が見つかれば、破滅は避けられるかもしれない!」

「そうだよ、ベルリッ!」

ノレドは思わずベルリの首に抱きついた。

コクピットを覗き込んでいた3人は、キョトンとしたまま互いの顔を見合わせた。


次回、第48話「全体繁栄主義」前半は、10月1日投稿予定です。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第47話「個人尊重主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第47話「個人尊重主義」前半



1、


個人の欲望が別の個人の人権を抑圧したのなら、欲望の肥大を咎め、諫め、罪があれば裁くことに誰も反対はしない。どこかに独裁者とそれを支持するグループがいたのなら、独裁に反対する人々は力を合わせ、欲望の肥大を排除するだろう。

しかし、個人やグループの欲望が、理想の実現を目指していた場合はどうだろうか。理想を目指すグループが複数あった場合はどうだろう。文明レベルが同程度で、同じ時代を生き、悩み、何か正しいことを成したいと願っているならば、それらのグループは議会に入り、それぞれの理想を語り合い、時には妥協して政策を進めればよいだろう。だが、文明レベルに圧倒的な差があり、後進的グループの理想が先進的グループから見て否定されるべき意見であった場合はどうだろう。先進的グループは後進的グループの意見を否定するべきなのだろうか。それとも、あやまてる自由を与えるべきなのだろうか。もしそのあやまちが人間の生存環境の未来に絶望的な悪影響を与えるものだとしても、あやまちを咎めることはできないのだろうか。

ビーナス・グロゥブのヘルメス財団は、産業革命の端緒についていたアメリアを赦さなかった。そのアメリアと戦争という形で交流を持ったムーンレイスも赦さなかった。ビーナス・グロゥブは、後進的グループであった当時の地球圏の意見を否定して、あやまてる自由を奪い、その代償としてフォトン・バッテリーを与えた。それはつまり、自分たちの労働の成果を無償で提供することで、後進地域支配の贖罪としたのだった。

後進的支配地域の発展をじっと待ち続けていた彼らを襲ったのは、遺伝子形質の変化であるムタチオンであった。人の形が崩れていく恐怖におののいたビーナス・グロゥブは、予定よりも早いレコンギスタの準備を余儀なくされた。だが、文明において先進的であることと、肉体的に優生であることは別であった。肉体的に優生であろう後進地域に平等な条件で乗り込み競争することに不安を抱いたビーナス・グロゥブの一部官僚グループは、戦争を利用した遺伝子強化を目論み、地球圏に対して戦争の道具となるヘルメスの薔薇の設計図を撒き散らした。ビーナス・グロゥブの理想は、ムタチオンの恐怖によって内から脆くも崩れ去ったのだ。

そして理想はもうひとつあった。宇宙世紀時代初期に独裁国家としてスペースノイドの独立を指向したジオン帝国の残党による理想であった。

彼らはニュータイプの共感現象を人工的に再現する研究を逃亡先の外宇宙で完成させ、人間の魂を肉体から分離させることに成功した。これにより、人類の発展において最大のネックであった、肉体の生命維持が地球環境に過大な負荷をかけて地球を窒息させる事態の回避に成功した。

さらに肉体が縛られる時代性からも彼らの思考は独立していき、永遠をただの観念から現実的に体験できるものへと変えた。彼らのニュータイプ研究は、ヘルメス財団の理想の中に巧みに隠され、時限的に発動するようセットされた。その動きを察知した500年前のビーナス・グロゥブ総裁ラ・ピネレは、トワサンガのカール・レイハントンと彼の賛同者たる内部の協力者を洗い出す組織を秘かに作り上げた。その組織は、肉体の限界性によって時間とともに忘れられていったが、ただひとり、たぐいまれなニュータイプ能力を持つ人物によって継承された。それがジムカーオであった。

ジムカーオはヘルメス財団の裏の組織であったジオンシンパを監視しつつ、その復活の阻止を遂行しようとした。だが、彼がその任務を負っていることを知っている者はもはや世界に存在せず、彼は誰のために自分が働いているのかわからなくなっていた。そんな彼が自分のアイデンティティを求めたのがクンタラというジオンの対極にある肉体維持派の集団であった。

クンタラは、人間が肉体を維持するために地球環境に負荷を与え、環境を汚染することに何ら注意を払っていなかった。彼らは地球の存在を忘れていた宇宙いおいてさえクンタラであり続け、いかなる人工的な観念にも与せず自然主義を貫き通した。彼ら自身、なぜそうあろうとしているのか記憶している者はいない。彼らは差別され、排除され続けてきたがゆえにクンタラであり続けた。

肉体維持派である彼らは、500年前にメメス博士によって肉体を放棄する思想を持つジオンと手を組み、ジオンの守護する地球の乗っ取りを画策した。彼らクンタラは支配者たることは望まず、肉体とともに精神を反映される土地を求めた。思念体に進化したジオンによる地球支配は彼らには関係なく、300年ののちにはクンタラは生存可能地域のすべてに満ち、ときおり姿を現すジオンのアバターともにこやかに交流している。肉体の限界を持つ彼らは高度な文明を求めず、歴史にも関心がないゆえにリギルド・センチュリーはとっくに潰え、新暦も制定されていなかった。

それが地球が歩んだ正史であった。

歴史は、ジオンの観察においてはすでに確定していた。ただ、カルマの崩壊が起こったわずかな時間の中では、のちの世界を変えてしまうかもしれない大きな揺らぎが存在していた。ジオンはその揺らぎをようやく観測するに至り、カルマの崩壊を安定させるべく調整者として時間に関与していた。

大きな時間の揺らぎの中で、アメリアには多くの人間が参集していた。

「リリンが誘拐された?」と、叫ぶなりウィルミットは気を失った。

ウィルミットはベルリとハリー・オードに身体を支えられてテントの下へ運ばれていった。アイーダはノレドに質問をした。

「わたしも一瞬ですが、そのガンダムという機体を目撃しました。フォトン・バッテリー仕様のものとは一回り大きさが違いましたね。カール・レイハントンという男が乗っていた赤いモビルスーツと同じくらいの大きさでした。いまの話では、ガンダムはベルリにしか動かせないはずなのに、どうしてその男は操縦できたのでしょう」

「それはわかんない」ノレドは頭を掻いた。「ゴンドワンの兵士ってわけじゃなさそうだったし、どこの誰なのか見当もつかない。ただ当たり前のようにガンダムを操縦してどこかに飛んで行っちゃった。ひょっとしてアメリアへ来ていないかって淡い期待があったんだけど・・・」

「どうしてこう立て続けにいろんなことが起きますかね」

「姉さんにはこの状況の打開策ってわかりますか?」ベルリが尋ねた。

「ベルリの考えている解決策には遠く及びません」アイーダは溜息をついた。「ベルリはビーナス・グロゥブやジオンの理想を越える理想を提示することが、状況の打開に繋がると考えたのでしょう? そのような志の高い解決策に、わたしの考えなど・・・。いえ、でもそうもいっていられないですね。とにかくアメリアの政治家としては、フルムーン・シップの爆発だけは阻止せねばならない。すべてはそのあとです。それには、ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンに相まみえて考えを思いとどまってもらうしかない。ラライヤとウィルミット長官の話を精査するに、カール・レイハントンのラビアンローズに遅れてビーナス・グロゥブ艦隊はやってくるようです。ということはいまからラ・ハイデンに会って、フルムーン・シップの自爆を止めてくれと頼む時間はないはずです。だとしたら、実力行使でフルムーン・シップを奪って、フォトン・バッテリーの搬出を阻止せねばならない。ここにはいませんけど、クリムの話を聞く限り・・・」

「クリム!」ベルリとノレドが同時に叫んだ。

「そうなんです。それだけじゃありませんよ、ミック・ジャックも一緒で、いまメガファウナの再武装を手伝ってもらっています。クリムの話では、フルムーン・シップには多くのクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいて、マニィという人物も一緒だったと」

「マニィ・アンバサダ・・・」

「操舵士はステアです。だからステアがもしかしたらアメリアの窮状を救うためにフルムーン・シップを運んできたかもしれないと想像しているのですが・・・。あとは、マニィが地球に来ているということは、マスクも何かの形で関与しているはずです」


2,


アイーダの話に聞き耳を立てていたカリル・カシスは、ルインとマニィが地球に戻ってきたと知って内心の興奮を抑えきれなかった。

「あのふたり、フォトン・バッテリーを盗んで、そのエネルギーを使ってキャピタルを再び制圧するつもりだったんだ。間違いない。でも、宇宙船が自爆させられるとは聞いていなくて、ドカン! バカな奴らだ。でもさ、恐怖の大王の正体はわかったってもんだよ」

「そんな早急に結論出して大丈夫ですか、姐さん」

「恐怖の大王はなんでもいいのさ。爆発のことでも、ビーナス・グロゥブ艦隊のことでもさ。要するに爆発が原因で人類は絶滅する。メメス博士が大変なことが起きるって言い遺したのは、きっとこのことだ。でも、タワーだけは無事なんだよ。地球に何が起こっても、タワーとてっぺんのザンクト・ポルトだけは無事。あたしたちはそこへ行きゃいいわけさ」

「あいつらに目をつけられてますけど、キャピタルまで戻れるでしょうか?」

「ステアって子がフルムーン・シップの操舵士をやって、フォトン・バッテリーをアメリアへ運んで来ているってアイーダは思ってる。ってことは、メガファウナを始め、艦隊はフルムーン・シップ制圧のためにアメリアへ残すはずだ。ビクローバーの消されてしまった古代文字の話を持ち出して、それをあたしたちが調査するって申し出れば、きっと先にキャピタルに送り込んでくれるはずさ。そしてあたしたちはクラウンで宇宙を目指す。クンタラの数を維持するのに男はいらない。クンタラの女だけキャピタルで搔き集めて、みんなでザンクト・ポルトに上がって、のんびり人類絶滅を待つさ」

クンタラの女たちを集めて作戦会議を開いていたカリルのところに、思わぬ来客があった。ドアの向こうに立っていたのは、ウィルミットであった。

「あら、長官自らこんなむさくるしいところへ。もしや、また逮捕ですか。しかも別件で」

「いえ」ウィルミットは背筋を伸ばしたまま首を横に振った。「実はあなたと取引しに来たのです」

「ほう」

「あなたはいま、どうやってザンクト・ポルトに上がろうがと考えていたでしょう?」

「なんでそんなことがわかるんです」

「それについては言えませんが、あなたはこの先、キャピタル・テリトリィに戻ってクンタラの女たちを集めて、そのままタワーでザンクト・ポルトに逃げるはずです。もうその算段について話し合っているはずですよ。現在タワーはその電力を市中に回すために運航を停止しているところですが、もしこちらが出す条件を呑むというのなら、あなたのためにクラウンを出してもいい。条件は、わたくしの同行を認めること。それから、この先何があってもリリンを守るということ。リリンは、わたしの娘です。いまは行方不明になっていますが、あの子は必ず戻ってくる。わたしはあの子さえ無事なら自分はどうなってもいいけれど、無事を確認するまでは何としても生きていたい」

「ってことはやっぱりこの世界は滅びるんだね」

「可能性は高いとしか申し上げられない。あなた方は、どんな理由かは知りませんが、ザンクト・ポルトが安全だと知っていた。だからそこに逃げようとしている。あなたたちの中に、ぜひリリンを加えてもらって、可能であれば彼女をビーナス・グロゥブに行かせてあげて欲しい」

そういうと、ウィルミットはリリンの写真を取り出してカリルに渡した。それを複雑な表情で受け取ったカリルは、しばし眺めてから胸の間にしまった。

「小さな子供ひとりくらいなら仲間にしてやってもいいさ。ビーナス・グロゥブのことはあたしじゃ約束できない。それでいいかい?」

「承知しました」

それだけ告げると、ウィルミットは出ていった。

「あの女、ずいぶん弱ってるね」カリルがいった。「鉄の女かと思っていたけど、案外子供に支えられている普通の女だったってことかい? 悪いことじゃないけどね」

宇宙からの入植希望者を歓迎するレセプションが終わり、夜となった。

元々アイーダはこの歓迎レセプションをゲル法王の新教義のお披露目会にするつもりだった。法王はすでにアメリア各地を説法会で回っており、スコード教とクンタラがアクシズの奇蹟に端を発する同根の宗教であることを広く世界にアピールし、自身が唱える国際協調主義による世界平和に繋げるつもりだったのだ。

それゆえにグールド翁を始め、アメリアのクンタラの重鎮もレセプションに呼びつけていた。ゲル法王とアメリアのクンタラは終始にこやかに会談を行ったが、同席したアイーダはアメリアのクンタラの中に法王への強い反発があることを感じ取った。アメリアのクンタラはスコード教との融和を望んでいなかった。彼らは被差別者である立場から、一般民衆を教化する立場にあるとの姿勢を変えず、自分たちが行う、教育という名の押し付けを止めるつもりはなかった。

「教育とは、究極的には答えへの辿り着き方を教えるもので、答えを洗脳的に押し付けるものではないはずです。教育に答えが用意されているのは、正しい解き方が正答に結びつくことを教えるための訓練だからです。大学に入れば、正答を得るための解き方から考えなければいけない。グールド翁らはなぜ自分たちの考えを完全に正しいものと決めつけて、自分たちを理解した者を正しく、理解しない者を誤っていると決めつけるのか。答えがわからないから教育があり、民主主義があり、自由がある。絶対的に正しい答えがあるなどと傲慢な姿勢を貫けば、教育も民主主義も自由も死にます。グールド翁らがやろうとしていることは危険極まりない振る舞いです」

アイーダは思うに任せない世界で政治家でいる鬱積をベルリとノレドにぶつけていた。予定通りに事が運べば、アメリアのクンタラが世界に先駆けてスコード教との融和を訴え、クンタラ解放戦線の残党の武装解除に繋げられるはずだったのに、そうはいかなかったのだ。彼女は自分が掲げた国際協調主義という理想すら本当に正しいのかどうかわからなくなってしまっていた。

ノレドがいった。

「世界には様々な理想があって、人間はそれそれの考え方で幸福を追求しようと頑張っているのに、誰も幸せになっていない。それどころか戦争ばかり。考え方が違っていて、どちらが正しいかわからないから、暴力で何かを決めようとする。勝利の興奮に幸福を感じる人すらいる。地球がこんな有様じゃ、ビーナス・グロゥブの理想の前に屈服するしかないし、ジオンの理想だって止められない」

「アースノイドであるぼくらは、スペースノイドの理想に従うしかないのだろうか」ベルリは沈鬱な面持ちで呟いた。「このままでは、地球に大勢の犠牲者が出る。まずはフォトン・バッテリーの爆発を止めるしかないけれど、それを止めたところでフォトン・バッテリーは供給されず、地球は氷河期に突入して多くの人命が潰える。ぼくらはそれを怖ろしい誤った未来だと信じて回避しようとしているけれど、ラ・ハイデン総裁はヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類の死を悼む気などない」

「地球はまた暗黒時代に戻っちゃうんだね」ノレドは泣きそうな顔で溜息をついた。「このことをクンタラの人たちが知ったら、また自分たちが食人の犠牲になると考えて、どんな手段を使ってでも自分たちを守ろうとする。この対立は終わらないよ」

「地球人には何が足らないのでしょう?」

「足らないんじゃないよ、姉さん。足らないんじゃなくて、ありすぎるんだ。地球は恵まれすぎていて、個人尊重主義がはびこりすぎている。恵まれているから、幸福追求権が個人に委ねられている。宇宙ではそうじゃないんだよ。宇宙は全体繁栄主義だ。それは、恵まれていないから、全体の繁栄を目標にして個人に義務を課す体制にならざるを得ない」

「全体主義ですか・・・。たしかに地球では全体主義は忌むべきものとされていますね。でも、全体繁栄主義といわれれば、手段のひとつだとわかる・・・。まさかアメリアの政治の根幹である個人主義、個人尊重主義が根本的な対立原因だとは思いもしませんでした。ベルリとノレドさんが来てくれて助かった。わたしひとりだったらとてもこの状況に対処できなかった・・・」

アイーダは、右手で頭を支えながら机に肘をついた。答えはまるで見えてこなかった。


3,


「時間を遡る現象は、いわゆるタイムスリップ現象ではなく、ニュータイプの共感能力の延長上にあるもののようです。過去の特定の時間に存在した人間の感情と共鳴することで、その時間に思念が留まるのです。わたしたちの単独の思念だけではそれを達成することは難しく、サイコミュによる増幅が不可欠となります」

300年後の世界に戻ったカール・レイハントンらは、ある特定の時間に思念が引き寄せられる現象についてヘイロ・マカカの調査報告を共有学習していた。

「面倒なものだ」この時代にカイザルと呼ばれる青年が呟いた。「思念体として存在するとこうした特異な現象について調査することができない。アバターを使うと共有が完全ではなくなる。結局のところ、物事の解釈というのは観測者の存在に大きく依拠する。神のように完全な観測というものは存在しないのだな。肉体という不完全な道具からは、不完全な観測しかできないということか」

チムチャップ・タノも加えた3人は、共有したサイコミュに繋がれた状態で、言葉を使って会話をしながら、共有した思念のすり合わせをしていたのだが、ひとつの事象について観測結果が大きく違うこともたびたび起こり、カイザルが望むアムロ・レイとの再会はいまだ実現していなかった。

「カイザルが求めるアムロ・レイという人物についても、情報を共有しているのにわたしやヘイロにはまるで存在を検知できない。アムロなる人物の思念を察知できるのがカイザルだけというのもおかしな話ではあります。存在を検知しているということは、彼もまた思念状態になっているはずなのに」

「あいつは宇宙世紀0093年に爆散して死んでいる。わたしのように残留思念がサイコミュに回収された記録もない。それなのに、外宇宙へ逃亡したジオンが地球圏に戻ってきたとき、あいつの存在を確かに感じた。あいつはずっとここに留まっている。わたしたちは暗黒時代の地球のことを知らないが、あいつは知っている。文明が潰え、人々が醜い共食いをしていたときさえあいつはここにいたんだ。まさかわたしの帰りを待っていたわけではないだろうが、それだけの時間、誰にも糾合されず思念体として存在できることなどあるのだろうか。いや、あいつならできると思いたいが」

「問題点はふたつあります」ヘイロが続けた。「いまお話にあったような長期的な固有思念の継続とそれが出現する問題。もうひとつは、300年前に起こった出来事です。300年前の地上生物の絶滅時になぜ多くの人間の思念が塊となって特異な世界の構築に繋がったかということです。生物の絶滅から半年ほど前まで、歴史に重なるようにもうひとつの世界が存在している。結局それは生物の絶滅に大きくは関与できず、大爆発とともに消え去ってしまうのですが、あの時間にだけ巨大な思念の塊があって、思念体のみで構成された世界が存在している。ベルリとアムロはあの場所でしか観測されなくなってしまった。特にベルリの問題は深刻で、あの子はアムロのように思念体ではない。肉体を持っているのです。いくらガンダムがあるとはいえ、あのように情報でしか存在しない場所に肉体を持ったまま入り込むなんてことがあるのかどうか」

「カイザルがお戯れにガンダムなど与えるから」

「しかし、ガンダムが与えられたことで、ベルリくんはより絶望を深くしたはずだ。わたしが大罪を犯すに至った絶望を、ベルリや、あるいは必ずいるはずのアムロが共有してくれれば、わたしたちの対立は終わる。あのとき死んだすべての人間が、この美しく生まれ変わった地球の観察者となって蘇るだろう。わたしたちジオンは、歴史に黒く塗られた汚名を雪ぎ、美しき地球の守護者として、地球へ帰還してくるあらゆる者らを排除し、地球の守護者として新たに名を刻むことが出来る。これはザビ家によって名を汚されたジオンの使命である。だが、あいつはまだそれを阻もうとしている」

「お感じになるので?」

「無論だ」カイザルは爪でサイコミュの縁をコツンと叩いた。「あれは、まだ何かをやろうとしている。思念だけで作られた仮想空間のような場所から一体何が出来るというのか。わたしはできることならあの場所を壊してしまいたい。あの時空間そのものをだ。あれがある限り、アムロとベルリはジオンの悲願の妨げとなるだろう。永久にあの場所に留まらせておくのも人道的ではない」

「いずれにせよ、実体としてのアースノイドはあの大爆発で絶滅するはずです。あの時空間も大爆発以降は存在しない。観察者がいなくなったのだから当然ですけれど。何も怖れることはないはずですが、カイザルにしか検知できないアムロという人物はジョーカーです。たしかに時空間ごと消し去れば、我々の憂いはなくなろうというもの」

「予定通りガンダムを消滅させればあの時空間を支えるものはなくなり、消え去るはずです。あの機体はカイザルと同じで実体として存在しているのはサイコミュチップだけ。あのベルリという子が乗っていてくれればいずれはアムロ・レイがあの機体と同一化して相まみえることもあるでしょう」

「300年前に1度だけアムロと一体化したガンダムを狩るチャンスがありましたね」

カイザルは顎に親指を当てて古い記憶を手繰り寄せた。

「ああ、あのときは不安定ではあったがたしかにガンダムのサイコミュの中にアムロの存在を感じた。しかし、ラライヤという者が邪魔をして挙句はジャンプされてしまった。ラライヤは使い道がなくなって捨てる形になったが、あのときなぜヘイロはラライヤを使おうとしたのか」

「肉体の再現に失敗して、なぜかサラ・チョップの身体に思念が入ってしまったのです。彼女は華奢すぎてとてもじゃないけれどモビルスーツの操縦には適さなかった。そこでモビルスーツ操縦者であった彼女をカイザルの護衛として一時的に使ったのです」

「サラの肉体はどうしたのだっけ?」とタノが尋ねた。

「有機転換したはずでは? 自分で処理した記憶はないですね」

「どちらにせよ、あれはしょせんアバターであってサラではない。サラの遺伝子で作った肉人形だ。ヘイロの思念がここにある以上、あの身体がどうなろうと気にすることなどない。とっくに滅びているだろう。それよりも、300年もかけてようやくあの思念の塊を解読したのだ。必ずガンダムを捕らえて、アムロの希望を打ち砕き、ジオンの正しさを認めさせてやる」

そうカール・レイハントンであった存在が話すように、サラ・チョップの肉体はとうの昔に滅んでいた。彼女の肉体が滅ぶのはこれで2度目であった。父親によって遺伝子情報の中に記憶情報を書き込む能力を持っていた彼女は、ラビアンローズの生体アバター生成プリンタでヘイロの肉体として再現されたが、ヘイロの思念が離れたのちは独立してザンクト・ポルトに逃れていた。

カリル・カシスを従える形でザンクト・ポルトに君臨した彼女は、表向きはひとりのクンタラとして短い生涯を繰り返しながら、永遠の命を生き続けていた。

大爆発から20年後のこと、カル・フサイの協力で生体アバター生成プリンタを完成させた彼女は急速に衰えた古い生体アバターを捨て、2度目の生を終え、すぐに3度目の生を迎えた。遺伝子情報の中に記憶情報を書き込むことが出来る彼女は、肉体を再生させることで永遠の命を得ていたのである。

サラ・チョップはいった。

「強化人間を研究していたジオンにありながら、その研究の継続に関心を払っていなかったシャアはやはり甘い男だ。それにしてもラライヤはあの男を葬るのにいつまでかかっているのか」


4,


アメリアにおいてアイーダを中心とした極秘裏の作戦会議が行われた。

参加者はアイーダをはじめとするアメリア軍の上層部、キャピタルの代表としてウィルミット・ゼナムとゲル法王。ムーンレイス代表としてハリー・オード。クンタラ代表としてグールド翁。クンタラ研究者としてキエル・ハイム。トワサンガ代表としてベルリ・ゼナムとノレド・ナグであった。各国の代表はもちろん、アメリア議会の人間も作戦会議には参加していない。

当面の目標として、6日後にやってくるはずのフルムーン・シップの爆発を阻止することが最重要課題とされた。まずはそれを阻止して、次いでビーナス・グロゥブ艦隊ラ・ハイデンの説得を成功させねばならない。もしこのふたつを阻止することができたなら、全球凍結まではまだ時間がある。その間にカール・レイハントンの野望を阻止する方策を考えることになった。

「フルムーン・シップの大爆発は、積載したフォトン・バッテリーを無許可で搬出することを原因とした自爆によって引き起こされます。フルムーン・シップ内部の様子は残念ながら不明な点が多い。乗組員はビーナス・グロゥブ半数、クンタラ解放戦線半数です。操舵士はステア。クンタラ解放戦線のマニィ・リーも乗っています。まず、万が一のことを考え、ゲル法王猊下、ウィルミット長官らをザンクト・ポルトに派遣し、ラ・ハイデン閣下の説得要員とします。これは人類の一部を避難させるわけではないので、各国要人などを宇宙へ逃がす段取りは一切行いません。あくまで地球圏へ初めていらっしゃるラ・ハイデン閣下の歓待という名目です。それには、キャピタル・テリトリィの代表団が歓迎するのが筋でしょう。長官と法王をザンクト・ポルトに上げるのはそうした理由です」

アイーダの発言を遮るように、ウィルミットが手を挙げた。

「そのことなのですが、法王猊下とスコード教団の方々だけでは歓迎式典の準備をするには心もとなく思います。やはりその道のプロに手伝っていただきたい。そこで、現在アメリア在住で元キャピタル首相の政策秘書を務めていたカリル・カシスの同行を認めていただきたい」

「カリル・カシス・・・」アイーダは訝しげな顔になった。「確かに彼女はイベント会社を経営しておりますが、彼女でいいのですか?」

「ええ、ぜひ」ウィルミットはそれだけ言うと口をつぐんだ。

「・・・わかりました。では、ラ・ハイデン閣下の歓迎式典に関する事柄は、ウィルミット長官に一任いたします。歓迎式典に必要な人選をキャピタルにて行い、万が一に備えて出来れば4日以内に出港していただきたい。では、お願いできますか?」

アイーダが頷くと、ウィルミットは押し黙ったまま立ち上がり、困惑するベルリと目を合わせようともせずに、ゲル法王を伴って部屋を出ていった。

「母さんはいったいどうしちゃったんだ?」ベルリはノレドに耳打ちをした。

「きっとリリンちゃんのことが堪えているはず。ベルリのお母さんには考えがあってやってるんだし、あたしたちは・・・」

コホンとアイーダが咳払いをして続けた。

「考えたのですが、歓迎式典目的とはいえ、まったく護衛をつけないわけにはいかない。かといって軍隊を用意してはどんな誤解を受けるかわからない。そこで、G-アルケイン1機だけタワーに乗せて宇宙へ上げようと思っています。操縦者はラライヤ・アクパール。彼女が乗っていたG-セルフはベルリ・ゼナムに搭乗していただきます。ラライヤはここにはいませんが、すでに通達はしてあります」

アイーダがラライヤを選んだのは、彼女が大爆発を宇宙から眺め、その後に何が起こったのか知っているからであった。ウィルミットは未来の自分が自死を選ぶイメージは見たが、未来に何が起きたのか正確に理解しているわけではない。いまこの場所には時間軸と一緒に生きている人間と、時間を飛び越えてきた人間が存在しているのだ。ラライヤにはウィルミットのサポートが期待されていた。

「次に軍事展開についてお話いたします。現在アメリアは以前のような強大な軍隊は保持しておりませんが、幸いなことにムーンレイスのハリー・オードがムーンレイス艦隊を無傷のまま地球に降ろしてくれました。このムーンレイス艦隊を使って、フルムーン・シップに先駆けて地球に降りてくるというルイン・リーの捕縛に充てたいと思っております。順序としては、ここ数日、もしくはすでに降下しているかもしれませんが、ルイン・リーは高速巡洋艦を奪い、フルムーン・シップより先に大気圏へ突入してくるというのです。彼の捕縛と説得があれば、フルムーン・シップにいるマニィ・リーを説得することが容易になります。そこでハリー・オードにムーンレイス艦隊を率いていただき、ルインが奪ったという高速巡洋艦を発見して捕まえていただきたい。彼はスコードとクンタラが同根であるというゲル法王の新教義のことを知りませんから、キエル・ハイム女史に協力をいただき、彼の説得に当たっていただきたい。彼はビーナス・グロゥブ製の新型モビルスーツ・カバカーリという機体を持っているらしいので、十分に注意して任務にあたってください」

話を聞いたキエル・ハイムとハリー・オードは立ち上がり、部屋を出ていった。

「そしてこれだけの人が残ったわけですが」アイーダはホッとして席に座った。

「わしがいったいなんでこんなところに呼ばれておるのかわからんね」グールド翁は不満げであった。「人類が絶滅するなどと知ったような話ばかり。全人類が死ぬなど起こり得るはずがないではないか」

ベルリとノレドは、これがグールド翁かといささかげんなりした。彼らふたりは、東アジアにおいて彼の投資会社が現地で多くのトラブルを起こしているのを目にしてきたからであった。ハッパはグールド翁の投資姿勢に正当性を見い出していたが、現地の人間の感情を無視したそのやり方に、ふたりは大きな反発を感じていた。

「順序立ててお話いたします。ベルリとノレドは、アメリア艦隊とともにフルムーン・シップとのランデブーに参加していただきます。大気圏突入を果たしたフルムーン・シップは、減速にかなりの時間を要します。この間にメガファウナとともにランデブーを行い、ブリッジの人間を説得していただきたい。乗員たちはおそらくフォトン・バッテリー搬出が艦の自爆のトリガーになっていると知らない。検討したところ、誰もフォトン・バッテリーが搬出された経緯を知らない。大気圏突入からどれほどの時間で爆発が起こるのか誰にもわからないのです。もし任務に失敗したら、真っ先に爆風によって死んでしまう危険な任務です。この仕事は、本来わたしたちアメリア艦隊が行うべきものでしょうが、艦の内部で何が起こっているのかわからない以上、マニィ・リーと面識があるノレド、ビーナス・グロゥブにトワサンガの代表だと思われているベルリの参加は不可欠だと判断しました。アメリア軍はベルリ・ゼナムの指揮下に入り、ベルリの命令で任務を執行いたします。よろしいですね」

「それはもちろん。まずは爆発を食い止めないとどうしようもない」

そういうとベルリとノレドも席を立った。部屋に残されたのは、アメリア軍の上層部の人間とグールド翁だけとなった。

「穏やかではないね」グールド翁は緊張の面持ちで軽口を叩いた。「何が聞きたい?」

「ベルリの話で、グールド翁のところにジムカーオという人物がいるとお聞きいたしましたが」

「ああ、あいつか」意外といった顔でグールド翁が応えた。「人は死んだらひとつの意識になるだの、もうすぐカルマの崩壊が起こるだのとわしを洗脳するようなことをいうので馘首にしたよ。その男がどうかしたのか?」

「ジムカーオは類まれなニュータイプで、彼の言うことは本当のことです。彼はあなたに重要なことを伝えようとしたのに、あなたは聞く耳を持たなかった。わたしたちスルガン家は、父親の代からずっとアメリアのクンタラの身分向上について便宜を図ってまいりました。しかし、そうした個人を尊重するやり方では埒が明かないのだとわかったのです。あなた方はもうクンタラではない。アメリア人です。特別な便宜はもう致しません。みなさんが行っているアメリア人の子弟に対する教育と称する特別な授業もすべて廃止いたします」

「そんなことが許されるのかな?」グールド翁は挑戦的に、まるで威嚇するように怒鳴った。

「言ったでしょう? もうあなた方のそうした態度はわたくしには通用しません。個人は全体の繁栄に尽くすのでなければ、氷河期時代は生き残れない。クンタラに与えていた特別な権限は一切合切剥奪させていただきます。たとえそれで私が議会に議席を失おうとも、いままでのやり方では人類は生き延びていけないのです」


次回、第47話「個人尊重主義」後半は、9月15日投稿予定です。


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