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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第33話「ベルリ失踪」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第33話「ベルリ失踪」前半



1、


ザンクト・ポルトで起こった幽霊騒動以来、トワサンガの王子ベルリ・ゼナム・レイハントンの行方が分からなくなってしまった。このことはトワサンガの事実上ナンバー2になっていたハリー・オードによって伏せられ、トワサンガと地球との間の交信や交流は一時的に一切閉ざされる事態になった。

関係者からの聞き取りによって、ベルリがノースリングに秘匿されていた初代レイハントンの愛機カイザルを起動させた瞬間に消えたことが判明していた。同時にザンクト・ポルトのスコード教大礼拝堂にある思念体分離装置と呼称されているものの中に出現後、再び姿が消失したこともわかっている。ハリーは待機中だったメガファウナのドニエル艦長を状況確認のためにザンクト・ポルトに派遣した。

ベルリ失踪後、つまりカイザルという赤い古めかしい機体が消えてなくなってから、ノースリングは再び回転を開始して重力を発生させていた。これによってシラノー5のすべての機能は回復、ハリーはベルリの参与と相談の上でセントラルリングに移していた行政機能のノースリングへの移設作業を進めさせた。ベルリの計画では、行政機関の機能回復が終わった後に、ブロックごとの代表を選出させて臨時の議会を作り、さらに議会の代表を決めさせて王の権限をもって全権力を議会に移管するとなっていた。それが済んだのちに、ベルリは王政の廃止を宣言する手はずになっていた。

ノースリングの再開は、ベルリから権力を奪う行為であり、それをベルリの承認なしにハリーの権限で行うのは問題があった。だが、ハリーもまた現在の地位にとどまるつもりはなく、アメリアに戻っていったキエル・ハイムの後を追うつもりになっていたのだ。ディアナ・ソレルの親衛隊隊長であった彼は、すべての義務を終えたのちに、キエルの気持ちに沿ってみるのもいいという気分になっていた。物語の終わりは近い。ディアナ親衛隊の物語は終わったのだ。

宇宙に生まれた彼だったが、そこにムーンレイスが築いた文明はもうない。そこは故郷ではなく、ではどこに身を置いて生きていくのかと考えたときに、それは地球の、キエル・ハイムの傍にしかないように思われたのだ。そして、ディアナの墓は地球にある。決断の時は迫っていた。

「モビルスーツ隊を解散する?」

ハリーはトワサンガに移住した彼の部下たちに、警察組織の再編にモビルスーツを活用しないことを伝えた。モビルスーツパイロットたちは驚きを隠せなかったが、月で起きたフィット・アバシーバの反乱の原因が、モビルスーツという機動兵器であったことも良くわきまえていた。モビルスーツがある限り、それは必ず悪用され、宇宙世紀の悲劇は繰り返される。モビルスーツの歴史は、終わらせねばならなかった。ハリー・オードはパイロットたちに自分の気持ちを伝えた。

「いつかこの兵器は忌み嫌われ、人類自身が罵倒の末に捨て去る日が来る。それを議会や、あるいは民衆の、操縦したこともない人間にされるのは忍びないのだ。この兵器とともに修練を積んできた我々の手で幕を引きたい。君らの処遇については決して悪いようにはしない」

「軍隊はできないのですか? まだ宇宙のどこから帰還してくる人間がいるとも限らないでしょう。金星にあれほどの文明があるんですから、木星にだって誰かがいるかもしれない」

「リックの言うこともわかるし、検討もされた。だが、宇宙に散らばっていったラビアンローズのうち、地球に帰還した2隻はいずれも失われたのだ。もしあるとすれば、ビーナス・グロゥブが分離後に殲滅しなかった場合だが、もしそれをしないのであれば、フルムーンシップとクレッセントシップは地球に預けられなかっただろうというのがベルリ王子の出した結論だった。敵がラビアンローズを持っていた場合、すでに勝ち目はなくなっている」

「しかしそれではあまりに無責任ではありませんか。未来の子供たちに対して無責任だと自分は考えますが」

「戦争の道具を放棄することをもって平和と見做すのは確かに無責任だ。だが、目に見えない場所にいる圧倒的戦力差のある敵を仮定して、果てしなく宇宙に進出してしまったことが宇宙世紀の失敗であったことも事実だ。どこかに敵となり得るものがいるのではないかと探し回った挙句、繰り返されたのは地球人同士の戦いだった。これはいつかは終わらせねばならない。オレとしては、500年後にまだ戦争の火種が残っていたことの方がショックだったがな」

こうしてムーンレイスが使用してきたスモーは、動力源を入れ替えて工作機械として再利用されることが決まった。モビルスーツの操縦に未練のある者は工作機械のオペレーターへと転身していった。

こうしてハリーは、ベルリが計画していたことを次々に果たしていった。しかし3日が過ぎ、1週間が過ぎてもベルリが姿を現すことはなかった。


2、



ザンクト・ポルトのスコード教教会はアグテックのタブーを破ってトワサンガとの遠距離通信を行っていた。それを調査隊によって暴かれたとき、彼らは特に言い訳をするわけでもなく開き直って弁護士をつけるように調査隊に要求した。

幽霊騒動などがあったものの、ザンクト・ポルト調査隊の仕事は着実に進んでいた。ノレドと護衛役のラライヤもチームに参加して馴染みの顔もできていた。そんなふたりの様子を安心した様子で眺めていたドニエルは、ベルリを乗せたままいなくなった謎のモビルスーツの行方を探るためにメガファウナで出港していった。ドニエルが月から運んできた物資によって、ザンクト・ポルトの経済活動は再開された。ノレドは艦長に改めてベルリのことを頼むとお願いして送り出した。

話を聞いたときショックで一時的に寝込んだノレドだったが、すぐに調査チームに合流して仕事を開始した。彼女は歴史政治学の面白さを感じ始めていた。

「歴史は修正されるものなんだね」

ドニエルが運んできた物資によって、ピーナッツバターを塗っただけだったサンドイッチの食事が改善されてサラダとエビを挟んだものに代わっていた。ノレドはザクザクと大きな音をさせながらサンドイッチを平らげて椅子に背もたれた。

僅かな期間で学んだこと。それは歴史は曖昧模糊とした実態に資料をあてがっていってひとつの形にするというものだった。ノレドが学んできた歴史は、誰かが書いたものに過ぎない。それは学会という場所でおおよそ正しいとされている事実とおおよそ正しいとされている解釈によって並べてあるだけなのだ。大学というのは歴史を暗記する場所ではなく、歴史を修正するために正しいルールと正しい主張方法を学ぶところであった。

護衛役でしかも年齢が一緒ということもあり、ラライヤも学生たちに混ざって学んでいた。彼女は部外者であることを心得ていたので控え目であったが、軍籍のある彼女の意見は時として教授と学生では思いもつかないものもあった。それは戦争の終わりについての話で、学生たちは戦争は終わるくことなくずっと続いていると思い込んでいたが、ラライヤは戦争には多くの終わりがあり、終わりの連続だと意見したのだった。戦争には予算があり、作戦行動が決まっている。それらが終われば戦争は終わりだというのが軍人である彼女の話だった。

「面白いことがいっぱいありますね」

ラライヤは学生と過ごすことがまんざら嫌いではないようだった。身寄りがなくフラミニアの世話になりながら生きてきた彼女は、身を立てるために軍籍を選んだ。フラミニアはラライヤを利用するために近づいただけだったとしても、軍籍に身を置いてレジスタンスの思想を学んだことで彼女は学生たちより少しだけ大人びている。

「あたしね」ノレドは自信なさそうに呟いた。「ずっと世の中にはわからないことだらけだったから、大学に来ればいろんなことがはっきりするのだと思っていた。違うんだね。ラライヤのさっきの話もそうだ。戦争は作戦が終わればそこで終了、毎年予算編成があって、毎年そこで戦争が終わるチャンスがある。ゴンドワンとアメリアの大陸間戦争も、毎年予算が組まれていて行われただけ。だとすると、アメリア軍総監だったグシオン・スルガンが宇宙の脅威を訴えたのだって、戦争を継続させて予算を要求するためにやったことなのか、共通の敵を作ってゴンドワンとの間の戦争を終わらせるためなのかわからなくなってくる。こういうことが分かるようになると思っていたのに、大学に来るとわかっていたと思っていたことが全部曖昧になって自信がなくなる」

シラノ大学のアナ・グリーン教授は、そっとふたりの話に口をはさんだ。

「だから資料が貴重なのよ。資料がたくさんあって、それを読み込んで真実を探っていくの。ドニエルさんから聞いたんですけど、ハリー警察庁長官は初代レイハントンとムーンレイスの戦いについて多くのことを書き残してくれるのだとか」

「先生は資料があった方が嬉しいんでしょ? だったら初代レイハントンについてそれが新資料になるってことよね」

「そうね、でも資料は誰かが書き残したことだけが資料じゃない。ハリー長官にお暇が出来たらインタビューを取っていろんな話を聞いておかないと。出来る限り多くのことをね。500年前の歴史の証人が目の前にいてまだお若くていらっしゃるのだから、レイハントン家との戦いだけじゃなく、もっと様々な、例えば500年前のディアナカウンターのことなども」

「それでも歴史で何かがはっきりと姿を現すことはなくて、何かはっきりと見えたと思ってもそれは間違いかもしれないと。どんどん修正されていくんでしょ?」

「それを何度も何度も繰り返して、徐々に真実に近づいていくのよ。でも真実に近づいたと思ったものがいっぺんにひっくり返っちゃったりもするけど」

ラライヤが空から落ちてきて、カーヒルとデレンセンがその身柄を争ったときから、語るべき歴史は始まったのかもしれない。しかし、語るべき歴史の真相は闇の中だ。クンパ大佐が行ったことですら、どのように調査を尽くしてどのような詳細な報告書が作成されようと、真実は暗がりの中にあってその姿を見せることはない。

必要なのは、自由。自由な人間の思考と自由に使える時間なのだ。自由がある限り、必ず真実の傍に辿り着くことはできる。たとえそれが後に真実でないと判明しても、それはまた1歩真実に近づいた証左なのだ。特に歴史政治学は、渦巻く権謀術数と複雑な人間関係を読み解いていかねばならない。時代に特有な価値基準も違えば、言葉も違っていたりする。行動と結果が真逆になることも多い。

これはとんでもない代物に手を出してしまったものだとノレドは考え込んだ。傍らに座っていたラライヤが不意に話し始めた。

「初代レイハントンが乗っていたカイザルというモビルスーツは、古式ゆかしいデザインで流麗なラインと赤い塗装で有名なんですけど、あれって冬の宮殿で観た赤いモビルスーツと関係あるんですかね? 冬の宮殿で見た限り、赤いモビルスーツというのはスペースノイドの代表として期待され戦った人物らしいのですが」

「うーん」ノレドは椅子の上で胡坐をかいて腕を組んだ。「トワサンガのことはあまり知らないけど、有名なの?」

「王家の始祖に当たるわけですから、そりゃ有名ですよ。とても優秀なニュータイプで、世界を自在に操る力があったとか。でもこれも真実じゃないんでしょうね」

「ベルリが乗ってこっちに来たのって、カイザルだったの?」

「乗ったのはカイザルらしいのですが、こっちの思念体分離装置にはハッチのところしかなかったので機体名を特定するのはちょっと」

「初代の機体が隠されていて、乗ったら突然消えて、多分こっちに来て、ハッチを閉じたらいなくなっちゃった。でもあたしはベルリの身に何かあったとは思えないんだよ。何か感じるというか、どこかにいる気がしてならない。近くなのか遠くなのかはわからないけど」

「初代レイハントンの愛機に子孫のベルリが乗ったら何かが起きた。しかもカーバらしき場所にやってきた。思念体分離装置のある場所がカーバじゃないかっていうのはノレドのアイデアだけど、そもそもあれが思念体分離装置なのかどうかっていう問題も」

「解決されていない。あー、これが歴史を学ぶってことなんだよ、きっと。決着はなくて、ずっと答えを追い求めて考え続ける」

ラライヤとノレドの会話は微妙に噛み合っていなかった。ラライヤは話を続けるべきか悩んだが、ベルリに関することなのでそのまま考えを話しておくことにした。

「ハッパさんがずっとサイコミュというのを研究していたでしょ。サイコミュはアンドロイド型のものにも、G系統のいくつかのモビルスーツにも、シルヴァーシップにも搭載されていた。ニュータイプと呼ばれる人たちはサイコミュの中に思念を入れて操縦することができた。元々は増幅装置みたいなものなのに、隕石落としのときの奇跡から何かが変わった」

「うん」ノレドはラライヤの話についていけていなかったが、話はちゃんと聞いていた。「アクシズが落ちてきたときに何かが変わったのだと思う」

「当然カイザルにもサイコミュ、それも隕石落としの時代からは想像もつかないような進化したサイコミュが搭載されているはずですよね」

「ああ、うん」

「そのサイコミュの中に、初代レイハントンの残留思念が、ほぼそのまま残されていたとしたら、そこに乗り込んだベルリはどうなったと思います?」

「!」

「戦争は必ず終わりがありますけど、残留思念にとっての戦争の終わりというのがどうもイメージできなくて。彼らはずっと永遠の命を生きることもあるわけでしょ?」

「うん・・・」

「永遠の命を持つかもしれない王国を作った戦争の英雄が隠し持っていたモビルスーツって、本当にただの機械なのかなって」

ノレドは真顔になった。

「カイザルが初代レイハントン自身かもしれないってこと?」

「だとしたらノレドはどうします?」

「本人がいるのなら話を聞くしかないでしょ! 歴史の真実に近づくには、とにかく情報、資料。伝聞なんかじゃない。本物なんだよ!」

「わたしはもしそうだとしたらちょっと怖いんです。だって、イメージと全然違うかもしれない」

ノレドとラライヤは、それをアナ教授に話してみた。アナは飛び上がらんばかりに驚いて、初代レイハントンについて自分が知っていることを熱く語り出したのだった。


3、



ムーンレイスが封印されたのちの時代、歴史の針は、再び意味を持とうとしていた。

ビーナス・グロゥブではオリジナルと呼ばれる人間の復元作業が順調に進みつつあった。オリジナルといっても最初に復元されるのは、オリジナルを生み出すための短縮成長する個体であった。それらを母体として胚を移植し、地球から出立したときの人間と同じものを作り出すのだ。記憶は受け継いだり書き加えたりはせず、教育によって覚えさせられた。最初に生まれた子たちは30年で大量の子供を産み落とし死んでいった。

そのころになるとアンドロイド技術が禁止された。アンドロイド技術は元々ラビアンローズの情報ストックの中には存在しない技術で、宇宙世紀中はずっとタブー視されていたものだった。アンドロイド技術は、宇宙のどこへ行き、どこから戻ってきたのかわからないある小集団がもたらしたものだ。彼らがラビアンローズの帰還に合流したとき、思念体の分離とそれを入れる器としてのアンドロイド技術がもたらされ、コールドスリープの技術に取って代わった経緯があった。ニュータイプという言葉を帰還者たちにもたらしたのも彼らだった。それまでは、ニュータイプとは忘れ去られた過去の言葉だったのである。

ビーナス・グロゥブは生体を維持するために多くの資源衛星が運搬され、人も増えたことからにわかに活況を呈した。生きた人間たちの生み出す騒音は思念体にとって耐えがたいノイズとなり、生体に回帰するものが増え数も減ってきたことからオリジナルから隠されることになった。ビーナス・グロゥブは任期付独裁制を採用して、同世代の物事は議会でコンセンサスを作ってから総裁が決裁する仕組みを採用した。だがそれでは政策の継続性が担保されない。そこで新時代の基本的理念が定められ、それらの継続性の担保は行政の中に隠れた思念体の集団が担当することになった。

ビーナス・グロゥブには、宇宙世紀時代の失敗を繰り返さぬよう資源の枯渇した地球にエネルギーを送り続けながら戦争をさせないようにコントロールする大目標があった。そのためには膨大な労働力を投入してエネルギーの生産を行わねばならない。これを共通思念を有さない、つまりオールドタイプに他ならないオリジナルの人間たちが継続することは困難だった。実際何度も地球への帰還運動、レコンギスタ思想による反乱が企てられた。地球は圧倒的武力によって征服すればよく、フォトン・バッテリーの生産は奴隷であるクンタラにさせようと議会で提案されたのだ。こうした動きを裏で封じ込めてきたのが、行政組織の中に隠れた思念体の集団だったのだ。彼らは時の政治運動が大きく理念を逸れた場合にそれらを完全に潰してしまう権利を有していた。彼らは執行者、エンフォーサーを名乗り、人類の理念的逸脱を未然に防いできた。

ビーナス・グロゥブで人間が再生されてから100年が経過したころ、突然地球への中継地であったトワサンガから独立宣言が舞い込んできた。ビーナス・グロゥブの議会、つまり肉体を持ち精神が断絶した人間たちは、地球への帰還をトワサンガが阻むのではないかと大騒ぎになったのだが、カール・レイハントンがすでに人体化してその子孫が王としてトワサンガを支配していることや、シラノ-5というコロニーで人間の生活が始まっていること、また滞りなく軌道エレベーターが完成されたことなどからこの話題はいつしかうやむやのうちに報道されなくなった。この問題も、ビーナス・グロゥブの官僚組織を担うエンフォーサーが事態を鎮静化させたのだった。実際は思念体であるカール・レイハントンは当たり前のように存在していたし、エンフォーサー同士でビーナス・グロゥブとトワサンガの官僚組織は繋がっていたのである。

人体としての子孫が存在していることで、ビーナス・グロゥブの使節団は、カール・レイハントンが死んだものと結論付けた。死ぬというのは彼自身が人体化して朽ち果てたとの判断だった。カール・レイハントンの子供は父のアバターとクンタラであるサラ・チョップ軍医の子供であったが、それはエンフォーサーによって情報が改竄されて真実は隠蔽された。カールやチムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカなどは、これほど簡単に騙されるオールドタイプに恐怖したほどだった。

先遣隊として月の宙域にやってきてムーンレイスと戦争が始まって100年が経とうとしていた。すでにメメス・チョップ博士もサラ・チョップ軍医も亡くなりこの世にはいない。メメス博士はキャピタル・タワーと名付けられた軌道エレベーターと生体維持機能を持ったスペースコロニー・シラノ-5の建設に尽力して、人としてはかなりの高齢になるまで生きたが、サラは出産後まもなく死んでいた。彼女の思念はしばらく子とともにあったが、やがて子に孫が生まれるとカルマ・フィールドに還っていった。それきりカール・レイハントンが彼女を感じたことはない。

カール・レイハントンも当初使っていたアバターを放棄して、表向き禁止されたアンドロイドやアバターの子孫であるがゆえに精神を乗っ取りやすい自分の子孫の肉体を使うなどして、自分が作り出したトワサンガの行く末を眺めていた。彼ら思念体の時は止まっているが、肉体のある者らの時は動いている。メメス博士が選別した感応力の強い個体は宇宙へ上げられ、トワサンガの住人へとなっていた。スペースコロニーは人の声で溢れ、共感能力は使われず、人は会話で意思疎通を試み、多くの場合失敗していた。彼らのために資源が運ばれ、ラビアンローズは巨大な資源衛星の上部に隠された。

エンフォーサーはビーナス・グロゥブとトワサンガのラビアンローズを支配していた。肉体を持った人間であるオールドタイプと、思念体として純化したニュータイプのどちらが優れ、地球を支配すべきか決するときが来ても、オールドタイプに敗北することは考えられなかった。そうであるがゆえにレイハントン家はヘルメス財団に積極的に協力した。財団の計画はトワサンガの協力も得て着々と進み、地球人類のフォトン・バッテリーの供給による再文明化は滞りなく進展した。人類はかつてあった栄光の時代を取り戻しつつあり、フォトン・バッテリーの技術を核とした産業革命の時代を超えて、再び宇宙世紀の黎明期へと近づきつつあった。

フォトン・バッテリーの配給制度は人口爆発を抑制していた。ユニバーサルスタンダードの徹底は平等な競争と技術の独占を阻止していた。スコード教は宗教対立の芽を摘んでいた。離れた地域に暮らしながらも、人間は過度に対立的であることを禁忌にしていた。ヘルメス財団の計画は完全に成功して、人間同士が再び宇宙世紀を繰り返すことなど起こりようもないと安心しきっていたとき、メメス博士が怖れ危惧していたことがビーナス・グロゥブで起こり始めた。それがムタチオンであった。

肉体を捨てて永遠の命になることを覚えながら、再び肉体の世界に戻ったビーナス・グロゥブの住人たちは、強い義務意識の裏側に、強い特権意識を持っていた。彼らは自ら定めたアグテックのタブーを破り、長寿を欲した。それは禁忌となっているはずのアンドロイド技術を応用してボディスーツを生み出し、肉体を保持したまま永遠に近い命を得ようと模索し始めたのだ。その結果、酷使され老いた遺伝子はムタチオンに蝕まれていった。

エンフォーサーたちはその動きを注意深く見守っていた。人類の肉体が正常に稼働するのは50年ほどであり、自らその短命を受け入れ肉体に戻っていった者たちが、死を怖れ、特権意識を振りかざして長寿を目指すことは滑稽極まりなかった。肉体は滅び、精神は消滅する。ならば、死を恐れず50年で死ねばいいだけのことだし、死にたくないのならば己が思念の強さに賭けて肉体からの解脱を図ればよいだけのことなのだ。どちらも選ばず、ただ死の恐怖に怯えて資源を無駄に使って延命を図る。その無駄が誰かの負担になるとは考えもしない。個という卵の中の世界で生まれる前から死を怖れ、自死に繋がるタブーを犯し始めたのだ。

ムタチオンの恐怖は、ビーナス・グロゥブに脈々と流れるレコンギスタ派を久しぶりに復活させた。中心人物のひとりはビーナス・グロゥブの公安局官僚だったピアニ・カルータ。彼はビーナス・グロゥブのラ・グー総裁に外宇宙からの恐怖を吹き込んでモビルスーツの開発を再開させ、トワサンガに亡命するとレイハントン家に仕え、その裏でレイハントン家と対立させるためにドレット家に肩入れしてトワサンガに競争をもたらした。彼はそれが人間の遺伝子を強化すると信じていたのだ。

激しい対立の中で、レイハントン家の血筋は失われた。地球に亡命させられたふたりの遺児が何代目の子孫になるのか、カールにはまるで興味がなかった。それはレイハントンでありながら、自分ではない何かであった。子孫といえど接点はなく、たまたま使っていたアバターの形質を受け継いでいるだけに過ぎない。

ピアニ・カルータが起こした対立を生み出す一連の行動は、うやむやのうちにその死をもって終わった。

カール・レイハントンは、たったひとりの人物が工作しただけで、人間同士が再び争い始めるのを目にした。ヘルメス財団が目指したものは簡単に崩壊した。かくも簡単に争いごとを始める人間。肉体の限界を受け入れない人間。他者の犠牲の上に福祉を成り立たせようとする人間。人間は肉体という限界にぶち当たるたびに不正を働き、タブーを犯し続けた。

人間は、進化などしなかった。

肉体という囹圄の維持が自己目的化するのだった。

肉体を捨て去って久しいカール・レイハントン、チムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカにとって肉体は、単なる道具でしかない。目的に応じて使用する汎用型生体アンドロイド、いわばモビルスーツなのだ。機械式や生体式は目的に応じて選ぶ。それが人間型機械としての巨大MSであることもあれば、戦艦であることも、恒星間宇宙船であったりもする。人間の形をしている必要はないのだ。道具には目的に応じた形がある。

肉体を持った人間は、意識をその囹圄の中に閉じ込め、生存本能に支配される。真の生存は肉体を離れてから生じるのだと知らない。宇宙世紀初期に顕在化したニュータイプ現象も、人間の生体機能の拡張と認識され、研究もそれに沿ってなされた。それはすぐにソフトウェアの開発に取って代わられ、廃れていった。

ニュータイプ研究が復活したのは、恒星間移動を頻繁に行うようになってからだ。コールドスリープに代わる技術の開発が、偶然人間の思念を肉体から分離させた。新しい人類は遠く銀河中心部において生まれたのだ。

カール・レイハントン、チムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカの3人は500年の時間経過に何ら意味を見出せないとの結論に至り、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーと500年ぶりにコンタクトを取った。ところがそこにいたのは、すでに肉体化して久しい思念体の子孫たち、言語化しなければ意思疎通ができないオールドタイプとなった仲間たちの末裔たちであった。

彼らは他の肉体化した人間と何ら変わらぬ存在でありながら、思念体であったとの記憶が何らかの形で受け継がれ、自分たちを優生と見做して特権階級を形成していたのである。

競争によって優生と劣生を明らかにしながら人類の進化と進歩を目論むピアニ・カルータの戦いは終わった。次に起こったのは、ニュータイプを優生と見做して優生と劣生の戦いを引き起こそうというジムカーオという人物の戦争行為だった。これは大きな誤謬があり、前提が間違っている酷い代物であったが、すでに思念体としての思考を理解することもできなくなった肉体を持った子孫たちには通じなかった。

カール・レイハントンら3人は、ジムカーオなる人物の目論見を阻止するために現実の世界に関与することに決めた。ジムカーオという人物はかなり強力な思念を持ち、目的を遂行しようとしていた。チムチャップとヘイロは思念体のままサイコミュ搭載型の機体に関与してジムカーオを探る傍ら戦争にも参加した。アバターと人間の交配種の子孫で、感応力の高いラライヤ・アクパールにはチムチャップがリンクして補助的な役割を果たすことになった。

そして、カール・レイハントンは、ビーナス・グロゥブのラビアンローズに500年ぶりに戻り、使われることなく封印されていたアバターの製造を行った。彼の肉体や古式ゆかしい正装が復元され、彼は再び重力に脚を引かれる感覚を思い出した。

資源衛星を抱き込んで一体化していたビーナス・グロゥブに、大きな爆発が起ころうとしていた。警報がけたたましく鳴り響き、ラビアンローズの全機能が蘇ろうとしていた。彼は肉体を持った愚かなかつての仲間たちのなれの果てに苦笑しながら、静かに艦長席に腰を落ち着けたのだった。


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