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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:101(Gレコ2次創作 第40話 後半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第40話「自由貿易主義」後半



1、


日本がバイオエタノールディーゼルエンジンに舵を切ったことで、台湾の穀物価格が高騰していた。フォトン・バッテリーが枯渇した世界で、日本が発掘技術復元にいち早く成功したことは明るいニュースとなり、貨物輸送はフォトン・バッテリー時代より増えたくらいであったが、一方でバイオエタノールの原料となる穀物価格が高騰して食料品の価格がインフレを起こしていたのだ。

ベルリたちを乗せ貨物船が港に着くなり、バイオエタノール反対運動のデモ隊と警官隊の衝突が起こった。人々は口々にバイオエタノールの禁止を求め、食料価格を安定させるように訴えた。母親が「この子に食事を!」と書かれたプラカードを天に突き上げるのが見えた。

船会社はデモ隊を威圧するかのようにガンダムの存在をアピールした。警官隊の放水も相まってデモ隊は散り散りになって逃げていった。暴れた者らは容赦なく逮捕された。

「こういうことだったのか」

船会社がなぜ自分たちを雇ったのか、ベルリは理解してウンザリした。ノレドはリリンの身に危険が及ばないように強く抱き寄せてデモ隊がいなくなるのを船の上でじっと待った。

「バイオエタノールは人間の食べ物から作るからねぇ。台湾は甜菜を作るには暖かすぎるんだな」

諦観したハッパの物言いにカチンときたノレドが口を尖らせた。

「でもさ、船を動かすより食べ物のほうが重要じゃないの?」

「まぁ、そんな怒んなさいな」ハッパが両手を押さえつける仕草をした。「まだエネルギー転換の過渡期なんだよ。この技術が定着することになれば、バイオエタノール専用の耕作地も増えるだろうし、そうすれば農家の人も儲かり、貿易関係の人も儲かる。いまより暮らしは良くなるはずだよ。いまはディーゼル技術が始まったばかりで、食料になるものからエネルギーを取り出しているんだ」

「ぼくは人間の食べ物からエネルギーを作ることには反対ですけどね」ベルリはデモ隊に対して撒かれた放水の後を溜息交じりに見つめていた。「これは、フォトン・バッテリーの再供給に失敗したぼくの責任でもあるんだ。ぼくがラ・ハイデンを説得できていれば少しは・・・」

「それはどうかな」ハッパも事態を認めているわけではなかった。「ラ・ハイデン総裁という人物が気にしているのは、ヘルメスの薔薇の設計図なんだろう? あれが回収されない限り、以前のようにエネルギーはもたらされない。それはベルリの責任じゃない。まだ子供なのにそんなものまで背負い込む必要はないよ」

「食べ物以外からは作れないの」とリリンが尋ねた。

「いろんな物から作れるよ」ハッパがリリンに応えた。「いま起こっているのはそういうことじゃないんだ。船が出来たからエネルギーが必要になった。燃料用に穀物価格が高騰したから農家はそちらに売った。だから食べ物が足らなくなった。足らないから価格がさらに上がった。値上がりを期待して投機資金が流れ込んで、価格の変動が激しくなった。需要が、食料とエネルギーのふたつになったのに、供給はひとつのままだったんだ。バイオエタノール専用の農地が出来れば、食料供給とエネルギー供給は安定するはずだよ。需要はますます大きくなるから、農地の価格も上がっているだろうね」

「船ができるってわかっているなら、最初に燃料を作ればよかったのに」ノレドは不服そうだった。「だってさ、子供の食べ物がないなんて可哀想じゃん」

「ディーゼルの貨物船が実用されることを当て込んで、専用の農地をあらかじめ作ったとするだろ。もし船が実用化されなかったら、その分だけ穀物が余ってしまって価格が暴落する。すると今度は小規模な農家がたくさん廃業して、農産物の価格を安定させてくれとデモを起こすだろう。フォトン・バッテリーの代替技術が確立しなければ、貿易が減少してさらに多くの失業者が発生してしまう。こういうのは難しいんだな。経済のかじ取りというのは本当に難しいものなんだ」

「助かるのは大資本だけで、苦しむのは小規模な農家や消費者だけなんてずるいよ!」

「そうなんだけどさ」ハッパも溜息をついた。「でもね、このやり方が1番ダメージが少ないんだ。自由貿易体制が維持される限り、税収は大幅には減らない。ということは、再分配する余力が生まれる。自由貿易がストップして税収が大幅に減ってしまうと、政府は再分配に消極的になってしまう。経済が動いていることが大事なんだね」

ハッパの考えは正しかった。台湾政府は基礎的穀物を一括で買い上げ、フードスタンプで再分配すると発表したばかりだった。だがそれでは、一般市民の不満を和らげることはできなかった。デモ隊も、発表された再分配の量では到底足らないと抗議するためであった。

「自由貿易体制は、大資本が有利なのはノレドが言ったとおりだけど、創意工夫次第で大きなチャンスがある。バイオエタノール用の農地の確保や、効率よくエネルギー転換できる作物の開発、これらはビックビジネスになり得る。消費者は一方で生産者でもある。生産者として頑張るしかない」

次の目的地である香港への出港は2日後の予定であった。食料生産を行っていない香港へは米や小麦などを輸出することになっていたが、契約された量の確保はできていないという。ベルリたちは船が出るまで台湾中を歩いてみることにした。

「台湾というのは、伝統的に揚げ物料理が多いようだ」ハッパは屋台でくつろぎながら、ベルリたちに講釈した。「つまり廃油がたくさんあるというわけさ。こんな土地柄にぼくのどんな油でも動くディーゼルエンジンを持ち込んだらどうなると思う? バカ売れ間違いなしだよ。捨てるものが電気になるんだ。ぼくにはもうセレブになった未来の自分の姿が見える」

「そんな貴重なものをよくハッパさんにくれたね」ノレドが肉に食いつきながら話した。「自分たちで作れば儲かるだろうに」

「設計図は当然あるんだと思う。これはあくまで試作品だから。発掘技術だから特許もないしね。売れそうなら作るだろうさ。でもほら、銀行の貸しはがしに遭っていると言っていただろう? こんな小さな商品より、経営資源を造船に集中させたんだろう。運転資金に余裕があれば、量産したかも」

食事を終えたハッパは、海に流して捨てる予定だという揚げ物の油を譲ってもらい、丁寧に濾した後で自分のモビルワーカーに給油した。その姿に現地の人々は興味津々だった。そしてハッパがエンジンをかけると、集まった男たちは一斉に歓声を上げた。

「ここではぼくのマシンの方がガンダムより人気があるようだ」ハッパは得意げだった。「海も綺麗になる。労働もできるし、電気も作れる。アメリアに戻るまでにこいつを徹底的に調べ上げて、もっと高性能なマシンを作り出してやるさ。待ってろよ、未来のぼく! 大富豪になったこの姿を!」

そう叫んだハッパの額に石が投げつけられた。もんどりうって倒れたその額から血が流れていた。ノレドはリリンを抱き寄せて、周囲をキッと睨んだ。ベルリはハッパに駆け寄って群衆に向かって叫んだ。

「なんでこんな酷いことをするんだ!」

4人に浴びせられたのは罵声であった。

「アメリア人は台湾から出ていけ!」

「クンタラは台湾から出ていけ!」

よろめきながら立ち上がったハッパは、モビルワーカーに飛び乗ると、背中に収納してある両腕を起動させてノレドとリリンを抱きかかえた。

「いったん逃げよう。ベルリはガンダムで、頼む」

「わかりました!」

何が起こったのかわからなかった。アメリア人とクンタラに対する反発の意味も。

ガンダムに搭乗したベルリは、自分たちを取り囲んでいる群衆が数万人規模であることをコクピットのモニターで知った。夜の屋台でのんびり食事をしていた彼らには、突然何が起こったのか、あずかり知らないことであった。

人々は投石によって4人に抗議をしていた。スローガンは、アメリアへの反発、クンタラへの嫌悪であった。ノレドがかなり怯えているのを目にしたベルリは、ガンダムの手のひらで群衆を押しのけ、モビルワーカーとの距離を作った。

「こっちへ!」

ノレドとリリンは、ガンダムのコクピットに移った。

「いったい何が起こったっていうんだ!」ハッパは力任せに投げつけられる石を避けるのに精いっぱいだった。「操縦席にカバーをつけないとたまったものじゃない!」

コクピットに納まったリリンが、ごそごそと荷物を探って、小さな箱をノレドに手渡した。それは、ベルリの小型ラジオであった。パッと目を輝かせたノレドがスイッチを入れて、ニュースチャンネルにダイヤルを合わせた。ノイズ交じりの音声が聞こえてきた。


2、


しばらくラジオのニュース解説に耳を澄ませていた3人は、ようやく事情を呑み込んだ。

アメリアの投資会社が、台湾南部の広大な土地を高額で買い上げ、バイオエタノール専用農地にすると発表したことへの反発だったのだ。現地の人間にとっては、穀物価格高騰に端を発する食料品の値上げに辟易しているところへ、追い打ちをかけるようなニュースだった。生産を請け負う農業法人は、現地で人々を雇用すると発表したが、これもまた台湾人を小作人に戻すつもりかと大きな怒りを産んだだけで火消しにはならなかった。

「経済活動として何も間違っていないじゃないか!」ベルリからことの次第を無線で聞いたハッパは怒り心頭であった。「バイオエタノール専用農地ができれば、食料用の穀物をエネルギー生産に回さずに済む。エタノールは高価な輸出品にもなる。保存も効く。日持ちのしないバナナなんかより、よほど儲かるじゃないか。それのどこが間違っているというんだ?」

人間は正しさを競い合って生きているわけではない。感情のやり取りは、ときに合理的精神を吹き飛ばしてしまうものなのだ。

「だから食べ物は大事なんだって!」と、口にしたノレドの考えは、間違っていなかった。「アメリアの投資会社が嫌われているのは分かったけど、クンタラはなんで巻き添えになってるわけ?」

「それはたぶんグールド翁のことじゃないかな」アメリア人であるハッパが応えた。「グールド翁っていう有名なクンタラの投資家がいるんだ。アイーダさんのスポンサーだよ。彼の投資会社が土地を買い占めたんだ」

ノレドは頭をかきむしった。

「投資家がクンタラだったら、クンタラ全員が差別されなきゃいけないの!」

「とにかく逃げます!」ベルリが話を遮った。「港に戻りますよ。ガンダムで運ぶので、ハッパさん、振り落とされないでください!」

ベルリはモビルワーカーを両手で掴むと、そのまま宙に舞いあがって港を目指した。

台湾には夜景がなかった。星の瞬きは美しいが、地上には明かりがない。フォトン・バッテリーが枯渇してから、日本も台湾も夜間は街灯ひとつない真っ暗な原始の世界へと逆戻りしていた。フォトン・バッテリーの供給地点であるキャピタル・テリトリィでは考えられないことであったが、配給を受けているどの世界でも状況は同じなのだった。

「ぼくが知らないだけか・・・」

ベルリが旅をしていたときは、まだアジアのエネルギーには余裕があった。戦争がなかったアジアでは、バッテリーの備蓄はかなりあったのだ。だが、エネルギーの枯渇は人々から余裕を奪い去っていた。暗闇は海の向こうにもずっと広がっていた。海を越えた大陸にも。

港に到着すると、船会社の人間がガンダムを発見して手招きしてくれた。

「ダメだ! 積み荷が暴徒に襲撃されて奪われてしまった。船はこのまま出向させる」

「香港の人たちは食料を当てにしてるんじゃないんですか?」

「トラック6台分は確保した。まるで足らないけど、デモ隊は大陸が黒幕じゃないかって情報もあるし、とにかくいまは出港しないと」

船にはハッパとモビルワーカーだけを乗せて、ノレドとリリンはガンダムに残った。離岸する船にデモ隊の花火が打ち込まれた。ラジオは日本の貨物船と謎のモビルスーツが台湾から追い払われたと誇らしげに伝えていた。ディーゼルエンジンに舵を切った日本の政策が、人々の生活を窮地に追い込んでいるとの世論が形成され、誰しもそれを疑うことなく受け入れていた。

「どうして人はこうなんだろう?」頭の中に巡ってきた考えを、ベルリは首を振って追い払った。「こんなこと、考えちゃダメなんだ」

ノレドもまた苦しみの中にいた。「クンタラのグールド翁って人がどんな人か知らないけど、別に間違ったことをしてるんじゃないんでしょう? なんでクンタラだからって」

「気にしないことだ」船の上からハッパが無線で応えた。「グールド翁はクンタラの地位向上のために戦ってきた人で、あくどい人じゃない。今回のバイオエタノール用農地の確保だって間違ってない」

「デモ隊の主張は、食料が不足しているのだからその土地で食料生産をしろということなの?」

「そうだよ。でも台湾は農産物の輸出国だから、食料を増産なんかしたら市場価格が下がってしまう。農民は自分で自分の首を絞めることになる」

「食べ物がないの?」リリンが尋ねた。

「ないわけじゃない」ハッパは市場の仕組みを話した。「農産物は市場で取引される。市場参加者は高値で売りたいから、小売り・流通業者が落札できていないだけで、総量は確保してあるはず。売却は次の収穫が豊作になるか凶作になるかで時期と価格が変わるんだ。豊作の情報が出るとすぐに価格は下がるよ。市場というのはそういうものなんだ。ぼくはそれより、エネルギーのことが気になる」

「というと?」

「農産物を作るにはエネルギーが必要になる。農作業用のシャンクは全部フォトン・バッテリー仕様で、次の収穫時には動かせなくなっているはずなんだ。だから次世代のエネルギーへの変換はやり遂げなきゃいけない。ここは地球の裏側、東アジアなんだから。自由貿易はふんだんにエネルギーが使えることが前提になってるからね。自由貿易がなければ農産物の輸出もできない。そうなったらかなりの人口減を見込まなきゃいけないほど食料は枯渇するよ。自由貿易体制の維持が1番被害が少なくて済む。代替エネルギーに何がいいのかは様々な考え方があるだろうけど、近視眼的に悪者を作り上げて攻撃を誘発するかのようなマスコミ報道には疑問を感じるよ」

アジアでフォトン・バッテリーが尽きてきたのはごく最近のことだった。そのせいで、まだどれほど大きな影響が出てしまうのか誰も理解していないのだった。マスコミは大衆の怒りの捌け口として、穀物価格を高騰させたアメリアや日本やクンタラに責任を押しつけた。

「フォトン・バッテリーに充電できれば、状況は一変しそうなのに」ベルリは呟いた。「ああ、でもそうやってエネルギーを自活させると、人間は戦争を始めてしまう。そう考えたからこそ、ビーナス・グロゥブはエネルギーの配給態勢でアースノイドの道徳心を教化しようとした」

「ディーゼルエンジンだって、そのラ・ハイデンって人物がどう思うのやら。いやその前に、4か月もしたらぼくらは滅びてしまうんだっけ・・・」

ハッパはふうと溜息をついて、通信を切った。

「ねえ、ベルリ」ノレドが身体を寄せてきた。「何か月か前にアジアで戦争が始まったってニュースがあったのを知らない? ずっと宇宙にいたから知らないかもしれないけど」

「ああ、姉さんに聞いたことがある・・・。東アジアで大規模な戦争が始まったって。でもまさか、こうやって時間を遡って自分が関わるとは思っていなかったから・・・」

日本の貨物船とベルリたちのガンダムは、その戦争の発端となった香港に向けて海を進んでいた。


3、


貨物船が港に到着したとき、香港からは多くの人々が逃げ出していく最中であった。

フォトン・バッテリーの枯渇は香港の金融市場を大混乱に陥らせ、さらに大陸から多くの人間が入り込んで各地でテロ活動が起こっていたのである。治安の悪化を受けて当局は大規模な不法移民の取り締まりを表明していたが、警察がすでに大陸に買収されたとの噂が飛び交い、市民を不安に陥れて、それが香港からの大脱出を引き起こしていたのだ。

日本の貨物船が持ち込んだ台湾からの輸出穀物や農産物は、想定の10倍の価格ですぐさま引き取られていった。さらに話として持ち込まれたのが、荷物の代わりに人間を運んでくれないかとの申し出であった。船長は武器の持ち込みを厳しく取り締まることと、通常の数倍の船賃を要求したが、チケットは一瞬で買い取られ、さらに数倍の価格で転売された。

「なんでこんなことになっているんです?」

そう尋ねたベルリを呆れた顔で見つめ返した男は、寒冷化によって大陸の砂漠化が進行して居住可能地域が狭まってきたことと、大陸における共産主義の復活を教えてくれた。

「共産主義だって!」ハッパは驚きのあまり眼鏡がずり落ちそうになった。「超古代文明の思想じゃないのか? リギルドセンチュリーの前の宇宙世紀のさらに前の西暦時代末期、世界中に破壊と混乱を巻き起こした計画経済の思想だ。まさかそんなものが復活するなんて!」

「それって古いの?」とノレドが小声で尋ねた。

「古いも何も」ベルリが応えた。「ハッパさんのモビルワーカーより遥かに昔の、人間が羊を飼って暮らしていた時代のものじゃないかな。ぼくもよくは知らないけど」

「共産主義なんて断片的資料しか残っていない。地球連邦が作られるもっと前の話だ」

ベルリたちには壮大すぎて理解できないものだったが、ハッパは大学で学んだことがあるらしく、興奮は収まらなかった。

「悪魔が復活したのかッ!」

貨物船の船員は、治安の悪化を理由に香港への上陸を禁じられた。船は夜には港を離れ、沖合に停泊してさらにガンダムで哨戒活動をすることになった。それというのも、大陸の人間は香港を乗っ取ることが目的ではなく、自由貿易の中継地を奪うことが目的のようだったからだ。

香港の金融市場が機能しなくなり、台湾海峡が大陸勢力に奪われてしまうと、日本と東南アジアとの自由貿易体制は瓦解してしまう。自由貿易の終焉を招く恐れがあるのだった。

これに対して各国は防衛体制の強化を急いでいたが、そもそもエネルギーが不足しているのに広域での各国間の連携は望むべくもなく、香港が陥落するのは時間の問題だった。突然夜間哨戒を命じられたベルリは、眠気を堪えながら夜の海を監視していたが、彼が目撃した大陸からの侵略軍というのは、巨大な木造船に乗り込み、帆と人力で海を渡る古代船の群れであった。それが数千という数で大陸から狭い香港へ押し寄せてきているのだ。難民なのか、正規軍なのか、海賊なのかの見分けもつかない暴徒たちは、数の力で自由貿易の拠点のひとつ香港を飲み込もうとしていた。

自由貿易体制は共通の価値観と合意したルールと商習慣のすり合わせによってかろうじて成立している脆いものだった。フォトン・バッテリーの枯渇と代替エネルギーへの置換を原因とした一時的な混乱、その間隙を縫って、自由貿易体制を揺さぶる価値観が暴力と一緒に大陸からやってきたのだ。

幸いなことに、敵はガンダムを警戒して貨物船を襲撃することはなかった。翌日には船は港に近づくこともできなくなり、沖合に停泊した船までチケットを手にした人々が小舟に便乗して乗り付ける有様であった。なかには一か月分の給与を差し出して、家族と小舟に乗り込んだ人物もいた。

船会社は、彼ら香港を脱出する人間たちに船を乗っ取られないように、船員の居住区と乗客の間に鉄板で間仕切りを作った。もともと貨物船なので、コンテナが乗るはずの場所に人が次々に詰め込まれていった。それだけの人間を養えるだけの食料は積んでいない。トイレも水もない。船の中の生活環境は一気に悪化した。悪臭を放つ彼らは、数日前まで金融機関で働く高給取りたちであった。

貨物船は、チケット販売分の乗船を確認しないまま出港した。次の目的地はマニラであった。マニラではバイオエタノールの給油が予定されていた。船会社の現地法人が用意しているはずであったが、もし給油に失敗した場合、船は予定を変更して日本へ戻ると決めていた。

「あの人たちはどうなるんだろう?」ノレドは心配げに尋ねた。

「マニラまでの契約らしいけど、マニラも食料が不足しているだろうに、あんな大勢の人を受け入れるだろうか? ぼくがマニラをシャンクで走ったときは、ジャングルだらけで農地の拡充もままならない有様だったのに。それに、あの共産主義というもの。あの黒い影は一体・・・」

戦争に発展しなかったことで、とりあえずベルリはホッと一息ついていた。いくら大型とはいえ、木造船相手にモビルスーツで戦うつもりはなかった。それは赦されないことだった。しかし、南へ南へと押し寄せてくる不気味な影は、ベルリの脳裏を離れなかった。

戦争を忌避することで、香港は戦うことなくあの不気味な黒い影になすすべなく飲み込まれた。ガンダムがあれば、あの不気味な影を追い払うこともできただろう。ガンダムにとって、木造船が千あろうと万あろうと関係ない。1機ですべての大陸勢力を追い払うことができたはずだ。だがそれをやってしまうことは、虐殺であった。自由貿易の維持と大虐殺は釣り合う価値なのだろうか。

船は夜の海を南へ進んでいた。ノレドとリリンはガンダムのコクピットの中でシートベルトをしたまま静かに眠っている。ベルリは疲れ果てていたが、船はいつ何時誰に襲撃されるかもわからない状況であったので、眠るわけにもいかない。睡魔と戦いながらベルリは飛び続けた。

そのときだった。回線が開いたままのハッパのモビルワーカーから「グレートリセット!」と叫ぶ声が聞こえてきた。同時に船内で爆発が起こり、船体から火の手が上がった。

ガンダムのメインモニターは、突然船の中の音を拾い始め、騒音のような嬌声がけたたましくスピーカーを振動させた。

メインモニターは、はるか遠くに遠ざかっていた香港の様子も望遠カメラで捕らえていた。夜の香港が真っ赤に燃えていた。「グレートリセット!」と叫ぶ声がベルリの鼓膜を叩くように響いてきた。香港で誰かが叫んだ声なのだ。何故そんな遠くの声が聞こえるのか理由はわからなかった。

「グレートリセット!」

「ハッパさん!」

ベルリはもくもくと黒煙を上げる貨物船に向けて叫んだ。


4、


幸いなことに、ハッパは無事であった。

「船で爆発があった」通信機からハッパの声が聞こえた。「ガンダムで外から消火してくれないか。海水で構わない」

「了解です!」

ホッと胸をなでおろしたベルリは、急いで消火活動を開始した、すぐに火は消し止められたが、穴の開いた船体から人の顔が覗き、ガンダムの方向をキッと睨んでいるのがわかった。ベルリはどうしていいのかわからずにモニターに映ったその顔を見つめ返した。

「グレートリセット!」

その男は、ガンダムを睨みつけたままそう叫んで、持っていた火薬を爆発させた。またしても船は爆発に見舞われた。ベルリは海水を手で救ってすぐさま消火をした。火は消えたが、船の側面に空いた穴はさらに広がってしまった。ノレドが眠そうに頭を起こした。

船の中では、乗客と船員との戦いが始まっていた。船員は船の備品で武器になりそうなものを手にして、客を装って乗り込んでいたテロリストたちと戦った。乗船時に身体検査を受けていたテロリストたちは、それほど多くの武器を持っていないのか、次の爆発が起こることはなかった。武器を手にした船員たちは、制圧したテロリストを、爆発で穴の開いたところから海に叩き落した。ベルリが思わず助けると、船員らしき日本人が、そいつをどうするつもりだとガンダムに向かって叫んだ。

海風がその声をかき消しているはずなのに、男の声はガンダムに届いていた。

「どうするもこうするも・・・、助けるしかないでしょ!」

船の中の戦いは激しくなった。チケットを買って乗り込んだはずの乗客たちは、いまや船員たちから敵として扱われ、殴り合いの末に体力に勝る船員によって次々に海に突き落とされていった。ベルリは海面に落下して水しぶきを上げた人間を、ガンダムを使ってすべて助けていた。船内の喧嘩は収まらず、やがてガンダムの手のひらは人で一杯になって溢れて、誰かが暴れるたびに海に落ちるようになった。

「やめてください」ベルリは震える声で懇願した。「こんなことはやめてください」

殴られた男たちは海に落とされていった。ガンダムではもう助けることができなくなっていた。ベルリは海面でもがく男たちを助けるために、ガンダムの手のひらの上にすくった乗客を甲板に降ろした。ベルリに助けられた男たちは、勢い込んで船内に戻り、再び船員との戦いに加わった。

船会社の人間がガンダムめがけて拳銃を撃った。金属を叩く音がコクピットに響いた。

「こいつらは共産主義者だ」そう叫んだのは船長だった。「最初から連中の狙いはこの船だったんだ。ディーゼルエンジンの技術を大陸の共産主義者に渡すわけにはいかない。いまから船内は非常事態を宣言して、乗客の掃討を行う。ガンダムにもそれを手伝ってもらいたい。君が助けなきゃいけないのは、自由民主主義陣営の人間だけだ。共産主義者を助けるならば・・・」

船長はぐいと腕を引き寄せた。その腕にはハッパが捕らえられていた。

「この男を殺させてもらう。君が共産主義者の掃討に協力するならば、この男も助けよう」

「そんな脅しにッ!」

「船は共産主義者には渡せない。ガンダムが敵に与するのであれば、この船は自爆して海底に沈める。どういうつもりか知らないが、これは戦争なんだぞ。敵味方の区別くらいつけるんだなッ!」

船長はハッパを抱え込んだまま、船員に非常事態を宣言して、重火器に使用を許可した。スコップや斧で戦っていた船員たちはすぐさま手に手に銃を持ち、貨物室へとなだれ込んだ。ガンダムのコクピットには、貨物室で繰り広げられている虐殺の音声だけが聞こえてきた。激しい銃声は、1時間も続いた。目を覚ましたノレドは何も言わず、リリンが起きないようにだけ気をつけていた。

ベルリには何も出来なかった。銃声が止むと、赤く染まった死体が船体に空けられた穴の場所まで運ばれ、死体は海に捨てられた。海が赤く染まっていった。

「むごい・・・」

ベルリの呟きは船の人間には聞こえていないはずだった。しかし、船長はベルリの心を見透かしたようにガンダムに向かってこう叫んだ。

「君はモビルスーツのパイロットなのだろう? 君がやってきた人殺しは綺麗で、自由民主主義のために戦った我々の行いは醜くむごいのか? 国家が砂漠化して南下してくる敵や、自由な交易体制を奪って我が物にしようとする勢力と戦うことも悪なのか? 共産主義は独裁体制だ。共産主義に飲み込まれたならば、我が国のみならず、東アジア諸国は大陸勢力の奴隷になってしまう。自由民主主義は、人間が人間であるために必要な水と空気と同じものだ。水や空気を奪われそうになって、簒奪者を叩きのめした人間を、君は罵るのか?」

「罵ったりはしていませんッ!」

「同じことだ。人は足りないものは分かち合って生きる。我々自由陣営は上手くそれをやってのけている。分かち合うことに失敗した人間たちが、徒党を組んで富を奪いに来ているんだ。この船は絶対に渡せない。なぜならば、共産主義者がこの船を手に入れたならば、新造艦を量産してさらに南下し、戦争のエネルギーを作り出すために台湾や香港の人間、あるいは日本人が奴隷になって働かされるからだ。君が共産主義者の手伝いをするというのなら、貨物船にすぎない我々にモビルスーツへの対抗手段はないから、船を自爆させる。君はどうする?」

「ベルリ!」ハッパは船長に抱きかかえられながら叫んだ。「いいんだ、ベルリ。すぐに答えを出さなくていい。ぼくと一緒に、そしてみんなで世界を見に行こう! 答えを出すのはそれからでいい。船長、どうかぼくを解放してください。この船を攻撃する気も、共産主義者に与するつもりもありません。それに、あのガンダムという機体は、何をどうやっても機体の分析はできないんです。動力源すらわからない。分解することもできない。傷つけることさえできない。ベルリ以外操縦もできない。ハッチも開かない。あれが共産主義勢力の手に渡る心配はありません。だからもう、争いはやめましょう」

船長は、しばし思案したのち、ハッパを解放した。ハッパは自分のモビルワーカーに乗り込み、ガンダムの腕の中に納まった。ガンダムは静かに貨物船から遠ざかった。どこへ向かって何をすればいいのか、ベルリにもノレドにもわからなかった。通信機からハッパの声が響いた。

「このまま西に飛んで、北ベトナムのハノイに行ってみよう」

「ハッパさん、ぼくは・・・」

「ベルリとノレドからカール・レイハントンの話を聞いたとき、地球の観察者になるだの、観察する地球に人類は必要ないだの、正直なんのことか理解しかねた。だけど、こういうことなんだ。人間は観察対象にするにはあまりにむごたらしい存在だ。動植物の世界で起こる生存競争とは違う理屈が人類にはある。これを観察対象から外すことは、もしかしたら正しいことなのかもしれない。ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンは、自分がカール・レイハントンと並びうる神聖を持てるかどうか確信がなかったんだ。ジオンの亡霊さんたちには迷いがなかった。彼らジオンは、より人類に絶望していたのさ。そしてベルリにも同じ絶望を味合わせようとしている」

「ハッパさん」ノレドが身を乗り出した。「ハノイに何かあるの?」

「日本にいたとき聞いたんだ。ハノイはすでに共産主義勢力が政権を握って、政情は安定しているらしい。内乱はもう収まって、テロもなくなっているらしいから、あそこなら共産主義なるものがどんなものなのか少しは安全に観察できるんじゃないか?」

「どうする、ベルリ?」

「行ってみよう。世界をこの目で見てみなくちゃ。人間の未来に絶望しかないのなら、ぼくらにはカール・レイハントンが作った未来を変える資格なんかない。もし人類の未来に希望がないのなら、そのときはノレドはリリンちゃんを連れてザンクト・ポルトに逃げてくれ。ぼくが絶対に助けるから」

ベルリはそう話すと、進路を西に取った。

結局リリンは目を覚ますことはなく、すやすやと眠り続けていた。



次回第41話「共産革命主義」前半は、3月1日までに投稿する予定です。




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