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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第48話「全体繁栄主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第48話「全体繁栄主義」前半



1、


突然のアイーダの訪問を受け、そこで自らの未来を幻視したウィルミットは、衝撃の大きさに驚きこの世界が現実ではないことを受け入れた。アイーダのG-アルケインでアメリアへ送ってもらった彼女は、フォトン・バッテリーが減らないという話を目で見て確認し、幻視が正しかったことを実感した。

それからずっと彼女は、自らの未来の記憶に悩まされていた。未来においても彼女はゲル法王とともにザンクト・ポルトに上がり、ラ・ハイデンを出迎えたのだった。自分が未来においてそのような行動に出たのは彼女にはよく理解できた。彼女は、キャピタル・テリトリィを治めてくれる真の男を求めていた。政治と行政のトップに立つ彼女だからこその願いであった。

幻視によって事のすべてを知り得たわけではない。自分の未来の記憶とアイーダ、クリム、ラライヤの記憶が同時に流れ込んできて、状況は彼らの間で共有されたのだ。既に死亡しているミック・ジャックの記憶は共有されていない。その事実もまた、幻視に信憑性を与えていた。

地球への侵略がジオンに阻まれたラ・ハイデンは、地球圏への関与を諦めてビーナス・グロゥブへと戻っていった。地球は虹色の膜に覆われて侵入不可能となり、次いでフルムーン・シップの大爆発が起こった。その威力はすさまじく、堅牢なキャピタル・タワーでさえ危うく倒壊しかけた。数か月間、彼女はザンクト・ポルトで孤独に耐え、爆風が収まったのち、氷に覆われた地表に降り、絶望の果てに自死を選んだ。

自分が取ったその行動もまたよく理解できた。なぜなら彼女は、ラ・ハイデンにリリンのことを託していたからだ。リリンを逃がし、ベルリとの再会も絶望視となると、彼女に生きている意味はなくなってしまう。それゆえの自死であった。

しかし、このやり直しの世界ではそうなっていない。ビーナス・グロゥブに引き取られたはずのリリンはベルリとともに地球圏へ戻っており、誘拐されたとはいえ地球にいることが分かっている。またベルリの健在も確認できた。そうとなると話は変わってくるのだ。ウィルミットは戦う気力を取り戻していた。

ザンクト・ポルトにおいてクンタラたちが生き延びると知ったウィルミットは、カリル・カシスを優遇することでリリンの身柄の安全を保障してもらった。リリンが戻ってきた暁には、彼女を安全圏であるザンクト・ポルトに避難させられる。そして彼女は、ベルリとともに地球の破滅を避ける戦いに身を投じる。ベルリはフルムーン・シップを止める戦いに身を投じ、自分はラ・ハイデンを歓待しながら彼の侵略意図を探り、思いとどまらせねばならない。

アメリア艦隊から脚の速い小型輸送機を譲り受けたウィルミットの一行は、ラライヤが操縦するG-アルケインの護衛を受けながらキャピタルに到着した。

ウィルミットを警戒するカリル・カシスは、リリンの安全をいわば人質のようにして行動の自由を保障されていたが、もとより気に食わない相手であり、警戒心は解いていなかった。ビクローバーの地下にメメス博士のメッセージが遺されていた問題は、本来であればタワーの運航長官であるウィルミットと情報を共有した方がより正確なことがわかったであろう。しかし、もしその際に自分たちクンタラに不利な情報が出てきた場合、身の安全すら保障されなくなってしまう。そこでカリルはウィルミットにメッセージのことは隠すことにしていた。

運航長官がタワーの再起動の準備をしている間、カリル・カシスはキャピタル・テリトリィのクンタラたちから若い女性たちを集めることにした。生命を繋いでいくことにおいて重要なのは女性の存在である。男などはそれほど多くは必要とされない。彼女にとって悩ましいのは、キャピタルはゴンドワンやアメリア、そしてクンタラ解放戦線支配後は世界中からクンタラが集まってきており、ただクンタラというだけでは選別が出来ないことだった。

クンタラといっても地域によって考え方に大きな差異があるのは、アメリアで生活したカリルにはよくわかっていた。カリルにとってクンタラとは、キャピタルで艱難辛苦を共にした仲間たちだけであった。

「キャピタルの若いクンタラの女だけだと何人くらいになりそうかい?」カリルが尋ねた。

「1000人くらいなら何とか。クラウンは何往復くらい出来るか聞いてます?」

「もうそんなに時間はないそうだ」カリルが応えた。「最悪ザンクト・ポルトを武力制圧することを考えると数はたくさん欲しいところだけど、向こうのキャパシティってものもあるから、常時1000人くらい常駐してるっていうスコード教の坊主と同じくらいの数となると、やはりその1000人で打ち止めってことになりそうだね。ラ・ハイデンの歓迎セレモニーのアルバイト名目でいいから、当日までにちゃんと数を揃えておいてくれ」

「坊主と同じ数だけ?」

「スコード教の坊主を追い出してあたしらが君臨するんだよ」

「なるほど。さすが姐さんです」

「ルイン・リーがサポートしてくれると助かるんだが、あいつはムーンレイス艦隊に追われちまってるからなぁ。じゃ、とにかく名簿を作っておいてくれるかい? ザンクト・ポルトに乗り込めさえすれば、メメス博士の予言通りあたしたちの世界がやってくるさ。スコードの時代は終わるんだよ」

カリル・カシスが人選を終えたころ、護衛として同行するラライヤ・アクパールはG-アルケインのクラウン搬入に立ち会っていた。

「ラライヤ」ケルベス・ヨーが明るい声で呼びかけた。「何が起こってこういうことになったのか知りたいところではあるが、あえて聞くのはよしておくよ。それより、オレはいまキャピタルを離れるわけにはいかない。治安が悪くてな。長官のことは頼むぞ」

「ええ、それは」ラライヤは考え事をしていたのか、気のない返事をした。

「なんだかずっと元気がないようだが、メシは食っているのか? また痩せたように見えるが」

「ええ、大丈夫です」ようやく笑顔を取り戻してラライヤが振り返った。「ケルベスさんは理想社会は実現すると思いますか?」

「理想社会? また随分難しいことを考えていたんだな。理想社会なんて実現しないさ」

「え? またなんで?」

「オレは教師をやっていたからな。働くことから逃げて楽をしたがり、犯罪に手を染めていく生徒を何人も見てきた。労働はつらいものだ。人間が労働の対価で生きていく以上、苦労ばかりが人生だ。一方で人間は理想という言葉と天国という言葉を一緒に考えてしまっている。理想社会は天国のような社会だと思い込んでいるだろう? 天国ってのは労働から解放された死の世界だ。つまり、理想社会はこの世には存在しえないのさ。もしあるとすれば、大勢の奴隷に支えられた貴族さまだけだろう」

「ああ、そうなんですね。でも、それはトワサンガの理想社会の概念とはちょっと違っているようです。宇宙では労働は当たり前で、労働があるから理想社会が実現しないとは考えない。労働することを前提に、理想社会の実現を模索している」

「個人が全体の繁栄に寄与することが前提になっているというわけか。言われてみれば、全体の計画の中に個人の労働が当たり前のように組み込まれなければ、宇宙では生きていけないもんな。地球は全体の繁栄であるとか環境維持は地球に依存できるからなのか、個人の尊重に価値観の比重が掛けられているのは確かに感じるかな。結局、いま起こっているのはそういう問題なのだろうか?」

「スペースノイドとアースノイド。これは同じ人間でありながら、根本概念を異にしている。この問題を解決しない限り・・・」

G-アルケインの搬入が終わり、ラライヤが書類にサインを求められて去っていくのを見送ったケルベスは、自分の生徒たちがあまりに重責を背負わされていることを気の毒の思った。

そういう彼自身も、無能な議会を招集させないために独裁者の体を保っているのだから同じような立場であった。


2,


クラウンは2日後に出立した。

乗り込んだ人間は、ゲル法王とスコード教関係者、ウィルミットと運行長の職員数名、あとの大部分は歓迎式典のスタッフ名目で乗り込んだカリル・カシスとクンタラの女性たちであった。

彼らがザンクト・ポルトに到着したとき、地球の表面を虹色の膜が覆っていくのが観測された。ウィルミットにとってそれは2度目の体験であった。絶望にも似た重い気分を抱えたまま、彼女は気力を奮い起こしてラ・ハイデンの歓迎式典の準備に取り掛かった。

ゲル法王は、自分の役割がラ・ハイデンの地球侵略を翻意させることであることをようやく理解し、責任の重さに1日に何度も失神するようになった。そんな法王を叱咤しながら、ウィルミットはどうしてこんな混乱の世界に真の男が現れてくれないのだろうかと嘆いていた。

ラ・ハイデンのビーナス・グロゥブ艦隊は、まだ月の遥か先にいた。歓迎式典の準備は、カリル・カシスのグループが滞りなく進めてくれていた。時間に余裕を感じたウィルミットは、スコード教の大聖堂を訪ねてみた。するとそこにはラライヤがいた。彼女は何をするわけでもなく、大聖堂の屋根の上を眺めていた。

同じころ、アメリアでも上空を虹色の膜が覆っていくのが観測された。アイーダは自分の執務室の窓からそれを眺めつつ、ああ自分の記憶はここで途絶えたのだとウィルミットの長官室で体験した幻視のことを思い出していた。なぜそこから先の記憶がないのか、彼女にはわからない。しかしいまの彼女は、世界の観察者としての自分の意識が連続して途切れることなく続いていることを実感していた。

「始まったのだ」アイーダは思った。「世界がどうなっているのかわからないことだらけだけど、やるしかない。人類を絶滅させたりしない。ラ・ハイデンや、カール・レイハントンの思い通りにもさせない。わたしは、グシオン・スルガンの子、アイーダ・スルガンなのだから」

メガファウナでも同様のことが起こっていた。青い空に広がっていく虹色の膜を見るために、ドッグを出た大勢の人間が額に手をかざして上空を眺めていた。

そこに、ローゼンタール・コバシの大声が響き渡った。

「消えた」コバシは腰を抜かさんばかりに尻もちをついていた。「目の前から消えたよ」

「何が?」クン・スーンが振り返った。

「ミックジャックとかいう青いモビルスーツ」コバシが応えた。「びっくりしたー」

クリム・ニックの姿は消えてなくなっていた。出航時間が迫っており、クリムのモビルスーツがいなくなったことは軍上層部に報告されただけで代わりのモビルスーツが補充されてきた。それがアメリア軍のクリムがいなくなったことに対する反応だった。

メガファウナは再武装を終えたところで慌ただしく出航した。まだ確認せねばならないところが多く残されていたために、飛びながら整備が進められた。この作業にはジット団のメンバーも駆り出され、慌ただしく仕事をしていたためにクリムのことはすぐに忘れられてしまった。

メガファウナのメインモニターには、大気圏突入を果たしたフルムーン・シップが映し出された。すでに空力加熱は収まり、速度も落ちていた。フルムーン・シップはアメリアを目指しており、数時間後にはメガファウナと接触する見込みであった。

ドニエル艦長は各モビルスーツパイロットに出撃準備を指示した。パイロットスーツに身を包んだベルリは心配して駆け寄ってきたノレドの肩を抱き寄せ、すぐにブリッジに上がるよう促した。

ノレドがブリッジに上がると、通信士がしきりにフルムーン・シップに対して呼びかけを行っていた。しかし相手からの応答はなかった。地球を虹色の膜が覆ってからフルムーン・シップが爆発するまでの正確な時間はわかっていない。いつ爆発するかわからず、爆発してしまえば地球は滅亡してしまう。ブリッジチーフのギゼラは辛抱強くあらゆるチャンネルで交信を試みた。

そうしている間にも、虹色の膜はどんどん大きくなって太陽の光が金属の光沢のように歪められていった。G-セルフのコクピットに収まったベルリは、ジオンの自然観に恐怖心を感じた。彼らスペースノイドは、コロニーの中で再現される自然観を超越することができないのではないか。大きな入れ物の中に土と水と光と種を入れて再生される自然と、地球の自然はまったく違うものだ。

ジオンが地球を閉じるのは、地球全体を巨大コロニーとして管理するためであった。ベルリは虹色の膜に閉じ込められながら、宇宙にいるジオンの思惑を感じ取った。

ジオンにとって必要なのは地球というコロニーであって、それぞれが繋がり合った生命の胚ではない。スペースノイドであるジオンには、生命が繋がり合った可能性の胚だとの自然観がない。地球の自然にとって、人間は絶対的に必要な存在ではなく、人類滅亡後に別の生物が地に満ち支配者となろうが、知的生命体がいようがいまいが、大型生物が跋扈しようがしまいが、大陸がなくなり海生生物ばかりになろうが、関係がないのだ。

地球という生命の胚は、あらゆる可能性を探る。どのような条件下にも生命を生み出し、その生命の行く末など考えもしない。ただ生み出すばかりである。生れ出た存在は、手段を選ばず生命の永遠性を追求し、ある存在は永続し、ある存在は短命で終わる。創造に終わりはなく、その可能性は人間という道具を使って外宇宙にまで進出した。

スペースノイドの人間中心主義、科学万能主義は、生命の胚の一端を学び、それを宇宙に持ち出した人間が、自らを創造主と位置づけ、錯覚を起こした結果ではないのか。

宇宙空間で生き延びるために金属で大地を作り上げ、資源を集めて地球環境を再現する過程で、スペースノイドは創造主と同じことが自分にもできると錯覚したのか。だとしたら、生命の胚の一部でしかないアースノイドと、それを作り上げたと錯覚したスペースノイドが相容れるはずがない。宇宙にあるものはすべてが地球の模倣に過ぎない。人類は生命の胚の連なりのごく一部にしか過ぎない。環境に適応させた実験体のひとつに過ぎないのだ。

ジオンだけではない。ビーナス・グロゥブも同様である。彼らもまた、人間を生命の胚の外側にあるものと位置付けている。だから神治主義の妄想さえ抱いてしまう。だがその実、彼らが作り出した重力さえ完全ではなく、彼らの肉体は宇宙環境に馴染まずムタチオンを起こしてしまった。

だからこそ彼らは自然を求め、レコンギスタを夢見るようになった。レコンギスタの試みは、自然回帰主義であったはずだ。そこに、ピアニ・カルータという人物が現れて、人工的な競争で人工的に進化を促そうとした。彼らスペースノイドには、生命の胚の実験体の一部として、死を受け入れる覚悟がなかった。ムタチオンに苦しむ肉体が地球環境に適応しなかったのならば、彼らは死を受け入れるしかなかったのだ。

ベルリの頭上を、虹色の膜が覆っていった。自然はジオンに管理され、ジオンに観察されようとしている。

スペースノイドは、宇宙に持ち出した生命の胚のごく一部から得たエネルギーを分け合い、生命を維持しなければならない。スペースノイドはより効率的に社会を運用し、強い義務意識で労働をこなし、生産物を平等に分け合う。その全体繁栄主義は、地球の個人尊重主義より優れた点があるのは事実であるが、全体を管理することが出来るという思い込みがアースノイドとの決定的な差であった。

地球全体を管理することなどできない。地球を膜で覆っても、地球はスペースコロニーにはならないのである。

全球凍結の危機でさえ、地球はその環境に適した新しい生命を生み出すだけなのだ。

ベルリは心の中で強く念じた。

「カール・レイハントン、そしてジオン。お前たちは間違っている」


3,


大気圏に突入したフルムーン・シップのブリッジは、ビーナス・グロゥブの乗員と彼らに雇われたステア、それにクンタラ解放戦線が睨み合っていたが、ステアとマニィの間でフォトン・バッテリーを折半する約束が交わされて船は地球を目指し、艦隊に戻ることが出来なくなっていた。

ビーナス・グロゥブの乗員は数名を残してブリッジの外へ放り出されてしまい、ハッチは厳重に封鎖された。

ステアはフォトン・バッテリーの枯渇で困窮しているであろうアメリアにバッテリーを運ぶつもりでいた。彼女はカール・レイハントンの存在のことをいまひとつ理解しておらず、ビーナス・グロゥブ艦隊と戦うためのフォトン・バッテリーが必要だと考えたのだ。

一方でマニィはルインと約束した南極近くの地点にフォトン・バッテリーを運び込み、そこを拠点に再びキャピタル・テリトリィを奪取するつもりでいた。

クンタラ解放戦線の中にフルムーン・シップのような巨大艦を操舵できる人間はおらず、ステアの存在は欠かせない。彼女は先に南極へ向かえば自分は殺されると考えた。そこで取引を持ち掛け、アメリアでフォトン・バッテリーの半分を降ろしてから南極へと向かい、残りの半分をクンタラ解放戦線が搬出してそのまま彼らは下船することとした。

「南極で残りのバッテリーを降ろした後は我々は開放してもらえるのですか?」ビーナス・グロゥブからやってきた乗員は恐るおそる尋ねた。

「こんな運搬船は持っててもしょうがない」マニィが応えた。「爆破してしまってもいいけど、ラ・ハイデンって人物と事を構えるのも得策じゃない。あんたたちは・・・」

「あんたたちはバッテリーの搬出が終わったらわたしと一緒にアメリアへ戻ってもらう」ステアがいった。「ラ・ハイデンがどんな人物なのか知らないけど、あんたたちとフルムーン・シップは人質として役に立つはずだ。ビーナス・グロゥブ艦隊には何もせずに帰ってもらわなきゃいけないからね。いくらバッテリーを供給してくれるからって、よくわからない理由で侵略されてたまるもんかい。わたしたちだって生きてるんだ」

その言葉を聞いてマニィは何度も頷いたが、実はステアは別のことを考えていた。

アメリアでバッテリーの搬出をしながら何とか軍と連絡を取り、フルムーン・シップを制圧してもらおうと目論んでいたのだ。これからビーナス・グロゥブと戦争をしなければならない(と、ステアは思っていた)アメリアには、戦力差はともかく同等のエネルギーが必要になるはずだった。ビーナス・グロゥブ艦隊にクレッセント・シップに満載されたフォトン・バッテリーがあるなら、アメリアにはフルムーン・シップのバッテリーすべてが必要になる。

そんなステアの思惑を、マニィもうすうす感じ取っていた。ただでさえフルムーン・シップの中にいるクンタラ解放戦線のメンバーは少なく、船員の1割程度である。ルインが船に乗り込んでいたときに武器を押収してあるとはいえ、敵地であるアメリアでは圧倒的に不利になる。しかも相手はアメリア正規軍。白兵戦に持ち込まれては勝ち目はない。

とはいえ、強情なステアの考え方を変えさせるのは容易ではない。彼女をブリッジから出せば、逃げられる可能性が高まる。彼女がいなければ、フォトン・バッテリーを約束の場所まで運べない。彼女をブリッジに残したまま、アメリア軍と接触せずにステアを満足させなければならないのだ。

ステアとマニィがそれぞれに思惑を秘め、腹を探り合っているときだった。モニターを監視していたビーナス・グロゥブの乗組員がこわごわとマニィに報告した。

「アメリア軍より通信回線を開くように要求が来ておりますが・・・」

「すぐに開いて」そ、ステアがいった。

「いや、ダメだよ」マニィがそれを制し、ステアの横に立って耳打ちをした。「事前連絡はなしにしてもらう。このままアメリア近海に向かって進み、東海岸の海にフォトン・バッテリーは投棄してもらう。すぐに引き渡したら追手をかけられるからね」

「海に落とす?」

「サルベージして引き上げられる。おそらくアメリアのフォトン・バッテリーは尽きているだろうから、サルベージしてバッテリー交換をしている時間があれば、南極まで逃げられるはずだ。そういう約束じゃなかったかい?」

「・・・、イエッサー」

ステアは了解するしかなかった。しかしまだステアはアメリア軍との接触を諦めてはいない。そんな彼女の気持ちを読んだマニィは、フルムーン・シップのすべての回線を閉鎖して誰も通信できないように指示を出した。銃を突き付けられたビーナス・グロゥブのブリッジクルーは、黙って従うしかなかった。

「当艦はこれよりビーナス・グロゥブ艦隊を装ってアメリア領内に侵入する。万が一アメリアからの攻撃があった場合はビーム砲で応戦する。望遠で敵艦隊をメインモニターに映して」

フルムーン・シップのメインモニターに、赤い船体のメガファウナが大写しにされた。ステアはそれを見て口笛を吹きかけたが思いとどまり、内心ほくそ笑んだ。マニィは苦虫を噛み潰したような顔になったが、一方で大艦隊でなかったことに胸を撫で下ろしもした。

「おかしいね」マニィがいった。「メガファウナは装備を外して輸送艦として宇宙で運用されていたはずだ。なんで地球にいるのか。それに、砲門も取り付けられている・・・。フォトン・バッテリーはもう尽きているはずなのに」

そのメガファウナからは通信を求める信号が絶え間なく送り続けられていた。それらは信号としてはキャッチされていたが、受信側で遮断され、映像も音声も再生されることはなかった。

そのころメガファウナはフルムーン・シップに対して必死に呼びかけていた。

「応答がありませんね」ギセラが肩をすくめた。「本当にステアが操縦してるんですか? 彼女がいればすぐに応答してきそうなものですけど」

「半分は地球の人間がいるって話だったけどな」ドニエルも首を捻った。「でもあちらさんは戦争しに来てるんだ。あらゆることを想定しておかないと」

そこにG-セルフのコクピットに座ったベルリから通信が飛び込んできた。

「月に来ている艦隊の目的は戦争ですけど、フルムーン・シップは違いますよ。クンタラ解放戦線が船を乗っ取ってフォトン・バッテリーを地球に運んで来てるんです」

「でもよ、クンタラの連中は南極に行ってて、ムーンレイス艦隊が追いかけているんだろ? じゃあなんでフルムーンはこっちに来てるんだ? 艦隊の先発隊じゃないのか?」

「輸送艦で攻撃仕掛けるはずがないでしょ。きっとブリッジで何か揉め事があったんですよ。直接出向いて確かめて来ます」

そういうとベルリは、メガファウナのモビルスーツデッキから発艦し、青い空に向かって飛び立っていった。

「メガファウナ、モビルスーツを発進させました!」

デッキクルーの緊張した声がフルムーン・シップに響き渡った。

「G-セルフ、ベルリだ! わたしに交信させなさい!」

ステアはマニィを睨みつけたが、マニィは首を横に振って大声で指示を出した。

「こちらもモビルスーツ発進。何機出られる?」

「2機なら何とか」モビルスーツデッキから帰ってきた応えは心もとないものだった。

「構わないよ、G-セルフをこっちに近づけなきゃいい。どうせベルリは攻撃できないさ」


4,


「モビルスーツを出してきた?」ベルリは心底驚いた。「しかも、ビーナス・グロゥブのモビルスーツがたった2機。ということは・・・、艦を支配しているのはクンタラ解放戦線のマニィだ。クリムさんの情報通り、ルインは南極に逃げている。接触してみる!」

G-セルフは速度を上げて右に旋回し、出撃してきた敵のモビルスーツをフルムーン・シップから引き離しながら徐々に接近していった。何度も呼び掛けたもののまったく応答がない。接触回線を開いて直接話をしてみるよりほかないが、敵はビームライフルを使用してきた。

「ベルリ!」ドニエルから通信が入った。「30分でフルムーン・シップとランデブーする。この中で事情を知っているのはお前だけだ。どうする?」

「フルムーン・シップを制圧しているのはおそらくクンタラ解放戦線です。南極に向かうはずですが」

「進路はまっすぐアメリアの東海岸に向かっている。防衛ラインに入ったら正規軍と交戦になるぞ」

「その前にぼくらで説得しなきゃ」

「ビーム砲の射程内に入ったらシールドが長くもたんぞ」

ベルリは決断するしかなかった。彼はG-セルフのビームライフルを取り出し、躊躇なく2機の敵モビルスーツを撃墜した。炎を吹き、炎上した機体が海に落下していく。たとえパイロットが生きていたとしても、彼らを救助する者はいない。ベルリは唇を噛んでフルムーン・シップに向かった。

「このG-セルフ、まったく同じように見えるけど、本当に同じなのか。ラライヤが乗ってきたってことは、ジオンが作ったものじゃないのか?」

そのとき、フルムーン・シップからビーム砲が放たれた。ベルリは咄嗟にシールドを張ったが、それは巨大な円となり、G-セルフとメガファウナを守った。

「ぼくが盾になります」ベルリがいった。「メガファウナはフルムーン・シップにフォトン・バッテリーを搬出しないように呼びかけてください」

フルムーン・シップからは何度もビーム砲が放たれたが、すべてベルリに防がれた。ベルリはメガファウナの先頭に立って突き進み、速度を上げると複雑な形状をしたフルムーン・シップの船体の中央付近に潜り込んで、ブリッジにぶら下がった。メインモニタがステアの姿を捉えた。

「接触回線で聴こえてるでしょ。すぐに停船してください。ラ・ハイデンはフォトン・バッテリーを船外に出したらフルムーン・シップを爆破すると警告してきています。すぐに停まってください」

するとマニィが奥から駆け寄ってきてマイクを掴んで怒鳴り始めた。

「なんで月に到着したばかりのラ・ハイデンの警告を地球にいるベルリが知ってるのさ。ウソも大概にしなッ。人類が半年暮らせるだけのフォトン・バッテリーの半分をアメリアにくれてやるって言ってるんだ。全部奪おうたってそうはさせないよッ!」

「マニィ・・・、マニィ・アンバサダ、これはウソじゃない」

「あたしはクンタラ解放戦線のマニィ・リーだッ。そんな名前の少女はとっくに死んだのさ」

「いまフォトン・バッテリーはどれも満タンで減らないんだ。メガファウナだってああやって飛んでるだろう。このG-セルフだってそうだ。いろいろ複雑な事情があって」

「いらないならクンタラ解放戦線が全量いただくことにする。それで文句ないね」

「いやだから、外に出したらフルムーン・シップが自爆してフォトン・バッテリーの全エネルギーが放出されてしまうんだ。ものすごい爆風が起きて地殻の表面が吹き飛んで地上の生物が絶滅してしまう。それくらいの量が積まれているんだよ。爆発させてはいけないんだ」

「信じられないね」マニィは頑なだった。「ビーナス・グロゥブの人間はムタチオンで苦しんでて、みんなレコンギスタしたがってる。それなのに地球を滅ぼすようなことをするはずがない」

「ああ、もう!」ベルリはヘルメットを脱いで頭を掻きむしった。「ルインやクリムと一緒だったならカール・レイハントンのことは知っているだろう? 彼は肉体を持たない思念体という存在で、何百年でも何千年でも関係なく生き続ける。そんな存在が地球圏を支配するから、ビーナス・グロゥブはレコンギスタ政策を放棄せざるを得なくなるんだ。地球はジオンのものになるんだよ。彼らは地球の生物が滅びたって、遥か未来に環境が再生されればそれでいいと思ってる。でも、ぼくらは困るじゃないか。クンタラ解放戦線のみんなも死んでしまう。それじゃいけないだろ?」

「どんな理屈を考えて乗り込んできたのか知らないけどさ、フォトン・バッテリーはいらないってんならとにかくメガファウナを下がらせろ。でなきゃ、ベルリの話が本当なのかどうか、いますぐフォトン・バッテリーを海に落として試してやるよッ!」

「メガファウナを下げることはできない」ベルリは首を横に振った。「マニィはルインと南極で落ち合うつもりなんだろう? それだってぼくらは知ってるんだ。そしてフォトン・バッテリーを使ってキャピタル・テリトリィを攻撃したいはずだ。でもそれじゃ必ずフォトン・バッテリーを船外に出してしまう。それをやれば地球はおしまいなんだ。試すも試さないもないんだよ」

「南極に進路を取れッ!」マニィがステアに命令した。「残念だったね。アメリアはフォトン・バッテリーはいらないってさ」

「あんた」ステアが呆れた声でいった。「ベルリの話が本当だったらどうするつもりなんだい?」

「人類が滅亡するなら上等さ」マニィは小声で応えた。「どうせあたしたちにはわずかな望みしかない。だからあたしはコニーをビーナス・グロゥブに残してきたんだ。あそこにいれば、クンタラの子だって差別もされないだろう」

ステアは言われたとおりに大人しく舵を切った。そしてベルリに目配せをしていったん離れるように促した。合図を察したベルリは、ハッチを閉じてG-セルフをメガファウナの方向へ移動させた。メガファウナは速度を落とし、しかし離れることはせずに一定の距離を保ったままフルムーン・シップを追いかけた。

「あんたさ」ステアは小さく溜息をついた。「そんなの個人的なことじゃないか。ベルリが話しているのは人類全体の行く末のことだ。キャピタル・テリトリィを奪ったところで、こうやってフルムーン・シップを強奪しちゃったからには、たとえベルリの話がウソでもビーナス・グロゥブとの縁は切れる。それどころか、ラ・ハイデンがあんたらを攻撃してくるかもしれないよ。ビーナス・グロゥブに残してきたコニーだって無事で済むかどうかわからない。クンタラの子と蔑まれるのはそりゃ嫌だろう。でもこのままだと、コニーは極悪人の子になっちまうよ」

「あんたなんかにあたしたちのことがわかるもんか」

「クンタラのことはわからない。でも、いまのあんたのことはわかるよ。ルインと離れて心細いんだろう? 会いたいならあたしがルインのところまで連れて行ってやるよ。たしかにフォトン・バッテリーもいらないみたいだしね。ただ、約束してほしい。ベルリの話は本当かウソかわからない。でも、もし本当なら大変な話だ。だから、ルインに会って相談するまでは、フォトン・バッテリーの搬出はしないって約束してほしい。これは、ここにいるみんなのためだ」

「わかったよ」マニィは頷いた。「フォトン・バッテリーの格納庫は厳重に封鎖しなッ。封鎖はビーナス・グロゥブのヤツらにやらせればいい。わたしたちはこれからアメリア大陸の南端を目指す。そこでルインと落ち合えば、何もかも上手くいくさ」

こうしてフルムーン・シップは南極にほど近いアメリア大陸南端に向けて進路を変えた。

上空では不気味な虹色の膜が地球全体を覆い尽くそうとしていた。


次回、第48話「全体繁栄主義」後半は、10月15日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:116(Gレコ2次創作 第48話 前半)





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