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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第49話「自然回帰主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第49話「自然回帰主義」前半



1、


それは白日夢だったのか・・・。

アイーダは自分の執務室で観察者としての役割を取り戻した。彼女の記憶は酷く混乱しており、自分がどこで何をしていたのか一瞬思い出せなかった。彼女は窓の外に身を乗り出して空を見上げた。空は虹色の膜で覆い尽くされていた。その色は・・・。

「セルビィ、レイビオッ! 爆風が来ます。すぐに市民の避難を開始してください」

呼び出された秘書のふたりは互いに顔を見合わせてキョトンとしていたが、すぐに自分の役割を思い出して役割分担を開始した。

父グシオン時代からスルガン家を支えるレイビオは、すぐに軍と連絡を取ってワシントン住民の避難を開始させた。議会の根回しを得意とするセルビィは、メディアを使った全国規模の警戒避難命令を出すよう動き始めた。彼女は電話を使い、様々な媒体を駆使して住民の地下への避難を呼びかけるよう依頼して回った。受話器を手で押さえたセルビィは、念のためにとアイーダに確認を取った。

「避難は地下でよろしいのですね」

「そうです。爆風は南からやってきます。かなりの規模になるので、出来る限り深く、地下のない家庭は近隣の家で地下のある家へ急ぐよう伝えてください。地下のない地域に住んでいる方々は、山の北側に逃げるように。それから、ラジオの放送をされている方へ、放送を聞いた方に情報を拡散するよう呼びかけさせてください。情報の確認のために一切時間を使わないように。レイビオッ!」

「わかっていますよ。例の長距離通信機ですね」

「ええ」アイーダは頷いた。「あれで各国政府に連絡が取れないか試してみてください。使える電力は全部この通信に回してください。そう・・・、ザンクト・ポルト。ザンクト・ポルトにウィルミット長官がいらっしゃいます。彼女にも連絡を」

「なんと申し上げればよいですかな」

「カール・レイハントンと戦います。クリムが・・・、クリム・ニックがそちらに行っているはずです。彼と・・・、いえ、地球はラ・ハイデンとともにジオン打倒のために戦うと。そう伝えるようにおっしゃってください。ザンクト・ポルトは、キャピタル・テリトリィと連絡がつけば通信は可能です。もうすぐあの空を覆っている邪悪な膜が壊れていきますから。とにかく爆風から身を守るようにと」

「大体わかりました。それで十分」

そういうと老レイビオは長い脚を存分に使って退室した。

「市民の地下への避難を急いでッ! 宇宙世紀時代の地下鉄の空洞が使えます。数日分の水と食料を持って避難をするように伝えて。早くッ!」

時を経ずして、キャピタル・テリトリィの独裁者という体裁で慣れない政治を引き受けていたケルベス・ヨーのところに電話が掛かってきた。

「猛烈な爆風が来ると?」

アメリアからの外交通信で意外な警告を受けた彼は、やはり刹那戸惑いを見せたが、急速に頭の回転が戻ってきて状況を理解した。彼は受話器を耳に当てたまま、整理するように確認した。

「南極方面から間もなく強い爆風が襲ってくると。規模は不明。数日間続く可能性あり。避難は地下、もしくは山の北側。了解しました。こちらからもできるだけ多くの国にそう伝えさせていただきます」

受話器を置いたケルベスは、スタッフを招集してテキパキと指示を出しながら、ゴンドワン移民とクンタラ移民らをどのように同じ場所に避難させたものかと頭を巡らせた。しかしすぐさま自分の考え方を否定して首を横に強く振った。

「どいつもこいつも教室はひとつなのだ。ずっとそうしてきたじゃないか。とにかく急げ。文句を言う奴も全部同じところに放り込んじまえ。文句を言う奴はぶん殴れッ! 急げ、急げッ!」

同じ知らせは、国交を回復したゴンドワンにももたらされた。ところがゴンドワンの王になったエルンマンはアメリアからの通信を一方的に切り、自らの権力基盤を固めるための政治活動に戻った。アメリアからの警告は、ゴンドワン支配地域には拡がらなかった。

自由気ままにきたアメリア大陸を移動していた流民たちの間にも、アイーダの警告は届いていた。きっかけは、ベルリが残してきたラジオだった。通常放送を打ち切って流れてきた臨時ニュースに、小さな村は色めき立った。彼らがやったことは、村人たちを山の北側に逃がすことと、知り合いの村々に馬を飛ばしてニュースを知らせることだった。この試みは意外に早く伝播した。比較的規模の大きな町にあったラジオ局は、アメリアの警告をオウム返しのように伝え、近隣に流民の集団があった場合は遣いを送ってすぐに地下か山の北側に移動するように警告した。

ベルリからラジオを貰った小さな漁村の人々は、元来流民であるゆえにすぐさま荷をまとめて移動を開始した。彼らは山脈の北部に移動して、山の中腹部に登っていった。強風を避けるにはそこが一番だと彼らは知っていたのだ。

知らせは、巡り巡ってアジア各国にも届いた。

「ハッパさんはアメリアの人なんでしょ?」

分解したディーゼルエンジンを再び組み直したばかりのハッパのところにも人がやってきた。ホーチミンの人々はアメリアの警告の真意を測りかねていたが、警告の内容を聞いたハッパはベルリたちに聞いたフルムーン・シップの大爆発のことを思い出して地下に潜るよう叫んで回った。

「止められなかったのか!」ハッパは歯噛みした。「地表が剥がれていくなら地下に潜っても無駄かもしれない。でも・・・、いや、ベルリたちは必ず何かを成してくれたはずだ」

ハッパは呟くと、どこかに地下道はないかと尋ねて歩いた。人々が逃げ惑うなか、仲間のひとりは空洞はそこかしこにあると教えてくれた。ホーチミンには、いつ作られたのかわからない古い地下道がそこかしこにあるというのだ。

「とりあえずみんなそこに逃げ込むように触れ回ってくれ。大丈夫だ。絶対に助かるから!」

記憶の一時的な混濁は、ザンクト・ポルトにやってきたカリル・カシスにも起こった。彼女は自分が何のためにこの地にやってきたのかなかなか思い出せなかった。運行庁の人間を騙してチケットを不正に手に入れたのか、それともウィルミットに請われる形でやってきたのか。

だが、目的はハッキリと思い出せた。スコード教信者が絶滅して、地球はクンタラのものになるのだ。その割には・・・。

「なぁ」カリルは横にいた馴染みの女に尋ねた。「メメス博士の名を聞いたらザンクト・ポルトに逃げ込むんだよな」

「ええ、そういう話でしたね」

「なんでウィルミットやらゲル法王やらがいるんだ?」

「それは・・・」彼女にも記憶の混濁があるようだった。「一緒に来た気もするけど・・・、違いますね」

「そうだっけ?」カリルは首を傾げた。「まぁいいさ。とにかくここはクンタラじゃない連中が多すぎる。生き延びるのはクンタラだけでいいのさ」

「ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンって男が大艦隊を率いてこっちに来るって話ですけど」

「歓迎式典をやらなくていいのかね?」

「やらなきゃいけない気もしますけど・・・、頼まれてましたっけ?」

「頼まれてないなら別に働くこともないか・・・」

混乱する彼女の元に、地球を覆っていた虹色の膜が破れて縮んでいっているとの知らせがもたらされた。

「姐さんも見ておいた方がいいですよ。向こうで大騒ぎになってます」


2,


カリル・カシスは、虹色の膜が地球を包んでいくのを2度目撃した気がしていた。同じような光景を同じ場所で彼女とクンタラの女たちは目撃したのだ。ともにクラウンの窓から眺めていた。

「最初にクラウンの中からあの膜が地球を覆い尽くしていくのを見たとき、あたしたちはザンクト・ポルトに到着するなりウィルミットに捕まってひどい仕打ちを受けそうになった。すぐにラ・ハイデンというのがやってきて、地球はもうダメだからとビーナス・グロゥブに移住したい人間を全員引き連れて金星へ帰っていった。あたしとウィルミットは残って、あたしたちはザンクト・ポルトの支配権を手に入れて、そう、子供たちを地球に降ろした記憶がある。もう何十年も先の話だ。あたしはもうおばあちゃんになっていて・・・。あのとき何が起きたんだっけ」

カリルは虹色の膜が消滅していくのを窓から眺めながら、自分に遠い先の未来が見えていることに驚いた。それはかなり明確な記憶だった。夢の記憶がこんなに明確に残っているはずがないと否定したいが、それが出来ないほど彼女の頭に残っている映像は鮮明だった。

地球を見下ろすことが出来る展望台には、クンタラの女たちだけではなく、法王庁や運行庁の人間も混ざっていた。カリルはそれが気に食わなかった。なぜこいつらがいるのか。肝心な記憶が曖昧になっていることが腹立たしかった。彼女は傍にいた女に尋ねた。

「あのビーナス・グロゥブのでっかい船って、爆発したんじゃなかったか?」

「さっき聞いた話じゃ、あのでっかい船の爆発で膜が割れたみたいですよ」

「そうなのかい? 膜の中で船が爆発して、地球に残っていた人間がみんな吹き飛んで、地球はあたしたちクンタラのものになったんじゃなかったかい?」

「え? ・・・あ、なんかそのイメージは知ってる気もしますけど・・・。でもどうなんだろう?」

人々が地球を見下ろす展望台に集まっていたころ、ウィルミットは管制室でラ・ハイデンにコンタクトを取ろうと必死のアプローチを続けていた。彼女もまた記憶の混濁に悩まされていたが、自分の頭の中にある情報を明確にふたつに分けつつあった。彼女は自分の脳内にふたつの異なった記憶があるのを意識していた。

ひとつはベルリを心配してザンクト・ポルトに上がり、そこで地球の異変を察知した記憶。そのあと彼女は地球が破滅するのを呆然と眺めることになった。虹色の膜に覆われた地球は、その下で異常な大爆発を起こし、人類は滅亡したのだった。多くの人間はビーナス・グロゥブに引き取られ、自分はタワーの異常を検査しながらザンクト・ポルトをカリル・カシスに明け渡し、運行庁の人間とともにひとつずつナットを降りて異常がないか確認したのち、ビクローバーに降り立った。

一歩外へ出てみるとそこには荒廃した景色が広がっていた。備え付けのシャンクで北へ北へ移動してみると、以前アメリカがあった場所はすっかり氷に覆われていた。ベルリの死を確信した彼女は、そこでシャンクを乗り捨てて意識を失うまで歩き続けた。その先の記憶はない。おそらくは行き倒れにでもなったのだろう。

もうひとつの記憶は、ザンクト・ポルトに上がらなかった記憶である。その中で彼女はアイーダらに世界が破滅する未来を聞き、また自身の執務室でもうひとつの未来の記憶を見た。アイーダは、ふたつ目の世界は実際には起こっていない夢のようなものだと告げ、それを信じた彼女はアメリアへ旅立ち、そこでクンタラが何かを知っていることを突き止めた。ベルリは見たこともないモビルスーツに乗り、いったんアメリアに姿を見せたのちに消え、再びゴンドワンからやってきた。リリンも途中までは一緒だったという。このふたつの記憶が指し示すものは、未来が改変されつつある可能性だった。

実際に、地球を完全に封鎖していたはずの虹色の膜は、フルムーン・シップの大爆発で吹き飛ばされて消えてしまった。アメリアの海上で大爆発を起こした影響よりかなり被害は軽微になっているはずだった。

「フルムーン・シップは南極上空で爆発したのですね」彼女は再度確認した。

「ええ」管制官が応えた。「それも相当な高高度だったようで、爆風がオゾン層に大穴を空けました。しばらく南アメリアは強烈な紫外線に悩まされるはずです」

「爆風の地上への影響は?」

「それは避けられないと思います」

「地表が剥ぎ取られるほどのものでしょうか?」

「エネルギーの多くは宇宙空間に放出されてしまいましたからそこまでは、ただかなりの爆風ですから地上にも深刻な影響はあったでしょうが、赤道付近から南半球に被害は限定されそうです」

ウィルミットは記憶を必死に整理した。本来虹色の膜の下で爆発するだったフルムーン・シップは、おそらくはベルリたちの活躍によって南極上空で爆発したのだ。

「ということは・・・」彼女は応答のないビーナス・グロゥブ艦隊の動きに焦りを強めた。「地球はこのままラ・ハイデンに侵略されるかもしれない!」

「ラ・ハイデン、このまま地球に降下しますか?」

ビーナス・グロゥブ艦隊の中で純白の旗艦に乗り込んでいるラ・ハイデン総裁は、無言のまま地球直進を命じた。艦にはオープンチャンネルでザンクト・ポルトからの通信が届いていたが、ラ・ハイデンは地球人が大艦隊を前にどのような行動に出るのか試そうとしていた。

ピアニ・カルータによって地球圏にばら撒かれてしまったヘルメスの薔薇の設計図はもはや回収不可能で、ビーナス・グロゥブがエネルギーの無償供給を続ける限り、人類のアグテックのタブー破りは止められそうにない。地球資源の回復と科学の進歩が合わさったとき、アースノイドは再び宇宙に進出してより大きな資源を求めることになる。そして大量の資源の確保と消費が経済活動に組み込まれ、効率の良い資源の消費に戦争行為が選ばれる。アースノイドは常に過大を求め、分配の要求に上限はない。

「ザンクト・ポルトには立ち寄らず、全艦隊このままキャピタル・テリトリィに降下する。ジオンの地球を封鎖した覆いはフルムーン・シップの爆風によって破壊されたようだ。その影響も確かめたい。背後のカール・レイハントンに注意しつつ、大気圏に突入するように」

宇宙にいたラ・ハイデンは、地球圏で起こった残留思念空間が干渉した記憶の混濁の影響は受けていなかった。彼にはウィルミットやゲル法王と面談した記憶も、ジオンに戦わずして破れビーナス・グロゥブへの帰路に就いた記憶も存在しなかった。

いまの彼にあるのは、アースノイドが警告を無視してフォトン・バッテリーの搬出を行おうとした事実への失望だけだった。

「残念ながら、地球は我々ヘルメス財団が一括管理せねばならなくなったようだ。平和裏にレコンギスタを行う道は閉ざされた。全アースノイドは被差別者となって、我々に屈せねばならない」

ビーナス・グロゥブの大艦隊は、ザンクト・ポルトからの通信を無視したまま大気圏突入を開始した。その様子はザンクト・ポルトからも観測され、慌てたウィルミットはタワーでの帰還を考えたが、それでは時間が掛かりすぎると再びグライダーに乗り込んだ。

「戻られるのですか?」ゲル法王はひとり宇宙に取り残されることが不安なようだった。

「法王猊下はスコード教大聖堂で人類の未来の安寧を祈ってください。わたくしは参ります」

それだけ告げると、ウィルミットは大気圏突入グライダーを発進させたのだった。彼女は、グライダーに水を持ち込むことを忘れなかった。


3,


マニィとステアを乗せたフルムーン・シップが大爆発を起こし、地球を覆っていた膜を吹き飛ばしたとき、それを追うルインの高速巡洋艦は地上付近から反転して追いかける態勢に入ろうとしているところだった。爆風は船を容赦なく吹き飛ばした。フォトン・バッテリー・フライトの状態だったために地面に直接激突することはなかったものの、激しくバウンドして最後は氷に閉ざされた南極の地表に叩きつけられた。

ルインが目覚めたのは、メガファウナの艦内だった。身体にかなりの損傷を負っているらしく、意識しても身体を動かすことはできなかった。かろうじて首を曲げたルインは、窓の外の景色が動かないことから、艦が停止状態にあるのだと理解した。続いて耳に聞こえてくる乗員の声から、クンタラ解放戦線の生き残りのメンバーがメガファウナに回収されているところなのだと察した。

マニィは死に、自分は生き残った。助けたのはベルリであった。

しばらく脳が痺れたようになって何も考えられない時間が続き、やがて情けなさに涙がこぼれてきた。ルインはフルムーン・シップにコニーも乗っていると思っていた。これで何もかも失ってしまったかと彼は自分の物語の終わりを感じた。そして、女々しいと罵っていたクリム・ニックの心情を理解した。

もう彼には、守るべき家族も、頼るべき組織もない。南極の空は青く晴れ渡っていた。あの虹色の膜は消えてなくなったのだなと彼はマニィ以外のことも脳裏に思い浮かべた。彼は高速巡洋艦を奪ったとき、フルムーン・シップ内のフォトン・バッテリーを運び出すと船が自爆するとの親書を預かっていたことを思い出した。どうせウソだろうと高を括り、相手にしないばかりかマニィにも知らせなかったツケがこれである。

息をするのも億劫になるような憂鬱な気分が彼を襲い、すべてのやる気を奪っていった。

フルムーン・シップの大爆発を察知したアイーダからの連絡により、キャピタル・テリトリィには緊急避難警報が鳴り響いて住民の地下への避難が進められていた。その中には、同地を訪れていたムーンレイスのディアナ・ソレル、ハリー・オード、そしてアメリアからクンタラ代表としてメメス博士の調査に同行していたグールド翁の姿もあった。キャピタル・テリトリィ中心部に広がる地下施設は、すべての住民を避難させるほどの広さはなく、ギュウギュウ詰めにされた住民たちはあちこちで諍いを起こしながら、口々に不安と不満を訴えていた。

明かりの消えた構内に押し込められたグールド翁は、アメリアから派遣されたシークレットサービスの護衛を受けていたが、すぐ近くで小さな子供が殴られているのを見咎めた。護衛のひとりに注意するように伝えたが、護衛の男は一言二言話をしただけで肩をすくめて戻ってきた。

「クンタラの子が同じ場所にいることに耐えられないと彼らは言ってます」

「そんなバカな」グールド翁は驚いた。「いまどきそんなことが起こるのか?」

屈強な男に注意されたことで子供を殴っていた少年らは別の場所へ移動していったが、涙をこらえてしゃくりあげる子供が独りになってようやく親が姿を現した。

「なぜ彼らは身を挺して子供を守らないのだ?」翁の怒りは収まらなかった。「キャピタルはクンタラ差別が酷いとは聞いていたが、まさかいまだにこんなレベルにあるとは驚いた」

グールド翁は、メディアを支配する権力者であり、投資家でもあったため、アメリアでは絶大な権力を持ちできないことはないと言われているほどの富豪であった。しかし、基本的に他国からの投資を受け入れてこなかったキャピタル・テリトリィでは彼の威光はないに等しい。この国はずっと宗教国家であり、宗教権力こそが唯一の権力であったのだ。

宗教権力とはすなわちスコード教のことである。

「忌まわしいスコードがッ!」彼は吐き捨て、何か子供が喜びそうな甘いものはないかと秘書に探させて、虐められていた子に分け与えた。「世界を統一する方針とはなんと愚かしいことか。世界が大きくなればなるほど、作り物の世界を維持するために労力が必要になる。世界に参加しないものらが虐げられる。世界に必要なものは自由だけだ。そうじゃないかね?」

そう言葉にしながら、彼自身は自分が矛盾していることに気づいていた。統一的な世界のルール作りこそ経済活動には必要不可欠であったからだ。またそれがなくては、彼自身の世界ビジネスも上手くいかない。フォトン・バッテリーの配給がなくなり、地球がエネルギーを自給してビーナス・グロゥブから独立するグシオン・スルガンの方針に賛同したのも、ビジネスのためだった。

「何かおかしいのだ」彼は疲れたように呟いた。「自分の言葉に確信が持てない。誰かにいつも否定されているような気がする。いったい誰に何を言われたのかさっぱり思い出せないが、何であろうなこの気分は。わしは間違ったことは言っていないはずだが・・・」

ディアナ・ソレルは、ハリー・オードを従えてビクローバーのスコード教大聖堂に避難していた。ここには多くの人間が避難してきていた。人々は大聖堂の長椅子に座り、必死になって祈りを捧げていた。その紙がどんな存在なのかも知らないまま。ディアナとハリーは、彼らから離れて壇上の床を探索していた。

「ありました。地下への入口のようです」

複雑な造形で登壇者に後光が差しているように見せかける仕掛けの隅に、人間ひとりが潜り込める隠し通路を発見したディアナたちは、入口の先にあった鍵付きの鉄の扉を銃で破壊することにした。

「いいんですか?」ハリー・オードは撃ち終わってから念のためにディアナに確認を取った。「スコードは我々の知らない宗教ですが、一応責任者に話しておいた方がいいのでは」

「いいから早く入りましょう」ディアナに戻ったキエル・ハイムがいった。「ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂には、奥に思念体分離装置があったのです。対になっているビクローバーの大聖堂にも同じものがあるのではといったのはあなたですよ。重要な手掛かりです」

ディアナ・ソレルらは、アメリアのアイーダからメメス博士の手掛かりを掴むようにと依頼されていた。ただここ数日の記憶は混濁しており、前日まで意識に登っていなかったメメス博士なる人物のことをなぜ気に掛けるようになったのか記憶は曖昧なままだった。

「とにかく奥へ」

先に通路に入ろうとするディアナを制し、ハリーは銃を構えたまま先に真っ暗な通路の中に入っていった。その他のムーンレイスは、誰も近寄らないように入口の護衛のために残った。

ハリーが懐中電灯を灯したとき、ビクローバーに大きな揺れが襲った。ハリーは咄嗟にディアナに覆いかぶさるように態勢を整え、揺れが収まるのを待っていたが、待てども待てども揺れは小さくならなかった。ハリーの懐に抱かれていたディアナは、何かに気づいて彼の腕を振りほどき、ハリーの持っていた懐中電灯を取り上げた。

「文字が書いてあるようですね」

「ユニバーサルスタンダードではないようです」ハリーもその文字に目をやった。「いつの時代の文字だろうか? いや、いくつもの文字で書かれているのかな?」

揺れのためにしっかりと確認できなかったふたりは、暗闇の中で静かに佇んでいた。やがて揺れは収まった。頑強な部クローバーに損傷はないように思われた。

ハリーが文字について話をしようとしたとき、ディアナは遠くを見る眼で呟いた。

「誰かが亡くなったようです。何と無念に満ちた残留思念か・・・」


4、


ラ・ハイデンは、全艦隊を地球に降下させながら、ジムカーオとの会談を思い出していた。

「ラ・ピネレは500年前のビーナス・グロゥブ総裁でした。彼はどの権力にも属さないカール・レイハントンなる人物が地球圏に派遣されることを怪しみ、ビーナス・グロゥブ公安警察を監視につけようとしたのですが、公安関係者や総裁の側近が次々に殺される事件が勃発して、ヘルメス財団内部に裏切り者がいるのではないかと考えたわけです」

ジムカーオはラ・ハイデンに対して話し始めた。突然姿を現した彼は、どんな手段を使ったのかラ・ハイデンの側近を抱き込み、話し合いの機会を無理矢理作ったのだった。

ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブで彼がどのような人物であるのかすでに概要を掴んでいたので、遥か昔に任務を与えられ、それを完遂したひとりの官僚の話として彼の言葉に耳を傾けることにした。

ジムカーオは話した。

「そこでわかったことは、かつてヘルメス財団と接触して提携した別系統の文明の存在でした。それは我々の文明圏とはまったく異なる文明を形成した同種族、つまり地球人で、かつてジオンと呼ばれた者らの残党でした」

「宇宙世紀初期に月の裏側にコロニーをつくり、独立戦争を仕掛けた人々だね」

「左様。彼らはヘルメス財団が地球圏に戻ってくる過程で接触してきたものとみられ、その際に何らかの関与がありともに行動することになった。彼らジオンはラビアンローズを1隻保有しており、ヘルメス財団のものと合わせて2隻。ふたつのラビアンローズはランデブー航行で地球圏に戻ってきた」

「ラビアンローズと資源衛星がビーナス・グロゥブとトワサンガの母体となったと」

「そうです。ジオンのビーナス・グロゥブは金星の近くにありましたが、カール・レイハントンが地球圏の開発担当として派遣されると決まったおり、月の裏側の現在トワサンガと呼ばれる空域に移動させております」

「つまり、ラビアンローズを所有していたことが、カール・レイハントンをトワサンガに派する名目になったわけだね。何らかの合意があったかもしれないが、それについて何か知っているか?」

「いえ、まったく」ジムカーオは首を横に振った。「合意の内容についてはハッキリとしたことはわからない。ただ、イデオロギーのすり合わせがあったみたいですな」

「ほう」

「ビーナス・グロゥブにコロニーを形成したヘルメス財団は、地球圏に飛来する前にすでに大方針を定めていた。それはヘルメス財団の表向きの方針のこと。人間同士の対立をなくすためにユニバーサルスタンダードの制定やアグテックのタブーをはじめとした統一的な方針のことです。それは、胚の状態で眠ったまま星間航行を行っていた彼らが、肉体を取り戻すに際して宇宙世紀時代の失敗を繰り返さないように自らに課した枷といっていいでしょう」

「肉体の限界と欲が地球を汚すからだね」

「その通り。だから彼らはヘルメス財団1000年の夢ともいうべきものを作り上げた。一方で彼らは、カール・レイハントンとの接触で、肉体を捨てて思念だけの存在になれば永遠に個性を保てるのだとも知ってしまった。これが裏のヘルメス財団というものを形成した。胚から肉体を得る前段階において、ジオンの方針は巧に隠されてしまった」

「アグテックのタブーに触れる長寿の技術が一部解禁されてしまったのは、ジオンの影響と考えていいね。いずれ滅びる肉体の囹圄の中にあって、永遠に関する方針を立てることは無理があったのか」

「囹圄とはしょせん檻。檻から解放された永遠の存在を知り、また自分も永遠の存在になれると知ってしまえば、人間など弱いものです」

「それには同意しておこう。人は永遠を観測したい。しかし、肉体は永遠ではない。この限界性を思想によって乗り越えるのは容易ではないのだ。当たり前の事実であるのに」

「これらのことに関してラ・ピネレには一切の決定権がなく、それで怪しんだわけです。ところが公安を使って調査したところ、調査の打ち切りを促すかのように側近が殺された。どうやらヘルメス財団の中に裏切り者がいるらしいと彼は更なる調査を命じたのですが、クンタラの女を愛人にしていたことを逆に突き付けられ窮地に陥りました」

「愚か者が」ラ・ハイデンは舌打ちした。

「彼が身の潔白を証明するために取った行動は、ビーナス・グロゥブにいたすべてのクンタラをトワサンガに送りつけるというものでした。もちろん愛人はビーナス・グロゥブに残したままです。トワサンガに送りつけたクンタラの中にいなかったことをもって彼女が非クンタラであると証明、もちろんこれはウソなのですが、周囲を騙そうとした」

「ラ・ピネレの良からぬ噂は数々聞いておる。実に恥ずべきことだ」

「それでも彼はよほど自分があずかり知らない裏切り者の存在が怖かったのでしょう。カール・レイハントンの心の裡を探ろうとニュータイプの人員を育成しようとした。それがわたしです。わたしも本当はクンタラなのですが、両親を人質に取られ、従わなければ殺すと脅されて仕方なくスコード教に改宗して公安の仕事を手伝うようになったのです。わたしの教育が始まったとき、カール・レイハントンは強力なニュータイプではないかとの噂はすでに立っておりました。ニュータイプ同士は互いの意識を覗くことが出来ると思われておりましたので、それでレイハントンを調べろというのです」

「そうか。それを受け入れることはあなたにとってつらいことだったわけだね。ラ・ピネレに成り代わり、わたしが正式に謝罪しよう」

「謝罪を受け入れます」ジムカーオはそっと頭を下げた。「わたしにはそれで十分。総裁直々の謝罪以上のものを望もうとは思っておりません」

「それであなたの行動がよくわかった。表のヘルメス財団の意向として、トワサンガのラビアンローズを破壊した。クンタラだったものとして、彼らの支援をした。裏のヘルメス財団の意向として、ニュータイプとアースノイドの最終決戦を演出した。どれも成功したのかな」

「おおよそ」ジムカーオは頷いた。「自分はそのどの立場にも所属すると同時に排斥されていた。自分にとって勝ち負けなどどうでも良かった。自分の思念というものが残っている以上、世界の観察を続けるだけのことです」

ジムカーオはここまで話すと、忽然と目の前から姿を消した。ラ・ハイデンにはまだ彼に尋ねたいことが残されていたが、ジムカーにはその話をする気はなかったようであった。

「彼もまた、カール・レイハントンと同じような存在になっていたわけだ」

回想から醒めた彼は、初めて目の当たりにした地球の姿に驚いた。彼の知る地球は、海が青々と輝く惑星であった。しかし目の前に出現した巨大な母なる星は、南極点と北極点を中心に、上下が白く染まった凍りかけた球体であった。

ブリッジには、月を攻撃した際に降伏してきたトワサンガのカル・フサイとビーナス・グロゥブ出立以来傍に置いているフラミニア・カッレの姿があった。彼らの情報通り、地球は全球凍結に向かっていたのである。

「支配体制確立には好都合というわけか・・・」

その背後を、突然出現した2機のモビルスーツが襲撃した。


次回、第49話「自然回帰主義」後半は、11月15日投稿予定です。

「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:118(Gレコ2次創作 第49話 前半)


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