「ガンダム レコンギスタの囹圄」第39話「命の船」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第39話「命の船」後半
1、
「肉体が持つ機能で、人と人との断絶を乗り越えようとするから、人は同じ過ちを繰り返すのだ。目や口や耳が、手や脚や頭が、それ自体が断絶の崖になっているとなぜ気づかないのか」
カール・レイハントンはカイザルを操り、ベルリとノレドが搭乗するガンダムと呼ばれる機体に襲い掛かっていた。
放たれる弾丸や、ビームの閃光は、カイザルとガンダムの争いには意味をなさないように思われた。思念体であるカール・レイハントンのカイザルを破壊しても、彼の命が絶たれることはない。そして、彼とチムチャップは、ベルリを殺すことが目的ではない。
ふたりの狩りは、何かをおびき出すための行為であった。ガンダムはそのためのデコイなのだ。そこに搭載されているサイコミュに、何かをおびき出そうとしていた。
ガンダムの狭いコクピットの中では、大量に詰め込んだ食糧を座席の後部に押し込んだノレドがそれを背中で押さえ込み、ベルリは浮遊した食い散らかしに悩まされながら必死にカイザルに応戦している状態だった。ベルリとノレドも、薄々レイハントンの目的が自分たちではないと気づき始めていた。
「あいつは肉体を嫌悪しているッ! でも、なぜだ?」
ベルリは状況からの脱出を必死に模索していた。ノレドはその姿を後ろから見つめながら、自分の頭の中が変化し始めていることに気づいた。何かのイメージが脳裏に浮かんでいた。ノレドにはそれが何かわからない。しかし、空間の気配を感じるようになっていた。
「ラライヤがいる」ノレドは思わず口にした。「ラライヤともうひとり、何かが彼女と一緒にいる」
ノレドはそれを確信していたが、ラライヤが搭乗するYG-111が戦場にいるわけではなかった。戦場にいるのは、レイハントン、タノ、ベルリたちだけである。
「どうしてあいつ、ラライヤと一緒にいるんだ? 離れろッ!」
「その前にゴミを何とかしてくれッ!」ベルリは悲鳴を上げた。「前が見えやしない」
カール・レイハントンの、誰に語り掛けているのかわからない言葉は、ずっとふたりの頭の中に響いてきていた。
「ニュータイプの可能性に気づき、その能力を身をもって体現しながら、なぜニュータイプの可能性を信じて状況を改善しようとしないのか。戦いで何度も核兵器を使い、地球を荒廃させておきながら、ゴンドワンで起きたことはいったいなんだ? 過剰なエネルギーを求めてその制御さえ危うい人間が、掘り出したものを当たり前のように使用して便利だ便利だと喝采する。挙句起こったことが事故ではないか。ゴンドワン北部には死の灰が降り注ぎ、また人の住めない土地になってしまった。なぜエネルギーを求めるのか。それは肉体があるからではないか。肉体を捨てれば、お前の理想はすぐにでも叶うというのに」
漆黒の世界に瞬く閃光をかいくぐり、ベルリは叫んだ。
「親からもらったものをそんなに簡単に捨てられますかッ!」
「親も子も、命はひとつしかない。それは一本の線なのだ。君はその線すら繋がっていないじゃないか。君は意識を持たない人工生命体の複製機能で生まれた母親のクローンの末裔だ」
「だから・・・、だからどうしたっていうんだッ!」
「帰るべき場所とはいったいどこだったのだ? モラトリアムはお前に何をもたらした? お前はどこへ帰っていった?」
「そんなこと」
ベルリははたと我に返り、自分が帰るべき場所はどこなのかと考えた。キャピタル・テリトリィの、母のところだろうか? ベルリの母のウィルミットは、男性と家庭を持つことはなく、養子としてベルリを引き取った。自分が帰るべき場所というのは、あそこのことなのだろうか?
それとも、トワサンガのサウスリングの屋敷で見た、顔も知らない両親のところなのだろうか。それとも、キャピタル・ガード養成学校なのだろうか。唯一の肉親である、アイーダのところなのだろうか。
「それは、肉体の欲求で還る場所を探し求めているから迷うのだ」カール・レイハントンは冷たく言い放った。「肉体の移動で、精神は満足を得ない。魂が還る場所は、わたしがいるところだ。なぜそれを拒むのか。肉体の囹圄を捨て、ガンダムに身を委ねろ」
逃げても逃げても、カイザルの射程から離れることはできなかった。ノレドは、カール・レイハントンがベルリともうひとり誰かに話しかけているのだと気づいた。レイハントンが望んでいるのは、この宙域のどこかにいるはずの、誰かなのだ。
カイザルが近づき、ガンダムは機体をよじって遠く離れた。
「このモビルスーツはジャンプできるじゃない。もっと遠くへ移動できないの?」
「違うんだ」ベルリがノレドに向かって叫んだ。「何度もジャンプしているんだよ。戦場はどんどん変わっているのに、あいつとの位置関係が変わらないんだ」
全天周囲モニター・リニアシートに映る星々はあまりに遠くにあり、何千キロも離れたところで見える景色に変化はない。それでノレドには機体がジャンプしていることに気がつかなかったのだ。集中すると、たしかに気配を感じるラライヤの視線が大きく移動していた。
「ニュータイプが地球の守護者とならんと欲したとき、ニュータイプ自身が肉体を持っていれば、ニュータイプが破滅の要因となる。宇宙でいかほど暮らそうとも、いったん重力に身を委ねれば、その魂は徐々に重力のゆりかごの中で腐っていく。進化を体験したスペースノイドによる地球の変革は、肉体を捨てることによって達成される。幸いなことに、地球も太陽系もまだ若い。時間はある。たとえ全球凍結で地上の生物の大部分が滅びようとも、やがて環境は改善して、温かい太陽の下で地上は生命の楽園となるだろう。そのときに、人間は本当に必要なのか? 人類が猿のように愚かであったのなら、それもやむを得ないだろう。だが、人類は宇宙に出て、進化の可能性を知ってしまった。そこから目を背けることはできない。人類は地球に対して役割を果たさなければならない」
「全人類に命を捨てさせることが役割なのか」
「永遠の命に死などないのだよ、ベルリくん」
ベルリにもノレドにも、正しい答えなどわかるはずもなかった。
「どうする、ベルリ?」
焦燥に駆られたノレドは、相変わらずラライヤの視線が気になっていたが、もしかしたらラライヤだと感じている存在が別の誰かで、彼女が見ているものも別の存在かもしれないと感じ始めていた。
「誰かのところへ」ノレドは自分が何を話しているのか意識しないまま口を開いた。「誰かのところへ行こうとしないと、ずっとここに捕まってしまう」
「誰って」ベルリは汗だくだった。「どこの誰のところへ行けって?」
「誰か・・・、誰かこの辺りに・・・」
ノレドは意識を集中させて、カール・レイハントンから離れられる場所がないか探し求めた。するとガンダムは一瞬で姿を消した。
「しぶといな」
カール・レイハントンは呟いた。
「どこへ行ったのでしょう?」
「キルメジット・ハイデンのところだ。まぁ、焦ることなどない。もう時は定まったのだから」
2、
クレッセント・シップは、月を経由して金星へ向けて加速の準備にかかっていた。輸送艦で脚の遅いクレッセント・シップは、準備が整い次第出立することになっていた。彼らは月の裏側で謎の技術体系を持つモビルスーツ同士の戦いがあったことを知らない。
それよりも、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されたことで、自爆装置が働いたことが、艦内では大きなニュースになっていた。ムタチオンに苦しむビーナス・グロゥブの住民にとって、それは希望が潰えたことを意味していた。
遺伝子の変化による奇形の恐怖は、彼らの心を重くしていた。そのために、クレッセント・シップの艦内ではカール・レイハントンの考えに賛同する人間が何人か出現していた。肉体を捨てれば、ムタチオンの恐怖に怯えることなく、しかも何億年でも地球のそばにいられるのだ。
「それだけじゃない」男は力説していた。「生体アバターというものを使えば、好きなときに現実世界に戻って、生の悦びを満喫することだってできるんだ。自分の子供が持てないなんて、そんなに嫌がることか? いま生きてる人間が永遠に生きても同じじゃないか」
「本当に同じなのかなぁ」同僚は疑心暗鬼であった。「新しい命って本当に要らないのだろうか?」
「そんなことはさ、オレたちが考えなきゃいけないことか?」
艦内ではあちこちで今後のことを話し合う声が聞こえていた。そのためか、彼らは少々注意力が散漫になっていた。彼らの脇を小さな影が通り過ぎていくのを見過ごしたのだ。
その影は、リリンであった。
ゲル法王とともにビーナス・グロゥブへ向かう船に同乗した彼女であったが、それは聞き分けのない子供と思われないために取った行動であって、本当は彼女は、ウィルミットと一緒にいたかったのだ。それでどんなことになろうとも、たとえ死ぬことがあっても、彼女は悔やんだりしなかっただろう。
リリンは声に導かれて、小さなノーマルスーツで艦内を走っていた。その声が誰のものなのか、彼女は疑おうとはしなかった。導きの声は、トワサンガで死んだ生みの母のものかもしれず、ウィルミットが遠くから呼んでいる声かもしれなかった。
声の主のことなどどうでも良かった。導かれたのなら、従うまでだ。
彼女が向かったのは、モビルスーツデッキだった。そこで彼女は待った。やがてデッキの中が騒がしくなり、ハッチが開くと1機の見慣れないモビルスーツが潜り込んできた。いつのどんな規格のものなのか、クレッセントシップのハッチからでは身をかがめなければ入れないような、大きな、白いモビルスーツであった。
リリンは壁を大きく蹴って、そのモビルスーツへと飛んだ。銃を構えた兵士たちが自分に照準を合わせているのはわかったけれど、それを恐怖だとは感じなかった。
モビルスーツのハッチが開いた。出迎えたのは、ベルリとノレドだった。
「やっぱり、リリンちゃんだ」
ノレドは彼女を迎え入れて狭いコクピットに引き込んだ。リリンも手足をばたつかせながら、ノレドの胸に飛び込んだ。
「次はどこへ行けばいいんだ?」
「ラ・ハイデンには会わなくていいの?」
「おそらく、彼は違う。そんな気がする」
ベルリはさらに窮屈になったコクピットで身体を傾けていた。
「モビルスーツの改造なら、やっぱりハッパさんでしょ!」
「ハッパさんは地球じゃないか、こんな状態で大気圏突入なんかできるはずが・・・」
ベルリの声は、カール・レイハントンやチムチャップ・タノにも聞こえていた。
「歴史に干渉するというのか?」
カール・レイハントンは眉をひそめた。
「さすがに聞いたことのない能力ですが、あの方はかなり力を持ったままずっと地球圏にとどまっていたようなので、不可能ではないかと。それにあの子供、そろそろ才能が開花しつつありますね」
「では、戻ろうとしよう。我々は粛々と時間とともに歩むだけだ。地球は閉じられた。運命も閉じられた。永遠に終わらない黄昏の時間が始まったのだ。やがてあいつも気づくだろう。生きていたころから悪あがきが過ぎる男だったからな」
カール・レイハントンがトワサンガへの帰投を決めた瞬間、空間にあったラライヤの気配が消えた。ノレドはそれを一瞬感じたのだが、彼女がしっかりと抱いたリリンが自分に顔を向けてきて、すぐに忘れてしまった。さらに突然強烈な重力が身体にのしかかってきて、ふたりは悲鳴を上げた。
「地球? どうして?」
ガンダムは突然巨大な重力に引かれた。雲ひとつない青空と凪いだ海。ベルリは海面すれすれで機体のコントロールを取り戻した。宙に浮いていた食べカスが床に落ちてようやくコクピットの視界は拓けた。モニターを確認すると、そこは太平洋であった。遠くに一隻の海に浮かぶ船が見えた。
それはハッパがアジアへ向かうために乗り込んだ船であった。ベルリは船の甲板に着陸した。
突然のモビルスーツの出現に甲板の上は大騒ぎになった。船にはアメリアで仕事にあぶれた人々が多く乗り込んでおり、物珍しさからすぐに人だかりができてしまった。その中をかいくぐってハッパが姿を現した。眼鏡を直しながら、彼は機体の分析に余念がなかった。
「G系統のモビルスーツか? それにしては」
彼は眼鏡を直してまじまじと機体を観察していたが、コクピットからベルリとノレドが顔を出すと心底驚いたように駆け寄ってきた。
「パイロットスーツじゃないか。大気圏突入でもしてきたのか?」
ノレドとリリンは人だかりに照れるようにおずおずとガンダムを降りた。ベルリはヘルメットを脱いで空を仰いだ。
「何事もない?」
「あるわけないだろう」ハッパは呆れたように手を腰に置いた。「ベルリはトワサンガの王子さまをやってるんじゃないのかい? それにノレドは大学に進学するって。資料は読んだかい?」
「ありがとうございました。すごく勉強になって、シラノ大学のアナ・グリーン教授も、すごい資料だって。それからアメリア調査団のジャー・ジャミング教授も。でもハッパさんはなぜ船に?」
「なぜって」ハッパは肩をすくませた。「もうすぐ日本だ。2週間も船の上でもう飽きたよ。早く陸に上がりたい。君らはまさかトワサンガから来たのかい?」
ベルリとノレドは思わず顔を見合わせた。
「アメリアを出発して2週間なんですか?」ノレドはリリンを抱えながら尋ねた。「もう何か月も経ってるはずじゃ・・・」
「何か月も経つもんか。この船は日本のディーゼルエンジンの船なんだ。日本まできっかり2週間。最新鋭だよ。アジアはキャピタル・タワーの裏側でフォトン・バッテリーの配給を受けるのは大変だし、そもそも受けられるのかどうかわからないわけだから、バイオエネルギーに切り替えが進んでいて」
「ハッパさん!」ベルリは彼にしがみついた。「もう何か月も経ってるんですよ」
「何をバカな」そう呟きながら、ハッパはベルリとノレドとリリンの様子を見て思い直した。「確かに、ノーマルスーツで太平洋に降りてくるなんてただ事じゃないのだろう。もしぼくで役に立つなら協力はする。日本の就職先もこの機体には興味を持つと思うね。何せアジアには戦闘用のモビルスーツなんて多くはないそうだから」
3、
ベルリとの戦闘を終えてシラノ-5に戻ったカール・レイハントンとチムチャップ・タノは、ヘイロ・マカカとラライヤ・アクパールの出迎えを受けた。ヘイロはまだサラ・チョップの姿のままである。彼女の肉体は何度も再生を試みているが、上手くいっていなかった。
シラノ-5は、ジオン公国に接収されてその姿を変えつつあった。ラライヤの軍服も、カーキ色のジオンのものに変わっていた。階級章は少尉。パイロットの腕を見込まれ、彼女はしばらく肉体を保持することを許されたのだった。
エアロックを通り、灰色の静かな回廊を抜けてモノレールに乗った4人は、かつての居住区の視察のためにサウスリングへと出向いた。ちょうどキャベツの収穫が終わったばかりで、辺りには堆肥の臭いが充満している。ラライヤにとってこれは命の臭いであった。
赤い軍服に黒の肩掛け、白のバックルと白のブーツといういで立ちになったカール・レイハントンは、背の低いヘイロに尋ねた。
「何人ほど肉体を再生させたのか」
「おおよそ2千人でしょうか」ヘイロが応えた、「農業区画を再稼働させようとすれば、最低1万人は必要でしょうが、コロニーを整備するだけとのことでしたので」
「それでいい。アムロと邂逅を果たしたら、またすぐに眠るのだから」
シラノ-5に残っていた住民は、カール・レイハントンの指示で思念体への転換作業を終えたばかりだった。つまり、遺体は火葬されて飼料にされたのである。彼らがカール・レイハントンを支持した理由は様々であっただろうが、彼らは強制的に死の概念を変化させられただけであった。
「うるさいのがいなくなれば、こんなにも広々とするのだな」
カール・レイハントンは、500年ぶりに降り立ったサウスリングを感慨深そうに眺めた。脳が感じる「感慨」という概念も久しぶりに感じたものだった。
肉体でいる時間が長くなった彼らは、逆に「同期」の感覚を忘れつつある。タノにはそれがもどかしかった。しかし、レイハントンはかつての人格を取り戻し、誰かと再び相まみえようとしている。そのためには、彼自身も糾合された多くの人格を分離して「個人」に戻らねばならない。
「人間という観察装置は、感動や感慨によって情報を増幅して脳に強く定着させようとする。思念体でいるときは何もかも見渡せてしまうためにこの感覚だけは再現できない。美しいもの、愛するもの、それらは脳に強く情報を定着させるための過剰の産物であって、それがあるから肉体が必要とはならないのだ」
「例の方にそうおっしゃりたいので?」
「さあ、それはどうかな。あいつがわたしの敵対者になっていることが、ずっと腑に落ちないでいる。最大の理解者になってくれると信じたいが」
カール・レイハントンは、人工的に作られた微風に枯葉が巻かれて落ちるのを眺めたのち、3人の女に指示を出した。
「ヘイロは間もなくもっと大きな肉体が組みあがるそうだから、その前に引き続き肉体化したジオン兵たちのメンテナンスをお願いしたい。彼らに生の楽しみを。しかし、アバターはむやみに増やさず、肉体維持のために過剰な生産は慎むように。タノとわたしは思念体に戻って、地球が予定より早く閉じられた理由を探す。ラライヤくんは、時間跳躍したガンダムの痕跡を探ってもらいたい」
ヘイロとラライヤは頷いて任務に戻っていった。タノはレイハントンに付き従いながら、かねてからの疑問を口に出した。
「ヘイロの肉体情報が破損しているのは、もしやメメス博士の仕業なのでは?」
「彼女はサモア系の大柄の女性だったな。だがそれも糾合した思念のひとつであろう。他にパイロット敵性のあるものがあればそれに移せばいいし、女性にする必要もない」
「ヘイロの新しい肉体は前のものに近く設定してありますが・・・」タノは言いにくそうだった。「どうもあの子を見ていると、サラとしての思念が残っているんじゃないかって気がするんです」
「サラが? 彼女は確か、アバターとの混血を産んで、思念体に変換する時間もないまますぐに死んだだろう。それに彼女の気配を感じたこともない。思念が空間に存在していれば、我々が感じるはずだ」
「それはわたしもないんです。思念体になっていれば、必ずどこかに気配を感じる。それは、あの子が死んでから1度も感じたことはない。彼女は、残留思念も残さないまま消え去っているはず。あの人たちのいう、カーバという場所へ行ったのだと思います。でも、彼女を見ていて、ときどきヘイロじゃないという気もするんです」
「ううむ・・・。完全な思念体でなければ、500年前のサラくんの記憶を保てるはずがないのだが・・・。弱い残留思念はすぐに強い思念に糾合されてしまう。魂は肉体という枠組みに引きずられて変化するものだ。大柄の女性があのような華奢な娘の中に入って、前と同じようには振舞えないだろう」
「そうなんでしょうか・・・」タノは、アーリア系の整った黒い顔を曇らせた。「それに、あのラライヤという子。あの子も何かがおかしい。大佐はあの子の気配に心当たりが?」
「あれは・・・あれはずっとずっとむかし、わたしはこの姿であったころに関係のあった女性がそばについている。だが、いまの彼女はもうむかしの彼女ではない。わたしを慕ってくれた、あの頃の彼女ではない。何を目的にしているのかも・・・」
「彼女もまた、おびき出すのに必要だと?」
「そういうことだ」
それだけ告げると、レイハントンはまたカイザルのコクピットに籠ってしまった。アバターはそれで回復を図れるが、カイザルに籠ったレイハントンは、気配をどこかに消してしまう。コクピット内でメンテナンスを受けるアバターの脳には、サイコミュの中で純化された宇宙世紀時代初期の記憶が刻まれ、時間が経つごとにレイハントンは「ある時代のある個性」然と変化していく。タノにはそれが何か恐ろしいことのように感じていた。
「肉体を捨てるといいながら、ずっとひとつのことにこだわりを持っている。そのこだわりがわたしたちジオンを外宇宙で大きく変化される力になったのは確かだけれど、ひとりの人間の後悔や雪辱に、地球を巻き込んでしまっていいのだろうか・・・」
少し前までは、彼女はこのようなことを頭に思うこともなかった。なぜならその思念は共有化されてしまうからだ。思念体の間で情報の「共有」がなされていたとき、彼女の個性は多くのことは考えず、モヤモヤすることもイライラすることもなかった。「共有」しないから考えるのだろうか?
いまの彼女たちは、それぞれの肉体の中に囚われ、大きな断絶を感じるようになってきていた。まるで、旧人類のアースノイドであるかのように。
それから数か月、トワサンガは大きな変化のない時間を過ごした。アバターを再起動させたレイハントンとタノは、ベルリのガンダムを探して出撃しては、成果なく帰ってくることを繰り返していた。ガンダムは時間を超えたようで、次にどこに出現するかわからないのだ。
そしてまたふたりは、アバターのメンテナンスのために休息を取った。メンテナンスは半年間隔で実施された。レイハントンとタノの警戒心は、徐々に緩んできた。地球は虹色の膜に覆われ、時間が隔絶した状態になって、ジオンの機体すら寄せ付けない。これには再生されたジオンの兵士たちもガッカリしていた。スペースノイドである彼らだが、それでも地球は彼らが還るべき場所である。
ザンクト・ポルトには人間が残っていたが、クンタラの集団だとわかって、カール・レイハントン自ら一切手出ししないように厳命した。あのような姿の地球の傍に、たかだか数十年の生命で何を得ようというのか、トワサンガの人間はクンタラ特有の行為に首を傾げるばかりだった。
地球は1万2千年間、凍ったままなのである。その姿の前に、肉体はまったくの無力であるはずであった。
「あの人たちは、思念体が完成された魂だと勘違いしている」
ヘイロ・マカカの思念を完全に抑え込んだサラは、ふたりの意識が肉体から遠ざかり、生体人形のように動かなくなったのを見計らって、ラライヤのYG-111とともにトワサンガを出立した。
ラビアン・ローズは蘇ったジオン兵によって生産を続け、ステュクスは銀色の編隊を組んで続々と地球に向けて出立していた。いまや何が目的で蘇ったのか定かでないジオンの亡霊たちは、カール・レイハントンの意思に沿って地球を封印しようとしていた。
ステュクスは彼らの残留思念によって動かされ、地球を覆う大河のように、あるいは魚群のように、虹色の膜で覆われた地球を周回して新たな外宇宙からの帰還者を威圧した。
「外宇宙に出ていった人類は数知れず。どこでどんな進化を遂げているのかわかったもんじゃない。まさに、ジオンの連中のように、おかしな進化を遂げて悦に入ってる連中もいる。もっと突拍子もない集団もいるかもしれない。肉体に縛られたあたしたちクンタラが叶わない相手もいるはず。だから、あたしたちはあいつらジオンを番犬として使うことにした。そして、地球はわたしたちクンタラのものになる。地球は、クンタラの楽園になるんだ。わたしたちの本当のレコンギスタは、いまここに完成する」
サラは、YG-111のバックパックの操縦席に身体を預けた。
「お遊びのように死んだり生き返ったりしているから、遺伝子情報の中に記憶情報を書き込む余地があると気づかないんだ。人間の創意工夫には無限の可能性がある。ラビアン・ローズの中で、幾世代も生と死を繰り返しながら、肉体という命の船を最大限に使うことを追求してきたわたしたちクンタラが、いつまでも奴隷でいると侮ったか。隷属を強いられた屈辱は必ず晴らしてくれる」
ヘイロの肉体が組み上がったのを察知したサラは、彼女の思念を肉体に抱きかかえたままザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の上までやってきた。すると、ヘイロの思念体はサラの肉体を離れ、大聖堂の中へと消えていった。
「やはりここまでくれば残留思念はあの中に糾合されていくようだ。カール・レイハントンもいつかはあの中に突き落としてくれる」
サラはYG-111のバックパックの操縦席でひとり悦に入った。本体の操縦席にはラライヤがいる。
そしてふたりは、そのままカール・レイハントンの前から姿を消したのだった。
4、
キャピタル・タワーは独自の発電システムを持ち、エネルギーが枯渇することはなかった。
クラウン運行長官のウィルミット・ゼナムは、爆風によって荒廃しているはずの地上に向けて、意を決して降りていくことになった。
後の政治的な交渉を巧みに進めながら、ザンクト・ポルトの支配権を実質的に握ったカリル・カシスは、エンジニア集団であるチーム・カルのメンバーと合同で生産能力の拡大に向けて話し合っていた。チーム・カルのメンバーは優秀であるばかりでなく、1000名以上のクンタラの女たちと日替わりで夜を共にできたことから、カリル・カシスのいうことは何でも聞いてくれるようになっていた。
そこにやってきたのが、YG-111に乗ったラライヤとサラであった。サラがあのメメス博士の娘だと聞いたカリルは狂喜して、彼女に望みの地位を与えると約束したのだが、サラは地位には興味を示さなかった。サラが望んでいたのは、スコード大聖堂の解体と、レイハントンの殺害、それらを達成したのちの地球への移住であった。
大聖堂の破壊は、チーム・カルのメンバーには驚愕の要求であったが、彼らはすでにクンタラに改宗したも同然であったことから強くは反対しなかった。
サラは彼らに告げた。
「大聖堂など何の意味もありませんの。あの建物の本質は、巨大な残留思念の塊。それはもはや思念などではなく、ブラックホールのようなものなんです。大聖堂は、強い思念の塊を封じるためのものに過ぎない。どうせ彼らはクンタラには手出しできない。肉体とともに存在する魂には手が出せないんです。あれを怖がるのは、思念体になってしまった人間だけ」
カリルは、これこそメメス博士の予言の成就のことだと嬉々として受け入れたが、一方で地球へ移住する話には難色を示した。
「移住は考え直すのがいいかと思いますよ。地上がどうなっているのか、さっぱりわからない。外からじゃ観測できないし、ビクローバーとの交信もできない。そりゃ、クラウンは動きますよ。長官は自分でナットのひとつひとつを確認しながら地上に降りると言ってました。クラウン以外じゃ降りられません。カール・レイハントンって人ですら大気圏突入ができないとか。なんでも、フォトン・バッテリーを満載したフルムーン・シップとかいうのが自爆して、地上の生物は絶滅しているとかしていないとか。エンジニアのおじさんたちの話では、氷河期になっているというし」
サラは華奢な首を縦に動かして肯定を示した。
「1万2千年は凍ったままでしょうね」
「1万2千年ッ!」
カリルは眩暈を起こして、取り巻きの女たちの腕の中に崩れ落ちた。だがすぐに立ち直って鼻息荒くサラの前に身を乗り出した。
「でも何か策があるんでしょ? あのメメス博士の娘さんというなら」
カリルは揉み手しながら媚びた調子でサラに擦り寄った。サラはカリルに向けていった。
「策も何も、人類が絶滅するのを待って、赤道直下に住めばいいだけよ。いまごろ地球はほとんどの人類が死滅しているはずだけど、南半球と赤道直下にいた人間がわずかに生き残っている。それも、フォトン・バッテリーが完全に尽きたらお終い。文明は完全に失われる。タワーの掌握だけぬかりなくやれば、あとはあたしたちクンタラが神として地球に降臨すればいいのよ。レイハントンだのジオンだの、あんなものは戦争好きの番犬に過ぎない。犬が神になろうなどとおこがましいのよ」
その話にチーム・カルのリーダーでエンジニアのカル・フサイが口を挟んだ。
「ビーナス・グロゥブの連中は、トワサンガにいるあのジオンとかいう連中に阻まれて地球には手出しできないというわけですか?」
「そう」サラは頷いた。「思念体である彼らジオンは、情報を共有化することができる。それは、人と人との断絶を乗り越えるという彼らの絶対命題のために彼らが獲得した能力なんだけど、いったん共有された情報は誰かの意志で変更することができない欠点がある。だから、ビーナス・グロゥブのラ・ピネレ総裁が要求したレコンギスタのための準備に手を貸すと決めれば、トワサンガを作り、キャピタル・タワーを作って準備をする。父のメメス・チョップは、そんな彼らに『わたしたちクンタラの皇帝になって、生涯わたしたちを守護してください』と頼み込んで受け入れられた。すると彼らは、わたしたちクンタラを排除することができない。皇帝として、わたしたちを守り続けるの。でも彼らは、しょせん肉体がない。地球環境の汚染を嫌っているから、人間を増やす気もない。だから、あたしたちクンタラだけが地球で子を産み、地に満ちることができる。あなた、カルさんはスコード教の信者でしょう? いいこと、スコード教なる邪悪な宗教は地球上から消えてなくなります。あれは、ヘルメス財団が支配的地位を確固たるものにするため作った人工宗教にすぎません。本当の宗教、この肉体が切実に欲した神への渇望は、わたしたちクンタラにしかない。民族が求め続けた本物の神は、クンタラの守護神カバカーリだけです。クンタラだけが本物の神を知っている。クンタラは血統ではない。だからあなたがクンタラに改宗するというのなら、わたしたちは受け入れます。でも、スコード教を捨てないというのなら、あなた方には死んでもらうしかない」
「捨てます」カルはあっさりと言ってのけた。「わたしたちはトワサンガに家族を残してきましたが、その家族はもう失われてしまった。みなさんの家族になるしか道はないのです」
といいながら、彼は昨晩夜を共にした若いクンタラの女性に心を奪われただけであった。
サラはすっかり姿を変えた地球を見下ろしながら呟いた。
「長い長い時間が経った。父はもう肉体を再生させて地上に戻ることはない。父は、トワサンガとキャピタル・タワーそのものになった。父がこのふたつを管理している。思念体なんていう幽霊のような彼らはそれに気づかない。ノースリングの動きを止めて、ラビアンローズを分離させたときから、わたしたちの復讐は開始された。スコード教に寝返ったジムカーオをラビアンローズとともに葬り、レイハントンを復活させて、あなたたちクンタラの女たちも無事にザンクト・ポルトに導いた。もうすぐすべては完成する。そしてわたしも、母なる地球に還ることができる。カーバがあるという地球に」
サラがそう口にしたとき、当のサラ・チョップだけでなく、カリル・カシスも、カル・フサイも、ある人物がまだ残っていることを思い出していた。
その名は、ベルリ・ゼナム。
彼と、彼に与えられたガンダムだけが、ジョーカーとして残されているのだった。
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