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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第46話「民族自決主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第46話「民族自決主義」前半



1、


ベルリ、ノレド、リリンの3人は、クンタラの小さな集団にほかにも多くのそうした集団があることを教えてもらい、ひとつひとつ訪ねることにした。数か月はあっという間に過ぎ、フルムーン・シップが地球にやってくるまで残り1週間ほどしかない。

ベルリはアイーダにフルムーン・シップの爆発のことを教えるつもりでいたが、爆発を避けた後の世界をどうしたらいいのかとなると、ヴィジョンは見えていないのだった。

それにリリンのこともあった。彼女は数日間休むと元通り体調も回復したが、ベルリとノレドは彼女を戦闘に巻き込むことに不安を感じていた。何度かどこかの孤立した集団に彼女を預けることも考えたものの、リリンが嫌がってふたりの傍を離れなかった。

小さな集団にはさまざまな考え方や生き方があり、ユニバーサルスタンダードが当たり前の世界で生きてきた3人にはとても新鮮だった。彼らは地球に依存して生きており、地球が与えてくれる以上のものは求めず、多くの集団はフォトン・バッテリーを利用しない生活を送っていた。彼らは馬車で大陸を移動し、都市の人間にモノや見世物を提供して貨幣を稼いだ。それで買える分だけが彼らの収入だった。

「アメリア大陸には小集団がたくさんあったんだね。知らなかったよ」ノレドがいった。「クンタラだけじゃなくて、いろんな宗教や民族の人がいて、血族や仲間たちで結束して生きている」

「民族自決主義とでもいうのかな」ベルリが応えた。「もちろん民族だけじゃないけれども・・・。スコード教にしろ、ユニバーサルスタンダードにしろ、人類を統一するための手段だし、フォトン・バッテリーの供給がその裏付けになっているんだけど、地球の恵みってコロニーでの生活とは違って大きいから、大地と水と種があれば小集団は自活できてしまう。国家という枠組みが戦争への動員力を高めて大戦争が起きるきっかけになっているから、その国家間の争いの元凶を断つために統一的なものをビーナス・グロゥブは人間に押し付けたんだけど、そもそも地球に住んで、高度な文明を求めなければ、フォトン・バッテリーは必要ないんだ」

3人は彼らから手に入れた肉を薪で焼いて食べた。トワサンガ生まれで火を使うことに慣れていないリリンは、ベルリに火種の作り方から薪のくべ方まで教わり、空気が炎を生むこともすぐに理解した。その空気が大量に存在して使っても使ってもなくならないのが地球なのであった。

「もしこのままフォトン・バッテリーが供給されなかったとするじゃん」ノレドがいった。「エネルギーがなくなれば人間は文明を維持できなくなって多分だけど人口も減るでしょ? そしたらさ、キャピタル・テリトリィもアメリアもなくなって、みんなが彼らみたいに小集団になって移動して暮らすようになるのかな?」

「農業をやる人たちは定住するんじゃないかな。農産物の収穫があれば、それを奪う集団が出てくる。奪われたくなければ戦うしかない。より有利に戦うためには、多くの仲間が必要になる。だとすると、警備保障の観点から結局は小集団の連合が出来て政府を作ると思うけどね」

「そして奪うために戦い合うのか・・・」ノレドは肩を落とした。「地球環境そのものの恵みが大きすぎて、アースノイドの行動様式の中に奪うことや騙すことや独占することが当たり前のように存在している。そうして戦うことが遺伝子を強くしている。生命として強者になった人間は、地球から奪い続ける。そこに宇宙から戦いに疲れた人々が帰ってくる」

「その人たちは文明によってアースノイドを教導するんだ。そうしないと、アースノイドの支配する地球に降りてこられないから」

「レコンギスタしてくる人々は、地球に高度な文明があって自分たちがそこで危険な目に遭わずに暮らしていきたいわけでしょ。文明を再興させるための労働力が必要で、かといって彼らに文明の主導権は取られたくない。アースノイドは地球がもたらしてくれる恵みを享受しているだけなのに、奪い合いは必ず起きてしまって、奪い合いの競争を前提とした文明が構築されていく。ってことはさ、アースノイドがアースノイドである限り、最後には必ず破滅するってことじゃない」

「理屈としてはそうなっちゃうね、残念だけど」

「だからベルリは、アースノイドを強制的に宇宙で職業訓練して、スペースノイドの考え方を身に着けさそうとしたわけでしょ? でもそれは、ラ・ハイデンに否定されてしまった。ベルリはそのことをカール・レイハントンと記憶を共有して知った。だから他の考えを生み出さなきゃいけない」

「そうなんだけど・・・」ベルリは苦悩していた。「もっともよい答えを出しているのは、もしかしたらカール・レイハントンのジオンかもしれないんだ。人間が思念体に進化して、物理的に地球環境に影響を与えなくなれば、たしかにすべてが解決される。人類自体が地球から完全に自立して自決できてしまえば、問題は何もかも解決する。ジオンのニュータイプ研究の行き着いた先にあったのは、地球圏にとどまりながら人間が存在しなくなることだった。ぼくが考えていたことより、遥かに完璧な答えがジオンの理想だった。地球から自立して存在しうる人類の極北が、ジオンの編み出した思念体であることは確かだ。でもそれを受け入れていいのだろうか」

「コロニー落としで人類を滅亡させようとした人たちの理想が人類の希望だなんて、あたしは認めたくない」

認めないのであれば、別の答えを用意しなければならない。しかしその答えが見つからないのだった。

ビーナス・グロゥブは遠く金星にあって、地球環境に負荷を与えずに文明を維持していた。彼らは資源が枯渇した人類にエネルギーを供給する見返りに、争いの根絶と環境負荷の低減を強制していた。それはしばらくは正しく機能していたが、ヘルメスの薔薇の設計図の流出とムタチオンの拡大によって均衡が崩れて新しいアクションが必要になった。

ベルリはそれに対して答えを出したが、それは不完全でビーナス・グロゥブに拒否された。ビーナス・グロゥブはヘルメスの薔薇の設計図の回収なくしてフォトン・バッテリーの再供給は行わない方針を固めた。ヘルメスの薔薇の設計図の回収は事実上不可能。もしやろうとすれば、科学力が進んだ地域の人類を根絶するほどの大戦争が必要で、そうであるからこそラ・ハイデンはビーナス・グロゥブ艦隊を率いて地球圏にやってきた。

あれは、流出したヘルメスの薔薇の設計図を焼き尽くすための作戦だったのだ。そして彼らは、アースノイドからさらに自由を奪い、ビーナス・グロゥブによる金星から地球圏までの一括支配を目論んだ。アースノイドに自由は与えず、すべてビーナス・グロゥブの意向に沿う形で支配すると決めたのだ。彼らは、あえて神になろうとした。なぜなら、アースノイドは恵み多き地球において奪い合いをする運命であるからだ。

それを阻んだのは、トワサンガを作り上げたカール・レイハントンだった。カール・レイハントンは、ビーナス・グロゥブよりさらに争いの根絶と環境負荷の低減を推し進めた思念体への進化という答えを持っていた。彼らはビーナス・グロゥブの方針に逆らうことなく、全球凍結という時期を見計らって、ビーナス・グロゥブが自ら方針を撤回して引き返すのを待った。完璧なタイミングで地球は閉じられ、地球圏への支配を諦め、撤退していった。こうしてトワサンガと地球は、カール・レイハントンとジオンのものとなった。彼らはかつてのように戦うことなく、正しい答えを持ち、正しさによって支配権を手に入れたのだ。

「でも、何か違う気がするのは」と口にしたのはノレドだった。「地球は膜に覆われて、キャピタル・タワー以外では出入りできなくなっちゃうわけでしょ? 思念体ならさ、よくわからないけど、キャピタル・タワーがなくても地球に出入りできそうなものじゃない。身体がないんだから。身体がないのにキャピタル・タワーっている? 幽霊があれをえっちらおっちら運用するの?」

「たしかに、タワーは肉体を持った人のものだ」ベルリは考え込んだ。「そうか、クンタラのためのものなんだ。メメス博士は、クンタラだけは肉体を捨てられないから、カール・レイハントンに皇帝になってもらって、自分らを守れと・・・。たしかに、地球を膜が覆って、ジオンの軍隊が防衛をしてレコンギスタしてくる人々を退けてくれれば、地球にいるのはクンタラだけになる、えー、これが全部メメス博士の目論見だっての?」


2,


「これは一体どういうことですか?」アイーダはわが身に起こったことが信じられなかった。

アイーダ、クリム、ミック、ウィルミットの4人は、突然それぞれの身に起きたことを体験を同期したのだった。アイーダは執務室の窓から虹色の膜が空を覆い尽くしていくのを見ていた。そこで彼女の記憶は途切れている。その瞬間に彼女は思念体へと変化したようであった。

クリムは大気圏突入に失敗して、彼がミックジャックと名付けたモビルスーツの中で爆散した。クリムの死は一瞬だったが、熱に焼かれて意識が朦朧としていた記憶を他の3人は体験して身を縮こまらせた。しかし、ミック・ジャックは彼の死を境にもう一度自我を取り戻したのだ。それは彼女がモビルスーツのミックジャックとともにあったからだ。クリムの死を境に、人と人との間の断絶が壊れ、多くの思念と糾合していたミック・ジャックはクリムの元へと引き寄せられて蘇った。

ウィルミットの死はもっと後だった。彼女は地球においてフルムーン・シップの大爆発が起こるのをザンクト・ポルトで唖然と眺めていた。地球に吹き荒れた爆風は何か月も収まらず、舞い上がった砂塵が落ち着くまでにさらに数か月を要した。その間、ウィルミットは沈鬱の中にいた。彼女はザンクト・ポルトの支配権を要求してくるカリル・カシスに悩まされながら、やがて自分の役割の終わりを悟り、生命が死滅した地球にキャピタル・タワーで降りるとそのまま自死を選んだのだった。

ウィルミットは、自分が自死をすることに戸惑うことはなかった。もし自分のそのような未来が訪れ、ベルリとの再会が絶望的とわかれば、きっと自分はそうするだろうとの確信があったからだ。彼女は、ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンに地球の混乱を収めてくれる「男」の力強さを期待したが、ラ・ハイデンの強さとはビーナス・グロゥブの人々を導く強さであって、そこには神の視点があった。そうではないのだ。彼女が求めていたのは、それぞれが勝手な振る舞いをしてひたすら混乱するだけのアースノイドを束ね導くアースノイドの「男」であったのだ。

4人はそれぞれの未来や過去を見た。ただひとり、ラライヤの記憶だけが共有されなかった。

「姫さま」ミックはいつになく真面目な顔になっていた。「これは死んだときに起きることです。あたしのときと同じ。心がとけあったんです。死ぬってこういうことなんですよ。人間の思念を囲っていた壁が壊れてすべてひとつになっていく」

「確かにそんな感じでしたけど・・・、でもいまはわたしはわたしでミックはミックでしょう? わたしたちの間には壁がある。あるはずです。ラビアン・ローズの攻防のとき、わたしはザンクト・ポルトのスコード大聖堂の中にある思念体分離装置の中に入って、たしかにこんな経験をしました。そのときもミックさんを感じたし、本物のディアナ・ソレルの意識もわたしと一緒になりました。もっと古くて大きな何かに導かれもしました。ええ、いま起こったことと同じです。でもまた元に戻っている」

「この世界は現実ではないのさ」クリムがいった。「現実ではないし、夢でもない。その証拠に、フォトン・バッテリーはまるで減らない。観察された世界の集合体というべきものなんだ。これはオレの仮説だが、オレが死んだとき、つまり虹色の膜に覆われた瞬間、誰かが強制的に地球にいた人間すべてを思念体に変化させた。膨大な量の思念が集まって、記憶で作られた仮想世界が生まれた。オレたちはその仮想世界にいるんじゃないか? だとすれば、死んだはずのミック・ジャックがこうして姿をとどめていることも頷けなくはない。ミックはモビルスーツのサイコミュの中にいたのだろう。サイコミュの中の思念とオレの記憶の壁がなくなって、彼女はこうして実体化したように見えている」

「そうかもしれない」アイーダは泣きそうな顔で口を塞いだ。「そうかもしれないけど、でも、なぜこんなことをしたというのでしょう? これもカール・レイハントンの仕業んでしょうか?」

「あいつは違うね」ミックが断言した。「あの男とかジオンというのは、もっと人工的な思念で、あたしたちの世界にはいないんだ。つまり、死後の世界にはいないということ。カール・レイハントンというのは、文字通り人工的な永遠の命の世界にいて、まだ死んではいないんだよ」

「そうなの?」

「ニュータイプは一時的に思念が肉体を離れることがある。そのときに肉体を新しいものと交換したり、サイコミュの中に入り込めば、死とは違う思念の分離状態になる。ジオンの永遠の命というのはそういうもので、彼らはまだ誰も死後の世界には到達していない」

クリムとミックの考えは、ニュータイプ的に共有されることはなかったが、ラライヤも含めて5人の理解を得た。この世界には、死んだ者の思念と人工的に思念となったふたつの存在がある。アイーダが勢い込んで話した。

「ミックさんや、ディアナ閣下は、死んだ存在。ザンクト・ポルトの思念体分離装置は、死者と通念する装置ではあるかもしれないけど、ジオンのニュータイプ研究とは違うものということですね」

「わたしはどうなるのです?」ウィルミットが心配そうに尋ねた。「わたしが死ぬのはもっと先のことなのでしょう? しかも自殺している。未来に死ぬはずのわたしといまのわたしは?」

「わたしはわかってきましたよ」ミックが応えた。「フルムーン・シップの爆発が起こる前に、人間は強制的にニュータイプ的な現象を通じて肉体を離れた。そのときに全人類の記憶というものが合わさってひとつの世界を作り出した。その世界には過去も未来もない。記憶の中だから自由に行き来できるんじゃないですか。いまの姫さまや、ウィルミットさんは、クリムも含めてですけど、誰かの記憶の中にある個性であって、本物の人格じゃないです」

「でも、わたしはわたしです」アイーダが反論した。

「そりゃそうですよ。だって本人の記憶情報なんでしょうから」

「わたしの記憶情報・・・」

「姫さまは、執務室の窓から虹色の膜を見たのでしょう? それは爆発の前です。そのときが来たら、おそらくまた違った何かが見えるはずです。でも、虹色の膜が空を覆い尽くしてからフルムーン・シップの爆発まで時間はわずかしかない。とりあえずはそれを食い止めることではないでしょうか?」

「みなさんはアメリアへ戻られるのですか?」ウィルミットが尋ねた。

「なにいってんです」ミックはウィルミットの腕を引っ張って席から立たせた。「言ったでしょう? これは現実の世界じゃない。記憶情報の世界。夢の世界みたいなものです。でも、誰かがわたしたちをこうして導いて、時間を過去に戻してくれたってことは、もしかしたら人類の滅亡を食い止める手段があるからこうしてくれてるんじゃないですか?」

「ええ、そうかもしれませんけど」

責任感が強いウィルミットは、混乱を極めるキャピタル・テリトリィを離れる気にはならなかった。一歩踏み出すことに消極的なウィルミットを見かねたアイーダは、思い出したようにアメリアで起こったことを話した。

「ここへ来る前のことですけど、ほんの一瞬ですけどベルリの声を聴いたんです」

「え、ベルリに会ったの?」

「顔は見なかったんですけど、白い大きなモビルスーツに乗っていて、声だけ聴いたんです。カール・レイハントンと初めて会話をしたときのことです」

「ベルリが・・・、ベルリもアメリアを目指しているのでしょうか?」

「あいつはきっと」クリムがいった。「何か重要な役割を持っているんだろう。オレたちがフルムーン・シップの爆発を食い止めようとしているのに、あいつに何の役割もなくウロウロしているとは思えないね」


3,


民族主義は狭量だとされ、ビーナス・グロゥブはそれを認めていない。行政区分としての国家までは許容されているが、民族主義は厳しく諫められている。だが、民族が自決主義を採った場合、ビーナス・グロゥブの影響力は及ばなくなる。ベルリたちは日本から始まった旅と、アメリア中を移動して暮らす人々と接して、地球の恩恵というものがいかに大きいか思い知らされた。小集団であれば、フォトン・バッテリーがなくとも自活できてしまうのだ。

大きすぎる地球の恩恵は、スペースノイドの理屈で成り立ったビーナス・グロゥブの方針を揺るがしてしまう。アースノイドとスペースノイドの本質的な違いが浮き彫りになり、両者の断絶を埋める手段はそう簡単に見つからないのだと思い知らされることになった。

「どうしたらいいのかわからないよ」ベルリは弱音を吐いた。「人間が考える理屈なんてどれも理想からは程遠い。ヘルメス財団1000年の夢に比べたら、アースノイドの理想なんて自分勝手なものばかりだ。その上にジオンの理想なんてものもある。ヘルメス財団1000年の夢を上回る理想主義は、ジオンのニュータイプ論だけだ。これはもう白旗を上げなきゃいけないのかもしれない」

「ベルリらしくない」ノレドはまだ諦めていなかった。「きっと何かあるはずなんだよ。希望が何もないのなら、あたしたちがこうして過去に戻された意味が分からない」

「ぼくの人生に意味なんてあるのか」

ベルリはベッドの上にバタンと倒れ込んだ。

体調を崩していたリリンは回復していた。あれ以来カール・レイハントンも出没してこなかった。アメリア大陸北端はすでに氷河に覆われてきており、南を目指して流民が始まっていた。アメリアは彼らの流入を規制していない。ゴンドワンからも、そしてクンタラもアメリアを目指していた。

そのアメリアもいずれは氷に閉ざされ、サン・ベルト地帯だけが全球凍結を免れる。居住できる人間の数はわずかであり、人類の人口激減は避けられそうになかった。わずかな土地の居住権を巡って人間同士が殺し合う。短い夏に生産される食物だけで残りの期間を生き抜かねばならない人類は、慢性的な飢餓状態に陥る。文明は崩壊して、人類は他の動物たちがそうであるように食料の確保だけを目的に人生を歩むようになる。ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類を、ビーナス・グロゥブは助けない。フルムーン・シップの爆発を避けたとして、人類の未来は決して明るくないのだ。無知蒙昧に堕した人類は、再び食人習慣を復活させるのか・・・。

フルムーン・シップの爆発を避けねば、陸上生物は絶滅する。大爆発を回避したところで、醜い戦争の果てに文明は潰える。そんな未来を自分は救うことが出来るのか。そもそも、自分に人類を救うという大きな責任はあるのか・・・。ベルリの悩みは尽きなかった。

「ジムカーオ大佐はさ」ノレドが口を開いた。「無理矢理スコード教に改宗させられたルサンチマンでヘルメス財団と戦ったわけだけど、あれはジオンのことを知っていたわけだよね」

「たぶんね」ベルリが応えた。

「カール・レイハントンがこういうことをやるってわかっていて、薔薇のキューブを破壊したわけじゃない。ラビアンローズっていうのかな、あの宇宙ドッグをさ。ビーナス・グロゥブにも仲間がいて、あたしたちが向こうを離れるときに分離したじゃない。そのときベルリは体調を崩していて、ラ・ハイデンの質問にちゃんと答えられなくて、あたしが代わりに半年間だけフルムーン・シップとクレッセント・シップを預かりますって返事をしてさ、きっちり半年後に地球での戦犯を乗せて、ベルリの親書と一緒に送り返したじゃない。あの、あたしたちがビーナス・グロゥブを離れた直後に、カール・レイハントンは向こうのラビアンローズの中で復活したわけでしょ。ジムカーオ大佐は、カール・レイハントンと直接対峙していない。あれはどちらかが逃げたってことなんだろうか?」

「あの人の目的が何なのか、ぼくはさっぱりわからないよ。ラビアンローズの破壊が目的だったのなら、カール・レイハントンと敵対していたことになる。もしふたつのラビアンローズが破壊されていれば、カール・レイハントンは復活出来なかったわけだから。でもそれは、クンタラにとっては裏切り行為になるよね。彼は、ビーナス・グロゥブの官吏としての自分と、クンタラとしての自分が混沌としている。あるときは任務に忠実だったり、あるときは反抗していたり。あの人はぼくを、サラ・チョップのクローンのようなものの子孫だといった。カール・レイハントンは、アバターという有機アンドロイドの中に入っている思念体に過ぎなくて、有機アンドロイドの遺伝形質は受け継がれないと。いや、話が逸れたな」

「ジムカーオ大佐は、カール・レイハントンをどうしたいんだぁ?」ノレドは天井を仰いだ。

「ビーナス・グロゥブの官吏としては彼を止めたい。ヘルメス財団の人間としては、彼を支援したい。でもクンタラとしては、カール・レイハントンを支持してもいい。だから彼は、ぼくとノレドを結婚させて、ビーナス・グロゥブの意向が地球に反映される体制を作ろうとした。それは官吏としての彼だ。でも、クンタラとしてスコード教と戦って勝つことでも彼の目的に叶う」

「そんなの無敵じゃん!」

「真正のニュータイプである彼は、ジオンをどう思っているのか。ノレドはなんでそんなことが気になるの?」

「カバカーリっていうクンタラの守護神のことが気になってるんだ。まさかあの人がカバカーリってことはないよね?」

「クンタラの守護神? スコード教に改宗させられて、その任務に忠実であろうともしているわけだし、それはないと思うけど」

「ジムカーオって人は、本当はカバカーリになりたかったんじゃないの?」

「え?」ベルリは不意を突かれた。

「だってさ、すごい能力者なんでしょ? だったらクンタラの守護神にすらなれる人だったかもしれない。でも、スコード教に改宗させられてなれなかった。そのことも恨んでいるのかなって」

「ジムカーオ大佐の行動で謎なのは、死に際にキャピタル・タワーを破壊しようとしたことだ。ノレドの話じゃあそこにある思念体分離装置にはいろいろ秘密があるんだろ? カバカーリになれなかった恨みと、キャピタル・タワーやザンクト・ポルトの破壊は関係しているのだろうか?」

そのときだった、元気になったリリンがふたりの間を走りぬけて窓にベタンと張り付いた。

「この人がカバカーリなんだよ!」リリンが窓の外を指さした。

「この人?」ノレドは眉を寄せて窓の外に顔を出した。

そこにあるのは、ガンダムであった。コクピットには誰も乗っていない。周囲に人影もなかった。

「この人って誰のこと?」ノレドがリリンの顔を覗き込んだ。

リリンはこの人この人と言いながら、ガンダムを指さしていた。リリンは言った。

「この人がクンタラのために戦って、スコードを倒すんだよ!」

「スコードを倒す!」驚いたのはベルリだった。「スコードを倒す? カバカーリがスコードを倒すなんて、そんなこと・・・。スコードが死んだら、神さまが死んだらこの世界はどうなっちゃう?」


4,


「この世界が夢みたいなものだって話を信じて来ちゃいましたけど、本当なんでしょうか? わたくしは仕事をほっぽり出して良かったんでしょうか?」

アメリア上空にベルリが出現したと聞いたウィルミットは、我が子可愛さにアイーダらの申し出を受け入れてG-アルケインに乗り込むと、一路アメリアを目指していた。彼女は仕事のことが気に掛かるらしく、そわそわと落ち着きがなかった。

「もしこれが夢じゃないとしたら、現実だとしたら、わたくしには現実にしか思えないのですけれど、タワーの仕事が・・・。キャピタルの行く末が・・・」

「ベルリのお母さま、諦めてください!」

アメリカへ到着してモビルスーツを降りると、アイーダの秘書のレイビオとセルビィが血相を変えて飛んできた。

「姫さま、執務を放り出して一体どこへ・・・」

父親の代からスルガン家の秘書を務めるレイビオは、目ざとくウィルミットを見つけて恭しく頭を下げた。セルビィは自分も葬式に出席したミック・ジャックの姿を見つけて目を丸くしていた。クリムは議会スタッフ全員の好奇の目に晒された。彼はゴンドワンに亡命して大陸間戦争を仕掛けてきたアメリアにとっての裏切り者なのだ。ラライヤは見慣れない軍服に身を包んでいて彼女も注目を集めた。

クリムはアイーダに耳打ちをした。

「こう人の眼があってはかなわん。どこかに匿ってくれないか」

「それは」アイーダはレイビオに耳打ちをした。「すぐに用意します」

セルビィは別の要件でアイーダに報告があるようだった。

「姫さまはトワサンガのキエル・ハイムとジル・マナクスという人物をご存じですか?」

「ジル?」反応したのはラライヤだった。「トワサンガ大学の学生のリーダーだった人物です」

「トワサンガ大学・・・」いまだに月に文明があることを受け入れられないセルビィは絶句した。「いえ、そのジルさまとアメリアでクンタラ研究をしているというキエル・ハイムさまが火急の要件だというので議員宿舎の方へいらしているのです」

「キエル・ハイムはわたくしの大事な友人です」アイーダは応えた。「すぐに会いましょう。わたくしたちからも彼女にいくつか質問がございますし」

一行が揃って議員宿舎へ向かおうとするのを、レイビオが制止した。彼はクリムに向き直った。

「議員宿舎にはお父さまの秘書の方が今回の失踪と謎のモビルスーツ出現に関して質問状を持ってきておられますが」

「親父か」クリムは顔をしかめた。「わかった。オレたちはモビルスーツを移動させておく。政治はアイーダと長官にお任せするとしよう」

不意に踵を返したクリムの背中にラライヤが激突した。クリムはラライヤの口数が少なくなっていることに気づいて何か声を掛けようとしたが、ミックがG-アルケインの操縦のことでクリムに話しかけてきたせいで、何を話そうとしていたのか彼は忘れてしまった。ミックが言った。

「G-アルケインはラライヤが操縦に慣れてますけど、G-セルフはラライヤしか動かせないでしょうから、わたしが乗ってもいいですか?」

「いいんじゃないか。G-アルケインにもサイコミュが装備されているそうだから、いまのミックにはちょうどいいかもしれん。ただもうあの機体は長く使いすぎてボロボロになっている。整備も悪そうだから、あまり無理はするな」

ミック・ジャックは久しぶりのアメリアに浮かれた様子で、好奇の視線もさほど気にせずラライヤの腕を引っ張ってモビルスーツの方へと戻っていった。クリムはミックの後姿をしげしげと眺めて、とても夢とは思えないと溜息をついた。しかし、夢以外ではありえない。この世界は、観察者であった全人類の記憶で構成された世界なのだ。

その記憶で構成された世界の中を、死んだ自分やミックや、ザンクト・ポルトにいるはずのラライヤが自在に動いている。アイーダもウィルミットも本来やっていたはずの仕事とは違うことをやり始めている。これは記憶の書き換えなのか。記憶を書き換えると事実すら変わっていくものなのか。記憶を書き換えることで、事実は変えられるのか。人類の滅亡は避けられるのか。

クリムにはどうしても納得できなかった。広場からは、何かの歓迎式典を準備する音が聞こえてきた。

議員宿舎にやってきたアイーダとウィルミットは、キエル・ハイムとジル・マナクスと面会した。ウィルミットはキエルを見るなりまぁと驚きの声を上げた。秘書らを下がらせ、アイーダはさっそく本題を持ち出した。

「カール・レイハントンのことではないのですか、ディアナ閣下」

「やはり」ウィルミットは頷くと、改めて頭を下げた。「ムーンレイスの」

「ここでは演技は不要なようですね」ディアナはいった。「明日行われるトワサンガの移民受け入れのパーティーに呼ばれておりましたが、ここにいるジルからカール・レイハントンのことを聞きまして、1日早くお伺いしました。まさかあの男が生きていようとは思わず・・・」

アイーダはディアナの話を遮り、一瞬だけ起こった同期現象でラライヤの記憶から流入したことをディアナに話した。

「ジオンというのは、冬の宮殿の映像に出てくるコロニー落としの犯人でしょう?」ディアナはいった。「そんな集団が再び地球を支配しようというのですか」

「そうなのですが」アイーダが応えた。「状況を分析するとわたしたちが不利でして、この世界も実存世界ではなく一種の仮想世界のようなのです」

「不確定な要素が多すぎますが・・・。本来であれば、明日トワサンガからレコンギスタした人々の歓迎式典が行われるはずですね」

「キャピタル・タワーで降りてきた方々はアメリアへ到着しているはずです」と、ウィルミットが応えた。彼女が移民の手続きを承認してアメリアへ送り出したのだ。

「時間を考えると、近々カリル・カシスというクンタラの女性が状況を知って、何らかの方法でキャピタルに移動したのちにタワーに乗ってザンクト・ポルトへ上がるはずです」

「わたしがその事実を知っていれば決して認めませんけどね!」ウィルミットは憤慨していた。カリル・カシスはキャピタルの金庫から金を奪って逃げた犯人なのだ。

「カリルならば」アイーダは応えた。「ワシントンでイベント会社をやっていて、ほら、外に見えるあの式典の準備を取り仕切っているのがカリルの会社のはずです」

「もし彼女が情報を知らずにザンクト・ポルトへ上がることがなければ、クンタラの女性ばかり助かって人類が滅亡することは起こらないのでしょうか?」

「クンタラだけが難を逃れることはなくなりますが、フルムーン・シップのフォトン・バッテリー搬出を食い止めないと、ラ・ハイデンが仕掛けた大爆発を回避することはできないでしょうね」

「カール・レイハントンにとってクンタラを助けることはおまけみたいなものでしょうから、クンタラも含めてみんな死んでしまうということですね」

「でもこの夢の世界が変わったからといって、現実が変わる保証はどこにもないのですけれど」アイーダは不安そうに身をよじった。

「でもそれに賭けるしかないのでしょう?」ウィルミットがいった。「明日の式典にはどんな人物が招かれているのですか?」

「ゲル法王猊下、それにキエル・ハイム、クン・スーンとビーナス・グロゥブからレコンギスタしてきた方々などですね。ゲル法王猊下がスコードとクンタラの神は同じものだとの新しい教義を発見いたしまして、アメリアのクンタラの方々にもあっていただこうというので、グールド翁などクンタラの重鎮の方々にも参列していただく手はずになっています」

「法王さまはいったいキャピタルをずっと空けてどういうおつもりなのでしょう!」

ウィルミットは怒っていた。キャピタルにはこれといっためぼしい男性が残っておらず、彼女は独りで苦労を背負い込んでいたのだ。アイーダは腕を組んで考え込んだ。

「爆発の正確な時期は不明ですが、長官の記憶と同期したときの感覚では、フルムーン・シップの爆発は1週間ほど先のようです」

「たった1週間」

ウィルミットは暗澹たる気持ちになりながらも、どこか浮かれた気分も感じていた。


次回、第46話「民族自決主義」後半は8月15日投稿予定です。


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