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「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:94(Gレコ2次創作 第37話 前半) [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第37話「ラライヤの秘密」前半



1、


「このハッチ、外からは開けられない仕組みなのか」

シラノ-5のモビルスーツデッキはしんと静まり返っていた。そこにパイロットスーツを身につけた男がひとり。男はカール・レイハントンの愛機カイザルのハッチを外からこじ開けようとしていた。男の名はクリム・ニック。彼はカール・レイハントンに私用があったのだ。

そのヘルメット内のスピーカーに、女の声で投降を呼びかけるメッセージが聞こえてきた。彼はすぐさま飛びずさったが、女が銃を構えているのを確認すると素直に両手を挙げた。

ノーマルスーツを着ていても長身でグラマラスであることがわかるその女は、慎重に銃を構えたまま近づくことなくクリムを観察した。女はレイハントンとともに現世に実体化しているチムチャップ・タノだった。カーキ色のノーマルスーツと濃紺のバイザーがその本当の姿を隠している。

クリムは周囲を見回し、誰もいないことを確認したが、逆らうのはやめにした。タノはクリムの名前を知っていた。彼女は威圧的に通信を送ってきた。

「アメリア大統領の子息クリムトン・ニッキーニだな。ビーナス・グロゥブで刑期に就いているはずでだが、このようなところで何をしているのか?」

クリムは両手を高く上げて応えた。

「オレは、ビーナス・グロゥブのスコード教団の人間に、アメリア軍総監アイーダ・スルガンの暗殺と引き換えにある死んだ女を蘇らせてやると持ち掛けられた。だが、死んだ人間が蘇るなどという話はにわかには信じがたい。そこでその技術を持っている思念体の親玉に話を聞こうとここへ来た」

チムチャップ・タノはすぐさますべての話を理解したようだった。

「あなたが生き返らせたい人物は、アメリアのミック・ジャックだな。彼女の思念はまだ宙域に微かに感じられる。残念だが、人体の再生には完全な形の遺伝子情報が必要だ。ヘルメス財団では、アースノイドの遺伝子情報の解析と保存はアグテックのタブーになっている。つまり、肉体の再生はできない」

「やっぱりかッ!」クリムは吐き捨てた。「クソ坊主どもめ、他人の弱みに付け込んでオレを欺きやがって!」

「ミック・ジャックの魂ならここにいる。お前が鈍くて感じないだけだ」

「なんだと?」

「ミック・ジャックの微かな残留思念は近くにある。ずっとお前の傍にいるようだ。彼女ともう一度話がしたければ、自分の機体についているサイコミュを使いこなしてみせろ。サイコミュは思念の増幅装置。お前にニュータイプの資質が少しでもあれば、いつだって彼女と巡り合うことができる、ただし、いつまでもここにいるのなら、いますぐ殺されてそちらから会いに行くことになるが」

チムチャップが再度銃を構え直したので、クリムは大人しく引き下がった。



モビルスーツに乗り込んだ彼は、その特異なコクピットの計器に手を伸ばし、あちこちいじってみたもののミック・ジャックの声が聞こえるようなことはなかった。ヘルメス財団の人間は引き渡しの際に確かにこの機体にはサイコミュがついていると話していたし、チムチャップがウソをついているようには思えなかった。

「必ず」クリムは呟いた。「必ずもう一度お前の声を聞いてやる。もしそこにいるのなら、いますぐオレと入れ替われ。オレの身体を使って自由気ままにもう一度生きてくれ」

ミックジャックと名付けたモビルスーツのコクピットは何の反応も示さず、クリムの身体の中に彼女が入ってくることもなかった。彼は静かに背もたれに身体を預けた。そっと目を閉じた彼は、モニターに黒い影が横切るのを見ることはなかったが、黒い影は目ざとくクリムの機体を見つけていた。



「クリムかッ!」

ミックジャックのモニターに映ったのは、ルインが操縦するカバカーリー2号機だった。シラノ-5に潜入しようとして追い払われる形になったルインは、カバカーリーで脱出する際にドッグの奥に青いモビルスーツがあるのを見逃さなかった。

「いつもいつも同じことを考えやがって。目障りな奴だ。だが、どうせあいつのことだ、死んだ女が本当に蘇るのか尋ねに来たのだろう。女々しい奴め。だが、オレは違う!」

シラノ-5を出て宇宙空間に達した彼は、宙域情報からカシーバ・ミコシの航路を割り出し、そちらに急行した。

「この機体をビーナス・グロゥブの連中から見えなくすればそれで良かったのだ。あとはマニィが首尾よくやってくれるだろう」

ルインが待っていたのは、操舵士としてステアが乗艦しているフルムーン・シップに潜り込ませたクンタラ解放戦線の仲間たちが反乱を起こすことだった。



警戒警報がフルムーン・シップ中に鳴り響いたとき、すでに艦内はブリッジを残して完全に彼らクンタラ解放戦線に制圧されていた。

銃を手にしたマニィは、解放戦線の男たちを率いてブリッジに乗り込んできた。銃撃戦も辞さない覚悟で乗り込んだマニィが目にしたのは、クルー全員が立ち上がって両手を挙げている姿だった。

艦長席を乗っ取った彼女は、ステアに命令してカシーバ・ミコシの航行ルートに軌道変更するよう指示した。だが、誰も手を挙げたまま動こうとしない。キッと睨んだ彼女は、ステアに銃を向けた。ステアは肩をすくませて、他のクルーに指示に従うよう説得した。

クンタラ解放戦線の男がマニィに尋ねた。

「カシーバ・ミコシのルートに乗るってことは、ザンクト・ポルトに向かうんで?」

「行けばわかるのよ」

マニィは余計なことは言わず、隕石迎撃用のレーザーを後方に向けさせると、ビーナス・グロゥブ艦隊からフルムーン・シップを離脱させた。彼女の狙いは、ルインと合流してそのままフルムーン・シップを奪うことだった。船には戦争に必要なフォトン・バッテリーが満載されている。

ベルリ暗殺を持ちかけられたルインは、ヘルメス財団がレイハントン家を目障りに思っていることを察知した。だとすれば、自分がベルリを暗殺などしなくても、次善の策が講じられているはずで、ベルリの命は別の人間に狙わせればよいと判断してマニィに連絡したのだ。

フルムーン・シップに積載されているフォトン・バッテリーは、全人類が半年間なに不自由なく暮らせるほどの膨大なエネルギーである。これを使ってエネルギーが枯渇したキャピタル・テリトリティを奪い、自分がクラウンの運行長官になって都市を牛耳り、フォトン・バッテリー利権を手に入れようというのである。巨大な利権の確保はすなわち、クンタラの地位向上に直結する。



「だから!」ルインは予定通りやってきたフルムーン・シップとランデブーしたのち着艦した。「クンタラの教義をスコード教が取り込むなど笑止千万。あのような俗物どもがそんなことをするものか。だが、キャピタル・タワーを掌握すれば話は変わる。クンタラはビーナス・グロゥブのヘルメス財団に食い込むことができるのだ。カール・レイハントンなどという得体のしれない者と対決してトワサンガが手に入るものか。オレは、キャピタルを手に入れて全世界のクンタラをキャピタルに集める。キャピタル・テリトリィは、クンタラ・テリトリィになるのだ。それこそがカーバだ! オレが作り上げる、本物のクンタラ安息の地だ!」

ルインはクンタラ解放戦線時代にキャピタルを自分のものにしたとの自負があった。彼にはあのときやり残したことが多くある。そして、彼が住むことになったあの豪邸に、もう一度家族を住まわせてやりたかったのである。

彼の意識の表層には、クンタラのために自己犠牲を払う行為しか上ってはこなかった。意識の深層には、失った富を奪い返すことしかなかったのに、彼はそれを自覚することができなかった。


2、


「姫さまー!」

宇宙からの移民団を歓待するセレモニーが終わり、主催者であるアイーダらがそれぞれの役割に戻ろうと散会しかけたときだった。遠くから彼女を呼ぶ懐かしいダミ声が聞こえてきた。

「ドニエル艦長!」アイーダは顔をほころばせた。「なぜもっと早く来てくださらなかったのです?」

ドニエルはゼイゼイと息を切らせ膝に手をついた。それを見たアイーダが水を差しだすと、ドニエルは一気に飲み干して汗臭い身体をアイーダに寄せた。

「メガファウナは海賊船ですから、アメリア艦隊にいろいろ咎められまして・・・、いえ、でもそれはいいのです。ベルリからの伝言を持ってまいりました」

ベルリの名を聞いて、散ろうとしていた者たちが立ち止まった。その中にはキエル・ハイム、ハリー・オード、クン・スーン、ゲル法王の姿がある。ドニエルはいくつもの視線を感じて少し恥じらいながら、それどころではないと気を取り直してアイーダに報告した。

「クンタラのメメス博士の痕跡を探せとのことです」

「メメス博士?」

「詳しいことは知りませんが、あのキャピタル・タワーやシラノ-5を建造した人物だとか。その痕跡が地球に残っているはずだから、見つけてくれと」

アイーダは周りにいる人間の顔を見回したが、誰ひとりメメス博士なる人物のことを知らなかった。一瞬困った顔になったアイーダだったが、すぐにキエルに向き直った。

「メメス博士のことはキエル嬢にお任せしましょう。とはいっても、キエル嬢も突然このようなことを託されてもお困りでしょうから、アメリアのわたくしの支持者の中に、クンタラの有力者が数人いらっしゃるので、ご紹介いたします」

キエルが何か言いかけたときだった。彼女は自分をじっと見つめている視線に気がついた。キエルに見つめ返された給仕の女性は急に慌てて逃げるように去っていった。気を取り直して、キエルは口を開いた。

「500年前というのは、空から多くのクンタラが地上に降ろされ、キャピタル・タワーの建設などに従事して、今来(いまき)と呼ばれていました。レイハントンに追い立てられ地上に逃げてきたムーンレイスは古来(ふるき)に分類されているようです。メメスという人物は、キャピタルの建設作業員ではなく、ムーンレイスでもなく、博士と呼ばれていることなどから、かなり特殊な事情がおありのようなので、資料を丁寧に読んでいけば手掛かりは発見できるかもしれません。アメリアの・・・」

給仕を行っていた女性が別の女性を連れてきたのが目に入り、キエルは途中で話を打ち切った。連れてこられた女性はまだ若いが貫禄のある美しいグラマーな女性だった。彼女はスカートをつまんで頭を下げた後、並み居るメンバーに気後れすることなく、堂々と話を始めた。

「メメス博士のことをお話だと聞きまして。わたくしはキャピタルからアメリアへ亡命してまいったカリル・カシスと申します。戦争が始まる前までは、キャピタルのビルギーズ・シバ首相の第1秘書を務めておりました。わたくし自身もクンタラの出身で、ゲル法王もおられるこの場を借りてお話させていただきたいことがあるのです」

キエルとアイーダは顔を見合わせ、この屋外レセプションを受注したイベント関連会社社長カリル・カシスに話をさせることにした。アイーダがカリルの手を引いて輪の中に招き入れた。

「カリルさんのお話を伺いましょう。いまは手掛かりが必要な時期です」

「ありがとうございます」カリルはアイーダに頭を下げた。「話というのは、キャピタルのクンタラに伝わる話です。『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』もうひとつ。『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』伝わっているのはこのふたつです。キャピタルはクンタラ差別の激しい地域で、多くの人間が理不尽に殺され続けてきたので、もっと多くの言葉が残っているかもしれない。そのことをぜひ皆様に知っていただきたく」

アイーダはカリルの話を吟味して、すぐさま決断を下した。

「ムーンレイスのお力を借りて、軍事行動を起こさねばならないようです。地上に降りてきたオルカのうち1隻をお借りして、ゲル法王、ドニエル、クン・スーン並びにビーナス・グロゥブの方々は至急月へ向かっていただきます。情報を収集してきてほしいだけなので、できるだけ戦闘は避けてください。わたくしはアメリア総監として地上に残るしかないようです。弟のことを頼みます。キエル嬢とハリーさまはこちらにらっしゃるカリル嬢と一緒にアメリアのわたくしの支援者に会い、メメス博士のことを探ってください。キャピタル・テリトリィのことは後回しにするしかない」

キエルはアイーダに顔を寄せて、小さな声で告げた。

「それだとキャピタルが盗られますよ」

アイーダはキャピタルで孤軍奮闘するウィルミットのことを思い出してぎゅっと唇を噛んだが、アメリアにもしものことがあった場合、反撃の機会は失われる。彼女は軽く頷くと、ゲル法王とクンをドニエルに託した。

「姫さま」ドニエルは情けなさそうな顔で反論した。「メガファウナならともかく、オルカってユニバーサルスタンダードではないのでしょう? 自分では・・・」

「無理は承知の上です。操縦は艦のクルーがやってくれるでしょうから、ドニエルは艦長として指示だけすればいいのです。メガファウナのクルーは申し訳ありませんが、アメリア軍で預かります」

「コバシは明日にならなければ来られない。それに、ゲル法王もハイデンを説得する理屈を考えるのに時間がいるはずだ。月へ出立するのは明日にしては?」

「わかりました」アイーダはあっさり折れた。「弟のことが心配で焦りすぎました」

一同は散会した。ゲル法王はキャピタルのクンタラ建国戦線の残党らをスコード教和解派に改宗させる準備はしていたが、ビーナス・グロゥブで1度会ったきりのラ・ハイデンを説得する役目が回ってきてさすがに困り果てていた。

クンは有線回線でコバシや他のメンバーと連絡を取るのに忙しく、カリルは美しい女性ばかりのスタッフを集めて何か話をしていた。アイーダはふたりの秘書と大声で話しながら馬車に乗り込んだ。その場に残されたのは、キエル・ハイムとハリー・オードだけであった。

ふたりきりになって、キエルは別人を装うのをやめた。

「宇宙から地球を支配するとき、まずどこを抑えると思うか」

「キャピタル・タワーとテリトリィでしょう」ハリーは即答した。「ただ、カール・レイハントンとビーナス・グロゥブ艦隊の関係は分かりかねる部分もある。もし完全に一体だとすると、キャピタルは一瞬で彼らが掌握するはずです。このふたつの関係性がもっと微妙なものだった場合、月でひと悶着起こるかもしれません」

「ムーンレイス艦隊を無傷で地上に降ろしてくれたことは幸いでした。我々にはサンベルト条約があるので、宇宙からの侵略行為に対処してアメリアを守っても大義名分が立ちます。とりあえずアイーダさんの支援者だというアメリアのクンタラの方々にお会いして、なんとかキャピタルへ出張れないか探ってみましょう」



キエルとハリーが打ち合わせを行っていたころ、カリルもまたビルギーズ・シバ首相の秘書時代からの仲間を集めて密談の最中であった。

カリルはキャピタルから奪った財産を投入したクラブ経営が、ニューヨークの壊滅によっていったん破産状態に陥ったものの、政府にくっついて移り住んだこの土地でイベント会社を経営しながら彼女らを養っていたのだった。

「みんな知っての通り、メメス博士の話が出てきたってことは、クンタラにとっては大きなチャンスが巡ってくるってことだから。あの宇宙と通信できる機械があれば、あたしたちは他の誰より情報を多く取れるかもしれない。いまキャピタルは人材不足でウィルミット運行長官ひとりで国家を運営している状態だそうだから、あたしたちには大きなチャンスがあるんだよ。長官はおそらく早く民主政府を作って権限を委譲させたいはず。つまり、わかる?」

「全然わかりません」

「あたしが首相になるかもってことだよ、バカだね。あの国の議会は腐っていた。でも、あたしたちはクンタラだから実力があってもチャンスがなかった。いまこそ議会対策で培った能力で権力を掴み取る時さ。ウィルミット運行長官の周りにはろくな人材がいない。取り入るチャンスだってね」

「姐さんがキャピタルの総理大臣に!」

「なってみせるさ」そういうとカリルは不敵な笑みを浮かべて、遠くにキエル・ハイムの姿を捉えた。「クンタラの研究家なんて偉そうにしているあのいけ好かない女を使ってね!」



3、



「戦争を始めたのですか? なんと愚かな」

チムチャップ・タノは驚きを通り越して呆れた調子でモニターを注視した。そこにはラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊が月を攻撃している様子が映し出されていた。初弾は月面の岩を砕いただけで終わったが、月からの反撃がないので艦隊は包囲を開始した。

カール・レイハントンはラビアンローズのブリッジで戦況を観察していた。そばに寄り添うのは大柄のチムチャップ・タノ中尉ひとり。もうひとりの参謀ヘイロ・マカカはラライヤ・アクパールとともに民衆の鎮圧に赴いていた。

「本気で戦う気があるとは思えないな」カール・レイハントンは冷静だった。「いくら地球圏が初めてとはいえ、月ほどの質量があるものにミサイルを撃ち込むなど、戦争を演出しているに過ぎない。どうやらラ・ハイデンは肉体を捨てずに事態を収める方法を模索しているようだ」

「放置していていいので?」

「人類は愚かだ。必ず自滅する。ただ時間稼ぎをされては絶滅させるにも数が多すぎて地球環境を悪化させかねない。ビーナス・グロゥブの連中も含めて地球に降ろしてしまいたいものだ。最終的に人類はすべて思念体へと変化させて、地球は人類のいない惑星として生まれ変わる。人類は地球の守護者となり、我々が外敵と対峙するようになるさ。ただ、月面や軌道エレベーターは永遠の観察に使いたい」

「いかがいたしましょう」

「まずはこのシラノ-5をカラにして、ジオンで制圧してもらいたいものだ。ヘイロはどうしている」

「例のラライヤという娘を伴い、状況の確認に向かいました」

そのころヘイロとラライヤは手をつないで熱狂的にカール・レイハントンを称えるトワサンガ住民を見下ろしていた。ヘイロの姿は相変わらずサラ・チョップのままだ。サラは華奢なラライヤよりさらに小柄で、元の大柄で鼻孔の膨らんだサモア系のヘイロを知っている人間にはかなり違和感がある。

ふたりはリングの中央にある監視台の上で、無言で群集を見下ろしたままずっと手をつないでいた。群衆は沸き立ち、納まる様子がない。ベルリやムーンレイスを否定したことは、彼らを自然と先鋭化させて、言い訳が効かない状況に追い込んでいた。彼らはもう後戻りが出来なかった。

その様子を、ヘイロとラライヤは空虚な瞳で見下ろしている。やがてヘイロの瞳に色彩が蘇ってきた。その瞳の輝きは、彼女の身体の中に入っている思念体のヘイロのものではない。彼女の名は、サラ・チョップ。星間航行のクルーとして利用され、使い終わったとたん地球に捨てられたクンタラの怨念であった。

彼女と父のメメス博士は、クンタラの教義である生による魂の研磨を守るため、ビーナス・グロゥブからの差別と、ジオンによる肉体の簒奪を何としても阻もうと画策していたのだ。ニュータイプの素養のなかった父のメメスは、それを逆に利用してジオンに近づき、天寿を全うしながら時を待った。

カール・レイハントンのアバターの子をなし、服毒して死んだサラは、子を残して死ぬ強い思い残しを利用して思念体へと進化した。彼女はカール・レイハントンから隠れるようにビーナス・グロゥブに思念を潜ませ、ピアニ・カルータとジムカーオを利用して地球を混乱に陥れると、ラビアンローズのひとつを破壊した。彼女と父の目的は、半分は達成されたのだった。サラは言った。

「ラビアンローズは宇宙世紀諸悪の根源。経済至上主義の宿痾。人はもっと牧歌的原始体制でなければ、魂を研磨する余裕を持てない。市井で生き、常に限界を感じ身を焦がす思いをしなければ、魂を正しく矯正してカーバに送り届けることができなくなる。わたしはそのための世界を作りたい。だから、あなたを生み出したんですよ、ラライヤ」

ラライヤは生気のない瞳のままコクリと頷いた。

彼女は忘れていたのだ。トワサンガでは、木の1本すら植樹されたときから使い道が決まっている。そんな場所で、私生児など生まれるはずがなかったのだ。彼女はトワサンガのラビアンローズを使い、サラによって誕生させられた少女だった。

「ん?」

ラライヤは突然気がついた。輝きが戻った瞳であたりをキョロキョロと見回し、先を行くヘイロの姿を見つけて慌てて後を追った。カール・レイハントンへの接近を狙うラライヤは、声を潜めてヘイロに尋ねた。いまの彼女にはぼんやりしていたころの記憶がない。

「カール・レイハントンは、トワサンガの住民をどうなさるおつもりで?」

「ラ・ハイデンが月基地への攻撃を開始したから、こちらからも援軍を出すって。あなたはモビルスーツが扱えるのよね?」

「はい。ユニバーサルスタンダードのものなら」

「出撃命令が出るかもしれないから、そのつもりでいてね。モビルスーツは・・・」

ヘイロの言葉を遮るように、遠くからチムチャップが飛んできてふたりのそばに降り立った。

「その子のモビルスーツならもう用意しておいた。ジット団と地球のモビルスーツのデータはないから、YG-111の改良型を用意したよ。それから、ヘイロ。あなたの身体もサモア系の女性のデータがあったからいま組み上げている。あと2週間はそれで我慢してね」

「もちろんです」

チムチャップとヘイロはラライヤを遠ざけて戦争準備の打ち合わせを行った。離れた場所で下がったラライヤは、YG-111、G-セルフで誰と戦うことになるのか何も知らされなかった。

(ラ・ハイデンが月を攻撃しているって聞いたけど、月に誰がいるっていうのかしら)



そのころ月内部にある宇宙世紀時代の基地には、ベルリとノレドをはじめ、少数のムーンレイスが残っていた。月にはビーナス・グロゥブ艦隊からの容赦ないミサイル攻撃が続いていた。それで基地が破壊されることはなかったが、大きな音が内部に籠るように鳴り響いていた。

月に残っていたエンジニアたちは、ベルリが搭乗してきた見慣れないモビルスーツに興味津々だったが、事態は逼迫しており詳しく調査する時間はなさそうだった。

フォトン・バッテリーの尽きたザンクト・ポルトは、月基地の生産設備に物資の大部分を依存している状態だった。ベルリたちは、トワサンガに残った住人と、ザンクト・ポルトの住人に供給する物資が保証されるのであれば、基地を明け渡してもよいと考えていたが、交渉ができる状態ではなかった。

カール・レイハントンの愛機カイザルの中で彼の思念と同期させられたベルリは、ラ・ハイデンが地球の戦闘行為を強く諫め、宇宙世紀時代の残滓を一掃する目的であることを知っている。

彼らは月に乗り込んでくると、縮退炉を解体するであろう。もしそれを行うなら、トワサンガの生産設備を以前の状態まで稼働率を上げねばならない。そのためには労働者が必要だが、現在トワサンガに残っているのは、老人を中心としたカール・レイハントンの支持者ばかりで、若者の多くはアメリアへレコンギスタしてしまっていた。

ベルリは、同期された情報の中で、カール・レイハントンが気にも留めていないメメス博士の動向に着目していた。彼にはクンタラに関する何らかの目的があり、その仕掛けを作り上げているはずだが、表向きカール・レイハントンの支持者であったメメス博士には計り知れないところがあり、最終的にどんな世界を作りたかったのかベルリは判断しかねていた。

メメス博士にはニュータイプの素養がなく、ジオンの末裔の3人もまるで彼の心の中を見通すことができなかった。ゆえにベルリにもメメス博士の心情は同期されていない。

「我々は王子に殉じる覚悟ですから、まぁそう深刻にならずにお茶でも飲みませんか」

月に残っているのは、エンジニアばかりである。ベルリは彼らの肝が据わっていることに感嘆した。彼らは仕事のことしか頭になく、危険が迫っていてもまるで動じる気配がない。ノレドを連れてきてしまったこともあり、ベルリはお茶を飲み干しながらも真剣にこの先のことを考えねばならなかった。

「ラ・ハイデンという人物は熱心なスコード教信者で、故に地球人の愚かな戦争行為を許せないのです。ヘルメスの薔薇の設計図も、完全に回収できたわけじゃない。さらにムーンレイスの技術もアグテックのタブーを犯している。地球人は完全に信頼を損ねてしまったんです」

ベルリは、地球人の信頼回復のための手段をしたためた親書を彼に送っていたが、その内容が否定されていることはラ・ハイデンとカール・レイハントンとの会話を取り込んだことで理解していた。ではほかにどんな手段があるのか。ベルリはいつしか爪を噛んでいた。

月基地では、フルムーン・シップが艦隊を離脱して地球圏へ向かったことをキャッチしていた。どこへ向かって何をしようとしているのか、まるで分らない。ノレドがささやいた。

「トワサンガにはラライヤが残ってカール・レイハントンに接近しているはずだけど、乗り込んでみる? それとも、ラ・ハイデンに降伏して説得してみる?」

「ビーナス・グロゥブとの戦争を回避しても、次はカール・レイハントンに追い立てられる。いっそすべての人類を思念体に進化させて、カール・レイハントンの言う通りに地球を人間のいない世界にしてしまった方がぼくらは幸せなんだろうか? 肉体の存続のために資源を使い、環境を破壊して、そこまでして人間が生き続ける意味ってあるのだろうか? なぜ人間はこの地球に生まれてきたのだろう?」

「ベルリ・・・」

ノレドは悩み深きベルリの頭を抱き寄せた。ベルリの独白には月に残ったエンジニアたちも困ってしまい、かける言葉が見つからないでいた。

ビーナス・グロゥブが勝てば、人類はスペースノイドとアースノイドに分割され、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・テリトリィまでをスペースノイドが支配してアースノイドを観察する支配体制が誕生する。

カール・レイハントンが勝てば、スペースノイドもアースノイドも地球に降ろされる。そして、全球凍結によって文明を断絶させられ、最後はサルにまで退化した人類を含めた動植物をジオンが観察するようになる。だが、人間は本当にサルにまで退化するのだろうか?

このふたつの共通点は、人類を観察者と定義づけていることだ。人類が誕生した理由とは、本当に観察者になることであったのか。人類という種そのものが、他の動植物と同じように生存本能のままに生きられない理由は、生存本能の行き着く先を観察するためであったのか。そう定義づけでもしなければ、人類が生存する理由はないのだろうか。

人間は、動物であることをやめ、神に等しい存在になるしかリーゾン・ディティールを見い出せないのだろうか。それは思い上がりではないのか。人間の肉体と魂の存在理由とはいったい何なのか。

静寂の中、時折月の裏側で起きた爆発音の反響が月の表側にいる彼らの元へも届いてきた。ノレドは口を開くなり、ベルリにこう言った。

「ビーナス・グロゥブも、ベルリに聞いたジオンというものも、スコード教というものだって、みんな人間であることを否定して嫌悪している。肉体を持った人間であることを積極的に肯定しているのは、クンタラの人たちしかいない。あの人たちだけが、人間を肯定している」

「そうだね」

と、ベルリは応じ、やはりメメス博士のやりたかったことを探っていくしかないのかと改めて思ったのだった。











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