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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第33話「ベルリ失踪」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第33話「ベルリ失踪」後半



1、


太陽の輝きが巨大な2隻の船が進路を変えビーナス・グロゥブから遠ざかっていくのを照らしていた。月の呼び名を冠したフォトン・バッテリーの運搬船は、反乱者たちの手を逃れるためにラ・ハイデンによって地球人に託されたのだった。

惑星間を移動できる船は、このクレッセント・シップとフルムーン・シップ、それにたったいま轟音とともにビーナス・グロゥブの資源衛星から分離したラビアンローズだけだった。

ビーナス・グロゥブのエンフォーサーは、これを機にレコンギスタを果たすため、長年影に隠れて欺いてきた仮面を太陽の下に晒した。彼らは己が優生であると信じ、地球の支配権が誰の手にあるのか、かりそめの支配者と対峙することではっきりさせようと姿を現したのだ。

資源衛星からパージされたラビアンローズは、シー・デスクのひとつに巨大な地震と津波を引き起こし、多大な人命被害を出した。破壊こそ免れたもののパージによって舞い上がった土煙は、濛々と広がって真っ黒な煙霞となると静かに、不気味に、ロザリオ・テンを包んでいった。衝撃による振動は、ビーナス・グロゥブ全体に拡がり、住民たちは聞いたことのない軋音に恐れおののいた。

ビーナス・グロゥブの住人たちは、胚の状態で保存され、遥か外宇宙から運ばれてきた者たちの子孫である。500年を経て、彼らはそのことを忘れてしまっている。彼らは、地球に供給するフォトン・バッテリーのために働き続ける。対価は、いつか果たされるであろう地球への帰還である。

対するラビアンローズのクルーたちは、肉体を捨て思念体となったのちに新たにデザインされた人間たちで、再び肉体と合一した存在だった。魂は肉体に張り付いてしまい、アバターのように抜け出ることはもうできない。その子孫である彼らは、すでに思念体というものがどんなものなのか、教育で学んでいるだけである。それでもなお、彼らは自分たちの優生を信じていた。

ラ・ハイデンの決断は早かった。彼はすぐさま艦隊を発進させて、モビルスーツを展開した。対するラビアンローズは、エンジンの出力が上がらない。ラビアンローズのクルーたちは慌て、一刻も早く地球圏へと立ち去ろうと巨大な艦内を右往左往した。そうこうしているうちに、クレッセント・シップとフルムーン・シップの姿は宇宙の闇の中に小さく消えていった。

「出力が上がらない? なぜだ?」

ラビアンローズはビーナス・グロゥブの艦隊に取り囲まれた。だがまだ攻撃は仕掛けてこない。艦内は混乱の極みである。ラビアンローズの艦長席に座る者はいない。彼らは突然やってきた大執行にまるで対応できていなかった。

それはノレド・ラグの予期せぬ攻撃から始まった。G-ルシファーに搭乗した彼女は、ジットラボから通じていたラビアンローズの生活区域に入り込み、1体のアンドロイド型アバターを奪って内部から隔壁を破壊した挙句に造船区域から外部に出てしまったのだ。攻撃目的は不明、アンドロイドには思念体らしきものが入魂した形跡があり、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーたちはノレドが高度なニュータイプではないかと推測していた。

しかし詳細な分析も済まないうちに、ラ・ハイデンが事態を察してラビアンローズ内に人員を入れようとしたために、慌てて大執行の時まで厳禁されていたパージを行ったのだ。ラビアンローズの巨躯は加速するまで時間はかかるが、金星圏を脱してしまえば、ビーナス・グロゥブに彼らを追いかける手段はない。新造艦の建設を行おうにも、ヘルメスの薔薇の設計図はラビアンローズの中にしかないのだ。ビーナス・グロゥブのラビアンローズとトワサンガのラビアンローズ、このふたつをもって軍政を復活させ、トワサンガから地球と金星を支配することが彼らの長年の指導者であるジムカーオの計画であった。

それは、ヘルメス財団の始祖とされるレイハントン家の復活をもってなされるはずだった。ベルリ・レイハントンを傀儡としてトワサンガ初代皇帝とし、太陽系全体を軍政下に置くことが当初からの目的だったのである。艦長席に座すのはジムカーオと決まっていた。そこが空席であるのは、彼のアバターを用意するいとまがなかったからである。

「ステュクスの発進はまだか」

「なぜアンドロイドを同期できないのか」

「ニュータイプ検査に合格したものを急いで集めろ」

と、めいめいが勝手に指示を出す有様であった。そこにビーナス・グロゥブからラ・ハイデン名義で通告が届いた。反乱罪及び前総裁ラ・グー暗殺容疑で全員を拘束するから投降しろとの内容だった。自分たちの練られているはずの計画があまりに上手くいかないことに失望した者らは、早々に諦め、互いの顔を見合った。

失望と落胆が艦内を支配しようとしていたとき、彼らも与り知らないラビアンローズの機能が500年ぶりに動き出していた。それは生体アバターを作り上げるユニットであった。オレンジ色の液体の中で人の形がみるみる組み上がり、完成を待たずにその人物が身に着けるべき軍服が裁断された。

生体アバターはできたばかりの筋組織をピクピクと動かし、調整が済むとすぐに目を見開いて活動を開始した。

絶望に打ちひしがれるラビアンローズを支配する者たちは、突然姿を現し、艦長席に座る金髪碧眼の人物を仰ぎ見て驚くことになった。それは1000年の昔、1機のラビアンローズを率いて彼らの祖先と合流し、地球圏の支配体制の大枠を決める会議の成立に尽力したひとりの若き軍人の姿であった。彼は500年前にトワサンガの基礎を作り、そののちのことは知られていない。だが、その容姿だけは伝説上のこととして伝わっていたのである。

彼に気づいたエンフォーサーたちが名を問おうとしたとき、彼らの前に大きくラ・ハイデンの顔が投影された。ラ・ハイデンはラビアンローズを長年にわたってヘルメス財団から隠蔽してきた彼らに強い叱責を加えるつもりでその姿を映し出したのだが、彼と対峙した古式ゆかしい軍服姿の青年に驚くことになった。

ふたりはモニター越しにしばし様子を探り合い、やがてラ・ハイデンから先に恭しく頭を下げた。

「これは、驚きですな。カール・レイハントン、お初にお目にかかります。ビーナス・グロゥブ総裁、ラ・ハイデンでございます」


2、


スコード教大聖堂の幽霊騒ぎの余韻も残るなか、ベルリ・ゼナム・レイハントンの姿が消えた思念体分離装置は厳重に封印されて、立ち入り禁止区域に指定された。

一連の初期調査でもたらされた情報は膨大で、それらを整理するだけで何年も掛かると推定されていた。アナ・グリーンとジャー・ジャミングの両教授は、話し合いの結果いったん調査隊を解散してそれぞれの大学に戻ることになった。幸いなことにトワサンガもアメリアも、エネルギー不足による悪影響は比較的少なくすんでいる。

「アジアではついに戦争が始まったって話だな。一時はあんなに勢いがあったのに。ハッパはあっちへ行ったらしいが、死んでなきゃいいけど」

メガファウナ艦長ドニエルは不謹慎な軽口を叩いてノレドに睨まれることになった。彼のメガファウナのエネルギーであるフォトン・バッテリーも尽きつつあり、大気圏突入を行ってアメリアへ戻ると再び宇宙へ出ることはできない。ジャー・ジャミングとその生徒、そしてアメリア政府から派遣された人物らは、キャピタル・テリトリティと交渉の末、定期運航を中止しているクラウンで地球へ戻れることになった。

アナ・グリーン教授と生徒たちもトワサンガへ引き上げることになっていた。トワサンガはノースリングが再び動き始め、停止によって破壊された内部の修復作業が始まっている。教授以外の生徒たちはその労働に駆り出されることになっていた。その話を聞いたドニエルは、スペースノイドの労働についてチクリと嫌味なことを口走り、今度はラライヤに睨まれてしまった。

「だってよ」ドニエルは肩をすぼめた。「地球じゃ大学生を労働に徴収するなんてないぜ。宇宙じゃそれが当たり前なのか?」

「そりゃそうですよ。地球みたいに全自動じゃないんですから」

「全自動ねぇ。確かに空から雨が降ってくるけどな」

ノレドがトワサンガの大学に進学したのは半分ベルリの傍にいるためだったのに、ベルリはいなくなり、仕事が終われると今度はキャピタル・テリトリティに戻るらしいと聞いてノレドは暗い気持ちになっていた。努めて明るく振舞おうとするが、エネルギーの枯渇は人々に暗い影を落としており、ベルリとアイーダが下したフォトン・バッテリーの再供給を待つとの方針に対しての大きな反発も起こり始めていた。そんななかでのベルリの失踪事件だったのである。

トワサンガとザンクト・ポルトは、合同で捜索隊を結成してベルリが搭乗したとされるカール・レイハントンの愛機カイザルを探し回っていた。しかし宙域のどこにも機体は存在せず、またカイザルの性能も正確なことがわかっていなかったことから捜索は難航していた。

ノレドだけはベルリの気配を感じていたが、これもはっきりしたことがわからない以上信用していいものではない。アジアでは国家同士のフォトンバッテリーを使用しない陸軍による戦争が始まったとの噂もあり、枯渇しつつある資源とともにキナ臭い空気を世界に充満させていたのである。

最後のミーティングから間もなくして、ザンクト・ポルトに久しぶりのクラウンが到着した。アメリア帰還組がそれに乗り込むのを見送ったあと、ノレドたちトワサンガ組はメガファウナに乗船した。勝手知ったる様子でブリッジに上がってきたノレドとラライヤに、ドニエルは不安を口にした。

「メガファウナもフォトン・バッテリーが厳しくなってきてなぁ。さっきクラウンに乗ってきたキャピタルの人間にも話したんだが、もしザンクト・ポルトに物資を運べなくなったらクラウンを動かして地上から物資を運び入れ貰わなきゃなんねぇんだよ」

「ザンクト・ポルトの農業ブロックでは市民の食料は賄いきれませんからねぇ」

ラライヤは相槌を打ちながら溜息をつく。ノレドは「ベルリが何とかしてくれる」と言いかけて口をつぐんだ。ベルリはいなくなってしまったのだ。

(カイザルがカール・レイハントンだとしたら、ベルリをどこに連れていっちゃったんだよぉ)


3、



ビーナス・グロゥブを再訪したメガファウナが2隻の運搬船を伴って地球圏へと離れていったすぐ後のこと・・・。

突然分離したラビアンローズの艦長席に古式ゆかしい軍服を身に着けたひとりの金髪碧眼の男が座った。彼の名はカール・レイハントン。1000年前に1隻のラビアンローズとともにビーナス・グロゥブの集団に加わった肉体を捨てた種族の事実上のトップであった。身分は大佐であったが、肉体を捨てて久しい彼らに階級は意味をなさないものだった。

彼はフォトン・バッテリーの技術を有して帰還してきた別のグループに、地球圏の新しい仕組みについて提案を行った。それは地球を種の保存のための囹圄として使おうというものだった。そこに人類は存在させず、地球人類はすべて宇宙に上げて思念体として永遠の命を授けようというのである。

あなた方も永遠の命に乗り換えませんかと告げられた時、相手はそれを受け入れるしかない状況だった。相手のラビアンローズ内では、当時深刻な食糧不足が起こっており、自らの遺伝子から人工胚を作り艦の運用は最低限の人員で行っていたもののそれでも食料は足りていなかった。飢餓は彼らから文明の失わせようとしており、そのことを自覚して恥じてもいた。特に食人習慣においてそうであった。

生き残っていた者たちは、カール・レイハントンによって殺され、思念体となった。その過程でたとえそれが失われたとしても、彼らにはまだ胚から自分自身を育てるという希望があった。こうして彼らは肉体を捨てた。そののち、カール・レイハントンの提案、すなわち地球を種の保存の囹圄とし、その妨げとなる人類を地球から排除する計画を受け入れたのである。

ところが、やはり彼らは肉体への執着が強く、地球圏へ到着するなり人類の種の保存も必要だと意見を変え、肉体化したスペースノイドの生存を平和裏に行うために、フォトン・バッテリーの供給をコントロールして人類の過度な文明発達を抑制するプランを逆提案してきた。計画はよく出来ていたので、レイハントンはそれを受け入れた。

「こうして我々はふたつのプランを同時に行うことになった。どちらを採用するかは、我々ジオニストに決定権が委ねられている」

と、カール・レイハントンが口にしたとき、ラ・ハイデンはほうと感嘆の声をあげた。

「ジオニストですか。これはまた古風な選民思想の言葉を聞いたものです」

「同格において選民思想は罪となるだろう。初期のジオニズムに瑕疵があったことは認めざるを得ない。しかしこうして1000年前の人間が目の前に現れる事態を、君はどう考えるか。わたしは選民思想を持ったただの人間なのか、それとも選民であるのか」

「あなたの年齢は1000歳だと」

「おそらくはもっと古く。宇宙世紀初期にまで遡るかもしれない」

「少しお尋ねしたいことがある」ラ・ハイデンは居住まいを糺した。「あなたの個性はある特定の人間のものなのか」

「個性は思念となったときにいくつも統合されるものだ。わたしはわたしとよく似た人間が幾人も合わさった人格だと思っていただこう」

「そうして思念は強化され、やがて怨念となるのですかな?」

ラ・ハイデンの挑戦的な口調にレイハントンは思わず笑みを浮かべた。艦長席に鎮座する彼を見上げるしかないラビアンローズの面々は、ハラハラと落ち着かない様子で事態を見守るしかなかった。そんな彼らの様子をモニター越しに察したラ・ハイデンは、レイハントンに提案をした。

「いまその艦に乗っている者らは、すべてレイハントン家のお仲間と思っていいのか? もし違うのならば、こちらに身柄を引き渡していただきたい」

「いや」レイハントンは首を横に振った。「肉体の殻を命だと思っている人間をジオニストとは呼ばない。ここにいるのはただの選民思想の愚か者らだ」

「で、あるならば」

返せとラ・ハイデンは要求したが、レイハントンは要求をはねのけた。

「すべての人間は選民となるべきなのだ。いまそれをお見せしよう」

レイハントンは艦長席に座したまま手を組み、どのような仕掛けがあるのかラビアンローズ内のすべての区画を画面に映し出した。ラ・ハイデンは初めて緊張した面持ちになり、モニターを注視した。画面に映し出されたのは、苦しみ悶えて命を落としていく人間たちの姿であった。最後のひとりが死んだとき、画面は座したまま鋭い眼光を向けてくるレイハントンに切り替わった。

ラ・ハイデンは従者に飲み物を要求して半分ほど飲み干すと、カチャリと杯を戻した。

「殺した、と思っていないから、あなたはそんな顔をしているのでしょうな」

「もちろん」レイハントンは静かに応えた。「命を奪ったのではない。わたしは彼らに永遠の命を与えたのだ」

「すべての人間に、ですか?」

「それを得る資格のある者だけに、かな」

「つまり思念体というのは、すべての人間に与えられる永遠の命ではないと」

「いや、個性が消えてなくなるだけで、命は永遠だ。すべての生物というのは、肉体の永遠性を求めて同種を増やそうとするが、それ自体が命の永遠性であり、さらに肉体の殻を捨ててもまだ命があると知ったならば、食い合い殺し合う生命の営み自体が非文明的で愚かしいものだと思えてくるものだ」

「なるほど、ご高説には感嘆いたしました。しかし、そちらにある1万を超える遺体、こちらに返していただけませんか。その代わり、こちらの兵を下げさせましょう。一時休戦とさせていただいて、弔いの時間を与えていただきたい」

「その間にわたしが船を地球へやらないと考えているのか?」

「あなたの目的は、人間から肉体を奪うことでしょう。だが、それを一方的に行うつもりはない。レイハントン、あなたはまだどのような形にすべきなのか迷っているようだ。ならば、こちらの要求を飲んでいただき、遺体を焼き弔う時間をいただきたいのだ」

「それが人間だというならば、君には失望することになる。だが、しばし考える時間をやろう」

そう告げるとやおらレイハントンは席を立ち、艦内のどちらともなく姿を消した。ラ・ハイデンは全軍にラビアンローズへの侵入を命令して、遺体の回収作業にあたらせた。


4、



「あれが本物のカール・レイハントンという確証がおありで?」

ヘルメス財団の緊急会議は紛糾していた。突然降ってわいたようなヘルメス財団の大物の出現にどう対処していいのか理解している者は、ラ・ハイデンも含めてひとりもいなかった。

「カール・レイハントンは宇宙を統べるような巨大な力を手にした偉大なニュータイプであったとの言い伝えは、あながちウソではないだろう。しかしどうも解せないのは、なぜいまになってということだが」

「それは反乱者たちが犯したことを思えば、あるいはレイハントンの子孫が再びこの地にやってきたことを思えば」

「理解できるというのか? そもそもあの巨大な構造物は何か。人工衛星のような形をしているが桁違いに大きい。あんなものをビーナス・グロゥブに隠して一体何がしたかったというのか。反乱というのならば、搭乗員を殺したのはなぜか。もうレイハントンひとりしかあの船にはいないのであろう? たったひとりでどうやってあんな巨大な船を動かすというのか」

「いまのうちにあの船を取り返せないか? あるいは暗殺も・・・」

「遺体回収以外の動きを見せるとどこからともなく攻撃を受けたそうだ」

「ではほかに乗組員がいるのではないのか?」

「思念だけといっていたであろう? 彼らは幽霊のようなものではないのか?」

肝心のラ・ハイデンは、犠牲者を弔うための葬儀に出席していた。スコード教の熱心な信者である彼は、市井の人間に混ざって犠牲者に祈りをささげるためこうべを垂れていた。

儀式が進むにつれ、ラ・ハイデンは、彼ら反乱者の多くに正式なIDがないこと、IDがなく勤め場所も不明なのになぜか家族はおり、一般人と同じように家族を持っていることなど続々と判明する事実に驚きながらも眉ひとつ動かさずじっと前方を見据えていた。彼は教会の椅子に腰かけ、間髪置かずやってくる役人の話に耳を傾けた。

火葬に向かう遺族にお悔やみを述べたラ・ハイデンは、その脚でヘルメス財団の会議に参加した。椅子に腰かけた彼はすぐに口を開いた。

「ビーナス・グロゥブよりパージされたものは、我々の祖先が地球に帰還する際に乗ってきた船だと思われる。あれはラビアンローズといって、移動式のドッグなのだ。外宇宙から戻ってくるほどの高性能であるから、我々の科学力より優れた古い時代の手強いものであろう」

「レイハントンはあれを隠して何をしたかったのか。もし我々が受け入れられる条件ならばすべて飲んで・・・」

「降伏するのか?」

「ではどうせよと?」

すぐに白熱する議論を、ラ・ハイデンは杖の音で遮った。

「ヘルメス財団1000年の夢に決着をつける時が来た。その当初の目的も忘却しつつある我らの前に、1000年前に理想を作り上げた人間が姿を現した。要はそれだけのことに過ぎない。あなたらはビーナス・グロゥブにおいて義務的労働に勤しみ、よってアグテックのタブーのいくつか解除され、本来の人間より長寿を享受している身であろう。であるなら、狼狽するのはよし給え」

ラ・ハイデンは右往左往するヘルメス財団の人間を杖の音で制した。これで少しは静かになったが、参集したヘルメス財団の高官たちの覚悟のなさには呆れる他なかった。停戦協定の猶予はすぐに過ぎ去り、ラ・ハイデンは何ひとつまとまらないまま総裁として再びレイハントンと対峙せねばならなかった。いっときどこかへ姿を消していたレイハントンは、再びラビアンローズの艦長席に座した。先に口を開いたのはラ・ハイデンであった。

「カール・レイハントンの望みを聞きたい」

「わたしの望みは君らを俗物に貶めているその肉体に価値はあるのかと問うことだ」

「問うこと。ならば応えましょう。生きることに価値がなければ、地球を生命の囹圄にするとのお考えも価値がないということになる」

「では問うが、生きるためにピアニ・カルータは何をしたか」

「彼は生きるために強くなろうとしました」

「殺し合いをすることで生物は強くなる。それは確かなことだろう。つまり、戦わせないことを選んだヘルメス財団の願いは間違っていたということでいいのか、ラ・ハイデン」

「行き詰ったのはあくまでビーナス・グロゥブの環境下においてのこと。この地で起こったムタチオンの恐怖が、ピアニ・カルータを極端な競争信奉に駆り立てた。彼の虚偽報告に騙され、地球にフォトン・バッテリーを過剰供給してしまった罪はこのラ・ハイデンのみが負いましょう」

「覚悟は良し。だが、いくら地球から遠く離れているからといって、聡明であった前総裁ラ・グーを謀り続けるのは個人の犯行では不可能。君の傍にいる多くの者が関与していたと告発したら君はどうする? レコンギスタの誘惑は彼ひとりが謀られたわけではない。もうずっとずっと前から、レコンギスタは肉体を持つ者らの願いであったのだ」

ラ・ハイデンはギュッと唇を噛んだ。

「あなたがそうおっしゃるのなら偽りはないのでございましょう。ヘルメス財団の中にピアニ・カルータの協力者はいましょう。肉体を持つ者はレコンギスタを目指すと?」

「その通りだ。人間の肉体は地球環境に適応して進化したもので、宇宙に適応したものではない。肉体は重力を求め、1Gの環境に戻りたがる」

「それを果たしてはいけないのでしょうか?」

「人の活動は地球環境に負荷をかけすぎる。だからこそアグテックのタブーを設け、フォトン・バッテリーの供給量でその活動を制限すると君らの先祖は約束したのだがな」

「それは守ります。法を犯す者はいつの時代もいるのは仕方がない。それをもって生命が無価値というのは極論に過ぎるのではありませんか、レイハントン」

「人間が法を犯すのは、肉体の維持を前提にするからだ。法を犯すことを仕方がないというから、人間は過剰を求め、過剰に安心する。そして俗物と化すのである」

「肉体を持った我々の命が、レイハントンの命、永遠の命より価値がないならば、我々は滅ぼされるべきなのだとそういわれますか?」

「それを決するために問うているのだ、ラ・ハイデン。わたしはジオニストにして、エンフォーサーである。わたしは最終決裁をせねばならない。肉体に価値があるというのなら、どうかこのわたしを説得していただこう。すべての人間が思念のみの霊体となって地球の守護者となることが、地球を生命の囹圄として半ば永遠に、その寿命が尽きるまで見守る尊い義務へと誘うことになる。人間が地球の資源を食い尽くし、多くの生命を絶滅に追いやることのどこに尊さがあるというのか。人は尊くなくともいいのだというのならば、いますぐ君らの命をその醜い肉体から剥ぎ取ってやってもいい」

殺されると感じたヘルメス財団の幹部らは一様に震え上がった。ラ・ハイデンは杖を突いて俗物たちの恐怖を抑え込んだ。壮健にして美丈夫のラ・ハイデンは、不利と分かってなお果敢に議論を挑んだ。

「カール・レイハントンに問う。ではあなたはなぜ我々が肉体を持つのを黙って見過ごし、ビーナス・グロゥブに天体ほどのフォトン・バッテリーが積み上がるのを黙って見ていたのですか? 500年、あるいは1000年前に、肉体に戻るすべを断っていたならば、何の憂いもなかった」

「それが猶予というものだ。肉体を持つ者らは、人間の過剰を戒め、地球人類を秩序正しく導くことができると考えていた。その時間を与えたまでだ。そして起こったことが、クンパ大佐事件であり、今回のジムカーオの反乱である」

「やはりジムカーオが反乱を起こしましたか」

「あれは元はクンタラであったが、ニュータイプ試験の成績が良く、従わねば身内の命を奪うと脅され、泣く泣く教義を捨ててエンフォーサーに加わった男の残留思念だ。おそらくビーナス・グロゥブに古い資料があろう。彼がラ・グーより古い人物なのは、肉体を捨てた存在であるからだ」

「ではこういうことになりましょう。ピアニ・カルータは我々の罪。ジムカーオはあなた方の罪です。肉体を持つ者の罪というならば、そうなるはずだ」

「クンタラは肉体の継続のみに生き、約束の地カーバへ魂を運ぶことが血統の義務とされている。それを捨てさせられたことがおかしくなった原因である。これも肉体があるがゆえの悲劇であろうに」

「クンタラとおっしゃった。クンタラはかつて永遠の命を与えられなかったのか、それとも拒否したのか。正直にお答えいただきたい」

「そのどちらもだ。クンタラは食人習慣の被害者の総称である。わたしの提案を彼らは拒否したが、別の場所では与えられなかったかもしれない。クンタラは永遠の命を拒否した。それは、彼らがその肉体を魂を運ぶための道具として位置付けていると知ったゆえ、こちらも無理強いはしなかった。彼らは生きるためにどんな汚いこともする。そして蔑まれる。それでも、魂をカーバに運ぶ器としての存在をやめなかった。その教義はかなり強力なのである。ジムカーオはそうした存在であることを奪われて、思念体をなった。いまも地球圏にそれはある。彼が何を望んでいるのかおおよそはわかるが、彼の目論見は失敗するであろう。ビーナス・グロゥブより援軍が来ないからだ」

そのとき、ヘルメス財団の幹部のひとりが話に割って入った。

「レイハントン閣下に是非お伺いしたい。貴殿は先ほどより永遠の命を持つ者と肉体の命を持つ者を対比させておられる。では、ベルリ・セナムとアイーダ・スルガンはどうなるのですか? あなたの血を分けた子孫なのでしょう? ご自身が子孫を残しておられるのに、我々は否定なさるのか?」


5、



トワサンガに寄港したメガファウナを降りたノレドとラライヤは、ノレドが借り受けることになっているサウスリングの小さなアパートへと荷物を運び込んだ。

ノレドはさっそく窓を開けて、新しい自分の住処の外に何が見えるのか確認した。そこはキャベツ畑であった。刈り入れ前で紐で縛られたキャベツがいくつも黒い土の上に並んでいた。堆肥の臭いが気になったノレドは、いそいそと窓を閉めた。

「ちょっと臭いでしょう?」ラライヤは笑った。「ここは以前フラミニアと一緒に暮らしていた部屋なんです。堆肥が臭ってくるので部屋代が安くて。でも交通の便はいいんですよ」

「んー、眺めはいいけどねぇ」

「収穫後にいらない葉を切り落としてそのまま次の堆肥にするんですけど、そのときが1番臭くて」

「あーーーッ」

窓の外に農家の馬車を見つけたノレドは、また窓を開けて大声で声を掛けた。元気な声に驚いた農夫はそれが一時はレイハントン家の妃になるはずだったノレド・ラグだと気づくと、馬を繋いで窓の外に駆け寄ってきた。

「王妃さま」

「よしてくださいよー」

「いや、王妃さま。聞いたかね? ついにビーナス・グロゥブから何かが来たって。でも、運搬船だけじゃないというんだ。わしら、殺されちまうのかねぇ?」

ノレドとラライヤは思わず驚きの表情を突き合せた。

それと同じころ、ベルリ失踪以降事実上のトワサンガ総裁を務めていたハリー・オードは、解散すると決めたばかりのトワサンガ防衛隊を再招集して使えそうなモビルスーツをかき集めることに奔走していた。

レーダーに映し出されたのは、彼が薔薇のキューブと呼ぶものと、無数の艦艇だったのである。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第33話「ベルリ失踪」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第33話「ベルリ失踪」前半



1、


ザンクト・ポルトで起こった幽霊騒動以来、トワサンガの王子ベルリ・ゼナム・レイハントンの行方が分からなくなってしまった。このことはトワサンガの事実上ナンバー2になっていたハリー・オードによって伏せられ、トワサンガと地球との間の交信や交流は一時的に一切閉ざされる事態になった。

関係者からの聞き取りによって、ベルリがノースリングに秘匿されていた初代レイハントンの愛機カイザルを起動させた瞬間に消えたことが判明していた。同時にザンクト・ポルトのスコード教大礼拝堂にある思念体分離装置と呼称されているものの中に出現後、再び姿が消失したこともわかっている。ハリーは待機中だったメガファウナのドニエル艦長を状況確認のためにザンクト・ポルトに派遣した。

ベルリ失踪後、つまりカイザルという赤い古めかしい機体が消えてなくなってから、ノースリングは再び回転を開始して重力を発生させていた。これによってシラノー5のすべての機能は回復、ハリーはベルリの参与と相談の上でセントラルリングに移していた行政機能のノースリングへの移設作業を進めさせた。ベルリの計画では、行政機関の機能回復が終わった後に、ブロックごとの代表を選出させて臨時の議会を作り、さらに議会の代表を決めさせて王の権限をもって全権力を議会に移管するとなっていた。それが済んだのちに、ベルリは王政の廃止を宣言する手はずになっていた。

ノースリングの再開は、ベルリから権力を奪う行為であり、それをベルリの承認なしにハリーの権限で行うのは問題があった。だが、ハリーもまた現在の地位にとどまるつもりはなく、アメリアに戻っていったキエル・ハイムの後を追うつもりになっていたのだ。ディアナ・ソレルの親衛隊隊長であった彼は、すべての義務を終えたのちに、キエルの気持ちに沿ってみるのもいいという気分になっていた。物語の終わりは近い。ディアナ親衛隊の物語は終わったのだ。

宇宙に生まれた彼だったが、そこにムーンレイスが築いた文明はもうない。そこは故郷ではなく、ではどこに身を置いて生きていくのかと考えたときに、それは地球の、キエル・ハイムの傍にしかないように思われたのだ。そして、ディアナの墓は地球にある。決断の時は迫っていた。

「モビルスーツ隊を解散する?」

ハリーはトワサンガに移住した彼の部下たちに、警察組織の再編にモビルスーツを活用しないことを伝えた。モビルスーツパイロットたちは驚きを隠せなかったが、月で起きたフィット・アバシーバの反乱の原因が、モビルスーツという機動兵器であったことも良くわきまえていた。モビルスーツがある限り、それは必ず悪用され、宇宙世紀の悲劇は繰り返される。モビルスーツの歴史は、終わらせねばならなかった。ハリー・オードはパイロットたちに自分の気持ちを伝えた。

「いつかこの兵器は忌み嫌われ、人類自身が罵倒の末に捨て去る日が来る。それを議会や、あるいは民衆の、操縦したこともない人間にされるのは忍びないのだ。この兵器とともに修練を積んできた我々の手で幕を引きたい。君らの処遇については決して悪いようにはしない」

「軍隊はできないのですか? まだ宇宙のどこから帰還してくる人間がいるとも限らないでしょう。金星にあれほどの文明があるんですから、木星にだって誰かがいるかもしれない」

「リックの言うこともわかるし、検討もされた。だが、宇宙に散らばっていったラビアンローズのうち、地球に帰還した2隻はいずれも失われたのだ。もしあるとすれば、ビーナス・グロゥブが分離後に殲滅しなかった場合だが、もしそれをしないのであれば、フルムーンシップとクレッセントシップは地球に預けられなかっただろうというのがベルリ王子の出した結論だった。敵がラビアンローズを持っていた場合、すでに勝ち目はなくなっている」

「しかしそれではあまりに無責任ではありませんか。未来の子供たちに対して無責任だと自分は考えますが」

「戦争の道具を放棄することをもって平和と見做すのは確かに無責任だ。だが、目に見えない場所にいる圧倒的戦力差のある敵を仮定して、果てしなく宇宙に進出してしまったことが宇宙世紀の失敗であったことも事実だ。どこかに敵となり得るものがいるのではないかと探し回った挙句、繰り返されたのは地球人同士の戦いだった。これはいつかは終わらせねばならない。オレとしては、500年後にまだ戦争の火種が残っていたことの方がショックだったがな」

こうしてムーンレイスが使用してきたスモーは、動力源を入れ替えて工作機械として再利用されることが決まった。モビルスーツの操縦に未練のある者は工作機械のオペレーターへと転身していった。

こうしてハリーは、ベルリが計画していたことを次々に果たしていった。しかし3日が過ぎ、1週間が過ぎてもベルリが姿を現すことはなかった。


2、



ザンクト・ポルトのスコード教教会はアグテックのタブーを破ってトワサンガとの遠距離通信を行っていた。それを調査隊によって暴かれたとき、彼らは特に言い訳をするわけでもなく開き直って弁護士をつけるように調査隊に要求した。

幽霊騒動などがあったものの、ザンクト・ポルト調査隊の仕事は着実に進んでいた。ノレドと護衛役のラライヤもチームに参加して馴染みの顔もできていた。そんなふたりの様子を安心した様子で眺めていたドニエルは、ベルリを乗せたままいなくなった謎のモビルスーツの行方を探るためにメガファウナで出港していった。ドニエルが月から運んできた物資によって、ザンクト・ポルトの経済活動は再開された。ノレドは艦長に改めてベルリのことを頼むとお願いして送り出した。

話を聞いたときショックで一時的に寝込んだノレドだったが、すぐに調査チームに合流して仕事を開始した。彼女は歴史政治学の面白さを感じ始めていた。

「歴史は修正されるものなんだね」

ドニエルが運んできた物資によって、ピーナッツバターを塗っただけだったサンドイッチの食事が改善されてサラダとエビを挟んだものに代わっていた。ノレドはザクザクと大きな音をさせながらサンドイッチを平らげて椅子に背もたれた。

僅かな期間で学んだこと。それは歴史は曖昧模糊とした実態に資料をあてがっていってひとつの形にするというものだった。ノレドが学んできた歴史は、誰かが書いたものに過ぎない。それは学会という場所でおおよそ正しいとされている事実とおおよそ正しいとされている解釈によって並べてあるだけなのだ。大学というのは歴史を暗記する場所ではなく、歴史を修正するために正しいルールと正しい主張方法を学ぶところであった。

護衛役でしかも年齢が一緒ということもあり、ラライヤも学生たちに混ざって学んでいた。彼女は部外者であることを心得ていたので控え目であったが、軍籍のある彼女の意見は時として教授と学生では思いもつかないものもあった。それは戦争の終わりについての話で、学生たちは戦争は終わるくことなくずっと続いていると思い込んでいたが、ラライヤは戦争には多くの終わりがあり、終わりの連続だと意見したのだった。戦争には予算があり、作戦行動が決まっている。それらが終われば戦争は終わりだというのが軍人である彼女の話だった。

「面白いことがいっぱいありますね」

ラライヤは学生と過ごすことがまんざら嫌いではないようだった。身寄りがなくフラミニアの世話になりながら生きてきた彼女は、身を立てるために軍籍を選んだ。フラミニアはラライヤを利用するために近づいただけだったとしても、軍籍に身を置いてレジスタンスの思想を学んだことで彼女は学生たちより少しだけ大人びている。

「あたしね」ノレドは自信なさそうに呟いた。「ずっと世の中にはわからないことだらけだったから、大学に来ればいろんなことがはっきりするのだと思っていた。違うんだね。ラライヤのさっきの話もそうだ。戦争は作戦が終わればそこで終了、毎年予算編成があって、毎年そこで戦争が終わるチャンスがある。ゴンドワンとアメリアの大陸間戦争も、毎年予算が組まれていて行われただけ。だとすると、アメリア軍総監だったグシオン・スルガンが宇宙の脅威を訴えたのだって、戦争を継続させて予算を要求するためにやったことなのか、共通の敵を作ってゴンドワンとの間の戦争を終わらせるためなのかわからなくなってくる。こういうことが分かるようになると思っていたのに、大学に来るとわかっていたと思っていたことが全部曖昧になって自信がなくなる」

シラノ大学のアナ・グリーン教授は、そっとふたりの話に口をはさんだ。

「だから資料が貴重なのよ。資料がたくさんあって、それを読み込んで真実を探っていくの。ドニエルさんから聞いたんですけど、ハリー警察庁長官は初代レイハントンとムーンレイスの戦いについて多くのことを書き残してくれるのだとか」

「先生は資料があった方が嬉しいんでしょ? だったら初代レイハントンについてそれが新資料になるってことよね」

「そうね、でも資料は誰かが書き残したことだけが資料じゃない。ハリー長官にお暇が出来たらインタビューを取っていろんな話を聞いておかないと。出来る限り多くのことをね。500年前の歴史の証人が目の前にいてまだお若くていらっしゃるのだから、レイハントン家との戦いだけじゃなく、もっと様々な、例えば500年前のディアナカウンターのことなども」

「それでも歴史で何かがはっきりと姿を現すことはなくて、何かはっきりと見えたと思ってもそれは間違いかもしれないと。どんどん修正されていくんでしょ?」

「それを何度も何度も繰り返して、徐々に真実に近づいていくのよ。でも真実に近づいたと思ったものがいっぺんにひっくり返っちゃったりもするけど」

ラライヤが空から落ちてきて、カーヒルとデレンセンがその身柄を争ったときから、語るべき歴史は始まったのかもしれない。しかし、語るべき歴史の真相は闇の中だ。クンパ大佐が行ったことですら、どのように調査を尽くしてどのような詳細な報告書が作成されようと、真実は暗がりの中にあってその姿を見せることはない。

必要なのは、自由。自由な人間の思考と自由に使える時間なのだ。自由がある限り、必ず真実の傍に辿り着くことはできる。たとえそれが後に真実でないと判明しても、それはまた1歩真実に近づいた証左なのだ。特に歴史政治学は、渦巻く権謀術数と複雑な人間関係を読み解いていかねばならない。時代に特有な価値基準も違えば、言葉も違っていたりする。行動と結果が真逆になることも多い。

これはとんでもない代物に手を出してしまったものだとノレドは考え込んだ。傍らに座っていたラライヤが不意に話し始めた。

「初代レイハントンが乗っていたカイザルというモビルスーツは、古式ゆかしいデザインで流麗なラインと赤い塗装で有名なんですけど、あれって冬の宮殿で観た赤いモビルスーツと関係あるんですかね? 冬の宮殿で見た限り、赤いモビルスーツというのはスペースノイドの代表として期待され戦った人物らしいのですが」

「うーん」ノレドは椅子の上で胡坐をかいて腕を組んだ。「トワサンガのことはあまり知らないけど、有名なの?」

「王家の始祖に当たるわけですから、そりゃ有名ですよ。とても優秀なニュータイプで、世界を自在に操る力があったとか。でもこれも真実じゃないんでしょうね」

「ベルリが乗ってこっちに来たのって、カイザルだったの?」

「乗ったのはカイザルらしいのですが、こっちの思念体分離装置にはハッチのところしかなかったので機体名を特定するのはちょっと」

「初代の機体が隠されていて、乗ったら突然消えて、多分こっちに来て、ハッチを閉じたらいなくなっちゃった。でもあたしはベルリの身に何かあったとは思えないんだよ。何か感じるというか、どこかにいる気がしてならない。近くなのか遠くなのかはわからないけど」

「初代レイハントンの愛機に子孫のベルリが乗ったら何かが起きた。しかもカーバらしき場所にやってきた。思念体分離装置のある場所がカーバじゃないかっていうのはノレドのアイデアだけど、そもそもあれが思念体分離装置なのかどうかっていう問題も」

「解決されていない。あー、これが歴史を学ぶってことなんだよ、きっと。決着はなくて、ずっと答えを追い求めて考え続ける」

ラライヤとノレドの会話は微妙に噛み合っていなかった。ラライヤは話を続けるべきか悩んだが、ベルリに関することなのでそのまま考えを話しておくことにした。

「ハッパさんがずっとサイコミュというのを研究していたでしょ。サイコミュはアンドロイド型のものにも、G系統のいくつかのモビルスーツにも、シルヴァーシップにも搭載されていた。ニュータイプと呼ばれる人たちはサイコミュの中に思念を入れて操縦することができた。元々は増幅装置みたいなものなのに、隕石落としのときの奇跡から何かが変わった」

「うん」ノレドはラライヤの話についていけていなかったが、話はちゃんと聞いていた。「アクシズが落ちてきたときに何かが変わったのだと思う」

「当然カイザルにもサイコミュ、それも隕石落としの時代からは想像もつかないような進化したサイコミュが搭載されているはずですよね」

「ああ、うん」

「そのサイコミュの中に、初代レイハントンの残留思念が、ほぼそのまま残されていたとしたら、そこに乗り込んだベルリはどうなったと思います?」

「!」

「戦争は必ず終わりがありますけど、残留思念にとっての戦争の終わりというのがどうもイメージできなくて。彼らはずっと永遠の命を生きることもあるわけでしょ?」

「うん・・・」

「永遠の命を持つかもしれない王国を作った戦争の英雄が隠し持っていたモビルスーツって、本当にただの機械なのかなって」

ノレドは真顔になった。

「カイザルが初代レイハントン自身かもしれないってこと?」

「だとしたらノレドはどうします?」

「本人がいるのなら話を聞くしかないでしょ! 歴史の真実に近づくには、とにかく情報、資料。伝聞なんかじゃない。本物なんだよ!」

「わたしはもしそうだとしたらちょっと怖いんです。だって、イメージと全然違うかもしれない」

ノレドとラライヤは、それをアナ教授に話してみた。アナは飛び上がらんばかりに驚いて、初代レイハントンについて自分が知っていることを熱く語り出したのだった。


3、



ムーンレイスが封印されたのちの時代、歴史の針は、再び意味を持とうとしていた。

ビーナス・グロゥブではオリジナルと呼ばれる人間の復元作業が順調に進みつつあった。オリジナルといっても最初に復元されるのは、オリジナルを生み出すための短縮成長する個体であった。それらを母体として胚を移植し、地球から出立したときの人間と同じものを作り出すのだ。記憶は受け継いだり書き加えたりはせず、教育によって覚えさせられた。最初に生まれた子たちは30年で大量の子供を産み落とし死んでいった。

そのころになるとアンドロイド技術が禁止された。アンドロイド技術は元々ラビアンローズの情報ストックの中には存在しない技術で、宇宙世紀中はずっとタブー視されていたものだった。アンドロイド技術は、宇宙のどこへ行き、どこから戻ってきたのかわからないある小集団がもたらしたものだ。彼らがラビアンローズの帰還に合流したとき、思念体の分離とそれを入れる器としてのアンドロイド技術がもたらされ、コールドスリープの技術に取って代わった経緯があった。ニュータイプという言葉を帰還者たちにもたらしたのも彼らだった。それまでは、ニュータイプとは忘れ去られた過去の言葉だったのである。

ビーナス・グロゥブは生体を維持するために多くの資源衛星が運搬され、人も増えたことからにわかに活況を呈した。生きた人間たちの生み出す騒音は思念体にとって耐えがたいノイズとなり、生体に回帰するものが増え数も減ってきたことからオリジナルから隠されることになった。ビーナス・グロゥブは任期付独裁制を採用して、同世代の物事は議会でコンセンサスを作ってから総裁が決裁する仕組みを採用した。だがそれでは政策の継続性が担保されない。そこで新時代の基本的理念が定められ、それらの継続性の担保は行政の中に隠れた思念体の集団が担当することになった。

ビーナス・グロゥブには、宇宙世紀時代の失敗を繰り返さぬよう資源の枯渇した地球にエネルギーを送り続けながら戦争をさせないようにコントロールする大目標があった。そのためには膨大な労働力を投入してエネルギーの生産を行わねばならない。これを共通思念を有さない、つまりオールドタイプに他ならないオリジナルの人間たちが継続することは困難だった。実際何度も地球への帰還運動、レコンギスタ思想による反乱が企てられた。地球は圧倒的武力によって征服すればよく、フォトン・バッテリーの生産は奴隷であるクンタラにさせようと議会で提案されたのだ。こうした動きを裏で封じ込めてきたのが、行政組織の中に隠れた思念体の集団だったのだ。彼らは時の政治運動が大きく理念を逸れた場合にそれらを完全に潰してしまう権利を有していた。彼らは執行者、エンフォーサーを名乗り、人類の理念的逸脱を未然に防いできた。

ビーナス・グロゥブで人間が再生されてから100年が経過したころ、突然地球への中継地であったトワサンガから独立宣言が舞い込んできた。ビーナス・グロゥブの議会、つまり肉体を持ち精神が断絶した人間たちは、地球への帰還をトワサンガが阻むのではないかと大騒ぎになったのだが、カール・レイハントンがすでに人体化してその子孫が王としてトワサンガを支配していることや、シラノ-5というコロニーで人間の生活が始まっていること、また滞りなく軌道エレベーターが完成されたことなどからこの話題はいつしかうやむやのうちに報道されなくなった。この問題も、ビーナス・グロゥブの官僚組織を担うエンフォーサーが事態を鎮静化させたのだった。実際は思念体であるカール・レイハントンは当たり前のように存在していたし、エンフォーサー同士でビーナス・グロゥブとトワサンガの官僚組織は繋がっていたのである。

人体としての子孫が存在していることで、ビーナス・グロゥブの使節団は、カール・レイハントンが死んだものと結論付けた。死ぬというのは彼自身が人体化して朽ち果てたとの判断だった。カール・レイハントンの子供は父のアバターとクンタラであるサラ・チョップ軍医の子供であったが、それはエンフォーサーによって情報が改竄されて真実は隠蔽された。カールやチムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカなどは、これほど簡単に騙されるオールドタイプに恐怖したほどだった。

先遣隊として月の宙域にやってきてムーンレイスと戦争が始まって100年が経とうとしていた。すでにメメス・チョップ博士もサラ・チョップ軍医も亡くなりこの世にはいない。メメス博士はキャピタル・タワーと名付けられた軌道エレベーターと生体維持機能を持ったスペースコロニー・シラノ-5の建設に尽力して、人としてはかなりの高齢になるまで生きたが、サラは出産後まもなく死んでいた。彼女の思念はしばらく子とともにあったが、やがて子に孫が生まれるとカルマ・フィールドに還っていった。それきりカール・レイハントンが彼女を感じたことはない。

カール・レイハントンも当初使っていたアバターを放棄して、表向き禁止されたアンドロイドやアバターの子孫であるがゆえに精神を乗っ取りやすい自分の子孫の肉体を使うなどして、自分が作り出したトワサンガの行く末を眺めていた。彼ら思念体の時は止まっているが、肉体のある者らの時は動いている。メメス博士が選別した感応力の強い個体は宇宙へ上げられ、トワサンガの住人へとなっていた。スペースコロニーは人の声で溢れ、共感能力は使われず、人は会話で意思疎通を試み、多くの場合失敗していた。彼らのために資源が運ばれ、ラビアンローズは巨大な資源衛星の上部に隠された。

エンフォーサーはビーナス・グロゥブとトワサンガのラビアンローズを支配していた。肉体を持った人間であるオールドタイプと、思念体として純化したニュータイプのどちらが優れ、地球を支配すべきか決するときが来ても、オールドタイプに敗北することは考えられなかった。そうであるがゆえにレイハントン家はヘルメス財団に積極的に協力した。財団の計画はトワサンガの協力も得て着々と進み、地球人類のフォトン・バッテリーの供給による再文明化は滞りなく進展した。人類はかつてあった栄光の時代を取り戻しつつあり、フォトン・バッテリーの技術を核とした産業革命の時代を超えて、再び宇宙世紀の黎明期へと近づきつつあった。

フォトン・バッテリーの配給制度は人口爆発を抑制していた。ユニバーサルスタンダードの徹底は平等な競争と技術の独占を阻止していた。スコード教は宗教対立の芽を摘んでいた。離れた地域に暮らしながらも、人間は過度に対立的であることを禁忌にしていた。ヘルメス財団の計画は完全に成功して、人間同士が再び宇宙世紀を繰り返すことなど起こりようもないと安心しきっていたとき、メメス博士が怖れ危惧していたことがビーナス・グロゥブで起こり始めた。それがムタチオンであった。

肉体を捨てて永遠の命になることを覚えながら、再び肉体の世界に戻ったビーナス・グロゥブの住人たちは、強い義務意識の裏側に、強い特権意識を持っていた。彼らは自ら定めたアグテックのタブーを破り、長寿を欲した。それは禁忌となっているはずのアンドロイド技術を応用してボディスーツを生み出し、肉体を保持したまま永遠に近い命を得ようと模索し始めたのだ。その結果、酷使され老いた遺伝子はムタチオンに蝕まれていった。

エンフォーサーたちはその動きを注意深く見守っていた。人類の肉体が正常に稼働するのは50年ほどであり、自らその短命を受け入れ肉体に戻っていった者たちが、死を怖れ、特権意識を振りかざして長寿を目指すことは滑稽極まりなかった。肉体は滅び、精神は消滅する。ならば、死を恐れず50年で死ねばいいだけのことだし、死にたくないのならば己が思念の強さに賭けて肉体からの解脱を図ればよいだけのことなのだ。どちらも選ばず、ただ死の恐怖に怯えて資源を無駄に使って延命を図る。その無駄が誰かの負担になるとは考えもしない。個という卵の中の世界で生まれる前から死を怖れ、自死に繋がるタブーを犯し始めたのだ。

ムタチオンの恐怖は、ビーナス・グロゥブに脈々と流れるレコンギスタ派を久しぶりに復活させた。中心人物のひとりはビーナス・グロゥブの公安局官僚だったピアニ・カルータ。彼はビーナス・グロゥブのラ・グー総裁に外宇宙からの恐怖を吹き込んでモビルスーツの開発を再開させ、トワサンガに亡命するとレイハントン家に仕え、その裏でレイハントン家と対立させるためにドレット家に肩入れしてトワサンガに競争をもたらした。彼はそれが人間の遺伝子を強化すると信じていたのだ。

激しい対立の中で、レイハントン家の血筋は失われた。地球に亡命させられたふたりの遺児が何代目の子孫になるのか、カールにはまるで興味がなかった。それはレイハントンでありながら、自分ではない何かであった。子孫といえど接点はなく、たまたま使っていたアバターの形質を受け継いでいるだけに過ぎない。

ピアニ・カルータが起こした対立を生み出す一連の行動は、うやむやのうちにその死をもって終わった。

カール・レイハントンは、たったひとりの人物が工作しただけで、人間同士が再び争い始めるのを目にした。ヘルメス財団が目指したものは簡単に崩壊した。かくも簡単に争いごとを始める人間。肉体の限界を受け入れない人間。他者の犠牲の上に福祉を成り立たせようとする人間。人間は肉体という限界にぶち当たるたびに不正を働き、タブーを犯し続けた。

人間は、進化などしなかった。

肉体という囹圄の維持が自己目的化するのだった。

肉体を捨て去って久しいカール・レイハントン、チムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカにとって肉体は、単なる道具でしかない。目的に応じて使用する汎用型生体アンドロイド、いわばモビルスーツなのだ。機械式や生体式は目的に応じて選ぶ。それが人間型機械としての巨大MSであることもあれば、戦艦であることも、恒星間宇宙船であったりもする。人間の形をしている必要はないのだ。道具には目的に応じた形がある。

肉体を持った人間は、意識をその囹圄の中に閉じ込め、生存本能に支配される。真の生存は肉体を離れてから生じるのだと知らない。宇宙世紀初期に顕在化したニュータイプ現象も、人間の生体機能の拡張と認識され、研究もそれに沿ってなされた。それはすぐにソフトウェアの開発に取って代わられ、廃れていった。

ニュータイプ研究が復活したのは、恒星間移動を頻繁に行うようになってからだ。コールドスリープに代わる技術の開発が、偶然人間の思念を肉体から分離させた。新しい人類は遠く銀河中心部において生まれたのだ。

カール・レイハントン、チムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカの3人は500年の時間経過に何ら意味を見出せないとの結論に至り、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーと500年ぶりにコンタクトを取った。ところがそこにいたのは、すでに肉体化して久しい思念体の子孫たち、言語化しなければ意思疎通ができないオールドタイプとなった仲間たちの末裔たちであった。

彼らは他の肉体化した人間と何ら変わらぬ存在でありながら、思念体であったとの記憶が何らかの形で受け継がれ、自分たちを優生と見做して特権階級を形成していたのである。

競争によって優生と劣生を明らかにしながら人類の進化と進歩を目論むピアニ・カルータの戦いは終わった。次に起こったのは、ニュータイプを優生と見做して優生と劣生の戦いを引き起こそうというジムカーオという人物の戦争行為だった。これは大きな誤謬があり、前提が間違っている酷い代物であったが、すでに思念体としての思考を理解することもできなくなった肉体を持った子孫たちには通じなかった。

カール・レイハントンら3人は、ジムカーオなる人物の目論見を阻止するために現実の世界に関与することに決めた。ジムカーオという人物はかなり強力な思念を持ち、目的を遂行しようとしていた。チムチャップとヘイロは思念体のままサイコミュ搭載型の機体に関与してジムカーオを探る傍ら戦争にも参加した。アバターと人間の交配種の子孫で、感応力の高いラライヤ・アクパールにはチムチャップがリンクして補助的な役割を果たすことになった。

そして、カール・レイハントンは、ビーナス・グロゥブのラビアンローズに500年ぶりに戻り、使われることなく封印されていたアバターの製造を行った。彼の肉体や古式ゆかしい正装が復元され、彼は再び重力に脚を引かれる感覚を思い出した。

資源衛星を抱き込んで一体化していたビーナス・グロゥブに、大きな爆発が起ころうとしていた。警報がけたたましく鳴り響き、ラビアンローズの全機能が蘇ろうとしていた。彼は肉体を持った愚かなかつての仲間たちのなれの果てに苦笑しながら、静かに艦長席に腰を落ち着けたのだった。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第32話「聖地カーバ」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第32話「聖地カーバ」後半



1、


ムーンレイスの冷凍睡眠処置が終わって3日後のことだった。彼らの情報を整理していたヘルメス財団先遣隊の5名は、ムーンレイスが地球から移民してきた人類であると知って、その歴史へのアクセスを行っていた。ムーンレイスの歴史資料は一瞬で解析されたが、曖昧な点を議論するためにクンタラのふたりを加えて口頭による議論を行うことになった。

5名の内訳は、隊長は軍所属のカール・レイハントン、同じく軍所属のチムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカ、研究員のメメス・チョップ博士、軍医のサラ・チョップであった。カール以外の軍籍2名は女性性を選択し、男性性を選択したカールと肉体関係を持っていた。メメスは生まれつきの男性、サラは女性である。

サラはメメス・チョップの娘だった。クンタラのふたりは志願しての参加とされていたが、メメスはカールの政治的支持者であった。肉体と思念が一体であるオリジナルのメメスとサラは、おそらく任務中に死を迎えるはずであった。彼らの思念が残るかどうかはわからない。

軍籍の3人は肉体を持っていない。忘れて久しいほど古い時代に思念体となって、以後必要なときだけ肉体を再生して生きている永遠の命を持った人類であった。カール・レイハントンは金髪碧眼、チムチャップは浅黒い肌のアーリア系、ヘイロはサモア系の豊満な身体である。3人とも自分のオリジナルに近い人種を選択している。

ヘルメス財団は、思念体を捨てて肉体という囹圄に戻ろうとする一派と、それを拒否する一派に分裂していた。しかし、思念が共有される彼らは、クーデターのようなものを起こせない。ふたつの意見は全員に共有されたまま、集団を分裂させることなく存在している。

肉体に戻ろうとする一派はレコンギスタ主義と呼ばれ、宇宙での進化を否定して地球人の姿に戻って地球に帰還することを目標にしている。それはヘルメス財団の新たな目標とされ、そのために膨大な資源とエネルギーを貯蓄はすでに始まっていた。カール・レイハントンは地球圏調査のための先遣隊であり、異なる意見を持とうと任務の遂行は義務として必ず果たされる。

彼ら5名は月の周辺域にラビアンローズを運搬中、ムーンレイスと遭遇した。月の裏側を開発する予定だったヘルメス財団は、与り知らぬ帰還者の存在に警戒したが、彼らがいわゆる思念と肉体を分離できないオリジナルだとわかり、カール・レイハントンに討伐を一任した。

ムーンレイスはたった3名の軍隊にそうと知らないまま全面敗北したのだ。彼らの戦艦ステュクスは、ラビアンローズが必要なときだけ組み上げる簡易型戦艦で、艦隊全体がひとつの作戦によって連動するものだ。ニュータイプ生命体を前提にした艦であるため、その歴史が失われていたムーンレイスにはまるで未知のものだったに違いない。

チムチャップ・タノ中尉が議論の進行役を務めていた。

「混乱が見られますが、ムーンレイスは外宇宙からの早期帰還者が地球文明と接触して起きたごく短期間の政体でよろしいでしょう」

残り4人のうち誰もその結論に異論をはさまなかった。ムーンレイスは地球で起きた最終戦争前に地球に帰還して、その特出していたテクノロジーによって逆に地球の終焉を早めた悪しき人類だったのだ。彼らの使う正暦もどこが起点なのか判然としない。

「ビーナス・グロゥブからの指示で、冬の宮殿にある映像情報は全面的に保存せねばならないようですが、カール大佐、例の場所のことはいかがいたしますか?」

例の場所というのは、カールがムーンレイスを追いかけて引きずり込まれそうになった地球と宇宙の境目にある場所のことだった。

「宙域情報を特定しました。かつて隕石落としがあった宙域に、思念体に作用する何かがあるようですが、サンベルト上空ですので軌道エレベーターの終着ナットにでもして封印できるかと」

軍籍の3人は瞬時に情報を共有できるが、クンタラのふたりは言葉で判断する。カールは彼らを未熟で危うい存在だと蔑む。一方で彼らは無能ではなく個としての判断には優れた能力を発揮することもある。なぜ肉体を捨てないのかカールには不思議でならなかった。

「地球文明崩壊に立ち会い、地球環境の自律的回復を待ったのちに再入植するつもりが、手違いで地球人との争いになった。おそらくこんなところでしょう。彼らが黒歴史と呼ぶのは文明を崩壊させた歴史、地球の歴史そのもののことでしょうから、ヘルメス財団の考え方とも一致します」

メメス博士は頬をポリポリと引っ掻きながら考えを述べた。

「彼らは宇宙世紀後期の技術体系から進歩しないうちに地球に帰還してしまって、何かおかしな装置でも作ってしまったんじゃないかな」

「そのころの地球人というのはオリジナル?」カールは疑問を口にした。「ああ、そうか。オリジナルだからこそ対立があったわけか。文明崩壊直前の人間同士の対立とはどんなものだったろうね」

「そりゃもう」メメスは嬉しそうに両手をグシャグシャ掻き回した。「互いに全く話が通じないような状態でそれでも何か話すのをやめられない、みたいな?」

「最悪だな」カールは顔をしかめた。「抵抗を諦めさせようとアムロ・レイの名前も出してみたのだが、ムーンレイスは知らないようだった。伝わっていないのか」

「人も時間も断絶だらけなんでしょうね」

「そんなものは人間と呼べないだろう。人間というのは繋がり合っているものだ」

「それは・・・」サラは思わず口答えした。「肉体を持っていれば人間は誰しも他人に触れられたくないものはあるんです」

「肉体がバイザーみたいに自分を他人から隠してくれると思っているのね」チムチャップは黒い髪を引っ張った。「殻の中に閉じこもることが当たり前になるとそうなるのかしら」

「解放された思念を知らないわけだから」メメスはこの任務に就いてから絶えず笑みを浮かべるようになっていた。「肉体の限界を超えた思念は我々クンタラにもムーンレイスにも理解できるはずがない。意見の相違が対立に発展して殺し合いになることを皆さんが理解できないように」

「ヘルメス財団はそんなものに退化しようというのか」

カール・レイハントンは大きな溜息をついた。メメスが応えた。

「大佐、ヘルメス財団は安全に利潤を確保して快楽を追求する団体ですよ。彼らは快楽のために人類に戦争をやめさせなかった。だから大佐が肉体のアバターを使う任務に志願したとき、喜んで送りだしたわけです。チムチャップ中尉とヘイロ少尉を女性化させて同行させたのも、大佐に肉体の快楽を思い出させるためとこのメメス想像いたしますが?」

「そうなのか?」カールはチムチャップとヘイロに話を振った。

「さあ」

ふたりは首を傾げた。3人とも性行為中は思念をアンドロイドに移していたのだ。

「ありゃありゃ、そりゃ残念」

メメスは心底残念そうだった。身体的欲求を快楽や苦痛と認識して、それを味わおうという考えすら3人はなくしてしまっていたのだ。メメスは話を続けた。

「大佐や随伴のおふたかたはですね、人類の歴史はニュータイプによって作られたわけじゃないことを理解しないといけませんよ。快楽、苦痛、嫉妬、悲痛。それらを分かち合えない悲しき生物だから滅亡の危機に瀕し、ヘルメス財団が救おうとしているのですよ」

ヘイロが抗議した。

「そんなものに退化したらまた同じことを繰り返すだけでしょ?」

「快楽を味わいつつ、戦争をしない仕組みを模索しているんですよ。愚かなことにね」

彼らがムーンレイスについて理解できないことの多くは、肉体という囹圄に囚われた人間と、そこから解放された人間との決定的な相違であった。またカールら思念体の3人とメメス、サラの違いでもあった。チムチャップはサラに顔を向けて尋ねた。

「クンタラはどうなの? ヘルメス財団と一緒? 快楽を捨てられないの?」

「わたしたちは・・・」サラは困ったように父を見たが、父は言ってしまえと目で訴えていた。「快楽が目的ではないのです。人生の目的はカーバに到達すること。カーバに到達するには善行を積みませんと」

娘の答えはメメスをガッカリさせるものだった。一方で彼は有益な情報も得たのだった。



2、



さらに6か月が経過して軌道エレベーターの建設が始まったころ、ビーナス・グロゥブでは人類の復元作業が開始されていた。アバターとしての肉体ではなく、個としての再生であり、その肉体の中には誰の思念体も入り込めない。彼らが大事に保管してきたオリジナルの再生であった。

「わざわざオールドタイプに戻る意味が分からないな」

カールは肉体に戻ったのをいいことに、レコンギスタ主義について批判的意見を述べた。思念体となりせっかく相互理解の新境地に辿り着いた人類を、わざわざ旧人類の状態に戻そうというビーナス・グロゥブの方針に彼は反対していた。彼の反対意見は共有され、留保されている。もし人類が相互断絶の状態に戻った場合、彼は断絶状態にある人々を統治するために皇帝になると宣言している。この考えもヘルメス財団は情報共有した上で留保していた。

メメスはビーナス・グロゥブから送り込まれたクンタラたちを地球に降ろし、軌道エレベーターの建設に従事させていた。例のサンベルト上空の異質な空間については、軌道エレベーターの最終ナットとして隔離することになった。ビーナス・グロゥブはこの空間をスコード教に利用すべきかどうか議論を続けていた。

カイザーのコクピットから軌道エレベーター建設の進捗を確認するカールの脳内に、月の裏側にいるチムチャップ・タノがアクセスしてきた。

「ビーナス・グロゥブのクンタラは全員こちらに送られたらしいのですが」

「その話は音声で出来ないかな」

チムチャップはカイザーの人工知能に入り込んで人工音声で話を続けた。

「こちらに来たクンタラの人たちから聞きまして、どうやらあの漏れていた秘匿情報は本当らしいと。それだけでなく、食人もされたクンタラたちは話していまして、大佐の判断を仰ぎたいのですが」

「自分の考えを誰とも共有したくないということか。どうやらマズいことでもあったか」

「そうなんです。ビーナス・グロゥブで進められているオリジナルの再生ですが、かなりの数が自分のオリジナルを過去に再生させていたことがあって、その際にどうもクンタラの食人を行っていたというのですね。それは自分のオリジナルが死後に思念体に戻れるかどうか不安だったためと、機械の長期故障で食料が不足したためらしいのですが」

外宇宙に進出していた人類は、科学文明の粋ともいうべき恒星間航行用新型ラビアンローズを2台用意して地球に向けて出発した。ラビアンローズに蓄えられた科学技術に関する情報は膨大で、もはや人間はそれを捨てて生きることなどできなくなっていたのだ。

人間は1代限り急成長する人工胚に自分=個というものを託し、肉体を移住先の惑星に残した。地球に戻ることができるのは、思念体に進化できたニュータイプと、独自の宗教を持つ奴隷階級の者たちだった。ニュータイプには機械式と有機式の2種類のアバターがあてがわれたが、多くの者は眠りについたまま艦の運航には関与しなかった。

ラビアンローズは奴隷たちによって維持管理され、彼らのために最低限の食糧生産が行われていた。独自の宗教を持つ一団はニュータイプとして意思疎通もできるが、宗教上の理由で肉体を捨てることを拒んでいた。彼らは何百年も生と死を繰り返し、思念体となるものはひとりもいなかった。

思念体となった者らは、奴隷たちが生まれ死んでいく姿を見続けた。死んだまま残留思念を残さない者がほとんどだったせいで、彼らは自分のオリジナルが再生されたのちのことが心配になった。はたして地球帰還後に再生されるはずの自分のオリジナルの肉体は、再び思念体となって永遠の命を得ることができるのか。人工胚は人間の手によってデザインされており、それが自分というものを完全に再生してくれるとの保証は政府発表だけだったからだ。

そこで思念体となった者らの一部が、自分の人工胚のクローンを作って肉体を再生させた。それは思念体となった彼らとは別の意思で動き、生き、コミュニケーションの取れない存在だった。アバターのように中に入ることもできない。自分とは全くの別人格なのだ。

出来る限り自分に近づけようとアバターを使って教育をしてみても、教育者と生徒の関係にしかならない。数十年後、彼らは死に、肉体の死と同時に思念も失われた。そこに機器の故障が起こり、階級意識が芽生えて解放奴隷であったはずの労働者が食料と見做されるようになった。

クンタラという言葉はこのときに生まれた。

その後、自分は再生されないと自暴自棄になった人間が、有機アバターを使ってクンタラを強姦するなど肉欲に耽るようになった。強姦によって生まれた子供の中には、有機アバターのように思念体を取り込みやすい体質の子供が生まれるようになった。カール・レイハントンは驚きの声をあげた。

「いまクンタラと呼ばれているのはアバターとの混血ばかりなのか?」

「ほとんどがそのようです」

「だからビーナス・グロゥブはすべてのクンタラをこちらに寄越したというのか。ラ・ピネレ、度し難い男だ。アバターは遺伝子情報が違う。アバターの遺伝子情報がすべてのクンタラに入ってしまっているというのなら、クンタラを処分せねばならないではないか」

カール・レイハントンは日々組みあがっていく軌道エレベーターをモニター越しに見下ろした。

「メメス博士を呼び戻せ。建設計画は遅延させるな」


3、


「大佐には誠に申し訳ないと、これでも反省しておるのですよ」

カールに呼び出されたメメスは、あっさりと事の次第を白状した。

彼は自分たちクンタラがアバターとの混血になってしまったことを知っていた。だがそれは、惑星を旅立ったときに定めた禁を破った人間たちが悪いのであって、クンタラの責任ではないというのが彼の言い分であった。カールはすぐに彼の主張を認めた。非があるのは自分たちだと。

「だが、それを知りながら博士はなぜそれを隠し、地上に降ろしたのですか。このままでは地球人にまったく違う遺伝子が入り込んでしまう」

「人間ですよ!」メメスは強く抗議した。「もしアバターとの混血が人間でないものだとしたら、それは我々クンタラがもっとも大きな影響を受けるはずでしょ。しかし我々はアバターのように誰かの意思が入っていないときは呆けたような物体になるわけじゃない。いつだって、寝ているとき以外、あるいは寝ているときでさえ、自分自身なんです。それは我々の人としての歴史が証明している。クンタラだって人です。何も変わらない人です。アバターと混血していようと、人として生きられるのです」

「だからと言って、恒星間移動の数百年の間に生まれてしまった人でない者を・・・」

「人なんですよ。我々は人なんです。サラのお腹の中にいるあなたの子も人です」

「サラの・・・、まさか、おまえはこれがアバターだと知りながら娘に性行為させたというのか」

「人質ですよ」メメスは眼鏡を直した。「こっちだって死にたくない。死なないためにはなんだってやりますよ」

「アバターの子など、人質になると思っているのか。わたしはヘルメス財団の一員として義務を果たすことは放棄していない」

「最初に義務を放棄してあなたに責任を押し付けたのは、ビーナス・グロゥブのラ・ピネレ総裁ではありませんか。あなた方はね、アバターなら処分できるでしょう。あれは確かに人ではない。人型のアンドロイド、有機人工生命体です。でもわたしたちは違いますね? 人としての意思がある。ひとり殺すのだって大変です。泣く、喚く、罵る、逃げる。死なないためなら何でもやりますよ。永遠に生きているあなた方には肉体を持った人間のことなどわからんのですよ。いいですか、断言しておきますが、ビーナス・グロゥブで再生される人間たちは、必ずアグテックのタブーを破って延命のための遺伝子処置や肉体の機械化を始めますよ。人の寿命は50年ほどです。でも絶対にビーナス・グロゥブの人間は50年で死んだりしない。あらゆるタブーを犯して、ラビアンローズに眠るすべての医療データを駆使して、200年でも300年でも生きようとするでしょう」

「だがそんな長寿では地球の資源はもたない。すぐに枯渇してしまう」

「あなたを排除しないのは、まさにあなたの危惧を共有しているからなのです。いいですか、大佐。人間は死ぬのが怖いのです。長生きしたいのです。出来れば永遠に生きたいのです。でも、誰しも強い残留思念を残して、それをコントロールできるわけじゃない。しかもそのサイコミュの技術は廃れてしまった。あなた方の先祖が、すべてのオリジナルの残留思念をサイコミュの力で残してしまうとカルマ・フィールドが発生して思念を溶かしてしまうと知り、怖くなって技術を放棄したんです。我々労働者階級の人間は誰ひとり思念体になどなれなかった。当時の支配者階級の人間だけですよ。それがあなた方ヘルメス財団じゃありませんか。クンタラは数十年で死んで世代が入れ替わるから話が伝わっていないなんて思ったら大間違いですよ。我々は全部口頭で伝えてきたんですから」

「カルマ・フィールドとは以前に話していたものか?」

「そうです。大佐も引き込まれそうになったでしょう? 思念体があそこに取り込まれたら塊となって存在する思念はバラバラにほどけて消えてしまうのですよ。大佐があのときに死ななくて本当に良かった。計画がおじゃんになりますからね」

「計画していたわけか。なるほど。では、条件を聞こう。博士は何を求めてこんなことをしたのだろう?」

「まずは、クンタラを殺さないでこのままにしていただきたい。地球に降りてわかったことですがね、クンタラは我々だけじゃない。多くの宇宙からの帰還者たちの中で食人は発生していて、なかには同じ人間を牧場のように飼っていた集団もいたそうです。それに地球でも資源がなくなったときに食人が行われた。あらゆる文明にそのような記憶があって、すべて名称はクンタラです。なぜその言語なのかは解明されておりません。一生分からないでしょう。誰が決めたわけでもないのに、差別階級に陥った人間はすべてクンタラと呼ばれます」

「博士は話を逸らしている。食われたことと、アバターの血が入った者は別の話だ」

「そうではない」メメスは必死に食い下がった。「同じ人間なんです。だから取引がしたい。大佐の考えとも一致するはずですよ。あなたがたに、ビーナス・グロゥブと戦っていただきたいのです。彼らは、いずれオリジナルが増えます。オリジナルは自分の頭で考え、自分の頭で行動します。当然規範はあなたがたのような、永遠の命を持った人間が作るのでしょう。ヘルメス財団1000年の夢とでも名付けて。でも、肉体を持った人間は、利己的です。必ず階級制度を作って自分の身を制度で守ろうとする。あなたがたがサイコミュの技術を放棄したことと同じですよ。自己保身。ビーナス・グロゥブがやろうとしていることは、完全なる秩序の独占です。自分たちが秩序なのです。当然大きな義務も負うでしょう。だがそんなものは、わが身可愛さの前にはあってないようなもの。どんなことがあっても、ビーナス・グロゥブ優位の形を壊すことはありません」

「それを壊せというのか、わたしに?」

「いえ、皇帝になっていただければいいのです。ビーナス・グロゥブとは違う政体を作っていただきたい。それで、あなたがた思念体はいずれ大佐に賛同するでしょう。必ずそうなります。オリジナルの人間が増えれば、彼らはいるのかいないのかわからないあなたがたのことなど気にも留めず、自分たちでルールを作ろうとします。大佐の懸念の通りのことが起きるでしょう。人間同士の関係は、相互断絶が当たり前になり、人間社会は無秩序状態に戻ります。ラビアンローズの本当の目的を知っていますか? これは戦争を継続させるための宇宙ドッグなのです。武器を直すための軍港なんです。こんなものを後生大事に抱え込んで、宇宙の果てまで飛んで行って、ずっと人間は戦争を継続してきた。あなたがたが肉体を捨てて、相互理解の世界を構築して初めて戦争は終わり、地球へ還ろうという話になった。しかし、地球で生きるのに思念体などという形である必要はない。元の姿に戻り、人間になって地球に住みたい。そう考えたから、別の恒星系を脱出するときに人工胚を用意したわけです」

「そうだ。そして我々ヘルメス財団は、宇宙世紀の失敗を繰り返さない秩序ある宇宙を構築する」

「人間同士が相互断絶したままで? そんなことは無理です。大佐の懸念の通りです。だから大佐は、しかるべきときに皇帝にならねばならない。いや、宇宙を統べるとなるとビーナス・グロゥブが黙っていないかもしれない。皇帝の前に王にでもなるといい。トワサンガを王政にするのです。あくまで王はビーナス・グロゥブの臣下、ヘルメス財団の臣下でよろしい。そして、王の権限で我々クンタラを見逃していただきたい。アバターとの混血など、地球という大きな器の前では些細なことです。わたしたちはアバターの血の入った子供をたくさん養育してきました。たまにちょっと思念体が入りやすくなる特異体質の人間が生まれるだけです」

「本当にそれだけなのか?」

「本当ですとも。クンタラと呼ばれる人間に共通するのは、宇宙世紀初期に発生したカーバという理想郷を信じるか信じないかで決まるようです。先ほどあらゆる時代の下層階級がクンタラと呼ばれてきたと話したはずです。これは宗教の違いなのです。わたしたちはこの宗教を捨てられなかったために、いつも少数派だった。そして何か事があると、最もおぞましき立場にされていった。そのカーバこそ、カルマ・フィールドだとわたしは考えます。この生の苦しみから解脱して、解放される場所・・・」

「サラが孕んだアバターの子はどうする?」

「世継ぎですよ」メメスはニヤリと笑った。「レイハントン2世です。大佐は肉体を捨てて長いからわからないでしょうが、王政は子供を作らねば維持できません。それに、トワサンガにも肉体を持つ人間を増やさねばビーナス・グロゥブには対抗できなくなります。アバターの生産は我々クンタラが代々担ってきましたが、我々はビーナス・グロゥブから追放された。どうしてだかわかります? レコンギスタ派はもはやアバターを捨てようとしているのですよ」

「うむ」

「アバターは人間じゃないからです。そして無秩序な世界が誕生し、人類は宇宙世紀を繰り返すのです。アンドロイド技術もすぐにタブーになるでしょう」

「それは断固阻止する」

「どうやってですか? オリジナルの人間相手に、アバターの生産もなくどうやって対抗を? 無秩序の拡大とをどうやって食い止めますか? まさか絶滅させるつもりですか? それでは何の意味もない。人工胚から多くのオリジナルが再生されます。この世に関与しようとする思念体は大幅に減るでしょう。いまのあなたが少数派であるように。それでもラビアンローズと我々クンタラがいれば勝てます。勝って、宇宙の秩序を保ちながら地球と人間を運用することは叶うでしょう」

「クンタラを?」

「我々はアバターの血を引いております。王政を宣言してトワサンガを独立させていただければ、感応力の強い人間を選別してトワサンガの住民と出来ます。さすれば、ビーナス・グロゥブのオリジナルを受け入れずに独立した戦力を作れるのです。サラが生む子を王として、永遠の命を持った人間がこの世にいるなどとはおくびにも出さず、ビーナス・グロゥブの裏社会にも賛同者を匿ってこれから増えてくるオリジナルの対抗組織を作るのです。そして、ビーナス・グロゥブがヘルメス財団の、つまり欲を失ったあなたがた思念体の理想を失い相互断絶を抱えたまま地球に戻ろうとしたとき、どちらが地球を治めるにふさわしいかを定める選別を行えばいいのです。執行の権限はあなたがたが持てばいい」

「なぜわたしに手を貸そうとするのか」

「そりゃ欲がないからですよ」メメスはさも可笑しそうに唇を歪めた。「ビーナス・グロゥブのオリジナルたちは、間違いなく大きな差別意識を地球に持ってレコンギスタするでしょう。そしてその被害者はいつも我々クンタラです。スコード教に改宗できない、我々クンタラなんです」

「そういうことか」

レイハントンはメメスを開放して再び地球に降ろした。皇帝となってでも宇宙世紀の再来を阻止するつもりだった彼は、思わぬ形で賛同者とその計画を得ることになった。

宇宙に対立の種を生まないために作られたスコード教という宗教。宇宙宗教であるはずのそれに参加できないクンタラは、自分たちがオリジナルでありながら、人種対立を生じさせるビーナス・グロゥブのオリジナル再生に反対の立場だったのだ。

(つまり)カール・レイハントンは誰とも思念を共有できないようにサイコミュに逃げ込んだ。(’つまりクンタラたちは、ビーナス・グロゥブから追放されたように見せかけて彼らから逃げたのだ。恒星間航行中によほど酷い仕打ちを受けてきたのだろう。そして、彼らの理想郷カーバが近いここ地球にやってきたのだ)

カール・レイハントンは、予定通り軌道エレベーターの建設をメメスに任せ、自分はトワサンガ宙域に資源衛星を運び、地球から上がってくるクンタラの子たちを受け入れるスペースコロニーの建設を始めることにした。



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ROBOT魂 ガンダム Gのレコンギスタ [SIDE MS] G-セルフ 約135mm PVC&ABS製 塗装済み可動フィギュア

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第32話「聖地カーバ」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第32話「聖地カーバ」前半



1、


どこからか聞こえてきた女の悲鳴に、ベルリは壁に耳をつけて音の先を探した。すると彼が胸に下げていたG-メタルが反応して壁が上へと持ち上がった。ベルリは勢い余って開いた扉の中に転がり込んだ。そこは更衣室のような場所で、左右の壁がロッカーになっており、胸にレイハントンの紋章が刺繍されたパイロットスーツとヘルメットが用意してあった。

さらに室内の色が青に変化すると、ベルリのレイハントンコードとアイリスサインが認証されて、部屋の奥にあった盾の形のオブジェに見えたものが跳ね上がった。ベルリとエンジニアたちは恐るおそるその中を覗き込むと、そこにはコクピットがあった。機能は停止しているものの、航空機かモビルスーツのものだとわかった。

そこからシラノ-5にいるはずのないノレドの叫び声が聞こえてきた。先に進んで後ろを振り返る形でコクピットに潜り込んだベルリは、ノレドの声が機内のスピーカーから聞こえてきていると知った。

「この機体は何でしょうね?」

無駄だと知りつつベルリは念のためにエンジニアたちに尋ねてみた。だがみんな首を横に振るばかりであった。コクピットの中を見ただけで判別することはできなかった。この場所がノースリングの機能停止に関わっているかもしれないと発見した若手エンジニアがコクピットを覗き込みながら言った。

「もしリングを動かすために必要なパージ忘れがあるとしたら、この機体のことじゃないですか」

「動くんですか?」

ベルリは操縦桿を動かしてみた。動作に問題はないが、計器類は古く、見たこともない仕様であった。ガチャガチャと計器類を触っていたところ、光が点滅した。大きな音で催促されるような警報が鳴るので、機能を理解しないまま彼はG-メタルを挿入した。すると彼のアイリスサインが登録された。

「なんでこんなものを隠してあったんだろう」ベルリはエンジニアたちに顔を向けて叫んだ。「パージするってことはこれを動かせばいいんですか?」

「ちょっと待ってください。その向こうは何もないですから、とりあえずこのパイロットスーツを」

配電の責任者の男がベルリにパイロットスーツとヘルメットを渡した。彼らもまた念のためにバイザーを降ろして不測の事態に備えた。ベルリは大人しくそれを身に着けたが、また機体のスピーカーからノレドの声が聞こえてきた。気密対策を終え、安全帯のフックを掛けたエンジニアたちは狭いコクピットに殺到して機体の分析を始めた。

「わかりますか?」

いくつかの計器に手を伸ばしたユウ・ハナマサが応えた。

「これは初期のユニバーサルスタンダードと思われます」

「ですね」他のメンバーも相槌を打った。「計器が一部独立しててモニターが小さいだけでこれはユニバーサルスタンダードと同じだ。それに・・・」

コクピットの構造を眺めまわしていた男が割って入った。

「航空機じゃない。G-セルフと同じコアファイターですよ。ハッチとの間の隙間が少ない。これじゃ事故が起こりやすいなぁ・・・。このハッチ部分だけ密着させてあるようですね。パージはおそらく部屋の方でやるんでしょう。どうしましょうか?」

「これをパージしてリングが動くならやってみましょう。他に手掛かりはないわけですし。

エンジニアたちは更衣室の方へと引き上げ、しばらく室内を物色してパージスイッチらしきものを発見した。彼らは通路の隔壁を降ろしてエアーの流出を止めると、回線を開いて20秒前からカウントダウンを開始した。ベルリはシートベルトを締め、衝撃に備えた。するとまたノレドの声が聞こえてきた。

「うるさいなぁ。こっちはそれどころじゃないのに。どこから電波飛ばしてんだ?」

ゼロの合図とともに小爆発が起きた。ベルリは身体がふわりと浮く感覚と、外壁ハッチとコクピットハッチが同時に自動で閉まっていくのを目にした。彼の乗る謎の機体は確かに宇宙空間へと切り離された。G-メタルを差し込んだままのその機体は、突如起動して操縦席を明るく照らしていった。

パージの瞬間を室内から見つめていたエンジニアたちは、ハッチが閉まるのと、ベルリが乗っている機体がかなり古い大きなものであることに気がついた。その真紅に金色の縁取りのある機体は、彼らのように技術系の人間ならば必ず知っているものだった。

それは初代レイハントンことカール・レイハントンの愛機カイザルだったのである。興奮したハナマサがベルリにそのことを伝えようとしたところ、カイザルは彼らの目の前で忽然と姿を消した。彼らの眼前には宇宙空間が静かに広がっていた。そしてベルリとの通信は途絶えた。



2、



ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の奥の院では、ノレドが意識を乗っ取られたラライヤに追い詰められていた。

ノレドは思念体分離装置の入口を背にラライヤと揉み合い、必死にベルリの名を呼び続けていた。すると不意に後ろの壁が左右に分かれて開いた。ノレドとラライヤはもんどりうって倒れ込んだ。ノレドは首を絞めてくるラライヤの手を握って抵抗していたが、その力が急に弱まったので強く手を払った。ラライヤは気を失ったらしく、ノレドのもたれかかったままぐったりと倒れた。

仰向けになったノレドの瞳の先に、ラライヤから光の帯が抜けていく光景が拡がっていた。光の帯は何かを探すように上空へと舞い上がっていったが、徐々に形を失い胡散霧消した。ノレドはぐったりしたままのラライヤと体を入れ替え、彼女を床に寝かせると扉の先に眼をやった。

するとそこからはいくつもの黒い影が流れ込んできて、部屋に入った瞬間に光の帯へと転じる不思議な光景が展開されていた。部屋の中は明るく、瞬く光が草原のように広がり、波のように打ち寄せてきていた。黒い影たちは我先にとその部屋めがけて飛んできて、光の帯のようなものに変化するが、どれも帯のままの姿ではいられず粉になって舞い散るのである。ノレドのいる空間は、その光の流砂が降り積もり、記憶の形を再現されるのを待っているかのようだった。

ラライヤと同じように意識を思念体に乗っ取られていた6人の調査隊メンバーも同じように光の帯をすり抜けていき通路の端でぐったりと倒れた。

ノレドは光の砂浜のような場所をぐるりと見渡した。光の流砂は土であり海であり空気であった。あらゆるものに形を変える意思を持った平穏であった。

「ここが・・・聖地カーバ。クンタラの心のふるさと・・・」

ノレドは感激して涙が流れ落ちるのを止めることができなかった。

その静寂を破り捨てるように、バタンと大きな音が聞こえてきた。顔をしかめたノレドが音のする方向に顔を向けると、輝く空間の中に別の空間が組み合わされたように穴が空いているのが見えた。中から顔を出したのはベルリだった。ノレドは驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。

「ベルリ??」

「その声はノレドか?」空間の中から返事が聞こえた。「なんだここ? どこに来ちまったんだ?」

「ザンクト・ポルトだよ」ノレドは立ち上がって歩み寄った。「ベルリなの?」

突如出現した異空間のようなものは、モビルスーツのハッチであった。ちょうどベルリがコクピットから出てきて、口をあんぐりと開けて周囲を見渡した。

「ザンクト・ポルト?」

「そう、ここはザンクト・ポルトの大聖堂。例の思念体分離装置の中だよ」

「こんな感じだった? いやそんなはずはないけど」キョロキョロと辺りを見回して、ベルリはラライヤを発見した。「オレのことを呼んだだろ?」

彼女は照れて身体をくねらせた。「いやぁ、愛ってやつ?」

「いまにも殺されそうな声で泣き叫んでいるようだったけど」

ノレドはふざけるのをやめて、ベルリに事情を説明した。ベルリは何かを言いかけたが、思い直して腕を組んだまま考え込んだ。やがてラライヤが目を覚ました。

「ここは?」

彼女にはノレドを襲撃した記憶がなかったので、ノレドは同じ話をラライヤにもしなければならなかった。事情を呑み込んだラライヤは、部屋の中に飛び込んでくる黒い影に言及した。

「おそらくあの影たちは、先の会戦で死んだ人たちの霊なんです。それどころじゃない。もっと多くの残留思念がこの大聖堂には溜まっていたのかもしれない。それがいま一斉にカーバめがけて飛び込んできているんです」

「カーバって」ベルリはハッと目を瞠った。「クンタラの聖地カーバ???」

「あくまであたしの仮説なんだけど」ノレドが話を引き継いだ。「聖地って、ルインやマニィが探していたような、地球にある場所じゃないと思うんだよ。どこに逃げたって、クンタラだけで集まって暮らしたって、人間である以上争いごとから逃れられるわけじゃない。そんなの聖地って呼べないじゃん。それにさ、冬の宮殿でリリンちゃんから聞いた話もあって」

「なんです?」とラライヤ。「リリンちゃんがカーバの話なんてしてましたっけ」

「リリンちゃんはカーバのことは知らなかったんだ。そうじゃなくて、このザンクト・ポルトのある場所は、かつてアクシズの奇蹟が起こった場所じゃないかって話から連想したのだけど」

「アクシズの奇蹟・・・」

ベルリはその言葉を聞くなり胸騒ぎを感じたのだが、なぜこんなにモヤモヤするのか理由まではわからなかった。ノレドは話を続けた。

「モビルスーツで巨大な隕石を押し返した映像、あれをベルリはあまり見てないはずだけど、あたしたちは何度も見ていて、地球めがけて落ちていた巨大隕石が奇跡的な力で方向を変えた一瞬、あの一瞬が起こった場所がザンクト・ポルトほどの高さじゃないかっていうから、そんな奇跡が起こった場所ならいろんな宗教の聖地になりそうだなって」

「スコード教とクンタラの宗教が同根で聖地を共有している・・・」

その話は熱心なスコード教信者のベルリには少しショックだったようだ。彼は真顔でノレドの肩を掴んだ。

「それは確かなのか」

「痛い」ノレドは顔をしかめてベルリの手を払った。「確かかどうかは調べてみないとわからないけどさ、宗教の発端は何か大きな奇蹟があるでしょ。戦争はどっちが勝ったって奇蹟じゃない。でも、敵と味方が地球を救うために自己犠牲を厭わず起こるはずのないことを起こしたとなれば、人類はそれを記憶して言い伝えた可能性はあるでしょ?」

難しい顔で腕組みをしていたラライヤが口を挟んだ。

「それは証明できれば大発見ですよ、ノレドさん!」

ベルリは呆然としていた。

「2000年前の宇宙世紀初期の奇蹟がスコードとクンタラの宗教の発端・・・」

「あたし調べたんだけどさ、そもそも宇宙世紀初期には宗教は死に絶えていたらしいよ。科学が宗教の代わりになっていて、信仰を持つことは非科学的で遅れた考えだと思われていた。それにもうひとつあるんだよ」

「なんですか?」

俄然ラライヤが乗り気になって目を輝かせていた。ノレドは得意げに話した。

「白いモビルスーツと赤いモビルスーツの戦いのことだよ。あれは赤いモビルスーツがスペースノイド、白いモビルスーツがアースノイドなんだ。アクシズを落としたのは赤いモビルスーツの人。止めたのは白いモビルスーツの人。スペースノイドはアースノイドを隕石で絶滅させようとした。つまり」

「ノレドはスコード教がスペースノイドの宗教で地球を破壊しようとしているなんて言い出すんじゃないだろうな」

「そんなこと言ってないよ。でも白い方の人はニュータイプとして大きく覚醒した人だったって。アースノイド・・・、詳しいことはまだわからないけどさ、アースノイドの代表がニュータイプだった。そして、これもベルリには話してないことだけど、クンタラはニュータイプだったから食料になった可能性がある。赤い人と白い人は相互理解して最後はわかり合った。でも、それは受け継がれず宇宙世紀は戦いの歴史になってしまった。誰かが意図的に相互理解の奇蹟を隠蔽した。そして、紅白の戦いの歴史だけを宣伝して戦争の継続に繋げた。こう考えればさ、いろんなことが見えてこないかなって」

「じゃ、ザンクト・ポルトをスコード教の聖地にしていたことはどう考える?」

ベルリの剣幕はノレドとラライヤ驚かすに十分なものだった。ふたりはなぜベルリが怒ったような様子なのか理解できなかった。ベルリが話した。

「クンタラの人たちはずっとカーバを探していた。ルイン先輩があんなことになったのだってカーバが原因だ。それをスコード教団が自分たちの聖地にして隠していたなんて、いまさら言えるわけないじゃないか」

「隠していたとは限らないじゃん」ノレドは口を尖らせた。「知らなかっただけかもよ。それにこれはあたしの仮説で、まだ何も証拠はないんだよ」

「ノレドは証拠がないって言ってますけど」ラライヤが話を引き継いだ。「ノレドさんはあたしと同じで誰かの思念体がときどき身体とか脳を支配しているんじゃないかって思うときがありますよ。それにスコード教団とヘルメス財団は一体で、エンフォーサーという集団があることもわかっている」

「ラライヤもノレドの言うことに賛成なのか・・・」ベルリは急にガクッと力が抜けてしまったようだった。「ラライヤの言うことはわかる。もうスコード教もヘルメス財団も本当の目的は宇宙世紀と同じように戦争を続けたがっていたのだとほぼ判明している。それはいいんだ。でもこれからはどうする? ザンクト・ポルトがカーバだったら、クンタラはここを取りに来る。戦争が継続されてしまうじゃないか。もう身分差別は終わりにしないといけない。でも、カーバがここにあって、それをスコード教が隠していたとなると」

「それはベルリの負う責任じゃないよ」

ノレドは慰めるように手を伸ばした。ラライヤも相槌を打った。

「そうですよ。宇宙世紀初期に奇跡が起こったこと、残留思念の世界、この美しい場所があること、それらを隠さなきゃ宇宙世紀に戦争が継続できなかったこと、すべて明らかにする時がきたんですよ」

ふたりの気持ちはよくわかるだけに、ベルリは感情をぐっと抑え込んだ。ベルリが心配していることは彼女たちの話とは別のところにあったのだ。

(キャピタル・タワーを作らせたのは初代のカール・レイハントンだ。彼はクンタラを奴隷として使役してあの巨大構造物を完成させた。そしてザンクト・ポルト大聖堂はレイハントン家の紋章の形をしている。スコード教を作ったのも、カーバをクンタラたちから遠ざけたのも、カールがやったことだ。民政を否定して王になったのも彼だ。彼は一体何をしようとしていたのか・・・)

ベルリが神妙な面持ちで黙り込んでしまったのを心配したノレドは、話題を変えるように明るい口調で話題を変えた。

「なんだかよくわからないけど、せっかくこっちへ来たんだからみんなに挨拶しなよ」

「いや」ベルリは首を横に振った。「まだこの装置のことはわからないことが多すぎる。君たちもすぐにこの部屋を出るんだ。ぼくはあのモビルスーツのことを調べなければならない」

ベルリは後ろを振り向かなかった。彼が空間に穴が空いたように出現したモビルスーツハッチの中に姿を消すと、その空間ごと消失してしまった。ラライヤは部屋の様子が少し変わったことを察知してノレドの袖を引っ張った。

「あたしたちもいったんここを出ましょう」

ベルリはハッチを閉じて、深く考え込んだ。

「ザンクト・ポルトがアクシズの奇蹟が起こった場所で、この七色の光に包まれた場所がクンタラの聖地カーバ・・・。クンタラの聖地は、人間が死後に辿り着く思念体の世界だったのか。だとすると彼らがニュータイプじゃないか。それを虐げてきたのって・・・」

ノレドの仮説はベルリの脳裏に深く突き刺さった。もしそうだとしたら、少なくともカール・レイハントンはクンタラたちを聖地に導くつもりは毛頭なかったことになる。その考えはベルリを憂鬱にさせた。謎多き初代レイハントン。ベルリにとってそれは、遥か先祖であるのか、忌むべき存在なのか。

「とにかくノースリングが動いたかどうかだけ確かめなきゃいけない」

ベルリは左の指先で操縦桿を引いた。機体はザンクト・ポルトへやってきたときと同じように動いた感覚があった。だが全球モニターは何も映し出さない。コクピットの中には美しい七色の光の流砂も映し出されはしなかった。

ただ機体は後ろへ後ろへと引き戻されていった。


3、


「何だったのだいまのは」

カール・レイハントンは背筋にじっとりと汗が流れるのを感じていた。彼の眼前には青い地球が大きく映し出されていた。

「大佐、聞こえますか? それ以上降下すると引力に捕まります」

誰かが共有回線を開いた。カールは機体を上昇させて地球の引力圏を脱した。

「ああ、聞こえている。確かにあの場所は何かあるな。あそこに近づくと地球に引きずり降ろされそうになる。何かがいるようだ。メメス博士の仮説もまんざらじゃないということか」

カール・レイハントンは愛機カイザルの体勢を立て直してステュクスの格納庫に戻った。ステュクスは銀色の細長い棒状の戦艦で、アバターの指揮下にある。デザイン性を廃して機能と量産性に特化した銀色の機体は、決して彼の好むところのものではない。

彼はカイザル内に留まったままステュクス機体中央に位置する中央管制室にトリップした。アバター内の情報とリンク。撃墜4、逸機8。逃したムーンレイスの敵機は地上に降下、65%の確率で東アジア地域へ着陸したとの情報だった。

カール大佐は東アジアという言葉を知らなかった。アバターはすぐさま検索して、カールと情報を共有する。

「土地によって人間の種類が違うというのか?」彼はプッと息を吹き出した。「気候によって姿形が変わる。なるほど。では異なる重力で拡がる格差はどの程度であろう。ああ、それはタブーになるのか」

アバターとのリンクを切断した彼は、カイザルの中で再び孤独になった。最近の彼はムーンレイスとの激しい戦いで消耗しており、肉体の疲労から孤独を好むようになってしまっていた。静寂の中で、土地によって姿形が変わってしまう人間というものを想像しようと試みた。

「クンタラのようなものか」

彼に思いつくのはそれくらいだった。クンタラは肉体を好む。その非効率さ故に間引かれ食用にされるのに、頑なにアバターの使用を拒む。彼らのために水や食料を調達して糞の始末をせねばならない。そうしてでも飼育するのは、彼らが有機生命体アバターとして優れているからだ。

カイザルのコクピットの中で、カール・レイハントンは しばしの眠りについた。生理的リンク解除によってステュクスは自動航行に切り替わり、月への裏側へと戻っていった。

90分後、リンクが回復したカール・レイハントンは、肉体をコクピット内に残したままラビアンローズのアバターへと思念を移した。ラビアンローズの中は眩しすぎた。カメラの感度を下げて、彼は立ち上がった。現在ラビアンローズは、クンタラからヘルメス財団の一員に昇格したメメス博士の生理的要求に合わせて運用されていた。それで煌々と明かりを灯し、眩しすぎるのである。

真っ黒な肌に筋の通った高い鼻梁をもつこの人物は、ヘルメス財団に加わった際に去勢され、徐々に肉体が女性化しつつあった。本人もそれを嫌ってはおらず、女性ホルモンの投与も行っていた。カール・レイハントンはどうもこの人物が苦手であるが、それはメメス博士という人物が苦手なのか、容姿が苦手なのか判然としない。アバターを使ってくれればそうしたこともハッキリするのに、メメス博士は他のクンタラ同様アバターの使用を頑なに拒否している。

「ああ、カールかい?」男なのか女なのかわからない顔でメメスが振り返った。「ムーンレイスのことなんだけどねぇ、ぼくの話、聞きたい?」

「聞くしかないんだろ」カールは銀色のアンドロイドのメインカメラを彼に向けた。「聞くよ」

「ムーンレイスはアバターを使ってないんだ。あのゴチャグチャした戦艦に乗っていたのはみんな生身の人間なんだよ。カール、たくさん殺しちゃったねぇ~」

「生身の人間? 生体アバターのことか?」

「あ~、そう考えちゃうんだねぇ~。違うんだ。全員オリジナルなんだよ。まぁ、ぼくらクンタラみたいなものだね。どうもそれが数百万人規模でいるらしんだ。それでね、ぼくの権限で有機生命体維持設備は月に移管して保存しておくことにしたよ。ダメだったかな?」

「オリジナルというのは、思念体を生む存在のことか。そんなものが数百万もいるのか?」

「もともとそういうものだから。でも、みんな食ってクソして寝るからこのまま追い詰めると絶滅しちゃうんじゃないかな」

「博士の指示に従おう。ムーンレイスをどうしたらいい?」

「彼らね」メメスはニヤニヤと嬉しそうに身体を捩った。「縮退炉を使ってるみたいなんだ。これは無限にエネルギーを生み出すよ。フォトン・バッテリーを使い続ける限り、ラ・ピネレ総裁には逆らえない。あなたの皇帝になるという夢はビーナス・グロゥブがある限り果たされないよぉ~。だからね、こういうのはどうだろうか。彼らを来たるべきとき、大執行のときまで戦力として温存しておいたら。オリジナルが数百万も仲間になるなんてラッキーじゃないかなぁ」

「数百万の意思共有できない人間が一体何の役に立つ? ビーナス・グロゥブの戦力など自分ひとりで防いでみせるさ」

メメス博士はじっと考え込んで、彼がいつもするようにモニターを使って説明した。

「ビーナス・グロゥブもこれからオリジナルを復活させて組織改編していくらしいよ」

メメスが示したデータを眺めていたカールは、思念をビーナス・グロゥブへ移動させた。そこで執行者の情報を共有した彼は、アクセス記録を抹消してすぐさま月のラビアンローズへと戻った。

「博士の話は本当だった」

「あら、あっちへ行っちゃったんだ」メメスは残念そうにモニターを消した。「まったく、幽霊さんたちにはかなわないねぇ」

「君らクンタラがおかしいだけだ。エネルギーを使いすぎる。しかし確かにラ・ピネレ総裁はオリジナルを増やすつもりのようだな。なぜだか博士の意見を聞きたい」

「地球へ還るためよ」メメスは断言した。「便宜上『オリジナル』というけど、本来生命はそれが当たり前。我々が先に進みすぎているだけなのね。執行者のみなさんは、共有し一体化する者とそれを拒む者との戦いだけが戦いだと思っている。でも、オリジナルは共有なんかできないから、個人と個人は常に対立関係にあって、あらゆる集団が生まれては対立する。でもそれを乗り越えなきゃいけない。オリジナル同士が互いに争いを起こさない方策を見つけていかないと、地球はまた同じ戦争の歴史を続けてしまうことになる」

「だから、ビーナス・グロゥブは支配体制の確立を急いでいるのだろう?」

「そう。ユニバーサル・スタンダードだの、スコード教だの、アグテックのタブーだの。愚かな地球人を教導していかないと、ほら、オリジナルはすぐに資源を食いつぶすから」

「非効率極まりない」カールは吐き捨てたい欲求に駆られたが、もとよりアンドロイドにそんなことはできない。「すべてのオリジナルが肉体を捨てて思念体となり、対立をなくしてしまえばいいだけだ。あとはそれができない者と雌雄を決すれば簡単なことではないか」

「大執行でしょ? ラ・ピネレ総裁は大執行はさせないつもりのようで」

「偽りの平和などすぐに壊れる。オリジナルというのは、いわば卵だ。死を経て人は真実の生を得る。それを乗り越えられない者は」

「地球を死者の星にしたくないのですよ。誰もそんなことは望んでいない」

クンタラにとってオレは死者なのか。カール・レイハントンはメメス博士と自分との間に横たわる絶対領域を感じずにはいられなかった。彼は銀色のボディの中で、こう思っていた。

「卵の殻など割ってしまえばいい」


4、


ムーンレイスは降伏してきた。その条件について話し合いたいというので、カール・レイハントンは月の女王ディアナ・ソレルと面会した。たしかに彼女はオリジナルで、生体アバターとしての機能も芳しくなかった。彼は面倒な交渉事を言葉で交わしていくしかなかった。

メメス博士はムーンレイスの縮退炉に執心しており、宇宙世紀中期の彼らの技術体系は何もかも月の内部に移管してしまうことになった。幸いなことに、月という天体は内部を幾世代にも渡り改造しており、使用できる設備は多い。特に人類の地球脱出時に月に作られたコールドスリープという装置は、ライビアンローズにあるものと同じだったために活用されることとなり、足らない分は新たに生産した。

ディアナ・ソレルはカール・レイハントンの要求をことごとく拒否した。眠りにつくことには同意しながら、ヘルメス財団の方針、彼らが夢と話すビーナス・グロゥブの方針には一切従わないという。彼らには意思があることから、降伏して無抵抗になった彼らを殺して処分することはできない。

「スコード教というのは」

カール大佐はその趣旨を説明したが、やはり答えは拒否であった。なぜここまで頑ななのかと疑問に思った彼は、問いを共有した結果、宗教によって洗脳されることを恐れているのだとの回答を得た。ムーンレイスのような肉体と意思が一体となったオリジナルは、他者が嘘をついているのか真実を語っているのか判断できない。疑わしきものは拒否して回答を保留するしかないのだ。

ビーナス・グロゥブで整理されたスコード教は、思念体となった人間がひとつの肉体と一体となり、オリジナルに戻ったときに生じる人と人との断絶に備えたもので、あらゆる宗教の要素が糾合してある。宗教による対立を防ぐための多くの装置を内包してはいるが、実際に機能するかどうかはオリジナルが増えて、世代を経てみないとなんともいえない。

カールはそれが支配に利用されるであろうと考えていた。オリジナルに戻って思念体としての生を捨てたとき、人は真実から遠ざかっていく。卵の中の世界が本当の世界だと思い込み、やがて相互不信から卵の中で殺し合いを始めるだろう。そして資源を食い尽くし、ビーナス・グロゥブの計画は破綻する。

そうとわかっていてなぜ人間という有機生命体の中に閉じこもってしまおうとするのか。なぜ自分を開放しないのか。

「今度はいつお会いできるのかしら」

最後にディアナ・ソレルは半分厭味のように握手を求めてカールに手を伸ばした。カールは彼女の華奢な手を握り返しながら、あなたの人生が終わったときですと返答した。ディアナは、次に目覚めるときは自分は死んでいないでしょうと答えてほしかったらしい。しかしそれは真実ではない。

いずれ人はみな光の流砂になって混じり合うのだ。肉体を捨てたとき、正しさは明らかになる。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第31話「美しき場所へ」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第31話「美しき場所へ」後半




1、



スコード教ザンクト・ポルト大聖堂から若者たちが次々に転がり出てくる。その顔は恐怖に怯えて痙攣していた。脱出した者たちはノレドの姿を見つけると一目散に駆け寄ってきた。有名人である彼女とラライヤには好むと好まざるに拘わらず象徴としての意味があったのだ。

トワサンガの若者たちとアメリアから派遣された調査団メンバーが半々といったところだろうか。軍籍のラライヤはすぐに彼らを一か所に集めて中庭にしゃがませて落ち着くように声をかけた。ノレドは怪訝な顔で大聖堂を見上げていたが、やがて何かを思いついたのか険しい顔つきになってラライヤを振り返った。

「薔薇のキューブにいた人たちって、最後の爆発で死んだんだよね?」

「多分。でもそれが?」

ノレドはラライヤの言葉には応えず、怯えた調査団メンバーから何があったのか聞き取りを始めた。

それによると、全面ステンドガラスに覆われた大聖堂の測量をやっていたところ、突然差し込んでいた光が消えたのだという。ザンクト・ポルトには自然光は差し込んでいないので、誰かが明かりを消したか、電力を停めたのだと思い、測量を一時中断して大聖堂の配電を調べようとしたところ、意識が飛んで昏倒する者らが続出した。

手分けして倒れた人を救出しようとすると、大聖堂の中にぼんやりとした人の影らしきものが溢れ、その影は調査団の中を潜り抜けるようなしぐさをしたのだという。それらの影が身体の中を通っていくと、えもいわれぬ恐怖に囚われて脚がすくみ、大声で叫んだ女性の悲鳴を合図に立っていた者たちが一斉に走り出したのだという。

「何人くらい残ってる?」

ノレドが尋ねた。

「そんなには多くないです」アメリアからやってきた背の高い女性がしゃがみこんでいる人数を数えた。「取り残されているのは6人ですね。最初に昏倒した人たちです」

アメリアの調査団の女性は、ノレドのことは良く知らなかったので、なぜこんな若い子を皆が頼るのだろうと困惑の面持ちであったが、一方でトワサンガの住人への尊敬の気持ちも強くあった彼女は、まずはノレドの指示に従うことに決めたようだった。

「6人ですか」ラライヤはノレドの顔を見た。「あたしたちだけだと運び出すのは・・・」

「そうね」ノレドは腕組みをして考え込んだ。「ラライヤ、ちょっと話がある。他のみんなは資料班の方々と合流して事情を話してください。なかの6人を運び出すときには応援を呼ぶから」

逃げ出してきた者たちはノレドの指示に従うしかなかった。彼らがいなくなると、辺りを見回してからラライヤはノレドに顔を近づけた。

「話って?」

「ビーナス・グロゥブでね、人間のエンフォーサーと機械のエンフォーサーの数が同じだったって話をしたじゃん。あれのことなんだけど・・・、もしかしてあれって死んだときの受け皿だったんじゃないの? トワサンガのヘルメス教団がニュータイプ研究所由来の集団だったってことは何となくわかってきている。アンドロイド型エンフォーサーというのは、命を失ったあともこの世に存在するための道具だったのかも」

「でもあのアンドロイドはビーナス・グロゥブのものじゃ?」

「だからさ、こっちにあったのはシルヴァー・シップの中にあったんじゃないかな。ウィルミット長官の記録の中には、トワサンガのヘルメス教団の中にはアンドロイドもいたって証言がある。死んだのちに中に入れた人はアンドロイドとしてそれまで通り働いていて、ラライヤがされたように実験にも使われていた」

「あー、たしかに・・・」

ノレドとラライヤは大聖堂の入口前で立ち止まって、話を続けた。ノレドには確信があるようだった。

「ビーナス・グロゥブは機械の身体が発達していたでしょ。でもニュータイプに関する知識はあまりなくて、トワサンガから提供されたアンドロイド型エンフォーサーを自律的に動かすように改造していた。だからあたしが持ってきたあの中には残留思念は入っていなかった。でも、トワサンガは」

「ニュータイプの研究の本場だったから」

「そう。動いていたアンドロイドの中には残留思念が入っていた。つまり人間だった。それでシルヴァー・シップの中にそれを準備していたとしたら、あの戦争で」

「全数破壊されましたね」

「つまり大聖堂の中の幽霊ってのは」

「トワサンガのエンフォーサー。ヘルメス財団の人たちの残留思念? でもなんで大聖堂の中だけ?」

「それは」ノレドはごくりと唾を飲み込んだ。「入ってみなきゃわからない」


2、



ノレドとラライヤが大聖堂の中へ入ると、ピンと張りつめた空気が肌を刺すようだった。大聖堂の外は人口灯が煌々と灯っているのに、全面ステンドグラスの聖堂内は真っ暗だった。ふたりは入口付近に立ったまま、眼を慣らさなければいけなかった。

「なんで光が差し込まないんだろう?」

本来この大聖堂は、色ガラスを通して様々な色彩が床に落ちる美しい場所であるはずだった。それが真っ暗で不気味な静寂に包まれている様子は異様だった。ふたりは互いの服を引っ張り合って、1歩ずつ先へと進んでいった。

レイハントン家の紋章の形になった建物は、局面を多用した外見もさることながら内部の作りも複雑になっていた。ふたりはあっちだこっちだと指をさし合いながら内部を進んでいく。ステンドグラスに顔を近づけると、外は明るいことがわかる。その光がガラスを通過しないのだった。

「この大聖堂には多くの仕掛けがあるみたい」

ラライヤも壁面のガラスに顔を近づけてみる。そして比較するように建物内部を見回した。そして、吹き抜けになった頭上に何かを発見した。じっとそれを凝視ていた彼女は、その何かもラライヤをじっと凝視していることに気づいた。彼女は背筋に冷たいものを感じた。

「み、見られてる・・・」

ノレドの服の端を引っ張って、あれあれと指をさした。ノレドはラライヤが指さす先に顔を向けるなり、へなへなと床にへたり込んだ。それは確かに人間の顔だった。その顔は、美しい花の模様を形どった天井のステンドグラスの傍にあった。ふたりにそれは真っ黒な歪んだ顔に見えた。視界に入ってしまうと、不思議と目を逸らすことができない。ラライヤはその顔から目を逸らさないように、ノレドを引っ張って立たせた。

黒く不気味に揺らめきながらふたりを凝視するその顔は、瞳の部分がくりぬかれたようにぽっかりと空いていた。それでいながら、ふたりを見ていることだけはわかるのだ。幸いなことに、近づいてくる気配はない。だが目を離した途端に襲い掛かってくるかもしれなかった。

ノレドとラライヤは、ジムカーオ大佐との戦いで、多くの人命が失われたことは知っていた。しかし、敵はほとんど薔薇のキューブの中にいて、ラライヤが敵に捕らえられたときに顔を合わせただけだった。ノレドはラライヤ救出のためにハッパとともに薔薇のキューブの中に潜入したのだ。

そこにはごく普通の研究員のような姿の、ごく普通の人間しかいなかった。ニュータイプだの、残留思念だの、ノレドとラライヤにわかるはずはなかった。ノレドは、天井の顔に向かって叫んだ。

「悪かったとは思ってるけどさ、仕方ないでしょ!」

薔薇のキューブに立てこもって、ジムカーオ大佐とともに戦争を仕掛けてきたのはヘルメス財団の方なのだ。

「何かわたしたちにできることはありますか?」

そうラライヤは言葉を掛けた。その顔はゆらゆらと揺らぎながら、言葉を喋っているようにも見えた。

「あんたたち、トワサンガのヘルメス財団の人たちなんでしょ? ビーナス・グロゥブのヘルメス財団ではアンドロイドのエンフォーサーを作って、死んだら機械の身体に入ることになっていた。トワサンガだって一緒でしょ。なんであなたたちは機械の身体に入らなかったの?」

そうノレドは叫ぶように訴えたが、もしノレドの想像が正しいのならば、その機械の身体が備わったシルヴァー・シップを破壊したのも自分たちなのだ。ノレドは天井の顔から眼を逸らすことなく、ラライヤの袖を引っ張った。

「と、とりあえず、6人がどうなっただけ調べて、いったん外に出よう」

「はい・・・」

ふたりは互いに身体を寄せ合い、天井の顔を見上げたままの姿勢で先を急いだ。天井の顔はふたりを追いかけてきた。やはり何かを訴えようとしている。

少し行った先に、6人は倒れていた。ラライヤは意を決してノレドの服から手を放し、彼らに駆け寄った。6人はぐったりとしたまま意識を失っていた。ノレドもラライヤを追いかけ、助け起こそうとした。幸いなことに死んではいないようだった。

ラライヤは助けた男性の頬を軽く叩いて目を覚まさせようとした。男性はなかなか目を覚まさないが、時折ううと唸り声を発した。彼女は何度も声をかけ、そのたびに頬を叩いた。ノレドは天井の顔が気になって仕方がなく、何とか説得しようとあれこれ考えた末に、自分の仮説を訴えてみることにした。

「クンタラの言い伝えに聖地カーバというのがあるんだ。そこはクンタラたちが最後に辿り着く場所で、争いごともなく、差別されることもなく、みんなが幸せに暮らせる場所だというの。あたしは残留思念は聖地カーバに行くのだと思う。ニュータイプもオールドタイプもなく、みんなみんな一緒になるんじゃないかな。きっとこの大聖堂のどこかに、聖地カーバに辿り着く入口があるんだよ。だから待ってて。きっと探すから。先にこの人たちの手当てだけさせて。お願い!」

ノレドの訴えは、天井で燻り続ける黒い影に通じたような気がした。影は相変わらず彼女たちを見下ろしていたが、少し大人しくなったように感じた。

「そのまま静かにしてて・・・。あたしたち、仲間だから。怖がらなくていいのよ」

そのとき、ラライヤが介抱して男性の眼が開いた。ラライヤの顔はほんの一瞬だけ明るく輝き、すぐに恐怖に引き攣った顔になってしまった。瞳があるはずの場所は何もないかのように真っ黒で、天井の顔と同じものだったからだ。

怯えたラライヤは膝にのせていた男の頭を振り払うように床に落として、自分は飛びずさるように立ち上がった。そのとき、金切り声のような叫びが聞こえたかと思うと、天井の顔が動き出し、恐るべき速さでラライヤの身体に突進した。ドンという衝撃がラライヤの身体を痙攣させた。

「ラライヤ! ラライヤ!」

ノレドの叫びに、ラライヤは振り返った。その瞳のある場所には何もなく、真っ暗な空虚がノレドを見つめ返していた。恐怖のあまりノレドが後ずさると、気を失っていた6人も次々に起き上った。誰も彼も同じ眼をしていた。その眼孔の部分はモヤモヤと境目がなく、眼球があるはずの場所は穴が空いているかのような漆黒が埋まっている。ラライヤも含めて7人の男女は、ノレドの顔を凝視していた。

「みんな、カーバに・・・。仲間だから・・・」ノレドはカラカラになった口を動かして訴えようとしたが、やがて諦めて叫んだ。「そんなわけなかった!」

ノレドは一目散に走り出した。この何者かわからない魂魄は、大聖堂の外までは追ってこないはずだった。それも確信があるわけではないが、いまはとにかく逃げるしかない。

ノレドは脚が速い。セントフラワー学園のチアリーディング部の中でも1番だ。対して7人は、思うように身体を動かせないのか、ノロノロ、ヨタヨタとノレドの走った後をついてくるだけだった。大聖堂入口に辿り着いたノレドは、ステンドグラスの扉の向こうにに資料班のアナ・グリーンとジャー・ジャミングが立っているのを見つけた。アナとジャーもノレドの姿を認め、扉を開こうとした。

しかし、扉は開かなかった。アナとジャーは外から鍵を開けてと叫んでいる。ノレドは中から鍵をガチャガチャといじるが、どちらに動かしても扉は開かなかった。ノレドは閉じ込められてしまったのだ。ステンドグラスの扉を背に、ノレドは恐怖の叫び声をあげた。7人は徐々に迫ってくる。

ノレドは必死に頭を回転させた。

大聖堂の入口は吹き抜けの大きな空間になっていて、左右の壁沿いに走れば捕まることなく逃げられそうだった。幸いなことに、相手の動きは鈍い。すぐに追いつかれることはないだろう。そうはいっても逃げ続けるわけにはいかない。疲れて脚が動かなくなったらお終いだ。その前に何か手を打たねばならない。

彼女は胸に温かみを感じた。彼女の胸には、ウィルミット長官から貰ったキャピタル・テリトリィのIDメタルとアイーダから貰った本物のG-メタルがある。アイーダから大聖堂の壇上に床に隠し通路の入口があって、地下通路を抜けた先に思念体の分離装置らしきものがあると聞かされていた。

(動きが鈍いってことは、前にラライヤに憑りついていた残留思念のように慣れていなくて、完全に相手の意識を乗っ取ってしまっているんだ。ラライヤは、自分が意識を失っているなんて気づかないくらいに自然に行動できていた。あの人物は、残留思念体として長く存在していて、この人たちは死んだばかり。だから相手の身体を上手く操れない。ということは・・・)

考えろ考えろとノレドは自分に言い聞かせた。そして出した結論は、彼らがまだカーバに行ったことがなくて、この世への執着が強すぎるというものだった。彼らをカーバに導けば、彼らの意識も変わって襲撃をやめるのではないか、そう考えたノレドは、敵をできるだけ引き付けて、すうっと深呼吸すると右手の壁に沿って走り出した。

目指すは奥にあるはずの礼拝堂である。その壇上の床に隠し通路の入口があるはずだった。

彼女の考え通り、残留思念に身体を乗っ取られた7人はすぐには追いかけてこられなかった。7人は困惑したように立ち止まり、やがて散り散りになってノレドを追いかけた。その動きは遅く、時間は稼げそうだった。ノレドは子供のころに聞いたゾンビの話を思い出していた。

大聖堂の中に不案内なノレドは、めくら滅法に走り続け、時折道に迷いながらも大礼拝堂に辿り着いた。アーチ状の天井を見上げると、光が差さないどころか、先ほどの残留思念と同じような黒い靄のような顔が天井を覆い尽くすようにあって、そのすべての顔がノレドの顔を見つめ、その姿を追いかけていた。ノレドはもはや恐怖すら感じず、一目散に壇上に飛び乗ると、目を凝らして床に何か細工がないか探した。ところが、床の板材のどこにも隠し通路のようなものはない。

ノレドはこぶしでコンコンと床を叩き、音が変わるような場所がないか探し続けた。だがそれも無駄だった。壇上の床には何もなかった。

(何か違う。ここじゃない? 落ち着いて思い出すんだ、ノレド。なんだっけ、何と言っていたっけ? 壇上の床・・・、壇上の床・・・)

そうこうしている間に、バラバラに追いかけてくる7人の姿が見えるまでに迫ってきた。とくにラライヤの動きが早い。ラライヤには霊媒体質のようなものがあるのではないかとノレドは考えた。でもそれなら自分にもあるはずだ。ノレドは確信していた。いざというときに強い。自分はそうなんだと彼女は言い聞かせた。

ラライヤはとうとう壇上まで上がってきた。漆黒の不気味な目が、ノレドを冷たく見下ろしていた。ノレドは恐怖のあまり身動きが取れなくなった。空虚な目をしたラライヤだったものがノレドにのしかかってきた。ノレドはラライヤの漆黒の眼を見た。やはりそれは眼などではなかった。思念の渦が凝固したもので、その周囲に身体だったころの記憶がまとわりついているだけなのだ。

ラライヤと思念体は、必ずしも一体化していないのだ。ふたりは揉み合いになった。ノレドが揺さぶるたびにラライヤと思念体は少しのズレを生じさせた。ノレドはラライヤの手を振りほどくと、パッと身を翻した。

「あんたたち、思念体になってもまるで形が保ててないじゃないか。わかった! ザンクト・ポルト大聖堂は思念体が実体化する場所なんだな。あんたたちは闇の中でしか動けない。だからこの建物は全面ガラス張りで出来てるんだ。影ができないように。あんたたちの姿が見えないように。ここはカーバじゃない! カーバへ行けない魂は消えてしまえ!」

そしてノレドは思い出した。大礼拝堂ではなく、小さな礼拝堂の壇上の床と聞いていたのだった。

「ここじゃない」

ノレドは周囲を見渡した。大礼拝堂の奥に通路があった。そこで正しいのかどうか確信はなかったが、軍籍のラライヤの身体能力をフルに使われるとノレドは抑え込まれてしまう。その前に行動を起こすしかなかった。彼女踵を返して通路の中に飛び込んだ。そこは真っ暗で、壁もガラス張りではなかった。おそらく司祭が出入りする通路のようだった。

ラライヤと他の6人が追いかけてきた。もし行き止まりだったらとの不安もあったが、通路の先には小礼拝堂があった。壇上に飛び移った彼女は、演壇の後ろに指を引っ掻ける窪みを見つけた。思いっきり力を込めてそれを引き上げると、下に続く階段が見えた。だが、光が差し込まなくなった大聖堂の中でもひときわ暗く、3段目以降の階段はまるで見えなかった。

徐々に7人が迫ってくるので、ままよとばかりに暗闇の中に身を投じたノレドは、壁の感触を手掛かりに1段ずつ慎重に降りていった。階段が終わったところは完全な漆黒の闇の中だった。どちらに向かえばいいのか、空間がどれほど広いのかすらわからない。ノレドの脚はすくみ、頭上から何者かが入口を探り当てた気配に怯えた。彼女は思わず胸元のG-メタルを握りしめた。すると闇の中に、消え入りそうなほど小さな、弱い発光を見つけた。手を前に出して、足元を気にしながら彼女はその青い小さな光めがけて進んだ。

そばに近づくとそれは、G-メタルの挿入口だった。ノレドは焦りを隠せず震える手で何とか2枚のカードを首から外すと、アイーダから託されたカードを差し込んだ。すると通路に明かりが戻った。突然の眩さに眼がくらみそうになった。閉じた目を開けると、すぐ近くにまで7人が迫っていた。彼らは普通の人間だった。明かりの中では思念体の黒い靄は見えないのだ。それでも彼らが操られていることは、生気のない動きによって明らかだった。

「なにか、何か起きないの? ここの扉が開くんじゃないの? なんで何も起きないんだ?」

ノレドはラライヤたちから目を逸らして、カードレコーダーに目を向けた。するとレコーダーは、「レイハントンコードを認証しません」と機械的に告げたのだった。

ノレドは叫んだ。

「ベルリーーーーーッ。助けて、ベルリーーーーーーーッ!」


3、



そのころベルリは、シラノ-5第1リングの再起動テストに立ち会っていた。5つあるリングのうち、第2から第5リングはすでに完全復旧していた。残すは通称ノースリングと呼ばれる第1リングだけとなっていた。

かつてここはトワサンガの行政区画であり、出入りの業者以外一般人が立ち入ることはほとんどなかった。秘匿された立ち入り禁止区画には、ヘルメス財団の人間が働き、トワサンガを事実上実効支配していたのである。この区画にはいたるところにレイハントン家の紋章がある。

先の戦争で彼らヘルメス財団の人間をすべて死なせてしまったことで、トワサンガの行政は一時的に滞ってしまっていた。それを短期間で一応の形を整えたベルリは、このノースリングの再起動が終わったのちに、民主選挙の実施と王政の廃止をもってレイハントンとしての仕事を終えていったん実家に戻るつもりであった。彼はまだその先のことは考えていない。

「ダメだなぁ」

初老の男が情けなさそうな声で首を捻った。

ベルリがリング起動の総責任者に任命したのは、リングの保守点検業務に詳しい老人だった。彼はトワサンガ総務省の技術技官として副長官まで出世したのちに引退した人物だった。サウスリングの田園地帯に引っ越して余生を過ごしていたところ、難を逃れたのだった。

リングの停止によって、多くの人命が失われていた。それは月で眠っていたムーンレイスをすべて移住させても到底足らないほどの数であった。戦争終結後、脱出艇で月に逃れた1千人余りの人間で捜索を行い、セントラルリングより南で発見された人間は4万人。上部リングで救助された人間は2500名、死者行方不明者は10万に近い。トワサンガはじまって以来の大惨事だったのだ。しかも、ノースリングの停止はG-セルフの機能が関わっている。ベルリが責任を感じるのも無理はなかった。

「さっき少しだけ動いたような気がしたんだけどなぁ」

ベルリは運ばれてきた食事に手を伸ばして、エンジニアたちを集めて輪になった。ベルリは総責任者のユウ・ハナマサに尋ねた。

「ラビアンローズの分離による影響はもうないんでしょ」

ハナマサは若い技師からノーズリングの見取り図を受け取った。

「調査の結果はご報告申し上げた通り。元々ラビアンローズというものはノースリングの機構には干渉してないと判明しています。軸も曲がっていないし、最初から分離することを前提に作られていたとしか考えられない」

「だったらなんで動かないんだろう」

ベルリはハアと大きく溜息をついた。ノースリングの起動テストは、もう10回以上試みられているのだ。いずれも失敗。だが何度か動きかけてもいるのだった。考えられることはすべて調べたつもりであった。

ハナマサは東アジア系の無口な老人で、ベルリが信頼を置いている人物のひとりであった。責任感の強い彼はもう何日も休みを取っていない。もし今日のテストでダメだった場合、ベルリはこの作業をいったん打ち切って選挙を先に行うことも考えていた。ハナマサは良く通る声でベルリにいった。

「機構的に問題があるとは思えないのですな。物理的に何かが邪魔をして回らないわけではない。だとすればもっと軋む音なりなんなり兆候があるはず。実際にテストで半周くらいは回っておるのです。でもすぐに停まってしまう。全停止して重力を失ったときと同じように、プログラム上の何かで動かないとしか思えない。そのプログラムも調べたのですが、ユニバーサルスタンダードによるプログラム言語ではなく、しかも部分的に暗号化されていて解析ができない。やらせてはおりますが」

ベルリは観念したように俯いた。

「1時間ほど休憩して、もう1回トライしてダメだったら、みなさんには1週間ほど休暇を取ってもらおうと思っているんです。みなさん、家庭もあるのに本当に申し訳ない限りです」

ベルリは深々と頭を下げた。

そのときだった。まだ入省して2年の若手エンジニアが遠慮がちに小さく挙手をした。ハナマサはその態度が気に入らなかったらしく声を出せと大声で怒鳴りつけた。ベルリは間に割って入ると手のひらを差し出して発言を促せた。

「実は気になっていることがあって」

「何でしょうか」

「この部分なんですけど」

彼はハナマサが手にしていた見取り図を借り受けて、ある1点を指して丸を描いた。

「ラビアンローズというものがパージされて質量バランスが崩れているんじゃないかって話になったときに計算したんですけど、ここに空間があるかもしれないです」

ハナマサがきつい口調で言い返した。

「そんな報告は受けていないな」

「自信がなくて」男はしどろもどろに応えた。「ここに空間がなくてもバランスは取れているので回転に支障はないんです。そんなに大きな空間じゃない、というか、もしかするとここもパージできるのかもしれない。プログラムのことはよくわからないんですけど、停まったときの経緯を聞く限り、大執行でしたっけ、それを行うためにリングを停めてラビアンローズというものをパージしたように思えるんですね。もしすべてパージしきれていなかったら、それがネックになって動かないのかもって」

「すぐに案内してください」

ベルリは藁にもすがる思いで若手エンジニアにその場所まで案内させることにした。

彼が業務のメンバーを連れていったのは、狭い通路の入口であった。白い壁にレイハントンの紋章が描かれている。見取り図を手にした青年はまだこの先だといった。ベルリはG-メタルをレコーダーに差し込んで扉を開いた。その先には細い通路があった。案内されるままについていくと中央辺りの側面にまた大きなレイハントン家の紋章が描かれていた。

「このマーク、しつこいくらいにあるんだな」

ベルリは呆れてそれを横目に通り過ぎようとしたのだが、青年はおそらくこの辺りですと立ち止まった。だがそこにはG-メタルのレコーダーはなかった。白い壁に赤く文様が描かれているだけだ。鳥の形の文様を手でなぞると、赤く塗られてはいるがその部分は金属のようだった。

「でもここは壁でしょ?」

「何か声が聞こえませんか?」

エンジニアのひとりが周囲を見回しながら呟いた。確かにたしかに女の悲鳴のようなものが聞こえなくもなかった。怪訝な顔のベルリが壁に耳をつけてみると、どこからかピピピと機械音が鳴って、壁がするりと開いた。ベルリは勢い余って中に転がり込んでしまった。

「ひとりでに開いたぁ?」

「いや、おそらくタッチセンサーでしょう。身体を壁につけたときに、G-メタルに反応したんです。開いたことに問題はない。それより、なんですか、そこは?」

エンジニアたちは恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。そこにはパイロットスーツとヘルメットが準備してあった。ベルリが手に取ると、胸にレイハントンの紋章が刺繍されていた。訳が分からず顔をあげると今度は部屋全体が青白く光り、「アイリスサインOK、レイハントンコード認証」と機械音が告げ、狭い部屋の向こうにあった縦長の六角形のようなものが跳ね上がった。

その先にあったのはコクピットだった。そして、ハッチが開いた途端、ノレドの叫び声が聞こえてきた。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第31話「美しき場所へ」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第31話「美しき場所へ」前半



1、


アイーダ・スルガンは久々の休息を郊外の丘陵地で過ごしていた。旧時代に破壊された都市群を眼下に、遠く広い空を眺めている。空には白い月。遥か彼方に水平線が見える。国会は2日後に再開される。彼女の下した決断が国会の承認を得られるかどうかはまだわからない。

彼女の傍には女性政策秘書のセルビィが立っているた。彼女はまだ20代後半だが、議会対策に長けており、ベテラン秘書のレイビオとともにアイーダが頼みとするスタッフである。白人女性のセルビィはアイーダよりも背が高く、グラマラスで美しい女性だ。それを最大限に使って権謀術数渦巻く議会対策を取り仕切る能力がある。

地殻変動によって出来たという丘陵地に立ち、アイーダとセルビィは軽い食事をついばむように食べながら遠くを眺めていた。

「今回の選択はもしかすると姫さまの立場をかなり危うくすると存じますが」

セルビィの声は落ち着いており、すでに観念したことが伺えた。それでも念を押すようにアイーダに尋ねたのである。それにアイーダが応えた。

「それはわかっています。エネルギー問題で国民が苦しんでいることも。セルビィがビーナス・グロゥブのことを持ち出されることが嫌いなことも。確かに、ここにこうして立っているだけでは、月に人がいることや、あの輝く金星の近くに人がいることも実感ができない。それはわかるんです。でも、いつかわたしたちは重力を離れて向こうの世界がまるで隣の町のように感じられるまでにならなくてはいけない。そのための第1歩なんです」

アイーダは、国民からの要求が大きい内燃機関の開発や原子力エネルギーの研究再開を認めない方針を打ち出していた。彼女はあくまでビーナス・グロゥブからのフォトン・バッテリー供給を待つことに決めたのだ。グシオン提督の子供としてその政策継続も望まれていた彼女だけに、これには多くの支持者が失望を表明した。

月の裏側にあるというトワサンガや遥か彼方のビーナス・グロゥブまで来訪した経験のある人間は、地球にはほとんどいない。その経験が年若い彼女が政治家として活躍できる素地になっている。クレッセント・シップとフルムーン・シップによる世界歴訪が、彼女の話に真実味を与えていた。

だからと言って、政治の世界がひとりの少女によって動くわけではない。彼女は常に政敵と戦い、国民の支持を得なければならないのだ。そして今回の決断は、彼女の立場を危うくする。

「ゲル法王殿下とお会いになって、フォトン・バッテリーは来ないかもしれないと忠告をお受けになったのに、それでも姫さまはビーナス・グロゥブの方々を信じることにしたのですね」

「以前わたしはお父さまに『溺れた人を見つけてもすぐに助けようと川に飛び込んではいけない』と教わりました。溺れた人は助かろうと必死に救助者にしがみついて救助者までも溺れさせてしまうからだそうです。もし溺れた人を見つけたのなら、その人物の頭が水の中に沈むまで待てと。それから飛び込めば救助者は抱きつかれて手足の自由を奪われることなく川を泳ぎ切り、結果として溺れた人を助けられるのだと。わたしは今回はビーナス・グロゥブに伺っておりませんし、ラ・ハイデンという新しい総裁のことも知りません。しかし、いまの状況はまさにそうなのだと確信したのです」

「姫さまの決断に従うと決めた以上はいまさらどうのこうのとは言いませんけど、助けてくれるからこのまま溺れてしまおうというのは、国民には納得がいかないはずです」

地球にはフォトン・バッテリーで動くトラックしか存在しない。もしその供給がゼロになれば、馬車に時代に逆戻りになるし、すでに馬や牛の価格は高騰している。ゴムのタイヤがついた馬車は日常の足に復権していた。だが、蒸気機関で文明を維持できるほどの資源は地球に残されていない。

「そうでしょうね」アイーダはサンドイッチの最後のひとかけらを口に入れた。「フォトン・バッテリーによって築かれ、増えた人口がこのまま維持できるのかどうか、自分の家族が飢えて死ぬことはないのか、だれしも心配でしょう。それでもわたしにとって今回の決断は、論理的帰結でもあるのです」

「一連の騒動の?」

「そうです。クンパ大佐が引き起こした戦争は、彼自身のムタチオンに対する恐怖とその克服方法として戦争が選ばれたことが原因ですが、真因は戦争の継続を望む軍産複合体の組織が生き残っていたことにあります」

「説明していただいた薔薇のキューブ、ラビアンローズ、そうしたものですね」

「そうです。そしてジムカーオ大佐が引き起こした戦争は、彼自身のオールドタイプに対する私怨が原因でしょう。しかし、真因はスペースノイドとアースノイドによる地球支配をめぐる争いです。これは宇宙世紀初期からずっと続いていたのです。クンパ大佐の反乱の背後にはビーナス・グロゥブのヘルメス財団があり、ジムカーオ大佐の反乱の背後にはトワサンガのヘルメス財団があった。ビーナス・グロゥブのヘルメス財団はラビアンローズの支配者の末裔、トワサンガのヘルメス財団はニュータイプ研究所の末裔だと思います。彼らは別の時代に外宇宙から地球に帰還してきた人たちなんです」

「壮大なお話ですが・・・」

「でも現実なんですよ」アイーダは微笑んだ。「ウソみたいな現実なんです。2000年間、人間はずっとモビルスーツを作って、戦い合って、壊し合ってきた。それがある人々の利益となり、豊かな生活の保障となってきた。政治は彼らの操り人形に過ぎなかった」

「ビーナス・グロゥブはヘルメス財団を抑え込めたのですか? それができていなければ」

「それはノレドさんから聞いています。ラ・ハイデン閣下は戦争をしていたと。そしてラビアンローズの人々、つまりビーナス・グロゥブのヘルメス財団が地球圏へ逃げてこないようにクレッセント・シップとフルムーン・シップを預けたのだと」

「ヘルメス財団は壊滅したのですが?」

「もともと表向きの代表と、エンフォーサーと呼ばれる裏の代表がいたのでしょう。エンフォーサーの目的は、環境が回復した地球を支配することです。クンパ大佐の目論見通り全人類が互いにモビルスーツで争い続けた場合、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーはキャピタル・タワーで地球に降りてきてフォトン・バッテリーの供給とモビルスーツ供給でそのまま地球を支配できる。すべての貴重な情報は彼らが握っているわけですから。ビーナス・グロゥブから供給されるエネルギーを使って宇宙世紀の続きができる。彼らの立場は安泰です」

「トワサンガのエンフォーサーは?」

「彼らはスペースノイドとアースノイドが最終戦争をしてアースノイド、つまりオールドタイプを一掃することが目的だったのでしょう。彼らスペースノイドには地球人に対する拭い難い不信感がある」

アイーダはクン・スーンに告げられたきつい言葉を思い出していた。宇宙で育った人間には、地球で育った人間すべてが愚鈍に見えるというものだ。

「いらっしゃったようです」

セルビィが遠くを指さした。その先には1台の馬車があり、蹄の音は次第に大きくなって彼女たちの前で停まった。

馬車から降りてきたのは、アメリアの大統領であるズッキーニ・ニッキーニだった。アイーダの政敵であるが、セルビィのとりなしでアイーダからの提案を検討していたのだった。

「もう走る車がありませんでしてな」ズッキーニはどちらにともなしに話した。「アイーダ議員の今回の提案。大統領個人として、そして議会の総意として受け入れることにしました」

「本当ですか!」アイーダは素直に喜んだ。「そうしていただけると助かります」

ズッキーニ・ニッキーニは相変わらず狡猾そうな油断ならない人間であったが、今回だけは裏工作なくアイーダに賛同したようだった。

「このままアメリアがエネルギー革命を起こして核エネルギーなどを使った場合、ビーナス・グロゥブとの間で戦争になるとの話、可能性は高いと判断しました。こっちには戦う武器もなく、食料の供給もどうなるかわからない状況でビーナス・グロゥブが攻めてきたりしては大変ですからな」

アイーダがズッキーニに送った書簡には、独自エネルギーによる発展を目指すことなくこのままフォトン・バッテリーを待つとの方針が記されていた。理由はビーナス・グロゥブとの間の戦争である。ズッキーニは念を押した。

「もし仮にグシオン総監が目指された方針通りにアメリアを発展させたなら、必ずビーナス・グロゥブは地球に攻めてくるのですな」

「それが『大執行』ですから」

「ううむ」ズッキーニは唸った。「まぁ、仕方があるまい。娘のあなたが父の方針を捨てるというのならそれなりの覚悟があるのでしょう」

覚悟。それはビーナス・グロゥブがフォトン・バッテリーを供給してこなかった場合のアイーダの処分のことである。

「もちろんです」アイーダは応えた。「『座して死を待つ』つもりはないのです。ただ、父上の方針でアメリアを発展させれば、アメリアはおろか地球はお終いです」


2、


月基地の反乱を制圧したハリー・オードは、シラノ-5に戻るや新たな驚きに直面することになった。トワサンガの軍事警察組織のトップに立つ彼は、ベルリ・レイハントンの重要閣僚のひとりであったが、ふたりきりになって打ち明けられた方針は、彼には博打に映った。

ハリーはベルリの執務室の椅子に腰かけ、しばらく吟味するように間を置いてから返事をした。

「縮退炉を放棄してスモーも廃棄処分のするというのは、賛成しかねますな」

執務室の大きな机の前に座ることが嫌いなベルリは、机を椅子代わりにお尻を乗せて並べたデータに眼を落としていた。

「月もトワサンガも、基本的には太陽エネルギーだけで重要設備の大半は維持できるように設計されています。シラノ-5も薔薇のキューブが分離して心配しましたけど、調査の結果では資源には影響がなくて、水も空気も自律的に供給されるようになってますし、過剰なエネルギーは戦争の元ですから」

「エネルギー供給に余力を持っておくのは良いことでは?」

「ぼくも最後まで迷ったんですけど」ベルリは月で生産されたコーヒーを口に含んだ。「宇宙から脅威が消えたいま、残しておく必要はないと判断しました」

「ううむ」

「初代レイハントンが月の内部にハリーさんたちムーンレイスやその技術を隠していたのは、いずれビーナス・グロゥブやトワサンガ内部のヘルメス財団と戦争になるとわかっていたから、切り札に残しておいたのだと思います。ここ数日検討していたのですが、初代レイハントンは、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の中でエンフォーサーの反乱が起きて、地球にフォトン・バッテリーを供給するいわゆる表向きのヘルメス財団が、裏のヘルメス財団であるエンフォーサーに乗っ取られることまで想定していたんじゃないかと。ビーナス・グロゥブのエンフォーサーたちの目的は大執行、つまり全軍を挙げてのレコンギスタですから、トワサンガはそれを受け入れなければ大戦争になる。いや、むしろ大戦争になることを前提に、ムーンレイスの戦力を温存していたのだと考えたんです」

「その隠し玉がG-セルフだったと」

「G-セルフとそのコクピットに搭載されたサイコミュ。さらにはザンクト・ポルトの装置。ニュータイプに関する研究はトワサンガの方がはるかに進んでいたようですし」

「根拠はあるのかな?」

「命についての考え方に大きな違いがあると思うんです」ベルリは天井を見上げた。「ビーナス・グロゥブは長寿を目指した文明の発達が根幹に存在します。ラ・グー総裁は200年以上の長寿、ジムカーオ大佐もかなりの長寿です。ボディスーツだって、ムタチオンに対処するためだけに発達したわけではないでしょう。そもそも長寿を目指してきたから、機械の身体を抵抗なく受け入れている。身体を機械にしてまで生き延びるということは、死を恐怖しているということです」

「ああ、そういうことか」ハリーは思わず頷いた。「ニュータイプ思想は、必要以上に死を畏れないからこそ成立する考えだ。彼らにとって死は思念体に進化するイニシエーションに過ぎないからな」

「誰だって死ぬのは怖いでしょうけど、その向こうに美しい世界があると知って、実感できて、体感もできるのならば、自分の生命に過剰なエネルギーを投入してまで死から逃れようとはしないはずです」

ハリー・オードはこんなとき相手が少年でなければ酒を所望するのにと残念がった。だがその気持ちはミラーシェードの奥に隠されたままだった。彼はベルリのコーヒーをカップに注いで我慢した。

「ビーナス・グロゥブのことはベルリくんほど詳しくはないが、彼らは月と同じ大きさになるほどにまでフォトン・バッテリーを作り蓄え続けているとか。彼らのエネルギー不足への過剰な恐怖は一体なのが原因なのだろう? 地球で消費される分まで労働奉仕するなどとスペースノイドでも普通では考えられないことだ。対価を要求しても別に誰が咎めるわけでもないだろうに」

「エネルギー不足への過剰な恐怖・・・。ハリーさんたちムーンレイスの皆さんも外宇宙から帰還してきたのでしょう? 何か共感することはありませんか?」

「帰還者といっても数世代前のことで、我々は地球圏で生まれ育っているから何とも・・・」

「人類が外宇宙へ進出した原因は、戦争の拡大と継続が目的だったのでは?」

「いや、それはどうかな」ハリーは首を横に振った。「ビーナス・グロゥブのヘルメス財団がそうだったとでも?」

ベルリは言葉を探りながら応えた。

「地球環境の悪化に絶望した人類が外宇宙に居住可能な惑星を探すことはあると思うんです。おそらくそれを決断させるほどかつて地球環境は悪化していた。人が住めなくなるほどでなければ、外宇宙に出ようなんて考えないですよね。だから、生きるために出ていった。それは間違いない。でも、あくまでそれは表向きの理由で、そこの惑星へ辿り着いても人類はモビルスーツを作って争い続けたわけでしょう? 生きるための移住と、特権階級を維持したいという欲望は常にセットで動いていたはず」

「移住するといっても、金が掛かるわけだからな。それを出したのがヘルメス財団の前身組織で、彼らは移住先の惑星で戦争をさせて使った富を回収していた。君の言いたいことはそういうことだろうか?」

「はい」

ハリー・オードは歴史には無関心な男であったが、それでも自分たち外宇宙からの帰還者がモビルスーツでの戦いを絶え間なく継続してきたことは聞いたことがあった。だからこその冬の宮殿でであり、黒歴史であったのだ。それらの事実とヘルメス財団の在り方を考慮して考えると、モビルスーツによる戦いがまるで経済活動や公共事業のように扱われていたことにも納得がいった。

「人類は・・・、愚かだったのだな」

ハリーはベルリの提案を受け入れることにした。彼はすっかり冷めたコーヒーで喉を潤して、しばらく雑談したのちに退去しようとして思い止まり、ドアのところで振り返った。

「初代レイハントンに関する歴史をまとめる話だが、早急に取り掛かりたい。出来れば資料収集のために人員を割いてもらいたいのだが」

「いまザンクト・ポルトにやっている大学生たちが戻るまで待ってもらえますか?」

「彼らか・・・」ハリーは頷いた。「いいだろう。著述などとガラではないが、気になることも出てきたのでな」


3、



ザンクト・ポルトのスコード教教会に結集した調査団の内訳は、トワサンガからの大学生グループが30名、アメリアからの調査団が50名の計80名であった。

本来彼らはキャピタル・テリトリィ法王庁の20名を加えて100人態勢で月にある冬の宮殿を調査して、人類の戦いの記録から黒歴史の編纂をしていくことが目的だった。しかし、法王庁のおかしな動きを察知したベルリが、トワサンガの学生をザンクト・ポルトに送り込み、さらに月に来るはずだったノレドとラライヤ、アメリア調査団を同地に止め置いて法王庁の20名だけを月に移送したのだった。

こうして月での反乱で彼ら80名が捕虜になるのを避けたのである。

ザンクト・ポルトにおける法王庁の振る舞いに腹を立てた調査団は、法王庁との共同調査を拒否した。その話を聞いたザンクト・ポルト住民たちからぜひ自分たちも調査団に加えてもらいたいとの申し出があり、協議の結果民間歴史愛好家20名が調査団に加わることになった。

「あたし? ムリだよぉ」

ノレドはその調査団長に推挙されて、必死になって辞退を申し出た。

「学術調査の責任は自分が取りますから」

シラノ-5からやってきた大学教授アナ・グリーンは、あくまで形式上のものだからと抵抗するノレドをなだめなければならなかった。ノレドは彼女の教え子になるのだ。アナは40歳になる大柄の白人女性で、フリルのついたシャツをパンタロンの中に入れて男装風のいでたちで眼鏡を掛けている。

アメリア政府から派遣されてきた歴史政治学教授ジャー・ジャミングもノレドを調査団長にすることに賛成だった。38歳の彼は囚われの身だった数日間でアナ・グリーンと意気投合してパートナーのような立場になっていたが、アメリアには家族がいるのだという。

「こういうものはだね」ジャーは髭面を引っ掻きながら話した。「権威付けも必要なんだ。何せ相手はスコード教の総本山なわけだから。何が起こるかわからないだろう? 君に迷惑が掛かるようなことはしないし、そんなことはトワサンガの人も許さないだろう。ね?」

「そうです」アナはノレドの肩に手を置いた。「あなたに何かあったらベルリ王子が黙っているわけない。あなたには誰も手出しできない。だからこそ、形式的でいいから、ね?」

ノレドはなおも不満そうであったが、ちょっと照れているだけで本心では調査団長と呼ばれることに悪い気はしていないのだった。ラライヤはノレドの内心がよくわかるだけに醒めた顔でノレドの抵抗を眺めていた。

本来調査団は月の冬の宮殿を調査してから、テクノロジーに詳しい人間を入れてザンクト・ポルトの思念体分離装置の研究をする予定であったが、ノレドから予想外の資料が提供されたことで、資料分析班と実地調査班に分かれてデータ収集だけ先にやってしまうことになった。

アナはウィルミット・ゼナムから提供されたトワサンガの行政組織の情報に釘付けになった。それはシラノ-5に5つあるリングの最上階、立ち入り禁止エリアだったノースリングの行政区画内の様子が詳しく記されていて、失われたいまとなってはエンフォーサーのことを知る貴重な資料であったからだ。

ジャーはハッパから託された紙の資料に向き合って難しい顔つきになっていた。それはアメリアが近々発表するはずのレコンギスタ事件に関する報告書の草稿の一部で、主にエンフォーサーについて記されている。アメリアの大学教授で宇宙へ来たのは初めてになるジャーは、エンフォーサーについては報道以上のことは何も知らない。そもそも「人類の祖先がいったん地球を脱出して外宇宙に移住したのちに帰還してきた」ことも初めて聞く話だったのだ。彼はとんでもないところに来たものだと息を飲んだ。

アナとジャーは同時に紅潮した顔をあげてノレドを見たが、ジャーはどうぞとばかりにアナに譲った。

「ノレドさんもノースリングの立ち入り禁止区域に入ったのですか?」

アナにとってそれは重要なことであったらしい。ノレドは腕組みをして首を横に振った。

「あたしが入ったのはノースリングの上だよ」

「上?」

「シラノ-5はノースリングの上の部分に薔薇のキューブがくっついていたんだ。ハッパさんの資料にはラビアンローズって書いてあるけど、あたしはラビアンローズのエンジン部分から内部の工場のところを通って、居住区域に入っていっただけ。そこでこの子を助けたんだ」

ノレドはそう言ってラライヤを前に差し出した。ラライヤはこの調査団の一員ではないのだが、月からメガファウナが来てベルリの指示があるまでは彼女を護衛する立場にある。彼女はまだノレドの近衛騎士隊長のままなのである。

「ラビアンローズ?」

聞きなれない言葉に戸惑うアナに、ジャーが助け舟を出した。

「それはこちらの資料にありますね。『薔薇のキューブは惑星間宇宙船であり、移動式のスペースドッグであり、宇宙世紀にはラビアンローズと呼ばれる民間企業の施設であった可能性が高い』と。ノレドさんは、その、こういうことに詳しい人なのかな? 月の王子の婚約者だと聞いているが」

「ああ、それね」ノレドはそっけなく言った。「本当はまだ決まってなくて。あたしはそのつもりだけど・・・。詳しいというよりね、薔薇のキューブを壊したのはあたしたちだから」

「は?」

アナとジャーはそうしたことはまだ何も知らないらしく、唖然とした顔でノレドの顔を眺めまわした。

「あたしとここにいるラライヤは、ジムカーオ大佐との戦いのときにシルヴァーシップと戦ったんだよ。ビーナス・グロゥブには2度行ってるしね。ビーナス・グロゥブのラ・グー総裁には、いくらでも使えるキャッシュカードも貰ったんだ。ほら」

そう言ってノレドがヘルメス財団の紋章が入ったカードを見せると、アナとジャーは互いに何か考えるように押し黙り、同時に何か言いかけたが今回もジャーが譲った。

「ノレドさんはシラノ大学に進学する予定だと聞きましたけど」

「そうです」

「そちらは近衛騎士隊長のラライヤ・アクパールさんよね。あなたもどうかしら?」

それからふたりは、アナとジャーに質問攻めにされたのだった。


4、



「思念体の分離装置ってどんなものなの?」

「あたしが知るわけないじゃないですか」

結局ノレドとラライヤは根掘り葉掘り質問されただけで訓練不足を理由に資料分析班には入れてもらえなかった。まだ入学前のノレドと軍籍のラライヤは思念体分離装置解析班に回されたのだが、こちらも分析するわけではなく写真撮影などのちの本格調査に必要な資料収集が主な仕事だった。

「ったく、失礼しちゃうわ」

ノレドはてっきり自分も資料班だと思っていたので、追い出されたときにはむくれて口を尖らせて文句ばかり言っていた。それに対してラライヤはビーナス・グロゥブの出来事を持ち出して慰めた。

「あたしたちとリリンちゃんでビーナス・グロゥブを自由に歩いたことがあったじゃないですか。あのときあたしたちは『トワサンガとビーナス・グロゥブの違いを見つけてやる』って頑張って観察したつもりだったのに、何ひとつ違いを見つけられなかったでしょ。訓練不足なんですよ。大学で何かを専攻するというのは、ああいった場面で違いを見つける手掛かりになる知識を身に着けるということじゃないですか」

「そうなのかなぁ」

「いずれトワサンガに来たら話があると思いますけど、ノレドさんは大学の授業と同時にスペースノイドになるための技能訓練も受けるんですよ」

「スペースノイドのなるための? 宇宙で生まれた人がスペースノイドじゃないの?」

「それはアースノイドの考え方なんです」ラライヤはきっぱりと否定した。「地球で生まれた人はスペースノイドとアースノイドの違いは出身地だと思っている。でも宇宙で暮らす人間にとって重要なのは、その人物がどんな教育を受けてきて、どんなスキルを身に着けていて、何が出来て、どんな仕事を任せられるかってことなんです。いまキャピタルに移住したリリンちゃんは、まだ子供ですけどスペースノイドとしての自覚とスペースノイドとしてやるべきことを理解している。でもノレドさんはそうじゃない。ノレドさんだけじゃなく、地球で暮らしている人はみんなそうです。地球にはビーナス・グロゥブから移住した人が何人かいますけど、おそらくみんな地球人が宇宙に出たらすぐに死ぬだろうって思って日々生活してますよ。宇宙では人間がやらなければならない仕事を全部地球にやってもらっている。木でもなんでも生えているものを伐るだけ。狭い面積と限られたエネルギーで最大の収量をあげるにはどういう形でどんな木々を植えればいいのかなんて考えない。土の管理のことも考えない。全部地球任せでしょ?」

「宇宙では違うんだ」

「違います。分配の仕組みだって違う。木は土地の所有者のもので、伐った人は賃金を貰うだけなんてことは宇宙ではない。植えたときからそれはいつ伐採してなんに使うか決まっているんですから」

「そういう訓練を受けるの?」

「項目はたくさんありますし、テストもあるんですよ」

「頭が痛くなってきた」

ノレドは本当に頭を抱えて苦しそうな顔をした。ラライヤからは宇宙で暮らす人間が地球人とは違うという話は何度も聞かされていたが、テストがあるとは思っていなかったのだ。

ノレドがテストの内容を訊こうとしたときだった。歩いて向かっていたスコード教大聖堂からけたたましい声をあげて何人もの人間が外に走り出してきた。

「装置の解析班の人たちだ。行ってみよう!」

ふたりは駆け出し、大学生と思しき一段と合流した。

「どうしたの?」

「幽霊が出た!」

「は?」

学生たちは口々に幽霊が幽霊がと騒ぎ立てていた。

ノレドとラライヤの目の前には、全面ステンドグラスの奇妙な形の建物が聳え立っていた。それはスコード教大聖堂。上空から見ると建物はレイハントン家の紋章の形をしているという。地上からは壁が局面になった変な建物にしか見えないそれは、調査にやってきた人々をことごとく怯えさせて吐き出していたのだった。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第30話「エネルギー欠乏」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第30話「エネルギー欠乏」後半



1、


「何をしているのですか。さっさと片付けて」ウィルミット・ゼナムはいつものように部下たちにテキパキと指示を出していた。「クラウンの運航を中止するのですから養生をしっかりしなければ再開するときに支障が出るでしょう。機械類は完全に覆ってしまってね」

ビグローバー内は多くの運航庁の職員が走り回っててんてこまいの様相を見せていた。ウィルミット・ゼナムがクラウンの運航を中止してキャピタル・タワーの電力をキャピタル・テリトリティ中心部に振り分けると発表したとき、運航庁の職員はまさに我が耳を疑った。ウィルミット・ゼナムはどんなことがあろうともクラウンの運航だけはやめないと考えられていたからだ。

しかし、エネルギー不足が顕著となったキャピタル・テリトリティでは、そんなことも言っていられないほど状況は逼迫していたのである。キャピタル・テリトリティはクリム・ニックによる絨毯爆撃とその後の侵略行為、建設ブームの煽りを受けて地球上で真っ先にフォトン・バッテリーが尽きる地域になっていたからである。以前の世界ならば考えられないことであった。

事実上行政機関のトップとして働きづめの彼女は、仕事が忙しくてイライラしているだけでなく、尊敬するゲル法王がスコード教会に追放され、新法王に息子のベルリが指名されたことに激怒していたのだ。彼女がピリピリしているのは、忙しさから乱暴になっているのではなく、噴き出してくる怒りを必死に抑え込んでいるからであった。

「いつになっても殿方たちは何もしてくれませんのね」

彼女の刺々しい言葉遣いはここ数日ずっと続いていた。それは主に男性職員に向けられていたので、彼らは長官を顔を見るだけで逃げ出す始末であった。どうせオールド・ミスのヒステリーだと思われているのだろうなと顔をしかめながら、彼女は職員たちを叱咤してビグローバーの閉鎖作業を進めた。

彼女の男性への怒りはいつまで経っても国会再開にこぎつけられないことがそもそもの発端であった。自分が行政機関を維持している間になんとか生き残りの国会議員を集めて形ばかりでもいいから立法府を作ってくれと懇願しているのに、政治家たちは脚の引っ張り合いばかりで一向に国会開催にこぎつけられず、それどころか自分たちが選挙で有利になるようにゴンドワン移民やらクンタラ移民にできもしない約束をして、そのたびに元々の住民の反発を食ってはそれぞれのグループの対立を強めるばかりだったのである。この国には強い男がいない。ウィルミット・ゼナムは心底それが嘆かわしかった。

宗教国家であったキャピタル・テリトリィは、フォトン・バッテリーの配給利権で国家が成り立っており、何もしなくても多くの人間に分配が約束されていた。政治家は甘い公約を掲げるだけで、キャピタル・タワーで運ばれてくるフォトン・バッテリーが彼らの公約を果たしてくれたのだ。その利権が丸々消えてなくなり、エネルギーが地球で最初に尽きてしまう地域に転落し、移民が増え治安がメチャクチャになったいまこそこの国には強い男が必要なのに何たるざまかと嘆いているのだ。

ウィルミット・ゼナムは、なぜかクンパ大佐のことを考えていた。ごく短期間で宗教国家に軍隊を作り上げて戦争をさせた男というのは、こうした状況下にこそ必要ではないかと考えたのだ。彼がビーナス・グロゥブのピアニ・カルータという人物で、戦争による人類の遺伝子の強化を目論んでいたことなどすでに明らかになってはいるが、もしかしたら彼の目論見はキャピタル・テリトリティのようなところには必要だったかもしれないのだ。強いか弱いかは、必要不必要の問題であって善悪は関係ない。その人物がいかに悪を成そうと、必要なときには必要なのである。

その日の夕刻、無事にビグローバーは閉鎖された。未知の発電方法でキャピタル・タワー自体が巨大な発電機である以上、その電力を無駄にクラウンの運航に使うわけにはいかなかった。使用されなくなった電力は急いで整備された送電線によってビグローバーを取り巻くように建つ行政区域に供給された。

「ここまではいいとして・・・」

ウィルミット・ゼナムにはキャピタル・テリトリティを再生させるプランがあった。若手行政官を動員して作らせた渾身の案であったが、結局それを発表してくれる政治家は選出されず、かといって自分がそれを世界に向けて発表するわけにはいかなかったのだ。

地域住民だけでなく、いまや世界の人々がトワサンガの若き王ベルリ・ゼナム・レイハントンがクラウンの運航長官ウィルミット・ゼナムの子供であることを知っている。さらにアメリアの若き有望政治家アイーダ・スルガンも彼の姉だと知っている。この状況下で自分が表に出ることがあると、トワサンガのレイハントン家による独裁体制を目指していると勘繰られる恐れがあったのだ。彼女は息子の脚を引っ張るつもりも、義理の娘に苦労を背負わせるつもりもなかった。スルガン提督が亡くなったいま、アイーダも我が娘だと彼女は考えていたのである。

そこにようやく最終便から降りてきたケルベス・ヨーが戻ってきた。ウィルミットはホッとした顔でケルベスを手招きして演説の草稿を手渡した。

「じゃ、お願いしますね」

「あれ、やっぱりやるんですか。自分は一介の教師ですよ」ケルベスはさすがにウンザリして応えた。「結局政治家は誰もこれを発表できなかったんですね」

「形ばかりですから」

ウィルミットも今回ばかりは申し訳なさそうにしていた。

その夜のことだった。キャピタル・ガード養成学校の教師で現在はクラウン運航長官補佐のケルベス・ヨーは、キャピタル・テリトリティの軍事独裁政権の代表として以下のことを発表した。

①クラウンを運航停止して余剰電力を市民に開放するとともに役所を全面的に再開する。

②旧市民の権利を剥奪し居住希望者全員のID登録の義務化とその受付の開始。

③すべての土地所有権の剥奪と公平な再分配の約束。

④クリムトン・シティに関する投資債権の無効化。

⑤新市民の労働技能測定と合格者への参政権付与。

⑥3年後の議会再建。

⑦政教分離の推進。

かくしてケルベス・ヨーは再び形式上の軍事独裁者となり、行政の決裁者となった。もちろん事実上すべてはウィルミット・ゼナムがやることになる。

彼女はポケットにしまっていたメタルカードをケルベスに手渡した。それはG-メタルと似た形をしており、彼女がノレドに渡したものと同じだった。それは新しいIDカードの見本だったのだ。

「ジムカーオ大佐に誘われてトワサンガのノースリングで働いていたときに、これを使っていたんです。住民の情報はこれで管理しますから、いままでより手続きは簡素化されますし、不正な金品のやり取りも監視できます」

「自分、いま独裁者なんですよね」ケルベスはそれを大人しく首から下げた。「でも、新市民の第1号が独裁者ってのはどうにも格好がつきませんね」

「そんなの」ウィルミットはウンザリした顔で溜息をついた。「男たちに言ってちょうだい」


2、



ザンクト・ポルトは燃えていた。

権力を笠に着て大量の学生たちを捕まえたのが運の尽き、ノレドがアイーダのG-メタルで彼ら学生たちを解放したものだから形成は一気に逆転してスコード教団とキャピタル・テリトリティ法王庁の職員は大暴れする学生たちの前になすすべなく殴られ蹴られ引きずりまわされてボロボロの風体で道端に放り出される有様だった。

さらにトワサンガのベルリ・レイハントンが学生たちを支持しているという噂が広まるやザンクト・ポルトの人々も彼らの抗議活動に加わってスコード教の権威は一気に地に落ちてしまった。

「拝み屋のくせにッ!」

暴徒と化した一団は口々に奇声を発しながら法衣を着た人間を見つけ次第襲い掛かってリンチにしていくのだった。スコード教団の人間を拝み屋呼ばわりしているのは、アメリアから派遣された調査隊のチームであった。彼らは20名ほどの少人数であったが、元々さしてスコード教が根付いていない自由の国の人間であったから、宗教家の横暴には心底腹を立てていた。

ザンクト・ポルトはカシーバ・ミコシの居留地でスコード教の聖地であったが、この最終ナットの住人も、自分たちが行っている行為が宗教とは関係ないただのエネルギーの運搬事業だと気づいてしまうと、敬虔な気持ちなど気づけばなくなってしまうのだった。

数日間幽閉されて不自由な生活をさせられたトワサンガの若者たちは、かつてこれほどの屈辱は受けたことがなく、頭に血が上ってなかなか冷静になるのは難しい状況だった。

しかも先頭に立って坊主を殴りつけているノレドは、一時はトワサンガの王妃になると宣伝されていた女性で、ザンクト・ポルトでもかなりの有名人であった。そんな人まで牢屋にぶち込まれていただの、トワサンガの王子の名前を法王庁が勝手に使っただの、説法に目覚めたゲル法王を追放したのはスコード教団だのと噂は噂を呼び、市民たちは学生に食料と武器を供給して徹底して戦うよう励ます始末であった。この運動にリーダーが存在しないこともあって、暴動はひたすら激しく燃え上がっていった。

ザンクト・ポルトの警官隊はすでに再編されていたが、学生たちの抗議活動を黙認した。警察はこの暴動は鎮圧しようとすれば逆に燃え上がるものだと見抜き、自然鎮圧、つまり彼らが疲れて動けなくなるのをじっと待ったのだった。夕刻になってそれはようやく収まった。

暴れるだけ暴れて疲労困憊の学生たちは、何となくノレドの周囲に集まってきた。スコード教会の地下にあるという肉体と思念を分離する装置の調査に来ただけの彼らにはリーダーになるべき人間がいなかったので、年下ではあったがトワサンガの若き王子ベルリ・レイハントンの知り合いというだけでノレドは頼られる立場になったのだ。

ノレドもまた興奮が収まっていなかったので、集まってくる人間をすべて率いて道端に力なくへたり込んだスコード教団の坊主たちを縛り上げると、自分たちが隔離されていた施設に放り込み、そのままスコード教の聖地ザンクト・ポルトスコード教教会に乗り込んだ。そこはもはやもぬけの殻で、教団関係者はひとりもいない。ノレドはひまわりのアップリケのついたバッグをドンと机の上に置いて大きな声で叫んだ。

「さあ、これは不完全だけどアメリア議会に提出される調査報告書の草案だ。ハッパさんという人はエンフォーサーのサイコミュを調べ上げた人で、議会に提出されない事実もここには書いてある」

ノレドがそう話すとアメリアの調査隊からほうと感嘆の声が上がった。

「それにこれ!」ノレドは2枚あるメタルカードの1枚を高く掲げてさらにまくしたてた。「これはクラウンの運航長官から戴いたトワサンガの薔薇のキューブの実態についての資料ッ! これにはトワサンガの行政を牛耳ってきたエンフォーサーの秘密がたくさん入ってる。わたしたちはこのふたつの資料とスコード教教会の装置の秘密を暴いて、宇宙世紀初期にあったというニュータイプ研究の秘密に迫るッ! 初代レイハントンは自分を偉大なニュータイプの生まれ変わりだと称してムーンレイスと戦ったらしい。それが何を意味しているのかいまはわからないけど、ここにいるみんなで絶対に過去の秘密を暴いてみせる。そして宇宙世紀が黒歴史になってしまった理由を探そうじゃないの。もしわたしたちが宇宙世紀の失敗の原因を探し当てることができたら、わたしたちはもう1回宇宙世紀の理想にチャレンジできるかもしれない。宇宙世紀は人類にとって希望の世紀だった。なのに、何かが狂ってしまって戦争ばかりになっちゃった。その理由を知ってるのはビーナス・グロゥブの人たちだけど、あの人たちは答えは教えてくれない。自分たちで探し当てなきゃいけない。スペースノイドとアースノイドはなぜ分かり合えなかったのか、それを乗り越える奇蹟は本当にあったのか。ではなぜそれが後世の人に伝わらなかったのか。全部わたしたちが見つけてビーナス・グロゥブの人たちとの距離を縮めなきゃいけない。あの人たちはここよりずっと太陽の近くで地球の人のエネルギーを心配してわたしたちの分まで働いてくれていて、ムタチオンで苦しんで地球に帰りたがっている。もしわたしたちとビーナス・グロゥブの間の情報格差がなくなって、同じように考え、同じように行動できたのなら、わたしたちは技術を使うことを怖れなくてもよくなるかもしれない。それが本当の解決でしょ? わたしたちはもっと勉強して賢くならなきゃいけない。アースノイドとスペースノイドの労働意識の違いはいまベルリが対策を考えてくれている。ビーナス・グロゥブと同じ高い規律意識さえ持てば、アースノイドとスペースノイドの間の断絶は取り除かれる。そうでしょ?」

ノレドの突然の演説はトワサンガとアメリアからやってきた調査団に感銘を与えた。彼らは漠然と初代レイハントンが作った誰でもニュータイプ現象が体験できる装置の研究をするつもりでいたのだが、その先にある真の目的をはっきりと意識することができたのだ。

「ゲル法王は人間と人間の間にある断絶は必ず乗り越えられると言ってる。法王さまは宗教の話をしているけど、2000年前に起きたことは神話じゃない。事実なんだ。人間はすでにニュータイプ現象で人と人との間にある絶対の断絶を乗り越えたことがある。生の先には、先には・・・」

ノレドはふいに気づいた。クンタラでありながら彼らの宗教に帰依せずスコード教徒になった父が話してくれたクンタラの聖地カーバのこと・・・。ノレドは、思念体となった人間がいる場所こそがクンタラの聖地カーバだとふと気づいてしまったのだ。

やはり、クンタラはニュータイプと関係ある。ノレドはそっと唇を噛んだ。そしてそれを忘れようと首を振るといつもの明るいノレドに戻ってさらに声を張った。

「そんなわけだから、今日からここがわたしたちの宿舎だ。食料の調達と寝床の準備を急いで。いまからみんなで自己紹介し合って、明日からさっそく研究に取り掛かろう!」

ノレドの掛け声で全員が一斉にこぶしを突き上げたのだった。そんな彼女を横目で眺めながら、ラライヤはこう考えていた。

「ノレドは、ときどき急に冴えることがある。何かが憑いてるんじゃないかってくらいに。ビーナス・グロゥブで運搬船の返却交渉したときもそうだった。誰かに導かれているのだろうか・・・」



3、



「独立できない? 独立できないとはどういう意味なんですか? だって月はトワサンガで生産される物資のほとんどを生産しているのでしょう?」

すっかり月を支配している気になっていたギャラ・コンテ枢機卿は狼狽の表情を隠すことができなかった。指令室にたむろしていたスコード教団と法王庁の人々も、突然押しかけてきたムーンレイスの技術者たちを不安そうな表情で眺めていた。

「あなた方は地球の人たちなので、宇宙でのライフライン維持の仕事がどれほど厖大かお分かりにならないのでしょう。月には最低の人員しか置いてもらっていません。我々はメガファウナの人たちがトワサンガから交代要員を連れてきてくれないと24時間ずっと働かねばならなくなる。地球から来た若い子をこちらで預かってますけど、まだ右も左もわからない状態でとても任せられるところまで習得は進んでいない。本当ならもうとっくに我々はトワサンガに戻って休暇中だったんです」

「そんなことを急にいわれても」

法王庁の人間が官僚らしく交渉の場に進み出てきたが、交代要員がいない事実は覆せそうもなかった。

「月は宇宙世紀の間ずっと改造を受け続けていて、どこに何があるのか我々も把握していないのです。しかも我々はコールドスリープから目覚める前は500年前にいたんですよ。この500年間に何があって、月のどこのどんな仕掛けがされているのかもわかりません。より確かなのはずっと運用されていたシラノ-5です。いまは頭が取れてしまってノースリングが止まっている状態ですけど、ずっと運用されていたコロニーと時代ごとの技術が入り乱れる月では確実性の観点から比べ物にならない。ここはあくまでシラノ-5が完全復旧するまでの仮の運用で、トワサンガに居住しながら気長に月内部の全体像を把握していくしかないんですよ。お分かりになりますか?」

「しかし、あの、ムーンレイスの方は・・・」

法王庁の人間はしどろもどろになっていた。

「フィット・アバシーバ隊長ですよね? あの人の言う独立とあなた方の言う独立は同じ意味ではないでしょう? 隊長はシラノ-5にビームを打ち込んでジャミングを掛ければ独立達成ですよ。あなた方はここに生活の拠点を置くというのでしょう? 働きもせずに」

「いや、聖職者としての責務を・・・」

「そんなものは責務じゃないんだ! お前らはスペースノイドのことを何もわかっちゃいない!」

ついにトワサンガのの技術者たちは怒り出してしまい、休暇を寄越せと暴れ始めた。そこに軟禁状態から解放されたドニエル艦長も加わり、たいした戦闘もなくスコード教会と法王庁の人間は縛り上げられてしまった。

ドニエルは法衣に身を包んだ彼らを「拝み屋拝み屋」と罵りながら、簡単な操作だけ教わっていたモニター表示を点灯させた。そこには金色のスモーとノーマル色のスモーが対峙している様子が映し出されていた。ドニエルが振り返って同意を求めた。

「あの金色のがハリー隊長のものなんだろう?」

ええそうですと技術者たちから答えを引き出すと彼は満足して低い威圧感のある声で命令した。

「メガファウナに物資の搬入だ。すぐにシラノ-5に運んで交代要員を連れてきてやっから、お前らも手伝ってくれ。ハンドリフトくらい使えるんだろ?」

「そうりゃもう」

「拝み屋ども」ドニエルはギャラ・コンテ枢機卿を睨みつけた。「宇宙では法衣なんて何の意味もないことをすぐに教えてやるぜ。生きたまま宇宙に放り出してやる」


4、


「よくもオレの顔に泥を塗ってくれたな、フィットよ」

ハリー・オードが自分の愛機1機で月にやってきたのを見たフィット・アバシーバは、部下に部隊全機出動するように命じた。ところがそれに従う部下はひとりもいなかったのである。顔を赤くしたフィットはたった1機で出撃し、ハリー・オードを殺すつもりで向かっていったものの一言すごまれただけで意気消沈してしまっていた。

「どう落とし前つけてくれるんだ」

ハリーは部下の失敗に寛容な男であったが、まるで意味のない反乱行為は別だといわんばかりの剣幕であった。ハリーにこれほどきつく叱られたことのないフィットは頭が真っ白になってしまって口答えする力も残っていなかった。

「反乱罪は銃殺である」ハリーは冷酷に告げた。「すぐにコクピットから出てこい。いつものように撤退はさせんぞ。おとしまえをつけてもらう」

するとスモーのスピーカーからパンッという破裂音が聞こえてきた。フィットはコクピットの中で自殺したのだった。ハリーはチッと舌打ちをしたが、実はそうさせようと考えていたのだった。

というものも、ベルリからは事を穏便に解決してくれと頼まれていた。ベルリは軍隊経験がほとんどないので、軍規というものを理解していない。連れて帰って営倉に放り込んでもそれは反乱行為の処罰としては甘すぎ、甘い処罰では何度も同じことを繰り返すことになってしまう。

「結局逃げたことに変わりはないがな」

ハリーの感想は冷たいものだった。彼は大声で月に残った部隊構成員にスモーとフィットの遺体を回収する用意に命じた。

かくして月の反乱はいともあっけなくかたがついてしまった。ハリーはシラノ-5を振り返り、少しだけ心配になった。

「それにしてもベルリくんは地球側のエネルギー不足をどう考えているのだろうか。もしこのままフォトン・バッテリーが配給されなかったら、地球は大混乱に陥るだろうに」


5、



即決のハイデン。もしクン・スーンの話が本当だったなら、時期的にとっくにビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーは届いているはずだった。アイーダはクンとゲル法王と話すまで、ハイデンという人物が地球にフォトン・バッテリーを配給するかしないかで悩んでいるのかと思っていたのだ。

しかし彼をよく知るビーナス・グロゥブのクン・スーンは、そんな甘い期待を打ち砕いた。

私設秘書のレイビオとセルビィを執務室に呼んだアイーダ・スルガンは、アメリア国内のエネルギー状況を改めて検討した。科学知識が豊富なアメリアであっても、やはり森林の伐採は進んでおり、せっかく砂漠から森林に回復した地域でも再び砂漠化が進行しているという。

「キャピタル・テリトリティは経済状態が思わしくありませんからな。テーブル大地の巨木はどんどん伐採されてこのアメリアへ輸出されているのです。もしキャピタル・テリトリティを荒廃させてしまいたいのなら逆にいまがチャンスでしょう。国内の森林地帯の保護条例を作れば、さらにキャピタルからの木材の輸入が増えて、赤道付近はむかしの荒涼たる砂漠に戻るでしょう」

「そんなことは・・・」

長らくグシオン・スルガンの秘書を務めてきたレイビオの言葉は、まるで父の冷酷な一面を垣間見るようでアイーダは怖ろしくなった。

しかしレイビオにはなるべく父の言葉や考え方を娘に伝えたいという思いがあるらしく、アイーダの気持ちを察しながらもなおもスルガン的な考えの話を続けた。

「南米大陸に巨大国家があるのはアメリアには決して好ましくない。これはグシオン提督のお考えです。あんな場所に唐突にキャピタル・タワーが建設された意味は分かりませんが、この500年でアメリアの優位性はキャピタルに奪われ、せっかく蓄えた科学技術も破棄しなければなりませんでした。とくにディーゼルエンジン。ディーゼルエンジンの復活と工業用の油の生産はアメリアの基幹産業になるはずでしたのに」

アイーダは父の言葉を思い出しながら応えた。

「500年前には鉱山業もまだ盛んだったとか。炭鉱などもあったのでこのまま産業革命が起こると考えられていた。そうでしょう?」

「その通りです。石炭と鯨油で産業革命を起こすはずだった。そこに月からの使者というものらが現れてアメリアに租界を作ろうとした。いま問題いなっているムーンレイスのことです。彼らとの戦争があり、追い返したところが、いつも間にやらキャピタル・タワーが建設されて、それまで蓄えていた技術は一気に廃れてしまった。アメリアはフォトン・バッテリーの配給権の前にずっと頭を押さえられていた。姫さま、フォトン・バッテリーが来ないというのならいいではありませんか。500年前に戻っただけですよ。これをチャンスと捉えねば」

「それだけはいけない気がするのです・・・」

アイーダは悩まし気に議会対策のプロでまだ若いセルビィの顔を見た。セルビィはアイーダに代わってレイビオに食って掛かった。

「そのお考えはいますぐ捨てるべきではないでしょうか?」

「捨てる? それはまたなぜ?」

「お嬢さまはスルガン提督の娘であるだけでなく、レイハントン家の娘でもあるということをレイビオ氏はすぐにお忘れになる。キャピタル・タワーを作ったのはレイハントン家です。お嬢さまはそのどちらの立場も考慮しなければならないわけですから」

「だからそんなものにいつまでも囚われるなとお進言申し上げておる」

「いや・・・、ちょっと待って。ちょっと待って」アイーダは指で額を押さえた。

「何かよいお考えでも?」

「ああ、そうか」アイーダはテーブルをドンと掌で叩いて立ち上がった。「産業革命はやはり間違っていたんだ。産業革命が勃興しつつあったアメリアと宇宙世紀を否定しながら技術を引き継いでいたムーンレイスの接触は危険な行為だった。ムーンレイスはいったん月に引き返したけど、ディアナ閣下とキエル・ハイム女史は入れ替わったままだった。いつまた接触が再開されるかわからない。だから地球人には見えないところでムーンレイスは完全に封じられた。そして初代レイハントンはビーナス・グロゥブの地球への直接関与も阻止した。これは・・・、これはおそらく、黒歴史に残されていたあの映像だ。ビーナス・グロゥブはスペースノイドとアースノイドは戦って勝った方が地球を支配するというエンフォーサーの考え方だった。ニュータイプに進化した者が地球の支配権を持つ。スペースノイドとアースノイド、ニュータイプとオールドタイプの最終戦争。それが大執行。ジムカーオ大佐はレイハントンを姑息だといった。人類すべてにニュータイプ体験をさせる装置は大執行の妨げになる。それを否定するものだ。だから姑息。宇宙世紀の過ちを繰り返させないための優生による支配が大執行の考え方だ。これに対抗するための初代レイハントンの答えが、人類すべてのニュータイプへの進化だった。スペースノイドとアースノイドの相互往来のためのキャピタル・タワー、規格対立を避けるためのユニバーサル・スタンダード。相互理解のためのスコード教。そしてオールドタイプにニュータイプ現象の実在を体感させるためのザンクト・ポルトの装置。全部人間同士の対立を緩和する仕掛けじゃないですか。ビーナス・グロゥブの自己犠牲的な労働は、いつしかわたしたちが「交代の時間です。お休みください」とビーナス・グロゥブに申し出なければならないことだった。それをあの人たちはムタチオンに苦しみながら待ってくれていた。フォトン・バッテリーが来るとか来ないとかじゃない。こちらからフォトン・バッテリーの生産のための交代要員を連れて赴かなきゃいけなかった。彼らを宇宙での苦しい労働から解放させなきゃいけなかった。そう! ベルリがやろうとしていることはこれだッ! レイビオ、すぐにゲル法王猊下のアジア行きを阻止して。セルビィ、キャピタルのウィルミット長官とお話がしたい。コンタクトをお願い」

アイーダがにわかに活気づいたことに驚きながらも、ふたりの秘書はすぐさま彼女の願いを叶えるために動き出した。

「だからベルリはクリム・ニックとルイン・リーをビーナス・グロゥブに送り込んだんだ。大罪人であるあのふたりは、ビーナス・グロゥブで自由奴隷になる。そして、地球からフォトン・バッテリーの製造技術を学びにビーナス・グロゥブを訪問した最初のアースノイドになる。ベルリはトワサンガでスペースノイドとして訓練を受けさせ、ビーナス・グロゥブに労働派遣させることでビーナス・グロゥブの人たちに戦わなくてもレコンギスタする機会を与えようとしている。これがユーラシア大陸を横断してあの子が見つけた答えだったんだ」



HG 1/144 グリモア ガンダムGのレコンギスタ

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第30話「エネルギー欠乏」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第30話「エネルギー欠乏」前半



1、


クンパ大佐とジムカーオ大佐による大規模反乱によって、トワサンガのヘルメス財団はその正体が知られないうちに壊滅してしまった。トワサンガのヘルメス財団とは、ウィルミット・ゼナムがジムカーオ大佐に紹介されて目にしたノースリングの行政官たちのことである。

トワサンガの行政区を取り仕切っていた彼らが果たして「宇宙世紀存続派」だったのか「ニュータイプ集団」だったのか、確定的なことは誰にもわかっていない。真実はいまだ歴史の闇の中に閉ざされたままなのだ。

ただ、クンパ大佐が関係していたレコンギスタ支持派の多くにビーナス・グロゥブのヘルメス財団とトワサンガのレジスタンスが関与していたのはわかっている。彼らの前身が軍産複合体組織であったことは確かなようで、対してジムカーオ大佐の反乱に加わったのは、宇宙世紀時代にニュータイプ研究所として機能していた研究者の集団であったようだ。クンパ大佐の反乱の協力者は主に兵器開発者であり、ジムカーオ大佐の協力者はニュータイプ研究者であった。

彼らが何を企み、何を目指し、何をしようとしていたのか、全容は明らかになっていなかった。それもそのはず、すべての大本であるビーナス・グロゥブからの情報が圧倒的に少なかったために、地球の人間はただ茫然と宇宙での戦いを眺めるしかなかったのである。

トワサンガのヘルメス財団に残党はいない。彼らはジムカーオ大佐の用意周到な作戦によって完全に取り込まれ、薔薇のキューブとともに全滅してしまった。それがクンタラ出身であったジムカーオの復讐だったことは、ごく一部の人間が断片的に知るのみである。

ザンクト・ポルトを天上界とし、トワサンガとの交流の利権を一手に引き受けていたキャピタル・テリトリティのスコード教団は、キャピタル・ガードの調査部を使って情報をコントロールしていたクンパ大佐とジムカーオ大佐を失ってからというもの、自分たちの信仰の根幹が揺らいで気が動転してしまっていた。

彼らは自分たちの利権がいままでと同様に確保されることを前提に組織を運用していこうと考えていたので、まずもってゲル前法王の打ち出した「人と人との間の断絶を乗り越える奇跡を信じる」などという世迷いごとに付き合うつもりはさらさらなかった。ゲル前法王の新方針は、彼らに何の実利ももたらさなかったからである。スコード教団関係者にとって、実利がないとはつまり信仰の意味がないということであった。

彼らはジムカーオが成そうとしていた「レイハントン家の復興によるスコード教団の地位保全」を支持していたが、そもそもフォトン・バッテリーの供給が再開されないのではないかと不安になって、いろいろ悩んだ挙句にムーンレイスの存在に辿り着いた。

ムーンレイスはトワサンガの住民にとっても御伽噺の中の存在であり、ディアナ・ソレルは月の女王として神話の中の存在に等しかった。その女王が500年の眠りから目覚め、大きな陰謀を阻止する大活躍を果たした。彼女とムーンレイスには独自の技術体系があり、ふんだんにエネルギーを生み出すことが出来る。彼らムーンレイスならば、ビーナス・グロゥブに代わる「実利をもたらす信仰対象」になり得るのではないかと考えたのだ。

ところが肝心のディアナ・ソレルはアメリアのどこかの地域に隠れるように移り住んで暮らしているのだという。アメリアに大きな拠点を持たないキャピタル・テリトリティのスコード教団は、ディアナ・ソレルの居所を探すことすらできない。彼女を担ぎ上げて新法王にするなり、信仰の対象とすることは諦めるしかなかった。ゲル前法王もそのアメリアに取り込まれつつあり、自分たちは取り残される一方だと感じてしまったのだ。

そんな折のこと、月の奥深くにある冬の宮殿を調査中であった派遣団から、トワサンガには巨大船がないとの連絡がもたらされた。唯一稼働中なのはメガファウナというアメリアの船で、これも武装は解除されていて攻撃能力はなく、多くの戦艦は月にある宇宙世紀時代のドッグに封印されているというのだ。しかも彼らの女王は月にはいない。月を手中にすれば、自分たちが天上人になることさえ可能ではないかと、彼らは夢想してしまったのだった。

「知れば知るほど月というのは大変な代物です」ギャラ・コンテ枢機卿は興奮を抑えきれなかった。「宇宙世紀の時代からの技術が詰まっている。月自体が地球人の科学文明の粋を集めた結晶のようなものなんですね。無限のエネルギー、無限の生産力、地球から失われたものがすべてここには残っている。何て豊かな場所なんでしょう」

ギャラ・コンテ枢機卿は惚れぼれとした顔をキョロキョロとあちこちに向けた。彼はいま月を縦断する地下の鉄道設備を案内されて興奮していた。月の輸送システムは基本的に宇宙空間へ出て行われているが、いつの時代の遺産なのか、月の表面と裏面を結ぶハイパーループが存在するのだ。彼が案内されたのは、月の表面側にあるハイパーループの駅であった。

駅には彼が判別できないユニバーサルスタンダード以前の文字と様々な記号が描かれていた。壁も床も天井もすべてが銀色で覆われ、作られてからどれほどの時間が流れたのかまるで見当もつかない。つい昨日完成したばかりだと言われても信じてしまいそうなほど劣化を免れていた。

案内しているのは月に常駐しているムーンレイスの職員だった。彼は法王庁の調査団のところへ地球からやってきたギャラ・コンテ枢機卿のでっぷり太った姿に辟易しながらも、接待係としての自らの仕事は忠実にこなしていた。何の目的で月に来たのか詰問することは彼の仕事ではなかった。彼は鼻息荒くはしゃぐ枢機卿相手に淡々と説明をしていった。

「人類が初めて月面に着陸してからおよそ2000年。この施設は我々が初代レイハントンによって月に封じられてから発見したもので、成立年代がわかっておりません。500年前にはいまと同じようにここに存在していた。実は月の内部の施設はその多くが不明で、各施設の成立年代も不明、使用されている文字も様々、動力源も様々、長さと重さの単位もどうやら2種類存在するといわれています。枢機卿の時代のユニバーサルスタンダードを加えると3種類です。地球のように発掘品は出てきませんが、未発見の施設はおそらくたくさんあります。その中にどのような驚くべき設備があっても不思議ではないといわれているのです」

ギャラ・コンテ枢機卿は黄ばんだ目を案内役に向けた。

「動力源というのは発電設備のことでしょうか?」

「そうです。おおよそ核分裂、核融合、縮退炉、ソーラーシステムですが、ソーラーシステムはバッテリーの寿命が尽きており、現在は使用されていません。核分裂炉は燃料棒が抜かれてかなりの時間が経過しており、核融合炉は現在再点検中で稼働していません。現在利用しているのは縮退炉のみです」

「その縮退炉というものだけで、月のこの設備すべてを賄っているのですか?」

「そうです。我々の時代に近い設備なので、しばらくは縮退炉だけで運用されるはずですが、月にはヘリウム3が豊富にあるので、核融合炉の稼働も検討中です」

「素晴らしい。実に素晴らしい。無限のエネルギーじゃないですか。フォトン・バッテリーなど必要ない」

技術者がすでに絶えており、縮退炉を新造することはできないのだが、案内人はそこまでは話さなかった。何せ彼はエネルギーが枯渇しつつある地球からやってきた彼が太っていることが気に食わなかったのである。こんなに太っていて病気になったら欠員はどうするのだろうかと、スペースノイドである彼は考えてしまう。

「やはり、フォトン・バッテリーなど必要なかったのですな」

ギャラ・コンテ枢機卿は、相手の怪訝そうな顔には気づかず、興奮気味にまくしたてた。


2、


「連絡は取れないのか?」

ディアナ・ソレルが薔薇のキューブとの戦いで指揮を執った月面指令室は、いまでは数人が詰めているだけのトワサンガとの連絡室として使用されていた。月の表面にあるために、裏面の向こう側にあるトワサンガとの連絡には不便であったが、他に使える適当な施設が見つかっていないのだった。彼らはトワサンガのベルリ・レイハントンの方針に否定的で、月を人類の居住区にすべきだとの意見が主流であった。

「妨害電波なんですかねぇ?」通信士は首を捻った。「トワサンガとの連絡がまるっきり取れないんですよ。いまあちらには船がないはずで、通信が途絶えると困るんですよね」

通信士はトワサンガをモニターしているわけではなく、月のモビルスーツがシラノ-5を攻撃したことは知らなかった。話を聞いた男も首を捻るばかりで、事情を呑み込んではいなかった。

「仕方ないなぁ。機器の故障なのか妨害電波なのかわからないから、エンジニアに相談してくる」

そういう彼もエンジニアではあるのだが、ムーンレイスが作った食料プラントしか修理はできない。様々な時代の施設が入り組んだ月のシステムは、技術体系がまるで違うために解析の糸口さえ掴めていない状態だった。彼は眼鏡を拭きながら、トワサンガのことを考えて顔をしかめた。

彼に限らず、月に残ったムーンレイスの技術者の多くはベルリ・レイハントンの方針に反対している。というのも、彼らはフォトン・バッテリーの時代のシステムに関する知識がなく、トワサンガに移住させられるとまた一から技術体系を学び直さなければならないからだ。

フォトン・バッテリーに関する技術は現代においてユニバーサル・スタンダードと称され、かなり簡素な仕組みにはなっていたが、簡素であるがゆえに故障した際に何をどう修理していいのかわからなくなっていた。主な修理方法は交換である。修理箇所は専門の技術者に委ねられ、その技術体系はかなり複雑であるのだ。

男がやってきたのは月の表面と地球を見ることが出来るガラス張りの窓のある食堂であった。この場所も通電させて施設として利用はしているが、いつの時代のものかわかってはいない。そこには彼の友人たちがたむろしていたが、いつもと違って興奮した様子であった。

「おい、妨害電波が出てるって知ってるか?」

「あ、コルネが来た」気密管理のエキスパートのハットが振り返った。「それどころじゃないぞ。ディアナ親衛隊のフィット・アバシーバが反乱を起こしたかもしれないって」

「反乱を起こしたっていうなら、妨害電波も彼か? ついにベルリ少年に実力行使で抗議する猛者が出現したってわけか。オレは連帯責任は御免だからな」

ハットは遅れてやってきたコルネに事情を説明した。彼によると、トワサンガへの移住に反対していたフィット・アバシーバは、地球から冬の宮殿の調査にやってきていた法王庁の集団200名から月と地球圏のビーナス・グロゥブからの独立の方針を聞かされ、処分覚悟でシラノ-5に抗議の意思を示したのだという。

「砲撃もしたのか?」戦闘経験のないエンジニアであるコルネは肩をすくめた。「おいおい、戦争になってあのハリー隊長に敵うわけないだろう。フィットは何を考えているんだ?」

「だからこうしてさ」ハットも嫌そうな顔で手をひらひらとさせた。「こっちに火の粉が降りかからないようにするにはどうしたらいいかと相談しているんだ」

「お前らはそういうけど」水質管理をおもに請け負っているサコタが話に加わった。「トワサンガの上半分のリングをちゃんと動かせたからって、フォトン・バッテリーが来なきゃあの資源衛星だって使い物にならないんだぜ。リングを回す動力は何か特殊な手段で維持されていて、その管理者は死んでしまった。内部のエネルギー源はすべてフォトン・バッテリー。水の循環もできなければ、水質保全もできない。当然空気だって作り出せない。あの王子さまは肝心なことをわかってないよ」

「だけど、重力を発生させるリングの動力は5年は大丈夫なんだろう? そう聞いたぜ」

「技術者が死んでるのに、そんなことアテになるもんかよ。5年以内にフォトン・バッテリーってのが来るのか来ないのか、そもそもオレは空気の玉とか水の玉とか、あんなものに頼って生きているってだけで足元が寒くなるよ。あれだってビーナス・グロゥブからの配給なんだぜ。そんなものに頼ってるシラノ-5に移住してこいとか、トチくるってるよ」

コルネは手で丸い形を作りながらサコタに応えた。「あれは地球で補填できるのか? つまり、中の空気や水がなくなったら入れ物を再利用できるのかって話だけど」

「できないできない」サコタは呆れた顔で手を振った。「空気や水をあの小さなボールに圧縮することなんか地球人にできるわけがない。オレたちにだってできない。技術がこう」彼は指先をクルクルと回した。「逆に戻ってるんだよ。技術体系がターンしてしまっている。逆方向に向かってるんだな。そもそもどうやって中から空気や水を取り出せるのかもわからない。電気だってアダプターを使わなければ取り出せない。アダプターの作り方は地球人が知ってるらしかったけど、仕組みはわからないって話だった。フォトン・バッテリーと同じさ。技術はビーナス・グロゥブにしかない」

「フォトン・バッテリー、水の玉、空気の玉。なんでもビーナス・グロゥブからの配給。この事実に恐怖しない連中の気が知れない。ビーナス・グロゥブの機嫌を損ねたらいつでも大量虐殺されてしまうじゃないか。何も送ってこなきゃいいんだから」

「確かになぁ」コルネもこのことに関しては同意見であった。「サコタが言うように、オレたちがレイハントンとの戦争に敗れてから技術は退化しているよな。500年前か、ディアナ・カウンターのときは地球人も飛行船を飛ばしたり、ディーゼルエンジンを作ったりしていた。それがいつの間にか技術が、そう、ターンしてしまって、フォトン・バッテリー前提で何もかも組み立てられてしまっている。以前より進歩しているようで、まったく逆だ。技術体系のコアな部分の知識がまるで欠落している」

「だからさ、反乱したってのよ。我々ムーンレイスの技術で新しい世界を作ろうってさ。エネルギーなんて宇宙で作ってビームで地上に転送すればいいんだから」

「ムリムリ。地球に送れても利用でないよ。どこにも送電線がないだろ。銅もなけりゃ、それに代わる技術もない」

「最悪、トワサンガの連中を全員月に迎え入れて、月の研究をすりゃいいんだよ。連中はヘルメスの薔薇の設計図だのなんだのって言ってるけど、月に残された技術の方がはるかに膨大だし、生存に必要な情報が詰まってる。これを放置して来るのか来ないのかわからないフォトン・バッテリーに頼るなんてどうかしてるよ」

彼らの不満は大きかった。しかしエンジニアである彼らは、なぜ技術がターンしてしまったのかまで関心がなかった。技術をすべて解析して掌握できないことが不満だった。

核心技術をビーナス・グロゥブに依存した地球は、フォトン・バッテリーを失った時点でキャピタル・タワー建設時点はおろかそのはるか昔まで文明を後退させることは間違いなかった。自力でディーゼルエンジンを組み立てても燃料の生産はおそらく植物の大量生産なくては意味がない。化石燃料はとうの昔に尽きてしまっている。地球人はろくな発電設備を持っていないのだ。

「フォトン・バッテリーがわざわざ金星から運ばれて来るおかげで、地球人は使用できるエネルギー量が人口に直結していることを忘れてしまっているんじゃないか。資源の尽きた地球はで生きられる人類はおそらく1億人程度だろう。それが地球全体に散らばっているのだから、わざわざモビルスーツを作ってレコンギスタするなんてナンセンスだよ。人が死んでいくのを待って、あのタワーとかいうので降りていけばいいだけだ。戦う必要なんて初めからなかったんだ」


3、


フィット・アバシーバはディアナ親衛隊の部隊長の中でも取り立てて有能というわけではなかった。彼は地球からやってきた200名の冬の宮殿調査チームの世話係をやっているうちに、ある閃きを得て突然彼ら地球人の地球圏独立案に賛同してしまったのだ。

彼はディアナ・カウンターの一員として地球の降り立ち、∀ガンダムと戦ったことがあった。その圧倒的戦闘能力の前になすすべなく退散しただけであったが、彼は∀ガンダムを文明を崩壊させるための悪魔の機体だと見做していた。∀ガンダムは、地球の文明を崩壊させて人類文明を古代まで退化させたというのだ。

「あの方の言うことは本当なんですかね?」

法王庁の役人たちは、地球圏独立を訴えいざ実行に移してみたものの、戦いに不慣れな官僚や宗教家ゆえに事の成り行きは大きな不安を感じていた。

冬の宮殿近くのホテルのような建物に泊まり込んで1か月が経過しようとしていた。その間、特にこれといった成果がないままモビルスーツ同士の戦いの映像ばかり見ているうちに彼らはすっかり飽きてしまっていた。その映像を一緒に眺めていたフィット・アバシーバだけが突然興奮し始めて、彼らがベルリ・レイハントンに反旗を翻すと聞いてすぐさま賛同したのだった。

「∀ガンダムというものが外宇宙からやってきた人間によって地球にもたらされて文明はいったん崩壊したもののアメリアを中心に再び文明は再興したと。それを見たディアナ・ソレルという方が地球に再入植しようとやってきたところ、条約に不備があったやらなんやらで結局その計画は見送ったと。そのあと月に戻ると、突然レイハントンという者が攻めてきて月の裏側の宙域を奪われて月に閉じ込められた云々。わたくしにはサッパリ理解が追い付かないのですが」

「話半分でいいでしょう」法王庁の官僚が応えた。官僚といっても法衣姿であった。「歴史など誰も正しくは把握していないものです。立場によって歴史は変わる。それより肝要なのは、500年前にアメリアが自主開発した技術が廃れたという話です。初代レイハントンがムーンレイスに戦いを挑み、彼らを月へと追いやった。そのあとにキャピタル・タワーが出来て、フォトン・バッテリーが供給されるようになったことで、最先端だったアメリアの技術よりも優れた技術が地球にもたらされて、一気に技術体系が塗り替わったと。一見宇宙世紀70年代まで技術体系が進んだかのように見えるが、実はフォトン・バッテリーがなければ500年前より技術そのものは劣っていると。肝心なのはここです」

「つまり・・・」スコード教団の神父が心配顔のまま続けた。「地球圏独立は正しいということで?」

「正しいというより、キャピタル・テリトリィが再び新技術供与の旗手となるにはこの方法しかないかと。フォトン・バッテリー中心の技術ではもうアジアには追い付けない。しかし、フォトン・バッテリーがこのまま供与されず、ムーンレイスの新技術を我々が持ち帰ればわたしたちが神になるのです」

スコード教団がトワサンガに突きつけた条件は、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術の復活、資源衛星を新たに作るの6つであった。

「ベルリという少年がどんな人物なのかよくは知りませんが、よほどのバカじゃない限り自分がトワサンガの王になって同時にスコード教の法王になることが最も正しい判断だと気づくことでしょう。彼の妃にふさわしいのはクンタラのノレド女史、もしくは月の女王ディアナ・ソレル。どちらになっても彼は新時代の神となり、わたくしたちは神のしもべとなるのです。これが最善の策というもの」


4、


一方、幽閉されていたザンクト・ポルトのスコード教会宿泊施設の一室を抜け出したノレドとラライヤは、意外に手薄な見張りの眼をかわしながら建物の外へと出た。すでに数度来訪経験のあるふたりは、サーチライトの明かりをひらりひらりと避けながら市街地へと逃げることに成功した。

噴水のある公園には警察の姿があったため、ふたりは念のために身を隠して行き過ぎるのを待ち、公園を横切ると農業家畜プラントのある地区まで逃げた。時間は深夜。人工的に作られた夜であっても、クラウンの住民にとっては本物の夜である。住民は寝静まっていた。

「もう追ってこないかな」

とのノレドの言葉を、ラライヤは即座に否定した。

「逃げたとわかればどこまでも追ってきますよ」

「くー、G-ルシファーさえあれば」

「ザンクト・ポルトを脱出するにはキャピタル・タワーで地上か下のナットに逃げるか、メガファウナに乗って月に行くしかない。メガファウナは月に向かってしまったから戻っては来られないでしょう。だとしたらわたしたちが向かうのは・・・」

「あちらさんもクラウンは警戒しているはず」

「でも、人を幽閉しているにしては監視がほとんどなかったのは気になりません?」ラライヤはノレドに顔を近づけた。「スコード教会の本拠地ですよ。もっと大勢に囲まれていると思っていたのに、全然人がいない。もしかしてこれって」

「これって?」

「みんな月に亡命したのでは?」

フォトン・バッテリー枯渇の折、夜はどこの商店も店が閉まっている。そもそもバッテリーの供給がなければザンクト・ポルトの住民は仕事にあぶれてしまう。ザンクト・ポルトとはあくまでフォトン・バッテリーの中継地点なのだ。ここでカシーバ・ミコシより降ろされたフォトン・バッテリーをキャピタル・タワーに積み込むのが住民の仕事である。

ふたりは町はずれの小さな教会を見下ろす丘でしばし休息を取ることにした。ノレドは草の絨毯の上に大の字になって伸びたが、ラライヤは周囲の警戒を怠らなかった。

ノレドが呟いた。

「スコード教のお偉いさんたちは月に逃げたのか」熱心なスコード教徒である彼女は顔を膨らませた。「フォトン・バッテリーが来なくなっただけであの人たちはこんなみっともないことになってしまうのか。もうあたしは敬虔なスコード教徒には戻れそうにないよ」

「ノレドさん」ラライヤは意を決した顔つきになった。「もしノレドさんが覚悟を決めてくれるというなら、第3の道もあるんです」

「第3の道?」

「反乱ですよ」

「お?」

ラライヤは声をさらに潜めた。「ノレドさんを出迎えにクラウンで降りる前ですけど、地球でスコード教の枢機卿会議があるって聞いていたんです。大きなイベントなのでザンクト・ポルトからも多数の出席者があったことでしょう。そして今回の反乱。スコード教の人たちは月に逃げた可能性がある。ザンクト・ポルトにいてはいつ迎えが来るかわからないし、キャピタル・ガードが乗り込んでくる可能性もあるわけですから、わたしたちが乗るはずだったメガファウナにたくさん乗り込んで月へ向かったはずなんです。そこでノレドさんを捕まえて、ベルリさんとの交渉の道具にするつもりだった。ということは、いまザンクト・ポルトのスコード教会はほとんど人がいない」

「なるほどね」ノレドは舌を出した。「こっちにはアイーダさんの正式なG-メタルがある。こいつはオールマイティーのジョーカーみたいなもの。どこの電子ロックも解除できる。だから、トワサンガから来た大学生たちのところに乗り込んで・・・」

「一緒に反乱を起こすんです」

ザンクト・ポルトのスコード教教会には学術調査のための派遣団が来ていた。その大学生たちと合流してザンクト・ポルトを制圧しようというのだ。ふたりは強く頷き合った。


5、


ディアナ親衛隊の中でいまだ無敗を誇るフィット・アバシーバ隊は、大きな不安に包まれていた。

危なくなるとすぐに逃げることから「撤退のアバシーバ」と異名をとる自分たちの部隊長が、突如覚醒したかのように攻めに転じたことに疑念を持たぬ者はいないといってよかった。いくらディアナ・ソレル不在とはいえ、ハリー・オードに逆らって自分たちがただで済むのかどうか彼らは胃に穴が空く思いでシラノ-5を攻撃したのだった。

意気軒昂、自信満々なのは当のフィット・アバシーバだけであった。彼は自慢の金髪をなびかせてじっとシラノ-5を睨みつけていた。

フィットは無線を通じて自分のスモー隊に檄を飛ばした。

「いまこそディアナ・カウンターを実行に移す時である。地球はこれから土民の時代に逆戻りしていくことだろう。地球人は過去に何度も何度も文明を興しながらそのたびに失敗してきた。それは我らに伝わる黒歴史に学ぶことができよう。地球人は欠陥人種なのだ。地球は我らスペースノイドが統治してこそ真の平和が訪れる。これは我らスペースノイドによる地球人の救済であって侵略ではない。憎きレイハントンもそのことを承知だったのだ。だからこそ我々を殺せなかった。我らが月の文明圏で築き上げてきた来たものを、いまこそ地球に持ち帰るときだ。我らは地球と月でしっかりと文明を再生し、ビーナス・グロゥブよりやってくる外敵と戦わねばならない。ビーナス・グロゥブ、彼らこそ我々ムーンレイスの真の敵である。地球文明圏の再生は、我々ムーンレイスに掛かっている!」


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第29話「分派」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第29話「分派」後半



1、


ザンクト・ポルトのスコード教団が地上にいるゲル法王を支持し、キャピタル・テリトリィの法王庁が宇宙にいるベルリ・ゼナム・レイハントンを支持するねじれ現象は、一時は大きく報道されたが人々の関心はすぐに薄らいでいった。地球ではエネルギー不足が本格的になり、それどころではなくなっていたのだ。

ゲル法王自身から「フォトン・バッテリーは来ないかもしれない」と聞かされたアイーダは、それを世間に公表することはなかった。ゲル法王も積極的に触れ回ったりせず、成り行きに任せる姿勢を示した。キャピタル・テリトリティの法王庁が彼を退任と発表したことで彼は帰るべき土地を失っていたが、本人はアメリアでの説法会が終わるとアジアへ向かう旨を表明した。船の手筈が整い次第、ゲル法王はアジア地域での説法会のためにアメリアを離れることになった。

そのころ宇宙では、地球のエネルギー不足をよそにエネルギーの自活に向けた様々な手段が奏功しつつあった。その最たるものは、月に眠っていた宇宙世紀時代のインフラ活用であった。

ジムカーオ事件が起きたとき、ベルリは救難信号を追い求めて月の内部に深く潜入したことがあった。そのとき彼は、月がほとんど人工天体のように改造されている事実に気づいた。人類は最も近くにある天体である月を宇宙進出の足掛かりにするために、数世紀に渡って基地化してきたのである。

インフラは時代によって技術体系がバラバラであり、宇宙世紀時代初期のものは文字もユニバーサルスタンダードではない。ムーンレイスもまたそれら月のインフラをすべて把握しているわけではなかったので、学術調査チームを立ち上げて月の内部の全体構造を解析するプロジェクトが発足した。

縮退炉を中心としたムーンレイスの技術体系によるものはすでに稼働しており、月はフォトン・バッテリーを失って生産能力が落ちたトワサンガに多くの物資を供給する立場になっていた。ザンクト・ポルトにおいてもそうである。月を中心とする宇宙圏は、ムーンレイスの月のエネルギー源と生産設備によって自活の道を歩み始めていた。

これによって、ベルリのかねてからの計画であるレコンギスタ希望者の地球入植と、地球の若者の宇宙留学を同時に開始できるはずだった。かりそめの王としてトワサンガの再興に心血を注ぐベルリと、ムーンレイスを託されたハリー・オードは共にそうするつもりであった。

月で反乱が起こったのは、計画の具体的なスケジュールが決まりつつあるときだった。

ハリー・オードがベルリとともにトワサンガのノースリングの再起動を試みようとしていたとき、突然警戒警報が鳴り響き、続いて爆発音が聞こえた。顔を見合わせたふたりは、急いで行政区画が生き残っているセントラルリングへ急いだ。

ディアナ親衛隊とトワサンガ守備隊を混成して作ったトワサンガ警察隊からの報告で、スモーの一群が数発の威嚇射撃ののちにサウスリングの南の岩盤部分を撃ったのだと知った。

激怒したのはハリー・オードであった。

「誰がモビルスーツなど勝手に使っていいといったか!」

彼はすぐさま部下を引き連れて自分のスモーで出撃していった。トワサンガの機能はいまだ回復半ばであったが、仮復旧しているセントラルリングの商業施設の一部を行政区域に指定し、ベルリの仮王宮もかつてのコミュニティセンターに作られていた。爆発音を聞いた行政に関わる人々は、大急ぎで仮王宮に集まってきた。王宮といっても小さな建物である。

ベルリには、セントラルリングの本物の王宮と国会議事堂を使うつもりはなかった。

「王子!」即位式も戴冠式も行っていないベルリは、王の権限を持ってはいたが王子と呼ばれていた。「月基地より入電。レイハントン王は直ちに教会への学術的調査を中止し、信仰の自由を保障すること。月勢力圏の地球からの独立を宣言すること。ビーナス・グロゥブとの交流を断ち、独自文明圏として宇宙世紀時代の技術を復活させること。資源衛星を新たに作ること。これらを満たさない場合は月はトワサンガから独立するとのことです」

現在トワサンガの行政官の多くはムーンレイスであった。彼らと大学を卒業したばかりの新卒で成り立っており、立法府は存在せず、総裁は王であるベルリが行っていた。まだ復旧は道半ばなのである。そんな折の月の反乱であった。

「めんどくさいことになった」ベルリは顔をしかめた。「でも反乱といったって、月にいるのは生産工場にいるサウスリングの人たちとムーンレイスの技術指導者だけなのに」

「それと、クンタラですよ。彼らがいます」

そう口にしたのは、トワサンガの大学を卒業したばかりの若い行政官であった。ベルリはそのもののいいようにますます顔をしかめた。

クンタラ建国戦線の中心メンバーとしてジムカーオ大佐に利用されたクンタラたちの多くは、ルインとマニィらとともに罪人としてビーナス・グロゥブに送られている。そこでラ・ハイデンの判断を仰ぐことになっていたが、テロと軍事に関わっていなかった者は月でスペースノイドとしての訓練を受けていたのだ。

「どちらにしたって少数だ。スモーだってほとんどトワサンガに置いてある」

「新しく作ったのかもしれないですね」ムーンレイスのロム・カルテンが応えた。「攻撃したのはスモーらしいですが、月にはモビルスーツの生産設備がありますし、設備の中には探せば設計図もあるでしょう。フォトン・バッテリー仕様でなければ動かせます」

ベルリはすぐに否定した。

「原子炉や縮退炉の技術もなしに新造なんか出来るはずないよ」

「でも、反乱を起こしたってことはそれなりの数があるのでは?」

「どちらにしてもここじゃ無理だ」ベルリは走り始めた。「旧守備隊の施設を使う。警察隊に連絡。それからあるだけモビルスーツの準備。向こうから何か要求があったら回してください」


2、


すぐさま宇宙に出たハリー・オードは反乱を起こしたという敵がすでに姿を消していることに不信を抱いた。威嚇射撃や岩盤へのビーム攻撃で交渉相手を脅かせるとでも思っていたのだろうかと。

トワサンガのシラノ-5と違って月は巨大である。そのごく一部しか現在は使っていないが、過去に改造されたすべての機能が明らかになったとき、月の内部は人で溢れ、地球からやってきたスペースノイドの多くは月で教育を受けるはずだった。幼いころから訓練を受けていないアースノイドにコロニーで生活させるわけにはいかなかったからである。

現在滞在中なのはクンタラと呼ばれる被差別階級の若者たち500名程度。対してムーンレイスは女性が多いが2000名はいる。クンタラには攻撃兵器も持たせていないし、ましてやユニバーサルスタンダードになる前のスモーを動かせるはずがない。

「ベルリ、ベルリはいるか?」ハリーは無線に向かって怒鳴った。「敵は見失った。モニターにも映らないところからすると、月に引き上げたようだ。連中の狙いは何だろう?」

旧守備隊の施設に到着したベルリは息を切らせながら応えた。

「考えたんですけど、月にたくさんあるのはムーンレイスの艦艇ですね。旧時代のものはなるべく使わないように封印してあるでしょ」

「ふむ」ハリーはしばし考えて口を開いた。「フォトン・バッテリーが尽きつつあるという話に関係あるのだろうか」

「もしこのままフォトン・バッテリーが来なかった場合、トワサンガもザンクト・ポルトも地球も、一気に文明レベルを落とさなきゃいけないんです。とにかく何から何まで全部フォトン・バッテリーの使用を前提に作られている。1番エネルギーを使うのは飛行機や船。航宙艦はもちろん、通常の飛行機、外洋を渡る船、ああしたものも全部フォトン・バッテリーの利用を前提に技術体系が出来上がっているので、もし配給が来なくなっちゃったら、地球はあっという間に数百年前の時代に戻ってしまう。あちらの要求は、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術を復活、資源衛星を新たに作るの6つ。ということは」

ベルリは指を折りながら話した。

「スコード教関係者とムーンレイスの誰かと、おそらくはクンタラの誰か」

「クンタラもか?」

「おそらく。教会の学術調査の中止はスコード教の要求でしょうけど、信仰の自由の保障はスコード教に改宗してこなかったクンタラの要求だと思います」

「だとすると、月にいるほぼ全員が反乱に加わっていると考えた方が良いのだろうか」

「それはわかりません。正体を隠すためにグループ外の人間の要求も付け加えたのかもしれない」

「スモーを使っているのだから、ムーンレイスが加わっているのは確かだ。追いかけて一気に潰してやろうかとも思ったが、引き返した方がよさそうだな」

「ことを荒立てたくありません。そうしてください」

ことを荒立てる、この子はそう考えるのかとハリーは少し心配になった。宇宙世紀が否定されたコレクト・センチュリーの時代に生きたハリーでさえ、ベルリの戦争への嫌悪は行き過ぎているのではないかと思われたからだ。

ハリーはベルリが運命的に殺してはいけない人間を殺したことで宗教的なタブーを超えて、争いそのものを嫌悪していることを知らなかった。


3、


ザンクト・ポルトのスコード教教会を学術調査のために訪れていたノレドは、スコード教団の案内で宿泊施設に案内されたまま同行していたラライヤとともに監禁されていた。他の学生たちとはろくに挨拶もしないうちに部屋に案内されてそれっきりである。

ザンクト・ポルトのスコード教団はベルリ・レイハントン支持派で、彼の意向通りゲル法王続投支持だと思われていただけにふたりのショックは大きかった。特に熱心なスコード教の信者であったノレドは、相次ぐ事件でスコード教がヘルメス財団の隠れ蓑だとわかってからその信仰心が揺らいでいた。クンタラでありながらスコード教の信者であることは彼女のアイデンティティーに関わる重大な問題であったのに。

ノレドとラライヤは、どこかに逃げ道はないかと必死に探したのだが、教団のガードは固くとても逃げ出せそうにない。窓の外には急ごしらえの鉄格子まで嵌められていた。そこまでして一体何がしたいのか、脱出を諦めたふたりはずっとそのことを話し合っていた。

するとどうやら、月にある冬の宮殿を調査していたスコード教団が月で何かをしているということがわかった。冬の宮殿はムーンレイスの遺跡であるが、彼らムーンレイスとの戦いの後で初代レイハントンが月の奥深くに移設したものだった。オリジナルの冬の宮殿はもう存在しない。その調査のために、地球から多くの法王庁の人間が月を訪れ、ゲル法王が天の啓示を得たと話す事柄を調査していたのだ。

「法王庁の人間はあのおぞましい戦争の歴史を見て何も感じなかったのかねー」

ノレドは運ばれてきた食事をむしゃむしゃと頬張りながら毒づいていた。

「わたしはそれほど詳しくは拝見していないのですが・・・」ラライヤもパンをちぎって口に運びながら頷いた。「地球に小惑星を落として人類を抹殺しようとしていた人たちが、反対派の人たちとニュータイプの相互理解現象によってギリギリのところで絶滅を回避したとか。モビルスーツで小惑星を押し返したって聞きましたけど」

「その戦いでみんな死んじゃったんだよ。賛成の人も反対の人も。でもすごい力が働いて軌道を変えたらしいんだ。ジムカーオが薔薇のキューブをキャピタル・タワーに激突させようとしたけど、たぶんあんな感じだよ。月光蝶という武器がまだない時代だったから、本当に押し返した」

「その部分だけロックが掛かってG-メタルがないと見られなかったとか」

「リリンちゃんが見つけてくれたんだけど、なんでそんな肝心の映像を隠していたのか謎なんだよね。冬の宮殿にあるのは、モビルスーツによる虐殺の歴史だけで、ムーンレイスの人はそれを黒歴史って呼んでいる。ムーンレイスは宇宙世紀を黒歴史と考えて、最終氷河期から人類史を書き直したとか。それが正暦(コレクト・センチュリー)なんだってさ」

「でもムーンレイスの方々も外惑星からの帰還組なので、最終氷河期の開始と宇宙世紀の開始を一緒にしてしまっていたとか」

「なんかねー、その部分も大学で整理しなきゃって思っていたんだ。実際には宇宙世紀は2000年ぐらい前、ムーンレイスが地球人と接触したのが500年くらい前、500年前は初代レイハントンが生きていた時代というのが正しいみたい。1万年は全球凍結の後に起きた、文明のあけぼのみたいな時代らしい。そのあとの西暦が宗教に関する歴だったので、人類が宇宙に進出した時代を起点に宇宙世紀は始まったって」

「宇宙世紀ってユニバーサルスタンダードの初期概念の時代って教育されましたけどね」

「そうなのかも。おそらく宗教的な差異をなくしていこうという運動もあったみたいだから、スコード教の初期概念が模索された時代でもあったはずなんだ」

「宇宙というフロンティア自体が神のように人類に恩恵を与えてくれるみたいな」

「そうそう。天を仰ぎ見る行為と宇宙開発を結び付ける何かが起きていたはずなんだ。でも、科学万能の時代だったから、新しい宗教は生まれていない」

「トワサンガにムーンレイスの方々が多く移住してきて、サウスリングに居住しながらセントラルリングやノースリングの修繕に力を貸してくれているんですけど、彼らに話を聞くと、500年間の眠りから覚めて1番驚いたのは、技術体系が完全に入れ替わっていたことだったとか」

「フォトン・バッテリーだ」

「そうなんです。アメリアは500年前にすでに飛行船とディーゼルエンジンを自己開発していたそうですけど、飛行船はともかく、ディーゼルエンジンの技術は完全に廃れていたとか」

「あー、あの何の油でも動く内燃機関か・・・」ノレドはようやく食べるのをやめて話に集中した。「そういう発掘品が出るって話は聞いたことがある。ボロボロの納屋を解体しようとしたらそういうものが出てきたけど、直し方がわからないとか。全部フォトン・バッテリーに置き換わっちゃったのよね」

「500年間でキャピタル・タワーも完成している」

「キャピタル・タワーってフォトン・バッテリーじゃないんだよね・・・。フォトン・バッテリー・・・。500年前のレイハントン家はフォトン・バッテリーを使っていたの?」

「ん」ラライヤは言葉に詰まった。「当たり前のようにフォトン・バッテリーだと思ってましたけど・・・、そうか、初代レイハントン王が作ったタワーは別の発電システムなんだ。ということは、まだアグテックのタブーはなかった?」

「スコード教も?」

「初代レイハントンはスコード教徒だって習いましたけど」

「ヘルメス財団の隠れ蓑というだけなら、宇宙の人がスコード教を信じているのはおかしいんだけどね。でも、ラ・ハイデンというビーナス・グロゥブの新総裁は熱心なスコード教徒だったよね」

「こういう答えが見つからない難しい問題を勉強するのが大学なんでしょうね」

「入学前に頭が爆発しそうだよ」

そういうとノレドはすっくと立ちあがって胸元からG-メタルを取り出した。

「スコード教教会の最高機密がG-メタルで開いたならさ、ここもこれで開かないかな」

ノレドはアイーダから託されたG-メタルを入口の電子キーに差し込んでみた。すると扉はスッと開いたのだった。ノレドは驚愕の表情で振り返った。

「開いちゃったよ、どうしよ?」


4、


「丸腰の輸送艦相手に舐めた真似してくれるじゃねーか」

銃を突き付けられたドニエルはドスンと椅子に腰かけた。トワサンガに戻るはずだったメガファウナは月面から飛び立ったムーンレイスの戦艦に航行を妨害され、丸腰だったためにあっという間に艦橋まで制圧されてしまった。メガファウナは月面に係留され、トワサンガからは見えない場所に隠された。

「スコード教団は地球の今後のために行動しているだけです。こうした形で武力行使するのは本意ではありませんが、しばしご辛抱ください」

「拝み屋が」

ザンクト・ポルトでノレドとラライヤを乗せると見せかけてスコード教団を騙したドニエルだったが、それが彼らの逆鱗に触れてこうして拘束されてしまったのだった。そもそもスコード教団はノレドの身柄を確保したら同じように月へと連行するつもりだったのだろう。

スコード教団が宇宙と地球で分裂したと報道されたのは、彼らが流したフェイクニュースだった。スコード教団は1枚岩でゲル法王を教団から追放したのだった。

メガファウナを離れた彼らは、ザンクト・ポルトで拘束された仲間を開放するとランチに乗り換え、月面基地へと向かった。

「トワサンガへの威嚇攻撃の件はどうなったか」

「無事に終了しました。ハリー・オードのモビルスーツもまだこちらへは」

威嚇射撃の事件は、スコード教団がメガファウナとトワサンガの連絡を絶つための陽動であった。

「あのベルリという少年は、随分と慎重でいてくれて助かる。だが彼こそが新しい権力者であるから、こちらは上手くとりなさねばならない」

「はい」

「ムーンレイスの技術力があれば、ビーナス・グロゥブに頼らずも人類は自活できる。フォトン・バッテリーを前提とした技術体系は、バッテリーの供給が止まればすべて無意味になる。人類は何百年も文明を後退させるだろう。大気圏脱出することもできず、食糧難で多くが飢え死んだのちに、適切な人口に落ち着く。そのあとにキャピタル・タワーを使ってムーンレイスの技術を持って地表に降り立てば、その者が神となる。これこそが信仰の原点である。信仰は圧倒的な技術格差のある存在を畏怖して生まれるものだ。神は古来より技術を伝える者だった。それが神であり、神の子孫が王である。来るか来ないかわからない電池欲しさに頭を下げ続ける必要などない」

「月とザンクト・ポルトはおおよそ掌握しましたが、キャピタル・ガードがしぶとく、タワー全体はまだ運航庁の手中にあります」

「それとて、何も運ぶものがなければ、ただの上がったり下がったりする玉でしかない。すぐに食料も尽きて音を上げるだろう。音を上げるまで何も与えねばいいだけだ。もしガードがザンクト・ポルトに進出してきたら、ザンクト・ポルトを見捨てるまでだ。あそこにエネルギーの供給をしなければいい。問題になるのは、シラノ-5にある戦力だけだ。月を取り返されたら何もかも終わる。とにかくムーンレイスの連中を説得して、あのハリーとかいう男を抑え込まねば」

スコード教団は、いまだ戦争とテロの絶えないキャピタル・テリトリティを見捨て、法王庁の職員を伴い月へと移住していた。彼らは各地から選ばれた枢機卿さえ地球に残して、そのまま見捨てようとしていた。

人間同士の相互理解の奇蹟を訴えるゲル法王は、かつて同じ神を信仰した仲間の心の内さえまったく気づかなかったのである。

彼らはトワサンガのベルリに、要求を突き付けていた。それは、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術の復活、資源衛星を新たに作るの6つであった。

ヘルメス財団の宇宙世紀復活派は、クンタラという出自を持ち、自分たちニュータイプを食料としてきたヘルメス財団に深い恨みを持つジムカーオ大佐によってその多くが死んでしまっていた。

だが、宇宙世紀という物資に溢れた時代は、いつの時代にも魅力的であったのである。国家が没落したキャピタル・テリトリティの法王庁の役人と、フォトンバッテリー配給の権利を失い、ザンクト・ポルトの神秘を失ったスコード教団は、ムーンレイスの技術によって教団の再生を図ろうとしていた。



ガンダムウェポンズ ガンダム Gのレコンギスタ編 (ホビージャパンMOOK 684)

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  • 出版社/メーカー: ホビージャパン
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ガンダム Gのレコンギスタ キャラクターデザインワークス

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  • 出版社/メーカー: 一迅社
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ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第29話「分派」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第29話「分派」前半



1、


フォトン・バッテリーの供給が停止されて間もなく1年になろうとしていた。

すでにエネルギーが枯渇した地域もあれば、節約に努めて余力を残している地域もある。エネルギーの枯渇は農作物の収量低下に繋がるため、世界的規模の話し合いが求められていた。ところが移動する手段もなく、フォトン・バッテリーに頼った経済は変調をきたしており、どこの国も国家主義が台頭して外交に期待する機運は盛り上がっていない。

新聞は発行停止になっており、テレビは停波された。都市生活は破綻して、家族ぐるみで地方への疎開が相次いだ。地方は地方で農機具が動かないために労働力を必要としていたので、幸いなことに都会からの流民が仕事にあぶれることはない。エネルギーも原材料も木材に頼ることが増え、山々は禿げ上がっていく。鉄砲水の心配をよそに、木材価格は高騰していった。

情報の伝達はもっぱらラジオに頼っていた。充電ができないために鉱石ラジオが復活して飛ぶように売れていた。各地の政府はラジオ番組の制作だけは細々と続けていたが、どこ放送局も国営にされた。問題は電力の確保で、期待されたソーラーパネルはバッテリーが貧弱であったためにすぐに使えない代物だと判明した。フォトン・バッテリーは地球人の科学では充電できない仕組みなのである。

日本など送電網や鉄道網を復活させていたアジアの一部地域では電力不足は深刻な課題となり、宇宙世紀時代のダムを発掘するプロジェクトが始まった。アジア地域は戦争を行っていなかったために、フォトン・バッテリーには余裕があったので、工作機械を動かすことが出来たからだ。その他にも様々な大規模発電が研究された。その中にはゴンドワンで大事故を起こした原子力開発も含まれていた。

多くの地域で乗合馬車が復活していた。自動車が走っていた道路には馬の糞が転がった。道路は整備されていたので、乗合馬車を運行する企業が地域にひしめき、労働馬の需要が高まっていた。経済活動はグローバル経済からローカル経済へ逆戻りして、生産性が低下するのと同時に失業率は低下した。

エネルギーの枯渇は人々の生活を日々退歩させていく。それでも人間というのは状況に適応するもので、国家主義は特段の暴力性を帯びず、内政第一主義の枠を逸脱しなかった。それぞれの地域が、それぞれの地域の生産力に合わせて退歩の速度を緩やかにしようと躍起になっていた。

世の中の仕組みが静かに変わっていこうとするなかで、世界各国のラジオはキャピタル・テリトリティの法王庁が新法王にトワサンガのベルリ・ゼナム・レイハントンを指名したとのニュースを流した。その数日後、今度はザンクト・ポルトのスコード教会がゲル法王猊下は退任していないとの見解を発表した。キャピタル・タワーの上と下で別々の法王が立てられ、分派の様相を見せたのである。

世界各国はこの醜聞を笑い、冷やかすとともに、もしかしたらビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーの再供給が決まり、配給権を巡って主導権争いが始まったのではないかと推測した。もしそうだとすると、配給権を持っている方に与しなければ後々のエネルギー確保に大きな支障が出る。世界各地のスコード教会には問い合わせが殺到した。

スコード教会の返答は、法王庁が正しいというものだった。地球のスコード教会はキャピタル・テリトィの法王庁の傘下として組織されていたからだ。では法王はトワサンガの王子だというベルリ・ゼナム・レイハントンなのか? その問いは、当然のように姉であるアイーダ・スルガンの元に寄せられることになった。

1年生議員でありながら同時にアメリア軍総監の地位を相続という形で受け継いだアイーダ・スルガンもまた政治的に風当たりの強い立場にあった。ラジオ局は彼女のインタビューを録るために何度も取材の申し込みをしたが、議会閉会中を理由に断られていた。当のアイーダはそのころ中西部の小さな町までやってきていた。

その町は数百年放棄されていたコロニー落とし以前に栄えていた場所だが、最近まとまった数の入植者があって徐々に町としての機能を取り戻しつつあった。その入植者というのが、ビーナス・グロゥブからレコンギスタを果たしたのちに流れ流れてアメリアの田舎に腰を落ち着けたジット団のメンバーであった。彼らはアメリア政府との取引で得た資金を基に広大な土地の権利書を手に入れたのだ。アイーダは、クン・スーンの元を訪ねていた。

アイーダが彼女のところにやってきたのは、ゲル法王が法王の座を追われ身分が不確かになってから、彼女のところで匿ってもらっていたからであった。アメリアがゲル法王を匿っているとわかるとおそらくそれは国際問題になるはずだった。それでなくともトワサンガの王になったベルリ・ゼナムの姉は色眼鏡で見られがちなのだ。

レイハントン家による地球支配、そんな噂が立つのは極力避けたかった。

しかし、彼女のところにゲル法王はいなかった。こんな状況下でも彼は説法会を開催することを辞めず、宇宙世紀時代初期のニュータイプによる相互理解の話を力を込めて話し続けていた。人間の意識はいつか必ず人と人との断絶を乗り越える。彼にとって冬の宮殿で観た映像は、決して黒歴史などではなかったのである。戦争を続けたからニュータイプは可能性を閉じてしまった。それが彼の持論であった。ゲル法王はむしろ話し足りなかったのである。

アイーダとしてはこれ以上キャピタル・テリトリティの混乱を放置するわけにはいかなかった。というのも、ゲル法王の亡命騒ぎから1年が経過し、クレッセント・シップ、フルムーン・シップともにビーナス・グロゥブに到着したと考えられるいま、フォトン・バッテリーの供給体制を整える必要があったからだ。キャピタル・テリトリティはいまや大きく姿を変え、以前と同じ仕事をこなせるかどうかわからない。タワーの運航についても、フォトン・バッテリーの供給体制にしても、人材が枯渇しているのである。

それどころか、いまだテロ事件が頻発している有様だ。悪いことに、法王庁守備隊という軍事組織まで存在している。彼らキャピタル・アーミーの残党は、戦争で多くの人間が死んだことなど一切眼中になく、ゴンドワンからの移民とクンタラ国の残党を一掃すると息巻いている。こうなることを見越して、クリムトン・テリトリィ時代の官僚やクンタラ国時代の官僚をクリムとルインとともにビーナス・グロゥブに送り込んで一般市民だけが残るようにしたのに、利権を失う恐怖に怯えた法王庁だけが暴走しているのだ。

アイーダは、行政府の長として孤軍奮闘しているはずのウィルミット・ゼナムをサポートするためにも、最悪アメリア軍をゲル法王とともには派遣して事態の収拾を図ろうと目論んでいた。問題は、軍事行動を起こすほどのフォトン・バッテリーが残っていないことであった。

ゲル法王をアメリアへ招待したのは、事態の収拾に彼を利用できるという側面もあった。出来ることなら法王サイドから接触して何らかの提案があれば良かったのだが、アメリアへやってきたゲル法王は積極的に各地を飛び回り、行く先々で熱狂的歓迎を受けている状態であった。彼はあまりにも政治に関心がなさ過ぎた。それは宗教家にとってはいいことかもしれないが、宗教国家の立て直しには決して良いことではなかった。

「ここは電力の制限はどうなっているんですか?」

アイーダが案内されたのはかつて銀行だった建物であった。500年ほど前に改築されたのちに放棄され、再びジット団が手を入れて使えるようにしたものだった。室内は煌々と明かりが灯り、鉄格子の向こうには金庫の巨大な扉が見えていた。

「政府から配給の電力は引いていないんだ。全部自分たちで作っている。幸い川の水量が安定していたんで、小型水力発電機を作って沈めた。バッテリーも手作りだよ」

クン・スーンはブルージーンズのオーバーオールにTシャツ姿で、背中に子供を背負っていた。子供の名はキア・ムベッキ・Jr。ジット団のリーダーだったキア・ムベッキの子供であった。彼らジット団のメンバーは、入植先のキャピタル・テリトィでかなりのメンバーが散り散りになり、クリム・ニックの戦争によって多くが死に、さらにニューヨークで起こった大災害によって生活基盤を失った。

しばらく行方不明であったが、戦争を避けるために内陸部へ移り住んでいたのだ。クン・スーンは肌の色も濃くなり、健康そうであった。アイーダはその姿に少しほっとした気分だった。移民受け入れ政策を推し進めてきた彼女だが、ずっと執務室と宿舎を往復する生活だったので、人々の暮らしがどうなっているのか心配だったのだ。

「アメリアというのは発掘品を掘り尽くしているのかなかなか出ないけどさ、出ればお宝の山だからすぐに発電機にして使ってるんだよ。資源を使い果たして宇宙進出したとは聞いていたけど、本当に何も出ないからね。しばらくは発電装置で食いつなげそうだけど」

「コバシさんもお元気なんですね」

「まあね。あいつはいまでは発掘屋さ。地球の歴史は長くて、地面の下に何でも埋まってる。ものは出なくても情報は埋まってるからね。面白くて仕方がないのさ」

「それでお話なんですが」

クン・スーンはアイーダの話をさえぎって両腕を組んだ。

「フォトン・バッテリーに充電できないかという話だろう? フォトン・バッテリーは金星の環境と設備がなければいじれない。そもそもあれだけの蓄電量のバッテリーを爆発させない仕組みは、精緻な科学力がないと無理なんだ。地球の科学力ではできない。それは諦めた方がいい。それよりこれだけの自然エネルギーを利用しない手はないよ。小さな発電機と小型のバッテリーを量産すれば、生活に必要な分くらいは賄えるというものだ」

「ソーラーパネルはやはりダメですか?」

アイーダは残念そうにうなだれた。クン・スーンは首をすくめてみせた。

「無尽蔵のエネルギーだって思ったんだろう? 大気圏内にソーラーパネルを設置してもダメだね。パネルを作るエネルギーを回収する前に自然災害で壊れちまうし。あれは宇宙に設置してレーザーで送電するといいんだ。だけども送電網に使う銅も産出されないし、どっちにしても難しいかな」

「わたしたちは随分と科学が進歩した気になって、フォトン・バッテリーなどに頼らなくてもと豪語したものですが、何もわかっていなかったんですね。宇宙世紀は繰り返そうにも繰り返せなかった」

「地球にいるとね、そうなるのさ」クン・スーンは暖かいコーヒーをテーブルにコトリと置いて子供をベビーベッドへ移した。「こんな言い方をしては悪いが、地球にいると人間は愚鈍になる。与えられた役割がないからだ。宇宙ではそうじゃない。自分がやらなきゃいけないことが決まっていて、怠れば即コロニー全体の危機になる。もちろんバックアップは用意してあるから本当はそう簡単に危機になんかならないんだけど、自分の失敗で大勢の人間が死ぬことは小さいころから教え込まれる。知識の継承を怠れば命とりだから、教育は厳しい。でも地球はそうじゃない。怠け者がいたって誰も死なない。本人が死ぬだけだ。それだってよほどのことがなきゃ死なない。労働の義務に対する意識がまるで違う。こっちにしてみれば、地球人はみんな愚鈍そのものに見える。スペースノイドとアースノイドは同じ人間だけど、人格形成はまるで違う。それを日々痛感しながら生きてるんだよ」

「愚鈍ですか」アイーダはその言葉に強いショックを感じた。「そのことについては弟も考えているところがあって・・・」

「地球人を宇宙で教育するって壮大な話だろ」クン・スーンは遠い目をして天井を見上げた。「子供を育てていてわかったのは、ビーナス・グロゥブの仕事の大半は宇宙に再現した地球環境の維持だったってことさ。それでも地球とはいろいろ違うから、科学を発達させて、薬漬けで子供を育てる。だけど地球では何もしない。感染させて免疫を強化する。強い者だけが生き残る。ボディースーツなんて誰も着ない。弱ければ死ぬ。ピアニ・カルータがカルチャー・ショックを受けた地球のありようというのは、そういうものだったんだ。地球は優生だけが生き残る。劣生は死ぬ。それが当たり前の世界に、戦争をするなという理屈だけを持ち込むのは確かに不自然ではあるんだ。一方で、わたしたちジット団はキャピタルにいたときに本物の戦争の恐ろしさを知ってしまった。あそこで体験したのはモビルスーツ同士で格闘技をする戦争じゃない。破壊だ。いくら破壊しても地球は壊れない。だからとことん破壊して人間がいなくなったら土地を奪う。土地を奪えば、生命が再生する。それを利用すれば同じものを作り出すことが出来る。あれは本当に衝撃だった。しかも、戦争をすると愚鈍そのものの地球人がにわかに活気づいて頭を働かせはじめる。戦争の中で本物の優生が生まれて、彼らが宇宙へ出るとニュータイプになる。本物の優生であるニュータイプは地球を見下ろして、なんて愚鈍で無知な人間だろうと憐れむ。宇宙世紀に起きたことって結局こういうことだったのだろう」

「スペースノイドとアースノイドの戦いの本質についてはまだ何も解決していないということですね」

「ベルリはきっとこう考えたんだよ。『キャピタル・タワーは登るために作られたのか、降りるために作られたのか』そして彼は、登るために作ったって結論付けたのだろう。ロケットに乗った特別な人間だけが宇宙に進出するのではなく、誰もが当たり前のように宇宙へ出て、地球環境の維持がいかに大切かを労働を通じて学び、帰っていけばいいってね」

「アジアを独りで旅してみて、あの子は正しい答えを見つけたのだと思います。難しい問題に真正面から取り組んで・・・」

「それはあんたも一緒。若いのによくやってるさ」

扉がノックされた。ふたりは会話を打ち切って待ちかねた人物を迎え入れた。その人物とは、ゲル・トリメデストス・ナグ法王であった。アイーダとクンは恭しく頭を下げた。アイーダの脳裏には最後に聞いたジムカーオの言葉が蘇っていた。

(ニュータイプが起こした奇蹟を教義の中心に置く限り、神に迫ろうとする科学者は必ず現れる。そして神のごとく人々を操るニュータイプもまた現れる)

リンゴ・ロン・ジャマノッタの身体に憑依してそう告げたジムカーオの言葉にアイーダは身震いした。月の奥深くに隠された冬の宮殿も、ザンクト・ポルトのスコード教会も、いずれは科学者によってさまざまな研究の対象になるだろう。そして、ベルリはとても危うい立場にある。

「これは、アイーダさん、そしてクンさん、健やかですか?」

法王庁から事実上の破門を受けた後も、ゲル法王は元気そのものだった。説法にはますます磨きがかかり、アメリアを横断する説法会はどこも満員の盛況であった。進歩主義的で信者が少ないとされていたアメリアでの成功は、本来ならばスコード教会が喜ぶべきところであったろう。

ビーナス・グロゥブ生まれのクンは地球の法王など畏れたりはしない。ただ、彼が初代レイハントンの仕掛けに気づいたという話は聞いており、ラトルパイソンで体験した神秘への扉を開いた人物として尊敬していた。気取らない彼女はゲル法王にも同じようにコーヒーを振舞った。

ジムカーオ大佐の戦略に易々と乗せられたとき、あれほど不安そうで自信なさげだった人物と同じとはとても思えないほど法王は元気で、クンに感謝するとさも美味しそうにコーヒーを一気に飲み干した。

「大変な立場にある方とはとても思えません」

アイーダは素直に感嘆した。現在ゲル法王は拠るところなき王なのである。キャピタル・テリトリティの法王庁はついに彼を見限り、彼を指示しているのはザンクト・ポルトのスコード教団。また宇宙へ亡命するしかないほど追い詰められている立場なのだ。

ゲル法王はふうと息を整えると心配そうなアイーダを逆に慰めるように話し始めた。

「キャピタル・テリトリティの法王庁というのは行政機関のひとつで、教義というよりキャピタルでの行事に宗教的なお墨付きを与えるのが仕事だったのです。なぜなら、キャピタル・テリトリティにはフォトン・バッテリーを配給するという仕事があった。悪用すれば大変な利益を独占する仕事です。下手をすると、その配給権を巡って戦争が起きてしまう。アイーダさんが海賊行為という名目でタワーを襲撃してきたとき、法王庁ではアメリアがフォトン・バッテリーの配給権を奪いに来たのだと大騒ぎになった。配給権を独占することはそれほど大変なことなのです。同じくクリムさんという方がゴンドワンの若者を率いてタワーを襲撃してきたのもそうです。クンタラ国という人々がその権利を簒奪したというのもそう。別にキャピタル・テリトリティが欲しいわけでも、タワーが欲しいわけでもない、フォトン・バッテリーの配給権を独占したいんです。フォトン・バッテリーの配給権というのはそういうものです。だから悪用されないように宗教的なタブーで抑え込んでいた」

クンはケラケラと可笑しそうに話を引き継いだ。「法王さまはフォトン・バッテリーはもういらないというんだ」

「必要なのは現在の地球に残された資源で作ることのできる爆発しない大容量のバッテリーではないのですか?」

「いやそうですけど」アイーダは困ったような顔で法王の話を遮った。「確かにそうではありますけど、フォトン・バッテリーはいずれ再供給されるのではないですか。そのときに法王さまがキャピタル・テリトリィにいてくれなくては、それこそ巨大な利権が不正まみれになってしまう」

「式典で儀式をするだけの宗教などもう必要はないのです」ゲル法王は自信に満ちた表情で話した。「ザンクト・ポルトやトワサンガ、ビーナス・グロゥブ。ああした存在が明らかになったいま、スコード教が承認した配給権の正当性など意味を失っています。1年前、クレッセント・シップが地球を巡行したとき、崩れたバランスは元に戻ろうとしていた。もう1度スコード教を中心に禁欲的で抑制の効いた文明支配が戻ってくる可能性があった。しかし、いまの地球にそれはなくなってしまったのです。クンさんのようにビーナス・グロゥブの方々が一緒に住んでいる。トワサンガにいるベルリくんの生の声が地球に届けられる。そしてアイーダさんも、調査報告という形でクンパ大佐とジムカーオ大佐の事件を世界に向けて報告しようとしている。多くのことが明らかになり、神秘のベールで重大なことを隠し通せる世界はなくなってしまっている。わたくしは各地を説法で回るようになり、開明的な世界で宗教家がなすべきことを見つけてしまった。わたくしはビーナス・グロゥブでラ・グー総裁とお話をさせてもらったとき、まさか自分に宗教改革などできるとは夢にも思わなかった。なぜそんなものが必要なのかも理解していなかった。しかし、いまになれば何もかもラ・グー総裁のお話の通りでした」

アイーダは当てが外れて天を仰いだ。

というのも彼女は、ビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーが再供給されることを見越して、キャピタル・テリトリティと法王庁をどのように改革できるのか直接話を聞くつもりだったからである。肝心の法王にそれをやる気がないときかされれば、途方に暮れるしかない。

「法王さまは今後いかがなさるおつもりなのでしょう」

「わたくしはアジアへ行こうと思っています」

「は?」

「フォトン・バッテリーのことは、ベルリ・ゼナムくんが善きに計らうことでしょう。彼を法王にというのはあながちおかしな話ではない。スコード教は人と人との融和、相互理解の奇蹟について真摯に訴え続けていくべきで、フォトン・バッテリーのような生臭い話に関わるのはやめた方がいいのです」

「ほらな?」

クン・スーンはそれ見たことかとアイーダを眺めまわした。彼女はゲル法王を家に泊めている間、ラ・グーとゲル法王の間でどんなやり取りがあったのかすでに聞いていたのだ。

「いやでも」アイーダは首を振った。「キャピタルはどうなるのです? いまだ誰が収めるのかも決まっていない。実質的なリーダーはウィルミット長官がなされていますけど、こじれにこじれた土地の所有権の問題など議会を再開しないとできない。ところが、元の住民、彼らを無差別に殺戮したゴンドワン人、クンタラ国の人々が入り混じって収拾がつかなくなっていて、あれを束ねるのは容易なことではありません。もっと絶対的な力を持った人物がいないと」

ゲル法王はまるでそっけなく応えた。

「ビーナス・グロゥブがフォトン・バッテリーを供給するかどうかはわからないそうですよ」

「え?」

驚くアイーダに、クンが詳しく説明をした。

「ビーナス・グロゥブの新総裁はキルメジット・ハイデンなんだろう? 彼はラ・グー総裁の影に隠れて目立ってはいなかったが、『即決のハイデン』といって、かなり大胆なことをする男なんだ。ラ・グー総裁が判断に困ったとき、必ずハイデンに助けを求めた。するとハイデンはいつも即決するのさ。こうしましょうと。彼は迷わない。エンフォーサーを始末するとなれば、一気に戦争までもっていく。それでどういう影響が出るのかなど先を見通す力はあるが、犠牲者のことなどお構いなしなのさ。計算するのが早いんだな。エンフォーサーという連中にはお気の毒なことだが、もう全員処分されていることだろう。ビーナス・グロゥブはラ・グー総裁のときとはかなり変わってしまっているはずだ」

「フォトン・バッテリーが・・・、来ないんですか? それはまた、下手をすると戦争になりかねない」

「だから送らないのさ」クンは子供に指を預けながら話した。「戦争慣れしてしまった地球人は、フォトン・バッテリーを送らなければわずかな資源を求めて戦争をするだろう。しかしそういう人間たちにエネルギーをふんだんに送りつけたら戦争は終わるのかい? そうじゃないだろう。そういうことを一瞬で判断して、文明を100年遅らせようと行動に移してしまうのが、キルメジット・ハイデン、いまはラ・ハイデンと呼ばれているはずの男さ」

「フォトン・バッテリーが・・・来ない? まさか!」


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ROBOT魂 ガンダム Gのレコンギスタ [SIDE MS] G-セルフ 約135mm PVC&ABS製 塗装済み可動フィギュア

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