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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第38話「神々の侵略」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第38話「神々の侵略」前半



1、


ヘルメス財団の僧侶たちを乗せた高速巡洋艦は、ビーナス・グロゥブ艦隊から離れ、地球へ向かう軌道に乗って足の遅いフルムーン・シップを追いかけていた。

船の中にはヘルメス財団の役人や枢機卿たちが乗艦していた。彼らは本来非戦闘員だが、ラ・ハイデンに目を付けられ、艦内で反乱が起きたフルムーン・シップに対して忠告を与えるために総裁の親書を送り届ける役を申し付けられていた。

彼らはキャピタル・テリトリティのウィルミット・ゼナムに対して、フルムーン・シップ内にあるフォトン・バッテリーを搬出しないように警告せねばならない。もし警告に背いた場合は、フルムーン・シップは自動的に自爆してしまう。

「フルムーン・シップを追い越せばいいのですかな?」

船の中ではスコード教の枢機卿たちが顔を突き合わせて今後の協議を行っていた。

「地球人に親書を渡すのなら追い越す。親書はそのままでフルムーン・シップを止めるのであれば通信する。どちらかに決めねばなりません」

ラ・ハイデンは、仮にフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出された場合は、フルムーン・シップを自爆されると彼らに告げていた。地球人が使用する半年分のエネルギーを放出した場合、とてつもない大爆発が起こり、その爆風は地球を何周もするだろうと予想されていた。おそらく陸上生物の大半がその爆風で死滅するはずだった。

「そんなことになっては、我々のレコンギスタ計画もおじゃんになってしまう。地球人は死滅してもいいが、地球は何としても無傷で手に入れたい」

「ラ・ハイデンはキャピタル・テリトリティの代表が地球の代表のつもりでいるようだが、本当にそうなのか? わたしは知っている限りでは、地球はいくつもの国に分かれ、争いごとを起こしているのだとか。ウィルミット・ゼナムに親書を渡して、もしフルムーン・シップが別の国に降りたならどうする? 例えば、アメリア」

「アメリアは地球の軍事大国だとか。彼らはカール・レイハントンと戦えましょうか?」

「それは期待しない方がいい。レイハントンは幽霊みたいなものだ。彼を殺したところで彼は思念体に戻るだけではないか」

彼らの願いは、自らが神の立場になってレコンギスタを果たすことであった。それはラ・ハイデンも同じなのだが、清廉潔白で鳴るラ・ハイデンと、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の意向は少々異なっている。ラ・ハイデンの考える神は、多大な自己犠牲を払う存在であるが、ヘルメス財団は神が犠牲を負うのはおかしく、それは他者が負うべきものだと考えていた。

彼らにとって神とは、犠牲を捧げられる存在でなければならなかった。



彼らが結論を出せずにいたころ、その背後からさらに小さなトワサンガ製の高速艇が迫ってきた。乗艦しているのはザンクト・ポルトで捕らえられた地球のスコード教団の面々である。指揮を執っているのはギャラ・コンテ枢機卿。彼は月でフィット・アバシーバを騙して反乱を起こさせたが失敗、トワサンガで拘束されていたところレイハントン支持者に発見され、叩き出されたところであった。

彼らもまた地球を目指していた。高速艇にはクリム・ニックが搭乗するMSミックジャックがドッキングしている。ミックジャックは大気圏突入カプセルをまとった姿で、外からはMSには見えなかった。

ギャラ・コンテは、月の縮退炉発電装置を地球に持ち帰って救世主たらんと欲していたが叶わず、いまはアメリア大統領の息子クリム・ニックと、手持ちの駒のひとつである元トワサンガ首相ジャン・ビョン・ハザムを使って何かできないかと思案しているところであった。地球人である彼は、カール・レイハントンなる人物のことはまるで知らない。

ギャラ・コンテは、地球にエネルギーをもたらす人間が次の利権相続者になると信じて疑わなかった。

「スコード教というのはまさにそういう宗教だったのだ。知識を与えてくれる存在が宇宙から降りてくる。それが神の存在理由である。ただ宇宙からやってくるだけで神にはなれない。それは単なる来訪者でしかない。神になるには偉大な知識が必要なのだ・・・」

「エネルギーなら前を行くフルムーン・シップに満載されているぞ」クリム・ニックから通信が入った。「知らないだろうが、ビーナス・グロゥブ艦隊は戦争をするつもりで金星からやってきている。彼らの内部には、ラ・ハイデン支持派とヘルメス財団支持派があって、同床異夢の状態にあるんだ。フルムーン・シップもクレッセント・シップもフォトン・バッテリーが満載されている」

クリム・ニックから話を聞いたギャラ・コンテは、聖職者の顔は崩さないまま、損得を吟味した。クリムがなぜ突然そのようなことを言いだしたのか慎重に探ったが、クリムは心ここにあらずといった様子で何かを要求してくるそぶりはない。

縮退炉と比べると、フォトン・バッテリーはいつか尽き、ビーナス・グロゥブへの依存に変更はない。だが、中継地であるトワサンガはカール・レイハントンなる人物が新たな支配者になったらしく、支持者は熱狂的だ。ではどこへ行けばいいのか、ギャラ・コンテは操舵士の前に身を乗り出した。

「先行する艦艇を追い越し、フルムーン・シップに近づけるだろうか?」

「あれは高速巡洋艦の戦闘艦ですよ。追い越すのは危険ですね」

「フルムーン・シップの方々をザンクト・ポルトにお招きしたいのだが」

「いま、前の船も速度を上げたようなので、このままいけば彼らはフルムーン・シップに追いつきます。このまま距離を詰めて、彼らが追い越したなら接触できるかもしれませんが」

「ではそれで行こう。宇宙みたいな寒いところで死ぬわけにはいかんからな」

こうしてフルムーン・シップの後を、ビーナス・グロゥブとトワサンガの高速艇が追いかけることになった。2隻の船は徐々にフルムーン・シップに接近しつつあった。



2、



「ふはははははははは」

フルムーン・シップの中ではルイン・リーが高笑いをしていた。妻であるマニィと手下のクンタラ建国戦線のメンバーをフルムーン・シップに潜り込ませた彼は、まんまと艦内での反乱を成功させ、念願のフォトン・バッテリーを手に入れた。

出産を経験したマニィは、一回り人間性が豊かになり、姉御肌の頼りにされる存在になっていた。彼女が産んだ子はビーナス・グロゥブに置き去りにされている。ルインは必ず迎えに行くつもりでいるが、マニィは子供のことはあまり口にはしなかった。

そんなマニィの変化に、ルインは気づいていなかった。

「有り余るほどのフォトン・バッテリー。それに最高の機体であるカバカーリ。これだけ揃っていまのキャピタル・テリトリティが落とせなかったら恥である」

荒ぶるルインを横目で見ているのは、フルムーン・シップで操舵士を任されているステアだった。彼女はフルムーン・シップを何とかアメリアへ運ぼうとしていたが、ルインが目指しているのは、キャピタル・テリトリティである。ルインはキャピタルを制圧して、フォトン・バッテリーの利権を独占することを考えていた。

ルインの荒ぶる魂は鎮まることがない。

「所詮、人間などというものは醜いものなのだ。ラ・ハイデンもカール・レイハントンもオレはよくは知らない。しかし、彼らが人間である以上、楽をしたがる。上の立場の人間というのはいつも奴隷を求めているものなのだ。彼らが奴隷を必要としている以上、地球人が滅ぼされることなどない。我々クンタラは、進んで彼らの奴隷となって、フォトン・バッテリーを受け取り、別の地球人を使役する立場になればいいのだ。これこそが正しい革命である。クンタラは、スコード教徒を使役する」

彼の乗るフルムーン・シップに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦が近づいてきた。

報告を受けたルインは、それが自分が乗せられてきた船であることを確認すると、攻撃準備だけさせて自分は身を隠した。ルインは彼らにベルリの暗殺を命じられていたからだ。マニィに指揮を任せた彼は、モビルスーツデッキのカバカーリへと急いだ。

そこに相手から通信が入った。

「フルムーン・シップに告ぐ。戦列を離れてどこへ向かわれているのか」

マニィはいかにも艦長然とした態度で応えた。

「わたしたちはキャピタル・テリトリティへと向かっているところです。地球は間もなく全球凍結という状態に入ります。地球は凍り付き、人が住めなくなるのです」

「な、なんだって!」

マニィは後先考えず適当なことを喋っただけだったのだが、ビーナス・グロゥブの面々には初耳だったらしく、驚いた様子で全球凍結とはどんなものなのか質問攻めになった。マニィはゴンドワンでテロ活動をしていたおり、全球凍結をプロパガンダとして利用していたので多少の知識があった。それを披露するとモニターの向こうの法衣姿の面々は明らかに戸惑い、狼狽した。

ビーナス・グロゥブの枢機卿は半分怒ったような口調で抗議してきた。

「地球全体が凍るのならば、温めればよろしいではないか」

「地球にあるものをすべて燃やし尽くしても氷など溶けませんよ」マニィもいささか頭に来ていた。「地球の大きさをわかっていないんです。地球が凍る理由もあなたたちはわかっていない。1万2千年間、地球は氷漬けになるんです。だからエネルギーが必要なんだ。わたしたちはキャピタル・テリトリティにエネルギーを運び入れます」

枢機卿のひとりが慌てて口を挟んだ。

「そんなことをしたら、ラ・ハイデンがフルムーン・シップを自爆させると言ってる」

「やれるもんならやってみなさい!」

「それこそわかってない!」枢機卿は見悶えした。「フルムーン・シップに満載されたフォトン・バッテリーが爆発したら、全球凍結がどんなものか知らないが、それが起こる前に陸上生物すべてが死に絶えてしまうぞ。お前はフォトン・バッテリーのエネルギー量を知らないのだ。さては地球人だな?」

ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦は、フルムーン・シップとランデブーすると、艦内に人を送り込むと通告してきた。マニィは後ろ手で合図を送り、逆に相手の船を奪う準備を始めさせた。

「敵の巡洋艦を奪ってしまおう。フルムーン・シップに巡洋艦があれば、作戦はもっと簡単になる。すぐにルインに伝言して」

ブリッジから数人が出ていった。マニィがさらに指示を出そうとしたところ、相手からの通信が突然切れてしまった。

「どうしたの?」

マニィは周りの人間の顔を見たが、誰も通信が途絶えた理由がわからなかった。疑心暗鬼になったマニィは、矢継ぎ早に指示を出して、さらに多くの人員を戦闘に振り分けた。

その機をフルムーン・シップのブリッジクルーは見逃さなかった。武器を携帯していなかった彼らは、戦うことなくブリッジの指揮権を放棄したものの、敵が残り数人となれば話は変わってくる。一斉にクンタラ解放戦線のメンバーに飛び掛かると持っていた武器を取り上げた。マニィにはステアが突進してあっという間に腕を捻り上げた。

「ビーナス・グロゥブのときのお返しだよ!」

ステアはマニィと他のメンバーを縛り上げると、ブリッジへ上がる通路を遮断して扉を厳重に塞いだ。

「放せ、この!」

マニィは暴れたが、最後は猿轡を噛まされて艦長席の後ろにぐるぐる巻きにされた。

ブリッジを出たクンタラ解放戦線のメンバーは、マニィが捕まったことを知らないままモビルスーツデッキに急ぎ、ルインに巡洋艦を拿捕する計画を話した。ルインはモニターで巡洋艦がフルムーン・シップとランデブー状態にあることを確認するとポンと膝を打ち、高笑いを響かせた。

「さすがはマニィだ。あの高速巡洋艦には非戦闘員しか乗っていない。しかも、汎用型のモビルスーツが数機積んである。あれをいただこう」

「しかしですね」ブリッジから移動してきた男がヘルメットを寄せて話した。「なんだか、フォトン・バッテリーを降ろそうとすると、フルムーン・シップが自爆させられるらしいですぜ。だとしたらこのままキャピタルに持って行ってもオレたちゃドカン・・・」

「フルムーン・シップには人類が半年間暮らせるだけのフォトン・バッテリーが積んである。あいつらに奴隷を皆殺しにして、奴隷が引き受ける労働を自分たちでやる根性などないさ。脅しにきまっている。そんなことより、モビルスーツだ。キャピタルさえ手に入れば、あいつらには何もできんよ」

「そうだといいんですがねぇ」

ルインは、2代目カバカーリに紐を結わえさせると、戦闘員をしがみつかせてモビルスーツデッキを発進していった。


3、



そのころ、通信を一方的に切った高速巡洋艦の中では、侃々諤々の議論が巻き起こっていた。

「ダメだ、あの地球の土人どもはフォトン・バッテリーの怖さを分かっていない。積載されている分だけが吹っ飛んでも、爆風は地球を何周もして陸上生物が死滅する。それに、全球凍結なんて話は聞いていないぞ。爆風で陸上生物がいなくなってすべてが凍り付いた地球など、火星と変わらぬではないか。それではこうしてレコンギスタしてきた意味がない」

「地球人はバカだとは聞いていたが、まさかあんなに科学知識に乏しいとは思わなかった。未開の土人そのものではないか。あんな野蛮人が数億人も住む地球などに、なぜ来てしまったのか。遠からず絶滅する間抜けな生命体ではないか」

「止めねばならん!」

ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の面々は、自分たちがやめろと命令すれば、地球人は大人しく従うものだと思い込んでいた。いくら野蛮人の土人であろうが、それくらいの教育はしてきたとの自負が彼らにはある。

そこで、船をランデブーさせて人員を送り込もうといたのだが、突然通信がもたらされ、メインモニターに見慣れない法衣姿の男が映し出された。

「これは、麗しきビーナス・グロゥブのお歴々よ、わたくしの名前はギャラ・コンテ。地球のスコード教団で枢機卿の役職を賜っておる者でございます」

「なんだ、いまは忙しいのだ」

「では手短に。ビーナス・グロゥブの方々は地球と戦争をして滅ぼそうというのでございましょう? そんなことをせずとも、地球と月は我々スコード教団が抑えているのです。月の正式な支配者はジャン・ビョン・ハザム、キャピタル・テリトリティの支配者は我がゲル法王猊下、アメリアの支配者はズッキーニ・ニッキーニ。すべて我々スコード教団の手の内にあります」

「それがなんだというのだ」

「つまり、レイハントンの人間に正当性などなく、トワサンガのベルリ・レイハントン、キャピタルのウィルミット・ゼナム、アメリアのアイーダ・スルガン、あの一族は代表でもなんでもないのです。殺す必要さえない。無視すればいいのです。追い出せばいい。地球はビーナス・グロゥブにいままで通り恭順の意を示し、ただ従うだけです。いったいなぜ戦争という話になっているのですか?」

「事情が変わったのだ。もう地球は地球人のものではない。いや、待て」

やせ細った男が耳打ちした。するとビーナス・グロゥブ側は態度を変えて、モニターのギャラ・コンテに向き合った。

「よかろう。お前の話が本当ならば、平和的解決に向けた話し合いもできようというものだ。君は地球人なのだな? では、フルムーン・シップで起きた地球人の反乱を鎮めてもらいたい。フルムーン・シップの中にはフォトン・バッテリーが積載されているが、我がラ・ハイデン総裁はそれが運び出されたと確認され次第フルムーン・シップを自爆させると言っている。もしそんなことになれば、爆風は地表を剥ぎ取りながら地球を何周もして、陸上生物は絶滅するであろう。我らはキャピタル・テリトリティの代表に親書を届け、フォトン・バッテリーの搬出をせぬように通告する仕事があるのだ」

「その親書、ぜひ法王庁で保護しているジャン・ビョン・ハザムに渡してはいただけないか」

「なぜだ?」

「彼はトワサンガの代表なので、フォトン・バッテリーを彼の一時預かりとして搬出許可を出さねば誰もそれに触ることはできないでしょう。トワサンガが預かっていることになるので、地球にあっても地球に降ろされたとはならない。アメリアに運ばれた際は・・・」

通話にクリム・ニックが割って入った。

「オレの名は、クリム・ニック。アメリア大統領ズッキーニ・ニッキーニの息子だ。フルムーン・シップ自爆の件、オレが父とアイーダに話をつける。事情を話せば誰も手出しはしないだろう」

ビーナス・グロゥブの代表は重々しげに命令口調になった。

「では、スコードの名によって命じる。ギャラ・コンテとクリム・ニックは直ちにフルムーン・シップに乗り込み、地球人の反乱者どもを艦隊に戻るように説得せよ。もし説得が失敗した場合、我々はキャピタル・テリトリティのジャン・ビョン・ハザムに搬出の危険を知らせる。クリム・ニックはアメリアへ向かい、父上に事情を話してフルムーン・シップを受け入れないようにしていただきたい」

こうした話し合いののちに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦ははフルムーン・シップを離れ、一路地球を目指して再加速した。

その船の中にはルインのカバカーリとクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいた。モビルスーツデッキをこじ開けてもぐりこんだ彼らは、わずかに残っていた整備兵を撃ち殺し、ビーナス・グロゥブ製の武器とモビルスーツを手に入れた。

「この船には非戦闘員のスコード教の坊主しか乗っていない。オレはブリッジの前に出てビームライフルであいつらを脅すから、お前らは白兵戦でブリッジを制圧してもらいたい。いけるか?」

「もちろんでさ」

そう返答すると、クンタラ解放戦線のメンバーは銃器を抱えて突撃していった。ルインの話は本当で、目が血走ったクンタラ解放戦線のメンバーに銃口を突き付けられたヘルメス財団の面々は、顔面蒼白になって道を譲った。彼らが難なくブリッジに到達したとき、ルインはモビルスーツの右手を艦橋の上に置いて接触回線で彼らを恫喝していた。

「お前らはオレを甘く見ていたようだな。オレとベルリを相打ちにでもできればいいと思っていたのだろう。だが、オレには地球に残るクンタラすべての命運が掛かっているんだ。お前らごときスコード教のクズどもに負けるわけがないんだよ」

「いやそれは・・・」

ガタガタと膝を震わせた枢機卿たちは、ギャラ・コンテから聞いた話を持ち出した。

「いや、なに、もうレイハントンの勢力を削がなくてもよくなったのだ。君に与えた任務は撤回しようじゃないか。聞けば、地球の代表は彼らレイハントン一族ではないとのこと。知らなかったのだ」

「知らなかったらどうだというのかッ!」

ルインの迫力のある声と、後ろからやってきたクンタラ解放戦線の男たちに恐れをなしたビーナス・グロゥブのヘルメス財団メンバーは、古式ゆかしく蝋で封がされた書面を突き出した。

「わかって欲しい。我々はラ・ハイデン閣下の親書をキャピタル・テリトリティに届ける任務がある。それを果たさねばならんのだ。ジャン・ビョン・ハザムとかいうトワサンガの代表に渡せば、とりなしてくれるとか」

「ジャン・ビョン・ハザム・・・、トワサンガのドレッド一族の傀儡だった男か。キャピタル・・・」

ルインはしばし考えたのちに、部下に命令して親書を取り上げさせた。

「話は承った。オレが責任を持ってキャピタルの代表に届けてやろう。殺れ」

ルインの命令で、枢機卿たちは銃で撃たれ倒れていった。

「生きた者がいると面倒だ。モビルスーツデッキにいる人間も動員して、艦内の人間は皆殺しにせよ。お前らだけにはやらせない。オレもそちらへ向かい、掃討に参加する」

こうしてルインたちクンタラ解放戦線のメンバーは、ビーナス・グロゥブの高速戦闘艦を奪い、キャピタル・テリトリティへの予定軌道めがけてさらに加速していった。


4、


「こんなバカげた騒ぎにつき合っていられん」

フルムーン・シップに乗り込めと命令されたクリム・ニックであったが、命令に従うつもりはなかった。彼がMSをドッキングさせたトワサンガの高速艇はフルムーン・シップとランデブーに入ってしまった。

「オレはバッテリーの節約のために同道したまでだ。悪く思うな」

そう独り言を呟いたクリムは、ドッキングを解除して高速巡洋艦の後を追いかけ加速した。地球まではまだかなりの距離があったが、もともとロケット状の外殻の推進装置だけで地球までの航行が可能とされていた機体なので、不安はなかった。

「もっとも、いまのオレは生への執着が希薄になっている。不安など感じようがないのだ」

クリムはけだるげに座席に身体を預けた。機体をコントロールしているサイコミュが激しく作動していることにも、彼が気づくことはなかった。



ギャラ・コンテはランチを降りて意気揚々とフルムーン・シップに乗り込んだ。

彼は、地球人が艦内で反乱を起こしたと聞いていた。ならばスコード教の枢機卿である自分が話をすれば戦いは収まるだろうと簡単に考えていたのだ。ところが、彼を包囲したのはクンタラ解放戦線のメンバーであった。彼らはノーマルスーツを着込んだギャラ・コンテのヘルメットの中にスコード教の法衣を認めると激怒して有無を言わさず撃ち殺してしまった。

ギャラ・コンテと随伴の男たちの遺体を次々に宇宙へ蹴りだした兵士たちは、フルムーン・シップの戦闘員たちからブリッジにいたマニィが捕まったと聞いて動揺を隠せなかった。

元々彼らは乗員の1割の数に過ぎない。戦闘に慣れているために作戦は奏功していたが、ブリッジを奪われて、指導者が捕まったとあって、形勢は一気に逆転していた。

「畜生! マニィの姐さんもルインの旦那もいないんじゃどうしていいのかわからねぇ」

「こいつらの乗ってきたあの船を奪って逃げるか?」

男はランデブー状態にあるトワサンガの高速艇を指さした。高速艇は太陽の光に照らされて鮮烈に白く輝いていた。

「あの高速艇か。よし、こっちにメンバーを集めろ。ありったけの武器を持ってこさせろよ。あんな小さな高速艇だ。大した人員もいないだろう。ブリッジの人間はもう助からねぇ」

集結した彼らは、ギャラ・コンテが乗ってきたランチを操縦して飛び立ち、乗れなかった者らは結わえたロープにしがみついてフルムーン・シップを離れた。

「姐御、すまねぇ。でも、オレたちが生きた証はきっと守護神カバカーリが見守ってくれている。姐御の魂がカーバで安らかでありますように」

そういうと彼らは、神妙な面持ちでフルムーン・シップに向かって祈った。



時にフルムーン・シップのブリッジでは、行先について意見の相違が勃発していた。

ビーナス・グロゥブ出身のクルーの多くは艦隊に戻るべきだと主張したが、ステアとごく少数のメンバーはこのまま地球に降りることを希望した。特にステアは、フォトン・バッテリーをアメリアに降ろせないかと考えていた。地球がエネルギーの枯渇状態にあることは彼女も承知していたからだ。

「本当に地球人と戦争をやる気なの?」

ステアは大げさな身振りでブリッジクルーにアピールした。船の乗員たちが戦争を望んでいないことは明らかだった。ステアは必死に地球の困窮を訴えたが、ラ・ハイデン総裁に逆らって行動する勇気のある者はほんのわずかだった。

そこへ、デッキクルーから艦橋のモニターに通信が入った。クンタラ解放戦線のメンバーがトワサンガの船に乗り込んで逃げていったのだという。通信を聞いたマニィは可笑しそうに身をよじった。

「あんた。見捨てられたってよ」

ステアは哀れに縛り上げられ、椅子にぐるぐる巻きにされたマニィを見下ろした。

「どちらにしても、もう地球に近くなりすぎているんだ。ザンクト・ポルトという場所にいったん停泊して、レコンギスタの希望者だけ降ろして我々はこのまま艦隊に戻らせていただきたい。もし月との間で通信が取れれば、ザンクト・ポルトで待機ということもある。ステアくん、それで納得してはもらえないだろうか。いま半年分のフォトン・バッテリーをアメリアに運び込めば、それこそ地球人は戦争をしたがっていると思われてしまうよ」

気の弱そうな副艦長は、ステアに向かって必死に訴えた。彼はおずおずと艦長席に座った。艦長席の後部にはマニィがぐるぐる巻きにされていたので少し落ち着かなかったが、彼は1年以上行動を共にしてきたステアに強く命令することは望んでいなかった。

「地球は、このままじゃ干上がっちゃうよ」

ステアはしぶしぶ納得して、ザンクト・ポルトへの航路へ舵を切った。



そのフルムーン・シップがザンクト・ポルトに向かっているとは知る由もなく、ムーンレイスのオルカを与えられたドニエルは、臨時の艦長として慣れない艦長席に座っていた。

オルカは縮退炉で動くムーンレイスの船で、ユニバーサルスタンダード成立以前の設計図を元に作られた新造艦であった。そのため、アメリアを飛び立ってからずっとドニエルは本当のオルカの艦長に詳しい説明を受けていた。

オルカの機関室にはビーナス・グロゥブのジット団のメンバーだったクン・スーンやローゼンタール・コバシら12名が集まって縮退炉について議論を交わしていた。ユニバーサルスタンダードの技術体系しか知らない彼らにとって、それは宝石のような輝きに見えていた。

貴賓室にはゲル法王の姿があった。彼らはスコード教とクンタラの研究で分かった、ふたつの宗教の起源が同じであることをラ・ハイデンに伝えるべく宇宙に派遣されたのだ。ラ・グーに託された宗教改革を、ゲル法王は達成したと自負している。

ただ、約束を交わしたラ・グーはすでにこの世にはなく、たった一度握手を交わしただけのラ・ハイデンを説得できるかどうか、法王には確たる自信はなかった。それでも戦争を回避するすべが見つかるのであれば、命を落とすことも厭わないと心に決めての宇宙への旅立ちであった。

オルカはキャピタル・タワーの最終ナットであるザンクト・ポルトに着艦した。手続きは簡素化され、以前のように刺々しい威圧感はない。ザンクト・ポルトは解放され、神々の世界ではなくなっていたのだ。オルカに搭乗していた主要なメンバーは、ここで数日休んでいくことになっていた。

宿泊所のロビーで休んでいると、懐かしい顔が駆け寄ってきた。ウィルミット長官であった。ゲル法王とウィルミットは固く握手を交わした。ウィルミットは養女にしたリリンを連れていた。

「大変なことになりました」ウィルミットはいった。「月で何かがあったらしく、トワサンガの方々やら、アメリアの調査団の方々やら、ムーンレイスの方々やら、続々とキャピタル・テリトリティに降りてきているのです。それで慌てて上がってきたのです。本当はタワーの電力は街に供給したのですが・・・」

ゲル法王は珍しく慌てた彼女に驚きながら、落ち着くように促した。

「少しだけお話は伺っているのです」法王はいった。「月ではカール・レイハントンという人物が姿を現し、何やらメメス博士という人物の痕跡を探さねばならないとか」

「もう、わたくしにはわからないことばかりですの。キャピタルはなかなか治まらないのですが、それでもIDの交付はあらかた終わりまして、いまは裁判所を再興させて、土地の権利を巡る調停を進めているのです。こんな大変な時期に、何ひとつ法王さまのお力添えができなくて恐縮です」

「それはこちらの科白でしょう。本当ならば、わたくしがスコード教の責任者としてキャピタルの民草を導かねばならなかった。それなのに、ジムカーオ大佐の思惑にまんまと乗ってしまい、わたくしの権威などなきに等しくなりました。しかし、今回ばかりは何としてでもビーナス・グロゥブのラ・ハイデンにお目通りして、人類の相互理解について、重要な私見を述べさせていただき、人間同士の融和を訴えたいのです。それよりも、長官はなぜザンクト・ポルトに?」

「わたしはいま」ウィルミットはいったん言葉を切り、意を決して切り出した。「キャピタルを預けられる方を探しているのです。現在キャピタルは形式上ケルベスさんが軍事クーデターを起こして独裁体制を敷いている形になっておりますが、これは強権的に物事を解決するための方便で、独裁者の真似事をいつまでのあの先生にやらせていていいものではない。自分が、と考えたこともありましたが、行政能力と政治能力は別物だとこの1年半余りで痛感いたしまして、あの混乱した土地には、ゴンドワンから支配者としてやってきたクリム・ニックや、クンタラ解放戦線のルイン・リーのような、いやあれ以上の強い男が必要なのです。女のわたしが男を頼るのはおかしいと思われるかもしれませんが、混乱を終わらせられるのは言葉ではなく力です。それがどんな力なのか、わたくしも漠然としかわかりません。でも、肌感覚で、いま求められているのは男だと感じるのです」

「それなら、ラ・ハイデンに会えばいい」クンが横から口を出した。「あれは男だよ。それにきっとあの男なら、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・テリトリティまでの一括支配体制くらいは考えているだろう」

「一括支配体制ですか?」ウィルミットが興味を持って尋ねた。

「そう」クンは子供をリリンに渡して彼女に向き合った。「ハイデンはヘルメスの薔薇の設計図のことを絶対に許さない。あれの回収が不可能ならば、地球の文明を大幅に後退させるしかない。キャピタルまで一括支配して、それ以外の地域にはバッテリーを供給せずに文明を滅ぼす。それくらいのことはやる男なんだ。もうすぐあの男がやってくる。あたしはあいつに会うと殺されるから会わないけど、どんな男なのかくらいのレクチャーはできる」

遠い金星から男がやってくる・・・。ウィルミットは文明を滅ぼすと簡単に言ってのけるクンの言葉に怯えながらも、それほどの決断ができる男というものがどんな人間なのか、強い興味を隠すことができなかった。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第37話「ラライヤの秘密」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第37話「ラライヤの秘密」後半



1、


ビーナス・グロゥブ艦隊による月への攻撃が開始されるなか、フルムーン・シップは後方の位置から戦線を離脱して地球への航路に乗った。

通信はすべて切られ、いくら呼びかけても応答はない。輸送艦であるフルムーン・シップの戦線離脱は補給の半分を失うことを意味していた。ラ・ハイデンの元にはフルムーン・シップの乗員名簿が届けられた。それによると、乗員の1割がアースノイドとあった。

「1割のアースノイドが裏切って艦を乗っ取られたのか。航行しているということは、乗員は反乱者に従っているということだ。戦争の経験がないというだけで、これほどまでに醜態をさらすとは。ピアニ・カルータの危機意識もわかろうというものだ」

ラ・ハイデンは苦虫を噛み潰した表情で、モニターを眺めた。

「仕方がない。作戦を前倒しする。全軍、月へ降下。交渉を呼びかけ、速やかに制圧せよ。そして技術体系のあらましを調査したのち、情報は解析班へ回してくれ」

「フルムーン・シップはいかがいたしましょう?」

「フォトン・バッテリーの運び出しを確認したら、自爆装置を作動させる。地球に多大な被害が出るが、半年分のフォトン・バッテリーを地球人に供給しては戦争の火種にしかならない。警告はわたしからではなく、アースノイドにやってもらうがいいだろう」

ラ・ハイデンは手招きをしてフラミニア・カッレを呼び寄せた。

「キャピタル・テリトリィの責任者の名前を知っているか?」

「キャピタルの実力者は、スコード教法王であるゲル・トリメデストス・ナグ、もしくはクラウン運行長官ウィルミット・ゼナムでしょうか」

「ウィルミットがベルリくんの継母なのだね。ゲル法王とはまみえたことがある」ハイデンはしばし考えこみ、すぐに決断した。「こちらのスコード教関係者を特使としてキャピタル・テリトリィに派遣しよう。彼らは彼らでよからぬことを考えているようだが、いまは戦争が始まり、恐怖のあまり地球に降りたい一心であろうから、お使いくらいのことはできるだろう。すぐに回線を繋げ」



そのころビーナス・グロゥブのヘルメス財団メンバーが乗り込む高速巡洋艦は、ハイデンの旗艦からさらに前に配置されて艦隊全体で監視されている状態であった。

フルムーン・シップの離脱という予想外のことが起き、戦争が開始されたことで、非戦闘員どころか役人と宗教家しか乗り込んでいない艦の中は混乱の極みであった。彼らが待っているのは、ベルリ・ゼナムとアイーダ・スルガン死亡の知らせであった。

ベルリとアイーダを亡き者にして、キャピタルとアメリアを同時に自分たちのものにしてジオンのカール・レイハントンに傅き、フォトン・バッテリーの配給利権を一手にしながらレコンギスタも果たす。これがビーナス・グロゥブのスコード教団の考えであった。

ベルリとアイーダの暗殺は、それぞれルインとクリムに託してある。彼らは苦心してモビルスーツを入手してそれをふたりに与えていた。

「まだなのか」枢機卿のひとりは身をねじって見悶えていた。「戦争が始まってしまった。背後にはあの不気味なカール・レイハントンがいる。わたしは生きている心地がしないよ」

そこに飛び込んできたのが、ラ・ハイデンからの入電であった。彼らは巡洋艦に搭載されている高速巡洋艦を使って地球に降り、キャピタル・テリトリィのウィルミット・ゼナムと交渉するよう命令を受けた。しかも、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが降ろされたら、フルムーン・シップを自爆させるというのだ。

「フルムーン・シップに乗っているフォトン・バッテリーごと吹き飛ばすのか?」

「そんなことをしたら地球は人が住めなくなるほどの被害を受けるのでは・・・」

ビーナス・グロゥブから逃げてきたつもりの枢機卿たちは驚き、またラ・ハイデンの覚悟のほどに震え上がった。ラ・ハイデンは、最悪の場合、ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった現アースノイドを絶滅させてもいいと考えているのだ。

「もはや後戻りはできないというわけか」

彼らは、ラ・ハイデンに逆らうことはできない。いつか彼を暗殺する気でいても、戦争状態の中でそれを決行すれば、スコード教の権威だけでは罪を免れることはできない。暗殺するならば、しかるべき状況で誰にも悟られないように行う必要がある。

彼らは互いに顔を見合わせ、船の軌道を変更させると、遅れて届いたラ・ハイデンの親書を携えて月から地球への軌道に乗った。フルムーン・シップの巨躯は地球到達までに追いつける距離にまだある。アースノイドの反乱によって地球へ向かったフルムーン・シップに、ルインが合流していることを彼らはまだ知らない。



ほぼ同時刻のこと、トワサンガからも脱出する1隻の船があった。その中には、ハリー・オードによって逮捕されながらすっかり忘れ去られていた地球のスコード教団のメンバーが乗り込んでいた。

彼らはトワサンガの住民に発見されたのち、地球へ帰れと罵声を浴びながら石もて追われ、ようやく船を手に入れて、這う這うの体で帰還するところであった。その中には、月から移送されたギャラ・コンテ枢機卿の姿もあった。興奮したトワサンガの住民に法衣を引き裂かれた無残な姿でありながら、彼の眼は生への執着でギラギラと輝いていた。

彼らの船に並行する形で、小型のおかしな形のロケットのようなものが近づいてきた。その物体から手が伸び、船の縁を掴まれた。接触回線が開き、相手の男は横柄な態度で言った。

「おまえたち、地球に帰還するところなのだな。悪いが、同行させてもらうぞ」

ギャラ・コンテはモニターを覗き込んでそれがアメリア大統領の息子だとわかるや、頬が緩むのを抑えきれなかった。

ギャラ・コンテは、アメリアの支配をズッキーニ・ニッキーニに、キャピタルの支配をゲル法王に、トワサンガの支配をジャン・ビョン・ハザムにすれば、何もかも丸く収まると考えて、月での反乱を計画した人物であった。彼は彼なりに、ビーナス・グロゥブの支配体制が崩れたのは、レイハントン家の関係者が情報を握っているからだと察知していたのだ。

クリムは相手がどんな人物なのか知らないまま、地球までの同道を申し出た。ギャラ・コンテはにこやかに応対して申し出を受け入れた。見たところ、おかしな形はしているがクリムが搭乗しているのはモビルスーツのようだったので、戦争状態の月支配圏を脱出するまでは互いに協力し合うメリットはあった。

クリムは以降何の通信も送ってこなかった。クリムことクリムトン・ニッキーニは、アメリアの大統領の息子でキャピタルを一時的にせよ支配した人物であった。彼を恨む人間は確かに多いだろうが、使い道もある人物だった。ギャラ・コンテは逆転の秘策を練り始めた。


2、


「王子、本当に大丈夫なんですか?」

月に残った少数のエンジニアは、ビーナス・グロゥブ艦隊に降伏することになった。月の内部の開発状況とトワサンガに詳しい彼らならば、投降すれば悪い扱いは受けないであろうとのベルリの判断だった。だが、エンジニアたちは、未知の機体でノレドとふたりでどこへ行くとも告げないベルリを心配していた。

ベルリとノレドは、ただでさえ狭いコクピットの中の隙間に水と食料を詰め込んでいた。欲張りなノレドはあれもこれもと押し込んで、コクピットを食べ物だらけにしていた。

「ぼくらのことなら心配しないでください。本当はもっと月でこのモビルスーツのこととか、調べてもらいたかったけど、仕方ないです」

アジア系のエンジニアの代表はノレドの様子に呆れながらコクピットのベルリに話しかけた。

「我々はこれからなるべく敵の内部のことを調べて、できればまた合流して情報提供したいと考えています。わたしの名前はカル・フサイ。しばらくこのメンバーでチームとして行動するつもりです」

「チーム・カルですね。覚えておきます。でもあまり無理しないでください。もし、ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンに会うことがあったら伝えて欲しいことがあります。それは、地球が全球凍結に向かっているということです。地球に氷河期が来ようとしている。ビーナス・グロゥブしか知らないラ・ハイデンは、全球凍結のことなど知らないし、それを利用してカール・レイハントンが人類を絶滅させようとしていることも知らない。ラ・ハイデンに、氷河期が来るからこそアースノイドとスペースノイドは一致協力して、フォトン・バッテリーを使いながら人類を含めた地球の生命を絶やさないようにしなければならないって、そう話してもらいたいです」

「わかりました。王子も無理をしないで、生き延びてください。もちろん、ノレドさんも」

カル・フサイに氷河期のことを伝えたベルリはコクピットのハッチを閉じて、ガンダムを出撃させた。とはいっても、当面彼らに戦うつもりはない。誰かを殺せば事態が解決するわけではないからだ。むしろ、人の死によって事態は混乱する。クンパ大佐が何も語らずに死んでいったときのように。

ノレドはぎゅうぎゅうに荷物の詰まったコクピットの中でバランスを取るのに必死だった。

「ベルリ、これからどうする?」

「カール・レイハントンが望む世界にしない。彼らは死なない存在だから、肉体を滅ぼしても意味がない。彼を説得するか、もしくは彼らがこちらの世界に出てこられなくすればいい。そのためには、思念体が入り込む受け皿を壊さなきゃいけないんだ。彼らが入り込むのは、ニュータイプ、後期型サイコミュ、機械式、有機式アバター、アバターと人間の混血。こんなところかな。アバターは作ることができるから、装置を破壊しないと。こちらの世界に干渉できなければ、いないも同然だから」

「機械式アバターというのは、アンドロイドのことなんでしょ?」

「そう。それらはビーナス・グロゥブの技術ではないから、ラビアンローズを破壊すれば大方失わせることができる。だからラビアンローズを壊さなきゃいけなんだけど、もう月光蝶は使えないし、あんな巨大なものを破壊するエネルギーもない。ビーナス・グロゥブ艦隊とレイハントンが争えば大変なことになるし・・・」

ノレドは宙を睨んで頭を働かせた。

「ラ・ハイデンとカール・レイハントンが戦うってことは、金星と月が戦うってことだ。ビーナス・グロゥブが勝てば、トワサンガが破壊されてしまう。ビーナス・グロゥブが負ければ、おそらく金星に引きこもって地球圏に関与しなくなる」

「そうなんだ」ベルリは顔をしかめた。「だからビーナス・グロゥブとカール・レイハントンは戦わないんだ。ビーナス・グロゥブがトワサンガの王政を認めてきたのはそういうことなんだ。戦争にできない。最終的にはジオンの理想に沿う形に集約されてしまうからね」

「どうしてあの人、ベルリの先祖はあんなに人間が憎いんだろう?」

「事の本質は、おそらくスペースノイドのナチュラリズムの欠如が原因なのさ。宇宙にはアースノイドが考える自然主義は存在しない。自然を生み出すものは合理による設計と規律による労働だから。レコンギスタはスペースノイドの反自然主義の揺り戻しなんだと思う。カール・レイハントンは、人間の中に反自然的なものを感じて否定しているけど、彼が求めているのは合理による知性的自然支配だ。人間のいない地球を、進化した人間が環境にまったく負荷を与えず永久に観察していくなんて狂ってる。でも、そんな人間を支持していたメメス博士はもっとおかしい」

「メメス博士・・・。クンタラを守らせるためにカール・レイハントンを利用しようとしていた人なんでしょ? 人類が絶滅させられたら意味ないのに」

「そうはならないって考えたのか・・・。まったくあの人物だけはよくわからないな」

ガンダムの機体は月の表面を目立たないように飛んでいた。月基地に入った際に、機体特性を簡単にチェックしてもらったが、ムーンレイスのエンジニアにもベルリがカール・レイハントンに与えられたこの機体の仕様はまるで解析が及ばなかった。動力源すら不明で、エネルギー伝達の方法も見つけられなかった。材質が金属なのかどうかもわかっていない。

白と黒のコントラストがはっきりした月の表面を飛んでいたときだった。ベルリの操縦なしにガンダムが勝手に回避行動を取った。機体が勝手に動き出したのである。ベルリは慌てて操作しようとしたが、ガンダムはひとりでに、まるで意思があるかのように動いた。

月の表面にパッと砂煙が上がり、一瞬モニターの視界を遮った。ガンダムは砂塵を突き抜けた。全球モニターが敵の姿を捉え、アップにして映し出した。それは、トリコロールカラーのG-セルフであった。

「誰があんなものをッ!」

ガンダムに敵対するYG-111に搭乗していたのは、ラライヤ・アクパールであった。彼女は自分の精神に異変が起きていることを感じながら、身体が勝手に動いている状態だった。

彼女にははるか遠い先、月の表面に見慣れない形の機体が飛んでいるのが見えていたが、それはモニターに映った機影を眼で見ているのではなかった。彼女は、目ではないもので遠くのガンダムのコクピットの中にベルリとノレドが窮屈そうに乗っているのを「見て」いたのだ。

同じころ、ベルリにもラライヤの姿が「見えて」いた。肉眼ではとらえられないほど離れた位置にいるラライヤの身体が、ベルリの眼には可視化されていた。

すると、ベルリとノレドを乗せたガンダムが、突如消えた。

一瞬ののち、ガンダムはYG-111の眼前に姿を現し、右腕を伸ばしてYG-111の頭部を鷲掴みにした。ベルリは目の前にコクピットの中で戸惑うラライヤの姿を目視して驚愕していた。彼は操縦していない。ベルリのガンダムは、彼がG-セルフと呼んでいた一回り小さい機体を握り潰そうとしていたのだ。

「いけない」と、ベルリは頭の中で考えた。これはやってはいけないことだと。すると、YG-111の頭部からバルカンが発射されてようやくガンダムの右手は外れた。

ラライヤの顔は恐怖に包まれていた。なぜなら、彼女もまた操縦していないからであった。YG-111の頭部バルカンを撃ったのはベルリなのだ。

「いけない!」

ベルリの強い思念が発せられると、ガンダムとYG-111は一気に離れて距離を取った。ガンダムは、さらに別の方向から攻撃を受けた。それは濃緑色に塗装された、カイザルと同系統の機体だった。

「あんたはしょせん人形と人間のあいのこなんだよ!」

襲ってきたのは、チムチャップ・タノだった。ベルリが搭乗するガンダムは、チムのモビルスーツと激しく戦った。敵を攻撃するための武器は、どこに隠してあるのか、いくらでも出てくるようだった。ベルリはこの戦いに既視感を感じていた。

「何千年も繰り返してきた行為を、まだこの先も繰り返そうというのかッ!」

「ベルリッ、この空間にいちゃいけないッ!」

ノレドの声がはっきり聞こえたと思った瞬間だった。敵の姿は消え、ガンダムは宇宙よりも暗い漆黒の闇の中に移動していた。

機体は、静かに着陸した。


3、


ガンダムは突如消えた。ラライヤはYG-111のコクピットの中でゼイゼイと息苦しそうにもがいていた。汗が噴き出してバイザーを曇らせていた。ラライヤはヘルメットを脱いだ。すると一瞬、自分が自分でないかのような錯覚に襲われた。

自分はいったいいつの時代に生きている人間なのか。誰のために、なぜ戦っているのか。

記憶の混乱はすぐに収まった。YG-111は姿勢を変えてチムの後を追いかけた。

「やはりあなたはいいパイロットね」チムチャップ・タノが接触回線で語りかけてきた。「わたしもあなたの中に入ってあなたを『動かして』みたことがあるけど、あなたはただニュータイプの素養があるだけじゃないみたい」

「どういうことなんですか」ラライヤは気になって尋ねた。

「サイコミュとのシンクロ率が高いのよ。使いこなしている。その点、あのベルリはダメね。あの子は戦いを忌避している。戦うための装置にすぎないのに」

「装置? ベルリが?」

「肉体なんてモビルスーツを操る装置よ。大佐があの子にガンダムを与えたのは、ただ狩るため。狩りの獲物があの子。肉体の喜びのための道具がガンダム。それを動かす装置があの子。いずれあの子は大佐に狩られて死ぬわ。その前にアムロって人物が・・・」

「死ぬ・・・」

「アバターは道具だもの。そりゃいつかは壊れるわよ」

それだけ告げると、チムチャップ・タノは強く加速してラライヤに先行した。フォトン・バッテリー仕様のYG-111では、チムの乗る機体にはまったく追いつけなかった。

シラノ-5にラライヤが帰還したとき、カール・レイハントンを称える喧騒は完全に消え去っていた。人間の姿はどこにもない。ただ5つのリングが音もなく回転して重力を生み出し、煌々と明かりが灯されているだけだった。ラライヤはやはりこうなったかと少しだけ後悔した。

カール・レイハントンの支持者たちは、熱狂して迎え入れた相手に処分されてしまったのだ。

サラがラライヤを出迎えた。ラライヤが何か尋ねようとするので、サラは視線を逸らしてラライヤの身体を抱き寄せた。そして小さな声で言った。

「老人たちはみんな殺されてしまったわ」

「どうしてそんな・・・」

「だって、あの人たちにとって肉体は道具だもの。使い古してボロボロになった有機的な道具なんて、ボロ布よりも使い道がない。だから、トワサンガの老人たちはみんな処分された。あなたがいないうちにね」

「全員?」

「そう、全員」サラは頷いた。「チムから聞いたでしょ? あれがニュータイプ研究の果てにある合理的自然主義なのよ。スペースノイドは計画的に有機物を生み出して、消費して、劣化したら有機転換して再利用するでしょ? 人間の肉体も彼らにとっては同じ」

「死・・・」

「死じゃない。だって、思念体にとって死なんか存在しないのだもの。人間の肉体が滅びるときに『死』という言葉を便宜的に使っているだけ」

「そうなんですか・・・」

「だからあなたが必要なのよ、ラライヤ。あなたはジオンの亡霊となったあの人の思念をカーバに引きずり込んで四散させる。あなたの近くにいる人というのは、あの人に本当の死を与えられる人なのよ。あなたはそのために生き返ったの。この世に」


4、


ベルリとノレドは、一瞬のうちに漆黒の空間に移動していた。

星の瞬きはどこにもない。ノレドは腕をベルリの首に巻き付け、真っ暗になった全球モニターを凝視した。

ガンダムがライトを照らし、閑散とした建造物を映し出した。ノレドにはその光景に見覚えがあった。彼らは、月の内部の冬の宮殿に移動したのだった。

冬の宮殿はムーンレイスのみならずトワサンガからの観光客を受け入れるべく再開発が進んでいたところだった。ベルリの意向で、ゆくゆくはスコード教の聖地のひとつになることもゲル法王との間で覚書が交わされている。

その計画は、ゲル法王の追放という不名誉な形で頓挫したままであった。

「どうしていきなりここへ来たんだろう?」

ノレドが不安そうに尋ねた。

ガンダムは、未知の機体と交戦中に突如消え失せ、月の内部にやってきたのだ。なぜそのようなことが起こるのか、ベルリにもわからない。ただ、カール・レイハントンの愛機カイザルにも同じような現象は起こるのだ。ベルリはそれを知っていた。

「それはぼくにもわからない、わからないけど、一緒に考えてほしいんだよ」

ベルリは、一連の出来事には歴史政治学が関係していると感じていた。宇宙世紀が始まってから、あまりに長い年月の中で積み重なったカルマが、一気に噴出している気がしているのだ。だが、何が起こっているのか確信が持てない。ベルリには一緒に考えてくれるパートナーが必要だった。

ノレドは、ベルリに手を引かれたとき、必要だと言葉にされたときから、この問題についてベルリに確信を与えるのが自分の役割だと心に決めていた。

「もしかして、カイザルで起こったことと一緒なのかな」

カイザルは、トワサンガのエンジニアに発見されて、ベルリが乗り込むや一瞬でシラノ-5からザンクト・ポルトに移動している。ベルリは頷いた。

「それは間違いない。この機体は、思念体である彼らが使う機体だ。通常の物理法則とは違う現象が起こってもおかしくはない。この機体がこちらの世界のものなのかあちらの世界のものなのかすらよくわからないのだから」

「降りて少し歩いてみない?」

ふたりには考える時間が必要だった。ガンダムはそれを与えてくれたのかもしれなかった。ノレドはコクピットを降りて、電力が落とされた冬の宮殿の中を歩いた。ベルリもその後をついていき、工事が半ばで停まった冬の宮殿の周囲を見回した。

「メメス博士か・・・」

と、ベルリが呟いた。それに呼応してノレドが口を開いた。

「この遺跡、あたしたちはずっとカール・レイハントンがムーンレイスのものをここへ移したって思っていたけど・・・」

「ああ」ベルリも力強く頷いた。「そうだ。メメス博士だ。カール・レイハントンは人間の肉体が観察するこれらの遺跡に興味はなかった。こういうものを遺そうとするのは、クンタラのために生涯を捧げたメメス博士なんだ。ここは、スコード教の神殿じゃない。ムーンレイスの神殿であり、クンタラの神殿でもあったんだ。でも彼らは神殿なんて持たない。クンタラの宗教はそういうものじゃない」

「だとしたら」ノレドは考え込んだ。「もっと古いもの。たとえば、そう、クンタラ発祥の何かみたいな。鍵が掛かっていた・・・、そうだ。この神殿に遺る映像には鍵が掛かっていて、アクシズの奇蹟の映像が見られないようになっていた。つまり、その鍵を掛けたのもメメス博士ってことになる」

ベルリが彼らとの同期で得た情報を提供した。

「メメス博士の娘のサラ・チョップは、軍医の立場でジオンの3人のアバターのメンテナンスをやっていたんだけど、カール・レイハントンのアバターと性行為をして、子供を産んだんだ。その子孫がぼくとアイーダ姐さん・・・。そのぼくがここに飛ばされたってことはつまり・・・?」

「クンタラの神殿ってこと?」ノレドは驚愕の表情でのけぞってガンダムを振り返った。「これがカバカーリじゃないの? ガンダムはカバカーリだったってこと? 白いモビルスーツがつまり・・・あのアクシズの奇蹟を起こした白いモビルスーツが、カバカーリ。そしてカーバは、ザンクト・ポルトにある・・・。あたしたちクンタラは、赤いモビルスーツと戦って・・・いや・・・・・・」

ノレドはもがくように答えを探し求めた。ベルリも同じことを考え、答えを探した。

「ぼくは、白いモビルスーツがアースノイドの代表で、赤いモビルスーツがスペースノイドの代表だったと聞いたけど。結局これは、オールドタイプとニュータイプの戦いということなのだろうか?」

「きっとそこの考えが大きく進化しているんだと思う」ノレドは頷いた。「ニュータイプ思想を突き詰めて、肉体から解脱した人間の集団がいた。スペースノイドに発生したニュータイプは革新的で、そうであるがゆえに対立するオールドタイプは保守的で何も変わらない存在だと信じ込み、侮蔑していた。一方で圧倒的な数の違いから、戦争には負けた。そうだよね」

「学校で習った限りは、スペースノイドは戦争に負けている」

「優生であるはずなのに、戦争には負けた。ジオニズムは滅びた」

「でも彼らは、自らの革新性の優位は疑っていないはずだ」ベルリは冷たい壁にもたれかかった。「進歩と停滞。スペースノイドとアースノイドを、進歩した人間と停滞した人間と考えれば、何度戦争に負けようが、スペースノイドはアースノイドを見下していたはずだ」

「スペースノイドとアースノイドの戦いの中に、勘違いがあった」ノレドはベルリの隣で同じように壁にもたれかかった。「メメス博士たちの主張は、きっとそこが違うんだ」

「でも、どこがどう違うと思う、ノレド」

「クンタラは魂をカーバに運ぶ道具として肉体を捉えている。肉体は魂を運ぶ道具だから、彼らは肉体を捨てられない。ベルリはそう言った。そうだよね?」

「うん」

「便宜的に此岸と彼岸として考えてみよう」ノレドは指を立てて話した。「カール・レイハントンたちは、科学技術によって彼岸に到達した。クンタラは、宗教の教義の中で、肉体に乗って魂を彼岸へ運ぼうとしている。つまりこれは、速いか遅いかって話にならない?」

「うん、そうかも。でも速さにどんな関係が?」

「オールドタイプは、決して停滞しているわけじゃない。クンタラの経典なき宗教の中で漸進的に改革が成されていけば、最後は同じ場所に到達する。肉体を捨てなくたって、魂は彼岸に到達できる。クンタラは、ジオンの急進改革主義に対抗する、漸進的改革主義だった。これならどうだろう?」

「ああ・・・なるほど。だから速いか遅いかってことか」ベルリは腕を組んで宙を見つめた。「急進的に物事を進めた人々と、それとは別の方法があると示した人との戦いか・・・」

「アクシズの奇蹟が起きたとき」ノレドが続けた。「奇蹟を起こした根源を、スペースノイドは人類の進化系であるニュータイプに求めた。でも、赤いモビルスーツの人は、自分自身では何もしていない。奇蹟を起こしたのは、アースノイドの代表として戦った白いモビルスーツに乗ったニュータイプだった。アースノイドのために戦った人物が、奇蹟を起こしたんだ」

「それってつまり」

「クンタラ」ノレドは心底嫌そうな顔をした。「白いモビルスーツに乗った人を支持した人たち。その奇蹟を強く記憶して、奇蹟を起こした人と同じように生きようと決めた人たち。その人たちの新しい宗教が、歴史のどこかでクンタラと結びついた。ニュータイプの自己犠牲と、ニュータイプであったゆえに上級指導者に食べられた人の苦悩が、救済として結びついたのかも」

ベルリはふうと息を吐きだしてノレドの話に続けた。

「焦ってニュータイプなんか目指さなくても、人間は魂を研磨することでやがてはみんなニュータイプのように進化した存在になる。それがメメス博士がぼくらに伝えたかったことなんだろうか」

「だから、急進主義と漸進主義の違いなんだよ。お前みたいに焦っても物事は上手くはいかないって、ガンダムの人は・・・」ノレドは急に涙を溢れさせて、鼻を詰まらせた。「カーバの守護神、カバカーリの人は、急進改革によってニュータイプを目指そうとしたことを諫めたんだよ。そして、いつか急進改革主義者が地球に戻ってきたら、盾になって自分が守るんだって」

「うん」

「どちらも、ニュータイプを否定したわけじゃない。人間同士の相互理解の奇蹟は、人間が目指すべき理想なんだ。人間は互いに分かり合えないけど、いつか分かり合えることを目標に、我慢して我慢して生きなきゃいけなかった。でも、あのとき一緒に死んだはずのジオンの人は、そうは考えなかった。ニュータイプに至ることが理想だというのなら、一刻も早くその理想に近づくべきだと考えた。それが、科学によって思念体に至るというジオンのやり方になった」

「自然主義がなかったからだね」ベルリは月に残された遺跡を見詰めながら話した。「人間の進化の究極形として思念体に進化するというのは、まさに合理による知性的自然支配だったんだ。そうか、ガンダムの人は、アースノイドの味方なんかじゃなくて、あくまで自然の中での進化を目指していた。それは、科学ではなく、宗教だった。人間の生き方としての、ナチュラリズムだったんだ」

「人間であること、肉体が地球とともにあることを肯定したのだと思う。でも、それは停滞の肯定じゃない。停滞はやっぱり悪なんだ。欲にまみれた肉体を肯定するには、肉体が何のために存在するか定義づけが必要だった。それが、クンタラの名もなき宗教になった」

「人間が地球に生き続けることには、意義があった」

「肉体は、安易に捨てていいものじゃない」

「きっと・・・」

ベルリとノレドはしっかりと抱き合い、互いがまだ生きて、命ある存在であることを確認し合った。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第37話「ラライヤの秘密」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第37話「ラライヤの秘密」前半



1、


「このハッチ、外からは開けられない仕組みなのか」

シラノ-5のモビルスーツデッキはしんと静まり返っていた。そこにパイロットスーツを身につけた男がひとり。男はカール・レイハントンの愛機カイザルのハッチを外からこじ開けようとしていた。男の名はクリム・ニック。彼はカール・レイハントンに私用があったのだ。

そのヘルメット内のスピーカーに、女の声で投降を呼びかけるメッセージが聞こえてきた。彼はすぐさま飛びずさったが、女が銃を構えているのを確認すると素直に両手を挙げた。

ノーマルスーツを着ていても長身でグラマラスであることがわかるその女は、慎重に銃を構えたまま近づくことなくクリムを観察した。女はレイハントンとともに現世に実体化しているチムチャップ・タノだった。カーキ色のノーマルスーツと濃紺のバイザーがその本当の姿を隠している。

クリムは周囲を見回し、誰もいないことを確認したが、逆らうのはやめにした。タノはクリムの名前を知っていた。彼女は威圧的に通信を送ってきた。

「アメリア大統領の子息クリムトン・ニッキーニだな。ビーナス・グロゥブで刑期に就いているはずでだが、このようなところで何をしているのか?」

クリムは両手を高く上げて応えた。

「オレは、ビーナス・グロゥブのスコード教団の人間に、アメリア軍総監アイーダ・スルガンの暗殺と引き換えにある死んだ女を蘇らせてやると持ち掛けられた。だが、死んだ人間が蘇るなどという話はにわかには信じがたい。そこでその技術を持っている思念体の親玉に話を聞こうとここへ来た」

チムチャップ・タノはすぐさますべての話を理解したようだった。

「あなたが生き返らせたい人物は、アメリアのミック・ジャックだな。彼女の思念はまだ宙域に微かに感じられる。残念だが、人体の再生には完全な形の遺伝子情報が必要だ。ヘルメス財団では、アースノイドの遺伝子情報の解析と保存はアグテックのタブーになっている。つまり、肉体の再生はできない」

「やっぱりかッ!」クリムは吐き捨てた。「クソ坊主どもめ、他人の弱みに付け込んでオレを欺きやがって!」

「ミック・ジャックの魂ならここにいる。お前が鈍くて感じないだけだ」

「なんだと?」

「ミック・ジャックの微かな残留思念は近くにある。ずっとお前の傍にいるようだ。彼女ともう一度話がしたければ、自分の機体についているサイコミュを使いこなしてみせろ。サイコミュは思念の増幅装置。お前にニュータイプの資質が少しでもあれば、いつだって彼女と巡り合うことができる、ただし、いつまでもここにいるのなら、いますぐ殺されてそちらから会いに行くことになるが」

チムチャップが再度銃を構え直したので、クリムは大人しく引き下がった。



モビルスーツに乗り込んだ彼は、その特異なコクピットの計器に手を伸ばし、あちこちいじってみたもののミック・ジャックの声が聞こえるようなことはなかった。ヘルメス財団の人間は引き渡しの際に確かにこの機体にはサイコミュがついていると話していたし、チムチャップがウソをついているようには思えなかった。

「必ず」クリムは呟いた。「必ずもう一度お前の声を聞いてやる。もしそこにいるのなら、いますぐオレと入れ替われ。オレの身体を使って自由気ままにもう一度生きてくれ」

ミックジャックと名付けたモビルスーツのコクピットは何の反応も示さず、クリムの身体の中に彼女が入ってくることもなかった。彼は静かに背もたれに身体を預けた。そっと目を閉じた彼は、モニターに黒い影が横切るのを見ることはなかったが、黒い影は目ざとくクリムの機体を見つけていた。



「クリムかッ!」

ミックジャックのモニターに映ったのは、ルインが操縦するカバカーリー2号機だった。シラノ-5に潜入しようとして追い払われる形になったルインは、カバカーリーで脱出する際にドッグの奥に青いモビルスーツがあるのを見逃さなかった。

「いつもいつも同じことを考えやがって。目障りな奴だ。だが、どうせあいつのことだ、死んだ女が本当に蘇るのか尋ねに来たのだろう。女々しい奴め。だが、オレは違う!」

シラノ-5を出て宇宙空間に達した彼は、宙域情報からカシーバ・ミコシの航路を割り出し、そちらに急行した。

「この機体をビーナス・グロゥブの連中から見えなくすればそれで良かったのだ。あとはマニィが首尾よくやってくれるだろう」

ルインが待っていたのは、操舵士としてステアが乗艦しているフルムーン・シップに潜り込ませたクンタラ解放戦線の仲間たちが反乱を起こすことだった。



警戒警報がフルムーン・シップ中に鳴り響いたとき、すでに艦内はブリッジを残して完全に彼らクンタラ解放戦線に制圧されていた。

銃を手にしたマニィは、解放戦線の男たちを率いてブリッジに乗り込んできた。銃撃戦も辞さない覚悟で乗り込んだマニィが目にしたのは、クルー全員が立ち上がって両手を挙げている姿だった。

艦長席を乗っ取った彼女は、ステアに命令してカシーバ・ミコシの航行ルートに軌道変更するよう指示した。だが、誰も手を挙げたまま動こうとしない。キッと睨んだ彼女は、ステアに銃を向けた。ステアは肩をすくませて、他のクルーに指示に従うよう説得した。

クンタラ解放戦線の男がマニィに尋ねた。

「カシーバ・ミコシのルートに乗るってことは、ザンクト・ポルトに向かうんで?」

「行けばわかるのよ」

マニィは余計なことは言わず、隕石迎撃用のレーザーを後方に向けさせると、ビーナス・グロゥブ艦隊からフルムーン・シップを離脱させた。彼女の狙いは、ルインと合流してそのままフルムーン・シップを奪うことだった。船には戦争に必要なフォトン・バッテリーが満載されている。

ベルリ暗殺を持ちかけられたルインは、ヘルメス財団がレイハントン家を目障りに思っていることを察知した。だとすれば、自分がベルリを暗殺などしなくても、次善の策が講じられているはずで、ベルリの命は別の人間に狙わせればよいと判断してマニィに連絡したのだ。

フルムーン・シップに積載されているフォトン・バッテリーは、全人類が半年間なに不自由なく暮らせるほどの膨大なエネルギーである。これを使ってエネルギーが枯渇したキャピタル・テリトリティを奪い、自分がクラウンの運行長官になって都市を牛耳り、フォトン・バッテリー利権を手に入れようというのである。巨大な利権の確保はすなわち、クンタラの地位向上に直結する。



「だから!」ルインは予定通りやってきたフルムーン・シップとランデブーしたのち着艦した。「クンタラの教義をスコード教が取り込むなど笑止千万。あのような俗物どもがそんなことをするものか。だが、キャピタル・タワーを掌握すれば話は変わる。クンタラはビーナス・グロゥブのヘルメス財団に食い込むことができるのだ。カール・レイハントンなどという得体のしれない者と対決してトワサンガが手に入るものか。オレは、キャピタルを手に入れて全世界のクンタラをキャピタルに集める。キャピタル・テリトリィは、クンタラ・テリトリィになるのだ。それこそがカーバだ! オレが作り上げる、本物のクンタラ安息の地だ!」

ルインはクンタラ解放戦線時代にキャピタルを自分のものにしたとの自負があった。彼にはあのときやり残したことが多くある。そして、彼が住むことになったあの豪邸に、もう一度家族を住まわせてやりたかったのである。

彼の意識の表層には、クンタラのために自己犠牲を払う行為しか上ってはこなかった。意識の深層には、失った富を奪い返すことしかなかったのに、彼はそれを自覚することができなかった。


2、


「姫さまー!」

宇宙からの移民団を歓待するセレモニーが終わり、主催者であるアイーダらがそれぞれの役割に戻ろうと散会しかけたときだった。遠くから彼女を呼ぶ懐かしいダミ声が聞こえてきた。

「ドニエル艦長!」アイーダは顔をほころばせた。「なぜもっと早く来てくださらなかったのです?」

ドニエルはゼイゼイと息を切らせ膝に手をついた。それを見たアイーダが水を差しだすと、ドニエルは一気に飲み干して汗臭い身体をアイーダに寄せた。

「メガファウナは海賊船ですから、アメリア艦隊にいろいろ咎められまして・・・、いえ、でもそれはいいのです。ベルリからの伝言を持ってまいりました」

ベルリの名を聞いて、散ろうとしていた者たちが立ち止まった。その中にはキエル・ハイム、ハリー・オード、クン・スーン、ゲル法王の姿がある。ドニエルはいくつもの視線を感じて少し恥じらいながら、それどころではないと気を取り直してアイーダに報告した。

「クンタラのメメス博士の痕跡を探せとのことです」

「メメス博士?」

「詳しいことは知りませんが、あのキャピタル・タワーやシラノ-5を建造した人物だとか。その痕跡が地球に残っているはずだから、見つけてくれと」

アイーダは周りにいる人間の顔を見回したが、誰ひとりメメス博士なる人物のことを知らなかった。一瞬困った顔になったアイーダだったが、すぐにキエルに向き直った。

「メメス博士のことはキエル嬢にお任せしましょう。とはいっても、キエル嬢も突然このようなことを託されてもお困りでしょうから、アメリアのわたくしの支持者の中に、クンタラの有力者が数人いらっしゃるので、ご紹介いたします」

キエルが何か言いかけたときだった。彼女は自分をじっと見つめている視線に気がついた。キエルに見つめ返された給仕の女性は急に慌てて逃げるように去っていった。気を取り直して、キエルは口を開いた。

「500年前というのは、空から多くのクンタラが地上に降ろされ、キャピタル・タワーの建設などに従事して、今来(いまき)と呼ばれていました。レイハントンに追い立てられ地上に逃げてきたムーンレイスは古来(ふるき)に分類されているようです。メメスという人物は、キャピタルの建設作業員ではなく、ムーンレイスでもなく、博士と呼ばれていることなどから、かなり特殊な事情がおありのようなので、資料を丁寧に読んでいけば手掛かりは発見できるかもしれません。アメリアの・・・」

給仕を行っていた女性が別の女性を連れてきたのが目に入り、キエルは途中で話を打ち切った。連れてこられた女性はまだ若いが貫禄のある美しいグラマーな女性だった。彼女はスカートをつまんで頭を下げた後、並み居るメンバーに気後れすることなく、堂々と話を始めた。

「メメス博士のことをお話だと聞きまして。わたくしはキャピタルからアメリアへ亡命してまいったカリル・カシスと申します。戦争が始まる前までは、キャピタルのビルギーズ・シバ首相の第1秘書を務めておりました。わたくし自身もクンタラの出身で、ゲル法王もおられるこの場を借りてお話させていただきたいことがあるのです」

キエルとアイーダは顔を見合わせ、この屋外レセプションを受注したイベント関連会社社長カリル・カシスに話をさせることにした。アイーダがカリルの手を引いて輪の中に招き入れた。

「カリルさんのお話を伺いましょう。いまは手掛かりが必要な時期です」

「ありがとうございます」カリルはアイーダに頭を下げた。「話というのは、キャピタルのクンタラに伝わる話です。『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。空の上で神々の戦いが起こり、地上に多くの神が降りてくる。神は地球を奪いに来たのだ。だから警戒せよ』もうひとつ。『もしメメスの名を聞いたら警戒せよ。古き者たちの理想が闇となって地球を覆う。クンタラは闇の皇帝を引きずり穴の中に押し込めろ』伝わっているのはこのふたつです。キャピタルはクンタラ差別の激しい地域で、多くの人間が理不尽に殺され続けてきたので、もっと多くの言葉が残っているかもしれない。そのことをぜひ皆様に知っていただきたく」

アイーダはカリルの話を吟味して、すぐさま決断を下した。

「ムーンレイスのお力を借りて、軍事行動を起こさねばならないようです。地上に降りてきたオルカのうち1隻をお借りして、ゲル法王、ドニエル、クン・スーン並びにビーナス・グロゥブの方々は至急月へ向かっていただきます。情報を収集してきてほしいだけなので、できるだけ戦闘は避けてください。わたくしはアメリア総監として地上に残るしかないようです。弟のことを頼みます。キエル嬢とハリーさまはこちらにらっしゃるカリル嬢と一緒にアメリアのわたくしの支援者に会い、メメス博士のことを探ってください。キャピタル・テリトリィのことは後回しにするしかない」

キエルはアイーダに顔を寄せて、小さな声で告げた。

「それだとキャピタルが盗られますよ」

アイーダはキャピタルで孤軍奮闘するウィルミットのことを思い出してぎゅっと唇を噛んだが、アメリアにもしものことがあった場合、反撃の機会は失われる。彼女は軽く頷くと、ゲル法王とクンをドニエルに託した。

「姫さま」ドニエルは情けなさそうな顔で反論した。「メガファウナならともかく、オルカってユニバーサルスタンダードではないのでしょう? 自分では・・・」

「無理は承知の上です。操縦は艦のクルーがやってくれるでしょうから、ドニエルは艦長として指示だけすればいいのです。メガファウナのクルーは申し訳ありませんが、アメリア軍で預かります」

「コバシは明日にならなければ来られない。それに、ゲル法王もハイデンを説得する理屈を考えるのに時間がいるはずだ。月へ出立するのは明日にしては?」

「わかりました」アイーダはあっさり折れた。「弟のことが心配で焦りすぎました」

一同は散会した。ゲル法王はキャピタルのクンタラ建国戦線の残党らをスコード教和解派に改宗させる準備はしていたが、ビーナス・グロゥブで1度会ったきりのラ・ハイデンを説得する役目が回ってきてさすがに困り果てていた。

クンは有線回線でコバシや他のメンバーと連絡を取るのに忙しく、カリルは美しい女性ばかりのスタッフを集めて何か話をしていた。アイーダはふたりの秘書と大声で話しながら馬車に乗り込んだ。その場に残されたのは、キエル・ハイムとハリー・オードだけであった。

ふたりきりになって、キエルは別人を装うのをやめた。

「宇宙から地球を支配するとき、まずどこを抑えると思うか」

「キャピタル・タワーとテリトリィでしょう」ハリーは即答した。「ただ、カール・レイハントンとビーナス・グロゥブ艦隊の関係は分かりかねる部分もある。もし完全に一体だとすると、キャピタルは一瞬で彼らが掌握するはずです。このふたつの関係性がもっと微妙なものだった場合、月でひと悶着起こるかもしれません」

「ムーンレイス艦隊を無傷で地上に降ろしてくれたことは幸いでした。我々にはサンベルト条約があるので、宇宙からの侵略行為に対処してアメリアを守っても大義名分が立ちます。とりあえずアイーダさんの支援者だというアメリアのクンタラの方々にお会いして、なんとかキャピタルへ出張れないか探ってみましょう」



キエルとハリーが打ち合わせを行っていたころ、カリルもまたビルギーズ・シバ首相の秘書時代からの仲間を集めて密談の最中であった。

カリルはキャピタルから奪った財産を投入したクラブ経営が、ニューヨークの壊滅によっていったん破産状態に陥ったものの、政府にくっついて移り住んだこの土地でイベント会社を経営しながら彼女らを養っていたのだった。

「みんな知っての通り、メメス博士の話が出てきたってことは、クンタラにとっては大きなチャンスが巡ってくるってことだから。あの宇宙と通信できる機械があれば、あたしたちは他の誰より情報を多く取れるかもしれない。いまキャピタルは人材不足でウィルミット運行長官ひとりで国家を運営している状態だそうだから、あたしたちには大きなチャンスがあるんだよ。長官はおそらく早く民主政府を作って権限を委譲させたいはず。つまり、わかる?」

「全然わかりません」

「あたしが首相になるかもってことだよ、バカだね。あの国の議会は腐っていた。でも、あたしたちはクンタラだから実力があってもチャンスがなかった。いまこそ議会対策で培った能力で権力を掴み取る時さ。ウィルミット運行長官の周りにはろくな人材がいない。取り入るチャンスだってね」

「姐さんがキャピタルの総理大臣に!」

「なってみせるさ」そういうとカリルは不敵な笑みを浮かべて、遠くにキエル・ハイムの姿を捉えた。「クンタラの研究家なんて偉そうにしているあのいけ好かない女を使ってね!」



3、



「戦争を始めたのですか? なんと愚かな」

チムチャップ・タノは驚きを通り越して呆れた調子でモニターを注視した。そこにはラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊が月を攻撃している様子が映し出されていた。初弾は月面の岩を砕いただけで終わったが、月からの反撃がないので艦隊は包囲を開始した。

カール・レイハントンはラビアンローズのブリッジで戦況を観察していた。そばに寄り添うのは大柄のチムチャップ・タノ中尉ひとり。もうひとりの参謀ヘイロ・マカカはラライヤ・アクパールとともに民衆の鎮圧に赴いていた。

「本気で戦う気があるとは思えないな」カール・レイハントンは冷静だった。「いくら地球圏が初めてとはいえ、月ほどの質量があるものにミサイルを撃ち込むなど、戦争を演出しているに過ぎない。どうやらラ・ハイデンは肉体を捨てずに事態を収める方法を模索しているようだ」

「放置していていいので?」

「人類は愚かだ。必ず自滅する。ただ時間稼ぎをされては絶滅させるにも数が多すぎて地球環境を悪化させかねない。ビーナス・グロゥブの連中も含めて地球に降ろしてしまいたいものだ。最終的に人類はすべて思念体へと変化させて、地球は人類のいない惑星として生まれ変わる。人類は地球の守護者となり、我々が外敵と対峙するようになるさ。ただ、月面や軌道エレベーターは永遠の観察に使いたい」

「いかがいたしましょう」

「まずはこのシラノ-5をカラにして、ジオンで制圧してもらいたいものだ。ヘイロはどうしている」

「例のラライヤという娘を伴い、状況の確認に向かいました」

そのころヘイロとラライヤは手をつないで熱狂的にカール・レイハントンを称えるトワサンガ住民を見下ろしていた。ヘイロの姿は相変わらずサラ・チョップのままだ。サラは華奢なラライヤよりさらに小柄で、元の大柄で鼻孔の膨らんだサモア系のヘイロを知っている人間にはかなり違和感がある。

ふたりはリングの中央にある監視台の上で、無言で群集を見下ろしたままずっと手をつないでいた。群衆は沸き立ち、納まる様子がない。ベルリやムーンレイスを否定したことは、彼らを自然と先鋭化させて、言い訳が効かない状況に追い込んでいた。彼らはもう後戻りが出来なかった。

その様子を、ヘイロとラライヤは空虚な瞳で見下ろしている。やがてヘイロの瞳に色彩が蘇ってきた。その瞳の輝きは、彼女の身体の中に入っている思念体のヘイロのものではない。彼女の名は、サラ・チョップ。星間航行のクルーとして利用され、使い終わったとたん地球に捨てられたクンタラの怨念であった。

彼女と父のメメス博士は、クンタラの教義である生による魂の研磨を守るため、ビーナス・グロゥブからの差別と、ジオンによる肉体の簒奪を何としても阻もうと画策していたのだ。ニュータイプの素養のなかった父のメメスは、それを逆に利用してジオンに近づき、天寿を全うしながら時を待った。

カール・レイハントンのアバターの子をなし、服毒して死んだサラは、子を残して死ぬ強い思い残しを利用して思念体へと進化した。彼女はカール・レイハントンから隠れるようにビーナス・グロゥブに思念を潜ませ、ピアニ・カルータとジムカーオを利用して地球を混乱に陥れると、ラビアンローズのひとつを破壊した。彼女と父の目的は、半分は達成されたのだった。サラは言った。

「ラビアンローズは宇宙世紀諸悪の根源。経済至上主義の宿痾。人はもっと牧歌的原始体制でなければ、魂を研磨する余裕を持てない。市井で生き、常に限界を感じ身を焦がす思いをしなければ、魂を正しく矯正してカーバに送り届けることができなくなる。わたしはそのための世界を作りたい。だから、あなたを生み出したんですよ、ラライヤ」

ラライヤは生気のない瞳のままコクリと頷いた。

彼女は忘れていたのだ。トワサンガでは、木の1本すら植樹されたときから使い道が決まっている。そんな場所で、私生児など生まれるはずがなかったのだ。彼女はトワサンガのラビアンローズを使い、サラによって誕生させられた少女だった。

「ん?」

ラライヤは突然気がついた。輝きが戻った瞳であたりをキョロキョロと見回し、先を行くヘイロの姿を見つけて慌てて後を追った。カール・レイハントンへの接近を狙うラライヤは、声を潜めてヘイロに尋ねた。いまの彼女にはぼんやりしていたころの記憶がない。

「カール・レイハントンは、トワサンガの住民をどうなさるおつもりで?」

「ラ・ハイデンが月基地への攻撃を開始したから、こちらからも援軍を出すって。あなたはモビルスーツが扱えるのよね?」

「はい。ユニバーサルスタンダードのものなら」

「出撃命令が出るかもしれないから、そのつもりでいてね。モビルスーツは・・・」

ヘイロの言葉を遮るように、遠くからチムチャップが飛んできてふたりのそばに降り立った。

「その子のモビルスーツならもう用意しておいた。ジット団と地球のモビルスーツのデータはないから、YG-111の改良型を用意したよ。それから、ヘイロ。あなたの身体もサモア系の女性のデータがあったからいま組み上げている。あと2週間はそれで我慢してね」

「もちろんです」

チムチャップとヘイロはラライヤを遠ざけて戦争準備の打ち合わせを行った。離れた場所で下がったラライヤは、YG-111、G-セルフで誰と戦うことになるのか何も知らされなかった。

(ラ・ハイデンが月を攻撃しているって聞いたけど、月に誰がいるっていうのかしら)



そのころ月内部にある宇宙世紀時代の基地には、ベルリとノレドをはじめ、少数のムーンレイスが残っていた。月にはビーナス・グロゥブ艦隊からの容赦ないミサイル攻撃が続いていた。それで基地が破壊されることはなかったが、大きな音が内部に籠るように鳴り響いていた。

月に残っていたエンジニアたちは、ベルリが搭乗してきた見慣れないモビルスーツに興味津々だったが、事態は逼迫しており詳しく調査する時間はなさそうだった。

フォトン・バッテリーの尽きたザンクト・ポルトは、月基地の生産設備に物資の大部分を依存している状態だった。ベルリたちは、トワサンガに残った住人と、ザンクト・ポルトの住人に供給する物資が保証されるのであれば、基地を明け渡してもよいと考えていたが、交渉ができる状態ではなかった。

カール・レイハントンの愛機カイザルの中で彼の思念と同期させられたベルリは、ラ・ハイデンが地球の戦闘行為を強く諫め、宇宙世紀時代の残滓を一掃する目的であることを知っている。

彼らは月に乗り込んでくると、縮退炉を解体するであろう。もしそれを行うなら、トワサンガの生産設備を以前の状態まで稼働率を上げねばならない。そのためには労働者が必要だが、現在トワサンガに残っているのは、老人を中心としたカール・レイハントンの支持者ばかりで、若者の多くはアメリアへレコンギスタしてしまっていた。

ベルリは、同期された情報の中で、カール・レイハントンが気にも留めていないメメス博士の動向に着目していた。彼にはクンタラに関する何らかの目的があり、その仕掛けを作り上げているはずだが、表向きカール・レイハントンの支持者であったメメス博士には計り知れないところがあり、最終的にどんな世界を作りたかったのかベルリは判断しかねていた。

メメス博士にはニュータイプの素養がなく、ジオンの末裔の3人もまるで彼の心の中を見通すことができなかった。ゆえにベルリにもメメス博士の心情は同期されていない。

「我々は王子に殉じる覚悟ですから、まぁそう深刻にならずにお茶でも飲みませんか」

月に残っているのは、エンジニアばかりである。ベルリは彼らの肝が据わっていることに感嘆した。彼らは仕事のことしか頭になく、危険が迫っていてもまるで動じる気配がない。ノレドを連れてきてしまったこともあり、ベルリはお茶を飲み干しながらも真剣にこの先のことを考えねばならなかった。

「ラ・ハイデンという人物は熱心なスコード教信者で、故に地球人の愚かな戦争行為を許せないのです。ヘルメスの薔薇の設計図も、完全に回収できたわけじゃない。さらにムーンレイスの技術もアグテックのタブーを犯している。地球人は完全に信頼を損ねてしまったんです」

ベルリは、地球人の信頼回復のための手段をしたためた親書を彼に送っていたが、その内容が否定されていることはラ・ハイデンとカール・レイハントンとの会話を取り込んだことで理解していた。ではほかにどんな手段があるのか。ベルリはいつしか爪を噛んでいた。

月基地では、フルムーン・シップが艦隊を離脱して地球圏へ向かったことをキャッチしていた。どこへ向かって何をしようとしているのか、まるで分らない。ノレドがささやいた。

「トワサンガにはラライヤが残ってカール・レイハントンに接近しているはずだけど、乗り込んでみる? それとも、ラ・ハイデンに降伏して説得してみる?」

「ビーナス・グロゥブとの戦争を回避しても、次はカール・レイハントンに追い立てられる。いっそすべての人類を思念体に進化させて、カール・レイハントンの言う通りに地球を人間のいない世界にしてしまった方がぼくらは幸せなんだろうか? 肉体の存続のために資源を使い、環境を破壊して、そこまでして人間が生き続ける意味ってあるのだろうか? なぜ人間はこの地球に生まれてきたのだろう?」

「ベルリ・・・」

ノレドは悩み深きベルリの頭を抱き寄せた。ベルリの独白には月に残ったエンジニアたちも困ってしまい、かける言葉が見つからないでいた。

ビーナス・グロゥブが勝てば、人類はスペースノイドとアースノイドに分割され、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・テリトリィまでをスペースノイドが支配してアースノイドを観察する支配体制が誕生する。

カール・レイハントンが勝てば、スペースノイドもアースノイドも地球に降ろされる。そして、全球凍結によって文明を断絶させられ、最後はサルにまで退化した人類を含めた動植物をジオンが観察するようになる。だが、人間は本当にサルにまで退化するのだろうか?

このふたつの共通点は、人類を観察者と定義づけていることだ。人類が誕生した理由とは、本当に観察者になることであったのか。人類という種そのものが、他の動植物と同じように生存本能のままに生きられない理由は、生存本能の行き着く先を観察するためであったのか。そう定義づけでもしなければ、人類が生存する理由はないのだろうか。

人間は、動物であることをやめ、神に等しい存在になるしかリーゾン・ディティールを見い出せないのだろうか。それは思い上がりではないのか。人間の肉体と魂の存在理由とはいったい何なのか。

静寂の中、時折月の裏側で起きた爆発音の反響が月の表側にいる彼らの元へも届いてきた。ノレドは口を開くなり、ベルリにこう言った。

「ビーナス・グロゥブも、ベルリに聞いたジオンというものも、スコード教というものだって、みんな人間であることを否定して嫌悪している。肉体を持った人間であることを積極的に肯定しているのは、クンタラの人たちしかいない。あの人たちだけが、人間を肯定している」

「そうだね」

と、ベルリは応じ、やはりメメス博士のやりたかったことを探っていくしかないのかと改めて思ったのだった。











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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第36話「永遠の命」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第36話「永遠の命」後半



1、


「同期? 同期ってあの、情報を同一にするあれのこと?」

ノレドはガンダムのコクピットに挟み込まれるように乗り込んでベルリの頭を押していた。ベルリは何とか頭を真っ直ぐに保とうとするが、ノレドの身体が邪魔になってどういう態勢にすればいいのかもがきながら探った。

メガファウナを飛び出したガンダムは、ふたりを乗せて月面基地へと向かっていた。白いガンダムの黒い影が、真っ白な月へ向かって飛んでいく。

「それでベルリはカール・レイハントンと情報を同期したってわけだ」

「でも記憶の一部にしか過ぎない。全部じゃないし、カール・レイハントン自身、多くの残留思念の集合体なんだよ。いまは古代コロニー国家ジオンの創立者の子供の記憶が強く反映されているけど、それがすべてを決めているわけでもない。上手く説明できないけど、わかるんだ。わかるようになっちゃったんだよ」

「ラライヤと、カール・レイハントンはカイザルのサイコミュの中にいるんじゃないかって話をしていたんだけど、もしかして本当だったのかも」

「カール・レイハントンにはいくつもの思念体が糾合してるけど、なかにはジオン的なものに同意できない思念も含まれていたんだ。それでカール・レイハントンは、ジオンの創立者の息子の思念により近づけるために、情報を選別してカイザルのサイコミュに貯め込んでいた。そして、カイザルのサイコミュの中でより望ましい人格を再現しながら、その情報を自分自身の情報に上書きしていたんだ。その情報がなぜかぼくの中に入っちゃったってことさ」

「誰がそんなことを・・・」

「メメス博士。キャピタル・タワーとトワサンガを建設したカール・レイハントンの右腕だった人で、宗教上の理由で生体アバターを使わないクンタラだった人だ」

「キャピタル・タワーの・・・?」ノレドは虚空に目をやり、急に驚いて大きな声を出した。「そんなのいつの時代の人なのよ! それも同期?」

「そう。メメス博士は、カール・レイハントンの協力者であり、敵対者だった。思念体の糾合人格を上手く利用して、ヘルメス財団の方針を支持する人たちや、ジオンの悲願を支持する人格などに働きかけながら、どれかひとつの方針に偏らないように操ってたんだよ。カイザルをノースリングの再起動の鍵にしてしまったのも彼だ。彼にはサラという娘がいて、その人がぼくや姉さんの祖先を生んだ」

「それであたしは何をすればいいの?」

「ぼくが同期したのはカール・レイハントンで、メメス博士じゃない。メメス博士はクンタラの宗教について何か・・・、ぼくにはわからないけど、何かを隠して、何かを成そうとして、そして何かを仕掛けているはずなんだよ。ノレドにはそれを一緒に探してもらいたいんだ」

「・・・、わかった」

ノレドはラライヤとリリンとつるんでビーナス・グロゥブを散策して歩いたときのことを思い出した。あのとき、トワサンガとビーナス・グロゥブの違いを見つけようとして、彼女たちは何も手掛かりを掴めなかった。それは学習の不足によるものであった。でもいまは違う、ノレドはキッと宙を睨んだ。

そんな彼女にベルリはカイザルとの同期で手に入れた情報を伝えた。

「クンタラは、魂をカーバに運ぶ道具として肉体は存在すると考えているから、思念体にもならないし、ビーナス・グロゥブの先祖がやったように自分の胚を保存することもしなかった。彼らはラビアンローズでの永いながい航海を耐え抜き、どんな状況にあってもひたすら約束の地カーバを目指した。そんな彼らを、生体アバターに入ったビーナス・グロゥブの先祖が犯したり、食人したり、メチャクチャなことをした。挙句に、金星圏に居住態勢が整うと邪魔になってトワサンガに押し付けて、地球に降ろした。このとき解放されたクンタラは、ほぼ全員生体アバターとの混血なんだ。だから、思念体に意識が同化しやすくなっている。地球で自然発生したクンタラやもっと前に地球に帰還した船団の中のクンタラにはこの特徴はない」

「あたしとラライヤの違いみたいなものか? 確かにトワサンガ生まれのラライヤは凄く何かにとり憑かれやすいんだ。ラライヤはあたしにもときどき何かが入っているとか言ってるけど」

「ぼくは考えているんだ」ベルリは素直に話した。「永遠の命といったとき、人はひとつの精神が永遠に存在することをイメージする。それに最も近いのが、ビーナス・グロゥブの延命技術。肉体と一緒になった精神を、できるだけ長く生かそうとする。でもこれはすぐに失われるものだ。永遠とは程遠い。そして普通の人たちの永遠性というものがある。結婚して子供を作って、自分と愛する人の遺伝子を次世代に残していく。これも永遠だ。生命誕生以降一度も死んだことがないからぼくらはここに存在する。子孫を残せなかった人たちの永遠はそこで終わる。カール・レイハントンたちジオンの永遠は、ニュータイプ研究の極北、行き着いた先さ。精神の解放を目指したところ、精神だけで存在する世界があるとわかって、肉体を捨てた。そして精神だけでいくつも糾合しながら生き続ける。死後の世界といってもいい。ジオンは死後の世界から帰ってくる方法を見つけたのさ。クンタラもまた永遠だ。クンタラは民族と宗教の中に目的を定め、その目的を果たすことの意義に永遠を求めたんだ。どんな乗り物で永遠という道程に乗っかっているかの違いに過ぎない。乗っているのは精神か、遺伝子か。遺伝子もまた乗り物だとするのなら、生命自体に永遠性を求める何かがあるとしか思えない」

「あたしね、クンタラはニュータイプだったんじゃないかって思ってるんだ」

「ニュータイプ?」

「そう。だってさ、食料がなくなって人を食べなきゃ飢えて死ぬほど追い詰められたとき、恐ろしい話だけど、まずは先に死んだ人を食べるでしょ」

「うん」

「先に死んだ人が食べられちゃう。美味しそうな人が食べられちゃう。劣った人が食べられちゃう。でもそれって、ひとつの民族を形成するものではないでしょ。あくまで個人の資質に過ぎない。でも、追い詰められた人類が、より進化して強くなるために強い人を食べたとしたらどうなる? 強い者を掛け合わせてたくさん作って、儀式として食べていく。食べられているグループも、自分たちが優生だと信じて誇りに思い、いつしか民族として形作られていくと思わない? クンタラが劣った者や弱い者なら、それは個人の資質として片づけられてしまうはず。でも、それを食べれば自分も強くなれる、ニュータイプになれると考えられる集団があったとしたら? その人たちはきっと、食べられることを誇りにする。それが優生の証だから。そうじゃなきゃ、クンタラが民族のように現在に存在している意味がない。もちろん、劣っていたり弱かったりした人の身内がクンタラという差別階級に落とされたケースもあると思う。でもそれだと、戦争をして食べ返してやれば立場は変わるでしょ?」

「なるほど・・・、クンタラ優生説か」

「もしかしたら、ビーナス・グロゥブを追放されたクンタラの人たちが、そういう思想を地球にもたらしたのかもしれない。クンタラは優れている、ニュータイプである、そう地球にいた被差別階級の人たちに訴えたとしたら、地球の被差別階級の食人被害者はこぞってその人たちの考えに賛同して仲間になっていくはず。クンタラには明確な宗教はないけど、魂の安息の地としてカーバが約束されているとか、カーバには守護神カバカーリがいるとか、あるじゃない。あたしはザンクト・ポルトのスコード大聖堂の奥の院がカーバで、白いモビルスーツに乗ったパイロットがカバカーリだと考えていたんだ」

「それってもしかして?」

「そう、ゲル法王が辿り着いたスコード教の境地と同じ。あのとき隕石を押し返したとき、白いモビルスーツの人は死んだ。思念体になったんだよ。その場所に、人の思念を分離する装置がある。あれは装置じゃなくて、そういうことが起こる場所じゃないのかな。メメス博士はそこを、タワーの最終ナットにした。メメス博士はそこがカーバだって知ってたんだよ」

「ノレドのおかげでいろんなことが見えてきた気がする。とにかく、全球凍結する地球には、フォトン・バッテリーの供給が不可欠なんだ。フォトン・バッテリーさえ供給してもらえば、寒冷地にも人は住むことができるはずだ。ラ・ハイデンにそのことをわかってもらわないと」

ベルリとノレドは月基地までの短い時間をほとんど会話しっぱなしで過ごした。ノレドには話したいことがたくさんあった。


2、


ハリー・オードはなぜ出迎えが揃っているのか訝しみながら、アイーダ・スルガンの歓待を受けた。握手をしたのちディアナ・ソレルであった女性に話を持ち掛けようとしたが、キエル・ハイムを名乗るアメリアのクンタラ研究者は月でのことなどおくびにも出さず、にこやかに微笑むだけだった。

肩をすくめたハリーはアイーダの話に相槌を打ちながら、どうやらキャピタル・タワーで先に降りてきた新規入植者たちが、近いうちにハリー・オードもトワサンガでの職を辞して地球に降りてくるはずだと伝えていたのだと知った。つまり、歓待に集まった人々はカール・レイハントンのことを知らない。

アメリアは破壊されたニューヨークや以前の戦争で荒廃した都市の再生を入植者にさせる腹積もりらしく、ニュートワサンガなる都市構想まで用意していた。トワサンガからのレコンギスタ組は思っていたより扱いがよさそうだと安心するとともに、自分たちに義務がないことに戸惑っていた。

宇宙ではすべての人間が何らかの役割を負わされ、誰かが義務を果たさなければちょっとしたことで重大事故に繋がる。寝ている間に酸素供給の調整を怠れば、コロニーの住民全員が死んでしまう。そんな緊張感をもって生きてきた人間には、自分の財産のことだけ考えればいい地球での生活は酷く原始的に感じてしまう。いずれは地球人全員が愚鈍な存在に見えてくるだろう。

難民受け入れ先のアメリアは、数が多いことに戸惑いながらも手続きを行う準備は整えてあり、地球で暮らすうえで絶対に必要となる野生生物や細菌・ウイルスの講義などを行う用意までできていた。難民がやってくることの多いアメリアならではの受け入れ態勢であった。

何となく話をする機会を失ったハリーは、一通りのセレモニーを終えると、出迎えに参集した人々との内々の懇談会に招かれた。そこには、アイーダ・スルガン、ゲル・トリメデストス・ナグ、キエル・ハイム、それに、小さな子供を連れた小柄な女性がひとりいた。彼女の名は、クン・スーン。ビーナス・グロゥブのジット団にいた女性だという。

ひとりひとり紹介され、最後に民間人との説明でアイーダが紹介したのがキエル・ハイムだった。アイーダは彼女がディアナ・ソレルであることを知りながら、それを隠し通すつもりのようだった。

「こちらのキエル・ハイム嬢は、永らくアメリアでクンタラ研究をされてきた一族の末裔で、500年も前から大変鋭い観察をされております」

微笑みながら頷いた女性は、ジムカーオの反乱においてムーンレイスアメリア連合の大艦隊を指揮したディアナ・ソレルその人だった。ディアナは500年前のディアナカウンターに際して月の女王と入れ替わったキエル・ハイムであり、彼女は月の女王の役割を捨てて本来の自分に戻ったのだった。

キエルは目の前のハリー・オードに恭しく頭を下げ、ディアナであったことなどおくびにも出さない。これだから女というものはとハリーはすっかり感心して、自分も初対面のような顔をして頭を下げた。

ハリーはふと地球の青い空を見上げた。500年前、カール・レイハントンに追い立てられたムーンレイスの敗残兵や、ビーナス・グロゥブから送り込まれたクンタラたちは、この青い空から降りてきたのだ。当時のアメリアの人間は、宇宙で起こった事情など知る由もない。だから、ディアナ・ソレルは追い立てられ逃げてきたクンタラたちを気に留め、ムーンレイス以外の帰還者たちについて書き留めていたのだろう。

キエル・ハイムは簡単にクンタラの説明を始めた。

「わたくしの先祖は、今来(いまき)古来(ふるき)という言葉を使っております。食人行為は、食糧難に陥ったときの人間の浅はかな振る舞いや、誤った身分制度によって我々の文化において悲しいながら起こってしまうものですが、宇宙からの帰還者、外宇宙から戻ってきた者たちは皆口を揃えて魂の安息の地カーバや、守護者カバカーリのことを伝えようとしました。それは、アクシズの奇蹟が起こったときに、ごく一時的に人々が記憶した神とのふれあいの確かな証拠だったのです。それがクンタラの中で宗教化したものがカーバだったのです」

ゲル法王がキエルの話を引き取った。

「そしてそれは、スコード教の発生と同じものだとわたくしは確信したのです。アクシズの奇蹟、あのとき人間は、人間自身を超えることと触れ合った。神の奇蹟と触れ合った。体感したのです。それを見た人々の中に、魂を正しく導くことでカーバに至ると考えた集団がいた。彼らは魂を浄化することで、人と人との断絶を乗り越えるニュータイプに進化すると確信した。彼らクンタラにとって肉体は、魂を研磨する道具にすぎません。煩悩にまみれた肉体というものの中で魂を研鑽してこそ、アクシズの奇蹟で起きた神の領域に迫れると考えたのです。スコード教は世界宗教を標榜しておりますが、実際に起きた奇蹟を念頭に置きながらも、世界中の宗教のいいところ取りをして表面的に統一すれば、宗教が争いの源になることはなくなるのではないかと、目的のための宗教に堕することが大いにあったわけです」

ハリーの目の前を、移民を満載したバスが真っ黒な煙を吐いて走っていった。それはディーゼルエンジンの自動車だった。

ああそうかと、ハリーは納得した。

「つまり、支配者であるヘルメス財団も、被差別者であるクンタラも、同じ奇蹟を信じる兄弟のような存在であったということですかな」

「そうなのです」ゲル法王は興奮していた。「差別するものもされる者も、元を辿れば同じだったのです。ニュータイプと呼ばれる超越者に近い存在を自負していたヘルメス財団、ニュータイプに至ろうと己を厳しく律してきたクンタラ。どちらも同じものだったのです」

そのとき、子供をあやしていた背の低い女性、クン・スーンが口を挟んだ。

「それでこの人たちはその発見に喜んじゃって、この事実を伝えれば世界は変わる。アースノイドが変われると知ればビーナス・グロゥブのラ・ハイデンも心を変えて、フォトンバッテリーを供給してくれるんじゃないかっていうのさ。ゲル法王は、ビーナス・グロゥブでラ・グーに『宗教改革をやれ』と言われたらしい。その真の意味をついに発見したと。ま、発見したのはアイーダさんなんだけど」

話がここまで進んで、ようやくハリーは彼らが自分を出迎えた意味を悟った。彼らは、アースノイドが辿り着いて発見した宗教上の重大な事実を、宇宙と往還できるハリー・オードに託そうとしているのだった。彼らの顔は、すましているキエルと斜に構えたクン以外、万事解決したかのような晴れやかさに輝いていた。ハリーは軽く咳払いをした後で、仕方ないとばかりに事実を伝えた。

「大変な発見であり、人類にとって大きな進歩になり得るお話でございますが、実を申しますと宇宙では少々厄介なことになっております。まず、期待されているフォトン・バッテリーですが、すでにトワサンガ付近まで到着しております」

アイーダの顔がパッと輝いた。ハリーは心苦しいばかりであった。

「ところがそれは、おそらく簡単には地球に届かないでしょう。それは、トワサンガをカール・レイハントンという人物が現れ、乗っ取ってしまったからでございます」

話を聞いたアイーダとゲル法王は、キョトンとした顔になり、互いの顔を見合わせた。カール・レイハントンと聞いても、アイーダにはそれがどんな人物かわからないのだ。

その名前に反応したのは、キエル・ハイムとクン・スーンだった。キエルはみるみるうちに顔つきがディアナ・ソレルのそれに変わろうとしたが、何度も静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。もうひとりのクンは、カール・レイハントンの名前に心当たりがあるようだった。

クンは、むずがる子供を膝をついてなだめながら、アイーダに視線をやって口を開いた。

「カール・レイハントンは、トワサンガの初代王、アイーダさんの祖先だよ。しかし何だって500年も前に死んだ人間が化けて出てきたものかね」

「カール・レイハントンは、思念体だったのです」ハリーが応えた。「彼自身は、もっと古い時代の、宇宙世紀初期の人物だと聞いております。その男が、なぜかビーナス・グロゥブの大艦隊とともにトワサンガにやってきたのです。ビーナス・グロゥブの艦隊には、例のフォトン・バッテリーの運搬船も随行している。これに喜んだトワサンガの人々は、我々に石を投げつけてきまして、ムーンレイス一同、恥ずかしながらこうして逃げて参ったわけです」

「ちょっと待ってください」アイーダが身を乗り出した。「弟は、ベルリはどうしたのですか?」

「ベルリ王子は、不可解なことにここ数日行方がわからなくなっておりまして、それが突然見慣れないモビルスーツに乗ってメガファウナの方に帰還し、ノレド・ナグという女性を連れて、現在は月基地にいるか、はたまたトワサンガに行ったか・・・」

「ハッキリおっしゃい!」

キエルはついディアナのような口調でハリーを叱った。

「きついお言葉を投げかけられるお気持ちはわかります。しかし、我々ムーンレイスは、トワサンガに移住したのちに守備隊を拝命しておりましたが、王子の指示で武装解除を進めていたところであり、その王子が不在の間にトワサンガのカリスマである男がやってきて、邪魔だから出ていけと罵られ、住民に石までぶつけられては、発砲せずに地球に降りてくるだけで一苦労だったのです。月に残ることもできましたが、兵力は比較にならず、また抵抗して戦うことが最善ではないだろうと判断せざるを得ない事情もあったのです」

「ということは、結局どういうことなのです?」

アイーダはまるで事情が呑み込めないようだった。ハリーは彼女にわかるように説明した。

「現在宇宙では、カール・レイハントンがトワサンガを支配し、その後ろにビーナス・グロゥブの大艦隊が控えています。艦隊を率いてやってきたということは、地球と戦争するつもりだと考えられます。決して友好的な状態とはいえません」

「まさか・・・」

「即決のハイデンは、ヘルメスの薔薇の設計図を撒かれた地球が戦争に突っ走った時点で地球を許すつもりはないさ」クン・スーンはなぜか笑顔を見せながら話した。「アースノイドは、ラ・グーを失ったときに、フォトン・バッテリーの再供給は諦めるしかなかった。ラ・ハイデンというのは、ビーナス・グロゥブ住民の特権である延命処置を否定する人物だ。ハイデンは、それこそクンタラのような自分に厳しい人間なんだよ。肉体はひとつ、妻はひとり、寿命が来たら死ぬ。キッパリした男だ。ラ・グーのような、清濁併せ呑む性格ではない。でも、ひとつ可能性がある」

「それは何でしょう」

すがるようにアイーダが身を乗り出し、それに呼応するかのようにクンは背伸びをして顔を突き合せた。

「即決のハイデンは熱心なスコード教信者だ。あんたたちが発見したというスコード教とクンタラの宗教の根が同じという話は喜んで聞くだろう。ラ・グーとハイデンは、性格は真逆だが、結論はいつも同じだった。宗教改革を促したラ・グーの意思にかなった話なら、彼は考え直すかもしれない」

キエルはムズムズしたような仕草で言葉を選びながら、ハリーに向けて話した。

「地球にはもうフォトン・バッテリーは残っておりません。ここは縮退炉を乗せているオルカを使うしかない。アイーダ総監とゲル法王を乗せて宇宙へ向かい、なんとかラ・ハイデンと謁見させられませんか?」

「ではわたくしが・・・」

そう言いかけたハリーを、アイーダが制した。

「ハリーさんには地球でやってもらいたいことがあるのです。実は、ここにいらっしゃるキエルさんに、キャピタル・テリトティのクンタラ国建国戦線の支援者だった人たちとゴンドワンからの移民を、スコード教和解派に改宗させて仲直りする仲介者になってもらおうと考えているのです。ハリーさんたちならば、彼女の警護が出来るでしょう。人員を貸していただければ」

「あたしも行くよ」クンが言った。「縮退炉に興味がある。コバシも連れていこう。ビーナス・グロゥブの人間がいればいろいろ都合がいいはずだ。ただあたしたちは、ハイデンには会えない。あの男にあったら殺されるからな。でも、役には立つだろう」


3、


クリム・ニックが操縦する青いミックジャックと名付けた機体は、静かにトワサンガに到着した。

メインゲートを抜けたところでデッキに着陸した彼は、人がいるべき場所に誰もおらず、無防備な姿を晒していることに驚いた。バイザーを上げたクリムは、デッキの奥にルインのカバカーリを発見した。ルインもまた、カール・レイハントンと面会するつもりだったのだ。先を越されたことを悔しがるクリムは、エナジードリンクをすすり上げて悔しさをにじませた。

「クソ、同じことを考えていたか」

ルインとはいつも考えていることが重なる。天才たる自分の先を越すことも多く、クリムにとってルインは目の上のタンコブのようなものだった。

遅れを取ったとはいえ、自分も目的を果たさないわけにはいかない。モビルスーツのハッチを開けようとしたとき、エアロックから誰かが押し返されてくるのを見つけたクリムは、その様子をメインモニターで写してモビルスーツのコクピットの中で息を潜ませた。

「いや、だから自分は」

通話は一般回線で聞こえてきた。何人もの一般市民に押し戻されながらも必死に先に進もうとしているのはルイン・リーであった。パイロットスーツの彼は、ノーマルスーツの男たち行く手を阻まれ、帰れと罵られているのだった。クリムはそっとマイクのボリュームを上げた。

「カール・レイハントン殿に話があるだけなのです。本当にクンタラの名誉を回復する手段があるのかないのか。わたしは暗殺者ではない。クンタラの名誉のためならば喜んで汚れ仕事もするが、もしそれがウソだった場合は・・・」

「そういうよくわからない話を神聖なる初代王にお伝えするわけにはいかない。帰っていただこう」

「いや、しかし」

クリムは口元を歪めてなんてバカな男だとひとりごちた。カール・レイハントンとベルリ・ゼナムの関係が現在のトワサンガでどうなっているかわからないが、仮にも王子と呼ばれていた人物を殺す役目を与えられた人間が、どの面下げて押し通ろうというのか。

だが待てと、クリムは考え直した。あのルインという男はそこまでバカだったろうか。クリムはルインがやりそうなことを想像してみた。そしてある可能性に思い至った。

「あいつの狙いは、もしやフォトン・バッテリーか。配給利権でクンタラの地位向上でも狙っているか。あいつならそれくらいの企みはもっていそうだ。ふむ」

覇権主義の母体となる国家を失ったクリムには、ルインのような野望は残っていなかった。彼の心の中にあるのは、志半ばで失ったミック・ジャックのことだけであった。彼女への恋慕というより、それは何よりも深い後悔であった。意を決したクリムは、モニターにカイザルと表示されたモビルスーツを探すことにした。それはこのデッキにはない。

「ミック・ジャックが生き返る可能性があるのなら、この命と引き換えてでもなさねばならない。永遠の命とやら、どんなものか何としても情報を得ねば」


4、


カール・レイハントンは、カイザルのサイコミュの中で意識的に個人の人格を再生させていた。彼にはトワサンガ宙域で生きた遠い記憶がある。その人格だけの再生を目指していたのだ。カイザルのコクピットの中で、彼はより純粋な個人の人格のみを同期させて余計な情報を遮断しようと集中していた。

遥か昔に肉体が滅んだ彼は、強い残留思念をもったままこの世に永く留まった。それが原因で多くの似た残留思念が集まってしまい、ひとつの怨念のようになったまま外宇宙へと脱出していった。彼の強い思念は志半ばで死んでいった者らの強い思念を吸収しすぎて、個人の記憶が曖昧になっていた。

チムチャップ・タノはそんな彼を心配していた。負の感情にまみれた彼は、放っておくと地球を覆い尽くすほどの巨大な暗雲のような存在になりかねない。彼は理想主義者であるのに、あまりに多くの汚濁にまみれ、叶わぬ願いに胸を焦がしすぎたのだ。

チム自身も、いつから自分が彼の傍にいるのか記憶が曖昧であった。ただずっと近くにいた気がする。遠い時代、自分がどんな人間であったのか彼女も思い出したいと願っていたが、それは他の糾合した人格を分離して捨て去ることを意味しており、決心がつかないのであった。

眼前のモニターでカイザルを監視しながら、チムは別の仕事もしていた。それは、復元に失敗したヘイロの肉体の再生作業であった。しかし、そもそもデータが存在しておらず、いつ消されたのかも痕跡が残っていなかった。

そこへ当のヘイロが姿を現した。ヘイロといっても彼女が長く使ってきた大柄な身体とは全く違う小柄な少女の身体、サラ・チョップの肉体である。そのあまりに華奢な身体を見て、チムチャップは改めて溜息をついた。

「その身体じゃやはりダメね。もっと別のサンプルから選び直しましょう」

「そのことなんですが」ヘイロはもうひとりの女性を紹介した。「こちらはトワサンガ軍の女性兵士でラライヤ・アクパールという方なのですが、新しい身体が完成するまでぜひこの女性を大佐の補佐役にしていただけませんか」

チムはサラの身体をしたヘイロの後ろにいる少女を一瞥した。たしかに小柄なサラよりは頼りになりそうではあったが、いざとなったら自分の肉体を放棄してでもカール・レイハントンを守り抜くことが役目の彼女たちの役割をこなすには少し心もとなかった。

チムはふたりに向けて諭すように言った。

「大佐はいまの身体をできるだけ長く使いたいご意向なので、いくら不死の魂を持つからといっても軽々しく失うわけにはいかないんです。それに、トワサンガの人間がいくら・・・、いえ、トワサンガの人間ならば、わたしたちのような思念体と違い肉体を失うことに抵抗があるでしょう。そもそもなぜこの子を連れてきたの?」

ヘイロが応えた。

「現在トワサンガには多くの住民が残ってしまっており、彼らは熱狂的にカール・レイハントンを支持しております。大佐のご意向がどうあれ、トワサンガの者らと対話をする人材が必要だと判断しました」

「大佐は」チムチャップは人間を絶滅させることを話していいのか迷った。「大佐のご意向が肝心なのです。いずれトワサンガの住民には、レコンギスタをしていただきます。トワサンガは空にしなくてはいけない。それが大佐のご意向です」

「ならば」ラライヤが口を開いた。「その役目をわたしにやらせてください。ヘイロ少尉に聞きましたが、トワサンガと月に残る住民はすべて地球に降ろすとか。しかしそれには反発もあるでしょうから、説得する人間が必要です。ぜひわたしをレイハントン王のためにお使いくださりますよう」

ラライヤのものの言いようがあまりにハッキリしているので、チムは仕方ないとばかりに頷いた。

「では、ヘイロの新しい身体が組みあがるまでは、あなたに近くにいていただきましょう。ですが、カール・レイハントンの近くにずっといられるとは思わないでください。あなたも肉体と思念が分離されていないひとりの人間です。いずれは地球に降りていただきます」

「我らが初代王に栄光あれ!」

ラライヤは大袈裟な敬礼をしてみせた。真面目そうな女性のようだったが、ふざけているような感じもする変わった少女だった。チムチャップはヘイロを手荒く招き寄せ、耳元で恫喝するように言った。

「あなた、本当にヘイロなんでしょうね。その子はベルリやノレドと一緒にいた子じゃないの。正気なの。あなた本当はサラじゃないの?」

「もちろん」ヘイロは肩をすくませた。「同期もしてるでしょ?」

「まぁそうだけど・・・。あなたを見ていると、サラさんのことばかり思い出してね。一番近い記憶だから、鮮明に残っているのよ。でも、その子をどうするつもりなの?」

「この身体じゃモビルスーツに乗って大佐を援護できないでしょ? この子なら、ユニバーサルスタンダードのコクピットなら使えるし、かなり戦闘力も高かった」

「そうだけど・・・」

そのときだった。カイザルに人が近づいていることを示す警報でモニターが赤く染まった。カイザル専用のデッキ内部に潜入してきたのは、長い髪を後ろで三つ編みにした男、クリム・ニックだった。クリムはカイザルに取りついてハッチを開けようとしていた。

「ヘイロにはあとで話があるから」

そう叫ぶと、警報が鳴り響く中をチムチャップは走り去っていった。彼女は頭の中である疑念がもたげていることを自覚した。

(残留思念が糾合していくわたしたちは、本当に永遠の命を持った存在なのだろうか?)



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第36話「永遠の命」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第36話「永遠の命」前半



1、


銃声に続いて誰かを激しく罵倒する声が響いた。遠くからだったのでよくは聞こえなかったが、ノレドはひび割れた声の中に「地球へ帰れ!」の声が混ざっているのを聞き取って、まさか自分への罵声ではないかと身をすくませた。

銃を構えたラライヤは、部屋の中を見回し、大きめのリュックを発見するとすぐに荷物をまとめるようにとノレドに勧めた。ノレドは大学進学のためにトワサンガに引っ越してきたばかりで、荷物はいくつもの箱に収められてまだテープを切ってもいない。

ラライヤは小さな声で耳打ちした。

「荷物は置いていくしかありません。サウスリングの人は保守的で、初代王カール・レイハントンへの忠誠は他のリングよりはるかに高い。必要なものだけ鞄に詰めて、脱出方法を探しましょう」

「思い出の品もたくさん持ってきたのに」

「まずは命です!」

ノレドは貴重品だけ鞄に詰めた。ラライヤは食料と水と、武器になるものなどを整え、ふたりはまだ馴染んでいない部屋を出た。部屋にはまだノレド・ナグのネームプレートもつけていない。

キャベツ畑の端で火の手が上がっていた。ときどき雄叫びのような奇声が上がり、歌声なども聞こえてくる。夕刻のはずだがまだ明かりは煌々と灯り、消灯による夜は警備上の理由で見送られるようだった。ノレドとラライヤは住民に出くわさないようにラライヤの先導でひと気のない道を選んでサウスリングを脱出した。

リングの連結部分のエスカレーターに乗り、軍用のハッチを見つけてラライヤのIDカードを認証させて中へと潜入した。軍の施設はドレッド時代ほど厳重な警備ではなかったが、ドアを破壊して潜入するほど暴徒は狂乱状態に達していない。彼らは喜んでいるのだ。その表現が通常とは違う。

どんどん先に進んでいくラライヤの背中に向けて、ノレドは疑問を口にした。

「どうしてこんなことになっちゃってるの?」

「プライドの問題なんです」ラライヤは足早に歩きながら応えた。「トワサンガはビーナス・グロゥブからの中継地で、神々が住まう場所に一番近い国だとみんな自負してきた。その誇りが、初代王カール・レイハントンの血統と結びついて独特の政治体制を作っていた。それが、自分たちも行ったことのないビーナス・グロゥブに地球人が先に行った。しかも二度も。トワサンガ生まれのドレッド家が滅びて、地球育ちのベルリが王子になって国を采配した。素晴らしいと自負していた技術はムーンレイスの方が上。戦争では蚊帳の外に置かれたまま大損害だけ押し付けられる。そして、ムーンレイスの軍と警察の支配。こういうことが重なって、鬱積が溜まっていたんです」

「でもそれは」ノレドは抗議した。「仕方がないことばかりじゃん。全部成り行きでそうなっただけなのに。意図しないことが連続して起こっただけ」

「それはわかっているんですけど、地球人にもムーンレイスにも頼らない自主独立の願いというものを、カール・レイハントンの出現が刺激してしまった」

「ラライヤもそうなの?」

「わたしは事情を知っていますから」

トワサンガの住人は、トワサンガ守備隊がジムカーオに騙されてメガファウナのベルリらに皆殺しにされてしまった事情さえ正式な発表を受けていない。人づてに噂で聞いているだけなのだ。その後はジムカーオに思いのままにされて、とにかくフォトン・バッテリー供給再開によって以前の日常を取り戻すことだけを目標に生きていた。ベルリの罪は知っていても、口に出すことはできなかった。

すぐに再開されると期待していたフォトン・バッテリーの再供給が意外に長く掛かり、先もまったく見通せない中で、かといって子供ながらによくやっているベルリに不満をぶつけることもできず、トワサンガの住民は強い欲求不満を抱えたまま生活していたのだった。

その不満の爆発が、暴力的な喜びの表現に繋がっているのだった。

ラライヤに手を引かれたノレドは、ムーンレイスの一団を発見した。その中にはハリー・オードの姿もあった。サングラスに阻まれてはいるが、彼が困り果てていることは理解できた。ノーマルスーツを身に着けた彼は、ノレドとラライヤの姿を認めるとホッとしたように手招きをした。

「お嬢さん方にもすぐにノーマルスーツを身に着けてもらう」

ノレドが勢い込んで訪ねた。

「どうするんですか?」

「ベルリがいない以上、我々ムーンレイスが治安出動するわけにはいかない。トワサンガから地球人とムーンレイスを撤退させるしかない」

「ベルリはどうなるの!」

「探している余裕はないんだ。ラライヤくんはどうするね?」

「わたしは・・・」ラライヤはしばし考えたのち、意を決して顔を上げた。「わたしはここに残ります」

「ラライヤ!」

「ノレド、勘違いしないでくださいね。あなたがここにいては危ない。だけど、ベルリが見つかったときに対処する人が誰か残らなきゃいけないでしょ? それに、わたしもカール・レイハントンという人物に興味があるんです。誰かがあの人の本性を見極めなきゃいけないはず。あの金髪の若い男性は、本当にカール・レイハントンだったんですか?」

ハリー・オードは応えた。

「500年前に彼と戦ったとき、彼は壮年だった。だが、似ているといえば似ている。特殊な技術を持っているとしか思えないが、詐称している可能性がないわけではない。では、ラライヤくんには彼の秘密を探る任務を託したいが、とにかく無理はするな」

「待って待って!」

ノレドはラライヤと引き離されることに動揺して手足をバタバタ動かして抵抗したが、リングの中から大きな歓声が聞こえると身をすくませて怯えた。

「じゃ、わたしは群衆に紛れてカール・レイハントンに接触してみます!」

ラライヤはノレドの顔をしばし見つめたまま駆け出し、やがて完全に背を向けた。ノレドは不安そうな面持ちのままそれを見送ったが、ノーマルスーツを着用したドニエル艦長が大きな声を張り上げて手招きするのを目にすると、諦めて自分も駆け出した。

メガファウナに乗り込んだノレドは、ノーマルスーツを身に着けるとブリッジに上がってみた。フォトン・バッテリーに限りがあるなか、月に立ち寄る余裕がないことがわかると、ハリー・オードらムーンレイスは脱出艇とモビルスーツに乗り換え、シラノ-5の巨大なハッチから藍色の空へと飛び去っていった。メガファウナはそのまま大気圏突入してアメリアへ向かうという。

「来たばっかりだってのにな」

ドニエルはノレドを慰めたつもりだったが、彼女の顔に浮かんだ不安は消えなかった。


2、


ラ・ハイデンは自らの旗艦に各艦の代表を集め、地球攻略作戦の最終確認を行っていた。

ビーナス・グロゥブ側が描く地球支配の構図は、ヘルメス財団による金星圏からキャピタル・テリトリティに至るまでの一括支配であった。アースノイドはこの支配圏に立ち入ることはできない。スペースノイドは、フォトン・バッテリーの生産から供給までを完全に支配して、エネルギーの無償配給は停止されることになる。アースノイドはスペースノイドからエネルギーを買わなくてはいけなくなったのだ。戦争の準備と並行して、フェアトレードのシミュレーションも始まっていた。

「人間をこれ以上増やすわけにはいきません。貨幣経済も制限しなければいけない。地球が全球凍結に向かっているのは幸いなことで、資源とエネルギーを断てばおのずと人類の数は減ってくる。何もすべての人間を急に思念体だとか幽霊だとかそういうものに変化させないはずです。人類の数が減れば、地球の環境破壊は止まります。ビーナス・グロゥブはこれまで通りトワサンガとキャピタル・タワーを使って資源供給を続ければいい。キャピタル・テリトリティを我々が掌握することで、キャピタル・ガード調査部に頼っていた地球圏の情報収集も行えます。またキャピタル一国がヘゲモニーを握ることで、戦争の収束と軍事技術発展の監視、ヘルメスの薔薇の設計図の回収作業なども行えます。また、対抗する国家に対して即時報復も可能になる」

ビーナス・グロゥブの若手官僚が各艦の代表に説明した。ひとりの壮年の軍人が手を挙げた。

「その場合、我々のレコンギスタはキャピタル・テリトリティに限定されるということだろうか。地球を自由に移動することはできないのか」

「人質に取られたらいかがするおつもりですか?」

若手官僚の返答はつれないものだった。この壮年の軍人のみならず、生まれて初めて地球を目にした者らの気持ちは、ラ・ハイデンにもよくわかっていた。彼らは純粋な好奇心をもって、この彼らにとって母なる星であり未知の惑星である地球に多大な関心を寄せているのだ。彼らは総じて浮ついた気持ちになっていた。戦争が始まる前に、すでに自分が支配者になったつもりでいる。

「あとで総裁の方から説明がございますが、我々スペースノイドは、大いなる決心をもって新しい秩序を生み出す所存です。宇宙は神に支配され、地球は神の化身である現人神に支配されることになります。現人神の立場には、カール・レイハントンの血族を使います。彼らは、民政の芽を摘むために天子として存在し、人では代替不能な存在として崇めさせ、スペースノイドとアースノイドの断絶に利用させていただく」

「地球も含めてすべてビーナス・グロゥブが支配するということでよろしいのですな」

「その通りです。アースノイドは宇宙のことに関与させない。ついては、カール・レイハントンはひとまずトワサンガを支配するという。我々は月とザンクト・ポルトを掌握いたします。相手はフォトン・バッテリーを枯渇させてしまっているので、戦闘はたやすく終わると見込んでおります」

そのとき、1隻の高速輸送艦が陣形から外れて地球の方角へ飛び去っていった。すぐにスコード教の船だと判明して議場にざわめきが起きたが、ラ・ハイデンは杖で床を叩いてそれを制した。彼は集まったスペースノイドたちに、重要な決定を告げねばならなかったのだ。一同は静まり返った。

ラ・ハイデンは参集した者らの顔を見回して、頃合いを見て口を開いた。

「この8か月、我々はずっと大きな岐路に立ったまま時を過ごしてきた。すなわち、命をどう考えるかということである。ジオニズムとはエレズムに端を発した分離進化思想であったが、生命の在り方を根源的に変え、思念というものが独立して存在可能なもので、単なる情報ではないことを明らかにした。肉体は肉体の維持を優先するがゆえ、本質的に人間性を堕落させるものであり、肉体を捨てた存在こそが最も人間らしいというのが彼ら、ジオニストとカール・レイハントンの言い分である。対するもうひとつの生命の在り方は、我々が知っている命である。命は誕生と死を繰り返し、人の思念は肉体とともに滅ぶ。肉体は思念と一体であり、若き肉体には若き思念が、老いた肉体には老いた思念が宿っている。その生は短いが、愛によって遺伝子は次世代へと受け継がれ、生命が誕生してこのかた、1度として滅したことがないゆえにこの命もまた永遠である。思念体として得た永遠の命と、代々受け継いできたこの永遠の命、どちらが地球を支配するか、あるいは観察者としてふさわしいのか、それを決するときがきたのだ。これがすなわち永らく語られてきた大執行である。わたしは諸先輩より、大執行とはビーナス・グロゥブ住民によるレコンギスタだと教えられてきた。地球環境の回復のために尽くし、その代償として得られるものだと。だが、その意味は違っていた。我々にはジオニズムというもうひとつの可能性があったのだ。我々は、ふたつの永遠の命のどちらかを選択せねばならなくなった。どちらを選ぶかによって、地球の在り方は大きく変わる。ジオニズムが選ばれたなら、地球という惑星に人間という存在はいなくなる。人間のように見える観察者は、それは生体アバターであり思念という個が使用するモビルスーツである。地球は人間の存在という肉体的エゴから解放され、地球環境が再び悪化することはなくなるであろう。そして、対立概念であるテラ-ナチュラリズムを選んだなら、ビーナス・グロゥブに住む我々は、アースノイドに対して義務を果たし続ける勤労な神となって、アースノイドの発展に目を光らせ続けねばならなくなるだろう。これはレコンギスタが永遠にやってこないことすら意味する過酷な道である。我々スペースノイドは、果たしてそこまでしてアースノイドの自由を保障すべきなのだろうか。この問題を解決するにあたり、わたしは対立するふたつの概念に不平等を発見した。それは、ジオニズムが神に比するに対し、テラ-ナチュラリズムを支持する者らがアースノイドと同じ立場である人間と見做される点である。神と人とを比べ、どちらを選択するか迫られたとき、人はあまりに不利である。そこで、我々ビーナス・グロゥブは、自らを神として位置付けることと決めた。我々スペースノイドは、アースノイドに対して神として命じる。従わぬ者には罰を与える。この厳しさをもって、ピアニ・カルータ、ジムカーオによって揺さぶられた宇宙の秩序を回復する。我々神々は、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・タワー、キャピタル・テリトリティを直接支配し、一切の人間の抵抗を封じてその科学的進歩も認めない。人間は神に対して自由ではないことを強く戒めるものである」

ビーナス・グロゥブを発して2か月余り、彼らは最終的な地球支配の形を模索してきた。結果、ジオニズムへの参加は見送られ、カール・レイハントンにはさらなる猶予期間を申し出ることになった。その猶予期間が100年になるのか500年になるのか、まだ交渉は行われていない。

テラ-ナチュラリズムと名付けられたラ・ハイデンたちの立場は、この500年でビーナス・グロゥブが追及してきたことの再確認であった。フォトン・バッテリーの供給によって人類の発展を規制する。ユニバーサルスタンダードの徹底によって文明格差を是正する。アグテックのタブーによって技術発展を抑止する。スコード教によって宗教対立を根絶する。それらを再度徹底することが、ラ・ハイデンの出した答えであったのだ。変更点は、フォトン・バッテリーの無償供与の停止だけである。フォトン・バッテリーは、レコンギスタして地球に入植するスペースノイドの利益になるのだ。

カール・レイハントンが姿を現した半年後、2隻の輸送船がビーナス・グロゥブに戻ってきたときに、大執行の答えを出せと求められたラ・ハイデンは、地球侵攻を言い出して時間稼ぎをしたのだ。

彼らのところには、先行していたラビアンローズがトワサンガとドッキングしたとの知らせがすでに届いていた。もし、カール・レイハントンがラ・ハイデンの申し出を断ったならば、自動的にジオニズムとテラ-ナチュラリズムは交戦状態になる。それはふたつの神々の戦争になるが、ラ・ハイデンはカール・レイハントンが必ずしも人類すべての思念体化を望んでいないと判断した。なぜなら、彼にはスペースノイドに対する敬意があったからだ。

カール・レイハントンとラ・ハイデンは、アースノイドに不信感を持っているという点で共通していた。ラ・ハイデンは再び杖で床を強く叩き、こう宣言した。

「我々は神となる。アースノイドのようにあるときは神のごとく地球を支配し、あるときは動物のように地球に甘える存在であってはいけない。神になれない人間は、死を受け入れるよりほかない」

ビーナス・グロゥブによる神治主義の宣言とともに、彼らは地球への進撃を開始した。攻撃目標は月面基地だった。報告により、月には宇宙世紀時代より遺る人類の英知の結晶が眠っているという。それは文化的に貴重な財産であったが、ラ・ハイデンは一切合切を破壊するつもりであった。

神になる気概のない人間に、それは不要であったからである。


3、


クリム・ニックとルイン・リーは高速艇の格納庫の中で肩を並べて佇みながら、互いに挨拶はおろか視線をかわすことさえなかった。その様子を心配げに見比べているのは、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団のメンバーで、今回のレコンギスタ作戦に同行したスコード教の枢機卿たちであった。彼らはいつもの法衣の上にノーマルスーツを着用していた。

彼らのうち最も若い男が気まずそうに説明を始めた。クリムとルインのヘルメットの中にひび割れた声が聞こえてきた。

「クリム殿とルイン殿に引き渡すこの機体は、ジット・ラボで復元したヘルメスの薔薇の設計図の中でもひときわ高性能だったもので、アンドラ・ラボに持ち込んで改良を進めていたものなのです。青いものをクリム殿に、黒いものをルイン殿に託したい」

「下賜していただけるので?」ルインは漆黒にペイントされた勇猛な機体を見上げていた。「アンドラ・ラボというところではどのような改良をしたのでしょう」

「詳しくはありませんが、長時間運用が可能なようにバックパックを装着してフォトン・バッテリーを2台追加してあります。つまり通常の3倍稼働時間があるわけです。バックパックから先に使うので、使用後はパージしてもらって構わないそうです。パージされると、内部動力に切り替わります。あとは、何でもサイコミュという禁忌の技術を搭載しているとか」

クリムが若干刺々しく応えた。

「ビーナス・グロゥブはアグテックのタブーを犯しすぎている。いや、オレには関係のないことだが。ではさっそく拝領させていただくが、機体名などはあるのかな」

「型式番号はありますが、好きに呼んでいただいて結構です」

「アメリアへ乗り込むというのならば大気圏に突入する手段がなければ作戦は実行できない」

「大気圏というものが我々には未知のものなので」

と、若い枢機卿は心もとないことを口走った。クリムは苦笑いを浮かべたが、モビルスーツを格納して大気圏突入が出来るカプセルがあるというので少しだけ安心した。

クリムが大気圏突入のことで話し込んで動かないので、ルインは先にモビルスーツに搭乗して操縦系統を入念にチェックした。操縦系はユニバーサルスタンダードだが、よくわからない点もいくつかある。質問しようと思ったが、ルインは彼らに呼び掛けることを躊躇った。

「生臭坊主どもは、この2機を調達するだけで精一杯だったのだろう」ルインは独り言を呟いた。「整備士がいるわけでもない。出ていったらそれまでの片道切符だ。あいつらにとって、オレは単なる駒。クンタラの仲間がいるわけでもない。クンタラを宇宙宗教にするなど、どうせ口だけに決まっている。オレを暗殺者として使いたいだけなのだ。だがオレには策がある」

ルインが搭乗するモビルスーツが先に動き始めて、デッキにいた人間たちは慌てて移動した。ルインはマイクで彼らに、先に出撃する旨を伝えるとそのままハッチに手を掛けた。そこに慌てたような声で、先ほどの男からの通信が入った。

「すみません。モビルスーツの登録名だけ教えてください!」

「この機体はカバカーリーだ。カバカーリーはクンタラの守護神である」

ルインにとってそれは2機目のカバカーリーであった。ジット団のフラッグシップ機であったG-ITとは別系統であったが、彼は新しい名前を考えるつもりはなかった。彼にとって、命を懸ける機体はすべてカバカーリーなのだ。

ルインのカバカーリー出撃後、クリムは急に話を打ち切って自分も出撃すると言い出した。

「オレの機体名はミックジャックだ。同士討ちは御免だからな」

そう告げると彼はすぐにモビルスーツを大気圏突入カプセルに入れて、射出するようにと要求した。大気圏突入カプセルには推進装置がついており、自力で地球の大気圏まで操縦することができる。そのころには枢機卿たちはエアロックの向こう側に避難しており、通信を遮断するのは容易になっていた。

「ではよろしくお願いいたします。スコード」

クリムはカプセルが射出されるとすぐにすべての通信回路をオフにしてヘルメットを脱いだ。

「バカどもめ。この天才クリムさまがあんな見え透いた話に乗ると思ったか」

クリムは高速艇が船団へ引き返していくのを待って、レーダー圏外になったのを確認するとすぐさまトワサンガへと舵を切った。

「本当にミック・ジャックが生き返るのか、あんな連中じゃなく本人に確かめねば!」


4、


ハリー・オードからの知らせを受けた月基地のムーンレイス艦隊は、人員の多くを避難民の誘導に充てて3隻のオルカだけでトワサンガに救援としてやってきた。トワサンガ住民の半数は、突然やってきたカール・レイハントンに危惧を抱くか、元々レコンギスタの希望者であったために、彼らを暴力に晒されることなくオルカに収容するのは容易なことではなかった。

「決して発砲するな。どんなに口汚く罵られても逆らってはいかん。とにかく急いで希望者をオルカに収容してすぐに出立するのだ」

ハリーはスモーに搭乗して、トワサンガ守備隊全兵士に指示を出した。守備隊の中にはスモーを奪ってムーンレイスに対抗しようとする者らもいたが、それら反乱分子はそれほど数が多くなく、幸いなことにモビルスーツを奪われることはなかった。

人ごみの中にはノレドの姿もあった。彼女は隙あらば逃げ出してラライヤと合流しようとするので、女性兵士を監視につけられて真っ先にメガファウナに押し込まれていった。やがてすべての避難民の乗船が終わりデッキの空気が放出された。もう船を降りることはできない。

避難した人々はさながら難民のようだった。若者の姿が多い。老人たちはカール・レイハントンの話を信じて残る者が多かった。ノレドはザンクト・ポルトで一緒だった学生たちの姿を探したが見当たらなかった。メガファウナではなくオルカに乗ったらしい。

「いつの間にかあたしはラライヤに依存するようになってる」

ノレドは大きなバッグを大事そうに抱えて、廊下に所在無げに佇む難民たちをかき分け、ブリッジに上がった。ブリッジは整備不良のまま出港することになりてんてこまいだった。珍しくアダム・スミスがブリッジにいたが、メガファウナの状況をドニエルに耳打ちすると急ぎ足で戻っていった。

「ドニエル艦長!」ノレドは意を決して怒鳴った。「ベルリを・・・」

「ダメだ」ドニエルはしかめっ面の目元を帽子で隠した。「付き合ってやりてぇのはやまやまだが、フォトン・バッテリーが本当にギリギリなんだ。このまま地球まで航海して、大気圏突入するしかない。アメリアへ無事に辿り着くかどうかも厳しいのに・・・、とにかくダメだ」

「未確認のモビルスーツが4機、レーダーに反応あり」

「ダメったらダメなんだ!」

食い下がるノレドは、レーダーまでジャンプしてモビルスーツの動きを確認した。ベルリはカイザルという名の、カール・レイハントンのモビルスーツに乗っているはずだった。だが、カイザルと表示された機体はトワサンガへ向かっている。近づいてくるのはUnknownであった。

「来るぞ! 誰だ! どこのだ! クソ、主砲すらねーんだから、ったくこの船は・・・」

「未確認機接近。モニターに映します」

ノレドはモニターを見上げた。映っているのは、G-セルフのようなトリコロールカラーの、G系統のモビルスーツだった。ノレドはモニターを凝視した。そして大声で叫んだ。

「ベルリだッ!」

同時にメガファウナに通信が入り、ベルリの顔が大写しになった。

「ドニエル艦長!」

「おお、ベルリかッ! もう引き返せねーんだ。メガファウナはこのままアメリアへ戻る。もう二度と宇宙へは上がれねー。お前はどうするんだ?」

「事情はあとで話しますけど、カール・レイハントンは肉体を持った人類をすべて地球に降ろして、そのまま全球凍結を利用して人類を滅亡寸前まで追い込むつもりですよ。もうビーナス・グロゥブは人類にフォトン・バッテリーを供給するつもりはありません」

「そんなこと誰に聞いたんだ?」

「詳しいことはいまは言えませんけど、ラ・ハイデンがカール・レイハントンにそう話しているのを聞いたんです。聞いたというか、同期したというか」

「ベルリの計画はもうダメなのか?」

「カール・レイハントンは地球とビーナス・グロゥブとの交流をトワサンガで断つ気でいます。彼は全球凍結が始まるのを待っていたんですよ。彼は人類に肉体は必要ないと考えている。生命に対する考え方が違う別の種族のようなものなんです。ジオンとかいう」

「なんじゃそりゃ? それに、なんだって? 全球凍結?」

「地球が氷河期で氷漬けになるんです。人間は赤道直下のわずかな土地にしか住めなくなる。とにかく着艦します!」

ベルリの白い機体は、メガファウナのモビルスーツデッキに潜り込んだ。

「アダム・スミスさん、この機体だけはバラしちゃだめですよ。ちょっと特別な機体なんです」

そう告げると、ベルリはあたふたとブリッジに上がってきた。彼の姿を見るなりノレドは泣きながら抱き着いたが、ベルリはそれを押しのけてドニエルの傍に飛び移った。

「フォトン・バッテリーは、ラ・ハイデンの艦隊の後ろにいるクレッセント・シップとフルムーン・シップに満載されています。本当はすぐにでも奪いに行きたいけど、メガファウナはぼくの指示で武装解除してしまっているし、ラ・ハイデンはこちらと戦争する気でいます」

「ビーナス・グロゥブが地球人と戦争だって!」

「そうなんですけど、それはカール・レイハントンに対してウソをついた可能性もあるんです。そして、カール・レイハントンもラ・ハイデンの言葉がウソだとわかってる。いまはそんな状況で、双方が出方を窺っている。メガファウナはこのまま姉さんのところへ行って、クンタラのメメス博士の資料が残っていないか調べてもらってください。何か仕掛けをしているとしたら、あの人なんです」

「メメス? あー、よし、わかった。メメス博士って言えばわかるんだな」

「あと、ムーンレイスのハリーさんには、ディアナさんが地球で何か調べているはずだから、合流してくれって」

「よし、あ、お前はどうすんだ?」

「ぼくは月に何か残ってないか調べてみます」

ベルリは艦長席から飛び降りてノレドの手を引いた。ノレドは驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「え、あたし? ついていっていいの?」

「君が必要なんだ、ノレド!」


5、


ベルリがノレドの手を引き、ガンダムという機体でメガファウナを離れたころ、ムーンレイスのハリー・オードは移民を満載したオルカ艦隊を率いてメガファウナと合流していた。艦隊は月の輝きを背景に、黒いシミのように一塊になっていた。

スモーのコクピットにドニエルからの通信が入り、事の次第を伝えられた。

「ベルリがそんなことを?」

「ディアナ閣下だっけか、その人がクンタラのことを調べているからと」

「それで彼は?」

「月基地へ向かったが」

「では、月に残った連中に、ベルリの指示で行動するように連絡を入れておく」

黒いシミはゆるりと動き始めた。フォトン・バッテリーの枯渇が始まってから、こうしたエネルギーを使う大規模艦隊行動は初めてだった。月から地球まで、約1週間の旅程であった。オルカには食料が満載されており、避難民が飢えることはないが、星間航行に慣れていない一般人の中には精神を病む者が続出した。

しかも、今回避難指示に同意したトワサンガの住民は、レコンギスタの希望者ばかりである。やけに浮かれる者、はしゃぎまわる子供たち、里心がついて引き返してくれと懇願する人間もいた。

ムーンレイス艦隊は、ごく一部の人間を月基地に残して、メガファウナとともに数日に及ぶ航海ののち、地球に到着してそのまま大気圏に突入した。

彼らムーンレイスは、アメリアと軍事同盟を結んでいる関係にあり、協定の中に一方の民族に何かがあった場合は基地を提供して助けるとの条項があった。今回はそれを利用するだけで、サンベルト割譲条約のことは持ち出さないことにした。

「それこそ500年以上前のことだ。そうか、あのときすでにカール・レイハントンは全球凍結を見越して行動していたということか。あいつのアースノイド嫌いは一体どんな因果があるというのだろう」

艦隊はワシントン郊外のかつての爆心地に降下した。

その姿を地上から眺める姿があった。

彼ら宇宙からの移民団は、アメリア軍のアイーダ・スルガン提督、スコード教和解派の法王となったゲル・トリメデストス・ナグ、クンタラ歴史解明委員会のキエル・ハイムの出迎えを受けたのだった。






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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第35話「どのような理由をつけても」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第35話「どのような理由をつけても」後半



1、


チムチャップ・タノ中尉とともに新規作成した生体アバターに入るはずだったヘイロ・マカカ少尉は、それが望んでいた肉体でないことに気がついた。新たに得た肉体は、視力と筋力が弱く、背が低い。あまりに馴染めないので自分の姿を鏡に映すと、そこに立っていたのはかつての同僚メメス・チョップ博士の娘、サラ・チョップ軍医であった。

クンタラであるはずの彼女のデータがなぜラビアンローズに残っていたのか定かではなかったが、とにかくエラーが起こったに違いなかった。そこでオリジナルデータを取り出そうとしたところ、それは消去されていた。彼女は軽いショックを受けて、サラ・チョップのまま腰掛けた。

チムチャップは先に復元を終えたらしく、軍務に戻っている。どうしてこんなことになったのか、ヘイロ・マカカにはわからなかった。

サラ・チョップは軍医という役職であるがそれにはあまり意味がなく、わずか16歳で医師としての訓練課程を修了して資格を得たのちに、父親について月の裏側にあるトワサンガ設立の名目で執行された旧サイド3宙域の奪還計画に加わっただけの娘であった。後にカール・レイハントンのアバターと肉体関係を結んで、その子孫がレイハントン家王室を形成していったわけだが、思念体であるレイハントンたちに血族による相続はあまり意味のないものであった。

考えても仕方がないと、ヘイロは視力を矯正するための眼鏡を作り、髪を梳いた。するとますます自分が知っているサラ・チョップの顔に近づいてきた。彼女は肩書こそ軍医であったが、幼さが残る少女のまま、長寿だった父の仕事を支えた人物であった。ヘイロたち思念体の3人がたった1回の肉体交換で仕事をやり終えたのは、ひとえに彼女のメンテナンスが良かったからだ。ヘイロはサラに含むところはなく、むしろ感謝しているくらいだった。

だが、自分がその人物になってしまうことはまた別の問題だった。

カール・レイハントンとチムチャップ・タノに面通しをすると、やはり複雑な表情をされてしまった。

「肉体化しているときは」カールは困ったような顔でヘイロを見つめた。「やはり顔というもので認識してしまうから、サラの顔でヘイロの人格というのはどうしたらいいかわからないな」

チムチャップは怒り心頭であった。

「サラのような小柄な女性では大佐のボディーガードは務まりませんし、体力がなさ過ぎてモビルスーツの操縦も心もとないですね。わたしが後で装置を見てみますけど、どんなに急いでも生体アバターを組み上げるには数日かかりますし、しばらくはそれで何とかするしかないわね」

「大丈夫だろう。もう多くの兵士に肉体化してもらった。屈強なジオンの兵士がこれだけたくさんいるのだから、構わんさ。アバターが死んだところで損失にはならんしな。時間がもったいないというだけだ。そんなことより、サイド3の宙域にあるトワサンガはわたしのものだ。いまの住民を追い出して、新生ジオン帝国を作らねばならない。あの宙域にはまだ多くのジオン兵の思念体が存在している。彼らに再び生を与え、そののちに新しい生へと導かねばならん。もはやヘルメス財団の理想は潰えた。ムタチオンも深刻だ。彼らには地球に降りてもらわねばな」

カール・レイハントンとチムチャップ・タノは、新生ジオン公国の復活計画のことで頭が一杯のようだった。

新生ジオン公国の復活計画はジオンの数少ない残党とその支援者が地球圏を離れて遠い世界へ旅立っていったときからの悲願だった。地球環境が氷河期へと移行して、全球凍結へと向かい始めるのを待っていたのだ。全球凍結に近い状態になったとき、人間の生存可能地域は赤道直下に限られてくる。人類は急速に数を減らし、文明は潰える。そして地球は人類なき知的生命体への惑星へと霊的に進化するのである。

地球はスティクスによって永遠に封印され、侵略することも侵略されることもない惑星となり、思念体へと進化した存在によって永遠に観察される。人類文明は、黎明期から成長期を経て、霊的に生まれ変わるのだ。永遠に終わることのない黄昏。夜は来たらず、夜明けを見ることもない。

それは死も再生もない世界だった。脳もまた思念が存在するための器官に過ぎなかったとわかったとき、人間は個と個の間に横たわる断絶を乗り越えた。

「だからもう、肉体で世界を観察する必要はないのだ。彼らが現世と呼ぶ世界は、我々が存在する世界の水槽のようなものだ。水槽の中の世界に入ってみたいと思ったときだけ、肉体という道具をまとってキャピタル・タワーで降りていけばいい。人間のいない地球はきっと美しいものになっているだろう。滅びゆく肉体は、宇宙という過酷な環境ではなく、地球というゆりかごで滅してあげるべきだ。そうは思わないか」

カール・レイハントンはサラの身体に入ったヘイロを抱き寄せた。少なくともヘイロは抱き寄せられたと感じて肉体が鼓動を打った。そして、ヘイロはある疑念に駆られた。サラ・チョップは思念体が抜けたアバターの生殖器官を使って妊娠したとされているが、あれは本当なのだろうかと。

カール・レイハントンは、本当はサラのことがお気に入りだったのではないかと。


2、


カール・レイハントンを凝視するハリー・オードは、自分が目を覆い隠していることに安堵していた。その目にはきっと恐怖が宿っていたであろうからだ。

モニターに映っている金髪の男は、当時より若く見えるものの、500年前にディアナ・カウンターを諦めて月へと引き換えした彼らを急襲して、あっという間に武装解除に追い込んだ憎き相手であった。元々ディアナらは再びコールドスリープに入るつもりであったが、まさかそれを別の人間の管理の元に行うことになるとは想像もしていなかった。

外宇宙からの帰還者は、驚くほど近くにおり、ずっと彼らを監視していたのだった。

ハリーは声を張り上げてカール・レイハントンに対峙した。

「ディアナ親衛隊のハリー・オードである。ゆえあってトワサンガで執務の代行を行っているが、果たして君はわたしの知っている男なのかな」

モニターに映った男、カール・レイハントンはしばらくハリーを観察していたが、やがて興味をなくしたようにつまらなさそうな口調で応えた。

「ベルリの代行ということだな。では、ご苦労といっておこうか。シラノ-5は知ってのようにわたしが作り上げたコロニーである。500年ほど我が子孫に管理させていたが、このたび大執行が行われることとなり、地球人はすべからく地球へ降りてもらうことになった。君は正しい判断をしたようだが、戦闘はもはや無意味。速やかに降伏して愛しのディアナ閣下の元へでも行くがよい」

この挑発的な口調は間違いなくカール・レイハントンだとハリーは確信したものの、相手の目的が何かわからない以上、すぐに敵対行動を取ることはできなかった。かといって下手に出るのは癪に障る相手である。またしてもこいつに苦虫を飲まされるのかと思うと暗澹たる気分だった。

武装解除を決意したとたん、500年前の悪夢が目の前に姿を現したのである。

カール・レイハントンは、ディアナ・カウンターの際に敵対した地球人とはまるで違っていた。彼らは戦争慣れしており、原始人のように暴力的だったのだ。しかも相手はたったの3機のモビルスーツであった。その程度の戦力にも、当時のムーンレイスには歯が立たなかったのだ。

あの当時と現在はかなり状況が違う。月にはシルヴァー・シップに対抗したオルカ艦隊が温存されている。縮退炉を動かせば使えることは間違いない。だが、相手はもっと強大なビーナス・グロゥブの大艦隊を率いていた。さらに巨大な生産設備でもある薔薇のキューブもある。長期戦になれば圧倒的に不利になるのは自分たちだ。戦力も足りない。ムーンレイスの機体や船体は、ユニバーサル・スタンダードではないために、現代人には扱えないのだ。ディアナも彼の元にはいない。

「降伏も何も、戦う気力もなければ戦力もないさ」

「月にオルカの艦隊があるはずだ。それらも廃棄させてもらう。何もかも捨てて、地球に降り給え」

オルカは今回の戦闘に合わせて作られた新造艦である。なぜ彼がその名を知っているのか不思議であったが、そもそも500年前の人間が生きていることがおかしく、さらにそのとき見知った姿より若返っていることも納得しがたい事実だった。カール・レイハントンとはどのような存在なのか。

「ベルリを返してちょうだい!」

ノレドが我慢しきれずに話に割って入った。ラライヤが必死に制止しようとしているが、ノレドは暴れて手が付けられない。ラライヤはカール・レイハントンから目が離せなくなっていた。

「地球へ降りろと簡単に言ってくれるが」ハリーはノレドを退出させるように顎を動かし、モニターに正対した。「そうもいかん事情というものがあるのだ。現在地球は全球凍結へと向かっており、徐々に北半球の北部地帯に人が住めなくなってきている。居住可能地域は限られ、人口問題、土地問題、水問題、それらを解決するには時間がかかる。加えてエネルギー不足だ。さらにスペースノイドの帰還問題も重なっている。これらを解決する時間が欲しい」

「解決などできるのか?」

「ベルリはやるといっている。フォトン・バッテリーが以前と同じ量だけ供給されれば、アースノイドを現在のスペースノイドの代わりに宇宙で働かせることで、人口を増やすことなくスペースノイドの移住も叶え、同時にフォトン・バッテリーの生産も、安定供給も可能だと」

「机上の空論だな。アースノイドがそんな自己犠牲を払うわけがない。奴らは怠惰で傲慢で刹那的だ。そもそもビーナス・グロゥブが人類の命運の掛かったフォトン・バッテリーの秘密にアースノイドを近づけるわけがない。アースノイドは、ビーナス・グロゥブに行けるとわかった途端本性を露わにし、どんな手を使ってでもフォトン・バッテリーの秘密を探り、地球で生産するか、もしくは充電できるようにと考えるだろう。もしフォトン・バッテリーの秘密がアースノイドに知られるところにでもなれば、地球上のエネルギーはインフレを起こし、それに比例して人口爆発が起こる。一方で全球凍結を前に恐怖心もあるから、赤道上のわずかな土地を巡って必ずや戦争になるだろう。戦争するには地球は資源が枯渇してしまっている。そこで、宇宙に進出する。宇宙移民たちは地球上での戦争のために過大な自己犠牲を強いられ、不満が鬱積する。やがて反発は抑えきれなくなり、スペースノイドの独立戦争が起こる。ベルリがやろうとしていることは、宇宙世紀の再現に過ぎないのだよ」

「そうであるなら、すべての人類を収容できるスペースコロニーを宇宙に建設して、地球が再び暖かくなるのを待てばいいではないか。コールドスリープの技術もある」

「そんなことはとっくに試した。アースノイドを宇宙に出してスペースノイドの考え方を学ばせようと、どれだけの人間が苦労してきたと思っているか。それらはすべて失敗したのだ。アースノイドは、宇宙に出ろといわれれば、相手は自分たちの地位や土地を奪おうとしているのだと思い込む。そして自分たちの地位や土地を死守するために、命を懸けて戦うのだ。しまいには宇宙にいる者たちの効率のよい政治体制を独裁だと叫び始める。独裁のレッテルを貼れば、彼らはどんな非人道的手段も使ってくる。独裁者の出現を待っていたかのように」

「あなたの望みは一体なんだ? それを聞かせてもらおう」

「さしあたって、トワサンガを返還してもらえればそれでいい」

「だからそれには時間が掛かると・・・」

「時間など掛けずともよい。君らがこの世界からいなくなればそれでおしまいだ。それが嫌ならば、奪えばいい」

「奪う?」

「戦力はあるのだろう? 地球に降りて、トワサンガとムーンレイスの住人が暮らせる土地を奪えばいいのだ。サンベルト割譲条約があるのだろう? それを頼りにアメリアを侵略すればいい」

「そんなこと、できるわけが・・・」

口では否定しながら、ハリーはそれも視野に考えていたのも確かだった。全球凍結が進んだ現在、サンベルト地帯は500年前ほど価値がなくなっていたが、それでも最も暮らしやすい場所であることは確かだ。もし仮に、ヘルメス財団なるものがムーンレイスの独立性を認めるのであれば、条約を盾にアメリアを侵略してムーンレイスのの国家を作ることも可能だ。たとえフォトン・バッテリーがなくとも、彼らには縮退炉の技術がある。

そんなハリーの心の内を見透かしたかのように、レイハントンは侵略を持ち掛けてきた。やはり得体の知れない男だと、ハリーはさらに警戒を強めた。レイハントンはさらに続けた。

「地球を侵略できないというのならば、その戦力でビーナス・グロゥブの艦隊を迎え撃て。艦隊を全滅させて、ビーナス・グロゥブをその支配下に置くがいい」

「戦うことを愚かだと嘆きながら、その口で侵略をそそのかすのか。とことん信用のおけない男だ」

ハリー・オードはモニターを睨みつけた。その姿を正面に受け止めながら、カール・レイハントンは平然と構えていた。

「信用するかしないかはお任せするが、早く決断しないと、ラ・ハイデンが君らを殺しに来るよ」

それだけ告げると、カール・レイハントンからの優先回線は途絶えた。管制室の全モニターがようやく正常に戻っていく。ハリー・オードはどっと疲れて背もたれに身を投げ出した。

「話し合っている暇はなさそうだ。シラノ-5の全職員に避難命令を出そう。あのふたりのお嬢さんにも命令には従ってもらわなくては。まずは月の裏側へ。ハイパーループで表側に出たのち、オルカでザンクト・ポルトまで輸送。そこからはクラウンで降りてもらう。オルカはザンクト・ポルトで待機」

職員のひとりが口ごたえをした。

「ベルリ王子を助けないままここを放棄するんですか」

ハリーは頷くしかなかった。

「ああ、そうだ。いまの我々の戦力ではカール・レイハントンに勝ち目はない」

「カール・レイハントンはトワサンガの初代王です。我々に危害を加えるわけがない。話では、ビーナス・グロゥブと決してひとつではないようでしたし」

「あの会話を聞いてもまだそんなことを言うのか」

ハリーは呆れてものも言えないほどだった。しかし、トワサンガの人間にとって初代レイハントンは伝説上の人物であるというだけではない。自分たちがトワサンガの住人であることの正統の証明は、レイハントン王家とともにあるのだ。

たとえ一時的にドレッド家になびいていたとしても。

「では、残りたいものは残れ、ただし一般市民の避難誘導には協力してもらう。あの地球人の娘も絶対に地球へ降ろせ。くだらない英雄主義は命取りになるぞ」


3、


「お戯れが過ぎますね」

チムチャップ・タノはモニターのスイッチを切ってカール・レイハントンをたしなめた。

「少々肉体を若く作りすぎたのかな。反省している」口だけで反省のそぶりも見せずに、レイハントンは席を立った。「人を殺すのは、労力ばかりかかって時間の無駄だ。シラノ-5から人が撤退したのを確認次第、ラビアンローズをコロニーと合体させる。ジオンの艦隊は待機。スティクスの生産は人類が互いに殺し合いをして人口が大幅に減少するのを待ってから行う」

「気にかかることがあるのですが」サラの姿のままのヘイロが手を挙げた。「この姿でこれを質問するのもなんですけど、メメス博士との約束はどうやって守られるおつもりですか?」

「クンタラの守護をせよとのありがたいお達しのことか。もしかしてその姿、メメス博士が細工して仕込んだのやもしれん。有能な男であったが、心配性が過ぎるな。では、こうしよう。クンタラの集団が危なくなったら、わたしの責任で宇宙に上げる。全員の命までは保証せんぞ。わかってるな」

「もちろんです」

心の中では納得していなかったが、ヘイロはレイハントンに逆らうことはしなかった。そもそもなぜ自分がクンタラなどの心配をしなければならないのか、ヘイロは自分でもよくわからなかった。なぜだかわからないが、心配になってしまったのだ。

人の意識は肉体に宿っているわけではない、そうと分かっていながらなぜクンタラなどのことが気になってしまうのか、ヘイロには説明できなかった。レイハントンはそのまま姿を消した。おそらくはアバターを寝かして別の場所へ移るのだろう。ヘイロは頭を振って、チムチャップに別の話題を持ち掛けた。

「大佐は地球人同士が対立し合うと決めてかかっているようですが、もし地球人、特にアメリアとトワサンガとビーナス・グロゥブが同盟を結んでジオンと対立してきたらどうなるのですか?」

チムチャップはヘイロの頭に自分を頭をこつんとぶつけた。一瞬にしてチムチャップとレイハントンが同期した全体状況の認識をヘイロも共有した。

「なるほど」

いまのところ大人しく恭順しているように見えるビーナス・グロゥブのラ・ハイデンだが、彼が目指しているのはレイハントンを排除した新しい宇宙秩序の確立で、彼はトワサンガを自分のものにするために地球圏へやってきたのだという。いずれはカール・レイハントンに対して反逆するつもりであり、それは想定内だというのだ。

チムチャップは、豊満な自分の肉体に水分を補給させた。

「ラ・ハイデンは敵になる。だけど彼は、カール・レイハントンだけを排除すべきなのか、ベルリ、アイーダ、ウィルミットも含めて排除すべきなのか迷っている。トワサンガ建国の父カール・レイハントンを排除して、その子孫に跡を継がせることができるのかどうか。もしできないのならば、レイハントン一族を完全に排除するしかないが、ではアメリア議会はそれで治まるのか。指導者不在のキャピタルはウィルミットなしに適切に運営されるのか。トワサンガの住民は、地球育ちのベルリと建国の父とどちらを選ぶのか。キャピタル・ガード調査部からの情報が遮断された現在、ラ・ハイデンにそれらを確かめる手段はない。だからここまで来たってわけ」

ヘイロは頷いて返事をしたのだが、チムチャップはどうしてもサラの顔が気になるようだった。そうと気づいてもどうすることもできないヘイロは、かまわずサラの声で尋ねた。

「だとしたら、狙いはキャピタルへの侵入。ウィルミットとの接触。キャピタル・ガード調査部の組織立て直し。それらをやりつつ・・・」

「アメリアへのフォトン・バッテリーの供給準備。ただし、ベルリとアイーダが暗殺されれば、状況は一変する。好戦的な連中を焚きつけて仲間割れを誘ってもいい。でも、大佐のお考えは、あまり時間をかけたくないということ」

「そこで、ムーンレイスの縮退炉を暴走させて、一気にすべてを吹き飛ばすと」

「人類は絶滅したっていいのよ。一気に絶滅するか、ゆっくり絶滅するかの違いだけ」


4、



シラノ-5から住民の撤退が開始された。彼らはジムカーオの攻撃によっていったん月にまで引き上げた経験があったが、戻ってすぐの撤退命令にはいささか辟易していた。各地でトラブルが起き、警備担当がムーンレイスだったこともあって、人種対立のように双方が睨み合うこともあった。

そこに、撤退を命じてきたのが彼らが尊敬するトワサンガ初代王のカール・レイハントンであるとの噂が流れ、撤退作業は完全に頓挫してしまった。トワサンガ守備隊に代わって警備を担っていたムーンレイスの中には銃床で暴力を振るう事案も発生して、現場は大混乱に陥った。

管制室をつまみ出されたノレドとラライヤは、ベルリと最後に会話を交わしたトワサンガのエンジニアたちに話を聞いて、ベルリが初代レイハントンの愛機カイザルのコクピットに乗るなりカイザルごと姿を消したあらましを聞かせてもらった。ハッパがまとめたレポートを読み、サイコミュに思念体が入り込むことがあると知っていたノレドたちは、カイザルこそがカール・レイハントンではないかと怪しんでいたのだが、当の彼の姿を目の当たりにして、彼は思念体という存在で、古代の人間ではないのかと考え始めていた。

トワサンガではあちこちで喧騒が巻き起こっていた。ふたりはそれを避けて、サウスリングの新しいノレドのアパートに身を隠した。月への撤退命令に合わせるつもりなのか、キャベツの収穫が急ぎ始まっていた。ノレドは鼻をぴくぴくと動かした。

「収穫の後が一番臭いんだよね?」

「そう」ラライヤも窓の外に目をやった。「切り落とした葉っぱが腐って、すごい臭いが充満するんですよ。でも、いまはそれどころじゃない」

ラライヤはカーテンをピシャっと閉めた。ノレドは急に不安になって涙声で尋ねた。

「ラライヤも行っちゃうの?」

「わたしは軍人なので本当は行かなきゃいけないんですけど、最後に受けた命令はノレドの警護だったので、新しい命令が来るまではノレドと一緒にいるのが仕事です」

「ラライヤ専用モビルスーツとかはないの?」

「モビルスーツはもうないですね。あってもフォトン・バッテリーがないから動かない。特殊高速艇があるんですけど、これもバッテリー不足で」

「ムーンレイスのモビルスーツはユニバーサルスタンダードじゃないから使えないし、こりゃ困ったぞ」

「いや、大人しくしておけばいいと思いますよ。ベルリさんも必ず帰ってきますし」

そのときだった。シラノ-5に大きな地震が起きた。地球で地震の経験のあるノレドはさっと身構えて揺れが収まるのを待ったが、地球の地震活動というものを知らないラライヤは攻撃されたと判断して武器を構えると片膝をついた。揺れは10分以上も断続的に続いた。

静寂が訪れたアパートの一室に、今度は遠くから叫び声が聞こえてきた。ノレドはテレビのスイッチを入れたが何も映らず失望したようだった。ラライヤは部屋のデスクの方へ走っていき、引き出しからラジオを取り出した。

「ベルリが日本で買ったラジオを預かっていたんですよ」

周波数を合せると、民間のFM放送が一局だけ放送を続けていた。アナウンサーはかなり興奮しており、音のひび割れも激しいために何を言っているのかわからなかったが、しばらく聴いているうちにノースリングに何者かがドッキングしてきたのだとわかった。アナウンサーが興奮しているのは、それがトワサンガの初代王カール・レイハントンだとわかったからだという。

ノレドは、ラライヤを救出するためにG-ルシファーでノースリングの先端から潜入したときのことを思い出していた。資源衛星をくり抜いて作られたシラノ-5の北側部分には、薔薇のキューブが突き刺さるように合体されており、ジムカーオはそれを奪って逃げたのだった。その部分に、ビーナス・グロゥブから分離して地球圏まで飛んできた薔薇のキューブが再び合体したのだと想像できた。

「ラライヤ、あたしはトワサンガのことは詳しくないから、何か聞き取れたことがあったら教えて」

ラライヤは、んーと唸りながら耳をそばだて、やがて真っ青になってラジオを床に置いた。

「どうしたの? 何があったの?」

「カール・レイハントンが薔薇のキューブでノースリングの上にドッキングしてきて、彼のメッセージが流れているらしいんです。それで、一部の住民がそれを熱狂的に受け止めて、ムーンレイスの排斥運動を開始したと早口で言ってますね」

ノレドが何かを言いかけたとき、窓の外でパンと破裂音がした。それは銃声だった。ラライヤは再び銃を手に身構え、ノレドを自分の後ろに隠した。


5、


ベルリ・ゼナムはカイザルのコクピットの中で意識を回復させた。

どれだけ気を失っていたのかわからない。夢とは違う、強烈な映像と音の記憶が頭の中でガンガンと響いているようだった。

長い長い夢を見ていたような心持であった。夢と違うのは、見た映像が強烈に脳裏に焼き付いていることだった。何が起こったのか、いくつもの警告が発せられたコクピットの表示が、ベルリの覚醒が進むにつれて赤から青に切り替わっていった。コクピットがパイロットのバイタルに危険を感じて警告を発していたのだ。

彼は500年間を断片的に追体験させられた。夢の中で知った、同期という言葉が思い浮かんだ。それが誰の記憶なのか、いまではよくわかっている。カール・レイハントンなのだ。ベルリは偶然カイザルに乗り込むことになってしまい、その不思議な特性のおかげでトワサンガからザンクト・ポルトまで一瞬で移動したのちに再び消えた。その間、ベルリはコクピットの中で、カール・レイハントンの記憶と同期していたのである。

頭がハッキリしてくると同時に、ベルリは耐え難い後悔に苛まれていたたまれず、おもわず天井を仰いだ。ベルリは、自分の祖先だというカール・レイハントンのことを完全に見誤っていた。彼が記憶を同期させたカール・レイハントンは、彼が想像していたような、善意ある人物ではなかった。

いまの彼には、断片的ながらカール・レイハントンの記憶があった。それは主に彼がアバターを使っているときの記憶だった。思念体として存在しているときの彼の記憶は、情報の仕組みが違うためか、認識する器官の問題なのか、何ひとつ覚えていない。ベルリが同期したのは、この500年間で、カール・レイハントンが生体アバターの中に入って脳を活用したときの記憶である。

情報の同期の仕組みはベルリにはよくわかっているが、まさか謎に包まれた始祖にあたる人物の記憶と自分の記憶が同期するとは予想だにしてなかった。それが起こった原因は、おおよそ察しがついていた。この、初代レイハントンが愛用したとされる機体カイザルのサイコミュである。

レイハントンは、このカイザルでムーンレイスたちを狩りを楽しむように殺していた。ベルリたちの時代のフォトン・バッテリー仕様のモビルスーツよりはるかにパワーのあったスモーも、カイザルの前ではまるで歯が立たないおもちゃに過ぎなかった。この機体に、戦争の反省はない。カイザルに込められたのは、敗北の怨恨だけであった。

いやに喉が渇いていた。水を探したが、そもそも数百年隠されていたこの機体にそんなものが備わっているはずがなかった。カール・レイハントンの記憶との同期は、ベルリにある体験を思い出させていた。それは、バララ・ペオールが操縦するモビルアーマーと交戦して、その悪意に引きずられて失神したときと同じ感覚だった。

カール・レイハントンにはあれと同じ悪意が備わっている。トワサンガの設立者で、ヘルメス財団の重要人物である彼が、ヘルメス財団の目指す理想をあれほど冷めた目で見ていたとは。

そして、彼が目指す理想。それは、人類の一掃と、進化した人類の思念による永遠の観察なのだ。地球は、地球を汚すことのない肉体を持たない霊的存在によって永遠に観察されることになる。1秒と100万年の区別がない観察者は、地球を薄暮の囹圄の中に閉じ込めようとしている。人類に夜は来ず、明日もない。破壊による退化も経験しない代わりに、破壊の反省から生じる進化もない。

「これで分かったはずだ。人類を救済しようなどと青臭いことはいわないことだな」

頭の中に声が響いてきた。カール・レイハントンの声だった。彼の声であると同時に自分の声でもあった。若くして素直さを失った、歪んだ人格が発する声だった。それが自分の声でもあることが、耐えられないほどの苦痛だった。

「カール・レイハントン!」

ベルリは叫んだ。するとコクピットが開いた。目の前に、赤いパイロットスーツをまとった、自分とさほど年の変わらない男がいた。だが彼は、戦うことに長けている。彼は戦うことで運命を切り開いてきたのだ。その厳しい視線に、ベルリは身をすくませた。彼は、ただの思念の入った生体アバターだが、瞳に輝きをもたらしているのは、万を超える数の人間を殺して戦場慣れした若き兵士なのだった。

男はいった。「ガンダムを持ってきた。これはお前にくれてやる。どう使おうがお前の勝手だが、本物の勝利は、わたしがお前に見せた世界だ。お前は自分がメメス博士の血族だとわかったはずだ。お前はクンタラとアバターの子が婚姻を繰り返して人間に近くなってきた存在である。自在に天翔ける白い機体で世界を見て回るがいい。そして、わたしと同じように絶望せよ」

男はベルリを機体の外へと放り出した。ベルリは足裏のマグネットで白いモビルスーツに張り付いた。そのモビルスーツは、G-セルフと同じカラーリングだが、デザインもサイズも大きく違っていた。洗練された、人殺しの道具であった。コクピットは、おそらく初期のユニバーサルデザインで、操縦できないことはない。だがこれで自分は何をすればいいのか。

敵の名は、カール・レイハントン。永遠の命を持つ男である。彼と記憶を同期したいま、ベルリは自分が何をしなければならないのか判然としないまま、ガンダムに自分を登録した。

その方向性の定まらぬ顔を見下すように眺めながら、若きカール・レイハントンはカイザルのハッチを閉じて、ベルリの眼前から消え去った。



HG 1/144 ダハック(ガンダム Gのレコンギスタ)

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  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/05/15
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HG 1/144 エルフ・ブルック(マスク専用機) (Gのレコンギスタ)

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  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/02/07
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HG 1/144 ジャスティマ (Gのレコンギスタ)

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HG 1/144 グリモア (ガンダムGのレコンギスタ)

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HG 1/144 カットシー (ガンダム Gのレコンギスタ)

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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第35話「どのような理由をつけても」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第35話「どのような理由をつけても」前半



1、


ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンは、ついに地球へのレコンギスタを決意した。

侵略戦争の準備が慌ただしく進められるなか、巨大質量を誇るラビアンローズが一足先にビーナス・グロゥブを離れ、地球圏へ向けて飛び立っていった。ビーナス・グロゥブの人間で、肉体を保ったままラビアンローズに乗船できた人間がいなかったために、ヘルメス財団の人間はラビアンローズにカール・レイハントンひとりが乗船していると思い込んでいた。

だが実際には、カール・レイハントンは人々の前から姿を消しているうちに、船の乗組員を必要なだけ肉体再生させて思念体に操らせていたのである。彼の仲間は、1000年より以前、遠く外宇宙にて肉体を捨てた人々であり、人類のニュータイプ化を信じて戦い続けた人々であった。その残留思念は独りの個であるわけではなく、いくつかの似た思念が糾合したものだ。それらが再び肉体を得て、カール・レイハントンの戦争に加担しようとしているのだ。

その肉体は生体アバターと呼ばれるもので、肉体に人格は存在しない。カール・レイハントンの肉体と同じように作られた彼らは、思念体によって動かされ、彼らにとってはなじみ深い古めかしい軍服を着こみ、慣れた役割分担でラビアンローズの巨躯を地球圏へと急がせていた。ラビアンローズの中でせわしなく働く人々は、ジオン最後の生き残りたちであった。

「数名だけ思念体が維持できなかった者がいるようですが、おおむね計画通り肉体化されました」

彼らは肉体同士で会話することはなく、情報は同期によって互いに共有されていた。ひとりの報告は全員に行き届き、その情報に対する反応も同じように同期される。思念体として維持できなかった者の名前が明らかにされ、推測も含めてその理由もおおよそ察しがついていた。残留思念というものは、強い思い残しがなければ胡散霧消してしまうものだ。肉体を捨てたときに、それほど強く何かを願った者ばかりではなかったというのがおおよその理由であった。

彼らのことは、すぐさま忘れ去られた。

ラ・ハイデン自身も、2週間後に出発する予定のビーナス・グロゥブ艦隊とともに、地球に向かうことになっていた。さらに2週間後にはクレッセント・シップとフルムーン・シップが出発する。地球圏への到着はほぼ同時になる計算だった。

レコンギスタ宣言がなされてより、ラ・ハイデン総裁は以前のような簡潔なる人格ではなくなり、本心を他者に明かさなくなっていた。その傾向はカール・レイハントンと出会ってより始まっていたが、ヘルメス財団の中でハイデン降ろしが始まってからはさらにその傾向が強まっていた。饒舌なる表向きの姿とは裏腹に、壮健な延命処置を拒んだ男は、側近すら置かずにこの戦争に挑んでいた。

そんな彼が、ある女性を自室に呼び寄せた。寸当たらずな身体に大きな頭を乗せた女性は、看護師の制服をまとっていた。ラ・ハイデンは執務の手を止めて振り返った。

「君がフラミニア・カッレか? ジット団のメンバーだったとか」

「はい」フラミニアは恭しく頭を下げた。「ジット団のスパイとしてトワサンガに潜入しておりまして、メガファウナの1回目の航海で彼らを監視しながらビーナス・グロゥブに帰参しております。そののち、彼らとともに地球圏へ赴き、クレッセント・シップの地球巡行に同行しました」

「いくつか質問があるが、答えてもらえるかな?」

「ええ」

「ジット団のレコンギスタのことは裁判記録ですべて明らかになっているので問うまい。訊きたいのはトワサンガと地球のことだ。まずはトワサンガだが、レイハントン一族の支配権というのはどれほど強固なものなのだろう?」

「カール・レイハントンが王家を確立したのは500年も前のこと。王がいることは当たり前になっていて、ドレッド家が反乱を起こして形ばかりの民政に移行した際は驚きをもって情報に接したものの、抵抗運動が起こったのは農業ブロックであるサウスリングのみで、レイハントン家の喪失はドレッド家によってすぐに埋め合わされ、わたくしなどは拍子抜けしたものです」

「君はサウスリングにいたのだね」

「はい。サウスリングでとある女の子の世話をしながら情報収集にあたっていました」

「情報は誰に?」

「第1にはジットラボの仲間たちにです。しかしヘルメス財団の人たちや、キャピタル・テリトリティのクンパ大佐にもトワサンガの情報は流れていたはずです」

「流れていただけで、君がクンパ大佐に流したわけではないと」

「それは誤解です」

「よろしい。トワサンガの人間は、レイハントンと一体というわけではなく、ただ支配されていただけという話で良いのかな」

「そうです。彼らはヘルメス財団との関係性だけが重要で、王家への忠誠が強いという事実はありませんでした」

ラ・ハイデンはふむと吐息をついて何かを考えこんだ。

「王というのは支配者であると同時に庇護者であるはずだが、レイハントン家はトワサンガの住人を何から守っていたと思うか。地球人か、それともビーナス・グロゥブか」

「それは」フラミニアは答えに窮した。「それはわかりかねます。フォトン・バッテリーを供給して地球文明を再興すれば、やがて地球人は大気圏を脱出して月までやってくることは明白。地球人の侵略からトワサンガを守る役割があったと言えばあったでしょうが、だからといってトワサンガの王家を作ってヘルメス財団の支配権より上位に立つ必要があったかといえばそれはなかったはずです」

「ないだろうね。技術体系がフォトン・バッテリーを中心に組み立てられている以上、地球人が大艦隊を率いてトワサンガを侵略してくる可能性は少ない。万が一あったとしても、2か月持ちこたえればビーナス・グロゥブから援軍が来る。その間、地球人はバッテリーを消費し尽くして最後には宇宙で窒息死だ。地球人を怖れてヘルメス財団に支配から脱する必要はないからね。ではやはり、彼はビーナス・グロゥブからやってくる艦隊からトワサンガを守るつもりだったのか」

「もしそうだとすれば、ビーナス・グロゥブやヘルメス財団に対して敵対的な気風が何かしら残っていると思うのです。自分が知る限りにおいてそのようなことはまったくありませんでした」

フラミニアの話を頷きながら聞いていたラ・ハイデンは、このことについては言葉を発しなかった。そのとき彼は、レイハントンが王になって守りたかったものが、ジオンに関するものだと勘づいていた。ジオン公国という古代コロニー国家の複数の強い残留思念が、レイハントンというひとつの思念体に糾合され、大きな計画を密やかに隠し通すための装置が王家だったのではないか。

だがそれも、確たるものは何もなく、トワサンガを王政にした意味も曖昧であった。いったい彼が何を目指して、何を遂行しようと動いているのか、ラ・ハイデンが見極めねばならなかったのだ。

「では次に、地球のことを聞かせてもらおうか」

「地球は美しい星です。現在氷河期に近づいているので、多くの人間が赤道付近に住んでいます。かつて栄えたのはもっと北なのですが、それらは現在居住には向いておらず、放棄されたために古いインフラが地下資源として残されていました。赤道付近の環境は回復傾向にあって、生産性も高く、多様な動植物が生存しており、人間は勝手に増える動植物を無計画に乱獲後食料にして数を増やしていました。文明の程度が高いのは、キャピタル・テリトリティを中心としたアメリア大陸ですが、人口の増加が大きいのはアジアと呼ばれる地域です。特に東アジアはキャピタルの裏側にあり、フォトン・バッテリーの配給が少ないために独立心が旺盛で、わずかなエネルギーで効率よく生産することに長けていました。人間は小柄ですが持久力があり、よく働き、好奇心も旺盛です。ダメなのはユーラシア大陸の西側の地域で、穀物の生産量が少ないために、土地の収奪に走りやすい性質を持っていました。アメリアに対して大陸間戦争を仕掛けたのも、土地の収量に乏しいからです」

「地球か」

ラ・ハイデンは地球を見たことはなかった。ヘルメス財団の人間の中には、フォトン・バッテリー運搬船に紛れて地球圏に入る人間も少なからずいたが、彼はいままで興味を示したこともなかった。そんな彼が、ラ・グーでさえ考えもしなかったレコンギスタ宣言を発したのだった。

「地球のアメリアという国にはレイハントンの子供がいるそうだな」

「アイーダ・スルガンはレイハントン家の長女で、クンパ大佐によってアメリアへ亡命させられました。彼女は軍の総監だった父の意思を継いで上院議員となり、また父の後を継いで軍の総監の立場でもあります。レイハントンの血を引いていると知ったのは、ごく最近のことです」

フラミニアはアイーダについて詳しく説明した。ラ・ハイデンはアイーダと面識はない。フラミニアはベルリについても話そうとしたが、ラ・ハイデンはそれを制した。

「あの少年に関してはいくつか話は聞いている。戦争については、まず彼と話をすることになるだろう。彼が賢明な人間であることを願うばかりだが、彼はキャピタル・テリトリティの育ちなのだね?」

「そうです。運航長官ウィルミット・ゼナムの息子で、飛び級生のエリート、わたしが知る限り、スコード教の熱心な信者でした」

「君はムーンレイスについては知らないのだね」

「逮捕命令で連行されましたので」

ラ・ハイデンは、極秘に調べさせた500年前の記録を閲覧し、ムーンレイスを月に眠らせたのがカール・レイハントンであることを突き止めていた。

(やはり、ムーンレイスが隠し玉か)

「いや、ありがとう」彼は精悍な顔を崩して頭を下げた。「出立前に話が聞けて良かった」


2、



ラ・ハイデン率いるビーナス・グロゥブ艦隊は、予定から2日遅れでビーナス・グロゥブを出撃していった。続いて後を追うのは、今回は補給艦として任務に当たるクレッセント・シップとフルムーン・シップであった。

今回は通常のフォトン・バッテリーの運搬とは任務が違う。2隻の船は補給艦として戦争に参加するのだ。彼らは戦場の最後方に陣取り、必要量のフォトン・バッテリーを前線に供給するのが役目であった。比較的安全な任務であるが、クルーであるヘルメス財団のメンバーの中には、任務を辞退する者が続出していた。とくにフルムーン・シップの乗員はヘルメス財団の正式メンバーが少なく、地球人と元ジット団のクルーの混成だったので、ヘルメス財団の中には反乱などを怖れて彼らと行動を共にしたくないと考える者が多かった。

フルムーン・シップのクルー編成は遅れに遅れ、飛行に関しては目途が立ったものの、船内作業員は不足したまま出港の日が迫っていた。

2隻の輸送艦に戦争用のフォトン・バッテリーの詰め込みを急ぐころ、航行プランの確認を終えて休憩中だったステアがサングラスをかけた女に拳銃を突きつけられた。ステアは悲鳴を上げることなく大人しく彼女に従った。

ステアを狭い路地に連れ込むと、女はいった。

「あなた、フルムーン・シップの操舵士のステアさんですね」

「・・・イエス」

「今回は戦争になるというので、乗船拒否している人がたくさんいるとか。もしクルーが足りないのなら、あたしを乗せてくれませんか?」

言葉遣いは丁寧だが、女の声には迫力があった。しかし貧民街で育ったステアは、脅迫者のことを少しも怖れていなかった。相手は慣れていない。慣れていないがゆえの暴発的行動に出ないよう、ステアは相手を刺激しないように気遣った。

ステアはチラリと横目で相手の顔を盗み見た。彼女を脅かしているのは、ノレドの友人のマニィであった。マニィはステアのことをよくは知らないが、ステアはブリッジにいたので彼女がノレドの友人でルインの妻であることをよく知っていた。そしてルインがマスクであることも。

それに、突きつけられているのは、明らかに金属製のパイプであって、銃ではなかった。

ステアは、どうしたものかと思案した。蹴り飛ばして腕を捻り上げることもできる。だが、互いに傷つけ合うような関係にはしたくない。それに、フルムーン・シップは船内作業員が足りていない。船に乗りたいというのなら結構なことだ。

問題は彼女が、クンタラの反乱の罪を着て、現在ビーナス・グロゥブで服役中の身であるということだ。懲役刑の代わりに開放奴隷として働かされるはずだった彼女は、いまでこそ戦争のどさくさで自由に行動しているが、いずれはラ・ハイデンの改革によってもっと重い刑に服する可能性があった。

マニィは子連れだったはずだ。最悪、子供を引き離されて収監される危険もある。そこで、ステアはこのまま騙されたフリを続けることに決めた。マニィの要求は、フルムーン・シップへの搭乗、できれば子連れでということだった。マニィは、どこから手に入れたのか、ビーナス・グロゥブのIDカードを持っていたので、ステアは紹介状を書いて船に乗れるように手配した。

「恩に着ます」

マニィは紹介状を受け取ると、ステアに背中を向けることなく、警戒したまま後ずさりをして、逃げるように姿を消した。

「罪人だから仕方がないのかもしれないけど、安全な場所にいるべきなのに」

ステアが心配しているのはマニィのことではなく、子供のことだった。


3、



「ガンダムか」

カール・レイハントンはそのデータを見るなり笑い出していた。何がそんなにおかしいのか自分でもわからない。ただ、ガンダムというモデルのデータに強い因縁を感じるのだった。

「G系統のこのモデルも復元は可能か」

ラビアンローズ内では、徐々に言葉が使われ始めていた。肉体を通して得る情報は膨大で、乗員すべての肉体が得た情報を同期していては、脳という器官がエラーを引き起こして、自分がやるべきことを見失うなどの不都合が起きるためであった。それに、言葉を発しないと脳という器官は正常に作動しなくなる。

「それはカイザルと同時期のモデルで、性能は同等です」エンジニアもまた言葉を使い、アバターの脳機能も補助的に利用しつつあった。「使用されている合金が複雑ですが、地球圏に到着するまでには何とかできるでしょう」

「では、頼む」

カール・レイハントンは、アバターの脳機能を使うことは好まなかった。肉体に付属する脳という器官は、肉体の維持を最優先に物事を決定する。純粋な思考決定を、本能と呼ばれるもので歪めるからであった。脳による意思決定は、常に漠としており、それが果たして意思と呼べるのかどうかさえ疑わしいと彼は考えた。人間の意思は、脳という器官からも自由になることで、より純粋になると信じていた。

ラビアンローズ内は、かつてのジオン公国の姿を取り戻しつつあった。彼らはあくまで生体アバターであり、ヒトモドキでしかないが、ジオンの光景が蘇ることをカール・レイハントンは喜んだ。これで、スティクスなどというのっぺらぼうの合理の塊のような戦艦を使用しなくて済む。

ベルリたちがシルヴァーシップと呼んだ戦艦スティクスは、外部デザインの否定が生んだ、カール・レイハントンたちとは違う別系統の流行の産物であった。遥か外宇宙に進出した人類が互いに音信不通となり、それぞれに想像もつかないような進化を遂げて再び接触したのだった。

機能性の追求を内装に特化したスティクスを、カール・レイハントンは好まなかった。それは思念体となったジオンの仲間たちも同じであったが、自分たちをニュータイプだと勘違いしたままエンフォーサーと名乗った一群が選んだ生産の方向性が、スティクスであったのだ。

元はといえば、スティクスは地球を取り囲んで人類を封じ込めるための無人戦艦であった。文明が発達すれば、地球人はいずれ大気圏を脱出して宇宙へ進出してくる。それをスティクスで迎撃する予定で開発されたものだったのだ。ところが、500年前の人類は、発掘された宇宙船を使って自力で宇宙へとやってきた。どのようなものが地球に埋まっているのか不明だったために、スティクスの配置は見送られたのだった。

外宇宙へ進出した人類は、思いがけない進化を遂げている。彼らより早く地球圏へと戻ってきた別系統の人類が残した兵器を目の当たりにして、スティクスは温存されることになった。だが、年月が経ってエンフォーサーと呼ばれた、あるいはそう名乗った一団は、それをニュータイプが使用する特殊兵器だと勘違いをした。思念体という存在を忘却した彼らは、ニュータイプを肉体を持った人間の、特殊な能力だと思い込み、ニュータイプに進化してスティクスやG-モデルのモビルスーツを動かしさえすれば戦争に勝てると考えたのだった。そしてそれが、最後の執行だと。

「随分お若いモデルを使ったのですね」

そうからかってきたのはチムチャップ・タノ中尉であった。指揮命令系統の存在しない彼らの中で階級は無意味であったが、生前の記憶を継承することで物事が円滑に進むこともある。軍籍である彼らは、階級がついているほうが落ち着くのだった。

タノがからかったのは、カールの容姿についてであった。カール・レイハントンは、500年前よりさらに若い、20歳そこそこのモデルを使用している。

「どうせすぐに腐るものだからね、少しでも長持ちしそうな容姿にしたまでだ」

地球圏に残っていたチムチャップ・タノとヘイロ・マカカがもたらした情報はすでに同期してあった。彼女たちはベルリ・ゼナムからG-メタルを奪おうとして失敗し、最後には肉体を捨ててジムカーオの元を離れていた。

「やはり引き寄せられていったのだね」

カールは考え込むように呟いた。引き寄せられたというのは、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の地下にある思念体分離装置と呼ばれるもののことであった。その装置は、ベルリたちは人間と思念を分離する装置として考えていたが、思念体となった者らはあの大聖堂へと引き寄せられていくのだ。

「メメス・チョップ博士というのも、いまにして思えばなかなか計り知れない男だったから、何を仕込んだか知れたものではない。あの場所のことを博士に話すべきではなかったかもしれないが、いまとなってはすべてが遅い」

「ジムカーオの最後について、彼はあえてあの場所を目指したかのようなそぶりも見せたのですが、混乱が激しかったもので、最終確認が取れないまま肉体は捨てて脱出してしまいました。あとはスティクスの機械式アバターの中に入り、できる限り観察はしたつもりですが・・・」

「いや、上等であったよ。ただG-メタルを奪えなかったのは残念だったね。肉体を使った作戦行動に女性の身体は不向きだったかな」

「申し訳ありません。相手が子供だと思って油断しました」

チムチャップ・タノとヘイロ・マカカは、カール・レイハントンの愛機カイザルを確保するためにG-メタルを回収するつもりだった。G-メタルはジムカーオも手に入れたがっていたのだが、それはトワサンガのノースリングの停止を防ぐためであった。

「ジムカーオという男も複雑な人物だったようだね」

「ジムカーオ大佐は、失礼ながら大佐とメメス博士を合せたような人格でした。ヘルメス財団の理想というものが成就するのならそれでいい、もし成就しないのであれば、オールドタイプをすべて抹殺してニュータイプが地球を支配すると。彼にとってそのニュータイプというのが、クンタラのことだったというのが変わっていた点です」

またクンタラかと、カール・レイハントンは不思議な気持ちになった。

皇帝になって自分たちを守れと恫喝してきたメメス博士。それに、トワサンガを押さえてヘルメス財団をコントロールしようとしたジムカーオ。メメス博士はクンタラのために自分たちの対極にある存在であるカール・レイハントンに協力し、ジムカーオはクンタラのためにクンタラの宗教を捨てた。

食人の対象になったことで忌むべき存在となった彼らであったが、かつて食人の対象となっただけでは、クンタラという存在はとっくに消えてしまっていたはずだ。親が食われた、数世代食われ続けた、そんな記憶だけで民族性は発生しないし、維持もされない。彼らが彼らであり続けたのは、独自の宗教を持っていたからなのだ。

宇宙世紀以前、地球にも似たような歴史を歩んだ民族があったという。独自の宗教を持つというのはそういうことだったのだ。問題は、クンタラの名もなき宗教、やがて理想郷カーバに至るという漠とした教義が発生したのはいつのことなのか、誰も知らないことだ。

彼らが、永遠の命という人間の理想形態に振り向きしない強い精神性を持つに至ったのは、決して差別されたからではない。永遠の命よりも理想的なものを知っていたからなのだ。だから彼らは、胚になって恒星間を旅することも、思念体になることも拒んだ。

「まぁ、いいさ。いずれ地球はスティクスの監視の中で閉じられた空間になっていく。人類は地球の癌細胞だ。自らを切除して取り除き、自然治癒に任せるしかないのだよ。間近で彼らを観察してわかっただろう」

「そうですね。ああした知恵のある生き物は、早く絶滅させるに限ります」

「あの、ラ・ハイデンとかいう曲者も、いずれは肉体のあることに絶望して我が臣下となるだろう。フォトン・バッテリーなどというもので人間を従わせようとしたところで無駄なのだ。人間という魂の道具は、永遠に不完全でこれ以上進化することなどないのだから」

カール・レイハントンはそう呟いて、生体アバターを眠りにつかせた。


4、



トワサンガは、突然出現した大艦隊に上へ下への大騒ぎとなっていた。彼らはよもや天上の世界であるビーナス・グロゥブから大艦隊が襲撃して来るとは想像もしていなかったのだ。

残っている戦艦とモビルスーツは、ムーンレイスのものばかりだった。それらはフォトン・バッテリー仕様でもユニバーサルスタンダードでもない。トワサンガの人間にはまったくなすすべがない。しかも、王の地位にあるベルリはしばらく前から行方不明になっていた。

王の代行の職責を務めていたハリー・オードは、ビーナス・グロゥブという彼にとってまるで未知の存在にどう対処していいのかわからなかった。なるべく多くの行政経験者を集めて話を聞いても、ビーナス・グロゥブの使者は丁重に扱うべきで、決して逆らうようなことがあってはならないと口にするばかりであった。トワサンガの存在意義は、ビーナス・グロゥブと地球の中継地であることに過ぎないのか。モニターを凝視しながら、ハリーは係官に尋ねた。

「到着はいつになる」

「宙域到着は明日の深夜ごろには」

「24時間はないわけだな」

一般市民を月まで避難させるべきなのか彼が迷っていたとき、ノレドとラライヤが管制室に飛び込んできた。ふたりともすでに事情を知っているらしく慌てており、警備員と揉み合いになっているのをハリーは片手で制した。ノレドがハリーに向かって叫んだ。

「軍隊が来たの?」

「大艦隊も来てはいるが」ハリーはミラーシェードで瞳を隠したままふたりを椅子に腰かけさせた。「薔薇のキューブがある。あの大型運搬船も後方にある。ビーナス・グロゥブのことは実際に赴いた経験のあるあなた方が詳しいだろう。あれにはどのような意味があると考えるか」

映像が大型モニターに転送された。映像は望遠によるものなので不鮮明だが、レーダーの画像には薔薇のキューブと無数の戦闘艦、クレッセント・シップとフルムーン・シップが確認できる。

腕組みをして鼻を膨らませたノレドは、こう結論付けた。

「地球人がジムカーオ大佐を相手にまた戦争をしたと知って、警戒してるんじゃないかな」

「いやでも」ラライヤが勢い込んで指摘する。「事情はベルリとアイーダさんから、親書という形で届いているはずじゃ・・・。それにノレドが約束した半年間クレッセント・シップとフルムーン・シップを預かったのちに返却するという約束だって守ってるわけですし」

「約束? あたしが?」

「ノレドが約束したんですよ。それでラ・ハイデンという新しく総裁になった人が納得して・・・。クレッセント・シップとフルムーン・シップを預かってほしいという話は、薔薇のキューブのエンフォーサーと戦争するためだとか・・・、エッ?」

「薔薇のキューブが来てるじゃん! ハイデンとかいう人、もしかして負けたの?」

ハリー・オードは、腕組みをしたままふたりと同じモニターを眺めていた。輸送艦を金星宙域から引き離したということからわかる事実はいくつかあった。ラ・ハイデンというビーナス・グロゥブの総裁は、重要な任務を負っている船を預けるほどに地球人を信頼したということ。そのときはまだフォトン・バッテリーを再供給する意思があったということ。金星圏で大型輸送艦が破壊されるほどの戦闘が起こる可能性があったということ。その相手はどうやら、地球圏と同じように薔薇のキューブであったということ。

そして結果として目の前にあるのは、敵であるはずの薔薇のキューブと、大艦隊と、巨大輸送艦が揃って地球圏に向かっているという事実であった。ハリー・オードは、ディアナ・カウンターが計画通りに実行されていた場合のムーンレイスの行動を思い出した。

人間はいずれ、地球に還るのだ。そして、スペースノイドはアースノイドの在り方に我慢できない。穏便のうちに土地を確保して、スペースノイドの秩序を保ったままひとつの民族として暮らしたい。それを実行するためならば、最悪武力の行使も辞さない・・・。

ハリーは背筋をピンと伸ばすと、大きな声を張り上げた。

「ベルリ王子の代行者として命ずる。トワサンガの一般市民は直ちにオルカを使って月基地に避難させる。一般人はそのままハイパーループで輸送すること。メガファウナは直接ザンクト・ポルトに向かい、キャピタル・テリトリティのウィルミット・ゼナムと連絡を取り、クラウンの再運航を要請してもらいたい。メガファウナは、そのまま大気圏突入を行い、アメリアへ避難していただく。月の生産設備は再稼働させ、モビルスーツの生産を再開させること」

ハリーは声を小さくしてノレドとラライヤに、メガファウナで地球へ降りろと告げたが、ラライヤは軍籍であることを理由に、ノレドはベルリが見つかっていないことを理由にそれぞれ断った。

「地球人は優先してメガファウナに乗せること」

続けて指示を出そうとしたとき、管制室に優先回線で通話が入った。モニターに映し出された男を見上げ、ハリー・オードは驚愕した。モニターに映った男はハリーに気づいたようだった。

「おや、その顔はムーンレイスの隊長さんかな」

「貴様・・・、カール・レイハントン・・・」

カール・レイハントンの名前を聞いて、ラライヤは驚きのあまり大きく口を開けてそれを掌で押さえた。怯えた様子の彼女に、ノレドは小声で誰なのと質問をした。ラライヤは、身体の震えが静まるのを待ってからゆっくりと口を開いた。

「カール・レイハントンは、初代レイハントン王です。ベルリの遠い先祖で、トワサンガとキャピタル・タワーを作り上げた人物。もう500年も前の人」

ノレドは理解が追い付かず、怪訝そうに金髪の男を見上げるばかりであった。ベルリの先祖といわれても、ノレドには似たところがひとつも見出せなかった。







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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第34話「岐路に立つヘルメス財団」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第34話「岐路に立つヘルメス財団」後半



1、


約束通り、クレッセント・シップとフルムーン・シップは地球から送り返されてきた。来るかと思われていたメガファウナの姿はなく、代わりに多くの犯罪者が送り付けられてきた。彼らは地球で大罪を犯し、月で簡単な宇宙生活の訓練を受けただけで罪人としてビーナス・グロゥブに連行されてきた。

クレッセント・シップ艦長エル・カインドは、地球代表としてアイーダ・スルガンの親書と、トワサンガ代表としてベルリ・ゼナム・レイハントンの親書を携えていた。ふたつの親書を一読したラ・ハイデンは、すぐさま地球人の教育とビーナス・グロゥブで行う義務についての教育法を指示し、合同裁判の手続きを開始した。

犯罪者として送致された地球人は、まずはスペースノイドとして義務が果たせるよう訓練を受け、教育後に労働力として働かされることになる。

「ベルリというあの少年は、すべてのアースノイドを宇宙で訓練を受けさせると言っているわけか?」

ラ・ハイデンは怪訝そうな顔でエル・カインドに質問した。彼の印象にあるベルリ・ゼナムはいささか頼りない少年で、その恋人というノレド・ナグの印象の方が強かった。そんな第一印象と打って変わり、親書はかなり力強い確信に満ちていた。そのギャップ、そして彼のプランの実効性。どちらもラ・ハイデンは否定的であった。

「1年間地球各地を巡行してわかったことですが」エル・カインドは顎髭を撫でた。「アースノイドというのは意識が未開です。聡明さに欠ける。義務意識に乏しく、身勝手な振る舞いが多い。しかし彼らもフォトン・バッテリーのために必死に知恵を絞ったのでしょう」

エル・カインドは、地球圏で起きたジムカーオ大佐の戦争について知っていることを報告した。目を閉じてそれを聞いていたラ・ハイデンは、事態を収拾して地球圏から暴力装置を排除してみせたベルリとアイーダのことは評価したものの、地球人というものが簡単に戦争に突き進んだことを重くみた。ゴンドワンでは核爆発も起こしてしまい、深刻な環境被害が出ている。

さらに深刻なのは、スコード教の威信の低下であった。キャピタル・テリトリティは国家の機能を失い、トワサンガは機能停止に追い込まれ、多くの住人が死んでいる。

「ジムカーオが支配したトワサンガ・ラビアンローズとの戦争に勝てたのも、トワサンガの機能停止から復興したのも、すべてムーンレイスの技術のおかげではないか。キャピタル・テリトリティもスコード教も何ひとつ役割を果たせず、利権を守るために汲々としていただけか。何と愚かな」

スコード教の威信が低下し、ムーンレイスによってユニバーサルスタンダードが脅かされ、フォトン・バッテリーの配給停止によってアグテックのタブーが犯されている。宇宙世紀の過ちを繰り返さないためのヘルメス財団の大方針はことごとく否定され、破壊されてしまっていた。それが地球圏の現状なのだ。キャピタル・テリトリティには大量の移民が流れ込み、ヘルメス財団の支配が継続されるかどうかも定かでない。

「アイーダという人物は、『連帯のための新秩序』という基本方針で地球の再統一、緩やかな連携をすると親書にあるが、アメリアという国家の国力を前提にした支配の論理に過ぎない。パクス・アメリアーナを我々は望まない。こんなものは帝国主義を美辞麗句で別のものに見せているだけだ。帝国主義による地球統一など許せば、帝国の地位を脅かす帝国が出現して覇を競うようになるだろう。まるで話にならん。地球人は自分たちの本質的愚かさに気づいていない。このベルリという少年もそうだ。ビーナス・グロゥブの労働の専門性を理解しているとは思えない。ちょっと教育してもらえば自分たちにもできると考えたのだろう。愚かなことだ。さては、前総裁のラ・グーからムタチオンのことを聞かされ、それがビーナス・グロゥブの深刻な問題であると足元を見たか」

「善意に満ちた姉弟ではありますが、なにぶん子供でして」

ラ・ハイデンの怒りの大きさに、エル・カインドは戸惑い気味であった。彼はまだカール・レイハントンがビーナス・グロゥブに出現して、ヘルメス財団が人類の進化の岐路に立たされていることを知らなかった。ラビアンローズの巨躯を目の当たりにしても、まさかそこに500年前にトワサンガへ移った人物がいるとは想像できなかった。ましてや彼が不死の存在であることも。

すべてのことを話し終えると、エル・カインドは航海日誌を提出してその場を辞した。


2、


技術革新の禁忌、宗教の統一、独自規格の禁止、エネルギー枯渇の回避。これらをもって文明を再興しながら宇宙世紀の過ちを避けようとしたヘルメス財団の試みは大きく挫折した。

ムタチオンの恐怖を利用したピアニ・カルータの競争信仰は、戦争の有用性を人に思い出させた。ジムカーオは、ラビアンローズとムーンレイスを戦わせることで『独自規格の禁止』を揺さぶり、本来の目的であったであろうスコード教への攻撃を果たした。さらに、トワサンガとビーナス・グロゥブのラビアンローズを同時に蜂起させることで、宇宙同時革命ともいえる状況を作り出して地球圏のエネルギーを枯渇させた。おそらくはこれらがさらなる戦争状況を生んでいるだろう。

ふたつの事件は、レコンギスタを大きく後退させただけだった。再文明化を果たした地球へ、神のように優位な立場で降り立つことが、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団が住民に約束したことだった。地球を激しい闘争の状態にすることは、ひとつしかない命を無駄に落とすことに繋がる。

「老人の多くはここに残ると言っております。もういまさら戦争ばかりの地球に移住したところで、生き残る自信などありません」

復旧業務の視察のために街へと出たラ・ハイデンは、なるべく多くの住民の意向と聞こうと精力的に動き回っていた。

命の在り方が変わるとの演説を聞いたビーナス・グロゥブの住民の意見は多様だった。「尊厳死」という言葉が使われるように、残留思念となってまで生き延びたいと願う人間はそれほど多くなく、レイハントンの望む生へと変化したいと願い出る者はほとんどいなかった。多くの住民は寿命を全うし、子供に未来を託して死んでいこうとしている。一方で彼らは長寿を願い、死を恐怖してもいる。

カール・レイハントンは希望者は思念体へと進化させると表明しており、すでに数十名が処置を終えていた。思念体となった人々が家族の前に再び姿を現すことはなく、残された家族は葬儀を行い、いなくなった者を死者として弔った。此岸と彼岸の境界は、此岸にいる者にとっては変えがたい境界だったのである。

長寿を志向し、新たなボディスーツの開発のニュースに関心を示していた過去のビーナス・グロゥブは失われようとしていた。ボディスーツの存在自体が疑われるようになり、あれほど尊敬を集めていたラ・グーのことは急速に忘れられていった。比して、壮健なるラ・ハイデンの潔さの人気は高まる一方であった。強く生き、潔く死ぬことを、金星圏の人々は考え始めていた。

そんなラ・ハイデンの人気に慌てたヘルメス財団の幹部らは、秘かに打倒を誓っていたが、日ごと形勢は不利になるばかりであった。ラ・グーの長期政権において、長寿を目指すことで利権を確保してきた彼らは、ボディスーツを破棄して自然死する人間が増えてきていよいよ追い詰められた。本当のところは誰も彼らを追い詰めてなどいなかったのだが、彼らは自分たちが急速に支持を失っていると感じて焦燥を顔に滲ませた。

そこで彼らが目を付けたのが、地球からやってきた罪人たちであった。暴力的な地球人を操って、ボディスーツをはじめとした長寿技術を携えレコンギスタすれば、神のようにとまでいかなくとも、かなり有利な条件で地球に入植できると考えたのだ。

「スコード教はもはや役に立たぬらしい。アースノイドは我々の尊い労働義務について尊敬をなくし、そのくせフォトン・バッテリーだけは寄越せと」

ヘルメス財団の幹部たちは、連日膝詰めで会議を開催していた。彼らが意見交換することはラ・ハイデンも承知しており、それがどのような内容であれ、例えばラ・ハイデンの暗殺を話し合うような不穏なものであれ、自由が保障されている。保証されていない自由はテロリズムだけであり、それがキア・ムベッキの墓が作られなかった原因でもある。

「ラ・ハイデンは彼らを助けぬだろう。だが問題はその先。地球は戦争になるのだろうか。もはや資源はないはずだが、もしトワサンガが資源衛星を開拓して地球に資源を降ろせばいかがするか。トワサンガ、キャピタル・タワー、アメリア、全部レイハントンで繋がっている。完全な独裁体制だ。こうなると我々で大船団を組んでレイハントン・ムーンレイスの連合と戦うしかない」

「戦うにしても、カール・レイハントンがいる。彼はまだラ・ハイデンに返答を迫ってはいないが、いずれは生か死かと迫ってくる。生と答えて生きることが許される保証はない。これは間違いなく、レイハントン一族の陰謀なのだ。カール・レイハントンは我々ビーナス・グロゥブの民をよくわからない霊魂にして葬り、アンドロイドとあの地球人の罪人でフォトン・バッテリーの生産を続けるつもりだ。金星は奴隷だけの流刑地となって、地球圏を支配するレイハントンだけが皇帝になる。そうした陰謀なのだと自分は考えるがいかがか」

これは他の誰もが考えていることであった。彼らにとって思念体となり永遠の命に変化することなど何の意味もなかった。

「そこで提案なのだが、送られてきた罪人の調査を行ったところ、面白い人物がふたりいるとわかった。ひとりはクリムトン・ニッキーニ。彼は地球の最大国家アメリアの大統領の息子である。もうひとりは、クンタラの指導者ルイン・リー。このふたりは、アイーダ・スルガンとベルリ・ゼナムの対抗馬にならないだろうか。こちらに有利な話はまだある。カール・レイハントン自身が言っていたではないか。ベルリ・ゼナムもアイーダ・スルガンも、彼の血族ではなく、アバターとクンタラの混血だという。これは正当な支配権が彼らにはないことを意味している。最もレイハントン自身は霊魂みたいなものだからそんなことには興味がないのだろうが、ベルリ・ゼナムとアイーダ・スルガンさえ殺せば、事態は好転の兆しを見せるはずだ」

「いや、そうはならんね。最大にして最終的な問題は、カール・レイハントンの方針だ。彼はすべての人類を思念体とやらにするつもりである。それをいまラ・ハイデンがどうやって譲歩を引き出すか思案している段階だ。こうした交渉事は、残念だがラ・ハイデンに委ねなければならないだろう。彼はやはり優秀であることは間違いない。カール・レイハントンをどうにかしなければ、我々に未来などないのだ。我々の未来は、死後の世界にあると彼は言うのだから」

「カール・レイハントンはやはり全スペースノイドを思念体にするつもりなのだろうか」

「スペースノイドを思念体に進化させて、アースノイドはどうするつもりなのだ?」

「アースノイドは絶滅させるのだろう。話を聞く限り、ジオニズムは人間性の否定だ。人間が何か別のものに進化しなければならないとの妄想に支配されている。確かに人類は歴史を誤ったが、それを繰り返さないためのヘルメス財団千年の夢であったというのに」


3、



会議の翌日、ヘルメス財団はクリム・ニックとルイン・リーに初めて接触した。ふたりは個別に派遣された人物と会談を持ち、どんな人物なのか慎重に見定められた。手錠を掛けられたクリム・ニックは、戦争犯罪人である極悪人に告解させるとの名目で大聖堂へと連行されてきた。

ここはゲル法王猊下が説法を行った場所であった。周囲は警官によって厳重に固められ、上空には万一に備えてモビルスーツが配置された。その物々しさにビーナス・グロゥブの住人は、戦争犯罪者というものへの恐怖を感じたが、ヘルメス財団が怯えているのはカール・レイハントンに対してであった。

話を聞いたクリムは、驚きを隠せなかった。

「ベルリとアイーダが地球の支配を目論んで共謀している?」

クリムは話し相手であるビーナス・グロゥブの枢機卿の真意を測りかねていた。相手の話に迂闊に乗って謀りであった場合は取り返しのつかないことになる。ひとまず彼は、アイーダが戦争終結のために尽力していたことを清く認め、自分こそが戦争犯罪人であると返答した。

枢機卿は少しイライラしているようだった。彼は老いて垂れ下がった皮膚を持ち上げるように上を眺めながらクリムに話した。

「終わった戦争犯罪のことはひとまずよろしい。これからこの地で起こる問題の解決に尽力を得られるのなら、恩赦も可能だと提案させていただいている」

彼はゴクリと唾を呑み込んだ。話を思念体という得体のしれない存在であるカール・レイハントンに聞かれているのではと気が気でないのだ。

「この地で起こる問題?」

「虐殺だ。レイハントンによる虐殺がこの地で起こるかもしれない。もしビーナス・グロゥブの罪のない人々が虐殺の憂き目を見れば、最後には地球人すべてが同じ目にあうだろう」

「レイハントンとは、ベルリくんのトワサンガのルーツのことでしょう。ふたりが姉弟であることは承知しているが、地球圏を支配となるといささか・・・」

「トワサンガの初代王カール・レイハントンのことはご存じか」

「いや、寡聞にて」

「カール・レイハントンはいまより500年前の人物だが、ある事情があってまだ生存しておるのだ」

そう聞かされても、クリムにはピンと来なかった。枢機卿はすべてを話すわけにはいかずもどかしそうであったが、あるアグテックのタブーを使えばそれが可能なのだと説明してようやく納得した。クリムは美しいステンドグラスを見上げて呟いた。

「永遠の命・・・」

「だがそれは肉体を捨てねば手に入らないのだ。肉体を捨てれば、霊魂のような状態になって元の肉体も再生できるというものだ」

「元の肉体が再生できるだと!」

クリムは突然思い至った。彼はジムカーオの策謀に巻き込まれ、大陸間戦争再開、キャピタル・テリトリティ爆撃、占領政策と数々の罪を犯していたが、それらが成就しなかったことより親友であり愛人であったミック・ジャックを失ったことを深く後悔していたのだ。

そのミック・ジャックは、命を失ったのちもしばらく機械式アバターであるアンドロイドの中に思念を送り込み、クリムと行動を共にしていたのだ。彼はその際のことを思い出したのだ。

「元の肉体を蘇らせ、そこに魂を入れると元の姿に戻るのか!」

「戻したい人がおありで?」

枢機卿はようやく思い通りの展開になってほくそ笑んだ。

「いる。自分にはこの命に代えても蘇らせたい人間がいるんだ」

「ならば我々との取引に応じるべきでございましょうなぁ」

クリムはギュッと唇を噛み締め、そのくたびれた顔にみるみる精気を蘇らせたのだった。

「わたしに何をしろと? いや、何をすればミック・ジャックを蘇らせてくれると?」

「カール・レイハントンを殺せなどと無理は言わない。あなたにはアイーダ・スルガンを暗殺してもらいたい。いやなに、暗殺でなくともよい。最小限の被害で確実に葬って欲しいのだ。レイハントンは人類を皆殺しにしようとしている。それをどうやったら阻止できるのか、君には作戦に参加していただこう。無論、地球に還してあげるよ」


4、



同じころ、ルイン・リーとマニィ・リーは、幼い娘とともに旧ドレッド家の大邸宅でもてなされていた。ここも厳重な警戒態勢が敷かれ、銃を構えた兵士が邸宅の周囲を取り囲み、無線で連絡を取り合っていた。ふたりの手からは手錠が外されている。

「ベルリ・ゼナムとアイーダ・スルガンという姉弟は、必ずや人類に仇を成すだろうとは思っておりました」ルインは目の前にいる小柄な枢機卿に対して自信あふれる姿をアピールした。「我々夫婦がお役に立てるのであれば、そしてまたクンタラの名誉回復を第一に考えてくださるのなら、ベルリ抹殺の役目、喜んでお引き受けいたします」

「そう言ってくれると助かる」

「しかし、クンタラの名誉回復とは、いったいどのようなものなのでしょう?」

「カール・レイハントンがどのような人物であるかは先ほど話した通りだ。我々は彼との対話を通じてこう結論するに至ったのだ。つまり、スコード教は間違っていたと」

「なんと」

ルインは相手の法衣をまじまじと見つめた。枢機卿はふうと溜息をついて、腹を押さえた。

「ヘルメス財団は、人類の安寧だけを願い、再び人類がエネルギーを巡って争うことがないように、ここビーナス・グロゥブでフォトン・バッテリーを作り、人類に広く行き渡らせるよう努力してきた。人類はすぐに争いを起こす。君もその罪で捕らえられ、ここへと送られてきた。争わせないための宗教がスコード教だ。ビーナス・グロゥブにおける住民たちの自己犠牲は、特定の一族を富ませるために行ってきたわけではない。戦争を起こさせないためのものだ。わかるね?」

「無論です。しかしわたしは」

枢機卿は反論しようと身を乗り出したルインを掌で制した。

「人類を再び戦争に導くことがないようにと願って我々は義務を果たしてきた。スコード教の禁忌は、それに役立つと信じてきたのだ。しかし、カール・レイハントンは、人類を皆殺しにして霊魂のようなものにすれば万事解決すると提案してきた。それがジオニズムであると。ジオニズムというのはわたしもよくは知らないが、ニュータイプだとかいうものに進化しようとする太古の思想だという。そしてそのための手段も持っているのだと。それを独占しているのがレイハントンだ」

「はい」

「彼の提案を受けたときに、はたと気がついたのだ。確かに肉体がなければ人間は争いを起こさなくなるだろう。それは究極の解決方法であると。しかし、それでいいのか? 人類は人類でないものに進化してこの世から消えればいいのか? 死ののちに永遠の命が待っているからと、正しく生きようと努力してきたものを捨てねばならぬのか。おそらくそうではないのだ。生きるというのはそういうものではない。では生きるとはいったいどんな行為なのか。そのとき我々が思い出したのが、名もなきクンタラの宗教であったのだ。君たちクンタラは、肉体をカーバに運ぶ道具として考えている。カーバというのは理想郷のようなものだろうが、人生を賭けて、正しい振舞いを積み重ね、肉体がカーバに辿り着けるようにと人生を捉えている。それは素晴らしい思想ではないか。スコード教はしょせん争いを起こさないために作られた人工宗教であった。宗教対立をなくすための、宗教のユニバーサルスタンダードでしかなかった。そこに、人間の魂をどのように考え、人生に意味を見出す思想はない」

「いや、しかしそれでは、カーバがまるで実在しない理想のようなものだと」

「待ちたまえ。そこで我々ヘルメス財団は決断したのだ。スコード教を廃し、クンタラの宗教を全宇宙に広めていこうと。仮にクンタラ教とでもしておこうか。もし全人類がクンタラ教に改宗したとして、その世界でクンタラは差別されるだろうか。我々もクンタラの苦難の歴史は知っている。食人習慣というおぞましい習慣の被害者だ。だが君らは、人類が食人に走ったおりにも強い信念をもって自らの宗教を守り通してきた。カーバに辿り着かんと、肉体を捨てることをよしとしなかった。それこそまさにいま我々が置かれた立場と酷似しているのではないか? 肉体は確かに争いの源となる。だからこそその肉体を持つ意味を問わねばならない。この肉体は、魂を健全に保ち、カーバに至らしめる重要な道具であったのだ。肉体は様々な煩悩に支配される。肉体があるから争いごとが起こる、これは確かに理のある話だ。だがそれを制するからこそ魂は浄化され、カーバという聖地に至る資格を得るのではないか? 単なる技術で魂だけの存在になるということは、穢れた心を持つ者も一緒に永遠の命を得るということだ。そんなことはおかしい。煩悩に打ち勝ち、まさにあなたの妻が手に抱く幼子のように清らかな魂を保ち続けた人間だけがカーバに至るべきではないのか?」

「わたしはこの人の話は正しいと思う」マニィが口を挟んだ。「戦争を回避するためだけなら確かに霊魂にでもなって大人しくしていればいい。生きるってことは、そういうことじゃないんだ。スコード教は間違っているよ」

「うむ」ルインもいたく感心したようだった。「まさかカーバにそのような意味があろうとは考えたこともなかった。我々にとってカーバは約束された土地。そこへ至りさえすれば差別もなく、苦しみもなく、皆が平等に暮らせる魂の安息地だと思っていた。だが、枢機卿の話されたようなことを体系化して、全人類をクンタラ教に改宗させることができたならば、あるいは・・・」

「それだけではないよ」枢機卿は慎重に、念を押すように、ルインを抱き込もうと彼の肩に手を置いた。「新しい宗教になっても、肉体がある限り人間は争いごとをやめないだろう。だからこそ、いままで通りフォトン・バッテリーを我々ヘルメス財団が供給しなければならない。レイハントン家が500年に渡る策謀で地球圏の支配を完成させようとするいま、それを打倒したのちには誰かがトワサンガを治めねばならない。トワサンガをクンタラ教の聖地にせねばならない。いままで通り、ビーナス・グロゥブで人類全体のために労働に勤しむ人間を尊敬せねばならない。その役割に、レイハントンはふさわしくないのだ。ルイン、そしてマニィ。あなた方若い夫婦は、トワサンガを支配するにふさわしい好人物だ。ベルリ・レイハントン亡きあとは、あなた方にトワサンガを支配していただき、ヘルメス財団の新しい夢の礎になっていただきたいのだ」

「よろこんで!」

マニィは子供を抱いたまますっくと立ちあがり叫んだ。ルインも立ち上がり、マニィの肩を抱き寄せると、枢機卿に深々と頭を下げた。

「よもやこうして三度のチャンスを得るとは思いもしませんでした。ベルリ抹殺の件、しかとお引き受けいたします」



5、



「あの単純な地球人どもを簡単に抱き込んだはいいが、さて、問題はカール・レイハントンとラ・ハイデンよ」

ふたりの枢機卿は小さな教会の地下で膝を合せて話し込んでいた。その狭い空間にはビーナス・グロゥブのすべての枢機卿が参集していた。

「クンタラ教などという汚らわしい名前の宗教に、誰が参加すると思っているのか。やはり地球人は欲に弱い。トワサンガをくれてやると申し出たら、腰が折れるほどお辞儀しよった」

「まぁ、地球人のことはそれくらいで良い。レイハントンのベルリとアイーダに関してはこれで目途がついた。あいつら用のモビルスーツを何とかして用意してやれば、何もかも上手くいくだろう。さてさて、ではカール・レイハントンについて何か意見がないか聞こうか」

カール・レイハントンの名前が出た途端、誰もが委縮したように黙りこくった。魂魄となって何千年生きているかわからないような相手に、どんな手段があるのか見当もつかなかった。

「彼の者の目的は、いったい何でありましょうか?」

暗がりの奥から、不安そうな声が聞こえてきた。スコード教の枢機卿に昇りつめ、時折クレッセント・シップに乗って遠く地球圏に出掛けることを特権にしてきた彼らには、思念体という存在自体が理解できない。何をそこまでしてやり遂げたいのか、何を思い残しているのか理解が及ばないのだ。

そして、当のカール・レイハントンと対等に渡り合っているラ・ハイデンもまた、彼らには得体の知れない存在になりつつあった。住民の中に入り、広く意見を募っているので、てっきり住民投票でもするのかと思いきや、話を聞くばかりで一向に彼は決断を下さなかった。

即決のハイデンと呼ばれ、何事も速さを旨とする彼が、これほど時間をかけて熟考することはかつてなかった。まるでラ・グーのようだともっぱらの評判になっていたのだ。住民たちは死について深い議論をすることを好み、ラ・ハイデンに直訴するような直接行動は起こらなかった。

「結局のところ、ラ・ハイデンをはじめ、誰もがどうしたらいいのかわからぬのではありませんかな。肉体を捨てて永遠の命に進化しろといわれれば多くの人間が従い、レイハントンを打倒せよといわれればモビルスーツに乗り込み、何もするなといわれれば何もしない・・・」

「自信の問題なのですよ。誰しもムタチオンは怖い。レコンギスタはしたい。しかし、地球に住んで自分がやっていけるか不安なのです。地球の人間を侮りながら怖れている。スペースノイドというのは元来そういうもので、無駄なく生きている自分たちの優位性に自信を持ちながら、一方で大量の無駄を出して悔いることなく無計画に人間を増やしてしまうアースノイドの生命力を怖れているのです。地球というものに飲み込まれて、自分が自分でなくなってしまうかのような不安な心持になるのでしょう」

「レイハントンの口振りでは、永遠の命になることは、ジオンという古代国家時代の悲願のようでしたが」

「永遠の命ではなく、人類がニュータイプというものに進化することが目的化していたのでは? さてニュータイプというものがなぜそこまで尊ばれたのかは知りませんが、スペースノイドだけが進化してアースノイドを見下し神になろうとは考えず、アースノイドに進化することを押し付けようとした。なぜなら、アースノイドが地球の資源を食い尽くして地球を窒息させてしまうからですな。スペースノイドなのに、なぜ地球のことを慮るのか、なぜ数において勝るアースノイドを従わせようとしたのか。さきほど自信の問題とおっしゃった。まさにそうではないですかな。自分たちは優れているとのうぬぼれはある。しかし、宇宙でずっと永遠には生きられないのです。いつかは地球に戻らねばならない」

「その考えでは、ピアニ・カルータを肯定することになりませんか?」

「誰もが少しずつ正しい。まったく間違っていたのなら、賛同者はあれほどの数にはなっていない。ピアニ・カルータの悪い点は独断であって、行為ではない」

ひとりが深く溜息をついた。

「カール・レイハントンへの対抗策は今日も見つからずでございますか。このままではラ・ハイデンが決断して、何もかも手遅れになってしまいますぞ」


6、


そして、ラ・ハイデンは決断した。

「いまやヘルメス財団千年の夢は風前の灯火となった。かくなるうえはカール・レイハントンとともに地球へと赴き、トワサンガの者らも含め地球へと叩き落してすべてを餓死させる所存である。あらゆる抵抗には武力を持って対処し、地球上のすべての軍事拠点を強制排除して奴らから抵抗の手段を奪い去る。地球はスペースノイドが支配しなければ、再び暗黒期へと突入しよう。資源の枯渇した地球を再び窒息させることがあったとしたならば、次なる再生はいつになるかわからない。アースノイドという劣等種族を強制排除してこそ、地球は美しく再生されるのである。ヘルメス財団は、穏便をもって地球の再生を願ったが、それは叶わぬと判断した。ビーナス・グロゥブ全艦隊は、ラビアンローズとともにこれより地球へと進撃を開始する。直ちに準備に取り掛かってもらいたい」

ラ・ハイデンの演説は驚きと歓喜をもって迎え入れられた。なぜなら、それはレコンギスタ宣言であったからだ。ついに地球へと戻ることができる。ビーナス・グロゥブは沸き返った。

一方で、別の通達も発せられていた。永らくビーナス・グロゥブにおいて特権とされていた延命処置とボディスーツの着用が禁止されたのだ。遺伝子改良を受けたすべての人間が逮捕され、処断されていった。ビーナス・グロゥブは、解放奴隷を刑期とする法を改め、より厳しい刑罰の導入が検討された。

100歳を超える者らは阿鼻叫喚の中で逮捕され、そのまま行方知れずとなった。恐怖の叫びは、喜びの声にかき消された。ビーナス・グロゥブの歓喜は収まることがなかった。地球侵略にあたって志願兵が募られ、多くの者が殺到したが、その中にはフラミニア・カッレの姿もあった。小人症である彼女は刑期の途中であることなども考慮されていったんは不採用となったが、医師免許を持っていたことで従軍看護師として採用が決まった。トワサンガに詳しいことも彼女には有利に働いた。

志願兵の中には、スコード教が用意した偽の身分証を携えたクリム・ニックとルイン・リーの姿もあった。マニィは子連れで目立つためにビーナス・グロゥブに残されることになった。

エル・カインド艦長はまたしても休みを取りそこない、地球へと赴くことになった。ただし、脚の速いクレッセント・シップとフルムーン・シップの出発は2週間遅れであった。フルムーン・シップの操舵士として船に乗り込んでいたステアは、ラ・ハイデンの地球侵略の大演説を聞いて真っ青になっていた。長い航海で信頼を得ていた彼女は、当たり前のように操舵士として船を任されることになっていた。彼女の頭の中は真っ白であった。

「どうすりゃいいのよ?」

何もかもが突然慌ただしく動き始めたのだった。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第34話「岐路に立つヘルメス財団」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第34話「岐路に立つヘルメス財団」前半




1、



「・・・では、ベルリ・セナムとアイーダ・スルガンはどうなるのですか? あなたの血を分けた子孫なのでしょう? ご自身が子孫を残しておられるのに、我々は否定なさるのか?」

それは悲痛な叫びのような訴えであった。ビーナス・グロゥブのヘルメス財団のうち、エンフォーサーと呼ばれる集団はラビアンローズを分離したのち突然姿を現したカール・レイハントンによって殺された。正確に言えば、肉体を奪われてしまった。彼らのうち3分の1ほどはラビアンローズに用意された機械式アバターの中で個を保っているという。その他の残留思念はこの地に留まることなく宇宙の中へと消えていった。だがその小さな思念もいずれは別の思念と合わさって光の粒となって宇宙を満たすとレイハントンは告げた。

ロザリオ・テンに残されたヘルメス財団の面々は、そうと説明されて、ではと肉体を捨て去ることなどできない。死の恐怖があるからこそ、彼らは生の形を認識できる。死が誕生のための通過儀礼だと言葉で説明されても、あるいは眼前でそれを見せられても、彼らにとって死は終わりでしかなかった。

永遠の命を持つ者と肉体の命を持つ者。人間はどちらの生を受け入れ進化の土台とすべきなのか。ベルリたちメガファウナの面々がクレッセント・シップ、フルムーン・シップとともに立ち去ったのち、ビーナス・グロゥブの人間たちはにわかに大きな岐路に立たされたのである。それは突然やってきた最後の審判であった。ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブ数百万の命を預けられたのだ。

金色の髪をオールバックになでつけたカール・レイハントンは、ラビアンローズの艦長席に独り座りながら、命の在り方から説明した。

「肉体のある者は、血族を持って存続と見做す。血の繋がりが生まれ変わりであると考えるからだ。自分は死ぬが、自分の血を引いた子は生き続ける。ファミリーラインを一個の命と捉えている。だからこそ、レイハントンには子がおり子孫がいると、わたしに問いかける。あなたは永遠の生かもしれないが、肉体においても永遠性を持たれているではないか、そうであるならば、わたしたちの肉体の永遠性も認めてくれなくては困る。つまりはそういうことだと解釈したのだが、正しいかな?」

「そうです」話はラ・ハイデンが引き継いだ。「永遠の命はひとつではないということです。確かにわたくしどものような肉体を持つ凡俗は、俗物にして愚か極まるのかもしれない。だがこの生にも永遠性はあるのです。我が永遠には何の保証もありません。誰もが愛する者に愛されるわけではない。愛した者に裏切られ傷つく者もおりましょう。この命を繋ぐ行為には無駄が多く、それが多くの問題を産むことは否定できないかもしれませんが、永遠の命がニュータイプの行きついた神のような命だけではないということは留意していただきたい。我々の肉体の中にも永遠はあるのです。それはおっしゃる通り、血族もそう、家族もそう、遺伝子といってもいい、集簇あるところには、何らかの永遠性がある。永遠の形が違うだけなのです」

「君らは一度死を乗り越えたことがあるのだが、それは伝わっているのか訊きたい」

「我々が死を乗り越えた?」

「そうだ。君らは地球圏へ帰ってくる途中、長い旅路の中で肉体の維持を諦めて人工胚を作り出して自死したのだ。その間、ラビアンローズの運航は胚になることを望まなかったクンタラに委ねられた。一部肉体を持った者らに、わたしは思念体になることを教え、実行させた。あなた方の祖先は、まずは自分たちの技術において生を断絶させ、ジオニストの技術によってさらに生まれ変わった。思念体となったのちに生体アバターや胚の再生を使ってクンタラを犯したり、食人習慣に耽ったことはいまは問うまい。死を乗り越えたことがあると伝わっているのかどうか」

「いえ、それは一切伝わっておりません。おそらくは、それはラビアンローズに乗艦していた者らだけの秘密であったのでしょう」

「それはいうなれば、わたしの敗北と認めてもよい。我々の仲間さえも、肉体を持つことの誘惑に勝てなかったとするならば、肉体があることをして命があると人は考えるものなのだろう」

「我々に思念体であるレイハントンを討つことなどできません。どうか共存の道を模索させていただきたい。あなたにはぜひ、ベルリ・ゼナムの守護天使となっていただき・・・」

「あれは我が血族ではない」

「違うのですか?」

「あれはこの身体と同じ、人工的に思念体を入れる生体アバターとクンタラの娘が性行為を行ってできた子の末裔だ。クンタラはビーナス・グロゥブの人間が再びクンタラの尊厳を冒すことを恐れ、レイハントンの名においてクンタラを守るようにと謀りごとをしたのだ。クンタラは教義上肉体を放棄できない。永遠の命といういるのかいないのかわからないものに頼っても守ってもらえそうにないから、レイハントンを肉体化させるべく、自分の娘を我がアバターと結ばせたのだ。何と愚かなことかと考えもしたが、メメス博士というのは我が右手として存分に働いてくれた。わたしとしては、あれはメメス博士の血族だと思っている。遥か昔に肉体を失ったこの身にしてみれば、そもそも我が子などというものに意味は見出せない。我が子が恋しい気持ちは、人間の福祉に繋がる。福祉こそ最大の悪徳だ」

「福祉が悪徳。それが永遠の命を持つ、神のごとき存在の言われることなのですか?」

「そもそも福祉の拡大が宇宙世紀の失敗だったのだから、当然といえる」

ラ・ハイデンは反駁しようとして思い止まり、福祉について吟味してみた。

福祉は社会が整える公共事業の重要な一部であるから、集団の永続的存続に関わる重要事項だ。福祉の充実は集団の維持には不可欠で、福祉の切り捨ては集団を純化させる行為でタブーとなっている。優生学的見地による集団運営が考慮されなかった経緯は、かなり深い意識レベルのタブーであった。

対してジオニズムは、ニュータイプ現象の発現が確認された宇宙世紀初期からある思想で、優生学の一種とされていた。ジオンを祖とするグループは、宇宙世紀のいずれかの時期でニュータイプ研究を突き詰め、人類を純化させていったのだ。そして、完全な優生となって再び姿を現した。彼らは一切の差別をせず、すべての人間を平等な形である思念のみの存在に変換させる。思念のみとなった彼らはもはや差別的思想ではなくなり、遺伝子で命を乗り継いでいく人間では絶対に実現不可能な平等の境地に辿り着いているのだ。それはもしかしたら、知的生命体の最も正しい進化かもしれなかった。

肉体から魂を引きはがした彼らは、過剰に欲して地球資源を枯渇させることはない。集団の存続とその福祉のために他者から奪う必要もない。蓄財を積み重ねて分配に失敗することもない。福祉の充実のために経済成長を目指す必要もない。労働も必要ない。

「わたしはニュータイプのことをよく知らないので、お教え願いたい」ラ・ハイデンは緊張しながら尋ねた。「ニュータイプ同士はどのような関係性なのでしょうか」

レイハントンが応えた。

「ニュータイプというのは肉体を持った状態で思念が切り離される状態のことだ。特殊な状態なので、意識的にその状態にすることができない不確かなものだ。ラ・ハイデンは肉体を持った人類がニュータイプに進化すれば、肉体を捨てる必要はないかもしれないと期待したか」

「その通りです」

「人はニュータイプにはなれない。ニュータイプは人種ではなく現象だ。肉体を持ったまま意識の断絶を超える稀な現象なのだ。肉体を捨てれば、意識の断絶状態から解放され、すべてが繋がることになる。情報が統合されていき、個は限界に達して止揚する。そして個であることを捨て、思念はバラバラになって宇宙に消えていったり、似た思念が集まって人格に近いものが生まれたりする。ラ・ハイデンに伝えたいのは、わたしは決して肉体を持つ者を否定するためにここへ来たのではない。地球を再統治するのは、肉体を持つ者にすべきなのか、肉体を捨てた者にすべきなのか決するために来たのだ」

「それをお聞きして少しだけ安心いたしました。できうるならば、ビーナス・グロゥブに住まう人々の意見集約をするお時間をいただきたいのです」

「わかった。それならばあなたに時間をあげよう。いつまでか」

「半年、地球からの返答を、月の運搬船が携えて戻って来るまで」

「了承しよう」


2、



即決のハイデンと渾名されるラ・ハイデンは、瞬時に事を判断して思い切った行動に出る人物として知られていた。熟考型のラ・グー総裁は若く壮健な彼を重用し、10年来副総裁の地位に置いていた。しかし同時に、副総裁どまりの人物ではないかとも思われていたのである。

金星圏にて地球存続のためのエネルギー貯蔵を行うビーナス・グロゥブは、アグテックのタブーが一部解除されて、科学技術による延命処置が認められている。それは正当な労働の対価として誰も疑うことのないビーナス・グロゥブ住民の権利であると考えられていたが、熱心なスコード教徒であるラ・ハイデンはそれをよしとせず、延命処置を拒否すると公言していたのである。

それゆえに彼には敵が多く、総裁は務まらないともっぱら評判だった。

そんな彼が、ラ・グー暗殺を受けて総裁に就任した。敵が誰かわからない状況に恐れをなしたヘルメス財団幹部は手続き上正しい彼の総裁就任を認めたが、事が収束すれば総裁は選び直そうと裏工作はなされていた。ラ・ハイデンはビーナス・グロゥブより分離した巨大宇宙ドッグ・ラビアンローズの地球圏への移動を断固阻止するつもりで部隊を出動させたが、彼は反乱者がレコンギスタ派だと思い込んでいた。ところが実際はもっと複雑な話だったのである。

「地球へ帰還する際に、胚の状態で運ばれていた期間があるとは聞いておりましたが、思念体だのという話は初耳ですな。しかもあのレイハントンを詐称する者は、ジオニストとも名乗っているのだとか。ジオンなどと言うのは古代の宇宙皇帝なのでしょう? 英雄主義者のたわごとに決まっている」

「だが、おかしな技術を使い、あの薔薇のキューブ状のものを完全に掌握しているというではありませんか。モビルスーツの製造能力はすべてあの中にあるのだとか。それでは生産能力のあるあちらが長期では有利にはなりませんか」

ヘルメス財団の幹部たちは口々に自分の意見を述べて廊下を歩いていた。コツコツという靴音に混ざって杖を突く音が不規則に鳴り響いていた。彼らの頭の中は、多数派工作になった場合の票勘定でいっぱいで、ビーナス・グロゥブの住民の不安になど配慮する気はまるでない。そういうことはすべて官僚の仕事であり、総裁の仕事であったからだ。彼らの驚きは、ヘルメス財団の官僚の中にかなりの数のエンフォーサーがおり、その事実を自分たちがまるで知らず、さらに彼らがレイハントンに殺されたことにあった。彼らはまるで頭がついていかなかった。

ヘルメス財団幹部の心が人心から一層離れていたころ、ラ・ハイデンは民衆の中に飛び込んで事態の収拾のために走り回っていた。若手官僚たちが彼に続き、矢継ぎ早に指示される諸問題への対処にあたっていた。つい最近まで若手官僚たちは、キア・ムベッキが空けたシー・デスクの大穴をどう塞ぐかのんびり検討していたものだったが、それどころではなくなってしまったのである。

ラビアンローズの分離によって起きた巨大地震の影響で、オーシャン・リングのいくつかのコロニーに甚大な被害が出ており、ロザリオ・テンもまた無傷ではない。フォトン・バッテリーの生産に回していた労力をどう振り分けてコロニー群を早急に復興させるか決めるだけでも一大事であった。ビーナス・グロゥブの住民たちには非常事態法に基づく緊急動員が掛かり、休暇は取り上げられていた。

忙しく動き回る彼らの頭上には、ラビアンローズが落とす大きな影がある。ラビアンローズは約束通りその場を動かず、連絡もしてこない。食料等の要求もなく、新たなコロニーでもできたかのような佇まいであった。

ビーナス・グロゥブにて、前総裁ラ・グーの追悼式典が営まれることになった。厳かな雰囲気でスケジュールがこなされていった。そして総裁の挨拶の場で、ラ・ハイデンは住民に対してラビアンローズのことを話し始めた。それが自分たちの祖先が乗ってきた外宇宙からの帰還船であること、技術体系の集積体であること、エンフォーサーを自称する反乱者がそれを使って地球圏に逃れようとしたもののレイハントンによって阻止されたこと。そしてレイハントンは、肉体を持たない存在であること。

「かくして我々の先祖はエネルギーと食料の枯渇を乗り切り、太陽系へと戻ってきた。地球はまだ暗黒時代であり、文明は途絶え、食人が横行している。人間に再び文明をもたらし、彼らを教導しながら母なる惑星を復活させねばならなかった。ヘルメス財団はアグテックのタブーを作り、競争による技術の発達を禁じた。ここビーナス・グロゥブを文明の拠点と定め、ここに技術を封じ込めて地球人の手が届かないように太陽の影に隠した。ここにおいて我々は義務を果たし、宇宙世紀の蹉跌を繰り返さないよう文明を監視してきた。そしてレコンギスタが迫り、地球圏にエネルギーを与えるためにカール・レイハントンという人物を地球圏へと派遣した。それが500年前だ。しかし彼は、レコンギスタの条件を整えるとともに、最終的な命題を突きつける役割も担っていた。それはすなわち、肉体を捨てるという選択肢の提示である。かつてジオン公国と呼ばれていた古代コロニー都市は、地球圏から脱出したのちにニュータイプに関する研究を続け、精神と肉体は分離可能であることを突き止めた。そして思念体という進化の究極形態へと至っていたのである。かつては我々の祖先もそれを受け入れ、思念体になっていた時期があるという。その歴史は我々には伝わっていない。それは我々の祖先、肉体による生を選んだ祖先が生と死の定義を肉体の存続をもって定めたからである。だが、彼らジオニストにとってすでに肉体は生とは考えられていない。彼らにとって肉体は卵に過ぎないのだ。我々の身体、この形ある入れ物は卵であるという。彼らにとって我々は、まだ生まれる前の状態にあるのだ。この肉体を捨てたならば、己が思念は輪廻を繰り返し思念として確固たる存在になっていく。命は永遠であり、死というものはなかった。レイハントンは、ジオンを代表して我々に選択を強いた。つまり、人間はどちらの生を選ぶのだと。はたして宇宙世紀の過ちを繰り返さない選択は、肉体の生が正しいか、精神の生が正しいか、それを決めなければならない。もし仮に、我々が肉体を捨て去ったならばどうなるか考えてみよう。思念体となった我々は、悠久の時間を生き、アバターといわれる有機人工生命体を使ってときどきこの世に顕在化できる。アバターは使い終われば放棄され、地球においては分解過程で捕食されたり菌の苗床になる。宇宙においては食料生産の肥料となる。いや、そもそも人が宇宙にいる必要はなくなるであろう。人間がいなければ宇宙世紀の悲劇を繰り返さないという命題が失われるために、労働の義務から解放される。それどころではない、ムタチオンの恐怖からも解放される。死の先にある思念のみの世界では、肉体の衰えやその喪失を気に病むことはない。ムタチオンが発症した人間は、病の苦しみから解放され、壮健な肉体に宿って我が身から失われた闊達な人生を地球で送れるかもしれない。そして、闊達な人生を送るために、労働を強いられることもない。肉体を捨てるということは、肉体を維持するために行ってきた無理をやめることになる。もう2度と我々は地球を窒息させることはないだろう。これがジオンが目指した究極の理想であったのだ。その理想には誰もが近づける。肉体の老若、美醜、家族の義務、男女の役割格差、性癖、心の行き違い、死の恐怖、人間は多くの苦しみから解放される。人間はついに心の断絶を乗り越える手段を得たのかもしれない。あなたとわたしの間にある乗り越えられぬ深い断絶こそ、人間の不幸の源であった。いままさに我々は、不幸が源から断たれ、絶対幸福の世界が拓ける門のままで到達したのだ。それがレイハントンが提示してきた新たな生である。これを受け入れるか否か、我々は決断せねばならない。刹那の命か、永遠の命か。親から生まれ、親に育まれ、他人を愛し、子を愛しみ、それでもなお埋まらぬ断絶の苦悩の果てに死を迎えてきた時代を終わらせるのか、続けるのか、それを皆に問わねばならない時がきた。答えはひとつではない。死が生誕であることを受け入れられた者は、他人より先に永遠の命に生まれ変わればよい。それはジオンの技術によって可能であるというから、ヘルメス財団の名においてレイハントンに身柄を受け入れてもらおう。だが、受け入れらぬ者は、そう意思表明していただき、別の手段を講じる用意がある。我々は決断しなければならないが、意見の集約は行わない。ひとりひとりが自分がどうしたいのかだけ決断していただきたい。あとは我々がどんな意見にも対処できるよう努力しよう」



3、



ラ・グー追悼式典で語られたラ・ハイデンの演説は、意外なほど冷静に受け止められた。ラ・ハイデンによって意見を集約しないとの確約があったためなのか、人々が大声で議論するような事態は起こらずに、問題は死生観として語られ始めた。

ラ・ハイデンの下には、ひと月に一度、お忍びでカール・レイハントンもやってきた。どちらも饗宴を好まないタイプだったので、クッキーと紅茶のみが出され、もっぱら意見交換するだけの同席になっていた。カール・レイハントンは警護を伴うことなく突然姿を現すのが常だった。

「正直に言わせてもらえば」レイハントンはカップを置いて切り出した。「いささか拍子抜けしたというのが本当のところなのだ。人間はもっと愚かしい振舞いをしてもおかしくなかった。あなたが恫喝紛れに『最後の審判』と口にしたのが効いたのかな」

「そうではないでしょう」ラ・ハイデンは冷静に応えた。「ビーナス・グロゥブの住民はこんなものです。教育が行き届いておりますからな。わたしはここで生まれ、育ち、地球圏へは脚を踏み入れたこともないが、地球から離れれば離れるほど人間は善良になる。行き過ぎた自由を望まなくなる。逃げる場所がないこの宙域では、義務を果たして生きるより他ない」

「それはおそらく真理だ。地球の重力は人の魂を腐らせる。やはりスペースノイドであったがゆえに、ビーナス・グロゥブは地球の人間ほど愚かではなかったのか」

カール・レイハントンがラビアンローズを制圧してから半年が経過しようとしていた。クレッセント・シップとフルムーン・シップに持たせたフォトン・バッテリーはギリギリの数しかなく、地球圏ではそろそろエネルギーの枯渇が起こっているはずだった。

ラ・ハイデンはそのことを心配してはいない。戦争によってバッテリーを浪費せず、生活を改めればさらに半年は生き永らえよう。だがもし地球圏で戦争が起こっていれば、フォトン・バッテリーの枯渇は深刻な問題となり、森林資源の過剰な浪費やアグテックのタブー破りなどが明らかになるはずだった。

もし事態がそのような経緯を辿った場合、ラ・ハイデンは地球圏を見捨てることも視野に入れていた。バッテリーを枯渇させれば、やがて地球圏は独自のエネルギー源を模索し始めて、技術の発達はアグテックのタブーを破るであろうし、ユニバーサルスタンダードの普及は技術の囲い込みのために崩れ、スコード教はないがしろにされていく。それらの行為はヘルメス財団が目指してきた新時代の人間の在り方を無に帰す行為だが、資源の枯渇した地球はどちらにしても森林資源を食い尽くして山も海も枯れ果て、やがて宇宙を目指す。そのときに迎え撃って彼ら地球人を絶滅させればいいと考えていたのだ。

フォトン・バッテリーの供給は、ビーナス・グロゥブの理想そのものであるのだ。それが受けられなくなったとき、地球は理想を失い、理想を追求することもせぬまま自死の道を突き進んでいくと彼は考えていた。ゆえに彼に焦りはなく、その後の行動は返答次第と決めていた。

何をするにも決断の早いラ・ハイデンにしては、悠長に思える半年であった。この間、ビーナス・グロゥブの住民同士で互いに死生観を語り合う様々な集会に、ラ・ハイデンは顔を出した。そして多くの意見を耳にして、自分は一切口を挟まなかった。ラ・ハイデンがいつどのような決断を下すか人々はハラハラしていたのだが、結局彼は地球からの報告を待つことにしたのだった。

地球からの報告によって、ラ・ハイデンは大きな決断を下すであろうと見做されていた。

「人々が死について語り合うなかで、自然と『尊厳死』という言葉が使われ始めたのを聞いたとき、わたしはやはりアグテックのタブーを犯して人間の延命処置を認めるべきではなかったと確信しました。前総裁ラ・グーは、ムタチオンに冒された小人症で、死の恐怖を知るがゆえにレコンギスタのタイミングを計っておられた。早いか遅いかの違いだったのです。いますぐにでもと願う連中は、ピアニ・カルータの策謀に掛かって反乱覚悟で地球を目指そうとしていた。だがそんなことをしなくとも、いずれラ・グーは地球圏を目指したでしょう。肉体を持つ者にとって、死はすべての終わり。遺伝子の変質は生をも死に変える恐怖ですから、いずれは背中を蹴られるようにして地球を目指し、必ずやビーナス・グロゥブと地球の間で戦争になっていた。それはスペースノイドとアースノイドの戦いの続きです。我々は科学に秀で、地球人は壮健さに秀でている。だがその目論見は、キア・ムベッキの事故死と、メガファウナの来訪によって大きな反乱に至ることなく終わった。不幸中の幸いでしょう」

話を聞いていたカール・レイハントンは、静かに彼に問うた。

「ラ・グーという男は、なぜすぐにでも地球圏に来なかった?」

「それをあなたが口にするのはいささかズルイ。もちろん、レイハントンの仕掛けが怖かったのですよ。あなたがトワサンガに王制を敷いたとき、ビーナス・グロゥブは恐慌に陥ったと聞き及びます。我々は神として地球に降臨するつもりでいた。だが、あなたはそれをよしとしなかった。アグテックのタブー、フォトン・バッテリーの供給、スコード教、ユニバーサルスタンダードの整備、それらでは不十分だと考えたからこそあなたはトワサンガをレコンギスタの防波堤にした。まさか永遠の命に至っていたとは知らなかったので、我々はその真意を測りかねたまま500年間計画を続けてきた」

ヘルメス財団は、宇宙世紀の失敗を繰り返さないとの名目で神になろうとした。それを見抜いたのがメメス博士であったのだ。長年虐げられてきたクンタラだからこその先見性だったのだろうかとカール・レイハントンは過去のことを思い出す。メメス博士の思念が残ったならば、彼の本当の気持ちを聞きたいと彼は考えていたが、それはまったく形にならず消えてしまっていた。

メメス博士だけではなく、クンタラの思念が情報の塊として残ることはなかった。彼らの残留思念はいったいどこへ向かっているのか、レイハントンはずっと訝しんでいたが、それが地球の上空に存在するあの場所であることは良くわかっていた。だがレイハントンは頑なにそれを受け入れようとはしなかった。ラ・ハイデンが話を続けた。

「永遠の命へ至ると知った我々の中で、『尊厳死』という言葉が使われ始めた。これは人間の尊厳を重視した自死を肯定する考え方で、我々がアグテックのタブーを犯して延命処置を受け入れたときに起こり、ビーナス・グロゥブでふたつの派閥を形成するに至った考え方の相違です」

「君は『尊厳死』を肯定する立場なのだろう?」

「左様。わたしは一切の延命処置を拒否して、肉体の消滅は自然の摂理に委ねるとの立場です。だが、人は病に罹る。皆がわたしのように病気ひとつしない強い身体に生まれるわけではない。だから派閥は形成されたものの、極端な肯定と否定は賛同者が少なく、中間派に支持は偏っている。ラ・グーとわたしはどちらも少数派の極端な人間で、ラ・グーは肉体を限界まで生かすことで永遠に近づこうとし、わたしは妻に多くの子を産ませて永遠に近づこうとした」

「つまり肉体を持つ者には、肉体永続派と遺伝子永続派がいたというわけか。面白い」

「手前勝手になるが、より永遠に近いのはあなたが遺伝子永続派と呼んだ我々の方です。遺伝子というのは太古の昔より途切れることなく生き続けてきたからこそいまここに存在している。遺伝子を残さず死ぬことは、消滅を意味する。幾多の消滅を横目で見ながら、遺伝子という乗り物は存在し続けた。それに対して個というものはあまりに短期に過ぎる。自然に生きて50年、ラ・グーのように生きて200年、もしさらにアグテックのタブーを犯し続けた場合、ラ・グーは、カール・レイハントン、あなたのように生体アバターなるものを作り出して自分の記憶をアバターに移植したかもしれない。それは多くの無駄なエネルギーの消費に繋がり、より永続性を高めるためにいずれはユニバーサルスタンダードの放棄に至ったかもしれない。スコード教など邪魔でしかない。彼が目指した『個の永続』とは、やがてヘルメス財団の理想を破壊していったでしょう。もしそこに至りそうなら、わたしはラ・グーに対して反乱を挑んだかもしれない。しかし、幸いそうはならなかった。銃弾は彼を完全に消滅させた」

「ラ・グーという人物の支持者はどれくらいいるのか」

「我々は極端な人間ですから、熱狂的支持者というのは少ないものなのです。『長生きしたい』と考えるだけなら、誰もがラ・グーの支持者でしょう。しかし、そこに『尊厳死』という考え方が立ちふさがる。本当に肉体の永続性を求め続けてもいいのかどうか。ヘルメス財団は理想を失ってもいいのか。まさに肉体があるがゆえの悩みです。いまはまだ我々はヘルメス財団の理想からそう遠く離れていないと信じています。しかし、いずれは我々はバランスを崩し、自壊した可能性が強い。そして恐怖に駆られ、一斉にレコンギスタを開始する。それを見抜いていたから、トワサンガを防波堤にしたのではありませんか」

「わたしは地球圏で皇帝になるつもりだった。皇帝といっても従える者はいない。我が命の源、ジオンの導きにより人間に進化を促すことがこの使命であるからには、それを完遂するための装置が皇帝という仕組みというわけだ。わたしは専制をもって断ずる覚悟があった。それをおかしな形で阻み、いや支持してくれたのがクンタラのメメス博士という人物だ。彼らクンタラは、君のいう『尊厳死』の体現者だと思うか?」

「残念なことに、クンタラについて多くは伝わっていないのです」

「彼らをビーナス・グロゥブから追放したのは500年前の総裁ラ・ピネレだ。ビーナス・グロゥブをいまのような肉体のある人間だけにしたのはあの男である」

「ラ・ピネレ・・・、多くの妻を持ち、最初にアグテックのタブーを破った男ですな」

「肉体の永続と遺伝子の永続を同時に求めたわけか。まったく度し難い男であったな」

「ラ・ピネレは多くの女に自分の子を産ませたと記録されていますが、近親相姦を避けるために行われたその後の調査で、彼は無精子症だったと判明したのです。つまり、彼の子供はひとりもいなかった。彼の遺伝子には欠陥があった。彼の妻たちは、それぞれ別の男と寝て、彼らの子供を産んだ。ラ・ピネレはそのことを知らずに権力の座にあり続け、子供らのために不正に蓄財するようになり、さらに延命を望んでアグテックのタブーを解除した。ビーナス・グロゥブの住民は、地球人民のために多くの労働に勤しんでいるのだから、長寿を与えられるのは当然の権利だと訴えて支持を広げたわけです。ところが老いた彼が初期のボディスーツを装着したところ、バッテリーの不具合が原因で身動きが取れなくなった。彼はボディスーツを装着したまま動けず、助けを呼んだものの新しい彼の愛人は別れた夫と密談中で返事をするものの助けにはいかず、やがてスーツが発火して生きたまま焼き殺されてしまった」

「度し難い男にはコメディアンの資質があったというわけか」

「老いの醜さを体現したような人物でした。そのようなわけで、我々は尊厳のある死というものを彼の愚かしい死に方から学ぶしかなかった。学んだ結果が、ボディスーツをさらに発展改良させた人間と、そんなものに頼らず死を受け入れろというふたつの派閥になった」

「そのような面白い話があったのなら、お忍びでこちらに戻っても楽しめたのかな」

「かように、ビーナス・グロゥブの話は多く伝わっておるのですが、残念なことにクンタラに関する記録は非常に少ないのです」

「いや、充分であった。クンタラについてはその教義がすべてのようだ。我々は宇宙世紀の失敗を繰り返さないためにスコード教という人工宗教を作り出したが、君はクンタラの宗教、名もない彼らの宗教についてはやはり知らんのだろうな」

「存じないのです。ただ、約束の地カーバに至るのを教義としているとしか」

「では、宗教というものは、人間の永続性のひとつの形になり得ると思うか?」

「肉体でもなく、遺伝子でもなく、思念でもなく、宗教がそれらになり替わるという話ですか・・・。考えたこともなかったな。いや、わたくしはこれでも熱心なスコード教の信者だと自負しておりましたが、宗教の中に永続性や永遠性が宿るとは考えたことはない。しかし、クンタラというのは、我々にとっては被差別者とカテゴリされる存在であったとしても、彼ら自身はそうは思っていなかったのかもしれない。クンタラの神は彼らに永続性を与えていたのか・・・。そういえば、現在地球圏で反乱を起こしているジムカーオという人物はクンタラの出身者ですな」

「そうなのだ。だが彼はもう数百年前にスコード教への改宗を求められ、エンフォーサーに加えられている。彼はニュータイプとしての能力に秀で、自分を改宗させた人間たちへの復讐を行っているところだ。彼はどうやら、メメス博士がわたしにしたように、レイハントン家の人間をクンタラの守護者にしたかったようだが、ベルリという少年が意外に慎重な男で、思うに任せず、何かを勘違いしたまま強い残留思念となってラビアンローズとともに外宇宙へと弾き出されてしまったようだ」

「死んだのですか?」

「あれはとっくに死んでいる。わたしと同じ存在なのだよ。クンタラの教義を捨てさせられたとき、彼にはあらゆるタブーが通用しなくなった」

「ジムカーオは思念体で、身体は生体アバターだったのですか?」

「そうだ。ボディスーツで数百年は生きられんよ。地球圏での騒動はすでに終わった。じきに輸送船はこちらに到着するだろう。そのときが回答の期限だ。先延ばしは許されないと思ってほしい」


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