SSブログ

「ガンダム レコンギスタの囹圄」第31話「美しき場所へ」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


031.jpg


第31話「美しき場所へ」前半



1、


アイーダ・スルガンは久々の休息を郊外の丘陵地で過ごしていた。旧時代に破壊された都市群を眼下に、遠く広い空を眺めている。空には白い月。遥か彼方に水平線が見える。国会は2日後に再開される。彼女の下した決断が国会の承認を得られるかどうかはまだわからない。

彼女の傍には女性政策秘書のセルビィが立っているた。彼女はまだ20代後半だが、議会対策に長けており、ベテラン秘書のレイビオとともにアイーダが頼みとするスタッフである。白人女性のセルビィはアイーダよりも背が高く、グラマラスで美しい女性だ。それを最大限に使って権謀術数渦巻く議会対策を取り仕切る能力がある。

地殻変動によって出来たという丘陵地に立ち、アイーダとセルビィは軽い食事をついばむように食べながら遠くを眺めていた。

「今回の選択はもしかすると姫さまの立場をかなり危うくすると存じますが」

セルビィの声は落ち着いており、すでに観念したことが伺えた。それでも念を押すようにアイーダに尋ねたのである。それにアイーダが応えた。

「それはわかっています。エネルギー問題で国民が苦しんでいることも。セルビィがビーナス・グロゥブのことを持ち出されることが嫌いなことも。確かに、ここにこうして立っているだけでは、月に人がいることや、あの輝く金星の近くに人がいることも実感ができない。それはわかるんです。でも、いつかわたしたちは重力を離れて向こうの世界がまるで隣の町のように感じられるまでにならなくてはいけない。そのための第1歩なんです」

アイーダは、国民からの要求が大きい内燃機関の開発や原子力エネルギーの研究再開を認めない方針を打ち出していた。彼女はあくまでビーナス・グロゥブからのフォトン・バッテリー供給を待つことに決めたのだ。グシオン提督の子供としてその政策継続も望まれていた彼女だけに、これには多くの支持者が失望を表明した。

月の裏側にあるというトワサンガや遥か彼方のビーナス・グロゥブまで来訪した経験のある人間は、地球にはほとんどいない。その経験が年若い彼女が政治家として活躍できる素地になっている。クレッセント・シップとフルムーン・シップによる世界歴訪が、彼女の話に真実味を与えていた。

だからと言って、政治の世界がひとりの少女によって動くわけではない。彼女は常に政敵と戦い、国民の支持を得なければならないのだ。そして今回の決断は、彼女の立場を危うくする。

「ゲル法王殿下とお会いになって、フォトン・バッテリーは来ないかもしれないと忠告をお受けになったのに、それでも姫さまはビーナス・グロゥブの方々を信じることにしたのですね」

「以前わたしはお父さまに『溺れた人を見つけてもすぐに助けようと川に飛び込んではいけない』と教わりました。溺れた人は助かろうと必死に救助者にしがみついて救助者までも溺れさせてしまうからだそうです。もし溺れた人を見つけたのなら、その人物の頭が水の中に沈むまで待てと。それから飛び込めば救助者は抱きつかれて手足の自由を奪われることなく川を泳ぎ切り、結果として溺れた人を助けられるのだと。わたしは今回はビーナス・グロゥブに伺っておりませんし、ラ・ハイデンという新しい総裁のことも知りません。しかし、いまの状況はまさにそうなのだと確信したのです」

「姫さまの決断に従うと決めた以上はいまさらどうのこうのとは言いませんけど、助けてくれるからこのまま溺れてしまおうというのは、国民には納得がいかないはずです」

地球にはフォトン・バッテリーで動くトラックしか存在しない。もしその供給がゼロになれば、馬車に時代に逆戻りになるし、すでに馬や牛の価格は高騰している。ゴムのタイヤがついた馬車は日常の足に復権していた。だが、蒸気機関で文明を維持できるほどの資源は地球に残されていない。

「そうでしょうね」アイーダはサンドイッチの最後のひとかけらを口に入れた。「フォトン・バッテリーによって築かれ、増えた人口がこのまま維持できるのかどうか、自分の家族が飢えて死ぬことはないのか、だれしも心配でしょう。それでもわたしにとって今回の決断は、論理的帰結でもあるのです」

「一連の騒動の?」

「そうです。クンパ大佐が引き起こした戦争は、彼自身のムタチオンに対する恐怖とその克服方法として戦争が選ばれたことが原因ですが、真因は戦争の継続を望む軍産複合体の組織が生き残っていたことにあります」

「説明していただいた薔薇のキューブ、ラビアンローズ、そうしたものですね」

「そうです。そしてジムカーオ大佐が引き起こした戦争は、彼自身のオールドタイプに対する私怨が原因でしょう。しかし、真因はスペースノイドとアースノイドによる地球支配をめぐる争いです。これは宇宙世紀初期からずっと続いていたのです。クンパ大佐の反乱の背後にはビーナス・グロゥブのヘルメス財団があり、ジムカーオ大佐の反乱の背後にはトワサンガのヘルメス財団があった。ビーナス・グロゥブのヘルメス財団はラビアンローズの支配者の末裔、トワサンガのヘルメス財団はニュータイプ研究所の末裔だと思います。彼らは別の時代に外宇宙から地球に帰還してきた人たちなんです」

「壮大なお話ですが・・・」

「でも現実なんですよ」アイーダは微笑んだ。「ウソみたいな現実なんです。2000年間、人間はずっとモビルスーツを作って、戦い合って、壊し合ってきた。それがある人々の利益となり、豊かな生活の保障となってきた。政治は彼らの操り人形に過ぎなかった」

「ビーナス・グロゥブはヘルメス財団を抑え込めたのですか? それができていなければ」

「それはノレドさんから聞いています。ラ・ハイデン閣下は戦争をしていたと。そしてラビアンローズの人々、つまりビーナス・グロゥブのヘルメス財団が地球圏へ逃げてこないようにクレッセント・シップとフルムーン・シップを預けたのだと」

「ヘルメス財団は壊滅したのですが?」

「もともと表向きの代表と、エンフォーサーと呼ばれる裏の代表がいたのでしょう。エンフォーサーの目的は、環境が回復した地球を支配することです。クンパ大佐の目論見通り全人類が互いにモビルスーツで争い続けた場合、ビーナス・グロゥブのエンフォーサーはキャピタル・タワーで地球に降りてきてフォトン・バッテリーの供給とモビルスーツ供給でそのまま地球を支配できる。すべての貴重な情報は彼らが握っているわけですから。ビーナス・グロゥブから供給されるエネルギーを使って宇宙世紀の続きができる。彼らの立場は安泰です」

「トワサンガのエンフォーサーは?」

「彼らはスペースノイドとアースノイドが最終戦争をしてアースノイド、つまりオールドタイプを一掃することが目的だったのでしょう。彼らスペースノイドには地球人に対する拭い難い不信感がある」

アイーダはクン・スーンに告げられたきつい言葉を思い出していた。宇宙で育った人間には、地球で育った人間すべてが愚鈍に見えるというものだ。

「いらっしゃったようです」

セルビィが遠くを指さした。その先には1台の馬車があり、蹄の音は次第に大きくなって彼女たちの前で停まった。

馬車から降りてきたのは、アメリアの大統領であるズッキーニ・ニッキーニだった。アイーダの政敵であるが、セルビィのとりなしでアイーダからの提案を検討していたのだった。

「もう走る車がありませんでしてな」ズッキーニはどちらにともなしに話した。「アイーダ議員の今回の提案。大統領個人として、そして議会の総意として受け入れることにしました」

「本当ですか!」アイーダは素直に喜んだ。「そうしていただけると助かります」

ズッキーニ・ニッキーニは相変わらず狡猾そうな油断ならない人間であったが、今回だけは裏工作なくアイーダに賛同したようだった。

「このままアメリアがエネルギー革命を起こして核エネルギーなどを使った場合、ビーナス・グロゥブとの間で戦争になるとの話、可能性は高いと判断しました。こっちには戦う武器もなく、食料の供給もどうなるかわからない状況でビーナス・グロゥブが攻めてきたりしては大変ですからな」

アイーダがズッキーニに送った書簡には、独自エネルギーによる発展を目指すことなくこのままフォトン・バッテリーを待つとの方針が記されていた。理由はビーナス・グロゥブとの間の戦争である。ズッキーニは念を押した。

「もし仮にグシオン総監が目指された方針通りにアメリアを発展させたなら、必ずビーナス・グロゥブは地球に攻めてくるのですな」

「それが『大執行』ですから」

「ううむ」ズッキーニは唸った。「まぁ、仕方があるまい。娘のあなたが父の方針を捨てるというのならそれなりの覚悟があるのでしょう」

覚悟。それはビーナス・グロゥブがフォトン・バッテリーを供給してこなかった場合のアイーダの処分のことである。

「もちろんです」アイーダは応えた。「『座して死を待つ』つもりはないのです。ただ、父上の方針でアメリアを発展させれば、アメリアはおろか地球はお終いです」


2、


月基地の反乱を制圧したハリー・オードは、シラノ-5に戻るや新たな驚きに直面することになった。トワサンガの軍事警察組織のトップに立つ彼は、ベルリ・レイハントンの重要閣僚のひとりであったが、ふたりきりになって打ち明けられた方針は、彼には博打に映った。

ハリーはベルリの執務室の椅子に腰かけ、しばらく吟味するように間を置いてから返事をした。

「縮退炉を放棄してスモーも廃棄処分のするというのは、賛成しかねますな」

執務室の大きな机の前に座ることが嫌いなベルリは、机を椅子代わりにお尻を乗せて並べたデータに眼を落としていた。

「月もトワサンガも、基本的には太陽エネルギーだけで重要設備の大半は維持できるように設計されています。シラノ-5も薔薇のキューブが分離して心配しましたけど、調査の結果では資源には影響がなくて、水も空気も自律的に供給されるようになってますし、過剰なエネルギーは戦争の元ですから」

「エネルギー供給に余力を持っておくのは良いことでは?」

「ぼくも最後まで迷ったんですけど」ベルリは月で生産されたコーヒーを口に含んだ。「宇宙から脅威が消えたいま、残しておく必要はないと判断しました」

「ううむ」

「初代レイハントンが月の内部にハリーさんたちムーンレイスやその技術を隠していたのは、いずれビーナス・グロゥブやトワサンガ内部のヘルメス財団と戦争になるとわかっていたから、切り札に残しておいたのだと思います。ここ数日検討していたのですが、初代レイハントンは、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の中でエンフォーサーの反乱が起きて、地球にフォトン・バッテリーを供給するいわゆる表向きのヘルメス財団が、裏のヘルメス財団であるエンフォーサーに乗っ取られることまで想定していたんじゃないかと。ビーナス・グロゥブのエンフォーサーたちの目的は大執行、つまり全軍を挙げてのレコンギスタですから、トワサンガはそれを受け入れなければ大戦争になる。いや、むしろ大戦争になることを前提に、ムーンレイスの戦力を温存していたのだと考えたんです」

「その隠し玉がG-セルフだったと」

「G-セルフとそのコクピットに搭載されたサイコミュ。さらにはザンクト・ポルトの装置。ニュータイプに関する研究はトワサンガの方がはるかに進んでいたようですし」

「根拠はあるのかな?」

「命についての考え方に大きな違いがあると思うんです」ベルリは天井を見上げた。「ビーナス・グロゥブは長寿を目指した文明の発達が根幹に存在します。ラ・グー総裁は200年以上の長寿、ジムカーオ大佐もかなりの長寿です。ボディスーツだって、ムタチオンに対処するためだけに発達したわけではないでしょう。そもそも長寿を目指してきたから、機械の身体を抵抗なく受け入れている。身体を機械にしてまで生き延びるということは、死を恐怖しているということです」

「ああ、そういうことか」ハリーは思わず頷いた。「ニュータイプ思想は、必要以上に死を畏れないからこそ成立する考えだ。彼らにとって死は思念体に進化するイニシエーションに過ぎないからな」

「誰だって死ぬのは怖いでしょうけど、その向こうに美しい世界があると知って、実感できて、体感もできるのならば、自分の生命に過剰なエネルギーを投入してまで死から逃れようとはしないはずです」

ハリー・オードはこんなとき相手が少年でなければ酒を所望するのにと残念がった。だがその気持ちはミラーシェードの奥に隠されたままだった。彼はベルリのコーヒーをカップに注いで我慢した。

「ビーナス・グロゥブのことはベルリくんほど詳しくはないが、彼らは月と同じ大きさになるほどにまでフォトン・バッテリーを作り蓄え続けているとか。彼らのエネルギー不足への過剰な恐怖は一体なのが原因なのだろう? 地球で消費される分まで労働奉仕するなどとスペースノイドでも普通では考えられないことだ。対価を要求しても別に誰が咎めるわけでもないだろうに」

「エネルギー不足への過剰な恐怖・・・。ハリーさんたちムーンレイスの皆さんも外宇宙から帰還してきたのでしょう? 何か共感することはありませんか?」

「帰還者といっても数世代前のことで、我々は地球圏で生まれ育っているから何とも・・・」

「人類が外宇宙へ進出した原因は、戦争の拡大と継続が目的だったのでは?」

「いや、それはどうかな」ハリーは首を横に振った。「ビーナス・グロゥブのヘルメス財団がそうだったとでも?」

ベルリは言葉を探りながら応えた。

「地球環境の悪化に絶望した人類が外宇宙に居住可能な惑星を探すことはあると思うんです。おそらくそれを決断させるほどかつて地球環境は悪化していた。人が住めなくなるほどでなければ、外宇宙に出ようなんて考えないですよね。だから、生きるために出ていった。それは間違いない。でも、あくまでそれは表向きの理由で、そこの惑星へ辿り着いても人類はモビルスーツを作って争い続けたわけでしょう? 生きるための移住と、特権階級を維持したいという欲望は常にセットで動いていたはず」

「移住するといっても、金が掛かるわけだからな。それを出したのがヘルメス財団の前身組織で、彼らは移住先の惑星で戦争をさせて使った富を回収していた。君の言いたいことはそういうことだろうか?」

「はい」

ハリー・オードは歴史には無関心な男であったが、それでも自分たち外宇宙からの帰還者がモビルスーツでの戦いを絶え間なく継続してきたことは聞いたことがあった。だからこその冬の宮殿でであり、黒歴史であったのだ。それらの事実とヘルメス財団の在り方を考慮して考えると、モビルスーツによる戦いがまるで経済活動や公共事業のように扱われていたことにも納得がいった。

「人類は・・・、愚かだったのだな」

ハリーはベルリの提案を受け入れることにした。彼はすっかり冷めたコーヒーで喉を潤して、しばらく雑談したのちに退去しようとして思い止まり、ドアのところで振り返った。

「初代レイハントンに関する歴史をまとめる話だが、早急に取り掛かりたい。出来れば資料収集のために人員を割いてもらいたいのだが」

「いまザンクト・ポルトにやっている大学生たちが戻るまで待ってもらえますか?」

「彼らか・・・」ハリーは頷いた。「いいだろう。著述などとガラではないが、気になることも出てきたのでな」


3、



ザンクト・ポルトのスコード教教会に結集した調査団の内訳は、トワサンガからの大学生グループが30名、アメリアからの調査団が50名の計80名であった。

本来彼らはキャピタル・テリトリィ法王庁の20名を加えて100人態勢で月にある冬の宮殿を調査して、人類の戦いの記録から黒歴史の編纂をしていくことが目的だった。しかし、法王庁のおかしな動きを察知したベルリが、トワサンガの学生をザンクト・ポルトに送り込み、さらに月に来るはずだったノレドとラライヤ、アメリア調査団を同地に止め置いて法王庁の20名だけを月に移送したのだった。

こうして月での反乱で彼ら80名が捕虜になるのを避けたのである。

ザンクト・ポルトにおける法王庁の振る舞いに腹を立てた調査団は、法王庁との共同調査を拒否した。その話を聞いたザンクト・ポルト住民たちからぜひ自分たちも調査団に加えてもらいたいとの申し出があり、協議の結果民間歴史愛好家20名が調査団に加わることになった。

「あたし? ムリだよぉ」

ノレドはその調査団長に推挙されて、必死になって辞退を申し出た。

「学術調査の責任は自分が取りますから」

シラノ-5からやってきた大学教授アナ・グリーンは、あくまで形式上のものだからと抵抗するノレドをなだめなければならなかった。ノレドは彼女の教え子になるのだ。アナは40歳になる大柄の白人女性で、フリルのついたシャツをパンタロンの中に入れて男装風のいでたちで眼鏡を掛けている。

アメリア政府から派遣されてきた歴史政治学教授ジャー・ジャミングもノレドを調査団長にすることに賛成だった。38歳の彼は囚われの身だった数日間でアナ・グリーンと意気投合してパートナーのような立場になっていたが、アメリアには家族がいるのだという。

「こういうものはだね」ジャーは髭面を引っ掻きながら話した。「権威付けも必要なんだ。何せ相手はスコード教の総本山なわけだから。何が起こるかわからないだろう? 君に迷惑が掛かるようなことはしないし、そんなことはトワサンガの人も許さないだろう。ね?」

「そうです」アナはノレドの肩に手を置いた。「あなたに何かあったらベルリ王子が黙っているわけない。あなたには誰も手出しできない。だからこそ、形式的でいいから、ね?」

ノレドはなおも不満そうであったが、ちょっと照れているだけで本心では調査団長と呼ばれることに悪い気はしていないのだった。ラライヤはノレドの内心がよくわかるだけに醒めた顔でノレドの抵抗を眺めていた。

本来調査団は月の冬の宮殿を調査してから、テクノロジーに詳しい人間を入れてザンクト・ポルトの思念体分離装置の研究をする予定であったが、ノレドから予想外の資料が提供されたことで、資料分析班と実地調査班に分かれてデータ収集だけ先にやってしまうことになった。

アナはウィルミット・ゼナムから提供されたトワサンガの行政組織の情報に釘付けになった。それはシラノ-5に5つあるリングの最上階、立ち入り禁止エリアだったノースリングの行政区画内の様子が詳しく記されていて、失われたいまとなってはエンフォーサーのことを知る貴重な資料であったからだ。

ジャーはハッパから託された紙の資料に向き合って難しい顔つきになっていた。それはアメリアが近々発表するはずのレコンギスタ事件に関する報告書の草稿の一部で、主にエンフォーサーについて記されている。アメリアの大学教授で宇宙へ来たのは初めてになるジャーは、エンフォーサーについては報道以上のことは何も知らない。そもそも「人類の祖先がいったん地球を脱出して外宇宙に移住したのちに帰還してきた」ことも初めて聞く話だったのだ。彼はとんでもないところに来たものだと息を飲んだ。

アナとジャーは同時に紅潮した顔をあげてノレドを見たが、ジャーはどうぞとばかりにアナに譲った。

「ノレドさんもノースリングの立ち入り禁止区域に入ったのですか?」

アナにとってそれは重要なことであったらしい。ノレドは腕組みをして首を横に振った。

「あたしが入ったのはノースリングの上だよ」

「上?」

「シラノ-5はノースリングの上の部分に薔薇のキューブがくっついていたんだ。ハッパさんの資料にはラビアンローズって書いてあるけど、あたしはラビアンローズのエンジン部分から内部の工場のところを通って、居住区域に入っていっただけ。そこでこの子を助けたんだ」

ノレドはそう言ってラライヤを前に差し出した。ラライヤはこの調査団の一員ではないのだが、月からメガファウナが来てベルリの指示があるまでは彼女を護衛する立場にある。彼女はまだノレドの近衛騎士隊長のままなのである。

「ラビアンローズ?」

聞きなれない言葉に戸惑うアナに、ジャーが助け舟を出した。

「それはこちらの資料にありますね。『薔薇のキューブは惑星間宇宙船であり、移動式のスペースドッグであり、宇宙世紀にはラビアンローズと呼ばれる民間企業の施設であった可能性が高い』と。ノレドさんは、その、こういうことに詳しい人なのかな? 月の王子の婚約者だと聞いているが」

「ああ、それね」ノレドはそっけなく言った。「本当はまだ決まってなくて。あたしはそのつもりだけど・・・。詳しいというよりね、薔薇のキューブを壊したのはあたしたちだから」

「は?」

アナとジャーはそうしたことはまだ何も知らないらしく、唖然とした顔でノレドの顔を眺めまわした。

「あたしとここにいるラライヤは、ジムカーオ大佐との戦いのときにシルヴァーシップと戦ったんだよ。ビーナス・グロゥブには2度行ってるしね。ビーナス・グロゥブのラ・グー総裁には、いくらでも使えるキャッシュカードも貰ったんだ。ほら」

そう言ってノレドがヘルメス財団の紋章が入ったカードを見せると、アナとジャーは互いに何か考えるように押し黙り、同時に何か言いかけたが今回もジャーが譲った。

「ノレドさんはシラノ大学に進学する予定だと聞きましたけど」

「そうです」

「そちらは近衛騎士隊長のラライヤ・アクパールさんよね。あなたもどうかしら?」

それからふたりは、アナとジャーに質問攻めにされたのだった。


4、



「思念体の分離装置ってどんなものなの?」

「あたしが知るわけないじゃないですか」

結局ノレドとラライヤは根掘り葉掘り質問されただけで訓練不足を理由に資料分析班には入れてもらえなかった。まだ入学前のノレドと軍籍のラライヤは思念体分離装置解析班に回されたのだが、こちらも分析するわけではなく写真撮影などのちの本格調査に必要な資料収集が主な仕事だった。

「ったく、失礼しちゃうわ」

ノレドはてっきり自分も資料班だと思っていたので、追い出されたときにはむくれて口を尖らせて文句ばかり言っていた。それに対してラライヤはビーナス・グロゥブの出来事を持ち出して慰めた。

「あたしたちとリリンちゃんでビーナス・グロゥブを自由に歩いたことがあったじゃないですか。あのときあたしたちは『トワサンガとビーナス・グロゥブの違いを見つけてやる』って頑張って観察したつもりだったのに、何ひとつ違いを見つけられなかったでしょ。訓練不足なんですよ。大学で何かを専攻するというのは、ああいった場面で違いを見つける手掛かりになる知識を身に着けるということじゃないですか」

「そうなのかなぁ」

「いずれトワサンガに来たら話があると思いますけど、ノレドさんは大学の授業と同時にスペースノイドになるための技能訓練も受けるんですよ」

「スペースノイドのなるための? 宇宙で生まれた人がスペースノイドじゃないの?」

「それはアースノイドの考え方なんです」ラライヤはきっぱりと否定した。「地球で生まれた人はスペースノイドとアースノイドの違いは出身地だと思っている。でも宇宙で暮らす人間にとって重要なのは、その人物がどんな教育を受けてきて、どんなスキルを身に着けていて、何が出来て、どんな仕事を任せられるかってことなんです。いまキャピタルに移住したリリンちゃんは、まだ子供ですけどスペースノイドとしての自覚とスペースノイドとしてやるべきことを理解している。でもノレドさんはそうじゃない。ノレドさんだけじゃなく、地球で暮らしている人はみんなそうです。地球にはビーナス・グロゥブから移住した人が何人かいますけど、おそらくみんな地球人が宇宙に出たらすぐに死ぬだろうって思って日々生活してますよ。宇宙では人間がやらなければならない仕事を全部地球にやってもらっている。木でもなんでも生えているものを伐るだけ。狭い面積と限られたエネルギーで最大の収量をあげるにはどういう形でどんな木々を植えればいいのかなんて考えない。土の管理のことも考えない。全部地球任せでしょ?」

「宇宙では違うんだ」

「違います。分配の仕組みだって違う。木は土地の所有者のもので、伐った人は賃金を貰うだけなんてことは宇宙ではない。植えたときからそれはいつ伐採してなんに使うか決まっているんですから」

「そういう訓練を受けるの?」

「項目はたくさんありますし、テストもあるんですよ」

「頭が痛くなってきた」

ノレドは本当に頭を抱えて苦しそうな顔をした。ラライヤからは宇宙で暮らす人間が地球人とは違うという話は何度も聞かされていたが、テストがあるとは思っていなかったのだ。

ノレドがテストの内容を訊こうとしたときだった。歩いて向かっていたスコード教大聖堂からけたたましい声をあげて何人もの人間が外に走り出してきた。

「装置の解析班の人たちだ。行ってみよう!」

ふたりは駆け出し、大学生と思しき一段と合流した。

「どうしたの?」

「幽霊が出た!」

「は?」

学生たちは口々に幽霊が幽霊がと騒ぎ立てていた。

ノレドとラライヤの目の前には、全面ステンドグラスの奇妙な形の建物が聳え立っていた。それはスコード教大聖堂。上空から見ると建物はレイハントン家の紋章の形をしているという。地上からは壁が局面になった変な建物にしか見えないそれは、調査にやってきた人々をことごとく怯えさせて吐き出していたのだった。



HG 1/144 グリモア (ガンダムGのレコンギスタ)

HG 1/144 グリモア (ガンダムGのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2014/10/25
  • メディア: おもちゃ&ホビー



HG 1/144 ガンダム G-ルシファー (ガンダム Gのレコンギスタ)

HG 1/144 ガンダム G-ルシファー (ガンダム Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/03/14
  • メディア: おもちゃ&ホビー



HG 1/144 ダハック(ガンダム Gのレコンギスタ)

HG 1/144 ダハック(ガンダム Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: おもちゃ&ホビー



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「ガンダム レコンギスタの囹圄」第30話「エネルギー欠乏」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


moon.jpg


第30話「エネルギー欠乏」後半



1、


「何をしているのですか。さっさと片付けて」ウィルミット・ゼナムはいつものように部下たちにテキパキと指示を出していた。「クラウンの運航を中止するのですから養生をしっかりしなければ再開するときに支障が出るでしょう。機械類は完全に覆ってしまってね」

ビグローバー内は多くの運航庁の職員が走り回っててんてこまいの様相を見せていた。ウィルミット・ゼナムがクラウンの運航を中止してキャピタル・タワーの電力をキャピタル・テリトリティ中心部に振り分けると発表したとき、運航庁の職員はまさに我が耳を疑った。ウィルミット・ゼナムはどんなことがあろうともクラウンの運航だけはやめないと考えられていたからだ。

しかし、エネルギー不足が顕著となったキャピタル・テリトリティでは、そんなことも言っていられないほど状況は逼迫していたのである。キャピタル・テリトリティはクリム・ニックによる絨毯爆撃とその後の侵略行為、建設ブームの煽りを受けて地球上で真っ先にフォトン・バッテリーが尽きる地域になっていたからである。以前の世界ならば考えられないことであった。

事実上行政機関のトップとして働きづめの彼女は、仕事が忙しくてイライラしているだけでなく、尊敬するゲル法王がスコード教会に追放され、新法王に息子のベルリが指名されたことに激怒していたのだ。彼女がピリピリしているのは、忙しさから乱暴になっているのではなく、噴き出してくる怒りを必死に抑え込んでいるからであった。

「いつになっても殿方たちは何もしてくれませんのね」

彼女の刺々しい言葉遣いはここ数日ずっと続いていた。それは主に男性職員に向けられていたので、彼らは長官を顔を見るだけで逃げ出す始末であった。どうせオールド・ミスのヒステリーだと思われているのだろうなと顔をしかめながら、彼女は職員たちを叱咤してビグローバーの閉鎖作業を進めた。

彼女の男性への怒りはいつまで経っても国会再開にこぎつけられないことがそもそもの発端であった。自分が行政機関を維持している間になんとか生き残りの国会議員を集めて形ばかりでもいいから立法府を作ってくれと懇願しているのに、政治家たちは脚の引っ張り合いばかりで一向に国会開催にこぎつけられず、それどころか自分たちが選挙で有利になるようにゴンドワン移民やらクンタラ移民にできもしない約束をして、そのたびに元々の住民の反発を食ってはそれぞれのグループの対立を強めるばかりだったのである。この国には強い男がいない。ウィルミット・ゼナムは心底それが嘆かわしかった。

宗教国家であったキャピタル・テリトリィは、フォトン・バッテリーの配給利権で国家が成り立っており、何もしなくても多くの人間に分配が約束されていた。政治家は甘い公約を掲げるだけで、キャピタル・タワーで運ばれてくるフォトン・バッテリーが彼らの公約を果たしてくれたのだ。その利権が丸々消えてなくなり、エネルギーが地球で最初に尽きてしまう地域に転落し、移民が増え治安がメチャクチャになったいまこそこの国には強い男が必要なのに何たるざまかと嘆いているのだ。

ウィルミット・ゼナムは、なぜかクンパ大佐のことを考えていた。ごく短期間で宗教国家に軍隊を作り上げて戦争をさせた男というのは、こうした状況下にこそ必要ではないかと考えたのだ。彼がビーナス・グロゥブのピアニ・カルータという人物で、戦争による人類の遺伝子の強化を目論んでいたことなどすでに明らかになってはいるが、もしかしたら彼の目論見はキャピタル・テリトリティのようなところには必要だったかもしれないのだ。強いか弱いかは、必要不必要の問題であって善悪は関係ない。その人物がいかに悪を成そうと、必要なときには必要なのである。

その日の夕刻、無事にビグローバーは閉鎖された。未知の発電方法でキャピタル・タワー自体が巨大な発電機である以上、その電力を無駄にクラウンの運航に使うわけにはいかなかった。使用されなくなった電力は急いで整備された送電線によってビグローバーを取り巻くように建つ行政区域に供給された。

「ここまではいいとして・・・」

ウィルミット・ゼナムにはキャピタル・テリトリティを再生させるプランがあった。若手行政官を動員して作らせた渾身の案であったが、結局それを発表してくれる政治家は選出されず、かといって自分がそれを世界に向けて発表するわけにはいかなかったのだ。

地域住民だけでなく、いまや世界の人々がトワサンガの若き王ベルリ・ゼナム・レイハントンがクラウンの運航長官ウィルミット・ゼナムの子供であることを知っている。さらにアメリアの若き有望政治家アイーダ・スルガンも彼の姉だと知っている。この状況下で自分が表に出ることがあると、トワサンガのレイハントン家による独裁体制を目指していると勘繰られる恐れがあったのだ。彼女は息子の脚を引っ張るつもりも、義理の娘に苦労を背負わせるつもりもなかった。スルガン提督が亡くなったいま、アイーダも我が娘だと彼女は考えていたのである。

そこにようやく最終便から降りてきたケルベス・ヨーが戻ってきた。ウィルミットはホッとした顔でケルベスを手招きして演説の草稿を手渡した。

「じゃ、お願いしますね」

「あれ、やっぱりやるんですか。自分は一介の教師ですよ」ケルベスはさすがにウンザリして応えた。「結局政治家は誰もこれを発表できなかったんですね」

「形ばかりですから」

ウィルミットも今回ばかりは申し訳なさそうにしていた。

その夜のことだった。キャピタル・ガード養成学校の教師で現在はクラウン運航長官補佐のケルベス・ヨーは、キャピタル・テリトリティの軍事独裁政権の代表として以下のことを発表した。

①クラウンを運航停止して余剰電力を市民に開放するとともに役所を全面的に再開する。

②旧市民の権利を剥奪し居住希望者全員のID登録の義務化とその受付の開始。

③すべての土地所有権の剥奪と公平な再分配の約束。

④クリムトン・シティに関する投資債権の無効化。

⑤新市民の労働技能測定と合格者への参政権付与。

⑥3年後の議会再建。

⑦政教分離の推進。

かくしてケルベス・ヨーは再び形式上の軍事独裁者となり、行政の決裁者となった。もちろん事実上すべてはウィルミット・ゼナムがやることになる。

彼女はポケットにしまっていたメタルカードをケルベスに手渡した。それはG-メタルと似た形をしており、彼女がノレドに渡したものと同じだった。それは新しいIDカードの見本だったのだ。

「ジムカーオ大佐に誘われてトワサンガのノースリングで働いていたときに、これを使っていたんです。住民の情報はこれで管理しますから、いままでより手続きは簡素化されますし、不正な金品のやり取りも監視できます」

「自分、いま独裁者なんですよね」ケルベスはそれを大人しく首から下げた。「でも、新市民の第1号が独裁者ってのはどうにも格好がつきませんね」

「そんなの」ウィルミットはウンザリした顔で溜息をついた。「男たちに言ってちょうだい」


2、



ザンクト・ポルトは燃えていた。

権力を笠に着て大量の学生たちを捕まえたのが運の尽き、ノレドがアイーダのG-メタルで彼ら学生たちを解放したものだから形成は一気に逆転してスコード教団とキャピタル・テリトリティ法王庁の職員は大暴れする学生たちの前になすすべなく殴られ蹴られ引きずりまわされてボロボロの風体で道端に放り出される有様だった。

さらにトワサンガのベルリ・レイハントンが学生たちを支持しているという噂が広まるやザンクト・ポルトの人々も彼らの抗議活動に加わってスコード教の権威は一気に地に落ちてしまった。

「拝み屋のくせにッ!」

暴徒と化した一団は口々に奇声を発しながら法衣を着た人間を見つけ次第襲い掛かってリンチにしていくのだった。スコード教団の人間を拝み屋呼ばわりしているのは、アメリアから派遣された調査隊のチームであった。彼らは20名ほどの少人数であったが、元々さしてスコード教が根付いていない自由の国の人間であったから、宗教家の横暴には心底腹を立てていた。

ザンクト・ポルトはカシーバ・ミコシの居留地でスコード教の聖地であったが、この最終ナットの住人も、自分たちが行っている行為が宗教とは関係ないただのエネルギーの運搬事業だと気づいてしまうと、敬虔な気持ちなど気づけばなくなってしまうのだった。

数日間幽閉されて不自由な生活をさせられたトワサンガの若者たちは、かつてこれほどの屈辱は受けたことがなく、頭に血が上ってなかなか冷静になるのは難しい状況だった。

しかも先頭に立って坊主を殴りつけているノレドは、一時はトワサンガの王妃になると宣伝されていた女性で、ザンクト・ポルトでもかなりの有名人であった。そんな人まで牢屋にぶち込まれていただの、トワサンガの王子の名前を法王庁が勝手に使っただの、説法に目覚めたゲル法王を追放したのはスコード教団だのと噂は噂を呼び、市民たちは学生に食料と武器を供給して徹底して戦うよう励ます始末であった。この運動にリーダーが存在しないこともあって、暴動はひたすら激しく燃え上がっていった。

ザンクト・ポルトの警官隊はすでに再編されていたが、学生たちの抗議活動を黙認した。警察はこの暴動は鎮圧しようとすれば逆に燃え上がるものだと見抜き、自然鎮圧、つまり彼らが疲れて動けなくなるのをじっと待ったのだった。夕刻になってそれはようやく収まった。

暴れるだけ暴れて疲労困憊の学生たちは、何となくノレドの周囲に集まってきた。スコード教会の地下にあるという肉体と思念を分離する装置の調査に来ただけの彼らにはリーダーになるべき人間がいなかったので、年下ではあったがトワサンガの若き王子ベルリ・レイハントンの知り合いというだけでノレドは頼られる立場になったのだ。

ノレドもまた興奮が収まっていなかったので、集まってくる人間をすべて率いて道端に力なくへたり込んだスコード教団の坊主たちを縛り上げると、自分たちが隔離されていた施設に放り込み、そのままスコード教の聖地ザンクト・ポルトスコード教教会に乗り込んだ。そこはもはやもぬけの殻で、教団関係者はひとりもいない。ノレドはひまわりのアップリケのついたバッグをドンと机の上に置いて大きな声で叫んだ。

「さあ、これは不完全だけどアメリア議会に提出される調査報告書の草案だ。ハッパさんという人はエンフォーサーのサイコミュを調べ上げた人で、議会に提出されない事実もここには書いてある」

ノレドがそう話すとアメリアの調査隊からほうと感嘆の声が上がった。

「それにこれ!」ノレドは2枚あるメタルカードの1枚を高く掲げてさらにまくしたてた。「これはクラウンの運航長官から戴いたトワサンガの薔薇のキューブの実態についての資料ッ! これにはトワサンガの行政を牛耳ってきたエンフォーサーの秘密がたくさん入ってる。わたしたちはこのふたつの資料とスコード教教会の装置の秘密を暴いて、宇宙世紀初期にあったというニュータイプ研究の秘密に迫るッ! 初代レイハントンは自分を偉大なニュータイプの生まれ変わりだと称してムーンレイスと戦ったらしい。それが何を意味しているのかいまはわからないけど、ここにいるみんなで絶対に過去の秘密を暴いてみせる。そして宇宙世紀が黒歴史になってしまった理由を探そうじゃないの。もしわたしたちが宇宙世紀の失敗の原因を探し当てることができたら、わたしたちはもう1回宇宙世紀の理想にチャレンジできるかもしれない。宇宙世紀は人類にとって希望の世紀だった。なのに、何かが狂ってしまって戦争ばかりになっちゃった。その理由を知ってるのはビーナス・グロゥブの人たちだけど、あの人たちは答えは教えてくれない。自分たちで探し当てなきゃいけない。スペースノイドとアースノイドはなぜ分かり合えなかったのか、それを乗り越える奇蹟は本当にあったのか。ではなぜそれが後世の人に伝わらなかったのか。全部わたしたちが見つけてビーナス・グロゥブの人たちとの距離を縮めなきゃいけない。あの人たちはここよりずっと太陽の近くで地球の人のエネルギーを心配してわたしたちの分まで働いてくれていて、ムタチオンで苦しんで地球に帰りたがっている。もしわたしたちとビーナス・グロゥブの間の情報格差がなくなって、同じように考え、同じように行動できたのなら、わたしたちは技術を使うことを怖れなくてもよくなるかもしれない。それが本当の解決でしょ? わたしたちはもっと勉強して賢くならなきゃいけない。アースノイドとスペースノイドの労働意識の違いはいまベルリが対策を考えてくれている。ビーナス・グロゥブと同じ高い規律意識さえ持てば、アースノイドとスペースノイドの間の断絶は取り除かれる。そうでしょ?」

ノレドの突然の演説はトワサンガとアメリアからやってきた調査団に感銘を与えた。彼らは漠然と初代レイハントンが作った誰でもニュータイプ現象が体験できる装置の研究をするつもりでいたのだが、その先にある真の目的をはっきりと意識することができたのだ。

「ゲル法王は人間と人間の間にある断絶は必ず乗り越えられると言ってる。法王さまは宗教の話をしているけど、2000年前に起きたことは神話じゃない。事実なんだ。人間はすでにニュータイプ現象で人と人との間にある絶対の断絶を乗り越えたことがある。生の先には、先には・・・」

ノレドはふいに気づいた。クンタラでありながら彼らの宗教に帰依せずスコード教徒になった父が話してくれたクンタラの聖地カーバのこと・・・。ノレドは、思念体となった人間がいる場所こそがクンタラの聖地カーバだとふと気づいてしまったのだ。

やはり、クンタラはニュータイプと関係ある。ノレドはそっと唇を噛んだ。そしてそれを忘れようと首を振るといつもの明るいノレドに戻ってさらに声を張った。

「そんなわけだから、今日からここがわたしたちの宿舎だ。食料の調達と寝床の準備を急いで。いまからみんなで自己紹介し合って、明日からさっそく研究に取り掛かろう!」

ノレドの掛け声で全員が一斉にこぶしを突き上げたのだった。そんな彼女を横目で眺めながら、ラライヤはこう考えていた。

「ノレドは、ときどき急に冴えることがある。何かが憑いてるんじゃないかってくらいに。ビーナス・グロゥブで運搬船の返却交渉したときもそうだった。誰かに導かれているのだろうか・・・」



3、



「独立できない? 独立できないとはどういう意味なんですか? だって月はトワサンガで生産される物資のほとんどを生産しているのでしょう?」

すっかり月を支配している気になっていたギャラ・コンテ枢機卿は狼狽の表情を隠すことができなかった。指令室にたむろしていたスコード教団と法王庁の人々も、突然押しかけてきたムーンレイスの技術者たちを不安そうな表情で眺めていた。

「あなた方は地球の人たちなので、宇宙でのライフライン維持の仕事がどれほど厖大かお分かりにならないのでしょう。月には最低の人員しか置いてもらっていません。我々はメガファウナの人たちがトワサンガから交代要員を連れてきてくれないと24時間ずっと働かねばならなくなる。地球から来た若い子をこちらで預かってますけど、まだ右も左もわからない状態でとても任せられるところまで習得は進んでいない。本当ならもうとっくに我々はトワサンガに戻って休暇中だったんです」

「そんなことを急にいわれても」

法王庁の人間が官僚らしく交渉の場に進み出てきたが、交代要員がいない事実は覆せそうもなかった。

「月は宇宙世紀の間ずっと改造を受け続けていて、どこに何があるのか我々も把握していないのです。しかも我々はコールドスリープから目覚める前は500年前にいたんですよ。この500年間に何があって、月のどこのどんな仕掛けがされているのかもわかりません。より確かなのはずっと運用されていたシラノ-5です。いまは頭が取れてしまってノースリングが止まっている状態ですけど、ずっと運用されていたコロニーと時代ごとの技術が入り乱れる月では確実性の観点から比べ物にならない。ここはあくまでシラノ-5が完全復旧するまでの仮の運用で、トワサンガに居住しながら気長に月内部の全体像を把握していくしかないんですよ。お分かりになりますか?」

「しかし、あの、ムーンレイスの方は・・・」

法王庁の人間はしどろもどろになっていた。

「フィット・アバシーバ隊長ですよね? あの人の言う独立とあなた方の言う独立は同じ意味ではないでしょう? 隊長はシラノ-5にビームを打ち込んでジャミングを掛ければ独立達成ですよ。あなた方はここに生活の拠点を置くというのでしょう? 働きもせずに」

「いや、聖職者としての責務を・・・」

「そんなものは責務じゃないんだ! お前らはスペースノイドのことを何もわかっちゃいない!」

ついにトワサンガのの技術者たちは怒り出してしまい、休暇を寄越せと暴れ始めた。そこに軟禁状態から解放されたドニエル艦長も加わり、たいした戦闘もなくスコード教会と法王庁の人間は縛り上げられてしまった。

ドニエルは法衣に身を包んだ彼らを「拝み屋拝み屋」と罵りながら、簡単な操作だけ教わっていたモニター表示を点灯させた。そこには金色のスモーとノーマル色のスモーが対峙している様子が映し出されていた。ドニエルが振り返って同意を求めた。

「あの金色のがハリー隊長のものなんだろう?」

ええそうですと技術者たちから答えを引き出すと彼は満足して低い威圧感のある声で命令した。

「メガファウナに物資の搬入だ。すぐにシラノ-5に運んで交代要員を連れてきてやっから、お前らも手伝ってくれ。ハンドリフトくらい使えるんだろ?」

「そうりゃもう」

「拝み屋ども」ドニエルはギャラ・コンテ枢機卿を睨みつけた。「宇宙では法衣なんて何の意味もないことをすぐに教えてやるぜ。生きたまま宇宙に放り出してやる」


4、


「よくもオレの顔に泥を塗ってくれたな、フィットよ」

ハリー・オードが自分の愛機1機で月にやってきたのを見たフィット・アバシーバは、部下に部隊全機出動するように命じた。ところがそれに従う部下はひとりもいなかったのである。顔を赤くしたフィットはたった1機で出撃し、ハリー・オードを殺すつもりで向かっていったものの一言すごまれただけで意気消沈してしまっていた。

「どう落とし前つけてくれるんだ」

ハリーは部下の失敗に寛容な男であったが、まるで意味のない反乱行為は別だといわんばかりの剣幕であった。ハリーにこれほどきつく叱られたことのないフィットは頭が真っ白になってしまって口答えする力も残っていなかった。

「反乱罪は銃殺である」ハリーは冷酷に告げた。「すぐにコクピットから出てこい。いつものように撤退はさせんぞ。おとしまえをつけてもらう」

するとスモーのスピーカーからパンッという破裂音が聞こえてきた。フィットはコクピットの中で自殺したのだった。ハリーはチッと舌打ちをしたが、実はそうさせようと考えていたのだった。

というものも、ベルリからは事を穏便に解決してくれと頼まれていた。ベルリは軍隊経験がほとんどないので、軍規というものを理解していない。連れて帰って営倉に放り込んでもそれは反乱行為の処罰としては甘すぎ、甘い処罰では何度も同じことを繰り返すことになってしまう。

「結局逃げたことに変わりはないがな」

ハリーの感想は冷たいものだった。彼は大声で月に残った部隊構成員にスモーとフィットの遺体を回収する用意に命じた。

かくして月の反乱はいともあっけなくかたがついてしまった。ハリーはシラノ-5を振り返り、少しだけ心配になった。

「それにしてもベルリくんは地球側のエネルギー不足をどう考えているのだろうか。もしこのままフォトン・バッテリーが配給されなかったら、地球は大混乱に陥るだろうに」


5、



即決のハイデン。もしクン・スーンの話が本当だったなら、時期的にとっくにビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーは届いているはずだった。アイーダはクンとゲル法王と話すまで、ハイデンという人物が地球にフォトン・バッテリーを配給するかしないかで悩んでいるのかと思っていたのだ。

しかし彼をよく知るビーナス・グロゥブのクン・スーンは、そんな甘い期待を打ち砕いた。

私設秘書のレイビオとセルビィを執務室に呼んだアイーダ・スルガンは、アメリア国内のエネルギー状況を改めて検討した。科学知識が豊富なアメリアであっても、やはり森林の伐採は進んでおり、せっかく砂漠から森林に回復した地域でも再び砂漠化が進行しているという。

「キャピタル・テリトリティは経済状態が思わしくありませんからな。テーブル大地の巨木はどんどん伐採されてこのアメリアへ輸出されているのです。もしキャピタル・テリトリティを荒廃させてしまいたいのなら逆にいまがチャンスでしょう。国内の森林地帯の保護条例を作れば、さらにキャピタルからの木材の輸入が増えて、赤道付近はむかしの荒涼たる砂漠に戻るでしょう」

「そんなことは・・・」

長らくグシオン・スルガンの秘書を務めてきたレイビオの言葉は、まるで父の冷酷な一面を垣間見るようでアイーダは怖ろしくなった。

しかしレイビオにはなるべく父の言葉や考え方を娘に伝えたいという思いがあるらしく、アイーダの気持ちを察しながらもなおもスルガン的な考えの話を続けた。

「南米大陸に巨大国家があるのはアメリアには決して好ましくない。これはグシオン提督のお考えです。あんな場所に唐突にキャピタル・タワーが建設された意味は分かりませんが、この500年でアメリアの優位性はキャピタルに奪われ、せっかく蓄えた科学技術も破棄しなければなりませんでした。とくにディーゼルエンジン。ディーゼルエンジンの復活と工業用の油の生産はアメリアの基幹産業になるはずでしたのに」

アイーダは父の言葉を思い出しながら応えた。

「500年前には鉱山業もまだ盛んだったとか。炭鉱などもあったのでこのまま産業革命が起こると考えられていた。そうでしょう?」

「その通りです。石炭と鯨油で産業革命を起こすはずだった。そこに月からの使者というものらが現れてアメリアに租界を作ろうとした。いま問題いなっているムーンレイスのことです。彼らとの戦争があり、追い返したところが、いつも間にやらキャピタル・タワーが建設されて、それまで蓄えていた技術は一気に廃れてしまった。アメリアはフォトン・バッテリーの配給権の前にずっと頭を押さえられていた。姫さま、フォトン・バッテリーが来ないというのならいいではありませんか。500年前に戻っただけですよ。これをチャンスと捉えねば」

「それだけはいけない気がするのです・・・」

アイーダは悩まし気に議会対策のプロでまだ若いセルビィの顔を見た。セルビィはアイーダに代わってレイビオに食って掛かった。

「そのお考えはいますぐ捨てるべきではないでしょうか?」

「捨てる? それはまたなぜ?」

「お嬢さまはスルガン提督の娘であるだけでなく、レイハントン家の娘でもあるということをレイビオ氏はすぐにお忘れになる。キャピタル・タワーを作ったのはレイハントン家です。お嬢さまはそのどちらの立場も考慮しなければならないわけですから」

「だからそんなものにいつまでも囚われるなとお進言申し上げておる」

「いや・・・、ちょっと待って。ちょっと待って」アイーダは指で額を押さえた。

「何かよいお考えでも?」

「ああ、そうか」アイーダはテーブルをドンと掌で叩いて立ち上がった。「産業革命はやはり間違っていたんだ。産業革命が勃興しつつあったアメリアと宇宙世紀を否定しながら技術を引き継いでいたムーンレイスの接触は危険な行為だった。ムーンレイスはいったん月に引き返したけど、ディアナ閣下とキエル・ハイム女史は入れ替わったままだった。いつまた接触が再開されるかわからない。だから地球人には見えないところでムーンレイスは完全に封じられた。そして初代レイハントンはビーナス・グロゥブの地球への直接関与も阻止した。これは・・・、これはおそらく、黒歴史に残されていたあの映像だ。ビーナス・グロゥブはスペースノイドとアースノイドは戦って勝った方が地球を支配するというエンフォーサーの考え方だった。ニュータイプに進化した者が地球の支配権を持つ。スペースノイドとアースノイド、ニュータイプとオールドタイプの最終戦争。それが大執行。ジムカーオ大佐はレイハントンを姑息だといった。人類すべてにニュータイプ体験をさせる装置は大執行の妨げになる。それを否定するものだ。だから姑息。宇宙世紀の過ちを繰り返させないための優生による支配が大執行の考え方だ。これに対抗するための初代レイハントンの答えが、人類すべてのニュータイプへの進化だった。スペースノイドとアースノイドの相互往来のためのキャピタル・タワー、規格対立を避けるためのユニバーサル・スタンダード。相互理解のためのスコード教。そしてオールドタイプにニュータイプ現象の実在を体感させるためのザンクト・ポルトの装置。全部人間同士の対立を緩和する仕掛けじゃないですか。ビーナス・グロゥブの自己犠牲的な労働は、いつしかわたしたちが「交代の時間です。お休みください」とビーナス・グロゥブに申し出なければならないことだった。それをあの人たちはムタチオンに苦しみながら待ってくれていた。フォトン・バッテリーが来るとか来ないとかじゃない。こちらからフォトン・バッテリーの生産のための交代要員を連れて赴かなきゃいけなかった。彼らを宇宙での苦しい労働から解放させなきゃいけなかった。そう! ベルリがやろうとしていることはこれだッ! レイビオ、すぐにゲル法王猊下のアジア行きを阻止して。セルビィ、キャピタルのウィルミット長官とお話がしたい。コンタクトをお願い」

アイーダがにわかに活気づいたことに驚きながらも、ふたりの秘書はすぐさま彼女の願いを叶えるために動き出した。

「だからベルリはクリム・ニックとルイン・リーをビーナス・グロゥブに送り込んだんだ。大罪人であるあのふたりは、ビーナス・グロゥブで自由奴隷になる。そして、地球からフォトン・バッテリーの製造技術を学びにビーナス・グロゥブを訪問した最初のアースノイドになる。ベルリはトワサンガでスペースノイドとして訓練を受けさせ、ビーナス・グロゥブに労働派遣させることでビーナス・グロゥブの人たちに戦わなくてもレコンギスタする機会を与えようとしている。これがユーラシア大陸を横断してあの子が見つけた答えだったんだ」



HG 1/144 グリモア ガンダムGのレコンギスタ

HG 1/144 グリモア ガンダムGのレコンギスタ

  • 出版社/メーカー: ノーブランド品
  • メディア:



HG 1/144 宇宙用ジャハナム(クリム・ニック専用機) (ガンダム Gのレコンギスタ)

HG 1/144 宇宙用ジャハナム(クリム・ニック専用機) (ガンダム Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/01/17
  • メディア: おもちゃ&ホビー



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「ガンダム レコンギスタの囹圄」第30話「エネルギー欠乏」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


moon.jpg


第30話「エネルギー欠乏」前半



1、


クンパ大佐とジムカーオ大佐による大規模反乱によって、トワサンガのヘルメス財団はその正体が知られないうちに壊滅してしまった。トワサンガのヘルメス財団とは、ウィルミット・ゼナムがジムカーオ大佐に紹介されて目にしたノースリングの行政官たちのことである。

トワサンガの行政区を取り仕切っていた彼らが果たして「宇宙世紀存続派」だったのか「ニュータイプ集団」だったのか、確定的なことは誰にもわかっていない。真実はいまだ歴史の闇の中に閉ざされたままなのだ。

ただ、クンパ大佐が関係していたレコンギスタ支持派の多くにビーナス・グロゥブのヘルメス財団とトワサンガのレジスタンスが関与していたのはわかっている。彼らの前身が軍産複合体組織であったことは確かなようで、対してジムカーオ大佐の反乱に加わったのは、宇宙世紀時代にニュータイプ研究所として機能していた研究者の集団であったようだ。クンパ大佐の反乱の協力者は主に兵器開発者であり、ジムカーオ大佐の協力者はニュータイプ研究者であった。

彼らが何を企み、何を目指し、何をしようとしていたのか、全容は明らかになっていなかった。それもそのはず、すべての大本であるビーナス・グロゥブからの情報が圧倒的に少なかったために、地球の人間はただ茫然と宇宙での戦いを眺めるしかなかったのである。

トワサンガのヘルメス財団に残党はいない。彼らはジムカーオ大佐の用意周到な作戦によって完全に取り込まれ、薔薇のキューブとともに全滅してしまった。それがクンタラ出身であったジムカーオの復讐だったことは、ごく一部の人間が断片的に知るのみである。

ザンクト・ポルトを天上界とし、トワサンガとの交流の利権を一手に引き受けていたキャピタル・テリトリティのスコード教団は、キャピタル・ガードの調査部を使って情報をコントロールしていたクンパ大佐とジムカーオ大佐を失ってからというもの、自分たちの信仰の根幹が揺らいで気が動転してしまっていた。

彼らは自分たちの利権がいままでと同様に確保されることを前提に組織を運用していこうと考えていたので、まずもってゲル前法王の打ち出した「人と人との間の断絶を乗り越える奇跡を信じる」などという世迷いごとに付き合うつもりはさらさらなかった。ゲル前法王の新方針は、彼らに何の実利ももたらさなかったからである。スコード教団関係者にとって、実利がないとはつまり信仰の意味がないということであった。

彼らはジムカーオが成そうとしていた「レイハントン家の復興によるスコード教団の地位保全」を支持していたが、そもそもフォトン・バッテリーの供給が再開されないのではないかと不安になって、いろいろ悩んだ挙句にムーンレイスの存在に辿り着いた。

ムーンレイスはトワサンガの住民にとっても御伽噺の中の存在であり、ディアナ・ソレルは月の女王として神話の中の存在に等しかった。その女王が500年の眠りから目覚め、大きな陰謀を阻止する大活躍を果たした。彼女とムーンレイスには独自の技術体系があり、ふんだんにエネルギーを生み出すことが出来る。彼らムーンレイスならば、ビーナス・グロゥブに代わる「実利をもたらす信仰対象」になり得るのではないかと考えたのだ。

ところが肝心のディアナ・ソレルはアメリアのどこかの地域に隠れるように移り住んで暮らしているのだという。アメリアに大きな拠点を持たないキャピタル・テリトリティのスコード教団は、ディアナ・ソレルの居所を探すことすらできない。彼女を担ぎ上げて新法王にするなり、信仰の対象とすることは諦めるしかなかった。ゲル前法王もそのアメリアに取り込まれつつあり、自分たちは取り残される一方だと感じてしまったのだ。

そんな折のこと、月の奥深くにある冬の宮殿を調査中であった派遣団から、トワサンガには巨大船がないとの連絡がもたらされた。唯一稼働中なのはメガファウナというアメリアの船で、これも武装は解除されていて攻撃能力はなく、多くの戦艦は月にある宇宙世紀時代のドッグに封印されているというのだ。しかも彼らの女王は月にはいない。月を手中にすれば、自分たちが天上人になることさえ可能ではないかと、彼らは夢想してしまったのだった。

「知れば知るほど月というのは大変な代物です」ギャラ・コンテ枢機卿は興奮を抑えきれなかった。「宇宙世紀の時代からの技術が詰まっている。月自体が地球人の科学文明の粋を集めた結晶のようなものなんですね。無限のエネルギー、無限の生産力、地球から失われたものがすべてここには残っている。何て豊かな場所なんでしょう」

ギャラ・コンテ枢機卿は惚れぼれとした顔をキョロキョロとあちこちに向けた。彼はいま月を縦断する地下の鉄道設備を案内されて興奮していた。月の輸送システムは基本的に宇宙空間へ出て行われているが、いつの時代の遺産なのか、月の表面と裏面を結ぶハイパーループが存在するのだ。彼が案内されたのは、月の表面側にあるハイパーループの駅であった。

駅には彼が判別できないユニバーサルスタンダード以前の文字と様々な記号が描かれていた。壁も床も天井もすべてが銀色で覆われ、作られてからどれほどの時間が流れたのかまるで見当もつかない。つい昨日完成したばかりだと言われても信じてしまいそうなほど劣化を免れていた。

案内しているのは月に常駐しているムーンレイスの職員だった。彼は法王庁の調査団のところへ地球からやってきたギャラ・コンテ枢機卿のでっぷり太った姿に辟易しながらも、接待係としての自らの仕事は忠実にこなしていた。何の目的で月に来たのか詰問することは彼の仕事ではなかった。彼は鼻息荒くはしゃぐ枢機卿相手に淡々と説明をしていった。

「人類が初めて月面に着陸してからおよそ2000年。この施設は我々が初代レイハントンによって月に封じられてから発見したもので、成立年代がわかっておりません。500年前にはいまと同じようにここに存在していた。実は月の内部の施設はその多くが不明で、各施設の成立年代も不明、使用されている文字も様々、動力源も様々、長さと重さの単位もどうやら2種類存在するといわれています。枢機卿の時代のユニバーサルスタンダードを加えると3種類です。地球のように発掘品は出てきませんが、未発見の施設はおそらくたくさんあります。その中にどのような驚くべき設備があっても不思議ではないといわれているのです」

ギャラ・コンテ枢機卿は黄ばんだ目を案内役に向けた。

「動力源というのは発電設備のことでしょうか?」

「そうです。おおよそ核分裂、核融合、縮退炉、ソーラーシステムですが、ソーラーシステムはバッテリーの寿命が尽きており、現在は使用されていません。核分裂炉は燃料棒が抜かれてかなりの時間が経過しており、核融合炉は現在再点検中で稼働していません。現在利用しているのは縮退炉のみです」

「その縮退炉というものだけで、月のこの設備すべてを賄っているのですか?」

「そうです。我々の時代に近い設備なので、しばらくは縮退炉だけで運用されるはずですが、月にはヘリウム3が豊富にあるので、核融合炉の稼働も検討中です」

「素晴らしい。実に素晴らしい。無限のエネルギーじゃないですか。フォトン・バッテリーなど必要ない」

技術者がすでに絶えており、縮退炉を新造することはできないのだが、案内人はそこまでは話さなかった。何せ彼はエネルギーが枯渇しつつある地球からやってきた彼が太っていることが気に食わなかったのである。こんなに太っていて病気になったら欠員はどうするのだろうかと、スペースノイドである彼は考えてしまう。

「やはり、フォトン・バッテリーなど必要なかったのですな」

ギャラ・コンテ枢機卿は、相手の怪訝そうな顔には気づかず、興奮気味にまくしたてた。


2、


「連絡は取れないのか?」

ディアナ・ソレルが薔薇のキューブとの戦いで指揮を執った月面指令室は、いまでは数人が詰めているだけのトワサンガとの連絡室として使用されていた。月の表面にあるために、裏面の向こう側にあるトワサンガとの連絡には不便であったが、他に使える適当な施設が見つかっていないのだった。彼らはトワサンガのベルリ・レイハントンの方針に否定的で、月を人類の居住区にすべきだとの意見が主流であった。

「妨害電波なんですかねぇ?」通信士は首を捻った。「トワサンガとの連絡がまるっきり取れないんですよ。いまあちらには船がないはずで、通信が途絶えると困るんですよね」

通信士はトワサンガをモニターしているわけではなく、月のモビルスーツがシラノ-5を攻撃したことは知らなかった。話を聞いた男も首を捻るばかりで、事情を呑み込んではいなかった。

「仕方ないなぁ。機器の故障なのか妨害電波なのかわからないから、エンジニアに相談してくる」

そういう彼もエンジニアではあるのだが、ムーンレイスが作った食料プラントしか修理はできない。様々な時代の施設が入り組んだ月のシステムは、技術体系がまるで違うために解析の糸口さえ掴めていない状態だった。彼は眼鏡を拭きながら、トワサンガのことを考えて顔をしかめた。

彼に限らず、月に残ったムーンレイスの技術者の多くはベルリ・レイハントンの方針に反対している。というのも、彼らはフォトン・バッテリーの時代のシステムに関する知識がなく、トワサンガに移住させられるとまた一から技術体系を学び直さなければならないからだ。

フォトン・バッテリーに関する技術は現代においてユニバーサル・スタンダードと称され、かなり簡素な仕組みにはなっていたが、簡素であるがゆえに故障した際に何をどう修理していいのかわからなくなっていた。主な修理方法は交換である。修理箇所は専門の技術者に委ねられ、その技術体系はかなり複雑であるのだ。

男がやってきたのは月の表面と地球を見ることが出来るガラス張りの窓のある食堂であった。この場所も通電させて施設として利用はしているが、いつの時代のものかわかってはいない。そこには彼の友人たちがたむろしていたが、いつもと違って興奮した様子であった。

「おい、妨害電波が出てるって知ってるか?」

「あ、コルネが来た」気密管理のエキスパートのハットが振り返った。「それどころじゃないぞ。ディアナ親衛隊のフィット・アバシーバが反乱を起こしたかもしれないって」

「反乱を起こしたっていうなら、妨害電波も彼か? ついにベルリ少年に実力行使で抗議する猛者が出現したってわけか。オレは連帯責任は御免だからな」

ハットは遅れてやってきたコルネに事情を説明した。彼によると、トワサンガへの移住に反対していたフィット・アバシーバは、地球から冬の宮殿の調査にやってきていた法王庁の集団200名から月と地球圏のビーナス・グロゥブからの独立の方針を聞かされ、処分覚悟でシラノ-5に抗議の意思を示したのだという。

「砲撃もしたのか?」戦闘経験のないエンジニアであるコルネは肩をすくめた。「おいおい、戦争になってあのハリー隊長に敵うわけないだろう。フィットは何を考えているんだ?」

「だからこうしてさ」ハットも嫌そうな顔で手をひらひらとさせた。「こっちに火の粉が降りかからないようにするにはどうしたらいいかと相談しているんだ」

「お前らはそういうけど」水質管理をおもに請け負っているサコタが話に加わった。「トワサンガの上半分のリングをちゃんと動かせたからって、フォトン・バッテリーが来なきゃあの資源衛星だって使い物にならないんだぜ。リングを回す動力は何か特殊な手段で維持されていて、その管理者は死んでしまった。内部のエネルギー源はすべてフォトン・バッテリー。水の循環もできなければ、水質保全もできない。当然空気だって作り出せない。あの王子さまは肝心なことをわかってないよ」

「だけど、重力を発生させるリングの動力は5年は大丈夫なんだろう? そう聞いたぜ」

「技術者が死んでるのに、そんなことアテになるもんかよ。5年以内にフォトン・バッテリーってのが来るのか来ないのか、そもそもオレは空気の玉とか水の玉とか、あんなものに頼って生きているってだけで足元が寒くなるよ。あれだってビーナス・グロゥブからの配給なんだぜ。そんなものに頼ってるシラノ-5に移住してこいとか、トチくるってるよ」

コルネは手で丸い形を作りながらサコタに応えた。「あれは地球で補填できるのか? つまり、中の空気や水がなくなったら入れ物を再利用できるのかって話だけど」

「できないできない」サコタは呆れた顔で手を振った。「空気や水をあの小さなボールに圧縮することなんか地球人にできるわけがない。オレたちにだってできない。技術がこう」彼は指先をクルクルと回した。「逆に戻ってるんだよ。技術体系がターンしてしまっている。逆方向に向かってるんだな。そもそもどうやって中から空気や水を取り出せるのかもわからない。電気だってアダプターを使わなければ取り出せない。アダプターの作り方は地球人が知ってるらしかったけど、仕組みはわからないって話だった。フォトン・バッテリーと同じさ。技術はビーナス・グロゥブにしかない」

「フォトン・バッテリー、水の玉、空気の玉。なんでもビーナス・グロゥブからの配給。この事実に恐怖しない連中の気が知れない。ビーナス・グロゥブの機嫌を損ねたらいつでも大量虐殺されてしまうじゃないか。何も送ってこなきゃいいんだから」

「確かになぁ」コルネもこのことに関しては同意見であった。「サコタが言うように、オレたちがレイハントンとの戦争に敗れてから技術は退化しているよな。500年前か、ディアナ・カウンターのときは地球人も飛行船を飛ばしたり、ディーゼルエンジンを作ったりしていた。それがいつの間にか技術が、そう、ターンしてしまって、フォトン・バッテリー前提で何もかも組み立てられてしまっている。以前より進歩しているようで、まったく逆だ。技術体系のコアな部分の知識がまるで欠落している」

「だからさ、反乱したってのよ。我々ムーンレイスの技術で新しい世界を作ろうってさ。エネルギーなんて宇宙で作ってビームで地上に転送すればいいんだから」

「ムリムリ。地球に送れても利用でないよ。どこにも送電線がないだろ。銅もなけりゃ、それに代わる技術もない」

「最悪、トワサンガの連中を全員月に迎え入れて、月の研究をすりゃいいんだよ。連中はヘルメスの薔薇の設計図だのなんだのって言ってるけど、月に残された技術の方がはるかに膨大だし、生存に必要な情報が詰まってる。これを放置して来るのか来ないのかわからないフォトン・バッテリーに頼るなんてどうかしてるよ」

彼らの不満は大きかった。しかしエンジニアである彼らは、なぜ技術がターンしてしまったのかまで関心がなかった。技術をすべて解析して掌握できないことが不満だった。

核心技術をビーナス・グロゥブに依存した地球は、フォトン・バッテリーを失った時点でキャピタル・タワー建設時点はおろかそのはるか昔まで文明を後退させることは間違いなかった。自力でディーゼルエンジンを組み立てても燃料の生産はおそらく植物の大量生産なくては意味がない。化石燃料はとうの昔に尽きてしまっている。地球人はろくな発電設備を持っていないのだ。

「フォトン・バッテリーがわざわざ金星から運ばれて来るおかげで、地球人は使用できるエネルギー量が人口に直結していることを忘れてしまっているんじゃないか。資源の尽きた地球はで生きられる人類はおそらく1億人程度だろう。それが地球全体に散らばっているのだから、わざわざモビルスーツを作ってレコンギスタするなんてナンセンスだよ。人が死んでいくのを待って、あのタワーとかいうので降りていけばいいだけだ。戦う必要なんて初めからなかったんだ」


3、


フィット・アバシーバはディアナ親衛隊の部隊長の中でも取り立てて有能というわけではなかった。彼は地球からやってきた200名の冬の宮殿調査チームの世話係をやっているうちに、ある閃きを得て突然彼ら地球人の地球圏独立案に賛同してしまったのだ。

彼はディアナ・カウンターの一員として地球の降り立ち、∀ガンダムと戦ったことがあった。その圧倒的戦闘能力の前になすすべなく退散しただけであったが、彼は∀ガンダムを文明を崩壊させるための悪魔の機体だと見做していた。∀ガンダムは、地球の文明を崩壊させて人類文明を古代まで退化させたというのだ。

「あの方の言うことは本当なんですかね?」

法王庁の役人たちは、地球圏独立を訴えいざ実行に移してみたものの、戦いに不慣れな官僚や宗教家ゆえに事の成り行きは大きな不安を感じていた。

冬の宮殿近くのホテルのような建物に泊まり込んで1か月が経過しようとしていた。その間、特にこれといった成果がないままモビルスーツ同士の戦いの映像ばかり見ているうちに彼らはすっかり飽きてしまっていた。その映像を一緒に眺めていたフィット・アバシーバだけが突然興奮し始めて、彼らがベルリ・レイハントンに反旗を翻すと聞いてすぐさま賛同したのだった。

「∀ガンダムというものが外宇宙からやってきた人間によって地球にもたらされて文明はいったん崩壊したもののアメリアを中心に再び文明は再興したと。それを見たディアナ・ソレルという方が地球に再入植しようとやってきたところ、条約に不備があったやらなんやらで結局その計画は見送ったと。そのあと月に戻ると、突然レイハントンという者が攻めてきて月の裏側の宙域を奪われて月に閉じ込められた云々。わたくしにはサッパリ理解が追い付かないのですが」

「話半分でいいでしょう」法王庁の官僚が応えた。官僚といっても法衣姿であった。「歴史など誰も正しくは把握していないものです。立場によって歴史は変わる。それより肝要なのは、500年前にアメリアが自主開発した技術が廃れたという話です。初代レイハントンがムーンレイスに戦いを挑み、彼らを月へと追いやった。そのあとにキャピタル・タワーが出来て、フォトン・バッテリーが供給されるようになったことで、最先端だったアメリアの技術よりも優れた技術が地球にもたらされて、一気に技術体系が塗り替わったと。一見宇宙世紀70年代まで技術体系が進んだかのように見えるが、実はフォトン・バッテリーがなければ500年前より技術そのものは劣っていると。肝心なのはここです」

「つまり・・・」スコード教団の神父が心配顔のまま続けた。「地球圏独立は正しいということで?」

「正しいというより、キャピタル・テリトリィが再び新技術供与の旗手となるにはこの方法しかないかと。フォトン・バッテリー中心の技術ではもうアジアには追い付けない。しかし、フォトン・バッテリーがこのまま供与されず、ムーンレイスの新技術を我々が持ち帰ればわたしたちが神になるのです」

スコード教団がトワサンガに突きつけた条件は、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術の復活、資源衛星を新たに作るの6つであった。

「ベルリという少年がどんな人物なのかよくは知りませんが、よほどのバカじゃない限り自分がトワサンガの王になって同時にスコード教の法王になることが最も正しい判断だと気づくことでしょう。彼の妃にふさわしいのはクンタラのノレド女史、もしくは月の女王ディアナ・ソレル。どちらになっても彼は新時代の神となり、わたくしたちは神のしもべとなるのです。これが最善の策というもの」


4、


一方、幽閉されていたザンクト・ポルトのスコード教会宿泊施設の一室を抜け出したノレドとラライヤは、意外に手薄な見張りの眼をかわしながら建物の外へと出た。すでに数度来訪経験のあるふたりは、サーチライトの明かりをひらりひらりと避けながら市街地へと逃げることに成功した。

噴水のある公園には警察の姿があったため、ふたりは念のために身を隠して行き過ぎるのを待ち、公園を横切ると農業家畜プラントのある地区まで逃げた。時間は深夜。人工的に作られた夜であっても、クラウンの住民にとっては本物の夜である。住民は寝静まっていた。

「もう追ってこないかな」

とのノレドの言葉を、ラライヤは即座に否定した。

「逃げたとわかればどこまでも追ってきますよ」

「くー、G-ルシファーさえあれば」

「ザンクト・ポルトを脱出するにはキャピタル・タワーで地上か下のナットに逃げるか、メガファウナに乗って月に行くしかない。メガファウナは月に向かってしまったから戻っては来られないでしょう。だとしたらわたしたちが向かうのは・・・」

「あちらさんもクラウンは警戒しているはず」

「でも、人を幽閉しているにしては監視がほとんどなかったのは気になりません?」ラライヤはノレドに顔を近づけた。「スコード教会の本拠地ですよ。もっと大勢に囲まれていると思っていたのに、全然人がいない。もしかしてこれって」

「これって?」

「みんな月に亡命したのでは?」

フォトン・バッテリー枯渇の折、夜はどこの商店も店が閉まっている。そもそもバッテリーの供給がなければザンクト・ポルトの住民は仕事にあぶれてしまう。ザンクト・ポルトとはあくまでフォトン・バッテリーの中継地点なのだ。ここでカシーバ・ミコシより降ろされたフォトン・バッテリーをキャピタル・タワーに積み込むのが住民の仕事である。

ふたりは町はずれの小さな教会を見下ろす丘でしばし休息を取ることにした。ノレドは草の絨毯の上に大の字になって伸びたが、ラライヤは周囲の警戒を怠らなかった。

ノレドが呟いた。

「スコード教のお偉いさんたちは月に逃げたのか」熱心なスコード教徒である彼女は顔を膨らませた。「フォトン・バッテリーが来なくなっただけであの人たちはこんなみっともないことになってしまうのか。もうあたしは敬虔なスコード教徒には戻れそうにないよ」

「ノレドさん」ラライヤは意を決した顔つきになった。「もしノレドさんが覚悟を決めてくれるというなら、第3の道もあるんです」

「第3の道?」

「反乱ですよ」

「お?」

ラライヤは声をさらに潜めた。「ノレドさんを出迎えにクラウンで降りる前ですけど、地球でスコード教の枢機卿会議があるって聞いていたんです。大きなイベントなのでザンクト・ポルトからも多数の出席者があったことでしょう。そして今回の反乱。スコード教の人たちは月に逃げた可能性がある。ザンクト・ポルトにいてはいつ迎えが来るかわからないし、キャピタル・ガードが乗り込んでくる可能性もあるわけですから、わたしたちが乗るはずだったメガファウナにたくさん乗り込んで月へ向かったはずなんです。そこでノレドさんを捕まえて、ベルリさんとの交渉の道具にするつもりだった。ということは、いまザンクト・ポルトのスコード教会はほとんど人がいない」

「なるほどね」ノレドは舌を出した。「こっちにはアイーダさんの正式なG-メタルがある。こいつはオールマイティーのジョーカーみたいなもの。どこの電子ロックも解除できる。だから、トワサンガから来た大学生たちのところに乗り込んで・・・」

「一緒に反乱を起こすんです」

ザンクト・ポルトのスコード教教会には学術調査のための派遣団が来ていた。その大学生たちと合流してザンクト・ポルトを制圧しようというのだ。ふたりは強く頷き合った。


5、


ディアナ親衛隊の中でいまだ無敗を誇るフィット・アバシーバ隊は、大きな不安に包まれていた。

危なくなるとすぐに逃げることから「撤退のアバシーバ」と異名をとる自分たちの部隊長が、突如覚醒したかのように攻めに転じたことに疑念を持たぬ者はいないといってよかった。いくらディアナ・ソレル不在とはいえ、ハリー・オードに逆らって自分たちがただで済むのかどうか彼らは胃に穴が空く思いでシラノ-5を攻撃したのだった。

意気軒昂、自信満々なのは当のフィット・アバシーバだけであった。彼は自慢の金髪をなびかせてじっとシラノ-5を睨みつけていた。

フィットは無線を通じて自分のスモー隊に檄を飛ばした。

「いまこそディアナ・カウンターを実行に移す時である。地球はこれから土民の時代に逆戻りしていくことだろう。地球人は過去に何度も何度も文明を興しながらそのたびに失敗してきた。それは我らに伝わる黒歴史に学ぶことができよう。地球人は欠陥人種なのだ。地球は我らスペースノイドが統治してこそ真の平和が訪れる。これは我らスペースノイドによる地球人の救済であって侵略ではない。憎きレイハントンもそのことを承知だったのだ。だからこそ我々を殺せなかった。我らが月の文明圏で築き上げてきた来たものを、いまこそ地球に持ち帰るときだ。我らは地球と月でしっかりと文明を再生し、ビーナス・グロゥブよりやってくる外敵と戦わねばならない。ビーナス・グロゥブ、彼らこそ我々ムーンレイスの真の敵である。地球文明圏の再生は、我々ムーンレイスに掛かっている!」


HG 1/144 カバカーリー (Gのレコンギスタ)

HG 1/144 カバカーリー (Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/07/18
  • メディア: おもちゃ&ホビー



HG 1/144 ダハック(ガンダム Gのレコンギスタ)

HG 1/144 ダハック(ガンダム Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: おもちゃ&ホビー



HG 1/144 ジャスティマ (Gのレコンギスタ)

HG 1/144 ジャスティマ (Gのレコンギスタ)

  • 出版社/メーカー: BANDAI SPIRITS(バンダイ スピリッツ)
  • 発売日: 2015/06/13
  • メディア: おもちゃ&ホビー



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

「ガンダム レコンギスタの囹圄」第29話「分派」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


g.jpg


第29話「分派」後半



1、


ザンクト・ポルトのスコード教団が地上にいるゲル法王を支持し、キャピタル・テリトリィの法王庁が宇宙にいるベルリ・ゼナム・レイハントンを支持するねじれ現象は、一時は大きく報道されたが人々の関心はすぐに薄らいでいった。地球ではエネルギー不足が本格的になり、それどころではなくなっていたのだ。

ゲル法王自身から「フォトン・バッテリーは来ないかもしれない」と聞かされたアイーダは、それを世間に公表することはなかった。ゲル法王も積極的に触れ回ったりせず、成り行きに任せる姿勢を示した。キャピタル・テリトリティの法王庁が彼を退任と発表したことで彼は帰るべき土地を失っていたが、本人はアメリアでの説法会が終わるとアジアへ向かう旨を表明した。船の手筈が整い次第、ゲル法王はアジア地域での説法会のためにアメリアを離れることになった。

そのころ宇宙では、地球のエネルギー不足をよそにエネルギーの自活に向けた様々な手段が奏功しつつあった。その最たるものは、月に眠っていた宇宙世紀時代のインフラ活用であった。

ジムカーオ事件が起きたとき、ベルリは救難信号を追い求めて月の内部に深く潜入したことがあった。そのとき彼は、月がほとんど人工天体のように改造されている事実に気づいた。人類は最も近くにある天体である月を宇宙進出の足掛かりにするために、数世紀に渡って基地化してきたのである。

インフラは時代によって技術体系がバラバラであり、宇宙世紀時代初期のものは文字もユニバーサルスタンダードではない。ムーンレイスもまたそれら月のインフラをすべて把握しているわけではなかったので、学術調査チームを立ち上げて月の内部の全体構造を解析するプロジェクトが発足した。

縮退炉を中心としたムーンレイスの技術体系によるものはすでに稼働しており、月はフォトン・バッテリーを失って生産能力が落ちたトワサンガに多くの物資を供給する立場になっていた。ザンクト・ポルトにおいてもそうである。月を中心とする宇宙圏は、ムーンレイスの月のエネルギー源と生産設備によって自活の道を歩み始めていた。

これによって、ベルリのかねてからの計画であるレコンギスタ希望者の地球入植と、地球の若者の宇宙留学を同時に開始できるはずだった。かりそめの王としてトワサンガの再興に心血を注ぐベルリと、ムーンレイスを託されたハリー・オードは共にそうするつもりであった。

月で反乱が起こったのは、計画の具体的なスケジュールが決まりつつあるときだった。

ハリー・オードがベルリとともにトワサンガのノースリングの再起動を試みようとしていたとき、突然警戒警報が鳴り響き、続いて爆発音が聞こえた。顔を見合わせたふたりは、急いで行政区画が生き残っているセントラルリングへ急いだ。

ディアナ親衛隊とトワサンガ守備隊を混成して作ったトワサンガ警察隊からの報告で、スモーの一群が数発の威嚇射撃ののちにサウスリングの南の岩盤部分を撃ったのだと知った。

激怒したのはハリー・オードであった。

「誰がモビルスーツなど勝手に使っていいといったか!」

彼はすぐさま部下を引き連れて自分のスモーで出撃していった。トワサンガの機能はいまだ回復半ばであったが、仮復旧しているセントラルリングの商業施設の一部を行政区域に指定し、ベルリの仮王宮もかつてのコミュニティセンターに作られていた。爆発音を聞いた行政に関わる人々は、大急ぎで仮王宮に集まってきた。王宮といっても小さな建物である。

ベルリには、セントラルリングの本物の王宮と国会議事堂を使うつもりはなかった。

「王子!」即位式も戴冠式も行っていないベルリは、王の権限を持ってはいたが王子と呼ばれていた。「月基地より入電。レイハントン王は直ちに教会への学術的調査を中止し、信仰の自由を保障すること。月勢力圏の地球からの独立を宣言すること。ビーナス・グロゥブとの交流を断ち、独自文明圏として宇宙世紀時代の技術を復活させること。資源衛星を新たに作ること。これらを満たさない場合は月はトワサンガから独立するとのことです」

現在トワサンガの行政官の多くはムーンレイスであった。彼らと大学を卒業したばかりの新卒で成り立っており、立法府は存在せず、総裁は王であるベルリが行っていた。まだ復旧は道半ばなのである。そんな折の月の反乱であった。

「めんどくさいことになった」ベルリは顔をしかめた。「でも反乱といったって、月にいるのは生産工場にいるサウスリングの人たちとムーンレイスの技術指導者だけなのに」

「それと、クンタラですよ。彼らがいます」

そう口にしたのは、トワサンガの大学を卒業したばかりの若い行政官であった。ベルリはそのもののいいようにますます顔をしかめた。

クンタラ建国戦線の中心メンバーとしてジムカーオ大佐に利用されたクンタラたちの多くは、ルインとマニィらとともに罪人としてビーナス・グロゥブに送られている。そこでラ・ハイデンの判断を仰ぐことになっていたが、テロと軍事に関わっていなかった者は月でスペースノイドとしての訓練を受けていたのだ。

「どちらにしたって少数だ。スモーだってほとんどトワサンガに置いてある」

「新しく作ったのかもしれないですね」ムーンレイスのロム・カルテンが応えた。「攻撃したのはスモーらしいですが、月にはモビルスーツの生産設備がありますし、設備の中には探せば設計図もあるでしょう。フォトン・バッテリー仕様でなければ動かせます」

ベルリはすぐに否定した。

「原子炉や縮退炉の技術もなしに新造なんか出来るはずないよ」

「でも、反乱を起こしたってことはそれなりの数があるのでは?」

「どちらにしてもここじゃ無理だ」ベルリは走り始めた。「旧守備隊の施設を使う。警察隊に連絡。それからあるだけモビルスーツの準備。向こうから何か要求があったら回してください」


2、


すぐさま宇宙に出たハリー・オードは反乱を起こしたという敵がすでに姿を消していることに不信を抱いた。威嚇射撃や岩盤へのビーム攻撃で交渉相手を脅かせるとでも思っていたのだろうかと。

トワサンガのシラノ-5と違って月は巨大である。そのごく一部しか現在は使っていないが、過去に改造されたすべての機能が明らかになったとき、月の内部は人で溢れ、地球からやってきたスペースノイドの多くは月で教育を受けるはずだった。幼いころから訓練を受けていないアースノイドにコロニーで生活させるわけにはいかなかったからである。

現在滞在中なのはクンタラと呼ばれる被差別階級の若者たち500名程度。対してムーンレイスは女性が多いが2000名はいる。クンタラには攻撃兵器も持たせていないし、ましてやユニバーサルスタンダードになる前のスモーを動かせるはずがない。

「ベルリ、ベルリはいるか?」ハリーは無線に向かって怒鳴った。「敵は見失った。モニターにも映らないところからすると、月に引き上げたようだ。連中の狙いは何だろう?」

旧守備隊の施設に到着したベルリは息を切らせながら応えた。

「考えたんですけど、月にたくさんあるのはムーンレイスの艦艇ですね。旧時代のものはなるべく使わないように封印してあるでしょ」

「ふむ」ハリーはしばし考えて口を開いた。「フォトン・バッテリーが尽きつつあるという話に関係あるのだろうか」

「もしこのままフォトン・バッテリーが来なかった場合、トワサンガもザンクト・ポルトも地球も、一気に文明レベルを落とさなきゃいけないんです。とにかく何から何まで全部フォトン・バッテリーの使用を前提に作られている。1番エネルギーを使うのは飛行機や船。航宙艦はもちろん、通常の飛行機、外洋を渡る船、ああしたものも全部フォトン・バッテリーの利用を前提に技術体系が出来上がっているので、もし配給が来なくなっちゃったら、地球はあっという間に数百年前の時代に戻ってしまう。あちらの要求は、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術を復活、資源衛星を新たに作るの6つ。ということは」

ベルリは指を折りながら話した。

「スコード教関係者とムーンレイスの誰かと、おそらくはクンタラの誰か」

「クンタラもか?」

「おそらく。教会の学術調査の中止はスコード教の要求でしょうけど、信仰の自由の保障はスコード教に改宗してこなかったクンタラの要求だと思います」

「だとすると、月にいるほぼ全員が反乱に加わっていると考えた方が良いのだろうか」

「それはわかりません。正体を隠すためにグループ外の人間の要求も付け加えたのかもしれない」

「スモーを使っているのだから、ムーンレイスが加わっているのは確かだ。追いかけて一気に潰してやろうかとも思ったが、引き返した方がよさそうだな」

「ことを荒立てたくありません。そうしてください」

ことを荒立てる、この子はそう考えるのかとハリーは少し心配になった。宇宙世紀が否定されたコレクト・センチュリーの時代に生きたハリーでさえ、ベルリの戦争への嫌悪は行き過ぎているのではないかと思われたからだ。

ハリーはベルリが運命的に殺してはいけない人間を殺したことで宗教的なタブーを超えて、争いそのものを嫌悪していることを知らなかった。


3、


ザンクト・ポルトのスコード教教会を学術調査のために訪れていたノレドは、スコード教団の案内で宿泊施設に案内されたまま同行していたラライヤとともに監禁されていた。他の学生たちとはろくに挨拶もしないうちに部屋に案内されてそれっきりである。

ザンクト・ポルトのスコード教団はベルリ・レイハントン支持派で、彼の意向通りゲル法王続投支持だと思われていただけにふたりのショックは大きかった。特に熱心なスコード教の信者であったノレドは、相次ぐ事件でスコード教がヘルメス財団の隠れ蓑だとわかってからその信仰心が揺らいでいた。クンタラでありながらスコード教の信者であることは彼女のアイデンティティーに関わる重大な問題であったのに。

ノレドとラライヤは、どこかに逃げ道はないかと必死に探したのだが、教団のガードは固くとても逃げ出せそうにない。窓の外には急ごしらえの鉄格子まで嵌められていた。そこまでして一体何がしたいのか、脱出を諦めたふたりはずっとそのことを話し合っていた。

するとどうやら、月にある冬の宮殿を調査していたスコード教団が月で何かをしているということがわかった。冬の宮殿はムーンレイスの遺跡であるが、彼らムーンレイスとの戦いの後で初代レイハントンが月の奥深くに移設したものだった。オリジナルの冬の宮殿はもう存在しない。その調査のために、地球から多くの法王庁の人間が月を訪れ、ゲル法王が天の啓示を得たと話す事柄を調査していたのだ。

「法王庁の人間はあのおぞましい戦争の歴史を見て何も感じなかったのかねー」

ノレドは運ばれてきた食事をむしゃむしゃと頬張りながら毒づいていた。

「わたしはそれほど詳しくは拝見していないのですが・・・」ラライヤもパンをちぎって口に運びながら頷いた。「地球に小惑星を落として人類を抹殺しようとしていた人たちが、反対派の人たちとニュータイプの相互理解現象によってギリギリのところで絶滅を回避したとか。モビルスーツで小惑星を押し返したって聞きましたけど」

「その戦いでみんな死んじゃったんだよ。賛成の人も反対の人も。でもすごい力が働いて軌道を変えたらしいんだ。ジムカーオが薔薇のキューブをキャピタル・タワーに激突させようとしたけど、たぶんあんな感じだよ。月光蝶という武器がまだない時代だったから、本当に押し返した」

「その部分だけロックが掛かってG-メタルがないと見られなかったとか」

「リリンちゃんが見つけてくれたんだけど、なんでそんな肝心の映像を隠していたのか謎なんだよね。冬の宮殿にあるのは、モビルスーツによる虐殺の歴史だけで、ムーンレイスの人はそれを黒歴史って呼んでいる。ムーンレイスは宇宙世紀を黒歴史と考えて、最終氷河期から人類史を書き直したとか。それが正暦(コレクト・センチュリー)なんだってさ」

「でもムーンレイスの方々も外惑星からの帰還組なので、最終氷河期の開始と宇宙世紀の開始を一緒にしてしまっていたとか」

「なんかねー、その部分も大学で整理しなきゃって思っていたんだ。実際には宇宙世紀は2000年ぐらい前、ムーンレイスが地球人と接触したのが500年くらい前、500年前は初代レイハントンが生きていた時代というのが正しいみたい。1万年は全球凍結の後に起きた、文明のあけぼのみたいな時代らしい。そのあとの西暦が宗教に関する歴だったので、人類が宇宙に進出した時代を起点に宇宙世紀は始まったって」

「宇宙世紀ってユニバーサルスタンダードの初期概念の時代って教育されましたけどね」

「そうなのかも。おそらく宗教的な差異をなくしていこうという運動もあったみたいだから、スコード教の初期概念が模索された時代でもあったはずなんだ」

「宇宙というフロンティア自体が神のように人類に恩恵を与えてくれるみたいな」

「そうそう。天を仰ぎ見る行為と宇宙開発を結び付ける何かが起きていたはずなんだ。でも、科学万能の時代だったから、新しい宗教は生まれていない」

「トワサンガにムーンレイスの方々が多く移住してきて、サウスリングに居住しながらセントラルリングやノースリングの修繕に力を貸してくれているんですけど、彼らに話を聞くと、500年間の眠りから覚めて1番驚いたのは、技術体系が完全に入れ替わっていたことだったとか」

「フォトン・バッテリーだ」

「そうなんです。アメリアは500年前にすでに飛行船とディーゼルエンジンを自己開発していたそうですけど、飛行船はともかく、ディーゼルエンジンの技術は完全に廃れていたとか」

「あー、あの何の油でも動く内燃機関か・・・」ノレドはようやく食べるのをやめて話に集中した。「そういう発掘品が出るって話は聞いたことがある。ボロボロの納屋を解体しようとしたらそういうものが出てきたけど、直し方がわからないとか。全部フォトン・バッテリーに置き換わっちゃったのよね」

「500年間でキャピタル・タワーも完成している」

「キャピタル・タワーってフォトン・バッテリーじゃないんだよね・・・。フォトン・バッテリー・・・。500年前のレイハントン家はフォトン・バッテリーを使っていたの?」

「ん」ラライヤは言葉に詰まった。「当たり前のようにフォトン・バッテリーだと思ってましたけど・・・、そうか、初代レイハントン王が作ったタワーは別の発電システムなんだ。ということは、まだアグテックのタブーはなかった?」

「スコード教も?」

「初代レイハントンはスコード教徒だって習いましたけど」

「ヘルメス財団の隠れ蓑というだけなら、宇宙の人がスコード教を信じているのはおかしいんだけどね。でも、ラ・ハイデンというビーナス・グロゥブの新総裁は熱心なスコード教徒だったよね」

「こういう答えが見つからない難しい問題を勉強するのが大学なんでしょうね」

「入学前に頭が爆発しそうだよ」

そういうとノレドはすっくと立ちあがって胸元からG-メタルを取り出した。

「スコード教教会の最高機密がG-メタルで開いたならさ、ここもこれで開かないかな」

ノレドはアイーダから託されたG-メタルを入口の電子キーに差し込んでみた。すると扉はスッと開いたのだった。ノレドは驚愕の表情で振り返った。

「開いちゃったよ、どうしよ?」


4、


「丸腰の輸送艦相手に舐めた真似してくれるじゃねーか」

銃を突き付けられたドニエルはドスンと椅子に腰かけた。トワサンガに戻るはずだったメガファウナは月面から飛び立ったムーンレイスの戦艦に航行を妨害され、丸腰だったためにあっという間に艦橋まで制圧されてしまった。メガファウナは月面に係留され、トワサンガからは見えない場所に隠された。

「スコード教団は地球の今後のために行動しているだけです。こうした形で武力行使するのは本意ではありませんが、しばしご辛抱ください」

「拝み屋が」

ザンクト・ポルトでノレドとラライヤを乗せると見せかけてスコード教団を騙したドニエルだったが、それが彼らの逆鱗に触れてこうして拘束されてしまったのだった。そもそもスコード教団はノレドの身柄を確保したら同じように月へと連行するつもりだったのだろう。

スコード教団が宇宙と地球で分裂したと報道されたのは、彼らが流したフェイクニュースだった。スコード教団は1枚岩でゲル法王を教団から追放したのだった。

メガファウナを離れた彼らは、ザンクト・ポルトで拘束された仲間を開放するとランチに乗り換え、月面基地へと向かった。

「トワサンガへの威嚇攻撃の件はどうなったか」

「無事に終了しました。ハリー・オードのモビルスーツもまだこちらへは」

威嚇射撃の事件は、スコード教団がメガファウナとトワサンガの連絡を絶つための陽動であった。

「あのベルリという少年は、随分と慎重でいてくれて助かる。だが彼こそが新しい権力者であるから、こちらは上手くとりなさねばならない」

「はい」

「ムーンレイスの技術力があれば、ビーナス・グロゥブに頼らずも人類は自活できる。フォトン・バッテリーを前提とした技術体系は、バッテリーの供給が止まればすべて無意味になる。人類は何百年も文明を後退させるだろう。大気圏脱出することもできず、食糧難で多くが飢え死んだのちに、適切な人口に落ち着く。そのあとにキャピタル・タワーを使ってムーンレイスの技術を持って地表に降り立てば、その者が神となる。これこそが信仰の原点である。信仰は圧倒的な技術格差のある存在を畏怖して生まれるものだ。神は古来より技術を伝える者だった。それが神であり、神の子孫が王である。来るか来ないかわからない電池欲しさに頭を下げ続ける必要などない」

「月とザンクト・ポルトはおおよそ掌握しましたが、キャピタル・ガードがしぶとく、タワー全体はまだ運航庁の手中にあります」

「それとて、何も運ぶものがなければ、ただの上がったり下がったりする玉でしかない。すぐに食料も尽きて音を上げるだろう。音を上げるまで何も与えねばいいだけだ。もしガードがザンクト・ポルトに進出してきたら、ザンクト・ポルトを見捨てるまでだ。あそこにエネルギーの供給をしなければいい。問題になるのは、シラノ-5にある戦力だけだ。月を取り返されたら何もかも終わる。とにかくムーンレイスの連中を説得して、あのハリーとかいう男を抑え込まねば」

スコード教団は、いまだ戦争とテロの絶えないキャピタル・テリトリティを見捨て、法王庁の職員を伴い月へと移住していた。彼らは各地から選ばれた枢機卿さえ地球に残して、そのまま見捨てようとしていた。

人間同士の相互理解の奇蹟を訴えるゲル法王は、かつて同じ神を信仰した仲間の心の内さえまったく気づかなかったのである。

彼らはトワサンガのベルリに、要求を突き付けていた。それは、教会の学術調査の中止、信仰の自由の保障、月勢力圏の地球からの独立、ビーナス・グロゥブとの交流断絶、宇宙世紀時代の技術の復活、資源衛星を新たに作るの6つであった。

ヘルメス財団の宇宙世紀復活派は、クンタラという出自を持ち、自分たちニュータイプを食料としてきたヘルメス財団に深い恨みを持つジムカーオ大佐によってその多くが死んでしまっていた。

だが、宇宙世紀という物資に溢れた時代は、いつの時代にも魅力的であったのである。国家が没落したキャピタル・テリトリティの法王庁の役人と、フォトンバッテリー配給の権利を失い、ザンクト・ポルトの神秘を失ったスコード教団は、ムーンレイスの技術によって教団の再生を図ろうとしていた。



ガンダムウェポンズ ガンダム Gのレコンギスタ編 (ホビージャパンMOOK 684)

ガンダムウェポンズ ガンダム Gのレコンギスタ編 (ホビージャパンMOOK 684)

  • 出版社/メーカー: ホビージャパン
  • 発売日: 2015/10/31
  • メディア: ムック



ガンダム Gのレコンギスタ キャラクターデザインワークス

ガンダム Gのレコンギスタ キャラクターデザインワークス

  • 出版社/メーカー: 一迅社
  • 発売日: 2015/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック

ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック

  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2015/09/23
  • メディア: 単行本



ガンダム Gのレコンギスタ コミックセット (カドカワコミックス・エース) [マーケットプレイスセット]

ガンダム Gのレコンギスタ コミックセット (カドカワコミックス・エース) [マーケットプレイスセット]

  • 作者: 太田 多門
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/12/22
  • メディア: コミック



コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。