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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第32話「聖地カーバ」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第32話「聖地カーバ」後半



1、


ムーンレイスの冷凍睡眠処置が終わって3日後のことだった。彼らの情報を整理していたヘルメス財団先遣隊の5名は、ムーンレイスが地球から移民してきた人類であると知って、その歴史へのアクセスを行っていた。ムーンレイスの歴史資料は一瞬で解析されたが、曖昧な点を議論するためにクンタラのふたりを加えて口頭による議論を行うことになった。

5名の内訳は、隊長は軍所属のカール・レイハントン、同じく軍所属のチムチャップ・タノ、ヘイロ・マカカ、研究員のメメス・チョップ博士、軍医のサラ・チョップであった。カール以外の軍籍2名は女性性を選択し、男性性を選択したカールと肉体関係を持っていた。メメスは生まれつきの男性、サラは女性である。

サラはメメス・チョップの娘だった。クンタラのふたりは志願しての参加とされていたが、メメスはカールの政治的支持者であった。肉体と思念が一体であるオリジナルのメメスとサラは、おそらく任務中に死を迎えるはずであった。彼らの思念が残るかどうかはわからない。

軍籍の3人は肉体を持っていない。忘れて久しいほど古い時代に思念体となって、以後必要なときだけ肉体を再生して生きている永遠の命を持った人類であった。カール・レイハントンは金髪碧眼、チムチャップは浅黒い肌のアーリア系、ヘイロはサモア系の豊満な身体である。3人とも自分のオリジナルに近い人種を選択している。

ヘルメス財団は、思念体を捨てて肉体という囹圄に戻ろうとする一派と、それを拒否する一派に分裂していた。しかし、思念が共有される彼らは、クーデターのようなものを起こせない。ふたつの意見は全員に共有されたまま、集団を分裂させることなく存在している。

肉体に戻ろうとする一派はレコンギスタ主義と呼ばれ、宇宙での進化を否定して地球人の姿に戻って地球に帰還することを目標にしている。それはヘルメス財団の新たな目標とされ、そのために膨大な資源とエネルギーを貯蓄はすでに始まっていた。カール・レイハントンは地球圏調査のための先遣隊であり、異なる意見を持とうと任務の遂行は義務として必ず果たされる。

彼ら5名は月の周辺域にラビアンローズを運搬中、ムーンレイスと遭遇した。月の裏側を開発する予定だったヘルメス財団は、与り知らぬ帰還者の存在に警戒したが、彼らがいわゆる思念と肉体を分離できないオリジナルだとわかり、カール・レイハントンに討伐を一任した。

ムーンレイスはたった3名の軍隊にそうと知らないまま全面敗北したのだ。彼らの戦艦ステュクスは、ラビアンローズが必要なときだけ組み上げる簡易型戦艦で、艦隊全体がひとつの作戦によって連動するものだ。ニュータイプ生命体を前提にした艦であるため、その歴史が失われていたムーンレイスにはまるで未知のものだったに違いない。

チムチャップ・タノ中尉が議論の進行役を務めていた。

「混乱が見られますが、ムーンレイスは外宇宙からの早期帰還者が地球文明と接触して起きたごく短期間の政体でよろしいでしょう」

残り4人のうち誰もその結論に異論をはさまなかった。ムーンレイスは地球で起きた最終戦争前に地球に帰還して、その特出していたテクノロジーによって逆に地球の終焉を早めた悪しき人類だったのだ。彼らの使う正暦もどこが起点なのか判然としない。

「ビーナス・グロゥブからの指示で、冬の宮殿にある映像情報は全面的に保存せねばならないようですが、カール大佐、例の場所のことはいかがいたしますか?」

例の場所というのは、カールがムーンレイスを追いかけて引きずり込まれそうになった地球と宇宙の境目にある場所のことだった。

「宙域情報を特定しました。かつて隕石落としがあった宙域に、思念体に作用する何かがあるようですが、サンベルト上空ですので軌道エレベーターの終着ナットにでもして封印できるかと」

軍籍の3人は瞬時に情報を共有できるが、クンタラのふたりは言葉で判断する。カールは彼らを未熟で危うい存在だと蔑む。一方で彼らは無能ではなく個としての判断には優れた能力を発揮することもある。なぜ肉体を捨てないのかカールには不思議でならなかった。

「地球文明崩壊に立ち会い、地球環境の自律的回復を待ったのちに再入植するつもりが、手違いで地球人との争いになった。おそらくこんなところでしょう。彼らが黒歴史と呼ぶのは文明を崩壊させた歴史、地球の歴史そのもののことでしょうから、ヘルメス財団の考え方とも一致します」

メメス博士は頬をポリポリと引っ掻きながら考えを述べた。

「彼らは宇宙世紀後期の技術体系から進歩しないうちに地球に帰還してしまって、何かおかしな装置でも作ってしまったんじゃないかな」

「そのころの地球人というのはオリジナル?」カールは疑問を口にした。「ああ、そうか。オリジナルだからこそ対立があったわけか。文明崩壊直前の人間同士の対立とはどんなものだったろうね」

「そりゃもう」メメスは嬉しそうに両手をグシャグシャ掻き回した。「互いに全く話が通じないような状態でそれでも何か話すのをやめられない、みたいな?」

「最悪だな」カールは顔をしかめた。「抵抗を諦めさせようとアムロ・レイの名前も出してみたのだが、ムーンレイスは知らないようだった。伝わっていないのか」

「人も時間も断絶だらけなんでしょうね」

「そんなものは人間と呼べないだろう。人間というのは繋がり合っているものだ」

「それは・・・」サラは思わず口答えした。「肉体を持っていれば人間は誰しも他人に触れられたくないものはあるんです」

「肉体がバイザーみたいに自分を他人から隠してくれると思っているのね」チムチャップは黒い髪を引っ張った。「殻の中に閉じこもることが当たり前になるとそうなるのかしら」

「解放された思念を知らないわけだから」メメスはこの任務に就いてから絶えず笑みを浮かべるようになっていた。「肉体の限界を超えた思念は我々クンタラにもムーンレイスにも理解できるはずがない。意見の相違が対立に発展して殺し合いになることを皆さんが理解できないように」

「ヘルメス財団はそんなものに退化しようというのか」

カール・レイハントンは大きな溜息をついた。メメスが応えた。

「大佐、ヘルメス財団は安全に利潤を確保して快楽を追求する団体ですよ。彼らは快楽のために人類に戦争をやめさせなかった。だから大佐が肉体のアバターを使う任務に志願したとき、喜んで送りだしたわけです。チムチャップ中尉とヘイロ少尉を女性化させて同行させたのも、大佐に肉体の快楽を思い出させるためとこのメメス想像いたしますが?」

「そうなのか?」カールはチムチャップとヘイロに話を振った。

「さあ」

ふたりは首を傾げた。3人とも性行為中は思念をアンドロイドに移していたのだ。

「ありゃありゃ、そりゃ残念」

メメスは心底残念そうだった。身体的欲求を快楽や苦痛と認識して、それを味わおうという考えすら3人はなくしてしまっていたのだ。メメスは話を続けた。

「大佐や随伴のおふたかたはですね、人類の歴史はニュータイプによって作られたわけじゃないことを理解しないといけませんよ。快楽、苦痛、嫉妬、悲痛。それらを分かち合えない悲しき生物だから滅亡の危機に瀕し、ヘルメス財団が救おうとしているのですよ」

ヘイロが抗議した。

「そんなものに退化したらまた同じことを繰り返すだけでしょ?」

「快楽を味わいつつ、戦争をしない仕組みを模索しているんですよ。愚かなことにね」

彼らがムーンレイスについて理解できないことの多くは、肉体という囹圄に囚われた人間と、そこから解放された人間との決定的な相違であった。またカールら思念体の3人とメメス、サラの違いでもあった。チムチャップはサラに顔を向けて尋ねた。

「クンタラはどうなの? ヘルメス財団と一緒? 快楽を捨てられないの?」

「わたしたちは・・・」サラは困ったように父を見たが、父は言ってしまえと目で訴えていた。「快楽が目的ではないのです。人生の目的はカーバに到達すること。カーバに到達するには善行を積みませんと」

娘の答えはメメスをガッカリさせるものだった。一方で彼は有益な情報も得たのだった。



2、



さらに6か月が経過して軌道エレベーターの建設が始まったころ、ビーナス・グロゥブでは人類の復元作業が開始されていた。アバターとしての肉体ではなく、個としての再生であり、その肉体の中には誰の思念体も入り込めない。彼らが大事に保管してきたオリジナルの再生であった。

「わざわざオールドタイプに戻る意味が分からないな」

カールは肉体に戻ったのをいいことに、レコンギスタ主義について批判的意見を述べた。思念体となりせっかく相互理解の新境地に辿り着いた人類を、わざわざ旧人類の状態に戻そうというビーナス・グロゥブの方針に彼は反対していた。彼の反対意見は共有され、留保されている。もし人類が相互断絶の状態に戻った場合、彼は断絶状態にある人々を統治するために皇帝になると宣言している。この考えもヘルメス財団は情報共有した上で留保していた。

メメスはビーナス・グロゥブから送り込まれたクンタラたちを地球に降ろし、軌道エレベーターの建設に従事させていた。例のサンベルト上空の異質な空間については、軌道エレベーターの最終ナットとして隔離することになった。ビーナス・グロゥブはこの空間をスコード教に利用すべきかどうか議論を続けていた。

カイザーのコクピットから軌道エレベーター建設の進捗を確認するカールの脳内に、月の裏側にいるチムチャップ・タノがアクセスしてきた。

「ビーナス・グロゥブのクンタラは全員こちらに送られたらしいのですが」

「その話は音声で出来ないかな」

チムチャップはカイザーの人工知能に入り込んで人工音声で話を続けた。

「こちらに来たクンタラの人たちから聞きまして、どうやらあの漏れていた秘匿情報は本当らしいと。それだけでなく、食人もされたクンタラたちは話していまして、大佐の判断を仰ぎたいのですが」

「自分の考えを誰とも共有したくないということか。どうやらマズいことでもあったか」

「そうなんです。ビーナス・グロゥブで進められているオリジナルの再生ですが、かなりの数が自分のオリジナルを過去に再生させていたことがあって、その際にどうもクンタラの食人を行っていたというのですね。それは自分のオリジナルが死後に思念体に戻れるかどうか不安だったためと、機械の長期故障で食料が不足したためらしいのですが」

外宇宙に進出していた人類は、科学文明の粋ともいうべき恒星間航行用新型ラビアンローズを2台用意して地球に向けて出発した。ラビアンローズに蓄えられた科学技術に関する情報は膨大で、もはや人間はそれを捨てて生きることなどできなくなっていたのだ。

人間は1代限り急成長する人工胚に自分=個というものを託し、肉体を移住先の惑星に残した。地球に戻ることができるのは、思念体に進化できたニュータイプと、独自の宗教を持つ奴隷階級の者たちだった。ニュータイプには機械式と有機式の2種類のアバターがあてがわれたが、多くの者は眠りについたまま艦の運航には関与しなかった。

ラビアンローズは奴隷たちによって維持管理され、彼らのために最低限の食糧生産が行われていた。独自の宗教を持つ一団はニュータイプとして意思疎通もできるが、宗教上の理由で肉体を捨てることを拒んでいた。彼らは何百年も生と死を繰り返し、思念体となるものはひとりもいなかった。

思念体となった者らは、奴隷たちが生まれ死んでいく姿を見続けた。死んだまま残留思念を残さない者がほとんどだったせいで、彼らは自分のオリジナルが再生されたのちのことが心配になった。はたして地球帰還後に再生されるはずの自分のオリジナルの肉体は、再び思念体となって永遠の命を得ることができるのか。人工胚は人間の手によってデザインされており、それが自分というものを完全に再生してくれるとの保証は政府発表だけだったからだ。

そこで思念体となった者らの一部が、自分の人工胚のクローンを作って肉体を再生させた。それは思念体となった彼らとは別の意思で動き、生き、コミュニケーションの取れない存在だった。アバターのように中に入ることもできない。自分とは全くの別人格なのだ。

出来る限り自分に近づけようとアバターを使って教育をしてみても、教育者と生徒の関係にしかならない。数十年後、彼らは死に、肉体の死と同時に思念も失われた。そこに機器の故障が起こり、階級意識が芽生えて解放奴隷であったはずの労働者が食料と見做されるようになった。

クンタラという言葉はこのときに生まれた。

その後、自分は再生されないと自暴自棄になった人間が、有機アバターを使ってクンタラを強姦するなど肉欲に耽るようになった。強姦によって生まれた子供の中には、有機アバターのように思念体を取り込みやすい体質の子供が生まれるようになった。カール・レイハントンは驚きの声をあげた。

「いまクンタラと呼ばれているのはアバターとの混血ばかりなのか?」

「ほとんどがそのようです」

「だからビーナス・グロゥブはすべてのクンタラをこちらに寄越したというのか。ラ・ピネレ、度し難い男だ。アバターは遺伝子情報が違う。アバターの遺伝子情報がすべてのクンタラに入ってしまっているというのなら、クンタラを処分せねばならないではないか」

カール・レイハントンは日々組みあがっていく軌道エレベーターをモニター越しに見下ろした。

「メメス博士を呼び戻せ。建設計画は遅延させるな」


3、


「大佐には誠に申し訳ないと、これでも反省しておるのですよ」

カールに呼び出されたメメスは、あっさりと事の次第を白状した。

彼は自分たちクンタラがアバターとの混血になってしまったことを知っていた。だがそれは、惑星を旅立ったときに定めた禁を破った人間たちが悪いのであって、クンタラの責任ではないというのが彼の言い分であった。カールはすぐに彼の主張を認めた。非があるのは自分たちだと。

「だが、それを知りながら博士はなぜそれを隠し、地上に降ろしたのですか。このままでは地球人にまったく違う遺伝子が入り込んでしまう」

「人間ですよ!」メメスは強く抗議した。「もしアバターとの混血が人間でないものだとしたら、それは我々クンタラがもっとも大きな影響を受けるはずでしょ。しかし我々はアバターのように誰かの意思が入っていないときは呆けたような物体になるわけじゃない。いつだって、寝ているとき以外、あるいは寝ているときでさえ、自分自身なんです。それは我々の人としての歴史が証明している。クンタラだって人です。何も変わらない人です。アバターと混血していようと、人として生きられるのです」

「だからと言って、恒星間移動の数百年の間に生まれてしまった人でない者を・・・」

「人なんですよ。我々は人なんです。サラのお腹の中にいるあなたの子も人です」

「サラの・・・、まさか、おまえはこれがアバターだと知りながら娘に性行為させたというのか」

「人質ですよ」メメスは眼鏡を直した。「こっちだって死にたくない。死なないためにはなんだってやりますよ」

「アバターの子など、人質になると思っているのか。わたしはヘルメス財団の一員として義務を果たすことは放棄していない」

「最初に義務を放棄してあなたに責任を押し付けたのは、ビーナス・グロゥブのラ・ピネレ総裁ではありませんか。あなた方はね、アバターなら処分できるでしょう。あれは確かに人ではない。人型のアンドロイド、有機人工生命体です。でもわたしたちは違いますね? 人としての意思がある。ひとり殺すのだって大変です。泣く、喚く、罵る、逃げる。死なないためなら何でもやりますよ。永遠に生きているあなた方には肉体を持った人間のことなどわからんのですよ。いいですか、断言しておきますが、ビーナス・グロゥブで再生される人間たちは、必ずアグテックのタブーを破って延命のための遺伝子処置や肉体の機械化を始めますよ。人の寿命は50年ほどです。でも絶対にビーナス・グロゥブの人間は50年で死んだりしない。あらゆるタブーを犯して、ラビアンローズに眠るすべての医療データを駆使して、200年でも300年でも生きようとするでしょう」

「だがそんな長寿では地球の資源はもたない。すぐに枯渇してしまう」

「あなたを排除しないのは、まさにあなたの危惧を共有しているからなのです。いいですか、大佐。人間は死ぬのが怖いのです。長生きしたいのです。出来れば永遠に生きたいのです。でも、誰しも強い残留思念を残して、それをコントロールできるわけじゃない。しかもそのサイコミュの技術は廃れてしまった。あなた方の先祖が、すべてのオリジナルの残留思念をサイコミュの力で残してしまうとカルマ・フィールドが発生して思念を溶かしてしまうと知り、怖くなって技術を放棄したんです。我々労働者階級の人間は誰ひとり思念体になどなれなかった。当時の支配者階級の人間だけですよ。それがあなた方ヘルメス財団じゃありませんか。クンタラは数十年で死んで世代が入れ替わるから話が伝わっていないなんて思ったら大間違いですよ。我々は全部口頭で伝えてきたんですから」

「カルマ・フィールドとは以前に話していたものか?」

「そうです。大佐も引き込まれそうになったでしょう? 思念体があそこに取り込まれたら塊となって存在する思念はバラバラにほどけて消えてしまうのですよ。大佐があのときに死ななくて本当に良かった。計画がおじゃんになりますからね」

「計画していたわけか。なるほど。では、条件を聞こう。博士は何を求めてこんなことをしたのだろう?」

「まずは、クンタラを殺さないでこのままにしていただきたい。地球に降りてわかったことですがね、クンタラは我々だけじゃない。多くの宇宙からの帰還者たちの中で食人は発生していて、なかには同じ人間を牧場のように飼っていた集団もいたそうです。それに地球でも資源がなくなったときに食人が行われた。あらゆる文明にそのような記憶があって、すべて名称はクンタラです。なぜその言語なのかは解明されておりません。一生分からないでしょう。誰が決めたわけでもないのに、差別階級に陥った人間はすべてクンタラと呼ばれます」

「博士は話を逸らしている。食われたことと、アバターの血が入った者は別の話だ」

「そうではない」メメスは必死に食い下がった。「同じ人間なんです。だから取引がしたい。大佐の考えとも一致するはずですよ。あなたがたに、ビーナス・グロゥブと戦っていただきたいのです。彼らは、いずれオリジナルが増えます。オリジナルは自分の頭で考え、自分の頭で行動します。当然規範はあなたがたのような、永遠の命を持った人間が作るのでしょう。ヘルメス財団1000年の夢とでも名付けて。でも、肉体を持った人間は、利己的です。必ず階級制度を作って自分の身を制度で守ろうとする。あなたがたがサイコミュの技術を放棄したことと同じですよ。自己保身。ビーナス・グロゥブがやろうとしていることは、完全なる秩序の独占です。自分たちが秩序なのです。当然大きな義務も負うでしょう。だがそんなものは、わが身可愛さの前にはあってないようなもの。どんなことがあっても、ビーナス・グロゥブ優位の形を壊すことはありません」

「それを壊せというのか、わたしに?」

「いえ、皇帝になっていただければいいのです。ビーナス・グロゥブとは違う政体を作っていただきたい。それで、あなたがた思念体はいずれ大佐に賛同するでしょう。必ずそうなります。オリジナルの人間が増えれば、彼らはいるのかいないのかわからないあなたがたのことなど気にも留めず、自分たちでルールを作ろうとします。大佐の懸念の通りのことが起きるでしょう。人間同士の関係は、相互断絶が当たり前になり、人間社会は無秩序状態に戻ります。ラビアンローズの本当の目的を知っていますか? これは戦争を継続させるための宇宙ドッグなのです。武器を直すための軍港なんです。こんなものを後生大事に抱え込んで、宇宙の果てまで飛んで行って、ずっと人間は戦争を継続してきた。あなたがたが肉体を捨てて、相互理解の世界を構築して初めて戦争は終わり、地球へ還ろうという話になった。しかし、地球で生きるのに思念体などという形である必要はない。元の姿に戻り、人間になって地球に住みたい。そう考えたから、別の恒星系を脱出するときに人工胚を用意したわけです」

「そうだ。そして我々ヘルメス財団は、宇宙世紀の失敗を繰り返さない秩序ある宇宙を構築する」

「人間同士が相互断絶したままで? そんなことは無理です。大佐の懸念の通りです。だから大佐は、しかるべきときに皇帝にならねばならない。いや、宇宙を統べるとなるとビーナス・グロゥブが黙っていないかもしれない。皇帝の前に王にでもなるといい。トワサンガを王政にするのです。あくまで王はビーナス・グロゥブの臣下、ヘルメス財団の臣下でよろしい。そして、王の権限で我々クンタラを見逃していただきたい。アバターとの混血など、地球という大きな器の前では些細なことです。わたしたちはアバターの血の入った子供をたくさん養育してきました。たまにちょっと思念体が入りやすくなる特異体質の人間が生まれるだけです」

「本当にそれだけなのか?」

「本当ですとも。クンタラと呼ばれる人間に共通するのは、宇宙世紀初期に発生したカーバという理想郷を信じるか信じないかで決まるようです。先ほどあらゆる時代の下層階級がクンタラと呼ばれてきたと話したはずです。これは宗教の違いなのです。わたしたちはこの宗教を捨てられなかったために、いつも少数派だった。そして何か事があると、最もおぞましき立場にされていった。そのカーバこそ、カルマ・フィールドだとわたしは考えます。この生の苦しみから解脱して、解放される場所・・・」

「サラが孕んだアバターの子はどうする?」

「世継ぎですよ」メメスはニヤリと笑った。「レイハントン2世です。大佐は肉体を捨てて長いからわからないでしょうが、王政は子供を作らねば維持できません。それに、トワサンガにも肉体を持つ人間を増やさねばビーナス・グロゥブには対抗できなくなります。アバターの生産は我々クンタラが代々担ってきましたが、我々はビーナス・グロゥブから追放された。どうしてだかわかります? レコンギスタ派はもはやアバターを捨てようとしているのですよ」

「うむ」

「アバターは人間じゃないからです。そして無秩序な世界が誕生し、人類は宇宙世紀を繰り返すのです。アンドロイド技術もすぐにタブーになるでしょう」

「それは断固阻止する」

「どうやってですか? オリジナルの人間相手に、アバターの生産もなくどうやって対抗を? 無秩序の拡大とをどうやって食い止めますか? まさか絶滅させるつもりですか? それでは何の意味もない。人工胚から多くのオリジナルが再生されます。この世に関与しようとする思念体は大幅に減るでしょう。いまのあなたが少数派であるように。それでもラビアンローズと我々クンタラがいれば勝てます。勝って、宇宙の秩序を保ちながら地球と人間を運用することは叶うでしょう」

「クンタラを?」

「我々はアバターの血を引いております。王政を宣言してトワサンガを独立させていただければ、感応力の強い人間を選別してトワサンガの住民と出来ます。さすれば、ビーナス・グロゥブのオリジナルを受け入れずに独立した戦力を作れるのです。サラが生む子を王として、永遠の命を持った人間がこの世にいるなどとはおくびにも出さず、ビーナス・グロゥブの裏社会にも賛同者を匿ってこれから増えてくるオリジナルの対抗組織を作るのです。そして、ビーナス・グロゥブがヘルメス財団の、つまり欲を失ったあなたがた思念体の理想を失い相互断絶を抱えたまま地球に戻ろうとしたとき、どちらが地球を治めるにふさわしいかを定める選別を行えばいいのです。執行の権限はあなたがたが持てばいい」

「なぜわたしに手を貸そうとするのか」

「そりゃ欲がないからですよ」メメスはさも可笑しそうに唇を歪めた。「ビーナス・グロゥブのオリジナルたちは、間違いなく大きな差別意識を地球に持ってレコンギスタするでしょう。そしてその被害者はいつも我々クンタラです。スコード教に改宗できない、我々クンタラなんです」

「そういうことか」

レイハントンはメメスを開放して再び地球に降ろした。皇帝となってでも宇宙世紀の再来を阻止するつもりだった彼は、思わぬ形で賛同者とその計画を得ることになった。

宇宙に対立の種を生まないために作られたスコード教という宗教。宇宙宗教であるはずのそれに参加できないクンタラは、自分たちがオリジナルでありながら、人種対立を生じさせるビーナス・グロゥブのオリジナル再生に反対の立場だったのだ。

(つまり)カール・レイハントンは誰とも思念を共有できないようにサイコミュに逃げ込んだ。(’つまりクンタラたちは、ビーナス・グロゥブから追放されたように見せかけて彼らから逃げたのだ。恒星間航行中によほど酷い仕打ちを受けてきたのだろう。そして、彼らの理想郷カーバが近いここ地球にやってきたのだ)

カール・レイハントンは、予定通り軌道エレベーターの建設をメメスに任せ、自分はトワサンガ宙域に資源衛星を運び、地球から上がってくるクンタラの子たちを受け入れるスペースコロニーの建設を始めることにした。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第32話「聖地カーバ」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第32話「聖地カーバ」前半



1、


どこからか聞こえてきた女の悲鳴に、ベルリは壁に耳をつけて音の先を探した。すると彼が胸に下げていたG-メタルが反応して壁が上へと持ち上がった。ベルリは勢い余って開いた扉の中に転がり込んだ。そこは更衣室のような場所で、左右の壁がロッカーになっており、胸にレイハントンの紋章が刺繍されたパイロットスーツとヘルメットが用意してあった。

さらに室内の色が青に変化すると、ベルリのレイハントンコードとアイリスサインが認証されて、部屋の奥にあった盾の形のオブジェに見えたものが跳ね上がった。ベルリとエンジニアたちは恐るおそるその中を覗き込むと、そこにはコクピットがあった。機能は停止しているものの、航空機かモビルスーツのものだとわかった。

そこからシラノ-5にいるはずのないノレドの叫び声が聞こえてきた。先に進んで後ろを振り返る形でコクピットに潜り込んだベルリは、ノレドの声が機内のスピーカーから聞こえてきていると知った。

「この機体は何でしょうね?」

無駄だと知りつつベルリは念のためにエンジニアたちに尋ねてみた。だがみんな首を横に振るばかりであった。コクピットの中を見ただけで判別することはできなかった。この場所がノースリングの機能停止に関わっているかもしれないと発見した若手エンジニアがコクピットを覗き込みながら言った。

「もしリングを動かすために必要なパージ忘れがあるとしたら、この機体のことじゃないですか」

「動くんですか?」

ベルリは操縦桿を動かしてみた。動作に問題はないが、計器類は古く、見たこともない仕様であった。ガチャガチャと計器類を触っていたところ、光が点滅した。大きな音で催促されるような警報が鳴るので、機能を理解しないまま彼はG-メタルを挿入した。すると彼のアイリスサインが登録された。

「なんでこんなものを隠してあったんだろう」ベルリはエンジニアたちに顔を向けて叫んだ。「パージするってことはこれを動かせばいいんですか?」

「ちょっと待ってください。その向こうは何もないですから、とりあえずこのパイロットスーツを」

配電の責任者の男がベルリにパイロットスーツとヘルメットを渡した。彼らもまた念のためにバイザーを降ろして不測の事態に備えた。ベルリは大人しくそれを身に着けたが、また機体のスピーカーからノレドの声が聞こえてきた。気密対策を終え、安全帯のフックを掛けたエンジニアたちは狭いコクピットに殺到して機体の分析を始めた。

「わかりますか?」

いくつかの計器に手を伸ばしたユウ・ハナマサが応えた。

「これは初期のユニバーサルスタンダードと思われます」

「ですね」他のメンバーも相槌を打った。「計器が一部独立しててモニターが小さいだけでこれはユニバーサルスタンダードと同じだ。それに・・・」

コクピットの構造を眺めまわしていた男が割って入った。

「航空機じゃない。G-セルフと同じコアファイターですよ。ハッチとの間の隙間が少ない。これじゃ事故が起こりやすいなぁ・・・。このハッチ部分だけ密着させてあるようですね。パージはおそらく部屋の方でやるんでしょう。どうしましょうか?」

「これをパージしてリングが動くならやってみましょう。他に手掛かりはないわけですし。

エンジニアたちは更衣室の方へと引き上げ、しばらく室内を物色してパージスイッチらしきものを発見した。彼らは通路の隔壁を降ろしてエアーの流出を止めると、回線を開いて20秒前からカウントダウンを開始した。ベルリはシートベルトを締め、衝撃に備えた。するとまたノレドの声が聞こえてきた。

「うるさいなぁ。こっちはそれどころじゃないのに。どこから電波飛ばしてんだ?」

ゼロの合図とともに小爆発が起きた。ベルリは身体がふわりと浮く感覚と、外壁ハッチとコクピットハッチが同時に自動で閉まっていくのを目にした。彼の乗る謎の機体は確かに宇宙空間へと切り離された。G-メタルを差し込んだままのその機体は、突如起動して操縦席を明るく照らしていった。

パージの瞬間を室内から見つめていたエンジニアたちは、ハッチが閉まるのと、ベルリが乗っている機体がかなり古い大きなものであることに気がついた。その真紅に金色の縁取りのある機体は、彼らのように技術系の人間ならば必ず知っているものだった。

それは初代レイハントンことカール・レイハントンの愛機カイザルだったのである。興奮したハナマサがベルリにそのことを伝えようとしたところ、カイザルは彼らの目の前で忽然と姿を消した。彼らの眼前には宇宙空間が静かに広がっていた。そしてベルリとの通信は途絶えた。



2、



ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂の奥の院では、ノレドが意識を乗っ取られたラライヤに追い詰められていた。

ノレドは思念体分離装置の入口を背にラライヤと揉み合い、必死にベルリの名を呼び続けていた。すると不意に後ろの壁が左右に分かれて開いた。ノレドとラライヤはもんどりうって倒れ込んだ。ノレドは首を絞めてくるラライヤの手を握って抵抗していたが、その力が急に弱まったので強く手を払った。ラライヤは気を失ったらしく、ノレドのもたれかかったままぐったりと倒れた。

仰向けになったノレドの瞳の先に、ラライヤから光の帯が抜けていく光景が拡がっていた。光の帯は何かを探すように上空へと舞い上がっていったが、徐々に形を失い胡散霧消した。ノレドはぐったりしたままのラライヤと体を入れ替え、彼女を床に寝かせると扉の先に眼をやった。

するとそこからはいくつもの黒い影が流れ込んできて、部屋に入った瞬間に光の帯へと転じる不思議な光景が展開されていた。部屋の中は明るく、瞬く光が草原のように広がり、波のように打ち寄せてきていた。黒い影たちは我先にとその部屋めがけて飛んできて、光の帯のようなものに変化するが、どれも帯のままの姿ではいられず粉になって舞い散るのである。ノレドのいる空間は、その光の流砂が降り積もり、記憶の形を再現されるのを待っているかのようだった。

ラライヤと同じように意識を思念体に乗っ取られていた6人の調査隊メンバーも同じように光の帯をすり抜けていき通路の端でぐったりと倒れた。

ノレドは光の砂浜のような場所をぐるりと見渡した。光の流砂は土であり海であり空気であった。あらゆるものに形を変える意思を持った平穏であった。

「ここが・・・聖地カーバ。クンタラの心のふるさと・・・」

ノレドは感激して涙が流れ落ちるのを止めることができなかった。

その静寂を破り捨てるように、バタンと大きな音が聞こえてきた。顔をしかめたノレドが音のする方向に顔を向けると、輝く空間の中に別の空間が組み合わされたように穴が空いているのが見えた。中から顔を出したのはベルリだった。ノレドは驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。

「ベルリ??」

「その声はノレドか?」空間の中から返事が聞こえた。「なんだここ? どこに来ちまったんだ?」

「ザンクト・ポルトだよ」ノレドは立ち上がって歩み寄った。「ベルリなの?」

突如出現した異空間のようなものは、モビルスーツのハッチであった。ちょうどベルリがコクピットから出てきて、口をあんぐりと開けて周囲を見渡した。

「ザンクト・ポルト?」

「そう、ここはザンクト・ポルトの大聖堂。例の思念体分離装置の中だよ」

「こんな感じだった? いやそんなはずはないけど」キョロキョロと辺りを見回して、ベルリはラライヤを発見した。「オレのことを呼んだだろ?」

彼女は照れて身体をくねらせた。「いやぁ、愛ってやつ?」

「いまにも殺されそうな声で泣き叫んでいるようだったけど」

ノレドはふざけるのをやめて、ベルリに事情を説明した。ベルリは何かを言いかけたが、思い直して腕を組んだまま考え込んだ。やがてラライヤが目を覚ました。

「ここは?」

彼女にはノレドを襲撃した記憶がなかったので、ノレドは同じ話をラライヤにもしなければならなかった。事情を呑み込んだラライヤは、部屋の中に飛び込んでくる黒い影に言及した。

「おそらくあの影たちは、先の会戦で死んだ人たちの霊なんです。それどころじゃない。もっと多くの残留思念がこの大聖堂には溜まっていたのかもしれない。それがいま一斉にカーバめがけて飛び込んできているんです」

「カーバって」ベルリはハッと目を瞠った。「クンタラの聖地カーバ???」

「あくまであたしの仮説なんだけど」ノレドが話を引き継いだ。「聖地って、ルインやマニィが探していたような、地球にある場所じゃないと思うんだよ。どこに逃げたって、クンタラだけで集まって暮らしたって、人間である以上争いごとから逃れられるわけじゃない。そんなの聖地って呼べないじゃん。それにさ、冬の宮殿でリリンちゃんから聞いた話もあって」

「なんです?」とラライヤ。「リリンちゃんがカーバの話なんてしてましたっけ」

「リリンちゃんはカーバのことは知らなかったんだ。そうじゃなくて、このザンクト・ポルトのある場所は、かつてアクシズの奇蹟が起こった場所じゃないかって話から連想したのだけど」

「アクシズの奇蹟・・・」

ベルリはその言葉を聞くなり胸騒ぎを感じたのだが、なぜこんなにモヤモヤするのか理由まではわからなかった。ノレドは話を続けた。

「モビルスーツで巨大な隕石を押し返した映像、あれをベルリはあまり見てないはずだけど、あたしたちは何度も見ていて、地球めがけて落ちていた巨大隕石が奇跡的な力で方向を変えた一瞬、あの一瞬が起こった場所がザンクト・ポルトほどの高さじゃないかっていうから、そんな奇跡が起こった場所ならいろんな宗教の聖地になりそうだなって」

「スコード教とクンタラの宗教が同根で聖地を共有している・・・」

その話は熱心なスコード教信者のベルリには少しショックだったようだ。彼は真顔でノレドの肩を掴んだ。

「それは確かなのか」

「痛い」ノレドは顔をしかめてベルリの手を払った。「確かかどうかは調べてみないとわからないけどさ、宗教の発端は何か大きな奇蹟があるでしょ。戦争はどっちが勝ったって奇蹟じゃない。でも、敵と味方が地球を救うために自己犠牲を厭わず起こるはずのないことを起こしたとなれば、人類はそれを記憶して言い伝えた可能性はあるでしょ?」

難しい顔で腕組みをしていたラライヤが口を挟んだ。

「それは証明できれば大発見ですよ、ノレドさん!」

ベルリは呆然としていた。

「2000年前の宇宙世紀初期の奇蹟がスコードとクンタラの宗教の発端・・・」

「あたし調べたんだけどさ、そもそも宇宙世紀初期には宗教は死に絶えていたらしいよ。科学が宗教の代わりになっていて、信仰を持つことは非科学的で遅れた考えだと思われていた。それにもうひとつあるんだよ」

「なんですか?」

俄然ラライヤが乗り気になって目を輝かせていた。ノレドは得意げに話した。

「白いモビルスーツと赤いモビルスーツの戦いのことだよ。あれは赤いモビルスーツがスペースノイド、白いモビルスーツがアースノイドなんだ。アクシズを落としたのは赤いモビルスーツの人。止めたのは白いモビルスーツの人。スペースノイドはアースノイドを隕石で絶滅させようとした。つまり」

「ノレドはスコード教がスペースノイドの宗教で地球を破壊しようとしているなんて言い出すんじゃないだろうな」

「そんなこと言ってないよ。でも白い方の人はニュータイプとして大きく覚醒した人だったって。アースノイド・・・、詳しいことはまだわからないけどさ、アースノイドの代表がニュータイプだった。そして、これもベルリには話してないことだけど、クンタラはニュータイプだったから食料になった可能性がある。赤い人と白い人は相互理解して最後はわかり合った。でも、それは受け継がれず宇宙世紀は戦いの歴史になってしまった。誰かが意図的に相互理解の奇蹟を隠蔽した。そして、紅白の戦いの歴史だけを宣伝して戦争の継続に繋げた。こう考えればさ、いろんなことが見えてこないかなって」

「じゃ、ザンクト・ポルトをスコード教の聖地にしていたことはどう考える?」

ベルリの剣幕はノレドとラライヤ驚かすに十分なものだった。ふたりはなぜベルリが怒ったような様子なのか理解できなかった。ベルリが話した。

「クンタラの人たちはずっとカーバを探していた。ルイン先輩があんなことになったのだってカーバが原因だ。それをスコード教団が自分たちの聖地にして隠していたなんて、いまさら言えるわけないじゃないか」

「隠していたとは限らないじゃん」ノレドは口を尖らせた。「知らなかっただけかもよ。それにこれはあたしの仮説で、まだ何も証拠はないんだよ」

「ノレドは証拠がないって言ってますけど」ラライヤが話を引き継いだ。「ノレドさんはあたしと同じで誰かの思念体がときどき身体とか脳を支配しているんじゃないかって思うときがありますよ。それにスコード教団とヘルメス財団は一体で、エンフォーサーという集団があることもわかっている」

「ラライヤもノレドの言うことに賛成なのか・・・」ベルリは急にガクッと力が抜けてしまったようだった。「ラライヤの言うことはわかる。もうスコード教もヘルメス財団も本当の目的は宇宙世紀と同じように戦争を続けたがっていたのだとほぼ判明している。それはいいんだ。でもこれからはどうする? ザンクト・ポルトがカーバだったら、クンタラはここを取りに来る。戦争が継続されてしまうじゃないか。もう身分差別は終わりにしないといけない。でも、カーバがここにあって、それをスコード教が隠していたとなると」

「それはベルリの負う責任じゃないよ」

ノレドは慰めるように手を伸ばした。ラライヤも相槌を打った。

「そうですよ。宇宙世紀初期に奇跡が起こったこと、残留思念の世界、この美しい場所があること、それらを隠さなきゃ宇宙世紀に戦争が継続できなかったこと、すべて明らかにする時がきたんですよ」

ふたりの気持ちはよくわかるだけに、ベルリは感情をぐっと抑え込んだ。ベルリが心配していることは彼女たちの話とは別のところにあったのだ。

(キャピタル・タワーを作らせたのは初代のカール・レイハントンだ。彼はクンタラを奴隷として使役してあの巨大構造物を完成させた。そしてザンクト・ポルト大聖堂はレイハントン家の紋章の形をしている。スコード教を作ったのも、カーバをクンタラたちから遠ざけたのも、カールがやったことだ。民政を否定して王になったのも彼だ。彼は一体何をしようとしていたのか・・・)

ベルリが神妙な面持ちで黙り込んでしまったのを心配したノレドは、話題を変えるように明るい口調で話題を変えた。

「なんだかよくわからないけど、せっかくこっちへ来たんだからみんなに挨拶しなよ」

「いや」ベルリは首を横に振った。「まだこの装置のことはわからないことが多すぎる。君たちもすぐにこの部屋を出るんだ。ぼくはあのモビルスーツのことを調べなければならない」

ベルリは後ろを振り向かなかった。彼が空間に穴が空いたように出現したモビルスーツハッチの中に姿を消すと、その空間ごと消失してしまった。ラライヤは部屋の様子が少し変わったことを察知してノレドの袖を引っ張った。

「あたしたちもいったんここを出ましょう」

ベルリはハッチを閉じて、深く考え込んだ。

「ザンクト・ポルトがアクシズの奇蹟が起こった場所で、この七色の光に包まれた場所がクンタラの聖地カーバ・・・。クンタラの聖地は、人間が死後に辿り着く思念体の世界だったのか。だとすると彼らがニュータイプじゃないか。それを虐げてきたのって・・・」

ノレドの仮説はベルリの脳裏に深く突き刺さった。もしそうだとしたら、少なくともカール・レイハントンはクンタラたちを聖地に導くつもりは毛頭なかったことになる。その考えはベルリを憂鬱にさせた。謎多き初代レイハントン。ベルリにとってそれは、遥か先祖であるのか、忌むべき存在なのか。

「とにかくノースリングが動いたかどうかだけ確かめなきゃいけない」

ベルリは左の指先で操縦桿を引いた。機体はザンクト・ポルトへやってきたときと同じように動いた感覚があった。だが全球モニターは何も映し出さない。コクピットの中には美しい七色の光の流砂も映し出されはしなかった。

ただ機体は後ろへ後ろへと引き戻されていった。


3、


「何だったのだいまのは」

カール・レイハントンは背筋にじっとりと汗が流れるのを感じていた。彼の眼前には青い地球が大きく映し出されていた。

「大佐、聞こえますか? それ以上降下すると引力に捕まります」

誰かが共有回線を開いた。カールは機体を上昇させて地球の引力圏を脱した。

「ああ、聞こえている。確かにあの場所は何かあるな。あそこに近づくと地球に引きずり降ろされそうになる。何かがいるようだ。メメス博士の仮説もまんざらじゃないということか」

カール・レイハントンは愛機カイザルの体勢を立て直してステュクスの格納庫に戻った。ステュクスは銀色の細長い棒状の戦艦で、アバターの指揮下にある。デザイン性を廃して機能と量産性に特化した銀色の機体は、決して彼の好むところのものではない。

彼はカイザル内に留まったままステュクス機体中央に位置する中央管制室にトリップした。アバター内の情報とリンク。撃墜4、逸機8。逃したムーンレイスの敵機は地上に降下、65%の確率で東アジア地域へ着陸したとの情報だった。

カール大佐は東アジアという言葉を知らなかった。アバターはすぐさま検索して、カールと情報を共有する。

「土地によって人間の種類が違うというのか?」彼はプッと息を吹き出した。「気候によって姿形が変わる。なるほど。では異なる重力で拡がる格差はどの程度であろう。ああ、それはタブーになるのか」

アバターとのリンクを切断した彼は、カイザルの中で再び孤独になった。最近の彼はムーンレイスとの激しい戦いで消耗しており、肉体の疲労から孤独を好むようになってしまっていた。静寂の中で、土地によって姿形が変わってしまう人間というものを想像しようと試みた。

「クンタラのようなものか」

彼に思いつくのはそれくらいだった。クンタラは肉体を好む。その非効率さ故に間引かれ食用にされるのに、頑なにアバターの使用を拒む。彼らのために水や食料を調達して糞の始末をせねばならない。そうしてでも飼育するのは、彼らが有機生命体アバターとして優れているからだ。

カイザルのコクピットの中で、カール・レイハントンは しばしの眠りについた。生理的リンク解除によってステュクスは自動航行に切り替わり、月への裏側へと戻っていった。

90分後、リンクが回復したカール・レイハントンは、肉体をコクピット内に残したままラビアンローズのアバターへと思念を移した。ラビアンローズの中は眩しすぎた。カメラの感度を下げて、彼は立ち上がった。現在ラビアンローズは、クンタラからヘルメス財団の一員に昇格したメメス博士の生理的要求に合わせて運用されていた。それで煌々と明かりを灯し、眩しすぎるのである。

真っ黒な肌に筋の通った高い鼻梁をもつこの人物は、ヘルメス財団に加わった際に去勢され、徐々に肉体が女性化しつつあった。本人もそれを嫌ってはおらず、女性ホルモンの投与も行っていた。カール・レイハントンはどうもこの人物が苦手であるが、それはメメス博士という人物が苦手なのか、容姿が苦手なのか判然としない。アバターを使ってくれればそうしたこともハッキリするのに、メメス博士は他のクンタラ同様アバターの使用を頑なに拒否している。

「ああ、カールかい?」男なのか女なのかわからない顔でメメスが振り返った。「ムーンレイスのことなんだけどねぇ、ぼくの話、聞きたい?」

「聞くしかないんだろ」カールは銀色のアンドロイドのメインカメラを彼に向けた。「聞くよ」

「ムーンレイスはアバターを使ってないんだ。あのゴチャグチャした戦艦に乗っていたのはみんな生身の人間なんだよ。カール、たくさん殺しちゃったねぇ~」

「生身の人間? 生体アバターのことか?」

「あ~、そう考えちゃうんだねぇ~。違うんだ。全員オリジナルなんだよ。まぁ、ぼくらクンタラみたいなものだね。どうもそれが数百万人規模でいるらしんだ。それでね、ぼくの権限で有機生命体維持設備は月に移管して保存しておくことにしたよ。ダメだったかな?」

「オリジナルというのは、思念体を生む存在のことか。そんなものが数百万もいるのか?」

「もともとそういうものだから。でも、みんな食ってクソして寝るからこのまま追い詰めると絶滅しちゃうんじゃないかな」

「博士の指示に従おう。ムーンレイスをどうしたらいい?」

「彼らね」メメスはニヤニヤと嬉しそうに身体を捩った。「縮退炉を使ってるみたいなんだ。これは無限にエネルギーを生み出すよ。フォトン・バッテリーを使い続ける限り、ラ・ピネレ総裁には逆らえない。あなたの皇帝になるという夢はビーナス・グロゥブがある限り果たされないよぉ~。だからね、こういうのはどうだろうか。彼らを来たるべきとき、大執行のときまで戦力として温存しておいたら。オリジナルが数百万も仲間になるなんてラッキーじゃないかなぁ」

「数百万の意思共有できない人間が一体何の役に立つ? ビーナス・グロゥブの戦力など自分ひとりで防いでみせるさ」

メメス博士はじっと考え込んで、彼がいつもするようにモニターを使って説明した。

「ビーナス・グロゥブもこれからオリジナルを復活させて組織改編していくらしいよ」

メメスが示したデータを眺めていたカールは、思念をビーナス・グロゥブへ移動させた。そこで執行者の情報を共有した彼は、アクセス記録を抹消してすぐさま月のラビアンローズへと戻った。

「博士の話は本当だった」

「あら、あっちへ行っちゃったんだ」メメスは残念そうにモニターを消した。「まったく、幽霊さんたちにはかなわないねぇ」

「君らクンタラがおかしいだけだ。エネルギーを使いすぎる。しかし確かにラ・ピネレ総裁はオリジナルを増やすつもりのようだな。なぜだか博士の意見を聞きたい」

「地球へ還るためよ」メメスは断言した。「便宜上『オリジナル』というけど、本来生命はそれが当たり前。我々が先に進みすぎているだけなのね。執行者のみなさんは、共有し一体化する者とそれを拒む者との戦いだけが戦いだと思っている。でも、オリジナルは共有なんかできないから、個人と個人は常に対立関係にあって、あらゆる集団が生まれては対立する。でもそれを乗り越えなきゃいけない。オリジナル同士が互いに争いを起こさない方策を見つけていかないと、地球はまた同じ戦争の歴史を続けてしまうことになる」

「だから、ビーナス・グロゥブは支配体制の確立を急いでいるのだろう?」

「そう。ユニバーサル・スタンダードだの、スコード教だの、アグテックのタブーだの。愚かな地球人を教導していかないと、ほら、オリジナルはすぐに資源を食いつぶすから」

「非効率極まりない」カールは吐き捨てたい欲求に駆られたが、もとよりアンドロイドにそんなことはできない。「すべてのオリジナルが肉体を捨てて思念体となり、対立をなくしてしまえばいいだけだ。あとはそれができない者と雌雄を決すれば簡単なことではないか」

「大執行でしょ? ラ・ピネレ総裁は大執行はさせないつもりのようで」

「偽りの平和などすぐに壊れる。オリジナルというのは、いわば卵だ。死を経て人は真実の生を得る。それを乗り越えられない者は」

「地球を死者の星にしたくないのですよ。誰もそんなことは望んでいない」

クンタラにとってオレは死者なのか。カール・レイハントンはメメス博士と自分との間に横たわる絶対領域を感じずにはいられなかった。彼は銀色のボディの中で、こう思っていた。

「卵の殻など割ってしまえばいい」


4、


ムーンレイスは降伏してきた。その条件について話し合いたいというので、カール・レイハントンは月の女王ディアナ・ソレルと面会した。たしかに彼女はオリジナルで、生体アバターとしての機能も芳しくなかった。彼は面倒な交渉事を言葉で交わしていくしかなかった。

メメス博士はムーンレイスの縮退炉に執心しており、宇宙世紀中期の彼らの技術体系は何もかも月の内部に移管してしまうことになった。幸いなことに、月という天体は内部を幾世代にも渡り改造しており、使用できる設備は多い。特に人類の地球脱出時に月に作られたコールドスリープという装置は、ライビアンローズにあるものと同じだったために活用されることとなり、足らない分は新たに生産した。

ディアナ・ソレルはカール・レイハントンの要求をことごとく拒否した。眠りにつくことには同意しながら、ヘルメス財団の方針、彼らが夢と話すビーナス・グロゥブの方針には一切従わないという。彼らには意思があることから、降伏して無抵抗になった彼らを殺して処分することはできない。

「スコード教というのは」

カール大佐はその趣旨を説明したが、やはり答えは拒否であった。なぜここまで頑ななのかと疑問に思った彼は、問いを共有した結果、宗教によって洗脳されることを恐れているのだとの回答を得た。ムーンレイスのような肉体と意思が一体となったオリジナルは、他者が嘘をついているのか真実を語っているのか判断できない。疑わしきものは拒否して回答を保留するしかないのだ。

ビーナス・グロゥブで整理されたスコード教は、思念体となった人間がひとつの肉体と一体となり、オリジナルに戻ったときに生じる人と人との断絶に備えたもので、あらゆる宗教の要素が糾合してある。宗教による対立を防ぐための多くの装置を内包してはいるが、実際に機能するかどうかはオリジナルが増えて、世代を経てみないとなんともいえない。

カールはそれが支配に利用されるであろうと考えていた。オリジナルに戻って思念体としての生を捨てたとき、人は真実から遠ざかっていく。卵の中の世界が本当の世界だと思い込み、やがて相互不信から卵の中で殺し合いを始めるだろう。そして資源を食い尽くし、ビーナス・グロゥブの計画は破綻する。

そうとわかっていてなぜ人間という有機生命体の中に閉じこもってしまおうとするのか。なぜ自分を開放しないのか。

「今度はいつお会いできるのかしら」

最後にディアナ・ソレルは半分厭味のように握手を求めてカールに手を伸ばした。カールは彼女の華奢な手を握り返しながら、あなたの人生が終わったときですと返答した。ディアナは、次に目覚めるときは自分は死んでいないでしょうと答えてほしかったらしい。しかしそれは真実ではない。

いずれ人はみな光の流砂になって混じり合うのだ。肉体を捨てたとき、正しさは明らかになる。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第31話「美しき場所へ」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第31話「美しき場所へ」後半




1、



スコード教ザンクト・ポルト大聖堂から若者たちが次々に転がり出てくる。その顔は恐怖に怯えて痙攣していた。脱出した者たちはノレドの姿を見つけると一目散に駆け寄ってきた。有名人である彼女とラライヤには好むと好まざるに拘わらず象徴としての意味があったのだ。

トワサンガの若者たちとアメリアから派遣された調査団メンバーが半々といったところだろうか。軍籍のラライヤはすぐに彼らを一か所に集めて中庭にしゃがませて落ち着くように声をかけた。ノレドは怪訝な顔で大聖堂を見上げていたが、やがて何かを思いついたのか険しい顔つきになってラライヤを振り返った。

「薔薇のキューブにいた人たちって、最後の爆発で死んだんだよね?」

「多分。でもそれが?」

ノレドはラライヤの言葉には応えず、怯えた調査団メンバーから何があったのか聞き取りを始めた。

それによると、全面ステンドガラスに覆われた大聖堂の測量をやっていたところ、突然差し込んでいた光が消えたのだという。ザンクト・ポルトには自然光は差し込んでいないので、誰かが明かりを消したか、電力を停めたのだと思い、測量を一時中断して大聖堂の配電を調べようとしたところ、意識が飛んで昏倒する者らが続出した。

手分けして倒れた人を救出しようとすると、大聖堂の中にぼんやりとした人の影らしきものが溢れ、その影は調査団の中を潜り抜けるようなしぐさをしたのだという。それらの影が身体の中を通っていくと、えもいわれぬ恐怖に囚われて脚がすくみ、大声で叫んだ女性の悲鳴を合図に立っていた者たちが一斉に走り出したのだという。

「何人くらい残ってる?」

ノレドが尋ねた。

「そんなには多くないです」アメリアからやってきた背の高い女性がしゃがみこんでいる人数を数えた。「取り残されているのは6人ですね。最初に昏倒した人たちです」

アメリアの調査団の女性は、ノレドのことは良く知らなかったので、なぜこんな若い子を皆が頼るのだろうと困惑の面持ちであったが、一方でトワサンガの住人への尊敬の気持ちも強くあった彼女は、まずはノレドの指示に従うことに決めたようだった。

「6人ですか」ラライヤはノレドの顔を見た。「あたしたちだけだと運び出すのは・・・」

「そうね」ノレドは腕組みをして考え込んだ。「ラライヤ、ちょっと話がある。他のみんなは資料班の方々と合流して事情を話してください。なかの6人を運び出すときには応援を呼ぶから」

逃げ出してきた者たちはノレドの指示に従うしかなかった。彼らがいなくなると、辺りを見回してからラライヤはノレドに顔を近づけた。

「話って?」

「ビーナス・グロゥブでね、人間のエンフォーサーと機械のエンフォーサーの数が同じだったって話をしたじゃん。あれのことなんだけど・・・、もしかしてあれって死んだときの受け皿だったんじゃないの? トワサンガのヘルメス教団がニュータイプ研究所由来の集団だったってことは何となくわかってきている。アンドロイド型エンフォーサーというのは、命を失ったあともこの世に存在するための道具だったのかも」

「でもあのアンドロイドはビーナス・グロゥブのものじゃ?」

「だからさ、こっちにあったのはシルヴァー・シップの中にあったんじゃないかな。ウィルミット長官の記録の中には、トワサンガのヘルメス教団の中にはアンドロイドもいたって証言がある。死んだのちに中に入れた人はアンドロイドとしてそれまで通り働いていて、ラライヤがされたように実験にも使われていた」

「あー、たしかに・・・」

ノレドとラライヤは大聖堂の入口前で立ち止まって、話を続けた。ノレドには確信があるようだった。

「ビーナス・グロゥブは機械の身体が発達していたでしょ。でもニュータイプに関する知識はあまりなくて、トワサンガから提供されたアンドロイド型エンフォーサーを自律的に動かすように改造していた。だからあたしが持ってきたあの中には残留思念は入っていなかった。でも、トワサンガは」

「ニュータイプの研究の本場だったから」

「そう。動いていたアンドロイドの中には残留思念が入っていた。つまり人間だった。それでシルヴァー・シップの中にそれを準備していたとしたら、あの戦争で」

「全数破壊されましたね」

「つまり大聖堂の中の幽霊ってのは」

「トワサンガのエンフォーサー。ヘルメス財団の人たちの残留思念? でもなんで大聖堂の中だけ?」

「それは」ノレドはごくりと唾を飲み込んだ。「入ってみなきゃわからない」


2、



ノレドとラライヤが大聖堂の中へ入ると、ピンと張りつめた空気が肌を刺すようだった。大聖堂の外は人口灯が煌々と灯っているのに、全面ステンドグラスの聖堂内は真っ暗だった。ふたりは入口付近に立ったまま、眼を慣らさなければいけなかった。

「なんで光が差し込まないんだろう?」

本来この大聖堂は、色ガラスを通して様々な色彩が床に落ちる美しい場所であるはずだった。それが真っ暗で不気味な静寂に包まれている様子は異様だった。ふたりは互いの服を引っ張り合って、1歩ずつ先へと進んでいった。

レイハントン家の紋章の形になった建物は、局面を多用した外見もさることながら内部の作りも複雑になっていた。ふたりはあっちだこっちだと指をさし合いながら内部を進んでいく。ステンドグラスに顔を近づけると、外は明るいことがわかる。その光がガラスを通過しないのだった。

「この大聖堂には多くの仕掛けがあるみたい」

ラライヤも壁面のガラスに顔を近づけてみる。そして比較するように建物内部を見回した。そして、吹き抜けになった頭上に何かを発見した。じっとそれを凝視ていた彼女は、その何かもラライヤをじっと凝視していることに気づいた。彼女は背筋に冷たいものを感じた。

「み、見られてる・・・」

ノレドの服の端を引っ張って、あれあれと指をさした。ノレドはラライヤが指さす先に顔を向けるなり、へなへなと床にへたり込んだ。それは確かに人間の顔だった。その顔は、美しい花の模様を形どった天井のステンドグラスの傍にあった。ふたりにそれは真っ黒な歪んだ顔に見えた。視界に入ってしまうと、不思議と目を逸らすことができない。ラライヤはその顔から目を逸らさないように、ノレドを引っ張って立たせた。

黒く不気味に揺らめきながらふたりを凝視するその顔は、瞳の部分がくりぬかれたようにぽっかりと空いていた。それでいながら、ふたりを見ていることだけはわかるのだ。幸いなことに、近づいてくる気配はない。だが目を離した途端に襲い掛かってくるかもしれなかった。

ノレドとラライヤは、ジムカーオ大佐との戦いで、多くの人命が失われたことは知っていた。しかし、敵はほとんど薔薇のキューブの中にいて、ラライヤが敵に捕らえられたときに顔を合わせただけだった。ノレドはラライヤ救出のためにハッパとともに薔薇のキューブの中に潜入したのだ。

そこにはごく普通の研究員のような姿の、ごく普通の人間しかいなかった。ニュータイプだの、残留思念だの、ノレドとラライヤにわかるはずはなかった。ノレドは、天井の顔に向かって叫んだ。

「悪かったとは思ってるけどさ、仕方ないでしょ!」

薔薇のキューブに立てこもって、ジムカーオ大佐とともに戦争を仕掛けてきたのはヘルメス財団の方なのだ。

「何かわたしたちにできることはありますか?」

そうラライヤは言葉を掛けた。その顔はゆらゆらと揺らぎながら、言葉を喋っているようにも見えた。

「あんたたち、トワサンガのヘルメス財団の人たちなんでしょ? ビーナス・グロゥブのヘルメス財団ではアンドロイドのエンフォーサーを作って、死んだら機械の身体に入ることになっていた。トワサンガだって一緒でしょ。なんであなたたちは機械の身体に入らなかったの?」

そうノレドは叫ぶように訴えたが、もしノレドの想像が正しいのならば、その機械の身体が備わったシルヴァー・シップを破壊したのも自分たちなのだ。ノレドは天井の顔から眼を逸らすことなく、ラライヤの袖を引っ張った。

「と、とりあえず、6人がどうなっただけ調べて、いったん外に出よう」

「はい・・・」

ふたりは互いに身体を寄せ合い、天井の顔を見上げたままの姿勢で先を急いだ。天井の顔はふたりを追いかけてきた。やはり何かを訴えようとしている。

少し行った先に、6人は倒れていた。ラライヤは意を決してノレドの服から手を放し、彼らに駆け寄った。6人はぐったりとしたまま意識を失っていた。ノレドもラライヤを追いかけ、助け起こそうとした。幸いなことに死んではいないようだった。

ラライヤは助けた男性の頬を軽く叩いて目を覚まさせようとした。男性はなかなか目を覚まさないが、時折ううと唸り声を発した。彼女は何度も声をかけ、そのたびに頬を叩いた。ノレドは天井の顔が気になって仕方がなく、何とか説得しようとあれこれ考えた末に、自分の仮説を訴えてみることにした。

「クンタラの言い伝えに聖地カーバというのがあるんだ。そこはクンタラたちが最後に辿り着く場所で、争いごともなく、差別されることもなく、みんなが幸せに暮らせる場所だというの。あたしは残留思念は聖地カーバに行くのだと思う。ニュータイプもオールドタイプもなく、みんなみんな一緒になるんじゃないかな。きっとこの大聖堂のどこかに、聖地カーバに辿り着く入口があるんだよ。だから待ってて。きっと探すから。先にこの人たちの手当てだけさせて。お願い!」

ノレドの訴えは、天井で燻り続ける黒い影に通じたような気がした。影は相変わらず彼女たちを見下ろしていたが、少し大人しくなったように感じた。

「そのまま静かにしてて・・・。あたしたち、仲間だから。怖がらなくていいのよ」

そのとき、ラライヤが介抱して男性の眼が開いた。ラライヤの顔はほんの一瞬だけ明るく輝き、すぐに恐怖に引き攣った顔になってしまった。瞳があるはずの場所は何もないかのように真っ黒で、天井の顔と同じものだったからだ。

怯えたラライヤは膝にのせていた男の頭を振り払うように床に落として、自分は飛びずさるように立ち上がった。そのとき、金切り声のような叫びが聞こえたかと思うと、天井の顔が動き出し、恐るべき速さでラライヤの身体に突進した。ドンという衝撃がラライヤの身体を痙攣させた。

「ラライヤ! ラライヤ!」

ノレドの叫びに、ラライヤは振り返った。その瞳のある場所には何もなく、真っ暗な空虚がノレドを見つめ返していた。恐怖のあまりノレドが後ずさると、気を失っていた6人も次々に起き上った。誰も彼も同じ眼をしていた。その眼孔の部分はモヤモヤと境目がなく、眼球があるはずの場所は穴が空いているかのような漆黒が埋まっている。ラライヤも含めて7人の男女は、ノレドの顔を凝視していた。

「みんな、カーバに・・・。仲間だから・・・」ノレドはカラカラになった口を動かして訴えようとしたが、やがて諦めて叫んだ。「そんなわけなかった!」

ノレドは一目散に走り出した。この何者かわからない魂魄は、大聖堂の外までは追ってこないはずだった。それも確信があるわけではないが、いまはとにかく逃げるしかない。

ノレドは脚が速い。セントフラワー学園のチアリーディング部の中でも1番だ。対して7人は、思うように身体を動かせないのか、ノロノロ、ヨタヨタとノレドの走った後をついてくるだけだった。大聖堂入口に辿り着いたノレドは、ステンドグラスの扉の向こうにに資料班のアナ・グリーンとジャー・ジャミングが立っているのを見つけた。アナとジャーもノレドの姿を認め、扉を開こうとした。

しかし、扉は開かなかった。アナとジャーは外から鍵を開けてと叫んでいる。ノレドは中から鍵をガチャガチャといじるが、どちらに動かしても扉は開かなかった。ノレドは閉じ込められてしまったのだ。ステンドグラスの扉を背に、ノレドは恐怖の叫び声をあげた。7人は徐々に迫ってくる。

ノレドは必死に頭を回転させた。

大聖堂の入口は吹き抜けの大きな空間になっていて、左右の壁沿いに走れば捕まることなく逃げられそうだった。幸いなことに、相手の動きは鈍い。すぐに追いつかれることはないだろう。そうはいっても逃げ続けるわけにはいかない。疲れて脚が動かなくなったらお終いだ。その前に何か手を打たねばならない。

彼女は胸に温かみを感じた。彼女の胸には、ウィルミット長官から貰ったキャピタル・テリトリィのIDメタルとアイーダから貰った本物のG-メタルがある。アイーダから大聖堂の壇上に床に隠し通路の入口があって、地下通路を抜けた先に思念体の分離装置らしきものがあると聞かされていた。

(動きが鈍いってことは、前にラライヤに憑りついていた残留思念のように慣れていなくて、完全に相手の意識を乗っ取ってしまっているんだ。ラライヤは、自分が意識を失っているなんて気づかないくらいに自然に行動できていた。あの人物は、残留思念体として長く存在していて、この人たちは死んだばかり。だから相手の身体を上手く操れない。ということは・・・)

考えろ考えろとノレドは自分に言い聞かせた。そして出した結論は、彼らがまだカーバに行ったことがなくて、この世への執着が強すぎるというものだった。彼らをカーバに導けば、彼らの意識も変わって襲撃をやめるのではないか、そう考えたノレドは、敵をできるだけ引き付けて、すうっと深呼吸すると右手の壁に沿って走り出した。

目指すは奥にあるはずの礼拝堂である。その壇上の床に隠し通路の入口があるはずだった。

彼女の考え通り、残留思念に身体を乗っ取られた7人はすぐには追いかけてこられなかった。7人は困惑したように立ち止まり、やがて散り散りになってノレドを追いかけた。その動きは遅く、時間は稼げそうだった。ノレドは子供のころに聞いたゾンビの話を思い出していた。

大聖堂の中に不案内なノレドは、めくら滅法に走り続け、時折道に迷いながらも大礼拝堂に辿り着いた。アーチ状の天井を見上げると、光が差さないどころか、先ほどの残留思念と同じような黒い靄のような顔が天井を覆い尽くすようにあって、そのすべての顔がノレドの顔を見つめ、その姿を追いかけていた。ノレドはもはや恐怖すら感じず、一目散に壇上に飛び乗ると、目を凝らして床に何か細工がないか探した。ところが、床の板材のどこにも隠し通路のようなものはない。

ノレドはこぶしでコンコンと床を叩き、音が変わるような場所がないか探し続けた。だがそれも無駄だった。壇上の床には何もなかった。

(何か違う。ここじゃない? 落ち着いて思い出すんだ、ノレド。なんだっけ、何と言っていたっけ? 壇上の床・・・、壇上の床・・・)

そうこうしている間に、バラバラに追いかけてくる7人の姿が見えるまでに迫ってきた。とくにラライヤの動きが早い。ラライヤには霊媒体質のようなものがあるのではないかとノレドは考えた。でもそれなら自分にもあるはずだ。ノレドは確信していた。いざというときに強い。自分はそうなんだと彼女は言い聞かせた。

ラライヤはとうとう壇上まで上がってきた。漆黒の不気味な目が、ノレドを冷たく見下ろしていた。ノレドは恐怖のあまり身動きが取れなくなった。空虚な目をしたラライヤだったものがノレドにのしかかってきた。ノレドはラライヤの漆黒の眼を見た。やはりそれは眼などではなかった。思念の渦が凝固したもので、その周囲に身体だったころの記憶がまとわりついているだけなのだ。

ラライヤと思念体は、必ずしも一体化していないのだ。ふたりは揉み合いになった。ノレドが揺さぶるたびにラライヤと思念体は少しのズレを生じさせた。ノレドはラライヤの手を振りほどくと、パッと身を翻した。

「あんたたち、思念体になってもまるで形が保ててないじゃないか。わかった! ザンクト・ポルト大聖堂は思念体が実体化する場所なんだな。あんたたちは闇の中でしか動けない。だからこの建物は全面ガラス張りで出来てるんだ。影ができないように。あんたたちの姿が見えないように。ここはカーバじゃない! カーバへ行けない魂は消えてしまえ!」

そしてノレドは思い出した。大礼拝堂ではなく、小さな礼拝堂の壇上の床と聞いていたのだった。

「ここじゃない」

ノレドは周囲を見渡した。大礼拝堂の奥に通路があった。そこで正しいのかどうか確信はなかったが、軍籍のラライヤの身体能力をフルに使われるとノレドは抑え込まれてしまう。その前に行動を起こすしかなかった。彼女踵を返して通路の中に飛び込んだ。そこは真っ暗で、壁もガラス張りではなかった。おそらく司祭が出入りする通路のようだった。

ラライヤと他の6人が追いかけてきた。もし行き止まりだったらとの不安もあったが、通路の先には小礼拝堂があった。壇上に飛び移った彼女は、演壇の後ろに指を引っ掻ける窪みを見つけた。思いっきり力を込めてそれを引き上げると、下に続く階段が見えた。だが、光が差し込まなくなった大聖堂の中でもひときわ暗く、3段目以降の階段はまるで見えなかった。

徐々に7人が迫ってくるので、ままよとばかりに暗闇の中に身を投じたノレドは、壁の感触を手掛かりに1段ずつ慎重に降りていった。階段が終わったところは完全な漆黒の闇の中だった。どちらに向かえばいいのか、空間がどれほど広いのかすらわからない。ノレドの脚はすくみ、頭上から何者かが入口を探り当てた気配に怯えた。彼女は思わず胸元のG-メタルを握りしめた。すると闇の中に、消え入りそうなほど小さな、弱い発光を見つけた。手を前に出して、足元を気にしながら彼女はその青い小さな光めがけて進んだ。

そばに近づくとそれは、G-メタルの挿入口だった。ノレドは焦りを隠せず震える手で何とか2枚のカードを首から外すと、アイーダから託されたカードを差し込んだ。すると通路に明かりが戻った。突然の眩さに眼がくらみそうになった。閉じた目を開けると、すぐ近くにまで7人が迫っていた。彼らは普通の人間だった。明かりの中では思念体の黒い靄は見えないのだ。それでも彼らが操られていることは、生気のない動きによって明らかだった。

「なにか、何か起きないの? ここの扉が開くんじゃないの? なんで何も起きないんだ?」

ノレドはラライヤたちから目を逸らして、カードレコーダーに目を向けた。するとレコーダーは、「レイハントンコードを認証しません」と機械的に告げたのだった。

ノレドは叫んだ。

「ベルリーーーーーッ。助けて、ベルリーーーーーーーッ!」


3、



そのころベルリは、シラノ-5第1リングの再起動テストに立ち会っていた。5つあるリングのうち、第2から第5リングはすでに完全復旧していた。残すは通称ノースリングと呼ばれる第1リングだけとなっていた。

かつてここはトワサンガの行政区画であり、出入りの業者以外一般人が立ち入ることはほとんどなかった。秘匿された立ち入り禁止区画には、ヘルメス財団の人間が働き、トワサンガを事実上実効支配していたのである。この区画にはいたるところにレイハントン家の紋章がある。

先の戦争で彼らヘルメス財団の人間をすべて死なせてしまったことで、トワサンガの行政は一時的に滞ってしまっていた。それを短期間で一応の形を整えたベルリは、このノースリングの再起動が終わったのちに、民主選挙の実施と王政の廃止をもってレイハントンとしての仕事を終えていったん実家に戻るつもりであった。彼はまだその先のことは考えていない。

「ダメだなぁ」

初老の男が情けなさそうな声で首を捻った。

ベルリがリング起動の総責任者に任命したのは、リングの保守点検業務に詳しい老人だった。彼はトワサンガ総務省の技術技官として副長官まで出世したのちに引退した人物だった。サウスリングの田園地帯に引っ越して余生を過ごしていたところ、難を逃れたのだった。

リングの停止によって、多くの人命が失われていた。それは月で眠っていたムーンレイスをすべて移住させても到底足らないほどの数であった。戦争終結後、脱出艇で月に逃れた1千人余りの人間で捜索を行い、セントラルリングより南で発見された人間は4万人。上部リングで救助された人間は2500名、死者行方不明者は10万に近い。トワサンガはじまって以来の大惨事だったのだ。しかも、ノースリングの停止はG-セルフの機能が関わっている。ベルリが責任を感じるのも無理はなかった。

「さっき少しだけ動いたような気がしたんだけどなぁ」

ベルリは運ばれてきた食事に手を伸ばして、エンジニアたちを集めて輪になった。ベルリは総責任者のユウ・ハナマサに尋ねた。

「ラビアンローズの分離による影響はもうないんでしょ」

ハナマサは若い技師からノーズリングの見取り図を受け取った。

「調査の結果はご報告申し上げた通り。元々ラビアンローズというものはノースリングの機構には干渉してないと判明しています。軸も曲がっていないし、最初から分離することを前提に作られていたとしか考えられない」

「だったらなんで動かないんだろう」

ベルリはハアと大きく溜息をついた。ノースリングの起動テストは、もう10回以上試みられているのだ。いずれも失敗。だが何度か動きかけてもいるのだった。考えられることはすべて調べたつもりであった。

ハナマサは東アジア系の無口な老人で、ベルリが信頼を置いている人物のひとりであった。責任感の強い彼はもう何日も休みを取っていない。もし今日のテストでダメだった場合、ベルリはこの作業をいったん打ち切って選挙を先に行うことも考えていた。ハナマサは良く通る声でベルリにいった。

「機構的に問題があるとは思えないのですな。物理的に何かが邪魔をして回らないわけではない。だとすればもっと軋む音なりなんなり兆候があるはず。実際にテストで半周くらいは回っておるのです。でもすぐに停まってしまう。全停止して重力を失ったときと同じように、プログラム上の何かで動かないとしか思えない。そのプログラムも調べたのですが、ユニバーサルスタンダードによるプログラム言語ではなく、しかも部分的に暗号化されていて解析ができない。やらせてはおりますが」

ベルリは観念したように俯いた。

「1時間ほど休憩して、もう1回トライしてダメだったら、みなさんには1週間ほど休暇を取ってもらおうと思っているんです。みなさん、家庭もあるのに本当に申し訳ない限りです」

ベルリは深々と頭を下げた。

そのときだった。まだ入省して2年の若手エンジニアが遠慮がちに小さく挙手をした。ハナマサはその態度が気に入らなかったらしく声を出せと大声で怒鳴りつけた。ベルリは間に割って入ると手のひらを差し出して発言を促せた。

「実は気になっていることがあって」

「何でしょうか」

「この部分なんですけど」

彼はハナマサが手にしていた見取り図を借り受けて、ある1点を指して丸を描いた。

「ラビアンローズというものがパージされて質量バランスが崩れているんじゃないかって話になったときに計算したんですけど、ここに空間があるかもしれないです」

ハナマサがきつい口調で言い返した。

「そんな報告は受けていないな」

「自信がなくて」男はしどろもどろに応えた。「ここに空間がなくてもバランスは取れているので回転に支障はないんです。そんなに大きな空間じゃない、というか、もしかするとここもパージできるのかもしれない。プログラムのことはよくわからないんですけど、停まったときの経緯を聞く限り、大執行でしたっけ、それを行うためにリングを停めてラビアンローズというものをパージしたように思えるんですね。もしすべてパージしきれていなかったら、それがネックになって動かないのかもって」

「すぐに案内してください」

ベルリは藁にもすがる思いで若手エンジニアにその場所まで案内させることにした。

彼が業務のメンバーを連れていったのは、狭い通路の入口であった。白い壁にレイハントンの紋章が描かれている。見取り図を手にした青年はまだこの先だといった。ベルリはG-メタルをレコーダーに差し込んで扉を開いた。その先には細い通路があった。案内されるままについていくと中央辺りの側面にまた大きなレイハントン家の紋章が描かれていた。

「このマーク、しつこいくらいにあるんだな」

ベルリは呆れてそれを横目に通り過ぎようとしたのだが、青年はおそらくこの辺りですと立ち止まった。だがそこにはG-メタルのレコーダーはなかった。白い壁に赤く文様が描かれているだけだ。鳥の形の文様を手でなぞると、赤く塗られてはいるがその部分は金属のようだった。

「でもここは壁でしょ?」

「何か声が聞こえませんか?」

エンジニアのひとりが周囲を見回しながら呟いた。確かにたしかに女の悲鳴のようなものが聞こえなくもなかった。怪訝な顔のベルリが壁に耳をつけてみると、どこからかピピピと機械音が鳴って、壁がするりと開いた。ベルリは勢い余って中に転がり込んでしまった。

「ひとりでに開いたぁ?」

「いや、おそらくタッチセンサーでしょう。身体を壁につけたときに、G-メタルに反応したんです。開いたことに問題はない。それより、なんですか、そこは?」

エンジニアたちは恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。そこにはパイロットスーツとヘルメットが準備してあった。ベルリが手に取ると、胸にレイハントンの紋章が刺繍されていた。訳が分からず顔をあげると今度は部屋全体が青白く光り、「アイリスサインOK、レイハントンコード認証」と機械音が告げ、狭い部屋の向こうにあった縦長の六角形のようなものが跳ね上がった。

その先にあったのはコクピットだった。そして、ハッチが開いた途端、ノレドの叫び声が聞こえてきた。



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