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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第30話「エネルギー欠乏」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第30話「エネルギー欠乏」後半



1、


「何をしているのですか。さっさと片付けて」ウィルミット・ゼナムはいつものように部下たちにテキパキと指示を出していた。「クラウンの運航を中止するのですから養生をしっかりしなければ再開するときに支障が出るでしょう。機械類は完全に覆ってしまってね」

ビグローバー内は多くの運航庁の職員が走り回っててんてこまいの様相を見せていた。ウィルミット・ゼナムがクラウンの運航を中止してキャピタル・タワーの電力をキャピタル・テリトリティ中心部に振り分けると発表したとき、運航庁の職員はまさに我が耳を疑った。ウィルミット・ゼナムはどんなことがあろうともクラウンの運航だけはやめないと考えられていたからだ。

しかし、エネルギー不足が顕著となったキャピタル・テリトリティでは、そんなことも言っていられないほど状況は逼迫していたのである。キャピタル・テリトリティはクリム・ニックによる絨毯爆撃とその後の侵略行為、建設ブームの煽りを受けて地球上で真っ先にフォトン・バッテリーが尽きる地域になっていたからである。以前の世界ならば考えられないことであった。

事実上行政機関のトップとして働きづめの彼女は、仕事が忙しくてイライラしているだけでなく、尊敬するゲル法王がスコード教会に追放され、新法王に息子のベルリが指名されたことに激怒していたのだ。彼女がピリピリしているのは、忙しさから乱暴になっているのではなく、噴き出してくる怒りを必死に抑え込んでいるからであった。

「いつになっても殿方たちは何もしてくれませんのね」

彼女の刺々しい言葉遣いはここ数日ずっと続いていた。それは主に男性職員に向けられていたので、彼らは長官を顔を見るだけで逃げ出す始末であった。どうせオールド・ミスのヒステリーだと思われているのだろうなと顔をしかめながら、彼女は職員たちを叱咤してビグローバーの閉鎖作業を進めた。

彼女の男性への怒りはいつまで経っても国会再開にこぎつけられないことがそもそもの発端であった。自分が行政機関を維持している間になんとか生き残りの国会議員を集めて形ばかりでもいいから立法府を作ってくれと懇願しているのに、政治家たちは脚の引っ張り合いばかりで一向に国会開催にこぎつけられず、それどころか自分たちが選挙で有利になるようにゴンドワン移民やらクンタラ移民にできもしない約束をして、そのたびに元々の住民の反発を食ってはそれぞれのグループの対立を強めるばかりだったのである。この国には強い男がいない。ウィルミット・ゼナムは心底それが嘆かわしかった。

宗教国家であったキャピタル・テリトリィは、フォトン・バッテリーの配給利権で国家が成り立っており、何もしなくても多くの人間に分配が約束されていた。政治家は甘い公約を掲げるだけで、キャピタル・タワーで運ばれてくるフォトン・バッテリーが彼らの公約を果たしてくれたのだ。その利権が丸々消えてなくなり、エネルギーが地球で最初に尽きてしまう地域に転落し、移民が増え治安がメチャクチャになったいまこそこの国には強い男が必要なのに何たるざまかと嘆いているのだ。

ウィルミット・ゼナムは、なぜかクンパ大佐のことを考えていた。ごく短期間で宗教国家に軍隊を作り上げて戦争をさせた男というのは、こうした状況下にこそ必要ではないかと考えたのだ。彼がビーナス・グロゥブのピアニ・カルータという人物で、戦争による人類の遺伝子の強化を目論んでいたことなどすでに明らかになってはいるが、もしかしたら彼の目論見はキャピタル・テリトリティのようなところには必要だったかもしれないのだ。強いか弱いかは、必要不必要の問題であって善悪は関係ない。その人物がいかに悪を成そうと、必要なときには必要なのである。

その日の夕刻、無事にビグローバーは閉鎖された。未知の発電方法でキャピタル・タワー自体が巨大な発電機である以上、その電力を無駄にクラウンの運航に使うわけにはいかなかった。使用されなくなった電力は急いで整備された送電線によってビグローバーを取り巻くように建つ行政区域に供給された。

「ここまではいいとして・・・」

ウィルミット・ゼナムにはキャピタル・テリトリティを再生させるプランがあった。若手行政官を動員して作らせた渾身の案であったが、結局それを発表してくれる政治家は選出されず、かといって自分がそれを世界に向けて発表するわけにはいかなかったのだ。

地域住民だけでなく、いまや世界の人々がトワサンガの若き王ベルリ・ゼナム・レイハントンがクラウンの運航長官ウィルミット・ゼナムの子供であることを知っている。さらにアメリアの若き有望政治家アイーダ・スルガンも彼の姉だと知っている。この状況下で自分が表に出ることがあると、トワサンガのレイハントン家による独裁体制を目指していると勘繰られる恐れがあったのだ。彼女は息子の脚を引っ張るつもりも、義理の娘に苦労を背負わせるつもりもなかった。スルガン提督が亡くなったいま、アイーダも我が娘だと彼女は考えていたのである。

そこにようやく最終便から降りてきたケルベス・ヨーが戻ってきた。ウィルミットはホッとした顔でケルベスを手招きして演説の草稿を手渡した。

「じゃ、お願いしますね」

「あれ、やっぱりやるんですか。自分は一介の教師ですよ」ケルベスはさすがにウンザリして応えた。「結局政治家は誰もこれを発表できなかったんですね」

「形ばかりですから」

ウィルミットも今回ばかりは申し訳なさそうにしていた。

その夜のことだった。キャピタル・ガード養成学校の教師で現在はクラウン運航長官補佐のケルベス・ヨーは、キャピタル・テリトリティの軍事独裁政権の代表として以下のことを発表した。

①クラウンを運航停止して余剰電力を市民に開放するとともに役所を全面的に再開する。

②旧市民の権利を剥奪し居住希望者全員のID登録の義務化とその受付の開始。

③すべての土地所有権の剥奪と公平な再分配の約束。

④クリムトン・シティに関する投資債権の無効化。

⑤新市民の労働技能測定と合格者への参政権付与。

⑥3年後の議会再建。

⑦政教分離の推進。

かくしてケルベス・ヨーは再び形式上の軍事独裁者となり、行政の決裁者となった。もちろん事実上すべてはウィルミット・ゼナムがやることになる。

彼女はポケットにしまっていたメタルカードをケルベスに手渡した。それはG-メタルと似た形をしており、彼女がノレドに渡したものと同じだった。それは新しいIDカードの見本だったのだ。

「ジムカーオ大佐に誘われてトワサンガのノースリングで働いていたときに、これを使っていたんです。住民の情報はこれで管理しますから、いままでより手続きは簡素化されますし、不正な金品のやり取りも監視できます」

「自分、いま独裁者なんですよね」ケルベスはそれを大人しく首から下げた。「でも、新市民の第1号が独裁者ってのはどうにも格好がつきませんね」

「そんなの」ウィルミットはウンザリした顔で溜息をついた。「男たちに言ってちょうだい」


2、



ザンクト・ポルトは燃えていた。

権力を笠に着て大量の学生たちを捕まえたのが運の尽き、ノレドがアイーダのG-メタルで彼ら学生たちを解放したものだから形成は一気に逆転してスコード教団とキャピタル・テリトリティ法王庁の職員は大暴れする学生たちの前になすすべなく殴られ蹴られ引きずりまわされてボロボロの風体で道端に放り出される有様だった。

さらにトワサンガのベルリ・レイハントンが学生たちを支持しているという噂が広まるやザンクト・ポルトの人々も彼らの抗議活動に加わってスコード教の権威は一気に地に落ちてしまった。

「拝み屋のくせにッ!」

暴徒と化した一団は口々に奇声を発しながら法衣を着た人間を見つけ次第襲い掛かってリンチにしていくのだった。スコード教団の人間を拝み屋呼ばわりしているのは、アメリアから派遣された調査隊のチームであった。彼らは20名ほどの少人数であったが、元々さしてスコード教が根付いていない自由の国の人間であったから、宗教家の横暴には心底腹を立てていた。

ザンクト・ポルトはカシーバ・ミコシの居留地でスコード教の聖地であったが、この最終ナットの住人も、自分たちが行っている行為が宗教とは関係ないただのエネルギーの運搬事業だと気づいてしまうと、敬虔な気持ちなど気づけばなくなってしまうのだった。

数日間幽閉されて不自由な生活をさせられたトワサンガの若者たちは、かつてこれほどの屈辱は受けたことがなく、頭に血が上ってなかなか冷静になるのは難しい状況だった。

しかも先頭に立って坊主を殴りつけているノレドは、一時はトワサンガの王妃になると宣伝されていた女性で、ザンクト・ポルトでもかなりの有名人であった。そんな人まで牢屋にぶち込まれていただの、トワサンガの王子の名前を法王庁が勝手に使っただの、説法に目覚めたゲル法王を追放したのはスコード教団だのと噂は噂を呼び、市民たちは学生に食料と武器を供給して徹底して戦うよう励ます始末であった。この運動にリーダーが存在しないこともあって、暴動はひたすら激しく燃え上がっていった。

ザンクト・ポルトの警官隊はすでに再編されていたが、学生たちの抗議活動を黙認した。警察はこの暴動は鎮圧しようとすれば逆に燃え上がるものだと見抜き、自然鎮圧、つまり彼らが疲れて動けなくなるのをじっと待ったのだった。夕刻になってそれはようやく収まった。

暴れるだけ暴れて疲労困憊の学生たちは、何となくノレドの周囲に集まってきた。スコード教会の地下にあるという肉体と思念を分離する装置の調査に来ただけの彼らにはリーダーになるべき人間がいなかったので、年下ではあったがトワサンガの若き王子ベルリ・レイハントンの知り合いというだけでノレドは頼られる立場になったのだ。

ノレドもまた興奮が収まっていなかったので、集まってくる人間をすべて率いて道端に力なくへたり込んだスコード教団の坊主たちを縛り上げると、自分たちが隔離されていた施設に放り込み、そのままスコード教の聖地ザンクト・ポルトスコード教教会に乗り込んだ。そこはもはやもぬけの殻で、教団関係者はひとりもいない。ノレドはひまわりのアップリケのついたバッグをドンと机の上に置いて大きな声で叫んだ。

「さあ、これは不完全だけどアメリア議会に提出される調査報告書の草案だ。ハッパさんという人はエンフォーサーのサイコミュを調べ上げた人で、議会に提出されない事実もここには書いてある」

ノレドがそう話すとアメリアの調査隊からほうと感嘆の声が上がった。

「それにこれ!」ノレドは2枚あるメタルカードの1枚を高く掲げてさらにまくしたてた。「これはクラウンの運航長官から戴いたトワサンガの薔薇のキューブの実態についての資料ッ! これにはトワサンガの行政を牛耳ってきたエンフォーサーの秘密がたくさん入ってる。わたしたちはこのふたつの資料とスコード教教会の装置の秘密を暴いて、宇宙世紀初期にあったというニュータイプ研究の秘密に迫るッ! 初代レイハントンは自分を偉大なニュータイプの生まれ変わりだと称してムーンレイスと戦ったらしい。それが何を意味しているのかいまはわからないけど、ここにいるみんなで絶対に過去の秘密を暴いてみせる。そして宇宙世紀が黒歴史になってしまった理由を探そうじゃないの。もしわたしたちが宇宙世紀の失敗の原因を探し当てることができたら、わたしたちはもう1回宇宙世紀の理想にチャレンジできるかもしれない。宇宙世紀は人類にとって希望の世紀だった。なのに、何かが狂ってしまって戦争ばかりになっちゃった。その理由を知ってるのはビーナス・グロゥブの人たちだけど、あの人たちは答えは教えてくれない。自分たちで探し当てなきゃいけない。スペースノイドとアースノイドはなぜ分かり合えなかったのか、それを乗り越える奇蹟は本当にあったのか。ではなぜそれが後世の人に伝わらなかったのか。全部わたしたちが見つけてビーナス・グロゥブの人たちとの距離を縮めなきゃいけない。あの人たちはここよりずっと太陽の近くで地球の人のエネルギーを心配してわたしたちの分まで働いてくれていて、ムタチオンで苦しんで地球に帰りたがっている。もしわたしたちとビーナス・グロゥブの間の情報格差がなくなって、同じように考え、同じように行動できたのなら、わたしたちは技術を使うことを怖れなくてもよくなるかもしれない。それが本当の解決でしょ? わたしたちはもっと勉強して賢くならなきゃいけない。アースノイドとスペースノイドの労働意識の違いはいまベルリが対策を考えてくれている。ビーナス・グロゥブと同じ高い規律意識さえ持てば、アースノイドとスペースノイドの間の断絶は取り除かれる。そうでしょ?」

ノレドの突然の演説はトワサンガとアメリアからやってきた調査団に感銘を与えた。彼らは漠然と初代レイハントンが作った誰でもニュータイプ現象が体験できる装置の研究をするつもりでいたのだが、その先にある真の目的をはっきりと意識することができたのだ。

「ゲル法王は人間と人間の間にある断絶は必ず乗り越えられると言ってる。法王さまは宗教の話をしているけど、2000年前に起きたことは神話じゃない。事実なんだ。人間はすでにニュータイプ現象で人と人との間にある絶対の断絶を乗り越えたことがある。生の先には、先には・・・」

ノレドはふいに気づいた。クンタラでありながら彼らの宗教に帰依せずスコード教徒になった父が話してくれたクンタラの聖地カーバのこと・・・。ノレドは、思念体となった人間がいる場所こそがクンタラの聖地カーバだとふと気づいてしまったのだ。

やはり、クンタラはニュータイプと関係ある。ノレドはそっと唇を噛んだ。そしてそれを忘れようと首を振るといつもの明るいノレドに戻ってさらに声を張った。

「そんなわけだから、今日からここがわたしたちの宿舎だ。食料の調達と寝床の準備を急いで。いまからみんなで自己紹介し合って、明日からさっそく研究に取り掛かろう!」

ノレドの掛け声で全員が一斉にこぶしを突き上げたのだった。そんな彼女を横目で眺めながら、ラライヤはこう考えていた。

「ノレドは、ときどき急に冴えることがある。何かが憑いてるんじゃないかってくらいに。ビーナス・グロゥブで運搬船の返却交渉したときもそうだった。誰かに導かれているのだろうか・・・」



3、



「独立できない? 独立できないとはどういう意味なんですか? だって月はトワサンガで生産される物資のほとんどを生産しているのでしょう?」

すっかり月を支配している気になっていたギャラ・コンテ枢機卿は狼狽の表情を隠すことができなかった。指令室にたむろしていたスコード教団と法王庁の人々も、突然押しかけてきたムーンレイスの技術者たちを不安そうな表情で眺めていた。

「あなた方は地球の人たちなので、宇宙でのライフライン維持の仕事がどれほど厖大かお分かりにならないのでしょう。月には最低の人員しか置いてもらっていません。我々はメガファウナの人たちがトワサンガから交代要員を連れてきてくれないと24時間ずっと働かねばならなくなる。地球から来た若い子をこちらで預かってますけど、まだ右も左もわからない状態でとても任せられるところまで習得は進んでいない。本当ならもうとっくに我々はトワサンガに戻って休暇中だったんです」

「そんなことを急にいわれても」

法王庁の人間が官僚らしく交渉の場に進み出てきたが、交代要員がいない事実は覆せそうもなかった。

「月は宇宙世紀の間ずっと改造を受け続けていて、どこに何があるのか我々も把握していないのです。しかも我々はコールドスリープから目覚める前は500年前にいたんですよ。この500年間に何があって、月のどこのどんな仕掛けがされているのかもわかりません。より確かなのはずっと運用されていたシラノ-5です。いまは頭が取れてしまってノースリングが止まっている状態ですけど、ずっと運用されていたコロニーと時代ごとの技術が入り乱れる月では確実性の観点から比べ物にならない。ここはあくまでシラノ-5が完全復旧するまでの仮の運用で、トワサンガに居住しながら気長に月内部の全体像を把握していくしかないんですよ。お分かりになりますか?」

「しかし、あの、ムーンレイスの方は・・・」

法王庁の人間はしどろもどろになっていた。

「フィット・アバシーバ隊長ですよね? あの人の言う独立とあなた方の言う独立は同じ意味ではないでしょう? 隊長はシラノ-5にビームを打ち込んでジャミングを掛ければ独立達成ですよ。あなた方はここに生活の拠点を置くというのでしょう? 働きもせずに」

「いや、聖職者としての責務を・・・」

「そんなものは責務じゃないんだ! お前らはスペースノイドのことを何もわかっちゃいない!」

ついにトワサンガのの技術者たちは怒り出してしまい、休暇を寄越せと暴れ始めた。そこに軟禁状態から解放されたドニエル艦長も加わり、たいした戦闘もなくスコード教会と法王庁の人間は縛り上げられてしまった。

ドニエルは法衣に身を包んだ彼らを「拝み屋拝み屋」と罵りながら、簡単な操作だけ教わっていたモニター表示を点灯させた。そこには金色のスモーとノーマル色のスモーが対峙している様子が映し出されていた。ドニエルが振り返って同意を求めた。

「あの金色のがハリー隊長のものなんだろう?」

ええそうですと技術者たちから答えを引き出すと彼は満足して低い威圧感のある声で命令した。

「メガファウナに物資の搬入だ。すぐにシラノ-5に運んで交代要員を連れてきてやっから、お前らも手伝ってくれ。ハンドリフトくらい使えるんだろ?」

「そうりゃもう」

「拝み屋ども」ドニエルはギャラ・コンテ枢機卿を睨みつけた。「宇宙では法衣なんて何の意味もないことをすぐに教えてやるぜ。生きたまま宇宙に放り出してやる」


4、


「よくもオレの顔に泥を塗ってくれたな、フィットよ」

ハリー・オードが自分の愛機1機で月にやってきたのを見たフィット・アバシーバは、部下に部隊全機出動するように命じた。ところがそれに従う部下はひとりもいなかったのである。顔を赤くしたフィットはたった1機で出撃し、ハリー・オードを殺すつもりで向かっていったものの一言すごまれただけで意気消沈してしまっていた。

「どう落とし前つけてくれるんだ」

ハリーは部下の失敗に寛容な男であったが、まるで意味のない反乱行為は別だといわんばかりの剣幕であった。ハリーにこれほどきつく叱られたことのないフィットは頭が真っ白になってしまって口答えする力も残っていなかった。

「反乱罪は銃殺である」ハリーは冷酷に告げた。「すぐにコクピットから出てこい。いつものように撤退はさせんぞ。おとしまえをつけてもらう」

するとスモーのスピーカーからパンッという破裂音が聞こえてきた。フィットはコクピットの中で自殺したのだった。ハリーはチッと舌打ちをしたが、実はそうさせようと考えていたのだった。

というものも、ベルリからは事を穏便に解決してくれと頼まれていた。ベルリは軍隊経験がほとんどないので、軍規というものを理解していない。連れて帰って営倉に放り込んでもそれは反乱行為の処罰としては甘すぎ、甘い処罰では何度も同じことを繰り返すことになってしまう。

「結局逃げたことに変わりはないがな」

ハリーの感想は冷たいものだった。彼は大声で月に残った部隊構成員にスモーとフィットの遺体を回収する用意に命じた。

かくして月の反乱はいともあっけなくかたがついてしまった。ハリーはシラノ-5を振り返り、少しだけ心配になった。

「それにしてもベルリくんは地球側のエネルギー不足をどう考えているのだろうか。もしこのままフォトン・バッテリーが配給されなかったら、地球は大混乱に陥るだろうに」


5、



即決のハイデン。もしクン・スーンの話が本当だったなら、時期的にとっくにビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーは届いているはずだった。アイーダはクンとゲル法王と話すまで、ハイデンという人物が地球にフォトン・バッテリーを配給するかしないかで悩んでいるのかと思っていたのだ。

しかし彼をよく知るビーナス・グロゥブのクン・スーンは、そんな甘い期待を打ち砕いた。

私設秘書のレイビオとセルビィを執務室に呼んだアイーダ・スルガンは、アメリア国内のエネルギー状況を改めて検討した。科学知識が豊富なアメリアであっても、やはり森林の伐採は進んでおり、せっかく砂漠から森林に回復した地域でも再び砂漠化が進行しているという。

「キャピタル・テリトリティは経済状態が思わしくありませんからな。テーブル大地の巨木はどんどん伐採されてこのアメリアへ輸出されているのです。もしキャピタル・テリトリティを荒廃させてしまいたいのなら逆にいまがチャンスでしょう。国内の森林地帯の保護条例を作れば、さらにキャピタルからの木材の輸入が増えて、赤道付近はむかしの荒涼たる砂漠に戻るでしょう」

「そんなことは・・・」

長らくグシオン・スルガンの秘書を務めてきたレイビオの言葉は、まるで父の冷酷な一面を垣間見るようでアイーダは怖ろしくなった。

しかしレイビオにはなるべく父の言葉や考え方を娘に伝えたいという思いがあるらしく、アイーダの気持ちを察しながらもなおもスルガン的な考えの話を続けた。

「南米大陸に巨大国家があるのはアメリアには決して好ましくない。これはグシオン提督のお考えです。あんな場所に唐突にキャピタル・タワーが建設された意味は分かりませんが、この500年でアメリアの優位性はキャピタルに奪われ、せっかく蓄えた科学技術も破棄しなければなりませんでした。とくにディーゼルエンジン。ディーゼルエンジンの復活と工業用の油の生産はアメリアの基幹産業になるはずでしたのに」

アイーダは父の言葉を思い出しながら応えた。

「500年前には鉱山業もまだ盛んだったとか。炭鉱などもあったのでこのまま産業革命が起こると考えられていた。そうでしょう?」

「その通りです。石炭と鯨油で産業革命を起こすはずだった。そこに月からの使者というものらが現れてアメリアに租界を作ろうとした。いま問題いなっているムーンレイスのことです。彼らとの戦争があり、追い返したところが、いつも間にやらキャピタル・タワーが建設されて、それまで蓄えていた技術は一気に廃れてしまった。アメリアはフォトン・バッテリーの配給権の前にずっと頭を押さえられていた。姫さま、フォトン・バッテリーが来ないというのならいいではありませんか。500年前に戻っただけですよ。これをチャンスと捉えねば」

「それだけはいけない気がするのです・・・」

アイーダは悩まし気に議会対策のプロでまだ若いセルビィの顔を見た。セルビィはアイーダに代わってレイビオに食って掛かった。

「そのお考えはいますぐ捨てるべきではないでしょうか?」

「捨てる? それはまたなぜ?」

「お嬢さまはスルガン提督の娘であるだけでなく、レイハントン家の娘でもあるということをレイビオ氏はすぐにお忘れになる。キャピタル・タワーを作ったのはレイハントン家です。お嬢さまはそのどちらの立場も考慮しなければならないわけですから」

「だからそんなものにいつまでも囚われるなとお進言申し上げておる」

「いや・・・、ちょっと待って。ちょっと待って」アイーダは指で額を押さえた。

「何かよいお考えでも?」

「ああ、そうか」アイーダはテーブルをドンと掌で叩いて立ち上がった。「産業革命はやはり間違っていたんだ。産業革命が勃興しつつあったアメリアと宇宙世紀を否定しながら技術を引き継いでいたムーンレイスの接触は危険な行為だった。ムーンレイスはいったん月に引き返したけど、ディアナ閣下とキエル・ハイム女史は入れ替わったままだった。いつまた接触が再開されるかわからない。だから地球人には見えないところでムーンレイスは完全に封じられた。そして初代レイハントンはビーナス・グロゥブの地球への直接関与も阻止した。これは・・・、これはおそらく、黒歴史に残されていたあの映像だ。ビーナス・グロゥブはスペースノイドとアースノイドは戦って勝った方が地球を支配するというエンフォーサーの考え方だった。ニュータイプに進化した者が地球の支配権を持つ。スペースノイドとアースノイド、ニュータイプとオールドタイプの最終戦争。それが大執行。ジムカーオ大佐はレイハントンを姑息だといった。人類すべてにニュータイプ体験をさせる装置は大執行の妨げになる。それを否定するものだ。だから姑息。宇宙世紀の過ちを繰り返させないための優生による支配が大執行の考え方だ。これに対抗するための初代レイハントンの答えが、人類すべてのニュータイプへの進化だった。スペースノイドとアースノイドの相互往来のためのキャピタル・タワー、規格対立を避けるためのユニバーサル・スタンダード。相互理解のためのスコード教。そしてオールドタイプにニュータイプ現象の実在を体感させるためのザンクト・ポルトの装置。全部人間同士の対立を緩和する仕掛けじゃないですか。ビーナス・グロゥブの自己犠牲的な労働は、いつしかわたしたちが「交代の時間です。お休みください」とビーナス・グロゥブに申し出なければならないことだった。それをあの人たちはムタチオンに苦しみながら待ってくれていた。フォトン・バッテリーが来るとか来ないとかじゃない。こちらからフォトン・バッテリーの生産のための交代要員を連れて赴かなきゃいけなかった。彼らを宇宙での苦しい労働から解放させなきゃいけなかった。そう! ベルリがやろうとしていることはこれだッ! レイビオ、すぐにゲル法王猊下のアジア行きを阻止して。セルビィ、キャピタルのウィルミット長官とお話がしたい。コンタクトをお願い」

アイーダがにわかに活気づいたことに驚きながらも、ふたりの秘書はすぐさま彼女の願いを叶えるために動き出した。

「だからベルリはクリム・ニックとルイン・リーをビーナス・グロゥブに送り込んだんだ。大罪人であるあのふたりは、ビーナス・グロゥブで自由奴隷になる。そして、地球からフォトン・バッテリーの製造技術を学びにビーナス・グロゥブを訪問した最初のアースノイドになる。ベルリはトワサンガでスペースノイドとして訓練を受けさせ、ビーナス・グロゥブに労働派遣させることでビーナス・グロゥブの人たちに戦わなくてもレコンギスタする機会を与えようとしている。これがユーラシア大陸を横断してあの子が見つけた答えだったんだ」



HG 1/144 グリモア ガンダムGのレコンギスタ

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HG 1/144 宇宙用ジャハナム(クリム・ニック専用機) (ガンダム Gのレコンギスタ)

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