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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第28話「王家の歴史編纂」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第28話「王家の歴史編纂」後半



1、


法王庁は疑心暗鬼になっていた。

アメリアがピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件についての調査委員会を立ち上げたとき、彼らは真っ先に懸念を表明してウィルミット・ゼナム運行長官に対して協力しないようにと要請した。ところが熱心なスコード教信者として知られる彼女はこの要請を拒否して調査委員会議長アイーダ・スルガンの聞き取り調査協力依頼を快諾した。

彼女を止めようにも法王庁の依頼に応じてくれる機関はどこにも存在しない。キャピタル・ガードはクラウン運行庁の下部組織も同然の状態だった。

それから彼らは枢機卿が中心となって法王庁の権威回復のためのプロジェクトを立ち上げていた。プロジェクトの骨子は、彼ら自身の手でジムカーオが目指したレイハントン家王室の復活を目指すというものだった。彼らとしては、世界の果てはいままで通りザンクト・ポルトでなくてはならず、トワサンガは天上人の住む世界で、御伽噺にしか出てこない世界であり続ける必要があったのだ。

彼らはまずノレド・ナグの身柄を法王庁で確保し、ゲル・トリメデストス・ナグ法王の退任と次期法王をレイハントン家嫡子ベルリ・ゼナム・レイハントンにすると一方的に発表して、その妃がゲル法王の実子ノレド・ナグになると世間に知らせるつもりであった。法王庁の狙いは、ザンクト・ポルトで情報を遮断すること。さらにはトワサンガ住民のレコンギスタを阻止して、宇宙からの情報を止めてしまうつもりであった。

法王庁には、宇宙の進んだ技術を我がものにしたいとの意思はない。そうしたものをすべてアグテックのタブーという言葉で封じてしまうことが彼らの権威に結び付くと話し合いで結論付けたのだ。ゲル法王は近々の説法においてスコード教の宗教改革について触れており、これ以上彼を法王として野放しにするわけにもいかず、もはや実力行使以外方法はなかったのである。

トワサンガの王子であるベルリが法王庁の人間のトワサンガ訪問を禁じていないことを利用し、法王庁は人員を派遣してノレド・ナグの身柄確保に動いた。彼らは出向前にノレドと彼女の近衛隊長であるラライヤを監視して乗務員室に入ったのを確認すると、トワサンガに着くまでに説得するか、さもなくば薬物で昏睡させて奪い去るかと緊張の面持ちでそのときを待っていた。

メガファウナが出港し、2時間が経過したころ、彼らは動き始めた。


2、


メガファウナがザンクト・ポルトを出港していくのを、ノレドとラライヤはザンクト・ポルトのダイナーのテレビで眺めていた。

スコード教の聖地であるザンクト・ポルトだが、フォトンバッテリーの供給が停止されてからというもの住民たちはトワサンガの意向を無視するわけにはいかなくなり、メガファウナの定期運航が開始されてからは日常の物資すらトワサンガに依存するようになっていた。クラウンはいまだ定時運行されているが、内戦状態が収まっていないキャピタルの住民は少なく、アメリア人の数が増えていた。

ザンクト・ポルトにおいて、地上であるキャピタル・テリトリィの衰退は法王庁の権威の衰退そのものであり、彼らの視線は自然とトワサンガへと向けられたのだ。その方がより天界に近く、自分たちの自尊心が高まるという効果もあった。

ダイナーのカウンターに陣取ったノレドは、左手に持ったスーパーサイズのポテトを何本も同時に掴んで大きな口に突っ込んでいた

「法王庁の連中、何も知らずにトワサンガに行っちゃったね」

自分の分は頼まずノレドのポテトをつまみながら同じテレビを眺めていたラライヤは、メガファウナが無事に出港していったのを認めるとさっと立ち上がった。

「ベルリさんが法王庁の怪しい動きに感づいていないと思ったら大間違いですよ」

トワサンガの大学への進学が内定しているノレドを迎えに来るとの名目で派遣されたラライヤだったが、実際はベルリの意向を受けてザンクト・ポルトの調査に派遣されたのだ。すでにトワサンガから多くの学生がやってきており、さらにアメリアの調査隊も参加している。

まだポテトを手放さないノレドの肩には大きなショルダーバッグが掛かっていた。なかにはピアニ・カルータ事件、ジムカーオ事件に関する調査資料が入っていたが、ひまわりのワッペンのついた鞄の中にそんな重大機密が入っているとは誰も思わなかっただろう。彼女の首にはアイーダに託されたG-メタルとウィルミットから貰ったレプリカのG-メタルも掛けられていた。ノレドはポテトを飲み込んだ。

「つまりもう大学の勉強は始まっちゃったってことだね」

「歴史を誰が記録して遺すかって大事なことなんですよ。いまトワサンガではレイハントン家の正史を遺そうという運動があって、民政移行派も王政復古派もどちらも賛成しているんですけど、ベルリさんが言うには、子孫が先祖の権威づけをしていると必ず解釈されるから意味がないというのですね。それよりは、1次資料の収集を重要視したいと。初代レイハントンに関する資料は、トワサンガでは御伽噺になっているんです。月の女王ディアナ・ソレルの物語もですね。これだって重版されるたびに内容が改変されているので、古いものを探し出して新装版との違いを研究しなきゃいけない。それに、初代レイハントンは王家設立という偉業を達成しながら、正史を遺していない。これも気になると」

「初代レイハントンは、ムーンレイスとの戦いを記録しながら忘却しようとしたから、御伽噺にしたんだろうか?」ノレドは首を捻った。「御伽噺や夜話は、それだけで古い話のように感じるもの。ムーンレイスとの戦いに勝ち、彼らを月で眠らせ、殺しはせずにG-メタルで目覚めることが出来るようにずっと生命維持に責任を持ってきた。確かに気になるね」

「アイーダさんの調査委員会にはウソはないのでしょうけど、あくまで政治の一環ですよね。ピアニ・カルータ事件だって、本来はクンパ大佐がビーナス・グロゥブで起こした事件がピアニ・カルータ事件であって、ヘルメスの薔薇の設計図の流出事件はクンパ大佐事件と呼んで分けなきゃいけない。でも、キャピタル・ガードの調査部が2代に渡って正体不明の人物に乗っ取られていたとしてしまうとキャピタル・テリトリィとの関係にひびが入る可能性がある。だからピアニ・カルータ事件と呼んで、ビーナス・グロゥブの影に隠そうという思惑がある。歴史は事実ですけど、歴史書は政治そのもの」

「だから歴史政治学が大事だってことだよね。ベルリは歴史を権力者から切り離して学者に委ねたいんだ。学会が歴史を書けば、歴史は常に修正される。いろんなものの見方が反映される。アイーダさんが政治家として歴史すら利用しなくてはいけないことを理解しながらも、権力に飲み込まれるのを助けようとしているんだね」

ノレドとラライヤは、ベルリが秘かに編成したザンクト・ポルトの調査チームと合流した。調査チームはトワサンガの大学が中心となり、それをキャピタル・ガードとアメリアの調査委員会がサポートする形になっていた。ザンクト・ポルトを多くのアメリア人が訪問していたのは、決して観光地として需要が高まったことばかりではなかった。

「でもさ」ノレドはひとりごとのように呟いた。「科学的調査でスコード教の総本山を調べ上げてさ、科学が何もかも解明したとして、それであたしたちは幸せになるのかな?」

彼女はこれからスコード教が受けるであろう科学による試練を思い、改めて祈る心持になっていた。


3、



数日後のこと、シラノ-5に入港したメガファウナからは、ドニエル艦長に連行された法衣姿の男たちが降りてきた。彼らはノレドとラライヤの部屋に侵入しようとしていたところを張り込んでいたメガファウナのクルーに捕らえられたのだ。

遠目にそれを確認した法王庁の職員が逃げようとすると、彼らもまたハリー・オード率いるトワサンガ守備隊に腕をねじ上げられた。

「我らは神に仕える身、このような無礼は許されませんぞ」

彼らは警察に引き渡されるまでの間ずっと身をよじって抵抗し続けた。電話で報告を受けたハリー・オードは、そのことをベルリに知らせるつもりでいたが、執務室に彼の姿はなかった。民政移行が完了するまで王の身分であるベルリだったが、用意された執務室を使うことは滅多にない。連絡手段も持たないのでハリーなどの側近はこうした場合に困ることになる。

秘書が雇われていたものの、彼女はいまだに1度も面会したことさえなかった。電話で数度話をしただけだ。ハリーに顔を向けられた彼女は、肩をすくませるしかなかった。

トワサンガでは永く絶対王制が敷かれていた。初代レイハントン家は神に比する英雄の子孫とされ、官僚機構と常備軍が王を守護してきた。ドレッド家のような貴族も存在したが、特権と義務があるだけで領土などは持っていない。もっとも資源コロニーであるトワサンガに分割すべき領土は存在しないので、特権は主に税の免除と官職、政治家への登用であった。

そうした貴族のひとりであったノウトゥ・ドレットが反乱を起こし、ベルリとアイーダの両親を殺害した。ふたりの子供はピアニ・カルータによって地球へ亡命させられ、互いを知らずに育った。ノウトゥ・ドレットは法王庁と均衡する役目しかない政治機構に形ばかりの決裁権を与え、民政に移行したと宣伝していたが、彼はレイハントン家から玉座を奪い去ったのだった。

ハリー・オードは、自分と戦った初代レイハントンへの興味から、個人的にトワサンガの歴史を調べていた。行く先々で人々に話を聞いたり、関係図書を借りたりする程度であったが、それでもいくつか興味深い事実が判明していた。まず、トワサンガには初代レイハントン家以前の記録がないのである。

月の裏側の宙域は、そもそもムーンレイスが支配していた。地球での騒動があり、ディアナ・ソレルがキエル・ハイムと入れ替わったまま宇宙へと舞い戻った彼らは、突如レイハントン率いる新規帰還者たちの襲撃を受けて月に押し込まれてしまった。そこには宇宙世紀時代の施設が多くあったので、ムーンレイスはそれらを上手く使いながら籠城を決め込んでいたが、ディアナ・ソレルは何らかの条件と引き換えに降伏した。その後、彼らは事情を知らされないままコールドスリープで眠らされることになる。

地球人であるキエル・ハイムの素性を知るのはハリー・オードひとりであったため、彼はキエルに降伏の真意を尋ねた。返答は「あの方を守るためです。こらえてください」であった。それを地球に降りたディアナ・ソレルを守るためと解釈したハリーは引き下がったのだが、500年後の世界情勢を知るに至ったハリーは、初代レイハントンが月を地球守護の防衛ラインにしたのだと考えるようになっていた。

推測としてはこうだ。外宇宙で戦争を継続していたスペースノイドは、自分たちムーンレイスの祖先も含めて地球への帰還を考えるようになった。他の宙域に進出していた集団より先に帰還したムーンレイスの先祖は、月の宙域を支配して地球という惑星の環境が回復するのを待っていた。ところが地球ではアメリアが文明を再興してあろうことか宇宙にまでやってくることになった。彼らは宇宙世紀時代末期の忌まわしき兵器類を発掘して、再度文明を崩壊させる寸前まで追い込んだ。ディアナ・カウンターは、最悪の時期に実行されたのだ。

ムーンレイスを率いることになったキエル・ハイムは、月光蝶が再び文明を崩壊させることを怖れていた。彼女は月に上がり、地球の守護者にならんと務めた。その彼女が降伏したからには、彼女が負うはずだった役割を初代レイハントンは引き継いだのだ。レイハントンはムーンレイスから文明を奪ったが、ムーンレイスの記録は月の内部に保存したまま記録しなかった。それらは御伽噺として遠い過去に送られてしまった。

ハリー・オードは、ムーンレイスとの戦争を行っていた当時の彼らは、合議制による政治体制ではなかったかと考えていた。ビーナス・グロゥブがまさに合議制による統治システムであった。ヘルメス財団というものがあり、何らかの緩やかな集まりで利権が分配され、誰も特出した力を持たないようになっている。レイハントンは彼らの先兵として地球にやってきたのではないか。

そしてムーンレイスと接触して考え方が変わり、反乱を起こして月の宙域を実効支配してビーナス・グロゥブと対等な交渉力を持った。彼は地球への再入植が現段階で難しいことを彼らに伝え、別の方法を提案した。それがフォトン・バッテリーの供給とキャピタル・タワー建設だった。地球の重力圏を脱出するための手段であるロケット技術などはアグテックのタブーとして完全に封印させ、文明再興に必要なエネルギー供与と最低限の技術の教授を行った。

「それでは終わらないと彼はわかっていたのか・・・」

それだけなら反乱を起こすまでもない。ムーンレイスを滅ぼして、地球に再入植してアースノイドを支配してもよかったのだ。反乱を起こしてビーナス・グロゥブの動きを封じたのは、いつか何かが起こると知っていたからであろう。まさに今回ジムカーオ事件で展開されたことなのだ。ニュータイプとオールドタイプの因縁の決着。それは最後の最後に必ず起こるように組み込まれているものだった。

避けられない最終決戦を前に、初代レイハントンはザンクト・ポルトの宗教施設に思念体への変換装置という仕掛けを作った。おそらくは、トワサンガで官僚機構を司っていたエンフォーサーにも隠されていたのだろう。エンフォーサーがどんな集団なのかはハリーには見当もつかなかったが、彼らがニュータイプに関係したなにかであることは判明している。

宇宙世紀時代にはニュータイプ研究所というものもあったらしい。早々に戦争を停止して地球に帰還してきたムーンレイスの祖先とは違い、レイハントンらの集団は宇宙世紀時代の面影を色濃く残したままの帰還であったはずだ。彼らにはラビアンローズとニュータイプ研究所が解体されることなく存在していたのだ。レイハントンが独裁体制を敷いてまで阻止したかったのは、彼らによる支配だったのか。

自分をアムロ・レイの転生だと宣伝して、彼は何を成そうとしたのか。

ハリーが黙り込んだまま思案に耽っているとき、またしても電話が鳴った。秘書に取り次いでもらうと、相手はベルリであった。ハリーは法王庁の人間を警察で拘束していることを話した。ベルリはその話にはさほど興味が内容で軽く聞き流し、ハリーに別のことを話し始めた。

「考えたんですけど、ハリーさんがトワサンガに残って守備隊を続けてくれるというのなら、レイハントン王家の歴史を書くのはハリーさんが適任だと思ったんです」

ハリーは苦笑して応えた。

「我々ムーンレイスは、レイハントンに戦争で敗れたのだ。戦争に負けた者が勝者の歴史を編纂するなど聞いたことがない」

「500年前から来られたムーンレイスの方々ほどの適任はいないと考えます。学生の皆さんに散々レクチャーされたんですけど、王家の人間は支配するすべてのものの正統な継承者であり続けるために死ねないそうなんですね。支配者の死は、支配物の放棄になると。男系男子が王統を相続する歴史は、初代の王が転生してずっと生きているという仮定があるからなんです。トワサンガがビーナス・グロゥブのような合議制ではなくなったのは、合議制で誰かに何かが奪われるのを恐れたのでしょう。あなたと戦ったというレイハントンは、絶対に手放せない何かを持っていた。それを後の人間である我々に託した。G-メタルでムーンレイスのコールドスリープが解除されたのもそのひとつじゃないですか。レイハントンは、ムーンレイスの存在を上手く隠す必要があった。当然ムーンレイスのことは他の貴族の人間も知っていたでしょうが、御伽噺のような形にしてしまったために、他の貴族はムーンレイスの重要性に気づかず忘却してしまった」

「そうしたことをわたしに考えて書き残せというのか? それはやはり自分でやるべきだろう」

「いえ、違います」ベルリはハッキリとした口調で否定した。「もう王家の歴史を正当化する必要なんてないんですよ。レイハントン家の役割は、ジムカーオ事件が終わったことで完了したんです。これ以上の王家の存続は無意味。トワサンガというスペースコロニーを自分のものにして人民から簒奪することでしか機能しなくなるにきまってます。もしぼくに子供が出来たとして、生まれたときからトワサンガにあるものすべてが自分のものなんて勘違いされちゃたまりませんよ。トワサンガのものはトワサンガの住民のもの。分配すべきものです」

「だから自分では書き残さないというのか。すぐに返事はできないが、考えておこう」

ハリーはそう言って電話を切った。彼にとってベルリという若者は、あちらへふらふらこちらへふらふらして警備するには厄介な人物であったが、頭の中では様々なことを考えているのだと見直すことになった。

ベルリはレコンギスタを希望している住民を医師とともにひとりひとり訪ねて、地球のどこに誰をどんな順番で何人受け入れてもらうかと検討しているのだ。同時に、地球からやってくるはずの若者をどのように受け入れて教育するかも検討していた。

「彼がいれば、アースノイドの怠け癖も少しは改善されるかもしれないな」


4、


トワサンガの老人たちはベルリのことを「王子」と呼んで、決して陛下とも殿下とも呼ばない。地球育ちの幼いころに滅びた一族の末裔に対する彼らの歪んだ態度は、ベルリにはよくわかっていた。

老人たちはベルリに要求ばかり突きつけてくる。彼らは高齢の自分たちが常に正しく、年少のベルリはそれに従わなくてはならないと考えているのだ。王家の権力を使って自分たちの要求を通したいだけであった。要求が通らなければ彼らは掌を返して王家の不当性を訴え始めるであろう。ベルリを陛下とも殿下とも呼ばないくせにレイハントン家の存続を訴えるのはそういう理由であった。

つまるところ、老人とは身勝手で欲深いだけの醜い存在でしかなかった。息子よりベルリの父のことをよく知っている彼らは、ベルリをいかようにも操れると信じていた。父はこうしていた、父はこう言っていた、父の名を使ってベルリのやることを何でも否定する立場にあると考えているのだ。

ベルリはそんな醜い老人たちを適当にあしらいながら、ジムカーオのことを思い出していた。ジムカーオはレイハントン家を復興させることでビーナス・グロゥブとの関係修復がたやすくなるからとベルリをトワサンガの王にさせたがっていた。同時に、ベルリがトワサンガのことを何も知らないことから、教育係は自分がせねばならないと頑なに譲らなかった。あれはいったいどういう意味だったのか? 老人たちと同じ心境だったのか。とてもそうには見えなかった。

初代レイハントンのことは、500年前からコールドスリープ装置でやってきたハリー・オードから詳しく聞いている。自分をアムロ・レイの生まれ変わりと称し、確かにモビルスーツ戦では手に負えないほどのパイロットであったという。そのころはまだ彼は王ではなかった。王になったのはムーンレイスとの戦いが終結して、彼らをコールドスリープで眠らせた後だ。

アイーダによると、ジムカーオはとてつもない能力を有したニュータイプであったという。思念体として強すぎる彼は、トワサンガの行政システムと隠されていた薔薇のキューブの生産力を牛耳っていたのだから、もっとたやすく月の宙域を支配できたであろうと推測されていた。

なぜ彼はあのような回りくどい方法で、ムーンレイスとの戦いを実行し、エンフォーサーを巻き込む形で自滅するかのように消えていなくなったのか。彼らならば、レイハントン家が遺した王政のシステムを乗っ取り、自分が王になることもできたであろう。事実、彼はトワサンガの裏の行政組織を担っていたエンフォーサーを指揮する立場にあったのだ。ベルリよりはるかに有利な立場にある。

彼は確かにベルリを王にさせたがっていた。その教育係は自分でなければいけないと主張していたとはいえ、王にさせたがっていたのは事実で偽りはないはずだ。そしてベルリが王になれば、ビーナス・グロゥブはあのままフォトンバッテリーの供給を再開して世界は元通りになっていただろう。ゲル法王は地位を追われ、別の人物が法王の座に就いていたはずだ。法王の亡命工作とは、ゲル法王を法王庁から遠ざけるための手段に過ぎない。

サイコミュシステムを搭載したG-セルフを子孫に残した初代レイハントンとジムカーオは、どのような関係にあったのか。G-シルヴァーという機体を用意させていたのはいかなる理由なのか。もしジムカーオがレイハントンを敵にしているのなら、G-セルフのコピー機体であるG-シルヴァーを用意したのはなぜなのか。

リリンが白いモビルスーツに乗った人がアムロ・レイだとベルリに教えてくれたことがあった。ベルリは他の人々のように冬の宮殿の映像に興味を持たなかったのだが、映像を見た人たちは口を揃えて宇宙世紀初期に起きた奇蹟について興奮気味に話していたものだ。

宇宙世紀の初期に奇蹟が起きた。その記憶は忘却されていき、やがてニュータイプを巡る競争は廃れていった。ムーンレイスはニュータイプについてほとんど何も知らない。彼らが進出した星系では、人間が思念体に進化することは興味を持たれていなかった。ニュータイプに関する情報を持っていたのは、レイハントンの方である。ヘルメス財団は多くの情報を隠匿したまま、いまだ存在している。

ベルリはジムカーオという人物とピアニ・カルータという人物が起こした事件について調査委員会が設立されるとアイーダから聞かされたとき、全容が明らかになるわけないのになぜそんなことをするのか理解できなかった。ビーナス・グロゥブの真実を誰も知らないのに、事実が解明されるはずがないからだ。事実を書き残すことが政治の一環であると気づいたのはしばらくしてからのことだった。

ピアニ・カルータもジムカーオも、真実のところヘルメス財団の中枢の人間しか知らない。彼らについて知っていることはごく表層的なことばかりであった。とくにジムカーオの場合は、強すぎるニュータイプ能力は霊媒的な役割も果たしていた可能性があり、その中に特に能力の高い人間が入っていた可能性も否定できない。

王にさせようとしながら自分に従うように強制したジムカーオと、同じモビルスーツを用意してベルリと敵対してきたジムカーオの中にどんな人物が入っていたのか。そうなると推測することすら難しい。宇宙世紀の歴史を紐解いて考え、多くの人間が多くの推論を提出して時間をかけて吟味していくしかないのだ。冬の宮殿の映像の中にそのヒントはあるのかもしれない。

ベルリは、姉のやり方を見習って、ここはひとつ自分も政治というものを利用してみようと思い立った。


5、



アメリアにおいてふたりの人物が起こしたふたつの事件の調査報告書がいよいよまとまりそうだと報道されていたころ、トワサンガにおいてレイハントン王家の歴史書が編纂されると発表された。地球の人間にとってレイハントン家は天上界の話であり、それがダイレクトに地球に伝わってきたことから発表は大きな反響を巻き起こした。

地球の人間はレイハントン家のことなどはまるで知りはしないが、月の裏側に王家があること、その王子は地球育ちの人物であること、連れてきたのがピアニ・カルータであること、ふたつの事件を解決に導いた重要人物であること、アメリアで最も期待される若手政治家の弟であることなど、話題性には事欠かない。ベルリ・ゼナム・レイハントンのことは地球全体に知れ渡った。

歴史書は10年をめどに研究され、さらに10年をめどに検証されてから発表されるとわかって膨らんだ期待は大きく萎んだのだが、トワサンガから発表される情報にニュースバリューがあると気づいた地球人は、トワサンガ政府の公式発表は必ずトップニュースで伝えた。歴史書の話の次にトワサンガ政府が出してきた事実は、トワサンガ人の一部が遺伝子に変容をきたしていることと、地球への再入植を求めているというものだった。

アジアの国の多くは技術者の受け入れを早々に発表して、待遇面で競争が激化していった。それに対してゴンドワンやキャピタル・テリトリィは歯噛みするしかなかった。アメリアも人材の囲い込み批判をかわすために手を挙げなかったので、受け入れ先は決まったも同然だった。大陸間戦争からふたつの事件を経て大きく国力を削いだ大国は、戦争に参加せずに国力を温存したアジア勢に能力差を縮められる一方だった。

アジアの国々は戦争のために多くのフォトンバッテリーを独占してきたゴンドワン、アメリア、キャピタル・テリトリィへの批判を強め、産業の勃興が著しい自分たちへの分配を増やすように要求してきた。もはやスコード教によってその勢いを制御することはできない。そもそもキャピタル・テリトリィという母体を失ったスコード教は大きく力を弱めていた。

特に苦しい立場になっていたのは、法王庁であった。スコード教団はキャピタル・テリトリィとクラウンの運航がもたらす利権と一体になっていたので、国家の庇護がなくなった法王庁の求心力は落ちるばかりだった。彼らはノレド・ナグを誘拐してトワサンガに活動拠点を求めようとしたが、ベルリによって計画は阻止されてしまった。

彼らの教義は、歴史であり真実であったのに、いまは見る影もなくなっていた。意気消沈した彼らの中で、唯一意気軒昂を保っていたのがゲル法王であった。彼は法王庁の中で自分に求心力がなくなったことはよくわかっていたので、たったひとりで各地で説法会を開いて回っていたのだが、それが自信喪失気味の大国の若者の心に響き、大盛況の様相を見せていたのだ。

ゲル法王の自信の源は、冬の宮殿で知りえた歴史の真実にあった。彼もまた歴史を語ることでスコード教の変革を開始した人物だったのだ。老齢でありながら力強く相互理解の重要性を訴える姿はスコード教団とは離れたところで新規の信者を獲得しつつあり、支援者の数も増えていくばかりであった。

ゲル法王によってスコード教団はそれまでの権威を笠に着た禁忌一辺倒の宗教ではなくなり、宇宙世紀初期に起きた人類の相互理解の奇蹟を信ずる宗教へと様変わりしようとしていた。結局のところスコード教団とはヘルメス財団の下部組織でしかなく、それが真の宗教に生まれ変わろうとしていたのだ。

アクシズの落下を阻止したふたりのニュータイプの物語が月の中に眠っていると聞かされた若者たちは、宇宙への純粋な憧れを抱きつつあった。アメリア政府がゲル法王に対して正式な招待状を出したのはそんなタイミングであった。アメリア国内でも彼の評判は日増しに高まっており、キャピタル・テリトリィから法王を迎え入れるために鉄道を敷くなどという話まで登場した。その話は間に合わないとのことで見送られてしまったが、西海岸を中心に受け入れ準備は着々と進められた。

宇宙は、戦争の舞台だった宇宙世紀時代の悪しきイメージを乗り越え、再び希望のフロンティアへと変化しようとしていた。

ゲル法王はこうして亡きラ・グー総裁との約束を果たしたのだった。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第28話「王家の歴史編纂」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第28話「王家の歴史編纂」前半



1、


ドレッド家のクーデターによってお飾りの首相になったジャン・ビョン・ハザムは、トワサンガに戻ることが出来ずにその身柄はキャピタル・テリトリィの法王庁にあった。

キャピタル・テリトリィといってもいまや政治機構は存在せず、行政が一部機能しているだけで実質キャピタル・タワーの運航庁が実務のほとんどを担当していた。彼らの支配地域は以前と変わらなかったが、国内は既存住民とゴンドワンからの移民が対立して内紛状態にある。法王庁の警備はキャピタル・ガードが担っていたが、フォトンバッテリーの枯渇によってモビルスーツは運用されていなかった。

「キャピタル・テリトリィの運航長官といえばウィルミット・ゼナムでしょう?」浅黒い肌の新参枢機卿は口から泡を飛ばして猛烈に抗議していた。「ウィルミット・ゼナムの養子はあのトワサンガの王子になったとかいうベルリ・セナム。ベルリ・ゼナムの姉はアメリアの総督アイーダ・スルガン。これはすなわち、レイハントン家による地球支配じゃないですか? わたしは何か間違っていますか?」

でっぷりと太った古参の枢機卿が呆れた顔で反論した。

「支配していない支配者などというのは矛盾もいいところです。考えてもごらんなさい。アメリアの大統領はズッキーニ・ニッキーニ。キャピタル・テリトリィは議会が停止中で代表者はいない。だとすれば法王庁のゲル・トリメデストス・ナグ法王猊下が代表に決まっている。そしてトワサンガの代表者はここにいるジャン・ビョン・ハザム氏だ。あなたは焦りすぎているのだ。落ち着きなさい」

各国を代表する枢機卿たちは、連日膝詰めで世界の今後のことを話し合っていた。世界といっても彼らにとっての世界はスコード教を中心とした世界のことである。

枢機卿の数は全部で36名。彼らはジムカーオ事件に巻き込まれ、ビーナス・グロゥブとの関係を拗らせたとの理由でゲル・トリメデストス・ナグ法王の退任を話し合っていたが、世界情勢が流動的でないいま動くのは危険だとの理由で結論を先送りしたばかりであった。

「わたしは彼と同じ意見ですね」痩せ細り眼鏡を掛けた男が新規に選出された肌の黒いアジア代表の肩を持った。「レイハントン家のことを侮るのは危険です。スコード教はフォトンバッテリーを供給するトワサンガとの繋がりによって権威を保ってきた。そのトワサンガにベルリ・ゼナムような開明的な人物が現れ、いまやトワサンガの情報はテレビのニュースにすら登場するようになった。もはやトワサンガは神秘的な天の世界ではない。あれはスペースコロニーなのです。科学の産物です。我々スコード教徒は科学の否定者、時代遅れの荷馬車のような扱いだ。誰もがトワサンガの科学技術に憧れて技術提供を求めている。スコード教は過去のものになろうとしているんです」

「それはいけませんな」

「そうでしょう」最初の男が引き取った。「アジアはいまスコード教徒が激増している唯一の地域です。しかしそれはスコード教との繋がりによってトワサンガの技術が手に入ると思っているからだ。民草はトワサンガからの移住者受け入れを求めている。科学技術が欲しいからです! しかしこのような宇宙世紀時代のタブーを野放しにしていたら、スコード教の権威は失墜する一方。アジアの民草だってスコード教の理念を学ばないまま宇宙世紀時代に逆戻りしてしまう。そうやってアグテックのタブーを破っていって、本当に未来は拓けるのですか?」

「だからそれが焦りだと申し上げている。世界の代表者は誰ですか? それは政治家です。王政の国であっても行政の長を王が担っている国はない。どこも立憲君主制なのです。政治家たちが必ずしもレイハントン家になびいているわけではないのに、なにをそう慌てているのかという話です」

ジャン・ビョン・ハザムは枢機卿たちの話をボンヤリと聞き流していた。突然起きたクーデターによって捕縛され、ザンクト・ポルトに放置されていた彼は、キャピタル・ガードによって救出されたのちに法王庁に身柄を預けられた。つまり自分はトワサンガ支配の道具にされるわけだ、ハザムはウンザリしてこのままどこか遠くへ逃げてしまいたいと考えた。彼にとっては、初めて降り立った地球なのだ。オレはレコンギスタした、彼はそう考えることで現在自分が置かれた状況を忘れようとしていた。

枢機卿たちの議論は続いていた。

「いまこそ我々人類はアグテックのタブーを再認識して宇宙世紀時代を反省しなければならない。そのためには地球及びトワサンガの支配権はスコード教が担うべきなのです。レイハントン家の地球支配を許してはならない!」

「レイハントン家が何を狙っているのかは不明です。わたしはむしろアメリアを糾弾したい。あの国こそアグテックのタブーを平気で破る悪しき国家そのものだ。そもそも彼らが宇宙戦艦などというものを建造するから・・・」

「それはもう過ぎたこと、終わったこと。もはやトワサンガは天界の理想郷ではなくなった。この事実は覆らない。テレビの映像は消せても人々の記憶は消せないのです。そのトワサンガをまるで天国のように宣伝してきた我ら法王庁はこれ以上ないほど危うい立場にある。これは紛れもない事実です。我々に権威づけをしてきたキャピタル・タワーが誰のものかさえわからない現状をどうすべきなのか。早急に結論を出しませんと大変なことになる」

「誰か建設的な意見を持っている方はいないのですか? わたしはもう疲れた」

「アメリアに影響力を及ぼすのはフォトンバッテリーの配給権を抑えてからでなければ無理です。ということは、まずはトワサンガの支配権がレイハントン家ではなくこちらのハザム氏のあると彼らに認めさせなければ無理だ。そうですね?」

突然話を振られてハザムは戸惑った。彼は正直に話すことにした。

「買いかぶられていいるようですが、わたしは確かにトワサンガの首相ではありましたが、ドレッド家の傀儡に過ぎず、トワサンガの政府が立法府として機能していた事実もありません。確かに選挙は行われていました。しかしそれは、法案の賛否を問うていただけ。わたしは選挙で選ばれた民政の代表者ではなかったのです。いまさらトワサンガに帰れと命じられるのはいささか迷惑」

ハザムのこの発言に枢機卿たちは色めき立った。

「レイハントン家の支配と戦う気はないと?」

「戦うも何も」ハザムは肩をすくませた。「レイハントン家が担っていたものをドレッド家が奪った。しかし、レイハントン家は何かを隠していた。だからドレッド家があずかり知らぬ事柄が多くあり、トワサンガの支配権をすべてドレッド家が掌握していたわけではなさそうなのです。わたしはクーデターが起きたときにそれを身を持って体験した。すべての黒幕が法王庁だと信じていたのでこうしてあなた方と行動を共にしたのですが、あなた方はそうではないという。だとしたらもはやレイハントン家に対抗するすべなどないのでは? 地球においてアメリア軍という強大な戦力を味方につけ、ムーンレイスとかいう得体の知れない連中もレイハントン家の味方、トワサンガの住民もおそらくはレイハントン家につくでしょう。トワサンガを掌握すれば、フォトンバッテリーの配給権はレイハントン家のものです。あなた方はここで中間搾取をして肥え太るしかない。しかしそれもどうでしょうか。キャピタル・タワーの運航長官は大変聡明な方で、好奇心も強い。多くのことを吸収して知見として蓄えているはずです。あなた方とはレベルが違う。無論わたしなど足元にも及ばない。唯一希望があるとすれば、ベルリ・ゼナムという人物が熱心なスコード教信者で、その恋人も同様、しかもゲル法王のご落胤とか」

ずっと囚われの身であったハザムは、ノレドがゲル法王の子供であるという話をいまだに信じていた。

「それはたわごとのレベルなのだが・・・、いや待て。結局それしかないのか?」

「待て待て。君がいま思っていることは、ジムカーオとかいう我々を謀った男と同じことをせよということであろう? ノレド・ナグをゲル法王のご落胤と認め、レイハントン家をスコード教に取り込むという話だ。そんなものを信じたばかりに大変なことになったのを忘れたのか?」

「だがそれしかあるまい?」

隣に座っていた南半球の枢機卿が頷いて賛同した。

「ジムカーオ氏の作戦はそうやってスコード教の安泰を図るというものだった。それが失敗したのは、ムーンレイスという者らがどこからともなく出現したからではないのか? もしあれがなかったら、いまごろはトワサンガのレイハントン家はスコード教の熱心な支持者で、その少年を我が子として可愛がる運航長官も我々の味方、姉のアメリア軍総監も我々の味方、スコード教はこれ以上ないほど安泰だったのではないのかな? ムーンレイスの出現がなければ、ジムカーオ氏の作戦は成功したのだ」

「ちょっと待ってほしい。ジムカーオ氏はクンタラ独立戦線も支援していたのであろう? そう聞いているぞ。彼もクンタラ出身だとの話だ。彼の策謀には裏があったのではないのか?」

「そうしたことも含めてアメリアが調査委員会で徹底した調査をしているというんだ。あんなことを許していればアメリアが歴史を書いていくことを許すことになる。そんなことは絶対に阻止せねばならない。歴史はスコード教のものだ。スコード教が遺す歴史こそが真実でなければ、信仰心などというものが芽生えるはずがない」

「アメリアのことはひとまず忘れないと話が進まない。ジムカーオ氏は地球で差別を受けているクンタラをすべてトワサンガに上げると言っていたはずだ。そしてトワサンガの住民はレコンギスタさせるのだと。ルイン・リーという者がキャピタル・テリトリィで発掘された小型原子炉をゴンドワンに持ち込まなければあんなことにはならなかった。ジムカーオ氏の話には矛盾がない」

「そうとも彼の話に矛盾はないのだ。彼はベルリ・ゼナムとノレド・ナグを結婚させてレイハントン王家を復興させるつもりだった。そしてトワサンガ住民の願いを叶えてレコンギスタをさせ、代わりに世界中のクンタラを集めてトワサンガで労働させるつもりだった。これのどこに悪があるのだ? むしろクンタラの救済ではないか。悪はムーンレイスとアメリアだ。ムーンレイスの女王のディアナ・ソレルをみろ。同胞を宇宙に残したまま、アメリアに亡命しているではないか」

「だがジムカーオ氏はもういない。計画も失敗した。やはりハザム氏にトワサンガの首相に戻ってもらい、キャピタル・テリトリィは法王庁の直轄地に、そしてアメリアを牽制せねば。フォトンバッテリーの配給権なしにスコード教は体制維持など不可能ですぞ」

「ムーンレイスの女王が地球に逃げたいまこそジムカーオ氏の作戦を実行できるチャンスだと申し上げている。法王庁はノレド・ナグの篤い信仰心に頼ってベルリ・ゼナムに法王庁の人間になっていただくよう働きかけねば」

「だったらいっそ、レイハントン家の王子であるベルリ・ゼナムを法王にすればよい。よもやこの状況で自分が法王になりたいと神に祈っている御仁はおられまい。レイハントン家の王子を神の子であるように御簾の向こうに隠せば、トワサンガの神秘性も蘇ってきましょう。神秘は隠されてこそ神秘。開明的な神秘などないのですから」

「こうしてお話をしておりますと、ジムカーオ氏というのは抜きん出た知恵者であったようです。彼さえいれば世界の秩序は壊されずに済んだ。何もかも元のままだったのです。ピアニ・カルータ事件によって明らかにされた宇宙からの脅威は、ジムカーオ氏が収拾するはずだった。そう思ったからこそ、我々法王庁はゲル法王をトワサンガへ亡命させるというアイデアに乗ったのです。権威は誰にも剥ぎ取られたりしなかったはず。それをムーンレイスが」

「アメリアもでありましょう。ベルリ・ゼナムくんを横からかっさらっていったのはアメリアですぞ。法王とご落胤ノレド女史、それにベルリくん、彼らをまとめてトワサンガに送れなかったことがいけなかった。悔やまれる。ジムカーオ氏の死がこれほど悔やまれるとは!」

「ジムカーオ氏は聖人でした。彼はきっとベルリくんを次期法王と考えていたのではないかな。ゲル法王は事件以来宇宙世紀初期に起きた神秘について説法することが多くなったものですが、ゲル法王には残念ながら奇跡は起こせない。しかしベルリくんはG-セルフという機体で奇蹟が起こせるのでしょう? それは何にも代えられない資質だ」

「何とか元の計画に戻せないものでしょうか」

「G-セルフは失われたというじゃありませんか」

「ヘルメスの薔薇の設計図があればもう1度作れるのでは?」

「それはアグテックのタブーでしょう! わたしは反対です。こざかしい駆け引きをするより、信仰に基づいたスコード教の権威回復が先決」

ハザムは枢機卿たちの生臭い議論に心底ウンザリしていた。地球にレコンギスタしたときにクラウンの中から眺めた海というものを、彼はまだ間近で体験したことがなかった。

彼はまだ潮騒の音を聴いていない。


2、


レコンギスタにまつわるふたつの策謀、ピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件。続けて起きた2件の問題を総括するため、アメリア議会はアイーダ・スルガンを委員長にした調査委員会を発足させた。

この話を聞いたトワサンガでは、にわかにレイハントン王家の歴史書を編纂しようとの話が持ち上がっていた。これまでドレッド家の存在があり半ばタブーになっていたレイハントン王室の歴史だが、ドレッド家亡きいま、宮仕えだった者たちの高齢化もあって急務の課題としてにわかに浮上したのだ。

その渦中に放り込まれているのがベルリ・ゼナム・レイハントンであった。彼は機能停止したシラノ-5の復興とレコンギスタ希望者の地球再入植を手伝うためにトワサンガに残っていた。政治機構と官僚機構を同時に失ったトワサンガのダメージは大きく、さらにフォトンバッテリーの再供給が開始されるまでに受け入れ態勢を整える必要もあった。

宇宙にはしばらくハッパがとどまってベルリの仕事を手伝ってくれていた。ハッパは機能が停止したシラノ-5が、G-メタルによって再起動した仕組みを調べ上げてベルリに伝えたのちにキャピタル・タワーで地球に降り、アメリアへと戻っていった。アイーダによると調査委員会の仕事が終わったあとは、東アジアへ移住するのだという。

「ぼくも頑張らないと」

ベルリは偽装された空を眺めながらサンドイッチを頬張っていた。明日にはノレドと彼女を迎えに行ったラライヤもトワサンガに到着する。送ってくれるのはメガファウナである。メガファウナは戦艦としての装備は外し終わり、輸送艦として運用されている。艦長は引き続きドニエル・トスが務めているが、多くのクルーはアメリアに戻り、操舵手のステアはフルムーン・シップの操舵手としてビーナス・グロゥブへの旅を続けている。

現在のベルリは、トワサンガ・レイハントン王家の王子という身分であった。これは政治体制が瓦解したトワサンガに秩序を取り戻すための暫定的なもので、すぐさま選挙によって代表を選出して権限のすべてを委譲することになっていた。

トワサンガはレイハントン家による独裁体制になっており、ドレッド家はそれに反発して権力を奪い、代わりに名ばかりの首相を指名して形式上の民政移行を果たしていた。だがこれでは不十分だと感じたベルリは、王政の絶対権力で統治機構を解体してから民政移行を果たしたいと望んでいた。

ベルリのブレーンはサウスリング出身者の学生たちとムーンレイスであった。ムーンレイスを率いるハリー・オードは警察機構をいち早く再興して軍人の多い彼らを新たな職に就けていた。一時的に乱れていた治安は彼らムーンレイスによって回復していた。月にある彼らの生産設備によって物資も必要量は確保されていたので、人が飢えて死ぬようなことはなかった。

ただし、何をやるにも人々は不満を持ち、苛立ちを責任者にぶつけてくるのである。

「歴史の編纂なんて歴史学者がやればいいのでしょ? 幼いころに両親を失って養母に育てられた自分にいったい何ができるっていうんです?」

中央公園の広場の噴水で食事を摂っていたベルリは、突然集まってきた老人の集団に戸惑っていた。

彼はトワサンガの政治的な混乱を収拾するためにレイハントン家の遺児として正式にお披露目されていた。ドレッド家の暴虐に嫌気が差していたサウスリングでは、いまだにベルリとノレドが王室を再興することを願う人々が多い。サンドイッチの切れ端をコーヒーで流し込んだ彼は、老人たちが1000人を超えるほどいて噴水の水に飛び込む気がなければ逃げ場がないのだと観念するしかなかった。

老人は口々に護衛を連れていないベルリを攻め立てた。王家を再興しろと迫る一方で王にならんとする人物への説教はやめないのだった。老人たちは元レイハントン家の官吏や使用人たちであった。彼らは口々に勝手なことを話すので、何から答えていいのかもわからない。ベルリの耳にはもはやすべてがノイズであった。確かに彼らの言う通り、自分は護衛をつけて動くべきだったかもしれないと、ベルリは反省した。

老婆がベルリにしがみついてきた。

「どうかこのままトワサンガを再興しては貰えませんか。レイハントンの時代が1番良かった。ハザム政権もウンザリだし、王のいない国なんて国ではないでしょう?」

「そんなことはありませんよ」ベルリは答えた。「民主主義の国なんて地球にはいくらでもあります」

「地球とトワサンガは同じではない。宇宙では労働は義務です。崇高な義務です。宇宙では人が働いてメンテナンスしなければ、住む場所は失われてしまいます。でも、地球はそうじゃない。働かなくても住む場所はなくならない。分け与えなくても奪えばいい。そんな場所と宇宙は違うのです」

「わかっています。ですからトワサンガの人々にはレコンギスタしていただいて、地球の若者を宇宙に上げて労働意識を植え付けようと考えているのです。宇宙へ出ると人間の意識は変わります。スペースノイドの労働意識を地球の若者にも持ってもらわなければ、スペースノイドとアースノイドの間の溝は埋まらない。宇宙での生活は、強い義務感と使命感が備わる。地球に住むのは確かに甘えの元です。それを変えるための変革だと思ってください」

「地球の人間のために我々の歴史が奪われるのですか?」最早訴える側の老人たちは被害者のつもりである。「そんなのおかしい。わたしたちは必死にこの生活を守ってきた。国に歴史あり。歴史を作ってきたのは自分たちです。そしてトワサンガの歴史はレイハントン家の歴史なのです」

「若い人はそうは思っていないはずです」

「あんな者らは!」

突然の集会に驚いた警察がサイレンを鳴らしてやってきた。そうなって初めて老人たちは、自分たちは王家存続派であることとレイハントン家の正史をいち早く編纂すべきと考えているのだとまとまった要求を伝えてきた。それまではめいめいが勝手なことを口走っていたのだ。

警察が拡声器を使って集会を解散させたのち、ベンチにポツンと座るベルリの目の前に姿を現したのはハリー・オードであった。彼は地球に降りたディアナ・ソレルにはついて行かず、ムーンレイスをトワサンガに移住させるための総責任者の立場にいた。彼がディアナからどのような指示を受けているのか、ベルリには知らされていない。

ミラーシェードによって瞳を隠したハリーは、ふてくされてベンチに座ったままのベルリに立つようにと促した。

「ベルリくんはなかなか迂闊で、警備するのも大変だよ」

「それはわるうござんした」

そう言いながらもハリーはベルリを行政に縛り付けておくつもりはなく、出来るだけ自由に動けるよう配慮していた。トワサンガには少数ではあるがドレッド家支持派もまだ存在していたが、ハリーはベルリを子供のように庇護すべきではないと考えていた。

ハリーの見込み通り、ベルリは子供としての自由を求めているわけはなかった。ベルリはいずれ自分がトワサンガを離れて地球に戻ることを知っている。王政を廃止して民政へと移行させるためだけに彼はレイハントンを名乗ることにしたのだ。トワサンガ最後の王子として、彼は多くの人間に頼られるべきではないと考えていたのだ。

礼を言って立ち去ろうとするベルリを、ハリーは呼び止めた。

「老人たちの話していた歴史書の編纂は、初代レイハントンと戦った経験のある我々ムーンレイスも望んでいる。それだけは知っておいてもらいたい。だが結論は少年、君に任せるよ」

ベルリは手を振ってハリーから離れていった。ハリーは肩をすくませてそれを見送る。彼が求める歴史書の編纂とは、初代レイハントンとエンフォーサーの関係を明らかにすることが主な目的であった。エンフォーサーというのが自分たちと同じ外宇宙からの帰還者だということはわかっている。だが地球圏へ戻ってきた時期がかなり異なっており、エンフォーサーがどのような形でレイハントン率いるトワサンガに組み込まれたのか、まるで明らかになっていない。

そして自分たちムーンレイスを殺さずに月に封じ込めた理由。初代レイハントンは、元々王政ではなかったシラノ-5を王政に移行させ、行政機関をエンフォーサーに預け、自分は王として君臨していた。その体制は金星にあるというビーナス・グロゥブの政治体制とも違うという。レイハントンが何を見据えて政治体制を刷新したのか、王政にどんな意味があったのか、ハリー・オードはそれらを明らかにしてほしかったのだ。

「少年にこれ以上重荷を背負わせるのも酷というものだが」

ハリーは遠く離れていくベルリの背中をしばし眺め続けた。


3、


目の前で起きたことを誰が最初に言葉にして他人と共有するかは極めて重要なことであった。アメリアはその重要性を熟知しており、アイーダの秘書レイビオなどが手を廻していち早く調査委員会の設置にこぎつけた。アメリアが調査報告書をまとめれば、歴史はアメリアから見た視点で編纂される。もしこれをスコード教やトワサンガが行えば、事実が彼らのものになる。これまではキャピタル・テリトリィとスコード教が事実を奪い、語ってきた。アメリアは彼らから事実を奪い去ろうとしていたのだ。

歴史書の編纂とは、関係者の言葉を封じ、事実を簒奪する行為なのだ。キャピタル・テリトリィの政府がなくなったいまこそ、アメリアが世界の覇権を握るチャンスであった。その先にはフォトンバッテリーの配給に関する利権がある。スコード教は権威の一切合切を剥がされようとしていた。

調査報告書の草案に目を通したアイーダは、内容に納得しながらもどこかで不安を感じていた。アメリアはできるだけ公正に調査報告書を作成して世界に公開するつもりでいたし、世界もそれを待ち望んでいた。ゴンドワンとキャピタル・テリトリィが衰退したいま、表立ってアメリアに反対する国はない。これで自分たちが見た事実が、ユニバーサル・スタンダードになる。しかしこれでいいのだろうかと彼女は不安になったのである。

アメリアから見たふたつの事件は、客観的で科学的な分析によって文書化された。おそらくは世界中がこの内容で納得するだろうし、ウソも書いていない。少しだけ隠す事実があるだけだ。それだって世界の人々のことを思っての隠匿である。すべてを公表することだけが正しいわけではない。

そこでアイーダは、事実のひとり占めをやめようと考えるようになってきた。それにはふたつの手段があった。ひとつはゲル法王をアメリアに招待すること。これによって法王庁は説法という形で事実のある側面を人々に伝えることができる。特にゲル法王はスコード教の宗教改革を訴えており、それまでのタブー一辺倒の教義の在り方を変えようと模索していた。

もうひとつの方法は、大学で研究させることだった。調査報告書はあくまで事件当時の関係者の証言と簡単なまとめだけにしておき、解釈はのちの人間に任せようというのだ。自由な研究に門戸を開けば、アメリアが情報を独占しているという批判がかわせて、いまはまだないアジア連合との衝突が回避できる。これはとても大切なことであった。アジアの勢力は日増しに大きくなっており、もし彼らが大連合を組んだ場合、太平洋という巨大な壁を越えてアメリアの西海岸に到達する可能性もあったのだ。

ただ、大学に対して自由な研究の門戸を開いた場合、まったく違う解釈によってアメリアへ危害が及んでくる可能性も否定できなかった。ジムカーオは、少なくても外観はアジア人だった。その外観の中にどんな人物が入っていたのかは確かめようがないし、ニュータイプが思念体であることを一般人に理解させることも不可能に思えた。だとすれば、アジア人はジムカーオを同胞と見做し、彼を殺したアメリアという国を敵国に認定する可能性もある。エンフォーサーに関する情報は広く公開できない。その隠匿がアジア人にどのように解釈され、彼らがどのような行動に出るのか未知数なのだ。

もしアジア各国が同盟を結び、太平洋連合を構築してアメリアに対抗してきたら、ゴンドワンとの大陸間戦争の二の舞になるし、その情報はビーナス・グロゥブに筒抜けになるだろう。ゴンドワンとの大陸間戦争のことをビーナス・グロゥブが知らずにフォトンバッテリーの供給を続けたのは、キャピタル・ガード調査部の責任者だったクンパ大佐が偽の情報を流していたからなのだ。まさに事件を起こしたふたりの存在が、地球の醜態を隠してくれていたのである。だがもうそれは期待できない。

宗教を否定して開明的になれば、人々は物質主義に陥る。物質主義は戦争を起こす。しかし宗教による支配体制は人間の知的可能性を大きく棄損する。もしアメリアがキャピタル・テリトリィのような宗教国家になれば、科学技術においてアジアに後れを取り、彼らの侵略主義を刺激してしまう。アメリアは弱くなるわけにはいかなかった。

アイーダは自分が発表した「連帯のための新秩序」によって国際協調主義のシンボルとなっている。その自分が覇権主義的になることはあってはならない。かといってアメリアが覇権のための実力を放棄することもあってはならない。調査委員会設置によって宇宙で起きたことの事実を掌中にしたアメリアは、それを握り隠すのではなく上手く分け与えねばならなかった。

「幸いなことに、地球にいる人々は宇宙で何が起きたのか詳しくは知らない。だとしたら、研究機関としてふさわしいのは・・・トワサンガ。トワサンガでピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件がどのように研究されても、アメリアには大きな影響はないはずだ。それに、ベルリはトワサンガの住民をレコンギスタさせると言っていた。その代わりにアースノイドを宇宙で働かせるのだと。これはつまり、トワサンガが開かれた国家になるということ。王政による保守的権威主義がなくなるのだとすれば、やはりトワサンガで研究してもらうのがいいでしょう」


4、


ザンクト・ポルトに到着したノレド・ナグとラライヤ・アクパールは、キャピタル・ガードの警備でメガファウナに乗り換えた。現在メガファウナは戦艦としての機能を放棄してカシーバ・ミコシの代わりの船として運用されている。新造の輸送艦が完成したのちは廃艦処分になると決まっていた。

「もともと違法に運用していた船ですからな」

艦長のドニエル・トスはサインをした受領書をケルベス・ヨーに突き出した。ケルベスはそれを受け取ってしみじみとメガファウナの艦内を見渡した。

「たった2年で世界は様変わりしたものです」

「まったく」ドニエルは頷いた。「まさかケルベスがクラウンの運航長官代理にまで出世するとは思わなかった。差をつけられちまったよ」

「人材がいなくなったんですよ。そもそもキャピタル・テリトリィという国家も存在しているのかしていないのかわからないありさまですからね。毎日猛勉強させられているだけで」

ふたりが話しているところにノレドとラライヤが姿を現した。ドニエルはふたりを手招きして呼び寄せた。

「姫さまから預かりものがあるんだ。出港間際に渡されてな」

ドニエルが差しだしたのは、ベルリが持っているのと同じG-メタルであった。ドニエルはそれを手渡しながら、ノレドの首に同じようなものが下げられているのを見咎めた。ノレドはその視線に気づいて胸元からカードを取り出すと説明した。

「これはウィルミット長官に貰ったの。実は大変なものなんだよ。内緒だけどね」

「姫さまはその中身を見てくれと伝えてくれってさ」

「ああ、やっぱり」

ノレドとラライヤは顔を見合わせて少し笑った。ドニエルは忙しそうに去っていったケルベスに手を振ってから明後日の方向を指さした。

「何だか知らないけどな、スコード教の関係者も同乗するって話だから。坊主だから乗せたんだが、スコード教というのはキャピタルの中にも居場所がないんだろ? もしかしたら面倒が起きるかもしれないから一応話だけ、な」

ドニエルが指をさした先には、密命を帯びたスコード教の枢機卿が数名とスタッフが輪になって何か話し込んでいた。ノレドのいる場所からその姿は見えないのだった。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第27話「ハッパの解析」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第27話「ハッパの解析」後半



1、


∀ガンダムの暴走によって砂塵に帰したニューヨークは、放棄されたまま手付かずの状態だった。

西暦の時代から宇宙世紀初期までに築き上げられた文明の遺産によって成立していたアメリアの首都は、元に戻すこともできず、新たな都市計画を策定しようにもフォトン・バッテリーの供給が再開されていないのでエネルギーがなく、これでは工作機械をまともに動かすことはできない。

都市はエネルギーによって出来ている。膨大な資源とエネルギーの投入がなければ、都市文明を作り上げることはできないのだ。地下資源を使い果たした人類には、もう2度と西暦時代の都市文明は作り出せない。だからこそ西暦は終わり、宇宙世紀に取って代わられたのだ。

アメリア政府は、ニューヨークからワシントンに拠点を移し、古いビル群をリノベーションさせることに忙しかった。中西部がほぼ荒野であるアメリアは、北部の森林地帯を伐採して都市の再建のために資材を運ばせていた。南北を走る鉄道がないアメリアは、木材のワシントンへの移送だけで多くのエネルギーを消費している。ソーラーパネルで何かがなせると一時でも考えたのは大きな誤りであった。

ハッパがレコンギスタ事件の報告書をまとめるためにワシントンにあてがわれているホテルも、リノベーションが終わっておらず、終日大きな音を立てて内装工事が行われていた。

「メガファウナの自室の方がよほど静かだった・・・」

独り言をつぶやきながら天井を見上げたその顔に、パラパラと砂埃が舞い降りてきた。ホテルとは名ばかり、蛇口をひねっても水は出ず、シャワーを使いたければ1階から必要な分だけ水を自室まで運ばなければいけない。レストランもないので、外出して屋台で物を買わなければいけない。

「こうして考えると、軍などというものはなんて無駄な組織だったろう。オレたちはいったい誰と戦おうとして、資源をあんなに無駄に、無尽蔵に浪費していたのだろうか」

戦艦やモビルスーツに費やされた資源は膨大な量であったのに、いまは石と木材で文明を再生中だ。軍備を拡張せずに残された資源を都市の再建に当てたアジアの方が発展していたとのベルリの話はおそらく本当なのだろうとハッパは納得した。軍事的優位は決して文明の優位ではない。軍事的優位がもたらす政治的優位も、文明の優位ではないのだ。アメリアはいち早く文明を再興させた自信が、宇宙世紀の轍を踏む失敗に繋がったのだ。アメリアが作ったモビルアーマーなど、∀ガンダムの前にはおもちゃでしかなかった。

ハッパがアメリアを離れる日は、刻々と迫っていた。

アメリア政府に提出するレコンギスタ事件に関する報告書作成の一端を任された彼は、技術屋の視点で有機サイコミュであるグリア細胞と無機サイコミュの類似点と相違点をまとめ上げた。これはサイコミュとして使用する場合、人間のグリア細胞は不完全で使いにくいとする内容で、ゆえにエンフォーサーは無機サイコミュとしてアンドロイド型エンフォーサーを作り上げたとするものだった。

「と、書いてはみたものの・・・」

やはり彼は納得はしていなかった。思念体として存在できるニュータイプが、資源やエネルギーに頼らなければ生存限界を迎えてしまう肉体をなぜわざわざ求めたのか、答えになっていないからだ。だが報告書は、薔薇のキューブの意味と、シルヴァーシップ、G-シルヴァー、アンドロイド型エンフォーサーを説明することが主眼であり、ニュータイプ論には踏み込まなくてもよかった。

ハッパは、トワサンガの薔薇のキューブ内部に潜入して、自分の眼でその自動生産設備を目の当たりにしている。薔薇のキューブというのは、それがラビアンローズと呼ばれていたころから、資源がある限りどんな戦争の道具も生産し、修理することができた。その経験値がヘルメスの薔薇の設計図というものだった。

そこに、サイコミュというものが登場して、身体機能拡張の一種として一時的に発達した。人間の意識や思念といったものが肉体の中にあったとき、サイコミュは未知の感覚器官を捉え、予知的動作に生かす手段だったようだ。人類最初のニュータイプと呼ばれる人物にそのような特徴があり、軍事利用されたことがきっかけであった。機械を速く動かせるだけで戦場での成績は大きく変わる。

一時的に流行したサイコミュは、理由はわからないが宇宙世紀の途中から研究が止まってしまう。それに代わるものはなく、人類はアンドロイドの制作は行わずに戦争の道具としてのモビルスーツ開発に専念していった。ハッパはこれを、データ解析量の増大によって予測機能が向上したことと、関節機構の飛躍的進化と制御装置の発展によって、不確実で不安定で誰にでも使えるわけではないサイコミュが不要になったためと考えていた。

宇宙世紀中盤の技術力があれば、パイロットなどいらなかっていたのだ。パイロット制度の継続は、戦争という名のショーが無駄ではないと人民に知らしめるために必要なだけであった。誰かを英雄にするために、人工知能による操舵は否定され続けた。薔薇のキューブやヘルメス財団の存在こそ、戦争が公共事業化していた宇宙世紀の生きた証言者であった。

そのこともまた、報告書には記していない。必要なのは、誰が、何の目的で攻めてきたかだけであった。

2度に渡って人類を襲ったレコンギスタ事件の犯人は、ピアニ・カルータとジムカーオである。いずれもキャピタル・ガード調査部に潜り込み、情報の操作を行っていた。ピアニ・カルータはトワサンガ及びビーナス・グロゥブ在住のレコンギスタ派の動きを使って、自分の主義を証明しようと画策した。

ジムカーオについては多くのことが不明だが、宇宙圏で生存する人類の中のエンフォーサーと呼ばれる集団を同じように操っていたようだ。だがこのふたりはレコンギスタ派を指令する立場にはいなかった。ジムカーオも、エンフォーサーに頼られる立場ではあったが、最後まで状況を収拾させようともしており、地球を攻撃することが目的にはなっていなかったようなのだ。

ジムカーオにもまた、何らかの主義があった。ピアニ・カルータの主義は、闘争本能による遺伝子の強化だった。ではジムカーオの主義とは何であったろうか。彼がニュータイプ、それも思念体としてかなり強い力を有していたことは確定していた。だが彼は指導者ではない。指導者はおそらくはビーナス・グロゥブにいたのだろう。ピアニ・カルータがラ・グーと対立していたように、ジムカーオもビーナス・グロゥブの誰かと対立していたと見做すこともできる。

ピアニ・カルータには、トワサンガのドレット家という対立者もいた。そのせいで彼は宇宙においては目立った活動は行っていない。

ジムカーオは彼の失敗を教訓に、最初から法王の亡命事件を仕掛けて、トワサンガの裏の組織であるエンフォーサーの集団を掌握している。トワサンガを維持する目的は毛頭なく、平気で破壊を行い、キャピタル・タワーの破壊を目論んだ。ジムカーオの目的は何だったのか。

レコンギスタ派とピアニ・カルータとの間に齟齬があったように、ジムカーオにもエンフォーサーとの間に齟齬があったのだろうか。エンフォーサーは本当に1枚岩で、地球侵略、つまりレコンギスタを目的としていたのだろうか? アイーダ・スルガンとベルリ・ゼナムは、エンフォーサーの目的は宇宙世紀の復活だったと考えていた。思念体である彼らにとって、地球に居住することは目的にはならない。思念体は何を望み、何を執行しようとしていたのか。

「クンパ大佐ってのは、結局強者が地球を支配すべきだと考えていただけで、どっちの味方でもなかったんだよな」ハッパは自分の思考を整理した。「もしジムカーオが同じような人物だとしたら、彼も地球の支配はどちらであるべきかなんて答えは持っていなかったのかもしれない。彼がやりたかったのは、ニュータイプとオールドタイプとの戦いだった。そして別にどっちが勝ってもよかった。だから、ベルリもディアナ閣下も殺そうとはしなかった。それはフェアじゃなくなるからだ。同じようにエンフォーサーにも肩入れしていなかったとすればどうなる? なぜ彼は最後にキャピタル・タワーを目指したのか」

ジムカーオという人物は、クンタラ出身だと多くの人物に語っている。またルイン・リーの証言によって、地球においてクンタラ解放戦線を支援していたのも彼だという。グリア細胞に変化が起きて進化した人類と見做されるニュータイプと、それが起きなかったがゆえに被差別階級に転落したクンタラ。

ハッパはハタと気がつき、思わず椅子から飛び上がった。

「そうか、ニュータイプの素質が遺伝しないように、クンタラの素質もまた遺伝しないんだ。彼はクンタラ出身のニュータイプだった。じゃあ逆に、ニュータイプの子孫であることで特権階級になったエンフォーサーって連中は、本当にニュータイプだったのか? もし違っていたとしたら? エンフォーサーが全員オールドタイプだったとしたら?」


2、


ハッパは自分が作成した報告書を委員会に提出する前にアイーダに見せた。ワシントンの喧騒は政府の施設においても変わらず、彼女の執務室にも大工仕事の大きな音が聞こえてくる。

アイーダは受け取った報告書に目を通すうちに、怪訝そうな顔つきに変わった。

「あれだけ大きな戦争を仕掛けてきたジムカーオ大佐が、エンフォーサーのリーダーではなくそれどころか敵対者であったかもしれないと? 大胆な仮説で面白いですけど・・・」

「姫さまは委員会の報告書は随時目を通しているでしょうから、ノレドの証言は知ってるはずですよね? ビーナス・グロゥブには、人間のエンフォーサーと同じ数だけのアンドロイド型のエンフォーサーがあった。彼らエンフォーサーが完全な思念体であったのなら、そんなにアンドロイド型は必要ないわけですよ。トワサンガのように人間の補助をするだけで充分なはずです。アンドロイド型は攻撃兵器じゃないので、人間の補助として必要な分だけでいい。自分は当初こう考えたんですよ。思念体にとって有機も無機も関係ない、どちらにでも入ることができると」

「実際、ジムカーオ大佐はリンゴ・ロン・ジャマノッタの身体を使ってわたしに語り掛けてきたんです」

「そう、だから、有機と無機が同じ数だけあっても不思議ではないと。しかしよく考えると、そもそも有機も無機も必要はない。思念体のままでもいいわけです。思念体として宇宙と一体化していればいい。ベルリが遭遇した邪悪な思念体も、ノレドの協力した思念体も、G-セルフをベルリの意図以上に使いこなしていた思念体も、ラライヤを助けた思念体も、姿を現したわけじゃない。それにリリンちゃんの父親も、別にニュータイプじゃなかったはずなのにアンドロイド型の中に入っている」

「ミック・ジャックさんもそうだったようですね」

「彼女もそうです。彼女は宇宙での戦いで戦死して、クリム・ニックを守るためにシルヴァーシップの中のアンドロイド型エンフォーサーの中に入った。ミック・ジャックはそれほど強いニュータイプじゃなかった。それどころかニュータイプですらないかもしれない。思念体はこの世界で何かを成そうとするときには肉体となる何かが必要ですけど、この世界から解脱した存在である彼らは、そもそも地球の成り行きに関心など持っていないはず。所有欲は肉体的要求がなければ生まれないものだからです。そんな彼らが肉体とアンドロイドと同じ数だけ持っているのはおかしいんですよ。つまりあれは」

アイーダは報告書に目を落とした。

「少なくともビーナス・グロゥブのエンフォーサーはニュータイプではなかった、と」

「彼らは解脱したことがなかったんですよ。ミックの例にもあるように、解脱は死とともに起こる。死によって肉体を失った者が、思念体となる。その死後の世界がどんなものかはまだ知りたくはありませんけど、とにかく強弱の差はあれ、死後には思念体として生きる時間がある。トワサンガとビーナス・グロゥブのエンフォーサーは、解脱前の、ニュータイプの子孫というただの特権階級だったわけですよ。そして、アンドロイド型エンフォーサーは、解脱実験のためのサイコミュだった。彼らニュータイプの子孫は優生論を展開して、クンタラという被差別階級を作った手前、本来は生きたまま解脱できなきゃいけなかった。そのために宇宙世紀では見られなかったアンドロイドを作り上げ、解脱実験を繰り返していた。絶対にできるという確信の下で、準備万端整えてはいたものの、誰一人としてそんな実験に成功はしなかった。そりゃそうです。ニュータイプは突然変異ではないので遺伝子しない。彼らの優生論自体が大ウソだったんです。そして、オールドタイプの子孫として虐げられてきたクンタラ出身のジムカーオにはそれが出来た。肉体を保ったままで解脱実験に成功するほど強いニュータイプであった。だから全シルヴァーシップを思いのまま動かすほどの艦隊指揮も難なくこなした。サイコミュ同士の共鳴現象を彼は通信に利用できた。ひとつのサイコミュに入れば、周囲にあるすべてのサイコミュを操ることができた。大昔、ファンネルという武器があったそうですけど、思念体としても存在できるジムカーオにとっては、大艦隊もファンネルみたいなもので自在に操れたのでしょう。大変な能力者です。そんな彼が、自分らを虐げてきたニュータイプの子孫たちが、道具ばかり揃えて本当はニュータイプなんかじゃないと知ったらどうしたでしょうか。復讐を考えたんじゃありませんか? それに、エンフォーサーがやろうとしていた最終決戦を演出して利用したんですよ」

「ニュータイプとオールドタイプの戦いですか? どちらが地球を支配するのにふさわしいか、戦って決めるというものですね。それはこの本にも書いてあるんですよ」

そう言って彼女は「クンタラの証言 今来と古来」を机の上に出した。ハッパは初めて目にする本だったので興味深く作者の名前を確認した。そこにはディアナ・ソレルとあった。アイーダは本の表紙をポンと叩いて、話を続けた。

「クンタラを地球に降ろして奴隷や家畜として使役しながらキャピタル・タワーを建設したことが記されています。ハッパさんのお考えを聞くと、どうやらエンフォーサーというのは、被差別階級であったクンタラに地球の再建をさせて、十分に文明が再興されたところでいわば決闘を申し込むように正々堂々とオールドタイプとの戦いに挑み、地球を侵略しようとしていた。それが彼らの考える『執行』で、執行する者としてのエンフォーサーであった。はなから負ける気はないと言わんばかりのネーミングですよね」

「ニュータイプの子孫はニュータイプだと、信じて疑わなかったのでしょう。古来から優生論なんてものに傾斜する人間は頭が悪いと相場が決まってて、なぜ遺伝しないニュータイプ現象を階級制に利用しているのか、誰も考えてこなかったんでしょう。彼らにとってジムカーオは、あくまでイレギュラーで、解脱実験に成功した彼を心の広い自分たちは身分など関係なく温かく受け入れたくらいに思っていたはずです。しかし、食われる側の人間、差別される側の人間がそれをありがたがって感謝するだけで終わるわけはない。ニュータイプならニュータイプとして戦って勝ってみせろと、そういうシチュエーションをどうしても作り上げて、彼らエンフォーサーが土壇場で解脱できたならそれはそれでよし、出来なかったのなら大人しく死ねと、そう考えてもおかしくないと思ったんですね」

「そうか、それで・・・」アイーダは机の上を爪でコツコツと叩いた。「なるほど、艦隊戦を仕掛けてきた理由がわかったような気がします。ジムカーオ大佐は大変な能力者で、ひとりで艦隊を指揮できた。そこで戦いながら艦隊を徐々に地球の引力圏に近づけていった。薔薇のキューブも同様です。彼は解脱できるので、そこから逃げ出すことができる」

「肉体は捨てても構わなかったのでしょう」

「そうか、肉体への執着すらなかった。それは彼にとっては死じゃない。だけど、薔薇のキューブの中にいたエンフォーサーたちはそうじゃなかった。彼らは解脱が出来ない。肉体の死は、自分が終わることを意味する」

「薔薇のキューブがどんどん地球圏に近づいていって、解脱できなければ死んでしまう。死なないためには、あの状況だとシルヴァーシップの中のアンドロイド型エンフォーサーの中に入って戦線を離脱するしかない。早くしないと死んでしまうのに・・・」

「解脱できない」

「解脱できないし、ベルリもノレドもあの虹のような物質を出して逃げる先のシルヴァーシップを砂に変えていく。薔薇のキューブも多大な被害を受けて助かりそうもない。つまり、ジムカーオは彼らエンフォーサーの味方じゃなかった」

「試したんですね。自分たちを差別し、あまつさえ食料にしてきた人々の本当の姿を見ようと、彼らを試したのでしょう」

「エンフォーサーとクンタラ。このふたつは・・・」

「ニュータイプとオールドタイプであったと」アイーダは溜息をついた。「なるほど、これがハッパさんの解析なんですね」

「ぼくにとって肝心なところはあくまでサイコミュについての部分だけで、あとは想像ですけど。サイコミュの解析についてはそれなりに自信があります」

「これは、冬の宮殿で見聞したものそのままということです」アイーダは改まって静かに話し出した。「冬の宮殿で見た映像は、宇宙移民と地球住民との間で繰り広げられた果てしない戦争の歴史でした。まさに黒歴史です。宇宙移民の理屈と地球住民の理屈はいつも噛み合うことなく、争いが起こっていた。そのもうひとつの側面に、ニュータイプとオールドタイプの争いというものもあった。しかし、希望もあったのです。秘匿されていた映像には、融和の手掛かりがあった。それがニュータイプへの進化です。ザンクト・ポルトには、ニュータイプ、思念体への変換装置があった。あれを使えば、人類は相互理解という最大の壁を乗り越えられる可能性がある。でも、クンタラとして被差別階級に甘んじてきたジムカーオ大佐は、そんな機械で虐げられてきた歴史をなかったことにされ、人類の融和を謳われても納得できなかった。彼はどうしても決着をつけたかった」

「これも想像ですけど、ジムカーオは初代レイハントンのことも何か知っていたのでしょうね。しきりにベルリを支配下に置こうとしていた」

「だと思います」

大きな謎が解けた満足感で、ふたりはしばらく余韻に浸った。

するとふいにアイーダは涙ぐんだ。

「ごめんなさい。こんな優秀な方をアメリアは手放さなくてはならないのですね。ハッパさんのいでたちを見ればわかります。もうアジアへ行かれてしまわれるのでしょう?」

ハッパは急に気楽になった気がして、身体の力を緩めた。彼は着慣れない背広ではなく、いつものラフないでたちでアイーダの執務室にやってきていたのだ。

「これがぼくのアメリアでの最後の仕事です。自分なりにやり切った感じもするので、スッキリとアジアへ行けますよ。ああ、アジアって大昔はいまと範囲が違っていたらしいですね。ベルリの話では、ゴンドワンから西が全部アジアだったとか」

「ああ、これもゴンドワン中心主義というか、人間の善くないところですね」

「名残惜しいですが、ぼくはこれで」

そう告げるとハッパは音もたてずに静かに部屋を辞した。アイーダの耳に、急に金槌の音が大きく聞こえだした。

議員会館になっている建物を出たハッパは、近くの屋台で軽い食事を買い求め、2時間ほどワシントンの街を歩き続けた。引っ越しの荷物はすでに送ってあり、小さなショルダーバッグひとつの身軽な旅になる。

ビーナス・グロゥブからやってきたクン・スーンやローゼンタール・コバシとは1度会っておきたかったが、彼らは探しても見つからなかった。

しかし、どこかで生きているとの確信はあった。クン・スーンがキア・ムベッキ・Jrを簡単に死なせるはずがなかった。ズゴッキーの整備はちゃんとやっているだろうかなどと空を見上げてみるが、思いがけずその記憶が遠くになりつつあることに驚いた。

「さらば、アメリア。ぼくの故郷」


3、


「なんでこんなにバタバタしなきゃいけないんですか!」

ノレド・ナグとラライヤ・マンディは、ビクローバーの通路を並んで走っていた。クラウンの発車時刻は迫っており、定時運行を旨とするクラウンは決して彼女たちを待ってはくれない。

ハアハアと息を切らしたノレドは、ギリギリで飛び乗ってその場にへたり込んでしまった。ラライヤもまた壁に背もたれたままゆっくりと尻を着いた。

「だってさ、サウスリングにもう家のものは送ってあるじゃない。荷物はないと思ってたんだよ。そしたら学校に思いがけないほど物が置いてあって。先生も卒業式の日に渡してくれればよかったのに」

「普段からちゃんとしないからこうなるんですよ」

「はいはい」

ノレドは口をとがらせて返事をした。

トワサンガの大学への入学にあたって、ノレドは地球を離れることになっていた。激動の時間を生き延びた両親は地球に残したままだ。レジスタンスに参加経験のある両親は、ビクローバーに立ち入ることはできない。ラライヤが地上へやってきた理由もノレドの警備のためであったが、ノレド本人は暢気なもので自分が襲撃されるなどとは夢にも考えない。

ノレドがセントフラワー学園で受け取った荷物の中に、大きな包みが入っていた。見覚えがないために差出人の名を見ると、それはハッパから送られたものだった。書類ケースのようなものが厳重に梱包されていて、包みをほどくとやはり分厚い書類であった。

ラライヤはそれを覗き込んで驚きの声を上げ、辺りを見回すと急に小声になって耳打ちした。

「それ、機密書類ですよ」

「手紙も入ってる」

封を切って目を通してみると、文書は機密書類と同じ用紙に書かれたボツ原稿だとわかった。ハッパはアメリアのレコンギスタ事件の調査委員会に所属しており、主にサイコミュについての調査報告作成に関わったのだが、エンフォーサーとニュータイプについて、そして初代レイハントン王がニュータイプを自称した件についてノレドに研究して欲しいとの依頼だった。

手紙には、自分はもう軍籍を離れてアジアの一般企業に就職するつもりだから、こうした問題に触れる機会はなくなる、君がこれから社会政治学を学ぶというのなら、宇宙世紀の宇宙移民と地球人類との争いや、軍産複合体の問題、ニュータイプとオールドタイプのこと、エンフォーサーとクンタラのことなどを学んでほしい、ついてはその役に立つ資料かもしれないと彼女に託してくれたのだ。

「あたし、ベルリのお母さんにも同じようなことを言われたんだ」ノレドは神妙な面持ちで首から下げたメタルカードを取り出した。「この中に、ベルリのお母さんが観たこと聞いたことが全部入ってる。エリートのウィルミット長官の話はあたしとラライヤもサウスリングのお屋敷でたくさん聞いたけど、それだけじゃないんだ。もっともっと今回の事件について深く考えたことが入ってるらしい。そしてハッパさんまでこうして・・・」

ノレドはハッパの手紙を胸に引き寄せた。

「おふたりだけじゃないですよ」ラライヤがノレドの背中をポンと叩いた。「トワサンガではいまベルリさんが臨時の王さま役をやっていて、トワサンガの人たちをどこにどうやったらスムーズに再入植させられるか検討しているんです。地球は戦争でまた荒廃してしまって、エネルギーも再供給されるかどうかわからなくて、土地はすべて誰かのもの、勝手に入り込む余地なんかない。どの国が移民を受け入れてくれるか、どうやってその国と交渉するか、地球に入植してトワサンガの人々は暮らしていけるのか、いろんなことを考え続けている。全部政治なんです。いまはベルリが臨時でやってるけど、政治機構の改革と法整備が終わったら王政は廃止して民政に移行させると言ってる。これだって政治。アイーダさんがやっていることだって政治。戦争はただの政治の失敗に過ぎない。実際に政治を担う人は政治の研究なんかできない。誰かが引き受けて責任を持たないと、それこそ宇宙世紀を繰り返してしまうことになる。ノレドさんは期待されているんです」

そして・・・とノレドは考えた。そして、宗教もまた広義の政治なのだ。キャピタル・テリトリィとゴンドワンという地盤を失ったスコード教は、現在分裂の危機にある。アジアで激増しているスコード教への改宗は、人種対立を教団内にもたらしていた。ゲル法王は人類の融和について大きな確信を持ち、以前とは比較にならないリーダーシップで教団をまとめてはいるけども、下部組織は力関係が不安定でいつアジア勢が主流になるかわからない。

座席に座ったノレドとラライヤは、それぞれハッパから受け取ったボツ原稿の山を拾い読みしていた。中の1枚に目を通したラライヤがふと口走った。

「クンタラというのはオールドタイプだったと結論付けられていますね」

ノレドはうーんと唸って視線を宙で泳がせてから、きっぱりと否定した。

「逆でしょ。クンタラがニュータイプ」

「そうなんですか?」ラライヤは首を捻った。「ここには逆に書いてありますけど」

「言いたくはないけど、食べるというのは、食べることによってその人物の特殊能力を身体に取り込むことができるって原始的発想が根源でしょ。だから、オールドタイプを劣っていると思うなら、逆に食べない。オールドタイプが時々しか生まれない数の少ないニュータイプを食べて、ニュータイプになったって考えてきたんだよ。エンフォーサーはときどき出現するニュータイプの少年少女を食べ続けてきたオールドタイプのエリート。これは想像だけど、軍産複合体の末裔、つまりヘルメス財団の人間」

ラライヤは思わずアッと声を出した。「ラビアンローズを経営してきた軍産複合体の子孫?」

「そう。軍産複合体とニュータイプ研究所」ノレドは頷いた。「ニュータイプは遺伝しないなんてみんなわかっている。だけど宇宙移民のエリートとしては、自分はオールドタイプだと胸を張っては口にできない。ニュータイプは彼らにとって名誉だった。食人は名誉ある儀式だった。だけど、外宇宙から帰還するとき、食糧難が起きて、人間を食べる必要が生じた。そこで意味が逆になったんだと思うのね。ニュータイプを食べてきたオールドタイプが自称のニュータイプとなり、食べられる立場だったエリート以外の人間がクンタラとなった。食糧難で優劣の意味合いがひっくり返った」

「食べている側が優生だと勘違いするようになった?」

「たぶんね。あたし、ここの部分は結構自信があるんだ。薔薇のキューブのエンフォーサーたちは、自分たちがただの金持ちの子だとは知らなかったと思う。あの人たちはそこに書いてあるように、自分たちはニュータイプで、執行者で、最終支配者だって本気で思っていたと思う。ジムカーオって人は、それを見て笑っていたんだよ。きっと・・・」

「真実を追求するのって難しいのですね」ラライヤは溜息をついた。「アメリアのような大国家の調査委員会の結論だから真実とは限らない。正誤は考えれば考えるほど二転三転する」

「なんかさー」ノレドは溜息をついた。「最後はきっとアイーダさんがやってくる。スコード教と政治の関係について研究しろって」

でもそれも悪くない。ノレドはそう思えるようになっていた。

どんな物体も光が当たり目に見えるのは一部分だけである。人はそれぞれ同じものを目にしながら、違う形を見る。そしてどちらが真実であるかと言い争いを始める。

ものを観察するのに光を必要としている限り、人の言い争いは絶えることがない。



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