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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第28話「王家の歴史編纂」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第28話「王家の歴史編纂」後半



1、


法王庁は疑心暗鬼になっていた。

アメリアがピアニ・カルータ事件とジムカーオ事件についての調査委員会を立ち上げたとき、彼らは真っ先に懸念を表明してウィルミット・ゼナム運行長官に対して協力しないようにと要請した。ところが熱心なスコード教信者として知られる彼女はこの要請を拒否して調査委員会議長アイーダ・スルガンの聞き取り調査協力依頼を快諾した。

彼女を止めようにも法王庁の依頼に応じてくれる機関はどこにも存在しない。キャピタル・ガードはクラウン運行庁の下部組織も同然の状態だった。

それから彼らは枢機卿が中心となって法王庁の権威回復のためのプロジェクトを立ち上げていた。プロジェクトの骨子は、彼ら自身の手でジムカーオが目指したレイハントン家王室の復活を目指すというものだった。彼らとしては、世界の果てはいままで通りザンクト・ポルトでなくてはならず、トワサンガは天上人の住む世界で、御伽噺にしか出てこない世界であり続ける必要があったのだ。

彼らはまずノレド・ナグの身柄を法王庁で確保し、ゲル・トリメデストス・ナグ法王の退任と次期法王をレイハントン家嫡子ベルリ・ゼナム・レイハントンにすると一方的に発表して、その妃がゲル法王の実子ノレド・ナグになると世間に知らせるつもりであった。法王庁の狙いは、ザンクト・ポルトで情報を遮断すること。さらにはトワサンガ住民のレコンギスタを阻止して、宇宙からの情報を止めてしまうつもりであった。

法王庁には、宇宙の進んだ技術を我がものにしたいとの意思はない。そうしたものをすべてアグテックのタブーという言葉で封じてしまうことが彼らの権威に結び付くと話し合いで結論付けたのだ。ゲル法王は近々の説法においてスコード教の宗教改革について触れており、これ以上彼を法王として野放しにするわけにもいかず、もはや実力行使以外方法はなかったのである。

トワサンガの王子であるベルリが法王庁の人間のトワサンガ訪問を禁じていないことを利用し、法王庁は人員を派遣してノレド・ナグの身柄確保に動いた。彼らは出向前にノレドと彼女の近衛隊長であるラライヤを監視して乗務員室に入ったのを確認すると、トワサンガに着くまでに説得するか、さもなくば薬物で昏睡させて奪い去るかと緊張の面持ちでそのときを待っていた。

メガファウナが出港し、2時間が経過したころ、彼らは動き始めた。


2、


メガファウナがザンクト・ポルトを出港していくのを、ノレドとラライヤはザンクト・ポルトのダイナーのテレビで眺めていた。

スコード教の聖地であるザンクト・ポルトだが、フォトンバッテリーの供給が停止されてからというもの住民たちはトワサンガの意向を無視するわけにはいかなくなり、メガファウナの定期運航が開始されてからは日常の物資すらトワサンガに依存するようになっていた。クラウンはいまだ定時運行されているが、内戦状態が収まっていないキャピタルの住民は少なく、アメリア人の数が増えていた。

ザンクト・ポルトにおいて、地上であるキャピタル・テリトリィの衰退は法王庁の権威の衰退そのものであり、彼らの視線は自然とトワサンガへと向けられたのだ。その方がより天界に近く、自分たちの自尊心が高まるという効果もあった。

ダイナーのカウンターに陣取ったノレドは、左手に持ったスーパーサイズのポテトを何本も同時に掴んで大きな口に突っ込んでいた

「法王庁の連中、何も知らずにトワサンガに行っちゃったね」

自分の分は頼まずノレドのポテトをつまみながら同じテレビを眺めていたラライヤは、メガファウナが無事に出港していったのを認めるとさっと立ち上がった。

「ベルリさんが法王庁の怪しい動きに感づいていないと思ったら大間違いですよ」

トワサンガの大学への進学が内定しているノレドを迎えに来るとの名目で派遣されたラライヤだったが、実際はベルリの意向を受けてザンクト・ポルトの調査に派遣されたのだ。すでにトワサンガから多くの学生がやってきており、さらにアメリアの調査隊も参加している。

まだポテトを手放さないノレドの肩には大きなショルダーバッグが掛かっていた。なかにはピアニ・カルータ事件、ジムカーオ事件に関する調査資料が入っていたが、ひまわりのワッペンのついた鞄の中にそんな重大機密が入っているとは誰も思わなかっただろう。彼女の首にはアイーダに託されたG-メタルとウィルミットから貰ったレプリカのG-メタルも掛けられていた。ノレドはポテトを飲み込んだ。

「つまりもう大学の勉強は始まっちゃったってことだね」

「歴史を誰が記録して遺すかって大事なことなんですよ。いまトワサンガではレイハントン家の正史を遺そうという運動があって、民政移行派も王政復古派もどちらも賛成しているんですけど、ベルリさんが言うには、子孫が先祖の権威づけをしていると必ず解釈されるから意味がないというのですね。それよりは、1次資料の収集を重要視したいと。初代レイハントンに関する資料は、トワサンガでは御伽噺になっているんです。月の女王ディアナ・ソレルの物語もですね。これだって重版されるたびに内容が改変されているので、古いものを探し出して新装版との違いを研究しなきゃいけない。それに、初代レイハントンは王家設立という偉業を達成しながら、正史を遺していない。これも気になると」

「初代レイハントンは、ムーンレイスとの戦いを記録しながら忘却しようとしたから、御伽噺にしたんだろうか?」ノレドは首を捻った。「御伽噺や夜話は、それだけで古い話のように感じるもの。ムーンレイスとの戦いに勝ち、彼らを月で眠らせ、殺しはせずにG-メタルで目覚めることが出来るようにずっと生命維持に責任を持ってきた。確かに気になるね」

「アイーダさんの調査委員会にはウソはないのでしょうけど、あくまで政治の一環ですよね。ピアニ・カルータ事件だって、本来はクンパ大佐がビーナス・グロゥブで起こした事件がピアニ・カルータ事件であって、ヘルメスの薔薇の設計図の流出事件はクンパ大佐事件と呼んで分けなきゃいけない。でも、キャピタル・ガードの調査部が2代に渡って正体不明の人物に乗っ取られていたとしてしまうとキャピタル・テリトリィとの関係にひびが入る可能性がある。だからピアニ・カルータ事件と呼んで、ビーナス・グロゥブの影に隠そうという思惑がある。歴史は事実ですけど、歴史書は政治そのもの」

「だから歴史政治学が大事だってことだよね。ベルリは歴史を権力者から切り離して学者に委ねたいんだ。学会が歴史を書けば、歴史は常に修正される。いろんなものの見方が反映される。アイーダさんが政治家として歴史すら利用しなくてはいけないことを理解しながらも、権力に飲み込まれるのを助けようとしているんだね」

ノレドとラライヤは、ベルリが秘かに編成したザンクト・ポルトの調査チームと合流した。調査チームはトワサンガの大学が中心となり、それをキャピタル・ガードとアメリアの調査委員会がサポートする形になっていた。ザンクト・ポルトを多くのアメリア人が訪問していたのは、決して観光地として需要が高まったことばかりではなかった。

「でもさ」ノレドはひとりごとのように呟いた。「科学的調査でスコード教の総本山を調べ上げてさ、科学が何もかも解明したとして、それであたしたちは幸せになるのかな?」

彼女はこれからスコード教が受けるであろう科学による試練を思い、改めて祈る心持になっていた。


3、



数日後のこと、シラノ-5に入港したメガファウナからは、ドニエル艦長に連行された法衣姿の男たちが降りてきた。彼らはノレドとラライヤの部屋に侵入しようとしていたところを張り込んでいたメガファウナのクルーに捕らえられたのだ。

遠目にそれを確認した法王庁の職員が逃げようとすると、彼らもまたハリー・オード率いるトワサンガ守備隊に腕をねじ上げられた。

「我らは神に仕える身、このような無礼は許されませんぞ」

彼らは警察に引き渡されるまでの間ずっと身をよじって抵抗し続けた。電話で報告を受けたハリー・オードは、そのことをベルリに知らせるつもりでいたが、執務室に彼の姿はなかった。民政移行が完了するまで王の身分であるベルリだったが、用意された執務室を使うことは滅多にない。連絡手段も持たないのでハリーなどの側近はこうした場合に困ることになる。

秘書が雇われていたものの、彼女はいまだに1度も面会したことさえなかった。電話で数度話をしただけだ。ハリーに顔を向けられた彼女は、肩をすくませるしかなかった。

トワサンガでは永く絶対王制が敷かれていた。初代レイハントン家は神に比する英雄の子孫とされ、官僚機構と常備軍が王を守護してきた。ドレッド家のような貴族も存在したが、特権と義務があるだけで領土などは持っていない。もっとも資源コロニーであるトワサンガに分割すべき領土は存在しないので、特権は主に税の免除と官職、政治家への登用であった。

そうした貴族のひとりであったノウトゥ・ドレットが反乱を起こし、ベルリとアイーダの両親を殺害した。ふたりの子供はピアニ・カルータによって地球へ亡命させられ、互いを知らずに育った。ノウトゥ・ドレットは法王庁と均衡する役目しかない政治機構に形ばかりの決裁権を与え、民政に移行したと宣伝していたが、彼はレイハントン家から玉座を奪い去ったのだった。

ハリー・オードは、自分と戦った初代レイハントンへの興味から、個人的にトワサンガの歴史を調べていた。行く先々で人々に話を聞いたり、関係図書を借りたりする程度であったが、それでもいくつか興味深い事実が判明していた。まず、トワサンガには初代レイハントン家以前の記録がないのである。

月の裏側の宙域は、そもそもムーンレイスが支配していた。地球での騒動があり、ディアナ・ソレルがキエル・ハイムと入れ替わったまま宇宙へと舞い戻った彼らは、突如レイハントン率いる新規帰還者たちの襲撃を受けて月に押し込まれてしまった。そこには宇宙世紀時代の施設が多くあったので、ムーンレイスはそれらを上手く使いながら籠城を決め込んでいたが、ディアナ・ソレルは何らかの条件と引き換えに降伏した。その後、彼らは事情を知らされないままコールドスリープで眠らされることになる。

地球人であるキエル・ハイムの素性を知るのはハリー・オードひとりであったため、彼はキエルに降伏の真意を尋ねた。返答は「あの方を守るためです。こらえてください」であった。それを地球に降りたディアナ・ソレルを守るためと解釈したハリーは引き下がったのだが、500年後の世界情勢を知るに至ったハリーは、初代レイハントンが月を地球守護の防衛ラインにしたのだと考えるようになっていた。

推測としてはこうだ。外宇宙で戦争を継続していたスペースノイドは、自分たちムーンレイスの祖先も含めて地球への帰還を考えるようになった。他の宙域に進出していた集団より先に帰還したムーンレイスの先祖は、月の宙域を支配して地球という惑星の環境が回復するのを待っていた。ところが地球ではアメリアが文明を再興してあろうことか宇宙にまでやってくることになった。彼らは宇宙世紀時代末期の忌まわしき兵器類を発掘して、再度文明を崩壊させる寸前まで追い込んだ。ディアナ・カウンターは、最悪の時期に実行されたのだ。

ムーンレイスを率いることになったキエル・ハイムは、月光蝶が再び文明を崩壊させることを怖れていた。彼女は月に上がり、地球の守護者にならんと務めた。その彼女が降伏したからには、彼女が負うはずだった役割を初代レイハントンは引き継いだのだ。レイハントンはムーンレイスから文明を奪ったが、ムーンレイスの記録は月の内部に保存したまま記録しなかった。それらは御伽噺として遠い過去に送られてしまった。

ハリー・オードは、ムーンレイスとの戦争を行っていた当時の彼らは、合議制による政治体制ではなかったかと考えていた。ビーナス・グロゥブがまさに合議制による統治システムであった。ヘルメス財団というものがあり、何らかの緩やかな集まりで利権が分配され、誰も特出した力を持たないようになっている。レイハントンは彼らの先兵として地球にやってきたのではないか。

そしてムーンレイスと接触して考え方が変わり、反乱を起こして月の宙域を実効支配してビーナス・グロゥブと対等な交渉力を持った。彼は地球への再入植が現段階で難しいことを彼らに伝え、別の方法を提案した。それがフォトン・バッテリーの供給とキャピタル・タワー建設だった。地球の重力圏を脱出するための手段であるロケット技術などはアグテックのタブーとして完全に封印させ、文明再興に必要なエネルギー供与と最低限の技術の教授を行った。

「それでは終わらないと彼はわかっていたのか・・・」

それだけなら反乱を起こすまでもない。ムーンレイスを滅ぼして、地球に再入植してアースノイドを支配してもよかったのだ。反乱を起こしてビーナス・グロゥブの動きを封じたのは、いつか何かが起こると知っていたからであろう。まさに今回ジムカーオ事件で展開されたことなのだ。ニュータイプとオールドタイプの因縁の決着。それは最後の最後に必ず起こるように組み込まれているものだった。

避けられない最終決戦を前に、初代レイハントンはザンクト・ポルトの宗教施設に思念体への変換装置という仕掛けを作った。おそらくは、トワサンガで官僚機構を司っていたエンフォーサーにも隠されていたのだろう。エンフォーサーがどんな集団なのかはハリーには見当もつかなかったが、彼らがニュータイプに関係したなにかであることは判明している。

宇宙世紀時代にはニュータイプ研究所というものもあったらしい。早々に戦争を停止して地球に帰還してきたムーンレイスの祖先とは違い、レイハントンらの集団は宇宙世紀時代の面影を色濃く残したままの帰還であったはずだ。彼らにはラビアンローズとニュータイプ研究所が解体されることなく存在していたのだ。レイハントンが独裁体制を敷いてまで阻止したかったのは、彼らによる支配だったのか。

自分をアムロ・レイの転生だと宣伝して、彼は何を成そうとしたのか。

ハリーが黙り込んだまま思案に耽っているとき、またしても電話が鳴った。秘書に取り次いでもらうと、相手はベルリであった。ハリーは法王庁の人間を警察で拘束していることを話した。ベルリはその話にはさほど興味が内容で軽く聞き流し、ハリーに別のことを話し始めた。

「考えたんですけど、ハリーさんがトワサンガに残って守備隊を続けてくれるというのなら、レイハントン王家の歴史を書くのはハリーさんが適任だと思ったんです」

ハリーは苦笑して応えた。

「我々ムーンレイスは、レイハントンに戦争で敗れたのだ。戦争に負けた者が勝者の歴史を編纂するなど聞いたことがない」

「500年前から来られたムーンレイスの方々ほどの適任はいないと考えます。学生の皆さんに散々レクチャーされたんですけど、王家の人間は支配するすべてのものの正統な継承者であり続けるために死ねないそうなんですね。支配者の死は、支配物の放棄になると。男系男子が王統を相続する歴史は、初代の王が転生してずっと生きているという仮定があるからなんです。トワサンガがビーナス・グロゥブのような合議制ではなくなったのは、合議制で誰かに何かが奪われるのを恐れたのでしょう。あなたと戦ったというレイハントンは、絶対に手放せない何かを持っていた。それを後の人間である我々に託した。G-メタルでムーンレイスのコールドスリープが解除されたのもそのひとつじゃないですか。レイハントンは、ムーンレイスの存在を上手く隠す必要があった。当然ムーンレイスのことは他の貴族の人間も知っていたでしょうが、御伽噺のような形にしてしまったために、他の貴族はムーンレイスの重要性に気づかず忘却してしまった」

「そうしたことをわたしに考えて書き残せというのか? それはやはり自分でやるべきだろう」

「いえ、違います」ベルリはハッキリとした口調で否定した。「もう王家の歴史を正当化する必要なんてないんですよ。レイハントン家の役割は、ジムカーオ事件が終わったことで完了したんです。これ以上の王家の存続は無意味。トワサンガというスペースコロニーを自分のものにして人民から簒奪することでしか機能しなくなるにきまってます。もしぼくに子供が出来たとして、生まれたときからトワサンガにあるものすべてが自分のものなんて勘違いされちゃたまりませんよ。トワサンガのものはトワサンガの住民のもの。分配すべきものです」

「だから自分では書き残さないというのか。すぐに返事はできないが、考えておこう」

ハリーはそう言って電話を切った。彼にとってベルリという若者は、あちらへふらふらこちらへふらふらして警備するには厄介な人物であったが、頭の中では様々なことを考えているのだと見直すことになった。

ベルリはレコンギスタを希望している住民を医師とともにひとりひとり訪ねて、地球のどこに誰をどんな順番で何人受け入れてもらうかと検討しているのだ。同時に、地球からやってくるはずの若者をどのように受け入れて教育するかも検討していた。

「彼がいれば、アースノイドの怠け癖も少しは改善されるかもしれないな」


4、


トワサンガの老人たちはベルリのことを「王子」と呼んで、決して陛下とも殿下とも呼ばない。地球育ちの幼いころに滅びた一族の末裔に対する彼らの歪んだ態度は、ベルリにはよくわかっていた。

老人たちはベルリに要求ばかり突きつけてくる。彼らは高齢の自分たちが常に正しく、年少のベルリはそれに従わなくてはならないと考えているのだ。王家の権力を使って自分たちの要求を通したいだけであった。要求が通らなければ彼らは掌を返して王家の不当性を訴え始めるであろう。ベルリを陛下とも殿下とも呼ばないくせにレイハントン家の存続を訴えるのはそういう理由であった。

つまるところ、老人とは身勝手で欲深いだけの醜い存在でしかなかった。息子よりベルリの父のことをよく知っている彼らは、ベルリをいかようにも操れると信じていた。父はこうしていた、父はこう言っていた、父の名を使ってベルリのやることを何でも否定する立場にあると考えているのだ。

ベルリはそんな醜い老人たちを適当にあしらいながら、ジムカーオのことを思い出していた。ジムカーオはレイハントン家を復興させることでビーナス・グロゥブとの関係修復がたやすくなるからとベルリをトワサンガの王にさせたがっていた。同時に、ベルリがトワサンガのことを何も知らないことから、教育係は自分がせねばならないと頑なに譲らなかった。あれはいったいどういう意味だったのか? 老人たちと同じ心境だったのか。とてもそうには見えなかった。

初代レイハントンのことは、500年前からコールドスリープ装置でやってきたハリー・オードから詳しく聞いている。自分をアムロ・レイの生まれ変わりと称し、確かにモビルスーツ戦では手に負えないほどのパイロットであったという。そのころはまだ彼は王ではなかった。王になったのはムーンレイスとの戦いが終結して、彼らをコールドスリープで眠らせた後だ。

アイーダによると、ジムカーオはとてつもない能力を有したニュータイプであったという。思念体として強すぎる彼は、トワサンガの行政システムと隠されていた薔薇のキューブの生産力を牛耳っていたのだから、もっとたやすく月の宙域を支配できたであろうと推測されていた。

なぜ彼はあのような回りくどい方法で、ムーンレイスとの戦いを実行し、エンフォーサーを巻き込む形で自滅するかのように消えていなくなったのか。彼らならば、レイハントン家が遺した王政のシステムを乗っ取り、自分が王になることもできたであろう。事実、彼はトワサンガの裏の行政組織を担っていたエンフォーサーを指揮する立場にあったのだ。ベルリよりはるかに有利な立場にある。

彼は確かにベルリを王にさせたがっていた。その教育係は自分でなければいけないと主張していたとはいえ、王にさせたがっていたのは事実で偽りはないはずだ。そしてベルリが王になれば、ビーナス・グロゥブはあのままフォトンバッテリーの供給を再開して世界は元通りになっていただろう。ゲル法王は地位を追われ、別の人物が法王の座に就いていたはずだ。法王の亡命工作とは、ゲル法王を法王庁から遠ざけるための手段に過ぎない。

サイコミュシステムを搭載したG-セルフを子孫に残した初代レイハントンとジムカーオは、どのような関係にあったのか。G-シルヴァーという機体を用意させていたのはいかなる理由なのか。もしジムカーオがレイハントンを敵にしているのなら、G-セルフのコピー機体であるG-シルヴァーを用意したのはなぜなのか。

リリンが白いモビルスーツに乗った人がアムロ・レイだとベルリに教えてくれたことがあった。ベルリは他の人々のように冬の宮殿の映像に興味を持たなかったのだが、映像を見た人たちは口を揃えて宇宙世紀初期に起きた奇蹟について興奮気味に話していたものだ。

宇宙世紀の初期に奇蹟が起きた。その記憶は忘却されていき、やがてニュータイプを巡る競争は廃れていった。ムーンレイスはニュータイプについてほとんど何も知らない。彼らが進出した星系では、人間が思念体に進化することは興味を持たれていなかった。ニュータイプに関する情報を持っていたのは、レイハントンの方である。ヘルメス財団は多くの情報を隠匿したまま、いまだ存在している。

ベルリはジムカーオという人物とピアニ・カルータという人物が起こした事件について調査委員会が設立されるとアイーダから聞かされたとき、全容が明らかになるわけないのになぜそんなことをするのか理解できなかった。ビーナス・グロゥブの真実を誰も知らないのに、事実が解明されるはずがないからだ。事実を書き残すことが政治の一環であると気づいたのはしばらくしてからのことだった。

ピアニ・カルータもジムカーオも、真実のところヘルメス財団の中枢の人間しか知らない。彼らについて知っていることはごく表層的なことばかりであった。とくにジムカーオの場合は、強すぎるニュータイプ能力は霊媒的な役割も果たしていた可能性があり、その中に特に能力の高い人間が入っていた可能性も否定できない。

王にさせようとしながら自分に従うように強制したジムカーオと、同じモビルスーツを用意してベルリと敵対してきたジムカーオの中にどんな人物が入っていたのか。そうなると推測することすら難しい。宇宙世紀の歴史を紐解いて考え、多くの人間が多くの推論を提出して時間をかけて吟味していくしかないのだ。冬の宮殿の映像の中にそのヒントはあるのかもしれない。

ベルリは、姉のやり方を見習って、ここはひとつ自分も政治というものを利用してみようと思い立った。


5、



アメリアにおいてふたりの人物が起こしたふたつの事件の調査報告書がいよいよまとまりそうだと報道されていたころ、トワサンガにおいてレイハントン王家の歴史書が編纂されると発表された。地球の人間にとってレイハントン家は天上界の話であり、それがダイレクトに地球に伝わってきたことから発表は大きな反響を巻き起こした。

地球の人間はレイハントン家のことなどはまるで知りはしないが、月の裏側に王家があること、その王子は地球育ちの人物であること、連れてきたのがピアニ・カルータであること、ふたつの事件を解決に導いた重要人物であること、アメリアで最も期待される若手政治家の弟であることなど、話題性には事欠かない。ベルリ・ゼナム・レイハントンのことは地球全体に知れ渡った。

歴史書は10年をめどに研究され、さらに10年をめどに検証されてから発表されるとわかって膨らんだ期待は大きく萎んだのだが、トワサンガから発表される情報にニュースバリューがあると気づいた地球人は、トワサンガ政府の公式発表は必ずトップニュースで伝えた。歴史書の話の次にトワサンガ政府が出してきた事実は、トワサンガ人の一部が遺伝子に変容をきたしていることと、地球への再入植を求めているというものだった。

アジアの国の多くは技術者の受け入れを早々に発表して、待遇面で競争が激化していった。それに対してゴンドワンやキャピタル・テリトリィは歯噛みするしかなかった。アメリアも人材の囲い込み批判をかわすために手を挙げなかったので、受け入れ先は決まったも同然だった。大陸間戦争からふたつの事件を経て大きく国力を削いだ大国は、戦争に参加せずに国力を温存したアジア勢に能力差を縮められる一方だった。

アジアの国々は戦争のために多くのフォトンバッテリーを独占してきたゴンドワン、アメリア、キャピタル・テリトリィへの批判を強め、産業の勃興が著しい自分たちへの分配を増やすように要求してきた。もはやスコード教によってその勢いを制御することはできない。そもそもキャピタル・テリトリィという母体を失ったスコード教は大きく力を弱めていた。

特に苦しい立場になっていたのは、法王庁であった。スコード教団はキャピタル・テリトリィとクラウンの運航がもたらす利権と一体になっていたので、国家の庇護がなくなった法王庁の求心力は落ちるばかりだった。彼らはノレド・ナグを誘拐してトワサンガに活動拠点を求めようとしたが、ベルリによって計画は阻止されてしまった。

彼らの教義は、歴史であり真実であったのに、いまは見る影もなくなっていた。意気消沈した彼らの中で、唯一意気軒昂を保っていたのがゲル法王であった。彼は法王庁の中で自分に求心力がなくなったことはよくわかっていたので、たったひとりで各地で説法会を開いて回っていたのだが、それが自信喪失気味の大国の若者の心に響き、大盛況の様相を見せていたのだ。

ゲル法王の自信の源は、冬の宮殿で知りえた歴史の真実にあった。彼もまた歴史を語ることでスコード教の変革を開始した人物だったのだ。老齢でありながら力強く相互理解の重要性を訴える姿はスコード教団とは離れたところで新規の信者を獲得しつつあり、支援者の数も増えていくばかりであった。

ゲル法王によってスコード教団はそれまでの権威を笠に着た禁忌一辺倒の宗教ではなくなり、宇宙世紀初期に起きた人類の相互理解の奇蹟を信ずる宗教へと様変わりしようとしていた。結局のところスコード教団とはヘルメス財団の下部組織でしかなく、それが真の宗教に生まれ変わろうとしていたのだ。

アクシズの落下を阻止したふたりのニュータイプの物語が月の中に眠っていると聞かされた若者たちは、宇宙への純粋な憧れを抱きつつあった。アメリア政府がゲル法王に対して正式な招待状を出したのはそんなタイミングであった。アメリア国内でも彼の評判は日増しに高まっており、キャピタル・テリトリィから法王を迎え入れるために鉄道を敷くなどという話まで登場した。その話は間に合わないとのことで見送られてしまったが、西海岸を中心に受け入れ準備は着々と進められた。

宇宙は、戦争の舞台だった宇宙世紀時代の悪しきイメージを乗り越え、再び希望のフロンティアへと変化しようとしていた。

ゲル法王はこうして亡きラ・グー総裁との約束を果たしたのだった。



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