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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第51話「死」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第51話「死」前半


1、

巨大な3機のモビルスーツが月の裏側から一瞬で資源衛星コロニー・シラノ-5に接触した。シラノ-5は虹色の膜が幾重にも重なり、通常の兵器ではその内部に潜入できない状態で地球に向けて移動していた。虹色の膜は電気的なバリヤーのものであったが、外部からは目視することはできても物理現象を観測することはできないのだった。

3機はそのままランデブーしつつアムロ・レイの姿を探したがどこにもいなかった。七色の光が彼らの機体に反射してキラキラと輝いていた。

「囹圄膜の中に入ったようだな。しかしあいつはガンダムに乗っていないようだ」

「こちらで作ったYG-111の複製でしょう」タノが含みのある声でいった。「ヘイロがラライヤに与えた機体だと思われます」

YG-111をラライヤに与えたとき、ヘイロはサラに意識を乗っ取られていたために記憶が曖昧であった。タノはヘイロが何も返事をしないので少し不服そうだった。

「まあ、いいさ。どこへ逃げようと同じだッ!」

レイハントンはカイザルで囹圄膜の中に突入した。するとカイザルとレイハントンの姿は重なるように一致した。タノとヘイロも続いて突入した。彼女たちも同様であった。彼らの精神は機体と同じものになった。囹圄膜の中は、思念体となった彼らの世界なのだ。そこは生と死の境目にある彼らが到達した死後の世界であった。ジオンは、この世の存在ではなくなっていたのだ。

「YG-111を発見」ヘイロが叫んだ。「撃墜してよろしいので?」

「かまわん」レイハントンが応えた。「今度こそ人類絶滅の邪魔はさせんよ」

3機はそれぞれ閃光のように輝き、小さな白いモビルスーツに接近した。YG-111も、本来の性能とはまったく違う動きをみせて一瞬の光線を躱した。宇宙世紀時代を否定してフォトン・バッテリー技術に置き換えられたYG-111は、本来パワーにおいて劣っていたが、思念の能力がそのまま機体性能になるこの世界では関係ないようであった。

彼らが使うレーザーもミサイルも質量兵器も、この世界では通常の物理現象ではなく、それぞれの記憶が持つ共通概念の可視化であった。シラノ-5ですら、物体ではなく情報だった。だが膜を出ると、それは巨大質量をもつ隕石なのだ。物質によって構成されている世界と、情報によって構成されている世界が重なっていた。それは同じ場所に存在しながらまるで別のものであった。

虹色の膜に閉ざされたシラノ-5の周囲を、4機のモビルスーツが争いながら飛び回っていた。彼らがパイロットだったころの記憶が時間の中に情景を生み出していた。

5つのリングをバックに逃げ回っていたアムロ・レイであったが、レイハントンの中にあるシャア・アズナブルの思念を掴むと一瞬で間合いを詰めて真正面から向き合った。2機はもつれるように寄り添ったまま高速で空間を移動した。

その空間に果てはない。ただ時間だけがあった。共感が情景を作り上げた。虹色の膜の中が、彼らがかつて戦った世界そのものであった。

アムロの声が聞こえた。

「人類のニュータイプへの進化は間もなく始まる。我々にそれを邪魔する資格などないんだ。余計な手出しをして人間の未来を歪ませるなッ」

シャアが応えた。

「黒歴史を経て、また同じ道を歩んだ人類に進化など起きる保証がどこにあるのか」

アムロが導いた。

「科学の進歩で人が神になるわけじゃない。お前は何千年も昔の進歩主義に心が囚われたままなんだ」

シャアは拒絶した。

「そういう貴様はどうだというのだ? 死がお前を神にしたとでもいうのかッ! うぬぼれるな!」

2機は同時に撃ち合い、互いを傷つけ、あっという間に距離を作り、互いに相手の意志を考察する時間を持った。アムロとシャアの間に共感現象が起き、再現される舞台が変わろうとした。異変を感じたタノとヘイロは慌ててアムロに対して攻撃を行った。だが、ふたりの攻撃はアムロにはまったく通じなかった。YG-111のサイコミュは、高速で駆動して機体の姿を変えようとしていた。

YG-111、G-セルフと呼ばれたバッテリー駆動の小さなモビルスーツは姿と概念を変化させ、ジオンの3人がそれぞれに思い描くガンダムという敵対者と変化していった。

「大佐から離れなさいッ!」

タノがレーザーライフルを使った。アムロ・レイはそれらを苦も無く躱した。

逸れた銃弾がリングの壁面を破壊して、内部の空気とともに砂塵を噴き出した。空間に居住区のデブリが散乱して視界を遮った。アムロ・レイは破壊された箇所からリングの内部に潜入して身を隠した。ヘイロが慌てて飛び込んでしまい、アムロが撃った銃弾が頭部に当たった。爆発が起き、メインモニタが故障した。しかしタノは首を横に振った。

彼女はいま一度意識を集中させた。するとモニターの視界が自分自身の視界となった。彼女は舞うようにモビルスーツを、そして自分自身を操りガンダムと距離を置いた。

「タノ、ヘイロ」レイハントンが呼び掛けた。「君たちには優秀なパイロットの思念が糾合されている。アムロにも十分対抗できるだけの能力があると保証しよう。集中して肉体の限界を超えてみせろ」

それだけ告げると、レイハントンもガンダムの後を追いかけ、サウスリング内部に潜入した。かつて農業区画であったサウスリングは、生物の死骸が浮遊する地獄のような景色が広がっていた。苦しみもがいて死んだ牛の死骸がタノの機体にぶつかった。タノはそれを肌感覚で感じた。敷き詰められた地表は剥がれ、シートのようにゆらゆらと揺れていた。

人間が生活するのに必要な品々が、おびただしい量のデブリとなって浮遊していた。人間はこんなにも多くの道具を使わねば生きていけないのかと驚かされる光景だった。かつてリングの回転によって生み出された重力に引かれて地表に張り付いていたものが、すべて宙に舞い上がっていた。

ガンダムのビームがそれらを溶かしながら光の筋を描いた。舞い上がったデブリがゆらりと拡散した。

「スペースノイドはこんな世界に生きて、人を超えたつもりになっていたんだ」アムロの声が響いた。「資源衛星から地球のおもちゃのようなものを生み出し、自分たちは神のように創造主になったと勘違いした。神の真似事をして、思念体などといって霊魂さえ作り出した気でいた。だから、人間の力でコントロールできないものを怖れたんだ」

「それは誤解というものだ。地球で生まれた生命が地球環境を作り出して生存を図るのは当たり前ではないか。だが、宇宙に出たことで人類の意識は大きく変化した。生存と労働の密接した関係と意識付けは人間の義務意識に変革をもたらした。さらにニュータイプへの進化が起こり、地球で漫然と生きるオールドタイプとの差は決定的になった。お前があのとき下らぬ感傷で邪魔さえしなければ、人類を新たなステージへ導くことができたのだ」

「人類のニュータイプへの進化など起こっていなかった」アムロはシャアを否定した。「ジオンは優生論を肯定するためにニュータイプと呼ばれる単に直感力に優れた人間を集め、小さな現象をさもスペースノイド全体で起こっているかのように宣伝しただけだ。必死になってそれっぽい人間を搔き集め、あまつさえ人道的に許されない科学的な人体改造を行っていただけじゃないか」

「お前がそれを口にするのか!」

アムロとシャアは徐々にタノとヘイロを引き離していった。焦ったタノが必死に追いかけようとするが差は広がるばかりで一向に縮まらない。

「ダメだ!」タノが叫んだ。「やはり大佐の記憶の分離を認めるべきではなかった。ふたりしか知らない世界に大佐が飲み込まれてしまう!」

「個人の思念と個人の肉体は密接不可分なんです」ヘイロが応えた。「アバターはオリジナルの機能に近いものを選ばないと、上手く機能しない。それにジオンの科学技術の中には強化人間という人間の肉体を改造するものもあった。ジオンは魂と肉体双方から研究を行っていたんです」

「じゃあ、サラの身体に入っていたヘイロは、なぜあんなにハッキリと自己を主張できたの?」

「わたしが自己を主張?」

「あれは誰だったの?」

ふたりのモビルスーツの後方から急速接近するものがあった。タノとヘイロは会話を打ち切り、レイハントンのモビルスーツが遠ざかっていくことに気を取られながらも振り返るしかなかった。

「見つけたぞ、ジオン!」

それはもう1機のガンダム、ベルリとノレドたちが乗り込んだガンダムであった。


2、


ベルリ、ノレド、リリンが搭乗するガンダムと、ルインのカバカーリがシラノ-5に接触した。シラノ-5は、資源衛星をくりぬいて作られたコロニーで、闇に覆われた月の裏側でひときわ美しく輝いていた人工物であった。それがいまや小さな燈火ほどの明るさもなく、漆黒の流星となって地球に激突しようとしていた。

その巨大な岩石を、虹色の膜が覆っていた。虹色の膜は近くで見るとそれ自体に光沢があるわけではなく、あくまで太陽光を歪に反射しているだけであった。光の当たらぬ場所では激しく揺れる水面のように表面がさざなみ立っていた。

「オレが行く」そうルインがいった。

彼は自身で名付けた2機目となるカバカーリを旋回させ、虹色の膜の中に突っ込んでいった。そのあとをベルリたちのガンダムも続いたのだが、虹色の膜の中に入っていったとき、彼らは膜を押すような抵抗感を感じ、やがてそれが弾けるような破裂の感触を自分の肌で感じた。モビルスーツの装甲が自分の肌になったような奇妙な感覚だった。

さらにおかしなことに、ルインは南極上空で爆死したマニィが自分の身体の中に入ってきたのを感じた。マニィの記憶がルインになだれ込んできて、ルインはマニィが決してテロリストになることを望んでいなかったことを初めて理解した。そして、彼女が愛娘のコニィをビーナス・グロゥブに置いてきたことも彼はここで初めて知った。

ルインは、自分の考えのすべてをマニィが受け入れてくれているのだと思い込んでいた。それを彼の心の中に流れ込んできたマニィは否定した。マニィにはマニィの意志があったのに、ルインはそれを顧みることはなかったのだ。

マニィは娘のコニィが差別なく生きられる世界を望んでいた。ルインは自分もそれは同じだと心の中で抗弁した。それもマニィは否定した。彼女はもっと現実的だった。理想のために破壊を繰り返すルインの振る舞いが、コニィの未来に悪影響を及ぼすことを怖れていた。

それでも彼女はルインを愛していたので、自分が死ぬことでコニィを守ろうとした。彼女はルインも道連れにするつもりでいたが、結果としてルインが生き残ったことを喜んでいた。立派な父であってほしいと彼女はルインに希望を託していた。

「コニィがいつか戻ってくるというのか」ルインは自分の心の中にいるマニィに問うた。「もしオレが恥ずべき父親の汚名を雪いだのなら、コニィは地球に戻ってくるのか? それは本当なのか? マニィにはそれが見えるのか? 死んだ人間には、未来が見えるのか?」

マニィは応えなくなった。彼女の思念はルインとともにあったが、答えは教えてくれなかった。ルインは絶望の淵で精神を削りながら、眼前にシラノ-5が迫ってきたのを目にした。

ルインの後をベルリたちの乗るガンダムも続いた。ガンダムの中にいる3人は、モビルスーツに自分を同化されることはなかった。3人はほんの一瞬、ガンダムのサイコミュが独立した人格であるかのような錯覚をした。それは記憶に残ることなく忘却されてしまったが、操縦するベルリだけはずっと感じてきた違和感の正体がわかったような気がした。彼はいった。

「このガンダムは人なんだ」

「人?」リリンが尋ねた。

「そう、人間だ。虹色の膜の外側の世界ではサイコミュだったものが、この中では人間にずっと近く感じる。サイコミュが思念を増幅する箱であるのは物理的な世界のことで、この虹色の膜の中ではこれは別のものになる。いや、サイコミュ自体がこちら側の存在、ガンダム自体がこちら側の存在なんだ」

「こちら側って、どういうこと?」と、ノレドが訊いた。

「わからない。わからないけど、もしかしたらここは死者の世界なのかもしれない」

「ジオンの世界?」

「そう、思念体の世界だ。ガンダムやカイザルというのは、物理的には存在しないものだったんだ」

「思念体の作ったサイコミュ・・・」ノレドは理解が追い付かなかった。「それってサイコミュの概念ってことなのかな」

「サイコミュという彼らにとって必要不可欠だった道具の概念か。そうかもしれないな。モビルスーツもまた彼らにとっては肉体の一部というか、アバターみたいなものだったんだ。彼らは地球環境の破壊を嫌っていたから、無機物の道具を作りたがらなかったのかもしれない」

「概念・・・、道具・・・、もしかして、ジオンの思念体たちって、ずっとこの世界にいたんじゃないの?」

「死後の世界に?」

「死後の世界なのかな」ノレドははっきりと認めることを躊躇った。「死後の世界かどうかなんて、死んだことないからわからないよ」

「確かにね」ベルリは苦笑いを隠せなかった。「でも、ここがどこであれ、リリンちゃんは元の世界に返さなきゃいけない。その前に、シラノ-5を止めなきゃ」

カバカーリとガンダムは、リングの外壁に空いた穴に突入してサウスリングへと入った。すでに空気はすべて抜けており、おびただしいデブリが空中に浮遊していた。レーダーは使い物にならなくなり、有視界での戦闘を意義なくされた。ルインとベルリは、前方に濃緑の2機の機体を捕捉した。

「見つけたぞ、ジオン!」

タノとヘイロの機体はすぐさま振り返り攻撃してきた。2機に一瞬で間合いを詰められたカバカーリは迎撃され撃墜させられた。ボロボロになった機体はコントロールを失い、リングの内壁に激突して破壊された。タノとヘイロは続いてガンダムに襲い掛かる。あっという間に勝敗が決したルインは、コクピットの中でうなだれるしかなかった。

「宇宙世紀時代とは、これほどまでに違うというのか」

そこにノレドからの通信が入った。視界はデブリによって奪われ、通信も途切れがちであった。

「この世界は物理世界じゃない」

ほとんどまともに聞こえなかったが、ルインにはなぜか彼女が言わんとすることが分かった。

「つまりは・・・、機体ではないということだ!」

ルインのカバカーリはそのまま爆発を起こしたが、カバカーリはその様相を大きく変化させ、巨大化して生まれ変わった。ルインは自分の肉体がモビルスーツと一体化していくのを感じた。彼はコクピットにいながら、この肉体はもう存在しないのだと理解した。

その頸に、懐かしいマニィの腕が静かに回された。生まれ変わったカバカーリは複座で、後部座席にはマニィが座っていた。ルインは後ろを振り向かず、マニィの腕をさすりながら何度も謝った。

「怒ってなんかいないよ、ルイン」マニィはいった。「新しい世界はきっとくる。わたしにはもうわかってる」


3、


「地球から人類というファクターを取り除いた世界こそが新世界なのだ。ニュータイプという考え方は研究の初期にあった誤謬にすぎない。我々ジオンが外宇宙でどのような体験をしてきたのか、アクシズとともに爆死した貴様にはわからないのだッ!」

「シャア・アズナブルという結論を振り回す人間が象徴となったせいで、ジオンの科学研究が大きく歪められたのだろう? それを指摘されるのが怖いのだ」

「アムロ、貴様は大きな思い違いをしている。地球のような惑星を都合よく見つけられる奇跡など、そうそう起きるものではないのだ。よしんば見つけられたとしても、肉体を有している限り、人間はその惑星の環境に大きなダメージを与える。肉体という存在の維持は、自然の改造なくしてあり得ない。繁栄となるとなおさらだ。人間が肉体を生命そのものだと認識する限り、生命そのものが反自然的になる。それが人間というものだ。生命の存在規定そのものを変化させない限り、人間は宇宙に不要なものとなる。外宇宙で何度も何度も同じ過ちを繰り返した我々の忸怩たる思いを知りもしないで、貴様は何千年も前の価値観を押し付けてわたしの邪魔をしようとする。なぜその愚かしさを理解しないのか」

「人間の生命そのものを毒だとしながら、最も生命に執着しているのはジオンではないか。人間は生と死を繰り返すものだ。死は忘却とともにある。歓喜も後悔も時の中に塗りこめられてやがて消えていく。だが人間の生命は途切れることなく続いている。これも永遠なのだ」

「永遠とは途切れることなく観察することだ。忘却される観察に何の意味があるのか」

「ジオンに従ったすべての人間の記憶を維持して永遠に宇宙を目撃させるだけなら、地球に還ってこなければいい。どこへ行けども一切の環境負荷なくそれが出来るのだろう?」

「あらゆるものを見たからこそ最後に辿り着いたのが地球なのだ」

「それがウソだとわかっていながらッ!」

ガンダムは何度も何度もカイザルの機体に放火を浴びせかけた。機体は小爆発を起こすが、それによってカイザルが傷つけられることはなかった。カイザルもガンダムも、死を隔てた先にある別世界の存在であったからだ。存在の中心を形象するのはサイコミュと呼ばれる宇宙世紀時代の技術であったが、それも記憶が具象化されたものに過ぎない。

「どれほど激しい戦争が起きようとも、進化したジオンという存在ならば如何なる毒も撒き散らすことはない。数千年も前に袂を分かった人間同士でさえこうして会話を交わすことが出来る。これが正当なる進化というものなのだ、アムロくん。いい加減気づいたらどうなのか」

「思念体という存在になりまるで自分が永遠そのものになったつもりでいるかもしれないが、ジオンには未来が見えているわけではないとなぜ気がつかないのか。肉体を失っただけで、ジオンの時間の進み方は肉体を所持しているときと同じだ。観察の道具を捨て、観察位置を変えたに過ぎない」

「それこそが文明の大いなる飛躍というものだ。肉体という観察道具を維持するために人間の遺伝子に組み込まれた生存本能の醜さは、貴様にはよくわかっているはずではないのか?」

「生存本能から解放されるのは死だけだ」

「なぜそう言い切れる? 肉体の機能停止を死と規定して、そこから解放されるとララアと同じ場所へ行けるというのか。時間からも解放されて、人間は神になると? そうして現実世界との接点を失った人間は、未来の人間が、人類の黒歴史の過去と同じように生存本能の赴くまま地球を破滅に導く道に進めてしまったらどうするのだ。それは食い止めなくていいのか? 食い止める手段はあるのか? ジオンは貴様の敵対者になるために地球圏へ戻ってきたわけではない。地球を人間から救うために戻ってきたのだ。地球はジオンが考え出した囹圄の中で永遠に繁栄する。人間さえいなくなれば、地球は天寿を全うできるのだ」

そのころビーナス・グロゥブ艦隊、ムーンレイス艦隊、アメリア艦隊の連合軍は、シラノ-5迎撃のための作戦を練っていた。アメリア艦隊にアイーダはいない。彼女はザンクト・ポルトに残っていた。

「計算上では」ラ・ハイデンがモニター会議の席で説明した。「残りのフォトン・バッテリーを積んだままクレッセント・シップをシラノ-5にぶつければ、ほんのわずかだが軌道が逸れて、地球への落下を防ぐ可能性が出てきた。その場合、ビーナス・グロゥブは惑星間航行が可能な輸送船を失い、新造艦が完成するまでフォトン・バッテリーの再供給が出来ないことになってしまう」

「どのくらいの期間でしょうか」ディアナ・ソレルが尋ねた。

「地球に亡命したジット・ラボのメンバーの身柄を引き渡してもらえれば、フルムーン・シップのデータを使って10年もすれば完成するだろう。しかし、古い時代に建造されたクレッセント・シップほどの性能は見込めないことから、かつてと同じペースでフォトン・バッテリーの供給を行うことは不可能になる。もとよりわたしは地球へのフォトン・バッテリーの再供給を決めかねている。ベルリくんの言う通り、氷河期に突入したアースノイドが、スペースノイドと同じ条件で心を改めるというのならば別だが、いまのところその保証はないわけだから」

「まずは生き抜くことが先決でありましょう」ハリーが応じた。

「クレッセント・シップを失った後のビーナス・グロゥブ艦隊は、残存エネルギーを考えればすぐさまビーナス・グロゥブに撤退するしかない。先ほど決を採ったが、フォトン・バッテリーが供給される保証がない地球へレコンギスタしたい者は、フラミニア・カッレただひとりであった。彼女は服役中の身ではあるが、恩赦を与え、特例としてレコンギスタを認めることにした。ひとまずはアメリアに預けようと思う」

「了解した」ドニエルが応えた。「フラミニア先生の身柄はわたしが責任をもって預かる。だがしかし、あのデカブツの軌道が変わらない限り、我々は死ぬしかないぞ」

そこに、先発したラライヤとクリムから通信が入った。クリムがモニター越しに情報を伝えた。

「やはりシラノ-5を覆っているものは、地球を覆っていた虹色の膜と同じものだ。だとしたら、爆発エネルギーで霧散するはずだが、その分だけシラノ-5にぶつけるエネルギー量は減ってしまう。ミックジャックで計算する限り、かなり難しそうだ」

「そのときは我がムーンレイスの戦艦もシラノ-5の軌道変更に利用させていただく」ハリーが大声で請け負った。「縮退炉を爆発させればかなりのエネルギー量になるはずだ」

「シラノ-5の地球激突さえ防げば、ラビアンローズへの攻撃はアメリアとムーンレイスで行います」ディアナが付け足した。「ビーナス・グロゥブ艦隊はすぐに離脱を」

「話は決まった」ラ・ハイデンは杖で床を叩いて鳴らした。「クレッセント・シップ発進。目標シラノ-5。カール・レイハントンの絶望が勝つか、我々の希望が勝つか・・・」

通信を切ったクリムは、ラライヤのG-アルケインと接触回線を開いた。

「クレッセント・シップはすぐにこちらに来るぞ。本当にいいんだな、ラライヤ」

ラライヤはそれには応えず、ミックジャックをしがみつかせたまま変形したG-アルケインを虹色の膜の中に突入させた。膜を突き抜けるとき、クリムは自分の肉体が何か別のものに変わる気がした。そして、死んだはずのミック・ジャックが自分に寄り添っているのを見た。

クリムに驚きはなかった。彼は、大気圏に突入して自分が死んだあと、ミック・ジャックとこうして再会したのを思い出した。

「そうか、これが死後の世界」彼はいった。「これが肉体を失った後の、残留思念の世界なのか」


4、


「大佐を見失った!」タノがパニックに陥った。「あの男、大佐をどこに連れ去った!」

そこに生まれ変わったカバカーリが襲い掛かった。その機体はもはやフォトン・バッテリーで動くおもちゃではなく、ジオンの機体と同等の性能を持つ何かに生まれ変わっていた。タノはルインに圧倒され、やがて背中を預けていたヘイロの姿も見失った。

タノには高エネルギー密度を持った巨大物体の接近が見えていた。彼女は恐怖に叫んだ。

「そうか、クレッセント・シップを自爆させて地球のときと同じように囹圄膜を吹き飛ばし、シラノ-5の軌道を変えようというのか。シラノ-5相手にそれをやれば、リング部分で割れて、無軌道な巨大隕石がふたつできるだけと計算できなかったか」

そこに、ベルリを追いかけていたヘイロが戻ってきた。

「ごめんなさい」彼女は謝った。「ベルリのガンダムは大佐たちを追いかけて消えてしまった」

「ヘイロ、ついてきて。残りのエネルギーでシラノ-5を加速させる。あいつら、クレッセント・シップをぶつけるつもりだ」

ふたりはルインを挟み撃ちにして動きを止めると、囹圄膜から外に出ようと戦闘区域を離れた。ところがそこにG-アルケインとミックジャックの青い機体が膜を突き破って姿を現した。ヘイロは咄嗟にG-アルケインを攻撃したが、赤い機体は白く発光してまるで鳥のような姿に変わると、一切の攻撃を受け付けずタノとヘイロの機体をすり抜けるように後方へ飛び去って行った。

「あれはなんだッ?」

タノとヘイロは白いエネルギー体がすり抜けていったのを眼で追って振り返った。しかし、確認する間もなく、タノとヘイロはルインとクリムに挟まれて戦闘を余儀なくされた。カバカーリとミックジャックの攻撃力は増し続け、タノとヘイロは圧倒され始めた。思念だけの存在に進化してから初めての経験であった。

タノは苦し紛れに叫んだ。

「お前たち、ここにいたら死ぬぞ。すぐに退避しろッ!」

ルインもクリムも彼女の声に応じようとはしなかった。ふたりの傍には愛する女性が寄り添い、ともに戦っていた。

ふたりが死ぬ気なのだと知ったヘイロは、肉体と思念を分離しないまま死を受け入れようとしている姿に、過去の記憶を想起させられた。人と愛し合ったときの記憶だった。信頼と嫉妬の感情が彼女の身体に戻ってきた。それが自分の記憶なのか、糾合した誰かの記憶なのか判然としなかった。

ヘイロの記憶の中に、馴染みある記憶が蘇ってきた。それはサラの記憶だった。クンタラだった彼女は、父とともにビーナス・グロゥブで孤立していたが、そんな彼女にスコード教信者の恋人ができた。サラはその男性に夢中になって何もかも忘れ、父に反抗的になった。彼女は父に内緒でスコード教の洗礼を受けてしまった。父は後でそのことを知ったが、そのとき彼女は死の淵にあって何もかも許すしかなくなっていた。

「なぜ・・・、これはサラの記憶なのか・・・」

ヘイロは戸惑った。彼女はサラの肉体の中に閉じ込められていたとの自覚がなかった。それなのに、アバターとして入り込んだサラの記憶はヘイロのアバターの脳に強く焼き付いていた。

「そうか、サラは父にスコード教会を作らせるために、死に際に改宗を告白してわざと死んでみせたのだ。ところが彼女は、ジオンで封印されていた強化人間の技術を蘇らせ、永遠の命を得ようとした。アバターも元はといえば、身体改造技術の産物だった・・・」

ヘイロのモビルスーツが白く発光し始めた。憎しみが繋ぎ止めていた多くの思念が彼女のところから離れていった。この現象は、タノのモビルスーツでも起こっていた。

タノの糾合された思念からいくつかの人格が分離した。絶望の怨念として糾合されていた魂が、ルインとクリムの満たされた感情に触発されて憎しみとは違う友愛の記憶を取り戻し、元の人格に戻っていこうとしていたのだ。

タノとヘイロは、自分という存在が崩れていくのを感じた。彼女たちふたりは、宇宙世紀時代のジオンのリーダーを象徴とした絶望の感情に寄り添うために糾合された人格だったのだ。個人と個人が結びついたときの、優しさと信頼に満ちた記憶が、魂の結びつきの在り方を変えていった。

「ジオンの大義を捨てて一瞬の思い出を懐かしもうというのかッ!」

タノは最後まで抵抗した。

いくつもの糾合された人格が、彼女たちから離れていった。バラバラな個人へと戻っていった思念たちは、霊魂のように白い光の玉となって空中に浮遊した。濃緑のジオンのモビルスーツは形をとどめられなくなり、白い光に包まれていった。その塊からさらにいくつもの小さな玉が離れていった。

「ヘイロ、わたしは囹圄となってクレッセント・シップを食い止める盾となる」

「わたしも行きます」

ふたりはモビルスーツの形態を捨てて、輝く光の帯となると、虹色の膜にぶつかって一体となってしまった。離れそこなった魂が虹色の膜を教化する情報の器となった。

そルインとクリムはレーザーで攻撃したが、囹圄膜は内側から攻撃してもびくともしなかった。やがて彼らにも変化は起きた。ルインはマニィと、クリムはミックと、静かに溶け合っていった。

「クレッセント・シップが来る」

マニィがそう呟いたとき、2機の元に光の粒が集まってきてひとつの形を作った。ルインとクリムは、徐々に個人であったときの記憶を失っていった。ルイン、マニィ、クリム、ミックの4人もやがてひとつの光の塊になった。その光の塊は、愛情という残留思念の繭になった。

その数分後、クレッセント・シップがシラノ-5と衝突して爆発した。

「やったか!」

攻撃を見守っていた誰もが身を乗り出してモニターに釘付けになった。巨大エネルギー同士の衝突は眩いばかりの光球となった。シラノ-5がどうなったのか。連合艦隊の中では誰もが固唾を飲んで成り行きを見守っていた。やがて光球は静かに消え去り、その中から白く輝く巨大な塊と、漆黒の巨大な塊が姿を現した。

「虹色の膜、消失! シラノ-5はリングが作られていた中央部分で破壊されふたつに分裂した模様! 軌道は変わっていません! ふたつともまっすぐ地球に向けて直進中!」

メガファウナのブリッジに悲鳴にも似た絶望の声が響き渡ったとき、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂で祈っていたウィルミットとアイーダは、大聖堂の天井付近におびただしい数の光の玉が渦巻くのを目にした。明らかに霊魂のような意思のあるものだった。

それは一斉に大聖堂の奥へ奥へと移動していく。

「やはり思念体分離装置のところへ、あの隠し部屋へ行くんです!」アイーダが叫んだ。

「でも」ウィルミットが光の玉に怯えながらいった。「ノレドさんにG-メタルを渡してしまって扉が開かないって・・・」

アイーダは光の玉を追いかけて走り出そうとしたが、ウィルミットの言葉でG-メタルのことを思い出して思いとどまった。

そのとき、ノレドの頸に掛けられていたG-メタルが輝き始めた。

「ベルリッ!」ノレドが恐怖に叫んだ。

「見ろッ!」ベルリも同時にモニターを指さした。「シラノ-5じゃないぞ。いったいここはどこなんだ?」


「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:122(Gレコ2次創作 第51話 前半)

次回、第51話「死」後半は、2022年1月15日投稿予定です。


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