「ガンダム レコンギスタの囹圄」第50話「科学万能主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第50話「科学万能主義」後半
1、
ザンクト・ポルトのレーダーが巨大な物体の地球接近をキャッチした。すでにザンクト・ポルトの住民の多くはアメリアへ亡命した後だったため、指揮を任されたウィルミット・ゼナムは、ナット全域にラライヤ・アクパールを招集するためのアナウンスを流した。
ところがやってきたのはクリム・ニックであった。
「あなたは・・・」
ウィルミットは自分の混乱する記憶に戸惑った。彼女にはうっすらとごく最近にクリム・ニックと面会したような記憶があり、彼が大気圏突入で死んだような記憶もあり、またアメリアの格納庫から忽然と姿を消したような記憶もあったからだ。彼女はどれが本当の記憶なのか自信を持てずに口ごもった。
そんなウィルミットに委細構わずクリムは管制センターに入ってくるや、レーダーにかじりついた。
「これはまたかなり大きい代物のようだ。大きさと質量は割り出せるのか」
「やってみます」
オペレーターはキャピタル・テリトリィ運行庁の新人が担当しており、ザンクト・ポルトの仕様には不慣れであったが、何とか計算をやり遂げてモニターに表示した。気を取り直したウィルミットも横に並んでそれを凝視した。彼女は地球に接近してくる物体の大きさに眩暈が起きそうであった。
「これは巨大隕石?」
「トワサンガのシラノ-5だ」クリムが断言した。「自然の隕石にしては速度が遅すぎる。カール・レイハントンがシラノ-5を移動させたのだろう。シラノ-5は資源衛星を改造してコロニー化したものだから、移動させてきたときの推進装置がそのまま残っているはずだ。500年前の技術だが、あいつは500年前に生きていた人間だからな」
「あ、そうだ」ウィルミットは重要なことを思い出した。「すぐにラライヤさんに管制センターに来るよう伝えてください。アナウンスを繰り返し流して」
「いや」クリムはウィルミットに向き直って首を横に振った。「あの娘はおそらくこちらには来ないだろう。ラライヤはもう我々の知っているラライヤではないのだ。どういう理屈かはわからないが、かなり古い時代の人格に乗っ取られてしまっている」
「ラライヤが?」と、ウィルミットは驚いて見せたが、心の隅ではそれはあり得ることだと納得していた。「彼女が持ってきたG-アルケインはユニバーサルスタンダードです。誰か他にモビルスーツの操縦が出来る人を探して!」
「あの地球に向けて飛んできている資源衛星を観測するのか?」とクリムが尋ねた。
「誰かに頼めないかしら」
「オレが行こう」クリムがモニターを凝視したままいった。「まだかなりの距離がある。望遠カメラで撮影すればいいのだろう? アメリア製のG-アルケインの望遠より、ビーナス・グロゥブ製のミックジャックの方がカメラ性能は上だ」
「ミック・ジャック・・・」ウィルミットはまたしても眩暈のように記憶の混濁を感じて、頭を左右に振った。「いえ・・・、なんでもありません。では、クリム・ニックに偵察を依頼します」
「すぐに出る」
クリムは管制センターを出ると、歓迎式典のために飾り付けがなされている式典会場へ急ぎ、そこで巨大なウェルカムボードを持った姿勢で停止しているミックジャックに乗り込んだ。
「よし、ミック、出撃だ」
ウェルカムボードを投げ捨てたミックジャックは、フォトンフライトで浮き上がるとすぐさま宇宙空間へ飛び出した。彼の青い機体はすぐさま巨大物体を捕捉してモニターに映し出した。データを管制センターに転送した彼は覚悟の定まった声で断定した。
「あれはシラノ-5だ。カール・レイハントンはあれを地球に落とすつもりなのだ」
ボンヤリと捉えられたシラノ-5をモニターで確認したウィルミットは、この情報を地球にもたらすべくあらゆる手段でビーナス・グロゥブ艦隊と連絡を取ろうと試みたが、なかなか上手く通信回路を開くことが出来なかった。
そこに、カリル・カシスが大きな荷物を持ってやってきた。立ち入り禁止だと制止する職員を押しのけた彼女は、大きな箱の上にポンと手を置いた。
「これを使うといいよ」彼女はいった。「これはジムカーオという人物に貰った通信機器で、少々の磁気の乱れがあっても連絡が取れる。アメリアのアイーダもこれを持っているから、これで話を伝えるといい。情報さえ伝えてしまえば、ビーナス・グロゥブの技術ならあれを捕捉できるだろう」
わずが10分後のこと。
アイーダの執務室の隠し部屋に置かれていた通信機が暗号通信をキャッチした。ビーナス・グロゥブ艦隊からの通信を受けてアメリア軍の編成を指示したばかりのアイーダが自らその連絡を受け、トワサンガの中核コロニーであるシラノ-5が地球に向けて移動しつつあることを知った。
ベルリの説得に応じたビーナス・グロゥブ艦隊は、ムーンレイス艦隊やメガファウナと合流して補給のためにアメリアへ向かっていた。ベルリからそのことを知らされたアイーダは、フォトン・バッテリーの供給を受けられると知って慌ててアメリア軍を再編成して連合艦隊に参加させる決断を下した。いったん組織を解体する準備までしていたアメリア軍は、上へ下への大騒ぎとなって、連合艦隊への補給物資の調達も含めて大変な騒ぎになってしまった。
議会はこの期に及んでもアイーダの勝手な決定を指摘して、すべてに議会の承認を得るよう求めてきていたが、アイーダは議員辞職も覚悟で連合艦隊への参加を決断した。
そこへ飛び込んできたのが、シラノ-5が地球に向けて動き出したとの知らせだったのだ。
アイーダは慌ててベルリに連絡を取り、事実をありのまま伝えた。
「トワサンガのシラノ-5って、小惑星でしょう?」ベルリの声は驚きに満ちていた。「レイハントンは隕石落としをやるほど人類を憎んでいるんですか!」
「もしあのままマニィ・リーがアメリア上空でフルムーン・シップを爆発させていたら、もっと酷いことになったのです。でもそれは、ラ・ハイデンの方針だった。それは何とか避けられましたが、今度はレイハントンが地球を破滅させようとする。一体我々がどれほど悪いことをしたというのですか!」
「そうか、姉さんには歴史が書き替えられた記憶がないんだ」
「何のことですか? わたしは・・・、いえ、たしかにここ数日おかしいのですけど」
「わかりました。すぐにラ・ハイデンに伝えます。姉さんは補給の準備を」そういってベルリは通信を切断した。
「わかったぞ」ベルリは独り言を呟いた。「歴史を書き換えた記憶はぼくとノレドにしかないんだ。そしておそらくラライヤとリリン。時間を飛び越えた人間だけがフルムーン・シップの爆発で人類が滅びたことを知っている。後の人間は記憶の隅に別の情報が入り込んだような状態なんだ。すべての元凶は、カール・レイハントンにある! やはりあの男を倒さない限り、人類はここでお終いになってしまうんだ」
ベルリからの報告を聞いたラ・ハイデンは、深い溜息をついてうろたえるブリッジの人間を手で制した。
「了解した。だが、シラノ-5ほどの大きさの質量爆弾となると・・・。いや、おそらくは10日前後は時間の猶予があるはずだ。それまでに連合艦隊の再編成を済ませて、全軍でシラノ-5の破壊に全力を尽くそう」
そう指示したラ・ハイデンであったが、彼はシラノ-5を破壊するまでにかかる時間や、消費される兵力を考慮して暗澹たる気持ちになるしかなかった。
たとえシラノ-5の破壊に成功しても、壊れた破片の軌道を変えることが出来ず、そのひとつでも地球に降り注げば地球が破滅することは確実であったからだ。
ラ・ハイデンは、ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった人類を、そのまま放置するつもりはなかった。最悪の場合、アースノイドを見捨てる覚悟も決めていたはずだった。事実、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが無断で搬出された場合に自爆させるよう命じたのは彼だった。
「宇宙世紀の黒歴史を繰り返させるわけにはいかない。だが、カール・レイハントンという男の妄執はいったい何なのだ。あいつはいったい人類をどうしようというのか」
2、
ビーナス・グロゥブ艦隊とムーンレイス艦隊は、アメリアで急ぎ補給を済ませた。大慌てでコンテナを運び入れただけで、彼らはUターンするように宇宙へ向けて発進した。メガファウナの艦内も慌ただしく人が往来していた。やるべきことは多く、人員は足らなかった。
「なんだって!」ドニエル艦長が叫んだ。「ムーンレイス艦隊にはディアナさまもハリー・オードもいないというのか?」
ムーンレイス艦隊の代表代行はすまなそうに肩をすくめた。彼女は目まぐるしく変わる状況に混乱している様子がうかがえた。
「おふたりは、メメス博士の痕跡を探るために、キャピタル・テリトリィのビクローバーという施設に赴かれました。わたくしどもも、せめてどちらかおひとりでも合流していただかないと」
「通信だ。ベルリー!」ドニエルのだみ声が放送を通じて艦内に響き渡った。
その声を聞いたベルリがブリッジに急ごうと廊下を移動していると、背の高い男が彼の前に立ちふさがった。包帯だらけの男は、手で身体を支えなければ立っていられないほどの怪我を負っていた。
「ルイン・・・、さん」
「マニィが死んだよ。全部オレのせいだ」ルインがいった。「隕石落としのことは聞いた。あんなものが落ちれば地球は破滅する。だから、オレを出撃させてほしい」
「カバカーリは回収されてます」ベルリが応えた。「本当は休んで身体を治してくれと言いたいところですが、ぼくも死ぬ気でいます。ルインさんも戦ってください」
全身に大怪我を負っていたルインは、それ以上軽口を叩く元気もなく、ベルリの肩をポンと叩くと、パイロットの更衣室へ急いだ。ベルリはその姿を振り返ることもせず、ブリッジへ上がった。するとドニエルが手招きをして事情を話してから艦長席の通信機を渡した。
「オレはキャピタルの事情に詳しくない。お前から頼むよ」
通信器を受け取ったベルリは、キャピタルの名ばかりの独裁者になっているケルベス・ヨーに連絡した。話を聞いたケルベスは、ディアナ・ソレルとハリー・オードを見つけ出してすぐにでもクラウンでザンクト・ポルトに搬送すると約束してくれた。
「艦隊を割く余裕はないですから、ソレイユだけはザンクト・ポルトに立ち寄ってから再度合流する形でいいと思います」
ムーンレイス艦隊の代表代行の女性がモニターに映し出された。
「我々の艦隊全部がザンクト・ポルトに立ち寄っていいのでしょうか?」
ベルリとドニエルは顔を見合わせたが、すぐにベルリが首を横に振った。
「大変な質量のものを破壊しなければならないので、ソレイユだけでお願いします。モビルスーツはオルカに移動させていただけるとありがたいです」
「全軍の指揮はどなたが?」
「それは、ラ・ハイデン閣下でいいと思います」
そんなことも決まっていないままの出撃だったのだ。さらにラトルパイソンからも通信が入ってきた。モニターに映ったのはアイーダであった。アイーダは矢も楯もたまらず宇宙へ上がってきてしまったのだ。
「姉さんは」
と怒った顔で何か話そうとしたベルリの言葉をアイーダが遮った。
「シラノ-5が地球に落ちるということは、人類がかつての恐竜のように滅びるということです。どこにいたって同じですよ。そうではありませんか」
ベルリは何か言おうとしたが、思いとどまった。ベルリとアイーダはそれ以上会話を交わさず、アイーダはドニエルと作戦について打ち合わせ、ベルリはブリッジを後にした。
ノレドはブリッジの外で待っていた。
「あたしだって何かできるんだよ」
「残念だけど、あのラライヤが持ってきたG-セルフはひとり乗りだし、連れて行くわけにはいかないよ。それに・・・」
「せっかくガンダムを複座に改造してもらったのに、ゴンドワンのあの男が」
「あの人が誰なのかぼくは知らないけど、ガンダムを操縦できる人なんだし、きっと大きな役割を持っている人物じゃないかな。リリンちゃんもこうなってしまうと・・・、あの男の人が特別な人だって信じなきゃ、何もかも救われない」
「ベルリ・・・」ノレドは心配そうにベルリの手をそっと両手で包んだ。
「半年前にぼくらが時間を遡ったとき、フルムーン・シップの爆発さえ阻止すれば、ラ・ハイデンも説得できて、何もかも良くなると思っていた。ぼくは自分が正しい答えを見つければ、すべてが上手くいくと思い上がっていた。でも事実はまるで違ってしまった。ぼくらは何を間違っていたのだろう?」
「何も間違ってなんかないよ」ノレドが慰めた。「ひとつの大きな危機は回避させたんだもん。でも何かもっと大きなことがわたしたちが知らないところで起こっていて、それはわたしたちではどうしようもないことだったんじゃないの?」
「すべての人類の思念を分離させて特異空間を作り出した人物がいないと、ぼくらの身に起こった出来事は説明できない。そんなすごいことが出来る人がいるのに、世界はもっと破滅的な出来事に直面しようとしている。なぜこんなことになってしまったのだろう?」
運命は偶発的な出来事の積み重ねであったが、世界の理不尽を解釈して提示する役割は宗教家が担っていた。
示し合わせたわけでもないのに、キャピタル・タワーの最下階と最上階で同時に演説が始まろうとしていた。最下階ビクローバーのスコード教大聖堂に登壇したのは、ディアナ・ソレルであった。
南極上空で起こった爆風を避けるため、多くの避難民が押し掛けたビクローバーの中では、クンタラに対する差別が横行してあちこちで揉め事が起きていた。内部の調査を行っていたディアナ・ソレルとハリー・オードは、アメリアのクンタラ研究家だと誰かが知らせたらしく、事態を収拾させるために呼び戻されたのだった。
ディアナは黙って登壇し、人類を破滅させようとしている人物について語り出した。その人物は遠い遠い昔にも同じことを試み、アクシズを地球に落下させようとして失敗した。その恐ろしい行為を阻んだ人物を偶像化したものがカバカーリであり、カーバは科学によって歪められなかった人間が、魂を運んでいく場所であると彼女は語った。アクシズに奇蹟とは、クンタラとスコードを同時に発生させたのだと。
人間は、その科学力で生命の在り方を変えようとした。ニュータイプへの進化さえも科学の俎上に乗せて研究されたが、それを拒否したものがクンタラで、制御しようとしたものがスコードであると。
ディアナの話は、争いごとに疲れていた多くの人々に受け入れられ、喝采を浴びた。そのあとすぐに彼女はケルベスによって連れ去られ、クラウンに乗せられてしまったが、ゲル法王によって示されたクンタラとスコードが同じ源を持つものだとの教義は、ディアナによってはじめてキャピタルに紹介されたのだった。
群衆の中にはグールド翁もいた。彼はアメリアで同じ話を聞いたとき、ずいぶんと憤慨してその考えを否定したが、キャピタルで本物の差別を初めて目の当たりにした経験から、自分たちがやってきた威圧的方針では物事は解決しないのだと思い知らされ、敬虔な気持ちで耳を澄ませていた。
グールド翁は、被差別者としてのクンタラの立場を大いに利用してきた人間であったが、アメリアにおいて本当の意味で差別を受けたことはなかった。彼は豊かな家に生まれ、一族は成功者ばかりだった。彼にとって、差別はただの情報に過ぎなかった。それが違うと、彼は理解したのだ。
まったく同じ話は、キャピタル・タワー最上階であるザンクト・ポルトのスコード教大聖堂でもなされた。登壇者はゲル法王で、彼は改めてスコードとクンタラの和解を解き、人間の一生を科学力によって極端に歪めることが反スコードであるばかりでなく反クンタラでもあるのだと力説した。
ザンクト・ポルトでそれを聞いたのは、主にゲル法王が起こした新宗教の関係者と法王庁の人間であったが、彼らはシラノ-5が地球に向けて動き出したことを知らされていたので、アクシズの奇蹟の再来を願って法王の説法に熱心に耳を傾けた。
人工宗教であるスコード教に参加しなかったクンタラとスコードの違いを再確認した彼らは、キャピタル・テリトリィで自分たちがクンタラへの差別行為を黙認してきたことを激しく悔やんだ。同根でありながら決して交わることのなかったふたつの宗教は、いまその発生のきっかけになった出来事の再来を前に、歩み寄るきっかけを掴みつつあった。
3、
シラノ-5の地球への落下を阻止できなければ地球は滅亡する。その事実を前に人類は激しく動揺していた。メガファウナにおいても乗員たちの口数は減り、大気圏を離れて宇宙に出るとさらに会話は少なくなった。彼らには多くのやらねばならない仕事があり、それに集中することで恐怖を克服しようと必死だった。
メガファウナのデッキに、サイズが一回り大きい謎のモビルスーツが着艦した。ブリッジのメインモニターにその姿は映らず、出現は唐突であった。唖然としてそれを見上げるアダム・スミスは、開いたコクピットからノーマルスーツを身に着けた小さな少女が飛び出してくるのを見た。
もうひとりの男はアダム・スミスの傍に降り立つと、接触回線でベルリを呼び出すように告げた。本来であれば彼は不審者として扱われなければならないところであったが、軍規などいまとなっては意味のないことのように思われ、アダム・スミスは大人しくベルリを呼び出した。
ベルリがガンダムの姿を発見するのと、ノレドがリリンを見つけたのは同時であった。ノレドは抱きついてくるリリンをしっかりと抱きしめ、ベルリは壁を蹴って男の傍に急いだ。
「ベルリくん」男が接触回線で告げた。「ガンダムは返す。今度出撃するときは必ず恋人とあの娘を乗せて出撃してくれ。勝手にいじって悪いが、バックパックは外させてもらったよ」
「バックパックは荷物入れみたいなものだったからいいですけど・・・、あなたは一体誰なんですか。何をしようというのですか。なぜガンダムを操縦できるのですか?」
「シャアは、ぼくが連れて行かねばならない男だった。何千年前の失敗をいま取り戻そうというのさ」
「シャア?」
「カール・レイハントンのオリジナルの人格のことさ。いまの彼はぼくといっしょで随分と糾合が進んで別人格になってはいるけどね。大体察しはついていると思うけど、ぼくはこの世に生きているわけじゃない。もうとっくに死んだ人間さ。それより、少し話せるかな」
ベルリは空気が抜かれたモビルスーツデッキから、ヘルメットを外せる場所まで男を案内した。ふたりは同時にヘルメットを脱ぎ、真正面から向き合った。
「君には随分いろんなことをさせてしまった」アムロはいった。「君を試したわけじゃない。必要なことだったんだ。わかってほしい」
「ぼくは・・・、結局何が正しいのか見つけられませんでした」
「いや、そんなことはないさ。君はずっと正しいことを成したんだ。それは誇っていい。でもこれで終わりじゃない。君にはまだやらねばならないことがたくさんある。生きてるんだからね」
「あなたはガンダムに乗らなくていいのですか?」
「悪いがガンダムを置いていく代わりに、君のG-セルフは使わせてもらう。あれはジオンが組み立てたものだが、設計図を作ったのは君の父親になる。あれに乗るのは、最初から僕の役目だった。君は巻き込まれてしまっただけだ」
「リリンちゃんはメガファウナに残していきたいのですが」
「それはダメだ」アムロは首を横に振った。「彼女を守りたいのなら、彼女もガンダムに乗せなさい。ぼくは君に多くのことを教えてあげられないけど、信じてくれると助かる」
「わかりました」ベルリは頷いた。「ずっとあなたと一緒だった気がします」
「遥か未来の人間は、人間の因果律を計算式で求めることまでできるようになった。でもそれは、大きな出来事を予測する手段であっても、何もかも見通せるわけじゃない。未来は小さな出来事ひとつで大きく変わる。結局未来は、不確実なままなんだよ」
「あなたはG-セルフで何を成そうというのですか?」
「ぼくは、過去にやり残したことをやるだけさ。君が人類に絶望しなかったおかげで、未来は少しだけ拓けたんだ。それがたとえ君が望む最良の未来でなかったとしても、君は自身が考え続けてきたことを財産にして、その世界を生きなきゃいけない」
そう告げると、男はベルリの目の前から姿を消した。同時にモビルスーツデッキからG-セルフの機影が虚空に消えるようになくなった。
「なんだったの? ベルリ」ノレドが心配そうにやってきた。
「ぼくら3人は、あのガンダムで出撃する。本当は、ノレドやリリンちゃんを巻き込みたくはないのだけれど」
「一緒だよ」ノレドはリリンの頭を撫でた。「このままシラノ-5が地球に落ちちゃったら、どこにいようが結果はおんなじだもん」
ベルリはリリンのあどけない顔を見て、なぜこの少女まで戦闘に連れ出さなければいけないのかと暗澹たる気持ちになったが、リリンは一向に平気な様子で、少し眠たそうにしているだけだった。
ノレドらはいったん部屋に下がり、休むことになった。雑用に駆り出されていたパイロットにも休息命令が出され、出撃に備えて食事と睡眠の時間が与えられた。
ベルリはベッドに横になり、リリンがかつて言ったことを思い出していた。リリンは、彼女にしか見えない未来に、カバカーリであるガンダムがスコードを倒すと明言したのだ。スコードを倒すとはどういうことなのか。そもそもスコードとは何を表しているのか。
そんなことを考えながら、ベルリはいつしか眠りに就いていた。
4、
惑星間航行を日常的に行っているビーナス・グロゥブは、シラノ-5破壊任務を侮っていたところがある。彼らは隕石粉砕用の強力なビーム兵器を有しており、それらを集中すればコロニーに改造され中央部が空洞になっているシラノ-5ならば容易く破壊できると思い込んでいたのだ。彼らの心配はむしろ、破壊された破片がバラバラになって地球に降り注ぐことだった。それでも各都市に甚大な被害が出ると予想されていた。
なるべく地球から離れた場所で初弾の粉砕を行い、破片の軌道計算をして被害が大きいと判断されたものから順次対応するとの作戦が了承され、隕石用のビーム兵器を積んだ船が先行してシラノ-5に接触した。周囲にはカール・レイハントンを警戒してモビルスーツが出撃して護衛任務に就いた。
いまにもシラノ-5への攻撃は開始されようとしていた。メガファウナはかなり離れて見守っていた。衛星が破壊されたのちは、彼らも破片の軌道を逸らせるために出撃しなければならない。
「推進装置はそのままみたいだ。クルっとひっくり返して逆噴射かけられないのかな」
ブリッジでは口々にいろんなことを言い合っていた。緊張感はあるが、まだそれほど切羽詰まった雰囲気ではなかった。
「そんなことしたら、今度は回転を止められなくなるよ」
ノレドとリリンをガンダムに乗せて出撃させろとの忠告を受け、ベルリはふたりにピッタリのパイロットスーツを用意してもらっていた。メガファウナ専属の仕立屋であるアネッテ・ソラは、予備の宇宙服の丈を直してすぐにリリンの身体に合わせたものを仕立ててくれた。ノレドはまるで母親のようにリリンにつきっきりで世話をしていた。その方が気が休まるとの話であったので、ベルリは口を出さなかった。
艦内にアナウンスが流れ、クレッセント・シップが最初の隕石破砕レーダーを撃ち込んだ。乗員たちは近くにあるモニターに釘付けになった。
「命中したんだろ?」
「いや、おかしいな。何か変だ」
先行した戦艦が撮影したシラノ-5の映像が映し出された。距離があるためそれほど鮮明ではなかったが、すでに加速と軌道修正は終わり、この資源衛星コロニーは慣性で地球めがけて進んでいた。その全体に、虹色の膜のようなものが張っているのが見て取れた。
それは、地球をすっぽりと覆っていたものと同じ、ジオンの兵器だった。ベルリははたと気がついて、ラ・ハイデンに回線を繋いでもらい、回避された歴史でビーナス・グロゥブ艦隊があの膜を突破できずに地球降下を断念したことを話した。ジムカーオと邂逅したラ・ハイデンはすぐに納得した。
「あれは物理的なものは通さない膜です」
「そのようだな」ラ・ハイデンは頷いた。「見たところ、エネルギーを遮断しているのではない気もする。あの膜が我々の世界とジオンの思念体の世界を隔てる境界になっているのではないか」
「詳しく説明している時間はありませんが、内部からの攻撃で膜を吹き飛ばすことはできます。ぼくが乗っているガンダムという機体はあの膜を越えたことがあります。ジオンの作ったモビルスーツならばあの膜を越えて内部に潜入できると思います」
「こちらにモビルスーツ用の高速のシャトルがある。それを使うか?」
「いえ、ガンダムは時間も空間も超えられますから、大丈夫です」
そこにルインの通信が割って入った。
「ラ・ハイデン閣下にお願いしたい。その高速シャトルを自分に使わせてください」
「シャトルの数は揃っている。使うがいい。ただ、危険な任務だということはわかっているだろうな」
「無論です。自分はクンタラの汚名を雪がねばなりません」
「ガンダムは先に出ます」
それだけ告げるとベルリは通信モニターから離れた。そしてできればノレドとリリンは置いていきたいとしばらく逡巡したが、ふたりは準備を済ませ、ベルリのヘルメットを持って待っていた。
「行くんでしょ?」ノレドがいった。「もうこうなったらしょうがないもん」
3人はすぐさまガンダムに乗り込み、メガファウナのモビルスーツデッキから機体を飛び立たせた。
「ガンダム、行きます!」
すると、3人を乗せた白いモビルスーツはその場から忽然と姿を消したのだった。
そのころザンクト・ポルトにはディアナ・ソレルの旗艦ソレイユが慌ただしく出航しようとしていた。ビクローバーでメメス博士の痕跡の調査を行っていたディアナとハリーは、クラウンを使い最高速で宇宙へ駆けあがると、準備万端整えて到着を待っていたウィルミットに送り出されるようにすぐさま船に乗り込んで連合艦隊の後を追いかけたのだった。
ソレイユにはクリム・ニックのミックジャックと、ラライヤのG-アルケインも積み込まれた。代わりにザンクト・ポルトに残ったのはアイーダであった。
彼女は慌ただしい時間の中で、ディアナからメメス博士のことを聞くと、気になることがあってザンクト・ポルトに残ったのだった。ウィルミットはアイーダの行動を不思議に思ったが、彼女はアメリア軍の総監である自分が同行すると指揮命令系統が狂うのではないかと心配していた。
「それに、ザンクト・ポルトのスコード教大聖堂も、もっとしっかり調べてみたいのです」
「なるほど」ウィルミットは頷いた。「それにはわたくしも同行させてもらいますよ。月で冬の宮殿というものを目の当たりにして、いろいろ思うところがあるのです。お邪魔かしら」
「いえ」アイーダは首を振った。「心強い限りです」
アイーダとウィルミットを残し、ソレイユは最大戦速で連合艦隊との合流を目指した。ソレイユのブリッジには、ラ・ハイデンの旗艦から逐次情報が届けられていた。しばらく進んだところで、第一射の攻撃が不発に終わったとの報がもたらされた。
「まだシラノ-5の地球到達までは時間がありますけど、攻撃を受け付けないというのは軌道を逸らせることもできないということですね」
「あの虹色の膜がシラノ-5を覆っているとなると厄介ですね」
ブリッジでこのような会話が交わされていたとき、モビルスーツデッキではラライヤが手を振ってクリムを招き寄せていた。クリムは彼女が何か別の人格に支配されていることを知っていたので警戒したが、ラライヤの身体に入ったその人物はすぐに出撃するとクリムに告げた。
「G-アルケインを変形させれば、ソレイユよりはるかに早くシラノ-5に到達できます」
「そうだろうが、何かまた虹色の膜が覆っているって話だったぞ」
「あれは囹圄膜といって、残留思念が保存されるエネルギー体です。あなたとわたしは、あれを突破できます」
「そうなのか?」
「ついていらっしゃい」
こうしてラライヤとクリムは、ディアナの許可も取らずに勝手に出撃した。事後報告を受けたハリーは激怒したが、ディアナはそれを手で制した。
「彼らは自由にさせてあげましょう。わたしたちには別にやることがあります」
カール・レイハントンが宙域に気配を察したのは、間もなくのことだった。月の裏側のラビアンローズ内で待機して事態を観察していた彼だったが、シラノ-5付近にアムロ・レイが出現したのを感知したのだ。
「あいつはやはり向こうへ行ってしまったか。何千年経ってもわからんとみえる。タノ、ヘイロ、出撃だ。何とかあいつを捕まえて仲間にするつもりだったが、もうこうなったら委細構わん。アムロ・レイやベルリ・ゼナムの思念でもう一度地球に囹圄膜を張る。そしてシラノ-5で人類を絶滅させてくれよう」
カール・レイハントンはカイザルに乗り込み、タノとヘイロを従えてラビアンローズを後にした。ラビアンローズは無数のスティクスに取り囲まれていた。それはまるで銀色の魚影のように月の裏で怪しく輝いていた。
「Gレコ ファンジン 暁のジット団」vol:121(Gレコ2次創作 第50話 後半)
次回、第51話「死」前半は、2022年1月1日投稿予定です。
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