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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第43話「自由民主主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第43話「自由民主主義」後半



1、


タイは元々多民族国家であった。それが地球の暗黒期に華僑が土地を去ってしまい、残された少数部族などが王室を中心に言語や風習を整え、単一民族国家になった歴史があった。彼らは自らの力によって差異を乗り越えた自信に満ちており、単一性に誇りを持っていた。あっさり人工的な統一宗教であるスコード教を受け入れたのも、民族格差を乗り越えようとする機運が高かったためである。

単一民族は理想を共有しやすい。本来他者との違いを認め合う手段であるはずの自由民主主義は、おおよそ単一民族の国家においては、支配層の認証手段にしかならず、意見集約の手段にはならない。日本屋台において民主主義は、ごく稀に支配層の数人かを拒否するための手段になっていた。

アメリアのような移民国家や多民族社会、あるいはゴンドワンのような個人主義の国家において自由民主主義は、あらゆる立場の意思表明と、異なる理想の意見集約の手段である。だから彼らは選挙において自分の考えを多数派にしようと言論を駆使して訴える。それらに共鳴する者が多い人間が当選して、政治の役割を負う。

大して単一民族に近い国家は、あるべき理想に違いがないがゆえに、改めて自分たちの民族の理想を問うようなことはしない。なるべき人間が支配層になっていく。しかしごくたまに民衆の勘気を買う政治家が出現する。不正蓄財を働いたり、性的にだらしない人物などがやり玉に挙げられる。そんなとき、単一民族の自由民主主義は拒否という形で強く意見表明がなされる。

誰かを選んだり、自分たちの代表を議会に送り込もうと戦うのではなく、資格がないと思われた者を排除することが重要な政治活動になるのだ。これは、集団内で理想が大きく違わないことに端を発した政治行動であり、単一民族国家の特色である。東アジアのように国家が遥か昔の時代の国家体制に準拠している地域はどこもそうだった。

もし東アジアにおいてゴンドワンのような統一国家が模索されたらどうなるか、ハッパは考えてみた。その場合はかなり激しい政治対立が起こり、多数派の形成が少数派を圧迫し、ひいては迫害や弾圧、最悪の場合民族浄化に繋がる恐れがあった。ハッパはアイーダの理想主義的な政策を思い出してヒヤリと背筋を震わせた。アメリアの理想を東アジアに持ち込むことは、東アジアにおいて民族浄化を引き起こす可能性があったのだ。

幸いなことに、アイーダの政策はアジアにおいて受け入れられたといっても、それぞれの民族が承認した程度のことに過ぎず、民族を解散させてアメリアの理想に従おうとする勢力は形成されなかった。もしそうなっていたら、アメリア人はその傲慢な態度によって東アジアに大混乱をもたらしていたはずなのだ。

現在東アジアでは戦争が起こってしまっている。しかしそれは、東に共産革命主義、西に反スコード主義が発生したからにほかならず、アメリアの世界統一主義的価値観の提示を体現しているのは、自由民主主義陣営ではなく、共産革命主義や反スコード教主義の方なのだ。このふたつの勢力は、アメリアと対立する意見であるが、それはアメリア主導の世界に対するアンチテーゼでもある。

そうして世界は、アジアにおいて3つに分裂してしまっていた。東に共産革命主義、西に反スコード主義、南に自由民主主義である。いち早く自前のエネルギーを確保した日本は、船舶を動員し南方国家に働きかけて自由民主主義陣営を固めつつある。だが、タイとよく似た単一民族的国家である日本の自由民主主義は、アメリアやゴンドワンのものとは違う。イデオロギー化された自由民主主義は、国家に強いまとまりを発生させて、覇権主義的気分を熟成してしまう危険も孕んでいた。

タイがまさにそのような状態に陥りつつあった。彼らは東アジアの混乱を収拾させるという民族的理想に前のめりになり、周辺国すべてと事を構える準備を開始してしまっているのだ。自由民主主義にこのような本質的違いがあるとは考えてもいなかったハッパは、ハノイに援軍を出してくれるようにタイ政府に頼み込むつもりであったが、そうもいかなくて困ってしまった。タイ政府は旧ベトナムを侵略するつもりになっているからだ。そうなればもちろんジャングル地帯になっている旧カンボジアやラオスも一気に平定されるだろう。タイの拡張主義に与していいのかどうか、悩ましかった。

ハッパが頭を抱えたまま数日を過ごしている間に、シンガポールから政府の使者がやってきた。乗ってきたのはハッパが逃げてきた日本のディーゼル船である。南方の国家はあらかた日本とその他の国々の同盟がまとまり、タイを軍事拠点にして共産革命主義との対決に踏み切る算段がすでに付いているという。その場合、自由民主主義陣営は、タイから東進し、日本から西進し、南方国家連合は香港と台湾を奪還すべく動くのだという。

「大戦争じゃないか」

ハッパは真っ蒼になった。こんなことをやっているから、ビーナス・グロゥブのラ・ハイデンはフォトン・バッテリーの供給を躊躇し、カール・レイハントンは人類絶滅後の地球の安寧を夢見るのだ。そしてわずか数か月後、地球はフォトン・バッテリーのエネルギーの大解放によって地表が剥ぎ取られ、陸上生物の大半が絶滅したのちに全球凍結に見舞われてしまうのだ。

「半年なんてすぐそこだ。戦争が端緒についたところで人類は絶滅してしまう。なんてことだ。これを止める手段なんてあるのか?」


同じころ、インド政府の内閣調査室の職員に請われる形で、ラライヤはYG-111とともにインドにやってきていた。

「話が違うじゃありませんかッ!」ラライヤは激高していた。「共産主義とかいうのが山を越えてやってきたら戦争になるから助けて欲しいのだとあなた方は言っていたのでしょう?」

東アジアの地理に詳しくないラライヤのために、内閣調査室のメンバーは地図を広げて現状を説明していた。インド政府は目下西に発生した反スコード教の動きと、東のタイ政府の拡張政策を主に恐れていた。そこで、反スコードテロリストの多い旧バングラディッシュを制圧して、さらにジャングル地帯に少数部族がひしめく旧ミャンマーも勢力下に置きたいと言い出していたのだ。

「情勢が変わったのです。ベトナムの状況を分析した結果、共産主義勢力が旧チベットを越えてインドに侵入するのはまだまだ先です。しかしベトナムを放置していたらいずれはそうなります。同時にタイも厄介な国なのです。あの国はもともとわたしたちと同じような多民族な社会だったのですが、地球の暗黒時代に華僑が土地を去ってしまい、少数部族が言語風習を統一化していったごく新しい単一民族国家なんです。彼らは覇権主義的になりやすい。なぜなら部族社会を解体して単一化させることが幸福に繋がると信じているからです。彼らがこちらに攻めてこないように、せめてミャンマーの東側は勢力下に入れておきたい」

「そんな話に協力はできません」

インド政府は、ある貧しい少女が行った「ララアという救済者がインドを救う」との予言を信じており、それがラライヤのことだと確信していた。ラライヤはアジアのことなど知らず、そのような申し出は迷惑この上なかった。

インド政府はYG-111を接収するつもりでいたようだが、ラライヤ以外ではまったく動こうともしない機体に手を焼いていた。彼らがいつ本性を現して自分に銃を突きつけてくるかとラライヤはヒヤヒヤしていたが、予言のことが意外にも彼らに自制心をもたらしているようだった。

しかも内閣調査室のメンバーにはニュータイプの資質のある人間がいるらしく、ラライヤのそばには強い力を持つ女性がいると見抜いているようだった。ラライヤには確信はないが、自分が何者かに支配されることがあるとは自覚していた。それが彼らの話すララアなのかどうかはわからない。もっと別の人物や、あるいはカール・レイハントンかもしれないのだ。ラライヤは、カール・レイハントンの近くにいたときの記憶が曖昧で、何者かに操られていたような記憶も残っていた。

「あなた方は戦争の結果ばかりを気にしていますが、そんなものは人類絶滅の前では些細な争いにすぎません。間もなく人類は滅亡する恐れがあります。これは脅しじゃありませんよ」

「小さな国ひとつを平定するのだって容易じゃないのに、人類が絶滅したりするものですか」

インド政府はまるで取りつく島なく、ラライヤの話は一笑に付されてしまったのだった。

しかし彼女の脳裏には、人類絶滅後の地球を外から眺めた光景がまざまざと刻まれていた。


2、


民主主義は民衆が王に成り代わる制度ではない。政治を担う者らが民衆本位の政治を目指す社会体制が民主主義、民本主義、デモクラシーである。

では、いったい誰が民衆本位の政治を上手くやってくれるのか。その答えはデモクラシーの中には含まれていない。民衆は選挙を通じて人を選び政治に参加するが、賢者から学習する民衆がごく一部であるのに対して、愚者に共感する民衆は常に多数であった。民政はむしろ、民衆が選挙に参加するがゆえに失敗が約束されているといってよかった。

民衆は社会の多数であるがゆえに、民衆本位主義つまりデモクラシーは、多数の幸福を希求する社会制度であるはずであった。では多数の幸福を希求する人間とはいったい誰なのか。民衆は一人一人は個人である。民衆は個人において利己的で、他者の幸福と自分の幸福が同時に達成されない場合、他者を貶めてでも自分の幸福を追求する。自分の幸福が自分の無能によって達成されない場合、他者をうらやみ憎むことさえある。なかには他人の不幸だけが生きがいの人間さえいる。

そんな人々の幸福を追求する代表者とはいかなる人間なのか。ベルリはミャンマーの部族たちとの交流の中でそんなことを考えていた。

ジャングルに暮らして地球の暗黒時代を生き抜いてきた彼らには、風習や習俗の中心に民本主義がある。少数部族は部族全体の利益を第一に考えて行動する。個人と部族が一体となっており、公平な分配によって部族の単位が大きくなることを望み、それを望まない者は容赦なく排除していた。族長は王の立場にあるが、その権威は部族の権威と同一であった。

もっとも未開とされる部族社会において、民本主義つまりデモクラシーは当たり前のものとして存在していた。物事決める際には部族全員が集会所に集まって協議する。そこでは様々な議論が噴出するが、最終的な決断は多数決でなされ、多数決が拮抗している場合は族長に判断が委ねられる。物事が決すれば、皆してそれに従う。意見の表明、意見数の確認、意見の集約、デモクラシーに必要なものは部族社会には当たり前のように備わっていた。

ベルリは周辺都市部に情報網を持つ彼らに、最新のニュースを提供してもらう代わりに、ミャンマーへの各国の進軍を阻止する役目を請け負った。最初に出撃したのは、反スコード教による東進であった。ただし長くは土地に留まれない、それはあらかじめ伝えてあった。

どのような争いも、ガンダムが出撃すればたちどころに敵は逃げ出した。長らくアグテックのタブーとされ、またその前の暗黒時代には世界に存在しなかったモビルスーツは、それを初めて目にする人間にとって神話的な巨人そのものであった。盾と槍で装備した軍勢は、白い巨人の出現によって蹴散らされた。タイの先遣隊ともベルリは戦った。タイの軍勢はモビルスーツの出現に怯えることはなかったが、戦うことなく自国領内へと戻っていった。おそらくは国王に報告されているはずだった。

ジャングルの中で、解体された野生動物と粗末な粥の食事を摂りながら、ベルリとノレド、それにリリンは、山岳地帯沿いにゴンドワンに抜けるルートを取るには、食料が足らなくなっていることを話し合った。ハノイが奪還されたことで共産主義勢力の圧力は弱まっており、反スコード主義勢力はガンダムに恐れをなして近づかなくなった。残るはタイであった。だが、タイは近代兵器も装備しつつあり、交戦になると犠牲者が出る。ベルリはそれを嫌がり、驚いたことにミャンマーの部族たちもそれは望んでいないようだった。報復を恐れたためである。

かといってタイが侵攻するのを待っていたら、残りに期日までにアメリアへ到着してフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されるのを防ぐことはできない。なるべく早くアメリアへ到達して状況を改善しなければならない。一方で、ベルリはいまのままの自分たちがアメリアへ一足飛びに戻っても状況は変えられないのではと危惧していた。何かを学んで、確信をもってカール・レイハントンやラ・ハイデンと対峙せねばならない。それにガンダムがどのようにかかわるのかも考えねばならなかった。

毎晩のようにリリンと話をして、彼女が見ていた破滅後のイメージは、複数の人間が見たイメージではないかと推測できた。ひとりはウィルミット・ゼナム、ベルリの母である。ひとりはどうやらラライヤではないかと思われた。しかもリリンは、このふたりが未来に達する前に、ふたりが見たものを自分の目で見ているのだ。時系列を整理するとそうとしか考えられなかった。

ベルリもノレドもリリンも、地球が破滅する瞬間やその後の全球凍結の世界には達しないまま過去に戻ってしまった。だが、リリンが地球にやってきたとするラライヤにはその後の記憶があるのだ。この違いが何を意味するのかも考えねばならない。

「いろんなことを知って、備えて、それであたしたちは上手くやれるんだろうか?」ノレドは不安そうだった。「ミャンマーの部族の人たちが先進国の近代的な国家より上手くやれていると思っちゃうことすら、本当に正しいのかって不安で不安で」

「心配したってしょうがないけれど」ベルリも徐々に疲労が蓄積していた。「ノレドの話で、地球で行おうとする計画経済主義と宇宙での計画経済は実体としてまったく異なるものだというのは分かった。労働に対する嫌悪から生じた計画経済主義は、物資不足に陥るか、搾取や簒奪を繰り返して他国を侵略する以外に成り立たない。だから覇権主義的になる。一方でタイを見てもわかるように、自由民主主義も覇権的になり得る。ホーチミンでは、共産主義に対抗したサムフォー夫人が今度は領主の座に納まって圧政を敷き始めたという。彼らを部族社会に戻してまで生きながらえさせることが正しいのか、ぼくにもさっぱりわからない。カール・レイハントンは論外としても、ラ・ハイデンの緩やかな文明の死までは受け入れなきゃいけないかもしれない」

するとリリンが首を横に振って話に加わった。

「ハイデンのおじさんは、負けたっていってたよ」

「誰に?」

「レイハントンに。時間切れだって」

「時間切れ・・・。地球が虹色の膜に覆われて、フォトン・バッテリーが大爆発を起こしたことを指しているのだろうか?」

「だったらさ」ノレドが務めて明るくいった。「クリムさんが大気圏突入に失敗したことが原因なんだから、あれを阻止すればよくない?」

「でもなぜクリムが死んだら地球がああいう状態になったのか原因がわからないから。あれもカール・レイハントンの仕業だったらお手上げだ」

連日彼らは話し合ってみたけれど、答えは出そうになかった。


3、


タイから使者がやってきたのはしばらくしてのことだった。ミャンマーには交渉相手になる政府がなかったが、その使者はベルリのところに直接やってきたのだ。使者とは、ハッパのことだった。

「白いモビルスーツというのは、やはりベルリだったか。それにノレドも。無事でよかった」

4人は再会を喜び合った。ハッパはさっそく話を切り出した。

「実はタイでジムカーオに会ったんだ」

「ぼくらも彼に会いました。やはり幻なんかじゃなかったんですね」

「そうさ」ハッパは言った。「幻なんかじゃない。それどころか、彼はいまアメリアのクンタラのグールド翁のところに潜り込んで、アメリアのクンタラに接触しているらしいんだ。これがなかなか面白い話で、アメリアのクンタラは、クンタラの教義のことをまるで信じていないというんだな。つまり、肉体を維持してカーバに至る云々というベルリが話してくれた内容さ。アメリアのクンタラはあんなものはまるで気にせず、現世利益のみを追求した堕落したクンタラらしい。クンタラ解放戦線もかなり変質してしまっているようだ。マスクにいたっては、カーバはこの世界のどこかに実在する場所だと思い込んでいたらしいからね。そんなわけで、ジムカーオはそんな彼らに本当のことを教えたらどうなるか興味を持っているみたいなんだ。絶滅が起こる前に彼はアメリアのクンタラとクンタラ解放戦線のマスクに接触するつもりでいる。もうひとつは自由民主主義のことなんだけど、タイの覇権主義が陣営の中で問題にされ始めて、彼らを押さえ込むためにゴンドワンを利用しようという話になった。そこで君らにゴンドワン政府に反スコード主義を叩くよう説得してほしいというんだ。インドの西で起こった反スコード主義をゴンドワンが牽制するだけで、タイは西を侵略する大義名分を失う。どうだろう?」

「いいと思いますよ」ベルリは賛同した。「タイが侵略してこなければ、ぼくがミャンマーにいる理由もなくなる。東アジアはいまより安定します」

「そうだろう。だからできる限り早めにゴンドワン政府と接触してほしい。ただあそこはクリムとマスクに好き放題されて、挙句核爆発を起こしてメチャクチャになっている。政治状態がどう変化しているのでわからないから、危険な任務になるけれども」

「それは構わないです。ぼくらは行きます。ハッパさんはどうされるんですか?」

「ぼくはハノイで世話になった老人に恩返しするために残るよ。アメリアへ戻ってセレブになる夢は諦めた。だって、世界が破綻しちゃったらセレブなんて意味ないからね。当初の目的だったこの東アジアに骨を埋めるつもりになっている。だから君らが世界の破滅を食い止める英雄的な場面を目にすることはできないけれども、ずっと君らに期待して応援しているから。あ、そうそう。ぼくはハノイでラライヤに会ったよ」

ベルリたちは目を見合わせた。「ぼくらも、遠くからG-セルフの機体は確認したんです。でも、彼女がどんな役割を負っているのか、現在のG-セルフの位置づけに確信が持てなかったので接触しませんでした。彼女はどんな感じでしたか?」

「ううん・・・」ハッパは首を捻った。「前と変わりないような気もしたけど、彼女も時間を遡ってきているわけだから、何か役割があるんだろうね。でも最初の戦闘の後に姿を消してそれっきりなんだ。いまはどこにいるのかもわからない」

ハッパとは一晩を一緒に過ごした。翌朝彼はミャンマーの部族の何人かと話し合ってタイが攻めてこないことを伝え、ベルリたちを解放してもらった。部族長たちはベルリを快く送り出してくれた。

ハッパを見送ったのち、ベルリたちは山岳地帯に沿って北西へ進路を取った。ここは共産主義勢力と反スコード勢力が入り混じった地域であったが、大きな戦争は起こっていなかった。彼らはジャングルにこそ住んではいないが、地域社会が孤立しており、部族社会のような安定的な規律があった。ベルリたちは途中で何度も補給をしながら、西へ西へと進んだ。


そのころラライヤは、インドに出現したという予言の少女の墓の前に立っていた。内閣調査室のメンバーは、ラライヤのそばにもうひとり誰かがおり、ラライヤが予言のララアだと信じて疑わない。しかし、ラライヤはそんなことを言われてもピンとこないどころか何やら不気味な気すらしていたのだ。

「インドを救えっておっしゃいますけど」ラライヤは早くベルリたちを探したくていささかうんざりしていた。「タイや他の国々と共闘して共産主義や反スコード主義と戦えばいいだけでは?」

彼らはインドの利益の追求のことしか考えず、キャピタル・テリトリィの地位が低下したこの状況でさらなる混乱をもたらそうとしているようにしかラライヤには見えなかった。

自由民主主義は、民衆本位主義のことであり、政治を担う人間が民衆本位で政治を行えばそれはおおよそ自由民主主義と見做される。担保となっているのは、部族社会から発展した旧体制の国家であり、各国の歴史や習慣、習俗の中に民衆本位に物事を考えるものがあると前提して物事が成り立っている。それは地球連邦政府が存在しない宇宙世紀以前の社会体制であって、国家がほぼ極限の大きさであった。

キャピタル・テリトリィを中心とした世界体制は、フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在を前提にした、ある意味神治主義に近いものがある。地球連邦政府は国家が近代国家を解散して参加した社会体制で、内部で揉め事が耐えなかった。それもそのはず、自由民主主義を前提に世界政府を作り上げることは民衆本位主義を担保するものがなく、困難だったのだ。

それを補って、地球連邦政府に似た組織を作り出したものが、キャピタル体制であった。フォトン・バッテリーを供給する神に等しい存在が、民衆本位主義を維持する担保となっていた。

それが失われた途端に神治主義の幻想は崩れてしまい、自由民主主義は国家連合として生き残りつつ共産主義のような世界主義と戦うしかなくなった。共産主義は人治主義であり、どこか他の国の誰かの思惑によって別の国家たる存在が服従させられることになる。そこに民衆本位主義の担保は存在しないのだ。労働者なるものならばどこのだれであれ単一の存在と見做すのは、労働者の生活者としての側面を見落としており、民衆本位主義の根幹である文化風習を破壊させられるだけに終わる。

いったんそれが破壊されてしまうと、枠組みとしての近代国家なるものは回復できるが、自由民主主義を成り立たせる根幹だけは失われた状態で、暴力装置としての軍や警察が失われた根幹を補おうとするので一応理想主義の一形態である共産主義よりタチが悪くなる。

どうもインドというのはそういう状態にあるらしい。ただあまりに多民族でありすぎるために、軍政が目立たないだけなのだ。

ラライヤは雰囲気でこうしたことを感じ取っており、インド政府とは距離を置くつもりであった。だが気になったのは、予言の少女の存在であった。暗黒時代の遥か前に宇宙で亡くなったララアというのはどんな存在なのか。その人物が生き返るなどとなぜ予言されたのか。それだけ知っておきたかった。

「リーナは、両親のいない孤児で、取り立てて目立たない少女でした」孤児院の女性職員が話してくれた。「病気がちな子でしたが、1か月前くらいからしきりに予言をするようになったんです」

「どのような予言だったのですか?」

お墓の前に佇む彼女たちの頭に、霧のような雨が降り注いできた。ラライヤのことを予言の女性だと聞かされていた職員たちは大慌てでラライヤを建物の中に避難させた。

「1か月前ですか・・・」

ラライヤはハッパからちょうどそのころ突然ベルリたちが日本行きの船の上空に出現したと聞いていた。つまり、ベルリとノレドが時間を遡って出現したころに、リーナという少女はビジョンを見るようになったのだ。相手の女性は、予言のことについて語り出した。


4、


「リーナが見ていたのは未来の出来事です。この地球で大爆発が原因の天変地異が起こり、地上の生物がすべて絶滅するというのです。最初はおかしな話だと誰も相手にしなかったのですが、地表が剥がれていく描写や大気が土煙で灰色に濁っていく様子、その頭上では虹色の膜が地球を覆っている不気味な姿、さらに舞い上がった砂がすべて落下した後にやってくる氷河期のことなどあまりに真に迫っているので、政府の方が調査にやって来まして、リーナにはニュータイプの素養があると。だからもしかしたらそのようなことが起こるのではないかというのです。しかしそれを、ララアの転生が悪を滅ぼして救うというので、にわかに騒ぎになりまして」

「ララアというのはそれほど有名な方なのですか?」

「古い土着信仰の中の神さまのひとりなんです。インドではスコード教の神でもあります」

ラライヤは首を捻った。

「でも、おかしくありませんか? インドを救うという話ではないような気がしますが」

「ララアはインドでしか信仰されていない神ですから、インドを救うのは当然じゃないでしょうか? だって、信仰していない人たちを救う神さまなんているのですか?」

こうした考えをなくすためのスコード教ではなかったのかと、ラライヤは憤慨した。相手はそんなラライヤを理解できない。アースノイドはどうしてこうなのかとラライヤは悲しくなるばかりだった。

ハノイが自由民主主義陣営に奪還され、タイが周辺諸国への派兵を思いとどまったことで、東アジアは一時の緊張は解かれて落ち着きを取り戻した。そんな折に、ミャンマーを白いモビルスーツが防衛していたとの情報がラライヤの耳に入った。

ガンダムはやはり時間を遡っていたとハッパの話の裏付けを得たラライヤは、YG-111でインドを出ようとした。だがそのとき、インド政府はモビルスーツを戦略に組み込んだ東進計画を策定中で、ラライヤの離脱を認めようとしなかった。

「白いモビルスーツのおかげでミャンマーへ侵攻できなかったわけです」彼らはいった。「それがいなくなっていよいよというときに、なぜララアがこの地を去ってしまわれるというのですか?」

ラライヤは、人と人との間にある断絶というものを強く意識した。宇宙世紀の時代でさえ、近代国家の壁は乗り越えられ、地球連邦政府が作られることになった。地球連邦政府がスペースノイドに対する搾取の上に成り立ち、決定的な対立を招いたことは問題であったろうが、それは果たして地球連邦政府の性質や体制が悪かったためなのか、考え方そのものが間違っていたからなのか、判然としない。

自由民主主義の根幹である民衆本位主義の限度単位は部族社会から発展した国家であるのは間違いないだろうが、それを乗り越える手段として人類共通の価値観を模索したことそのものは間違っていたとはラライヤには思えない。人と人との間にある断絶を乗り越える手段を模索する人類の歩みを否定することは、トワサンガやビーナス・グロゥブの人々の努力を否定することだ。

フォトン・バッテリーの供給は、スペースノイドによる地球支配のひとつの形であった。神治主義とまではいかなくとも、宇宙からやってくる神聖によるアースノイドの支配であり、それはクンパ大佐が根幹を揺さぶるまで上手く機能していた。アースノイドは宇宙からやってくる者の神聖を疑わなかった。それを受け入れる土壌は、遥か昔に発生したアクシズの奇蹟への信仰があったためだ。

「結局はそこに行きつくのか」

ラライヤは半ば監禁状態になったホテルの一室で断絶を乗り越えることに思いを馳せた。

自由民主主義を人類共通の価値観と仮定して地球連邦政府を作る。しかし国家を否定した地球連邦政府は、国家を維持してきた民族の文化・風習・習俗を徐々に否定して破壊していく。分配は約束されず、世界で活躍できる者と出来ない者に分かれていく。民族の中で守られた弱者はないがしろにされ、やがて弱者たちは民族的風習の中で達成されていただけの自分たちへの福祉を、個人の権利だと思い込んで団結し要求を突きつけるようになる。

上流階級に登り詰めた人間は、社会体制の維持のために彼ら弱者への福祉を権利だと認め、彼らに施しを与えるようになる。するとあらゆる立場の人間が権利を主張し始めて、結局は社会体制を揺るがしていく。増税は果てしなく続き、分配資本が足らなくなる。その皺寄せが、宇宙世紀時代にはスペースノイドからの搾取に繋がっていった。連邦政府という国家と国家の壁を乗り越える努力自体が、アースノイドとスペースノイドの間の乗り越えられない壁となって形作られた。

人と人との間にある断絶は、国家と国家、スペースノイドとアースノイドと拡大しながら一向に乗り越えることができず、やがて人類文明は破綻した。

暗黒期の人類を救ったのは、スペースノイドにおいては外宇宙への脱出計画であり、アースノイドにおいては部族社会への回帰であった。

そしてまた、レコンギスタによってこのふたつは接触した。スペースノイドは原始化した人類を観察しながら地球への帰還を待ち、フォトン・バッテリーの配給、キャピタル・テリトリィの整備、スコード教の普及を通じてアースノイドを教導しようと試みた。500年かけてようやく定着したころ、クンパ大佐がばら撒いたヘルメスの薔薇の設計図によって微妙な均衡は脆くも崩れ去った。

そこに、カール・レイハントンが戻ってきた。ニュータイプ研究を極北まで突き詰めた彼らは、もはやスペースノイドやアースノイドといった区別を乗り越え、人と人との間の断絶を克服した存在だった。彼らとの間にあるのは、断絶を超越した人間とそれを拒んだ人間との壁であった。

断絶を超越した人間は、それを拒む人間を必要となしなかった。文字通り新人類となった彼らは、旧人類との軋轢を繰り返し地球を再び壊死させることは拒まず、旧人類の滅亡を考えている。

そんな彼らの方針に目をつけたのが、メメス博士と娘のサラであった。スコード教という敵対者がいなくなり、クンタラ単一となることも、断絶の克服であることに違いない。だが本当にそれは維持できるのだろうか?

ここまで考えてみて、ラライヤは少し気分が悪くなった。サラのことを思い出すと、なぜか彼女は胸が苦しくなるのだった。

「サラ、サラ」

ラライヤはうめくように声を絞り出すと、胸を締め付けていた衣服を強く引っ張った。

何かを命令された気がする。自分には何か強い役割があった気がするのだが、どうしてもそのことを思い出せなかった。インドの土着の神になったというララアとはどんな人物だったのか。ニュータイプだというのなら、カール・レイハントンの仲間だったのだろうか。

「そんなはずはない。わたしは彼を殺すのだから」

YG-111が無人のまま動き出した。機体を警備していたインド人兵士たちは驚いて思わず発砲したが、原始的な銃で傷つくようなものではなかった。暗闇の中に発砲音が響き渡り、火薬が炸裂する光が点滅した。緊急放送用のスピーカーから警報が鳴り渡った。

夜を楽しんでいた若者たちは遠巻きにその様子を囃し立てるように眺めていたが、モビルスーツの巨躯が自分たちに迫ってくると血相を変えて逃げ惑った。YG-111はどのようなことをしても止めることはできず、警官たちはなすすべなく距離を取って見守るしかなかった。

ビルの間を抜けたYG-111は、ラライヤが監禁されていたホテルの前までやってきた。そして壁を一撃で破壊した。

ラライヤの部屋に轟音が響き渡った。壁が破壊されたことでコンクリートの破片が飛び散り、土煙が舞った。破壊された壁の穴から強い風が室内に吹き込んで舞い上がった塵を外へ押し出した。

半ば意識を失ったまま、ラライヤはYG-111の手のひらに乗り移り、外気に晒された。月夜の晩で、風は少し冷たかった。

群衆がそのさまを見守っていた。彼らにとってラライヤはララアという古の神であった。だが彼女は、群衆の叫びに何ら反応することはなく、しばらくモビルスーツの手のひらの上で風に晒された後に、ひとりでに開いたハッチの中へと消えていった。

そしてインドの地を飛び立ち、二度と戻ることはなかった。


次回第44話「立憲君主主義」前半は、6月1日投稿予定です。


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