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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第45話「国際協調主義」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第45話「国際協調主義」後半



1、


カール・レイハントンは状況をすべて把握していると思い込んでいたが、モビルスーツの操縦に長けていたころの記憶に、彼の再生した肉体がついていけなかった。

「大佐、離れて!」

タノとヘイロはカイザルの盾となって弾丸を防ぐと、2機の間に割って入って距離を作った。その隙にガンダムは遠方へ飛び去ってしまった。完全に実体のあるものであれば容易に追い付けたであろうが、ガンダムとベルリたちは特殊な状況にあって時空間に固定されていない。一度見失うとどこへ逃げたのかわからなくなるのだった。

「ええい、不甲斐ない!」カール・レイハントンはヘルメットを外して酷使に音を上げるアバターに水分を補給した。「記憶情報だけ再生してもあいつには敵わないというわけか」

「アムロという人物はあの中にいたのですか?」

「さあな」レイハントンはそっけなくいった。「ラビアンローズに残っていたデータからガンダムを蘇らせたときには感じなかった気配を、感じるようにはなってきた。もう1度話がしたいと願ってシャア・アズナブルの個性を再生してみたが、どうもあちらにその気はないようだ」

「何千年も前の個性なのでしょう? 糾合が進んで実体をなくしているのでは?」

「いや、あいつはカバカーリとなってずっと存在している。どうもわたしはクンタラという者らとよほど相性が悪いようだ」

「消えたガンダムがどこで何をやっているのか分かっただけで十分でしょう。彼らは莫大な量の思念が一気に肉体から分離されたときに起きた、記憶情報の塊の中にいる。膨大な量の記憶情報がこちらの世界へ流れ込んできて、異質な世界を作っただけですよ。すぐに消えます」

「いえ」ヘイロが否定した。「この世界にいる限り、あの人たちは永遠の存在ですよ。脳から一瞬で分離された思念が内包していた記憶情報が集まってできた世界。この世界はこの場所に永遠に存在する」

ヘイロの言葉に、タノは返す言葉がなく肩をすくめた。

「肉体の再生は共有が上手く使えないから面倒だな」カール・レイハントンは溜息をついた。「この肉体を休ませる必要があるようだし、いったん未来へ戻ろう。あの場所は美しい」


カイザルが追いかけてこないのを確認したベルリたちは、ようやく一息ついた。ベルリが振り向くと、ノレドがぐったりしたリリンを介抱していた。やはり戦闘中のモビルスーツのコクピットに子供を乗せていてはいけないと、ノレドが目で訴えていた。

ベルリたちの当面の目的は、アイーダにフルムーン・シップのことを伝えることだった。フルムーン・シップに満載されたフォトン・バッテリーを搬出すると、大爆発が起きて地球が滅亡してしまう。そのあとは爆風が地表を剥ぎ取り、陸上生物は瞬く間に全滅してしまう。分厚い砂塵が日光を遮り、地球は寒冷化して一気に全球凍結へと進む。それだけは何としても阻止せねばならないと彼らは考えていた。

北米大陸の北の端に、数千の小屋が固まる漁村を見つけたベルリは、ガンダムを降ろして休める場所を求めた。夕刻を過ぎ、空には月が出ていた。寒冷化の進展でその地域にも永久凍土が発生しており、氷が溶けるのは夏の間だけという場所であった。そんなところにも人が住む地域があった。

突然出現したモビルスーツに驚いた住人たちは恐るおそる小さな茅葺の家から顔を覗かせて様子を窺っていた。対応してくれたのは、村の長老でキャピタル・テリトリィの使者が来たときだけ村長を名乗る人物であった。彼はベルリたちを広場まで引っ張ってきて、明かりを灯して顔を確認した。

「悪い人相には見えんな」彼はしゃがれた声で言った。

「実は見ての通り子供連れでして」ベルリは説明した。「どこかに宿をお借りしたいのですが」

「あいにく宿というものはないが、この村は多くの人間がアメリアへ移住してしまってな、空き家がたくさんある。この先にある小屋なら家財道具が少し残っているし、勝手に使って構わんよ」

「すみません」ノレドが申し訳なさそうに小さく手を上げた。「どこはにレストランはありますか?」

「そういうものもないな」村長は笑いながらリリンの頭を撫でた。「食事がしたいのならワシの家の食料を分けるよ。あとは自分たちで調理して何でもこさえて食べるがいい。あの家なら薪も蓄えてある。ただ、もう前の住人が出ていって1年にもなるから、湿っているかもしれんがな」

「村長」ひとりの壮年の男が声を掛けてきた。「ウチがこれから食事だけん、一緒にしてもいいよ」

「おお、そうか。じゃぁひとつ頼むわ。ワシのところから酒を持っていくから、ちょっとこの人らの話でも聞きながら長い夜を潰すか」

案内された家は、比較的大きめの網本の家だった。奥では老婆が穴の間網の修繕をしていた。小さな子供がたくさんおり、彼らは珍しそうに都会の衣装に身を包んだベルリたちを歓迎した。

村長と網本は、酒が進むにつれて遠慮というものがなくなり、ベルリとノレドにぶしつけで卑猥な質問をするようになった。しかし、ふたりが夫婦ではないことや、リリンの父親が戦争で死んだことなどを聞かされると顔を見合わせて口を慎むようになった。若夫婦だと勘違いしていたのだ。

「じゃあ、あんたら大人ふたりがキャピタルのモンで、その子は月から来たっていうのか? こりゃ驚いたな。月なんて人が住めるのかい?」

「正確には月の裏側にあるスペースコロニーなんです。トワサンガというのですが、テレビなどでは報道があったはずですが、ご存じありませんか?」

「知らんな」網本は首を振った。「ここは電気がないからな。テレビというものもない。鉱石ラジオなら昔あったのだが、いまは壊れてしまってな」

ベルリはポケットに入れてあったラジオを取り出してふたりに渡した。

「どうかこれを宿代代わりに受け取ってください。かなり高性能な鉱石ラジオで、電源はいりません」

「こんな小さな箱がラジオだって!」網本は驚いた。「ラジオってもっと大きなもんじゃないのか!」

「日本というところで作られたものです。ここで、放送は入るかなぁ」

ベルリはラジオのスイッチを入れてみた。すると楽しげな音楽が流れてきて、網本の子供たちはいっせいに顔を輝かせてラジオに群がった。

「こんなもの、貰っちゃっていいのかい?」

「だって、お金を受け取らないというので」

「ちょっと飯を食わせて、空き家を貸して、金なんて、なあ?」網本は村長に目をやった。「金は取らんけども、もし本当にいいというのなら、貰っておくかな。なんだか申し訳ないけれども」

「遠慮なさらず。もうずいぶん前に買ったものですし。それよりお聞きしたいのですが、この集落はどこの国家に所属しているのですか? 大昔ここはカナダという人工国家だったはずですが」

「ここハカーバだよ」村長はご機嫌そうに言った。「わしらはクンタラでな、カーバを求めて大陸を移動する流民だったのだが、寒冷化が進んでこの地域一帯が放棄されてしまったおかげで、住んでるものがおらんようになったんだ。その土地を、ちゃんと許可を取って譲ってもらったんじゃな。これは本当だぞ。証書もあるし、キャピタルの許可も得て、通貨の供給も受けている。まあ、真っ先にここへは人が来なくなってしまったが。それでもう50年ほど前からここを拠点にしておるのじゃ」


2,


「ここがカーバなの?」食事をするとすぐに眠ってしまったリリンの頭を撫でながらノレドが尋ねた。「あたしもクンタラなんだ。スコード教徒だけどね。ここがカーバっていうより、勝手にカーバにしちゃったって感じ?」

「ああ、そうそう。ここがカーバである証拠なんて何ひとつない。でもな、土地は北からどんどん氷漬けになる。アメリアのクンタラは金儲けのことしか頭にない。ゴンドワンを支配したクンタラ解放戦線はわしらが考えるクンタラとは全然違う。キャピタルはクンタラ差別が激しい。大陸をグルグル回ってわしらが出した結論は、カーバは死後の世界かもしれんということだった。それなら、どこかに住み着いて、誰にも迷惑を掛けず、与えられたものをみんなで分け合って静かに暮らせばよいのではということになった。ここは貧しいがいたって平和。まあ、海が凍り始めたらどうするかという問題はあるが、そのときは海沿いをもうちょっと南へ下ればいいだろうと」

「姉さん、あ、つまりアメリアの提唱する国際協調主義の世界には参加されないのですか?」

「あれは、アメリアのクンタラの世界支配の手段のひとつだろう」村長は顔をしかめた。「金で支配し、なんやらよくわからん理屈で支配し、他人を見下して何がしたいのやらわしらにはさっぱりわからん。全員自分らの理屈に合わせろと命令しているだけに思えるがな」

「そんなことはないはずですが」

ベルリはアメリアの内実に詳しくなかったので強くは反論しなかったが、東アジアにいるときにグールド翁なる人物の話を聞いていたので、村長の話がまるで嘘だとも思えなかった。

アイーダの国際協調主義が各国あるいは各民族、部族に受け入れられなかった場合、ヘルメスの薔薇の設計図の回収問題は解決されない。これではフルムーン・シップの大爆発を食い止めたところで世界を救うことはできない。全球凍結は大爆発が起こらなくても確実に迫ってきている。


一方アイーダもまた悩みの中にいた。突然出現したG-セルフと見たことのない青い機体に乗った3人と再会を果たしたアイーダは、月夜の荒野に機体を降ろして、寒さをしのぐために火を起こして話し合いの機会を設けた。ラライヤから聞く話は驚きに見たものばかりだった。それは未来の話だった。

彼女はラライヤからフルムーン・シップの爆発事故で世界が滅ぶこと、そのあとはジオンの計画通り地球は思念体に進化したニュータイプが環境外から観察するだけの世界になることを聞いてぞっと身を震わせていた。それはクリムも一緒であった。ミックはクリムに身を寄せたまま何も言わなかった。

「ということは、クリムが大気圏突入に失敗したあとに虹色の膜が地球を覆って内部が見えなくなった。そのあと、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出されて、ラ・ハイデンの方針でそれは自爆させられた。巨大なエネルギーが放出されて、陸上生物が死滅した。キャピタル・タワーは無事だった。砂塵で太陽光が閉ざされた地球は一気に寒冷化して全球凍結した。ザンクト・ポルトは無事に生き残り、そこにいたカリル・カシスたちが生き延びて支配権を奪い、地球圏にいる人類の生き残りはクンタラだけとなった。カール・レイハントンは500年前の約束に基づいて彼らを保護し、シルヴァー・シップで地球を外敵から守りながらどこかへ消えたベルリを探していた」

「大体そんなところです」ラライヤは頷いた。

「わたしは気になっているのは、虹色の膜の部分です。それが地球を覆ったとき、まだフルムーン・シップは爆発していなかった。そしてそれを誰も見ていない。でもみんなフルムーン・シップが爆発したのだろうと思い込んでいる。つまり、本当にそこは連続しているのかと」

「ジオンで確認は取っているんです」ラライヤが応えた。「観察はできていないのですが、他のそれほどの巨大エネルギーを発生させる事案はなくて、計算上もそれしかありえないと」

「そうなんでしょうけど」アイーダは食い下がった。「何かおかしい気がするんです。虹色の膜というのは、ジオンの装置のひとつで、クリムがシラノ-5に潜入したときにモビルスーツの大気圏突入装置に秘かに取り付けられた。それが原因でクリムの機体は異常発熱して爆発した。装置が作動して虹色の膜が地球を覆った・・・。でもなぜカール・レイハントンは爆発を観察しなかったのでしょう。実際に目にすれば確実であるのに」

「装置の誤作動だと聞いていましたが」

「誤作動?」

「本当はフルムーン・シップの爆発の余波で装置が作動して地球を覆うはずだったのに、ビーナス・グロゥブ製のモビルスーツの設計が悪くて大気圏突入のときにモビルスーツの爆発が起こってしまった。ジオンではそのわずかな時間差は考慮されていませんでした。結局は同じですから」

「姫さまは」ミックが訝しげに尋ねた。「何にこだわっているのですか? ラライヤが話す通り、結局同じに思えますけどね。ちなみに、あたしは何も知りませんからね。気が付いたときにはクリムと同じコクピットにいただけですから。ここが死後の世界だっていうのならそれで構いませんよ」

「オレは確かにあのとき死んだはずだ」クリムが口を開いた。「爆発で死んだんだ。でも気が付いたときは、ラライヤが話す通り、全球凍結の世界にいた。理由を聞けば、たしかにフォトン・バッテリーが連鎖爆発を起こせば文明どころか陸上生物が絶滅してもおかしくはない。そして霊魂となったオレたちは、時間を遡って過去のアイーダとこうして顔を合わせている。この時間の本当のオレは、おそらくまだビーナス・グロゥブにいるはずだ。そこでラ・ハイデンから断片的にカール・レイハントンの話を聞いている。ジオン云々はまだ知らないはずだが・・・。おかしいとすれば、アイーダだけだ」

「ラライヤさんは」アイーダがいった。「ラライヤさんは時間が連続しているから過去に戻っていると言える。クリムとミックがもし死んで霊魂になっているというのなら、それもまだ理解できる。では、わたしはどうなるのです? わたしは時間を遡ってもいないし、死んでもいないのですよ。歴史がここで変わるのですか? わたしがフォトン・バッテリーの搬出をやめさせれば、フルムーン・シップの爆発が起こらず、地球は救われるのですか?」

「そうならありがたい、としかいまは言えないですね」ラライヤは慎重に応えた。

「だったら何もここで手をこまねいていなくても、ウィルミット長官のところへ赴いてタワーでザンクト・ポルトに上がってはどうでしょう? ラ・ハイデンは戦争のために地球にやってくるというのでしょう? それを宇宙で待ち受けて、事情を話して攻撃をやめさせるのです。ザンクト・ポルトにはメガファウナも物資運搬任務に就いているはずですから、トワサンガにだって行けます」

「ザンクト・ポルトには、わたしとノレドがいますよ。わたしたち、ザンクト・ポルトで大学の研究の手伝いをしていたんです。わたしはどんな顔をして自分に会えばいい?」

「でも、だってそうするのが1番確実でしょう?」

「要するに姫さまは、執務に疲れたんでしょう?」ミックが意地悪そうに笑った。「G-アルケインで外に出たいんだ。まぁ、気持ちはお察ししますけど」

「出られるのか?」クリムが顔をしかめた。「死んだオレや、ミックや、時間を遡ったラライヤや、歴史を変えて行動しようとするアイーダが、この場所から外に出られるのか?」


3,


G-アルケイン、G-セルフ、ミックジャックの3機は、エネルギーが一向に減らないことを確認するとそのままキャピタル・テリトリィを目指して飛び立っていった。

「いいんですか、姫さま」ミック・ジャックが尋ねた。「執務を放っぽり出して」

「いまやっている政治が、未来に繋がらないと知ってしまって、それでも同じことを続けるのは怠慢というものです。とにかくいまはどうにかしてラ・ハイデン閣下に地球攻撃を思いとどまってもらわないと。カール・レイハントンという人物に関しては、わたしではお手上げです」

彼らは話し合いの中で、自分たちが通常の世界にいないのではないかと結論付けていた。フォトン・バッテリーは尽きることがなく、意図的に食事を抜いてもそれで疲労を感じることがない。唯一ラライヤだけは大きな疲労を感じることから、彼女だけは別の存在になっている可能性があった。

「カール・レイハントンによれば、姫さまも死んでいるというのでしょう?」ミックがいった。「人類は滅亡して、この世界は滅亡の入口にあるとかなんとか。あたしたちは地球が滅亡したとき地球の中にいたから死んでしまった。ラライヤはそのとき地球の外にいたから助かった。そしてラライヤは滅亡後の世界から時間を遡ってやってきた。この話、時間を遡ったと考えるからわからなくなるんで、『記憶を遡っている』と考えれば辻褄が合うんじゃ?」

「記憶を遡っている・・・」アイーダが反芻した。「でも、世界はこうしてリアルに目の前に存在している。これが、これがニュータイプの感応現象なんでしょうか?」

「人間が一斉に死んだとしたら」クリムが割って入った。「人間の記憶はこんなに平穏なんだろうか。感応現象なんてものがあるとしても、絶滅を体験した人類ならば、もっと阿鼻叫喚の記憶情報の濁流で地獄のような世界になりそうなものだが」

「そう、そこなんです!」アイーダは気になっていたことを思い出した。「虹色の膜に覆われたときと、フルムーン・シップが爆発する間には時間差があったのでしょう? つまり、虹色の膜が覆われた後の世界は、カール・レイハントンも観測できていない」

「それは確かです」ラライヤが肯定した。「カール・レイハントンはそれでベルリを見失いました」

「もし、もしもですよ」ミックが仮定の話を持ち出した。「ものすごい能力のニュータイプがいて、虹色の膜に地球が覆われたときに全人類を一斉にニュータイプに進化させたとすればどうでしょう? この世界がクリムの言うような地獄絵図になっていない説明がつく。人類が滅亡する以前に、全人類はニュータイプに進化して、すべての人間の記憶情報によってこの世界が構築されたとしたら」

「でも誰がそんなことを・・・」

「わたしはインドで宇宙世紀時代のララアという少女が世界を救済するみたいな予言を聞きました。もしかしたら、この世界の構築が世界を救済する手段に繋がっているのかも」

「フルムーン・シップが大爆発を起こすのは、数か月後のことなんですよね」アイーダが物憂げにいった。「いまこの瞬間、本当のわたしはアメリアで政治交渉の真っただ中にいる。クリムはビーナス・グロゥブにいる。ラ・ハイデンはカール・レイハントンの出現の驚いて対策を考えている。ラライヤはザンクト・ポルトでノレドと一緒に大聖堂の研究をしている。これにはアメリアからも調査団を送っておりますので確かですし、では、ベルリはトワサンガですか?」

「いえ」ラライヤが首を横に振った。「ベルリはカイザル・・・、そう、カール・レイハントンのカイザルというモビルスーツに乗って、行方不明になっているんです。いまこの瞬間にどうなのかは確信ありませんけど、大聖堂の思念体分離装置に突然出現して、そのあとすぐに消えたと思ったらしばらく・・・、たしか2か月くらいだったと思いますけど、行方不明になるんです」

「ラライヤさんはそれを現地で見て知っているのですね?」

「ええ」

ベルリは行方不明になっている間、カイザルのサイコミュの影響で、カール・レイハントンと記憶を共有している。記憶だけなのかその他の部分も共有したのか、ベルリにもわかっていない。

「だとしたら、ますます事態を動かして様子を見なきゃって気になりますわね」

決意を新たにしたアイーダたちがキャピタル・テリトリィに到着したのは翌日のことだった。

突然のモビルスーツの出現にキャピタル議事堂は大騒ぎになったが、ウィルミットは比較的冷静に彼らを出迎えてくれた。4人は長官室に招かれ、世界で起こっている出来事を伝えた。ウィルミットは静かに話を聞きながら頷き、自分なりの答えを見つけようとしていた。

「信じがたいことですね。でも、アメリア軍の総監がこうしてやってきていることや、つい先だってタワーでザンクト・ポルトに上がっていったばかりのラライヤさんがこうしていること、フォトン・バッテリーが枯渇しない話などを聞く限り、受け入れるべき事象のようです。それに、ミック・ジャックさん、あなたは先の攻防戦で亡くなったと聞いています。その方がこうしてここにいること、それは無視できない事実です。それにクリムさん。あなたもです」

ウィルミットは、キャピタルを空爆して破壊したクリムにはあまり良い感情を持っていないようであった。クリムもいささか居心地が悪いのか、視線を逸らす仕草が増えたように思えた。

「ベルリのお母さん、いえ、ウィルミット長官、わたしたちをタワーで宇宙に送り届けることは可能ですか?」突然アイーダが尋ねた。

これにはクリムとミックが反対した。

「オレたちが宇宙に出てなんになる? カール・レイハントンの方針は説得してどうにかなるものじゃない。あいつには絶対的な確信がある。ラ・ハイデンも同じだ。アイーダはカール・レイハントンに、スペースノイドがアースノイドをどう思っているのか聞いたって言っていたじゃないか」

「そりゃそうですけど」アイーダは抗議した。「でもあたしだって、ここが『記憶の世界』だと信じればこそ、アメリアでの執務を放り出してこうしてキャピタルまで来ているのですよ。これが本当の世界だったらわたしは懲罰ものです」

「うん」ラライヤが難しい顔で頷いた。「これはアリかもしれないですよ。わたしはずっと疑問に思っていたことがあったんです。世界が滅亡した後の世界に、なんで都合よくカリル・カシスというクンタラの女性がザンクト・ポルトにいたのだろうって。あの人、クンタラの女性ばかり1000人も連れて、タワーで上がってきていたんです」

「カリル・カシス・・・?」ウィルミットが思い出したように手を打った。「あの、ビルギーズ・シバの秘書だった女? なぜキャピタルの資産を奪って逃げた彼女が人類が滅亡することを知っていたのですか? アメリアで何か特殊な職業に就かれていたのですか?」

「いいえ」アイーダは否定した。「彼女はニューヨークで水商売をして財を成していたのですが、都市が壊滅してしまって、他の住人と一緒にワシントンに引っ越してきたのです。わたしが知っているのはここまで。あ、いえ、イベント関係の仕事を取り仕切っていると聞いたことがありますね」

クンタラの話になって、徐々にラライヤの表情に変化が起きたが、誰もが話に夢中でそれには気が付かなかった。


4,


ウィルミットの長官室で、話は続いていた。

「待てよ」クリムが何かを思い出したのか、首をひねって手を顎にあてた。「フルムーン・シップに乗り込んだのはクンタラ解放戦線のメンバーじゃなかったかな。オレとルインはビーナス・グロゥブのスコード教の人間に頼まれたのだが、急な出港で人手が足らないというので、地球人のメンバーを半分くらい乗せていたはずだ。メガファウナのステアもフルムーンシップに乗船している。マニィもだ。フルムーン・シップの爆発に、クンタラ解放戦線のメンバーが関わっているかもしれない」

「そういえば」アイーダにも何か心当たりがあるようだった。「アメリアで使用している長距離通信の装置がありまして、いえ、これはアグテックのタブーに抵触しているものなのですが、あれでベルリと交信していたのですけど、ときどき、そうずっと前から、混線して何か会話が聞こえることがあったのですよ。よくは聞き取れないのですけど、ときどきクンタラという用語が出ていたのは何度か耳にしました。クンタラと言えば、ジムカーオ大佐がクンタラから改宗したスコード教徒で、かなり複雑な思いを持たれていた人だったと調査報告書作成のおりにレクチャーを受けたことがあります」

「でもなぜクンタラ?」ミックが首を捻った。「まさかジムカーオがまだ生きているなんてことはないでしょうね? だったらわたしは許しませんよ」

「クンタラが問題になるのでしたら、アメリアにもクンタラの方々はおられますし、実はキエル・ハイムというクンタラの研究家もおります。話を聞いてみてもいいかと」

「そんな悠長なことを言っている時間はあるの?」ミックは否定的だった。

「ややこしい話ばかりで理解が追い付いているが不安ですが」ウィルミットが居ずまいをただした。「みなさんは未来からやってきたのでしょう? 要するに、現在の時間ではクリムさんはビーナス・グロゥブにいるはず。そこになぜかトワサンガの初代王カール・レイハントンなる人物が姿を現して、人類の思念体への強制進化を持ち掛けている。それに対してラ・ハイデン閣下は、地球の侵略による問題解決を示した。なぜなら、ヘルメスの薔薇の設計図の回収なくしてフォトン・バッテリーの再供給はあり得ないからだと。それができないのなら・・・」

「ビーナス・グロゥブ、トワサンガ、キャピタル・テリトリィを一括管理をするとか話していたな」クリムが補足した。

「なるほど」ウィルミットが頷いた。「ビーナス・グロゥブの人間がその3地域を支配して、その地域以外の人類は見捨てると。ヘルメスの薔薇の設計図の流出はそれほど大きな問題だったのですね」

「ラ・ハイデンは神治主義という言葉を使っていた。結局人間は、神に導かれなければ生物の枠組みを逸脱してしまう存在だから、ビーナス・グロゥブの人間は神ではないが、神のように振舞ってアースノイドを教導していかねばならないと。そんな感じで話していたはずだ。だから、いままで通りにはフォトン・バッテリーは配給しないし、エネルギーを失った人類がどれほど死のうともそれは自然の摂理だから受け入れなければならないと」

「そんなことになったらアメリアは破滅です。絶対に阻止しなければ」

「アメリアだけでなく、キャピタル・テリトリィの人間も破滅でしょう」ウィルミットの顔が曇った。「まさにクンタラ以外の人間が全滅する瀬戸際になってしまっている。でも、カリル・カシスだけは生き残って、子孫を作って、キャピタル・タワーで地上に降りて赤道付近の生物生息可能地域を支配する。1万2千年間はそれで凌いで、地球が温暖化してきたら彼らが地に満ちる・・・。これはつまり、3つの方針のせめぎ合いということになりますね」

「3つの方針?」

「ひとつはビーナス・グロゥブ。彼らはいままで通りスコード教とアグテックのタブーに基づいた世界の継続を望んでいる。ふたつはカール・レイハントンのジオン。彼らは人類の思念体への進化を望んでいる。みっつはクンタラ。彼らはカール・レイハントンを味方につけて、ジオンの方針とクンタラ民族の存続を両立させている。クンタラは500年前からこうなることを予測して行動していたとしか思えない。彼らは肉体を持たないジオンを利用している。何もかもあらかじめ計画通り進んでいるのではないでしょうか」

「長官のおっしゃる通りだと思います」アイーダが同意した。「ジオンとクンタラは目的が一致している。ジムカーオについてはまだ保留するしかありませんが」

「クンタラは、肉体をカーバに運ぶ道具なんです。だから、肉体を捨てて全人類をニュータイプにしようと企むジオンと目的が同じであるはずがないじゃありませんか」

「そうなの?」

クンタラのことを話し始めたのはラライヤだった。なぜ彼女がそんな話をしたのか誰もがきょとんとして彼女を見つめ返したとき、ラライヤは放心したように宙を見つめていた。

「世界を救済するための猶予の時間を無駄にしてはいけません。世界を目にした者が希望を見い出すか、絶望を見い出すかで世界の命運は決まる。それなのに世界には絶望しかない。誰もこの星を導く理想を持っていない。希望が潰えるまであとわずかしかありません。もしあなた方が希望を見い出せないのであれば、世界の命運は再びふたりの人間の争いに委ねられるでしょう。そこに勝利者は存在しない。この星は空となり、宇宙から戻ってくる者たちが支配者となるでしょう」

淡々と語られるラライヤの言葉をどう解釈していいのかわからないまま、ウィルミット、アイーダ、クリム、ミックの4人は互いに顔を見合わせていたが、ウィルミットの長官室にいたはずの彼らは、ザラザラと肌を焼く猛烈な違和感の中に放り込まれた。それはまるで周囲の世界が勝手に動き出したかのようだった。空間が肌をこすって高速で移動していった。

怖ろしくなった彼らは思わず身をこわばらせた。机にしがみつき、椅子のひじ掛けを握りしめ、脚に力を込めた。空間は砂のようにざらざらしていて、不快なことこの上なかった。髪が巻き上げられてミックは思わず顔をしかめた。アイーダは、脚の裏の空間までもが動いていることに気づいて怖気を震った。世界はこれほど濃い密度であったのかと恐怖するほどであった。

「ラライヤ、あなたはッ!」

と叫んだアイーダは、不意に頭上の空に輝きを発見した。それは爆発の輝きであった。空で起こった異変は、波紋のように虹色の膜を拡散させていった。空は次第に虹色の膜に覆われていく。アイーダにはその記憶はなかった。それでも自分が見る景色であることは彼女にもわかった。その爆発は、クリムが死んだときの輝きであったのだ。

「これがわたしが最後に見た景色?」

アイーダにとってそれは未来の自分の記憶であった。それ以後の記憶は彼女にはない。彼女は、上空で起きた爆発の瞬間に観察者として、つまり人間としての役割を終えて別の存在に進化したのだ。アイーダの頭の中には、クリムの最後の記憶も流れ込んできた。彼はミックジャックを使って大気圏突入を図ったが、異常発熱によって機体は爆発、その衝撃で肉体は四散した。だが彼も、死の瞬間に肉体の殻を捨てて思念へと進化していた。アイーダとクリムは、ほとんど同時に思念を分離したのだ。

突然死した彼女は、慌てて駆けつけたレイビオとセルビィの叫び声にも目を覚まさず、アメリアは大混乱のうちに上空より降りてきたフルムーン・シップを迎えることになった。巨大運搬船にはステアが乗っており、彼女はマニィと銃を突きつけ合っていた。フルムーン・シップの中はビーナス・グロゥブの船員とクンタラ解放戦線のメンバーが入り乱れ混乱状態にあった。そこにオルカに乗ったドニエルが追い付き、突入部隊を編成してフルムーン・シップのブリッジを急襲した。

ドニエルと合流したステアは、クンタラ解放戦線と激しい銃撃戦を繰り返しながら、ビーナス・グロゥブの船員を説得して、ありったけの艦艇を使ってフォトン・バッテリーの搬出を試みた。彼らはアイーダの名を口にするが、彼女が急死したことを知らない。姫さまにフォトン・バッテリーをと叫びながら彼らはデッキよりフォトン・バッテリーを満載した小型艇10隻ほどを発進させた。

マニィは狂ったように叫び、オルカに逃げ込もうとしたもうひとりの操舵士を取り押さえて銃で南極へ向かうように恫喝した。男は観念してマニィに従うべく両手を上げた。

その瞬間、地球を揺さぶるほどの大爆発が起きた。ウィルミットはその爆発をザンクト・ポルトで目にしていた。長官室に籠っているはずの自分がなぜ宇宙に上がっているのかさえ、いまの彼女には理解できなかった。

それらの記憶の奔流が、ラライヤも含めた5人の脳裏に同時に流れ、彼らの記憶は同期されたのだった。


次回、第46話「民族自決主義」前半は8月1日投稿予定です。











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