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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第45話「国際協調主義」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第45話「国際協調主義」前半



1、


エネルギー事情が日々逼迫する中で、アメリア軍最高司令官アイーダ・スルガンは、アメリアが保有する全モビルスーツの運用停止を決めた。バッテリー切れで動かなくなったモビルスーツは廃棄せず、軍の施設に集めた上で将来はキャピタルを習って博物館として運営する予定になっていた。そしてとうとうG-アルケインも格納庫に到着したと聞いて、彼女は立ち会うことにした。

「思えばいろいろ・・・」

眼を閉じたアイーダが回想に耽ろうとしたときだった。軍の広報の女性が慌てふためいて転がり込むように彼女の前に進み出た。

「なんですか、騒々しい」少しむくれた顔でアイーダが尋ねた。

「モビルスーツです! 所属不明のモビルスーツが東海岸の上空を通過して間もなくワシントンに到着します。G系統の大型モビルスーツの可能性があるとのこと!」

「モビルスーツ・・・」

アイーダの顔色が変わった。アメリアは技術の独占を目論んでいるとアジア各国から疑念を持たれており、目下対立関係になるとすればアジアのいずれかの国であるはずだった。アジアの国はクンパ大佐、ジムカーオ大佐の反乱には関わってこなかったが、アジアにヘルメスの薔薇の設計図が流出していない保証はなかったのだ。

しかも、文明の再建が遅れていたアジア地域は、どこの国にどれほどのフォトン・バッテリーが残っているのか把握できていなかった。キャピタル・ガード調査部が機能を停止してからはなおさらアジア、アフリカ地域の実情は闇の中にあった。その中のいずれかの国がアメリアの実効支配を目論んでもおかしくはない。

アイーダはモビルスーツの出撃を命令しようとして、慌ててその言葉を飲み込んだ。命令しようにもモビルスーツを運用するほどのフォトン・バッテリーはアメリアには残っていない。いくら様々な方法で電力を確保しつつあるといっても、それを貯蔵するバッテリー技術がないのだった。

アイーダは、通常兵器で防空体制を取るように命令を出すと、ほんのわずかな時間でもG-アルケインが動かないものだろうかとコクピットに乗り込んで操作パネルを起動させてみた。すると、エネルギーゲージはなぜか満タンを示し、G-アルケインは起動したのだった。

軍の格納庫に運び込まれたばかりのG-アルケインは、他の戦争を生き延びたモビルスーツのように鎖で固定されていなかった。アイーダはコクピットを開けたままモビルスーツを動かした。

「全然動くじゃないの。スミス! アダム・スミスはいますか? フォトン・バッテリーはいつ交換したのですか?」アイーダはコクピットから身を乗り出して声を掛けた。

「交換なんかしてませんよ。なんで動くんです? 予備バッテリーでもあったんですか?」

「予備バッテリー?」だが、計器を確認してもそのような表示はどこにもなかった。「エネルギーが満タンなんです。わたしはこのまま出撃します。ライフルは使えますか?」

アダム・スミスは手でバッテンを作ったが、ライフルを持ち上げてみるとこちらもエネルギーは充填されていた。

「なんで姫さまが出撃するんですか!」格納庫の扉にしがみついたまま、アダム・スミスが叫んだ。

「こうするしかないじゃありませんか」アイーダは誰の制止も受け付けなかった。「敵はわたくしが食い止めてみせます。地上軍の配備を急いでください」

そう叫ぶなり、G-アルケインは格納庫を飛び去った。

レーダーが所属不明の巨大なモビルスーツを捕捉した。サイズ的にモビルアーマーの可能性もあるほど、それは巨大であった。数十秒後、アイーダは所属不明機と接触した。白を基調としたトリコロールカラーの機体で、彼女が冬の宮殿で目撃したガンダムと呼ばれる機体と同系統のものだとわかった。

「前方のモビルスーツに警告します」アイーダは叫んだ。「直ちに停止して投降しなさい。さもなくば、アメリア軍は全力であなた方を排除します」

モニターから聞こえてきたのは、ベルリの声だった。「姉さん?」

「ベルリ?」アイーダは驚いて緊急停止するとホバリングに移行した。「どうしてトワサンガで王子をやっているはずのあなたがここにいるのですか? それにその機体! G-セルフではない。どこからそんなものを? フォトン・バッテリーは? もしや、ビーナス・グロゥブから?」

「いえ、違うんです。ぼくは姉さんに伝えなきゃいけない重要な・・・」

ベルリの言葉を遮るように、晴天の空に閃光のひび割れが入った。眩さの中から出現したのは、赤に金色の縁取りを施しレイハントン家の文様が描かれた大きなモビルスーツと、同型の濃紺の機体2機であった。アイーダは咄嗟にその機体を敵だと認識してライフルを連射した。すると濃紺の2機のうち1機が射撃を返してきた。何かエネルギーを当てられたらしく、G-アルケインは大きなダメージを負って墜落していった。

「姉さん!」

ベルリの声が聞こえて、アイーダは必死に機体を立て直して墜落の衝撃からは免れた。

地上で片膝をついて上空の敵めがけて射撃をするアイーダであったが、敵の動きは速く、まるで的を絞らせない。このままではベルリの機体に誤爆してしまうと、アイーダはいったんライフルを降ろした。

上空では白いモビルスーツと赤いモビルスーツが激しく戦っていた。顔は見ていないが、白いモビルスーツにはベルリが乗っているはずであった。アイーダはライフルの残弾を確認した。すると、かなりの数を撃ったはずなのに、エネルギーは満タンのままだった。機器の故障ではないかと、アイーダは不安になった。

「いったいどうなってしまったんです!」

赤と白のモビルスーツは、蒼穹を切り裂くように激しく交差して火花を散らした。アイーダはG-アルケインのコクピットから集結してきたアメリア軍を指揮して市民の避難を急がせた。敵機は地上を攻撃してくるそぶりは見せず、3機でベルリの機体を追い回していた。

その3機の肩にはレイハントン家の紋章が刻まれていた。他にも何かをかたどったシンボルも描かれているが、そちらはアイーダには見覚えがなかった。ベルリがどこで新しい機体を手に入れたのか、なぜ3機のモビルスーツに追われているのか、正体不明機の肩になぜレイハントン家の紋章がついているのか、頭を巡らせてみたが答えらしい答えが見つからなかった。

アイーダは国際協調主義を掲げて世界秩序を取り戻そうと政治活動を行っている最中であった。ベルリはキャピタルを崩壊させたふたりの青年、クリム・ニックとルイン・リーをビーナス・グロゥブに流刑にして、アースノイド全員を宇宙で教育させる新時代の教育制度の概要が書かれた親書をラ・ハイデン総裁に送っていた。ラ・ハイデンがそれを認め、フォトン・バッテリーの再供給に踏み切ってくれるかどうかは未知数であったが、ヘルメスの薔薇の設計図の回収が事実上不可能となったいま、考えられる最高の提案であるとアイーダは思っていた。

ベルリはトワサンガにあって、自分をサポートしてくれているはず。アイーダはずっとそう信じて政務に携わっていた。ところがそのベルリが地球、それもアメリアにいて、所属不明機同士で争っているのだ。なぜそのような事態になっているのか。さらにレイハントン家の紋章。アイーダは敵機に対してオープンチャンネルで停戦を呼び掛けた。

「アメリア軍総監アイーダ・スルガンの名において命じます。頭上で交戦中のモビルスーツは直ちに交戦を中止して投降しなさい。さもなくばアメリアはあなた方を敵機と見做して攻撃いたします」


2,



アイーダの停戦命令が受け入れられたのかそうではないのか、頭上での戦いは互いに距離を取った状態で一旦停止された。赤いモビルスーツは戦闘から離れ、ゆっくりとビルの隙間に降りてきた。G-アルケインの1.5倍ほども大きい、汎用型ヒト型機械だった。

対して、ベルリの白いモビルスーツと濃緑のモビルスーツ2機は互いに距離を取りながらも警戒して降りてこなかった。

「姉さん!」ベルリから通信が入った。「赤いモビルスーツに乗っているのは、カール・レイハントンだ。トワサンガの最初の王さまで、ぼくらの先祖なんだ」

「はい?」アイーダには何のことか理解できなかった。

G-アルケインのモニターに、見慣れない白人男性の顔が映し出された。輝くばかりの金髪を持つ青い瞳の青年で、アイーダといくらも年齢が変わらない。カール・レイハントンはモニター越しにアイーダを観察していた。いくら待っても話しかけてこないので、アイーダの方から話しかけた。

「あなたがトワサンガを作った初代王なのですか?」

「そういうことになっているようだな」男は初めて口を開いた。「君はあまりサラに似たところはないようだ。500年も経過すればそうなるか」

彼は少しがっかりしているようだった。濃緑のモビルスーツはベルリの機体を牽制して降りてこられないようにしていた。アイーダはなおも警戒していたが、男はハッチを開いてその姿を見せた。

アイーダはここで大きな勘違いをした。彼女はトワサンガの初代王がディアナ・ソレルらと同じようにコールドスリープで眠りに就いており、目覚めたのだと解釈したのだ。アイーダはフォトン・バッテリーの供給について、カール・レイハントンに懇願することにした。

「カール・レイハントン、お初にお目にかかります。アメリア軍総監アイーダ・スルガンと申します。率直にお伺いいたしますが、ビーナス・グロゥブからのフォトン・バッテリーの再供給はなされるのでしょうか。それともこのまま地球は独自に発展を目指していいのでしょうか。どうかご意見を窺いたく存じます」

不意を突かれたのか、男は小さく笑ったのちに、アイーダの話に返答した。

「スペースノイドが過酷な宇宙での暮らしを受け入れ、さらに多大な労働の犠牲を払い地球にエネルギーを供給するのは、アースノイドというものに本質的な不信感を持っているからだ」

「姉さん!」ベルリの叫び声が聞こえたが、その通信は妨害を受けて受信できなくなった。

「スペースノイドはアースノイドを信じていない」男は続けた。「アースノイドは生命維持に労力を割かず、常に地球から搾取し続けているからだ。生命維持を環境に依存しているくせに、人間が汚した地球環境の回復は自然に委ねられている。人類が動物に等しい生物であれば破壊より回復の方が大きく問題はないが、人類はその身体能力を科学によって拡大生産していった。人類は数を増やし、その数以上に能力を拡大させて地球環境に行使し、負荷を与えている。破壊が回復を上回ったならば、回復のために労力を割くべきだった。だが彼らはそうしなかった。宇宙から資源を投入し続け、環境破壊をやめなかった。動物であった時代は終わっているのに、動物であったときと同じように振舞う。これがオールドタイプだ。オールドタイプとしての人類の歴史は、地球環境の破壊の歴史であった」

「それがまだ続いているから、スペースノイドは我々アースノイドを信用していないのだと?」

「そうだ。だから開発を禁止して、檻の中に閉じ込めながら餌を与え続けている」

「そんな・・・」アイーダは絶句した。「それじゃまるでわたしたちが動物園の見世物のような」

「そこまで卑下することはない。人類には知能があるし、コントロールされている限り貴重な労働力として地球環境の回復に使役させることも可能だ。ビーナス・グロゥブの方針とはそういうものだ」

「それがビーナス・グロゥブの方針・・・。地球環境を回復させる労働力としてわたしたちを見ているのですか?」

「ビーナス・グロゥブは、という話だ」

「では、トワサンガの王であるあなたは違うのですか?」

「わたしの方針は違う」

「それはどのようなものなのでしょうか?」

「オールドタイプの強制的な進化を促すことだ。人類はその身体能力の拡大によって進化を続けてきたが、宇宙においてそれまで知られていなかった脳の共感現象の研究から魂だけの世界とも呼べる思念が蓄積した世界があることと確認された。ニュータイプは肉体を捨てて思念だけの存在になるまで研究が発展した。これは人類の進化の最終形態である」

「あなたは・・・」

アイーダはようやく目の前の男が冬の宮殿で目撃したコロニー落としの実行犯であることを理解した。名前を数回聞いただけの存在であった自分の祖先が人類最大の悪行を成した人物であることに彼女は恐怖した。

「そんなことはさせません!」アイーダは叫んだ。「わたしは必ず国際協調主義を成功させて、地球連邦を作ってみせます! 地球環境への負荷だって、ベルリがちゃんと考えてくれています! わたしたち新しいアースノイドは、スペースノイドの考え方を身に着けた、新しい人類になるのです!」

アイーダの叫びを聞いても、男は眉ひとつ動かさなかった。

「政治的な確執を乗り越えて作られた地球連邦は、政治対立によって戦争を繰り返してきたアースノイドにとって大きな成功体験となる。成功体験に裏付けられた連邦の傲慢さというものは、地球環境という回復力を持つものへの真摯な態度には繋がらないのだよ。だとすれば、彼らが緩やかに地球を窒息させていくのも、外部からの攻撃によって窒息を早めることも、結局は一緒なのだ」

「同じであるはずがないではありませんか! あれでどれほどの人間が死んだというのですか!」

「地球の暗黒時代は、アースノイドによってもたらされたのだ。アースノイドは地球を完全に破壊して、共食いするまで退化した。あれが早く起きるか、遅く起きるかの違いであった。我々が連邦に敗れ、地球圏から撤退していったとき、地球の暗黒化は定まったといってもいいのだ」

「あなたの話には希望がありません! それならば、わたくしたちはビーナス・グロゥブと直接交渉をして、フォトン・バッテリーの供給とスコード教への帰依、アグテックのタブーを守って生きていきたい。ああ、わかりました! あなたが弟と争っている理由が。弟はビーナス・グロゥブとの中継地であるトワサンガをあなたに渡さないために戦っているのでしょう? わたくしは弟の味方ですよ。たとえあなたがどんな強大な敵であっても、必ず弟と正しい人類の未来を切り拓いてみせます」

「もう遅い」

「遅い?」

「この世界は人間によって観測された情報によって再構築された、死後の世界の入口にある場所だ。この場所のことが掴めず、300年もベルリくんを探しあぐねていたが、ようやく彼がどんな存在となってこの世界にいるのかわかった。人類はとっくに滅亡したのだよ、アイーダ・スルガン」


3,


「人類が滅亡した?」アイーダは男の言葉の意味が分からなかった。「わたしはこうしてここにいるじゃありませんか。この心臓の鼓動が生きている証です!」

「この世界で生を持っている人間は、ガンダムに乗る3人とわたしたちだけだ。もっとも、わたしたちの身体は単なる入れ物に過ぎないがね。しかし、絶望することはない。ニュータイプへの強制的な進化が成されただけだ。君もいずれはその心臓の鼓動なるものが、記憶情報に過ぎないと理解してわたしたちと一緒になる日が来る。死があまりにも突然起こったので、君には死んだという自覚がないのだ」

男はコクピットを閉じ、ゆっくりと上空へ舞い上がっていった。アイーダにはわからないことばかりであったが、彼が赤いモビルスーツに乗って白いモビルスーツと戦っている意味は理解できた。

「妄執に囚われ続けているくせに、わかったようなことを!」

G-アルケインを飛び上がらせようとしたアイーダであったが、胸に被弾してそのまま地面に叩きつけられた。背中を強打したアイーダは顔を歪ませながら、モビルスーツの後を追おうとしたが、すでにガンダムもろとも遠くへ消え去った後だった。

「性能が違いすぎる・・・」

アイーダはG-アルケインのコクピットの中で唇を噛んだ。

そのまま地上軍の配備の指揮を執った彼女は、コクピットの中でカール・レイハントンの言葉を反芻していた。彼女は自分が考えていた国際協調主義が即座に否定されたことを気にしていた。

彼女はこう考えていたのだ。地球にばらまかれたヘルメスの薔薇の設計図がもし回収不能だというのであれば、国際協調主義に基づいて各国間の利害を調整しながら連邦政府を作れば、国家間の戦争はなくなる。それがひいては、ヘルメスの薔薇の設計図の流出を無効化するのではと考えていたのである。

国家間の戦争さえなくなれば、兵器の情報は無意味になる。そのはずだった。だが、カール・レイハントンの話では、連邦政府の樹立そのものがアースノイドの成功体験となって、その興奮がまたしても地球環境への依存という名の甘えに繋がるのだと。ことの本質は、戦争の有無ではなく、人類の進化そのものにある。五体の機能を科学で拡張していくことで人類は飛躍的に発展してきた。発展の代償は、地球そのものが持つ環境再生能力に委ねてきた。このサイクルそのものが悪なのだと。

そして人類は宇宙において、未知の感覚機能を発見するに至った。その研究を推し進めたところ、肉体は不必要となった。カール・レイハントンはそこまで語らなかったが、ジムカーオなる人物がまさにそうだった。それにカール・レイハントンは、自分の身体は入れ物だといった。アイーダはハッパが提出したアンドロイド型エンフォーサーのことを思い出していた。あれと同じものなのだろうか?

もし生体でアンドロイドと同じものが作れるのだとしたら・・・。ラ・グーは身体の欠損を機械で補っていた。あれがもし、生体であったとしたらどうだろう。人間は古くなった臓器を新しいものと取り換え、細胞を若返らせ、永遠に生きようとする。それは人間の意識が脳に宿っているからだ。だが、ジムカーオがそうであったように、意識や思念が肉体を必要とせず、別の場所に保存されているとしたらどうだろうか。肉体は、必要な時に作り、目的を達すれば使い捨てる単なる道具になるはずだ。

「コールドスリープで眠っていたのではなく、思念だけでずっと生きているということ?」

地上軍の配備があらかた終わったころ、今度は秘書のレイビオから連絡が入った。白髪の壮年である彼は、居住まいただしくモニターに映し出されたが、報告された内容は驚くべきことだった。アイーダはレイビオに対して何度も同じ質問を繰り返した。

「ゴンドワン王からの抗議? ゴンドワン王とは誰のことです?」

「ゴンドワンが立憲君主制へ移行したとは既に報告させていただきましたが、彼らが『実在しているが特定ではない存在』としていた王の座に、エルンマンなる少女が就いたというのです。エルンマンは実在する人物で、北方の出身と報告が上がっています。その身長140センチの少女が、『アメリアの技術独占と環境破壊に反対する声明』なるものを突如発表しまして、アジアの数か国が賛同の意思を示していると。そういうわけですから、いますぐそのおもちゃから降りて、執務室に戻ってください」

「カール・レイハントンはこの世界を夢のようなものだと言わんばかりでしたけど、こんなバカバカしい夢ならいっそ消えてなくなって欲しいものです」

執務室に戻ったアイーダは、調査部が送ってきたエルンマンの写真を手に取った。ゴンドワン北方に多い金髪碧眼の少女で、父親に似たのかこまっしゃくれた生意気そうな顔が不敵に笑っていた。

「結局この子は何を言いたいのですか?」アイーダは質問した。

「彼女が訴えているのは、簡潔に申せば脱フォトン・バッテリー、アンチスコードですが、それを『持続可能エネルギーによる地球の独立』という美辞麗句にくるんでおりまして、先ほどアジアの国がと申しましたが、共産主義国ばかりです。どうやらアジアで起こった共産主義運動の余波が、とうとうゴンドワンにまで辿り着いたと考えてよいと思います」

「共産主義というのは東アジアの果てで起こっていたのではないのですか?」

「共産主義というのは、歴史政治学の分野ではどこの国でも研究はされていました。しかし、成功例がないことなどをもって実現不可能とされていましたから、どこの国も採用なしなかった。一方でどこの国にも国内に支持者はいたのでしょう。地政学的にゴンドワンがその西進を食い止める役割を果たしていたのですが、フォトン・バッテリーの供給が止まって、しかもゴンドワンはあのような有様でしたから、急速に影響力が及んだと考えていいかと」

「その勢力が、ゴンドワンの採用した空想的立憲君主制を乗っ取ったと、そういう理解でよろしいかしら?」

「おそらく」

「それでその140センチの少女はアメリアに何をしろと?」

「地球を汚すなと。軍事力とエンジン技術を放棄しろと。そういうことです」

「エンジン技術というのは日本が提案していたエタノールディーゼルエンジンのことですか?」

「おそらく」レイビオは頷いた。「エルンマンは環境活動家の親を持つそうですが、要するに軍事技術とエンジン技術を奪い取って自分たちで独占しながら他国には禁ずるつもりなのでしょう」

「なんでそんな人間がゴンドワンの王になどなるのですか!」アイーダは怒りに任せて机をどんどんと平手で打った。「地球はこんなことをしている場合じゃないかもしれないのですよ。ゴンドワンのような大国がこんなことでは困ります!」

「エルンマンは無視していいかもしれませんが、ゴンドワンは君主制を利用されて一瞬で共産主義勢力に乗っ取られてしまいました。この動きがアメリア国内にないとは言い切れません。アメリア国内のどれほど共産主義勢力のシンパがいるのか調査が必要かと」

「そうかもしれませんね」アイーダは同意した。「この件はレイビオに任せます。しかしあなたも気に留めておいて欲しい。第1に考えねばならないことは、ヘルメスの薔薇の設計図の回収が不可能であるということなのです。この問題を解決しなければ、地球はトワサンガやビーナス・グロゥブと縁が切れてしまう。もしそうなれば、地球より遥かの科学力が進んだ人類が、宇宙から降りてきてしまうのです。レコンギスタはこれからもずっと続く。地球がフォトン・バッテリーの供給を受ける体制がもっとも地球人にとって安全な形なのだということ。それを忘れて、地球人の感性だけで政治をしていてはいけないのです」


4,


アメリア国内でレッド・パージが始まった。赤狩りの嵐は大学や演劇界を一瞬で吹き飛ばすほど激しいものだった。アメリアはゴンドワンとの大陸間戦争で多くの人間が死んでいたことから、ゴンドワンへの反発が強く、彼らが共産主義勢力の手先になったとの政府の宣伝は瞬く間にアメリア国内を席巻したのだ。

予想外の反響に驚いたのはアイーダだった。彼女の脳裏には、夢のように突如現れたカール・レイハントンとの会話が残っており、自分の国際協調主義への自信が揺らいでいることに加え、ゴンドワンと新たな対立関係を生み出してしまったことへの後悔も芽生えていた。

アイーダは急速に世論の支持を失いつつあり、特にリベラル層の相次ぐ離反には頭を悩ませていた。盤石だった政治基盤が、共産主義のちょっとした揺さぶりで危うくなったのだった。自信喪失気味のアイーダに対し、グシオン時代から秘書を務めるレイビオは、叱咤するように励ました。

「いつからか姫さまは、国際協調主義を掲げれば皆が賛同して平和裏にことが収まると安易に考え始めていました。国際協調主義を土台にして地球連邦政府を目指すということは、誰も逆らうことのできない巨大権力を生み出すということなのです。それが武力なしに達成されると、思い込んでおられた」

「地球連邦は民主的組織です」

「違いますな」レイビオは首を横に振った。「皇帝ですよ。誰も逆らえない、絶対的な恐怖です」

「そんなことは・・・」

「姫さまは政治の世界に飛び込んでいらして、利益を分配することの難しさを実感されたはずですよ。狭い地域、小さな団体、そんなものでもトップに立てば大きな利益がある。現在その最大のものは国家です。姫さまが目指している地球連邦政府は、国家の権限の一部をもっと大きな組織に献上してそれを国家の代表で運営しようというのでしょう? 国家を超える巨大組織の運営に利権が発生しないなどと考える方がおかしいのです。そのような巨大な権限を、国際協調などという曖昧なもので束ねるのは不可能なんです。共産主義が復活したのは、極論すれば我がアメリアが国際協調主義を打ち出したからと言っていい。巨大な権益が発生しそうだとの憶測に接したとき、もうひとつの国際協調主義をカウンターで当てられたのですよ。共産主義者は地球連邦を手に入れたい。あなたになど渡したくはないのです。なぜならそれがどんな願いも暴力で叶える装置だと思っているから」

「レイビオはそういいますけど、国家間の争いがなくならねば、ヘルメスの薔薇の設計図が回収できない問題は解決しないのですよ。ゲル法王猊下は宗教が多くの問題を解決すると考えておられるようですが、宗教の教義が、それがどんな素晴らしいものであれ、この世から利害対立を消し去ってしまうわけではないのです。世界の統一と武力の放棄、これを達成せねば人類は・・・」

「このままいけば、世界には我々アメリア中心の世界政府と、東アジアの砂漠で起こったもうひとつの世界政府が出来るでしょう。世界がひとつになるということは、トップの座もひとつになるということ。そのひとつの椅子を巡ってふたつに分かれた勢力が戦い合うのです。フォトン・バッテリーが枯渇したいま、より多くの動員を達成した陣営が勝利するでしょう。この世界支配をめぐる大戦は、いったいどれほど長引き、どれほど多くの人間を殺すか想像できませんか?」

「国家をなくした後の世界には、分裂したふたつの世界が覇を競い合う、最終戦争の未来しかないというのですか? それが人類というものですか?」

「おそらく。だからグシオンさまは常にアメリアの優位を模索なさって、キャピタルの力を削ぐことを考えていた。軍事的な優位で戦争の規模を小さく抑制して、宇宙からの脅威を訴えて地球を束ねようとしておられた。そういうものが、姫さまの大冒険で壊れてしまったのです」

「そう・・・、そうなのですね」

いっそすべてが夢であってほしい。アイーダはそう思わざるを得なかった。ベルリの声を聞き、カール・レイハントンと相まみえてから早くも1か月が経過していた。

その夜、アイーダはG-アルケインに乗って月夜に舞い上がった。名目は偵察であったが、気がむしゃくしゃして眠れなかったのだ。自動操縦に切り替え、コクピットの中で丸まって毛布にくるまりながら、彼女はずっと月を見上げていた。

自分はあの世界へ赴き、さらには輝く明星の世界へも旅をしたのだ。そこで得た知見は確かに自分を変えてくれた。なぜ人間がフォトン・バッテリーを利用して生活しているのか、その理由を知ることは大きな意義があった。頭に掛かっていた靄が吹き飛んだかのようにスッキリとしたものだった。

そのあと自分は父であるグシオンの遺志を継いで政治に専念した。何があろうともアメリアを離れることはなく、執務室と議会を何度も往復した。しかし、その努力が実ったかと問われれば自信がない。弟であるベルリ・ゼナムとともに、フォトン・バッテリーの再供給を受けるために何をすればいいのか考え続けてきただけなのだ。だがそんな努力さえ現実の前では大した意味をなさなかった。

「なんて情けない」

ベルリは自分に何を伝えようとしたのか。カール・レイハントンが話したことは本当なのか。いくら考えても答えは得られない。ゴンドワンとの新たな確執、国内で始まったレッド・パージ、押し寄せる共産主義、フォトン・バッテリーの代替を模索すべきだとの日本の提案。これらを一体どう処理すれば正解なのか、正解を導き出すことに意味はあるのか。アイーダはレイビオにやり込められて、確信が大きく揺らぎつつあった。そもそも、いまの自分は本当に生きているのか・・・。

静かなコクピットの中に、小さな音で何やらけたたましい会話が雑音のように響いた。いつしかオープンチャンネルになっていて、無線の音を拾っていたのだ。物思いに沈むアイーダは、しばらくその音声を聞き流していた。聞き覚えのある声ばかりで、仲良く罵り合っているような、友人たちの会話のようだった。しばらくしてアイーダは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ミック・ジャック!」

「あら、その声は姫さま」ミックは気楽な調子で返答を寄こした。「ああ、こちらからも確認できました。まだG-アルケインに未練があるようで。でもその機体ももうボロボロになってるんじゃ」

死んだはずのミック・ジャックだけではなかった。G-セルフもまたラライヤの操縦でやってきた。見たことのない青い機体から顔を覗かせたのは、ビーナス・グロゥブに流刑になったはずのクリム・ニックと死んだはずのミック・ジャックであった。どちらもこの世界にいるはずのない人間であった。

「いったいどうなっているんですか? 今日はおかしなことばっかり」

機体を地上に降ろした4人は、互いにコクピットを開いて顔を見せ合った。訝しむアイーダを説得するだけの材料は誰も持ち合わせていなかったが、主にラライヤが知っている情報を提供した。

「未来から来た? ああ・・・でもそうですね、カール・レイハントンもそのようなことを仄めかしておりました。でも、その話を聞く限り、クリム、あなたは大気圏突入の際にそのモビルスーツが爆発して死んでいるのではありませんか? もとより、ミック・ジャック、あなただってそうですよ。あなたはとうにこの世から消えて、それでも思念だけとなってエンフォーサーの中に入ると、彷徨えるクリムを導いたと聞いています」

「そうですよ、わたしは死にました」意外にあっけらかんとミックが応えた。「クリムももしかしたら死んだかもしれない。あたしたちは幽霊? そうかもしれませんけど、だから?」

「ずっとこの調子なんです」ラライヤが呆れた調子て割って入った。「人類は滅亡するのですよ。それを食い止めなくちゃいけないのに、このふたりときたら」

「そう言うな」クリムも意外に明るかった。「ミックはオレが死んだことを認めたくないのだ」

「カール・レイハントンがそう言ったというなら、ここは死後の世界なんでしょ。あたしは別にこれで構いませんけどね」

「よくありませんよ!」ラライヤが抗議した。「未来が変えられるからこうして過去に戻れたのではありませんか?」

クリム、ミック、ラライヤの3人は、ずっとこの調子で文句を言い合っていた。その様子を眺めながら、アイーダはようやく落ち着いた気分になってきたのだった。

「まずは話を整理しましょう。話を聞いていますと、わたしはあと2か月くらいで死ぬようですが、ラライヤは地球が滅びた後もずっと生きていたのでしょう? ここにいる中では、あなただけが違う。レイハントンは、ガンダムに乗る3人も生きているようなことを話しておりました。まずはそこの整理を」


次回第45話「国際協調主義」後半は、7月15日投稿予定です。


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