「ガンダム レコンギスタの囹圄」第38話「神々の侵略」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]
「ガンダム レコンギスタの囹圄」
第38話「神々の侵略」前半
1、
ヘルメス財団の僧侶たちを乗せた高速巡洋艦は、ビーナス・グロゥブ艦隊から離れ、地球へ向かう軌道に乗って足の遅いフルムーン・シップを追いかけていた。
船の中にはヘルメス財団の役人や枢機卿たちが乗艦していた。彼らは本来非戦闘員だが、ラ・ハイデンに目を付けられ、艦内で反乱が起きたフルムーン・シップに対して忠告を与えるために総裁の親書を送り届ける役を申し付けられていた。
彼らはキャピタル・テリトリティのウィルミット・ゼナムに対して、フルムーン・シップ内にあるフォトン・バッテリーを搬出しないように警告せねばならない。もし警告に背いた場合は、フルムーン・シップは自動的に自爆してしまう。
「フルムーン・シップを追い越せばいいのですかな?」
船の中ではスコード教の枢機卿たちが顔を突き合わせて今後の協議を行っていた。
「地球人に親書を渡すのなら追い越す。親書はそのままでフルムーン・シップを止めるのであれば通信する。どちらかに決めねばなりません」
ラ・ハイデンは、仮にフルムーン・シップからフォトン・バッテリーが搬出された場合は、フルムーン・シップを自爆されると彼らに告げていた。地球人が使用する半年分のエネルギーを放出した場合、とてつもない大爆発が起こり、その爆風は地球を何周もするだろうと予想されていた。おそらく陸上生物の大半がその爆風で死滅するはずだった。
「そんなことになっては、我々のレコンギスタ計画もおじゃんになってしまう。地球人は死滅してもいいが、地球は何としても無傷で手に入れたい」
「ラ・ハイデンはキャピタル・テリトリティの代表が地球の代表のつもりでいるようだが、本当にそうなのか? わたしは知っている限りでは、地球はいくつもの国に分かれ、争いごとを起こしているのだとか。ウィルミット・ゼナムに親書を渡して、もしフルムーン・シップが別の国に降りたならどうする? 例えば、アメリア」
「アメリアは地球の軍事大国だとか。彼らはカール・レイハントンと戦えましょうか?」
「それは期待しない方がいい。レイハントンは幽霊みたいなものだ。彼を殺したところで彼は思念体に戻るだけではないか」
彼らの願いは、自らが神の立場になってレコンギスタを果たすことであった。それはラ・ハイデンも同じなのだが、清廉潔白で鳴るラ・ハイデンと、ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の意向は少々異なっている。ラ・ハイデンの考える神は、多大な自己犠牲を払う存在であるが、ヘルメス財団は神が犠牲を負うのはおかしく、それは他者が負うべきものだと考えていた。
彼らにとって神とは、犠牲を捧げられる存在でなければならなかった。
彼らが結論を出せずにいたころ、その背後からさらに小さなトワサンガ製の高速艇が迫ってきた。乗艦しているのはザンクト・ポルトで捕らえられた地球のスコード教団の面々である。指揮を執っているのはギャラ・コンテ枢機卿。彼は月でフィット・アバシーバを騙して反乱を起こさせたが失敗、トワサンガで拘束されていたところレイハントン支持者に発見され、叩き出されたところであった。
彼らもまた地球を目指していた。高速艇にはクリム・ニックが搭乗するMSミックジャックがドッキングしている。ミックジャックは大気圏突入カプセルをまとった姿で、外からはMSには見えなかった。
ギャラ・コンテは、月の縮退炉発電装置を地球に持ち帰って救世主たらんと欲していたが叶わず、いまはアメリア大統領の息子クリム・ニックと、手持ちの駒のひとつである元トワサンガ首相ジャン・ビョン・ハザムを使って何かできないかと思案しているところであった。地球人である彼は、カール・レイハントンなる人物のことはまるで知らない。
ギャラ・コンテは、地球にエネルギーをもたらす人間が次の利権相続者になると信じて疑わなかった。
「スコード教というのはまさにそういう宗教だったのだ。知識を与えてくれる存在が宇宙から降りてくる。それが神の存在理由である。ただ宇宙からやってくるだけで神にはなれない。それは単なる来訪者でしかない。神になるには偉大な知識が必要なのだ・・・」
「エネルギーなら前を行くフルムーン・シップに満載されているぞ」クリム・ニックから通信が入った。「知らないだろうが、ビーナス・グロゥブ艦隊は戦争をするつもりで金星からやってきている。彼らの内部には、ラ・ハイデン支持派とヘルメス財団支持派があって、同床異夢の状態にあるんだ。フルムーン・シップもクレッセント・シップもフォトン・バッテリーが満載されている」
クリム・ニックから話を聞いたギャラ・コンテは、聖職者の顔は崩さないまま、損得を吟味した。クリムがなぜ突然そのようなことを言いだしたのか慎重に探ったが、クリムは心ここにあらずといった様子で何かを要求してくるそぶりはない。
縮退炉と比べると、フォトン・バッテリーはいつか尽き、ビーナス・グロゥブへの依存に変更はない。だが、中継地であるトワサンガはカール・レイハントンなる人物が新たな支配者になったらしく、支持者は熱狂的だ。ではどこへ行けばいいのか、ギャラ・コンテは操舵士の前に身を乗り出した。
「先行する艦艇を追い越し、フルムーン・シップに近づけるだろうか?」
「あれは高速巡洋艦の戦闘艦ですよ。追い越すのは危険ですね」
「フルムーン・シップの方々をザンクト・ポルトにお招きしたいのだが」
「いま、前の船も速度を上げたようなので、このままいけば彼らはフルムーン・シップに追いつきます。このまま距離を詰めて、彼らが追い越したなら接触できるかもしれませんが」
「ではそれで行こう。宇宙みたいな寒いところで死ぬわけにはいかんからな」
こうしてフルムーン・シップの後を、ビーナス・グロゥブとトワサンガの高速艇が追いかけることになった。2隻の船は徐々にフルムーン・シップに接近しつつあった。
2、
「ふはははははははは」
フルムーン・シップの中ではルイン・リーが高笑いをしていた。妻であるマニィと手下のクンタラ建国戦線のメンバーをフルムーン・シップに潜り込ませた彼は、まんまと艦内での反乱を成功させ、念願のフォトン・バッテリーを手に入れた。
出産を経験したマニィは、一回り人間性が豊かになり、姉御肌の頼りにされる存在になっていた。彼女が産んだ子はビーナス・グロゥブに置き去りにされている。ルインは必ず迎えに行くつもりでいるが、マニィは子供のことはあまり口にはしなかった。
そんなマニィの変化に、ルインは気づいていなかった。
「有り余るほどのフォトン・バッテリー。それに最高の機体であるカバカーリ。これだけ揃っていまのキャピタル・テリトリティが落とせなかったら恥である」
荒ぶるルインを横目で見ているのは、フルムーン・シップで操舵士を任されているステアだった。彼女はフルムーン・シップを何とかアメリアへ運ぼうとしていたが、ルインが目指しているのは、キャピタル・テリトリティである。ルインはキャピタルを制圧して、フォトン・バッテリーの利権を独占することを考えていた。
ルインの荒ぶる魂は鎮まることがない。
「所詮、人間などというものは醜いものなのだ。ラ・ハイデンもカール・レイハントンもオレはよくは知らない。しかし、彼らが人間である以上、楽をしたがる。上の立場の人間というのはいつも奴隷を求めているものなのだ。彼らが奴隷を必要としている以上、地球人が滅ぼされることなどない。我々クンタラは、進んで彼らの奴隷となって、フォトン・バッテリーを受け取り、別の地球人を使役する立場になればいいのだ。これこそが正しい革命である。クンタラは、スコード教徒を使役する」
彼の乗るフルムーン・シップに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦が近づいてきた。
報告を受けたルインは、それが自分が乗せられてきた船であることを確認すると、攻撃準備だけさせて自分は身を隠した。ルインは彼らにベルリの暗殺を命じられていたからだ。マニィに指揮を任せた彼は、モビルスーツデッキのカバカーリへと急いだ。
そこに相手から通信が入った。
「フルムーン・シップに告ぐ。戦列を離れてどこへ向かわれているのか」
マニィはいかにも艦長然とした態度で応えた。
「わたしたちはキャピタル・テリトリティへと向かっているところです。地球は間もなく全球凍結という状態に入ります。地球は凍り付き、人が住めなくなるのです」
「な、なんだって!」
マニィは後先考えず適当なことを喋っただけだったのだが、ビーナス・グロゥブの面々には初耳だったらしく、驚いた様子で全球凍結とはどんなものなのか質問攻めになった。マニィはゴンドワンでテロ活動をしていたおり、全球凍結をプロパガンダとして利用していたので多少の知識があった。それを披露するとモニターの向こうの法衣姿の面々は明らかに戸惑い、狼狽した。
ビーナス・グロゥブの枢機卿は半分怒ったような口調で抗議してきた。
「地球全体が凍るのならば、温めればよろしいではないか」
「地球にあるものをすべて燃やし尽くしても氷など溶けませんよ」マニィもいささか頭に来ていた。「地球の大きさをわかっていないんです。地球が凍る理由もあなたたちはわかっていない。1万2千年間、地球は氷漬けになるんです。だからエネルギーが必要なんだ。わたしたちはキャピタル・テリトリティにエネルギーを運び入れます」
枢機卿のひとりが慌てて口を挟んだ。
「そんなことをしたら、ラ・ハイデンがフルムーン・シップを自爆させると言ってる」
「やれるもんならやってみなさい!」
「それこそわかってない!」枢機卿は見悶えした。「フルムーン・シップに満載されたフォトン・バッテリーが爆発したら、全球凍結がどんなものか知らないが、それが起こる前に陸上生物すべてが死に絶えてしまうぞ。お前はフォトン・バッテリーのエネルギー量を知らないのだ。さては地球人だな?」
ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦は、フルムーン・シップとランデブーすると、艦内に人を送り込むと通告してきた。マニィは後ろ手で合図を送り、逆に相手の船を奪う準備を始めさせた。
「敵の巡洋艦を奪ってしまおう。フルムーン・シップに巡洋艦があれば、作戦はもっと簡単になる。すぐにルインに伝言して」
ブリッジから数人が出ていった。マニィがさらに指示を出そうとしたところ、相手からの通信が突然切れてしまった。
「どうしたの?」
マニィは周りの人間の顔を見たが、誰も通信が途絶えた理由がわからなかった。疑心暗鬼になったマニィは、矢継ぎ早に指示を出して、さらに多くの人員を戦闘に振り分けた。
その機をフルムーン・シップのブリッジクルーは見逃さなかった。武器を携帯していなかった彼らは、戦うことなくブリッジの指揮権を放棄したものの、敵が残り数人となれば話は変わってくる。一斉にクンタラ解放戦線のメンバーに飛び掛かると持っていた武器を取り上げた。マニィにはステアが突進してあっという間に腕を捻り上げた。
「ビーナス・グロゥブのときのお返しだよ!」
ステアはマニィと他のメンバーを縛り上げると、ブリッジへ上がる通路を遮断して扉を厳重に塞いだ。
「放せ、この!」
マニィは暴れたが、最後は猿轡を噛まされて艦長席の後ろにぐるぐる巻きにされた。
ブリッジを出たクンタラ解放戦線のメンバーは、マニィが捕まったことを知らないままモビルスーツデッキに急ぎ、ルインに巡洋艦を拿捕する計画を話した。ルインはモニターで巡洋艦がフルムーン・シップとランデブー状態にあることを確認するとポンと膝を打ち、高笑いを響かせた。
「さすがはマニィだ。あの高速巡洋艦には非戦闘員しか乗っていない。しかも、汎用型のモビルスーツが数機積んである。あれをいただこう」
「しかしですね」ブリッジから移動してきた男がヘルメットを寄せて話した。「なんだか、フォトン・バッテリーを降ろそうとすると、フルムーン・シップが自爆させられるらしいですぜ。だとしたらこのままキャピタルに持って行ってもオレたちゃドカン・・・」
「フルムーン・シップには人類が半年間暮らせるだけのフォトン・バッテリーが積んである。あいつらに奴隷を皆殺しにして、奴隷が引き受ける労働を自分たちでやる根性などないさ。脅しにきまっている。そんなことより、モビルスーツだ。キャピタルさえ手に入れば、あいつらには何もできんよ」
「そうだといいんですがねぇ」
ルインは、2代目カバカーリに紐を結わえさせると、戦闘員をしがみつかせてモビルスーツデッキを発進していった。
3、
そのころ、通信を一方的に切った高速巡洋艦の中では、侃々諤々の議論が巻き起こっていた。
「ダメだ、あの地球の土人どもはフォトン・バッテリーの怖さを分かっていない。積載されている分だけが吹っ飛んでも、爆風は地球を何周もして陸上生物が死滅する。それに、全球凍結なんて話は聞いていないぞ。爆風で陸上生物がいなくなってすべてが凍り付いた地球など、火星と変わらぬではないか。それではこうしてレコンギスタしてきた意味がない」
「地球人はバカだとは聞いていたが、まさかあんなに科学知識に乏しいとは思わなかった。未開の土人そのものではないか。あんな野蛮人が数億人も住む地球などに、なぜ来てしまったのか。遠からず絶滅する間抜けな生命体ではないか」
「止めねばならん!」
ビーナス・グロゥブのヘルメス財団の面々は、自分たちがやめろと命令すれば、地球人は大人しく従うものだと思い込んでいた。いくら野蛮人の土人であろうが、それくらいの教育はしてきたとの自負が彼らにはある。
そこで、船をランデブーさせて人員を送り込もうといたのだが、突然通信がもたらされ、メインモニターに見慣れない法衣姿の男が映し出された。
「これは、麗しきビーナス・グロゥブのお歴々よ、わたくしの名前はギャラ・コンテ。地球のスコード教団で枢機卿の役職を賜っておる者でございます」
「なんだ、いまは忙しいのだ」
「では手短に。ビーナス・グロゥブの方々は地球と戦争をして滅ぼそうというのでございましょう? そんなことをせずとも、地球と月は我々スコード教団が抑えているのです。月の正式な支配者はジャン・ビョン・ハザム、キャピタル・テリトリティの支配者は我がゲル法王猊下、アメリアの支配者はズッキーニ・ニッキーニ。すべて我々スコード教団の手の内にあります」
「それがなんだというのだ」
「つまり、レイハントンの人間に正当性などなく、トワサンガのベルリ・レイハントン、キャピタルのウィルミット・ゼナム、アメリアのアイーダ・スルガン、あの一族は代表でもなんでもないのです。殺す必要さえない。無視すればいいのです。追い出せばいい。地球はビーナス・グロゥブにいままで通り恭順の意を示し、ただ従うだけです。いったいなぜ戦争という話になっているのですか?」
「事情が変わったのだ。もう地球は地球人のものではない。いや、待て」
やせ細った男が耳打ちした。するとビーナス・グロゥブ側は態度を変えて、モニターのギャラ・コンテに向き合った。
「よかろう。お前の話が本当ならば、平和的解決に向けた話し合いもできようというものだ。君は地球人なのだな? では、フルムーン・シップで起きた地球人の反乱を鎮めてもらいたい。フルムーン・シップの中にはフォトン・バッテリーが積載されているが、我がラ・ハイデン総裁はそれが運び出されたと確認され次第フルムーン・シップを自爆させると言っている。もしそんなことになれば、爆風は地表を剥ぎ取りながら地球を何周もして、陸上生物は絶滅するであろう。我らはキャピタル・テリトリティの代表に親書を届け、フォトン・バッテリーの搬出をせぬように通告する仕事があるのだ」
「その親書、ぜひ法王庁で保護しているジャン・ビョン・ハザムに渡してはいただけないか」
「なぜだ?」
「彼はトワサンガの代表なので、フォトン・バッテリーを彼の一時預かりとして搬出許可を出さねば誰もそれに触ることはできないでしょう。トワサンガが預かっていることになるので、地球にあっても地球に降ろされたとはならない。アメリアに運ばれた際は・・・」
通話にクリム・ニックが割って入った。
「オレの名は、クリム・ニック。アメリア大統領ズッキーニ・ニッキーニの息子だ。フルムーン・シップ自爆の件、オレが父とアイーダに話をつける。事情を話せば誰も手出しはしないだろう」
ビーナス・グロゥブの代表は重々しげに命令口調になった。
「では、スコードの名によって命じる。ギャラ・コンテとクリム・ニックは直ちにフルムーン・シップに乗り込み、地球人の反乱者どもを艦隊に戻るように説得せよ。もし説得が失敗した場合、我々はキャピタル・テリトリティのジャン・ビョン・ハザムに搬出の危険を知らせる。クリム・ニックはアメリアへ向かい、父上に事情を話してフルムーン・シップを受け入れないようにしていただきたい」
こうした話し合いののちに、ビーナス・グロゥブの高速巡洋艦ははフルムーン・シップを離れ、一路地球を目指して再加速した。
その船の中にはルインのカバカーリとクンタラ解放戦線のメンバーが乗り込んでいた。モビルスーツデッキをこじ開けてもぐりこんだ彼らは、わずかに残っていた整備兵を撃ち殺し、ビーナス・グロゥブ製の武器とモビルスーツを手に入れた。
「この船には非戦闘員のスコード教の坊主しか乗っていない。オレはブリッジの前に出てビームライフルであいつらを脅すから、お前らは白兵戦でブリッジを制圧してもらいたい。いけるか?」
「もちろんでさ」
そう返答すると、クンタラ解放戦線のメンバーは銃器を抱えて突撃していった。ルインの話は本当で、目が血走ったクンタラ解放戦線のメンバーに銃口を突き付けられたヘルメス財団の面々は、顔面蒼白になって道を譲った。彼らが難なくブリッジに到達したとき、ルインはモビルスーツの右手を艦橋の上に置いて接触回線で彼らを恫喝していた。
「お前らはオレを甘く見ていたようだな。オレとベルリを相打ちにでもできればいいと思っていたのだろう。だが、オレには地球に残るクンタラすべての命運が掛かっているんだ。お前らごときスコード教のクズどもに負けるわけがないんだよ」
「いやそれは・・・」
ガタガタと膝を震わせた枢機卿たちは、ギャラ・コンテから聞いた話を持ち出した。
「いや、なに、もうレイハントンの勢力を削がなくてもよくなったのだ。君に与えた任務は撤回しようじゃないか。聞けば、地球の代表は彼らレイハントン一族ではないとのこと。知らなかったのだ」
「知らなかったらどうだというのかッ!」
ルインの迫力のある声と、後ろからやってきたクンタラ解放戦線の男たちに恐れをなしたビーナス・グロゥブのヘルメス財団メンバーは、古式ゆかしく蝋で封がされた書面を突き出した。
「わかって欲しい。我々はラ・ハイデン閣下の親書をキャピタル・テリトリティに届ける任務がある。それを果たさねばならんのだ。ジャン・ビョン・ハザムとかいうトワサンガの代表に渡せば、とりなしてくれるとか」
「ジャン・ビョン・ハザム・・・、トワサンガのドレッド一族の傀儡だった男か。キャピタル・・・」
ルインはしばし考えたのちに、部下に命令して親書を取り上げさせた。
「話は承った。オレが責任を持ってキャピタルの代表に届けてやろう。殺れ」
ルインの命令で、枢機卿たちは銃で撃たれ倒れていった。
「生きた者がいると面倒だ。モビルスーツデッキにいる人間も動員して、艦内の人間は皆殺しにせよ。お前らだけにはやらせない。オレもそちらへ向かい、掃討に参加する」
こうしてルインたちクンタラ解放戦線のメンバーは、ビーナス・グロゥブの高速戦闘艦を奪い、キャピタル・テリトリティへの予定軌道めがけてさらに加速していった。
4、
「こんなバカげた騒ぎにつき合っていられん」
フルムーン・シップに乗り込めと命令されたクリム・ニックであったが、命令に従うつもりはなかった。彼がMSをドッキングさせたトワサンガの高速艇はフルムーン・シップとランデブーに入ってしまった。
「オレはバッテリーの節約のために同道したまでだ。悪く思うな」
そう独り言を呟いたクリムは、ドッキングを解除して高速巡洋艦の後を追いかけ加速した。地球まではまだかなりの距離があったが、もともとロケット状の外殻の推進装置だけで地球までの航行が可能とされていた機体なので、不安はなかった。
「もっとも、いまのオレは生への執着が希薄になっている。不安など感じようがないのだ」
クリムはけだるげに座席に身体を預けた。機体をコントロールしているサイコミュが激しく作動していることにも、彼が気づくことはなかった。
ギャラ・コンテはランチを降りて意気揚々とフルムーン・シップに乗り込んだ。
彼は、地球人が艦内で反乱を起こしたと聞いていた。ならばスコード教の枢機卿である自分が話をすれば戦いは収まるだろうと簡単に考えていたのだ。ところが、彼を包囲したのはクンタラ解放戦線のメンバーであった。彼らはノーマルスーツを着込んだギャラ・コンテのヘルメットの中にスコード教の法衣を認めると激怒して有無を言わさず撃ち殺してしまった。
ギャラ・コンテと随伴の男たちの遺体を次々に宇宙へ蹴りだした兵士たちは、フルムーン・シップの戦闘員たちからブリッジにいたマニィが捕まったと聞いて動揺を隠せなかった。
元々彼らは乗員の1割の数に過ぎない。戦闘に慣れているために作戦は奏功していたが、ブリッジを奪われて、指導者が捕まったとあって、形勢は一気に逆転していた。
「畜生! マニィの姐さんもルインの旦那もいないんじゃどうしていいのかわからねぇ」
「こいつらの乗ってきたあの船を奪って逃げるか?」
男はランデブー状態にあるトワサンガの高速艇を指さした。高速艇は太陽の光に照らされて鮮烈に白く輝いていた。
「あの高速艇か。よし、こっちにメンバーを集めろ。ありったけの武器を持ってこさせろよ。あんな小さな高速艇だ。大した人員もいないだろう。ブリッジの人間はもう助からねぇ」
集結した彼らは、ギャラ・コンテが乗ってきたランチを操縦して飛び立ち、乗れなかった者らは結わえたロープにしがみついてフルムーン・シップを離れた。
「姐御、すまねぇ。でも、オレたちが生きた証はきっと守護神カバカーリが見守ってくれている。姐御の魂がカーバで安らかでありますように」
そういうと彼らは、神妙な面持ちでフルムーン・シップに向かって祈った。
時にフルムーン・シップのブリッジでは、行先について意見の相違が勃発していた。
ビーナス・グロゥブ出身のクルーの多くは艦隊に戻るべきだと主張したが、ステアとごく少数のメンバーはこのまま地球に降りることを希望した。特にステアは、フォトン・バッテリーをアメリアに降ろせないかと考えていた。地球がエネルギーの枯渇状態にあることは彼女も承知していたからだ。
「本当に地球人と戦争をやる気なの?」
ステアは大げさな身振りでブリッジクルーにアピールした。船の乗員たちが戦争を望んでいないことは明らかだった。ステアは必死に地球の困窮を訴えたが、ラ・ハイデン総裁に逆らって行動する勇気のある者はほんのわずかだった。
そこへ、デッキクルーから艦橋のモニターに通信が入った。クンタラ解放戦線のメンバーがトワサンガの船に乗り込んで逃げていったのだという。通信を聞いたマニィは可笑しそうに身をよじった。
「あんた。見捨てられたってよ」
ステアは哀れに縛り上げられ、椅子にぐるぐる巻きにされたマニィを見下ろした。
「どちらにしても、もう地球に近くなりすぎているんだ。ザンクト・ポルトという場所にいったん停泊して、レコンギスタの希望者だけ降ろして我々はこのまま艦隊に戻らせていただきたい。もし月との間で通信が取れれば、ザンクト・ポルトで待機ということもある。ステアくん、それで納得してはもらえないだろうか。いま半年分のフォトン・バッテリーをアメリアに運び込めば、それこそ地球人は戦争をしたがっていると思われてしまうよ」
気の弱そうな副艦長は、ステアに向かって必死に訴えた。彼はおずおずと艦長席に座った。艦長席の後部にはマニィがぐるぐる巻きにされていたので少し落ち着かなかったが、彼は1年以上行動を共にしてきたステアに強く命令することは望んでいなかった。
「地球は、このままじゃ干上がっちゃうよ」
ステアはしぶしぶ納得して、ザンクト・ポルトへの航路へ舵を切った。
そのフルムーン・シップがザンクト・ポルトに向かっているとは知る由もなく、ムーンレイスのオルカを与えられたドニエルは、臨時の艦長として慣れない艦長席に座っていた。
オルカは縮退炉で動くムーンレイスの船で、ユニバーサルスタンダード成立以前の設計図を元に作られた新造艦であった。そのため、アメリアを飛び立ってからずっとドニエルは本当のオルカの艦長に詳しい説明を受けていた。
オルカの機関室にはビーナス・グロゥブのジット団のメンバーだったクン・スーンやローゼンタール・コバシら12名が集まって縮退炉について議論を交わしていた。ユニバーサルスタンダードの技術体系しか知らない彼らにとって、それは宝石のような輝きに見えていた。
貴賓室にはゲル法王の姿があった。彼らはスコード教とクンタラの研究で分かった、ふたつの宗教の起源が同じであることをラ・ハイデンに伝えるべく宇宙に派遣されたのだ。ラ・グーに託された宗教改革を、ゲル法王は達成したと自負している。
ただ、約束を交わしたラ・グーはすでにこの世にはなく、たった一度握手を交わしただけのラ・ハイデンを説得できるかどうか、法王には確たる自信はなかった。それでも戦争を回避するすべが見つかるのであれば、命を落とすことも厭わないと心に決めての宇宙への旅立ちであった。
オルカはキャピタル・タワーの最終ナットであるザンクト・ポルトに着艦した。手続きは簡素化され、以前のように刺々しい威圧感はない。ザンクト・ポルトは解放され、神々の世界ではなくなっていたのだ。オルカに搭乗していた主要なメンバーは、ここで数日休んでいくことになっていた。
宿泊所のロビーで休んでいると、懐かしい顔が駆け寄ってきた。ウィルミット長官であった。ゲル法王とウィルミットは固く握手を交わした。ウィルミットは養女にしたリリンを連れていた。
「大変なことになりました」ウィルミットはいった。「月で何かがあったらしく、トワサンガの方々やら、アメリアの調査団の方々やら、ムーンレイスの方々やら、続々とキャピタル・テリトリティに降りてきているのです。それで慌てて上がってきたのです。本当はタワーの電力は街に供給したのですが・・・」
ゲル法王は珍しく慌てた彼女に驚きながら、落ち着くように促した。
「少しだけお話は伺っているのです」法王はいった。「月ではカール・レイハントンという人物が姿を現し、何やらメメス博士という人物の痕跡を探さねばならないとか」
「もう、わたくしにはわからないことばかりですの。キャピタルはなかなか治まらないのですが、それでもIDの交付はあらかた終わりまして、いまは裁判所を再興させて、土地の権利を巡る調停を進めているのです。こんな大変な時期に、何ひとつ法王さまのお力添えができなくて恐縮です」
「それはこちらの科白でしょう。本当ならば、わたくしがスコード教の責任者としてキャピタルの民草を導かねばならなかった。それなのに、ジムカーオ大佐の思惑にまんまと乗ってしまい、わたくしの権威などなきに等しくなりました。しかし、今回ばかりは何としてでもビーナス・グロゥブのラ・ハイデンにお目通りして、人類の相互理解について、重要な私見を述べさせていただき、人間同士の融和を訴えたいのです。それよりも、長官はなぜザンクト・ポルトに?」
「わたしはいま」ウィルミットはいったん言葉を切り、意を決して切り出した。「キャピタルを預けられる方を探しているのです。現在キャピタルは形式上ケルベスさんが軍事クーデターを起こして独裁体制を敷いている形になっておりますが、これは強権的に物事を解決するための方便で、独裁者の真似事をいつまでのあの先生にやらせていていいものではない。自分が、と考えたこともありましたが、行政能力と政治能力は別物だとこの1年半余りで痛感いたしまして、あの混乱した土地には、ゴンドワンから支配者としてやってきたクリム・ニックや、クンタラ解放戦線のルイン・リーのような、いやあれ以上の強い男が必要なのです。女のわたしが男を頼るのはおかしいと思われるかもしれませんが、混乱を終わらせられるのは言葉ではなく力です。それがどんな力なのか、わたくしも漠然としかわかりません。でも、肌感覚で、いま求められているのは男だと感じるのです」
「それなら、ラ・ハイデンに会えばいい」クンが横から口を出した。「あれは男だよ。それにきっとあの男なら、ビーナス・グロゥブからトワサンガ、キャピタル・テリトリティまでの一括支配体制くらいは考えているだろう」
「一括支配体制ですか?」ウィルミットが興味を持って尋ねた。
「そう」クンは子供をリリンに渡して彼女に向き合った。「ハイデンはヘルメスの薔薇の設計図のことを絶対に許さない。あれの回収が不可能ならば、地球の文明を大幅に後退させるしかない。キャピタルまで一括支配して、それ以外の地域にはバッテリーを供給せずに文明を滅ぼす。それくらいのことはやる男なんだ。もうすぐあの男がやってくる。あたしはあいつに会うと殺されるから会わないけど、どんな男なのかくらいのレクチャーはできる」
遠い金星から男がやってくる・・・。ウィルミットは文明を滅ぼすと簡単に言ってのけるクンの言葉に怯えながらも、それほどの決断ができる男というものがどんな人間なのか、強い興味を隠すことができなかった。
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