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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第37話「ラライヤの秘密」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第37話「ラライヤの秘密」後半



1、


ビーナス・グロゥブ艦隊による月への攻撃が開始されるなか、フルムーン・シップは後方の位置から戦線を離脱して地球への航路に乗った。

通信はすべて切られ、いくら呼びかけても応答はない。輸送艦であるフルムーン・シップの戦線離脱は補給の半分を失うことを意味していた。ラ・ハイデンの元にはフルムーン・シップの乗員名簿が届けられた。それによると、乗員の1割がアースノイドとあった。

「1割のアースノイドが裏切って艦を乗っ取られたのか。航行しているということは、乗員は反乱者に従っているということだ。戦争の経験がないというだけで、これほどまでに醜態をさらすとは。ピアニ・カルータの危機意識もわかろうというものだ」

ラ・ハイデンは苦虫を噛み潰した表情で、モニターを眺めた。

「仕方がない。作戦を前倒しする。全軍、月へ降下。交渉を呼びかけ、速やかに制圧せよ。そして技術体系のあらましを調査したのち、情報は解析班へ回してくれ」

「フルムーン・シップはいかがいたしましょう?」

「フォトン・バッテリーの運び出しを確認したら、自爆装置を作動させる。地球に多大な被害が出るが、半年分のフォトン・バッテリーを地球人に供給しては戦争の火種にしかならない。警告はわたしからではなく、アースノイドにやってもらうがいいだろう」

ラ・ハイデンは手招きをしてフラミニア・カッレを呼び寄せた。

「キャピタル・テリトリィの責任者の名前を知っているか?」

「キャピタルの実力者は、スコード教法王であるゲル・トリメデストス・ナグ、もしくはクラウン運行長官ウィルミット・ゼナムでしょうか」

「ウィルミットがベルリくんの継母なのだね。ゲル法王とはまみえたことがある」ハイデンはしばし考えこみ、すぐに決断した。「こちらのスコード教関係者を特使としてキャピタル・テリトリィに派遣しよう。彼らは彼らでよからぬことを考えているようだが、いまは戦争が始まり、恐怖のあまり地球に降りたい一心であろうから、お使いくらいのことはできるだろう。すぐに回線を繋げ」



そのころビーナス・グロゥブのヘルメス財団メンバーが乗り込む高速巡洋艦は、ハイデンの旗艦からさらに前に配置されて艦隊全体で監視されている状態であった。

フルムーン・シップの離脱という予想外のことが起き、戦争が開始されたことで、非戦闘員どころか役人と宗教家しか乗り込んでいない艦の中は混乱の極みであった。彼らが待っているのは、ベルリ・ゼナムとアイーダ・スルガン死亡の知らせであった。

ベルリとアイーダを亡き者にして、キャピタルとアメリアを同時に自分たちのものにしてジオンのカール・レイハントンに傅き、フォトン・バッテリーの配給利権を一手にしながらレコンギスタも果たす。これがビーナス・グロゥブのスコード教団の考えであった。

ベルリとアイーダの暗殺は、それぞれルインとクリムに託してある。彼らは苦心してモビルスーツを入手してそれをふたりに与えていた。

「まだなのか」枢機卿のひとりは身をねじって見悶えていた。「戦争が始まってしまった。背後にはあの不気味なカール・レイハントンがいる。わたしは生きている心地がしないよ」

そこに飛び込んできたのが、ラ・ハイデンからの入電であった。彼らは巡洋艦に搭載されている高速巡洋艦を使って地球に降り、キャピタル・テリトリィのウィルミット・ゼナムと交渉するよう命令を受けた。しかも、フルムーン・シップからフォトン・バッテリーが降ろされたら、フルムーン・シップを自爆させるというのだ。

「フルムーン・シップに乗っているフォトン・バッテリーごと吹き飛ばすのか?」

「そんなことをしたら地球は人が住めなくなるほどの被害を受けるのでは・・・」

ビーナス・グロゥブから逃げてきたつもりの枢機卿たちは驚き、またラ・ハイデンの覚悟のほどに震え上がった。ラ・ハイデンは、最悪の場合、ヘルメスの薔薇の設計図を知ってしまった現アースノイドを絶滅させてもいいと考えているのだ。

「もはや後戻りはできないというわけか」

彼らは、ラ・ハイデンに逆らうことはできない。いつか彼を暗殺する気でいても、戦争状態の中でそれを決行すれば、スコード教の権威だけでは罪を免れることはできない。暗殺するならば、しかるべき状況で誰にも悟られないように行う必要がある。

彼らは互いに顔を見合わせ、船の軌道を変更させると、遅れて届いたラ・ハイデンの親書を携えて月から地球への軌道に乗った。フルムーン・シップの巨躯は地球到達までに追いつける距離にまだある。アースノイドの反乱によって地球へ向かったフルムーン・シップに、ルインが合流していることを彼らはまだ知らない。



ほぼ同時刻のこと、トワサンガからも脱出する1隻の船があった。その中には、ハリー・オードによって逮捕されながらすっかり忘れ去られていた地球のスコード教団のメンバーが乗り込んでいた。

彼らはトワサンガの住民に発見されたのち、地球へ帰れと罵声を浴びながら石もて追われ、ようやく船を手に入れて、這う這うの体で帰還するところであった。その中には、月から移送されたギャラ・コンテ枢機卿の姿もあった。興奮したトワサンガの住民に法衣を引き裂かれた無残な姿でありながら、彼の眼は生への執着でギラギラと輝いていた。

彼らの船に並行する形で、小型のおかしな形のロケットのようなものが近づいてきた。その物体から手が伸び、船の縁を掴まれた。接触回線が開き、相手の男は横柄な態度で言った。

「おまえたち、地球に帰還するところなのだな。悪いが、同行させてもらうぞ」

ギャラ・コンテはモニターを覗き込んでそれがアメリア大統領の息子だとわかるや、頬が緩むのを抑えきれなかった。

ギャラ・コンテは、アメリアの支配をズッキーニ・ニッキーニに、キャピタルの支配をゲル法王に、トワサンガの支配をジャン・ビョン・ハザムにすれば、何もかも丸く収まると考えて、月での反乱を計画した人物であった。彼は彼なりに、ビーナス・グロゥブの支配体制が崩れたのは、レイハントン家の関係者が情報を握っているからだと察知していたのだ。

クリムは相手がどんな人物なのか知らないまま、地球までの同道を申し出た。ギャラ・コンテはにこやかに応対して申し出を受け入れた。見たところ、おかしな形はしているがクリムが搭乗しているのはモビルスーツのようだったので、戦争状態の月支配圏を脱出するまでは互いに協力し合うメリットはあった。

クリムは以降何の通信も送ってこなかった。クリムことクリムトン・ニッキーニは、アメリアの大統領の息子でキャピタルを一時的にせよ支配した人物であった。彼を恨む人間は確かに多いだろうが、使い道もある人物だった。ギャラ・コンテは逆転の秘策を練り始めた。


2、


「王子、本当に大丈夫なんですか?」

月に残った少数のエンジニアは、ビーナス・グロゥブ艦隊に降伏することになった。月の内部の開発状況とトワサンガに詳しい彼らならば、投降すれば悪い扱いは受けないであろうとのベルリの判断だった。だが、エンジニアたちは、未知の機体でノレドとふたりでどこへ行くとも告げないベルリを心配していた。

ベルリとノレドは、ただでさえ狭いコクピットの中の隙間に水と食料を詰め込んでいた。欲張りなノレドはあれもこれもと押し込んで、コクピットを食べ物だらけにしていた。

「ぼくらのことなら心配しないでください。本当はもっと月でこのモビルスーツのこととか、調べてもらいたかったけど、仕方ないです」

アジア系のエンジニアの代表はノレドの様子に呆れながらコクピットのベルリに話しかけた。

「我々はこれからなるべく敵の内部のことを調べて、できればまた合流して情報提供したいと考えています。わたしの名前はカル・フサイ。しばらくこのメンバーでチームとして行動するつもりです」

「チーム・カルですね。覚えておきます。でもあまり無理しないでください。もし、ビーナス・グロゥブ総裁のラ・ハイデンに会うことがあったら伝えて欲しいことがあります。それは、地球が全球凍結に向かっているということです。地球に氷河期が来ようとしている。ビーナス・グロゥブしか知らないラ・ハイデンは、全球凍結のことなど知らないし、それを利用してカール・レイハントンが人類を絶滅させようとしていることも知らない。ラ・ハイデンに、氷河期が来るからこそアースノイドとスペースノイドは一致協力して、フォトン・バッテリーを使いながら人類を含めた地球の生命を絶やさないようにしなければならないって、そう話してもらいたいです」

「わかりました。王子も無理をしないで、生き延びてください。もちろん、ノレドさんも」

カル・フサイに氷河期のことを伝えたベルリはコクピットのハッチを閉じて、ガンダムを出撃させた。とはいっても、当面彼らに戦うつもりはない。誰かを殺せば事態が解決するわけではないからだ。むしろ、人の死によって事態は混乱する。クンパ大佐が何も語らずに死んでいったときのように。

ノレドはぎゅうぎゅうに荷物の詰まったコクピットの中でバランスを取るのに必死だった。

「ベルリ、これからどうする?」

「カール・レイハントンが望む世界にしない。彼らは死なない存在だから、肉体を滅ぼしても意味がない。彼を説得するか、もしくは彼らがこちらの世界に出てこられなくすればいい。そのためには、思念体が入り込む受け皿を壊さなきゃいけないんだ。彼らが入り込むのは、ニュータイプ、後期型サイコミュ、機械式、有機式アバター、アバターと人間の混血。こんなところかな。アバターは作ることができるから、装置を破壊しないと。こちらの世界に干渉できなければ、いないも同然だから」

「機械式アバターというのは、アンドロイドのことなんでしょ?」

「そう。それらはビーナス・グロゥブの技術ではないから、ラビアンローズを破壊すれば大方失わせることができる。だからラビアンローズを壊さなきゃいけなんだけど、もう月光蝶は使えないし、あんな巨大なものを破壊するエネルギーもない。ビーナス・グロゥブ艦隊とレイハントンが争えば大変なことになるし・・・」

ノレドは宙を睨んで頭を働かせた。

「ラ・ハイデンとカール・レイハントンが戦うってことは、金星と月が戦うってことだ。ビーナス・グロゥブが勝てば、トワサンガが破壊されてしまう。ビーナス・グロゥブが負ければ、おそらく金星に引きこもって地球圏に関与しなくなる」

「そうなんだ」ベルリは顔をしかめた。「だからビーナス・グロゥブとカール・レイハントンは戦わないんだ。ビーナス・グロゥブがトワサンガの王政を認めてきたのはそういうことなんだ。戦争にできない。最終的にはジオンの理想に沿う形に集約されてしまうからね」

「どうしてあの人、ベルリの先祖はあんなに人間が憎いんだろう?」

「事の本質は、おそらくスペースノイドのナチュラリズムの欠如が原因なのさ。宇宙にはアースノイドが考える自然主義は存在しない。自然を生み出すものは合理による設計と規律による労働だから。レコンギスタはスペースノイドの反自然主義の揺り戻しなんだと思う。カール・レイハントンは、人間の中に反自然的なものを感じて否定しているけど、彼が求めているのは合理による知性的自然支配だ。人間のいない地球を、進化した人間が環境にまったく負荷を与えず永久に観察していくなんて狂ってる。でも、そんな人間を支持していたメメス博士はもっとおかしい」

「メメス博士・・・。クンタラを守らせるためにカール・レイハントンを利用しようとしていた人なんでしょ? 人類が絶滅させられたら意味ないのに」

「そうはならないって考えたのか・・・。まったくあの人物だけはよくわからないな」

ガンダムの機体は月の表面を目立たないように飛んでいた。月基地に入った際に、機体特性を簡単にチェックしてもらったが、ムーンレイスのエンジニアにもベルリがカール・レイハントンに与えられたこの機体の仕様はまるで解析が及ばなかった。動力源すら不明で、エネルギー伝達の方法も見つけられなかった。材質が金属なのかどうかもわかっていない。

白と黒のコントラストがはっきりした月の表面を飛んでいたときだった。ベルリの操縦なしにガンダムが勝手に回避行動を取った。機体が勝手に動き出したのである。ベルリは慌てて操作しようとしたが、ガンダムはひとりでに、まるで意思があるかのように動いた。

月の表面にパッと砂煙が上がり、一瞬モニターの視界を遮った。ガンダムは砂塵を突き抜けた。全球モニターが敵の姿を捉え、アップにして映し出した。それは、トリコロールカラーのG-セルフであった。

「誰があんなものをッ!」

ガンダムに敵対するYG-111に搭乗していたのは、ラライヤ・アクパールであった。彼女は自分の精神に異変が起きていることを感じながら、身体が勝手に動いている状態だった。

彼女にははるか遠い先、月の表面に見慣れない形の機体が飛んでいるのが見えていたが、それはモニターに映った機影を眼で見ているのではなかった。彼女は、目ではないもので遠くのガンダムのコクピットの中にベルリとノレドが窮屈そうに乗っているのを「見て」いたのだ。

同じころ、ベルリにもラライヤの姿が「見えて」いた。肉眼ではとらえられないほど離れた位置にいるラライヤの身体が、ベルリの眼には可視化されていた。

すると、ベルリとノレドを乗せたガンダムが、突如消えた。

一瞬ののち、ガンダムはYG-111の眼前に姿を現し、右腕を伸ばしてYG-111の頭部を鷲掴みにした。ベルリは目の前にコクピットの中で戸惑うラライヤの姿を目視して驚愕していた。彼は操縦していない。ベルリのガンダムは、彼がG-セルフと呼んでいた一回り小さい機体を握り潰そうとしていたのだ。

「いけない」と、ベルリは頭の中で考えた。これはやってはいけないことだと。すると、YG-111の頭部からバルカンが発射されてようやくガンダムの右手は外れた。

ラライヤの顔は恐怖に包まれていた。なぜなら、彼女もまた操縦していないからであった。YG-111の頭部バルカンを撃ったのはベルリなのだ。

「いけない!」

ベルリの強い思念が発せられると、ガンダムとYG-111は一気に離れて距離を取った。ガンダムは、さらに別の方向から攻撃を受けた。それは濃緑色に塗装された、カイザルと同系統の機体だった。

「あんたはしょせん人形と人間のあいのこなんだよ!」

襲ってきたのは、チムチャップ・タノだった。ベルリが搭乗するガンダムは、チムのモビルスーツと激しく戦った。敵を攻撃するための武器は、どこに隠してあるのか、いくらでも出てくるようだった。ベルリはこの戦いに既視感を感じていた。

「何千年も繰り返してきた行為を、まだこの先も繰り返そうというのかッ!」

「ベルリッ、この空間にいちゃいけないッ!」

ノレドの声がはっきり聞こえたと思った瞬間だった。敵の姿は消え、ガンダムは宇宙よりも暗い漆黒の闇の中に移動していた。

機体は、静かに着陸した。


3、


ガンダムは突如消えた。ラライヤはYG-111のコクピットの中でゼイゼイと息苦しそうにもがいていた。汗が噴き出してバイザーを曇らせていた。ラライヤはヘルメットを脱いだ。すると一瞬、自分が自分でないかのような錯覚に襲われた。

自分はいったいいつの時代に生きている人間なのか。誰のために、なぜ戦っているのか。

記憶の混乱はすぐに収まった。YG-111は姿勢を変えてチムの後を追いかけた。

「やはりあなたはいいパイロットね」チムチャップ・タノが接触回線で語りかけてきた。「わたしもあなたの中に入ってあなたを『動かして』みたことがあるけど、あなたはただニュータイプの素養があるだけじゃないみたい」

「どういうことなんですか」ラライヤは気になって尋ねた。

「サイコミュとのシンクロ率が高いのよ。使いこなしている。その点、あのベルリはダメね。あの子は戦いを忌避している。戦うための装置にすぎないのに」

「装置? ベルリが?」

「肉体なんてモビルスーツを操る装置よ。大佐があの子にガンダムを与えたのは、ただ狩るため。狩りの獲物があの子。肉体の喜びのための道具がガンダム。それを動かす装置があの子。いずれあの子は大佐に狩られて死ぬわ。その前にアムロって人物が・・・」

「死ぬ・・・」

「アバターは道具だもの。そりゃいつかは壊れるわよ」

それだけ告げると、チムチャップ・タノは強く加速してラライヤに先行した。フォトン・バッテリー仕様のYG-111では、チムの乗る機体にはまったく追いつけなかった。

シラノ-5にラライヤが帰還したとき、カール・レイハントンを称える喧騒は完全に消え去っていた。人間の姿はどこにもない。ただ5つのリングが音もなく回転して重力を生み出し、煌々と明かりが灯されているだけだった。ラライヤはやはりこうなったかと少しだけ後悔した。

カール・レイハントンの支持者たちは、熱狂して迎え入れた相手に処分されてしまったのだ。

サラがラライヤを出迎えた。ラライヤが何か尋ねようとするので、サラは視線を逸らしてラライヤの身体を抱き寄せた。そして小さな声で言った。

「老人たちはみんな殺されてしまったわ」

「どうしてそんな・・・」

「だって、あの人たちにとって肉体は道具だもの。使い古してボロボロになった有機的な道具なんて、ボロ布よりも使い道がない。だから、トワサンガの老人たちはみんな処分された。あなたがいないうちにね」

「全員?」

「そう、全員」サラは頷いた。「チムから聞いたでしょ? あれがニュータイプ研究の果てにある合理的自然主義なのよ。スペースノイドは計画的に有機物を生み出して、消費して、劣化したら有機転換して再利用するでしょ? 人間の肉体も彼らにとっては同じ」

「死・・・」

「死じゃない。だって、思念体にとって死なんか存在しないのだもの。人間の肉体が滅びるときに『死』という言葉を便宜的に使っているだけ」

「そうなんですか・・・」

「だからあなたが必要なのよ、ラライヤ。あなたはジオンの亡霊となったあの人の思念をカーバに引きずり込んで四散させる。あなたの近くにいる人というのは、あの人に本当の死を与えられる人なのよ。あなたはそのために生き返ったの。この世に」


4、


ベルリとノレドは、一瞬のうちに漆黒の空間に移動していた。

星の瞬きはどこにもない。ノレドは腕をベルリの首に巻き付け、真っ暗になった全球モニターを凝視した。

ガンダムがライトを照らし、閑散とした建造物を映し出した。ノレドにはその光景に見覚えがあった。彼らは、月の内部の冬の宮殿に移動したのだった。

冬の宮殿はムーンレイスのみならずトワサンガからの観光客を受け入れるべく再開発が進んでいたところだった。ベルリの意向で、ゆくゆくはスコード教の聖地のひとつになることもゲル法王との間で覚書が交わされている。

その計画は、ゲル法王の追放という不名誉な形で頓挫したままであった。

「どうしていきなりここへ来たんだろう?」

ノレドが不安そうに尋ねた。

ガンダムは、未知の機体と交戦中に突如消え失せ、月の内部にやってきたのだ。なぜそのようなことが起こるのか、ベルリにもわからない。ただ、カール・レイハントンの愛機カイザルにも同じような現象は起こるのだ。ベルリはそれを知っていた。

「それはぼくにもわからない、わからないけど、一緒に考えてほしいんだよ」

ベルリは、一連の出来事には歴史政治学が関係していると感じていた。宇宙世紀が始まってから、あまりに長い年月の中で積み重なったカルマが、一気に噴出している気がしているのだ。だが、何が起こっているのか確信が持てない。ベルリには一緒に考えてくれるパートナーが必要だった。

ノレドは、ベルリに手を引かれたとき、必要だと言葉にされたときから、この問題についてベルリに確信を与えるのが自分の役割だと心に決めていた。

「もしかして、カイザルで起こったことと一緒なのかな」

カイザルは、トワサンガのエンジニアに発見されて、ベルリが乗り込むや一瞬でシラノ-5からザンクト・ポルトに移動している。ベルリは頷いた。

「それは間違いない。この機体は、思念体である彼らが使う機体だ。通常の物理法則とは違う現象が起こってもおかしくはない。この機体がこちらの世界のものなのかあちらの世界のものなのかすらよくわからないのだから」

「降りて少し歩いてみない?」

ふたりには考える時間が必要だった。ガンダムはそれを与えてくれたのかもしれなかった。ノレドはコクピットを降りて、電力が落とされた冬の宮殿の中を歩いた。ベルリもその後をついていき、工事が半ばで停まった冬の宮殿の周囲を見回した。

「メメス博士か・・・」

と、ベルリが呟いた。それに呼応してノレドが口を開いた。

「この遺跡、あたしたちはずっとカール・レイハントンがムーンレイスのものをここへ移したって思っていたけど・・・」

「ああ」ベルリも力強く頷いた。「そうだ。メメス博士だ。カール・レイハントンは人間の肉体が観察するこれらの遺跡に興味はなかった。こういうものを遺そうとするのは、クンタラのために生涯を捧げたメメス博士なんだ。ここは、スコード教の神殿じゃない。ムーンレイスの神殿であり、クンタラの神殿でもあったんだ。でも彼らは神殿なんて持たない。クンタラの宗教はそういうものじゃない」

「だとしたら」ノレドは考え込んだ。「もっと古いもの。たとえば、そう、クンタラ発祥の何かみたいな。鍵が掛かっていた・・・、そうだ。この神殿に遺る映像には鍵が掛かっていて、アクシズの奇蹟の映像が見られないようになっていた。つまり、その鍵を掛けたのもメメス博士ってことになる」

ベルリが彼らとの同期で得た情報を提供した。

「メメス博士の娘のサラ・チョップは、軍医の立場でジオンの3人のアバターのメンテナンスをやっていたんだけど、カール・レイハントンのアバターと性行為をして、子供を産んだんだ。その子孫がぼくとアイーダ姐さん・・・。そのぼくがここに飛ばされたってことはつまり・・・?」

「クンタラの神殿ってこと?」ノレドは驚愕の表情でのけぞってガンダムを振り返った。「これがカバカーリじゃないの? ガンダムはカバカーリだったってこと? 白いモビルスーツがつまり・・・あのアクシズの奇蹟を起こした白いモビルスーツが、カバカーリ。そしてカーバは、ザンクト・ポルトにある・・・。あたしたちクンタラは、赤いモビルスーツと戦って・・・いや・・・・・・」

ノレドはもがくように答えを探し求めた。ベルリも同じことを考え、答えを探した。

「ぼくは、白いモビルスーツがアースノイドの代表で、赤いモビルスーツがスペースノイドの代表だったと聞いたけど。結局これは、オールドタイプとニュータイプの戦いということなのだろうか?」

「きっとそこの考えが大きく進化しているんだと思う」ノレドは頷いた。「ニュータイプ思想を突き詰めて、肉体から解脱した人間の集団がいた。スペースノイドに発生したニュータイプは革新的で、そうであるがゆえに対立するオールドタイプは保守的で何も変わらない存在だと信じ込み、侮蔑していた。一方で圧倒的な数の違いから、戦争には負けた。そうだよね」

「学校で習った限りは、スペースノイドは戦争に負けている」

「優生であるはずなのに、戦争には負けた。ジオニズムは滅びた」

「でも彼らは、自らの革新性の優位は疑っていないはずだ」ベルリは冷たい壁にもたれかかった。「進歩と停滞。スペースノイドとアースノイドを、進歩した人間と停滞した人間と考えれば、何度戦争に負けようが、スペースノイドはアースノイドを見下していたはずだ」

「スペースノイドとアースノイドの戦いの中に、勘違いがあった」ノレドはベルリの隣で同じように壁にもたれかかった。「メメス博士たちの主張は、きっとそこが違うんだ」

「でも、どこがどう違うと思う、ノレド」

「クンタラは魂をカーバに運ぶ道具として肉体を捉えている。肉体は魂を運ぶ道具だから、彼らは肉体を捨てられない。ベルリはそう言った。そうだよね?」

「うん」

「便宜的に此岸と彼岸として考えてみよう」ノレドは指を立てて話した。「カール・レイハントンたちは、科学技術によって彼岸に到達した。クンタラは、宗教の教義の中で、肉体に乗って魂を彼岸へ運ぼうとしている。つまりこれは、速いか遅いかって話にならない?」

「うん、そうかも。でも速さにどんな関係が?」

「オールドタイプは、決して停滞しているわけじゃない。クンタラの経典なき宗教の中で漸進的に改革が成されていけば、最後は同じ場所に到達する。肉体を捨てなくたって、魂は彼岸に到達できる。クンタラは、ジオンの急進改革主義に対抗する、漸進的改革主義だった。これならどうだろう?」

「ああ・・・なるほど。だから速いか遅いかってことか」ベルリは腕を組んで宙を見つめた。「急進的に物事を進めた人々と、それとは別の方法があると示した人との戦いか・・・」

「アクシズの奇蹟が起きたとき」ノレドが続けた。「奇蹟を起こした根源を、スペースノイドは人類の進化系であるニュータイプに求めた。でも、赤いモビルスーツの人は、自分自身では何もしていない。奇蹟を起こしたのは、アースノイドの代表として戦った白いモビルスーツに乗ったニュータイプだった。アースノイドのために戦った人物が、奇蹟を起こしたんだ」

「それってつまり」

「クンタラ」ノレドは心底嫌そうな顔をした。「白いモビルスーツに乗った人を支持した人たち。その奇蹟を強く記憶して、奇蹟を起こした人と同じように生きようと決めた人たち。その人たちの新しい宗教が、歴史のどこかでクンタラと結びついた。ニュータイプの自己犠牲と、ニュータイプであったゆえに上級指導者に食べられた人の苦悩が、救済として結びついたのかも」

ベルリはふうと息を吐きだしてノレドの話に続けた。

「焦ってニュータイプなんか目指さなくても、人間は魂を研磨することでやがてはみんなニュータイプのように進化した存在になる。それがメメス博士がぼくらに伝えたかったことなんだろうか」

「だから、急進主義と漸進主義の違いなんだよ。お前みたいに焦っても物事は上手くはいかないって、ガンダムの人は・・・」ノレドは急に涙を溢れさせて、鼻を詰まらせた。「カーバの守護神、カバカーリの人は、急進改革によってニュータイプを目指そうとしたことを諫めたんだよ。そして、いつか急進改革主義者が地球に戻ってきたら、盾になって自分が守るんだって」

「うん」

「どちらも、ニュータイプを否定したわけじゃない。人間同士の相互理解の奇蹟は、人間が目指すべき理想なんだ。人間は互いに分かり合えないけど、いつか分かり合えることを目標に、我慢して我慢して生きなきゃいけなかった。でも、あのとき一緒に死んだはずのジオンの人は、そうは考えなかった。ニュータイプに至ることが理想だというのなら、一刻も早くその理想に近づくべきだと考えた。それが、科学によって思念体に至るというジオンのやり方になった」

「自然主義がなかったからだね」ベルリは月に残された遺跡を見詰めながら話した。「人間の進化の究極形として思念体に進化するというのは、まさに合理による知性的自然支配だったんだ。そうか、ガンダムの人は、アースノイドの味方なんかじゃなくて、あくまで自然の中での進化を目指していた。それは、科学ではなく、宗教だった。人間の生き方としての、ナチュラリズムだったんだ」

「人間であること、肉体が地球とともにあることを肯定したのだと思う。でも、それは停滞の肯定じゃない。停滞はやっぱり悪なんだ。欲にまみれた肉体を肯定するには、肉体が何のために存在するか定義づけが必要だった。それが、クンタラの名もなき宗教になった」

「人間が地球に生き続けることには、意義があった」

「肉体は、安易に捨てていいものじゃない」

「きっと・・・」

ベルリとノレドはしっかりと抱き合い、互いがまだ生きて、命ある存在であることを確認し合った。



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