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「DARK STAR/H・R・ギーガーの世界」(2014年作品)感想 [ドキュメンタリー]

ベリンダ・サリン監督による「エイリアン」の造形でおなじみH・R・ギーガーのドキュメンタリー。ようやくオレにもわかる、というより誰にでもわかる商業美術の世界に戻ってくる。

何を描いたらいいのか分からなくなった絵画の世界は、詰まるところ人間を評価して投機資金を呼び込んで延命を図ることになった。だがすべての芸術家が目立ちたがり屋の馬鹿者ではなく、当然絵を描くことは好きだがシャイで陰に籠って絵だけ描いていたい人もいる。そういう人々は商業美術の世界に進むしかなかった。

人を集めてパフォーマンスして名を売ることをしなかった彼らは、絵の価値で勝負することになる。

H・R・ギーガーはELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の「恐怖の頭脳改革」のアルバムジャケットを手掛け、同アルバムのヒットもあって一躍世界的に有名になる。そして映画「エイリアン」の仕事が舞い込み、あっという間にトップアーティストに登り詰めた。

名前の売れている画家の何かに投機するのではなく、ギーガーはエアブラシを使って描かれた類稀な造形センスが注目されて多方面から多くの依頼を受ける売れっ子アーティストになっていく。彼の画集(ネクロノミコン他)は家にあるが、あの絵の根底に彼自身の恐怖体験があるとは知らなかった。

彼自身は大変な怖がりだったが、それを笑われたために恐怖を克服するための訓練をして、結果恐怖を観察するようになったのらしい。

作中で元々芸術家だった彼が映画で有名になって商業作品を手掛けるようになり、のちにアートの世界に戻ってきたと解説している人がいたが、オレはこの人の意見に反対だ。アートの世界は絵の価値より有名であることに価値を置いて作品評価をしていたのだ。

それが70年代前半まで続き、そのころパフォーマンスのできないギーガーはまったく埋もれていた。彼のようにボソボソとしか喋れない内気な人間は、60年代的なアートシーンでは売れなかったのだ。それでも彼は描き続けていた。

つまりアートシーンは彼を無視し、商業に従事する人間が彼を発見して有名にしたのだ。(現代もそうだが)60年代の腐りきったアートシーンは音楽や映画やゲームといったサブカルチュアに救われたのである。本当にアートしていたのはいわゆるアートシーンにいる人間ではなかったのである。

サルバドール・ダリがギーガーを評価したとき、ダリはただの滑稽なピエロに過ぎず、アーティストではなかったのだ。ダリなど財産管理会社しか興味を持っていなかった。絵の好きな人、アートを志す人間はダリになど見向きもせず、ギーガーの話題で盛り上がっていたものだ。

60年代は芸術を殺した時代だ。そして80年代は芸術を再生させた時代なのである。




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「キューティ&ボクサー」(2013年作品)感想 [ドキュメンタリー]

ザカリー・ハインザーリング監督によるNY在住の芸術家、篠原有司男と妻の乃り子を取材したドキュメンタリー。

60年代にボクシング・ペインティングでちょっとだけ有名になった篠原有司男はよくある話だが渡米してチャンスを模索する。そして現地で美大生だった乃り子を強姦、夫婦になってしまう。

初期には立体造形をやっていた篠原有司男のことは有名で、ボクシング・ペインティングもそこそこ評価を受けてしまう。同時に彼の妻の乃り子も山田花子(故人)みたいな作風の漫画でちょっとだけ売れてしまってそのまま現地に座る。

60年代以降となると、絵ではなく描いている人間の評価になるので、おもちゃのグローブでポンポン殴っただけの絵を「良い絵である」とオレの脳が判断を下すことはない。だが投機で絵を買う人にとっては、立体造形時代から有名でパフォーマンスも評価された日本から来た老人+漫画を描く奥様付きという物語だけで売れてしまう。

江戸時代の朝顔の時代から、人間は投機が大好きなのである。脳内麻薬が出るてるのかもね。




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「ミステリアス・ピカソ - 天才の秘密」(1957年作品)感想 [ドキュメンタリー]

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督によるピカソを取材したドキュメンタリー映画。絵が完成するまで延々とキャンパスだけを移す異色作。これはすごいね。

正直、よくわからんwww

わからんけども、完成した絵のうち何枚かは異様な迫力があるんだよね。色彩の関係なのか、脳が牛に反応しているだけなのか判断できないけども。

前から不思議なんだけど、絵の良し悪しというのは脳のどの部分で判断しているのかと。この映像の中にあった絵では、藍色を多用した絵、牛が描かれた絵、大きい絵、線を組み合わせて立体を作っている絵などにオレの脳は反応して「これはいい絵、あれは意味不明、これはオレにでも描けそう(描けません)」などと区別しているのだが、オレの脳が反応した絵がいい絵なのか凡庸な絵なのか、どこでどう区別するのかオレにはさっぱりわからんのだよなぁ。

絵の値段のことはどうでもいいんだわ。投機だし、マネーロンダリングでもあるのだろうし、それはどうでもいいんだけど、ピカソの絵の中に「これは迫力がある良い絵だ」って反応する作品があるんだよね。脳がそう判断しているんだけど、その判断基準は芸術論の言語の中に答えがない。

それがいつも不思議なんだね。




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「日本名車伝説 日本の美しき車たち」(2009年作品)感想 [ドキュメンタリー]

初代クラウンから60年代に製造された日本のヴィンテージカーから珍車までを紹介する作品。

ホンダS600やトヨタ800、2000GT、そしてコスモスポーツなど、おっさん感涙の名車を鈴木亜久里らが実際に走らせる。どの車もしっかり整備されていてかなり調子よく走っていた。

「帰ってきたウルトラマン」でおなじみコスモスポーツは定番の白と赤の2種類を走らせていたが、亜久里の乗った赤い車はかなりエンジンがよく回っていた。ロータリーエンジンの整備など難しかろうに、素晴らしい限りだ。

ホンダS600とS800はエンジン音が泣ける美しさ。かのグレース王妃の愛車の1台であったのもうなずける。ホンダのエンジン音はいつ聴いてもイイ。

ダットサンや日産スカイライン、スバル他昭和の時代を感じさせてくれる懐かしい名車の数々を楽しめる良作であった。




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「ベン・ハー」(1925年作品)感想 [映画]

フレッド・ニブロ監督による1925年(大正13年)のサイレント映画。「ベン・ハー」といえばチャールトン・ヘストンの1959年版が有名だが、これはその前に作られた貴重な作品。大スペクタクルといっていい。必見の大作である。主演は名前しか聞いたことのない名優ラモン・ノヴァロ。

ユダヤ人のベン・ハーが幼馴染によって奴隷に落とされ、海賊船との戦闘中に死にかける。そこで提督を助けたベン・ハーは彼の養子になって母と妹を探しに旅に出る。恋人と出会い、戦車での戦いで幼馴染と戦って勝利。ユダヤ人を焚きつけてイエス・キリストを助けようとするが本人がこれを拒否。

そしてキリストが助けたふたりの女性を出会うと、それが母と妹だった。

というおなじみの話。サイレント時代の映画なので科白はないが、サイレント特有の演出や演技を長時間堪能できる。もちろんモノクロではあるが、一部カラーになっている。なぜなのかは知らない。こういうのは残存フィルムを繋ぎ合わせて修復するので、色を塗ったフィルムがどこかにあったのだろう。

幼馴染のメッサーラの白塗りの顔が間抜けで笑える。サイレント時代の演出はとにかく分かりやすさが身上だから、友人を差別して奴隷に突き落とした愚か者、神の御加護を拒否する愚か者として描かれているのだろう。

映画として素晴らしいというのもあるが、これはとにかく貴重。映画ファンなら絶対に見ておくべき作品。演出と演技はすごく勉強になるはず。☆5。

まさかこんな映画を生きてる間に観られるとは思わなかった。アマゾンプライム最高だな。




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「望郷」(1937年作品)感想 [映画]

ジュリアン・デュヴィヴィエ監督による文芸映画。主演はジャン・ギャバン。

犯罪者のペペ・ル・モコは古郷フランスの警察を逃れ、植民地のアルジェリアのアルジェへ逃れていた。

彼はアルジェの警官スマリンを抱き込み、子分や情婦とともに潜伏生活を送っていたが、思い出されるのはフランスのことばかりであった。そんな彼のもとへ、祖国からやってきたギャビーという美しい女性が現れた。ペペは彼女の華やかさの中に祖国フランスを見出し、次第に惹かれていった。

スマリンはギャビーを使ってペペを誘い出すことにした。ふたりを逃がすフリをしながらギャビーにはペペは死んだと嘘をついて船に乗せてしまう。スマリンに騙されてふたりで祖国へ戻るつもりになっていたペペは波止場で絶望する。彼は警官に捕らわれるより、自死を選んだ。

という話。

内戦でグチャグチャになる前のアルジェの街並みが映されていて貴重な作品。映画ファンの間では詩的リアリズムの作品といわれているようだ。オレにとってはあまり意味のある論評とは思えない。

ギャビーという華やかな女性にフランスを重ね合わせ、まさに望郷の念が極限まで高まっているのに、その麗しき祖国への想いが汽笛にかき消されて届かぬと悟ったペペがナイフで切腹して果てるさまが悲しい。だったら悪いことしなきゃいいじゃんなんて言ってはいけないのだ。

ペペは元々アルジェを出たがっていて、手下どもとどうやって上手く警察をだまくらかすか考えていたのに、ギャビーが出現したことによって望郷の念が強まって破滅したんですな。

美しい物語でした。実は初見。タイトルは知っていた。☆4.8。




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「ボー・ジェスト」(1939年作品)感想 [映画]

ウィリアム・A・ウェルマン監督による外人部隊に配属された兄弟を描く文芸映画。主演はゲイリー・クーパー、レイ・ミランド。

放蕩者のヘスター卿は、孤児だったボー、ジョン、ディグビーのジェスト3兄弟を屋敷に住まわせていた。ヘスター卿は遊びに忙しくて屋敷には立ち寄らず、屋敷は夫人が切り盛りしていた。夫が放蕩者なので家計は厳しく、金目の物を売って生活する日々だった。

最後に残っていたのはブルー・ウォーターという名のサファイアだった。だが実はこれもとっくに売られていて偽物だった。それを知るのは夫人とボーだけ。ある日、ヘスター卿が現れてこれを売って金に換えると言い出した。

このままでは夫人が恥をかくと思ったボーは自分が盗んだと書置きして失踪、ジョンとディグビーはボーを庇おうと同じように失踪してしまう。卿は裏切られたと失望してしまった。

彼らは子供のころ夢に見た冒険の世界へ足を踏み入れていた。それは外人部隊だった。アフリカで再会した3人は、ブルー・ウォーターについて話し合った。それはボーが持っているはずだった。だがその話を他人に聞かれてしまい、彼は味方からも命を狙われる身になった。

ボーは死ぬ間際に叔母へ返してくれと包みをジョンに渡した。ジョンを守るためにディグビーも戦死。ジョンだけが英国へ戻ることができた。

すでにヘスター卿も亡くなっており、邸には叔母とジョンの恋人姪のイソベルがいるだけだった。叔母はじょんからボーの手紙を受け取った。そこには叔母が恥をかきそうだったので自分が盗んだことにしたとの言葉があった。ブランドン夫人はボーの立派な振る舞いに感銘を受けた。

という話。ボーが宝石が偽物だと知っていたとの情報でオチはわかってしまうのだが、オチを隠すことより、世話になった叔母に対しての献身的な振る舞いの立派さを称える方が主題である。教訓話であった。☆4くらい。勇ましい子供時代のジェスト3兄弟が可愛い。




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「フィラデルフィア物語」(1940年作品)感想 [映画]

ジョージ・キューカー監督によるロマンティック・コメディ映画。主演はキャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント。

キャサリン・ヘプバーン演じる高慢な令嬢トレイシーが、前夫デクスターと喧嘩別れしたのちに石炭王ジョージ・キットリッジと婚約する。マスコミ嫌いのトレイシーの結婚をスクープしようとしたゴシップ誌は、コナーとエリザベスを邸内に送り込んだ。

トレイシーは高慢だが美しく、コナーと前夫デクスターはその魅力に気づく。恋の鞘当てののち、彼女の美しさを崇拝するものが退き、残された結婚式場には前夫のデクスターとトレイシーが向かった。

という話。コメディらしいコメディで、冒頭でデクスターとトレイシーが喧嘩しているシーンでオチがわかってしまうのが難点。こういう作品は細かいことを考えず、往年の銀幕のスターを鑑賞するだけでいいのだろう。☆3.5。

キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワートが共演しているのだから豪華だ。このあと戦争が深刻になってきてこういう作品は少なくなっていく。




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「ジャイアント・ビースト ~グローバル経済の謎を解き明かせ~」第8話・最終回 感想 [経済]

8. 世界の汚職ツアー

世に汚職は数多くある。法には反しないが法の精神には反するケースも多い。医師は企業からキックバックをもらうことがある。これを番組内では義務を果たすべき相手が違うことから汚職と定義づけている。だが競合するどの製薬会社もほぼ同じ額のキックバックをするこうしたケースの場合、医師は結局患者にとって良い決定を下すことが多いので一概に汚職扱いすることにオレは反対だ。

どうも最初の取材相手はどんな些細な汚職も見逃さないタイプらしい。おそらくこの人物は、社会のあらゆる層にキックバックや心づけがある社会に変化を嫌う資質があり、それが経済成長の足枷になっているケースが目につくのだろう。それは可能性としてはある。

そうしたケースとしてインドの賄賂文化が紹介される。インドは小役人にいちいち賄賂を贈らないと物事が動かない。それが常習化しているので何をするにも遅い。

賄賂は中産階級の活動が健全で活発な状態だと起こる。その指標となるのはコンクリート業界だ。賄賂で中抜きしていったツケがコンクリート含有量になって表れる。賄賂や中抜きが多い建築物はコンクリート含有量が減って違法な脆い建物となって完成してしまう。

賄賂が横行している社会では脆い建築物、害のある飲料水となって国民を圧迫して経済の成長を妨げる。被害の規模が大きくなるのが特徴。汚職はまともな企業を競争の現場から遠ざける。チェコやシンガポールの汚職実態が実例として挙げらえている。

話としては以上。そんなの深い話はなかった。

汚職には後進国型と先進国型があって、後進国型は企業と政府が結びついて起きる。だが先進国型は野党とマスコミと組合、NGO、NPOなどが絡んで起きる。どちらも政府の予算を食い物にして経済発展を妨げている。この番組ではそうした実態はまるで考慮されていない。汚職は後進国型のみだといわんばかりだ。突っ込みが甘い。

最終回なのでまとめの感想を書いておくと、内容自体は中学生から高校生レベル。しかし日本には経済を扱った番組が少ないので、ちょっと賢い小学生くらいからこうした番組に接しておくのは良いことだ。軽い内容なので大人も楽しめる。大人は内容に少し不満があるかもしれない。

経済は最新の「言語だけの」経済論に偏りがちだ。目新しい言語を誰かが考え、企業の人間がそれを覚えて実践し、もれなく失敗する。例えば「選択と集中」などがそうだ。経済番組は「選択と集中」という言葉が流行り、最先端だと誰もが疑わず垂れ流しにする。

そうした状況で疑う番組が必要なのだ。企業は手っ取り早く答えを見つけようとしていつも経済番組のあるいは経済新聞の受け売りを経営に持ち込んで失敗する。「作文社長」は口を開けば「グローバル」というが、本当にグローバル経済なるものが世界にあるのかどうか検証する気はないのである。

経済番組はこうした軽い感じでもっと多くの切り口を必要としている分野だ。その先駆的役割はこの番組にはあったと思う。





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【再録】「シドニアの騎士」第11話 感想と考察 (後半) [アニメ/特撮]

正規操縦士としての初出撃に不安を隠せないイザナ。

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◇あらすじ(後半)◇

奇居子を捉え、48機掌位を解除する討伐隊。全機超巨大奇居子の周回軌道へ突入する。

第1小隊は前部の奇居子を掃討し迎撃能力を奪えと命令が下り、第2小隊は後部推進機関を形成する奇居子へと向かう。超高速弾体加速装置で遠距離から奇居子を泡状分解させていく第1小隊。それに対抗するため、奇居子は胞衣を変化させヘイグス粒子砲で応戦。次々にやられていく第1小隊。恐怖に震えるイザナ。小隊に回避集中を呼びかける長道。

奇居子の応戦に対し、弾幕の薄い超巨大奇居子の地表まで降りヘイグス粒子砲をかわす決断をする小隊長のサマリ。彼女に率いられた第1小隊は、延長砲身をパージする。機体バランスを崩してパージに失敗した一八式が撃墜。

第1小隊の前部攻撃により奇居子の意識より外れた第2小隊は順調に後部推進機関を形成する奇居子へと迫り、攻撃を開始。推進機関の多くを各個撃破していく。その90%を破壊したとき、突如赤い閃光が走り、第2小隊長が交信途絶となる。騒然とする司令部。シドニアのモニターは、閃光の中に702衛人を模した奇居子を発見する。それは紅天蛾であった。

第2小隊が次々に交信途絶となっていく。紅天蛾は背部推進機関の一部として身を隠していたのだった。紅天蛾を確認し、早急な退避を求める司令補佐官の緑川纈。だが、彼女の呼びかけに答える間もなく、第2小隊は全滅してしまう。紅天蛾により、討伐隊は一気に半数以上を失ってしまった。

超巨大奇居子は胞衣の中に小惑星をまるごと抱えている。任務が失敗すれば、シドニアは小惑星と激突して破壊され、全滅するのは必至だ。膝を震わせる緑川纈。そんな彼女に、小林は作戦続行を命令する。

気持ちを立て直し、限られた戦力で反撃する手段を考える纈。既に発射された対惑星誘導飛翔体着弾まであと1時間。それまでに奇居子を排除しなければ、対惑星誘導飛翔体着弾は直前回避されるか撃破されてしまう。纈は超巨大奇居子の内部に空洞が多いことを発見し、シドニアのヘイグス粒子砲発射の準備指示を出す。

シドニアの全ヘイグス粒子を収束し目標に打ち込めば奇居子の胞衣に穴が空き、そこから内部に侵入して奇居子本体を叩けると判断したのだ。

だが、ヘイグス粒子を使い切ってしまえば、シドニアは回避行動をとるエネルギーまで失ってしまう。居住区への被害も大きい。反対する管制官たち。しかし、シドニアそのものが消えれば元も子もないと強行を主張する纈。判断は艦長の小林に委ねられ、小林は作戦を許可した。

司令部からの連絡で奇居子内部への侵入を知らされ、暗澹たる気分になる第2小隊。しかし戦力は時間とともに失われ、他に手段はない。隊長のサマリは第2小隊を鼓舞し、作戦を了承する。

シドニアではヘイグス粒子収束のために停電と重力場発生装置の停止が知らされる。窓際で何かを思うヒ山。

シドニアの騎士になる夢が絶たれたことをいつまでも悔やみ、安全帯すら付けようとしない岐神海苔夫を見かねて、海蘊が代わって安全帯を固定する。

主戦論を貫いた小林に全責任を押し付け、脱出艇を用意させる不死の船員会・・・。

シドニアから発射されたヘイグス粒子砲が、奇居子全面の胞衣を剥がし、内部への通路を作った・・・。


◇感想と考察◇

後半は本当にあっという間に終わるよね。

もうここまで来るとあとは楽しむだけなので、考察とかあまりないかな。

このアニメを見て、原作はまだ読んでいないんだけども、第4次ガウナ防衛戦という過去の出来事を提示しつつ、第5次ガウナ防衛戦を描いている作品なんじゃないかと想像している。

第4次ガウナ防衛戦は、小林と落合が何をやっていたのか読者に詳しくは示されず、斎藤ヒロキという英雄の活躍によって一応の問題解決はなされたものの、その後に人間は遺伝子操作で地球脱出時の姿を失い、英雄であるヒロキの物語からの退場、落合の退場、落合に代わる人物の登場、100年間の安息、その後に斎藤ヒロキ(谷風長道)の復活、落合の復活などがあって、第4次ガウナ防衛戦でぼやかされた部分が現在進行形で暴かれていくという物語構造だと思ったんだね。

カビ発見以降600年間続いた体制が、2回の奇居子との防衛戦で船員会の入れ替えが行われるんじゃないかと。小林、ヒ山、斎藤、落合に対するのは、緑川纈、科戸瀬イザナ、谷風長道、岐神海苔夫で、トラブルメーカーになって第5次ガウナ防衛戦最大の危機を作り出すのが岐神になるんじゃないかと。

岐神と落合の間にどのようなことが起きるのかよくわからないんだけど、落合が小林に許しを請う場面を見て、岐神は意識、もしくは前頭葉の一部を落合に乗っ取られて、落合の意識を岐神が代行する形になると確信している。

岐神家は岐神開発という企業であるので、融合個体などを研究したい落合には格好の隠れ家になる。岐神の脳の中に隠れている限り、小林にも見つからないし、唯一自分を発見しそうな斎藤ヒロキは既になく、谷風長道は自分を知らない。

斎藤ヒロキがこだわった、記憶の断絶を繰り返しながら種を継続させることの盲点が突かれるわけだ。長道はヒロキの換装用クローンとして脳を移植されていれば、おそらくヒロキは落合を見つけてしまうだろう。不死による個の存続と、死と生殖による種の継続のどちらにも良いところ悪いところがあって、それらがどちらも描かれているのだと思う。

シドニアの旅は終わりそうで終わらない。600年前の英雄たちは、作品テーマの本質を描く道具として物語形成に関わるが、最後はすべての人物が退場し、長道たちに引き継がれる。そして次の600年が始まるという流れだろうか。

シドニアの旅に関して、非武装主義者たちの惑星移住やイザナの移住願望(奇居子への嫌悪)があるのを見ると、一度どこかの惑星への移住場面があるかもしれない。シドニアの旅がなかなか終わらないことを説明するためには必要だろう。もちろん、失敗するわけだ。奇居子がいるのに、うまくいくはずがないが、その奇居子からの逃避願望が移住願望に摩り替わっているので、止めるに止められない。

主要人物で参加しそうなのはイザナだろうな。長道にそれを止めて欲しいと思うのだけど、長道がイザナを尊重するのでむくれて移住してしまい、奇居子に襲われるとかありそうだ。

あとは、600年前の小林たちが不死の船員会に加えられたのと同じ成果が新しいメンバーにも必要だと思う。

オレは、胞衣星白のことがあるので、衆合船との遭遇があるのではないかと思っている。

物語が終わるのに、カビに関することと、カビを宇宙空間に置いておいた他惑星の知的生命体、そして衆合船などの秘密の一端に全く迫らないままではやはり消化不良だ。そこで、胞衣星白の導きによって、谷風長道、緑川纈、科戸瀬イザナ、科戸瀬ユレ、田寛ヌミなどが、衆合船内部に侵入し、秘密の一端に触れる場面がいると思う。

その成果で、600年前の主要人物との交代につながるはずだ。

あとは、人類がどこまで人体改造という進化を受け入れるかが大事な要素になる。地球という環境を離れてしまったのだから、新たな環境への適応が必要だと思うのか、それとも当初目標を守り、新たな環境を地球化することで問題解決を図るのか。

これは、斎藤ヒロキと谷風長道の違いにも関わる問題だ。ヒロキはおおよそあまり大きな変化を望まず、最後は死ぬことを選び、一度は有機転換炉前で倒れ死ぬところだった。だが、ヒロキはそんな自分の思いを次世代に押し付けることは望まず、長道という新たな世代を育てた。最後は、長道の意思決定を尊重する立場であろう。

それが記憶の断絶を容認する理由だ。新たな時代は新たな世代が作ればいいと思っているから、不死の船員会を離れたのだ。そして、新たな世代には胞衣星白という存在がある。人工光合成が当たり前の世代でもある。そんな彼らが、奇居子の衆合船と遭遇した後に、どんな姿で生きることを選択するのか、そこまで描かれて欲しいと願ってる。














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