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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第26話「千年の夢」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第26話「千年の夢」最終回・後半



(OP)


ベルリとラライヤが降りたのはスコード教の神殿の奥の院だった。

上空から見ると天井部分がレイハントン家の紋章になってキラキラと輝いている。その中庭には青々とした芝が広がり、色とりどりの花が咲き乱れて、年中蝶々が舞っているようなのどかな場所だった。

普段はスコード教の幹部しか入れない奥の院に、モビルスーツで上空から舞い降りて侵入したのはベルリとラライヤが初めてだった。そのような不敬なことは絶対に赦さない厳格な雰囲気が漂う場所に立ち、ふたりは切羽詰まった外の世界とあまりに違うことに驚いていた。

ふたりは口々に案内してくれる人を探した。牧師や神父、職員、信徒いずれも見当たらない。少し戸惑いながらもふたりは建物の中へと入っていった。

上空からレイハントンの紋章に見えたのは、天井のステンドグラスのためだった。柔らかな光が天井と壁面の窓から差し込んで小さな埃をキラキラと輝かしていた。ベルリとラライヤは様々な色ガラスに照らされて2体の美しいオブジェのように映えた。

複雑な通路を抜けると礼拝堂があった。スコード教の上級幹部かもしくは神学校の成績優秀者しか入れない特別な礼拝堂なのでさほど広くはなく、壁面には古代の様々な宗教の神々がレリーフになって掲げられていた。

ふたりは注意深くG-メタルの挿入口になりそうなものを探した。壁の隅々、礼拝堂の椅子、祭壇、真っ白で装飾的な柱、そのどこかにG-メタルを使う場所があるはずなのだ。

ラライヤ「(ガッカリした表情で)ありませんねぇ」

ベルリ「上空から見たときはもっと大きな建物だと思ったのに、ここで行き止まりなのか」

ラライヤ「(人差し指を口に当て)誰か来ます。アイーダさん?」

ベルリの脳裏にも閃くものがあった。上空を見上げると、天井付近にグリモアが近づいてくるのが見えた。グリモアの方もすぐにG-セルフとG-アルケインを発見したのか、ゆっくりと中庭へと降りてきた。ハッチが開くと中からアイーダが姿を現した。

ベルリ「どうして姉さんがここに?」

アイーダ「さあ・・・閃くものがあったんです。ここに来なきゃいけないって。ふたりも?」

ラライヤ「わたしたちもそうです」

ラライヤが応えるのをアイーダは不思議そうに見つめた。ノレドでないことが奇異に感じられたのだ。

ベルリ「ここはスコード教の神殿なんですけど、G-メタルを使って何かをしなきゃいけないはずなのに、どこにも使える場所がなくて。もう時間もないし、最悪、みんな脱出してもらって、ぼくはG-セルフで薔薇のキューブを押し返せないかやってみようと思うんです」

アイーダ「そのことなんですけど、あたし、冬の宮殿でリリンちゃんにG-メタルを渡したままなんです。2枚必要だったら、あたしは取り返しのつかない失敗をしたことになる」

ベルリ「大丈夫(首に掛けたG-メタルを外す)。ぼくらはずっと何かに導かれて来た気がするんです。ひとりはジムカーオ大佐で、彼の敷いた道筋はとんでもないものだったけれど、同時に別の何かがぼくらを守っていてくれているはずなんです。そんな気がします」

ラライヤ「また誰かが来ますね」

アイーダ「あたしにも見えます。あれは法王さま!」

続いてやってきたのは、メガファウナの高速艇だった。着陸した船の中からゲル法王とリンゴが姿を現した。地面に降りたリンゴはそのままへたり込み、ゲル法王は地に足がつかないほど慌てていた。

リンゴ「もうダメだ。早く避難しなきゃ。すぐに薔薇のキューブがぶつかってくるよーー!」

ベルリやアイーダが口々にゲル法王に話しかけたが、法王は目をカッと見開いたまま口を真一文字に結んで神殿に向かう階段を駆け上がり、半ばまで達したところで突然止まって皆を振り返った。

ゲル法王「(怒鳴り声のような怖ろしい声で)生贄のふたりはモビルスーツへ! 他の者はこのわたくしについてきなさい。レイハントンの紋章は女の首に!」

普段の温厚なゲル法王の口調とはまったく違うために、4人の若者はのけぞるほど驚いた。しかし、歯をギリギリと噛みしめ宙の一点を見つめるゲル法王に威圧されて、ベルリはG-メタルをアイーダの首に下げると自分はG-セルフのコクピットに潜り込んだ。

隣ではラライヤが同じようにG-アルケインのコクピットに入って親指を立てて合図した。

ゲル法王「ついて来なさい!」

ゲル法王は神殿の中へと走り出した。

アイーダとリンゴは必死に法王の背中を追いかけた。アイーダは走りながら「生贄」のことを質問したがゲル法王はそれには応えてはくれなかった。

3人はステンドグラスの明かりが差し込む通路を抜けて、小さな礼拝堂へと辿り着いた。法王は法衣を翻して一気に参列者席を抜けると祭壇に上がってしゃがみこんだ。祭壇の床には扉があった。法王は扉を開いた。するとそこに下へ降りる階段が出現した。ゲル法王はためらいなく真っ暗な階段を下っていった。アイーダとリンゴもそれに続いた。

13段の階段はそのまま細い通路に繋がっていた。ゲル法王はなおもその細い通路を走り続け、アイーダとリンゴはその背中を追いかけた。息が切れかかったころ、行き止まりに突き当たって3人は脚を止めた。真っ暗だったためにリンゴはアイーダの背中にぶつかってしまった。

リンゴがパイロットスーツからペンライトを取り出して行き止まりになった壁を照らすと、そこにはレイハントンの紋章が刻まれていた。

2羽のつがいの鳥が、反対向きに並んだ形になっていて、上空から見下ろした神殿の天井と同じ形をしていた。

ゲル法王「さあここにそれを差し込んで」

アイーダはベルリから受け取ったG-メタルを紐から取り外して挿入口らしき場所に差し込んだ。するとレイハントンの紋章はうっすらと輝き、行き止まりになっていた扉が開いた。

眩い輝きが3人の視界を白く染めた。

ゲル法王は天に祈りを捧げてから光の中へ脚を踏み入れた。アイーダは法王が話した言葉の意味を気にして「生贄」のことを訊ねながら光の中へと脚を踏み入れた・・・。







アイーダ「なッ!」

輝く光の中へ脚を踏み入れたはずのアイーダは、自分が椅子に座っていることに驚愕して脚をジタバタと動かしてしまった。視線を上げると眼前に青い地球が見えている。メガ粒子砲の閃光がこちらに向かって飛んできている。撃ってきているのはムーンレイスの艦隊だった。

何が起こったのか理解するのに少し時間が掛かった。彼女は自分の掌を眺めて意識がエンフォーサーの中にあることを理解した。いま彼女はエンフォーサーの中に入ってシルヴァーシップの中央指令室の椅子に座って船を操作しているのだ。

そうとわかると目の前に広がる光景が何を意味しているのかすぐにわかった。彼女は声に出さず攻撃と航行の停止を指示した。すると彼女が乗り移ったシルヴァーシップは逆噴射をかけ、そのまま後ろの薔薇のキューブに激突した。

シルヴァーシップは一瞬で破壊されたが、薔薇のキューブには傷ひとつつかなかった。

アイーダはまた自分がシルヴァーシップの中央指令室にいるのを理解した。また別のエンフォーサーに乗り移ったのだ。そして自分の指示が乗っている船だけに届くわけではなく、別の船の別のエンフォーサーにも連動しているのだと感覚的に悟った。

彼女がシルヴァーシップ全艇に攻撃と航行の停止を命じた瞬間のことだった・・・。







ディアナ・ソレルは敵のシルヴァーシップが突然逆噴射をかけて薔薇のキューブにぶつかっていくさまを唖然と眺めた。何が起こったのかと考える間もなく、彼女は自分の身体の中をアイーダ・スルガンが通り過ぎて行ったことを悟った。

ディアナ「全軍薔薇のキューブの側面に回り込んでエンジンを狙え!」

ディアナ・ソレルの命令一下、ムーンレイスの艦隊は薔薇のキューブの前面から回避行動を取って側面に回り込んだ。すでに地球は眼前に迫っており、あと少し回避が遅れれば重力に引かれて手遅れになる寸前であった。

彼女たちを悩ましていたシルヴァーシップの艦隊は逆噴射したまま薔薇のキューブに激突して粉々に砕け散っていく。その様をモニターで眺めながら、ディアナ・ソレルは別のことを考えていた。

ディアナ(そうですか。あの方は地球でそんなお仕事をされてから亡くなりましたか)







冬の宮殿で宇宙世紀の歴史の研究に余念のなかったウィルミット・ゼナムとリリンは、目の前の空間にゲル法王の姿が映し出されて驚いた。

ウィルミットは袖でさめざめと涙を拭った。

ウィルミット「法王猊下! ああ、なんという姿に。おいたわしや・・・」

横にいたリリンは法王の姿を見上げながら大きく頷くと、首から下げていたアイーダのG-メタルを挿入口に差し込んだ。







ベルリ「えええーーー!!」

生贄とはどんなものだろうと身構えていたベルリとラライヤは、G-セルフとG-アルケインが突然薔薇のキューブの真ん前に出てしまってたことに驚いた。薔薇のキューブは30分もしないうちに大気圏に突入してキャピタル・タワーを直撃するところまで迫っていた。

何か武器がないか探したベルリは、自分がやるべきことは攻撃ではないと悟った。彼にはG-メタルはないのにG-セルフのすべての隠された機能を彼は理解していた。ベルリはいまG-セルフと一体となっており、それはラライヤも同じであった。

ベルリにはラライヤの姿が見え、ラライヤにはベルリの姿が見えた。しかし、それだけではない。薔薇のキューブにはノレドとルイン、そしてジムカーオがいるのがはっきりと見えた。

ジムカーオが放つオーラに、悪意はまったくなかった。その意味に気づいたのはルイン・リーであった。

薔薇のキューブの中央部分側面でYG-201と交戦していたルインとノレドは、敵のモビルスーツが自爆していくのを見ながら全身の感覚がモビルスーツと一体になるのを感じ取った。ルインにはジムカーオの姿がハッキリ見えた。そして彼が何を行おうとしていたのかもすべてわかったのだ。

ルイン「ビーナス・グロゥブでニュータイプ能力を発揮したとき、あなたはスコード教に改宗してエンフォーサーの仲間になるか、儀式の末に食べられるかと迫られ、クンタラの教えを捨てたのだ。それからあなたはずっと大きな虚無を抱えてひたすら大執行の時を待った。信仰を捨てて生き延びたことを悔やむでもなく、喜ぶでもなく!」

巨大な精神感応はルインとベルリ、そしてジムカーオへと拡がっていった。

ベルリ「神に会いたいがためにクンパ大佐の大罪を見逃し、父と母が殺されることも黙認した! ニュータイプの力というのはそういうことのために使うものなのか!」

ふたりの姿を交互に見比べながら、ジムカーオは嬉しそうに手を叩いた。彼の眼にも確かにルインとベルリが見えていた。

ジムカーオ「おお、これは・・・。てっきり一方的に大虐殺をして終わりかと思っていたよ。さすがにそれは気が引けたんだ。君たちには感謝しなきゃいけないな」

ルイン「そんなことのために!」

ベルリ「どれだけの人を殺したというんだ!」

ジムカーオ「教えてあげるが、現在までで人類の人口の4分の1が死んでいる。ラビアンローズが地上に落下すれば、100分の1にまで激減する。大執行とはね、こういうものなんだ。君たちは死を怖れているが、宇宙世紀の理屈ではこれくらいは平気なんだよ。なにか、レイハントンが仕掛けを施しているようだから、自分はそちらを調べさせてもらう。では失礼」

そう告げるなり、ジムカーオの気配が忽然と消えた。ニュータイプとしての能力に長けた彼は、精神感応をすることも切断することも自在にできるようだった。

ルイン「その力で人々を操っていたのか! クソッ!」

ラライヤ「時間がない!」

ベルリ「みんな避難してください! ぼくが・・・ガンダムがこれを押し返してみせます!」

ベルリは薔薇のキューブに突進した。真っ黒な四角い塊にG-セルフが取りついても、米粒より小さく感じられた。ラライヤはG-セルフがベルリ自身であって、またベルリとは別の誰かであることを知った。ベルリもまたいつのころからか彼を守護する力が憑依していたのだ。

ラライヤは感覚器官が一体化したG-アルケインで薔薇のキューブを押し返すなかに加わった。

ルインもまた避難はせずにその列に加わるため、彼はG-シルヴァーでノレドの元を飛び去っていった。

彼らの会話をノレドも聞いていた。しかし彼女には自分にも何かできるという確信がなかった。ベルリのところに行って、一緒に薔薇のキューブを押し返せばいいのか、避難すればいいのか、ベルリはどちらなら喜んでくれるだろうと彼女は考えてしまった。

ノレドはまたボロボロと涙をこぼしながら薔薇のキューブの中央部分で立ち竦んだ。彼女の耳に、ベルリの声が聞こえた。

ベルリ「ノレド! 手紙の約束を果たせ! 君が書いてくれた手紙の約束を今こそ果たしてくれ!」

ノレドはハッと顔を上げて正面を見た。そこには薔薇のキューブなど存在せず、ただ必死に巨大構造物を押し返そうとするベルリの姿だけがあった。

ノレド「手紙、受け取ってくれたの?」

ベルリ「サウスリングの机の中にノベルに守らせて置いてあっただろう! ずっとパイロットスーツの中に入れてある!」

ノレドは顔を真っ赤にしてベルリを見つめ、そして自分が彼に宛てた手紙が確かに懐に隠してあるのを知った。

ラライヤ「ノレドさん! G-ルシファーはそんなものじゃないでしょ!」

ノレドは自分がG-ルシファーと一体となっていることを改めて思い出し、じっとその設計思想を走査していった。

ノレド「そうか・・・、光の粒子、月光蝶だ!」

ノレドがそう叫んだ瞬間、パイロットシートのエンフォーサーが動き出した。彼女はもうバララ・ペオールの顔ではなかった。キュルキュルと高い動作音を立てたエンフォーサーが薔薇のキューブの全体構造を解析した。

ノレド「2時間掛かる?全部消滅させるのに2時間も?!」








ハリー「しぶとい!」

ハリー・オードはターンXとオルカともに∀ガンダムがキャピタル・タワーに向かうのを阻止するために戦っていた。しかし突然∀ガンダムは向きを変えて上昇し始めた。ハリーが視線を上げるとその先には巨大な薔薇のキューブがタワーめがけて落ちようとしているのが目に入った。

ハリー「オルカは退避! ターンXのパイロット! コクピットを開けろ。(ターンXのトリーティがハッチを開く。ハリーもスモーのハッチを開ける)ロープを渡すから機体を交換するぞ。スモーは地上に自動で降りるようにセットしておく。(トリーティはあまりの高さに恐怖している)怖がるな! ターンXに乗ったままならお前も死ぬぞ!」

ハリーは渡したロープを伝ってターンXに移動した。トリーティもヘルメットの中でしきりにスコードスコードと唱えながら必死の形相で渡ってみせた。

ハリー「あとは自動だ。お前は勇敢だったよ」

ターンXに搭乗したハリーは、オルカと自分のスモーが退避したのを見届けてから、全速で∀ガンダムを追いかけた。

彼には方向を変えた∀ガンダムに何者かの意思が宿ったように感じていた。おそらくは遠隔操作で動かされていたはずの∀ガンダムに、別の何かがやって来て操縦系を奪い去ったのだ。ハリーにはその人物に覚えがあった。だが確信がなかった。

いま、∀ガンダムとターンXの2機は、第二宇宙速度を超えて飛行していた。向かう先は薔薇のキューブであった。先行した∀ガンダムは円を描くように薔薇のキューブに取りつくと月光蝶を放って巨大な構造物を消滅させていった。

∀ガンダムとランデブーしたハリー・オードの眼下にあるザンクト・ポルトから眩いばかりの光が放たれ、レイハントンの紋章が宇宙空間に浮かび上がった。その光が∀ガンダムに触れたとき、ハリーはそこにディアナ・ソレルの姿を見た。

ハリー「ターンX! 月光蝶を放て!」








ザンクト・ポルトから閃光が放たれたのを、ケルベスはクラウンの中から眺めた。

彼が144番ナットを制圧したとき、そこにはザンクト・ポルトからの避難民が集結していた。すでに彼らに抵抗の意思はなく、制圧は簡単であったが、それより彼が頭に来たのは寝返った自分の教え子たちが避難民を放置していたことだった。

彼はクラウンの位置を確認してすぐさま運航表を切ると、一般人から先に地上へと降ろしていった。その手際の良さに驚いた彼の生徒たちはますます心酔した表情で彼の指示をテキパキとこなしていった。

ケルベスは1機を残してクラウンを地上に降ろしてしまうと、1台のレックスノーと数人のガード兵士を率いてザンクト・ポルトへと向かっていたのだ。

輝きを目にしたとき、彼はベルリとルインが共に薔薇のキューブを阻止するために力を合わせているのだと悟った。そして、輝きの源がゲル法王なのだとも理解した。

ケルベス「いいか、みんな。スコード教はゲル法王猊下の下で生まれ変わる。これからは真の世界宗教になっていくだろう」

だが彼がそう告げるまでもなく、その場にいた兵士たちすべてが彼と同じことを考えていた。








ジット団のメンバーと共にラトルパイソンに乗っていたマニィは、小さな子供を抱えたまま自分はもう地球には戻れなくなったのだと悟った。

ルインはベルリと共に戦っている。彼は罪人だ。彼と共に行くなら、もう地球には住めなくなったのだ。彼女はごめんねごめんねと子供に謝りながらザンクト・ポルトから発する光を眺めた。

彼女のそばで同じように子供を抱えていたクン・スーンは、しきりに頷いていた。

スーン「そうか、そういうことだったのか」

コバシ「レコンギスタなんてしなくても、レイハントン家が何もかも用意していてくれたんだね。あたしたち、法王庁の連中に踊らされすぎたみたい」

スーン「無理なんかしなくても、地球に来られたんだ・・・。レイハントン家が戦ってきたのは、軍産複合体とニュータイプ研究所。彼らの地球再支配がつまりレコンギスタだったと・・・」

もっと早くわかっていればキア隊長は死なずに済んだ、その言葉を飲み込んだクン・スーンの気持ちはコバシにはよくわかっていた。それはニュータイプの共感現象がなくてもわかったのである。








部屋に入るなり気絶して何の役にも立たなかったリンゴがすっくと立ち上った。彼の身体はジムカーオに乗っ取られていた。

リンゴの眼には神々しい光に包まれたゲル法王の姿が映っていた。そのまま彼はゲル法王の法衣を引き掴んで倒そうとした。ところがその手を掴んだアイーダが手首を捻って投げ飛ばしてしまった。

アイーダは法王を守るように立ちはだかった。

アイーダ「これくらいの心得は父に仕込まれています!」

リンゴ「まいったな。男の方が強いと思ってこちらを選んだのにとんだ見込み違いだった」

その口調はジムカーオそのままであった。アイーダは両手を前に出して構えたままリンゴを殴る隙を伺った。リンゴに憑依したジムカーオは、これはダメだとすぐに匙を投げてしまった。

リンゴ「ではもうひとりのレイハントンに忠告しておこう。このじいさんを中心にスコード教を真の世界宗教にしようと考えているようだが、ニュータイプが起こした奇蹟を教義の中心に置く限り、神に迫ろうとする科学者は必ず現れる。そして神のごとく人々を操るニュータイプもまた現れる。人間の残留思念の研究は、人体改造を強いて人の感情を破壊する。地球を救ったこの宗教こそが再び人類に過去の宇宙世紀と同じ轍を踏ませるだろう。だからこそ人間は真のニュータイプに進化するしかなかったのに、サイコミュなどというこざかしい方法で大執行を阻むとはレイハントンは愚かしい王であった。だが、負けは認めよう。君らが生き残ることがあるなら、再び相まみえることもあろう」

そう告げるとリンゴは再び失神して床に伸びてしまった。

アイーダ「わたくしとベルリは必ず正しい道を見つけてみせます!」

アイーダは虚空に向かってそう叫んだ。








ザンクト・ポルトから発した強烈な光が薔薇のキューブに照射された。眩い輝きがベルリ、ラライヤ、ルインの機体を神々しく照らし出した。

3機のガンダムはリミッターを遥かにオーバーした出力で薔薇のキューブを押し続けていた。後方にはムーンレイスの大艦隊がパルスエンジンのノズルを攻撃し続けている。しかし大気圏突入が近く、ディアナ・ソレルは艦隊を引き離す指示を出さなくてはならなかった。

ノレドのG-ルシファー、∀ガンダム、ターンXの3機はすべてのエネルギーを月光蝶の放出に充てていた。3機が放つ光の粒子は薔薇のキューブの巨大な質量を削っていっていた。

ノレドは生産設備のあるキューブ後方をあらかた消滅させてしまっていた。連結部は素材が硬く月光蝶すら効かない。張り付いたナノマシンが機能を停止して砂のように舞うばかりであった。

∀ガンダムとターンXは先端部分の巨大なキューブを半分以上失わせることに成功していた。この2機の参戦は意外だったらしく、ディアナ・ソレルはソレイユのブリッジの窓に顔を当て、∀ガンダムの操縦者を心に捉えようとした。

しかし残された時間は少なくなっていた。タワーまでの距離はわずか。まだ中心部分の球体が残っている。球体部分の下半分はパルスエンジンの本体だった。これを爆発させるとタワーに被害が出るのは確実だった。ディアナは名残惜しみつつも全軍に退避命令と大気圏突入準備を急がせた。白いソレイユと同型で黒い船体のオルカは薔薇のキューブを離れていった。

ベルリ「(必死の形相で)ノレドとラライヤは退避してくれ! あとはぼくが」

ルイン「ノレドとラライヤは下がれ! もう十分だ!」

飛行形態でエネルギーを消費していたG-アルケインはフォトン・バッテリーが尽きかけ、限界が来ていた。ノレドのG-ルシファーも無断出撃でバッテリーを交換しておらずエネルギーの残存表示が赤く点滅している。それでも薔薇のキューブから離れようとしないふたりに、外部からの介入があった。

G-アルケインとG-ルシファーはコントロールを失ったままフワリと浮くように薔薇のキューブから離れていった。ラライヤとノレドは必死にコントロールを取り戻そうともがいたが、2機は完全に機能を停止して地球の重力に引かれていった。

ベルリ「ノレド! ラライヤ!」

ドニエル「ルアン、オリバー、ノレドとラライヤを救出しろ。機体はそのまま大気圏に落として構わん。ふたりは必ず助けるんだ! ステア、角度調整!」

ステア「イエッサー」

重なり合うように落ちていく2機から脱出ポッドが飛び出した。ルアンとオリバーはグリモアで艦を離れてふたつの丸い球体をキャッチしてモビルスーツデッキへと戻った。そしてメガファウナも薔薇のキューブを離れて大気圏突入準備に移行した。

ルイン「まだかなりの質量がある。とにかく最後までこいつが地球に落ちないように頑張るだけだ」

ベルリ「絶対に絶対に落とさせやしません!」

G-セルフとG-シルヴァーは角度を変えるためにすべてのエネルギーを放出した。レイハントン家が用意した2機の最終系ガンダムの後方には虹色の輪が何層にも重なって伸び縮みを繰り返した。かろうじてタワーへの激突は避けられるほど角度が変わったとき、∀ガンダムは白い表面が溶けるように消えていき、巨大なパルスエンジンを繭のようなもので覆い始めた。

するとそれに呼応するかのようにターンXの表面を覆うナノマシンも形を崩し、そのすべてを繭の成形に使い果たして内部フレームだけになってしまった。

ターンXの頭部のコクピットが外れた。

ハリー「ディアナさま!」

∀ガンダムの内部フレームに残ったディアナ・ソレルの残留思念は、振り返ることなく少しだけ横顔を微笑ませると、その思念で両機の縮退炉を爆発させた。

縮退炉の爆発はパルスエンジンの爆発を誘発させた。薔薇のキューブはこれによってクルクルと回りながら重力圏を脱し、地球を遥かに逸れて宇宙の彼方へと消え去っていった。

爆発が起きたとき、2機のガンダムとターンXの頭部は地上へと吹き飛ばされた。ターンXの頭部はギリギリのところでソレイユが回収したものの、ガンダムは間に合わず大気圏へ突入してしまった。

マニィを乗せたラトルパイソンが、ガンダムの落下とすれ違った。そのとき、クン・スーンの赤ん坊とマニィの赤ん坊が同時にキャッと声を出して身体をのけぞらせた。するとガンダムを白く発光する膜のようなものが包んだ。

マニィ「ルイン!」

スーン「誰も死ぬな!」

2機のガンダムは手足が爆発を起こしてもがれてしまった。真っ赤になった頭部も吹き飛んだ。しかし、コクピットの部分だけは白く発光する膜に覆われて爆発を免れた。

2機は徐々に冷却されていった。

ドニエル「ステア! 何とかあれを!」

ステア「任せて!」

メガファウナは胴体部分だけ残ったガンダムの下に入り込み、速度を合わせてモビルスーツデッキに入れようと微調整を繰り返した。

ガンダムの胴体は無事に回収された。巨大なマグネットに張り付いたガンダムの胴体から、ベルリとルインが同時にハッチを開けてお互いに視線を合わせた。

ベルリ「(にっこり笑いながら)マニィに子供が生まれてたんですね。おめでとうございます」

ルイン「(俯きがちに)ああ、ありがとう、ベルリ」

焼けただれたガンダムの消火活動によってモビルスーツデッキはもうもうと水蒸気に包まれて、ベルリとルインの姿を靄の向こうに消していった。




       -ベルリの手紙-

母さんへ

母さんが地球に戻ってたった2日でクラウンが定時運航を開始したと聞いて驚いています。

リリンちゃんを引き取ってくれたと知り、感謝にたえません。ぼくはもう母さんの傍にはいられなくなったけど、リリンちゃんがいれば母さんも退屈せずに済みそうですね。ぼくはあの子にしてはいけないことをしてしまったので、母さんの心遣いにただただ頭を下げるしかありません。

ルイン先輩とマニィ、それにクリムさんは、それぞれクンタラ戦士の若者とゴンドワンの若者と共にクレッセント・シップとフルムーン・シップに搭乗してビーナス・グロゥブへ旅立っていきました。本当はぼくが全権大使にならなくてはいけないのですが、トワサンガの立て直しに時間を取られ、ふたりに甘えた格好になりました。ふたりはビーナス・グロゥブでラ・ハイデン総裁の裁きを受けることになります。しかし、死刑も懲役刑もないビーナス・グロゥブの方がふたりの罪は軽く済みます。それにあちらはやることがたくさんありすぎて人手が足らないようなので、おそらくふたりの能力は必ず役に立つでしょう。

アメリアのアイーダ姉さんとは頻繁に連絡を取っています。地球のすべての若者を一定期間宇宙で労働させることにより勤労意識を植え付けるというぼくの方針は、一部の人から徴兵制のようだと批判を受けていて、姉さんには苦労を掛けています。ズッキーニ大統領に毎日のように攻められて頭に来たのか、次の大統領選挙に出馬すると息巻いています。

しかし、アメリアに移住を果たしたディアナ閣下が、宇宙に住み、義務意識を育てることこそ教育の根幹にすべきだと力説されて、徐々に支援者を増やしているようです。彼女のカリスマ性は素晴らしいものがあります。将来は姉さんのライバルになるかもしれません。

トワサンガはハッパさんの協力もあって少しずつ機能を回復しつつあります。王政から民政への移行について母さんからいただいたアドバイスはとても役に立っています。王政を放棄する場合は、その権力構造を根本的に解体してからでないと、民主主義から独裁者が生まれるというのはその通りです。正統性の根幹を変えるのは大変ですが、トワサンガは地球からの学生を受け入れ教育する場所に生まれ変わるので、学生に政治の一翼を担ってもらう仕組みができないか検討中です。サウスリングの若者たちが様々な面で協力してくれるので助かっています。母さんも仕事をケルベス運航長官補佐に引き継いだら是非1度トワサンガの講師を引き受けてもらいたいものです。

ラライヤはすでに優れた教官で、兵器に利用されないモビルスーツの開発テストと宇宙労働規約の策定を同時にやってもらっています。きっと学生に大人気の先生になるはずです。

さて本題ですが・・・






ドニエル「(メガファウナの砲台に腰かけるベルリとノレドを眺めながら)結局あのふたりは結婚するのか?」

ギセラ「(ドニエルと並んでふたりの背中を眺めつつ)仲がいいのか悪いのかわからないんですよね」

副艦長「(ギセラの隣で)ビーナス・グロゥブからフォトン・バッテリーが配給されるようになったら自分らもメガファウナを捨ててフルムーン・シップ勤務になりますからねぇ。トワサンガと地球を往復する仕事に就かなきゃいけないから、結婚式を挙げるなら早くしてもらいたいんだなぁ」

ドニエル「ベルリの奴、ヤケにノレドにつっけんどんにすると思っていたら、ラブレターもらって照れてただけとか、何考えてんだかな」

副艦長「坊やなんでしょ」

ギセラ「艦長もステアがビーナス・グロゥブに行っちゃって寂しいんでしょ?」

ドニエル「そんなことはないぞ。そんなことはない」

2度と使われないはずの砲台に腰かけ、地球を眺めて話し込むベルリとノレドは、ときに真剣に、ときに笑い合い、いつまでもいつまでもそこに座り続けていた。

メガファウナの中の3人は、待っていても埒が明かないと、解散を決めて持ち場に戻っていった。




-完-




「ガンダム レコンギスタの囹圄」はこれで完結です。最後までお付き合いくださりありがとうございました。

富野由悠季監督の「ガンダム Gのレコンギスタ」劇場版が完成するまで、軽い気分で読んでいただければ幸いです。


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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第26話「千年の夢」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第26話「千年の夢」前半



(OP)


ベルリたちが伝えた降伏の意思は受け入れられなかった。

3人の若者は薔薇のキューブの中でにこやかに談笑する人々に囲まれていた。ジムカーオ大佐は盛んに冗談を口にしてエンフォーサーと呼ばれる人々を笑わせた。彼ら執行者は、自分たちが行おうとしているキャピタル・タワーの破壊が成功しようと失敗しようと関係ないのだった。

彼らはただ1000年前に定められた契約通り、アースノイドが未来を生きる資格を有した人間に進化したのかどうか見極めたいだけなのだ。彼らの余裕の裏には、アースノイドに対する侮蔑の感情が確かにある。それを覆すには、正しい方法で大執行を止めてみせるほかない。

その手段とは、人がニュータイプに進化して人と人との断絶を埋めることであった。感覚が共鳴し合い、差異の源を察知して、攻撃を踏みとどまる。追い詰められ命尽きようとしている人間に声を届ける、人がそのように進化することが大執行を止める手立てなのだ。

ベルリ、ノレド、ラライヤの3人はしばらくして席を立ち、それぞれのモビルスーツに乗って薔薇のキューブを脱出した。誰にも止められなかったし、モビルスーツにも細工はされず、それどころか誰も3人に関心を示さなかった。3人は無言のまま戦闘宙域を脱した。

ムーンレイスの激しい抵抗は降伏を通告するために中断されていた。薔薇のキューブはまっすぐに地球へ向かっており、数時間でザンクト・ポルトに達しようとしていた。

ノレド「ラライヤならG-ルシファーの光の粒子が出せるんじゃ・・・」

ラライヤ「敵は無防備ですから、3人で攻撃すればあるいは・・・」

ベルリ「(首を振って)多分ダメだ。攻撃した途端、シルヴァーシップがこちらを攻撃してくる」

ベルリは自分の胸に手を当ててスコードの名を唱えた。手のひらにG-メタルの感触が伝わった。初代レイハントンが子孫に託した遺産。それはG-セルフとG-メタルだ。

ジムカーオはG-シルヴァーを製作し、G-メタルを奪おうとした。それが解除したものは、ムーンレイス、冬の宮殿の奇蹟の映像、シラノ-5の重力発生装置だ。まだ何かあるはずだった。それは一体どこにあるのか。地球の人々を救う手段がまだ何か・・・。あるとすればそれはキャピタル・タワー、ザンクト・ポルトではないか・・・。

ベルリ「スコード教の聖地ザンクト・ポルト・・・。あそこに何かあるのかもしれない」

ノレド「ベルリがそう感じたならそれに従って!」

ベルリ「ノレドも一緒に・・・」

ノレド「いいや、あたしは何かやらなきゃいけないことがあるかもしれない。ベルリの傍にいて、ベルリがやることを横で見てるだけがあたしじゃないはず。ベルリはラライヤと・・・」

3人の帰還はあまりに早かった。その理由を聞いたブリッジクルーは一様に動揺を隠せなかった。

ドニエル「人類が進化したことを示さなきゃキャピタル・タワーを破壊して人類への支援を完全に打ち切るってのか?」

ディアナは難しい顔で考え込んでいた。

ディアナ「たしかに・・・、外宇宙に出てまで戦争を続けていたわたくしたちの祖先は、ほとほと戦争が嫌になり新しい人類の形を模索していました。それに対して地球文明再興派の人たちはいったん原始時代へと戻った末の発展でしたので、戦争の恐ろしさを忘却してしまっていたところがあった」

副艦長「カシーバ・ミコシを破壊して、タワーまで壊され、挙句にフォトン・バッテリーが来なければ確かに人類は原始時代に戻る。そのあとに悠々とスペースノイドはレコンギスタできるわけだ。しかし、そうならないための猶予が1000年間も設けられていた。1000年間彼らは人類を支援しながら、我々の精神的進化を待ち続けてきた。これはもう・・・」

ドニエル「とりあえずベルリとラライヤはザンクト・ポルトにやろう。その代わりノレドはパイロットとして出動してもらう。G-セルフとG-アルケインのフォトン・バッテリー、空気の球、水の球の交換を急げ。食料も少し持っていけ。もう地球までそれほど距離はないが、それだけ時間がないってことでもある。アルケインに掴まっていけば少しは早く着くだろう」

簡単な整備とエネルギーパックの交換に要した30分の時間で、ベルリとラライヤは短い仮眠をとった。少しだけ疲れた顔で姿を現したふたりにハッパが近寄ってきた。

ハッパ「いいか。オレたちはニュータイプじゃないけど、気持ちはお前たちと一緒だからな。みんながついてるって忘れるな」

ベルリ「ありがとうございます、ハッパさん」

そう礼を言ったベルリはコクピットのハッチを閉じてモビルスーツデッキから発進していった。後に続いたラライヤはすぐさま飛行形態に変形して、G-セルフと共に飛び立っていった。ふたりが出て行ったのを物陰に隠れて見ていたノレドは、ハッパの目を盗んでG-ルシファーに乗り込んだ。

ノレド「シルヴァーシップは1台のエンフォーサーが全部コントロールしている。だったらなかに乗り込めばまたあいつを奪って薔薇のキューブを倒せるかもしれない」

G-ルシファーが後を追うように出撃したのを見たハッパは必死にノレドの名を叫んだが、ノレドは通信回線を切って一直線にシルヴァーシップめがけて飛んでいった。







ハリー・オードから提供されたキエル・ハイム著「クンタラの証言 今来と古来」を一読したアイーダは、地球に降ろされたクンタラたちの証言からある事実を発見した。それはニュータイプの能力を得るために彼らとその子孫を計画的に掛け合わせて家畜にしていた種族が存在したという事実だった。

外宇宙からの帰還者のグループの中に、そのような習慣を持つグループが2派あった。そのうちひとつは最も遅く帰還してきた今来で、元来彼らは軍産複合体として中立的な立場を保ちながら戦争にまつわる物資の提供や修繕を行い利益を上げていた集団であった。彼らはある取り決めののちに、ビーナス・グロゥブの集団に加わり、食人習慣を捨てた。

もうひとつのグループは、これも遅く戻ってきた今来で、宇宙世紀では珍しいアンドロイド技術を研究し、なおかつ人間の残留思念を捕捉するニュータイプの研究機関であったという。彼らはニュータイプをモルモットとして扱い、研究材料としたのちに食肉として処理していたという。

どちらも元を辿れば戦争が生み出した集団であった。軍産複合体とニュータイプ研究所、このふたつの集団が食人習慣を最後まで改めなかったグループであった。ニュータイプ研究所を母体としたグループも、ある取り決めののちにトワサンガのグループに吸収されたという。

ある取り決めとは、地球に残った人類が再び宇宙世紀の失敗を繰り返さない進化した人類になり損ねた場合、彼らを抹殺してスペースノイドによる地球支配を確立するという内容であったという。地球に降ろされたクンタラのうち一部の人間がそれを知って伝えており、それを500年前に収集した人物がアメリアにいたのだという。アイーダには、キエル・ハイムという名前に覚えがあった。

アイーダ「これは本物のディアナ・ソレルに違いない。月の女王ディアナ・ソレルに聞いた話は本当だったんだ。彼女たちは入れ替わり、地球育ちのキエル・ハイムは宇宙でレイハントンと戦い、月で育ったディアナ・ソレルは宇宙から降ろされたクンタラたちの証言を拾い集めて後世に残した。それぞれがぞれぞれの立場で最後まで戦い続けたんだ。なんという勇気ある女性たちだろう・・・」

アメリア軍総監アイーダ・スルガンは、破壊を免れたアメリア軍艦隊を再編成して全軍に出撃命令を出し、ザンクト・ポルトを目指していた。大気圏脱出のための改造を施された艦艇は12隻。すべてラトルパイソン級であった。眼下に∀ガンダムとターンXが激しく戦っているのが確認された。

船団に加わっていたオルカから通信が入った。

ハリー「では、我々はあの2機を」

アイーダは黙って頷いた。ハリー・オード率いるオルカ2隻は∀ガンダムとターンXを殲滅するために船団を離れた。アイーダはラトルパイソンの全軍に指示を出した。

アイーダ「キャピタル・タワーが近づいたらバルクホルンとシマダ艦長は地上に降りてケルベス中尉の指揮下に入り、地上からタワー奪還の援護をしてください。残りの者はザンクト・ポルトに侵入して制圧します。白兵戦の準備を怠りなく」

アイーダは10隻の船を率いてまっすぐにザンクト・ポルトを目指した。







しんと静まり返った屋敷の中には誰もいなかった。

子供と一緒に2階で就寝していたマニィは、生まれたばかりの幼い子供を抱えて召使の名を呼んだが返事はなかった。不安になった彼女は、カーテンを払って窓の外を見た。そこにはいるはずの法王庁のモビルスーツの姿はなかった。

ケルベスのレジスタンス軍と交戦するために出撃したのか、それにしては何の物音もしなかったとあるはずのない夜中の記憶を辿っていたとき、突然レックスノーが出現して屋敷を取り囲んだ。続いて乱暴に玄関が開けられ、軍靴の音が誰もいない屋敷に鳴り響いた。

泣き出してしまった娘をギュッと抱きしめ、マニィは部屋の隅へと逃げて身をこわばらせた。壁に掛けられた短剣を手にしたマニィは、唇を噛んで自害の覚悟を決めた。辱めを受けるくらいなら娘と共に死ぬ覚悟だった。大声で泣き叫ぶ娘の声が、侵入者たちをマニィの元へと招き寄せた。

姿を現したのは予想通りケルベスとレジスタンスのメンバーであった。ケルベスはマニィの姿を見つけると右手を腰に置き、静かに話し始めた。

ケルベス「法王庁の人間は昨晩のうちに逃げた。これはオレにお前を殺させる罠だ。だがオレはマニィ・アンバサダを殺すつもりなど毛頭ない。それに、ルインはベルリを殺さないし、ベルリもルインを殺さない。ゴンドワンのクンタラ国建国戦線が全滅した話はまだ聞いていないだろう? 彼らはゴンドワン軍が全員残らず殺したそうだ。君らは最後のひとりになるまで戦うつもりなのか?」

マニィ「そうよ!」

レジスタンスの人間を掻き分けて、ひとりの小柄な女性が前に進み出た。クン・スーンだった。彼女はキア・ムベッキ・ジュニアを胸の前に抱えていた。

スーン「あんたも母ちゃんなんだろ? 人を騙したり、人を殺して何かを手に入れても、騙したり殺したりし合う世の中が残るだけじゃないか。子供にそんなものだけを残すつもりなのか?」

ケルベス「マニィ、この戦いは人が人を殺して誰かが勝ち残る戦いじゃない。オレはルインを助けなきゃいけない。手を貸してくれ」

スーン「あたしたちは殺し合いをするためにレコンギスタしてきたわけじゃないんだ。早く揉め事を終わらせないと、この子たちの未来がなくなっちまう」

コバシ「そうよ、ゴンドワンだのクンタラだのキャピタルだのといってる場合じゃないみたいよ」

クリムトン・テリトリィの空に、2隻のラトルパイソンが降りてきた。法王庁のモビルスーツはすでに逃げたり降伏している。彼らはジムカーオとの通信が途絶えてからやることなすこと失敗続きで、レジスタンスにあっという間に制圧されていたのだ。

ジムカーオの最後の指示こそが、マニィの邸宅を空にすることだった。ケルベスはその誘いには乗らず、マニィを傷つけてルインを追い込むことは阻止した。彼女を恨むキャピタル・テリトリィの旧住民は多かった。だからこそケルベスは真っ先に自分で駆けつけたのだった。

ケルベス「ジット団とマニィは船へ。ガードと候補生は市内でいざこざが起こらないように監視。タワーに爆弾が仕掛けられていないか法王庁の捕虜から聞き出してくれ。∀ガンダムとターンXは絶対にタワーに近づけるな。オレは高高度ナットの制圧に向かう」







何もない宇宙空間で、ルインはひたすら艦隊が近づいてくるのを待っていた。

彼は破壊されたカシーバ・ミコシから食料を調達してG-シルヴァーの中で食べていた。ベルリとの激しい戦闘でエネルギーと水がかなり消費されてしまって心もとなかった。彼は12時間以上をひたすら狭いコクピットの中でジッと動かずに堪えた。

そしてようやくムーンレイスと薔薇のキューブというものが宙域に近づいてきた。

カシーバ・ミコシはトワサンガまで大回りなルートを取るため、戦闘宙域まではかなりの距離があった。彼はひときわ巨大な薔薇のキューブめがけてG-シルヴァーを発進させた。

彼には確かめたいことがあった。それはジムカーオ大佐という人物が本当に自分やクンタラを騙していたのか、それとも何か別の理由が彼にあったのか見極めることであった。

もしカシーバ・ミコシを破壊したのがジムカーオの仕業なあらば、ルインは最初から騙されていたことになり、そうであるならゴンドワンやキャピタル・テリトリィに残してきたクンタラの仲間たちや家族が無事であるはずがなかった。彼はマニィと子供と3人で撮った写真に眼をやり、すべてを確かめるまでは死ねないと心に誓った。

薔薇のキューブとムーンレイスとの戦いは熾烈を極めていた。膨大な戦力で押し寄せる薔薇のキューブをムーンレイス艦隊が押し留めている形になっていた。だがムーンレイス側は押されており、薔薇のキューブの突進を止めることは不可能に思われた。

正面切って戦い合う宙域から外れた位置から、ルインは薔薇のキューブに近づいた。巨大なパルスエンジンが発する光が薔薇のキューブに大きな影を作り出していた。近づくとルインのG-シルヴァーはあまりにちっぽけな存在に過ぎなかった。

ルイン「オレは相手にもしてないってことか」

強く唇を噛み、ビームライフルを構えたときだった。ルインは何かに打たれたような感覚に襲われた。一瞬だけだが、空間がすべて自分のものになったような鋭敏な感覚であった。

ルイン「(周囲を見回し)バララか? どこにいる?」

ルインが不思議な感覚に見舞われた同じ時間、メガファウナで治療を受けていたバララ・ペオールが目を覚ました。ベッドから飛び起きるように上体を起こした彼女は、目の前の壁の1点を見つめて何かを訴えかけるように唇を動かした。飲まされた薬の影響で声が出ないと分かった彼女は、ヨロヨロと起き上がって看護師のキラン・キムを驚かせた。

キラン「あなたはまだ寝てなきゃダメでしょ」

バララは寝かしつけようとするキランの手を振りほどいて、ベッドを抜け出ようとしてよろめいた。キランが大きな声を出し、医師のメディー・ススンが駆けつけてきた。投与された薬の量を考えれば目を覚ませる状況ではない。ふたりはバララの小さな身体を押さえつけてベッドに戻した。

バララはしばらくもがいていたがやがて静かになり、そっと目を閉じた。

ルイン「なんだって? 後方のシルヴァーシップ? そこに何があるんだ? 行けばわかるというのか? お前はそこにいるのか?」

薔薇のキューブの上方に位置していたルインは、ムーンレイスと激しく交戦するシルヴァーシップの1隻に、モビルスーツが入っていくのをモニターで確認した。遠くてよくは見えなかったが、その機体はYG-201が出撃する隙にモビルスーツデッキに素早く潜り込んだのだ。

ルイン「あれなのか、バララ」







両軍のビームが飛び交う激しい戦闘をかいくぐり、ノレドのG-ルシファーは1隻の船が新たにYG-201を出撃させるのを見逃さなかった。

ノレド「あたしだってできる!」

彼女は破れかぶれで突っ込んでいき、モビルスーツデッキが閉じる前に素早くなかへと潜り込んだ。

彼女はエンフォーサーさえいればまだ自分も戦えると信じ、奪いに来たのだった。

すでにすべてのモビルスーツを出撃させてしまったようで、デッキは空になっていた。彼女はハッチを開いて、ブリッジに相当する場所がどこにあるのか探そうとした。

壁の記号が何を表しているのか見上げたとき、大きな衝撃が船を襲い、彼女はバランスを失って宙をクルクルと回った。破壊された破片が彼女の近くを掠めたために、驚いた彼女は思わず身をすくませてしばらく手すりの傍で身をうずくまらせた。

爆発のあったハッチの近くで見覚えのあるモビルスーツがビームライフルの明かりに照らされて断続的に暗闇に浮かび上がった。ノレドはそれがベルリのG-セルフに見えたが、実際は銀色の同型機G-シルヴァーだった。G-シルヴァーはハッチの近くに立って外から押し寄せるモビルスーツと交戦した。

やがてビームライフルを撃ち尽くしたG-シルヴァーは、それを投げ捨てるとデッキの奥へと進みハッチを開けた。コクピットから漏れる明かりがルインとノレド双方を相手に気づかせた。

ルイン「(G-ルシファーとノレドを交互に見比べて)君は・・・マニィの・・・」

ノレド「(勢い込んで)ガード養成学校のルイン先輩でしょ? あたしはセントフラワー学院にいたノレドです。マニィの友達で、同じクンタラです!」

ルイン「(訝しげな顔で)・・・、いや、話を聞かせてもらっていいか」

ノエド「それよりこの船のブリッジを探すのを手伝ってください。そこにいるエンフォーサーをG-ルシファーに乗せることができたら、ジムカーオにだって勝てるかもしれない」

ルイン「またエンフォーサーか・・・、よかろう。中央管制室、もしくは司令室だな」

周囲を見回したルインはこの船が無人艦であるとすぐに見抜いた。ルインとノレドは一緒になって船の中央部分を目指した。

ルイン「人工的にセントラルコントロールする場合、管制室は船の中央に配置される。この棒みたいな船はきっと船体の表面が何らかのレーダーかカメラのようになって情報を収集しているのだと思う。それより君は・・・」

ノレド「ルイン先輩がマスクだってことは知ってます。クンタラの地位向上のために戦っていたこともマニィに聞きました。でもいま起こっていることは、もっと上位の意思とすべての地球人との戦いになっていて、これって平等じゃないんですか?」

ルイン「平等?」

ノレド「一緒に戦うのは平等でしょ?」

目的の部屋を探し当てたルインがハッチを開くと、計器の明かりだけがついた暗い部屋の中央に、人型の何かが座っているのが目に入った。思わず銃を構えたルインの手をノレドは制して下に降ろすように手のひらに力を込めた。ルインは彼女に従って銃を下げたがいつでも構えられるように引き金から指は離さなかった。

ノレド「見つけた! エンフォーサー、大人しくこっちへ来い!」

ノレドはキャプテンシートに座る銀色のアンドロイドに飛び掛かった。アンドロイドが激しく暴れたのでノレドは下敷きになって抑え込まれてしまった。初めて見る機械人形に驚いたルインだったがやがてノレドの苦戦に気がついて自分も銀色の女性型の人形に飛び掛かった。

ルイン「なんだこれは、く・・・、重い!」

ルインは渾身の力を込めてエンフォーサーをノレドから引き剥がした。エンフォーサーはドスッと重い音を立てて床に倒れ込み、次いでキュルキュルと何かおかしな動作音を立てた。ルインはノレドを庇いながら銃を構えてエンフォーサーがゆっくりと上体を起こすのを見つめた。エンフォーサーの銀色の顔の表面が徐々に誰かの顔に変化していくのを彼は恐怖の表情で眺めた。

ルイン「バララ、バララなのか。これは何のまやかしだ?」

ノレド「先輩! これがエンフォーサーなんです。詳しい説明は後でするから手を貸してください」

ノレドはエンフォーサーを立たせようと両脚を踏ん張って力を込めた。それを無言のまま見つめていたルインは、逡巡した後に思い直して銃口をノレドに向けた。

ルイン「説明を先にしてもらおう」

疑り深いルインに腹を立てたノレドは、パイロットスーツ姿のままガニ股で踏ん張った脚で床をガンガンと踏み鳴らして抗議した。

ノレド「人類がみんな死んじゃうかもしれないってときにあんたは何をしてるんだ! 早く起こすのを手伝え!」

ノレドの剣幕に気圧されたルインは、銃をしまって片手をノレドに向けるとこういった。

ルイン「わかった。手伝おう。だが女の子がそんなガニ股で怒鳴っちゃいけない。重力装置を解除すれば簡単に運べるから待ってくれ」

ルインは部屋の中の計器を調べ、やがてひとつのレバーを発見してそれを降ろした。すると重力装置が解除されてノレドとエンフォーサーはともに浮き上がった。

ふたりは顔の部分だけバララ・ペオールに変化したエンフォーサーをG-ルシファーまで運び、エンフォーサーをパイロット席に座らせた。

ノレド「(ルインに向き直り)ベルリとラライヤがザンクト・ポルトに向かっています。あのふたりはトワサンガの生まれで、きっと何か運命的な繋がりがあるんです。あのふたりはG-セルフとG-アルケインできっと破滅を阻止してくれる。あたしたちはクンタラって繋がりしかないけど、G-シルヴァーとG-ルシファーがあって、エンフォーサーも手に入った。これで薔薇のキューブの中に潜入できれば光の粒子で中にあるものを全部破壊できる。あたしたちでも地球が救えるかもしれない」

ルイン「光の粒子・・・」

彼にはノレドの言う光の粒子がなんであるかよくわかった。彼は∀ガンダムが発する光の粒子でゴンドワンを廃墟にしたことがある。もしそれと同じことができるならば・・・。

ルイン「わかった。君に協力しよう。もし生き残ることができれば、オレだって真実を知ることくらいはできるだろう」







ベルリとラライヤがザンクト・ポルトにやってきたとき、その直下で巨大な光球が何度も発生しては消えるさまがモニターに映し出された。上空から見るとまさにそれはキャピタル・タワーの直下で起こっている出来事であった。何者かがタワーを破壊しようと攻撃を仕掛けているのだ。

その手前にはラトルパイソンの艦隊が上がってきていた。アメリア軍もあと数分でザンクト・ポルトに到達するところまで来ている。

宇宙に眼を向ければ、薔薇のキューブの艦隊はあと1時間でザンクト・ポルトを射程圏に捉えるところまで迫っていた。望遠モニターを最大にすれば、ムーンレイスと薔薇のキューブの激しい戦いの様子を捉えることができる距離であった。

ベルリ「もう時間がない。このまま突っ込むぞ!」

ラライヤ「任せてください!」

G-セルフとG-アルケインはビームライフルで固く閉じられた港のハッチを撃ち抜いた。ベルリはそこに人がいないことを祈るような気持ちでいた。ザンクト・ポルトの港には誰もいなかった。2機はさらに内部へと入り込んだ。通路を伝い、居住区の中へと入っていく。

青空が映し出された天井パネルすれすれを飛び、ベルリとラライヤはレイハントン家の紋章の在りかを探した。すると2羽の鳥を形どった建物が確認できた。降りてみるとそこはスコード教の神殿であった。かつて別の場所の教会でノウトゥ・ドレットと会談を持ったことがあったが、そこから離れた場所にあるスコード教の聖地とされている神殿であった。

ベルリとラライヤは機体を降りて神殿の内部へと侵入した。そこには話を聞き出せる人は誰もいなかった。神父も牧師も法王庁の職員も誰もいない。ステンドグラスの光が差し込む複雑な作りの神殿のどこに初代レイハントンが遺した鍵穴があるのかわからなかった。

走り回るうちに、ふたりの顔には焦りの色が滲んできた。

ベルリ「もう時間がない。薔薇のキューブがやって来てしまう!」

ベルリは胸のG-メタルをギュッと握りしめた。ラライヤは自分の中に入ってずっと見守ってくれている少女に願いを込めた。しかし、ふたりを教導してくれる者は現れなかった。

ベルリとラライヤは、ステンドグラスの色とりどりの明かりに照らされながら、拝殿を探した。







ラトルパイソンは最大望遠で薔薇のキューブを捉えた。

兵士A「うわああ、落ちてくる。地球に落ちてくる!」

アイーダ「落ちやしません! 全員落ち着いて。目標変更。全軍このまま直進。ムーンレイスの艦隊と合流して薔薇のキューブを阻止します!」

巨大な質量を持つ薔薇のキューブは1時間もしないうちにザンクト・ポルトを射程に捉える距離まで迫っていた。問題はその速度であった。シルヴァーシップで攻撃を仕掛けるならそろそろ逆噴射をかけて速度を落としていなければならないはずであったが、薔薇のキューブはそのそぶりも見せない。

タワーに直接ぶつけるつもりかもしれない、それはアイーダだけではなく、ブリッジクルーの誰もが思ったことであった。そんなことをすればタワーが破壊されるのはもちろん、薔薇のキューブは地上に落下し、膨大な量の粉塵を巻き上げて地球は太陽光から閉ざされた死の惑星になるだろう。しかも、角度から推測すると落ちるのはアジア。環境回復が最も進んだ地域なのだ。

ジムカーオが本気で地球人を絶滅させようと考えていると知ったアイーダは、思わず胸に手をやった。そして自分がG-メタルを冬の宮殿のリリンに渡したままであることを思い出して絶望しかけた。彼女は静かに目を閉じ、希望の道筋がどこかにないか探そうとした。

祈りに近い彼女の心象に、ふといくつかの映像が浮かんだ。冬の宮殿と、もうひとつ、七色の輝きの中で道に迷う弟の姿がハッキリ見えた気がしたのだ。

アイーダ「グリモアを1機用意してください。全軍の指揮はキャメロン中将にお任せします」

キャメロン「(モニター越しに)姫さま、いま艦隊を離れるのは危険です」

アイーダ「大丈夫です。わたくしはグリモアでザンクト・ポルトに向かいます。人類を救う方法があるかもしれないんです」







リンゴ「無茶ですって、法王さま、絶対に無茶です!」

メガファウナのモビルスーツデッキではゲル法王とデッキクルーが揉み合いを演じていた。ゲル法王は自らモビルスーツに乗ってザンクト・ポルトに行くといってきかなかったのだ。

ハッパ「動かせませんって。外は砲火の嵐ですよ。この船だって生き延びるかどうかわからないのに」

ゲル法王「わたくしには神のご加護があります。役割を果たすまでは絶対に死ぬことなどないのです」

ハッパ「そんなバカなーー」

ゲル法王「では、そちらの方(といってリンゴを手で指す)わたくしをザンクト・ポルトまで送り届けてください。早く行かねば手遅れになってしまう。もしダメなら高速艇をお借りしたい」

ハッパ「リンゴは速攻で撃破されて・・・どうすりゃいいんです、アダム・スミスさん!」

アダム・スミス「んぐぐ・・・(顔を真っ赤にして)、高速艇を用意しろ! リンゴ、お前が責任を持って法王さまをザンクト・ポルトまで送り届けるんだ!」

リンゴ「(飛び上がるほど驚いて)ぼ、ぼくがですか?」

アダム・スミス「このままでは人類は破滅だ! 法王さまに従え!」

ハッパ「(大声で)高速艇だ! もうどうなっても知らーーん!」








薔薇のキューブと呼ばれるラビアンローズ最終型の艦内が激しく揺れた。攻撃を受けているのだ。まさか自分たちの近くまでムーンレイスが近づいてくるとは考えてもいなかった船員たちは動揺してジムカーオ大佐の部屋に殺到した。

ジムカーオは簡素な作りの司令室の中にいた。部屋は暗く、計器類以外の明かりはない。船員たちが恐るおそるジムカーオに近づいていく間にも何度も爆発の衝撃が彼らの足元を揺らした。

今来・女性「あの、大佐。ラビアンローズが攻撃を受けておりますが、いかがいたしたらよろしいでしょうか?」

ジムカーオは神経を集中させてシルヴァーシップ全艦艇の指揮を執っていた。ニュータイプである彼はエンフォーサーを操ることで、大軍をたったひとりで遠隔操作していたのだ。心配になった女性が彼の身体を揺さぶって、ようやく彼の意識は身体に戻ってきた。

ジムカーオが顔を上げたとき、さらに攻撃が加えられたらしく、天井が激しく軋んでパラパラと壁材の破片が落ちてきた。

ジムカーオ「(天井を見上げ)おおー、攻撃されているねー」

今来・女性「いかように致しましょうか?」

ジムカーオ「ラビアンローズにやってきたのなら、相手の中にニュータイプがいるのであろう。武器はいくらでもあるのだから、君たちで対処すればいいのではないかな」

今来・女性「いや、しかし、わたしたちは・・・」

ジムカーオ「ニュータイプを止めることは自分にはできないよ。君らで戦うんだ。君らは散々我々クンタラを食べてきたのだと自慢していたじゃないか。ニュータイプの資質を発現した人間とその子孫を食べ続けてきた優秀な人類なのだろう? だったらその証拠を見せてやればいい」

今来・女性「そうは申しましたが」

ジムカーオ「まさかニュータイプを食べてきたエリートさまが食料に過ぎないクンタラに助けを求めたりはしないだろうね。(ハハと笑いながら)まさかね。そんなはずがないじゃないか。相手はニュータイプだ。君らがそれを凌駕するニュータイプであれば、負けることなどないのだよ。当然勝ってみせてくれるんだよね? 期待しているよ。自分は艦隊指揮で忙しいので、では」

そういうと彼は静かに目を閉じて意識を全エンフォーサーに拡散させた。

ジムカーオ(大執行が一方的な虐殺だと信じ込んでいたらしい。愚かなものだ。ニュータイプは個人の能力の覚醒であって遺伝などしない。ニュータイプのクンタラを食べれば自らもニュータイプになれるなどと原始人の発想ではないか。彼らも他の人類同様、死んでしまえばいいのだ)


(アイキャッチ)


次回vol:73で最終回です。最後までお付き合いくださった方々に深く感謝いたします。



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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第25話「ニュータイプの導き」後半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第25話「ニュータイプの導き」後半



(アイキャッチ)


ムーンレイスのリックとコロンは、カシーバ・ミコシの独房に収容され捕虜交換に使われようとしていた。手持無沙汰のふたりはコールドスリープに入る500年前の四方山話に花を咲かせていたが、突然轟音が鳴り響いて船体が大きく揺れたので口を閉じて天井を見つめた。

リックが窓に駆け寄って外を見たが、目視できる距離には何もなかった。ふたりはしばらくじっと身を潜めていたが、轟音はさらに続いて爆発音が室内にこだました。

リック「攻撃を受けているな」

コロン「助けが来たにちげーねーや」

逃げる場所のない宇宙空間故にふたりは縛られるところまではされておらず、ロックの掛かった部屋に閉じ込められているだけだ。部屋には破壊活動に使えるようなものは何もない。

船の爆発がさらに続いた。彼らはこの船がヘルメス財団所有のフォトン・バッテリー運搬船だということは作戦前に聞かされていた。攻撃は貨物室のハッチに集中していた。分厚いハッチが金属の軋む音と共に剥がれていき、内部が丸見えになってしまった。

そこかしこから地鳴りのような音が鳴り響き、救援が来たと楽観していたリックとコロンの顔に焦りが滲んできた。リックは何度もドアを開けようとしたもののビクともせず、諦めかけたそのときだった。突然船は停電に見舞われた。リックは勢い込んで扉を引っ張ると、電子ロックが解除されたらしく、簡単に開けることができた。

リック「早く、緊急用のノーマルスーツに着替えるんだ」

ふたりは部屋に備えてあったノーマルスーツに袖を通し、自分たちに時代とは規格の違うヘルメットをあーでもないこーでもないと喚きながらなんとか装着して爆発のあった貨物室へと移動していった。

コロン「人がたくさん死んでるぜ。どうしたこった?」

リック「なんでこいつらノーマルスーツを着てねーんだろ?」

彼らが目にした死体は、法王庁の職員のものだった。地球生まれでザンクト・ポルトにすら滅多に上がったことのない彼らは、今回の騒動で宇宙での行動について何の訓練も受けないままトワサンガまで駆り出されていたのだ。いままで彼らは誰かに守ってもらっていたが、今回は護衛がいなかった。

そこにメガファウナの砲撃によって突然格納庫に大穴が開けられた。空気が流出してしまったことが原因で、室内にいた法王庁の職員はすべて窒息死したのだ。彼らはエアロックの概念すらあやふやな知識しかなく、またカシーバ・ミコシは砲撃されることを前提に設計されていなかったのである。

格納庫に開けられた穴は大きく、船内の空気はあっという間に宇宙空間へと流出してしまった。電気系統がショートしたときにはそれを修理する人間はすでに死んでいたのだ。

唯一生き残っていたのは、運搬船運航に実績のあるブリッジクルーだけであった。ところが彼らのいるブリッジは、いままさにルインに救援を求める通信を発しようとした矢先に何者かによって妨害され、通信が遮断されたのちに爆発が起きて全員死亡してしまった。

リック「なんだか知らんが死んでくれたなら結構さ。スモーを奪い返して逃げ出そうぜ」

リックとコロンのスモーは格納庫の中央部に固定されて無事だった。ふたりはコクピットの中で息絶えていた法王庁の職員を放り出してカシーバ・ミコシを脱出した。

ところが位置を確認したところ、月へも地球へも遠すぎるとわかった。近くにいるのは、3機のモビルスーツと1機のモビルアーマーだけであった。それらは互いに高速移動を繰り返し、エネルギーが尽きるまで戦い続けるかのように憎しみ合っていた。その中心にいるのが、カブトガニのような形をした気味の悪いMAだった。

リック「一方はメガファウナのG-セルフとG-アルケインだ。あれが仲間だが・・・、あいつらこんなところで戦い続けたらバッテリー切れで全員死んじまうだろうに。状況が見えていないのか?」

コロン「あー、なんかオレ吐きそう。あのMAはおかしいぜ」

リック「あのMAのコクピットをこじ開けてパイロットを引きずり出してやるか。来い、コロン!」







ベルリ「ダメだ。ルイン先輩に近づくこともできない」

同じ機体で戦うことで、ベルリはルインの実力を改めて思い知っていた。同学年だが年上のルインは学年主席のエリートで、なんでもベルリより上手くやれる人で尊敬の対象だった。

ラライヤ「(ゼイゼイと肩で息をしながら)わたしも全然歯が立たない」

ふたりが突破口を見つけられず焦ってきたとき、突然どこからともなく2機のスモーが現れてザム・クラブに取りついた。スモーに機体を取り押さえられたザム・クラブはそれを振り払おうと突然動き出した。卵型のファンネルが放出されたが、スモーが装甲の部分に手を掛けているので撃つことができないようだった。

ザム・クラブが動いた瞬間だった。ベルリの視界にコクピットに座るルインの姿が鮮明に映った。ルインもベルリの視線に気づいて戸惑いの表情を魅せた。G-セルフとG-シルヴァーは互いにコクピットを確認できるほど近くにはいない。距離は10㎞は離れている。しかし、ふたりは手を伸ばせば届くような距離にいるかのような錯覚に陥っていた。

ベルリ「(必死に呼びかける)ルイン先輩! もうやめてください!」

ルイン「(キョロキョロしながら)ベルリなのか? なんだこれは。お前は何をやったんだ?」

ベルリ「ジムカーオ大佐はニュータイプとエンフォーサーというのを使って何か実験をやっているんです。バララさんは早く医者に見せないと壊れちゃうんですよ!」

ラライヤ「本当のことです。詳しくはメガファウナで説明します。バララさんと一緒に来てください」

バララ・ペオールの名前を出されてルインは動揺した。しかし頭を強く振ると決然とふたりの申し出を拒否した。

ルイン「ダメだ。オレはジムカーオ大佐からお前を殺せと指示を受けている。お前がトワサンガの王でありながらその役割を拒否して法王庁に逆らっているのだから、お前を排除しなければ宇宙に秩序は戻らない。お前は死ぬしかないんだ、ベルリ!」

そう叫んだルインはビームサーベルを引き抜くとザム・クラブに取りついたスモーに斬りかかった。

コクピットを開けることができなかった2機はやむなく後ろへさがった。すると間近に見えていたベルリの姿は消え、戦場が広く見渡せるいつもの自分に戻った。そしてザム・クラブのバララの思考がなだれ込んできてルインはカッと身体が熱くなるのを感じた。

ルイン「オレはいまバララとかつてないほど一体感を感じている。負ける気がしないんだよ、ベルリ!」

ルインのG-シルヴァーは怨念のドス黒いオーラに包まれたままベルリのG-セルフに迫って来た。その力は圧倒的でベルリは剣先を打ち交わすのに精いっぱいだった。バララ・ペオールのザム・クラブも機動性を生かした動きでラライヤとリックとコロンを攻め立てた。

互いにビームを撃ち合うなか、ザム・クラブのファンネルが、どちらへ動くか躊躇したコロンのスモーを四方から貫いた。コロンの機体は大爆発を起こして炎が巻き起こり破壊された部品が飛び散った。

リック「コロン!」

四散したコロンのモビルスーツの部品がリックのモビルスーツの装甲に当たってカチカチと音を立てた。激怒したリックはハンドビームガンを乱射しながらザム・クラブに向かっていった。リックの友を失った怒りはザム・クラブが発散する負のオーラとまったく同じものだった。

ラライヤ「いけない!」

ラライヤはG-アルケインを素早く変形させるとリックとバララの間に割って入ろうとした。リックのスモーの指先がビームを放とうとしたとき、宙域にいるパイロットたちの間で再び強い感応現象が起こった。その刹那だった。ルインの視界からG-セルフが消えた。

ベルリのG-セルフが青いオーラに包まれそのまま目の前から消え、次の瞬間にはリックのスモーに体当たりをしたのだ。もしリックが引き金を引いていたら、間に入ったラライヤの機体を直撃して破壊していたところであった。リックはコクピットの中で激しく揺さぶられながらも、ラライヤを殺さずにすんだことに感謝した。彼もまた精神感応を起こし、自分がラライヤを殺しかけたことを理解したのだ。

ラライヤ「バララさんの中の人がみんなを悪い方向に引っ張っています。彼女をエンフォーサーユニットから引き剥がさないとみんなが不幸になります!」

リック「(汗を拭いながら)承知した。オレが何とかしてみる。あんたはファンネルを壊してくれ!」

リックのスモーがバララのザム・クラブを追い掛け回し、その装甲に手を掛けた。ラライヤは正確な射撃でファンネルを撃ち落としていく。ルインはバララを助けようとするが行く手をベルリに阻まれた。

ルイン「(ギリギリと歯ぎしりしながら)貴様は・・・!」

ベルリ「(必死の表情で)この状況が作られたものだと理解してないのは先輩だけだッ!」

ルイン「貴様に先輩呼ばわりされるたびにこちらは屈辱を感じるのだとなぜわからんのかッ!」

まったく同じ設計図から生み出されたG-セルフとG-シルヴァーは、いまは正反対のオーラを機体にまとわりつかせて剣を振るい合った。ところが互いの記憶の中にあるキャピタル・ガード養成学校時代の思い出は同じものだったのである。ふたりは同じ時間を生き、一緒に笑い合った仲だった。

これが人間性なのかとベルリは恐怖した。ともに生活し、ウォークラインを行った自分たち。ある時期からふたりの記憶の多くの部分は重なっている。これほど近い仲だったふたりの間にすら断絶しかない。人と人はこれほどまでに遠くにいる。言葉も思い出も、ふたりの間を繋いではくれない。

この断絶を乗り越えない限り、ジムカーオ大佐には勝てない。

G-セルフにメガファウナから連絡が入った。モニターにドニエルの顔が映し出された。

ドニエル「ベルリ、すぐにこちらへ戻ってくれ。薔薇のキューブが地球に向かって突進している。対応を協議中なんだ。最悪、お前とノレドを結婚させてジムカーオと和議するかもしれん」

ベルリ「ノレドは道具じゃない!」

ラライヤ「ベルリ!」

ベルリ「クソこの分からず屋がーーーッ!」

G-セルフの機体を覆っていた蒼いオーラが一段と光り輝き、G-シルヴァーを弾き飛ばした。暴れ回るザム・クラブに取りついていたスモーは装甲の隙間にビームを撃ち込むことに成功した。ザム・クラブから炎が上がる。その隙をついて、G-アルケインのビームワイヤーが装甲に巻き付き、切断した。

ザム・クラブは切断面が爆発を起こした。炎が他の部分の爆発を誘発する前に、脱出ポットが放出された。リックのスモーがそれを受け止めた。

ラライヤ「掴まってください!」

飛行形態へ変形したG-アルケインに、スモーとG-セルフが手を掛けた。

ルイン「貴様ら、バララをどうするつもりだ!」

ベルリ「彼女はジムカーオ大佐におもちゃにされたんです。メガファウナで治療します」

そう告げるとG-アルケインに捕まったG-セルフとスモーはその場を飛び去った。後を追おうとしたルインだったが、追いつけないと悟っていったんカシーバ・ミコシの中へと引き下がった。

コクピットを降りた彼は、法衣を身に纏った多くの乗員が死んでいるのを目のあたりにした。ザンクト・ポルトから上がってきたスコード教会の幹部や法王庁の役人など、誰ひとり生き残っていなかった。彼らはノーマルスーツさえ着ることなく、窒息死したのだ。

ルインは宙に漂うばかりの遺体を掻き分けるようにブリッジへ上がろうとした。ところがその階段は途中で千切れ途切れていた。エレベーターがあった場所も完全に吹き飛んでなくなっていた。ブリッジに上がったはずの彼は、星の瞬きを目にした。もうそこには誰の姿もない。

カシーバ・ミコシは完全に航行不能に陥っていた。







脱出ポッドのまま回収されたバララ・ペオールは、リックに付き添われメガファウナの軍医メディー・ススンのところへ運ばれ、鎮痛剤と睡眠薬を投与されて眠りについた。彼女の脳はオーバードライブの状態にあった。

メガファウナに戻ったベルリはラライヤと共にすぐさまブリッジへと上がった。

ベルリ「(大声で)ぼくとノレドを結婚させるってどういうことですか!」

怒鳴り声を聞いたノレドが身をすくませた。ベルリは彼女の姿に気づくと、気まずそうに視線を逸らした。彼は床を蹴ってドニエル艦長の横に立った。モニターにはディアナ・ソレルの顔が映し出されていた。ブリッジクルーは誰も沈鬱な表情で俯いていた。

ディアナ「まんまとしてやられました。戦力が同等だと思い込まされていたのもジムカーオの罠でした。戦力が同等ならば月面基地のあるわたしたちの方が有利だと油断させるのが敵の狙いだったのです。薔薇のキューブが動き出してしまうと、わたしたちはそれを止める手段をまったくもっていませんでした。彼らは圧倒的で、こちらを壊滅させようとすれば出来ると思います」

ドニエル「だがまだ負けたと決まったわけじゃねえ。いまディアナさんとも話していたんだが、向こうはベルリとノレドがトワサンガの王と王妃になればとりあえずは地球を攻める理由がなくなるはずなんだ。そこで危険な作戦だが、ふたりに・・・」

ベルリ「ぼくは反対です」

ベルリがあまりにハッキリとそういったのを聞いて、ノレドは眩暈がしたのかふらついたところをラライヤに支えられた。ラライヤはキッとベルリを睨んだが、ベルリはそれを無視した。

ベルリ「反対ですよ。危険すぎるでしょう? ぼくはともかく、ノレドは関係ないお嬢さんです。宇宙の平和だか何だか知らないけど、そんなものに責任を負う立場じゃないはずです」

副艦長「もし嫌なら、ディアナさんがその役を負ってもいいとおっしゃっているんだ。ただディアナさんを相手に差し出すとなると、ムーンレイスの人々がだな(咳払いをする)」

ベルリ「結局ジムカーオ大佐の目的は何なんですか? ぼくと話したときも、とにかくトワサンガに入れ、自分が王の何たるかを教育するからこっちへ来いの一点張りでしたよ。宇宙の王になりたいのならあいつを王にしたらいい。それなのに人だけ殺して、あとは何にもしないなんて」

副艦長「相手が望むものが何なのかを探って欲しいということもあるのだ。いままでの戦いで、連中は自分たちに悪評がつくのを極端に恐れている。おそらくはビーナス・グロゥブでフォトン・バッテリーを生産していることと関係があるのだろう。彼らは進んだ科学力と生産力を持っているが、ムーンレイスのように発電技術は持っていない。ユニバーサル・スタンダードとフォトン・バッテリーを受け入れているんだ。薔薇のキューブだけが古いものだと我々は推測している」

ベルリ「かといってノレドを巻き込むのは・・・」

ラライヤ「わたしもついていきます!」

ギセラ「あなたこそ関係ないお嬢さんでしょうに」

ラライヤ「いえ、ノレドの親衛隊長になれと要求してきたのはジムカーオ大佐なんです。いま思えば、ニュータイプの資質を調べたかったのでしょう。とにかく、彼が言い出したことなのだから、わたしがついていっても反対はできないはずです」

ドニエル「オレだってベルリやノレドにこんなことはさせたくないんだ。戦争は軍人の仕事だからな。ところが相手が普通の戦争をやらないから、どうすりゃ勝ちになるのかまるでわからねぇ。少なくとも時間稼ぎをしたい」

話を聞いていたディアナがモニター越しに話に加わった。

ディアナ「宇宙世紀時代に、スペースノイドは地球に対してコロニー落としということをやったんです。薔薇のキューブをもし地球に落とされたら、それこそ宇宙世紀の二の舞になる」

話が行き詰まるのを感じたノレドが不意に大きな声で会話に入ってきた。

ノレド「あたしはいいよ。心配なんかしてくれなくても全然大丈夫だって。ベルリもラライヤもついているならなおさら。それにあたしがもしニュータイプだったら、エンフォーサーがなくてもG-ルシファーはあの光の粒子を放出できるかもしれないってハッパさんが言ってた。(ひきつった顔で笑いながら)とにかくさ、ラ・ハイデン総裁にクレッセント・シップとフルムーン・シップを無事に返さなきゃいけないんだ。そうでしょ? そしてヘルメスの薔薇の設計図を回収して、全部元通りにして、フォトン・バッテリーを配給してもらわなきゃいけない。そんな簡単にあたしたちを殺せないって」

ドニエル「(小さな声で)だからよ、ベルリ。時間を稼いでくれるだけでいいんだ。仮に薔薇のキューブをキャピタル・タワーにぶつけられでもしろよ、大変なことになるってわかるだろう? とにかくあのデカブツを止めてもらわなきゃ困るんだ」

他に方法がないということはベルリにもわかっていた。彼はしぶしぶ小さく頷いた。

ディアナ「あなたを潜入させるもうひとつの意味についてもお話しますが、ジムカーオという人物はあなたのG-メタルというものを欲しがっていたのでしょう? わたくしたちはそれが何かを起動させるために必要だと考えていた。しかしもしかしたら、G-メタルが何かを止める機能を持っているのかもしれない。だから、目的遂行の邪魔になると入手しようとした可能性もあるのです。もしレイハントンが薔薇のキューブに何かを仕掛けたのならば、あなたが内部に潜入するしかそれを見つけることはできないのです。あなたにしかできないし、やっていただかなくてはなりません」

ベルリ「わかりました」

メガファウナのブリッジクルーたちは、あまりに重い責任を背負わされた3人の若者を無言のまま見送った。

レバーに掴まって自室に戻るとき、ベルリは不意に振り向いてノレドの顔を見た。

ベルリ「こんなことに巻き込んで本当にごめん。それから、もしみんな無事で戻れたら、ノレドに話したいことがあるんだ」

ノレド「うん。わかった」

ふたりは視線も合わさず、自分の部屋に入っていった。疲れ知らずのラライヤはモビルスーツデッキへと降りて行った。







爆破されて吹き飛んだカシーバ・ミコシのブリッジを調べていたルイン・リーは、そこがミサイルやメガ粒子砲で吹き飛ばされたわけではないと結論付けた。

ルイン「カシーバ・ミコシに自爆装置など付けるわけがないから、これは誰かが爆弾を仕掛けて、メガファウナの攻撃に合わせて爆発させたとしか思えない。法王庁の人間が仲間をこんな形で殺すわけがないし、ザンクト・ポルトから遠隔操作で起爆させる技術などないはずだ。やったとすれば・・・」

それはジムカーオしかいなかった。

ルインはクリムの話を思い出していた。ルインは彼と機体交換した際に、彼がジムカーオに裏切られて失脚したこと、そのためにパートナーであったミック・ジャックを失ったと言っていた。お前も必ずそうなるからと警告を受けていたのに、ルインは直接話しているうちにベルリを殺すことに同意してしまった。ジムカーオは言葉巧みに自分を操ったのだろうかと彼は疑った。

一方で彼がクンタラの支援を続けてくれたのは本当のことであった。ルインはマニィとともに地球を歩いて回り、クンタラの約束の地カーバがどこにあるか探していた。しかし、地球は生産力に合わせて人口が拡大していくので、どこにもクンタラだけを受け入れるような広い土地は余っていなかった。

絶望しかかったとき目の前に現れたのがジムカーオであった。彼は自分自身ももとはといえばクンタラの出身で、いまでこそスコード教に改宗してはいるが、クンタラ差別を受けたことは生涯忘れはしないと彼に話した。そして彼はルインとカリル・カシスに大きな役目を与えた。

クンタラ国を作るためには人口を急激に減らす必要がある。そう説明されたとき、ルインはそんなことできるはずがないと思った。その考えを見透かすように、ジムカーオは具体的な作戦を授け、事実その通りに事態は推移したのである。

宇宙にポツンと取り残された彼は、人口を急激に減らす作戦の中に、自分や地球のクンタラたちも含まれていたのではないかとの疑問を持った。もしそうだとするなら、ゴンドワンに残してきた仲間たちの身に危害が及んでいるかもしれない。

ルインにとってもっと最悪なのは、クリムトン・テリトリィの邸宅に残してきたマニィとコニーに危害が加えられることであった。考えたくもないことであるが、マニィを守ってくれているはずの法王庁がこういう形で殺されて、本当にマニィが守られているのかはなはだ疑問であった。

なぜ自分はジムカーオの言葉に騙されたのか。自分だけではなく、クリムさえも彼に騙されている。ジムカーオの作戦はことごとく的中しており、それは怖ろしくなるほどであった。

ルイン「ベルリがニュータイプやらエンフォーサーやらと話していたが、それは一体どういうものなのだろうか?」

G-シルヴァーに戻った彼は、レーダーにメガファウナを含む大艦隊と謎の巨大物体とそれを囲むUnknown の艦隊が徐々に近づいてきているのを確認した。彼は宇宙でこのような大規模戦闘が繰り広げられているとは聞いていない。知っているのは、アメリアがムーンレイスという人種と同盟を組んだということだけであった。

ルイン「ということは、巨大物体の方にジムカーオ大佐はおられるわけだな」







白旗を掲げたG-セルフ、G-アルケイン、G-ルシファーの3機が薔薇のキューブの誘導に従って内部に潜入した。パイロットはそれぞれベルリ、ラライヤ、ノレドである。

光誘導によって着艦させられたのは正規のハッチで、モビルスーツデッキのような作りであった。機体を降りた3人は、にこやかな笑みを浮かべる女性の案内で通路を歩いていった。薔薇のキューブの中には重力が発生していた。

すれ違う人々は彼らに無関心で、その中には銀色の女性型アンドロイドであるエンフォーサーも含まれていた。エンフォーサーは彼らにとっては普通に労働力として機能していた。

案内されたのはオフィスの中にある簡易的な応接室のような場所であった。オフィスでは様々な人種が忙しそうに働いていた。男女の比率も半々で、悪の組織のアジトといった雰囲気ではなかった。3人には紅茶が振舞われた。部屋に現れたジムカーオはコーヒーを要求した。

姿を現したジムカーオは、開口一番こういった。

ジムカーオ「降伏するとは思いませんでしたよ。発案はディアナ閣下かな?」

彼は3人が座らされたソファの前に腰かけ、緊張した面持ちの若者たちに微笑みかけた。

ジムカーオ「拍子抜けしたでしょう? きっと悪の帝王のような人間に頭を下げる屈辱をお考えだったのでは? 残念ながら自分はそういうタイプではありませんで、例えばベルリくんのG-セルフと戦うためにいかにも悪そうな面構えのモビルアーマーを用意して自分で操縦して戦うなどということはしないのです。そもそも戦いに勝って戦争が終結しても、それは戦争の終わりにはならないでしょう? 正義が悪に勝つことは、カタルシスは生まれますが、それはしょせんドラマの話で、現実は戦って終われば次の戦いがあるものなのです。勝利と平和は違います」

ベルリ「ぼくらはこの薔薇のキューブを止めていただくためにやって来たのであって、そんな話をするために来たんじゃありません」

ノレド「あたしたち、結婚します! トワサンガの王様と王妃になります! ヘルメスの薔薇の設計図はアメリアのアイーダさんがきっと何とかします。だから、もうこれ以上人を殺さないでください!」

話を聞いたジムカーオは困った顔を他の職員に向けた。

ジムカーオ「もう遅いんですよ。そのシナリオは自分が当初に考えてあなた方に提示したものですね。あなた方が薔薇のキューブと呼んだこのラビアンローズが姿を現す前まではかろうじて有効だったシナリオです。ですからベルリくんにはそう警告しました。それをあなたは無視した」

ラライヤ「ジムカーオ大佐、あなたの目的は何ですか!」

ジムカーオ「自分は様々な立場の利害調整を行っているだけの、ただの官僚です。その立場の中にはビーナス・グロゥブのものもあれば、トワサンガのものもあれば、レイハントンのものもある。そしてあなた方が知らない1000年前の条約を遂行する立場もある。もうニュータイプとエンフォーサーの役割についてはおおよそ想像がついたはずです。その通り、あなた方はいますぐニュータイプに進化してエンフォーサーユニットを止めなければならない。それがない限り、あなた方がシルヴァーシップと呼ぶ大執行のための艦隊がキャピタル・タワーを破壊して文明をもう1度原始時代に戻します」

ベルリ「そんなことは絶対にさせません!」

ジムカーオ「(肩をすくめて)させるもさせないも、そもそもそう決めたのはあなたのご先祖、初代レイハントン王ですから。ベルリくんだけでなく、ノレドさんもラライヤさんも、元はといえば外宇宙から戻ってきた人間の子孫です。外宇宙からの帰還は数度に渡り、様々な地域から帰ってきました。数百年間離れて暮らしていた我々は、互いに干渉はせず、500年間は地球文明の再興を待つことにして様子を見ていました。ところがムーンレイスの集団が地球と接触したところ、地球人は愚かにもまた文明をやり直せると過信していた。本当はそこで地球人はすべて滅亡させるはずだった。ところがレイハントンが地球人を善導するからもう500年間くれという。そこでもう500年間待った。その間に作られたのが、キャピタル・タワーによるフォトン・バッテリー供給システム、技術のユニバーサル・スタンダード化、言語・文字の統一、スコード教の制定です。その間に地球人は真に平和的人間に生まれ変わったことを証明しなければならなかった。クンパ大佐が行ったヘルメスの薔薇の設計図の公開は、人類を試す手段のひとつだったのです。あなた方はそれを拒否しなければいけなかった。でもそうはなりませんでしたね。自分がやったのは、状況の創出です。これも地球人は拒否しなければならなかった。大陸間戦争は再開してはいけなかったし、クンタラ国などという夢も見るべきではなかった。これにも失敗した。最悪すべての状況に終止符を打つための努力をしなければいけなかった。しかしあなた方は戦力による対抗を選んだ。勝てば終わると思った。そうではないですか? だからラビアンローズが自立して動き出した。レイハントンのすべての試みが失敗したとき、キャピタル・タワーは破壊され、人類は地下資源のないあのみすぼらしい星で死に絶える。そのあとは、生き残ったスペースノイドが地球にレコンギスタするのです。囹圄という言葉を知っていますか? 牢屋のことです。地球は外宇宙から帰還した者たちのための囹圄だったのです。戦いによる決着を模索すれば、ロクな文明のなかった地球人は外宇宙からの帰還者に勝てるはずがなかった。しかし帰還者たちは戦争による解決を望まず、ひたすら地球人を支援しながら1000年待ったのです。そして時は尽きました。あなた方は、このラビアンローズを止めて、キャピタル・タワーの破壊を阻止しなければならない。人類は宇宙世紀を繰り返さない新しい人類になったことを証明しなければならない。どんな手段を使っても結構ですよ。ぜひやってみてください。なんならこのジムカーオをここで殺してくださっても結構。それが解決になるとあなた方が考えているのならば」


(ED)


この続きはvol:72で。次回もよろしく。



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