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「ガンダム レコンギスタの囹圄」第12話「全権大使ベルリ」前半 [Gのレコンギスタ ファンジン]

「ガンダム レコンギスタの囹圄」


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第12話「全権大使ベルリ」前半



(OP)


ベルリは首から下げた小型ラジオでビーナス・グロゥブのラジオの音声を拾っていた。

クレッセント・シップが世界巡行をした際に、日本で降りたベルリが最初に驚いたのが中波放送のラジオが庶民の娯楽として活用されていることであった。キャピタル・テリトリィで育った彼は、ラジオといえば法王庁が製作する宗教番組であったから、楽しそうな音楽がラジオから聞こえてくることが新鮮だったのだ。

シャンクで世界中を旅して歩いていたとき、ラジオはその土地のあらゆることを教えてくれた。わかったことは、何もかもユニバーサルスタンダードにすることの弊害であった。どの土地に住む人間もその国の気候風土に合わせて文化を発展させており、他国の常識を押し付けられることを嫌う。

キャピタル・テリトリィで育ったベルリにはそんなこともわからなかったのだ。宗教国家で育った彼は、世界中がキャピタルに倣って国家を発展させることが当たり前だと思い込んでいた。アメリアさえ反宗教的で野蛮な国だと思っていた。

だが、本当に野蛮なのは、フォトン・バッテリーの配給権を利用して、自分たちの考えや宗教を押しつけてきた自分たちではないか・・・。

ラジオの中波放送は、その土地に住む人間の考えを伝えてくれる。少し離れた土地に行けば、前とまったく逆の考えが聴けるところが新鮮だった。

ベルリにとってそれは重要なことであった。

G-セルフをピッツラクという警察長官に引き渡した彼は、給水塔の階段を登って喧騒から少し離れた場所に隠れていた。ひっきりなしにエアカーが走り回っていること、ゲートから入ったコンテナの中で銃撃戦が行われていることはまだ報道されていない。

ラジオが伝えているのは、緊急事態が起こり、朝がいつもより1時間早まるとの決定だけであった。それ以外、報道番組の類すらない。この不自由さは、ビーナス・グロゥブ、トワサンガ、キャピタル・テリトリィに共通したもので、最も酷いのがビーナス・グロゥブであった。

ベルリ「スコード教から遠ざかれば遠ざかるほど人間は自由になるんだ・・・。スコード教は、自由になれば争いごとが起こるというけれど、アジアはどこも平和そのもの。戦争をしているのはスコード教徒の多いゴンドワンとアメリアだ。自由が戦争を引き起こすというのは本当のことなのか?」

スコード教が世界に平和をもたらしているというのは本当のことなのだろうか? 自分に銃を突き付けてきたのはスコード教を形ばかりにしか知らないアジアの人間ではない。ビーナス・グロゥブの警察長官でスコード教徒を名乗るピッツラクだったのだ。ベルリの信仰は揺らいでいた。

給水塔の階段でうなだれたまま、ベルリはいつもより1時間早いという朝を待った。






ビームライフルの閃光が漆黒の空に輝いている。金星宙域にはポリジットとザンスガットが入り乱れて撃ち合っていた。メガファウナに攻撃は向いていないが、モビルスーツ同士の戦いのために戦闘宙域が激しく変わり、メガファウナは逃げ回るだけで精一杯だった。

ノーマルスーツのスピーカーにハッパの激しい声が鳴り響いた。

ハッパ「G-セルフだ! 戻って来たぞ。よし、すぐに回収しろ!」

モビルスーツデッキに入ったG-セルフは、コクピットのハッチを開けた。なかから赤いパイロットスーツが飛び出てくる。ハッパはすぐに追いついてその肩に手をやった。華奢な肩だった。

ハッパ「ら、ラライヤ! どうして君がここに? いや待って、(ヘルメット内のマイクに向かって)ドニエル艦長、ラライヤさんがG-セルフに乗って戻って来た。ラライヤさん、ベルリは?」

ラライヤ「ハッパさんですか? ビーナス・グロゥブでどうして戦争が始まっているんです?」

ハッパ「それはこちらが訊きたいくらいだ。とにかくブリッジへ上がって」

ヘルメットを外したラライヤがブリッジに上がると、すぐさまドニエル艦長の怒鳴り声が鳴り響いた。

ドニエル「なんだかわかんねーけど、とにかくどこか隠れるところはねーか探せ。おー、ラライヤじゃねーか、(上から下まで眺めまわして)ベルリのパイロットスーツじゃねーか。どこで入れ替わった?」

ギゼラ「隠れるって金星に着陸しろとでもいうんですか!」

ステア「みんな茹っちゃうよ」

ドニエル「あーーー、どっかねーのか! 副長!」

副艦長「(焦りながら)オーシャン・リングですよ。あの下ならさすがに発砲してこないでしょ?(ギゼラに向かって)してこないよね?」

ギゼラ「(食って掛かるように)相手がビーナス・グロゥブの破壊を目的にしていたらどうするんです? フォトン・バッテリーなんて爆弾と一緒なんですよ!」

ドニエル「(天啓を受けたような表情で立ち上がる)閃いた! フルムーン・シップだ。何の戦いかわかんねーけど、生き延びた連中はトワサンガへ行くんだろ? だったら船がいる。フルムーン・シップには攻撃しないはずだ」

ステア「それいただき! フルムーン・シップに隠れるよ!」

ところがフルムーン・シップにはテン・ポリスのポリジットが護衛として張り付いていた。彼らはメインエンジンルームに入って何かをいじっているようだった。

ステア「奴らエンジンかけようとしてますよ!」

副艦長「大丈夫だ。エネルギーの充填には時間が掛かるはずだ。それにG-メタルで活性化させることもできない。ベルリがそれをまだ持ってりゃだけど」

ドニエル「(顔を真っ赤にして)むむむ・・・、ルアン、オリバー、テン・ポリスを追い払えないか?」

ルアン「(モニターに顔が映る)ビーナス・グロゥブと戦闘するのはマズいですよ。ベルリがラ・グー総裁と話をつけてくれなきゃこっちは大気圏突入すらできないんですから」

ドニエル「じゃ、どーーすりゃいいってんだよ!」

ステア「どこに行きゃいいのよ!」

ラライヤ「ビーナス・グロゥブにはノレドさんとリリンちゃんもいるんです!」

ドニエル「(さらに顔を赤くする)むむむむむむ!」

そのとき、メガファウナに通信が入った。映ったのは一緒に地球まで旅をしたビーナス・グロゥブの兵士のひとりであった。彼は現在ビーナス・グロゥブで起こっている争いは、反ラ・グー派による騒乱で、レコンギスタ派ですらなく、その実態は不明であるもののクレッセント・シップとフルムーン・シップを取られない限り必ず鎮圧できると説明した。

兵士「メガファウナの方々はフルムーン・シップ制圧に力添えいただけると助かります」

副艦長「こちらでは敵味方の見分けがつかない」

兵士「ペイント弾を用意しています。印がついたモビルスーツが敵です」

ドニエル「了解! ステア、フルムーン・シップにゆっくり近づけ。砲撃も準備だ」

ラライヤ「わたしも出ます!」

ドニエル「頼んだぞ! 白兵戦の準備だ! 銃を出せ!」

副艦長「ありゃりゃ。その必要もないみたいですよ」

フルムーン・シップに取りついていたポリジットは、ペイント弾数発を撃ち込まれただけで戦意を喪失し、テン・ポリスに降伏したのだった。

ドニエル「(唖然としながら)そんなにオレたちが怖いのか・・・。本当は心優しいおじさんなんだぞ」







ラライヤが出て行ったきり戻ってこないことをノレドとリリンは心配していた。ノレドはリリンを抱きかかえながらルームサービスで朝食を済ませ、どう行動すればいいのか必死に思案していた。

ホテルの外は外出禁止令が出され、ビーナス・グロゥブ始まって以来の出来事に周囲は騒然としている。暴動などは起きていないが、部屋でラライヤを待つだけではじれるばかりであった。

リリン「ねえ、ノレドさん」

ノレド「なに?」

リリン「ここが天の国なの?」

ノレドは返答に迷った。トワサンガのリリンは、ビーナス・グロゥブが天の国、地球が地の国、地球の地下が地獄だとお伽噺で聞いていたのだ。目の前の景色はとても天の国だとは言えないものであった。

ノレド「(身をかがめて)リリンちゃん、ここは天の国なんだよ。でもね、天の国でいま騒動が起きちゃってるの。でもね、必ずヒーローがやってきて助けてくれる。この騒動を終わらせてくれるんだよ」

リリンはキョトンとしていたが、それはお父さんだと小さく口にすると、すぐに後ろを振り返って窓の外を眺めた。そして小さな指をガラスに押し当てた。

リリン「銀行のおばちゃん」

窓から顔を覗かせると、銀行でノレドたちに絡んで来たビーナス・グロゥブのおばちゃんたちが立ち話をしているのが見えた。ノレドとリリンは顔を見合わせ、ホテルのスタッフが止めるのも聞かず駆け足でホテルを出ると、井戸端会議中のおばちゃんの輪の中に入っていった。

市民A「あー、あんたはいつぞやの地球の子じゃないの?」

ノレド「(不安そうな顔で)いったい何があったんですか?」

市民A「それがねー、どうもまたあのクソ坊主どもが問題を起こしたんじゃないかって話をしているのよ。スコード教の坊主ときたらいつもラ・グー総裁に迷惑をかけてばっかり!」

市民B「坊主は税金を払わないだけで飽き足らず、補助金をもらって、学校を経営して、いつもいつも金金金、お金のことしか頭にない。どうせまた坊主どもでしょっていま話をしていたのよ」

ノレド「スコード教の神父さまがそんなことするんですか?」

市民A「するも何も、悪いことをしても捕まらないし、捕まっても釈放されるし、釈放されなければ起訴されないし、メチャクチャなんだから」

ノレド「でも、いま外出禁止令が出ているんでしょ? おばちゃんたちは大丈夫なの?」

市民A「外出禁止令が出てるから子供を置いて出てきたのよ。捕まえられるものですか。坊主どもを甘やかしているからこんなことになる」

市民BC「そーそー」

ノレド「あたし、ちょっとビーナス・グロゥブのスコード教教会に行ってみたい。どこにあるか知ってる人はいますか?」

市民A「教会はあっちこっちにあるけど・・・。1番の聖地は闇の宮殿といってね、地下にあるのよ」

リリン「ちか?」

市民A「そうよ、地下。でもあそこは入れないから・・・」

ノレド「(不思議そうに)コロニーの地下ってイメージできないんですけど」

市民A「この街の真下にあるらしいからみんな地下って呼んでるだけよ。まぁ、ただの最下層のフロアってところ。誰も入ったことはないんだけどね」

ノレド「フロア・・・か。わかりました。ありがとう!」

ノレドはレンタルのシャンクを借りて、リリンとふたりでジット・ラボ跡地へと向かった。






地球からやって来たゲル法王は、スコード教の牧師が目の前で次々に逮捕されていくことに言いようのない悲しみを覚えていた。ところが彼は、ラ・グーのようにことの次第を深く理解していたわけではなかった。宗教改革の意味も理解していなかったし、その前に聞いたビーナス・グロゥブの法王になって欲しいとの要求も、本当のところは漠としたまま微笑み返していただけであった。

それが地球での彼の仕事であったからだ。

彼は外出禁止令に関わらず続々と教会に集まってくる信徒たちに、何を喋るべきかだけ考え、集中しようとしていた。

彼は変わるには年を取りすぎていたのだ。

教会には地球の法王の話が聞けるとあって続々と信徒が集まりつつあった。外出禁止令が出ていることなど誰も気に留めない。ビーナス・グロゥブは長く続いた平和のために、恐怖に鈍感になっていた。

恐怖への鈍感さがどんな事態を引き起こすのか、それもゲル法王にはよくわかっていなかった。






ベルリ「外出禁止って割には教会にたくさん人が集まってるな」

明るくなるのを待って給水塔を降りたベルリは、歩いて市街地の方へ向かっていた。

道路は大勢の人で溢れ、口々にテン・ポリスやスコード教への不満を口にしていた。おかげで彼は人ごみに紛れて移動することが出来た。誰も彼のことを気に留めないし不審がらない。ぼくが悪い人間だったらどうなるのだろうと考えると少し怖かった。

外出禁止令のことはラジオで知った。地球育ちのベルリは、禁止令に背けば逮捕されるものと知っているが、ビーナス・グロゥブの人々は誰も政府の命令を守らないことを気にも留めていない。これでは戦争が起これば被害者は増えるばかりだ。道路には警察もいるのに、よほどのいざこざが起こらない限り介入してこない。

ベルリ(クンパ大佐がビーナス・グロゥブの人々を見て危機感を覚えたのもわかる気がする。ここの人たちは安全に配慮されすぎて、死の恐怖が薄れている。何もかも管理されすぎて、死の臭いがどこにもない。この人たちがジャングルに入ったらさぞかし驚くだろうな)

宇宙に巨大な人工構造物を作って生きていることに、ベルリは最初から強い違和感を感じていた。壁の中は地球のようだが、壁の向こう側は真空の世界なのだ。ここまでして宇宙で暮らす意味は一体何だろうか。どうして人々は地球をより良くすることを考えず、宇宙へ出たのか。宇宙に何を求めたのか。

キャピタル・ガードの候補生として教育を受けていたころ、宇宙では労働の価値観が違うと何度も聞かされた。地球では誰も気に留めないような小さなミスであっても、宇宙ではそれが何十万人を一瞬で殺してしまう致命的な失敗になる。責任の大きさがまるで違うのだ。

ビーナス・グロゥブのような巨大で複雑なコロニーの場合、ひとりひとりの労働の責任は計り知れないほど大きいはずだ。普段その責任と緊張感に耐えているはずの人々が、政治的な失敗がもたらす破滅に鈍感なのはなぜなのか。宇宙世紀時代の戦争も、スペースノイドから仕掛けたのだという。

壁が壊れただけですべての人間が死ぬ世界で生きながら、なぜ破壊を生む戦争には鈍感であったのか。

ベルリ(ガード候補生だったころ、宇宙での教練は緊張感の連続だった。地球での生半可な意識は捨てないといけなかった。それが日常である人々にとって、地球人はさぞかし怠け者に見えるだろう。そして、彼らを侮る。でも、地球には死が溢れていて、地球人は宇宙で暮らす人々より恐怖感が強い。だから戦いになれば、地球に住む人間の方が強い。だとすれば・・・、宇宙に住む人々は、自分たちが地球人を支配すれば人間社会はより良くなると考えてしまう。宇宙の人々の勤労精神と地球人の恐怖感が合わされば人類はもっと発展する。これがレコンギスタの真意なのだろうか)

ではなぜトワサンガのレイハントン家はそれに反対したのか。彼ら自身がスペースノイドで、その代表だ。なぜレイハントン家はドレッド家と対立して、レコンギスタを拒否しようとしたのか。ムーンレイスとの接触はレイハントン家に何をもたらし、レイハントン家はなぜ彼らを封印したのか・・・。







ノレド「あれだ、間違いない!」

シャンクを最高速で操ったノレドは、L22地区にある旧ジット・ラボの跡地にリリンとともにやって来た。

巨大な倉庫が立ち並ぶ広大な一角を走り回るうちに、彼女は扉が開け放たれた建物を発見した。シャンクを乗り捨て中へ入ると、そこにはフラミニア・カッレが手配したG-ルシファーが置いてあった。辺りを見回したが、フラミニアの姿はどこにもない。

ノレド「(叫ぶ)フラミニアさん、ノレドです。どこかに隠れているなら覚えておいて欲しいことがあるんです。ラライヤには家族が必要です。あなたにいて欲しいんです。よろしくお願いします!」

それだけ告げるとノレドはリリンを伴ってG-ルシファーに搭乗した。リリンにノーマルスーツを着せながら、ノレドはこの子を一緒に連れて行くことは罪にならないのかと不安になったが、その気持ちを悟ったリリンは気丈に怖くないよと口にした。

ノレド「おねーちゃんにつき合わせちゃってごめんね。おねーちゃんはね、社会政治学を勉強してみんなの役に立ちたいんだ」

リリン「ノレドさんはトワサンガのお姫さまなんでしょ?」

ノレド「それは・・・どうなるのかまだわからない。でもね、おねーちゃんはもうすぐ大人になるから、リリンちゃんたちのために働くようになるの。そのときにね、誰のためにもならないダメな女の子になるのは嫌なのよ」

自身もパイロットスーツに着替えたノレドは、シートベルトをしっかりと締めるとG-ルシファーを起動させた。操縦には慣れていなかったが、まるっきり動かせないわけではない。ナビゲーション席に固定されたリリンは、目の前のモニターをしばらく不思議そうに眺めたあと、仕組みを理解したのか小さな指で操作をし始めた。

ノレド「(決意を込めた顔で)フロア。あのおばちゃんたちはフロアって言ったんだ。ここはジット・ラボ。地下のどこかには闇の宮殿。スコード教の人たちはお金のことしか興味がない。ということは、モビルスーツ開発にお金を出していたのはスコード教会かもしれない。それがビーナス・グロゥブの秘密のはずなんだ。ジット団がスコード教と繋がっているのなら、エレベーターがあるはず!」

そう叫んだノレドの目の前のモニターに、エレベーターの扉が映し出された。

リリン「エレベーター」

ナビゲーション席のリリンが先にエレベーターの入口を探し出してノレドの席に映像を転送したのだった。

リリン「小さいおばちゃんも近くにいるよ」

その映像もパイロット席のノレドのモニターに転送された。たしかに暗闇に紛れて小さな影が見えなくもない。それを察したりリリンは、物陰に身を潜めるフラミニアの姿を拡大して明度を調整した。それは確かにフラミニア・カッレであった。

ノレド「(マイクを使い)フラミニアさん、いつか必ず迎えに来ます。ラライヤとともに生きてください。あたしたちは闇の宮殿に行きます」

フラミニアは何度も頷くと、その場を走り去っていった。ノレドはG-ルシファーで巨大なエレベーターの中に入る。

ノレド「なんだこれ。丸いエレベーター?」

エレベーターの扉が閉まった。エレベーターは自動で下降を開始し、ゆっくりと回転した。ノレドは丸い壁面についた手すりに摑まって機体をコントロールしなければならなかった。

ノレド「重力が逆向きになっている?!」

エレベーターの扉が開いた。そこには、クレッセント・シップの世界巡行で見たアメリアの都市よりさらに人工的な巨大ビル群がそびえ立っていた。







総裁直属の近衛兵団を直接指揮するラ・グーは、市民の喝采を浴びながら反乱組織を制圧していった。

ラ・グー「(呆れながら)外出禁止令を出したのになんだこのありさまは」

反乱組織の制圧は容易であった。さらにピッツラク公安警察長官が銃撃戦で死亡したとの知らせが入ると、投降するものが続出し、日の出を1時間早めたとはいえ昼前にすべてが決着したのは驚くべきことであった。この手応えのなさは逆にラ・グーを不安にさせた。

平穏を取り戻していくロザリオ・テンに悪人はいなくなったのか。なぜ反乱に加わったのが警察組織だけなのか、ヘルメス財団の主体とは誰なのか、それらがまだ未解決のまま残っていた。

ラ・グー「連中からの連絡はまだないのか」

装甲車を降りたラ・グーは駆け寄ってきた秘書に尋ねた。しかしどこからの接触もまだないと報告を受けて、彼は今回の騒乱が仕組まれた偽装工作だと断定した。

ラ・グー「クレッセント・シップとフルムーン・シップは?」

秘書A「確保済みです」

ラ・グー「法王さまは」

秘書A「逮捕したスコード教の関係者に代わって教会で説法中です」

ラ・グー「つまりこういうことだ。クレッセント・シップに地球の法王とノレドさんやラライヤさんが乗ってしまったことで、あちらが隠しておきたかった情報がこちらに伝わってしまった。そしてわたしは1年前のメガファウナ訪問以来、闇の宮殿を怪しんでいた。最後まで隠し通すつもりでいたがついに内部を見られた彼らはトカゲのしっぽ切りでピッツラク公安警察長官の命をこちらに差し出したつもりでいる。姿を現さないままここで手打ちにしようと持ち掛けているのだ。(集まってきた近衛兵団に向かって)だがよいか、わたしはこのままヘルメス財団の中心にいる者を野放しにするつもりはない。必ず見つけ出して処分する。それまで我が手足となって戦い抜いてくれ、諸君!」

秘書B「(声を潜め)ヘルメス財団が宇宙世紀の再来を目論んでいるという推測は本当なのでしょうか? いまだに信じられないのですが」

ラ・グー「リギルド・センチュリーが始まって1000年を契機に事を再開させるつもりでいたのだろう。これほど超長期で物事を考えることは、寿命の短いトワサンガや地球の人間にはできない。すべてはビーナス・グロゥブで計画されたことだ。いや、もしかしたらはるか遠い宇宙から地球に戻ってくるときにはすでに決まっていた方針なのかもしれない」

そのとき彼は、自分の名を呼ぶ声を耳にした。流れゆく人並みの向こうに、声の主は立っていた。

ラ・グー「そうか、自分で辿り着いたか」

声の主はアイーダ・スルガンの実弟ベルリ・ゼナムであった。彼とアイーダはトワサンガのレイハントン王の血族である。トワサンガのレイハントンがなぜ血族を重視したのかラ・グーは知らない。

ただ、トワサンガのレイハントン家はビーナス・グロゥブの人間が地球に帰還する際の検閲者であったことは確かだ。レイハントンの許可なしに地球に再入植は出来ない。その権限をなぜ血族で守ろうとしたのか・・・、それはラ・グーの長年の疑問でもあった。

その答えをこの少年は知っているのだろうか? ラ・グーはベルリの屈託のない笑顔に微笑み返した。

ベルリ「ラ・グー総裁ですね。お久しぶりです。自分はアイーダ・レイハントンの名代として全権大使を仰せつかった・・・、ベルリ・レイハントンです」

ラ・グー「1年前はまだあどけなかったのに。随分と逞しくなったものだ」

彼がそう言い終わらないうちに、辺りに銃声がこだました。人々は一斉に身をかがめて地面に伏したが、たったひとりラ・グーだけがその長身を起こしたまま、ゆっくりと後ろに倒れていった。

銃を手にしていたのは4人いるラ・グーの秘書のひとりであった。男は悄然としたまま近衛兵団に取り押さえられ、現場にはいくつもの怒号が巻き起こっていった。

やがて救急車が呼ばれ、道路は封鎖された。

その道路脇に、ベルリは取り残されたのである。


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この続きはvol:44で。次回もよろしく。









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