SSブログ

【佐山道場チャンネル】修斗プロデューサー坂本さんがやってきた!後編 [プロレス・格闘技]

sayama.jpg


【総合格闘家必見】佐山サトルが語る強さとは?【後半】

<雑感>

前半部分で、総合格闘技の到達点はどんなものなのだろうかと坂本と佐山先生が思索する部分があって、これはオレみたいに道場に遊びに行っていたような人間もいろいろ悩んだものだった。佐山先生は総合の技術習得を「頼りないもの」と表現していた。

あのころは総合格闘技がなかった時代なので、それをどう考えたらいいのかまずそれを頭の中で整理しなきゃいけなかった。当時受験が終わったばかりの大学生だったので、オレが考えたのは総合格闘技は共通1次試験(現センター試験)だとの認識だった。

柔道やアマレスや空手やキックやボクシングは科目試験。テストは100点満点で行われる。でも総合格闘技は全科目なので、100点満点のテストがたくさんあり、全科目で1000点満点だったりする。だがトータルで高い点を取れば勝てるというものでもない。全科目トータルで何点取れるかの競い合いであると同時に、各科目の点数も必要になる。

全科目で60点を取ってトータルで600点の選手が、ボクシングだけは80点だが総合では400点しか取れない選手にボクシングテクニックで負けたりする。60点を取ってトータルの能力がいくら高くても、ボクシングのディフェンスに劣っていれば400点しか取れない選手に負けてしまう。

修斗創設時は弱い選手ばかりだったので、大原友則選手のようにボクシングから転向してきてすぐにチャンピオンになった選手もいる。総合の技術はたいしたことなくても、周囲がボクシング未経験者ばかりなので、ボクシングテクニック40点でも簡単にKO出来てしまった。実際大原選手は再度ボクシングに転向したけれども、全然勝てなかった。プロのボクシングは大学でやっている研究の世界。センター試験で何点取ったなんて関係がないからだ。

これが「頼りない」ってことじゃないかな。総合格闘技には共通1次試験がある。これをやっておかないとそもそも協議に参加することができない。全科目トータルで、できるだけたくさん点数を取らなきゃいけない。総合格闘技はこれを通過しなきゃいけない。でもその先は研究の世界。では総合は何をどう研究すればいいのか。

全科目研究するのか。それとも研究はひとつの分野に絞るのか。この正解はまだない。大沢ケンジの動画を見ていて、いまは脚関節の研究がものすごいことになっていて、システマチックに動きを身に着けておかないと逃げられない世界になっているとの話があった。

脚関節のスペシャリストは、共通1次試験でトータルの点数が高ければ高いほど他に技術で圧倒されることが少なくなり、得意の脚関節に持ち込むチャンスが増える。逆に研究しかしていなくて共通1次試験の勉強をしていない選手にはほぼ勝つチャンスはない。逆にパンチのスペシャリストは脚関節のディフェンスを共通1次試験的に勉強しておかねば、寝かされて膝の靭帯を破壊される。

共通1次試験の勉強はスペシャリティではないのでそれでは勝てない。共通1次試験の点数で競い合うのはまだ高校生レベルなのだ。だが総合格闘技はそこを通過しなければ研究分野へ進んで行けない。他の競技に共通1次試験は存在しない。

当時こう考えていたものだが、こうして話を聞いてみるとあながち間違っていなかったんだなって。だから方向性としては、個人ではなくジム、あるいは道場単位で大学のように各分野の研究をやりながら、選手個々に戦術を与える方向性が正しいと思う。総合格闘技はチーム競技になっていく。こう思うのだがどうだろう? 空手の先生が空手の知識だけ持っていても総合で勝てる選手は育てられない。ジムの中に各教科のスペシャリストが揃っていて、選手個々を分析して伸ばす方向性を決め、試合前には敵の分析をして作戦を立てる。作戦通りに戦えて稼げる選手はより良い環境を得て、環境を整えられないジムや道場は淘汰される。

もし総合格闘技が発展していくのなら、大学と大学の競い合いのようになっていくはずだ。

後半は、そうやって進化していく総合格闘技が、果たして武道であるのかどうかとの問いになっている。これは難しくて、何のために習練しているのかがハッキリしないと武道の精神に辿り着けない。大昔は天皇の護衛として武道の修練があり、それが主君の勝利のために代わり、近代国家成立以降はお国のために代わり、さて現代はなんのために戦う習練をしているのだろう。

これが見えない限り、YouTubeで再生数を稼ぐためみたいな選手も出てくるだろうし、本当に難しい。柔道や剣道などは成立した時代の関係で、たとえ現代では形骸化していても叩く技術を習得するための大義名分がある。大義名分があった時代に成立したのでそれがあるのだ。

総合格闘技が武道であるか否かは、戦後生まれの競技であるがゆえに形骸化した大義名分すら存在しないことに尽きるのではないか。これは簡単に答えは見つからないのではないか。佐山先生は日本というものを強く意識されていた方なので、武道の雰囲気を強くまとっておられた。

坂本にそれがないのは・・・、いやそれは言うまい。そんなことより坂本にお願いしたいのは、修斗の試合の映像がいつまで経ってもハンディカムのブレブレ動画みたいなのはなぜなのかと。なぜ映像のプロに「選手のここを映してほしい、この瞬間を逃さないで欲しい、もっと広角で広く撮れないか、などと要求しないのかと。

映像のプロに、修斗の試合をコンテンツとして商品になる動画にしてくれと頼んでくれないかな。いくら選手のレベルが高くても、映像コンテンツとして残るものが素人の映像では話にならんよ。そこにお金をかけて、かけた金はコンテンツ販売で回収しないと。

正直、修斗の映像は酷いよ。いつでも地上波に売れる映像を残さないと。そのレベルで映像制作しないと。


真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 (集英社文庫)

真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 (集英社文庫)

  • 作者: 田崎 健太
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2021/04/20
  • メディア: 文庫



修斗ベスト・オブ・ノックアウト[DVD]

修斗ベスト・オブ・ノックアウト[DVD]

  • 出版社/メーカー: クエスト
  • 発売日: 2009/01/01
  • メディア: -



和術慧舟會的裸絞(わじゅつけいしゅうかいてきはだかじめ) (晋遊舎ムック)

和術慧舟會的裸絞(わじゅつけいしゅうかいてきはだかじめ) (晋遊舎ムック)

  • 作者: 中村 K太郎
  • 出版社/メーカー: 晋遊舎
  • 発売日: 2010/05/20
  • メディア: ムック



コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。