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「籠の中の乙女」(2009年作品)感想 [映画]

ヨルゴス・ランティモス監督によるギリシャのドラマ映画。出演はクリストス・ステルギオグル、ミシェル・ヴァレイ、アンゲリキ・パプーリァ。

<あらすじ>

ある裕福な家庭があった。子供たちは学校へ通わず、家庭教育を受けている。両親は外の世界は怖ろしいところだと子供たちに教え、さらに言葉の意味を違えて教え込むことで社会不適合者を作り出していた。

長男が徐々に大人になってきたので、父はクリスティナという女性を長男の性処理のために雇った。クリスティナと肉体関係を結んだ長男は、タブーを知らないので姉妹とも同じことをするようになった。クリスティナは姉妹とも性的関係を結び、姉妹は兄のペニスを欲しがるようになった。

性的な興味は激しさを増し、修正不能になってしまった。クリスティナは箱で殴られてクビになる。しかし起こってしまった変化は変えようがなく、娘は父のペニスまで欲しがるようになった。犬歯を折れば外の世界へ行けるとウソを教え込まれていた娘は自分で犬歯を追ってそのまま外の世界へ逃げていってしまった。

<雑感>

これはまたすごい映画だった。まったく先が読めない。そもそもこの家庭の倫理観が他と違いすぎて予想できない展開の連続。ある意味ショッキング映像の連続といっていい。絶対に子供に見せてはいけない。性交シーンがタブーに触れすぎている。

ヨルゴス・ランティモス監督は、「聖なる鹿殺し / キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(2017年作品)もそうだったが構造主義的な作品を作る人で、40年くらい前の価値観で映画を撮っている。80年代に文学に興味を持っていた人物にとっては懐かしく、生まれていなかった若者にとっては異形の監督であろう。

子供が生まれると、親は巣作りをして子に教育を施す。そして巣立ちさせるまでが大人の仕事ではあるが、核家族というのは親子の関係が固定化されやすく、親はいつまで経っても親、子はいつまで経っても子であると思いがちだ。年寄がいないと、子はいつか大人になり、親になり、つがいを作って子を育て、老人になり死んでいく当たり前の人生を見失ってしまう。

この作品は、核家族が内包している歪さを描いた作品で、社会で学ぶべき常識がない家庭を仮定し、そこに精通という通過儀礼を持ち込んで核家族の歪さを暴いて崩壊させた物語である。両親が外の世界と接触させずに家庭教育を行っているのは、核家族自体に世代の入れ替わりが欠如していることを表しているだけで、この両親のおかしさを描いているわけではない。

☆5.0。強烈でグロテスクな作品だが、核家族が自然主義からいかに離れているかをあからさまにすることが目的なので、すべて意図した範囲のグロテスクさなのだ。しかもそんなグロテスクな人生観、家庭観が、原題では社会常識になっているのである。














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